Posted at the Institutional Resources for Unique Collection and Academic Archives at Tokyo Dental College, Available from http://ir.tdc.ac.jp/
Title
研究者の心得 : 愛と誇りをもって研究に取り組む
Author(s)
奥田, 克爾
Journal
歯科学報, 110(6): 757-759
URL
http://hdl.handle.net/10130/2188
Right
はじめに 2008年3月本学を退職後,平成帝京大学薬学部教 授や医療関係の専門学校で教職に当たって来た。そ の傍ら,東北大学歯学研究科における「研究不正疑 義に関する調査」とされた全学調査委員会の外部委 員としてその解明に当たってきた。研究の不正行為 は,科学界を揺るがす事件として報道機関などを通 じて世間の人々にも知れ渡り,研究者はもちろんこ と大学の信頼の失墜になる。文部科学省の指導のも と多くの大学で「研究者の心得,作法について」が 明文化されている。それにも拘わらず,有名大学で の「捏造・改竄論文」など,研究者として許されな い事柄が後を絶たず起きている。公的機関から与え られる研究費は,その金額と用途が細かく限定され ており,研究費を名目以外の用途に使用した場合も 不正行為である。研究費を不正な論文などを根拠と して請求した場合は,単なる大学内部の不正行為で あるだけでなく,法律に違反した犯罪行為として厳 正に処罰されることもある。年度内に使い切れな かった研究費をどこかにプールしたことなどから, 研究費不正使用としてマスコミで叩かれる研究者も 後を絶たない。筆者も主任研究者として,文部科学 省から13件総額約6,600万円を獲得してきたが,支 給される年度内に使用するべきであるという規則の ため,筆舌に尽し難い苦労をしてきた。さらに,厚 生労働省から6年間に渡る長寿科学研究などで約 5,200万円を受けたが,研究費が支給されることが 3月30日,使用を完了しなければならないのが3月 31日という考えられないような年度さえあった。現 在は採択後速やかに支給されており,遵守していか なければならない。 今回,本学においても「研究者の倫理や心得」を 成文化しておかなければならないことを東北大学調 査委員会の件で痛感し,特別寄稿させて頂いた。大 学のミッションが教育と研究であることは,世界中 で広く認知されており,本学の教育面での評価は高 い。一方,研究面での評価は,さまざまな角度でな されている。本学は,長い間私立歯科大学で断然 トップの科学研究費,口腔科学研究センターでの支 援を受けてきた。しかし,昨今は個人レベルでの獲 得総額科学研究費額は,残念ながら他の複数の私立 歯科大学の下になってしまっている。⑴30年以上に わたり大学から配分される研究費の増額がない。⑵ 大学院生を中心とした原著論文の発表が全て英文な どになった。⑶任期制における教員の論文発表数が 不可欠になった,そのような本学研究者の厳しい状 況がある。研究推進の難しさは本学に限ったことで はない。本特別寄稿の背景には,研究費の獲得,そ の研究評価においても私立歯科大学ではトップの座 を守って欲しいと願っていることがある。 繰り返される捏造論文 科学における不正行為には,実験データの改竄や キーワード:研究者,責任,遵守 東京歯科大学名誉教授 (2010年10月18日受付) (2010年11月12日受理) 別刷請求先:〒261‐0012 千葉市美浜区磯辺2−2−6 奥田克爾
Katsuji OKUDA: Mental Preparation for Researchers
-Addressing research with devotion and a sense of pride-(Professor Emeritus of Tokyo Dental College)
教育ノート
研究者の心得
―愛と誇りをもって研究に取り組む―
奥田克爾
757 ― 7 ―捏造,他人の論文の剽窃,アイディアの盗用,実験 データを記録した媒体(USB メモリ,CD-R など)の 窃盗および関係ない研究者を著者にすることなどが ある。科学の研究結果は,論文として発表される前 にその分野の専門家による査読が行われ,研究の妥 当性が問われる。査読制度は,「各研究者が倫理的 行動をとること」を前提としているが,実験結果の 捏造やデータの改竄,他人の研究の盗用などを発見 する機能は果たしにくく,特に昨今の電子投稿がそ れを難しくさせている。捏造・改竄の論文が急増す る背景に,「Publish or Perish,すなわち研究論文 のないものは去れ」が定着したことがある。本邦で も研究・教育者に任期制が広く導入され,研究成果 のない者には研究費が支給されないことが,不正で 誤った論文発表の背景にある。 捏造や改竄それ自体は,実証されにくいため露見 しても不正を犯した科学者がすぐに刑事罰を受ける ことはまれである,しかしながら,本人や学界全体 の信用を著しく損ねるため,そのまま研究者として 科学界に留まることは不可能である。韓国では最初 の科学分野における初のノーベル賞の期待を背負っ ていた科学者が行っていたクローン胚 ES 細胞研究 に疑義が発生し,調査委員会により捏造だと断定さ れ,論文は撤回された。そのニュースは全世界をか けめぐり「当分は韓国に科学分野でのノーベルはな い」と報じられた。国内においても,東京大学,京 都大学,大阪大学,北海道大学,東北大学,慶応大 学など捏造・偽造論文について枚挙に暇がない。科 学者生命が終わるとともに,社会全般での信用も失 い,大学の信頼も著しく低下する。 倫理委員会のパスを過信しないこと ヒトや動物を対象とする研究に関わる倫理的原則 として,ヘルシンキ宣言があり,個人を特定できる ヒト由来の材料,及び個人を特定できないようにす るデータに関する事柄なども明文化されている。ま た,資金提供,スポンサー,研究関連組織との関わ り,その他起こり得る利害の衝突及び被験者に対す る報奨についても,審査のために委員会に報告しな ければならない。それらを原則として本学の倫理委 員会に多くの研究計画書が提出され,審議されてい る。そのため,研究目的での長期にわたる模型の製 作,定期的な採血,歯髄への投薬後の抜歯などはな くなっている。しかしながら,倫理委員会さえパス すれば,問題がないと過信しないようにしなければ ならない。動物実験においても,虐待とされるよう な実験,必要以上の動物数の使用は無くなり,代替 実験が優先されるようになってきている。 研究者への提言 本提言は,東北大学研究推進審議会が2007年4月 に「研究者の作法」として発行した冊子を参照させ てもらった。その内容は,⑴独創性の尊重,アイ ディアは研究の命である,⑵研究への誠実さ,自分 をあざむかない,⑶論文は真心をこめて発表する, などの見出しからなっている。 1)自分の取り組む研究のオリジナリティーを熟考 し,検索する。 現在,格段のレベルで世界のあらゆる科学情報 を収集することが出来る。今までに発表された研 究者のオリジナリティーが把握できるためそれを 尊重しながら,自分の研究結果と先行研究者の結 果の位置づけを明確にしなければならない。 2)未発表の論文や講演発表であっても,その内容 や出典を明示する。 3)他の人のアドバイスや研究討論から得たアイ ディアは,その内容に対して明記し,謝辞を必要 とする。 4)インターネットの情報は,その作成者に帰属す るため,その引用は記載する。 5)正確なデータ解析が不可欠である。 データ解析は,研究デザインやサンプルサイ ズ,そして観察期間などが適切であるかを評価し た上で,解析方法は適切か,精度は適正であるか などについて繰り返し確認を行いながら,慎重に 行なう必要がある。 40年に及ぶ筆者の研究生活で痛惜の念に駆られ るのは,統計学的解析に能力がないにも拘わらず 研鑽しなかったことである。統計学的解析に造詣 のある後任の石原和幸教授はじめ大学院生のお蔭 でクリアー出来た。しかし,私が統計学的解析に ついて素人であったことから,実験プロトコール 作成を熟知出来なかったことで,評価の高い雑誌 での発表が出来なかったことが多々あった。 奥田:研究者の心得 758 ― 8 ―
1980年筆者が留学していたニュヨーク州立大学 バッファロー校の20人足らずの歯周病研究セン ターにおいても,統計の専門家が研究を支援して いた。歯周病原性細菌がヒトの白血球の遊走をも たらし,歯肉の炎症をもたらすという同研究室か ら SCIENCE などに発表された論文の著者に,そ の統計学者も加わっていた。臨床研究に取り組む 段階からの統計学を熟知する人の協力が不可欠に なっている。そのためほとんどの大学や研究機関 では,統計学の専門家が採用され研究をサポート している。現在,本学では,衛生学講座の松久保 隆教授や杉原直樹准教授など統計学解析に造詣の 深い者もおられる。また,臨床研究などにおける 統計学的解析に卓越した麻酔学講座の一戸達也教 授や放射線学講座の佐野 司教授などがおられ る。彼らの指導・協力をあおぎながら,本学の大 学院や研究部が一体となっての医学研究における 統計解析のサポートシステムが必要である。この ことは,本学の英文論文発表での支援を Jeremy Williams 准教授にお願いした時点からの私の願 いである。東京歯科大学の評価の高い雑誌での数 多 い 発 表 は,高 い editing 能 力 と 熱 意 あ る Wil-liams 准教授のお蔭である。そこに,的確なプロ トコールからはじまる統計学的支援がなされれ ば,更なる東京歯科大学の研究レベルアップに繋 がるものになると確信している。 6)研究は追試可能であることなどから実験ノート に記載し,生のデータは保管しなければならな い。それが第三者によって追試が可能になる。ラ ボノートには,内容だけでなく日付を記載してお かなければ,プライオリティが主張出来なくなる こともある。 筆者が関わった(研究不正疑義に関する調査)で は,実験ノート,生のデータ,写真は,殆どな かった。東北大学の研究者の作法として5年間の 実験データの保管が成文化されている。しかし, 今回の調査では,コンピューターへのウイルスの 侵入や故障ということで示されなかった。私は, 大学院生に(研究ノートを大切にせよ)と言い続け てきた。パソコンを含めて,日々の研究の詳細を ラボノートに記載する事によって,自分の思考を 整理し,確認することができる。 7)研究者として守秘義務は守り,研究成果の帰属 を明確にし,データや結果の持ち出しは慎重に行 なうことが要求される。 患者のデータが入ったパソコンや USB が行方 不明になったとなどのニュースが頻発している。 その管理や,発表時における個人情報は決して漏 れないような細心の注意が必要である。 8)実験動物を取り扱う場合は,東京歯科大学にお ける実験動物指針を遵守しなければならない。動 物愛護の精神に則って,本学の実験動物指針が作 成されているし,実験計画の提出の際にチェック がなされている。実験動物に対する愛情も,研究 者には不可欠な要素である。 9)研究経費は,取り扱い要領,使用ルールなどに 基づき,適正に使用し,研究資金源を明記する必 要がある。公的研究費補助金は,目的に沿った研 究に限定されている。そのため,企業などからの 寄付金などと混同がしないようにし,研究費の出 所を明記しなければならない。報告書には,企業 の広告に類似する内容や薬剤治験などと区別を明 確にしなければならない。 10)論文発表に,責任をもつこと。 全ての研究者には,研究成果を発表する事に よって,その内容についての責任がある。した がって,独りよがりでない論理性と主張の明快性 をもって,適切な語句や記述法を用いて発表する こと。他者が科学的真実である事を信頼し,価値 を確信できるように書くことが必要である。 11)間違いを確認したら迅速に公開しなければなら ない。全ての雑誌には,間違いが起きた事が明ら かになった場合,その訂正を記載出来るように なっている。訂正記事を発表しなくてはならな い。 おわりに 大学の使命は,教育と研究である。現在,東京歯 科大学は,高い教育水準を維持していることに評価 が高くなされている。研究においても,本学は世界 に羽ばたく若い研究者をより多く輩出する歯科大学 のリーダーであることを願っている。 歯科学報 Vol.110,No.6(2010) 759 ― 9 ―