Title
国民所得集計概念に関する一考察
Author(s)
池田, 博俊
Citation
沖大経済論叢 = OKIDAI KEIZAI RONSO, 6(1): 31-50
Issue Date
1981-12-20
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/6706
国民 所得 集 計概念 に関す る一 考 察
池
田
博
俊
は じめに Ⅰ マル クス再生産表 式 につ いて Ⅱ ケイ ンズの集計概念 について Ⅲ 二つ の集計概念 の関係は じ め に
経済学 の混迷 の中で、 マル クス経済学 と近代 経済学 はなお相対す る二大潮流 である。 もちろん双方 の内部 では近親憎悪的論争が くりひろげられ、近代経済 学者が マル クスを 再評価 したり、 マルクス経 済学者 が限界概念を密輸入す るな ど情勢はかなり流動的 だ と言え る。 しか し、その中 にあ って 見 られ るのは、再評価 や密輸入はよいと して もアイ デアが 自分 の主張 に都 合がいいよ うに文脈 ぬきで使 われ るケースが多いよ うで ある. ア ロー、ハー ンが、 マルクスを一般均衡理論 の初期 の提 唱者 とみなす の はその体系性 のゆえである らしいが、それは体系的な説明 は-1投均衡論でな く てほな らないという彼等の主張 を くりかえ したいためなので ある。 (註1) ホ ログィツ編の r現代経済学 とマル クス」を読む と上記 のことが痛感 され る。 ここに収録 されている論 文 はす でに年代 ものにな っているがそれをみ る と現在 なおかつ充分 に理論的 に明確 にされている とはい えない諸問題が多 く捷起 され たま まにな って いることがわか る. 自ら折 衷主 義者を 自認す る者 (プロフェン プレンナー )(註2)もいるが、バ ランとスウィジーを除けば ほ とん ど近代経 経済学者ばか りで あるO 彼等のほ とん どがマル クスの近代経済学 に対す る優位-31
点 の数 々を あげ、 それを通 して現代経済学 の現状 に対す る批判を行な って いる。 特 に私 が関心を もつ のはその第 Ⅱ編 、 「マル クス とケ イ ン ズ 」 に収 銀 さ れ て い る諸 論 文 で あ る。 こ こ で は こ の 二 人 の著 名 な 経 済 学 者の近親 性が どこ か ら くるのかを詳 細 に論 じた文章 には 出 くわ さなか った。 か ろ う じて私はそれ を第 Ⅰ編、 マル クス と古典学派、 忙収録 されてい る、 ワシ リー ・レオ ンチェフ の論文 rマル クス経 済学 の現代経 済学 に もつ意味 」の終 りの部分 の文章 にその 断 片的表 現を兄い出すのである
。
「彼 の分析上 の成果 も、 また主張 されて いる方 法論上 の優位 も、 マル クスの予見 の正 しさの記希を説 明で きるものではない。 彼の強み は、資本主 義体制 につ いて の現実主義的 な経験的知識 にあるO個人 の 行動 を予知 しよ うとす る試み にお いて、通 常、職業 心理学 者は r性格を読み と る」こつを心得 た経験 を積 ん だ素人 よ り劣 ってい る。 マル クスは資 本主義体制 の性格 を読 み とるうえで達人で あ った」 (註3)。全 く同 じこ とが ケインズに も言え るので あ るO ケ イ ンズが r平 和 の経 済的帰結 」 において発 した警告 とそ の後 の歴史をみ よ。第一 次大観後 のイギ リスをは じめ とす る第一 次大戦戦勝国 側 の経済 政策 に対す る彼 の批判 とそ の歴史 的転末 をみれば、 マル クス とは違 っ た意味 で現実 を正 確 に とらえて いた こ とが わか る (註4
)O もちろん、 マル ク スとケインズとでは 資本主 義 の有 様 も変 って いるので同 じ現実 をみて いるわけで はない。 だか らこそ、彼等 の理論 体 系 もそ の現実 の相 違 を反映 して 当然変 って くるので ある。 (一般均術論者 遠 がマル クスの体系 に秋波 を送 るのは彼等の経 済理論 が マル クスの理論 の背景 にあ る時代 と関係 が深 いためで ある。 ) 本箱 におけ る私 の課題 は ケイ ンズとマル クスにおけ る国民所得概念 の比較で ある。 年 々の価値 生産物 (国民所得 )の流れ を二人 の経 済学者 が ど うとらえた かを検討す る こ とは二つ の経 済 学 を 比 較 検 討す るため の第 一歩であ る と私 は 考 えるので あ る。 この間預 に関 して の文献 は数 多 く、 そ の代 表的 な ものは、 い わゆ る都留 エペ トレーム論 争 の きっかけ にな った都留真 人 の r再 生産表式 につ いてJで あ ろ う (盆 5)。 問題 はマル クスの拡大再生産表式 展開 におけ る追 加 的可変 資本△Ⅴの とりあっか いをめ ぐってで あるが、都 留 星人はケ イ ンズ的国 民所得放 念との対席 を行 うため に問 題 含 み の説 を うち出 したのである。 彼は 批判 に答え るため反 批判 の論文を書か ねは な らなか ったO しか し、批判者遠 の-32
-論 文を読んでみ ると、 自分 もまた まちが った理-論 で批判 して い る ことが わか る。 このこ とにつ いて は後で述べ る (註6)0
Ⅰ
マルクス再生産蓑式 につい て
r資 本論j第二巻 第三編 第二十章 及 び第二十一章 は社会 的資本の再 生産 の分 析 にあて られてい る。 いわゆる再生産表 式 による社会的資本 の再生産論 で ある. マル クスが ここにお いて与 えたモデルは後 世 に多 くの論争 と経 済理論 - の ヒン トを与 えた。 グ ロスマ ンや ツガ ンパ ラノフスキー、 ローザル クセ ンブルクや、 わが国のマル クス経 済学者 の多 くが マル クス表式 の具体的意味 につ いて の論議 に参加 して いる (註7). た とえその解釈 に問題が あるにせ よ. レ-ニ ンは rいわゆる市場問題J及び大著 rロシア におけ る資 本主義 の発展J の中 に、山 田盛太郎 は r日本資 本主 義分析 Jlの中 にそ の創造 的応用 を試み たのであ る。 さ まざまな応 用が可能で あ る とい うことは その中 に普 遍的 な ものが含 まれ て いる ことを意味 し、そ の解釈 や応用を め ぐって論 争が 多い とい うことは抽象的 で あ る とい うことにな る. 抽象的 な表題 や 命題 は多義
的 にならざるを得 な い し、受 けとめる人間 の問題意識 にそ って解釈が 可能 にな って くる。 著者 の意図 をかけ はなれて様 々な解釈 や応用が歩 きは じめる。 第一次5ケ年計画の最 中 にゴスプ ランの一員で あった G .フェ リ ドマ ンは再 生産表式を組み変 えることによ って 、社会主 義経済 に適応す る経 済成長 モデル を構築 したO 不幸 に して、彼 の生存中 には彼 のモデル も彼 自身 も世 に報 い られ ることはなか ったけれ ども (註8)O 彼はマル クス表式を組み変えることによ って ケインズ ・モデ ルに近 い もの に到達 した。 資本主 義 の危機 を救 うため の分 析モデル と社会主義建設 のため のモデルが符 合 したのは必 ず しも偶然 の一致で はない。共 に経済 における投資 の主導的役 割 を認識 したか らで あるO だが同 じ 投資 の主導的 役割 とい って も向 って い る方向が全 く逆で あ ることは注 目に値す る。一方は生産能 力を高め るため の投資 の役割で あ り、他 方 は過 剰 な供給 力に 対 してそれを受 け入 れ るため の投資 の役割 で ある。こ こでは、 そ れ らの応 用 や 解 釈 で は布 くて まず マル クス の表 式 を叙 逮 に従 ってふ りかえるこ とにしよ うo比較 され るのは拡大 再生産表式であるが彼 は単純再生産 の説 明に多 くのペー ジを さいて怒 り、本質的規定 はそ こに与 えら れていると考 えるのでそ こで のマル クスの表式分析 の意図を まず見 ることにす る。第一部 にお いては商品 の価値が社会的必要労働 時間 によって規定 され るこ と、商品流通 の一般的範式
、W-G-W
に資本 の範式、G-W-G
′が対置 され この一般 的範式 の矛盾か ら、労働 力とい う特殊 な商品 の買売お よび この商品の 使用価値 の発現 と して の労働 (-絶対的及び相対的剰余価値 の生産 )、すなわ ち資本主義的 生産過程 が個別資本を相 と して説かれ る。 これに対 し第二部 では資本 の流通過程 が問題 とな るO 資本は資本たる実を示 す ためには貨幣資本(
G
トW (
生産資本 )-W
′(
商品資本 )-G′
-W
・・・なる循環 をつねに行なわねばな らない。マルクスは個別資本の循環 の三形態 (貨幣資本 の循環、生 産資本 の循環、商 品資本 の循 環 )、の 独 自性 を 明 らか に し、資本 の 流通 を 個別 資 本 の循環 の か らみ 合 いの 中 で 明 らか にす る。第二部第二 簾 にお いては資本 の回転が研究対象 とな り、資 本の回転 とい う視点か らの固定 資本 と泳動資本 とい う資本 の形態上 の区別 が規定 され、回転 が剰余価値率 にど のよ うな影響を与 え るかが検討 され る。 第三篇で は、 これ らの個別資本 の循環 のか らみ合いが、社会的総資本 の流通 として考 察 される。 個別的 資本 の循頭を 社会的総 資本 の流通 として総括す ると すれば、個別資本 の循環 においては単に外的な条件 にす ぎなか った ものが内的 条件 と して 現われ、その内的諸条件が考察 の対象 とな らねば な らないので ある。 つま り、貨幣資本を生産資本 に転形 する過程 (G -W )と、商 品資本が貨幣資 本 に転形 される過程(WL G/)が社会的総資本 と しては どのよ うに保証 されて いるか、 また、個別資本 の循環 において は単 に措定 されて いた所得 一消費の関 係が資 本循 寮の中で ど ういう役 割を演ず るか とい うことが問題 にな らざるを得 ない。 これ らの課題 を解 くために、 マルクスは社会的総資本の流通 を商品資本 の循 褒範式 において とらえ よ うとす るので ある。 なぜな ら(W′
-W′
)
において は価値の増殖 過程が ふ くまれ、商品 の使用価値規定が含 まれ るからである。 貨 幣資本が生産資本 に転形 され るまさにその裏側で労働 力の再生産が必要 とされ-34-ることになる。 (もちろん資本の人格化 と しての資本家 も生活資料 を必要 ちす る。 ) 「社会的資本 - つま り個別的 諸資本が その断片 の連動 はそれ らの個別的運 動であると同時に総資本 の運動 を構成する環で もある - . この社会 的資本の 一年間の機能をその結果 にお いて考察す るな らば 、す なわち社会が一年間 に供 給す る商品生産物を考察す るな らば、社会的 資本 の再生産過程 は どの ように行 なわれるのか、 どんな性格が この再生産過程 を個別 資本 の再生産過程か ら区別 す るのか、そ して どんな性格が これ らの両方 に共通 なのか、が明 らか になるに ちがいない。」 (註9 ) マル クスは社会的生産 を二つ の部門 にわけ て分析す る、生産手段生産部門 (以下第1部 門と略す )、及 び消費辛皮生産 部門 (第2部門 )O 総再生産が価 値的及び素材的補項 関係を満 た しなが らいか に して 可能で あるかをみ るために、 まず単純再生産 の場 合につ いて検討 し、次 に拡大再生産 の場合 を考察 して いる。 マルクスの本文 では実数例が あげ られて い るが、 ここでは代数 的記号 によ って 示す ことにす る。 単純再生産の場合、 C1+Vl十叫 =WI C2+V2+
M2
-W2
但 し、WIW2は、各生産部門の一年間 の商品生産物 の価 値、 cIC2はそれ らの商 品生産物 の中に 占める不変資本価値 (その商品の生産 のために消費された )杏 表わ し、 VIV2を 可変資本価値、 MIM,は剰余価値を表 わす (註10)O 同一規模 において次年度 の再生産が可能 になるため には資本構成、 cl+Vl(不変資本 )、 C2+V2が確保 され ねばな らない. Clに関 しては第 1部 門内 にて価値 -素材 の補 塀がなされ うる。つ まり第1部門の資本家間 の売買 によ って価値の実現 と素材 的補塀が可能で ある.V2+M2
について も部門内転 態が可能で ある。す なわち、 第2部 門の労働者が次年度 の前払賃金 によって 、今年度の生産物価値のVl部分 の価値が実現 され、第2
部 門の資本家 にと っては次年度の資本構成 の一部であ る労働 力が確保 され ることになる。M2につ いては第2部門資本 家間の売 買 によ って資本家の 消費材が確保 され、価値 の実現が可能 となる (註 11)。 商品生産物w l(生 産手段 )の一部(Vl+Ml)の価値 の実現 と、今や 消費手段 の価値の 一部分 に后化 した第
2
部 門間 の交換 によって同時 に可能 にな って くる。 これら の転態は貨幣流通 によって媒介 される (註 1、2)。 か くして、当年度 の商品生産物 は価値 の実現は可能 とな り、 次年度 の資本の 素材的準備 は可能 とな り、 労働 者、及び資本 家の消費材 は確保 された。 拡大 再生産 の場合、 CI
+
Vl
+
MI=WI C2+V2+M2=W2 但 し、 Ml-△ Cl十△ Vl十Mk.、M2-△C2十△V2十Mk2ここで、剰余価値Ml、 M2は単純 再生産の場合 のよ うにすべ て資本家の消費にな るので はな く、その一 部分は 次年度 の不変資本 の増大 △Cl△C2、可変資本の増大 △V.△V,にふ りわけ られ、 そ の残 りが資本家の消費MklMk2となる。す なわち次年度 の資本構成は、 C'.+ Vi- (cl十△Cl)+ (V】十△Vl)- K. C;十 Ⅴ;- (C2+△C2)十 (V2+△㌔ )-K2 とな る(註 13)。 価値補塀 な らびに素材補塀 の関係 か ら、単純 再生産 の場合は、 C2-Vl
+Ml
拡大再生産 の場合 には Vl十△Vl十Mkl-△C2+△C2 が成立せ ねばな らない (註14)0 注意を要す るのは次の点で ある。追加的 可変資 本の価値 に相当する△Vl、△V2 の商品は マル クスの次 の叙 述に従 って、次期 において労働者 に購入 されると考 えるのが適当で あろ うと思 われる。 「現実 に再生産が拡大 され た規模 で始 まれば、I(部門)の可変資本100(△y l) は Ⅰの労働 者階級 の手 を経て Ⅱ (部門 )に還流す る。 これ に対 して、Ⅱ (部門 ) は商品在庫 で100mを Ⅰに引きわた し、 同時 に商品在庫で50(△V2)をそれ 自身 の労働者階級 に引き渡すO 」 (岡崎次郎訳 マル クス r資本論J
(5)国民文庫、大月書店
417ペー ジ ) 以下の叙述はそれを 前提 に行 な うが、 この期間分析上 の約束はそれほど重要-36-な前提ではない。つ まりVと△Vが同時 に購 入 され るとして も表 式 論 の意 図を 大 きく変 えるものではないが 、それ をは っき りさせて お くこ とは、無 用の混乱 を未然 に防 ぐことになるか らで ある.
Ⅱ
ケ イ ンズの 集計 概 念 につ いて
r雇傭 ・利子 お よび貨幣 の一般理論 」 の第 二編第六章 所得 ・貯蓄 および投資 の意味 につ いての続論 (註 15)において、 われわれが本稿 において問題 とす る所得範噂 の定 義が与え られている。 マル クス との比較 をす る前 にあ らか じめ 述べておかねばな らないのは、価 値 理 論 を は じめ とす る さま ざ ま な体系 上 の相違で ある。限界革 命以降、価値 の理論 は平行線をた どって お り、その間題 を ここであげつ らうこ とは不可能で ある。 ケ インズは所得 ・貯蓄投資 の定義 を与える前 に有効 需要 の原理を のペて いる. 総 供給価額が総需要価額 が等 しくな る点 の総 需要価敬が有効需要である。ここで総供給 価敬 (aggregate supply price )とは 「企業者がそれ によ って それだけ の雇傭 を提供す るにまさに値す ると考 える売上 金敬 の期待値 」で あり、 総需要価徹 とは 「企業者 が N人の雇傭 か ら受け とることがで きる と期待す る売 上げ金額 」で ある (註16)。以下の諸定義は上 の有効需要 が前提 とされた定 義 とみ なければ な らない。 A
-・
・
・
. 企業 者が一定期間内 に消費者叉は他 の企業者 に売却 された完成 生産 物 の価額 (註17)。 Al
.
・
・
・
・
・ 他 の企業者か ら購入 した完成 生産物 の価叡 (註 17)0 G.
・
・
・
・
. 期末 における資 本設備 (未完成財 または経営資本、完成財 の在庫を 含む )の価敬 (註17)0 F--
- 生産要素の経常用役 の対価 として支払 う額 (要因費用 )。具体的 に は賃金、地代、俸給な どがあげ られ る (註17)0 U-・
・
・
・ 原材料費な らび に生産 によ って のみ生 じた固定 資本 の担耗 (使用費 用 )(註17)
V・・-. 期待 される汝師が使 用費用 を超 える額 (補足的費用 )(註17). ここか らケイ ンズは以下 の所得範噂 を導 く、
U+F-・
A
の主要 受用 YI(総所得)- tA-(U+F)I+F-A-U
y (純所得 )-YL V - A- U- V A- Al-・消費 貯蓄 は所得 か ら消費をひいた ものに等 しいか ら、 S暮(貯蓄)-(A-U)
- (A-Al)=Al
-U
S (純貯蓄 )-Ar U-Ⅴ
投資は経 常産 出高 か ら購入 された消費財を引 いた ものに等 しいか ら、1
8(## )-(A-U)
- (A-Al
)-Al
-U・
Ⅰ (純投資 )
-Al
-UIV
ここか ら、 sI- Ⅰ‡、 S- Ⅰであるこ とが わか る。 ケイ ンズは こ うのべて いる。 「所 得 は経 常 産 出高 の価 値 に等 しい とい う こ と、経 常 投 資は経常産出高 の うち消 費 され な い部 分 の価 値 に 等 しい と い う こ と、 お よ び貯蓄は所得 の消費を超 え る額 に等 しい とい う こ とが も し容認 され る な らば - それ らすべて は常識 に もまた大多数 の経済 学者 の伝統的 な用語例 にもともと適合 し た ものである.- 貯蓄 と殻資 との均等性 は必然的 に生ず るのである。 つまり次 のようになる。 所得 -産出物 の価値 -消費+投資 貯蓄 -所得 一消費 ゆえ に、貯蓄 -消費」 (註18)Ⅱ
二 つ の集 計 概 念 の 関係
体系 上 の相 違 を特 徴 的 に 示 す もの は 、 マル ク スが 商 品 の価 値の連動杏 中心 に、 ケ イ ンズ は貨 幣 的取 引 を 中心 にす え て い る こ とで ある。もちろ ん、 ケイ ンズ体 系が 貨 幣 運 動 の分析 だけによ って成 りた って いるとい うので -38-はない。 マル クスの概念 でい うと使 用価値 規定 は、外 か ら結果 として与 え られ るので ある。 マル クスの定義が二部門 モデルであ るのに対 してケイ ンズモデルは包括的一 門 モデルであるO 都留重人 のい うよ うにそれは操作 可能な集計装置 である (註 19)マルクスは個別 資本をケイYズは企業を分析 の中心 にすえて いる点では 両者は共通 の言 葉を有す ることがで きるが ケ インズの ものは拡大利 用が 可能な 面を もっている。 ケインズの所得 は収入のすべて を計算 に入れ るか らで ある. (財産の移転 に基ず く収入 はこれ には入れない。そ れは単 なる貨 幣 と実物財産 の移転 にす ぎないか らである。 )戦後 の資本 主義各国の国民所得統計 にはケイ ンズモデルが応用 されてい ることをみれば、 その現実 適応性が いかなるもので あるかがわかるで あろう。 マ)レタス表式 とケインズ ・モデルを 比較す る うえで注意 しておか ねばな らな いのは、 マル クスは フローベ ースを中心 に考 えて いるのに対 して、 ケインズは ス トックとフローの両面か ら接近 して いるとい うことである。 最後 にケインズの体系は同時決定 にな ってい るがマル クスの表式展開では具 時決定 の形式が とられているこ とで ある。 このことが比較す る際 に様々な困難 を もたらす ので ある。 ここか らマル クス表式 との比軟 にはいるが まず マル クスの単純 再生産の場合 か ら考 える I Cl+Vl+Ml-Wl Ⅱ C2+ VZ十M2王W2 において Vl十M1-C2が与 え られてい る。 A-W
l
+
W2 U-Cl+C2 (註 20 ) (但 しケイ ンズのⅤ-0とお く。 ) A- UヨーVl
+
Ml
+
V2十 M2 A-A1-Vl+Ml十V2+ M2 Al-U-0-39-ここでは、 マル クスの表 式 にお ける年間価値 生産物 (-所得 )が ケインズの所 得 に全 く一致 し穀資が ゼ ロであ るこ とも常識 的 に一致す るO マル クスにお いて もケイ ンズにおいて も期末 (それを一 年の終 りとお こう )に おける集 計を 問題 に して い るのだが、 ケイ ンズにおいては、 A-U+F+ Pに おけ る要 因費用Fは今期 の支払 い (-所得 )で あり、それが今期 の産 出物 A-Uに対す る需 要 の一部 を構成す るO だが マル クスにあ って は、資本家 の支払 い (V)は次期 の生産 に対す る要 因費用で あ り、 それ が今 期 の生産物 の需要を構 成 して いるこ とで あ る。 労働 力商品 の購 入は次期 の生産 のための費用で あ り、 今期 の生産物 に対 す る需要 にな って い る。 そ の間題が表面 に出て こないのは単 純再 生産で あるか らだ。 拡大 再生産 の場 合 にはそ う簡単で はな い。 マル クスの拡大 再生産表 式 I Cl+Vl+机 ≡wl Ⅱ C2十V2+M2-W2 をケ イ ンズの概念 に読 みか え ると A5lW】+W2 Al= C1+ C.+ △Cl+△C2 (註21) U- Cl十 C2 1) AI U-Vl+M.+V2+M2 2) A- Al- (Vl+Ml十 V2十M,)- (△Cl+△C2) 3) Al-U
-
△C.十△C2 そ う簡 単で はな い とい う意 味はマル クス経済学 の文献 の中で常 に出て くる資本 家 の蓄積 (△C+△Ⅴ )や、拡大再生産 の公 式、 Vl十△Vl十Mk1-C+△C ない し Vl+Ml>
Cl な どが影 にか くれ たまま、 ケイ ンズの投資 が マル クスの追 加不変資本 として表 われ ることであ る。 ケ インズが投資Ⅰ
事を実物 資本 の増 加 (G-G')と規定 し てい るのだか ら問題 は ないはずで あ るが、 マル クス経済学 の立場 、ない し、再 生産表式 の考え方 にな じんだ人 々には納 得 のいかない気持 にな るであ ろう。 な-40-ぜ な ら、 M-△C
+△Ⅴ+Mk
と した とき資本家は (△C+△V )を迫 力臆 本 として貯蓄す る (消費 しない )のだか ら、 △Ⅴが どこかに現われなければな ら ない。 貯蓄は投資 として表 われねば な らない。 ところが、 ケインズ ・モデルにおいては、 た とえ前払賃金で あろ うが何 であ ろ うが、 消費財 に支 出すればそれ は消費な ので あ り、 投資は所得 か ら消費を さ し引いた もので ある とい うのが この公式 の答える ものなのだ. 個別資本家 にと っての勘定の上で はた しか に貯蓄 -追加的資本投Tであ るに して もそれは社会 全体 と しては消費の一部分にす ぎないのである。 消費 と殻 資の問題 が この過程で どうな ってい るのかやや詳 しくみてみ よ う。 消費 について、 A- Al-W.十W2- (Cl+C2十△C.+△C2) - (C.十Vl+△Cl+△Vl+Mkl)十 (C2+ V2十△C2十△V2+Mk2) - (C.+ C2+△Cl+△C2) - (vl+△V.+Mkl-(C2+△C2)+ (C2+V2+△C2+△V2+Mk2) 今、 Vl+△V.+Mk.- C2+△C,である とすれ ば、 A- Al=W2(消受財 ) 投資 について、 Al- U- (C.十C2+△C.十△Cl)- (Cl+ C;)-△Cl+△q これで問題が終 った のではな い.投資が マル クスの使用価値規定 に符合す る のは特殊 な条件 が暗黙 の うちに仮定 され てい るか らである。むずか しさは次の 点 にあるo ケイ ンズでは 今期の費用 -今期の所得 -今期の産出物 に対す る需要 とな っているのに対 して、 マル クスでは 次期 の費用 =今期の生 産物 に対す る需要 とな っているため に上 の結論 で満足す るこ とはで きないのであ り、比較をす る 場合 にはむずか しい問題が生ず るのである. 前 にも述べ たように、再生産表式を資本制的 生産関係 の再 生 産 と して構成-41-す る意 図を もったマル クスは労働 力商品の販売が労働 力商品 と等価値 の過去の 生産物 を買 うとい う形式を とったが、 費用か ら所得、所得か ら消費財需要 とい う形式で論 じられて いるケインズ体系 との比較 において その違 いが経済学者 の 混乱を生んだのであ った. もちろん この間題 に気がつかず に上記 の結論だけで 問題提起を した者 を批判 す る論者 もいた。.(註22) 今期末 の商品生産物 の価値構成 は I Cl十 Vl十 (△C1十△Vl+Mkl)-Wl Ⅱ C2十 V2十 (△C2
+
△V2+
Mk2)-W2 労働者 は次期の賃金 の支 払い (Vl十V2十△Vl+△V2)を うけ、今期 の消費財 生 産物 (Ⅴ汁Ⅵ+
△Ⅵ+
△% )を買 う。資本 家 は今期 の収入で今期の 消費財生産物 な らび
に次期 の追加不変 資本を買 う。 だか ら生 産物wIW2の費用がそれ 自身へ の需要を 構 成 す る 部 分 は 存 在 しな い. 労働者 はそ の期 に作 られて売 られ る生産物 の費用を所得 と して うけ とり、 その所得か ら消費財を買 うのではないのであ る。 たまたまV
.、V2に関 しては対 価 の支払 いを受け とるか に現象 し、都留重人 の所論 においては△V
だけが特別 のあっか いを うけた。つ まり、剰余価値部分は資本家の所得で あり、
Vは労働 力の価値 の再 生産部分であ るか らそれは労働者の所得 であ ると。 しか し、 マル クスの理論で はそ うなって ないのであって、実は価値生産物(再生産表 式で いう) はすべて資本家の所有 であ って労働者 はただ労働 力を売 るだけにな って いる. 商品生産物価値 の生 産者で はあるがそ の価値 の所有者で はない。 だか らもし、△V
を問題 にす るので あれば Ⅴも問題 にな らねはな らなか ったのである. か くして、 ケイ ンズの方法 とマルクスの方法が期間の と り方 において全 く異 なるか ら比較が全 く不 可能 であるか といえば必ず しもそ うではない。 期 間 の問題を正確 に理解 しないがために、 マル ク スの再 生 産表式 に奇妙な 「困難 」をみ い出 した り、 その 「困難 」の解決 として珍妙 な結論が引 き出 され ることもあ る。 この例 と して、音場 文太郎 「再生産表式論 の困難」 (註23) が あげ られ る。追加的労働 者が購入すべ き生産物△
Ⅴ 部分が 「商品在 荷」とし て累積 しなければな らない とい う 「困難」は川上正道 r資本論 と日本経済』の なかで 「見事」に解決 されている (註24
)。 この若 者達 の共通 な誤 りは、V
-421と△Vの区別 が どこにあるかを明 らか に しな いまま、△Vの独特 の位置を与え た点 にある。 マル クスのモデルはそれ なりに上 のよ うな 「困難 」が生 じないよ うにで きている。 ただ ケインズ とマル クスの比較 を行 う際 には両者 の特徴が明 らか にされ ねば な らない。上述 した ようにマル クスの表式分析 は商品資本形態 における分析で あり、社会的総資本 が一回転 しか しないとい う方法 を とって いるO ケイ ンズの 有効需要論 にお けるモデルでは商品資本 の一循環 とい う方法は とられて お らず、 その期間 に無数 の個別資本 の循環 G-W ・・・W′-G′が含 まれて いるモデルである とい うことができる。今 ここに、 マル クス的意味 における貨幣資本 (Go)、生 産資本 (po)、 商 品資本 (wo)が並存す ると仮定 して、 資本循環 が並 存す る場 令, (現実はそ うな っている )、 を考えてみ る。 (サ フィクスは期 間を あ らわ す ) 貨幣資本 Go :oti .
惑
i p:3 生産資本 商品資本 Gn それぜれの矢印は資本 の姿態変換 をあ らわす。 マル クスの表式 ではこの循環 図におけ る、 W,- G.+1- Pi+2- Wi+3とい う一側面だけが とり出 され、 集計 的にとりあっかわれて いる。 ここで Gi- Pi+.とWi- Gi+1の両過程の交叉す る点で何が起るかやや詳 しくみてみ よ う。 や詳 しくみてみ よ う。 マル クス- いて は、 G-W<P
Am・・・W,-G′- けるG-WiA程 と.W,-G′過 程が重なる部分で ある。 ケインズにおいては要因受用(F)の支払 い と他企業 か ら の生産物購入(Al)(G-W )、完 成生産物 の売却(A)(WL G′)が対応する。(だ ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● が 「対応 する」ということと価値的 に一致することとは月lめ ことで ある。 ))ここ で-ルクスの C-W< 慧 ・・・W′- G′の蹴 - 、なが らケインズ集計鵬 との 照応関係をたどることにす る (註25)a期首 資本 ス トソクGo 十 期末 Ⅰ(⊂=コ殻 資) - U -Go
+
′
-
-
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▲
-
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-
-
ヽ
,
読 _言
wS
L宗 .表 芸
.G柵 U__4.育
(ケイ ンズ ) -M-i
+P
総価値 の変化 - ((Go+
Ar U )+ (M- Ⅰ+ 首 )I- (Go+M )=言 上 の図表で明ちかな よ うに
マル クスの分析視角 とケインズのそれ とはかな り違 うことがわか る.最 も明瞭 な違 いは フローとス トyクの取扱い方である. ケイ ンズの穀資概念 とマル クスの追 加的資本 とは全 く異質の もので あることは明 ら か であるO ケイ ンズの投資は実物 資本の増 加で あり、それ はマルクス範式 にお けるG′の再授資 とい う形態を とらず して生産資本 (労働 力をのぞいた )の増 加 と して終結 して いる (A
l
>
Pm).重要な ことは、ケイ ンズの投資 Ⅰは相原茂が 言 うよ うにマル クス表式 におけるA_Cで あ ると言 うことは必ず しもで きない (註26
)。 なぜ な らば、 マル クス表式 においては△C
は必ず次 年 度の商品生産物 価 値 の中 に不変資本部分 と して再生産 され、顔を 出 してい るが、 ケイ ンズのⅠ は、実物資本 ス トックの増加にす ぎないので あ って、それが 同 じ顔を して フ ロ ーの中 に登場 して くるわけではない。 ケインズモデルの相 においてマル クス表 式を考え る場合 には、期間 のとり方 に注意 す る必要が あるo また、 マル クスの二部門分割、剰余価値の同一部門へ の再授資 とい う表 式上 の設定 もここでは一時無視 してお こう。 こ こでi
)賃金 の前払 い (Ⅴ部分 )li
)迫 力由勺労働者 の労働力 (△ V )は次期当初おいて販売 され、前払賃金を うけ とった労働者はただちに消費財 の購入 を行 うもの とする。i
i
i)
不変資本 C、及び追加不変 資本部分 △ C、 は当期 において購入 され るi
v)
資本家の消費財Mkにつ いて も同 じ。 第 t期 における商品生産物 は Ct+Vt十Mt-Wt 但 し、 Mt-△Ct+△Vt+Mkt 労働者 への支払 -・・‥△vl-1+Vt-- (Vt-1十△Vl-1)+△V1-1 -44--Vt-1+ 2△Vt-1 この期 におこる消費財購入 は、 Vt+△Ⅴ卜 1+虻 ktこれをケ インズの記号で表 わせば、 Ct-At-Alt= Vt十△VI-1+M kt ここで問題 となるのはケイ ンズのAとマル クスのW、ケ インズのAlがマル クス の範晴 の どれで表 わ されるか とい うことで ある。 マル クス表式は生産視点がつ らぬかれているが、 ケインズのそれはあ くまで も取引視点である。 だが期間を 設定し、上の方程式を立てた以上われわれは取引視 点に座標軸 を うつ してい るの で ある。 なぜな ら、右辺の第2項△vl-1はt期 の生産物 ではな い ことか らマル クス表式 のたて まえを維持 しつつ ケインズ的集計方法を採 って いるのである。 ここか らは 2つの場合が考 え られ る
o
l)マル クス表式 の前提 に従 って 商業 資本を仮定 しない場合 Il)商業資本が介在 し、△Vt、 △V1-.は これ らの資 本家ゐ在庫へ の編入、引き出 し分 と考え られ る場合、i
)の場合 At-Wt+△Vt-I-△Vt AlI= C1+△Ct Ut‡ Ct十△Vt-I-△Vt ゆえに Ⅰ-All- Ut-△Ct+△Vt-△Vl-1 (C)At- All- Vt+△Vt-1+ Mkti
l)の場合、 A t-W t Alt- C/t十△C/t 但 し、 C′t- C I- △Vt-1 △C′t-△C t十△VI U l- Cl- C/I+△V卜 1 これより、 C(消費 )-A t- All - V t+△V t-1+ Mkt I(穀賢 )-△C t+△V t-△Ⅴ 卜 1 つ まり、 i
)、
ii)いずれの場合 において も、 Ct- Vt十△Vt-1十Mkt lt=△Ct十△Vt- △Vl-1 が成 り立つ こ とがわか った。-使用 費用lUの 中に△VI-.が含 まれ るこ とに注 意 しな けれ ばな らない。 資本 資産 の減少 は負 の投資、 も しくはAl- U-ⅠにおいてAr 0とおいた とき、 U-- Ⅰ、 すな わち使用 費用 の カテゴ リーにな るので あり、△Vtはそれ に対応 して l)の場 合、 負 の使用 受用 と して表われ るので ある。 Y - Ct+ II- Vt+△Vt+△Ct+ Mkt - V t十M t す な わち、 ケイ ンズの所得Yはマル クスの価値 生産物 (V十M )に等 しい。 し か し、 ケイ ンズの消費C、穀 資 Ⅰの対応物をマルクスの年生産物価値の中からス トレー トに見 出そ うとす るのは徒 らに議論 を混乱 させ るだけで あ ろう. 以上 、ケイ ンズの集計 概念 とマル クス再 生産表式 との関係、そのカテゴリー上 の対 応 関係 の一・部 を吟味 した。もちろん対比 は これで終 る ものではない。あるい は対 比す るこ と 自体無 意味で あるとい う論者 も多いで あろ う。 しか し少 な くと も国民経済 の重要 な指標 の取扱 い方 において 両者 の違いをみる とい うこと、 い いか えれば一個 同一 の実体 を対象 として いるこ との数量 的確認 は経済学的研究 にと って重要 な意義 を もつ と生者 は考 えて いる. (註
28)
註 1) 福岡正夫、川又邦雄訳、ア ロー ・-ーン ト 般的均衡分析j岩波書店 2ページ。2) M.BTOnfenbre')net
:"
`DasKapitaJ- for theModeTnMan' in `Marx andModernEconomics' ed.byD.Hor'owll之. P 205-225 プロン7ェンプレンナ-、 「現代人のための r資本論J
」ホログィツ 編,名和統一訳 r現代経済学 とマル クス.1筑摩書房、 I974、 195- 217ページ。
3) W .Lenotlef. The slgnll1CanCe OIMarxianEconomlCS forPresent - day EconomicTheory,AmerlCan Economic RevleW SIPplement, March 1938 . W.レオンチェフ 「マルクス斯 学の現代経済理論にもつ意味」、ホログィツ 編,前掲書 78ペー ジ。 4) T.M.ケイ ンズ 早坂忠訳 F平和の餅 的帰結j東洋経済新報社、ケインズ 全集 第2巻 1 977 -46
-伊 東光晴 Fケインズj岩波新書、塩野九十九、- ロッ ド rケイ ンズ伝J参軌 註 5) S .Tsuru"On Peproduct■oJISchemes■ apendix to"The Thevry
of copltalistDelrelop ment■1942.都留重人 「再生産表式について」 都留重人著作集、第2巷 258ペー ジは上の美文の もの に加筆 され一部分を削 除 したものである。また同じ著者のもので 「ケインズとマルクス、集計概念の 方法論」ホロケィツ編 名和訳 前掲書 165ページ。 6) 第三肝以降 参照。 7) 学史的背景 としては佐藤金三郎他編、 r資本論を学 ぶ.InI,有斐閣選書 参照。 8) 拙稿
、
「国民所得成長の理論」上、下,沖大経済論叢、参照。9) K.Marx.Pis Kapital. BdⅡ . Marx EngelsW erke 24. Dlety. 19 77. S.391 K.マルクス 岡崎次郎訳 r資本論J(5)国民文庫 大 月書店、 1980. 224ページ。 10) C1、 C2の中に費趣固定不変資本を含めると考え るのがこの場合妥当で あろう。 あとの証で も述べ るつもりで あるがマルクス自身,その点 について一定 してい ない。 11)
r
資本論Jで は、第 Ⅱ部門を さらに 「必要生活手段部門」 と 「書移手段生産部 門」 との亜部門 にわけて考察している。だが本講の 日的か らしてこのよ うlこ単 純化し、本質的な変更を加えたことにはな らないと考える。 12) マルクスは転態を媒介す る貨幣流通を その持手香代が資本の再生産 にとってい かなる経済的性格をもつか とい う点に視点をす えて詳細に論 じているが その間 題 についての言及はここで は避けたい。 13) ここでの転態 (価値補填ならびに素材補填)についていえは単純再生産の場合 と本質的には変 りはない。 わか りやすい図解 としては都留重人 「再生産表式に ついて」r
都留重人著作集」第2巻、 258- 2 72ページ、を みム 14) クライ ンは マルクスの 表式 に関 して誤解を してい る。おそ らくケイ ンズが売 上金額か ら使用費用を控除 したのと同 じことをマル クスはやってい ると思 った のであろう。L.R. Klei爪" Theories of EffectlVe Demand and Employment} in `Marx and modern EconomlCS叫ed,by lloroyitZ:. pp. 138-175 R.クライン r有効需要 と雇用の諸理論」、 ホログィツ編、名和統一 訳 前掲斉 14 7- 148ペー ジ。
I 5) J. M. Keynes. The GeneralTheory of Employment,Interest and Money.The Col一ectedW rJtIl1gS OLJohn MayJlard KeynesVⅡ.
47-The RoyalEconomic Society 1973,pp・52- 65.塩野谷九十 九訳 T・ M. ケイ ンズ、 r雇傭 ・利子及び貨幣の一 般理論J、 東洋 節 1975 61- 75、 83- 100ページ。 註 16) Keynesop clt p・ 25 17) Ⅹeynes op °it pp・52- 65 18) Keynes op clt p・ 63 19) 都留重人、前 掲書、 258- 259ページ。 20) ケインズの使用費用の定義の仕方 は必ず しもこの よ うに単純ではないがここで は, さしあた りマル クスの流動不変真木 プラス固定受木の磨抱分としておく。 ただマル クス自身、この裏式の中に固定資本の減価償却を入れないでおくと言 った り、 (邦訳、 「資本論」⑤ 23 1ペー ジ,KapltalⅡ 396)、かな りの ペー ジを さいて それを考葵知)対象 と (邦訳 「資本論」⑤ 389- 390、 KapitalⅡ. 489- 490)している。 マル クスはこ うのべている
。
「注意 しておきたいことは,以上の よ うな叙述 (拡大再生産 もふ くめて一筆者註)不 変資本の価値は, それが商品資本の価値の うち、 それの助力によって生産 され た部分であるかぎりで は、正確に示 されてはいない とい うことで ある。新たに 著鎖 された不変東本の 固定部分は、ただしだいに周期的に、この固定的諸要素 の性質 に応 じて違 った仕方で商品資本の中にはい ってい くだけだか ら原料や、 製品などが大量に商 品生産 にはい っていく場合には、商品資本の かな り大きい 部分が流動不変成分 と可変資本 との補填分か らな 1ている。・・・しか し・・.周期的 に生産 されるそれぞれの商品資本の価値について は、不変受木の固定部分は、 た だ、 その消費 によっそ平均的 に価値を生産物 そのものに移すかぎり算入すべ きものである」 (邦訳 「党本論」⑤ 435- 436 KⅡ.S516- 517) ここでマルクスのいわん とす ることは蓄蔵貨幣の問題や補填のFiB軟性の問題な どがあって固定受木の磨姐分を表式の 中に入れるのを はばか-'たが、実際には それも入れて考えねばな らないのだということになる。従1て、社会の年々の 固定資本の磨損分に等しいだけの補填投棄がな されているとい う条件のもとに、 この等式を考えるこ とは、表式の主旨か らの逸脱で はないと考え る。 更に重要なこ とであるが、 ケインズの売
上全額AはマルクスのWl+W2iこ必 に必ず しも一致 しない とい うことである。 マルクスの休 系にもいては生産 され たものは売れ なければな らない (W L G/)Oすなわち 「実 現問題」がある。 し か し、ケインズのAは売れただけの金額の集計値でよいのである。製品在庫 は 投資 として勘定 されればよいのであるか ら。 だ が比 較 対 照をす ると い う作 - 481業を す るた め に は しば しば この 問 題を わ きに措 い て考 えるべ きであろ う。
註21) ベ トレイムは都留電人のこの見解 に対 してA及びAlは企業の統合度によっては 必ず しもC+△Cに等 しいと言えない と批 判 したが、マルクスの表式の前提に 立つか ぎりそのような議論 はおかしい議論である。 なお、ベ トレイムは同 じ論 文で 日夏消費 (auto--consorTTmat10n)がマルクス衰式ケイ ンズモデルとの<か
け橋 > (pont)になると考えてい る。 しかしマルクスは商品生産物を対照に分 析 したの で あ るか ら、 (auto- COnSOmmation)の 問題 を もちこむこと 自体 ナンセ ンスで あ る。 「Ca(自家消費 )は、マル クス主義者の公式ともケ イジアンの公式 とも無関係なもので あるが、この2つの公式に<橋>をかけ る ために導入せ ざるを得 なかった唯一の 変数値であるo R---V+ sc+ sac+ say- Ca C- Y+ sc-Ca E- Ⅰ- say+ sac
O≦ Al≦ C′十 sae+ say Vく A≦ W 」
(但し、ヘ トレイムの ここでの記号、 Sc、 Sac、 Sav、V、WはマルクスかMk, △C、△ V、 V、W、+瑚致 し,R、U、Al、A、 E、 Ⅰはケインズの Y、 U、 Al、 A、 S、 Ⅰに相当す るもので あり、 Caはベ トレイム自身の概念 「自家消
費
」、C′は不変資本の消費を表わす。)Ch・ Bettelheim・ `Reyenue NatlOnal,Epargne etlrLYeSti ss-mentche'Ma'x elchez Keynes 'dazI
S
"ReveJme D/Economic PolltJque- (1948) PP 198- 21122) た とえは、相原茂 「匡】民所得と可変資本」前掲書 136- 137ページにおい て
O-G/+Al-G-C+ (C+Mac) - (C+Mac) - C G-GJ- (C+Mac)- C-Mac
Al-U- (C+Mac) 一C-Mac A-U-W -C-Ⅴ+MはⅤ十Mk+Mac+May 消費十投資 - (Ⅴ+Mk+ May) + Mac-Ⅴ+M という式をか き、 「何のことはない。 それは初 めか らの常識 に属し、一見 して 疑いの余地の なかったところで ある。」 との ペている。問題がわか っていない こととケイ ンズのGの意味がわか らないこ とが彼を聡 明にしているのである0
-49-固定資本 は常 にゼロでは甘 くてもゼqであ.,ても上の式はな り立つが