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北インドの村のイメージと実態 (フィールドワーク心得帖 第5回)

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Academic year: 2021

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北インドの村のイメージと実態 (フィールドワーク

心得帖 第5回)

著者

近藤 則夫

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジ研ワールド・トレンド

179

ページ

51-52

発行年

2010-08

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00004448

(2)

アジ研ワールド・トレンド No.179 (2010. 8)

51

第5回 近藤則夫

  一般に村の調査の場合、全員 を調査する悉皆調査が理想的で ある。しかし、実際には時間と 資源の制約がある場合がほとん どで、一部の村人のみを調査対 象とする標本調査が行われるこ とが多い。その場合、できるだ け「一般的な実態」に近づこう とするならば、インタビュー対 象 者 は で き る だ け「 ラ ン ダ ム 」 に選択する必要がある。もっと も、ランダムとはいっても実際 には村の全成人の投票名簿を基 にして、そこから一定の間隔で 名前を選択する「系統抽出」な どを適用することになるのであ るが、いずれにせよ行き当たり ばったりに村人にインタビュー す る の で は な く、 事 前 に タ ー ゲットを決めて面接にいくので ある。 その場合、 うまくターゲッ トの村人と会えるかどうかが問 題である。特に播種や収穫の農 繁期は畑や田んぼで仕事をして い る 場 合 が 多 く、 ス ム ー ズ に 会 え な い 場 合 が 度 々 で あ る 。   我々の調査でも、そのような 例がたびたびあり調査の効率を 落とすものとなった。それでガ イド兼調査員の次のようなアド バイスを容れることにした。す なわち、五月から六月に調査を 行うというものである。 なぜか。 五月から六月の北インドのガン ジス平原はモンスーン前の一年 で最も熱い時期であり、灌漑設 備がなく旱魃常襲地域の調査地 域 で は 農 業 は ほ ぼ で き な い。 従って農民は家に張り付いてい るはずで、簡単につかまえてイ ンタビューできるだろう、とい うのである。私の雇ったガイド 兼調査員はその調査地とは別の 地域出身ではあったが、農民で あり、事情は詳しいから、彼ら のアドバイスに従うのが間違い ないと考え、あえて六月に調査 を 設 定 し た。 そ の 結 果 は ど う だったであろうか。   日中五〇度の外気の中、タオ ルを頭に巻き水を常に振りかけ ながら一週間野良をうろつき回 り調査を行ったが、ターゲット の村人にあう確率はかえって大 き く 落 ち て し ま う 結 果 と な っ た。なぜか。確かに水のない酷 暑期のゆえに野良仕事はできず 農民は野良にはいなかった。し かし、村人は家に閉じこもって もいなかった。どこへ行ったか というと、多くは出稼ぎに近郊 または離れた都市部に行ってし まっていたのである。調査員は 都市部に比較的に近い地域の出 身であったこともあって、この ような近年の変化をよく把握し ていなかったのである。   この経験では、体力的にはき つい思いをしたにも関わらず期 待通りの成果は収められなかっ たが、しかし、おかげで自分な りに一つの貴重な事実認識をす ることができた。それは旱魃常 襲地域では農作業ができない時 期は、農民は所得を補うために 都市部に出稼ぎにいくのが近年 かなり一般的になっているとい う事実である。そして調査後の データを集計してみるとそのよ うな出稼ぎは農家の規模やカー ストを問わず、かなり一般的に なっており、これが調査地域の 社会の変容に大きく関わってい る可能性があることが理解され たのである。   次のエピソードは教育に関し てのものである。   教育が社会的上昇の鍵である ことは今日、ほとんどの村人に 認 知 さ れ て い る と い っ て よ い。 普通教育の普及という点では農 村部では政府が中心的役割を担 うべきとされるが、しかし、政 府が運営する小学校の実態は問 題だらけである。例えば、村人 の指摘する問題点として、児童 数に対して教員が圧倒的に少な い、教員の質も低く満足に授業 が行えない、そもそも教員がき ちんと学校に来ないし、来ても 授 業 を や ら な い で サ ボ っ て い る、などである。そのような状 況で、教育熱心な村人はどのよ うにして自分の子供によりよい 教育を受けさせようとしている のであろうか。一つの選択は都 市部の私立学校に送ることであ る。ただし、これはかなりの金 持ちでないとできない選択であ る。他の選択肢は自分たちでお

北イ

と実態

  二 〇 〇 四 年 か ら 二 年 間 イ ン ド に 派 遣 さ れ、 北 イ ン ド の 村 で フ ィ ー ル ド 調 査 を 行 う 機 会 に 恵 ま れ た。 私 は フ ィ ー ル ド 調 査 を 研 究 の 中 心 に 据 え る タ イ プ の 研 究 者 で は な い が、 そ れ ゆ え に、 フ ィ ー ル ド 調 査 の 経 験 は 得 難 い も の で あ っ た。 イ ン ド で は 農 村 調 査 は 昔 か ら 数 多 く な さ れ て き て お り、 相 当 な 蓄 積 が あ る が、 私 が テ ー マ と し た「 農 村 開 発 行 政 」 の 分 野 は 重 要 と さ れ て き た に も か か わ ら ず、 優 れ た 研 究 は 少 な い よ う に 思 わ れ る。 そ れ は と も か く、 現 実 は 既 存 研 究 か ら 描 き 出 さ れ る 姿 よ り も は る か に 複 雑 な も の で あ る こ と を 二 つ の エ ピ ソ ー ド か ら 紹 介したい。

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アジ研ワールド・トレンド No.179 (2010. 8)

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金を出し合って「補充学級」を 運営することである。   この 「補充学級」 と呼ばれるも のは多くの地域で今日みられる ものであるが、それは皮肉なこ とに、質の高い教育に対する需 要が大きくなっているにもかか わらず、政府の学校が満足に答 え ら れ な い 現 実 の 反 映 で あ る。 それはともかく、この補充学級 では一定の教育を受けた村の失 業青年などを雇って授業を行っ ている場合が多い。我々が訪れ たところでは、それら青年の給 与は政府の学校の先生の給与の 一 / 三 〜 一 / 二 に も 関 わ ら ず、 政府の小学校に比べれば、かな り実質的に有効な授業を行って いたといえる。そのような効率 的な運営ができるのは補充学級 が、村人自身がお金を出し合っ て運営されているため、村人の 目が常に光っており、村の青年 といえども一生懸命に教えない と 給 与 を も ら え な い か ら で あ る。もちろん補充学級にも様々 な問題があり、手放しで賛美す るわけにはいかないが、一定の 学費を払えば望む村人は子供を 授業によこすことができるとい うことを聞いて、村人の自主的 な努力という点では大きく評価 されるべきとの一種の感動を抱 いてその補充学校を後にした。   し か し、 調 査 終 了 後、 デ ー タ を 集 計 し て み る と、決して小さなことと して済まされない問題が あ る こ と に 気 づ か さ れ た。それは補充学級が村 社会自体によって組織さ れ た も の で あ る が ゆ え に、村社会のミニチュア という側面があり、村の 問題を引きずっていると いう点である。伝統的に インド社会は 「カースト」 を基本的単位として成り 立っている。そして社会 の最底辺に「不可触」と して差別され、分断され てきた「指定カースト」と呼ば れる人々がいる。もちろん現在 では差別は禁止され、また、そ れらの人々のために様々な優遇 措置がなされてはいるが、差別 は残っているのが実態である。   自 分 が 気 づ か さ れ た こ と は、 そのような差別・分断の構造が 補 充 学 級 に も 反 映 さ れ て い た、 という点である。要するに指定 カーストの子供が補充学級には いなかったのである。標本調査 であるから、指定カーストの児 童もごく少数はいる可能性はあ るが、たとえそうだとしてもご く少数のはずである。指定カー ストの子供が補充学級にはこな い具体的な理由はいくつか考え られる。例えば、指定カースト 出身の親は、子供たちが不愉快 な事件に遭遇するかもしれない と恐れて、子供たちを行かせな いのかもしれないし、 あるいは、 補充学級を取り仕切る村の有力 者が、指定カーストの子供が来 ることを歓迎していないからか もしれない。また、補充学級に 子供を送るためには高くはない とはいえ学費を払うことを要求 されるので、経済力のない指定 カーストの親は社会的な差別が なくともお金を払うことができ なくて、行かせられず、しかた なく政府の学校に行かせている と い う こ と な の か も し れ な い。 政府の小学校は、質は低いとは いえ授業料はほとんどただなの である。以上のような様々な理 由が考えられるのであるが、こ の点は調査が終了した後に気づ いたため深くは追究できなかっ た。   社会科学の研究は過去の蓄積 の上になりたっており、過去の 研究を基に作業仮説を考えてそ れをフィールドから得られた実 際のデータで検証するというの が正統なプロセスであろう。し かし広大で変化し続ける現実を 前にすると、過去の研究がどれ だけ実態をカバーできるのであ ろうか。この点を考えると説得 的な「過去の研究を基にした作 業仮説」が構築され、研究の出 発 点 と す る こ と が で き る 領 域 は、実はきわめて限られている というべきである。従って関連 領域の研究は考慮しつつも、ま ず、フィールド調査から始める というスタイルも決して悪い方 法ではない。少なくても既存の イメージから外れた多くの発見 に出くわした後の方がより実態 に近い仮説を提出できるであろ う。 ( こ ん ど う   の り お / ア ジ ア 経 済 研究所南アジア研究グループ) こんどう のりお/地域研究センター 南アジア研究グループ長 専門: インド現代政治・社会論、農村開発行政、比較政治学、選挙分析 近著に 近藤則夫編『インド民主主義体制のゆくえ —挑戦と変容—』 アジア経済研究所、2009年(研究双書No.580)がある。 村の「補充学級」(2005年3月1日筆者撮影)

参照

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1 Library, Institute of Developing Economies, Japan External Trade Organization (3-2-2 Wakaba Mihama-ku Chiba-shi, Chiba 261-8545). 情報管理 56(1), 043-048,

発表者,題名,発表・発行掲載誌名,発表・発行年月 ○Shinji Tokunaga, Toshiyuki Araki: “Wallerian degeneration slow mouse neurons are protected against cell death

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