21世紀の沖縄農業における
沖縄農業研究会の活躍に期待
安谷屋隆司
生物の生命と活動の源は,太陽のエネルギーに基づいている.中でも,動物は植物が行う光合成
によって太陽エネルギーを固定した物質(炭化物)を食料(エネルギー源)とし,それを基礎とす
る植物連鎖の中で生存している.その植物連鎖の頂点に立つ人間は,植物の光合成を最大に活用す
る技術を用いて農業生産を行い,食料を獲得する唯一の生物である.一般に作物(植物)が行う太
陽エネルギーの固定(光合成)は,地球表面の移動できない土地(耕地)でおこなわれる.このた
め,光合成によるエネルギーの固定量は地球表面上の位置で異なる.それ故に作物(植物)は,地
球表面の地理的位置によって異なる太陽光線の受光量や水等の自然条件に順応した多様な品種等に
分化している.
また,農業生産は,自然条件が地理的位置で異なることに対応して地域に独自の農耕方式を発達
させると共に,地域に特有の社会関係を形成した.地域的に発展した農業生産は,科学技術のレベ
ルで抽象的理論として統一されるが,具体的な地域の農業は抽象理論を基礎に地域の農耕方式(士
地利用方式・農業技術体系)の理論や地域農業論を構成する.
さて,沖縄農業を考える場合,抽象的理論としての亜熱帯農業論を基礎に琉球弧の亜熱帯・島喚
農業論としての体系化が課題になるa沖縄農業は,抽象的理論(法則)を基礎に琉球弧の自然・歴
史・社会経済に立脚する理念としての沖縄農業論が必要である.この沖縄農業論によって,沖縄の
農政や農業技術開発は,確かな方向`性をもつことになる.
さらに,沖縄(沖縄孤)農業は,現在,歴史的にたどれるのは約1000年前までである.この1000
年の間に沖縄社会は小集団の集落共同体,地域集団,古代・中世の琉球王国,近世の琉球王府,近
代の沖縄県,現代の琉球政府・沖縄県へと変化した.この発展の背景には農業の発展,すなわち食
料供給の変遷過程があり,農業技術,食料消費技術の変化があった.沖縄農業の歴史をたどると,
大雑把に見て1960年までは冬作と夏作を組み合わせた土地利用方式を基本とする琉球弧独自の伝統
的農耕方式が踏襲されていた.1960年を過ぎる頃から冬作の穀・豆類等や夏作の甘藷を喪失し,夏
作のサトウキビとパインアップルに単一化した農耕方式に変わった.現在,夏作単一の土地利用に
加えて冬作単一(野菜,花弁等)の土地利用が加わり,夏作は変形し,縮小に向かっている.農耕
方式の変化・混乱は,環境破壊や地力の低下,土地利用の粗放化などの歪みを次第に表面化させて
いる.
ちなみに,琉球大学農学部が創立された1950年代は,沖縄農業が食料の自給をめざし,戦前の農
耕方式へ回帰する努力を払った時代である.沖縄農業研究会は,沖縄農業の激変の最中の1962年に
発足した.以後40年にわたる歴代会長をはじめ会員の活動の歴史は,戦後における沖縄農業研究会
の成果として「会誌」に登録され,貴重な蓄積となっている.
ところで,沖縄農業は,今,その理念・哲学がみえず,将来の方向が不透明である.沖縄農業は,
その歴史をふまえて理念・哲学を確立し,借物でない沖縄(琉球弧)農業独自の体系と発展方向を
築くべき段階にある.従って,沖縄農業研究会は,琉球大学農学部等とともに20世紀後半におけ
る沖縄農業を検証し,沖縄農業論(理念・哲学)を確立し,沖縄農業が21世紀にめざすべき発展方
向を解明すべき課題に直面しているといえよう.