クリケットと映画 -- インドの二大娯楽 (特集 途
上国のエンターテイメント事情)
著者
佐藤 創
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
203
ページ
14-15
発行年
2012-08
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00003900
ニューデリー駐在中に雇ってい た運転手は、日系企業の社長付き の運転手を長年勤めた後に私のと ころにきていたためか、申し分の ない働きぶりであった。無遅刻無 欠勤︵日本では当たり前だがイン ドでは必ずしもそうではない︶ 、 運転も安全第一で無理なことはせ ず︵道はカオスであり我先に行か ねば前に進めないと思っているド ライバーが大半である︶ 、クラク ションも︵インド人にしては︶鳴 らす回数は控えめだった。私が車 に向かうと遠くからでも目ざとく みつけ、私が座るべき後部座席の ドアを開けてくれる毎日であっ た。 そんな彼が一度だけ私が車に近 づいたことに気がつかなかったこ とがある。ある日の夕方、仕事を 終えて帰ろうと車にたどり着く と、我が運転手は運転席に座り込 んだまま、なにやら手で目を覆っ て天を仰いでいる様子である。自 分でドアを開けようとすると鍵が かかっているので運転席側にまわ り窓をコツコツたたくとようやく 気がつき、あたふたと車をおりて 後部座席のドアをあけてくれた。 体の調子が悪そうでもないし ﹁何か問題でも起こったのか﹂と 聞くと 、彼は ﹁アイム ・ヴェリ ・ ヴェリ ・ アプセット ・ ナ﹂という。 ﹁ナ﹂はヒンディ語の語尾らしく、 日本語の﹁∼ですね﹂とか﹁∼で すよ﹂といったニュアンスのよう で、独学で身につけたらしい彼の 英語は日常生活にはほとんど問題 ないほどのレベルだが、なにを話 しても最後に﹁ナ﹂がつく。おか げでこちらも同じリズムで話そう とするためか、 ﹁アンダスタンド ・ ね﹂とか﹁プリーズ・ゴー・ホー ム・ね﹂と日本語の語尾﹁ね﹂が つくようになってしまっていた。 それはさておき 、﹁なんでアプ セット︵心を乱す︶なんだ﹂と聞 くと、 ﹁インディア・ロスト・ナ﹂ という 。﹁ン 、なんのことだ﹂と 怪訝な顔を私がすると ﹁テスト マッチ・ナ﹂というから、 ﹁オー、 クリケット・ね﹂と納得したとこ ろ、 ﹁イエス、イエス﹂と彼。 なんのことはない、クリケット の国際試合でインド代表チームが オーストラリアに負けたので、私 が車に近づいたことに気がつかな いという前代未聞の事態が生じた らしいのだ。 心配損と思うなかれ。 ことは彼にとってさほどに重大 だったと理解すべきである。 実際、クリケット熱は庶民の間 でとても高く、 プロリーグ ︵ Indian Premier League IPL︶が開 催される四∼五月は、もうひとつ の庶民の大きな娯楽である映画の 新作封切りも少なくなる傾向にあ る。ただしIPLの歴史はまだ浅 く 、クリケットの花形はなんと いってもテストマッチと呼ばれる 正式な国際試合であり 、﹁ 今日は 車のクラクションも少なくてずい ぶん静かな午後だなあ﹂と思って いると、対パキスタン戦が開催さ れていた 、ということもあった 。 みなテレビやラジオに釘付けだっ たのだ。 クリケットの醍醐味がどこにあ るかと聞かれると簡潔に説明する ことは難しい。とにかく気の長い スポーツで、バッターはアウトに なるまでフィールドに立ち続け 、 ティー・タイムやランチ・タイム を間に挟んだりしながら何日もか け て 行 わ れ る 。 最 近 は O D I ︵ One-Day International ︶や T 20 ︵ T wenty 20 ︶と呼ばれる一日な いし数時間で終わる試合形式が増 えているものの︵球数に制限を設 けて試合を短く設定する形式︶ 、 テストマッチは一般に五日ほどか かる︵二人一組でバッティングに 立つ一一人のプレーヤーのうち一 〇人がアウトになるまでが一イニ ングであり、両チームとも二イニ ングの攻撃を行う形式︶ 。そして、 このときの対オーストラリア戦
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特 集
途上国の エンターテイメント 事情14
アジ研ワールド・トレンド No.203 (2012. 8)は、四テストマッチ・シリーズと 呼ばれる形式で、基本的には五日 かかるテストマッチを四回、一カ 月ほどをかけて行っていた。二〇 一一年四月にODI形式で行われ たワールドカップで世界制覇した ばかりのインドは、四テストマッ チ・シリーズで七月に対イギリス 戦で四戦全敗し、さらに対オース トラリア戦でもふたたび無残にも 全敗し 、﹁世界一のはずのインド 代表チームはいったいどうなって しまったのだ﹂と国民総アプセッ トの状態に陥ったのであり、我が 運転手も例外ではなかったという ことなのだ。 イギリスから伝わったスポーツ はいくつもあろうに 、なぜクリ ケットがかほどに人気を博すよう になったのかはよくわからない 。 ラグビーやサッカーが普及するに はインドは暑すぎたとか、インド では浄不浄の概念が生活の隅々ま で浸透しており、体の接触の少な いクリケットが彼らの価値観と マッチしやすかったとか、理由に ついては諸説ある。サッカーも人 気があるという話だが、実際、道 ばたで子供たちが興じているの は、ほとんど例外なくクリケット であった。 ただし、クリケットはやはり男 性の娯楽という性格が強いように 思う。女性も含めて庶民みなが楽 しむ娯楽という意味では、インド ではやはり映画が一番であろう 。 日本でも ﹁ムトゥ ・踊るマハラ ジャ ﹂が一九九〇年代後半に大 ヒットして以来、いまでは多くの 方がインド映画がどのようなもの か若干イメージできると思う。た だし 、﹁ ムトゥ ﹂は南インドの映 画であり、 ムンバイ︵旧ボンベイ︶ を中心に制作される通称 ﹁ボリ ウッド﹂ 映画がインドでは中心で、 歌や踊りが入っているという意味 での ﹁ミュージカル形式﹂ であることは南インドもボ リウッドも基本的に同じで あるが、ボリウッド映画は やはりずっと洗練された印 象を与えると思う。 すでに紙面もつきたの で、映画がどれほど庶民に 愛されているかという体験 について手短に語るため 、 我が運転手に今一度ご登場 願おう。 インド人の友人に勧めら れてみたクリケットを主題 とするボリウッド映画があ る。タイトルは﹁ラガーン Lagaan ﹂。 ﹁年貢﹂というような 意味である。一九世紀末の英領イ ンド時代のとある農村を舞台に設 定した作品で、年貢に苦しむ農民 たちがイギリス人支配者を相手 に、見るのもはじめて、ましてや やったこともないクリケットの試 合を、勝てば年貢を免除、負けれ ば倍の年貢を納めると、いわば命 を張って行うという筋書きであ る。二〇〇一年の大ヒット映画で あり、米アカデミー賞︵外国語映 画賞︶にもノミネートされたとい う。DVDを買ってきてみてみる と 、主人公が完全無欠すぎたり 、 プロットの性質上多少ナショナリ スティックなきらいはあるもの の、そのあたりはご愛敬、今に通 じるインドの社会階層や宗教の多 様さ、農村の風景などもほどよく 織り込まれ、また例によって歌や 踊りも華やかにあり、とてもよく できた映画であった。 これを見た翌日、我が運転手に ﹁ラガーン、 ヴェリー ・ グッド ・ フ ィ ルム・ね﹂というと、私がそれを みたのがよほど嬉しかったのか 、 テレビで再放映されるたびに何度 もラガーンをみたという彼は、こ の映画の冒頭のナレーションはボ リウッド界の大御所俳優アミター ブ・バッチャンが務めていると説 明すると、バッチャンが出演した 大ヒット映画を列挙し、 さらには、 バッグミラー越しに私がちゃんと 聞いているか何度も確かめなが ら、おもむろにそのなかの名台詞 をバッチャンの声色を真似て披露 しはじめ 、止まらなくなってし まったのだ。運転中のインド人に 映画の話をしてはいけない、と学 んだのはそのときだったように思 う。 ︵さとう はじめ/アジア経済研究 所 南アジア研究グループ︶ 筆者所蔵のクリケットを題材とする映画DVD(筆者撮影)