1.はじめに
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は,2019 年末 から世界中で大流行している.(このウイルスの発生源 については WHO の調査を待つことにするが,)最初に 大流行した中国では 8 万人以上が感染し,4 千人以上の 人々が亡くなったとされている.世界の累計感染者数は すでに 2500 万人を超え,このウイルスによる感染症に より,世界の 80 万人以上の人々がすでに亡くなってい る.ワクチンや有効な薬の開発は急ピッチで行われてお り,2021 年には開発中の主なワクチンの臨床試験が終 わる可能性も出てきたが,ワクチンの有効性やウイルス の変異については予断を許さない状況が続いている (2020 年 9 月初旬現在). 新型コロナウイルスによる感染症は,一部感染者の肺研究ノート
新型コロナウイルス流行時におけるペー族住民の危機意識の醸成と後退の要因
中国雲南省大理ペー族自治州鶴慶県を例とした文化人類学的検討
雨 森 直 也
大理大学 民族文化研究院副研究員
元日本福祉大学 非常勤講師
Rising and Retreat Factor of Crisis Consciousness of Bai People at the
Outbreak of New Coronavirus:
A Cultural Anthropological Case Study of Heqing, Dali, Yunnan, China.
Naoya AMEMORI
Associate Professor of Dali University
Part-time Lecturer of Nihon Fukushi University
Keywords:危機意識,新型コロナウイルス,ペー族,中国 要旨 本稿は中国雲南省に居住するペー族村落の住民を事例として,2019 年末から 2020 年に中国をはじめ世界中で流行した新 型コロナウイルスに対する危機意識の醸成と後退の要因について検討を加える.当該の住民は,地元の鶴慶県内で新型コロ ナウイルスの感染者が一人発生したことをきっかけに危機意識を抱き始め,マスメディアやスマートフォンなどからの情報 や政府の対策から,危機意識を次第に醸成していった.しかし,そうして醸成された高い危機意識は長く維持することがで きず,その後退過程では,彼らはマスメディアやスマートフォンの情報,政府の対策をほとんど重視せず,身の回りの人々 の行動をもとに相乗的に行動が大胆になっていき,日常の生活を再開していった.危機意識の醸成と後退の過程で住民に よって重視された情報源は全く異なるものであった.
いており,政府や党員の主導で「脆弱な」住民を指導し ていくことで,危機管理をうまく収めていくことに主眼 が置かれている.したがって,これらの研究では住民の 危機意識の変遷には,ほとんど関心が払われていない. 地域のコミュニティにおける危機意識の認識は,地震 や水害といった自然災害におけるもの,感染症に対する もので大きく異なり,さらにその危機が目前で起きてい ることなのか,離れたところで起きているのかによって も大きく異なる.コミュニティはたびたび遭遇する自然 災害に対して経験が備わり,危機意識も維持され,一定 の防災に関する知識と対策が行われている.しかし,そ の危機が新たな感染症となれば,自然災害やインフルエ ンザのような既知の感染症とも異なり,コミュニティの すべての人に経験もなければ,知識もない.そのため, 彼らの危機意識の認識から醸成そして後退にいたる過程 も個々のコミュニティで経験にもとづいた確信あるもの ではなく,手探りの中で進行していくに違いない.した がって,今後,新たな感染症が次々と発生すると広く指 摘されている今日,地域住民の感染症に対する高い危機 意識の持続が彼ら自身の命を守り,その流行を最小限に 食い止めるうえで重要な要素となると考えられる.新た な流行性感染症が流行している状況下において,コミュ ニティで見られる危機意識の醸成と後退の要因を明らか にすることは,今後,新たな流行性感染症が発生した際 のコミュニティへの情報をはじめとする様々な支援にお いて非常に有効となるだろう. そこで本稿では,筆者が未知のウイルスである新型コ ロナウイルス発生時に滞在していた中国雲南省に住む ペー族の村落を事例とする.同村は 1998 年以来,観光 開発が実施され,観光村として多くの観光客が日常的に 訪れている.同村の観光資源はきれいな風景にマッチし たペー族の村落と同村で生産される銀加工品であり,観 光客は銀加工品をお土産として買って帰ることが多い. そのため,他の一般的な村落と比較して外部からの人的 往来は非常に多い.そうした同村で新型コロナウイルス が認知され,危機意識が徐々に醸成され,緊張状態がも たらされ,そして危機意識が後退し,次第に日常生活に 戻っていく過程のなかで,危機意識の醸成と後退の要因 について検討を加えていきたい. 筆者は未知の流行性の感染症である新型コロナウイル スという危機において,村の住民の理解が得られる範囲 でフィールドワークを行った.村での滞在期間は 2020 などに深刻なダメージを与え死に至らせる一方で,感染 症状の軽い者やない者も多く,人々の飛沫などを通して 容易に空気感染する.そのため,中国をはじめ多くの国 では流行時に法的に罰則を科すロックダウンを含む厳し い移動制限処置を行った.こうした移動制限は,新型コ ロナウイルス流行の抑制に対して非常に有効で大きな効 果を発揮した.しかし,人々は現に流行している地域で あっても移動制限に対して,次第に不満が大きくなって くる.その要因は経済的な要因もあるが,人々の危機意 識の後退が大きく作用しているに違いない.つまり,こ うした感染症の流行予防には人々の高い危機意識の維持 が重要なカギを握っている.感染症流行に際して,それ に対する人々の危機意識の醸成および後退の要因に着目 することは大きな意義がある. これまで文化人類学による先行研究では,上記のよう な未知のウイルスをはじめとする流行性の感染症に対す る危機意識に関する研究は管見の限り,見られない.近 接分野における数少ない先行研究では,中嶋(2005) が次々と新たに発生する感染症に対して,その経験を忘 れないようにすることの重要性を指摘した.山本(1997) は危機管理と自由の代償に関する議論を行っている.彼 はリスクから危機が認識され,そこから対応へと向か い,その過程で過剰な反応が創出されていくことがあ り,危機発生時の情報の管理だけではなく,情報の支援 が重要だと指摘している.また,地域のコミュニティに 着目したものとして,伊藤(2017)はフィリピンのヴィ サヤ地域を事例として,自然災害を中心とした危機意識 をアンケート調査から検討している.彼は地域住民が もっとも恐れている危機は台風と地震であり,たびたび もたらされる台風や地震といった災害に対する住民の危 機意識は維持され,それに対する知識もある程度,構築 されていると述べている. 中国では,徐景妍(2020)が江西省貴渓市の都市民 を事例として,新型コロナウイルス流行時の住民の管理 に関する研究がある.彼女は住民がウイルスに対する知 識が少なく,惑わされやすい心理状態にあり,社区1)幹 部や党員による明確な責任をもった管理工作による住民 の正しい誘導が新型コロナウイルス対策で有効に働いた と指摘している.また,自然災害に関する危機管理に関 する研究は趙(2018),徐辛悦(2013)など比較的多く みられる.危機管理に関する研究ではいずれも,住民の 危機意識は惑わされやすく,脆弱だという前提にもとづ
いたことから,180 度転換したものであった.この日を 境にマスメディアは新型コロナウイルス関連のニュース を大きく取り上げるようになった. ところで,筆者が確認した限りでは,1 月 22 日以降, 中国のインターネット上でそれまで当局によって削除さ れていたとみられる新型コロナウイルス関連の湖北省・ 武漢市レベルの政府批判や人から人への感染を示唆する 書き込みも削除されずに残るようになった.その結果, インターネット上には様々な新型コロナウイルス関連の 様々な情報が氾濫するようになっていった.
3.村での危機認識のはじまり(1 月 23 日∼ 29 日)
村の住民に大きな驚きをもって受け止められたニュー スは,当局が人から人への感染を認めたものではなく, 1 月 23 日から始められた武漢封鎖のことであった.こ の封鎖が武漢のかなりひどい状況,そして新型コロナウ イルスの深刻さを村の住民に理解させることには十分で あった.だが,村では 2020 年の春節当日であった 1 月 25 日まで,多くの人が集まる春節関連の行事は例年と 変わらず実施されていた.村の銀加工品店もまたすべて 年 1 月 21 日 か ら 2 月 23 日2)ま で で あ っ た. 今 回 の フィールドワークは,村住民の危機意識の高まりによっ て,一時的に村内でさえ自由に歩き回って聞き取りを行 うことのできる状況になかった.そうした村住民の新型 コロナウイルスへの危機意識を踏まえざるを得ない限ら れたフィールドワークであったため,聞き取り調査が十 分に実施できる状況になかったことを事前に記してお く.さらに,筆者が滞在していた村落は一時的に村を封 鎖し,外部の人間の来訪をすべて禁止したので,一度村 を出たら戻れなくなる危険性を踏まえ,筆者自身滞在し ていた村からしばらくの期間,全く動くことができず, その時期の周辺村落における対応は村の住民からの伝聞 であることもあわせて断っておく.2.村で対策が取られるようになった経緯
ことの発端は,2019 年 12 月 30 日に武漢市衛生健康 委員会が市内の華南海鮮市場から原因不明の肺炎患者が 発生しているという公式の緊急文書を発表したことで あった3).また,その翌日には中国政府は WHO に対し て,新型コロナウイルスの発生に関して報告を行ったと している.翌年 1 月 5 日には WHO は中国からの報告 を受けて,WHO の公式 HP などで情報のリリースをお こなった4).ほぼ同じころ,中国の研究機関が原因不明 の肺炎患者から新しいコロナウイルスの分離に成功し, 病気の原因となっているウイルスは新型のコロナウイル スであることが判明した.しかし,1 月初旬の時点で, 当局は「華南海鮮市場で売られていた野生動物から人へ の感染に過ぎず,人から人への感染は認められない」と の趣旨の見解を示していた.そのため,この時点でマス クをつける人はほとんど見られず,またそれを警戒する 雰囲気も全くなく,普段と変わらない生活が続けられて いた5).中国のマスメディアも短いニュースとして伝え るものの,「人から人への感染は認められない」とする 当局の公式見解を繰り返し簡単に述べるにすぎなかっ た.この時点で,新型コロナウイルスのニュースはよほ ど関心のある人を除いて,一般の市民に認知されるほど のものでは全くなかった. 2020 年 1 月 20 日になり,事態は急転した.中国当 局は新型コロナウイルスによる人から人への感染を正式 に認め,国家をあげて感染拡大阻止に向けて大きく舵を 切った.それまでは人から人への感染は全く認められな いとし,それを「デマ」だとして取り締まりさえ行って 写真 1 新型コロナウイルスに関する鶴慶県政府の通告 (2020 年 2 月筆者撮影)通達も来ていないということであった.地元県内の人々 が銀加工品を求めて村にやってきている様子もまだ散見 することができた.つまり,観光村として営業を停止し ているが,村の出入口は空いており,検問もしておら ず,誰でも入ってくることができ,銀加工品さえ購入で きるあいまいな状況であった.村住民の往来もまた普段 に比べて多少人どおりが減ったものの,村の若い男性た ちだけは違っていた.若い男性たちは村で銀加工を行う 者だけではなく,村外で銀加工品店を開いたり,手伝っ たりする者,学生として離れて暮らす者などが多く,そ うした村外に普段生活している者ほぼすべてが春節に帰 郷する.そのため,この時期,彼らは再会を祝して,酒 を飲んだり,遊んだりと接触密度の非常に高い行動をし ており,その様子は,次章で述べる村の出入口における 検問が始まる直前まで見受けられた. つまり,この時点では外部から伝えられる状況と村の 住民の行動には大きな差があり,村住民は外で発生して いることに危機意識こそ抱いているものの,あまり深刻 なものではなく,「対岸の火事」に過ぎなかった.筆者 自身,この期間には聞き取りもできる状態であったの で,何人かに新型コロナウイルスの件を聞いてみたが, 「うちの村は大丈夫だ」という声がすべてであった.し たがって,1 月 23 日から 1 月 29 日あたりまでの数日 間は,外部から伝わる危機と村住民の行動との間に大き な差が生じていた期間であった.
4.危険性を煽る情報と危機意識の増幅
(1 月 30 日∼ 2 月 8 日ごろ)
前章で述べた外部から伝わる危機と村住民の危機意識 に大きなギャップがあったこの時期,村の住民の新型コ ロナウイルスに関する会話に出てきたのは,テレビを中 心としたマスメディアの話だけではなく,スマートフォ ンを通じた真偽不明のニュースや動画の話であった.マ スメディアは中国当局の管理のもと,武漢を中心とした 患者数や全国に新型コロナウイルスの感染者が広がって いく様子を詳しく報道していた.もちろん,新型コロナ ウイルスに感染するとどのような症状が出るのかといっ た番組もしっかりとやっていた.ただし,ニュースで強 調されていたのは増加する患者に対応する新たな病院を 建設する話や医療関係者を全国から投入して診察にあ たっているといった武漢で新型コロナウイルスとまさに 「戦っている」様子であり,テレビなどのマスメディア の店で通常の営業を行っており,春節という 1 年でもっ とも来村観光客数が多く,売り上げも多いこの時期に村 住民は皆,期待していた. しかし,そうした春節を歓迎するムードに急変をもた らしたのは,武漢に出稼ぎに行っていた県内居住6)の男 性 1 人が新型コロナウイルスの PCR 検査で陽性という ニュースであった.1 月 25 日午前に地元のニュースに おいて,それが発表されるとまもなく県政府から春節関 連の行事を含む人が集まる活動を,翌 26 日以降すべて 禁止するという緊急の通達(写真 1)が村に来た.村長 があまりに急で重要なことなので各家庭を訪問して通達 を連絡していた.春節に行われることの多い結婚式など の私的な行事もまた,この通達にもとづいてすべてキャ ンセルとなった.さらに,同村は観光を行っているの で,観光地としての営業もまた同日 18 時から停止する ことになった. 他方,上記と同時並行で政府・一般の人々をあげて武 漢から帰ってきた人を捜索するということまで行われる ようになった.筆者にとって衝撃的であったのは,そう した新型コロナウイルスの対策が本格化した日の翌 26 日には,武漢の大学に通っている大学生が県より小さい レベルの鎮とよばれる行政単位で明らかにされて,鎮政 府作成のリストが SNS 上で出回り,PCR 検査のために 出頭を求められていたことであった7).また,鶴慶県は 大理ペー族自治州(以下「大理州」と呼ぶ)に属する県 であり,北には大理州と同レベルの行政単位である麗江 市と隣接しているが,27 日には州境に検問が設置され, 不要不急の移動を行う人々を追い返すようになったとい う. ところで,25 日の時点から村で広く新型コロナウイ ルスに対する危機が認識され,村住民はいつもに増して 関連のニュースに関心を持つようになった.マスメディ アによれば,他省の村では村住民が村の出入口で検問を して部外者の訪問を断っているというニュースが流れて いた.だが,観光村として営業を停止した 1 月 25 日か ら 2 月 2 日までの 9 日間,村の出入口に貼り紙 1 枚が 営業停止を告知していただけで検問さえしておらず,誰 でも通れる状態であった.また,多くの銀加工品店は新 型コロナウイルスへの個人的な対応として閉店していた が,1 月 27 日に筆者が調べた時点では数店舗がまだ営 業を続けていた.同日,家族が銀加工品店を開いている 村住民の証言では,銀加工品店については政府から特にあらゆる情報がインターネット空間上に見受けられた8). 上記のメディアやスマートフォン動画を通じて,村の 住民の危機意識は次第に強められたとみられるが,それ にダメ押しをしたのは,1 月 29 日あたりから,1 月 23 日 の武漢封鎖以前に武漢等の湖北省から脱出した人々を政 府が追跡し始めたことであった.地元当局が県内のホテ ルや民宿などすべての宿泊施設に対して,湖北省出身の 宿泊客の情報を呼びかける通達を出した.村には住民の 経営するホテルや民宿が多数あり,当局の通達を目にし て危機感をさらに強めた.この時期から村の住民はマス クを買い求めるようになった.さらに,2 月 2 日から県 政府の通達によってスーパーマーケットおよび薬局を除 くすべての店舗が閉鎖されることとなった.営業を継続 していた村のスーパーマーケットでも,通達によりマス ク着用を求められるようになったが,マスク不足でマス クが付けられない客も少なくなく,店員とマスクの着用 をめぐって口論しているところを目にすることもあった. こうした状況になり,筆者が滞在していた村を含む 3 つの村を管轄する村民委員会(以下,村公所と記述す る)は,翌 3 日から村のすべての出入口で検問を行う ことを決め,外部の者を一切入れない処置をとった.3 つ の村に入るすべての場所で行われた検問は,前章で述べ た若い男性を中心に,年配の人々が一部加わる形で一日 交替のボランティアとして組織され行われた9)(写真 2). は事実と宣伝の入り混じった状況となっていた.1 月下 旬から 2 月初旬には,新たな仮設病院を突貫工事で建 設することで新型コロナウイルスに対する医療体制がす ぐにでも整うと大きく報道していた.筆者がこれらのマ スメディアの放送を見た印象は,当局は流行の防止に対 してよく頑張っているというものであったが反面,事態 の深刻さはあまり伝わってこなかった. その一方で,村の住民がスマートフォンで閲覧してい た新型コロナウイルス関連のニュースや動画は,主に中 国のテレビでは伝えられない武漢の状況をスマートフォ ン等で映してありのまま伝えるもの(例えば,病院で診 察を待つ形容しがたい長蛇の列やゴーストタウン化した 武漢市街の様子)が多かった.その他にも,新型コロナ ウイルスの特効薬を作ったというきわめて怪しげなも の,アメリカが武漢にウイルスを放ったとか,武漢にあ るウイルス研究所が研究していたウイルスを誤って漏ら したものだとする様々な真贋不明,玉石混淆の情報で あった.そうした情報がインターネット上で飛び交うに 連れて,住民の危機意識は徐々に醸成されていった.幾 人かの住民はスマートフォンの動画を筆者に見せ,「(こ の動画について)どう思うのか」と不安そうに質問する こともたびたびあった.中国のインターネット空間は普 段,当局の検閲によって削除される情報も少なくないが, この一時期については新型コロナウイルス関連のありと 写真 2 村での検問の様子(2020 年 2 月筆者撮影)
のなかで最初に日常の行動を徐々に取り戻そうと動き始 めたのは,年配の女性たちであった.彼女たちは暇を持 て余しており,何人かは筆者に会うと「暇すぎる」と 言っていた.そして,彼女たちは春に植える作物のため に畑を作り始めたり11),あえて少し手間のかかる食材や 料理を 2 ∼ 3 人で集まって仕込んでみたり,毎月 1 日 と 15 日に主に年配の女性が集まって唱える念仏の練習 をしてみたりと生活に必要で批判を受けにくいところか ら,日常の生活を再開しようとしていった.男性も次第 にそうした行動に巻き込まれていき,危機感が徐々に薄 れてきて,村での様々な自粛ムードが何かくだらないこ とのようになっていった.男性も外に出始めていくよう になれば,その次は家族そろって出かけるようになって いった.追い打ちをかけたのは,同村には診療所を代々 経営する一家がいるが,彼らも外に出はじめたことで あった. 村を散歩し始めた男性(50 歳代男性,銀匠)に 2 月 10 日に聞いたところによると, 筆者:散歩して大丈夫? 男性:村は安全だし,医者の家も出歩いているし, 問題ないよ.最近は毎日昼に,山にピクニッ クにいっている.お前も行くか? 筆者:考えておく. 男性:大丈夫だって,みんな,ピクニックにいって いて,いま流行っている. 上記のように 2 月 10 日ごろには村の住民の間で,村 の裏山に登ることが流行り始めていた.昼食を持って朝 に家を出れば,目的の山頂までの往復でおよそ半日程度 の行程であり,いい運動になるのである.春節過ぎ以 降,家に閉じこもることが多く,村も含めて県内で新た な感染者はなく,危機意識が後退してきた証しであろ う. 昼間には年配や老齢の女性たちが世間話で普段の場所 に集まり始め,夕方になると,散歩に出る人々も多くみ られるようになった.さらに,麻雀12)も暇つぶしがてら 多くの者が再開し始め,筆者にも麻雀の誘いが来るよう になった.村の公共の場所である集会場ではまだ麻雀を 打つことはできないが,家の中で麻雀をやらないかとい う誘いであった.麻雀は電話を通じてメンバーをそろえ るのが一般的なのだが,電話でメンバーを集めたときに その結果,春節休暇10)のため村から周辺村落に帰郷して いたり,周辺村落からバイク等で毎日出勤してくる銀匠 やその弟子たちが村に入れなくなった.そのため,銀加 工の工房が春節休暇明けに仕事を再開できない状況と なった.ただし,この検問はあくまで日中のみ行われて おり,夕方 5 時過ぎ以降は行われておらず,夜中に村 に入り,村で泊まるなど対策を採れば,再開ができない わけでもなかったが,村住民がそうした行動をとってい たという話は聞かなかった.そして,5 日には周辺の村 落でも検問を始めたとのうわさを聞くことができた. 他方,村では人的交流もまたこの一時期,非常に少な くなった.この時期には若い男性による遊ぶ行動は外か ら確認できる限りめっきりと減り,村の通りや路地を歩 く人の数も大きく減少した.行き交うわずかな人の流れ は近しい親戚の家や買い物,運送業者窓口への荷物の受 け取りに向かっていた.村住民は一様に新型コロナウイ ルスに対する高い危機意識があり,2 月 3 日からしばら くの間,村は表面上,ゴーストタウンのような感じと なっていた.村住民の行動が継続して見られたのは生活 に最低限必要な行動を除いて,近しい親戚間の行き来で あった.ペー族社会において最終的に助け合うことがで きる人間関係は,近しい親戚だということが如実に表現 されていた.この時期は村で最もピリピリした雰囲気を 感じた時期であり,村公所は村の出入口や路地に塩素と 思われる消毒剤をたびたび撒いていた. このように村での危機意識の醸成は,スマートフォン の動画やニュース,湖北省出身者を追跡する政府の対策 から形成されていったと言えるだろう.そして,自分た ちを危機から守る術は,検問による外部者の来訪の拒 絶,路地の消毒,近しい親戚間の連帯であった.しか し,1 月末には地元の人々を除いて県外からの観光客は すでに見られなくなっており,村公所が始めた対策はす でにかなり遅かったと言えなくはない.そうした状況の なかで個々の住民が不安と対峙するために,助け合うこ とができる近しい親戚間の連帯を強めようとしたのは, 不思議なことではないだろう.
5.危機意識の後退と日常の再開
(2 月 8 日ごろ∼ 2 月 23 日)
2 月に入ってもスマートフォンの動画やニュース,マ スメディアから流される新型コロナウイルスに関する情 報に大きな変化はみられなかった.だが,こうした状況得られる動画やニュースの影響や政府による湖北省出身 者を追跡により身近な危機へと変わっていった.村の住 民の危機意識は,身近なところからの情報だけではな く,むしろスマートフォンの情報から不安に駆られたこ とによって醸成されていったことは明らかであろう.そ して,村公所が中心となって村の出入口で検問を行い, 2 月に入り,ようやく外部の者の入村を制限したが,そ の高い危機意識はわずかな期間しか維持できなかった. 村の年配の女性は暇を持て余すなかで日常を取り戻そ うとし,村住民が徐々に動きだす中で周辺の人々の動き を見て相乗的に危機意識が後退していったと考えられ る.危機意識を醸成するためにマスメディアやスマート フォンの動画やニュースは貢献したものの,それが後退 していく段階では,村住民はマスメディアやスマート フォンの動画やニュースや政府の対策を軽視し,身の回 りの情報をとても重視していた.さらに警察による麻雀 取り締まりという新型コロナウイルス対策もまた危機意 識の持続にほとんど効果をもたらさなかった.したがっ て,危機意識の醸成と後退において彼らが重視していた 情報源は,異なっていたのである. 徐景妍(2020)が指摘したように,本稿で事例とし たペー族の村住民もまたスマートフォンからの真偽不明 の情報に惑わされていた側面はあった.だが,村住民の 危機意識を醸成することに寄与していた側面もある.本 稿が事例とした村公所もまた村出入口における検問など を主導的に行ったが,彼ら自身も一般的な村住民と知識 的に大差はなく,住民の危機意識の後退の中で危機意識 の維持に大した役割を果たせず,住民の不満に応える形 で検問を解除した.新たな感染者が発生しない状況下に おいて村住民が高い危機意識を維持し続けるのはかなり 困難であった. 山本(1997)は情報の支援の必要性を説いていたが, 未知のウイルスによる流行性感染症において,身近に 迫っていると感じられない危機意識は,マスメディアや スマートフォンによる情報では長く持続しえないという 本研究の結果を踏まえた支援が必要である.すなわち, マスメディアやスマートフォンだけではない危機意識を 持続しやすい情報の支援を行わない限り,人々は目に見 えないウイルスを抑え込む前に日常の行動を再開してし まう可能性が高いと言わざるを得ない. 幸いにも,本研究の事例となった村では1人の感染者 も出ず,同村が属する県は武漢から帰郷した 1 人を除 は警察による麻雀の取り締まりが頻繁に村に来るように なり,麻雀を打っているところを警察官に現認された一 部の村住民は,その場で捕まり派出所の留置場で1晩拘 留されたという.だが,そうしたことがあっても麻雀の 誘いは電話・口頭いずれの形においても引き続きあっ た.つまり,村住民の間では 1 週間程度で高い危機意 識がかなり後退し,日常に戻そうとする動きが加速して いたことを表している.その一方で,政府の新型コロナ ウイルス対策は継続されており,引き続きスーパーと薬 局以外の店を開けることはできず,麻雀も規制の対象で あった.そして,一部の家では銀加工品の製作といった 店を開かずに済む仕事を再開し始めた.しかし,村出入 口での検問があり,全面的な再開とまではいかなかっ た.そのため,銀加工品の工房を経営する村住民の不満 が徐々に高まり,村公所は 2 月 20 日から村出入口にお ける検問をやめることになり,周辺の村の人々も村に戻 り,多くの工房で仕事が再開されていった13). このようにマスメディアやスマートフォンの動画,政 府の対策を反映するように醸成された強い危機意識は数 日間しか維持されず,後退していった.その要因はマス メディアでもスマートフォンの動画でもなく,むしろ住 民の眼前に広がる村の光景から判断されていったと言え よう.もちろん,その背景として県内で新型コロナウイ ルス感染者が出なかったということも大きい.だが,村 の住民が日常を取り戻そうとする一連の行動の中で,年 配の女性の小さな日常生活の再開から,裏山へのピク ニックの流行,政府の継続中の新型コロナウイルス対策 により麻雀が禁止されていながらも麻雀を打ち,一部の 住民が警察に捕まり 1 晩拘留されてもなお懲りない状 況,工房が再開できないことへの不満といった一連の行 為は,危機意識の後退を率直に表現していた.そして, 村公所は住民の声に押されて村の検問を解除し,村の銀 加工品の工房は再開されていった.
6.おわりにかえて
以上のように,新型コロナウイルスにおける村での危 機対応を時系列にもとづいて文化人類学的に検討してき た.村住民は未知の感染症という突如現れた危機に当 初,危機意識をあまり抱くことができなかった.県政府 の通達より,観光村として営業を停止しても村の出入口 はなお開放されたままで具体的な対策をなかなかとるこ とができない期間があった.それがスマートフォンから(2020 年 9 月 5 日脱稿) 注記 1)社区は中国の都市内にある医療や公衆衛生を担う基層組織 であり,幹部は住民の選挙によって選ばれることになって いる. 2)筆者が所属する大学から雲南省内に滞在する教員に対して 2 月中旬に帰校指示があったため,筆者は 2 月 23 日に大 学にもどった. 3)記者会見は翌 31 日に行われた. 4 ) https://www.who.int/csr/don/05-january-2020-pneumonia-of-unkown-cause-china/en/(2020 年 3 月 20 日閲覧) 5)2019 年 12 月 30 日から 2020 年 1 月 20 日までの期間,中 国の SNS では人から人への感染を疑うような書き込みや 当局の報道から逸脱するような書き込みは,当局によって 削除されただけではなく,報道によれば,当局によって 「デマ」を流したとして一部に拘束された者もいた.その ため,湖北省を除く他省の一般の市民が新型コロナウイル スへの警戒心を持つことはまずできなかったといえよう. 6)この男性は県内の山間部にある村落の出身者であった. 7)彼ら大学生を含めて鶴慶県出身で帰省中の者は,本文中の 1 名を除き,新型コロナウイルスの PCR 検査の結果,す べて陰性であったという. 8)3 月中旬には,インターネット上に氾濫した新型コロナウ イルス関連の情報は当局にとって不都合なものが削除され 始めた. 9)村公所の状況に詳しい住民の話によると,若者を中心とし たボランティアは村公所からの打診に前向きに協力したよ うである.また,若者だけでは世代によって住民かどうか 分からないので,年配の人たちも少し参加する形で行われ, 目視で住民かどうかチェックしていた. 10)農村の春節休暇は一般的に,春節当日から元宵節のおよそ 2 週間である.中国政府が定めた春節期間は毎年,およそ 1 週間であるが,新型コロナウイルスが流行する 2020 年 に限り,政府は農村で伝統的な春節期間である元宵節まで 延長し,春節明けの人々の移動を減らそうとした. 11)この村では,ほぼすべての世帯で主要な収入を農業に全く 依存していないため,畑仕事を放棄しても何ら生活に支障 が出るものではない. 12)普段なら村の住民の重要な娯楽である麻雀を打っていても 全く問題ないのだが,政府は新型コロナウイルス対策の中 で,人々が集まる行動を制限しており,麻雀も規制対象と なっていた. 13)村住民の話によると,村での検問をなるべく止めるように との県政府からの通達が村公所に来たのは 2 月 26 日ぐら いだと言っていたので,同村では通達よりも早く自主的に 検問を解除したと言える. 参考文献 日本語 伊藤 孝 2017「自然災害に対する危機意識と実際の行動― いて新たな感染者が出なかった.だが,事例の村は観光 地であるだけではなく,少なくない感染者が発生した麗 江や大理古城といった有名な観光地の地理的中間地点に あり,村でいつ新たな感染者が出ても不思議ではなかっ た.しかし,中国政府をはじめ地元の県政府までが新型 コロナウイルス対策を強化していた時,村では村の出入 口をしばらくの間,検問することはなかった.その後, 村公所主導で村の出入口の検問を始めたが,何も変わら ない日々の状況に,住民は高い危機意識は長く維持でき ず,まもなく後退していき,日常を再開しようとする動 きに移行してしまった. 筆者が村を離れる直前には一部の銀加工の工房が仕事 を再開し始めていた.そして,その後,電話での追加の 聞き取りや村住民が投稿した SNS の情報などを総合す ると,3 月初旬にはほぼすべての銀加工品を作る工房, それらを販売する店舗をはじめ,飲食店も再開し,3 月 中旬には屋台も再開し,観光村としても再開し,もとの 状態にほぼ戻った.そして,5 月のゴールデンウィーク (労働節)には以前ほどではないが,多くの観光客も見 受けられた. 最後に,2020 年 3 月以降,世界中で新型コロナウイ ルスの大流行が発生している.各国様々な政策でコロナ ウイルスの感染拡大防止に努めており,流行防止のため の外出自粛要請や禁止命令が出されている.しかし,そ うした強権的な法的規制によってロックダウンや移動制 限を実行しても一時的に新型コロナウイルス感染症の流 行は下火になるが,人々は規制が緩和されると次第に日 常を再開し始め,いわゆる「第 2 波」,「第 3 波」とよ ばれる再度の流行を招いてしまっている.そして,人々 は危機意識の後退によって再開した日常から,再度の法 的な移動規制などの対策を行っても,人々は危機意識を 大して醸成できず,再度の対策はあまり功を奏さない可 能性が高い. 本稿の事例は世界で起こった流行の中で採られた対策 と本質的に大差がない.こうした危機意識の後退を少し でも防ぎ,高い危機意識を持続させることが新型コロナ ウイルスをはじめ,新たな未知の流行性感染症を流行さ せないために重要である.その一方で,人々は感染の危 険性がいまだ叫ばれていてもなお,日常生活を再開して しまう傾向にあった.流行する感染症の収束よりも早い 日常生活の再開という時間のギャップこそがそうした感 染症を抑え込む際の人類共通の課題と言えよう.
フィリピン・ヴィサヤ地域の場合―」『地学教育』69-4: 199-210. 中嶋建介 2005「感染症に対する危機意識―忘れないことの 重要性―」『日本獣医師会雑誌』58-6:351-352. 山本 匡 1997「危機による社会生成と自由の代償―危機管 理から危機対応支援へ―」『社会・経済システム』16:29-35. 中国語 徐 景妍 2020「新冠肺炎下社区参与公共危機治理的路径研 究」『長沙民政職業技術学院学報』27-1:6-10. 徐 辛悦 2013「北京 7.21 防雨災害危機預警機制考量」『江 蘇警官学院学報』2013-2:62-67. 趙 阿興 2018「最佳危機管理是予防危機的発生」『公関世界』 2018-9:100.