F.Y. エッジワースの男女賃金論
著者
上宮 智之
雑誌名
経済学論究
巻
67
号
2
ページ
101-124
発行年
2013-09-10
URL
http://hdl.handle.net/10236/11312
F.Y.
エッジワースの男女賃金論
∗
F.Y. Edgeworth and his Discussions on
Women’s Wages
上 宮 智 之
∗∗Despite indications of Keynes, Harrod and Bonar on Edgeworth’s interest in women’s wages, researchers on Edgeworth have not paid much attention to his discussions on women’s pay. Edgeworth in Mathematical
Psychics (1881) shows his first interest in “equal work” between the
sexes. In Women in the Printing Trades (1904), Edgeworth confirmed in an inquiry that the labour markets weren’t fully opened to women. In 1922, Edgeworth took up the subject on “equal pay for equal work” between both sexes. He thought that, under the supervisions of Trade Boards and the enhancement of women trade unions, free competition between the sexes would bring “equal pay for equal work”. However, as men have traditionally been considered the breadwinner, it has been rationalized that the wages of men should be higher than that of women. To remove this barrier to equal pay, Edgeworth gave some specific suggestions instead of Rathborne’s Family Endowment: for example, the provision of free meals for schoolchildren and restrictive endowments for motherhood.
Tomoyuki Uemiya
JEL:B31
キーワード:エッジワース、男女賃金論、『印刷産業の女性』、「男女の等しい労働、等し い賃金」
Keywords:Francis Ysidro Edgeworth,women’s wages, Women in the
Print-ing Trades, “Equal Pay to Men and Women for Equal Work”
* 本稿執筆にあたって、経済学史研究会および経済学史学会北海道部会、近代経済学史研究会、勤 労育成思想研究会、経済学方法論フォーラムにおいて報告をおこない、さまざまな方々から有益 なコメントをいただいた。ここに感謝の意を表します。もちろん、本稿の内容についての責任は すべて著者にある。
1 はじめに
問題の所在
エッジワース(F.Y. Edgeworth)には類稀な経済理論家というイメージが 先行する。このイメージは決して間違ってはいない。たとえば、シュンペー ター(J.A. Schumpeter)は、彼の経済理論への「斬新な貢献」がマーシャル (A. Marshall)の『経済学原理』以上のものである、との評価を下している (Schumpeter 1954, 831/訳下巻153)。 しかしながら、エッジワースは単なる理論家にとどまる経済学者ではない。 彼と『エコノミック・ジャーナル』誌の共同編集者を務めたこともあるケイン ズ(J.M. Keynes)は、同誌の編集者エッジワースが1)、「いつも決まって、時 事的問題興味のあるものを採って」(Keynes 1933, 264/訳348-49)いたと述 べている。 実際に、エッジワースは、『エコノミック・ジャーナル』誌創刊直後から、 ウェッブ(S. Webb)の「類似労働にたいする両性の賃金の確証なき差異」(The Alleged Difference in the Wages paid to Men and to Women for Similar Work, 1891)やそれを受けてフォーセット(M.G. Fawcett)が著した「シド ニー・ウェッブ氏の女性賃金にかんする論考」(Mr. Sidney Webb’s Article on Women’s Wages, 1892)など、女性労働賃金にかんする論考を採用した。こ れに加えて、彼みずからもスマート(W. Smart)の『女性の賃金』(Women’s Wage, 1892)にたいする書評を寄稿した。ケインズの共同編集者として『エコノミック・ジャーナル』誌の編纂に復帰したのちも、エッジワースは、フォー セットの「同一賃金同一労働」(Equal Pay for Equal Work, 1918)やハッ チンズ(E.L. Hutchins)の「女性労働者の現状」(The Present Position of Industrial Women Workers, 1921)などを採択している。さらに彼みずから
も、1922年のイギリス科学振興協会F部会において、「男女の等しい労働、等
しい賃金」(Equal Pay to Men and Women for Equal Work)と題した会長
1) エッジワースは 1891 年の同誌創刊から 1911 年までの 20 年間、同誌の編集者を務めた。ただ し、1895 年から 1905 年までの 10 年間は、ヒッグス(H. Higgs)を編集補佐に迎えた。エッ ジワースは 1918 年にケインズの共同編集者として同誌の編集に本格復帰すると、この任を死 ぬ直前の 1925 年まで務めた(Keynes 1940, 409)。
講演をおこなっている2)。これは、その前年におこなわれたヒッチンズ(
W.L. Hichens)の同会長講演「賃金決定の諸原理」(The Principles by which Wages are determined, 1921)を意識したものである。これらの事実は、エッジワー スが両性間の賃金をめぐる問題に相当な注目を向けたことを物語っている。 実は、男女賃金問題は長らくエッジワースが注目していた論題である。この 点については、3人の経済学者たちが証言している。ケインズによれば、『数 理精神科学』(Mathematical Psychics, 1881)以降、「男女の賃金の不平等性 と言う問題が一生彼の興味を引き、それは1922年のイギリス〔科学振興〕協 会F部会における会長講演の主題となった」(Keynes 1933, 258/訳342)と いう。さらに、エッジワースに教えを乞うたハロッド(R.F. Harrod)は、み
ずからの論文「男女の同一賃金」(Equal Pay for Men and Women)につい
て、「かつての恩師、F.Y.エッジワースが好んだ主題を自分も取りあげること
に喜びを感じた」(Harrod 1972, xiii)と回想しており3)、ボナー(J. Bonar) もエッジワース追悼論文のなかで、「彼ほど十分に、そして誠実に女性の経済 的地位について論じた人間はおらず………彼は女性たちの主張すべてに目を向 けた」(Bonar 1926, 652)と証言している4)。 ケインズの証言にしたがえば、エッジワースの男女賃金問題への関心は長期 に及ぶものであり、とりわけ『数理精神科学』から1922年の会長講演に至る エッジワースの議論の内容とその連続性は考察に値する主題である。 しかしながら、これまでのエッジワース研究において、エッジワースの男 女賃金論は大きく取り上げてこられなかった。Creedy(1981)においては、
2) Equal Pay for Equal Work には「同一労働同一賃金」との訳語が定着しているが、後述す るように、エッジワースの Equal Pay および Equal Work には複数の意味があるため、ここ では「等しい労働、等しい賃金」と訳す。
3) ハロッドは 1923 年のミクルマス学期からオックスフォードで教鞭をとったが、これと並行して エッジワースの講義に出席した(中村 2008, 8)。ハロッドによれば、同論文は 1945 年の「同 一労働同一賃金王立委員会」(Royal Commission on Equal Pay for Equal Work)への証 言をまとめたものである(Harrod 1972, xii)。
4) しかし、エッジワースの実際の性格や行動は、学術上のものとは正反対であったらしい。ボナー によれば、彼は、「ヨークシャの散歩道で「男性を見つけられるなら、絶対に女性には道を聞く な」と口にした」(Bonar 1926, 652)という。
エッジワースの男女賃金論は彼の業績のなかでも興味深いものと述べられたが、 紙幅不足を理由にその具体的内容には触れられていない(Creedy 1981, 94/
訳103)。彼の生涯や業績をまとめたCreedy(1986)やNewman(1987 and
2003)なども彼の男女賃金論に触れていない。 それは、重厚な「エッジワース伝」であるBarb´e(2010)において、ようや く1頁ほどの分量で要約されている程度であるが、そのBarb´e(2010)にし ても見逃している事実がある。Barb´e(2010)は、スマートの『女性の賃金』 にたいする書評以後、1922年のF部会会長講演までに女性労働問題について エッジワースは何も公刊していないとしている(Barb´e 2010, 232)。しかし、 実際には、のちのイギリス首相マクドナルド(J.R. MacDonald)が編集した
『印刷産業の女性』(Women in the Printing Trades, 1904)にエッジワース は序文を寄稿している。他方で、経済学史上の著作における女性の地位および 女性の経済活動の取り扱いに着目したPujol(1992)は、エッジワースの男女 賃金論もその考察対象に入れ、大きく1つの章をあてている。ただし、Pujol (1992)が解説しているのは、主にエッジワースのF部会会長講演についてで あり、『数理精神科学』からの展開については触れていない。女性労働問題は エッジワースの経済学や思想の比較的大きな部分を占めるにもかかわらず、そ の内容について十分な整理や考察がなされていないというのが実情である。 このような事情から、本稿は、エッジワースの男女賃金論に焦点をあて、『数 理精神科学』からF部会会長講演(1922)にかけてのエッジワースの主張やそ の内容について精査し、その連続性について整理する。この目的のため、2節 においては、彼の男女賃金論の萌芽を『数理精神科学』のなかから抽出する。 3節においては、19世紀末の男女賃金論にたいするエッジワースの反応や『印 刷産業の女性』(以下、『印刷産業』)における彼の考えを、4節から6節にか けては、1922年F部会会長講演における彼の主張を考察する。
2 エッジワースの男女賃金論の萌芽
前節において触れたように、エッジワースは男女賃金論に生涯関心を寄せて おり、ケインズはその萌芽を『数理精神科学』のなかに見出した。本節においては、その萌芽の内容を概説する。 エッジワースは、『数理精神科学』において、「ダイアグラム」を用いなが ら利己心に基づく契約の不確定性の存在を明らかにしたが、この不確定性は両 性の間にも存在する、と主張した(Edgeworth 1881, 51: 上宮2007, 74)。こ の不確定性を仲裁する原理として功利主義の重要性を彼は強調したが、一般的 には社会構成員は異質であると考えられるため、社会構成員の性質の同一性を 暗黙の前提とするベンサム主義を強く批判した。したがって、エッジワースに とって両性の性質の違いも当然のことであり、以下のように述べている5)。 生活におけるより厳しい労働をいくばかりか免除されるという女性の権利 は、〔私の〕功利主義理論にかなっているのである。すなわち、強者は、よ り多くの労働をおこなうだけでなく、疲労する場合には、より多くの疲労 をこうむるように多くの労働をなすべきなのである。………総じて、真偽 のほどは別としても、女性の本性についての現行の諸見解を考慮すれば、 功利主義原理からの演繹されるものと近代女性のまわりを取り囲む無能力 や特権との間には、見事な一致がみられるのである。(Edgeworth 1881, 78-79) この叙述のなかには、明らかに、両性間の労働分配にたいするエッジワー スの考えが含まれている。すなわち、労働にたいする受容能力が低く疲労しや すい女性は男性と同等の厳しい労働を免除される存在であり、この理解は社会 構成員の異質性を前提とする功利主義理論にまったく抵触しない、というので ある。 両性間の「等しい労働」のあり方に関係する叙述は、『数理精神科学』付録 Ⅱにおけるファニー・ケンブル(F.A. Kemble) アメリカの大農園主と結 婚したイギリス人女優 の逸話のなかにも見出される。 5) これはケインズも「エッジワース伝」において引用した箇所であり(Keynes 1933, 258-59/ 訳 342)、ブラウグ(M. Blaug)が「悪名高い」ものとして取り上げた箇所でもある(Blaug 1997, 321/訳 3 巻 560-61)。
ファニー・ケンブルは、夫の奴隷プランテーションを訪れた際、男性奴 隷にも女性奴隷にも同一の労働が課されていることを目にした。それゆ えに女性奴隷は、その〔肉体的な〕弱さのために、より一層疲労してい た………いかなる分配がもっとも慈善心に富む取り決めとなるだろうか それは男性が〔女性と〕同じだけ・疲・労・す・る取り決め、あるいは男性が ・ よ・り・多・く・仕・事・をす・・るだけでなく、・よ・り・多・く・疲・労する取り決めではなかろう か。(Edgeworth 1881, 95) ここでエッジワースが述べているのは、仕事量ではなく、疲労、すなわち不 効用で測った「等しい労働」概念に他ならない。つまり、仕事量が所与である とき、両性の仕事量ではなく、両性の限界疲労度が等しくなるように労働は分 配されるべきなのである。このように、彼は、『数理精神科学』において、両 性間における等しい不効用という意味において「等しい労働」を提示したので ある。
3 エッジワースと 20 世紀前後の女性労働問題
エッジワースは、『数理精神科学』出版以降、経済学、確率論、統計学にか んする論考を数多く発表すると同時に、それ以上の数の書評を残した。これら のうちの1つがスマートの『女性の賃金』にたいする書評である。20世紀に 入ると、彼みずからも『印刷産業』出版を通じて女性労働問題にかかわった。 エッジワースのこれらの動きは、19世紀末から20世紀初頭にかけての労働 者たちを取り巻いた環境の変化やそれにかかわる研究の進展に連動したもので ある。ウェッブらによるフェビアン協会の設立(1883年)、ブース(C. Booth,) やラウントリー(S. Rowntree)の貧困調査6)、ボーリー(A.L. Bowley)に 6) エッジワースはブースの 1886 年から 1891 年までの調査をまとめた『民衆の生活と労働:東ロ ンドン』(Life and Labour of the People: East London, 1889)、および『民衆の労働と 生活:ロンドンでの継続調査』(Labour and Life of People: London Continued, 1891) とを書評し、綿密な調査もせずに書かれた多くの著作による「裏付けのない印象をブース氏の統 計調査が消散させた」(Edgeworth 1889, 550)と評価した。ラウントリーの調査は 1899 年 から 1901 年にかけておこなわれた。よる家計費調査(1912年)、労働組合会議での「同一労働同一賃金」原則採択 (1888年)にみられるような女性労働組合運動の勃興、最低賃金法成立(1909 年)とそれにともなう賃金局(Trade Boards)の設置7)、ラスボーン( E.F. Rathborne)らによる家族手当構想(1917年)などがその代表例である。 本節前半においては、主に19世紀末において女性の賃金をめぐる問題につ いて言及したスマートやフォーセットにたいするエッジワースの反応を考察す る。後半においては、Barb´e(2010)が見逃した『印刷産業』序文における彼 の見解を整理する。 3-1. エッジワースとスマート、フォーセット スマートの『女性の賃金』は、ウェッブの「類似労働にたいする両性の賃金の 確証なき差異」を底本とした著作である8)。ウェッブは、芸術的労働( artistic labour)と知的労働(intellectual labour)においては性差が賃金に影響を与 えることはないが、肉体労働(manual labour)と機械的肉体労働(routine manual labour)にはその影響がみられるとした9)。これを受けてスマートは、 これら後者2つの労働に従事する女性の賃金が低い理由について説明した。 スマートによれば、世間では5つの理由によって女性賃金の低廉さを説明し ているが、「これらの答えは………せいぜい半面の真実」(Smart 1892, 7)に すぎないという。その5つの理由とは、(1)女性労働需給の関係、(2)女性が 家計の主柱でないという事実、(3)女性の生活費の安価さ、(4)女性労働の粗 悪さ、(5)女性労働が携わる商品の低価格さ、である。スマートは、そのいず れもが反駁可能であることを示すことによって10)、これらの理由が十分な説 7) 賃金局は、雇用者、被雇用者、第三者によって構成され、とりわけ厳しい労働条件にあるとされ た裁縫業、レース業、くさり製造業、製箱業の 4 業種に設置された(今井 2003, 251)。 8) スマートの『女性の賃金』は、彼がエディンバラのクイーン・マーガレット・コレッジ(Queen Margaret College)およびグラズゴー大学にておこなった講演録でもある。 9) 芸術的労働および知的労働は小説家や詩人などの労働、肉体労働は製造業における労働、機械的 肉体労働は事務員労働や教員労働が例として挙げられた。ウェッブは、統計から、製造業におけ る女性賃金が男性賃金の 3 分の 1 から 3 分の 2 程度であり、事務職においても女性賃金は男 性賃金を大きく下回る、と指摘した(Webb 1891, 636-37: Smart 1892, 5-7)。 10) スマートは、5 つの理由にたいして (1) 物理的・歴史的・倫理的に流動性に欠ける労働市場は
明能力をともなっていないことを強調した(Smart 1892, 7)。 スマートが女性賃金の低廉さを説明する理由として注目したのは、従事する 産業が両性で異なる点である。当初、両性が競争的な産業があったとしても、 雇用者は、労働の質や量ともに劣る女性労働を全労働者の賃金引き下げの口実 として用いやすい。このため、男性労働者はより賃金の高い産業へと移動し、 賃金の低い特定産業に女性労働者だけが残ることとなる。また、賃金闘争やス トが生じると男性労働のかわりに女性労働が導入されるが、彼女たちには「慣 習的賃金」との説明のもとに低い賃金が支払われる(Smart 1892, 21)。この ようなことからスマートは、女性が公正な賃金を得るためには、女性労働組合 の組織、そして、同じ原理に基づいた両性への賃金支払いを啓蒙すること、が 必要であると主張した(Smart 1892, 30-31)。 エッジワースは、書評のなかで、このスマートの主張を高く評価した( Edge-worth 1993, 118)。とりわけ、「労働市場は自由ではなく、慣習がその機能を 妨げている」(Edgeworth 1893, 118)とのスマートの指摘に注目した彼は、 「この主題にかんするフォーセット夫人の重要な論考と共に読む価値がある」 (Edgeworth 1893, 119)と、フォーセットの「シドニー・ウェッブ氏の女性 賃金にかんする論考」にも目を向けるように促した。 このフォーセット論文も、労働市場が制限・分割されているために両性の間 で競争が有効に機能していない点に注目する。フォーセットによれば、鉱工業 や銀行など、男性が就労可能な産業の利益率は、綿糸産業や綿布産業など、女 性が就労可能ななかでももっとも利益率の高い産業のそれよりも高い。それゆ え、転職する男性労働者の選択対象となる諸産業の賃金水準は全体的に高く、 逆に女性労働者のそれは低くなる。たとえ両性ともに就労可能な仕事であって も、女性は選択できる仕事の賃金水準が平均的に低いためにその賃金を低く設 決して自由競争状態ではなく、需給による調整メカニズムが機能していない、(2) 芸術的・知的 労働に従事する女性の賃金は、彼女が家計の主柱であるか否かに関係なく支払われている、(3) 女性には生活水準を低くしなければならないほどの賃金しか支払われていない、(4) 同一産業で も両性が担当する業務が異なるという事実を考慮していない、(5) 女性賃金が低水準であるため に商品が低価格である、と反駁した。
定されてしまうのである。 フォーセットは、労働市場の条件が性別に応じて異なるため、「同一労働同一 賃金」原則が名目的なものに過ぎず、「原理、方策の両面における誤り」(Fawcett 1892, 176)であると結論した。彼女によれば、まず優先すべきは、職業訓練に よって男性並みに利益率の高い産業に女性が参入できるようにすることであっ た。このフォーセット論文をエッジワースは『印刷産業』序文においても参照 し、彼女の考えに同意するのである。 3-2. エッジワースと『印刷産業における女性』 1904年に公刊された『印刷産業』は、その編者マクドナルドによると、女性
産業評議会(Women’s Industrial Council)が企画し、王立統計学会(Royal Statistical Society)、王立経済学会(Royal Economic Society)、ハッチンソ ン評議会(Hutchinson Trustees)から選出された代表者たちで組織した委員 会の研究成果である11)。この委員会は、労働組合規則や就業規則の欠如、徒弟 制度の不統一性など、男性とは異なる女性の労働環境に人びとの目を向けさせ ることを目的とした。委員会がとりわけ印刷産業に注目したのは、同じ女性労 働者でも未婚者と既婚者との賃金格差が小さく、男性との競争や機械導入の影 響などを考慮するうえでも社会全体に適用できる可能性のある産業研究と考え られたからであった(MacDonald 1904, xvi-xvii)。王立経済学会の代表とし て同委員会に加わったエッジワースは『印刷産業』序文のみを担当し、そのな かで以下のように述べている。 いくらか新しい光が投げかけられている女性労働にかんする諸見解のな かで、等しい労働、あるいはあまり違わない量の労働にたいする報酬とし て、なぜ女性がしばしばかなり少ない賃金を受領せねばならないか、とい
11)「女性産業評議会は A. ブラック氏(Miss A. Black)、C. ブラック氏(Miss C. Black)、ハ モンド氏(Mrs. Hammond)、フォックス氏(Mr. Stephen N. Fox)、そしてマクドナルド 氏、王立統計学会はベインズ氏(Mr. J.A. Baines)、王立経済学会はエッジワース教授、そし てハッチンソン評議会はボーリー氏(Mr. A.L. Bowley)をその代表とした。ホッグ氏(Mrs. Hogg)は 1900 年に逝去するまで女性産業評議会の代表であった」(MacDonald 1904, xv)。
うことが問題となっている。これは………社会生活との関係において、非 常に高い実践的重要性をもつ問題であるだけでなく、より抽象的な観点か ら、相当に理論的関心のある問題でもある。(Edgeworth 1904, v) エッジワースは、同委員会の調査から、ウェッブやスマート、フォーセット らと同様に、両性間の賃金の不平等が現実かつ大きなものであることを認識し た。これを「効率性がさほど変わらない生産要素にたいしてまったく別の価格 を支払っている・企・業・家・た・ちの矛盾」(Edgeworth 1904, v)と表現した彼は、た とえ女性労働が男性労働に劣っていることがあるとしても、その賃金格差ほど には質の差はないはず、と主張する(Edgeworth 1904, vii)。ただし、同一産 業に従事していたとしても女性は男性より報酬の少ない仕事へと追いやられて いるため、本当の意味で両性の賃金の格差が明確でない場合もある。そのため エッジワースは、先に述べたフォーセットの見解、すなわち、女性に開放され ている産業の低い賃金水準が女性全体の低賃金を招いているとの考えに賛同し たのである(Edgeworth 1904, vii)。 エッジワースによれば、女性が報酬の少ない分野に追いやられるのは両性 の間に競争がなく、人為的独占の影響が強いためである(Edgeworth 1904, vii-viii)。 エッジワースが人為的独占とみなしたのは、労働を取り巻く慣習・作法、工 場法、そして労働組合の存在である。これらは次のように説明される。第一 に、女性労働者は、雇用者に言い渡された単純で簡単な仕事でも、その仕事が 慣習的に男性労働者の仕事であれば、その仕事を決してしようとはしないとい う。また、工場法によって男性労働者が毎日働くことのできる体制が整い、か つてのように長時間労働によって疲弊した男性労働に替わって女性労働者を雇 用する機会が減少している。そして、最後に、印刷産業においては男性労働組 合が女性労働組合よりもはるかに力をもっており、安価な賃金で働ける女性労 働者の業界参入を阻害している。これらこそ、エッジワースのいう人為的独占 の最たるものであった(Edgeworth 1904, viii-ix)。ときとして、両性の同条 件雇用を容認する労働組合もあるにはあるが、「あらゆる状況のもとで、同じ
労働にたいして男性と同じ賃金を主張するように女性を促すことは、男性に比 して産業上、効率的ではないすべての女性たちを完全に労働から排除すること になるだろう」(Edgeworth 1904, x)。「同一労働同一賃金」という一見した ところ平等主義的にみえる方針が女性をより報酬の少ない職業へと追いやって いることもこの調査から判明した事実であり、フォーセットと同様に、「同一 労働同一賃金」の原則が非実践的であることをエッジワースは強調した。 このような人為的独占が解消されないかぎりは、そして、しばしば男性から 生活補助を受けている つまり、男性が主たる家計支持者である ために女 性の賃金が低く設定されやすいという事情も考慮すると、両性間に自由競争を 導入することは女性労働者の賃金低下を招くだろう(Edgeworth 1904, x)。 このように、エッジワースにとって、この『印刷産業』出版は、労働上の慣 習・作法、工場法、労働組合の力の不均衡という人為的な力のために、男性に 比して女性には労働選択の自由がないことを実証的に把握する機会となった。 ただし、彼はこれらを解消する具体的方策について『印刷産業』序文において 言及することはなかった。これらは1922年のF部会会長講演で扱われること となる。
4 エッジワース F 部会会長講演の問題意識
1914年から1918年にかけての第1次世界大戦は、女性労働需要そのものだ けでなく、男性労働を女性労働が代替する機会も増加させた。このため、エッ ジワースが認めた慣習・作法という人為的独占の影響は多少なりとも軽減さ れた。イギリス科学振興協会において「産業における女性による男性の代替」 (Replacement of Men by Women in Industry)という研究委員会に助成がなされていることからも、戦時下における女性労働への関心の高さはうかがい知 ることができる(BAAS 1917, xiii: BAAS 1918, xi: BAAS 1919, lxiii)12)。
しかし、第1次世界大戦終結は女性労働需要を急落させ、戦時に上昇した賃
金が再び戦前の水準へと戻った事例も報告されるなど(Hutchins 1921, 462)、 12) BAAS は Report of the British Association for the Advancement of Science の略
女性労働を取り巻く状況は決して安定的なものではなかった。 エッジワースがF部会会長に就任する前年にあたる1921年、F部会会長 ヒッチンズは、みずからの講演「賃金決定の諸原理」のなかで両性間の「等し い労働、等しい賃金」について言及した。ヒッチンズによれば、異なる職種間 で「等しい労働」を定義することは難しく、「実際には、男性と女性とは異な る職種につく傾向にある」(Hichens 1921, 104)。これは両性の仕事が無差別 なものではなく、労働の細分化によって女性が女性専門の労働へと集約される ためである。さらに女性が戦時に代替した仕事も戦地から帰還した男性に再代 替されているために労働の区分はますます拡大しており、両性間の賃金比較は 有用ではない、と主張された。最終的に、女性の就職口が男性よりも少ないこ と、女性の生活費が男性のそれよりも小さいこと、平均勤続年数が結婚のため に短く、経験が男性よりも少なくなることをその理由として、「概して、女性 の賃金を男性に支払われるものよりも低くなることは避けられない」(Hichens 1921, 104)とヒッチンズは結論した。かつてスマートによって批判された内 容をヒッチンズはまさに繰り返したのである。 エッジワースのF部会会長講演「男女の等しい労働、等しい賃金」は、こ のヒッチンズ講演を批判的に継承するものである。彼は、両性間の賃金問題が 「男性社会(masculine circle)において、しばしば、女性の労働は男性のそれ とは決して等しくない、あるいは滅多に等しいものにはならない、という見解 によって片付けられてしまっている」(Edgeworth 1922, 431-32)と問題提起 をした。このように、彼の講演は、両性間の「等しい労働、等しい賃金」をめ ぐる諸問題とその解決手段とを検討するものであった。 エッジワースは一義的な意味で「等しい労働」を定義づけることに反対す る。というのも、アリストテレスが「等しい」を「数字的平等」と「比例的平 等」とに区別したように、「等しい労働」もいくつかの解釈が可能なためであ る。エッジワースは「等しい労働」を、第一に「等しく労働を選択する自由」 と、第二に「等しい不効用」と、2つの意味でこれを解釈する。 同重量の銀と鉛とを運搬する場合、前者の方が大きな価値があるため、雇用 者は銀運搬に従事する労働者に多くの報酬を支払う。他方、これらを運搬する
労働者の負担は同じであり、彼らにとって銀か銅かは無差別である。完全競争 下においては、需給調整により、銀運搬と銅運搬の賃金は等しい水準に決定さ れるので、「等しく労働を選択する自由」は「等しい賃金」をもたらすはずで ある。この「自由」、言い換えれば、「完全競争」を労働市場に適用することで 両性の賃金は等しくなるのだろうか。これこそエッジワースが検討すべき第一 の課題であった。 かりに「等しい賃金」が自由な競争によって実現したとしても、それが必ず しも平等というわけではない。『数理精神科学』で示されたように、「等しい労 働」を「等しい不効用」と理解すれば、「等しい賃金とは賃金から得られる等 しい満足である、と解釈することができる」(Edgeworth 1922, 434)からで ある。両性は等しい賃金から等しい満足を得ることができるのか。エッジワー スの「等しい労働」にかんする第二の解釈は、彼みずから述べるように、「経 済的厚生」の視座に立つものである13)。 エッジワースは、以上のように、「等しい賃金」を考察するにあたって、(1) 両性間の完全競争の是非、(2)両性の満足の平等性という2つの問いをたてた が、そもそも完全競争がもたらす富の増加は経済的厚生の増加を導くため、前 者は後者の前提であり、両者の間に矛盾は生じない。このように主張するエッ ジワースのF部会会長講演は、まず(1)の問題を取り扱い、続いて(2)につい て論じるという形で構成された。これらの詳細については以下の2つの節にお いてそれぞれ考察する。
5 両性間の完全競争の是非
エッジワースは、自由放任が富の最大化を導くとの信念から、「あらゆる部 類の間の競争は制限されるべきではない」(Edgeworth 1922, 435)との基本姿 勢を示したが、競争を単純に両性労働者の間に持ち込むことには反対した。そ れは、雇用において男性に比して女性は有利な立場にあるためである。具体的13) この「経済的厚生」は、エッジワースがピグ─(A.C. Pigou)の『富と厚生』(Wealth and
Welfare, 1912)を参照していることから、所得額から直接的に得られる「・満・足という精神的生 産物」(Pigou 1912, 4)と理解してよい(Edgeworth 1922, 434: Edgeworth 1923, 487)。
には、第一に、女性は生産効率を維持するための生活必需品が少ないこと14)、 第二に、男性からの補助を受けやすい女性は低い労働条件を受け入れやすい こと、第三に、女性は 慣習や伝統のために 賃金が家族の扶養に不十分で あっても男性ほどにはそれを不本意に思わないこと、がその理由として挙げら れた(Edgeworth 1922, 436)。これらの理由によって、すべての女性は競争 に参入しやすい存在であり、その参入による賃金低下は一時的に生産の最大化 をもたらす。しかし、長期的にはこの賃金低下がウォーカー(F.A. Walker) のいう「労働の低下」を導くだろうと、単純な両性の自由競争による悪影響を エッジワースは懸念した15)。 この悪影響は『印刷産業』においてすでに懸念されたことである。F部会会 長講演においては、その回避策として、労働市場に一定の規制をかけることが 推奨された。この規制とは、最低賃金法(1909年)によって適用業種を拡大 しながら導入されつつあった賃金局を漸次拡張し、最終的にはあらゆる産業に 適用することである16)。これは、「最低賃金以上」という条件つきながら、両 性間での自由な競争を実現する第一のステップとなる17)。 この両性の間での競争は、現実に鑑みると、まだ自由なものではない18)。 14) エッジワースは、「ラウントリーによれば、その比率〔女性の必需品と男性の必需品との比率〕は 4:5 である」(Edgeworth 1922, 436)と述べ、ラウントリーの見解にしたがっている。この 点はヒッチンズとも共通する。 15) ウォーカーの「労働の低下」については、西岡(1997)によれば、次のように言及されている。 「賃金低下は労働者の肉体とその効率を低めるだけではなく、彼らの自尊心と社会的飛躍の意欲 をも失わせる。低賃金は………品性の欠如による労働の質の低下を累積的に生み出し、雇用者に も結局、利益をもたらさない」(西岡 1997, 225)。 16) 最低賃金法の施行は 1913 年 2 月のことである。当初は裁縫業、レース業、くさり製造業、製箱 業の 4 業種(25 万人)をその対象として業種別に最低賃金が設定された。1918 年にはその適 用範囲が拡大され、約 60 業種(100 万人以上)に適用された(飯田 1996, 383: 小山 1978, 219)。 17) エッジワースは、最低賃金を保障することによって、「労働の低下」をもたらす極端に能力の低い 階層がいない状態を想定しようとした 彼はこの階層についてブースのいう「B 階層」〔貧困者 (the very poor)=臨時的稼得者(casual earnings)〕を想定している(Edgeworth 1922, 437)。これによって、「絶望的な競争が極端な貧困と無力さという錯乱的影響を受けない競争者 たちがいる事情の状態を考えるだけで十分」(Edgeworth 1922, 437)となる。
18) エッジワースは、議論を簡素化するため、家族を扶養する必要のない独身男性労働者と独身女性 労働者との間の競争を仮定する(Edgeworth 1922, 438)。家族扶養を考えた場合の議論は本 稿 6 節において論じる。
『印刷産業』でエッジワースが把握したように労働組合の影響があるためであ る。男性労働組合に圧力をかけられた雇用者はその圧力に譲歩するため、女性 は限られたわずかな職種に追いやられたり、男性と同等の訓練を受けられずに いたりする。これとは逆に両性を同条件で扱う取り決めも実は女性にとっては 不都合である。男性と同等の労働を女性にも求めるため、これに応じきれない 女性は 女性として平均的であったとしても 労働市場から排除されてしま うことになる(Edgeworth 1922, 438-39)。このため、スマートと同様、エッ ジワースもこのような自由競争に反する圧力は女性労働組合の力によって中和 すべき、と主張した(Edgeworth 1922, 440)。 しかしながら、たとえ最低賃金の設定、男女労働組合の力の均衡によって理 想的な競争がおこなわれるようになったとしても、両性それぞれにとって一般 的ではない職種 たとえば、男性にとって子守、女性にとって炭鉱夫 が存 在することは事実である。したがって、両性ともに平等かつ自由にあらゆる職 業を選択することは難しい。エッジワースは、このような事実から、女性のみ が就ける諸産業(A)、両性ともに就ける諸産業(B)、女性の参入が不可能ある いは難しい諸産業(C)によって構成される社会を想定する。これはヒッチン ズが性別によって労働市場は異なると主張したのと対照的な取り扱いである。 エッジワースは、一般的には、諸産業Aにおける週あたりの所得(Wa)が もっとも高く、諸産業Cにおけるそれ(Wc)がもっとも小さいことを認める (Edgeworth 1922, 443)19)。また、両性に開かれている諸産業 Bにおけるあ る産業iにおいては、男性の週あたり所得(WbiM)は女性のそれ(W F bi)より 高くなる、という。これは、競争によって同一賃金率(wbi)が実現したとし ても、平均的男性は平均的女性よりも多くの労働単位をこなすことができるた めである。それゆえにエッジワースは、「男性労働者と女性労働者との間のあ 19) エッジワースは、女性が男性同様に力強くなる、科学技術の進歩によって筋力が求められなくな る、もしくは女性が携わる労働(タイピングなど)への需要が増大すれば、Waと Wcとの格 差は縮小するだろう、と述べている。つまり、彼は将来における賃金格差解消の可能性を否定し なかった(Edgeworth 1922, 443)。しかしながら、Pujol(1992)は、1922 年以降、現代 にかけてタイピングへの需要は高まったが、依然として炭鉱夫の賃金の方が高いと指摘し、エッ ジワースの見解を疑問視している(Pujol 1992, 99)。
らゆる競争制限が取りはずされたとしても、一般的な印象と通常の経験に基づ く推論として、男性の労働者の平均収入がかなり高くなることは依然として見 出される」(Edgeworth 1922, 442)と結論した。 ところで、両性が参入できる諸産業Bにおいて両性ともに同一賃金率(wbi) であることは適切なことであろうか。エッジワースによれば、雇用者たちは女 性よりも男性の雇用を優先したいと考える傾向にあるという。これは、しば しば、女性が結婚のために一人前になる前に退職することや緊急時 たとえ ば、逃げる無賃乗客を追いかけるときなど にはあまり役立たないためであ る。つまり、両性とも就労可能で同じような作業をしているものの、両性の身 体的差異が原因となって、その内容の細部や効率にかんして差異が生じる。彼 はこれを「「二次的」差異」(“secondary” differences)と呼んだ(Edgeworth 1922, 444)20)。 この「二次的差異」のために同一産業における男性労働者にはwM bi、女性労 働者にはそのwMbi から一定率を割り引いた賃金w F biを設定すべき つまり、 wM bi > wbiFとすべき と第1次世界大戦中の戦時内閣委員会(War Cabinet Committee)やラスボーンらは主張していた。これにたいして、フォーセット は女性労働が男性労働を代替したという戦時中の経験に鑑みると、女性が男性 に劣ると言われてきたことの大部分は想像上のものであったとして、反発した (Fawcett 1918, 2-3)。エッジワースもこの割引賃金率を批判的にみたが、そ れは、フォーセットとは違い、この割引率を適正に算定することが困難と考え たからであった。 雇用者の男性労働者にたいする需要と比較したときの女性労働者にたいす るそれに対応した割引を委員会は客観的に申し分なく計算することはでき ない。それは理想的な競争の作用によってのみ決定され、その作用は観念 のなかにのみ存在する。(Edgeworth 1922, 445) 20) 他方、子守と炭鉱夫のように、もともと就労可能な産業が性別によってわかれるような差異は、 エッジワースはそのような言葉を用いてはいないが、「一次的差異」と理解できよう。
wMbi やwFbiといった性別賃金率の適用のかわりにエッジワースが提案したの は、「二次的差異」の存在を認めつつ、両性の賃金をwbiMとw F biとの間に位置す るw∗bi(w M bi > wbi∗ > w F bi)に統一することであった(Edgeworth 1922, 445)。 この統一的な賃金率「職業賃金率」(occupational rate)は、男性にとって賃 金率の低下を意味する21)。しかし、これによって増加するであろう転職希望 の男性労働者のかわりとして女性の雇用が増加し、結果として両性間の労働再 分配が達成される、とエッジワースはその効果に期待した22)。 以上のエッジワースの議論を整理しておこう。彼は「労働の低下」を防ぐた めに最低賃金を保障し、また男女両労働組合の力を均衡させた状態での両性の 自由競争導入を容認した。ただし、両性にとって一般的ではない職種もあるた め、両性が参入可能な諸産業において「職業賃金率」にて競争することをエッ ジワースは推奨したのである。
6 両性間の賃金にたいする満足の平等性
前節までの議論にはそれぞれの労働者の家族扶養の問題をまったく考慮に 入れてこなかった。しかし、「概して男性がみずからの所得で妻や家族を養っ ているという一般的事実に遭遇する」(Edgeworth 1922, 448)ため、エッジ ワースは、家族扶養の観点も議論のなかに含めて「等しい賃金」を考えるよう になる。 男性が妻や子どもなど家族を扶養することは、エッジワースによれば、「文明 世界の至るところで是認されている規範」(Edgeworth 1922, 448)である。実 際に、この当時、ラウントリーは調査から、未婚女性労働者が部分的にでも家 族を扶養している割合を12.6%と、さらに父親が他界している事例を除けば、 その割合は4.12%になると算定していた(Edgeworth 1922, 449: Rowntree 1921, 36)。エッジワースの認識は、このラウントリー調査に依拠している。 21) この「職業賃金率」の考えをエッジワースはベアトリス・ウェッブ(B. Webb)から引いてい る(Edgeworth 1922, 445)。 22) wF biを求めるために必要な割引を算定することが難しいとしたエッジワースであったが、彼もい かにして w∗ biを求めるのかを明示することはなかった。このような状況下で、かりに生産性の等しい既婚男性労働者と未婚女性労働 者とが同一額の賃金を享受するならば、「まったく公平なことではないように 思われる」(Edgeworth 1922, 449)とエッジワースは述べる。つまり、経済的 厚生の観点からみて、みずからの賃金の一部が自然と控除されてしまう男性労 働者の賃金額が多くなることは不合理ではないというのである。この考えは、 1923年にエッジワースがおこなったF部会報告でも再び登場する。 男性と女性への等しい賃金支払いを支持する仮説は、女性の大半が免除さ れている義務、つまり家族の扶養、から大半の男性が免れ得ないという反 論に遭遇する。(Edgeworth 1923, 493) しかしながら、この考えは女性労働者や彼女らの権利を擁護する人びとに とっては受け入れがたいものであり、それゆえ両性の間に衝突が存在すること もエッジワースは理解していた(Edgeworth 1922, 449-50)。そこで彼は、仲 裁案として、ラスボーンが提起した「家族手当」の妥当性を検討した。 ラスボーンはウェルズ(H.G. Wells)の「母性手当」構想に影響を受けた が、これは、次代を担う児童の養育費用を社会再生費用と考え、その費用を父 親の賃金に付加して男性労働者の賃金を高くするのではなく、直接女性に支払 うシステムである(大塩 1996, 148)。この「母性手当」の実施によって同一 労働同一賃金の獲得と女性の地位向上とを目指したラスボーンは、1917年に 「家族手当協会」を設立し、全国的制度、全額国庫負担、所得制限なし、受給 対象は妻および子ども、実際の支給は妻への現金給付、という条件を骨子とす る「家族手当」構想を提示した(大塩1996, 149: 渡辺1976, 54)。 エッジワースは、この構想を、家族扶養を理由とした両性間の賃金の不平 等性を解消する可能性のあるものとして評価した。家族手当の利点の1つと して、男性には扶養すべき家族がいるという弁解の無力化が挙げられる。つま り、家族手当の支給により、家族を養う義務から解放された男性たちは女性た ちと競争しない理由を失うことになる(Edgeworth 1922, 451)。また、全国
の母親に支給される子どもへの手当は、各家庭の教育費用事情が賃金に及ぼす 不公平感を是正するとも期待できる(Edgeworth 1922, 452)。 しかしながら、エッジワースの分析によれば、家族手当制度の実施には5つ の難点も併存する。第一に、家族手当に用いる巨額の資金管理のために人件費 が必要なこと23)、次に、その財源の確保には国民分配分の減少という弊害がと もなうこと、である。すべての所得者への一定率課税で財源を確保しようと考 えたラスボーンにたいして、エッジワースは高所得者から労働者への所得移転 という意味では累進課税による方法の方がより現実だと評価した。ただし、こ の方法では、うまくバランスをとらねば、高所得者の貯蓄を抑制し、国民所得 を縮小させてしまうことになる。第三の難点は、妻に稼ぎがあると夫は怠惰に なる傾向にあるが、家族手当がこれと同じ効果を持ちうること、第四のそれは、 この手当が人口増加を刺激し、将来的な人口圧力が懸念されること、である。 ウェルズやピアソン(K. Pearson, 1857-1936)は、この第四の難点への対応と して、出生規制つきの手当を主張していたが、エッジワースはそのような人口 抑制をあてにならないものと批判している(Edgeworth 1923, 494)。さらに、 この人口増加が先見性のないどうしようもない無責任な階層の増加と考えられ ること、が第五の難点として挙げられる。このような階層の人びとに支払う手 当のために課税されることは納税する側にとって馬鹿馬鹿しいことである。 家族手当制度に以上のような弊害がともなうならば、それらを避ける代替的 な手段を考えねばならない。エッジワースは家族手当構想にたいする直接的代 替手段として、学童給食無償化、家族手当の制限的給付、労働組合などによる 互助的再分配、という3つの方法を取り上げた(Edgeworth 1922, 456-57)。 この当時、改正学校給食法(1914年)により、その費用の半分を国庫が負 担する形で学童給食が実施されていた(小山1978, 202-03)。エッジワースの 提案した学童給食無償化は、その全額を国庫負担にして男性の家族扶養にたい する負担感を軽減し、両性間の賃金不平等を解消しようというものであった。 23)「家族手当協会」は、この人件費を、年間 1 億 5,400 万ポンドから 2 億 4,000 万ポンドと試 算した。また、ラスボーンとは独立的に家族手当制度を構想したベアトリス・ウェッブも年間 2 億 5,000 万ポンドと推測した(Edgeworth 1922, 450)。
そして、この方法にかかる費用は年間1,250万ポンドと、年間1億ポンド以上 の予算を要するラスボーンの構想よりもかなり少額である(Edgeworth 1922, 456)。 家族手当の制限的給付は、ラウントリーの試算をその根拠として主張され た。ラウントリーは、3人以上の子どものいる仮定にのみ手当給付すれば年間 800万ポンドの費用に抑えることができ、エッジワースもこの点でこの方法に 賛同した(Edgeworth 1922, 456)。 第三の提案、労働組合などによる互助的再分配は、労働組合などの組織が分 担金を拠出し、それを家族の大きさに応じて再分配することを意味している。 国家による家族手当制度が成立するかどうかは、その主財源を支払うこととな る雇用者(資本家)たちの理解にかかっているのにたいして、この方法は立法 化する必要がなく、組合員が互いに理解すれば事足りる話である。このため、 エッジワースは、未婚男性やまだ子どものいない既婚男性に、将来自分たちが 父親となる日に利益を享受することを予測してこの基金の設置に応じるべきで ある、と呼びかけた(Edgeworth 1922, 457)。 これら3つの提案の優先順位をエッジワースは必ずしも明確にはしていな いが、これらの提案に通徹されているのは、賃金から生じる両性の満足の平等 化、そしてそれを実現するための制度に必要な国家負担の軽減である24)。第 1次世界大戦後のイギリスの苦しい国家財政に鑑みると、ラスボーンが構想す るような大規模な費用を要する家族手当制度の実施は非現実的ではあるが25)、 両性の満足からみた賃金の平等性を実現するための制度は必要とエッジワース は考えていたのである。 24) Pujol(1992)は、家族扶養に不十分な所得しか得ていない女性や無給の家事労働に従事する女 性 場合によっては男性も含む を考慮したときには、このアプローチは不公平であるため、 エッジワースを厚生経済学者とは認めない(Pujol 1992, 109)。
25) エッジワースは、1924 年に『既婚女性の経済的地位』(The Economic Position of the
Married Women)を書評した際、国家財政から判断するに国家主導型の家族手当の実施は困
難との見解を示した著者フィッシャー(L. Fisher)を高く評価している(Fisher 1924, 20: Edgeworth 1924, 447)。
7 おわりに
結語にかえて
ここまで『数理精神科学』から「男女の等しい労働、等しい賃金」に至る 諸著作を通じて、エッジワースの男女賃金論を概説してきた。その要点を整理 し、本稿をまとめることとする。 エッジワースの男女賃金論は、「等しい労働」を「労働選択の等しい自由」、 あるいは「等しい〔限界〕不効用」と解釈するという2つの論点で構成される が、そのそれぞれは断絶していない。彼はまず両性間の「労働選択の等しい自 由」の可能性を検討した。そして、両性が参入可能な産業における競争によっ て「等しい賃金」が実現した場合に、その賃金が両性にとって「等しい満足」 を生じるかについて議論するという形で2つは連続している。 このうち前者については、スマートやフォーセットの著作に触れるだけでな く、みずからも『印刷産業』に携わることによって、現実にはさまざまな人為 的独占が影響し、労働市場に労働選択の自由が存在しないことをエッジワース は認識していた。1922年のF部会会長講演においては、これらの人為的独占 の影響を除去するため、彼は賃金局の設置・拡大による最低賃金の保障と同時 に女性労働組合の興隆とを条件として、両性が参入可能な産業における両性間 の競争を認めた。ここにおいて、性差による「二次的差異」を考慮しない「職 業賃金率」という形で「等しい賃金」がもたらされる。 後者の「等しい労働」を「等しい〔限界〕不効用」とする解釈は、『数理精神 科学』から1922年のF部会会長講演に引き継がれたものである。エッジワー スは、この解釈から「等しい賃金」を「等しい満足」と読み替えたが、この場 合、一般的に男性が家族扶養者であるならば、既婚男性労働者の賃金が女性労 働者のそれより高くなることは合理的であると考えた。もっとも男性労働者の 賃金の方が高いことは女性労働者にとって簡単に受け入れることのできるもの ではないため、彼は男性をその扶養義務から解放することで両性を仲裁しよう とした。それは具体的には家族手当制度の適用であったが、その提唱者ラス ボーンの構想は戦争で疲弊した国家財政には負担が大きすぎるため、エッジ ワースは学童給食無償化、制限的家族手当給付、互助的再分配という低予算で 実行可能な方法を提案した。1923年のF部会においてエッジワースは「経済的厚生と女性賃金」と題し た報告をおこなった。これは前年のF部会会長講演の補足的・補強的報告で あったが、彼は次のように聴衆に訴えた。 旧い女性排除政策と(家族への給付金〔家族手当〕で安全に守られた)競 争というより大きな自由との間で決心のつかない人間には、女性労働者に より高い報酬とより大きな独立とをもたらす方針への疑念を好意的に受 け入れるよう勧告したい。女性の願いをくじき、女性の地位を貶めること は、経済騎士道(economic chivalry)に矛盾する26)。( Edgeworth 1923, 493-94) エッジワースは、このように、女性労働者たちの労働環境の改善を目指し、 晩年には具体的な政策提言をもおこなった27)。彼は、単なる経済理論家にと どまらず、男女賃金論や家族手当制度にかんする政策論者という顔ももってい たのである。 参考文献
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26) エッジワースは、同論文のなかで、偉大な経済学者が騎士道と現代産業とが矛盾しないことを示し たと述べ、マーシャルの「経済騎士道の社会的可能性」(The Social Possibilities of Economic Chivalry, 1907)を参照している(Edgeworth 1923, 491)。このため、エッジワースの「経 済騎士道」はマーシャルの「経済騎士道」と同義と考えるのが自然な理解であろう。 27) ベヴァリッジ(W.H. Beveridge)やケインズらが家族手当の採用を提唱し、その支給対象を第
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