832 日本物理学会誌 Vol. 69, No. 12, 2014 ©2014 日本物理学会
超弦理論の主役
D
ブレーン
―ゲージ場の理論と超弦理論の接点―
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D ブレーン
D ブレーンは,超弦理論 *1の研究において,双対性の研 究以降,常に主役であった.特に,ハドロン物理,凝縮系 物理等とも関係の深い AdS/CFT 対応に関係して,近年の超 弦理論の研究を理解するうえで欠かせないものである.こ の D ブレーンとは何か,そして,超弦理論の非摂動的な理 解に,いかに重要な役割を果たすのかを以下で説明したい. まず,弦理論がどのようなものかを説明する.場の理論 は,(摂動的には)時空を伝搬する粒子によって記述され るが,摂動的な弦理論は,閉弦と呼ばれる端を持たないひ もでこの粒子を置き換えたものである.ここで,摂動論は 場の理論のほんの一側面しか記述できないことを思い出す と,弦理論においても非摂動的な理解が重要であることが わかる.しかし,D ブレーンの理解が進む以前は,非摂動 的には弦理論はほとんど何も理解されていなかった.1. D ブレーンとは ?
D ブレーンとは何か? まず,ブレーンとは,空間的な 広がりを持った物体の総称で,粒子,ひも,膜などを含む. D ブレーンは,弦理論において,「弦が端をもてる物体」 というのが一つの定義と言って良い.*2 つまり,D ブレー ン上では,弦が切れて端を持つことができる.しかし,こ の定義からは,そもそもなんでそんなものを考えるのかが わからないだろう.そこで,これから,全く違う観点から D ブレーンを導入する. 弦理論に限らない一般的な話として,作用が与えられた 時,対称性と,それに伴う保存量を考察することは重要で あろう.決まった保存量を持つ粒子のうち,最小の質量を 持つものは当然安定である.例えば,素粒子標準模型でい えば,十分低エネルギーで残る対称性は電磁気学における ゲージ対称性であり,安定な粒子は電荷を持つ電子(や磁 荷を持つ磁気単極子)である. 超弦理論では,この電子に対応するものはあるだろう か? まず,どのような保存量があるかを考えよう.閉弦は, その振動のパターンにより様々な粒子とみなせるが,エネ ルギーが非常に小さい状態だけを考えると,質量ゼロの粒 子と見なして良い.この粒子は 10 次元の超対称性を持っ たある重力理論(超重力理論)で記述されることが弦の摂 動論からわかる.*3 この超重力理論は時空のメトリックの 他に,Bμν , Aμ , Aμνρ のような反対称化された添え字を持つ場 を含む.これは,電磁気のゲージポテンシャルの高次元へ の一般化のようなものであるが,ベクトルであった電磁場 から,反対称テンソルに一般化されている.このような場 もゲージ対称性を持つため,保存量が定義される(簡単の ため,以後,電荷と呼ぶ).しかし,ガウスの法則も反対称 テンソルで置き換わったものになるため,電荷を持つ物体 は,粒子から,高次元に広がったブレーンに置き換わる.*4 D ブレーンとは,Bμν 以外のゲージポテンシャルに対応 する荷電ブレーンのことである.*5 電子の例のように,D ブレーンも電荷を持つ安定な状態であり,超弦理論で重要 な役割を果たすことが予想される.ここで,最小の電荷を q とした時に,電荷 Nq を持つブレーンの系は,N 枚の D ブレーンがあると見なせる.実は,互いに離れた平行な N 枚の D ブレーンは,電荷による斥力(クーロン力)と引力 (重力)がちょうど釣り合うために安定な配位となる.*6 この D ブレーンは,超重力理論では,荷電ブラックホー ル解の高次元での類似物として(非常に多くの D ブレーン が集まった場合は)記述される.しかし,この超重力理論 による低エネルギーでの古典的な記述だけでは,D ブレー ンについてほとんど何もわからない. 次に,この D ブレーンが弦の摂動論ではどう見えるか を考えてみよう.まず,超重力理論の作用を見る.すると, D ブレーンの単位体積当たりのエネルギーは,閉弦の相互 作用の強さ g に反比例することがわかる.これと重力定数 が g2に比例することから,D ブレーンの「厚み」は,g に 比例することもわかる.弦の摂動論は g を無限小として展 図 1 (左)閉弦が,D ブレーンから放出されて,時空を伝搬した後, 他の D ブレーンに吸収される様子(tree level のファインマン図).(右) この図は,開弦が一周回って戻ってくる様子(1-loop 図)だと解釈し ても良いはず.経路積分では,全ての可能な伝搬の仕方が現れるこ とに注意. 図 2 N 枚の D ブレーンがある場合,N×N 種類の開弦が存在する様 子を N=2 として描いた図.(ある時間で止めた様子を描いている.)833 現代物理のキーワード 超弦理論の主役 D ブレーン ©2014 日本物理学会 開するので,D ブレーンは厚さがなく,さらに,無限に重 いことから,固定された背景(外場)と見なせるようにな る.この外場は質量を持つので,重力子,つまり,閉弦の 放出源となっているはずである.この様子が図 1 左で描か れているが,この図は弦が D ブレーン上で端を持ってい るということを意味する.(これは,図 1 左を連続的に動 かして得られる図 1 右を見るとわかりやすい.)さらに,適 切な境界条件を弦の端で課せば,図 1 の寄与が消えて,重 力と高次元化されたゲージ場の寄与が釣り合っていること がわかる.つまり,電荷を持ったブレーンは,摂動的には 弦が端を持てる厚さを持たない背景として記述される.1) この端を持つ弦(開弦)の摂動論からは,質量ゼロの場 として通常のゲージ場が D ブレーン上に局在して存在す ることがわかる.特に,N 枚の D ブレーンは,ゲージ群を U(N)とする非可換ゲージ理論で(低エネルギーでは)記述 されることがわかる(図 2 参照).ここで重要なことは,摂 動論から導出されたにも関わらず,非可換ゲージ理論自体 は非摂動的に定義され得ることである.
2. D ブレーンの有用性
結局,電荷を持った安定な D ブレーンは,低エネルギー では(非摂動的に)非可換ゲージ理論で記述される.超弦 理論とゲージ場の理論の間のこの具体的な結びつきが D ブレーンによって与えられたことから,これまでに多くの 重要な結果が得られている. 1,ブラックホールのエントロピーの統計力学的な導 出: ゲージ理論でエントロピーを計算することにより,D ブレーンの二つの見方を使って,地平面の面積に比例する ブラックホールのエントロピーが統計力学的に導出された. 2,AdS/CFT 対応: 上の考察をさらに深めることによ り,ある共形不変なゲージ場の理論とある重力理論が同じ ものだとする AdS/CFT 対応が発見された.これは,低エ ネルギー有効理論を考えることが,(高次元に広がった) ブラックホールを用いた記述では地平面近傍(AdS 空間と なる)を考えることに対応することから導かれる. 3,弦理論の双対性: 理論の間の同等性を意味する双 対性は,対称性とその電荷を持つものが正確に対応するか をまず確かめる必要がある.そのため,弦理論の双対性の 発見に関して,荷電 D ブレーンは決定的な役割を果たす. 4,場の理論の厳密な解析: 弦理論の双対性を使うこ とにより,超対称ゲージ場の理論の厳密な解析が超弦理論 を使うことで行えることがある. 5,素粒子現象論の模型: D ブレーン上には非可換 ゲージ場がいるため,ブレーンを使った標準模型を含み得 る模型を考えることができ,様々な新しい可能性が示唆さ れた. 6,非可換幾何: 実は,複数の D ブレーンを考えると, ゲージ場だけでなく D ブレーンの位置を表す座標も一般 には行列となるため,非可換幾何と関係する. 他にも数学への応用等の様々な重要な結果がある.また, これまでは安定な D ブレーンを考えてきたが,D ブレーン とその反対の電荷を持った反 D ブレーンの組を考えるこ ともできる.(電子‒陽電子系のようなもの.) このような, 安定でない D ブレーンの系についても興味深い結果があ る.*73. おわりに
超弦理論の摂動論を超えた研究は,試行錯誤を繰り返し ながら現在まで発展を続けている.その中で,D ブレーン は主役であり続けた.しかし,現在の我々の超弦理論の理 解は,木を見ているだけで,森を見ることができていない という印象が強い.今後,D ブレーンを通じて,まだまだ 多くの驚きが超弦理論の研究から与えられると期待したい. 最後に,D ブレーンの参考文献としては,弦理論の教科 書でもある文献 2 が良いだろう.日本語で書かれた D ブ レーン参考文献としては,例えば文献 3 がある. 参考文献1) J. Polchinski: Phys. Rev. Lett. 75 (1995) 4724.
2) J. Polchinski: String Theory (Cambridge Univ. Press, 1998).
3) 太田信義:『超弦理論・ブレイン・M 理論』(シュプリンガージャパン, 2002);橋本幸士:『D ブレーン―超弦理論の高次元物体が描く世界像』 (東京大学出版会,2006);今村洋介:『超弦理論の基礎―弦とブレーン の導入から』(サイエンス社,2011). 寺嶋靖治〈京都大学基礎物理学研究所 〉 (2014 年 2 月 19 日原稿受付) *1 超弦理論は,量子重力や非可換ゲージ場の理論等を無矛盾に含むと 考えられている理論であり,標準模型を超える素粒子現象論の有力 な候補として,また,強結合の場の理論の解析,数学への応用等,非 常に興味深い理論である.しかし,超弦理論の摂動的な「定義」は存 在するが,摂動を超えたきちんとした「定義」として確定したものは ない.従って,現在のところ,超弦理論とは,摂動的弦理論を含む ように理論を整合的に構成しようとする試みであるとも言える.も ちろん,この整合性の条件は非常に強く,我々の想像をはるかに超 える非自明な理論が存在することが専門家の間では信じられている. *2 具体的にどのような D ブレーンが存在できるかは,理論が整合的に なることから決める. *3 ここでは話を具体的にするため,平坦な 10 次元時空上の IIA 型超弦 理論と呼ばれるものを考える. *4 ブレーンの広がっている時空間の(時間方向も含めた)次元はゲージ ポテンシャルの添え字の数と同じ. *5 Bμν は,弦自体が持っている電荷に対応する.また,電荷の最小の値 は理論の整合性から決まるので,最小電荷,最小エネルギーを持つ ブレーンを考えることができる.これは超対称変換の一部を保つ. *6 これは超対称性が残るためである. *7 一例をあげると,あらゆる D ブレーンを組み合わせた系を考えたとし ても,次元の決まった(例えば粒子的な)D ブレーンと反 D ブレーン の束縛状態と見なせることが知られている.これは,D ブレーン上の ゲージ場を介して,K 理論,K ホモロジーと呼ばれる数学と関係する.