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『日韓歴史共通教材 日韓交流の歴史』を学生と読む -その利用法と学生のレポートから学ぶこと-

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(1)Title. 『日韓歴史共通教材 日韓交流の歴史』を学生と読む −その利用法と 学生のレポートから学ぶこと−. Author(s). 鈴木, 哲雄. Citation. 北海道教育大学紀要. 教育科学編, 59(1): 23-38. Issue Date. 2008-08. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/902. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 北海道教育大学紀要(教育科学編)第59巻 第1号 JournalofHokkaidoUniversityofEducation(Education)Vol.59,No.1. 平成20年8月 August,2008. 『日韓歴史共通教材 日韓交流の歴史』を学生と読む −その利用法と学生のレポートから学ぶこと−. 鈴 木 哲 雄 北海道教育大学札幌枚社会科教育研究室. Reading“TheHistoryofJapanese−KoreanRelations:FromPre−Historytothe. PresentDay−ACommonTextbookforBothCountries−’’withCollegeStudents SUZUKI Tetsuo. DepartmentofSocialStudies,SapporoCampus,HokkaidoUniversityofEducation. 概 要 本稿は,2007年3月に刊行された『日韓歴史共通教材 日韓交流の歴史』をテキストとした本学の演習授 業での学生の報告内容や課題レポートから,受講生が本書をどのように読み,どのような「教育的意義」を 本書から見いだしたかを紹介し,【日韓歴史共通教材】としての『日韓交流の歴史』の教育実践的な成果と 課題,今後の改善点などについて考えようとするものである。同書は日韓の高校生向けの歴史教科書の副教 材として編まれたもので,教員養成系大学の授業において,学生が主体となって同書の教育(実践)的意義 を多面的に考察することは有意義であり,受講生による報告内容や課題レポートからはそのことが十分に確 認できた。. キーワード:日韓交流,日韓歴史共通教材,歴史教科書対話(シンポジウム),歴史認識. ように評価することができるか,そして【日韓歴 はじめに. 2007年度前期の本学札幌校での授業(授業基礎 開発系・教育実践専攻の「社会科授業開発I」). 史共通教材】としての実践的な課題や問題点は何 かを考えようとするものであった。 本稿は,この授業における学生の報告内容や授. のなかで,同年3月に出版された『日韓歴史共通. 業終了後に課題としたレポートを紹介しつつ,受. 教材 日韓交流の歴史』(以下,『日韓交流の歴史』. 講生が本書をどのように読み,どのような「教育. あるいは本書と表記する)(1)をテキストとした演. 的意義」を本書から見いだしたかを紹介するもの. 習を行った。授業の目的は,【日韓歴史共通教材】. である。本書の作成者の一人としては,この作業. と銘打たれた本書が教育実践的観点からは,どの. を通じて【日韓歴史共通教材】としての『日韓交. 23.

(3) 鈴 木 哲 雄. 流の歴史』の教育実践的な成果と課題,今後の改. について述べ,第2章で,授業において担当者が. 善点などについて改めて考えたいと思う。. 配布したレジュメなどから受講生の報告内容の要. さて,『日韓交流の歴史』は東京学芸大学と韓. 点を確認し,第3章において,受講生が提出した. 国のソウル市立大学に事務局を置いた歴史教育研. 課題レポートの全文を紹介したい。そしておわり. 究会(代表:加藤章)と歴史教科書研究会(代表. に,本書の教育実践的な成果と課題,今後の改善. :李存興)による日韓歴史教科書シンポジウムの. 最終的な成果物であり,両研究会による歴史教科. 点について,学生のレポート内容を整理する形で 考察したいと思う。. 書対話は10年のながきにわたるものであった。直. 接的な対話の回数は15回に及び,第1回目を除き シンポジウムのために,日本語と韓国語の相互に 翻訳された14冊の分厚い事前資料(冊子)が準備. され,2冊の中間報告も出版されている(2)。また,. 1【日韓歴史共通教材】としての『日韓交流 の歴史』. 本書には,「より深く理解するために」という. 日韓歴史教科書シンポジウムの経過や意義をめ. 解説が附されており,本書をいかに利用するか,. ぐっては,多数の論考が発表されているが,ここ. そのための教材化の視点が善かれている。しかし,. では立ち入らないことにする(3)。まず本書の構. 項目ごとに附されているため,本書全体を見通し. 成を示しておく。. て「高校日本史」の副教材としてどのように活用. 刊行にあたって/この本の読み方. できるかが見えにくい点がある。もともと私は,. 第1幸 先史時代の文化と交流. 本書の作成・執筆過程の大半を高校教員の立場か. 第2幸 三国・加耶の政治情勢と倭との交流. ら関わったことでもあり,「高校日本史」の視点. 第3章 隋・唐の登場と東北アジア. から,【日韓歴史共通教材】としての『日韓交流. 第4章10∼12世紀の東北アジア国際秩序と日. の歴史』の利用法について述べたい(5)。. 本・高麗. 第5章 モンゴル帝国の成立と日本・高麗 第6章15・16世紀の中華秩序と日本・朝鮮関係. (1)導入としての先史・古代 日本(あるいは韓国)の高校生が,本書を日本. 第7章16世紀末の日本の朝鮮侵略とその影響. 史(国史)の副教材として手渡され,頁をめくっ. 第8章 通信使外交の展開. ていくとき最初に目を止めるのは,第1章の「こ. 第9章 西洋の衝撃と東アジアの対応. のころの日本と韓国」に載る日韓双方の「環濠集. 第10辛 目本帝国主義と朝鮮人の民族独立運動. 落」の写真であろう。‘あれ同じ写真かな?’と. 第11章 敗戦・解放から日韓国交正常化まで. 思い,よく見ると韓国と日本の別の「環濠集落」。. 第12章 交流拡大と新しい日韓関係の発展. ‘なんでこんなに似ているの?’と疑問に感じ,. より深く理解するために. 文章を読んでみる。…そうだとすれば,この日韓. 参考文献(生徒用/教員用・一般読者用). 双方の「環濠集落」の写真は,「日韓交流の歴史」. 読者の皆様へ. 受講した学生は,授業基礎開発系・教育実践専. を考えていくための導入として,まさに相応しい ものである。さらに第1章の「1.先史時代の文. 攻の3年生11名であった。授業では,はじめに鈴. 化と交流」には,日韓の石器・土器・釣針・青銅. 木が日韓歴史教科書シンポジウムの経過や目的に. 器などを比較する図版が多用されている。その類. っいて,拙稿(4)などを配布し概説した後,全12. 似性と個別性を,高校生は自らの視覚によって確. 章を11回11名で分担のうえ報告し,討論していっ. 認し,さらに本文によってその意味を考えていく. た。本稿では,第1章で鈴木が考えた【日韓歴史. ことになろう。. 共通教材】としての『日韓交流の歴史』の利用法. 24. 同様に,第2章の日本の「法隆寺五重塔」と韓.

(4) 『日韓歴史共通教材 日韓交流の歴史』を学生と読む. 国の「走林寺跡五層石塔」,両国の「半伽思惟像」. ろう。. や「古墳壁画」の比較も注目される。そして,第. 3章の「このころ」での「東大寺の大仏」と「石 窟庵の本尊仏」と続くわけで,本書の先史・古代. (3)東北アジアの国際関係. 東北アジアあるいは東アジアにおける国際関係. 部分(第1∼3章)は,「日韓交流の歴史」の導. を,歴史授業のなかでいかに扱うかは重要な課題. 入部分として,そして比較史的な教材として高く. である。これまでの高校日本史の授業では,一貫. 評価されるものと考える。自国の文化をより深く. して中国中心の国際関係(いわゆる朝貢冊封体制). 理解するためにも,隣国の文化との交流を知るこ. から説明してきたといえよう。しかし本書では,. とは不可欠である。. なお,第2章には,「このころの日本」と本文. 「日韓交流」の前碇となる東北アジアの国際関係 を中国中心の華夷秩序(事大関係,朝貢冊封体制). とに2枚の「前方後円墳」の写真が載るが,これ. のみではなく,多元的な関係も存在していたとし. に対応する韓国側の図版があるとよかったように. ている。個人的な感想からすれば,日韓歴史教科. 思われる。. 書シンポジウムに参加して,私が学んだ第一のこ とはこの点にあった。たとえば,第3章「2.新. (2)人の移動と交流. 本書には,日韓での人の移動と交流について,. 羅・潮海と日本の交流」では,中華帝国=唐の存. 在を前提としながらも,東北三国が各々の思惑を. 多くの具体的な記述がなされている。たとえば第. もって外交関係を展開したことが記述されてい. 2章「1.三国・加耶の対立と倭」には,百済の. る。. 武寧主など王族の「移動」が明らかにされており,. こうした多元的な関係は,唐滅亡後の東北アジ. 古代における多面的な交流を記述した「2.人々. アにおいてさらに明確化する。第4章は,こうし. の移動と文化交流」は,日韓の高校生や多くの人. た視点から編まれている。なかでも,「2.10∼12. たちに読んでもらいたいところである。ここから. 世紀の日本と高麗の関係」に置かれた図「12∼13. は日韓の結びつきの深さを実感することができる. 世紀,日本・高麗・中国の貿易」は重要な教材で. であろう。同様の視点から,第3章の2つのコラ. ある。日本におけるこれまでの東(北)アジア地. ム「海を渡った百済人・高句麗人」,「日本僧円仁. 域論では,中国北部あるいは中国東北部から繰り. の中国巡礼と新羅商人」も主題学習のための教材. 返し登場する政治勢力の位置づけが不十分であっ. としてそのまま利用可能である。こうした記述は. た。その理由は,日本列島と朝鮮半島との地理的. かつての「日鮮(日朝)同視論」を明確に否定し. 位置の違い(地政学的な)も関係するのであろう. た上での,日韓新時代の立場からの交流史として. が,朝鮮半島に成立した国々は,常に中国東北部. 優れている。. を意識しつつ(あるいは含み込みつつ)東北アジ. 第4章には,高麗に渡った日本人や女真族に捕. アの国際関係のなかに存在したのであった。もち. 虜とされながらも高麗軍に救出された多数の日本. ろん,歴史研究では「日本列島史」の視点から環. 人のことが,第7章には,日本の朝鮮侵略にとも. 日本海文化圏が強調され,北海道・サハリンから. なって「移動」させられた人々のことが記述され. 沿海州へのルートが注目されているが,歴史教育. ている。そして,近現代では,第10章に「5.朝. の場ではこれからである。なお本書では,第6章. 鮮に生きた日本人と日本に生きた朝鮮人」が1つ. にコラム「朝貢冊封体制」を置き,東北アジアの. の節とされており,第11・12章には「日本の朝鮮・. 国際関係についての理解が深められるように工夫. 韓国人」のことが詳しく記述されている。これら. している。. を教材とすれば,日韓の高校生は日韓関係の問題. もうひとつは,これまでも歴史研究では重視さ. 点や課題についてきっと主体的に考えてくれるだ. れてきたことであるが,日韓交流史に欠かすこと. 25.

(5) 鈴 木 哲 雄. のできない対馬の役割が具体的に記述されている. 政治への理解を深めるとともに,現代史を主体的. ことである。第4章の女真族の侵攻に関わって明. に考えて行かざるをえなくなるのではないか。. 確化する対馬の外交的位置,そして第6辛から第. そして,第11・12章の「日本の韓国・朝鮮人」. 8章において,対馬は日韓交流の鍵であった。こ. の記述から,日韓の高校生は,「日本国民」や「韓. うした隣国間の国際関係に対馬のような「中間地. 国国民」にとっての「戦後日本史」や「解放後韓. 点」(両属的な場)が重要であったことを,高校. 国史」ではなく,もうひとつの「戦後史」を学ぶ. 生が学ぶことは,国家間の枠組みのみで隣国関係. ことになるのである。. を考えることを相対化させることに繋がろう。. 2 学生はどのように読んだか (4)隣国の視点から考える. 総じて,【日韓歴史共通教材】としての本書の. さて,受講生は教育実践的な視点から『日韓交. 意義は,隣国の視点から「自国史」を見つめ直す. 流の歴史』をどのように読んだのか。授業での報. ことが出来ることにある。本書の「より深く理解. 告(おもに報告レジュメ)から,いくつか取り上. するために」の第9章の最後のところに,「日本. げてみたい。. の高校生には,強大国が力の弱い他国の主権を奪 う行為が,主権を奪われた国の国民にどのような 苦痛を与えたのか考えて欲しい。また,韓国の高. (1)前近代(第1章∼第8章)について 「第1幸 先史時代の文化と交流」と「第2幸. 校生には,国が主権を奪われる危機の状況で,先. 三国・加耶の政治情勢と倭との交流」については,. 祖が国を救うためにどのような努力をし,犠牲を. 北浦貴之さんが報告した。記述内容を整理したレ. 払ったのかを学んで欲しい。」とある。本書での. ジュメを準備した北浦さんは,「日韓の共通認識. 近代史記述の意図が明確に示されており,私も同. をつくる」という視点から,第1章については「こ. 感であるが,ここの「日本」「韓国」は両方とも「日. の時代の大きな特徴として,旧石器時代に朝鮮半. 韓」としてもよかったかもしれない。. 島と日本列島は陸続きであった点が挙げられる。. 本書における近代の記述は,日韓双方の教科書. このことは,ほんらい朝鮮半島と日本列島は同じ. には十分には記述されていなかった,歴史事実に. であったことを強く印象づけるものである。『類. ついて具体的に書き込んでおり,また,韓国側の. 似性がいくつかある』という表現にとどめず,『旧. 能動的な対応を具体的に記述した点も,隣国の視. 石器時代は同一の歴史を歩んだ』というような表. 点から「日本近代史」を問い直すために重要であ. 現があってもよいと考えるのだが,この表現を使. る。. うのは不適当なのか。」とまとめている。. 現代の第11章では,植民地支配の「清算」の過 程と問題点が具体的に記述されている。「朝鮮半. この議論を深めるためには,どうしても戦前の 「日鮮(日朝)同視論」にふれなければならない。. 島を離れる日本人」「在日朝鮮人の帰還」につい. 原始・古代の日韓関係の歴史からわかるように,. ての記述からは,改めて植民地支配とは何であっ. もともと日本と朝鮮は祖先を同じとするのだとい. たのか,その意味が浮き彫りとなる。そして,敗. う戦前の「日鮮(日朝)同視論」は,「韓国併合」. 戦国日本の独立と経済大国化の過程が,朝鮮半島. を合理化するための思想であった。その点をしっ. の苦渋の現代史といかに深く絡むものであった. かりと整理しておかないと,先史・古代の「日韓. か。そして,その絡み合いのなかで締結された日. の共通認識をつくる. 韓条約の問題性が明らかとなる。「朝鮮戦争」で. 交流の歴史』においても,「刊行にあたって」か,. 経済復興した日本,「ベトナム戦争」で経済発展. 「より深く理解するために」において戦前の「R. した韓国,こうした対比から高校生は現代の国際. 鮮(日朝)同視論」の問題点とその克服が日韓関. 26. 」ことはむずかしい。『日韓.

(6) 『日韓歴史共通教材 日韓交流の歴史』を学生と読む. 係における歴史認識の共有化には不可欠であるこ. も読みとるべきである。こうした「批判的な視点. とを書くべきであったと考える(6)。そうするこ. で当時の日本一高麗の関係性を評価すれば,共通. とで,「旧石器時代は同一の歴史を歩んだ」とい. 教科書としての深みがよりでるのではないか」。. うような表現は不適当なのか,と達巡せずに済む のではないか。. 第2章については,「朝鮮半島から日本列島へ. また,「より深く理解するために」に,日本と. 高麗の国家間の外交関係の難しさについての記述 があるが,「どうして公的交流が一時閉ざされた. と文化が流入していった媒介物は渡来人である。. のか?/東北アジアの国際秩序に対する認識の相. その渡来人がどのような契機によって日本列島へ. 違点が公的交流断絶にどう影響しているのか?/. 移動してきたのかは,日韓の共通認識をつくるこ. 詳細に説明されていない」ため,「日本一高麗の. とにおいて重要な点である。単純な属国として文. 外交の難しさを『共通のもの』として捉えにくく,. 化が流入していった場合と,朝鮮半島の三国との. 日本が拒否したとか,高麗が国交を結ぼうとした. 同盟関係となった際に流入していった場合では,. という個別の事実になってしまっている」といい,. その意味が大きく違う。倭が文化的に遅れている. 本文でも「日本の妙に頑固な姿勢が強調され過ぎ. から朝鮮半島から高度な文化が伝わっていったと. ているように感じる」としている。鈴木は第4章. いう単純なものではなく,より豊かな歴史認識と. の作成に深く関わっているが,坪島さんの指摘は. なるように教材化することを留意すべきであるだ. ともに本質的な問題であり,今後さらに考えてみ. ろう」としている。. たいと思う(7)。. 第2章についての北浦さんのまとめは,『日韓 交流の歴史』の記述内容を評価しつつも,一方的 な流入について疑問を呈したものか。この疑問に 関わって,本書には「日本列島から朝鮮半島に渡っ. た人々はいないのか」という7行のコラムが置か. (2)近代(第9章∼第10章)について. 「第9章 西洋の衝撃と東アジアの対応」を担 当した天内一月さんは,まず高校日本史の教科書 (山川出版『詳説 日本史B. 』2003年版)の当該. れているが,確かに不十分であったように思う。. 箇所を詳細に検討して,①高校日本史の教科書に. なお討論では,①写真が多く具体的でわかりや. は話が前後していたり,説明がすくないと感じる. すい,②年表は日韓のズレがわかるように日本と. 部分がある,②『日韓交流の歴史』と比べて,非. 韓国を並列したものの方がよかった,③文化財に. 常に客観的で,「当時起こった事柄だけを並べて. ついて類似点はわかるが,相違点が善かれていな. いるだけで,侵略についての反省も当時の人々の. い,などの意見がでた。年表については批判の通. 気持ちも全く善かれていない」,③侵略された側. りであるし,文化財についても,類似点とともに. である韓国民衆についてほぼ善かれていない,と. 相違点も善かれることが必要であり,そうするこ. 整理している。そのうえで,副教材として本書を. とが相互理解をより深めることになるはずであ. 使用する意義には,①時の流れに沿って韓国併合. る。. に至る過程を理解できること,②日本が綿密な計. 「第4章10∼12世紀の東北アジア国際秩序と. 画をたてて韓国併合を行ったことなど,韓国併合. 日本・高麗」を担当した坪島大書さんは,日本と. について詳しく知ることができること,③「開港. 高麗の外交上の立場の違いについて,いくつかの. 後の朝鮮の状況」から「抗日義兵戦争の展開」ま. 批判・疑問点を指摘したうえで,81頁に載るコラ. で,当時の韓国民衆の様子を知ることができるこ. ム「日本人の女性捕虜の証言から」の解釈につい. と,などがあるとしている。. て検討した。その趣旨は,高麗軍に救出された日. 「第10辛 目本帝国主義と朝鮮人の民族独立運. 本人女性の証言一高麗による最上級の施しへの. 動」の前半を担当した廣瀬詩織さんも,まず高校. 強い感謝の気持ち−からは,高麗側のアピール. 日本史の教科書(前掲『詳説 日本史B』)の当. 27.

(7) 鈴 木 哲 雄. 該箇所を詳細に検討して,「朝鮮民衆の実態につ. プトな地域であって,各地域の経済的,社会的,. いてほとんど述べられていない。支配の関係に. 文化的向上と近代化はもっばら日本側の貢献に. あった国のこと,それも隣国のことなのだから,. よるものであることは,すでに公平な世界の識. 支配国であった日本の学生が正しい,深い認識を. 者一原住民も含めて−の認識するところであ. もっていないといけないのではないか」。「認識を. る。そして日本がこれらの地域を開発するに当. 深め,批判的にみたり深く考えたりするために,. たっては,年々国庫よりローカル・バデュツト. 日本を取り巻く国際情勢や国内事情をふまえて,. に対し多額の補助金を与え,又現地人には蓄積. 韓国への支配の実態を理解する必要がある。これ. 資本のない関係上,多額の公債及び社債を累次. は日韓両国の学習に必要であると思う」とする。. 内地において募集して資金を注入し,更に多数. さらに韓国の高校国史教科書(大槻健・君島和. の内地会社が,自己の施設を現地に設けたもの. 彦・申杢嬰訳『新版 韓国の歴史 第二版』明石. であって,一言にしていえば日本のこれら地域. 書店,2003年)を詳しく検討したうえで,①当該. の統治は「持ち出し」になっていたといえる。. 箇所の韓国側教科書は約40頁,日本側は1頁とい. 唐原さんは,日本の朝鮮半島に対する植民地支. うなかで,『日韓交流の歴史』が「日韓の学生の. 配の清算は現在までの日韓関係においても,そし. 認識を近づけていることは確実で」ある,②『日. て韓国国内の問題としても終えていないことを指. 韓交流の歴史』は韓国の学生には物足りないもの. 摘し,外務省の上記「陳述」なども【日韓歴史共. であろうが,「日本の内部事情」を知ることによっ. 通教材】として深められるべきことと提案するも. て日韓関係を新たな視点から見ることができるの. のであった。. ではないか,③韓国の教科書では誇張されていた 表現がおさえられ,教科書に記述されていなかっ たことを知ることで「自国史を見つめ直せるので はないか」としている。. (3)現代(第11章∼第12章)について 「第11章 敗戦・解放から日韓国交正常化まで」. を担当した阿知良洋平さんは,高校日本史の教科. 第10章の後半を担当した唐原香奈さんは,第10. 書(前掲『詳説 日本史B』)との比較から第11. 章の内容や「より深く理解するために」を丁寧に. 章の記述内容を分析し,『詳説 日本史B』を教. 整理したあと,韓国の中学校国史教科書(石渡延男・. 科書としたときの『日韓交流の歴史』の【日韓歴. 三橋広夫訳『入門 韓国の歴史 新装版』明石書店,. 史共通教材】としての価値と実践の方向性につい. 2001年)の当該箇所の記述について検討したうえで,. て報告した。雑誌『平和教育』や『歴史地理教育』. 朝鮮日報のホームページから2つの記事,「反民究. などに載る実践報告を踏まえて,「現時点での日. 明委,『親日反民族行為』第3次調査対象者110人. 本の植民地支配を問う授業では,様々な視点から. 選走」(2007/05/02)と「親日派・子孫の財産 4. 授業の目的に応じて,資料を集め…適切な史実の. 億6000万円没収を決定」(2007/05/02)の全文を紹. もとに,価値判断を創り上げていく授業が平和教. 介し,さらに1949年12月3日の日本国外務省によ. 育の取り組みの中でも行われている。それゆえ,. る「割譲地に関する経済的財政的事項の処理に関. 価値判断は教師と子どもたちで創り上げるもので. する陳述」を議論の素材として提供してくれた。. あって,書いてあるところから学ぶものではな. 唐原さんが紹介した部分を卜にあげておく(8)。. い」。そうした実践を教帥が創り上げていくうえ. 日本のこれら(朝鮮・台湾・樺太・関東州等. 28. で,求められているものは「ナショナリズムを超. 一引用者)に対する施政は決していわゆる植民. えた1次資料に近い本物の記述」である。「その点,. 地に対する搾取政治と認められるべきではない. 日韓関係について本書のようなよりどころがあれ. ことである。逆にこれらの地域は日本領有と. ば,授業を創るうえでは,非常に役立つ」として. なった当時はいずれも最もアンダー,デヴュロ. いる。.

(8) 『日韓歴史共通教材 日韓交流の歴史』を学生と読む. さらに在日朝鮮人・韓国人の問題に関しては, 『平和教育』ではまったく報告されていないし,. 条約以降の両国の発展を経済や文化の面から学ぶ ことができ,両国の生徒が互いに相手国の歴史を. 実際の授業でもほとんど扱われていないようであ. 理解し,共通認識を得ることが可能となることと. る。「ところが本書では,非常に充実した内容が. したうえで,「金大中拉致事件・文世光事件をは. しかもその原因をわかりやすく記述してある。こ. じめ,在日コリアンや戦後補償問題・日本軍『慰. の部分を普通に授業するだけでも,とても有意義. 安婦』問題などこれまでの歴史を通して,これか. な授業が望める。本来ならば,その解決に向けた. らの日韓関係の展望を主体的に考え,日本の戦争. 子どもの思考を求める授業まで行くことが大切で. 責任を見つめ直すきっかけとなる」としている。. あるが,このテーマに関する授業がほとんど行わ. 以上のように,教員養成系大学の学生である受. れていない現在,まずは何が問題なのかを子ども. 講生は『日韓交流の歴史』を読みながら,自分自. たちに知識を教授するだけでもその意義は大き. 身があまりに日韓交流史について知らなかったこ. い。/本書の中で,もっとも価値のある部分はこ. との理由(高校までの歴史教育の在り方)を自問. こではないかと思うほどであった。」という。そ. しながら,【日韓歴史共通教材】としての『日韓. のうえで阿知良さんは,単元「在日朝鮮人・韓国. 交流の歴史』を教育実践的な視点から十分に批判. 人間題を考える」という小学校5年生の総合的な. 的・建設的に読んでおり,授業での報告もじつに. 学習(1郎寺間程度)の学習指導案を碇示する。2. 充実したものであった。. 時間目の授業では,『日韓交流の歴史』に載る力 造山の写真とその解説を教材として,「なぜ,力. 道山は,自分が韓国人であることを公にしなかっ たのだろうか?」について調べ,考えていく授業. 案を作成している。『日韓交流の歴史』が【日韓 歴史共通教材】として,小中高を通じて多様に利. 3【日韓歴史共通教材】の教育実践的な課題 一学生レポートの紹介 こうした演習の後,受講生への課題としたもの が,次に紹介するレポートである。与えた課題は, 「自分が担当した章を中心に,本書の教育(実践). 用できることを示すものである。. 終章の「第12章 交流拡大と新しい日韓関係の 発展」の担当者は,奈良希織さんであった。奈良. 的な意義について述べなさい。」というものであっ. た(9)。. さんは,日本における日本史と世界史の高校教科 書(前掲『詳説 日本史B. 』と山川『詳説 世界. 史B』2003年版)と二冊の韓国の高校国史教科書 (前掲『新版 韓国の歴史 第二版』と三橋広夫. (1)坪島大書「テキストの教育的意義一第4章 を中心に−」. このテキストが副教材として使用されることを. 訳『韓国の高校歴史教科書』明石書店,2006年). 考えると,各章の「このころの日本・韓国」の部. の当該箇所の記述について整理したうえで,日本. 分はとても有効である。交流史のための背景の復. の歴史教科書は「日韓基本条約以降の日韓の国. 習になるものであるが,この部分の文章は物語的. 交・交流についても全く記述はなく,どちら(日. に善かれていて,「知識の確認」というよりむし. 本史・世界史)の教科書も戦後の『世界情勢』や. ろ「イメージをつかむ」という感じを受ける。子. 日本の発展に重点を置いている」。韓国の国史教. どもたちにとってブツ切れの知識よりも物語的イ. 科書は,「日本の教科書以上に,日韓関係や国交. メージを持っているほうが交流史の理解のために. について触れておらず,正常化に対する意識も低. は役立つだろう。. い。」と指摘する。 そして,『日韓交流の歴史』を使用する意義を, 「このころの日本」「このころの韓国」から日韓. また,日本の子どもたちにとって「このころの 韓国」は復習ではなく新しい学習そのものである。 よって「このころの日本」と同じようにイメージ. 29.

(9) 鈴 木 哲 雄. を描きながら読むことは難しい。したがって,教. の憧れ,敬意をどの国も持っていたことが考えら. 室全体でこのテキストを読んでいくような場合は. れること,この2点を「マージナルマンの存在」. 日本の部分は各自読む程度に抑え,韓国の部分を. から子どもたちに理解させることは十分可能であ. 中心にして「このころの日本・韓国」を学習する. ると私は考える。. 必要があると思う。しかし,あくまで中心はその. 2つめとして大きな問題にすべき点は,公的関. あとの「交流史」の部分であることを忘れてはな. 係と民間の関係の矛盾である。9世紀以後日本は,. らない。. 12世紀に高麗と進奉関係が成立するまでの間,消. さて,本題の「交流史」の部分であるが,第4. 極的な外交姿勢をとり続けた。それにもかかわら. 章を中心に見ていくと,実に今と昔の考え方の違. ず民間交流は活発に行われ,宋,高麗,日本にお. いや私たちが描く昔のイメージと歴史的事実の差. いて多くの人,物が行き来したようだ。商客接待. が浮き彫りになるような場面が多い。そういった. 体制の事実もある。これらの事実はどうしても現. 違いや差への子どもたちの驚きというものに着目. 代の私たちにとって納得のいかないものである。. して授業を進めることは,交流史の理解において. 喧嘩して口もきかないような友達と気軽にものの. 非常に大切な点である。. 取引が,しかも何度もできるだろうか。民間と公. その違いや差であるが,まず1つに,「マージ. との間で意識が違っていたと言っても,うまく飲. ナルマンの存在」である。よく「日本は海に囲ま. み込めない気がしてならない。やはりこういった. れているために独自の文化が育った」ということ. 「考え方の違い」としか言いようのない事実に私. があるが,マージナルマンはそういった説の根拠. たちは驚き,立ち止まる。しかしその「立ち止まっ. を揺るがすものである。ここでマージナルマンと. て考える」ことが子どもたちにとって大切だと私. いうのは,宋,高麗,日本などを行き来する商人. は考える。特に,「昔の人の考え方・気持ち」と. を基本的な意味として使いたいのだが,もっと広. いうのはほとんど形として残らないため,簡単に. い意味で考えるとこのころに国際結婚した者や帰. 答えはでない。しかし,そういった問題に真剣に. 化した者,在日高麗・宋人なども含めることがで. 立ち向かうことで交流史の世界を子ども自身が. きるのではないかと私は考える。. グッと身によせて考えることができるのではない. ところで,そのマージナルマンを問題にする理. か。したがって,この「公と民間の態度の矛盾」. 由であるが,まず「公的つながり」ではない「民. は少なくとも交流史の世界に子どもたちをひきつ. 間のつながり」が私たちの想像以上に活発であっ. けるという教育的効果を含んでいる。. たという事実への驚きである。また,現代の日本. 3つめとして,「史料を批判的に読む」力を身. では一日おかれる国際結婚(最近はそうでもない. につけさせることが,指導によって可能であるこ. かもしれないが)や移住,帰化が普通のこととし. とに着目したい。このテキストでは多くの史料が. て存在した可能性があることへの驚きである。こ. 掲載されている。特に第4章では,「日本人の女. のことから考えると,実は中世以前の世界という. 性捕虜の証言から」(p81)がとてもおもしろい。. のは今よりもはるかに「ボーダーレス」な世界で. そのまま読むと「高麗は日本に優しい」とか「思. あったのではないか,外国人だからという差別は. いやりがある」と解釈できるが,逆に批判的に読. ほとんどなかったのではないかというようなこと. むと「民間人なのに施しを与えすぎ」,「高麗はた. が考えられる。このことは子どもたちのみならず. だ国交を成立させたかっただけで日本のご機嫌取. 教師や私たち学生も本当に驚くところである。日. りなのでは?」ということもできる。こういった. 韓のあらゆる面での「隔たり」が元来存在するよ. 史料をじっくりと読み込んで批判的な視点を子ど. うなものではまったくないこと,そして商客接待. もたちに養うことができるのもこのテキストの大. 体制や活発な民間交流に見られるような相手国へ. きな教育的意義と言える。. 30.

(10) 『日韓歴史共通教材 日韓交流の歴史』を学生と読む. 以上,私が,特に4章で大切だと感じる「テキ. ばそれは生徒には伝わらない。教師にすれば特に. ストの教育的意義」についてであるが,他にも大. 韓国併合あたりの歴史は日本が加害者なのでやり. 切な部分はある。例えば,宋が唐のように他国へ. にくいという理由もあると思うが,何より教師自. の強力な影響力を持たなかったという事実は,「一. 身が昔生徒として授業を受けていたときに韓国に. 貫して中国が最強である」と思い込んでいる多く. ついて深く習ったことがないので必要性を感じて. の日本人にとって意外な事実である。また,それ. いないからなのだろう。. にもかかわらず宋は経済力が高かったこと,日韓. そこで副教材(『日韓交流の歴史』)を使う意義. で12世紀に武臣政権が誕生するという共通性など. として,教師自身の韓国に対する認識を深め日韓. がある。つまり,このテキスト全体で大切な点は. 交流の必要性について考えるきっかけをつくると. 挙げればきりがない。しかし,特に私が挙げた3. いうことが考えられる。「より深く理解するために」. 点は,子どもたちの興味を強くひきつけたり,差. を読むことで教師は日韓交流史を授業で行う意義. 別問題を根本から考え直すきっかけを与えてくれ. に気が付くことができるだろう。また,副教材に. たり,批判的な視点を育ててくれるという大事な. は教師が授業にしようとすれば教材として使える. ものである。これらを実践で生かすことで子ども. コラムや資料が豊富にある。たとえば寺内正毅と. のみならず,教師自身も成長することが可能であ. 石川啄木の短歌で韓国併合を当時の日本人の目線. ると私は考える。. からとらえることができるし,乙巳条約「締結」 過程について「乙巳五賊」について学ぶことで韓. (2)天内一月「『日韓交流の歴史』を使う意義に ついて一第9章を中′いニー」. 国併合が今もまだ韓国に影響を与え続け,韓国の 人々の意識に深く根付いていることが学習できる。. 今回『日韓交流の歴史』を読み,私は「日本の. 特にこの韓国の人々の意識というものを日本の. 学生が韓国併合について当時の韓国民衆の姿を学. 学生は知っておくべきである。韓国の人々が日本. ぶ中で理解を深める」というような視点でレジュ. 人に対して敵対心を持つ場面はサッカーなどでも. メをつくった。しかしゼミでの発表や話し合いを. よく見られることだが,日本の学生は韓国併合の. 通じて気がついた事は日本人の韓国に対する歴史. ことを知っていても「なぜそこまで敵対するの. 認識の甘さだ。甘いというよりむしろたいていの. か?」と不思議に思っているだろう。それは私自. 日本人は韓国併合という植民地支配の事実を言葉. 身も不思議に感じていたことだが,今回この『日. として知っているにすぎず,実際にどのような辛. 韓交流の歴史』を読んで韓国の人々に根付いた民. があったのかも知らない人が多いのではないだろ. 衆レベルでの日本への認識について少し理解でき. うか。よって日韓交流には日本人の歴史認識を深. たような気がする。よって今の日本の学生もこの. め,韓国の人達との認識の差をうめることが重要. 副教材を使うことで韓国の人々から見た目本につ. であると考える。. いて考え,日本が韓国に対して行ったことの責任. ではなぜ日本人の韓国に対する歴史認識は薄い のか。原因はゼミでも何度も言われていた事だが, まずそもそも韓国についての教科書の記述が少な. の重さと韓国の人々の気持ちを理解することが可 能なのだと思う。. また,『日韓交流の歴史』は副教材なので全て. く客観的すぎるという点がある。しかし私が今思. を通して授業で使うものではなく教帥がいくつか. うのは,問題は教科書記述の少なさだけではなく. 使えるものを選んで授業で扱っていく形になるの. 実際に授業をする教師が授業で韓国についてあま. だと思う。それはいいと思うが,その授業が日本. り触れようとしないという点にあるということ. の戦争責任や韓国の人々の認識を理解するだけで. だ。たとえ教科書や副教材で韓国についてしっか. 終わってしまっては本当の日韓交流にはつながっ. り善かれていたとしても,教師がとりあげなけれ. ていかない。よって日韓交流史を扱うからには,. 31.

(11) 鈴 木 哲 雄. 日本と韓国のこれからに関して考えるような機会. 決」とはどういうことか,「差別」ということは. も授業でとっていく必要があるだろう。. どういうことかなど,単に歴史的な意味やその時. 以上のことから,私は『日韓交流の歴史』は教. 代についての認識を深めるだけでなく,歴史から. 師の使い方次第で生徒の歴史認識を深めたり,日. 現在,そしてこれからの問題を考えることにつな. 韓交流という視点を育てたりすることができると. がる。. 考える。資料の補足説明の少なさや配置の仕方な どゼミの中でい. くつか問題点もあげられていた. 副教材は,日本の高校生にとっては,深く正確. な知識を得ることができる,考えるもとになる資. が,日韓交流という点を考えるとき日本人の認識. 料が碇示されており,効果的であると思う。高校. と韓国の人々の認識の差を縮め日本人に日韓交流. 生の調べ学習ではなかなか調べることのできない. を考えさせるという点においてこの教材は意義が. 資料も多々載っている。改善点を挙げるとすれば,. ある。. 教材となりうる資料,例えば金子文子の事例など のコラムの中身をもっと詳しく述べることであ. (3)鹿瀬詩織「『日韓歴史共通教材』で学ぶこと. る。このままの記述では,どういう問題があった. の意義」. のか具体的に考える際の情報がやや欠けており,. ここでは,日本の韓国への植民地支配政策と,. 中途半端な読み物として終わってしまう可能性が. 韓国の民衆の独立運動を扱っているが,日本の高. ある。なので,コラムや写真の注釈,統計資料な. 校の教科書(山川出版)では,その記述というの. どは,載せるのならば載せるなりに詳しく善かれ. は1ページに及ぶかどうかの量である。日本の高. ているべきであると思う。. 校の教科書と副教材を読み比べて,日本の高校の. 一方,韓国の高校生にとっては,やや内容が物. 教科書では,日本の朝鮮への植民地支配について. 足りなく思えるかもしれない。韓国の教科書は表. 重視されていないということを実感した。副教材. 現が過激であり,それを使って学んできた高校生. にあったように,私は韓国と日本のこれからの関. がこの副教材を受け入れられるか,という点でも. 係を考えると,この単元について,同レベルの認. 少々疑問である。しかし,副教材は,韓国の高校. 識を持ってもらいたいと考える。もちろん,韓国. 生が「我が国は日本によって支配された」という. の学生は,この単元についてより詳しく学習して. 一元的な物の見方から,少しでも多元的な見方へ. いるので,同レベルの認識というのは無理である. と変えるものになっているのではないか。例えば,. が,副教材を学ぶことで,それにかなり近づくこ. 支配していた側の日本は当時どのような立場に. とができると私は思う。かつて支配,被支配側に. あったのか,民衆はどのような生活をしていたの. あった両者の認識の程度が近いということが,未. か,どのような思いを抱いていたのか,植民地支. だに残る差別,怨恨の感情に基づいた関係をもう. 配に対してどのような考え方を持っていたのかと. 一段階上の,その根付いている感情を含めての,. いうこと等である。副教材で,もう少し日本側の. 互いの国や国民への理解,さらに協調への関係へ. そのような記述が多ければ良かったと思う。. と発展させる基礎となると思う。 まず,正確に知るということ,その上で考える. また,両国の高校生にとって,互いの国でどの ような歴史があり,それについての教育があり,. こと,考えを交流すること,考えを深めることが. 今の認識があるのかを知ることで,それらを認め,. 歴史の学習であり,正確に知るということ,考え. ひっくるめて考えられるようになる。副教材を用. ることの基になる物が教科書であると考える。支. いて実践を行う時,韓国の高校生はどのように学. 配の実態と,民衆の置かれた状況,困難,努力を. んでいるのか,ということにも触れて,考え方の. 知ることによって,「支配する,支配される」と. 幅を広げ,認識を深めていくと良いのではないか. いうことはどういうことか,「国民主権」「民族自. と思う。. 32.

(12) 『日韓歴史共通教材 日韓交流の歴史』を学生と読む. (4)唐原香奈「日韓交流の歴史一日本の高校生へ の教育的意義とは?」. 私の考える「日本の高校生への教育的意義」を. な内容に止め,教材という視点から目指したこと と読み取ることができると思う。 その作成者側の「教育学的意義」を踏まえたう. 述べていく前に,まず,この本はどのような意図. えでの,私の考える「教育学的意義」(特に第10. で作られたのか,この本の特色は何かということ. 章の4∼7の意義)とは,とても基本的なことな. を自分なりにまとめてみた。まずは基本となる作. のだが,「同じ教材で,植民地支配を行った側と. 成者側の考える「高校生(日韓)への教育的意義」. された側が学習をする機会が与えられたこと」が. を読み取ったうえで,自分なりの「教育的意義」. 挙げられる。作成者側の意図にもあるように,日. を述べていきたいと思う。. 韓の歴史認識の差異を埋めていくことはとても重. 436頁からの「読者の皆様へ」にもあるように,. 要なことである。その認識の差異が埋まらなくて. この本は,両国の市民の間にも浸透してしまって. は,未来における日韓関係が良くなっていくこと. いる日本と韓国の歴史認識の差異を,少しでも克. はありえないだろう。しかし,多くのレジュメで. 服しようという意図のもと作成された。また,こ. 指摘されていたように,現在の日本の教科書では,. の本の特色は全部で5つあり,第1では日本と韓. 最も歴史認識の差異が顕著に現れやすい近現代史. 国の歴史の共通認識を探ったことである。439頁. を学習する時間があまりとられておらず,また外. からの「残された課題」にもあるように,この本. 国との関係では中国やアメリカを中心に述べてあ. では「完成された共通の歴史認識を示しているわ. り,韓国のことはわずかに述べてあるに過ぎない。. けでは」ない。あくまでも,共通の認識に至るた. 歴史認識の差異以前に,日本の高校生は韓国につ. めの第一歩として位置づけられている。第2に歴. いて何も知らなすぎるように感じるし,私自身も. 史の共通認識を高校生レベルでの教材という形式. そうである。一方,韓国の教科書でも植民地時代. で探求したことである。共通認識に至るための方. に対する日本への差別的表現が多く,教科書の目. 法としては,研究論文という方法も考えられるが,. 指すものは「民族の統一」であり,戦後の日本と. あえてそうはせずに,「日本と韓国の高校生レベ. の関係についての記述がない。そのため,詳しい. ルで知っておいてほしい内容」に止めてある。第. ことは何も教わってきていない支配側の日本の高. 3に先史から現代までの全時代を扱っていること. 校生と,植民地時代の記憶を色濃く反映した教育. である。歴史認識の差異と言われると,ちょうど. をうけてきた植民地の韓国の高校生が,同じ教材. 私が担当したあたりの,第10章の植民地時代の認. で同じ目標に向かって,その当時の歴史を学習す. 識を意識しがちだが,歴史認識を長い視点で見る. る機会が与えられたことは,この本の教育的意義. と全時代を通して学習することが,高校生の共通. と言えるのではないだろうか。. 教材としてはふさわしいと考えられたのだ。. 第4に日韓交流史の通史的叙述となっているこ. ただ,「教育学的意義」を「高校生が共通の歴 史認識を持つための一歩となる」というように表. とである。第5に日韓双方の歴史研究の成果を踏. さなかったのは,まだ,日韓での実践例がほとん. まえたものになっていることである。どの歴史教. ど報告されていないためである。まだ,2007年に. 材でもそうだと思うのだが,この本では特に日韓. 初版が出されたばかりの新しい本であるためか,. 双方の研究成果を踏まえ,かつ歴史の教材として. 講義内でも実践例は知ることができなかった。「本. 独自性を考えながら,基礎的な事実とでも言うべ. 当に共通の認識を育てるうえで,適切な教材なの. きものを碇示している。. だろうか」という実践レベルでの考察は,まだな. このように,意図や特色に示してあるように,. されていない。あくまでも,「教材」という形式. 作成者側の「教育学的意義」とは,日韓共通の歴. を採用して,歴史認識の差異を埋めることを目的. 史認識を,高校生にもわかりやすいような基本的. としているので,今後の「教材」としての活躍を. 33.

(13) 鈴 木 哲 雄. 待って,「共通の歴史認識を持つための一歩とな. をより一般的な部分でも活用できるような下地と. る」ように期待したい。. もなりえます。. また,教科書にほとんど記述がない部分につい (5)阿知良洋平「『日韓交流の歴史』を活用する. ては,教師の側で何ゆえに記述がないのかを考え. ために」. た上で,テーマ学習の形で別立てで行うことが出. 授業を通して,『日韓交流の歴史』の教育学的. 来ると考えます。しかしながら,現実では,時間. 視点から内容を検討し,非常に有意義に批判的に. の制約を上手くクリアしなければなりません。今. 検討できた良い機会であったと思えました。授業. 回の11章の在日朝鮮人問題に関して言えば,立派. を通じて,内容に関する批判的な検討をしたので,. な平和教育を創ることが可能ですから,総合的な. この本を実際に授業でどう活用していったらよい. 学習の時間で扱うことも可能です。. かをレポートとしてまとめたいと考えました。内. 最後に副教材として,通年使用する場合につい. 容論に加えて,方法論を若干添えたいと考えまし. ては,教師の教材研究が大変重要になると考えま. た。. す。どこに差異があるか,どこを扱うのか,そこ. まずは,私のまとめたところから考えると,次. にどんな価値があるのかをしっかりと見極める必. の二つのパターンが考えられます。ひとつは,現. 要があります。一番気をつけなくてはならないこ. 在,内容の差はあれども,日本史の教科書(*こ. とは,「日韓交流史についてただ単に詳しく教え. こでは山川を指す)で内容が扱われている部分に. る」ということになってはいけません。日韓両国. 関する方法論,もうひとつは,日本史の教科書に. 史についても,かなり網羅的に通史的に善かれて. おいてまったくといっていいほど触れられていな. いる部分も多いので,扱い方を間違えると,「日. い部分に関する方法論です。11章で考えれば,朝. 本・韓国史」をただやっただけになってしまいま. 鮮戦争,日韓基本条約などが前者,在日朝鮮人の. す。それを防ぐためにも,本書の意図を教師がしっ. 問題が後者にあたると考えられます。(無論,こ. かりと理解し,どのような価値で『日韓交流の歴. の二つのラインは便宜的なもので,厳密なものと. 史』をひも解かせるのか十分に考慮に入れる必要. はなりません。). があります。. さて,前者については,日本史の教科書の批判. 私としては,真正面から両国の歴史認識の差異. 的検討から正しい歴史認識に繋がるという方向. を生徒にぶつけ,(植民地支配の現実,加害責任. で,本書を活用することが出来ると考えます。本. など)それを平和教育として,日韓が共同して歩. 書が単なる資料集ではなく,本文を具えた教科書. んでいくための価値の創造を教室で行うことが大. 的記述を試みていることから,授業では是非,コ. 切だと考えます。そのために,本書は教師にとっ. ラムだけなどに限定せず(もちろんコラムだけを. て大変重要なよりどころになりますし,生徒に. 使うことも有意義)ある一定程度のまとまりの中. とっても新しい情報に出会えるすばらしい機会と. で,比べ読みをして,記述の違うところなどを授. なります。私は,歴史に詳しいわけではないので,. 業で扱うことも有意義であると考えます。それは,. 本書の内容がどこまで真実に近いのかは判断しか. 私たちが行ったことと同じようなことですが,そ. ねますが,日本の検定教科書よりも,少しでも学. うすることによって,歴史認識というものが絶対. 問的に真実に近いといえるならば,その価値は偉. 的に教科書どおりではないということ(すなわち,. 大なものがあるといえます。. 研究史の積み重ねであること),教科書というも のは,批判的に「使う」ものであり,絶対的な価. (6)奈良希織「『日韓交流の歴史』の教育的意義. 値を持つものでないことを理解することがH来ま. 一第12章を中心に−」. す。それを通して,情報というものを理解する力. この講義を通して,日韓関係に重点をおいて学. 34.

(14) 『日韓歴史共通教材 日韓交流の歴史』を学生と読む. び直すことが出来ました。韓国側の主張を知って. 抱くと思います。しかし,その歴史認識の差・. いるつもりでも,やはりいつの間にか日本側とい. ギャップは敢えて埋めなくてもいいように思うの. う一面的にしか見ていなかったのだと何度も痛感. です。違う国であり,歴史も教育も民族も宗教ま. しました。このテキストは,幾度もの会議を経て. でも違うのであれば,そのような差は当たり前だ. 作られたものであるので,双方の主張や視点を見. と思います。しかし,その差を偏見で埋めるので. ることが出来る,歴史を学ぶ高校生にとって大変. はなく,互いの歴史や主張・思いを理解し,共有. 魅力ある教材なのではと感じました。. し吸収・確立していくことが最も重要だと私は感. 私が担当した部分は第12章の「交流拡大と新し. い日韓関係の発展」でした。この章に対する教育. じました。. このような日韓歴史認識関係を築くにあたっ. 的意義は,やはり学生が現在の日韓関係を主体的. て,この教材の活用が重要な役割を果たし,その. に考えるための下地ではないでしょうか。かつて. きっかけとなることが望まれると感じました。. 韓国は「一番近くて遠い国」と呼ばれていました。. しかしここ数年で,韓流などの影響で旅行者は増 〆i偏見表芸違い. え関心も高まり,日本にとって韓国は,とても親. しみのある国になりつつあるように思います。こ のように一見順調に思える日韓の外交ですが,文. 韓国の 歴史認識. 情報や事実. 日本の 歴史認識. 化交流の視点だけではなく,政治的観点から見て 偏見・勘違い. みるとまだまだ課題点は山積しているといえるで しょう。 その点,このテキストでは,日本軍の慰安婦問. 題や戦後責任・補償問題,在日コリアンなど様々 な角度から日韓関係に焦点を当てているため,そ れぞれの観点や視点から見ることが出来るように 思いました。また,慰安婦問題に関するコラムな. どは,古代と違って膨大な資料や悲惨な歴史を歩 んだいわゆる生き証人がいるので,その歴史や体 験を伝えていくための重要な存在となっていると 図才. 思いました。. では,このテキスト全体における教育的意義を 考えてみたいと思います。私にとって,「歴史認 識における日韓の理想的な関係」はどのようなも. おわりに. 第4章を担当した坪島さんは,イメージをつか. のだろうか。ということが,この講義を通しての. む感じの「このころの日本・韓国」の部分は,相. 最大の論点でした。かつても,そして今でもなお. 手国を理解するうえでとても有効である。本文(第. 日韓関係は図①のように,それぞれの歴史認識の. 4章)では,今と昔の考え方の違いや私たちが描. 一部の事実や情報が交換され,それが時には想像. く昔のイメージと歴史的事実の差が浮き彫りにな. や勘違い・偏見になってしまっていたように思い. るような場面が多く,こうした違いや差に対する. ます。なので,私の考える理想的な関係は図②の. 子どもたちの驚きに着目して授業を進めること. ような関係です。それぞれの歴史認識があり,そ. は,交流史の理解には非常に大切だという。具体. れを共有するというものです。このテキストを読. 的には,宋・高麗・日本などを行き来する商人等. んだとき,両国の高校生はそれぞれ違った感情を. のマージナルな存在,公的関係と民間の関係の矛. 35.

(15) 鈴 木 哲 雄. 盾,史料を批判的に読むこと,の3点をあげ,そ. 識を持つための一歩となる」ように期待したいと. こに第4章の教育的意義を見いだしている。. いつ。. 第9章を担当した天内さんは,「日本の学生が. 第11章を担当した阿知良さんは,実際の授業で. 韓国併合について当時の韓国民衆の姿を学ぶ中で. 本書をどう活用していったらよいかをレポートし. 理解を深める」というような視点から,報告での. ている。朝鮮戦争や日韓基本条約などすでに教科. 詳細なレジュメをつくったという。しかし,ゼミ. 書に取り上げられている場合は,本書を活用する. での議論を通じて,日本人は「韓国併合」という. ことで教科書の内容を批判的に検討し,それに. 言葉だけ知っているにすぎず,実際にどのような. よって「正しい歴史認識」(「高次の歴史認識」と. ことがあったのかを知らない。これでは日韓の歴. すべきか)に繋げることができる。また,在日朝. 史認識の差は埋まらない。歴史教師が『日韓交流. 鮮人の問題など教科書にほとんど記述がない部分. の歴史』を副教材として使う意義は,教師自身が. については,何ゆえに記述されていないのかを考. 韓国に対する認識を深め,日韓交流史の授業を行. えたうえで,テーマ学習の形で活用できよう。「真. う意義に気付く点にあるとしている。. 正面から両国の歴史認識の差異を生徒にぶつけ,. 第10章の前半(1節∼3節)を担当した廣瀬さ. (植民地支配の現実,加害責任など)それを平和. んは,本書と読み比べてみて日本の高校教科書が. 教育として,日韓が共同して歩んでいくための価. 朝鮮への植民地支配について重視していないこと. 値の創造を教室で行う」ために,本書は教師にとっ. を実感したという。「かつて支配,被支配側にあっ. て大変重要なよりどころになるとしている。. た両者の認識の程度が近いということが,未だに. 第12章を担当した奈良さんは,この章は「日本. 残る差別,怨恨の感情に基づいた関係をもう一段. 軍の慰安婦問題や戦後責任・補償問題,在日コリ. 階上の,その根付いている感情を含めての,互い. アンなど様々な角度から日韓関係に焦点を当てて. の国や国民への理解,さらに協調への関係へと発. いるため,それぞれの観点や視点から見ることが. 展させる基礎となると思う」。そのためには,支. 出来」,高校生が現在の日韓関係を主体的に考え. 配された側の多面的な実態とともに,支配した側. るための下地となるとして,そこに教育的意義を. の状況についても知ることが必要であり,そうす. 認めている。. ることで,「支配する,支配される」ということ. そのうえで奈良さんは,『日韓交流の歴史』全体. はどういうことかを考えること,歴史から現在へ. の教育的意義に関わって,次のように書いていた。. そしてこれからの問題を考えていくこと,につな. このテキストを読んだとき,両国の高校生は. がるとしている。. 第10章の後半(4節∼7節)を担当した唐原さ. それぞれ違った感情を抱くと思います。しかし, その歴史認識の差・ギャップは敢えて埋めなく. んは,本書の作成目的を,「高校生にもわかりや. てもいいように思うのです。違う国であり,歴. すいような基本的な内容に止め,教材という視点. 史も教育も民族も宗教までも違うのであれば,. から」日韓共通の歴史認識の形成を目指したもの. そのような差は当たり前だと思います。しかし,. と読み取ったうえで,「詳しいことは何も教わっ. その差を偏見で埋めるのではなく,互いの歴史. てきていない支配(した)側の日本の高校生と,. や主張・思いを理解し,共有し吸収・確立して. 植民地時代の記憶を色濃く反映した教育をうけて. いくことが最も重要だと私は感じました。この. きた植民地の(だった)韓国の高校生が,同じ教. ような日韓歴史認識関係を築くにあたって,こ. 材で同じ目標に向かって,その当時の歴史を学習. の教材の活用が重要な役割を果たし,そのきっ. する機会が与えられたこと」が,本書の教育的意. かけとなることが望まれると感じました。. 義だとする。今後,本書が実践レベルで検討・考. これに付け加えることは何もないが,奈良さん. 察され,教材として活用されて,「共通の歴史認. 36. の主張を『日韓交流の歴史』との関わりで私なり.

(16) 『日韓歴史共通教材 日韓交流の歴史』を学生と読む. に整理してみれば,【日韓歴史共通教材】の立場は, 注. どちらかといえば奈良さんの【図2】の日本と韓 国の歴史認識を示す円の交わる部分を強調するも のであった。唐原さんが,「同じ教材で同じ目標. に向かって,その当時の歴史を学習する機会が与. (1)歴史教育研究会(日本)・歴史教科書研究会(韓国). 編『【日韓歴史共通教材】日韓交流の歴史一先史か ら現代まで−¶ 明石書店,2007年。同時出版された 韓国語版は,図書出版ヘアンから刊行されている。. えられたこと」としたのは,まさに交わる部分に. 本書の出版にあたっては多くの新聞に取り上げられ. 視点をおいたものであろう。しかし,奈良さんは. るとともに,『歴史学研究』831号(2007年9月,執. 【図2】において,日韓の歴史認識の交わる部分. を設定しつつも,日韓の歴史認識の差・ギャップ もお互いに認めることが,歴史認識を共有するこ と,すなわち「共通認識」なのだというのである。 この点では,阿知良さんが,「真正面から両国の. 歴史認識の差異を生徒にぶつけ」といい,坪島さ. 筆:関周 ▲),『歴史地理教育』2007年10月号(執筆 :川島啓一)やいくつかの新聞において書評や紹介 がなされ,『論座』2007年9月号では三谷博「『記憶 の穴』を埋める」が,東アジアにおける歴史対話の 成果として高く評価している。また出版に際して,. 韓国では2007年3月25日∼26日にソウル歴史博物館 において国際学術シンポジウム「韓国と日本は歴史 意識を共有することができるか」が開催され,日本. んが授業の報告で,高麗軍に救出された日本人女. では同年6月16日に江戸東京博物館において国際シ. 性の証言を多面的・批判的に理解すべきだとした. ンポジウム「歴史教育をめぐる日本と韓国の対話」. こととも通じるものである。廣瀬さんが,「かつ. が開催された。. て支配,被支配側にあった両者の認識の程度が近 いということ」と表現したのは,微妙なバランス を指摘したものであろう。. 奈良さんの整理が正しいものと思うが,交わり 部分にこだわってみれば,唐原さんが整理してく. (2)歴史教育研究会編『日本と韓国の歴史教科書を読む 視点』2000年および同会編『日本と韓国の歴史共通 教材をつくる視点』2003年,ともに梨の木舎。 (3)岡田敏樹「日本と韓国の歴史教科書共同研究の試み」 (『世界』696号,2001年2月),鈴木哲雄「日韓共通 の歴史教材の作成をめざして」(『日韓教育フォーラ ム』12号,2002年1月),君島和彦「日韓歴史共通教. れたように,日韓の歴史教育において交わる部分. 材の到達点と残された課題」(『季刊戦争責任研究』48. がしっかりと築かれなければ,両国の歴史認識の. 号,2005年6月),木村茂光「日韓の共通歴史教材作. 差やギャップを含めて「共有」することは難しか. 成をめざして」(『日本歴史』692号,2006年1月),. ろう。『日韓交流の歴史』は,「このころの日本・. 同「日韓の共通歴史教材作成に向けて」(『メトロポ リタン史学』2号,2006年12月)などを参照。. 韓国」をおくことで交わらない部分にも配慮しつ. (4)鈴木「日韓共通の歴史教材の作成をめざして」(前掲). つ,直近の課題として「交わる部分」を追求した. (5)第2章は,2007年3月26日にソウル歴史博物館で開. ものであったが,日韓の歴史認識の共有をめざす. 催された国際学術シンポジウム(前掲)で報告にも. 歴史教育は,交わる部分を大切にしつつ,両国の. とづいている。 (6)日韓歴史教科書シンポジウムでは,これに関連して. 歴史認識の相違点についてもお互いに理解し合う. どのような議論があったかは,鈴木「日韓共通の歴. ことを目指す必要があるし,天内さんが書いたよ. 史教材の作成をめざして」(前掲)でふれた。. うに「日本と韓国のこれからに関して考えるよう な機会も授業でとっていく必要がある」のである。. 日韓の歴史認識や歴史教育をめぐる議論も, やっとここまで到達したといってもよいのではな いか(やっと到達したのは私だけかもしれない が)。こうした受講生のレポートに謙虚に学びつ. (7)「日本人の女性捕虜の証言」に関しては,鈴木哲雄 「内蔵石女等申文・考」(『史海』50号,2003年)や 同「高麗軍に救出された女性の証言」(『歴史地理教育』. 693号,2005年)で詳しく検討したが,まだ多くの課. 題を残している。 (8)外務省「割譲地に関する経済的財政的事項の処理に 関する陳述」(昭和24年12月3日)『対日平和条約関係 準備研究関係』第5巻,104−108頁。衰克勤『アメリ. つ,【日韓歴史共通教材】としての『日韓交流の. カと日華講和一米・日・台関係の構図』(2001年,柏. 歴史』の活用法や今後について,さらに考えてい. 書房)の117−118頁より引用。唐原さんは,本校の社. きたいと思う(10)。. 会科教育講座の衰克勤氏の政治学の授業で,この「陳. 37.

(17) 鈴 木 哲 雄 述」ついて学んだようである。 (9)本稿において,報告内容の引用や課題レポートを掲 載した受講生からは,掲載について了解をえた。また 6名の課題レポートは,紀要への掲載を前提に授業終. 了後に提出されたものを各学生が一部修正したもので ある。なお,誤字などは鈴木の責任で訂正した。 (1¢)林雄介「東アジア共通歴史教材を読んで」(『歴史評論』. 695号,2008年3月)も本書を取り上げているが,本書 全体の枠組みや具体的な内容には踏み込まず,自説を 展開するために摘み食いしただけ(それも曲論)に過 ぎないと読めた。朝鮮史研究の専門家である林氏の,. 共通の歴史事実を土台にして「共通教材を使って異な る歴史認識をもつようになっても一向に構わない」と いう結論と,本稿で紹介した学生たちの結論はほぼ同 じものである。しかし私は,執筆者の一人である者の 授業内でのことではあるが,本書の成立過程やこれま での日韓の歴史教科書に対しても目配せしたうえで, 批判的,建設的な姿勢で本書を読解してくれた受講生 の方を評価するし,こうした学生たちの誠実な姿勢こ そが,日韓の,あるいは東北アジアの「未来をひらく」. ことに繋がるものと考える。. (補注). その後,関連する論考として,坂井俊樹「東アジア『歴 史和解』と歴史共通教材」(『社会科教育研究』103号,2008 年)や及川英二郎「林雄介『東アジア共通歴史教材を読 んで』に苦言を呈する」(『歴史評論』699号,2008年)が ある。また,国際シンポジウム「歴史和解のために」(朝 日新聞社主催,東京国際フォーラム,2008年4月19日) の議論(『朝日新聞』2008年4月28日(月)朝刊)では,歴 史認識の「交わる部分」と「交わらない部分」が並存し, その内方を含めて,歴史認識は共有されることになる,. という観点が欠落していたように思う。. (札幌校准教授). 38.

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参照

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