小学校・社会科歴史における日本と世界の関わり
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(2) 釧路論集 −北海道教育大学釧路校研究紀要−第46号(平成26年度) Kushiro Ronshu, - Journal of Hokkaido University of Education at Kushiro - No.46(2014):81-87. 小学校・社会科歴史における日本と世界の関わり 竹 内 康 浩 北海道教育大学釧路校史学研究室. Relation of Japan and the world in the history in elementary school social-studies Yasuhiro TAKEUCHI Department of History, Kushiro Campus, Hokkaido University of Education. 要旨 小学校の歴史に関する講義を担当して持った印象を、歴史学との対比参照において論じたもので、専門分野としての歴 史学の目的との違いや、特に小学校で実際に教科書を用いて指導する際の困難さについて考察した。日本の歴史は周辺地 域との深いつながりなしには成り立っていないのであるが、小学校で扱われる日本史は日本以外の地域についての叙述を ほとんど欠いているので、 そうした状況下でどれほど誤解なく日本の歴史を語ることが可能なのかについても問題とした。 結果として、情報の増補が無理である以上、①重要事項になじませる、②誤解を避けるように留意する、③結果(影響) の大きさを重視する、という3点に留意すべきことを述べた。歴史学の主要な目的である「歴史の発展の筋道を考える」 という作業のためには、小学校での歴史はあまりにも記述が薄く、目的の達成は無理である。せめて主要な語句に視聴が 習熟すること、誤ったイメージを与えることを絶対に避けること、データ・情報(教科書記述)にしっかりと基づきなが ら認識を形成すること、に意を注ぎ、その後の中等高等教育につなげてゆく基礎を作っておくことの重要さを指摘すると ともに、教員養成を担う大学での歴史教育(学習)の重要さをあらためて痛感したことを述べた。. い。日本の歴史は周辺地域との深いつながりなしには成り. はじめに. 立っていないのであるが、小学校で扱われる日本史は日本. 「歴史学は何を目的とするか」という問題は、既に多く. 以外の地域についての叙述をほとんど欠いている。そうし. の碩学が論じている(注1)。そのほとんどは歴史の専門. た状況下でどれほど誤解なく日本の歴史を語ることが可能. 研究者によってなされたものであり、基本は学問としての. なのか、考えてもみたい。. 歴史学を対象とするものであって、実は世間一般の人々の 歴史に対する関心とは齟齬を来たしていることが多いと私 は感じている(注2)。一般の人にとっては、特定の時代. 歴史研究の目的と学習指導要領. や人物への興味、心動かすストーリーのようなところに対. 小学校社会科において歴史を取り上げる際、いかなる目. する関心こそが強いのではないであろうか。専門家が歴史. 標が掲げられているかが重要であることは言うまでもな. 学の高踏な意義を説けば説くほど、興味とは離れてゆきか. い。その目標達成に向かって、指導の方法を吟味し、特に. えって歴史に対する関心を失ってしまうことすらあり得よ. 具体的な教材研究に工夫し、児童の理解が得られるよう、. う。その意味で、歴史学の専門家は歴史の「叙述」に対し. 教師は授業を作ってゆかねばならない。. て十分な関心を払ってこなかった、とは言いうるかもしれ. 小学校の歴史も、中学や高校の歴史と同様、歴史研究の. ない(注3)。. 成果を踏まえて、確定された事実に基づき、様々な事件な. 同様な傾向がはっきり表れるのが歴史教育についてであ. どの有する歴史的な意義を理解していくものであることは. る。私自身は歴史の専門研究者であるが、「歴史教育」と. 言を俟たない。しかしながら、専門の歴史研究(歴史学). いうことに、広い意味合いにおいて関心を有している。今. のめざすところと、学習指導要領に言う目標とには相当な. 回は、小学校の歴史教育に関する講義の担当であったこと. 懸隔、敢えて言えばむしろ対立する要素があり、看過する. を機に感じたいくつかの問題点を提示し、小学校で実際に. ことができないほどの齟齬を生んでいる。そのことを確認. 教科書を用いて指導する際の困難さについていささか考え. しておかねばならない。以下、学習指導要領の示す「社会. てみたいと思っている。特に私自身は「世界史」の担当で. 科の目標及び内容」(第2章)をたどりながら、問題点を. あるので、日本と世界の関わりのところを扱っておきた. 剔出しておこう。. − 81 −.
(3) 竹 内 康 浩 学習指導要領、第2章第1節では、社会科全体の目標を. られる対象が(ここには明言されないが)ある特定の立場. 次のように言う。. から評価される人物を中心とした課題の選択にとどまるこ とは、問題視されて当然であろう。何より、「態度」にお. 社会生活についての理解を図り、我が国の国土と歴. ける「我が国の歴史や伝統を大切にし、国を愛する心情を. 史に対する理解と愛情を育て、国際社会に生きる平和. 育てるようにする」という極めてエモーショナルな方向性. で民主的な国家・社会の形成者として必要な公民的資. は、児童生徒に対する押しつけがましい指導として本質的. 質の基礎を養う。(10ページ). に問題があるとせねばなるまいし、歴史学の目的ともそも そも全く相容れないと言わねばならない。 「我が国の歴史」. ここに言う「我が国の国土と歴史に対する理解と愛情」. なるものはいかなる展開を経てきたものであるのかを適切. については、総論的には、 「身近な地域や市(区、町、村)、. に受け止めることが重要なのであり、そこに現代にも通用. 県(都、道、府)の様子についての指導を踏まえて、我が. する要素があるならば「大切に」できるのであって、初め. 国の国土の地理的環境とそこで営まれている産業の様子な. から「大切に」することを目標として定めるのは順序が逆. どの理解を図り、我が国の国土に対する愛情を育てること. 転している。「伝統」についても同様で、それが単に町の. をねらいとしている。」 (11ページ)との説明がある。これ. 祭りレベルであればともかく、道徳も含めた社会の成り立. は一般論としては地域史・郷土史を念頭に置いていると見. ち方にも範囲が広がるなら、克服すべき要素も多くなるは. られよう。これは各学年ごとの目標に照らすと、実際には. ずである。 むしろこうした自分の帰属するものへの 「愛情」. 第3・4学年に該当するもので、 第5学年以降は「我が国」. から離れて、自らを客観視・相対化するために歴史は学ぶ. として日本全体が対象となる。各学年の目標は、さらに細. 意味があるのであって、正直なところ 「態度に関する目標」. かく、理解に関する目標、態度に関する目標、能力に関す. は歴史を学ぶ本来の意味から遠く離れた不見識なものとし. る目標、の三つに分かれる。今、ここで問題となる第6学. か言いようがない。. 年の歴史に関するところを見ると、次のようになる(13∼. しかしながらこうした姿勢が教科書における題材の選択. 14ページ)。. や叙述の傾向を規定しているのは事実であり、ここから逸 脱することもまた恣意的なあり方として批判されねばなら ない。重要な問題ではあるが、本稿の本旨からも外れるの. 理解に関する目標 国家・社会の発展に大きな働きをした先人の業績や. で、ここではこれ以上の言及は避ける。. 優れた文化遺産について興味・関心と理解を深めるよ. 歴史学の目的については、これまでに多くの歴史家が考. うにする。. 察し各自の見解を明らかにしている。それらを踏まえてま とめられた最近の業績として、遅塚忠躬氏の『史学概論』 という大著があるので、氏の見解を紹介しておこう(注. 態度に関する目標 我が国の歴史や伝統を大切にし、国を愛する心情を. 4) 。遅塚氏はライプニッツの指摘に基づきつつ、歴史学. 育てるようにする。. の三つの目的を挙げ、それぞれに対応する営みを次のよう に命名する。. 能力に関する目標 社会的事象を具体的に調査するとともに、地図や地. ①歴史的個体への知的興味を満足させるための「尚古. 球儀、年表などの各種の基礎的資料を効果的に活用. 的歴史学」. し、社会的事象の意味をより広い視野から考える力、. ②過去に照らして現在の社会や文化を反省するための. 調べたことや考えたことを表現する力を育てるように. 「反省的歴史学」. する。. ③歴史の発展の筋道を考えるための「発展的歴史学」. ここに示される理解・態度・能力に関する目標は、こう. ①は歴史に興味を持つ人にとっての個人的な目的であ. して並べてみると、必ずしもこの三つの間に整合性や連関. る。専門研究者はもとより、小説や映画・ゲームを通して. 性がとれるとは限らないことが見えてくるように思われ. でも興味を持つ場合はこれに当てはまる。ここに言う「尚. る。単に表現上の問題に属するかもしれないが、 例えば「理. 古」とは「古代を尚 ぶ」の意味ではなく、過去のある時. 解」において「国家・社会の発展に大きな働きをした先人」. 代・ある対象に対する興味や嗜好のことを指す。日本史の. という人々は各時代のパイオニアとして、 「態度」 にある「我. 場合、戦国武将や幕末の人物が「人気がある」というのは. が国の歴史や伝統を大切に」することなくむしろ変革を促. これに属する。②は現代社会を出発点として、現在の社会. した人ではなかったであろうか。また、「能力」において. や文化が何か問題を抱えているのではないかという疑問や. 要請される分析力や表現力は、「態度」にある「国を愛す. 問題関心から起こる。但しここに言う「反省的」とは「過. る心情」という情緒的なものとは相いれない場合もある。. ちを認めて直そうとする」の意味ではなく、「振り返って. さらに、個別に考えるならば、「理解」における取り上げ. みる。思い返してみる」の方に近い。教訓を引き出そうと. − 82 −.
(4) 小学校・社会科歴史における日本と世界の関わり か道徳的評価を下そうとかいうことではない。③は、時間 の経過とともに生ずる変化について、その理由や原因につ. 筆者が勤務先において担当している「初等社会」の講義. いて考察するものであり、場合によってはそこに何らかの. は、社会科に属する複数教員が、各自の専門分野の立場か. 「法則性」を見出そうとするほどのものでもある。人間は. ら指導・助言しつつ、学生たちが課題を設定して調査・. 何を望みどのようにその営みを作ってきたか、そこに注目. 発表を行うというものである。筆者担当時には、分野は. するのである。これら①∼③は複合的な形をとることもあ. 歴史・地理・公民に分かれ、学生を一班6∼8名ほどに編. り得るのであり、実際に多くの歴史学の業績はそのように. 成してそれぞれの分野内容において調査発表を行う(つま. なっていると思われる。. り歴史・地理・公民で各一回、計3回の発表)という形を. 以上は歴史学の目的であって、歴史教育の目的ではない. とった。受講生全員が一人一冊ずつ教科書を持つというこ. し、それらが重なる場合もあるけれども完全に一致すると. とができないので、こうした班単位での発表になるのはや. は限らない。そのことは了解しながらも、それらの間にあ. むを得ない。そしてまた、教科書そのものを熟読し、周到. る距離があまりにも大きくなるのであればそれは重大な問. な教材研究をする余裕もないので、担当教員の側からあら. 題と言わねばならず、まして齟齬を来たすようなことが. かじめ課題をいくつか提示し、そこからの選択という形に. あってはならない。学習指導要領が掲げる三つの目標のう. もなった。この場合、 筆者の担当が「世界史」であるので、. ち「理解」と「態度」に関しては大いに問題があるという. 敢えて日本が周辺地域や世界と関わりを持つこととなった. べきであろう。内容的傾向としては「良い面ばかり」「い. 場面を拾い上げて課題として設定した。それは以下のとお. いことばかり」のように初めから措定されている印象が強. りである。. く、そこに日本の歴史を客観視する姿勢がないことは特に ①元との戦い. 問題である。. ①−1 モンゴルとはそもそもどういう存在でしょう か?. 小学校社会・歴史における若干の問題. ①−2 日本にとっての「元寇」はどういう意味を持 つものだったでしょうか?. 小学校第6学年における社会科は、歴史、それも日本史 を取り扱う。無論、ここにおける日本史とは、日本の学校 において教師も生徒もともに「日本国民」であるという前. ②いわゆる「鎖国」 。江戸時代のオランダとの関係. 提から発する「自国史」としての日本史である。. ②−1 16∼18世紀のオランダについて調べましょう. はたしていつからが「日本」なのかという根源的な問い. ②−2 江戸時代の日本の 「外交」 について調べましょ う. はひとまず発せられず、現在における日本を基点としてそ の領土・領域内における事象を対象としたのが、ここでの 日本史である。日本の歴史が、まさにその舞台としての日. ③日清戦争と日露戦争. 本の内で完結して展開し成り立ってきたものでないこと. ③−1 19世紀末の世界の状況について調べましょう. は、いまさら縷言の必要はない。近隣としての東アジアは. ③−2 明治維新後の日本はどのような課題を抱えて いたでしょうか?. もとより、時代が後になるほどさらに遠方の国や人々との 関係は生まれかつ深まり、日本が孤立して歴史を形成して きたのではないことは、実際に小学校社会・歴史の教科書. 時代的には①鎌倉時代、②江戸時代、③明治時代、とい. においても十分に読み取ることができる。但し、そうした. うことになる。いずれも日本の政治などに大きな影響を与. 点をきちんと述べようとすると扱う範囲が際限なく広がっ. えた重要なテーマであることは首肯されるであろう。それ. てゆき、特に明治以降の歴史は世界史的な把握なしには説. 故にこそ、これらについては適切な理解を促すように、注. 明不可能なほどになる。しかし、あくまでも「日本史」で. 意深く扱う必要がある。そこでまずは基本的なところに関. ある以上は、拡大志向を抑制し、日本の内に収束させねば. する疑問の解決を求める。. ならない。そこに多くの無理が生ずることとなり、教科書. ①元との戦いについては、まず「元とは何か」「モンゴ. 作成者の労苦には同情しつつも、やはり問題点を感じ指摘. ルとはどういう存在か」というところから始めねばならな. しておかないわけにはいかない。. い。元とは中国王朝であるわけだが、かつての中国は各時. 筆者は、勤務先において世界史を担当しているので、そ. 代の王朝名がそのまま国名であったこと、支配者(皇帝). の世界史的な立場から、小学校における歴史の扱い方の問. 一族が交替すること、そうした中に漢民族ではない異民族. 題点を若干指摘したい。単なる批判・非難ではなく、むし. が登場することもあること、という予備知識が必要とな. ろ限界や困難を抱えつつも、それをどのように克服できる. る。そしてモンゴルの難しさは、ユーラシア大陸を覆うほ. か、せめて補充できるかを考える作業をここでは行いた. どの勢力を有した大モンゴルと、中国の領域に建つ元朝と. い。以下は、筆者が講義内において感じ、また苦労してい. の関係の説明にもある。そして、元(モンゴル)は何を欲. る体験に基づいて述べてゆく(注5) 。. していたのか、何故日本を攻めてくることになったのかと. − 83 −.
(5) 竹 内 康 浩 いう原因についてしっかり考える必要がある。. 文脈をしっかりとたどるならば、「隣国関係は友好的であ. ②いわゆる「鎖国」については、幕府の狙いは何か、日. るべきである。戦争状態になるのは望ましいことではな. 本と外国の関係は実際にはどういう状況になったのか、が. い」という意味にしか読み取ることはできない。威嚇と採. ポイントである。国を外界から閉ざしたのではなく、場所. る見方はこの前の部分の理解が不十分で文意の流れをとら. と相手を決めてコントロールするという「管理」のあり方. えていないのである。ここを読み損なうと元(モンゴル). の問題であることは教科書も記述しているので、しっかり. を一方的な侵略者とみなすことになるが、それはいかにも. 押さえることができよう。また、当時の日本が中国物産を. 不当な誤謬である。そしてこのように理解するならば、元. 必要としていて、その入手の手立てはきちんと確保してい. の使者に対して無礼なる振る舞いをした鎌倉幕府の態度こ. たことも、押さえておかねばならない(注6) 。なお、江. そがむしろ責められねばならない。それ以前の彼我の関係. 戸幕府が交易の相手として選んだのがなぜオランダであっ. について知っていれば、そして文書の読みに習熟していれ. たのかは、ぜひ考えておきたい問題である。そもそも当. ば、元の使いに対してあのような態度に出ることこそ非常. 時のオランダとはどういう国であったのか、さらにはヨー. 識でルール違反である。. ロッパ自体がどういう状態であったのか、実はそこを追究. 教科書では「中国を従えて大きな国をつくった元は、ま. しないと、なぜ日本とオランダとの間に関係が生じたのか. わりの国も従えようとして、日本にも使者を何回も送って. ということ自体がまるで理解できない。. きました。」と記述する。書くに当たっての苦心の様子が. ③日清戦争と日露戦争は、 大変に難しいテーマである (注. しのばれるが、誤解を招きやすい文章である。まず、「中. 7)。この戦争の原因を理解するためには、19世紀以来の. 国を従えて大きな国をつくった元」というが、これは明ら. 世界的な帝国主義の広がりや東アジア秩序についての理解. かに正しくない。この表現ならば、ユーラシア大陸に広大. が絶対不可欠なのであるが、それらについて小学校の歴史. な帝国を築いたのは元ということになってしまう。ここの. 教科書は触れる場がないのである。さらに、維新後の近代. 「元」は「モンゴル」とすべきである。次に、「まわりの. 日本が何をめざしていたのかについても客観的に理解する. 国も従えようとして」とあるのも、周辺諸国を征服し自国. 必要がある。したがって、もし世界史的な知識の補充がで. に組み入れるような印象を与えやすい。モンゴルをいたず. きないのであれば、近代日本の置かれた状況について、こ. らに侵略者的で凶暴な存在に考えてしまいかねないが、実. れ以前の時代に関する教科書記述をよくよく精査して、言. 際には上述の通りの「冊封体制」のことを想起すればいい. わば状況証拠的に大きな歴史の流れを見つけ出さねばなら. のであって、戦争の原因の理解としても問題があろう。. ない。それは大変に困難な問題である。. 小学校社会科・歴史における元との戦いについての学習. このように、実際に起こった出来事は多様な様相を呈. ポイントは、しかしこうした日本側の「外交音痴」や東ア. し、かつ複雑な背景を有していることが多いにもかかわら. ジア秩序の理解にはない。学習指導要領解説では、. ず、教科書の記述が極めて簡略であるために、歴史事象の 理解は大変に難しいのである。 以下、特に教科書に即して、. 「元との戦い」について調べるとは、例えば、北条. 困難な個所を指摘しておこう。. 時宗が全国の武士を動員して元の攻撃を退けたことな どを取り上げて調べ、幕府が全国的に力をもってきた ことが分かるようにすることである。 (77ページ). ①元との戦い この単元ではそもそも元は何が目的で日本に使者を派遣 してきたのかについて知ることが重要である。しかし、そ. のように述べており、これを鎌倉幕府権力の伸長や確定と. れについて知るためには、当時における東アジア秩序、即. して理解させるよう促しているのである。やはりこれは誤. ち「冊封体制」について理解していることが絶対不可欠で. 解であるというほかない。周知のようにこの事件は、この. ある(注8)。中国を頂点として東アジアの秩序が形成さ. のち、イデオロギー的に巨大な影響力を発揮してゆくので. れているとするこの「冊封体制」論は、現実的にどれほど. あるが(神風、神国日本)、モンゴル(元)側に非を求め. の意味や機能を持っていたのかについては議論のあるとこ. 日本側の挙国一致的・専守防衛的姿勢を強調するならば、. ろであり、中国歴代王朝が自ら主張するほどの確固たる制. 当時における国際関係のあり方を見損なうばかりか、今後. 度でなかったことは認めねばならない。しかしながら、こ. のアジアのあり方についてのビジョンについてもまた誤っ. うした認識に基づく「朝貢」と「回賜」のシステムが機. た方向性を作りかねない。現に教科書自体、元との戦いに. 能していたことは事実であるから、建前上にせよ、これを. ついては「調べる」として「鎌倉幕府の力は、どのように. 以って東アジア秩序が観念されていたとするのは不当では. して弱まっていったのでしょうか。」との問いを発してい. ない。. るのであり、焦点はこの事件の結果・影響の方にむしろシ. 元が日本に使者を遣わしたその理由は、元という新王朝. フトしているのである。. が成立したことの通知、そして従来通りの東アジア秩序の 維持の確認、に尽きる。例の国書の文言(注9)が威嚇で. ②いわゆる「鎖国」 。江戸時代のオランダとの関係. あると読まれることもあるが、やはりそれは誤解である。. このテーマ設定は時代と内容において含むところはやや. − 84 −.
(6) 小学校・社会科歴史における日本と世界の関わり 広い。即ち、戦国期の鉄砲やキリスト教の伝来から始ま. のであるが、多少の疑問を持ってもよいところである。例. り、 いわゆる南蛮貿易、そして徳川家光によるいわゆる「鎖. えば、杉田玄白が人体解剖を初めて見た際にオランダ語の. 国」体制、さらにその後の蘭学に関わるところまでを含む. 解剖図が正確に書かれていることに驚いた話を掲げ、また. ものとして設定している。ここでは、東アジアからさらに. 新知識・新技術がこの蘭学によって広まったという方向性. 対象が拡大してオランダというヨーロッパの国までが視野. で教科書記述は出来上がっている(94 ∼ 95ページ)が、. に入ってくるところが注目に値するのであるが、このオラ. それをそのまま受け取ると当時にあってオランダという国. ンダという国について確かな知識を持っているか否かは確. が最先端を走っていたという印象を持ちはしないであろう. 認が必要であろう。第一にオランダの位置、第二にどうし. か。実際には『解体新書』の原本はドイツ人医師ヨハン・. てオランダがアジアに来ていたか、第三に幕府も認めたオ. アダム・クルムスの著であり、杉田らが入手できたのがオ. ランダの長所はどこか、この三点についてはしっかりした. ランダ語本『ターヘル・アナトミア』であったというのが. 追究の必要がある。. 実情であって、特にオランダ医学が進んでいたわけではな. 第一のオランダの位置については、現在の地理からもち. い。 こうしたあたりもうっかりするとオランダ (およびヨー. ろん確認せねばならない。いかに離れた地域であるか、そ. ロッパ)に関するイメージの誤解を招きやすいところであ. して面積や人口などからは決して大国とは言えない状況を. る。. 知って、その上で歴史的な事情の追究に向かうのがよいだ ろう。 国(国境線)や統治者 (王家) をはじめ、 当時のヨーロッ. ③日清戦争と日露戦争. パは現在とは大きな違いがあるのであり、また宗教の持つ. 日清戦争と日露戦争は、近代日本にとって極めて重大な. 意味や力も大きく、それらに触れることなく西洋との交渉. 意味を持つ戦争であって、 「何が原因で起こったのか」 「当. を語ることは本当は難しい。十五世紀後半からのいわゆる. 時の日本は何をめざしていたのか」という二点を適切に理. 「大航海時代」の知識が不可欠な前提でもある。それが第. 解する必要がある。日清戦争については、伝統的な東アジ. 二及び第三の点であり、それらを語ることは小学校の社会. アの秩序のあり方が前提となり、前述の「①元との戦い」. からは逸脱してしまうことになる。しかし教科書の「スペ. で触れた知識を想起せねばならない。中国を中心とする東. インやポルトガルといった国から宣教師や貿易船がやって. アジアの秩序の存在、そこから脱却しようとする日本、そ. きて、ヨーロッパの進んだ文化や品物を日本にもたらしま. して日本は自らが脱却するのみならずアジアの他国をも無. した。 」という文の意味を適切に理解させるためには、 「大. 理やり引きずり出そうとする、要は東アジアの再編の意味. 航海時代」の説明を抜かすことはできない(特に東インド. を持つ重大な戦争であった。もう一方の日露戦争について. 会社に言及しないで貿易のことが説明できようか)。さも. は、アジアを越えて、世界的に広がる帝国主義列強の争い. なくば、いかにもヨーロッパ各国が日本そのものをめざし. が問題であり、十九世紀以降の世界的な動きの知識・理解. て船出したように見えてしまうのだが、実際にはインドか. なしには到底扱いえない題材である。日本とロシアがなぜ. ら東南アジアや中国が目的地であって(注10) 、日本は言. 中国国内で戦争をしたのかという、素朴かつ根本的な問い. わばついでに過ぎない。日本の立場をいたずらに肥大化さ. かけは、極めて多くの説明を必要とするものなのである。. せてしまうような説明は避けねばならない。また、キリス. 教科書では、日本・中国(清) ・ロシア・朝鮮の四国につき、. ト教についての説明も必要であり、実際にはその教義の理. 直接交戦した二国の関係を取り上げて述べている。やむを. 解なくして禁止の理由は了解されえない(現代日本人でキ. 得ないこととはいえ、当時の世界的な状況・風潮の中で各. リスト教の教義を理解している人はどれほどいるであろう. 国が置かれていた状況の説明はない。そのせいで、これら. か) 。. の戦争が、乱暴者同士の喧嘩のようにも見えてしまうのは. 一方、日本側、江戸幕府に目を転ずると、従来「鎖国」. やはり問題なしとはしえない。また、教科書は、戦費負担. としてイメージされやすい閉鎖性や保守固陋性はまさに. の過重と厭戦の雰囲気(与謝野晶子の歌など)を取り上げ. 「イメージ」のものとして退けるのが近年は常識化し、教. てはいる。戦費負担については、なぜそのような過重な負. 科書記述もそういう姿勢を保っている。いわゆる「鎖国」. 担をしてまでこの戦争に乗り出したかが語られねばならな. なるものは、江戸幕府による貿易と情報のコントロールな. いが、その説明はない。厭戦については、この戦争の本質. のであり、そのいずれをもきちんと確保すべく努めていた. に迫るものとして必要とも言えず、場合によってはいささ. というのがむしろ実情である。長崎・薩摩・対馬・松前の. か情緒的な方面での「共感」に向かいかねない危険性を持. いわゆる「四つの口」を明記する教科書もあり(注11)、. つ。. この件の理解は進んでいるように感じられる。 こののち、江戸時代の中ごろに現れた蘭学について学習. 以上、日本が外国と関わりを持った事件や項目について. することになる。新しい知識や技術を学ぶために西洋の学. の教科書記述の問題点と指導上の留意事項のほんの数例を. 問(蘭学)を学ぶ人々が増えたとして、特に杉田玄白らの. 摘記してみた。小学校におけるレベルに合わせて教科書の. 名と共に『解体新書』の例が述べられる。無論、当時の蘭. 説明が至ってシンプルであることはやむを得ないとして. 学における人々の努力に関する記述としてはそれでいい. も、誤解を招くような文章についてはしっかりとその意味. − 85 −.
(7) 竹 内 康 浩 を把握させ、説明が不足の箇所にはこれも誤ったイメージ. 勉強して確かな知識を持っていなければならない。無論、. や無根拠の想像が働かないように留意せねばならない。. それは他の全ての事項について該当するものであり、教材 研究の周到さ、専門分野の研究に裏付けられた取り組み姿 勢を身に着けている必要がある。. 結語. なお、誤解を避けるための手立てとして、参考資料を付. 最後に、小学校・社会科における歴史の扱い方について. け加えることで情報を増やすという手段もあるが、それは. 若干の見解を述べておこう。歴史研究者としての立場では. 必ずしも好結果になるとは限らない。一つの補足が更なる. なく、歴史をどう教えるかという教師の目線で考えておき. 補足を要求するようになることは往々にしてあり、結局は. たい。. 過剰な情報の提示により児童生徒を混乱させる結果に陥る. 小学校の歴史教科書の記述は至って簡単である。どれほ. 危険があるからである。. ど重要な事件であっても、基本は見開き2ページの内に、 原因も経過も結果も関係の人名・地名も収まるように作ら. ③結果(影響)の大きさを重視する. れている。そのこと自体は仕方がない。小学生のレベルを. 学習指導要領には「国家・社会の発展に大きな働きをし. 考えるならば、説明の過剰は煩雑で歴史嫌いを増やすのみ. た先人の業績や優れた文化遺産について興味・関心と理解. であり、さらに他の教科の学習もあるのだから歴史だけ負. を深めるようにする」(理解に関する目標)及び「我が国. 担増とするわけにもいかない。その前提の上で、今ある教. の歴史や伝統を大切にし、国を愛する心情を育てるよう. 科書を用いながらその後の学習へとつながる方向で考える. にする」(態度に関する目標)という。即ち、エリート重. のが、せめて建設的であろう。以下の3点を確認したい。. 視と歴史(過去)肯定観が強く打ち出されている。これも やむを得ないこととはいえ、例えば英雄史観に陥るとかナ. ①重要事項になじませる. ショナリスティックな過去賛揚に終止するとかの弊を招き. まずは重要事項になじませることを心がけねばならな. かねず、いかにも不適当である。むしろ学習指導要領に言. い。「なじむ」とは「憶える、暗記する」という意味でも. う「社会的事象を具体的に調査するとともに、地図や地球. あるのだが、それ以上に、違和感なく受け入れたり発した. 儀、年表などの各種の基礎的資料を効果的に活用し、社会. りできるようになることである。歴史上の人名は現代人に. 的事象の意味をより広い視野から考える力、調べたことや. とってはおよそ親近感のないものが多い。飛鳥・奈良∼平. 考えたことを表現する力を育てるようにする」(能力に関. 安期の貴族の名をはじめ、昭和初めに至るまでの人名は、. する目標)ということを重視するならば、原因と結果の対. 現代人とは異なる規範のもとに成り立っている。しかしそ. 照や影響の大きさとその後の歴史的展開について理解を試. れがまずは耳に残ること、また(仮に正しく書けないにせ. みるという作業こそが大きな意味を持つと考える。前引の. よ)正しく発音して言えること、そのトレーニング段階と. 「発展的歴史学」がめざすところのものを、ここでもめざ. しての意味を重視したい。大人になってから「とくがわい. してみるということである。. えやす」と聞いて(見て) 、 「何?誰?」などというような ことがないように、そうした歴史的な存在に「なじむ」こ. 現在までに研究者によって明らかにされている歴史像を. とは重要である。無論、時代や業績などまできちんと把握. 踏まえて上で、次に小学校教科書の叙述に入り、説明・指. できればそれに越したことはないが、少なくとも、十分な. 導を考える、という順番がやはり望ましく思われる。 無論、. 既視感を持たせるようにすべきである。. それは教師の側に大変な学習を要求することにはなるが、 誤解を避けるためには当然の段取りである(注12) 。そし. ②誤解を避けるように留意する. てそのためには、教員養成の中で正しい(学問的な)歴史. 教科書記述は至ってシンプルであり、情報量は極めて少. 像を学んでいないと難しい。高校までの日本史・世界史は、. なく、しかも小学生にも理解可能なように表現も工夫がさ. 学界の到達水準を反映しているものではないことは研究者. れている。そのために逆に理解が難しくなっている場合も. はよくわかっていることであり、またそれを受け身の立場. ある。上にふれた「元寇(蒙古襲来) 」にしても、当時に. で学習してきただけでは、実際の歴史像に近づけないこと. おけるアジアの秩序やそれをめぐる彼我の認識の違いが重. は縷言の必要がない。学界水準の歴史知識や探究態度が求. 要であるのに教科書にはそれに言及されていない。そのた. められるのであり、問題は、私もその一人である、大学の. め、乱暴極まる元の侵略軍に対し、挙国一致で正義の鎌倉. 歴史担当教員の任務・責任に帰ってくるのである。. 幕府軍が勇敢に立ち向かい、果ては「神風」まで吹いて神 聖なる日本を助けたというイメージが、教科書記述からは 生じかねない。指導する教師の側としては、そうした誤解. おわりに. が絶対に生じないように、教科書記述に引きずられること. 以上、 甚だ草卒ながら、自分自身の取り組みを踏まえて、. なく、それぞれの立場を説明しなければならない。そのた. 小学校の歴史の取り扱いに関する注意点につき、若干の考. めには、「元寇(蒙古襲来) 」について教師自身がよくよく. えを述べてみた。歴史研究者の立場に拠って、しかも実際. − 86 −.
(8) 小学校・社会科歴史における日本と世界の関わり に小学生相手の実践を踏まえたものではないために、現場. れもまた参照されたい。歴史的展開の中での東アジア秩序. 感覚と遊離したものになっているのではないかと思う。し. のありようについては、茂木敏夫『変容する近代東アジア. かしながら、小学校であれ、もともとは専門研究の業績に. の国際秩序』(山川出版社、 世界史リブレット41、 1997年)、. 基づいた素材を用いるものであり、かつ専門研究の目的か. 歴史教育者協議会編『東アジア世界と日本』(青木書店、. ら逸脱することは不当であると考えるが故に、とりあえず. 2004年)、三谷博・並木頼寿・月脚達彦編『大人のための. 何らかの意味あるものとして、この文を起こしたものであ. 近現代史 19世紀編』 (東京大学出版会、2009年)らが見. る。講義中においては教材研究の重要性と指導上の注意点. 通しを与えてくれる。. を強調するにとどまってもいるので、さらなる検討と反省. 9 モンゴル皇帝フビライの国書の関連部分を次に示して. は、今後も継続して行いたい。. おく。 「上天眷命、大蒙古国皇帝、書を日本国王に奉る。 朕惟うに古より小国の君は、境土を相接すれば尚お講. 注. 信修睦に努めむ。(中略)高麗は朕の東藩なり。日本. 1 『史学概論』あるいは『歴史学概説』といったタイト. は高麗に密邇し、開国以来、亦時に中国に通ず。朕の. ルの書は大変に多く、ここでは紙幅の関係もありすべてを. 躬に至って、一乗の使の以って和好を通ずることもな. 挙げている暇がない。さしあたり、遅塚忠躬『史学概論』. し。尚お恐る、王国これを知ること、未だ審かならざ. (東京大学出版会、2010年)巻末掲載の参考文献一覧を参. ることを。故に特に使を遣わして、書を持して朕が志. 照されたい。. を布告す。冀わくは自今以往、問を通じ好を結び、 以っ. 2 歴史に関する入門書として、E・H・カーの『歴史と. て相親睦せん。且つ、聖人は四海を以って家と為す、. は何か』 (清水幾太郎訳、岩波書店、岩波新書、1962年). 相通好せざる、豈に一家の理ならんや。兵を用いるに. は現在でも広く読まれていると思われる。しかし、この書. 至りては、 夫れ孰れか好むところか。 王其れ之を図れ。. 物はケンブリッジ大学における講演であり、歴史学につい. 不宣。」. て十分に理解し関心を寄せる人向けに語られたものであ. 文意を流れに沿って読むならば、「元王朝が成ったが日. り、高踏な物言いが多く、初学者の入門には適さないと私. 本とはまだ関係を築き確認する機を持っていない。あらた. は思っている。. めて元王朝成立と自分の即位を知らせるから、通好しよ. 3 「叙述」については、山内昌之『歴史の作法』 (文藝春. う。敵対関係になるのは誰も望んでいない」ということに. 秋、文春新書、2003年)の序章、14 ∼ 15ページの記述を. しかならないのではないか。「言うことを聞かないと攻撃. 参照されたい。. するぞ」と解するのは、いかにも被害妄想的であるように. 4 遅塚忠躬『史学概論』東京大学出版会、2010年。. 思う。以上、国書の引用は、新井孝重『蒙古襲来』(吉川. 5 講義は「初等社会」 。担当は2010 ∼ 2012年の三年間。. 弘文館、戦争の日本史7、2007年)による。. 必修講義で、受講生は毎年だいたい200人。班分けの上で、. 10 ヨーロッパ人のアジア来航については、高橋裕史『イ. テーマを決め、調査・発表を行う。また、ここで用いた小. エズス会の世界戦略』 (講談社、 講談社選書メチエ、 2006年). 学校社会科教科書は、採択率が高いとされる東京書籍のも. に重要な指摘が多々ある。「布教の意欲に燃えた宗教者」. のである。. というイメージは、 もっと現実的な方向性で修正されよう。. 6 いわゆる南蛮貿易がヨーロッパと日本の貿易ではない. 11 「四つの口」という表現は採らないが、光村図書・日. ことは、羽田正『東インド会社とアジアの海』(講談社、. 本文教出版・教育出版の教科書は、長崎・薩摩・対馬・松. 興亡の世界史15、2007年)が指摘している。ポルトガル人. 前の四地点を明記してそれぞれの場での交易を説明してい. が運んできた主要な品は実は中国産の生糸であった。ま. る。. た、いわゆる「鎖国」については、すでに十分に見直しが. 12 授業における工夫については、私がいまさら言うまで. 始まっていよう。とりあえず、永積洋子編『「鎖国」を見. もなく、実際に多くの教員が取り組んで努力している。日. 直す』(山川出版社、シリーズ国際交流1、1999年)を掲. 本の歴史がいかに世界とつながっているか、しかも自分の. げておくが、業績はさらに数多い。. 身の回りにそれを感じさせる材料があるか、を示そうとし. 7 日清日露戦争については、 山室信一 『日露戦争の世紀』. て各種の材料を探し応用する試みは、 例えば『社会科教育』. (岩波書店、岩波新書、2005年)が大変に行き届いた説明. 2012年10月号(総642号)が「特集 世界とつながる日本. をしている。ぜひとも参考とすべき書である。. の歴史=特選ネタ100」として行っている。. 8 「冊封体制」については、西嶋定生氏によって提唱さ れて以来、批判も含めて、検討が繰り返され多くの業績が 生まれている。その点については、金子修一氏の『隋唐の 国際秩序と東アジア』(名著刊行会、2001年)の序章にま とめられているので参照されたい。金子氏自身の見解は該 書の中に収められた諸論考において示されているので、そ. − 87 −.
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