2020
岡山大学教師教育開発センター紀要 第10号 別冊
Reprinted from Bulletin of Center for Teacher Education
歌唱時における表情と発声に関する研究
片上 聡美 虫明 眞砂子
Research on Facial Expression and Vocalization in Singing
歌唱時における表情と発声に関する研究
片上 聡美※1 虫明 眞砂子※2
音楽授業等で児童・生徒が歌唱する時の表情は,発声にどのように影響するのだろうか。
この疑問を明らかにするために,筆者等は,小学生から大学生を対象に,無表情・怒り・悲
し み ・ 笑 顔 の 表 情 を 取 り 入 れ て 歌 う 歌 唱 実 験 お よ び 歌 唱 者 へ の ア ン ケ ー ト 調 査 を 実 施 し ,
表 情 の 変 化 が も た ら す 効 果 に つ い て 検 討 し た 。 そ の 結 果 , よ り よ い 歌 唱 時 の 表 情 の 効 果 で
は,笑顔の表情が歌いやすく,発声面で良い効果をもたらしていることが明らかとなった。
また,笑顔の表情の中でも[たて]の笑顔が響きや高音の発声に良好であること,[よこ]の
笑顔は,歌いやすいが力みやすいこと,笑顔の表情では,口の開け方を意識していることが
示された。アンケート調査からは,年代が大きくなるほど,表情によって声が変化すると認
識していることがわかった。一方,小学生では,表情や声の変化を感じづらいため,教師側
が基礎の発声の理解へ導き,歌唱者が表情で声が変わったと感じられる指導が必要である。
キーワード:歌唱,表情,発声,笑顔
※1 岡山市立岡南小学校
※2 岡山大学大学院教育学研究科
Ⅰ はじめに
本稿は,歌唱時の表情と声の関係を明らかにし,よりよい歌唱活動に必要な
表情の指導や注意点を明確にしていくことを目的とする。
現在,小中学校における音楽教育の歌唱の学習では,
「笑顔で歌って」や「い
い表情で」という声掛けがよく行われている。また,筆者等の一人も音楽授業
の中で歌唱指導する際にしばしば使用している。歌唱指導のなかで,
「笑顔」や
「いい表情」で歌唱することの意味を理解している児童生徒は,表情を意識す
ると声が変化し,声が伸びやかになるという場面が見られた。一方,無理に笑
ったり,全く笑わなかったりする児童生徒も多数見られ,歌唱中に声の変化が
見られた児童生徒は少人数にとどまった。その場合は,児童全員の声が表情に
対する指導によって改善することはほとんどなく,表情に着目した指導の難し
さも感じてきた。教師が声掛けをする「笑顔で歌って」という言葉は表面的な
ところに留まり,児童生徒がなぜ笑顔が歌唱に活かせるのかを理解出来ずに歌
唱しているのではないかと思われる。
別の問題として,指導者側の問題が挙げられる。例えば,小・中学校では,
「大きい声で」という指導がよく見られるが,同時に「笑顔で」いう声掛けが
一緒に指導される場面がよくみられる。
「大きい声で」という声かけは音量に関
するものであり,
「笑顔で」という声かけは表情に関するものである。これらの
指導が同時に行われる場合は,教師側が表情の声掛けの意味や大きな声で発声
する声帯へのリスクを理解した上で,児童生徒に伝えていく必要があるのでは
ないかと考える。
近年の表情に関する研究としては,保育者養成のための歌唱指導に関するも
の(藤田 2014),発達障害を持つ児童生徒を対象にした鑑賞の授業の中での表
情カードの活用(尾崎 2014),ヒューマノイドロボットの表情に関するもの(中
野 2012),笑いの身体的効果と精神的効果に関するもの(三宅・横山 2007)があ
る。これら表情に注目する研究の中で,具体的にどのような表情が,歌唱にい
い効果をもたらすのか研究しているものは見られない。
本稿では,まず,音楽教育の歌唱における表情の指導の内容や意味を考察す
る。次に,無表情や笑顔などそれぞれの表情の違いを笑顔の段階に分け,その
違いによる歌唱実験を通して,歌唱時における表情と声に関係を明らかにし,
その結果をもとに,歌唱時により良い表情をするための方策について検討する。
Ⅱ 倫理的配慮
本研究で実施した「発声や表情に関する歌唱実験及びアンケート調査」では,
実験協力者に対して,個人が特定されないよう無記名で行うこと,実施したデ
ータは,厳重に保管し,今回の研究でのみ使用すること,研究終了後はデータ
を処理することを文面及び口頭で説明した。
Ⅲ 音楽教育における歌唱時の表情
ここでは,1995 年-2000 年,2010 年-2015 年のそれぞれの年代の雑誌『教
育音楽』
1の歌唱時の表情に関する記述を抽出した。顔のどの部分を重点的に指
導してきたのかに着目し,記述を区分すると,眉,目,鼻,頬,口の5つの部
位にまとめることができた(表1)。下線部は,筆者等による。
表1 歌唱時の表情に関する記述
① 1995-2000 年 ②2010-2015 年 眉 ・ 眉 の 上 げ 下 げ(1996) ・ 眉 を 上 げ て 歌 お う(1997) 2 件 ・「 眉 毛 を あ と 2 ミ リ あ げ て ご ら ん 」 (2011) ・ 眉 毛 キ リ っ と ア ッ プ (2015) 2 件 目 ・ 目 を よ く 開 け て(1996) ・ 目 は ぱ っ ち り(1997) ・ 目 を 大 き く あ け る(1997) ・ 目 を 見 開 く(1997) ・ 目 は パ ッ チ リ く ん(1998) ・ 目 を パ ッ チ リ と(2000) 6 件 ・ 目 を 大 き く(2015) ・「 目 を ぴ か っ と 開 け て 」 (2012) ・「 目 を 大 き く 開 き , 目 か ら 声 を 飛 ば す 」(2011) ・ 目 元 を パ ッ チ リ 開 く (2011)→ 額 の 筋 肉 が 引 き 上 が り , 鼻 腔 の 広 が り が 感 じ ら れ る 。 ・ お 目 目 パ ッ チ リ き ら き ら(2015) ・ 目 を 開 け (2015) 7 件 鼻 ・ 鼻 の 穴 を 広 げ た り 閉 じ た り (1996) ・ 鼻 の 穴 を 大 き く あ け る (1997) ・ 鼻 の と げ 抜 き(1998) ・ ひ み つ 練 習 鼻 を ふ さ い で 歌 う (2011)→ お 腹 の 使 い 方 を 覚 え , 鼻 腔 共 鳴 を 響 か せ る 。 ・ ひ み つ 練 習 鼻 の 付 け 根 を 触 る (2011)→ 響 い て い る こ と を 確 認 。 頭 に 手 を 乗 せ る と 頭 蓋 骨 の 響 き も 実 感 。 ・ お 鼻 の 高 い 外 国 人 に な っ た つ も り で 歌 い ま し ょ う 。 そ し て , そ の 鼻 が も っ と ビ ヨ ー ン と 前 に 伸 び て い く 感 覚 (2015) ・ 鼻 の 上 に 手 を あ て 響 き の 振 動 が 伝 わ る よ う に 歌 う (2015)→ 響 き 1『教育音楽』小学版(音楽之友社)は,以下の雑誌を使用している。1995 年 8 月号,1996
年 1,4,5,6,9,11 月号,1997 年 1,5,7,11,12 月号,1998 年 1,5,12 月号,1999 年 3,4 月号,
2000 年 3,5,12 月号,2010 年 1,8 月号,2011 年 1,4,5,7,8 月号,2012 年 2,3 月号,2013 年
2 月号,2014 年 4 月号 2015 年 6,8,10 月号。
頬 ・ 少 し 笑 っ て , 頬 を 上 げ よ う (1996) ・ ほ っ ぺ た を 上 に 上 げ る (に っ こ り と ほ ほ 笑 ん だ 表 情)(1997) ・ア ン パ ン マ ン の 丸 々 と し た 顔 と 盛 り 上 が っ た ほ っ ぺ た を イ メ ー ジ し て お 顔 の マ ッ サ ー ジ (1998) ・ ホ ッ ペ ア ッ プ(1998) ・こ こ ,ど う ,上 が っ て る ? (2000) ・「 ア ン パ ン マ ン の よ う に ほ お を 上 げ て 」(2012) ・ ほ っ ぺ を 上 げ て(2015) ・「 ほ っ ぺ た に た こ 焼 き を 作 ろ う 」 (2011) ・ 大 好 き な 食 べ 物 が 目 の 前 に 現 れ て 嬉 し い 気 持 ち に な っ た と き の よ う な 顔 で 歌 い ま し ょ う (2015)→ 自 然 に 頬 が 上 が る 。 ・ 頬 を 上 げ , ほ っ ぺ に 「 た こ 焼 き 」 を つ く る よ う に し て 歌 う(2015) 口 ・口 角 を 横 に 引 き め に し て ,下 顎 は 上 顎 よ り 前 に 出 さ な い よ う に し て 口 を 開 く(1995) ・口 の ま わ り を 横 に 広 げ た り 突 き 出 し た り す る(1996) ・上 の 前 歯 の 裏 側 に カ キ ー ン と 声 を あ て る よ う に(1996) ・ 口 を 開 け る(1996) ・口(顎)の 動 き は 特 に 表 情 を 左 右 す る(1997) ・ 顎 を 少 し 引 く(1997) ・口 を 縦 に あ け ,前 歯 を 見 せ る (ビ ー バ ー ち ゃ ん の よ う な 口 を し て み よ う )(1997) ・ ア ッ カ ン ベ ー を し ま し ょ う (1998) ・ 巻 き 舌 を や っ て み よ う (1998) ・の ど の 奥 が ほ ら 穴 に な っ た 感 じ で(1998) ・あ く び が 出 る 寸 前 の 顔 で (1998) ・ あ ご を キ リ リ !(1998) ・う が い 一 滴 ,あ く び の 口 (1998) ・ 口 の 奥 に 洞 窟(1998) ・口 が 大 き く 開 く よ う に 指 を 3 本 縦 に し て 口 の 中 に 入 れ て (1999) ・ 口 を 大 き く あ け て(2000) ・軽 く 口 を 斜 め 上 に あ げ て ご ら ん → ほ っ ぺ た が 上 に 上 が る で し ょ う(2000) ・「 上 顎 を 上 げ て 」(2010) →「 口 を 開 け て 」だ と 下 顎 が 下 が る た め , 喉 が 閉 ま る 。 ・ お 兄 ち ゃ ん や お 姉 ち ゃ ん の お や つ の ド ー ナ ツ を 一 口 こ っ そ り か じ っ た 途 端 に 本 人 が 帰 っ て き た の で , 口 の 中 の ド ー ナ ツ が バ レ な い よ う に 軽 く 閉 じ て ニ コ ニ コ し て ご ま か す 時 の 口 を す る 。 (2011)→ の ど の 開 き の 感 じ を 覚 え る 。 ・ 口 を 縦 長 に し て 指 2 本 分 の 開 き を 確 か め る 。 (2011) ・ ひ み つ 練 習 1 顎 が 上 が ら な い よ う に 意 識 し て 歌 う (2011)→ 顎 の 力 を 抜 く こ と を 覚 え , お 腹 の 使 い 方 と 響 か せ 方 が 身 に つ く 。 ・ 口 の 形 を 意 識 → 「 あ ・ お 」 前 歯 に 2 本 ,「 い ・ う ・ え 」 指 1 本(2015) ・「 ホ カ ホ カ の 焼 き 芋 を 口 に 入 れ て 」「 舌 で 上 の 歯 の 裏 か ら 喉 に 向 か っ て 舐 め て い っ て , 急 に 柔 ら か く な る 部 分 が 軟 口 蓋 。こ の 部 分 を 高 く 上 げ る よ う に 歌 う よ 」(2011) ・「 上 の 奥 歯 も 上 げ よ う 」 (2011) ・ こ い の ぼ り の 口 (2012)( 口 の 両 端 か ら 人 差 し 指 で ぐ っ と 中 心 に 向 か っ て 唇 を 押 し 上 げ る ) → 響 き が 集 ま り や す い 。 ・ 奥 歯 の 間 が 空 い た 状 態 (2012) ・ お 口 を 縦 に 開 け て(2013) ・ 口 の 中 に 親 指 を 入 れ , 上 顎 を 持 ち 上 げ る よ う に し て 歌 う(2015)→ 響 き そ の 他 ・い い 顔 ,い い 表 情 で 歌 う (1996) ・ 表 情 を 大 き く つ け る (1997) ・顔 の 体 操( 両 頬 を 上 下 に 動 か し た り 吊 り 上 げ た り し た 後 ,眉 を 上 下 さ せ た り , 頬 上 げ た り す る )(1998) ・両 耳 の 後 ろ( 下 )に 親 指 を 当 て て 小 指 で 上 の 歯 を 押 さ え ,歯 の 見 え る 口 ,頬 と 眉 が 高 く 上 が っ た 顔(1999) ・ア イ ド ル を さ が せ と い う 顔 の 絵 を も と に チ ェ ッ ク す る( 眉 が お で こ に 乗 る く ら い ,目 が 目 玉 焼 き の よ う に ,鼻 の 穴 が 倍 の 大 き さ に ,奥 歯 が よ く 見 え る ,ほ っ ぺ が 肉 ま ん の よ う と 称 揚 す る )(1999) ・ ニ コ ニ コ 笑 顔 で(2000) ・素 敵 だ な と 思 え る も の を 一 つ 決 め ,「 ま あ ,す て き ~ 」と 歌 い な が ら 両 手 を 広 げ 顔 の 前 で 円 を 描 く よ う に す る (1996) → 「 ま あ 」と い う 時 に 目 を ま ん 丸 に す る と い い 表 情 を つ く る 。 ・「 踏 み 込 ん で 身 体 を 伸 ば し な が ら ,声 を お で こ ま で 持 っ て く る 」 (2010) ・ 高 音 域 お で こ , 中 音 域 顔 面 , 低 音 域 胸(2010) ・「 明 る い 顔 で 」(2010)( 笑 顔 の こ と 。目 が キ ラ キ ラ と し て い て , 眉 毛 が 上 が っ て い て 頬 が 上 が っ て い る ) → 自 然 に 上 顎 が 上 が り , 喉 が 楽 に 開 く 。 ・ 地 球 さ ん の 顔 で 歌 お う (2010)→ 前 黒 板 の 自 作 キ ャ ラ の 絵 を も と に( 眉 を 上 げ ,目 は ぱ っ ち り ,頬 を 上 げ る ,口 は 大 き く 縦 に と い う 特 徴 の 絵 ) ・「 フ ク ロ ウ の 鳴 き 声 」「 ミ ッ キ ー の 声 」(2011)→ 頬 や 目 の 変 化 に よ り , 響 き を つ か ま せ る 。 ・ 表 情 は プ リ キ ュ ア(2011)→ 目 が 開 き , 眉 も 上 が る ・ ス ー パ ー ミ ッ キ ー モ ー ド(2011) ・「 顔 の 穴 を 開 け て み よ う 。一 番 開 け に く い の は 耳 の 穴 だ ね 。 奥 歯 と 奥 歯 の 間 の 骨 を 開 け よ う 。 下 ベ ロ は 前 歯 の 間 に つ け て お こ う 。 そ れ で 下 ベ ロ の 上 に ア メ 玉 が 乗 っ か っ た 。 そ れ で 出 し て ご ら ん 」 (2011) ・「 笑 顔 で 」「 び っ く り し た 顔 で 」(2011) ・「 も っ と 笑 う と 素 敵 に な る よ 」「 ま つ 毛 の 先 を 上 げ よ う 」 「 ま つ 毛 の 先 と 一 緒 に , 上 の 唇 も 一 緒 に 上 げ よ う 」 (2011) ・手 で 鼻 の 下 に ひ げ を 作 り ま す「 ひ げ か ら 下 で ,〈 お は よ う ご ざ い ま す 〉」 怖 い お じ さ ん に な っ た つ も り で 。「 も っ と 怖 く〈 お は よ う ご ざ い ま す 〉」(2012)→ お な か か ら 喉 の 間 が 広 が り , 響 き が 通 る 道 を 開 く 。 ・今 度 は ひ げ か ら 上 で〈 お は よ う ご ざ い ま す 〉」(2012)→ 頬 骨 を 上 げ て 口 を 横 に 開 く 。 ・ ミ ッ キ ー マ ウ ス の も の ま ね を す る (2011)→ 鼻 腔 ・「 ア の 母 音 の 時 は 笑 顔 で 」「 目 も 鼻 の 穴 も ,耳 も ,顔 の 穴 は 全 部 開 け て 」(2013) ・ 鏡 を 使 っ て 歌 わ せ る → 鏡 が 自 分 の 先 生(2014) ・ 上 目 使 い で 顔 の 脇 で 手 を あ げ て 歌 う (目 や 響 き ), ち ょ
ん ま げ ス ピ ー カ ー を 立 た せ る(眉 毛 , 目 )(2014) ・ ミ ッ キ ー の 声 で 明 る い あ い さ つ 顔 を ほ ぐ す (目 の 体 操 ,舌 の 体 操 ,割 り 箸 の 活 用 → 自 分 の 表 情 や 舌 の 位 置 , 口 蓋 垂 の 状 態 の 確 認)(2014) ・ 怒 鳴 る よ う な 元 気 す ぎ る 声 → ミ ッ キ ー マ ウ ス の 声 マ ネ 「 ス ー パ ー ミ ッ キ ー モ ー ド 」 (2015) ・ 棒 立 ち で 無 表 情 → 語 頭 で 深 く う な ず く 練 習 。 言 葉 を 考 え る こ と に つ な が る(2015) ・ フ ィ ジ カ ル エ ク サ サ イ ズ → 手 拍 子 や 足 踏 み な ど の 動 き を 使 う 。 身 体 を 動 か せ ば 自 然 と 笑 顔 に な れ る (2015) ・ フ ェ イ ス ト レ ー ニ ン グ (2015)→ ペ ア に な っ て 向 か い 合 い ,表 情 の チ ェ ッ ク を す る 。最 初 は 口 角 を 上 げ る 。次 に 口 角 を 上 げ た ま ま 口 を「 オ 」の 形 に す る 。次 は 唇 を ラ ッ パ の 形 に 。 最 後 は 短 く 息 を 吸 っ て , び っ く り し た 時 の 顔 を つ く る 。 特 に 高 い 声 を 出 す 時 は , こ の 「 び っ く り 顔 」 の 感 覚 を 覚 え て お く と よ い 。 ・ 顔 の パ ー ツ を 全 部 上 げ る 。 目 ・ 眉 ・ 鼻 ・ 耳 (2015)
※下線部は,イメージで説明したもの。それ以外は,顔の部位を具体的に説明したもの。
※『教育音楽』(小学版)1995 年 1 月号~2000 年 12 月号および 2010 年1月号~2015 年 12
月号の表情に関する内容を筆者等がまとめたものである。
1995 年~2000 年(平成 7 年~平成 12 年),2010 年~2015 年(平成 22 年~
平成 27 年)の両期間ともに,共鳴やのどの解放を意識した指導を基本として教
えることは共通している。これらの期間は,平成元年度と平成 20 年度の学習指
導要領の影響を受け,時代と共に指導法が少しずつ異なっていると考えられる。
学習指導要領の大きな変化としては,発声に関する記述が「発音及び呼吸の仕
方に気を付けて,頭声的発声で歌うこと」(文部省 1989, p.46)から「呼吸及
び発音の仕方に気を付けて,自然で無理のない歌い方で歌うこと」
(文部科学省
2008, p.38)に変更されたことである。
「頭声的発声」から「自然で無理のない
歌い方」への転換は,指導言にも少なからず影響があったことが窺える。両期
間を比較すると,1995 年~2000 年では,表1の下線部に見られるように,「口
角を横に引きめにして,下顎は上顎より前に出さないように」,「口が大きく開
くように指を3本縦にして口の中に入れ」,「顔の体操」など,具体的な顔の部
位についての指示が多く見られる。これらの指導は,実践もしやすく,教える
教師自身にも理解しやすい内容であったと考えられる。一方,2010 年~2015 年
は,顔の部位についての記述に加えて,「お鼻の高い外国人になったつもり」,
「手で鼻の下にひげを作ります」,「ミッキーマウスのものまね」など,イメー
ジを用いた声かけが増え,指導言も少し長めになっている。イメージを用いた
声かけは,児童・生徒の興味関心を引き,歌唱への意欲につながり,自然に表
情が変化することに役立つと思われる。
以上,音楽教育の中では,響きの感覚やのどの開放の感覚を身に着けさせる
ために,表情に関する指導が増加し,イメージを用いた発声指導も増加してい
ることが確認できた。しかし,このようなイメージの指導は,言葉で説明しづ
らい体の感覚を掴む手助けになるが,その表情がなぜ必要なのか教師側が正し
く理解していない場合,教師側や受け取る児童・生徒の理解度によっては,実
際につかませたい響きの感覚やのどを開く感覚が,子どもたちに伝えにくいの
ではないかと考えられる。
Ⅳ 表情の変化がもたらす効果の調査
歌唱実験・アンケート調査を実施し,その結果をもとに表情の変化がもたら
す効果について検討する。歌唱実験1は「表情と発声」,歌唱実験2は「笑顔と
発声」に関する調査を行った。
1 歌唱実験1(表情と発声)
(1)実験概要
実験日 2016 年 10 月 28 日 11:10~12:15
場 所:岡山大学教育学部南音楽棟 4201
対 象:初等音楽科内容研究受講者 1 年生 47 名(男子 11 名,女子 36 名)
(2)目的・方法
目的:無表情と喜怒哀楽の表情による声の変化を明らかにする。
方法:歌唱,自己評価,アンケート調査の3種類の方法を用いる。
1)歌唱実験:4種類の表情(無表情・怒り・悲しみ・笑顔)を被験者に提示
し(図1,眞鍋 2015,p.34 を参考),それぞれの表情で「うみ」のフレーズを歌
ってもらった。使用楽曲の特徴は下記のとおりである(表2)。なお,歌唱時に
は,歌詞の母音・子音に影響されないように母音唱(a)を用い,表情を変えて
いることが分かるように鏡を使用して,顔を確認しながら歌唱してもらった。
表 2 使用した楽曲「うみ」の特徴
曲名
うみ
取り扱い学年
小学校1年生
作詞・作曲
林柳波・井上武士
調
ト長調
拍子
4分の3拍子
使用小節数
8小節
文章形式
口語体
曲の雰囲気
明るく,軽快
歌詞の内容
うみの雄大さ
共 通 教 材 に な っ て
い る 学 習 指 導 要 領
の年度
昭和 52 年,平成元,
10,20 年
2)発声項目と評価:4種類の表情それぞれの歌唱に,発声に関する5項目の
設問に対して,5段階で評価をしてもらった。項目は,歌いやすさ,響き,自
然さ,高音の出しやすさ,低音の出しやすさ,呼吸のしやすさの5項目とし,
評価は,①全く当てはまらない,②あまり当てはまらない,③ふつう,④まあ
当てはまる,⑤非常によく当てはまる, の5件法とした(図2~図5)。
3)事後のアンケート調査:普段歌っている表情,歌いやすかった表情,歌い
にくかった表情がそれぞれ無表情,怒り,悲しみ,笑顔のどれに近いのか(図
6~8),また,表情による声の変化の自覚の有無等(図9),最後に気づいた
ことを自由記述方式で記入をしてもらった(表3)。
図1
表情のイメージ
無表情
悲しみ
笑顔
怒り
(3)歌唱実験1のアンケート調査結果と考察
アンケートで行った5段階評価のうち,①全くあてはまらないと②あまりあ
てはまらない,を合わせて“あてはまらない”,③ふつうを“ふつう”,④やや
あてはまると⑤とてもあてはまる,を合わせて“あてはまる”の3段階に分け
た(図2~図5)。
15 21 9 21 12 13 19 18 15 17 18 24 12 7 21 8 16 8 0 10 20 30 40 歌いやすさ 響き 自然さ 高音の出しやすさ 低音の出しやすさ 呼吸のしやすさ 人 数 発声に関する評価項目 あてはまらない ふつう あてはまる 36 36 33 30 11 25 8 9 10 14 21 19 2 1 3 2 14 2 0 10 20 30 40 歌いやすさ 響き 自然さ 高音の出しやすさ 低音の出しやすさ 呼吸のしやすさ 人 数 発声に関する評価項目 あてはまらない ふつう あてはまる 37 35 14 28 23 23 7 9 23 11 18 22 2 2 9 7 5 1 0 10 20 30 40 歌いやすさ 響き 自然さ 高音の出しやすさ低音の出しやすさ 呼吸のしやすさ 人 数 発声に関する評価項目 あてはまらない ふつう あてはまる 24 19 5 0 4 2 11 8 15 14 40 36 30 38 27 30 0 10 20 30 40 50 歌いやすさ 響き 自然さ 高音の出しやすさ 低音の出しやすさ 呼吸のしやすさ 人 数 発声に関する評価項目 あてはまらない ふつう あてはまる
図2 「うみ」無表情
大学生
図3 「うみ」怒りの表情 大学生
図4 「うみ」悲しみの表情 大学生
図5 「うみ」笑顔 大学生
図6 普段歌うのに近い表情 図7 歌いやすい表情
「うみ」の無表情,怒り,悲しい,笑顔の4つの表情で歌唱した大学生の特
徴を述べる。
『無表情』では各項目に大きな差は見られないが,響きや高音が出
しづらいと感じている(図2)。
『怒り』の表情では“歌いやすさ”
“響きの良さ”
“呼吸のしやすさ”
“高音の出しやすさ”において[あてはまらない]が圧倒的
に多く,“低音の出しやすさ”以外の項目で歌いづらさを感じている(図3)。
『悲しみ』では,
“自然さ”以外の項目全てにわたって,歌いづらさを感じてい
る(図4)。しかし『笑顔』では,全項目で[あてはまる]と回答している者が
圧倒的に多く,特に,
“歌いやすさ”,
“響きのよさ”,
“高音の出しやすさ”につ
いては,8割以上が良い効果を感じていることがわかった(図5)。
次に,事後のアンケート調査で,普段歌っている表情,歌いやすかった表情,
歌いにくかった表情が,無表情,怒り,悲しみ,笑顔うちのどの表情に近いの
か尋ねた。普段歌うときの表情は,『無表情』が6割強,『笑顔』が3割強とな
っている(図6)が,歌いやすい表情を『笑顔』と回答した者は7割と高く(図
7),歌いにくい表情については,『怒り』や『悲しみ』の表情であると認識し
ていることがわかった(図8)。また,普段の約9割の大学生が表情を変えるこ
とで声の変化があると感じていることが分かった(図9)。次に,歌唱実験2の
実施後に気づいたことを自由記述方式で記入をしてもらった(表3)。
表3 実験の実施後気付いた点
発 声 ・ 表 情 に よ っ て 高 音 ・ 低 音 の 出 し や す さ が 変 わ っ た 。 ・ 笑 顔 が 一 番 歌 い や す か っ た で す 。 逆 に 悲 し い 表 情 は 歌 い に く か っ た で す 。 ・ 笑 顔 で 歌 う と 顔 の 無 駄 な 緊 張 が と れ て 少 し 歌 い や す か っ た 。 (2)や (3)は 顔 の 表 情 に 意 識 が い く せ い で 歌 い づ ら か っ た 。 ・ 無 表 情 よ り も 悲 し い 顔 で 歌 っ た 時 の 方 が , 声 帯 が 下 が る と い う か 喉 が 詰 っ て し ま う 感 じ が し て 両 曲 で 歌 い に く か っ た で す 。あ と 息 が と て も し に く か っ た で す 。う み で は 笑 っ た 顔 が一 番 心 安 ら か に 大 ら か に 歌 え た の で す が , 逆 に 荒 城 の 月 で は 怒 っ た 顔 の 方 が お 腹 に 力 を 入 れ て , 高 音 ・ 低 音 が 出 し や す か っ た よ う に 思 い ま し た 。 ・ 笑 顔 の 時 は 歌 い や す い の か , 皆 , 声 が 大 き く な っ て い た 。 こ ん な に も 違 う の か と 驚 き ま し 30 0 1 16 0 10 20 30 40 無表情 怒り 悲しい 笑顔 人 数 表情の種類 4 1 41 0 10 20 30 40 50 変わらない ふつう 変わった 人 数 変化の状況 13 0 0 33 0 10 20 30 40 無表情 怒り 悲しい 笑顔 人 数 表情の種類 1 29 28 5 0 10 20 30 40 無表情 怒り 悲しい 笑顔 人 数 表情の種類図8 歌いにくい表情
図9 声の変化の自覚
面 た 。 ・ う み は 長 調 な の で 笑 顔 が 一 番 歌 い や す か っ た 。 笑 顔 で も 目 は し っ か り 開 け た 表 情 が 歌 い や す い 。 ・悲 し い・怒 る 表 情 だ と 口 が 開 け ら れ ず ,歌 い に く か っ た 。鏡 を 見 な が ら 歌 う と ,そ れ に 気 を 取 ら れ 歌 い 方 に も 影 響 が 出 て し ま う よ う な 気 が し ま す 。 ・ 笑 顔 だ と 高 音 が 比 較 的 出 や す か っ た 。 ・ 表 情 指 定 さ れ た ま ま で 歌 う の は 歌 い に く か っ た 。 ・ 怒 っ た 表 情 や 悲 し い 表 情 の 時 は 高 音 が 出 に く か っ た 。 ・ 長 調 は 笑 顔 が 歌 い や す か っ た 。 ・ 怒 っ た 顔 を し て い る と , ど う し て も ム ッ と し て 口 を 開 け づ ら く , 呼 吸 も し に く く 感 じ た 。 ・笑 顔 で 歌 う 方 が ず い ぶ ん 歌 い や す か っ た 。怒 っ た 顔 や 悲 し い 顔 を し て い る 時 は ,高 い 声 を 出 す の が と て も 難 し か っ た で す 。 笑 顔 の 時 は 比 較 的 高 い 声 が 出 し や す か っ た で す 。 ・ 眉 間 に し わ を よ せ る と 顔 全 体 が こ わ ば っ て 歌 い に く い 。 そ の 他 ・自 然 じ ゃ な く ,わ ざ と 笑 顔 を 作 っ て 歌 う の が 1 番 し ん ど か っ た 。表 情 を 変 え る こ と の 声 の 変 化 は ,自 分 は 感 じ な か っ た が ,周 り の 声 を 聞 く と 笑 顔 の 時 は ,明 る い 声 に な っ て い る よ う に 感 じ た 。 落 ち 着 い て 歌 え た の は 無 表 情 。 ・テ ン ポ が 速 か っ た り ,曲 が 明 る い 感 じ だ と 笑 顔 の 方 が 歌 い や す い と 思 う け れ ど ,ゆ っ く り し た て ン ポ で 重 い 感 じ の 歌 は 無 表 情 の 方 が 歌 い や す い の で は な い か と 感 じ た 。 怒 っ た 顔 で 歌 う の が 難 し か っ た 。 ・ 歌 う 前 は イ メ ー ジ 的 に 笑 顔 が 一 番 い い と 思 い ま し た 。 ・ 悲 し い 顔 の 時 , 声 が 一 番 暗 く な る 。 ・ 笑 顔 の 時 は み ん な の 声 が 大 き か っ た 。 ・ 笑 顔 が 一 番 ・周 り の 声 が 出 て な い と き ,無 意 識 に 自 分 も 声 が 出 て な く て ,歌 い に く い と 感 じ で し ま っ た 。 ・ 長 調 の 時 は 笑 顔 が 歌 い や す い 。 曲 に 合 っ た 表 情 で 歌 う の が 歌 い や す か っ た 。 ・表 情 を 変 え る こ と で ,こ ん な に 声 と か 歌 い や す さ と か 変 わ る ん だ な と 驚 き ま し た 。歌 う 時 は い つ も 無 表 情 な の で ,ミ ュ ー ジ カ ル の 人 と か ち ょ っ と 尊 敬 し ま す 。表 情 を つ く る と ,ち ょ っ と 歌 い に く い で す 。 ・ 無 表 情 や 沈 ん だ 顔 を し て い る と 歌 い づ ら く て 楽 し さ を 感 じ ら れ な か っ た 。 笑 顔 だ と 高 音 も 低 音 も 歌 い や す い 気 が し た 。 ・ 声 の 大 き さ が 変 わ っ た 気 が し ま し た 。 ・ 悲 し い 表 情 で 歌 っ た 時 は 無 意 識 に 声 が 小 さ く な っ て い る よ う に 感 じ た 。