鉄(VI)酸カリウムによるアミノ酸の酸化
風間ふたば
加藤健司 (昭和60年8月31日受理)Oxidative Destruction of Amino Acids
by Ferrate Iron (VI)
FutabaKAZAMA KenjiKATO Abstract Effects of molar ratio of ferrate to amino acid, pH and mode of pH adjustment on oxidative destruction of amino acids by ferrate were studied. In case that pH of the reaction mixture was adjusted by dropwise addition of dilute nitric acid,90%of amino acid were oxidized at pH 7.0, and over 70%at pH 4.O to 10.0, when molar ratio of ferrate to amino acid was over 5. In phosphate buffer, however,20 to 50%of amino acid remained without destruction at pH 7.O even when molar ratio of ferrate to amino acid was over 10. Oxidative destruction of amino acid was enhanced both by elevation of pH from 5.O to 8.0, and decrease in concentration of buffer solution. These results suggest that oxidation of amino acids by ferrate might be supPressed by phosphate.
1.はじめに
6価の鉄化合物である鉄(VI)酸カリウム(K2 FeO4) は,酸性側で2.2±0.03V,アルカリ側でも,0.7±0.03 Vの標準酸化還元電位を持つ酸化剤であるが,その酸 化力および酸化のメカニズムなど不明な点が少なくな い。 K2FeO4は,水溶液中での加水分解反応や酸化還元 反応においてOH一を放出する性質があるため, K2 FeO、の酸化反応に関する研究においても,これまでは 主にリン酸塩緩衝溶液でpHを調整した実験が行われ ていた1)2)3)。 ところが著者らは,リン酸塩緩衝溶液のほか,pHス タットを用いて硫酸のような緩衝能を持たない強酸で pHを調整してブドウ糖の酸化実験を行った結果,同 一のpHでも,そのpHの調整方法が異なればブドウ 糖の酸化率が著しく異なることを指摘した4)。 * 1985年4月 日本化学会 第50春季年会において一部発表 ** ツ境整備工学科,Department of Environmental Engineering 今回は数種のアミノ酸を対象として,前報4)と同様, リン酸塩緩衝溶液ならびにpHスタットを用いて希硝 酸を滴下する方法でpHを調整しながら,K2 FeO4とア ミノ酸のモル比や溶液のpHが酸化反応に及ぼす影響 を検討するとともに,リン酸塩緩衝溶液の濃度と酸化 率との関係についても検討を加えたのでその結果を報 告する。 2.実験材料と実験方法2.1実験材料
実験には中性アミノ酸のグリシン,ロイシン,酸性 アミノ酸のグルタミン酸,アスパラギン酸,塩基性ア ミノ酸のアルギニン,リシン,および含硫アミノ酸の シスチンの7種のアミノ酸を用い,それぞれ1×10“2 Mのアミノ酸溶液を作成した。 K2 FeO、はSchreyerら5)の方法に従って合成した純 度96.0%の粉末を使用した。2.2実験方法
初濃度が1×10−3Mとなるようアミノ酸溶液の一定 量をビーカーに取り,これに純水,あるいはM/5のリン酸塩緩衝溶液を注いで一定容量とした後,マグネチ ックスターラーでかき混ぜながら所定のモル比となる ようK、FeO、粉末を添加した。 pHスタットを用いて pHの調整を行う場合には,アミノ酸溶液をかきまぜ ながらK2FeO、粉末を添加した直後にpHスタットを 作動させて,0.1N硝酸を滴下し所定のpHに調整し た。 24時間静置後,メンブランフィルター(0.45μm)で ろ過して,残留するアミノ酸の濃度を測定した。 なお,K2FeO4に0.1 N硝酸を加えれば赤褐色の水酸 化鉄が,またリン酸塩緩衝溶液中にK2 FeO4を加える と淡黄色の沈澱が生成した。水酸化鉄の沈澱部分を含 む懸濁液とそれをろ過したろ液とについて,それぞれ CODc.を測定したところ,両者の測定値に差が認めら れなかったので,アミノ酸やアミノ酸分解物で沈澱に 吸着されているものは極めて少ないものと考えられ る。したがってろ液中のアミノ酸の減少の大部分はK, FeO4による酸化分解によるものと考えられたので, このアミノ酸の減少割合を以てアミノ酸の酸化率とし た。 2.3 アミノ酸の測定 アミノ酸の測定には細管式等速電気泳動装置(島津 製作所 1P−2A)を使用し,直径0.5 mm,長さ15cm のキャピラり一チューブを用い,20℃にて測定した。 また,各アミノ酸の測定条件はつぎのとおりである。 100
三80
; § 巴 三60E
: ⊂40 巨 く 200
0 2 4 6 8 10 K2FeO4{M}/Amino acid{M) (pH,6.2∼7.6, controlled with O.1 N HNO3) OGIy OLeu △Glu △Asp 口Arg ■口Lys ◇Cys Fig.1 Effect of molar ratio on oxidation of amino acid by K2FeO4 ZIZ2 i)酸性および中性アミノ酸の測定: リーディング液:0.5%メチルセルロースを含む 0.05M 2一アミノー2一メチルー1一プロパノール塩酸塩 溶液(pH 8.97) ターミナル液:0.01Mβ一アラニン溶液に水酸化バ リウムを加えたpH 10.9溶液 泳動電流:200μA ii)塩基性アミノ酸の測定: リーディング液:0.005M水酸化バリウムをふくむ 0.015Mバリン溶液(pH 9.8), ターミナル液:0.02Mトリス塩酸溶液(pH 8.3) 泳動電流:50μA 3.結果と考察 3.1K2 FeO4とアミノ酸のモル比と酸化率 アミノ酸に対して等モルから10倍モル濃度となる ようK2FeO、を添加した後, pHを7.0付近に調整した 時のアミノ酸の酸化率とK2 FeO4添加量との関係を みたものがFig.1およびFig.2である。 0.1N硝酸でpHを6.2∼7.0に調整した場合には (Fig.1),等モルのK2FeO4の添加では10∼55%の酸 化率であったものが,K2 FeO4の添加量の増加ととも に酸化率は指数関数的に増加して,いずれのアミノ酸の場合ともK2 FeO4を5倍モル以上加えれば75
∼100%の酸化率に達していた。 100 ま80 ; 器 §060
芸 三 : ⊂40 ’E < 20 0 0 2 4 6 8 10 K2FeO4{M}/Amino ac}d{M} (K2FeO4 added in M/5 phosphate buffer (pH 7.0)) ①Leu △Asp ■]Lys ◇Cys Fig.2 Effect of molar ratio on oxidation of amino acid by K2FeO4Table l Oxidation of amino acidt by K2FeO4(%) pH controlled with pH controlled with M/5phosphate buffer O.1N HNO3 Amino acid (pH 7.0) (pH 6.2∼7.0) Gly Leu Glu Asp Arg Lys Cys 10.0 27.5 61.2 53.0 30.0 75.0 93.0 100.0 90.0 71.0 98.2 99.8 91.0 Glucse 0 76.0* K2FeO4(M)/Amino acid(M)=5.0 * pH controlled with O.1N H2SO4 一方,ロイシン,グルタミン酸,リシン,シスチン を対象にリン酸塩緩衝溶液でpHを調整して実験した 場合(Fig.2), Fig.1に比べると, K2 FeO4の添加量が 増加してもそれ程アミノ酸の酸化率は増加せず,K2 FeO4を10倍モル添加しても酸化率は39∼80%に留 まっていた。 ここで,pHの調整方法が異なる場合の酸化率を比 較するために,アミノ酸に5倍モルのK2 FeO4を加え それぞれ0.1N硝酸およびリン酸塩緩衝溶液を添加し て同じようにpH 7.0付近に調整して実験した場合の 各アミノ酸の酸化率をTable 1にまとめてみた。なお Table 1には有機化合物の種類による酸化の受け易さ を比較するため,同じような条件下で行ったぶどう糖 の酸化実験の結果4)もあわせて示した。 この結果から見て,同じpHでもそのpHの調整方 法が異なる場合は,ぶどう糖とアミノ酸のように化合 物の構成が違っていても,硫酸や硝酸のような緩衝能 を持たない強酸でpHを調整した場合のほうが,緩衝 溶液でpHを調整した場合に比べK2 FeO、はより高度 の酸化力を発揮する。 つぎに,化合物の種類やその化学構造による酸化率 の違いを見ると,炭水化物であるぶどう糖は緩衝溶液 中ではほとんど酸化されないが,希硝酸でpHを調整 した場合には,含窒素化合物であるアミノ酸に比べて は幾分酸化され難いとはいえ76%の比較的高い酸化 率を示している。また,同じアミノ酸類でも含硫アミ ノ酸であるシスチンは,pHの調整方法が異なっても, 本実験で用いたアミノ酸のなかでは最も酸化され易 い。また一方,酸性アミノ酸であるグルタミン酸やア スパラギン酸は,0.1N硝酸でpHを調整した場合に は他のアミノ酸に比べてやや低い酸化率だったが,リ ン酸塩緩衝溶液でpHを調整すれば,シスチンにつぐ 酸化率を得ていた。このように,pHの調整方法が異な れば各アミノ酸の酸化率が異なるばかりでなく,実験 に用いたアミノ酸のなかで,その化学構造によって酸 化の受け易さも異なる場合のあることは興味深い。し かし本実験では,中性アミノ酸および塩基性アミノ酸 については,いずれも特記すべき結果は得られなかっ た。
3.2pHと酸化率
それぞれのアミノ酸に対し同じように5倍モルの K2 FeO4を加えて,pHの差異による酸化の進行を調べ てみた。 Fig.3はo.1 N硝酸でpHを4∼10の範囲に調整し たときのpHと酸化率の関係を示している。いずれの アミノ酸の場合にも,pH 4.0では73∼93%の酸化率を 示していたものが,pHが増加するにつれてわずかで はあるが酸化率が高くなる傾向があり,pH 10ではほ ぼ100%に近い酸化率に達していた。しかし,グルタミ ン酸はその他のアミノ酸とは幾分異なり,pH 7.6付近 で75.6%の酸化極大値を持つ特異的な酸化曲線を示し た。しかしながら,0.1N硝酸でpHを調整した場合, pH 4∼10の範囲ではpHの違いはモル比の差ほど著 しい影響をアミノ酸の酸化に及ぼしていない。 一方,pH 5∼8の各リン酸塩緩衝溶液中でグリシン, グルタミン酸,シスチンの3種のアミノ酸の酸化実験 100≡80
; § §60 苫 三 : ξ40 < 20 0345678910
pH K2FeO4(M)/Amino acid(M)=5.0 (pH controlled with O.1 N HNO3) OGIy ①Leu △Glu ▲Asp 口Arg 口Lys ◇Cys Fig.3 Effect of pH on oxidation of amino acid by K2FeO4100 言80 ; ㌫ 8
860
9
’る 皇40 左 20 0345678910
pH K2FeO4(M)/Amino acid(M)=5.0 (K2FeO4 added in M/5 phosphate buffer) OGly △Glu ◇Cys Fig.4 Effect of pH on oxidation of amino acid by K2FeO4 を行ってみると(Fig.4), o.l N硝酸でpHを調整した 場合(Fig.3)とは様相が異なる。 pHが中性から微ア ルカリ性では,いずれのアミノ酸の場合でも酸化率は 低く,pHが増大するにつれて,急激に酸化が進み, pH の影響はかなり顕著である。とくにグルタミン酸の場 合,pH 7.5までは20%以下の低い酸化率しな得られな かったものが,pHが増大しpH 8になると,0.1 N硝 酸でpHを調整した場合と比敵する強い酸化を受け, 残留するグルタミン酸は全く検出されなかった。 3.3 リン酸塩緩衝溶液の濃度と酸化率 つぎに,pHの調整に用いたリン酸塩緩衝溶液その もののK2 FeO4の酸化に及ぼす影響を調べるため, pH 7のリン酸塩緩衝溶液の濃度を0∼0.2Mの範囲に変 えて,K2 FeO4によるロイシンの酸化率を測定した。 Fig.5より明らかのように,リン酸塩緩衝溶液の濃度 が増加するほど酸化率は減少しており,リン酸塩緩衝 溶液がK2 FeO4の酸化力を抑制したことを示してい る。Carr6)はK2FeO4の自己分解反応においてH2
PO4一が共存すればK2 FeO、の自己分解が促進される ことを指摘している。リン酸塩緩衝溶液はそのpHが 酸性側へ向かうほど,緩衝溶液中のH2PO4一濃度が高 くなり,今回の実験ではFig.4に示したようにpHが 低くなるほど,酸化は抑制されている。またWaiteら1) 100 80 二960
§ 2 三E
〇 〇.01 0.1 1.0 Concentratlon of phosphate buffer solutlon(M) Leu 1.Ox10−3M K2FeO43.OxlO’3M Fig.5 Effect of concentration of phosphate buffer solution on oxidation of leucine by K2FeO4 も,リン酸緩衝溶液中でのK、FeO、によるフェノール 類の酸化反応を調べた際,今回の結果と同様に,pH 5 ではpH 8より酸化率が低いことを報告している。 これらの結果を併せて考えてみると,K2 FeO4は,同 時に,少なくとも二つの反応,すなわちK2 FeO4と有 機物との酸化反応とK2 FeO4の自己分解反応とが並 行して進行しており,リン酸塩緩衝溶液中のH2PO、一 の存在は,後者の自己分解反応を強力に促進するため にFeO42一の濃度の低下が著しく,したがってK2 FeO4 と有機物との反応が抑制される結果となるとも考える ことができる。 しかしながら,K2 FeO、の反応経路は複雑で1’6)この 他にK2FeO4がFe(III)にまで還元される過程で,酸化 性の中間体が生成され,これが被酸化性物質と反応す る場合もあるのではないかとの推測もあり1),今後も 一層詳細な検討が必要である。4.要
約 中性アミノ酸(グリシン,ロイシン),酸1生アミノ酸 (グルタミン酸,アスパラギン酸),塩基性アミノ酸(ア ルギニン,リシン),および含硫アミノ酸(シスチン) などのアミノ酸を対象に,0.1N硝酸とリン酸塩緩衝 溶液でとでpHを調整しながら, K2 FeO4とアミノ酸 のモル比およびpHが酸化に及ぼす影響を調べるとと もに,リン酸塩緩衝溶液の濃度と酸化率との関係を検 討した結果以下のことが明らかとなった。1)pHが中性付近において,pHの調整方法が異なる 場合について見ると,いずれのアミノ酸についてもリ ン酸塩緩衝溶液を用いた場合には,0.lN硝酸でpH を調整した場合よりも低い酸化率しか得られなかっ た。 2)0.1N硝酸でpHを調整した場合には,アミノ酸 に対するK2 FeO4のモル比の増加とともに酸化率は 指数関数的に増加して,5倍モル以上加えれば,いずれ のアミノ酸の場合にも90%以上の酸化率を得た。ま た,pHを4∼10の範囲に変えても,酸化率に著しい違 いは見られなかった。 3) リン酸塩緩衝溶液を用いた場合には,K2 FeO4の 添加量を増加しても,そのわりに酸化率は増加しなか った。また,pHが5∼8の範囲では,アルカリ側に向 かうほど急激に酸化率が増加した。 4) リン酸塩緩衝溶液の濃度が希薄になるほど酸化率 が上昇し,リン酸塩緩衝溶液がK2 FeO4の酸化反応に 強いマイナスの影響を及ぼしていたことが明らかとな った。 謝辞 本研究を行うにあたり,実験に協力いただいた相馬 伸司君に感謝する。また本研究は文部省科学研究費補 助金奨励研究の補助を受けたことを付記する。