一非専門職による助言の分析から一
北里大学大学院看護学研究科博士後期課程長鶴美佐子(Misako Nagatsuru)
一宮崎県.立看’護大学宮里 和子(Kazuko Miyasato)
母性衛生・第42巻4号・平成13年12月528 〔母性衛生・第42巻4号・
褥婦の動静.に関する民間的ケアの実態
一非専門職による助言の分析から一
北里大学大学院看護学研究科博士後期課程長鶴美佐子(Misako Nagatsuru)
宮崎県立看護大学宮里 和子(Kazuko Miyasato)
要約
非専門職による助言の分析から,褥婦の動静に関する民間的ケアの実態を明らかにすることを 目的とし,産褥1ヵ月健診者122名に質問紙および半構成的面接を用いた調査を行った。これに より以下の点が明らかになった。 193%の握婦が妊娠中や退院後に,助言という形での民間的ケアを受けており,それには実 母が大きく関与していた。 2産後の動静に関する助言内容としては,「休養・床上げに関する内容」「水を使うことに関す る内容」r目を使うことに関する内容」の3つが主なものであった。 3産後の動静に関する助言を,肯定的に受け止め,取り入れた褥婦が多かった。この助言は次 世代に伝承される可能性が高い。 本調査により,今日でも助言という形で,褥婦の動静に関する民間的ケアが行われており,そ の行動に大きな影響を与えていることが明らかとなっ㍍我々専門職はこのことを十分認識した 上でケアを展開していく必要がある。 I.緒 言 日本では昔から出産の文化に基づくケアが家族・ 親族,それを取り巻く地域社会の人々により行わ れてきた。レイニシガーはこのようなケアを民間 的ケアとよび「文化的に学習され伝承された非専 門的・自然発生的(伝統的)・民俗的(家庭ケア) な知識と技能」1〕と定義している。この民間的ケ アは安産や母児の健康を願う気持ちを有形・無形 の形で伝えるものであり,妊産褥婦を直接手助け するものからその行動の指針や規範となるものそ して心理的・情緒的な意味をなすものまで数多く 見られた。とりわけ家庭分娩が主流であった1950 年代までは,この民間的ケアが日本人の子産み・ 子育てに大きな役割を果たしていたといっても過 言ではない6しかし1960年前後から起こった施設 内分娩への移行,高度成長に伴う家族形態や地域 社会の変化,マスメディアの発達は,家族や地域 の人々の出産・育児への関わりに大きな変化をも たらした。これに伴い妊産褥婦に大きな影響を与 えてきた民間的ケアはどのように変化したのだろ うか。 これまで産褥期の非専門職の介入を取り上げた 研究では,産褥期の家事や育児を,誰がどの程度 手伝っているのかといった直接的な支援の実態を 明らかにしたものが中心となっており,非専門職 による関わりを.「民間的ケア」という概念でとら え,その実態を調査した研究はほとんどみられな い。また出産にかかわる習俗の研究では,動静に 関してどのような民間的ケアがなされていたかと いう報告はあるがH〕,それが現在との程度行われているのか,またその影響と意義について看護 の視点からは論じられてはいない。妊産褥婦によ りよいケアを提供するためには,専門的ケアだけ でなく,妊産褥婦の保健行動に影響を与える民間 的ケアの実態を把握しそれらを考慮したケアも追 求していくことが必要であろう。 出産に関連した民間的ケアは褥婦の生活から育 児にいたるまで広い範囲で行われている。今回は, 里帰りなどで民間的ケアを多く受けると思われる 産褥期に焦点を当て,動静を中心とした民間的ケ アの実態を明らかにすることを目的とした。 本研究では,民間的ケアを「専門職以外の人々 により有形・無形の形で行われるケアで,これに は民間伝承によるもの,一般的あるいは専門的知 識に基づくもの,独自の経験に基づくものが含ま れる。」と定義し,今回取り上げた「褥婦の動静に 関する非専門職の助言」は,無形の形で行われる 民間的ケアのひとつと位置づけた。 1I.研究方法 1.調査場所及び対象 神奈川県S市にあるK病院の産褥1ヵ月健診に 来院した褥婦 2、調査期間
1999年7月2日∼9月28日
3.調査方法 口頭及び文書で研究目的及び倫理的配慮につい て説明を行った後,協力を依頼した。同意の得ら れた褥婦に,属性や産褥期の生活に関する内容を 質問紙に記入してもらった後,半構成的面接を実 施した。面接では産後の過ごし方について助言を 受けたかどうか・助言をうけた時期・助言者は誰 であったか・助言の内容とその根拠・その助言を どう受け止め,生活の中に取り入れたか・次世代 への伝承の意思と理由について質問した。所要時 間は約15分,会話は事前に了解を得てテープに録 音した。録音した内容は忠実に褥婦の言葉で記載 した後,分析を行った。また統計処理ソフトSPSS でλヨ検定を行い,変数間の関連を分析した。 皿.結 県 1、調査数及び回収率 調査期間における産褥1ヵ月健診者は132名で あり,調査協力の得られた褥婦は122名(92%) であった。内訳は初産婦63名(52%),経産婦59 名(48%)である。 2.対象者の背景 平均年齢は初産婦28.4歳,経産婦31.2歳,5歳 階級別分類では25歳から34歳に集中しており平 成9年度の全国の出産時年齢とほぼ同様の分布を 示した。 出身地および居住地では神奈川県がそれぞれ68 %,84%と最も多かった。また家族形態では104 名(85%)が核家族であった。産後を実家で過ご した者は66名(54%)(初産婦67%,経産婦39 %)であり,自宅が53名(43%)(初産婦29%, 経産婦59%)てあっ㍍産後に手伝い人がいた褥 婦は114名(93%)で,このうち実母の手伝いを 得たものは84名(74%)で最も多く,次いで姑 17%,夫9.6%,姉妹8.7%であった。 3.動静に関する助言(民間的ケア)の実態 1)助言の有無(図1) 非専門職から今までに産後の過ごし方や養生法 に関する助言(民間的ケア)を受けたことがある か尋ねたところ,「有」と答えた者は114名(93 %)であり,内訳は初産婦58名,経産婦56名で あった。 助言の有無と対象者の背景との関連はなかった。 2)助言者(図2) 助言者(複数回答)の内訳をみると実母が91名 (80%)で最も多く,次いで姑33名(29%)で あった。 無 N_122 有 93% 図1 非専門職による助言の有無530 /母性衛生・第42巻4号・ 人数 N−114(複数回答) 人数 120 ユ00 80 60 40 20 0 近 所 の 人 図2 助言者 妊娠前から N=114 図3 助言の時期 妊娠中 42% N−114(複数回答) 休 養 床 上 げ 重 い も の を 持 つ な 図4 助言の内容 3)助言の時期(図3) 最初に助言を聞いた時期は,「退院後」が最も多 く58名(5ユ%)で,「妊娠中」が48名(42%)で あった。 4)助言の内容(複数回答)(図4) 助言内容は「休養・床上げに関する内容」「水を 使うことに関する内容」「目を使うことに関する内 容」「入浴や洗髪に関する内容」「重いものを持つ な」「身体を冷やすな」「その他」の7つのカテゴ リーに分類された。 この中で最も多かったのは「休養・床上げに関 する内容」の98名で,助言「有」と答えた人の86 %にあたる。この具体的な内容は表1に示したよ うに「産後21日までは蒲団を敷いて寝ていなさ い」や「3週間は何もやってはいけない」「1ヵ月 間は家事や外出は控えなさい」等というものであっ た。この助言に,「赤ちゃんが寝たら寝なさい」と いう内容が添えられていた者は11名いた。次に多 かったのが妻2に示した「水を使うことに関する 内容」の65名(57%)である。これには「床上 げまでは水を使ってはいけない」や「水仕事をし てはいけない」「水場に立つな」などの内容が含ま れていた。三番目に多かったのが「本や新聞を読 んではいけない」「テレビを見てはいけない」「編 物や裁縫をしてはいけない」といった「目を使う ことに関する内容」で52名(46%)であった(表 3)。 対象者の背景との関係では,実母の手伝いがあ る者が「休養・床上げに関する内容」の助言を多 く受けていた(p<O.05)。 5)助言の根拠(複数回答) なぜそうするように言われたがその助言の根拠 について尋ねたところ,「休養・床上げに関する内 容」98名では,「更年期になって(後になって)影 響するから」が64名(65%)と最も多く,次い で「身体の回復(産後の肥立ち)に悪いから」が 19名(19%)であった。 「水を使うことに関する内容」65名も「更年期 になって(後になって)影響するから」が最も多 く34名(53%),「身体の回復(産後の肥立ち)に 悪いから」が8名(12%),「身体を冷やすといけ ないから」7名(11%),「昔から言われているか ら」5名(8%)の順であった。 「目を使うことに関する内容」46名では,「視力 が落ちるから」22名(42%),「目が疲れるから」 19名(37%)があげられていた。
表1休養・床上げに関する助言内容 N=98 休養の期間 主な内容 人数 無理をせずに休養をとるように あまり動かずに休養をとるように 子どものことだけをして休むように なし (産後は) 家事などはやらずに休養をとるように 40(4) 外出はせずに休養をとるように 時間があったら寝て休養をとるように 無理をせずにできる範囲のことを徐々に 産後2週間(退院後1週間)は 蒲団を敷いたままにし,休養をとるように 5(1) 蒲団を敷いたままにし,休養をとるように 安静をとるようにした方が良い 何もせずに,休養をとるように 産後21日間(3週間)・ 床上げ21日までは 横になりなさい(寝ていなさい) 33(4) あまり動かず,休養をとるように 床上げをせずに(無理せずに)休養をとるように 頼れる者に頼り,十分休養をとるように 家事や外出はせずに休養をとるように 無理はせずに休養をとるように あまり動かず,休養をとるように 産後1ヵ月間は 赤ちゃんのことだけをし,ゆっくり過ごすように 19(2) 立ち仕事(家事など)はやってはいけない パジャマでいるつもりで 川を渡るな * 1 計 98(11) 注1()の数値は左記の助言とともに,「赤ちゃんが寝たら寝るように」との助言を受けた人数 *これは産育習俗の産の忌に見られる内容。褥婦は休養に関する助言と解釈していた。 表2 水の使用に関する助言内容 N=65 項目 期間 主な内容 人数 水を使ってはいけない 水にさわってはいけない なし 水を使うことは最小限にする 1産後は) 水はあまり使わない方が良い 34 水を使う洗濯などは無理にするな 水 水を使う台所仕事はなるべくするな 水を使ってはいけない 産後(床上げ) 21日までは 水にさわってはいけない 8 水はだめよ 産後1ヵ月は 水を使ってはいけない 水にさわってはいけない 2 水仕事をしてはいけない なし 水仕事 (産後は) 家事や洗い物などの水仕事はやってはいけない 18 産後の水仕事は控える 産後1ヵ月は 水仕事はしてはいけない 2 水場 なし(産後は) 水場に立ってはいけない 1 計 65
532 〔母性衛生・第42巻4号・ 表3 目の使用に関する助言内容 N=52(複数回答) 項目 期間 主な内容 人数 目を使ってはいけない なし 目は休めなさい 目 (産後は) 目を使うことをしてはいけない 25 目を使う細かい仕事はするな 床上げまでは 目を使ってはいけない 1 本・雑誌・新聞を読んではいけない なし 本は絶対読むな 読書 (産後は) 新聞などの活字は読んではいけない 30 細かいものは読むな 産後3週間は 本を読んではいけない 1 筆記 * なし 手紙などを書くな (産後は) 字を書くな 2 テレビ (産後は)なし テレビを見てはいけない テレビは止めた方がいい 7 なし 編物や裁縫をしてはいけない 編物・裁縫 (産後は) 針仕事をしてはいけない 3 産後3週間は 針仕事をしてはいけない 1 計 70 *この理由として目を使うと疲れるからといわれている 6)助言の受け止め方(図5) 助言を聞いたときの褥婦の受け止め方を「肯定」 「半信半疑」「否定」「その他(何とも思わない)」 のカテゴリーに分類したところ,「休養・床上げに 関する内容」では「肯定」が・76名(78%),「半 信半疑」14名(14%),「否定」7名(7%),「そ の他」1名(1%)で,「水を使うことに関する内 容」では「肯定」が42名(65垢),「半信半疑」9 名(14%),「否定」12名(18%),「その他」2名 (3%)であった。また「目を使うことに関する内 容」では「肯定」が35名(67%),「半信半疑」9 名(17%),「否定」6名(12%),「その他」2名 (4%)であった。 これら3つの助言の受け止め方には有意差はな かったが,対象者の背景との関連では「目を使う ことに関する内容」において「退院後の生活場 所」・「助言時期」との関連が見られ,「実家」で過 ごした者及び「退院後」に助言を聞いた者が助言 を肯定的に受け止める傾向があった(p<O,05)。 7)助言の取り入れ方(図6) 助言をどう取り入れたかについては「助言を守っ た」「だいたい守った」「あまり守らなかった」「守 らなかった」の4つに分類し分析を行った。 「休養・床上げに関する内容」では,「守った」 60名(62%),「だいたい守った」19名(19%), 「あまり守らなかった」5名(5%),「守らなかっ た」14名(14%)であった。この取り入れ方と 「退院後の手伝い人の有無」には関連があり,退院 後に手伝いがいた者が助言を守っていた(p< O.05)。守らなかった群19名のうちの8名は,手 伝いの関係で守りたくても守ることができなかっ たと答えている。 「水を使うことに関する内容」では,「守った」 19名(29%),「だいたい守った」18名(28%), 「あまり守らなかった」4名(6%),「守らなかっ た」21名(32%)であった。この助言の取り入れ 方と「実母の手伝い人の有無」には関連があり, 退院後に実母の手伝いを得られた者が助言を守っ ていた(p<O.05)。 「目を使うことに関する内容」では,「守った」 24名(46%),「だいたい守った」15名(29%), 「あまり守らなかった」2名(4%),「守らなかっ た」9名(17%)であった。対象者の背景との関 連はなかった。
100% 休養・床上げN三98水の使用N=65 目の使用N152 図5 助言の受け止め方 100% 80% 60% 40% 20% o%
口NA
日その他 国守らず 皿あまり 磨 ナごし、ナこし、 ■守った 休養・床」二げN=98 水の使用N=65 目の使用N三52 図6 助言の取り入れ方 4.褥婦の次世代への伝承意思 1)褥婦の伝承の意思(図7) 今回受けた助言を,娘や息子の配偶者に伝える かどうかについて尋ねたところ,「休養や床上げに 関する内容」で「伝える」と答えた者は76名(78 %),「わからない」16名(16%),「伝えない」6 名(6%)であった。また「水を使うことに関す る内容」では「伝える」37名(57%),「わからな い」15名(23%),「伝えない」13名(20%)で, 「目を使うことに関する内容」では「伝える」29 名(56%),「わからない」14名(27%),「伝え ない」8名(15%)であった。 100% 80% 60% 40% 20% O% 休養・床上げN−98水の使用N−65 目の使用N=52 図7 次世代への伝承の意思 「休養・床上げに関する内容」は,他の2つに比 べ「伝える」と答えた者が多かった(p<0.05)。 2)伝承する理由 休養や床上げに関する助言をr伝える」と答え た理由としては,「助言を守ってよかったから」や 「実際に体験して納得したから」など助言を肯定的 にとらえたものが最も多く,64名(84%)であっ た。また助言を守らなかったが次世代への伝承を すると答えた12名のうちの8名(内経産婦7名) は,「助言を守ったほうが良かったと思うから」と 答えている。「わからない」と答えた理由で最も多 かったのは,「今後(更年期など)の自分の体調で 助言を評価してから考える」であった。「伝えな い」理由は,「助言内容はその時代で異なると思う から」やr自分で判断すればよいと思う」「根拠が なさそうだから」等があげられていた。 「水を使うことに関する内容」をr伝える」とし た37名の中で最も多かったのは,同じように「助 言を守ってよかったから」や「実際に体験して納 得した」が最も多く24名(65%)であった。「わ からない」では,「更年期の体調をみてから」や 「水を使用してはいけない根拠がわかれば言うかも しれない」が,「伝えない」では「根拠がわからな いから」がその理由としてあげられていた。 「目を使うことに関する内容」で最も多かった理 由は,「伝える」では「視力が下がりそのとおりだ と思った」など「実際に体験して納得したから」534 〔母性衛生・第42巻4号・ が22名(76%),「わからない」では「根拠がわ かればいうかもしれない」,「伝えない」では「本 を読んでも大丈夫だったから」であった。 Iv.考 察 1.助言の実態 今回の調査では妊娠中及び退院後に114名(93 %)の褥婦が助言という形の民間的ケアを受けて おり,これには実母が大きく関与していることが 明らかになった。 助言の時期として多かった「退院後」は,母子 ケアのエアポケットとも言うべき時期である。退 院後の母子ケアの一つである新生児訪問は,出生 総数の21.2%(平成8年)に平均1.1回実施され ているだけで5〕,電話訪問や家庭訪間・産褥入院 などもごく少数の施設でなされているにすぎない。 佐藤らも,退院後に悩みをもつ褥婦が多く専門的 ケアの必要性と二一ズがあるにもかかわらず,施 設での対応が難しい状況を指摘している直〕。この ような専門的ケア希薄の時期に,それを補う形で 実母の助言による民間的ケアが大きな役割を果た していることが明らかとなった。 また産褥期と同様,妊娠中にも助言による民間 的ケアが多く行われていた。これは「産後を過ご す場所を決めるときに,『床上げ21日までは寝た まま』ということを聞かされた」「おくるみを作っ ていたら,『産後は目を使うようなことはできなく なるのよ』と言われた」という言葉からわかるよ うに,妊娠中に行われた「産褥期の準備に対する 助言」によるものと思われる。 2.助言の内容 今回の調査では,助言は7つのカテゴリーに分 類でき,その中でも「休養・床上げに関する内容」 r水を使うことに関する内容」「目を使うことに関 する内容」の3つが多く,とりわけ「休養・床上 げに関する内容」は調査対象者の80%が助言を受 けており,最も助言を受ける内容であることがわ かった。これらの内容の根拠や褥婦の健康面での 意義について考察す札 1)休養・床上げに関する内容 この内容は,表現は異なってはいるが,産後の 休養の必要性を説くものであった。また休養や床 上げの期間は,1週間から1ヵ月までの間で幅が見 られたが,助言者の69%は産後21日(3週間)と 助言していた。 昔から日本の産育習俗の中に産後21日を床上げ とする慣習がある。これは地方により,産屋明け やオビヤキ・ウブヤアキなど様々な名称で呼ばれ, また日数も異なり,床上げまでの褥婦はケガレ(稼 れまたは汚れ)があるとして,神社・川・いろり などに近寄ってはならないとされていた。床上げ の日は,このケガレがとれる「忌明け(いみあけ)」 の日であった3〕。今回の調査の中に,「川を渡るな」 というケガレに由来すると思われる伝承をされた 者が1名いた。しかしこの者は「理由はいわれず, 外出など無理なことをするなという意味だろうと 思った」と解釈している。今回の調査では,助言 の根拠は「更年期などに影響するから」と「身体 の回復(産後の肥立ち)に悪いから」が主なもの であり,現在における休養・床上げの助言は,昔 からその根拠として伝承されていたケガレよりも 「休養」の意味合いの方が強いと思われる。 次に,科学的根拠について考えてみたい。 医学的に見ればこの期間は,子宮内創面が治癒 し卵膜や胎盤剥離面の内膜が完成しつつあり,さ らに骨盤底の諸筋肉が緊張を回復しつつある時期 であるとされている7〕。看護学書nでも「床上 げ」に関する記載があり,保健指導などでこの日 を境に普通の生活に戻る準備をしていくよう指導 しているところも多い。実母からの休養・床上げ に関する助言は,現在の専門的知識に則した内容 であり,さらに「赤ちゃんが寝たら寝なさい」な どと具体的で生活に密着した休養の取り方につい てもふれており,専門職の指導をさらに生活の中 で実践しやすい形で助言をしているともいえる。 休養・床上げの助言は,「褥婦の休養」にその目 的が当てられているが,一方では褥婦に行動制限 を課すという一面も持ち合わせていることを忘れ てはならない。母の時代に比べ,電化製品が普及 し生活が便利になり,衛生状態や栄養状態も改善 している現在において,この助言が妥当かどうか, 産後の動静のあり方とともに今後検討する必要が あるだろう。 今回の調査では,自らが体験した結果として次 世代にも伝えたいという者が78%いた。また助言
を守一らなかったが次世代には伝えるとした8名中 の7名が経産婦であり,「初産時のように助言を 守った方がよかった」「前と比較して産後はやはり 無理をしない方がよいと思う」等とその理由を述 べている。これらのことより褥婦は,休養や床上 げの助言に対して「行動制限を課すもの」という より「妥当なもの」という受け止め方をしている と思われる。 次に,休養や床上げの助言は褥婦の十分な休養 確保に貢献しているものの非妊時の生活に徐々に 戻すという視点が十分でないことを指摘しておき たい。産褥1ヵ月ごろに実家から戻った後や援助 者が帰り本来の生活に戻ったときに,家事・育児 が一度に褥婦の肩にかかり,その適応にイライラ したケースが多かったという報告があるω。核家 族で,里帰り分娩も依然として多い現在,このよ うな問題が生じる可能性が高いことを考慮した上 で退院指導などを行うことが必要であろう。 2)水を使うことに関する内容 「水を使うことに関する内容」には,「水を使っ てはいけない」43名(66%)と「水仕事をしては いけない」22名(34%)の2つに分けられた。.こ の理由として「更年期に影響するから」というも のが多く,次いで「身体の回復に悪いから」「身体 を冷やすといけないから」があげられていたが, 明確な理由は説明されておらず,疑問をいだく褥 婦は14%いた。また肯定的反応を示した褥婦でも 「水を使うような家事をするなということ」や「水 を使うと身体が冷えるから」と自分なりに解釈を していた。 看護及び医学専門書には褥婦が「水を使うこと」 に関する記載が見られない。また水の使用が褥婦 に及ぼす影響に関する研究も現在のところ見当た らない。 民俗学的見地でいえば,「水場」は「かまど」と 同様に昔から女の仕事場とされており11〕,産後に 家事に従事することへの戒めとしての言葉という 解釈ができるかもしれない。現に家事の内容をみ ると,炊事・洗濯・掃除などそれぞれに水を使用 するものである。 また中国などの身体バランスの必要性を支持す る文化圏においては,褥婦の身体は「寒」の状態 にあるとされ,水との接触を避け「温」に属する 食物を取るといった信仰がある12〕。昔から中国大 陸からの文化の影響を受けてきたわが国が,この 信仰の影響を受けていることは十分考えられるこ とである。「水の使用に関する内容」の伝承につい て明らかにするには,この視点からの研究も必要 とされよう。 3)目を使うことに関する内容 「目を使うことに関する内容」には,「本や雑誌 を読んではいけない」「テレビをみではいけない」 「裁縫や編物など目を使うようなことをしてはいけ ない」などがあり,この理由として「視力が低下 するから」「目が疲労するから」があげられてい た。今回調査した褥婦の中には,テレビをみて目 が疲れるのを実感した人や車の運転をして視力が 落ちだと感じた人,本を読んで気分が悪くなった と訴えた人がいた。 現在の看護学書では妊産婦の視力低下やその予 防について扱ったものはない。産科学や眼科学書 には,「長時間の読書や裁縫による視力障害や頭痛 は,妊娠による眼筋の疲労あるいは屈折力調節機 能障害に基づくものと考えられる」13〕や「健常妊 婦でも網膜細動脈の狭細化,出血,白斑を見るこ とがあるが軽症で後遺症を残さない」14〕などの記 載がある・妊娠に伴う視力障害は一時的な変化で あり,分娩の終了と共に消失していき,ほとんど が後遺症を残さないという捉え方がされている。 これらからr目を使うこと」に関する助言は視力 障害の予防とその回復を促進する意味があったと 推察される。また妊娠中毒症の場合には網膜・脈 絡膜病変に伴う眠症状が発症し,時に後遺症が残 ることが指摘されている1岳〕。現在ほど妊娠中の管 理が十分でなく妊娠中毒症の発生が多かった頃は, この助言が果たす役割は大きかったのではないか と思われる。 3.褥婦への影響 「産後の動静に関する助言」という民間的ケアは 褥婦にどのような影響をあたえているのだろうか。 今回の調査では,褥婦への影響を知るために助言 の受け止め方と取り入れ方について質問した。 助言の「受け止め方」については,「休養・床上 げに関する内容」r水を使うことに関する内容」「目
536 〔母性衛生・第42巻4号・ を使うことに関する内容」のいずれも,「肯定」が 65%以上あった。面接の中で聞かれた「最初のお 産でわからないことばかりなので,経験者である 母の助言はありがたかった」「経験者のいうことだ から説得力があり,素直にそうだと思いました」 「私のことを思ってくれているのがよく伝わり感謝 しました」などの言葉から,助言者が経験者であ り信頼できるということが受け止め方に大きく影 響していると思われた。 この助言の受け止め方と対象の背景との関連を みたところ,「目を使うことに関する内容」の助言 は,「退院後」に助言を受けた者や「実家」で過ご した者の方が,肯定的に受け止めることがわかっ た。ある褥婦は「本を読んでいる時,目を使って はいけないと言われた。視力の低下を感じていた ので『やはりそうなのか』と思った」と話してい る。妊娠中より退院後の方がより現実問題として 受け止めやすく,その場での助言を納得し受け入 れやすいことがその一因として考えられ乱 助言の「取り入れ方」では,各助言内容により その取り入れ方が異なっていた。最も取り入れら れた助言は「休養・床上げに関する内容」で「守っ た」と「だいたい守った」を合わせると79名(81 %)にも達する。しかし最も少なかった「水を使 うことに関する内容」でも37名(57%)であり, 助言がかなり高率に取り入れられている現状が明 らかとなった。助言内容により差があるのは,褥 婦の「そんなこといっても水を使わないわけには いかないし」という言葉でわかるように「水を使 うこと」や「目を使うこと」は生活していく上で 避けて通ることができないものであり,「休養や床 上げの内容」に比べて摂生しにくいのかもしれな い。また産褥期は昼夜を問わず行われる授乳など で疲労しており,自らも休養を必要とする状況で あり,それがこのような結果となったと考えられ る。 「休養・床上げ」や「水の使用」の助言では,手 伝いを得られた者が助言を守る傾向にあった。ま た「休養・床上げ」の助言を守らなかった者の半 数近くは,守りたくとも手伝いがなく守れない状 況にあったと答えていることから,これらの助言 は,誰かの手伝いがなければ実行することが難し いという一面をもっていることがわかる。 以上のことより,「産後の動静に関する助言」と いう民間的ケアはかなりの率で生活の中に取り入 れられているものの,その内容や手伝い人の状況 などにより褥婦自身の中で選択され取り入れられ ていると言えるだろう。 4.次世代への伝承と今後の課題 今回受けた助言を次世代に伝えると答えた褥婦 は,「休養や床上げに関する内容」では76名(78 %)と多く,その理由として「助言を守ってよかっ たから」が多かった。 これは助言を実践して褥婦自身が納得した結果 であり,説得力をもって次世代に伝承されること が考えられる。産褥健診に同伴した実母が一「さほ ど更年期障害もなく,現在まで病気らしい病気も しなかったのは,産後十分に休養が取れたからで 母親に感謝しているのです。ですから今度は私が 娘に同じようにしてやりたいと思いました。」と話 している。このような形で母から娘へ,娘からそ の子供へと伝承されていくのである㌔ また,今のところ科学的根拠のはっきりしてい ない「水を使うことに関する内容」においても半 数以上が,伝承の意思ありと答えている。「休養や 床上げに関する内容」ほど説得力をもったもので はなく「私のときはこんな風に言われた」という 形で伝えると答えた者も多い。また「実際のとこ ろどうなのでしょうか?」と訊ねた褥婦もいる。 褥婦の健康保持に関わる専門職としては,科学 的根拠を明らかにしこれらの疑問に答えていくと ともに,様々な民間的ケアに対しての見解を出し ていくことが必要であろう。 また今回「休養や床上げに関する内容」や「水 を使うことに関する内容」の助言の際に,強い説 得力となっている「今後(とりわけ更年期)への 影響があるから」という根拠についてもまだ検証 されているわけではない。今回十分な休養をとる ことができなかった人で「後々どのような形でツ ケが回ってくるかと心配だ」と話した人がいた。 伝承の根拠となっていることを横断的・縦断的に 調査し,検証していくことが求められる。 5.本研究の限界 出産に関わる民間的ケアは,安産祈願や祝いの
儀式,食物の禁忌や推奨に関するもの,乳汁分泌 促進に関するものなど数多く見られるH〕。また 民間的ケア提供者は,助言だけでなく直接的なケ アの提供や協力という形でその役割を果たしてい ると考えられる。 本研究は,褥婦の動静に関する助言という視点 から民間的ケアの実態を明らかにすることを試み たものである。本研究で扱った範囲は民間的ケア のごく一部であり,民間的ケアを包括した調査で はない。 また今回の調査は,首都圏でベッドタウンであ る地区での調査であり,出身地や居住地に偏りが あり,これが調査結果とりわけ伝承内容に影響し ている可能性がある。 結語と」して以下にまとめる。 今回,動静に関する助言から民間的ケアの実態 を明らかにする目的で,産褥1ヵ月健診者を対象 に質問紙および半構成面接による調査を行った。 これにより以下のことが明らかになった。 1.93%の褥婦は,妊娠中や退院後に産後の動静 に関する助言を受けており,それには実母が大き く関与していた。 2.産後の動静に関する助言としては,「休養・床 上げに関する内容」「水を使うことに関する内容」 「目を使うことに関する内容」の3つが主なもので あった。 3.産後の動静に関する助言を,肯定的に受け止 め,取り入れた褥婦が多かった。これは次世代に 伝承される可能性が高い。 以上のことより,「産後の動静に関する助言」と いう民間的ケアが,多くの妊産褥婦の保健行動に 影響を与えていることを十分認識していくこと。 さらに保健指導する上ではこのことを十分考慮し ていくことが必要と考える。 レイニシガーは「人々の思考や行動はその人が 属している文化に影響されるものであり,それに あったケアを提供することが看護の専門性を高め ることになる」1〕と述べている。このようなケア を提供していくためには,文化に基づく民間的ケ アが褥婦の健康とどのように関連しているのか, 看護においてどのように取り入れていくべきか検 討できるような研究が必要であろう。 本研究はこのきっかけとなると考えている。 (最後に本研究を行うにあたり,調査にご協力い ただきました褥婦の皆様,K病院スタッフの皆様 に心より感謝申し上げます。本研究は北里大学大 学院看護学研究科修土論文の一部を修正加筆した ものです) 文 献 1)マデリン M.レイニシガー著,稲岡文昭監訳.レ イニンガー看護論文化ケアの多様性と普遍 性.東京,医学書院,1995,41. 2)西川勢津子.お産の知恵.東京,講談社,1992,175. 3)恩賜財団母子愛育会編.日本産育習俗資料集成一出 産一.第一法規出版,1974,194−207, 4)鎌田久子,宮里和子,菅沼ひろ子.日本人の子産 み・子育て一いま・むかし一.東京,勤草書 房, 1990, 234−235. 5)厚生省家庭児童局母子衛生課監修.母子衛生の主な る統計.99,財団法人母子衛生研究会,1998 をもとに筆者が算出 6)佐藤香代,佐藤真紀,上田加奈美也.産後1ヵ月の 褥婦の実態調査(第2報)母性衛生1993, 34 (1), 121, 7)矢島聡,中野仁雄,武谷雄二編集、New産婦人科 学.東京,南江堂,1997,302. 8)雨森良彦,松本八重子,小林拓郎他.母性看護学 2.東京,メジカルフレンド社,1993,220. 9)青木康子,加藤尚美,平澤美恵子編集.助産学体系 第8巻助産の診断・技術学I.東京,日本看 護協会出版会,1996,51. 10)石原久仁子,青山さとみ,安藤みどり他.褥婦へ の生活援助一アンケート調査からの一考察 一 第17回日本看護学会集録(母性看護) 1986, 98. 11)田中久夫、箒とその俗信覚書一出産儀礼の中から 一.日本文化史論叢,有坂隆道先生古希記念 会発行,1991. 12)Irene,M.B.and Margaret,D.J.Matemity &Gynecologic Care.mosby,St.Louis, 1993, 699、 ユ3)小林隆監修.現代産科婦人科学体系1.産科臨床 解剖生理学I a,東京,中山書店,1976,16, 14)増田寛次郎,小口芳久,湖崎克編集.網膜疾患.
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東京,金原出版,1993,234.
15)田野保雄監修.新図説臨床眼科講座第5巻網膜硝