著者
辻 涼香
雑誌名
KG社会学批評
号
10
ページ
15-24
発行年
2021-03-24
URL
http://hdl.handle.net/10236/00029384
(1.書評論文)
1-2.説話の正当性と担い手
伊藤龍平『江戸幻獣博物誌──妖怪と未確認動物のはざまで』 (青弓舎、2010 年)辻 涼香
1 はじめに 2019 年に発生した新型コロナウイルスは世界規模で流行している。ここで、コロナウイル スによって知名度が高くなった妖怪、アマビエについて述べたい。アマビエとは、江戸時代後 期の瓦版にその姿と予言が記されている妖怪である。2020 年 2 月 27 日、妖怪掛け軸専門店の お ろ ち ど う 大蛇堂が「流行り病がでたら『対策のためにわたしの姿を描いて人々にみせるように』と言っ たのがいるんですよ。アマビエって言うんですけど」とツイッターに投稿したことをきっかけ に、アマビエのイラストが突如として大量に投稿されることとなった。さらに、一部の寺社仏 閣がアマビエの護符を配布し、遂には厚生労働省が新型コロナウイルス対策啓発の広報アイコ ンとしてアマビエのイラストを用いた。このように、アマビエは人々の間で疫病退散の妖怪と して流行した。 実は、アマビエは元々「アマビコ」という名称だった。「コ」を「エ」に誤読した「アマビ エ」が広まった結果、それが「正しい」名称に変化した(本書:136)。 本書は、アマビエが広まった江戸時代の本草書に記録された説話を題材にし、「本草書を通 じて伝承された説話、本草学的知識によって色づけされた説話など、説話(ハナシ)と本草学 の関係について考えること」をテーマにしている(本書:11)。 ここで、本稿の構成を説明する。本稿は、まず本書の各章の概要を紹介し(2 章)、概要を 踏まえた上で本書の特色と課題を提示する(3 章)。その次に、本書が示した知識人による 「名づけ」が行なわれるようになった歴史的背景と、伝承の担い手のネットワークにおける影 響の大きさを考察した(4 章 1 節)。さらに、「民俗知識の正当性」に注目して、どのように伝 承に「正しさ」が発生し、その「正しさ」が広がっていくのか、伝承の動向を分析した(4 章 2 節)後に、その動向を民俗学的視点で検討した(4 章 3 節)。最後は、3 章と 4 章を振り返 り、本書にどのような意義があるのかを論じて締めくくった(5 章)。 本書の概要に入る前に、「本草学」と「幻獣」の説明をする。本草学とは中国で隆盛した学 問であり、日本では江戸時代に隆盛した学問だ。「本草」という名の通り、薬となる植物・動 物・鉱物を研究する学問だが、博物学に相当する学問でもあった(香川[2005]2013 : 471)。 本書の著者も、本草学とは東洋で発達した博物学であり、「博物学とは森羅万象を把握するた 15めに、自然界に存在するありとあらゆるものを収集し、分類し、位置づけ、記述する営みであ る」(本書:10)と述べた。そのため、本草書には今日では妖怪とみなされているものも「生 物」に分類して載せられている。 次に、本書の題である「幻獣」だが、著者は、『日本幻獣図説』の編者である湯本豪一が提 唱した「突然目の前に現れたり消えたりする妖怪や幽霊のようなものではなく、誰もが触った り息遣いを確認できる“生き物”」(本書:15)という概念を参照した。本書に登場する幻獣 は、妖怪概念に近い生き物、未確認生物の概念に近い生き物たちである。さらに、架空の生物 だけでなく、既知の生物の知られざる生態も含んでいる。 2 本書の概要 本書は、「序」1)と「あとがき」を除いた 8 章で構成されている。以下に、各章の要約した内 容を記載する。 第一章「山人の国の柳田國男」では、柳田國男の山人論と江戸時代の文人の記述を比較し、 異なる点と共通する点を考察した。柳田は、日本人が山人に対して尊敬の念を失った結果、山 人の名称は、「国津神」から「天狗」、「猿」に変化し、「零落」したと論じている(本書:22-23)。著者は、柳田と江戸時代の文人である小野蘭山の共通点を次のように明らかにした。小 野蘭山は『本草綱目啓蒙』で「ヤマヲトコ」「ヤマヂイ」などの各地の呼称を列挙し、その総 やまわろ 称として「山䚝」という語を挙げている。これは、柳田が「国津神」「天狗」「猿」を列挙し 「山人」を総称としている点と共通している。著者は、個々の名称が下位概念となり統一名称 が上位概念となること、さらに、名称だけでなく行動も統一化されてゆき山人のスタンダード が生まれることを指摘した(本書:30-32)。 第二章「『信濃奇勝録』の異獣のこと」では、江戸時代の書物『信濃奇勝録』に載る奇妙な 生き物を紹介しながら、幻獣伝承・未確認動物伝承と知識人の関係を以下のように考察した (本書:54)。本草家は見慣れない「異獣」の伝承を聞き、また、実際に見てから、本草書に基 づいて鑑別する。しかし、実際に、その「異獣」が本草書に記されていた動物であったかはわ からない。つまり、知識層である本草家が、未知の動植物を既存の説明体型に取り込んで称と して名を与えていることを明らかにした(本書:64-66)。また、異獣の「伝承経路」につい て、『信濃奇勝録』に記載された「石羊」を事例に言及している。不思議な獣の噂を聞いた里 の医人が医師仲間と共に現地で観察し、さらに本草学に造詣の深い編者にその話が伝えられ た。著者は、本草学に詳しい者同士の間の伝承であることから、「本草学の知識を身につけた 人が、幻獣伝承の生成・伝承に深く関わっていた」(本書:70)と言及した。 第三章「蛇、化してタコとなる」では、メタモルフォーゼ説話2)とそれに関する体験談・世 ─────────────── 1)「序」では、前章に載せた「本草学」・「幻獣」の概要が説明されていたため、本章では省く。 2)著者は、動植物の奇異なる変態にまつわる説話を一括してメタモルフォーゼ説話と呼ぶことを提唱し た(本書:79)。
間話を取り扱い、説話とその時代の合理主義の関係に着目している。例えば、山芋がウナギに 変態するという説話は、江戸時代において合理的な説明として位置づけられていた。当時の 人々は、ウナギが海で卵を産むことを知らないため、河川で泳ぐ成魚の姿しか見たことがなか ったからである。情報の欠如とそれを補足しようという欲求3)が、この話柄を支えていた(本 書:79)。しかし、この類の説話は、近代以降の合理主義には適さないため語られなくなった。 著者は、メタモルフォーゼ説話の盛衰から、「世間話の〈世間〉には、説話の伝承・伝播を促 す力がある一方で、説話の成長を拒んだり、ときによっては葬り去る力もある」(本書:97) と示した。また、「説話を文字に記録していたのは、ことごとくその時代の知識人階層だった」 (本書:98)ため、人間の知的活動と説話との関係は今後も考察すべきだと指摘した。 第四章「讃岐の妖怪博士」では、江戸時代の随筆家である河田正矩が記した『金集談』に見 られる怪異に対する弁惑の論理を、近代の妖怪博士である井上円了が提唱した四つの妖怪分類 「誤怪」・「偽怪」・「仮怪」・「真怪」4)と照らし合わせ、どの程度通じるかを見た。ここで、前章 の説話と合理性の分析を踏まえて、幻獣に対する解釈とは全て合理的で理にかなっていると し、その時代にその解釈が有効か否かという問題に過ぎない、と分析した(本書:111-122)。 第五章「一足鶏と鶏三足」では、足の本数が異常な鶏の説話を紹介し、時代ごとにいかに説 話の内容が変化しているのかに注目した。古来では、身体の異常は「聖痕」として解釈されて おり、『日本書紀』には、奇形の鶏が「変事の予兆」として登場した。江戸時代の随筆類では、 「イッソクケイ」・「サンソクケイ」といった聞きなれない言葉の「妖怪」として登場している。 次に、現代では、品種改良によって奇形になったという「都市伝説」として語られるようにな った。つまり、「聖痕」・「変事の予兆」として解釈された鶏は、解釈の論理が失われると、た だの「奇形」として見なされるようになったといえる。その流れを踏まえ、著者は、解釈する 話し手や聞き手の心性が変容したこと、説話の変容の性質を突き止める必要性を強く主張して いる(本書:135-154)。 また、著者は、江戸時代の伝承の担い手にも言及している。話が前後するが、江戸時代の随 筆に登場した「イッソクケイ」・「サンソクケイ」は、「一足鶏」・「三足鶏」と置き換えること で、その正体の理解が及ぶ仕掛けが施されているが、文字が読める知識層しか理解できない。 つまり、この説話伝承の担い手は、知識人層であったことを示している(本書:140)。 第六章「もう一羽のくらっこ鳥」では、題目通り、「くらっこ鳥」という説話を取り上げる。 この説話は、母がさらわれた子を探しているうちに鳥に変化したというのが大筋の内容であ る。本章は、口頭で伝承された「くらっこ鳥」と、本草書に記された「くらっこ鳥」を比較 し、小鳥前生譚5)の特徴と本草書の特徴に注目した。比較した結果、「子をさらった原因の記 ─────────────── 3)人々が知りたがっている「重要度」が高い情報、且つ、その内容が「曖昧」であるかどうかが、うわ さの存在を成り立たせている(Kapferer 1987=1988)。 4)自然現象よって生じる「仮怪」、人間の心理状態によって生じる「誤怪」、人間の作為によって生じる 「偽怪」、原因・正体が不明な「真怪」と妖怪を四つに分類した。補足すると、「真怪」は今後の人類 の進歩によって解き明かすことが可能と想定されている(本書:114)。 5)小鳥の前世に纏わる話のことであり、悲劇的な結末を迎えることが多い。例えば、昔話「時鳥と ↗ 辻:説話の正当性と担い手 17
述の有無」「母の名がクラか、子の名がクラか」「鳥の形態に対する記述内容が脚の色か、羽の 文様か」の違いがあった。だが、鳥の鳴き声が「くらっこ」である点は共通している(本書: 179-181)。小鳥前世譚が鳥の形態や鳴き声の由来を説くものだったのと同じく、本草書も動植 物の生態や形態的特徴の記述を旨としている。著者は、小鳥前世譚である「くらっこ鳥」が、 「本草書に書き残される下地があった」「相応の必然性があって今日に伝えられた話」(本書: 182)であると考察した。 第七章「遊歩する魚介たち」では、民間伝承と本草書の関係について記されている。「ハマ グリが貝殻を帆のように立てて海の上を走る」という話は各地に存在する。『大和本草』では、 帆を立てて海中を泳ぐため「ホタテ」という名称になった、という由来が記載されている。そ れを引用した文献も多数あり、本草書を通じて俗信が伝承伝播されている。また、「幽霊舟」 の正体を「ホタテ」と解釈した説話も存在する。これは、説話(ハナシ)が本草書を通じて解 釈され、流布されたことを表している。著者は、本草書が民間伝承を反映していると捉えられ る一方で、本草書の記述が民間伝承に影響を及ぼしていることを明らかにした(本書:186-へ い け がに 191)。また、『桃洞随筆』の「鬼面蟹」の項目では、平家の怨霊が蟹になったものと説明して いる(本書:207)。平家の説話は、蟹にその姿を残すことで人々の記憶に留まった。著者は、 へ い け がに 「鬼面蟹」は「説話を伝承させるメディアとして本草書が機能した顕著な例である」(本書: 208)とも示した。 第八章「江戸の大海蛇」では、巨大な海の幻獣に関する説話を取り扱い、本草書を通じた伝 承がある点、幻獣伝承と合理主義に結びつきがある点を明らかにした。 まず、一点目を説明する。当時、コバンザメという魚が船に貼り付くと動かなくなるという 説話が、各地に伝承されており、本草書にも記載された。江戸時代の辞書『倭訓栞』では、 『大和本草』のコバンザメの内容を引用しつつ、能「船弁慶6)」に登場する義経一行の船の動 きを止めたアヤカシとは亡霊ではなくコバンザメである、と記されている。つまり、「船弁慶」 の怪異は、本草書を通じてコバンザメと解釈され、それが伝承されている(本書:215-218)。 また、著者は、『魚鑑』を著した武井周作は、『大和本草』で得た知識を載せたのではないかと 考察し、ここでも本草書を通じた伝承があることを指摘した(本書:233-234)。 二点目は、海坊主という妖怪の説話と海に生息する巨大な幻獣の説話を比較し、推察したも のである。著者は、「アヤカシ(舟幽霊・海坊主)がつく」という説話の「憑く」が「付く」 に変化した結果、アヤカシ(船幽霊・海坊主)は前述した舟に張り付く生き物(コバンザメ) に変化したと考察した(本書:222-223)。さらに、「悪天候時に船内に乗り込み、油を大量に こぼし、その油を汲み出さなければ舟が沈む」という幻獣の特徴は、海坊主伝承の柄杓くれと 重なること、「大雨」「風雨」の時に出現するのも海坊主伝承の典型であることから、著者は、 ─────────────── ↘ 兄弟」は、貧しい男性が自分の弟を殺害した後、「オトトコイシ(弟恋し)」と泣きながら野山を彷徨 い、鳥に姿を変えたという悲劇的な話である(本書:158-159)。 6)能の演目で、源義経一行が西国に向かって航海している途中に、平知盛の亡霊が現れるというあらす じである。
これら一連の怪魚の伝承は、「妖怪の行動が動物の行動の習性として合理化されたものである」 (本書:230-231)と推察した。 あとがきでは、「ケサランパサラン」という白い綿毛のような奇妙な生き物を取り扱い、そ の伝承の道筋を考察している。『大和本草』には「鮓答(ヘイサルバサル)」という、白い鉱物 質の毛玉についての記事が載せられている。時代が下って『本草綱目啓蒙』では、「鮓答(ヘ イサルバサル)」の項に「ケモノノタマ」という別名が載っており、それは、外側が鉱石のよ うに硬く、中に獣毛が詰まっているとされる。次に、『信濃奇談』の「狐の玉」は外側が獣毛 におおわれており、「ケサランパサラン」に近くなっている(本書:245-248)。つまり、「鮓答 (ヘイサルバサル)」・「ケモノノタマ」を「ケサランパサラン」の前身とみなすと、「まず動物 の体内にできる鉱物性の玉の伝承があり、そこから獣毛に覆われた動物性の玉の伝承が生じ、 外見がタンポポに似ていることから、植物性の玉の伝承が生じた」(本書:249)と分析した。 また、著者は、正体不明の毛玉をみつけた人が本草書の解説を読んで、それをヘイサルバサル と認識するということがあったのではないか、と本草書による意味づけを言及している(本 書:246)。このように、「学者の知識が正体不明のモノに名づけをし、意味づけをする」(本 書:247)動きは日本各地で見られたはずだ、と考察した。最後に、昨今の功利主義・成果主 義的な社会を批判し、ケサランパサランのように、何かよくわからず役にも立たないものが人 を豊かにするのではないか、と述べ、本書を締めくくった。 3 本書の特色と課題 以上のように本書の構成について、本書を要約する形で論じてきた。本章では、本書の特色 と課題について説明する。 本書の特色は、本草書に登場する奇妙な生き物を「幻獣」として括り、広い意味で使用した 点である。今まで、本草書に登場した異獣説話を取り上げた書物は数多く存在しているが、そ のほとんどは後世で「妖怪」と捉えられるようになったものを取り扱っていた。同じ本草書に 記載されているとはいえ、「妖怪」と「既知の生物の知られざる生態」(本書:15)・「奇形の生 物」「未確認生物」に近い概念の生き物は、同時に論じられることはなかった。しかし、「突然 目の前に現れたり消えてしまう妖怪や幽霊のようなものではなく、誰もが触ったり息遣いを確 認できる“生き物”」(本書:15)という広い範囲で「幻獣」を定義したことによって、今まで は同時に論じられなかった「妖怪」・「架空の生物」と「既知の生物」が「幻獣」に一括りにさ れ、同時に取り扱うことが可能になった。この点から、本書は、これまで限定されていた本草 書に登場する「妖怪」と、「妖怪」に当てはまらないそれ以外の生き物の枠組みを、取り払っ たといえるだろう。 一方で課題もある。それは、本書を通して述べることが可能な一貫的な論理がない点であ る。著者は、「本草書を通じて伝承された説話、本草学的知識によって色づけされた説話、説 話(ハナシ)と本草学の関係について考えること」(本書:11)をテーマにしているが、説話 辻:説話の正当性と担い手 19
と本草学の関係に対する一貫した論理を提示していない。その理由は単純で、本書は、著者が これまでに記した個々の論文を一つにまとめあげているからである。そのため、章ごとに取り 扱った説話の個別分析に留まっている。一書にするならば、全体を見通す大局的な視点で「結 論」を提示すべきであろう。また、「序論」でも用語の説明だけではなく、理論の見通しを詳 細に書くべきでもある。しかし、本書は、江戸時代の奇妙な生き物のエッセイ集的側面がある ため、そこまで要求するのは「ないものねだり」なのかもしれない。それでも、あえて、本書 の全体を通して共通する考察を述べるとすれば、「本草書を通して幻獣伝承が流布したこと」 「伝承の主な担い手は、本草学に造詣の深い知識層であったこと」が挙げられる。 4 「正当性」の発生と伝承のダイナミズム 以上のように本書では、一冊を通して読み取ることが可能な、総括的な結論が提示されてい ない。本章では、「本草書を通して幻獣伝承が流布したこと」「伝承の主な担い手は、本草学に 造詣の深い知識層であったこと」という共通した考察を出発点に、評者が分析した本書全体を 通した結論を提示する。分析にあたり、「知識人のネットワーク」と、渡邊欣雄が提唱した民 俗知識の存在様態7)の四つの内の一つである「民俗知識の正当性」(渡邊 2004)の二点に着目 した。 4.1 知識人のネットワーク 本節では、知識人が正体不明のモノに「名づけ」をしたことに注目し、「名づけ」が行われ るようになった背景、知識人のネットワークについて述べる。 本書では、幻獣伝承の担い手として、本草学に造詣の深い者や本草学者を取り扱っている。 彼らは、噂で聞いた奇妙な生き物の特徴と、本草書に載っている生き物の特徴を照らし合わ せ、「これは本草書に載っている〇〇だ」と名づけをした。名づけられた幻獣は、本草学者の 情報交換の場で語られ、また、それを記録した書物を通して広まり、本草学に詳しい知識人の ネットワークの中で流布されていく(本書:70)。このように、本草学が隆盛したことにより、 様々なものの情報を収集し、分類し、列挙するという「博物学的思考・嗜好」が人々の間に広 がり、かつては、「凶事」として恐れられていたものに名づけを行なうようになった(香川 [2005]2013)。 や く ひ ん え ここで、情報交換の場の具体的な例として挙げたいのは「薬品会」である。薬品会とは、本 草学者や医師、商人などが、薬の原材料となる植物・動物・鉱物などを持ち寄って情報交換を ─────────────── 7)渡邊は、民俗知識の存在様態について 4 つに分類した。1 つ目は、「成層性」で、知識は個人間に質 量の差があり、コミュニティ内で均質に配分されているわけではないことを指す。2 つ目の「正当 性」は本稿に記しているので省く。3 つ目「拮抗性」は、コミュニティ内部には知識の闘争や葛藤が あること指す。4 つ目の「伝統性と非伝統性」は、知識伝達の際に、送り手と受け手双方の間で、継 承する知識の取捨選択が行われるというコミュニティの動きを指す(渡邊 2004)。
する催しである。薬品会は物産会とも称されており、薬の原材料だけでなく、各地の特産物や 人工物、珍しい品などを集めて展示する催しとなっていた(香川[2005]2013)。つまり、幻 獣は、そのような場で「話」として語られ、時には「展示物」として持ち寄られて、薬品会に 参加した知識人の間で広まっていく。語られ、持ち寄られた幻獣は、一部の知識人によって 「文字」として本草書に記録され、その記録を読んだ者が誰かに口伝えで語り、さらに、新た な本草書を記すことで、幻獣の説話は再生産されていった。 また、名づけを行なった者は、本草学に詳しい知識層だけではない。俳諧師という知識層 は、「妖怪」の名づけや、伝承に大きく関わった。「俳諧」とは「滑稽」を意味する言葉であ り、伝統的な和歌では詠まれない「俳言(俗語)」を用いた連歌と規定されている。「俳諧連歌 における俳言=俗語使用の問題は、いかに多くの雅語以外の言葉を、自らの世界の中から選び 出すことか」(香川 2020 : 18)ということであり、俳言を選び出す行為は、「いかにこの世に ある多くの事物を知り得るか」(香川 2020 : 18)ということだ。この行為における根本的な考 えは、本草学と同様の「博物学的思考・嗜好」を帯びていた(香川 2020 : 15-18)。 ここで、「怪火」と「俳諧」の関係を取り上げたい。かつて「怪火」は「凶兆」として認識 されていたが、江戸時代では「無害なもの」という認識に変化した。「怪火」は、「姥が火」 「油盗人」「仁弘法の火」「龍燈」などといった細かい個別の名称が与えられ、俳言として読ま れ、俳諧の格好の題材となった。さらに、俳諧師が記録した書物にも「怪火」は登場する。 『河内鑑名所記』の著者である三田浄久という商人は、大阪・堺が拠点の談林派と親交があっ た。その書の中には、河内の枚岡神社の灯りの油を盗んだ老婆が、神罰によって怪火となっ た、という「姥が火」の謂れが記載されている。談林派の俳人の間で「姥が火」は知られてお り、それを俳諧に読み込んでいる者もいた。これは、浄久が築いた俳諧ネットワークの賜物で ある、と言えるだろう。また、京都の貞門派の山岡元隣が記した『古今百物語評判』にも、 「姥が火」の謂れが紹介されている。しかし、その内容は、子を殺して金を得ていた老婆が亀 山の川でおぼれ死んだあと、その周辺に火の玉が現れるというもので、『河内鑑名所記』とは 異なっている。同じ時代に書かれた書物であるにも関わらず、「姥が火」の内容が全く違って いることから、大阪か京都か、という俳諧ネットワークの違いが強く影響されており、妖怪の 名称に「俳諧ネットワーク」が大きな意味をもっていたことがわかる(香川 2020 : 19-22)。 このように、知識人によって「名づけをされたもの」が、知識人が属する「ネットワーク」 で共有された。また、知識人のネットワークだけで共有されていた説話が、知識人と交流のあ る層にも広まり、最終的には知識人以外の層(一般人)にまで流布したこともあっただろう。 知識人のネットワークによって「名づけをされたもの」の謂れは異なっていることから、幅広 い層の間で説話が流布する際にも、知識人のネットワークは大きな影響力を持っていたと考え られる。 4.2 本書でみられる伝承の「正当性」とその動向 前節では、江戸時代の知識人の「名づけ」と彼らのネットワークが、伝承に大きな影響を与 辻:説話の正当性と担い手 21
えている可能性を示した。本節では、「民俗知識の正当性」を取り扱い、本書全体を通して明 らかになった論理を表示する。 「民俗知識の正当性」とは、客観化され、すでに共有されている伝統的な「知識の正しさ」 を、「その知識の担い手」が「知識の受け手」に説明し、「知識の受け手」の主観に客観的秩序 のもとにある知識が形成されるという知識の存在様態のことである(渡邊 2004)。 知識人が正体不明の奇妙な生き物に対して、『大和本草』などの本草書に記されていた知識 を通して名づけし、意味付けをおこなったことや、「学者の知識が正体不明のモノに名づけを し、意味づけをする」(本書:247)行為を、「民俗知識の正当性」に照らしてみた結果、以下 のような伝承の動向が明らかになった。 知識人は、正体不明の生き物を、本草書に載っている幻獣だと解釈し名づける。この解釈が 「正しい」と認識しているからである。「知識の正しさ」を「その知識の担い手」である知識人 が、「知識の受け手」(担い手と同じ知識人・一般人)に対して説明し、それが「正しい」知識 であると説明することから、「知識の受け手」の主観に客観的秩序のもとにある知識が形成さ れた。つまり、知識人は、知識の正当性を「知識の受け手」である一般人の世界に還流してい ったともいえる。しかし、ここにおける一般人というのも文字が読める知識人・大都市に住む 人間と限定されるため、実際に、在地8)で還流していたかどうかは不明である。 4.3 在地における伝承の「正当性」とその動向 前節では、評者が本書の内容を「正当性」に着目して捉え直した結果、「中央知識人の怪異 に関する正当性発生のしくみ」を示唆することができた。しかし、正当性が発生した後、それ が「在地」の伝承にどう影響したか不明だった。 このことは、本書の著者である伊藤龍平が専攻していた「日本文学研究」と「民俗学研究」 との違いに関係している。前者は、文献を取り扱っているのに対し、後者は、文献も取り扱う が、実際に現地で調査を行なっている。本章の 1 節で触れたように、知識人は、自分たちの知 識を通して幻獣・妖怪を名づけ、ネットワークの中で流布された幻獣・妖怪を記録した。その 記録が文献として現代まで残っている。本書は、知識人によって記された本草書・随筆等の文 献を多く使用した。そのため、本書からは、中央知識人による「正当性」の発生と、彼らのネ ットワークの中で流布された伝承の動向を読み取ることが出来る。しかし、それでは、中央知 識人のネットワークの中だけで伝承の広がりが完結してしまう。また、本書の二章では、中央 から離れた地方である信濃の知識人のネットワークを取り上げて「名付けられたもの」の伝承 経路を分析しているが、「名付けられたもの」が知識人以外の層(一般人)にどのように広ま ったかは言及していない。つまり、本書には「在地」と「在地の一般人」の視点が欠けてい る。そのため、中央知識人による「正当性」を持った伝承が、「在地」の伝承にどう影響した のかを、本書から読み取ることが難しい。 ─────────────── 8)歴史学や民俗学で使用される用語であり、政治的中心地から離れた場所、地方、およびそれらに対す る特定の地点(現地)のことを指す。
そこで、本節では、評者が調査を行なった伊豆諸島の神津島(東京都神津島村)の来訪神伝 承を事例に、知識人が取り入れた中央の伝承が、在地にどのような影響を与えているかについ て考察する。 神津島では、旧暦の 1 月 24 日の夜に神が訪れるため、島民は物忌をしなければならない。 この神は、島民の間で「二十五日様」と呼ばれている。一般的に「二十五日様」は「二十五日 様という神」として認識されているが、宮司と禰宜 A の家では「伊豆の島の神々」、禰宜 B さるたひこのおおかみ の家では「猿田彦大神」であると認識されていた。また、島の小学校教師を務めた者が二十五 日様研究をおこなった結果、古事記・日本書紀に記された「猿田彦大神」の特徴と、島で語ら れている「二十五日様」の特徴が類似していることを発見した。教師は、「二十五日様」の正 体を「猿田彦大神」と結論付けており(神津島社会福祉協議会 2011)、その教師と親交があっ た島民らは、「猿田彦大神」説が「正しい」説である、と認識している。 以上の二十五日様伝承の名称とその謂れから、伝承の動向を考察してみよう。以下に、時系 列ごとに考察した動向を記す。物忌は、神津島だけでなく、日本各地で行われており、その日 に訪れる神の名称も地域ごとに異なる。そのため、古代、島民は名もなき神を迎えていたが、 時代が下ると、その地域に住む人によって独自の名称がつけられたと推測できる。神津島で は、島民によって「二十五日様」という独自の名称がつけられるようになった。次に、神職の 「二十五日様」に対する認識の差異の原因を分析する。宮司と禰宜 A の家は「水配り神話」9) から、「二十五日様」は「伊豆の島の神々」と認識した一方で、禰宜 B の家は、別の神話(古 事記・日本書紀)から、「二十五日様」を「猿田彦大神」と認識し、各々の家で伝えられたと 考えられる。つまり、神話に造詣の深い知識層である神職が、活字化された神話に登場する神 を「二十五日様」に結び付けたのだ。さらに、現代では教師という知識人によって、「猿田彦 大神」説が「正当」になりつつある。 この伝承の動向を「中央」と知識人に注目して分析する。在地には、在地独自の「二十五日 様という神」が「正当性」を持っていたが、在地の知識人(神職)によって、「中央」が発信 源となっている神話が持ち込まれる。さらに、教師という知識人が二十五日様の「正体」を 「猿田彦大神」と結論づけた結果、「猿田彦大神」説が神職や教師以外の層(一般人)に「正し い」伝承と捉えられ、次の担い手に伝えられるという「民俗知識の正当化」が起きている。考 察の結果、「在地」で語られていた話が「中央」に塗り替えられていく伝承のダイナミズムが 発生していることがわかった。 5 終わりに 本書は、「幻獣」を広い意味で使用したことにより、「妖怪」「架空の生物」に限定せず、「既 ─────────────── 9)伊豆諸島の神々が神津島に集まって各島の水の配分を話し合ったという内容だ。元々、神津島は「神 ことしろぬしのみこと 集島」という名であり、伊豆諸島を創造した事代 主命が、この島を神々の会議場として選んだとい う伝説が由来している(梅田 2018)。 辻:説話の正当性と担い手 23
知の生物」も同時に取り上げて、それぞれの伝承の動向や、伝承された歴史的背景を論じた。 総括的な結論としては、中央知識人によって奇妙なモノが「名づけ」られ、それが「正しい」 知識として、知識人のネットワーク・知識人が記録した書物を通じて広まるようになったこ と、つまり、「中央知識人の怪異に関する正当性発生のしくみ」が、挙げられる。 今後の課題としては、「中央」だけでなく「在地」の視点からも伝承の動向を検討すべき点 である。中央知識人の間で共有された伝承の正当性が、「在地」にどのように下降し、どのよ うにせめぎあっていたのかは、伝承の広がりを示す重要な論点である。 この「在地」こそ、民俗学がすべき領域である。20 世紀前半の時代に、民俗学者が総力を 挙げて全国で集め回った「在地の言葉」、「民俗語彙」は、膨大に集められ記録された。この 「民俗語彙集」から、中央の影響があるもの・中央の影響以前のものに分類し、影響関係を推 測することが可能だ。本書は、以上のように民俗学にとっての論点を思いつかせてくれる重要 な図書である。 【参考文献】 梅田勝海編,2018,『神津島の史跡めぐりと神々にまつわる話』神津島商工会. 香川雅信,[2005]2013,『江戸の妖怪革命』角川書店. ────,2020,「鬼魅の名は──近世前期における妖怪の名づけ」『日本民俗学会』302 : 1-35. 神津島村社会福祉協議会,2011,『神津島のお年より作文集 3 巻』神津島村社会福祉協議会.
Kapferer, Jean-Noël, 1987, Rumeurs : le plus vieux media du monde, Paris : Éditions du Seuil.(古田幸男訳 1988,『うわさ──もっとも古いメディア』法政大学出版局.)