遠藤周作『深い河』論--磯辺をめぐる現代日本人の
「死」の問題
著者
井上 万梨恵
雑誌名
清心語文
号
11
ページ
36-55
発行年
2009-07
URL
http://id.nii.ac.jp/1560/00000227/
三六
遠藤周作﹃深い河﹄論
磯辺をめぐる現代日本人の﹁死﹂の問題
井
上
万梨恵
一
はじめに
遠藤周作はその生涯をかけて 、﹁死﹂の問題について深く考え続け た作家である。自身の戦中体験や、入院十回手術八回というほどの病 床体験を通して、身近に迫る﹁死﹂と向き合い続け、特に晩年には老 いと病の苦しみの中ですべての人に訪れる﹁死﹂を現代日本人の視点 に立ち、考え続けている。亡くなる三年前に発表した、最後の純文学 書き下ろし長篇となる﹃深い河﹄について、 遠藤がその執筆直後、 ﹁こ の七年間だんだん年を取りながら、死んだらどうなるか考え続けてい た。 輪廻転生はあるか、 無になるか、 いわゆるキリスト教でいう復活か。 少なくとももう一つの世界があることの確信はあるが、それはどんな 世界か 。 何らかの答えを出そうとして 、 この作品を書きました﹂ ︵注 1 ︶ と 語っていることからも、 ﹁死﹂をテーマにしている点は明白である。 その ﹃深い河﹄の登場人物 ﹁磯辺﹂は 、﹁ほとんど多くの日本人と 同じように無宗教の彼には、死とはすべてが消滅することだった﹂と あるように 、宗教を持たない現代日本人を象徴する存在である 。﹁第 一章 磯辺の場合﹂は 、磯辺の妻啓子の 、末期癌の宣告から始まる 。 ﹁死﹂の世界に近づく妻を見ながら 、磯辺は ﹁生活上の挫折とはまっ たく違って次元を異にして﹂おり 、﹁今まで一度も考えたことのない 出来事﹂と感じる 。磯辺は妻の臨終の約束 、﹁ わたくし⋮ ⋮必ず⋮ ⋮ 生まれかわるから、この世界の何処かに。探して⋮⋮わたくしを見つ けて⋮⋮約束よ、約束よ﹂という言葉が忘れられず、残された者とし て﹁死﹂の問題と向き合う。そして﹁眼にみえぬ何かの力の働き﹂に 導かれ﹁転生﹂についてアメリカの大学で研究されていることを知る と、 そこから情報を得て妻の生れ変りを探しに印度に行く。 磯辺は ﹁死﹂ の問題に向き合うことによって﹁人生の次元﹂と﹁生活の次元﹂の違 いに気づき、 実際に妻の生れ変りと出会う代わりに、 人生における﹁大 きな河﹂をみつけ、自分の中に妻の転生を実感する。この﹁磯辺﹂に 遠藤が考え続けた現代日本人の﹁死﹂の問題が一番込められているこ とは確かであると考えられよう。 ところで、その﹃深い河﹄も始めから﹁死﹂の問題をテーマとして 清心語文 第 11 号 2009 年7月 ノートルダム清心女子大学日本語日本文学会三七 執筆されていたのではない。当初﹃深い河﹄はその七年前に発表され た書き下ろし長篇﹃スキャンダル﹄の続編として構想されており、そ の登場人物の一人、成瀬美津子を主人公として﹁悪の問題﹂に取り組 むという内容だった 。 それが執筆過程において 、﹁一人一人の人生を 書く、いずれも心理的な世界ではなくて、それぞれの﹃魂の問題﹄を 念頭において﹂ 書くという構想に変化していき ︵注 2 ︶ 、現代日本人の ﹁死﹂ の問題が込められた壮年の男﹁磯辺﹂が生まれたのである。こうした ﹃深い河﹄ の執筆過程がわかる ﹁﹃深い河﹄ 創作日記﹂ が存在しており、 それが発表されたときの ﹁解説﹂ で高山鉄男は ﹁悪や罪﹂ をこえて ﹁死 のかなたになにものかを希望しえるか﹂という﹁救済﹂の物語への主 題の変化を指摘し 、﹁何人もの登場人物がいるなかで 、磯辺が 、最も 重要人物であるような印象は否定できない﹂と述べている ︵注 3 ︶ 。さら に﹃深い河﹄のテーマについて、天羽美代子が﹁特定の宗教を持たぬ 日本人の救いという問題が深く掘り下げられている﹂と指摘している 点は注目されよう ︵注 4 ︶ 。 そこで本論文では遠藤が描いた現代日本人の﹁死﹂の問題をめぐっ て、 ﹁﹃深い河﹄創作日記﹂と﹃深い河﹄の構想執筆中の連載エッセイ を取り上げ、特定の宗教を持たない日本人の﹁磯辺﹂の造形過程を考 察していきたい。
二
﹁﹃
深い河﹄
創作日記﹂
に
見られる
﹁磯辺﹂
の造形
﹁﹃深い河﹄創作日記﹂は遠藤周作の死後、机の上に置かれているの を順子夫人が見つけ、加藤宗哉編集のもと﹁三田文学﹂において公開 された。遠藤は創作日記をつけた理由について﹁自分の小説がどのよ うに意識下から浮かびあがり、実際の現実生活をものみこんで、進展 していくかを自分のためだけに記録した﹂ ︵注 5 ︶ と述べており 、﹁ この 創作日記を小説の後に印刷してもらったら面白いかもしれぬなどと 、 そういう気持になることも度々ある﹂ ︵注 6 ︶ と書き記していることから、 遠藤にとって﹁創作日記﹂は﹃深い河﹄と表裏になるほど重要なもの と位置づけられる。だが ﹃深い河﹄ の先行研究で ﹁﹃深い河﹄ 創作日記﹂ を直接扱い 、﹁ 磯辺﹂の造形過程の問題を中心に論じている論稿はほ とんど見当たらない ︵注 7 ︶ 。そこで、 この節では、 ﹁﹃深い河﹄創作日記﹂ から現代日本人の問題が投影された﹁磯辺﹂がどのように造形された かを、登場人物とテーマ変化に注目し考察する。なお、磯辺を含めた 主要登場人物五人の造形過程は表にまとめ、 ﹁﹃深い河﹄創作日記﹂主 要登場人物変遷表として末尾に掲載する。 まず ﹁一九九〇年八月二十八日﹂ に記された ﹁ビルマの元兵士﹂ につ いて注目すると 、﹁ビルマ戦線にて戦友Aより転生をきく 。 戦友Aを探 しに彼は印度に来た 。 彼は昔 、 女性捕虜の性器を食べたことがある 。 / 外国人神父によって命を助けられた信者。神父の体を食べたことがあ る﹂ と記されており 、 当初 、 遠 藤が ﹁ビルマの出兵元兵士﹂ の 筋書きで 最終的に磯辺に関わる重要な要素となる ﹁転生﹂ について触れる予定 であったことがわかる 。 しかし 、 この人物は明らかに ﹁五章 木口の三八 場合﹂に登場する、人肉を食べることでビルマのジャングルを生き延 び 、 その罪意識で苦悩する ﹁塚田﹂につながる人物であり 、そこで は転生の問題は前面に出てこない 。そして 、ここから一年間ほどは ﹁小説家﹂の ﹁悪の問題﹂を含んだ前作 ﹃スキャンダル﹄のテーマを 中心に構想を続けている様子が創作日記から読み取れる 。その一方 、 ﹁一九九一年十一月*︵日付なし︶ ﹂の記述には﹁一日一日、自分の人 生が終りに近づきつつあることを感じない日はない﹂とあり 、差し 迫る﹁死﹂についての切実な思いがうかがえる。さらに﹁一九九一年 十二月三十一日﹂には﹁平成三年最後の日なり。余、病弱の身にて悉 く六十八の年齢を終えんとす。昔日、五十歳まで生きればと思いたる 事、夢の如し。今日まで生かしてくれた神に感謝せざるべからず﹂と 記しており、 ﹁死﹂を強く意識し、 ﹃深い河﹄が最後の作品になるだろ うという思いを持っている様子がわかる。年が明けた﹁一九九二年一 月六日﹂ には ﹁挿入すべき話﹂ として ﹁①出ていく妻 人間の哀しみを 出す②あの手紙 桂林の夢 写真を見て夢の風景が出ていた﹂と今ま での ﹁悪の問題﹂ 中心の構想にはなかった趣旨の設定が現れ、 さらに ﹁人 間の哀しさが滲む小説を書きたい。 それでなければ祈りは出てこない﹂ と記されている。 ﹁一九九二年一月七日﹂ には ﹁病院における成瀬夫人﹂ とある他 、﹁夫に会いにいく妻 。共に癌﹂ 、﹁ 夫から離れる妻 夫は規 則正しい夫﹂という新しい設定が加わり 、日本人夫婦を扱った ﹁死﹂ をめぐる問題をテーマにした設定が加えられている。 筋書きに ﹁死﹂ の問題が増える一方、 ﹁一九九二年一月十四日﹂ には ﹁愛 の枯れきった美津子と勝呂医師とが愛の真似事の行為をする場面へ﹂ と記され、前作﹃スキャンダル﹄の主人公につながる﹁勝呂﹂を登場 させ 、﹁悪の問題﹂をテーマとして執筆している様子がここでも読み 取れる 。さらに引き続き ﹁一九九二年一月十八日﹂にも ﹁勝呂医師﹂ に関する筋書きが書かれているが、この日を境に﹁勝呂医師﹂の記述 がなくなる。これ以降、小説のテーマが﹁悪の問題﹂のテーマから新 しい作品としてのテーマ﹁魂の問題﹂へと重点が移っていったと考え られよう。この﹁悪の問題﹂から﹁魂の問題﹂というテーマ変化の大 きなきっかけは先の﹁創作日記﹂の記事から遠藤自身に切迫したもの として実感される﹁死﹂の問題にあったと察せられる。 さて 、このテーマ変化からは ﹁深津 ︵ 大津︶ ﹂ に関する記述が多く なる。 ﹁ 一九九二年五月三十一日﹂ に なると ﹁ 木口﹂ ﹁ 沼田﹂ ﹁ 深津 ︵大 津 ︶ ﹂﹁美津子﹂ の四人の展開となるが、 ﹁どうも図式的﹂ な展開とあり、 苦悩している様子がうかがえる。 ﹁一九九二年六月十三日﹂ になると ﹁小 説、 深津に視点をかえて、 少し深味が出た。/しかし小説的エネルギィ がない。これでは飽きられる﹂と記し、 ﹁白人の学者︵三十歳ぐらい︶ を入れることを考える。彼は転生を研究している。ベナレスに過去を 記憶している子供のいることを聞き調査に来るのだ﹂と書き記され 、 ﹁一九九〇年八月二十八日﹂以降見られなかった﹁転生﹂を用い、 ﹁転 生﹂を研究する新たな人物﹁白人の学者﹂を入れることを思いついて いる 。﹁一九九二年六月十四日﹂には ﹁やはり白人の男は出したよう がよい。彼は白血病か、エイズである。死を間近にした彼はスティン
三九 ブンソンの本によって転生の考えをたしかめるためにベナレスに来た のだ﹂と白人の男についての展開を考えている。そして文末に赤ペン に太字で﹁ ︵この白人は磯辺に変る︶ ﹂と書き込まれ、これは﹁創作日 記﹂を読み返していた遠藤が後から赤ペンで付け加えたものと推察さ れる。 この赤ペンの書き込みは全体で四回存在する。 続きの ﹁一九九二 年六月十五日﹂の記述でも文末に ︵この白人は磯辺になった︶ ﹂と赤 ペンで書き込みがあり 、﹁一九九二年六月十六日﹂の記述には 、﹁ ﹃わ たしは死んだらどこに行くの﹄ /と彼女は言った。 / ﹃死んでも必ず会 えるわ 。生れ変って 、またあなたを見るつもりだわ﹄/書き出しは 、 右のようなテーマに直接ふれること 。 / 壮年の男 。 磯辺 。それを確認 に印度にやってくる﹂とここで始めて﹁磯辺﹂の具体的筋書きが構想 される。さらに﹁一九九二年六月二十二日﹂の記述では﹁最初の書き 出しがやっと決まる﹂とあり、 ﹁﹃わたし必ず生れかわるわ。場所は何 処かわからないけど⋮⋮あなたの生きている間、 この世界の何処かに、 必ず生れてくるから﹄ / ﹃そうか﹄ /磯辺は妻の手を握りしめながら強 くうなずいた﹂と﹁磯辺﹂の重要な場面である妻の臨終の一節が書き とめられている。さらに遠藤は﹁この書き出しで読者を一挙につかむ 事ができる。この書き出しで、この小説に叙情的な甘美さを与えるこ とができる﹂と記している。 遠藤は ﹁一九九二年七月三十日﹂にも日記を読み返し 、﹁この日記 を読みかえしてみると、固い壁にぶつかるたび、それを乗りこえるの は私の無意識から浮かびあがってくるストーリーであるが 、そのス トーリーには長い間の私の小説の型があるような気がしてならない 。 その型がひょっとすると私の人生観、 人間観なのかもしれぬ﹂と述べ、 ﹁この小説のなかには私の大部分が挿入されていることは確か﹂と告 白している 。 そしてついに ﹁一九九二年九月八日﹂初稿が完成する と 、﹁一九九二年六月二十二日﹂に ﹁磯辺﹂の書き出しを決めた日を 強く思い返し、 ﹁この創作日記を再読してみると、 ︵ 六月二十二日 ︶こ の磯辺の部分は最初思いついておらず、無意識が私に教えてくれたも のなのだ﹂と﹁磯辺﹂に関する最初の書き出しを思いついた日︵六月 二十二日︶を赤ペンで書き込んでいる。遠藤が赤ペンの書き込みをし ている部分は ﹁磯辺﹂に関する記述だけであり 、﹃ 深い河﹄の執筆過 程において﹁磯辺﹂の成り立ちに大きな関心を抱いていることが読み 取れる。 つまり 、﹁磯辺﹂の造形は遠藤の抱く ﹁死﹂の問題をきっかけに小 説のテーマが ﹁悪の問題﹂ から ﹁魂の問題﹂ に変化したことに起因し、 ﹁魂 の問題﹂を突き詰める中で遠藤の構想の中に突如として現れたと言え る。その造形を遠藤は﹁無意識からのストーリー﹂と呼び、自らの人 生観の表出として強く関心を寄せている。この﹁無意識﹂が働き、 ﹁磯 辺﹂が造形された経緯には、遠藤が長年考え続けた﹁死﹂をめぐる思 いが積み重なり、結実して執筆中に﹁無意識﹂から現れたからと考え られよう。
四〇
三
連載エッセイ﹁花時計﹂と﹁万華鏡﹂
―
磯辺との関連をめぐって
遠藤が考え続けてきたことの蓄積が﹃深い河﹄の﹁磯辺﹂の造形に つながるまでの 、作品準備段階の興味 、 関心を考える上で 、﹃スキャ ンダル﹄以後、 ﹃深い河﹄に向けての構想、 執筆期間の間に連載された、 注目すべき連載エッセイが二つ存在する。一つは産経新聞に八年間連 載されたエッセイ ﹁花時計﹂ 、もう一つは ﹃深い河﹄執筆中 、朝日新 聞に一年間連載されたエッセイ﹁万華鏡﹂であるが、この連載エッセ イと ﹃深い河﹄との関係について考察した先行研究はない 。そこで 、 この二つのエッセイが持つテーマと﹃深い河﹄の﹁磯辺﹂に込められ たテーマとのつながりを考察していきたい。 エッセイ﹁花時計﹂は遠藤が最も長期にわたって連載した随筆であ り 、 書き下ろし純文学作品 ﹃スキャンダル﹄刊行の約一年後となる 一九八七年五月から 、﹃深い河﹄発表の約二年後の一九九五年四月ま での八年間にわたって産経新聞に連載され 、﹃変わるものと変わらぬ もの﹄ 、﹃心の砂時計﹄ 、﹃ 心の航海図﹄ 、﹃最後の花時計﹄の四冊の単行 本にまとめられ文芸春秋より刊行されている ︵注 8 ︶ 。産経新聞の文化面 に掲載され、 一般の幅広い読者に向けて書かれているのが特徴である。 今回、 単行本未収録のエッセイ十七回分も含め初出の産経新聞から、 取り上げられている書籍、話題の傾向について分析すると、全三七八 回のエッセイのうち、 一番多く取り上げられた話題が﹁医療﹂であり、 それに関わる ﹁死﹂の問題であった 。﹁ 死﹂について触れた主なエッ セイを次の表に挙げる。 116 91 81 64 60 53 52 41 30 10 一九八九年 十月三十一日 四月二十五日 一九八九年 一月二十四日 一九八九年 八月三十日 一九八八年 七月二十六日 一九八八年 六月七日 一九八八年 五月三十一日 一九八八年 三月十四日 一九八八年 十二月二十八日 一九八七年 七月二十日 一九八七年 新聞掲載日 探究のメス入る 臨死体験の世界 心からおめでとう デ神父の福祉賞に 何百倍もの価値が 不器用な愛情表現 味わいのある詩歌 老いと死をとらえ 我が子を思う親心 死に臨んでもなお すべて神に委ね⋮ 死を前にした態度 死を考える年? 古い写真の恐怖 生命は肉体だけか? 延命治療のむなしさ 死を実感した一年 親友二人を失って ガンで二つの死に方 旅立つ気持ち秋晴れ 新聞掲載タイトル キューブラー ・ロス ︵ 精神科 医︶ 、 カ ール ・ ベ ッカー︵学者︶ デーケン神父 デーケン神父、 重兼芳子 ﹃伴 侶に先立たれた時﹄ 山本健吉 ﹃雪月花の時﹄ ︵角 川書店︶ / ﹃古典逍遥 ・及 辰園歌抄﹄ ︵短歌新聞社︶ デーケン神父 ﹁死の準備教 育﹂ 井上洋治神父、 椎名麟三 ︵作 家︶ キューブラー ・ロス ﹃死ぬ 瞬間﹄ 日野原重明 ﹃人生の四季に 生きる﹄ ︵岩波書店︶ キュー ブラー ・ ロ ス ﹃死ぬ瞬間﹄ ︵読 売新聞社︶ 書籍・関連人物等四一 第一〇回のエッセイ﹁癌で二つの死に方﹂で遠藤は﹁死﹂の恐怖に 対し﹁すべてを委ねる﹂つもりで迎えることをすすめ、イエスと釈迦 の二つの死の違いについて言及している。第三〇回のエッセイ﹁親友 二人を失って﹂では﹁親友たちが死ぬと、死は急にむきだしに迫って くる﹂と告白し 、﹁ 死に支度というか 、死の準備をしっかりやらねば ならぬ﹂と考えている。第五二回では古い写真や野球場のスタンドを 見てもすべてを﹁死に結びつける﹂心情を吐露し、迫る﹁死﹂を実感 として捉えている。第五三回のエッセイでは自らが上顎癌の疑いを医 師から告げられ、周章狼狽したことに触れながら、イエスの死を再び 取り上げ 、﹁周章狼狽﹂した ﹁死﹂も ﹁毅然とした死﹂もすべて ﹁人 間をこえた大いなる天、大いなる命﹂に委ねられると﹁死﹂を前にし た思いを語っている。 また、第四一回のエッセイでは医療的観点から﹁死﹂について触れ ており 、宗教を持たなくなり 、﹁ 肉体の死だけがすべての終わり﹂と 考える現代日本人の﹁死の恐怖心﹂が、むなしさと無理を伴う﹁延命 治療﹂の問題を起こしていると提言し 、﹃ 死ぬ瞬間﹄を著したアメリ カの医師キューブラー ・ロスを挙げて ﹁﹃宗教なきこの時代﹄にいか に人間が死をこえられるか﹂という問題を現代人が本気で考えねばな らぬ時がきたと語っている。第一九五回、二九八回のエッセイは、日 本では当時少ないホスピスの増加を訴え、尊厳死の実現について主張 している。第一一六回、第一九〇回のエッセイではカール・ベッカー 教授とキューブラー ・ ロスの研究する﹁臨死体験﹂に触れており、 ﹁死﹂ に際して臨死体験の話が、肉体が死んだら無になると考える患者の精 神的慰めになるのではという提案を読者に投げかけている。 さらに、第八一回、九一回のエッセイでは、デーケン神父が提唱す る﹁死の準備教育﹂ 、﹁ 悲しみの教育﹂の必要性を取り上げている。そ の﹁死の準備教育﹂ 、﹁ 悲しみの教育﹂について遠藤は﹁配偶者に先立 たれた者がどうしても孤独と空虚のなかで押しつぶされていく ― その試練に耐えるため、あらかじめ心の準備をする教育﹂ ︵注 9 ︶ と説明 し、第八一回のエッセイでは、夫婦の永遠の別離のエピソードを引用 し﹁ ﹃今度、生まれ代わってくる時もお前と一緒だよ﹄ ︵中略︶まさに 伴侶と永遠にわかれねばならぬ時、右のような言葉を言える人にはた とえある宗教を信じていなくても非常に宗教性がある﹂と指摘し、 ﹁転 生﹂の約束をするところに﹁日本人の宗教性﹂を見出だしている。さ らに﹁多くの日本人の心のなかには宗教性がひそんでいる。/なぜな ら右にあげたような言葉は頭から出たものではない。知恵や心から出 たものでもない、それは夫と妻とがたがいに魂から語りあった言葉な 298 196 195 190 一九九三年 八月十八日 六月二十六日 一九九一年 六月十九日 一九九一年 五月十五日 一九九一年 ホ ス ピ ス は 医 学 の 敗 北か 夕映えは穏やかに 人生の終着駅近く もっと日本に作りたい 英国のようなホスピス 心のナゾ知る礎石に ﹁臨死体験﹂の新発見 キューブラー・ロス
四二 のだ﹂と記し、日本人が心の深奥に無意識に持つ魂の宗教性について 語っている。デーケン神父の話題をエッセイで六度取り上げているこ とから、遠藤の関心の高さがうかがえる。 こうした﹁死﹂の問題に関する話題に加え、エッセイ﹁花時計﹂に おいて特徴的な話題として注目されるのは 、﹁読者への質問﹂が投げ かけられ 、その ﹁読者からの便り﹂を紹介している点である 。﹁読者 への質問﹂が文末にあるか、 ﹁読者からの便り﹂が紹介されているエッ セイ二十五回のうち、主なものを次の表に挙げる。 これらの話題は 、他の話題に比べ書籍の引用が多く 、 遠藤の興味 、 関心の高さがうかがえる点が特徴である。第一回のエッセイから﹁読 者への質問﹂が試みられており、植物に人間の心が通じるかについて 研究された書籍を引用した後 、﹁もしこの本に書いてあるようなこと を実際に体験された読者はお葉書をください﹂と文末に記している 。 第六回のエッセイでは ﹁偶然の一致﹂ 、 第八回には ﹁幽体離脱﹂につ いて書籍を引用して触れ 、﹁なぜ 、そんな非科学的な 、奇怪なことに 関心があるのかとおっしゃるかもしれない。その答えはもうしばらく 待って頂きたい。しばらくこの随筆を読みつづけてくだされば、きっ とわかって頂けると思うから﹂と読者に呼びかけている。第一五回は ﹁幽体離脱﹂についての ﹁読者からの便り﹂が二通紹介されている 。 どちらも幽体離脱の体験談であり、これまで学者や合理主義者が取り 上げなかったこれらの現象を、最近の学者たちが真面目に研究し始め ている点について﹁時代のふかい変革が、かい間見られるような気が してならない﹂と告げている。第四〇回のエッセイは、多くの人が人 生で体験する﹁誰かが守ってくれてくれた﹂と考えるような出来事を 挙げ 、﹁先だった人が彼岸からじっと現世の我々のことを心配してく 85 58 40 15 8 6 1 一九八九年 二月二十一日 七月十二日 一九八八年 三月七日 一九八八年 八月三十一日 一九八七年 七月六日 一九八七年 六月二十二日 一九八七年 五月十一日 一九八七年 新聞掲載日 世にもふしぎな 〝超現実〟の世界 古 い 品 物 に こ も る 持ち主の姿や生活 不思議さを信じたい 誰かが守ってくれた 幽 体 離 脱 は 幻 覚 が 学者が研究対象に 不 思 議 な 幽 体 離 脱 もう一人の自分が 夢 が 現 実 と な っ て 不思議な偶然の一致 面 白 体 験 お し え て 樹々と話ができる 新聞掲載タイトル コ リ ン ・ ウ ィ ル ソ ン ﹃ ア ウ ト サ イ ダー ﹄︵ 集英社︶ / ﹃ オカルト﹄ ︵ 平河 出版社︶ / ﹃ミステリーズ﹄ ︵工作舎︶ ワトソン ﹃スーパーネイチャー Ⅱ ﹄︵日本教文社︶ / ﹃生命潮流﹄ グリーンハウス ﹃幽体離脱﹄ ︵国書刊行会︶ 湯浅泰雄 ﹃共時性とは何か﹄ ︵山王出版︶ /ケストラー ﹃偶然の本質﹄ ︵蒼樹書房︶ トムプキンズ 、バード共著 ﹃植物の神秘生活﹄ ︵工作舎︶ 書籍・関連人物等 134 116 一九九〇年 三月二十日 十月三十一日 一九八九年 前 世 記 憶 の 学 問 的 研 究について 臨死体験の世界 探究のメス入る 仏 教 研 究 誌 ﹁ 仏 教 ﹂ / ス ティーヴンソン ﹃前世を記 憶する子どもたち﹄ ︵日本 教文社︶ キューブラー ・ロス ︵精神科 医︶ 、 カール ・ ベッカー︵学者︶
四三 れている﹂と感じた体験の募集をしている。第五八回、第八五回も書 籍から﹁超現実﹂の世界について紹介し、第一一六回には再びキュー ブラー・ロスの研究する﹁臨死体験﹂について挙げ、読者に﹁臨死体 験﹂の体験談を募集している。第一三四回は﹃深い河﹄にも登場する スティーヴンソン博士の﹃前世を記憶する子どもたち﹄を紹介し、 ﹁早 速一読、 途中でやめられなかった﹂と語るほど興味を示しており、 ﹁死 後については誰もわからない。しかし人間の長い思念のなかにはキリ スト教のいう復活、仏教の言う転生、そして死ねば無になるという三 つの考えがあって、我々も死ぬ直前、この三つのうちのいずれかを選 ばねばならなくなる﹂と現代日本人にとってこうした﹁前世﹂の学問 的研究も無意味ではないと語っている。 遠藤はなぜ﹁読者への質問﹂で非科学的、非合理的話題を取り上げ たのか。その理由は﹁延命治療﹂について触れた第四〇回のエッセイ で﹁本当に肉体死=すべての死なのかという現代の大事な問題にかす かにも触れたかったから﹂と答えていることから、遠藤が考え続けて いた現代日本人の﹁死﹂の問題と﹁読者への質問﹂が深く関わってい ることが理解できる。さらに第一九〇回のエッセイでは、 ﹁臨死体験﹂ について述べた後 、﹁ 非合理的にみえ 、奇怪にみえる人の心にこそ 、 人間の魂が何かを囁き、 何かを暗示している﹂と主張し、 非科学的テー マが真剣に取りあげられだした現代の傾向を﹁新しい礎石﹂の一つと して注目しており 、﹃宗教なきこの時代﹄にいかに人間が死をこえら れるかという問題を克服する助けになると提案している。 こうした ﹁読者への質問﹂はエッセイ ﹁花時計﹂では一九八七年 から一九九〇年の間に集中して見られるが 、一九九一年十一月から 一九九二年十月の一年間 、朝日新聞で連載されたエッセイ ﹁万華鏡﹂ に受け継がれている ︵注 10。連載エッセイ︶ ﹁万華鏡﹂は単行本化の際 、 従来の方法とは違い 、﹁読者からの便り﹂が掲載されているのが特徴 である。その方法については連載エッセイ﹁花時計﹂第二八〇回にお いて ﹁読者の感想文を挿入 新しい試みの随筆集﹂と題し 、﹁読者か らの感想文をあまた本のなかに入れさせて頂いた﹂ と述べ、 ﹁この四、 五 年、私が考えてきた人生や人間の深さを語った﹂とそのテーマについ て語っている 。﹁ 読者からの便り﹂を掲載している主なエッセイを次 の表に挙げる。 50・51 40 ∼ 42 6・7 一九九二年 十月十一日・ 十八日 日・十六日 八月二日・九 一九九二年 十二月八日 一九九一年 ・ 十五日 新聞掲載日 虫の知らせ ︵一︶ ・︵二︶ 人生の偶然 ︵一︶∼ ︵三︶ 転生︵一︶ 、 ( 二︶ 新聞掲載タイトル ダン ﹃夢と時間﹄/イア ン ・ スティーヴンソン﹃虫 の知らせの科学﹄ イラ ・プロゴフ ﹃ユング と共時性﹄ ︵創元社︶/マ リ ー ・ ル イ ゼ ・ フ ォ ン ・ フランツ ﹃偶然の一致の 心理学﹄ ︵たま出版︶ / F ・ D ・ピート ﹃シンクロニ シティ﹄ ︵朝日出版社︶ スティーヴンソン著 、笠原 敏雄訳 ﹃前世を記憶する子 どもたち﹄ ︵日本教文社︶ 書籍・関連人物等
四四 第六回、七回は﹁転生﹂と題し、ここでスティーヴンソン著﹃前世 を記憶する子どもたち﹄を取り上げており、単行本では﹁手紙 1 ﹂ か ら ﹁手紙 5 ﹂ の ﹁[付] 読者の手紙﹂ が掲載されている。第一八回には ﹁読 者への礼状﹂と題し 、﹁頂いた手紙のなかで圧倒的に多かったのはな んと前世記憶の話だった。私としては何げなしに書いた話がこれほど 反響をよぶとは思ってもいなかったし、御自分の前世にこれほど興味 や関心を抱いておられる人が多いとは考えもしなかった﹂と ﹁転生﹂ に関する読者の関心の高さに驚いている。第四〇回から四二回は﹁人 生の偶然﹂と題し、エッセイ﹁花時計﹂第六回でも扱った﹁偶然の一 致﹂を取り上げ、偶然と思われるものは無意味なものではなく﹁人生 に何か深いもの﹂ を語っていると述べている。第五〇回、 五一回は ﹃前 世を記憶する子どもたち﹄を著したスティーヴンソンの﹃虫の知らせ の科学﹄を取り上げ﹁死や瀕死﹂のときの﹁心の領域の奥の奥﹂にあ る﹁我々の思想をこえた力﹂の働きについて考えている。 連載エッセイ ﹁万華鏡﹂と ﹁花時計﹂の共通点は ﹁読者への質問﹂ だけでなくその話題にもあり 、遠藤は第一回で ﹁ ホスピス﹂と題し ﹁医学技術的に肉体的苦痛を軽減できても 、死の孤独感や不安をどう 慰めるか﹂ 、﹁日本では上智大学のデーケン教授が一所懸命にその活動 をされているが、無宗教の日本人に慰謝を与えるにはどうすればよい か﹂を﹁我々がとりくむべきテーマ﹂としており、宗教を持たない現 代日本人の﹁死﹂の問題について注目している。第一二回では﹁花時 計﹂で取り上げたキューブラー・ロスの﹁臨死体験﹂の研究を話題に 挙げ、エッセイ﹁花時計﹂に対して寄せられた﹁幽体離脱﹂に関する ﹁読者からの手紙﹂に読者の関心の高さを感じたと述べている。 ﹁花時 計﹂で六回取り上げているデーケン神父も﹁万華鏡﹂で二回取り上げ られており、前世研究のスティーヴンソン博士にいたっては五回も話 題に上っていることからも、遠藤がエッセイ﹁花時計﹂で扱った話題 の中で、関心の高いものが﹁万華鏡﹂でも再び取り上げられる傾向が うかがえる。遠藤は﹁万華鏡﹂の最終回で﹁私が言いたかった最大の ことは、人間の心のふしぎさ、深さであり、人間を包む大きな生命と の関係﹂と告げている 。すなわち二つの連載エッセイは ﹁﹃宗教なき この時代﹄ にいかに人間が死をこえられるか﹂ という現代日本人の ﹁死 の問題﹂を提言し、 ﹁人間を包み込む大きな生命﹂ 、言い換えると人間 を包み込む﹁大きな河﹂を大きなテーマとしていると言える。 以上のように 、﹃ 深い河﹄で ﹁磯辺﹂が造形される過程において 、 遠藤ははじめ 、﹁ 読者への質問﹂で既成の宗教を持たない現代日本人 が﹁転生﹂や人間を超えた非合理的と思われるもの関心を持ち始めて いる様子を﹁新しい時代の流れ﹂として確認し得たことから、 ﹁転生﹂ を﹃深い河﹄に入れようと構想を練った。さらにそれに加え、遠藤の 心の根底にあった﹁死﹂の問題が﹁無意識﹂からの働きかけとして構 想に影響を与えていき、そしてその上に遠藤がスティーヴンソンの研 究する ﹁転生﹂を加えようと思いつき 、﹁ 転生﹂に関連して ﹁転生﹂ について語り合う日本人夫婦に内在する、日本人本来の魂にある宗教 性を実感したことが﹁無意識﹂からのストーリーとなり、 ﹁白人の男﹂
四五 から、転生した妻を探す壮年の男﹁磯辺﹂という﹁魂の問題﹂への構 想変化につながった。つまり、宗教を持たない日本人﹁磯辺﹂を造形 した﹁無意識﹂の根底には、連載エッセイで述べてきた﹁人間を包む 大きな生命との関係﹂ 、そして現代日本人の ﹁死﹂ の問題、 すなわち ﹁﹃ 宗 教なきこの時代﹄にいかに人間が死をこえられるか﹂という遠藤の問 題意識があると結論付けられるのである。
四
おわりに
このように、遠藤は﹃深い河﹄にむけた準備期間、エッセイにおい て﹁死の準備教育﹂を提唱したデーケン神父や﹃死ぬ瞬間﹄を著した キューブラー ・ ロス、さらに﹁ホスピス﹂や、 ﹁延命治療﹂を含む様々 な﹁死﹂の問題を読者に投げかけてきた。さらに宗教を持たない日本 人の﹁死の恐怖感﹂の問題を挙げ、人間を包み込む大きなもの﹁人生 の次元﹂に気づく必要性について考え続けた結果 、それが ﹁無意識﹂ からの働きかけとなり﹁磯辺﹂が造形されたのである。 そうした宗教なき時代の日本人の﹁死﹂の問題の蓄積から生まれた 人物である﹃深い河﹄の﹁磯辺﹂に託されたテーマは、二十一世紀を 生きる我々現代人が真剣に向き合うべきテーマの先駆けであると言え ないだろうか。今年、 米アカデミー賞外国語映画賞を受賞した映画 ﹁お くりびと﹂ も、 また直木賞を受賞した天童荒太の ﹃悼む人﹄ も 、﹃深い河﹄ の﹁磯辺﹂のテーマと重なる宗教を持たない現代日本人が向き合うべ き ﹁死﹂ をめぐる問題を描き、 大きな反響を呼んでいる。 ﹁おくりびと﹂ を企画した俳優の本木雅弘は遠藤と﹃深い河﹄に描かれた印度の死生 観をめぐって対談している ︵注 11。その対談で、遠藤は印度の聖地であ︶ るガンジス河を﹁生と死とが一緒になって住んでいる大きな河﹂と表 しており、本木が﹁日本ではどうすれば﹃大きな河﹄が見つけられる か﹂という質問を投げかけたことに対して、遠藤は﹁インドでは生活 と人生が一緒になっている。日本では生活しかない﹂と述べ、年齢と 共に﹁人生の次元﹂と向き合っていくことの必要性を語っている。そ うした本木の生と死をめぐる深い体験と思索が、この映画誕生のきっ かけにあったことは確かであり、 ﹁死﹂の恐怖と戦い納棺をしながら、 真剣に﹁死﹂と向き合う主人公からは﹁生活の次元﹂の顔だけでなく ﹁人生の次元﹂の顔が垣間見え 、そこには ﹃深い河﹄とも共通した人 間の根底に触れる﹁魂の問題﹂が描かれている。また﹃悼む人﹄の参 考資料を見ると、遠藤がエッセイで再三取り上げ読者に紹介し続けた キューブラー ・ロスの著作とデーケン神父の著作が挙げられており 、 ﹁死﹂ の問題は二十一世紀の現代文学のテーマとして受け継がれ、 今日、 我々に突きつけられている。 このように、 宗教なき時代の日本人の﹁死﹂をめぐる問題を﹁磯辺﹂ に託した遠藤の﹃深い河﹄は、今日注目されている二十一世紀の現代 人の切実なテーマを先取りした作品として意味付けることができるの である。四六 注 1 ﹁ 7 年ぶり長編﹃深い河﹄ ﹂︵読売新聞夕刊、一九九三年七月︶ 2 ﹁最新作 ﹃深い河﹄ ― 魂の問題﹂ ︵﹁國文学﹂ 一九九三年九月号︶ 3 高山鉄男﹁ ﹃創作日記﹄解説﹂ ︵﹁三田文学﹂一九九七年夏季号︶ 4 天羽美代子﹁遠藤周作﹃深い河﹄論 ― ︿多元的宗教観﹀の検証 と再定義 ― ﹂︵ ﹁高知大国文﹂二〇〇二年十二月︶ 5 ﹁小説技術についての雑談﹂ ︵﹁文学界﹂一九九二年五月号︶ 6 ﹁執筆中の感想﹂ ︵﹁別冊文芸春秋﹂一九九二年夏号︶ 7 ﹁﹃深い河﹄創作日記﹂を扱った先行研究は少なく、高山鉄男の ﹁﹃創作日記﹄解説﹂ ︵﹁ 三田文学﹂一九九七年夏季号︶の他に間瀬 啓允の﹁遠藤周作と宗教多元主義 ― ﹃深い河﹄創作日記をめぐっ て﹂ ︵﹁三田文学﹂一九九七年秋季号︶と山根道公の﹁遠藤周作 ― 夕暮れの眼差し﹂ ︵﹁ 三田文学﹂一九九七年秋季号︶等がわずかに 挙げられるが﹁美津子﹂と﹁大津﹂を中心に取り上げており、 ﹁磯 辺﹂に焦点を当てて言及しているものではない。 8 ﹁花時計﹂は産経新聞の月曜朝刊文化面に掲載されていたが 、 第五一回の連載記事末尾に﹁紙面刷新のため、夕刊のない地域の 方々には今回が最終回となりますが、夕刊地域では火曜日付に掲 載します﹂と記され第五二回から火曜夕刊文化面に掲載されてい る。第一四六回からは水曜日の夕刊文化面に連載されるが、記事 の関係により他の曜日に掲載されることもある。題字と挿絵は深 井国による。一九九〇年一月九日から題字のデザインが一回変更 している。連載は全三七七回だが、 第九七回が重複しているため、 実質全三七八回となる 。第一三六回のみ回数の記載がなかった 。 新聞掲載タイトルと単行本のタイトルはすべて異なっており、単 行本未収録のエッセイは十七回存在した。単行本未収録エッセイ の一覧は次のとおりである。 71 68 67 59 45 26 19 18 14 7 一九八八年 十一月一日 十月十一日 一九八八年 十月四日 一九八八年 七月十九日 一九八八年 四月十一日 一九八八年 十一月三十日 一九八七年 十月五日 一九八七年 九月二十八日 一九八七年 八月二十四日 一九八七年 六月二十九日 一九八七年 新聞掲載日 女性会員を募集 宇宙棋院で歓迎 税金の無駄遣い 運転手さんの疑問 事実だったら⋮ 八百長相撲の謎 人間的医療考えて お医者さまたちよ 音痴にもいろいろ 日本一の素人劇団 でも ある日突然訪れる死 ﹁明日﹂を信じたい ヴォランティアで 病人にやすらぎを そう思いませんか 不可解な総裁選挙 五十の効果でもいい 素人的な疑問だが 英国での〝苦労話〟 エイズ・ノイローゼ男 新聞掲載タイトル ﹁宇宙棋院﹂の会員募集 劇団﹁樹座﹂のオーディション ヴォランティアの人募集 ﹁心あたたかな病院を願う﹂ 遠 藤 周 作 ﹁ セ カ ン ド ・ レ ディ﹂ ︵後に﹃ファースト ・ レディ﹄に改題︶ ﹁週刊現代﹂三月十四日号 書籍・関連人物等
四七 9 ﹁ 60 死に臨んでもなお 我が子を思う親心﹂ ︵産経新聞﹁花時 計﹂一九八八年七月二十六日︶ 10 ﹁万華鏡﹂は一九九一年十一月三日から一九九二年十月二十五 日の一年間に渡り朝日新聞日曜文化面に掲載されている。紙面の 題字・挿絵は丹阿弥丹波子︿銅板画家﹀による。 11 ﹃﹁深い河﹂をさぐる﹄ ︵文藝春秋、一九九四年十二月︶ 157 156 112 105 104 101 98 一九九〇年 九月五日 八月二十九日 一九九〇年 九月二十六日 一九八九年 八月八日 一九八九年 八月一日 一九八九年 七月十一日 一九八九年 六月二十日 一九八九年 歯科プラス東洋医学の 不思議な効き目⋮ 〝西洋医学〟 の感覚で 漢方薬を使わないで 楽しい素人劇 豪勢に﹁椿姫﹂ わが文士交友録 人の不幸喜ぶ? 東京の持つ課題 都議選が忘れた わけがわからぬ 世の中も自然も 首相の周辺思う 死刑の是非考え 老人のボランティア ﹁銀の 会﹂読者への呼びかけ ︵ 住 所も記載︶
資
料
﹁﹃深い河﹄創作日記﹂主要登場人物変遷表 凡例 一 本表は ﹁﹃深い河﹄創作日記﹂ ︵講談社文庫 、二〇〇〇年九月︶ により 、年月日 、文中で取り上げられている書籍 、﹃深い河﹄に 関係する登場人物 、︵木口 、沼田 、磯辺 、美津子 、大津︶に関わ る内容によって構成される。 二 第一列は年月日を記載する。日付なしの場合は*で示した。日 付が重複している場合は記述にしたがい、そのまま記載した。 三 第二列は書籍に関わる箇所を引用し、著者名、書籍名を記載し た。 四 第三列から第七列は、登場人物に関する内容を引用した。さら に第三列は木口、 第四列は沼田、 第五列は磯辺、 第六列は美津子、 第七列は大津と、人物によって分けた。 五 原文に見られる赤ペンの書き込みは太字で記載した。傍線は原 文に従った。四八 「『深い河』創作日記」主要登場人物変遷表 『深い河』 日付 書籍 木口 沼田 磯辺 美津子 大津 1990/8/26 新しい小説の漠然たるイメージがあるのだが、まだ着手していない。『大友宗麟』 と『男の一生』とに追われて手がつかぬのだ。気持ちだけ焦燥しているが踏み出 せない。 ビ ル マ の 出 征 元兵士 小説家 成瀬夫人 1990/8/28 吉川夫人 ニューデリーの 美 術 館 でヒン ズー 教 の 女 神 像 を見て 両 性 具有、善なるも のと悪なるもの の 共 存 を 考え る。 彼 女 は 次 第にこれが人間 と思う。しかし そ の人 間 を 包 む大きなものが 欲しい。マザー・ テレサ。 ビルマの元兵士 ビルマ戦線にて戦友Aより転生をきく。戦友Aを探しに彼は印度 に来た。彼は昔、女性捕虜の性器を食べたことがある。外国人神父によって命を助 けられた信者。神父の体を食べたことがある。小説家 情事、愛欲と愛。「強い香 水の匂いが小説家に彼が匿していた過去を甦らせた。場所は印度ニューデリーの国 立博物館の一階だった。女はヒンズー教の女神像の前にうつむいて立っていた」 1990/8/29 吉 川 夫 人の 着 て いたも の や や 長 め の キュ ロ ッ ト( 黒 ) 長 袖 ブ ラウス (ショッキング ピンク) 小説家の愛人 愛欲の世界のなかでのむき出しの独占欲、エゴイズム、小説家の妻は絶望的な病気 である。愛人は愛欲の世界からアガペに変る。(モウリアックの『蝮のからみあい』)別にカトリッ ク作家にしないでもいいのではないか。 1991/9/5 ヒック『宗教多 元主義』『神は多 くの名を持つ』 1991/9/6 仕事場に行き読書と仕事だが、ヒックの衝撃的な本を読んだあとは何を開いても味けなく、仕方なしに大盛堂に残暑の汗をかきながら赴くが一冊も買いたい本なし。 1991/9/29 ② 成 瀬 夫 人。 テ レ ー ズ・ デ ス ケ ル ウ。 彼 女 の 善 意 は 悪 と な り。 そ の 物 語 を 作 ら ね ばならない。 ①前世の夢をたびたびみる男。夢。川。①彼 ビルマ戦線 僧侶③日本憲兵に拷 問されて後に死ぬ。イエスのアナロジイの神父が思い出にある作家。③の神父に ついては受難におけるイエスを彷彿と連想をさすこと。作家は(当時の群像として) 彼を憎み、蔑む者たちのなかにいること。神父は復活すること。作家の筆のなか で作家はなぜか理由わからず神父の事を書くこと。人その友のために死す、これ より大いなる愛はなしと書かれた神父の古い手帖。 1991/10/1 花房山の書斎にて頬杖をつき小説を考える。私の場合、私のテーマ、もしくは心 情と密着した事件があればその小説は滑らかに進行する。①の場合は現実にあっ た事件だが、②と③はまだそれがない。それがないと文体が切迫せず観念的になる。 伏線を細かく張れない。
四九 日付 書籍 木口 沼田 磯辺 美津子 大津 1991/10/7 月曜会「ヒックの神学」 1991/10/12 偶 然 が 小 説 の きっかけになる ことがある。利 光(松男)に頼 まれて日航の留 学 生 の 会 で 講 演 を し て い る 時、ポルポト政 権に家族を殺害 された遠藤五郎 の話やヴェトナ ム学生の話に及 んだ。帰りの自 動車のなかで突 然この話が私の 無意識を刺激し た。そうだ。成 瀬夫人をなぜそ の話に結びつけ ないのか。 1991/11/* 一日一日、自分の人生が終りに近づきつつあることを感じない日はない。 1991/12/31 平成三年最後の日なり。余、病弱の身にて漸く六十八歳の年齢を終えんとす。昔日、 五十歳まで生きればと思いたる事、夢の如し。今日まで生かしてくれた神に感謝 せざるべからず。 1992/1/1 今年こそは長篇完成させねばならぬ。 1992/1/6 挿入すべき話 ノサックの小説風に①出ていく妻 人間の哀しみを出す②あの手紙 桂林の夢 写真を見て夢の風景が出ていた 人間の哀しさが滲む小説を書きたい。それでなければ祈りは出てこない。 1992/1/7 病 院 に お け る 成瀬夫人 夫に会いに行く妻。共に癌 夫から離れる妻 夫は規則正しい夫 肉を食べた兵士 肉を食べさせた神父 1992/1/11 ようやく(不本意ながら)小説少しだけ進む。 1992/1/12 仕事場に行き、小説ほんの少し書く。これから長い険しい道がまた始まるのだ。 1992/1/14 愛の枯れきった美 津子と勝呂医師と が愛の真似事の行 為をする場面へ。 血圧を測定するに百七十∼九十もあり。眩暈は風邪のせいかと考えていたが血圧のせいか。 そうなれば何時倒れるかもしれぬ。病身ようやく七十歳近くまでよく保ったの気持なり。 1992/1/18 ① 美 津子と勝 呂医 師は旅 行 団の 一人 の病気の手当をした ことから貧しい運転 手にたのまれて、子 供の手術をすること になる。②美津子は もう一人の自分(愛 することのできる自 分)に会えるような 気がする。マザー・ テレサの下で働いて いる修 道女 がその ような気がする。彼 女 はそ の日本人 修 道女と会話をする。 1992/1/18 眩暈のせいか、どうも小説に身が入らない。最初から別の構想で書き進めようかと思うくらいだ。 1992/1/24 今日やっと少し小説進んだ。ひょっとしたら(出来不出来は別として)出来あがるかもしれない。かなり力業だけれど。 1992/2/2 花房山の仕事場にて、やや仕事。遅々として進まず。今度の小説『河』が一体、 どこに向うのか、どうなるのか私にもまったくわからない。ただ幾つかの山を越 えねばならぬことだけは確かだ。私は来年で七十歳になる。七十歳まで生きられ るような頑健な体ではなった。よく今日まで生きられたと感謝せざるをえない。
五〇 日付 書籍 木口 沼田 磯辺 美津子 大津 1992/2/4 モウリヤック、G・グリーン 1992/2/9 今日書いたのは人肉をビルマ戦 線で食べた男、津田の入院の場 面。この津田の物語のあと 動 物と人間との交流。―動物をイ エスの象徴として。その書き出 し「神は人間の口を通して語り かけると言うが、時として神は 鳥や犬や人間がペットとして愛 する生きものの口を通しても語 りかけるのではないだろうか」 1992/2/13 『愛の終り』グリーン 1992/2/15 グリーン 『情事の終り』 1992/2/17 (日付重複) グリーン 『燃えつきた人間』 1992/2/24 グリーン 『燃えつきた人間』 1992/3/1 リチャード・ケリイ 『グレアム・グリー ンの世界』 1992/3/7 彼女はかつて愛した男が神父に なりインドにいることを知って いる。その男はヒンズーの恰好 をした神父で、ヒンズー教徒の 病人をガンジス川に浸す手伝い をしている。(この男はやがて 深津という名になる) 1992/3/12 G・ グ リ ー ン の小説作法 とに角、途切れ 途切れだが、新 しく登場した元 神父の存在が大 きくなりつつあ る。彼は死ぬで あろう。しかし 誰の手によって か、事故によっ てか、曖昧。お そらく彼は印度 のバラモン人に よって殺される だろう。 1992/3/24 彼 女 が 愛 し た 彼 は 私 の な か で『おバカさん』 のガストンに変 容しつつある。 1992/4/17 このところ、小 説 が 少しず つ 進 む。 主 人 公 の 一人で あ る 美 津子が 動き はじめたのだ。 固 か った 氷 塊 が や っと割 れ はじ めた 感 が あ る。 今 日 は 彼 女の 新 婚 旅 行 にとりか か る。
五一 日付 書籍 木口 沼田 磯辺 美津子 大津 1992/4/19 少しずつ、少しずつ、人物が動く、というより私の無意識が人物に肉や血を与えはじめた。うまくいけばうまくいくかもしれぬという期待がようやくかすかに起る。 1992/4/20 花 房 山の 仕事 場にて、女主人 公がランドから リヨン で 神 学 生を たず ね る 場面にかかる。 少 しず つ、 少 しず つ 小 説 が 具体化する。 1992/4/22 今日は美津子が深津とソーヌ河 のほとりを歩いて会話する場面 にかかる。言葉がむき出しにな らぬよう注意をせねばならぬ。 1992/4/23 小説、少し難所。深津に一種の 神学論を語らせても読者の興味 をひかないだろうという不安を 感じながら、とも角、美津子の リヨン滞 在 部分を書きおえた。 この深津が次 第に孤 独になり、 愛だけに生き……そして最後は テレサの世界に生きてヒンズー 教徒に殺される。そしてガンジ ス河のほとりで同じように焼か れ、河に入れられる。その後に 美津子が入るという着想が次第 に湧いてきた。 1992/5/2 思いがけぬ小説の展開。美津子 は少し背後に退き、深津が前面 に出はじめた。深津は修院を追 われ、印度に行き、テレサの影 響でヒンズー教徒の病人たちを 救う仕事をして、アンタッチャブ ルの世話をしたために、やがて ヒンズー教 徒たちによって殺さ れる。最後の場面 ヒンズー教 徒の火葬場で深津は焼かれ、そ の灰はヒンズー教 徒と同じよう に河に入れられる。河は愛の河、 魂の河である。美津子はその中 に入浴する。そういう展開になっ ていきそうだ。 1992/5/* やっと美津子の同窓会までの草 稿を作りあげた。ヒンズー教徒 には上流と不可触とがある。そ の掟を破ることで深津は殺され るわけだが、ある部分から切迫 感を出しておかねばならぬ。深 津の死はエルサレム入城のイエ スの死の上に重ねねばならぬ。 賤しめられ、誤解されて愛のた めに死んでいく深津。 1992/5/13 美津子が木口の看病をする夜の部分を書いている。「だから技術だとか職人芸だとか言えなかったわ けで、わたしが自分で無意識でと信じているものを大いに信用している。時として軽いタッチで魔 術が介入してくる。たとえば他の部分が調和するようにさせる要素などがまさしくちょうどいい時 に、こちらの知らないうちに姿を現すのだ」このグリーンの対談は今日書いた部分に当てはまる。 テレーズ・デスケルウや「ガストン」という木口のうわ言がこのような形で役にたつとは、そこを 書いている時、考えもしなかったのだから。 1992/5/31 小説、停滞。美津子が深津を探しに沼田と街に出る場面。結婚式にまぎれこみ、 ハリジャンについて話をきく箇所。どうも図式的だ。
五二 日付 書籍 木口 沼田 磯辺 美津子 大津 1992/6/9 小説いよいよ美津子と深津との邂逅。 そしてホテルの庭での会話まで入る。 深津がエイズにかかった事を暗示。 1992/6/13 小説、深津に視点をかえて、少し深味が出た。しかし小説的エネルギイがない。これ では飽きられる。白人の学者(三十歳ぐらい)を入れることを考える。彼は転生を研 究している。ベナレスに過去を記憶している子供のいることを聞き調査に来るのだ。 1992/6/14 今日は深津が朝早く町に行き、死にかけた老婆を背負って歩く場面を書いた。こういう場面に来る と私の筆はなめらかになる。やはり白人の男は出したほうがよい。彼は白血病か、エイズである。 死を間近にした彼はスティンブンソンの本によって転生の考えをたしかめるためにベナレスに来た のだ。(この白人は磯辺に変る)探求は失敗し、彼は迷う。美津子は彼に体を与えてやる。愛してい たからではない。「愛のまねごと」のためである。 1992/6/15 今日は一日、疲労甚しく、小説にもほとんど手をつけなかった。というより、白人の男を日記体にするか(もしくは手記)それとも彼として書くか、迷っているためだ。一応、手記として書き、再稿でそれを再考してみよう。(白人の男は磯辺になった) 1992/6/16 「わたしは死んだらど こに行くの」と彼女 は言った。「死んでも 必ず会えるわ。生れ 変って、またあなたを 見るつもりだわ」書き 出しは、右のような テーマに直接ふれる こと。壮年の男。磯辺。 それを確認に印度に やってくる。 1992/6/22 最 初 の 書 き出しが やっと決まる。「わた し必ず生れかわるわ。 場所は何処かわから ないけど……あなた の生きている間、こ の世界の何処かに、 必ず生れてくるから」 「そうか」磯辺は妻の 手を握りしめながら 強くうなずいた(以下 略)この書き出しで 読者を一挙につかむ 事ができる。この書 き出しで、この小説 に叙情的な甘美さを 与えることができる。 1992/6/23 仕事は固い氷塊にぶつかる。それを 力ずくで穴をあけている感じ。病気の 妻と美津子とが出会う場面。そして病 気の妻が次第にドリーム・テレパシイ や幽体離脱を体験する場面。それが 作為的でなく読者に感じさせるには平 俗な日常を挿入して、アンダンテで書 かねばならぬ。初稿を整理してみる。 1992/7/8 小説、ようやくchapⅠ及びⅡを書きあぐ。 chapⅠが磯辺の case ならば、chap Ⅲ は美津子の case ということになるだろ う。どうやら目鼻がついたというだけで 勝負はこれからだ。しかし氷塊にぶつか る事、数度。実に難儀だった。◎美津 子が磯辺を誘惑する場面を考える。磯 辺の純愛がためされる場面である。女 神カーリーの生にえとしての磯辺。 1992/7/10 やはり磯辺を小説に入れて良かった。これで美津子の章とつなぐとかなり迫力ができた。読者もつ いてくるだろう。グリーンの小説を読んでうまいと思うのは、日常生活の巧みな織りこみ方である。 ウイスキー、食事、飼犬、そういうものの使い方。再稿ではそれを補足しよう。初稿を整理。美津 子の章以後、印度についてからがまずい。書きなおさねばならぬ。
五三 日付 書籍 木口 沼田 磯辺 美津子 大津 1992/7/15 小説、やっとベナレスにバスが近づく場面に入る。 1992/7/16 沼田は犀鳥や九 官鳥の生れた故 郷をたずねて行 くべきだ。 そし て彼等が生きて いた青空を見る べきた。 今日はやっとホテル・ド・パリ の庭で磯辺と美津子が話しあ う場面を書いた。なんだか希望 が持ててきた。ひょっとすると ……ひょっとすると。 とに角、今度の小説を書いている時が今の私の毎日で一番充実しているのだ。一 日の小説予定分を終了すると私の残骸がテレビをみたり、本を読んだり、酒を飲 んだりしている。この日記を読みかえしてみると、はじめのプランがまるで流れ るに従って方向をさまざまに変え、紆余曲折しているのがよくわかる。小説が出 来るまではこういうものだ。結局、無意識が書かせているのだ。 1992/7/17 この小説には印度の魔的な部分がない事に気づいた。たまたま上原和と平山郁夫の対談を読んでいた ら、「昼なお暗い森、その樹が生き物と同じように気根で呼吸するでしょ。暗くて、じっとりとした息 づかいがある淫靡な感じがとっても強くなる。旺盛な生命力がみなぎっている。そこで精霊神ヤクン− のような女神がイメージされる場合でも性的な表現が非常に多くある」「ヒンドゥーの石造りの寺院の なかに内部は真暗でその真暗な空間にヒンドゥーの神々が息づいている。その中にリンがむなしく安 置してある」「陽が全くささない厚い石の壁の中に、外気を遮断した中にこれでもか、これでもかと彫 刻した像がたくさん置かれている」「じつに濃密なんです。厚い石の壁に閉ざされた暗闇の中でヴィシュ ヌ神とかシヴァ神といったヒンドゥーの神々が原色の赤や黄色で彩色されている」 1992/7/21 第四章は起伏がないので江波がヒンズー教の寺にて美津子に性慾を感じる場面を入れる。印 度のもつ湿った暗い世界をそこで出そうとする。 寺院のなか(ねっとりとした雰囲気) ガン ジス河(ここに沼田の場面を入れる) サルサナート(入れるかどうかわからない) 1992/7/22 ほとんど強引と言える筆の進め方で女神チャームンダーの場面を書いたが(これはや がてガンジー夫人の暗殺場面と照応さすためだ)、江波の台詞は最後がよかった。し かし、この小説には甘い、抒情的な部分が不足している。幸福だった木口とその妻 をもっと書かねばならぬ。 1992/7/26 砂漠を歩く如く、小説を歩く。目的地まであとどのくらいか、ほとんどわからない。 ③三條のウカツな行為(カメラ入賞のため)④ガンジー夫人の死 ①木口が礼として 肉の話をする ② 磯 辺の 探し求 める 1992/7/27 正直いうと、書き足しのあと既に書いたものを読みかえし、この小説は一体、何処に向かうのか、皆目わからなくなってきた。花房 山の仕事場で私は『万華鏡』の原稿を書き終ってから、不意に次の場面を思いうかべた。傷ついた深津につき添いながら美津子は 言う。「バカね、あなたはバカだわ。どうして、こんな事になるのよ」「たまねぎのためだよ。ぼくは、たまねぎの真似をしたかったんだ」 磯辺もその二人についてくる。彼は深津に言われた言葉を思いだす。深津は言う。「ぼくは、奥さまは転生なさったと思います」磯辺「ど こに」深津「あなたの魂のなかに。あなたの心の奥の奥に彼女はふたたび生きて、息づいておられます。あなたはそれを御存知の 筈です。それでなければ奥さまはあなたの心のなかからとっくに消えていた、と思います」美津子「深津さんの信じる、たまねぎも」 深津「ぼくは転生も復活も区別しません。同じものだと思います。たまねぎはぼくの心のなかでふたたび生きて、ぼくの人生をこのよ うなものにしてしまいました。彼はぼくのなかで確かに生きました」小説はその方向、暗中模索の後、そちらに行きそうだ。 1992/7/30 木 口の言 葉(ガン ジス河で美津子に) 「私は転生を信じま すよ。私の戦友でビ ルマの戦線で人間 の肉を食うた戦友 がいた。その男はそ のことに随分、苦し んでいたが、それを 忘れるため酒を飲み すぎ、血を吐いて入 院したのです。その 時、ヴォランティア でガストンという外 人がいて、彼もまた 肉を食べたと言って いました。愛の肉で す。二人とも人間の 肉を口にしながら。 それは転生したんで す。わしにはよく言 えんがね」 磯 辺 が 妻 の再生 したと聞いた村ま でタクシーで出か ける場面に突入し た。
五四 日付 書籍 木口 沼田 磯辺 美津子 大津 1992/7/30 この小説を読みかえしてみると、固い壁にぶつかるたび、それを乗りこえるのは私の 無意識から浮びあがってくるストーリーであるが、そのストーリーには長い間の私の 小説の型があるような気がしてならない。その型がひょっとすると私の人生観、人間 観なのかもしれぬ。 1992/8/1 第一日①美津子、ガンジス河に深津を探すがいない ②教会に行く 結婚式に行く、 サリーを買う 二日目③深津と淫売屋で会う ④深津と庭で話する。磯辺、深津、 美津子 三日朝 ⑤ガンジー首相の暗殺 ⑥ガンジスを見ながらの木口と美津子 ⑦深津 騒動に巻きこまれる、三條の愚行 1992/8/10 『権力と栄光』 1992/8/16 深津と美津子との対話。ホテルの庭で。 1992/8/17 (日付重複) 磯 辺 がガ ンジ ス川(月光に照 らされ た ) を 見て 妻 を 思う 場面を考える。 ここ は この 小 説 の な かで も 最 も 美し い 場 面 でなけ れ ば ならない。 1992/8/18 やはり磯辺を河に一人で坐らせたほうが転調という意味でもよかったようだ。だが言 葉がきたない。『沈黙』の時のリズムがない。美津子と深津との会話を補充する。転 生―復活の会話。それを磯辺の思いに投影さす。この小説が私の代表作になるか どうか、自信が薄くなってきた。しかし、この小説のなかには私の大部分が挿入され ていることは確かだ。 1992/8/20 小説、いよいよ最後の章に入る。沼田は単独で行為をさせ、木口と美津子がガンジス河の朝を訪れる場面を書く。 1992/8/23 美津子と木口との会話を書きなおす。沼田が森に行く場面。書いていて、そらぞらしくなる。やはり、 彼女をガンジス河に入れねばなるまい。両方とも言葉の勝負だ。感動は表現力によって決まる。『沈黙』 の踏絵を踏む場面のようにいかぬものか。 1992/8/25 美津子が河で祈る言葉「これは 本気の祈りではありません。真 似事の祈りです。わたくしの真 似 事 の 愛と同じように 真 似 事 の祈りにしかすぎません。でも ……わたくし はこの 町 に 来 て、 やっとわたくしが過去多くの過 ちを通して、何を求めていたの か、少しだけ、わかりかけてき ました。それはあなたです。で もわたくしにはあなたが何処に おられるのか、何処に行けば会 えるのか、わかっていない。磯 辺さんが何処に行っても亡くなっ た奥さまに会えなかったように、 わたくしはまだ、あなたに会って いません。それでも真似事の祈 りをする気になれました。それ は、これほどの人たちが、この 大きな河のなかでそれぞれの辛 さ、それぞれの悲しみを背負っ て、あなたに祈らざるをえない からです。人 間の河の 悲しみ。 そのなかにわたくしもまじってい ます。わたくしはこれらの人たち と一緒です」 三條が写真機を持ってガンジス河に赴く場面。少し間のぬけた調子で書く。それ までの場面があまりに暗く重いからだ。リズムを構成に与えること。
五五 日付 書籍 木口 沼田 磯辺 美津子 大津 1992/8/26 書棚からルオーの画集をひきずり出し、頁をめくっていたら、思いがけなく、昔書いた私 のルオー論が出てきた。イザヤ書の次の言葉をそのなかで引用してあった。彼はみにくく 威厳もない。みじめで、みすぼらしい 人々は彼をさげすみ、見捨てた 忌み嫌われる 者のように、彼は手で顔を覆って人々に侮られる まこと彼は我々の病を負い 我々の悲 しみを担った この詩篇の言葉が、今の私の小説の主題であることは言うまでもない。 1992/9/8 初稿、やっと書きあげる。深津の死で幕をおろす。自分でも少しだけ、いい作品になったような気 がする。これから初稿をねるのだ。おいしく、文章をなめらかにしよう。文章だ。荒削りのまま初 稿を終えたが老齢の身で純文学の長篇は正直へとへとになった。固い氷塊にぶつかり、難儀したこ とは何度もあった。力わざでそこを押し切ったため、文章に命が通っていない部分も多々あるだろう。 『沈黙』のように酔わせない。『侍』のように重厚になっていない。季節はすさまじい残暑のあと、やっ と秋の冷しさが訪れた。仕事場から見える陽の光も柔らかい。 1992/9/10 初稿の最初を塩津にワープロで清書してもらいながら読みかえす。思っていた以 上に読者をひきこむような気がした。しかしこの創作日記を再読してみると、(六 月二十二日)この磯辺の部分は最初思いついておらず、無意識が私に教えてくれ たものなのだ。 1992/11/9 仕事場にて少し仕事。憂鬱な気持ちを『深い河』の草稿を訂正することで忘れた いのである。「河」という題が「深い河」という題に変ったのは黒人霊歌の「深い河」 を昨日聞いて、それこそこの小説の題をあらわしていると思った。作品中にこの 霊歌を暗示する一節を入れたい。 1993/5/25 今まで五回にわたって手術を受けたが、今日の手術ほど痛く、辛く、耐えられぬ ものはなかった。痛みをまぎらわすため、『深い河』の一節を思い出し、あそこは こう書くべきだったなどと考えるのも小説家の性であり、今のぞむのはあの小説 の出来上りだ。早く表紙をなでてみたい。この小説のために文字通り骨身をけずり、 今日の痛みをしのがねばならなかったのか。 ︵いのうえ まりえ/二〇〇八年度ノートルダム清心女子大学卒業︶