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エネルギー需要の価格弾力性に関する先行研究レビュー――価格弾力性の非対称性を中心にした整理―― 利用統計を見る

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(1)

エネルギー需要の価格弾力性に関する先行研究レビ

ュー――価格弾力性の非対称性を中心にした整理―

著者

星野 優子

著者別名

HOSHINO Yuko

雑誌名

東洋大学大学院紀要

50

ページ

125-144

発行年

2014-03-15

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00006572/

(2)

エネルギー需要の価格弾力性に関する先行研究レビュー

──価格弾力性の非対称性を中心にした整理──

経済学研究科経済学専攻博士後期課程 2 年

星野 優子

要旨

 2 度の石油危機とその後の価格急落期における観察から,エネルギー価格の変動に対して, 価格上昇時と下降時とでは,エネルギー需要の反応は対称的ではないことが指摘されてきた. 本論文では,価格弾力性の非対称性に関する実証分析を整理し,価格弾力性のパラメータは, 上昇時により大きく推計されてきたことを確認した.その非対称性が生じる要因について, 先行研究における指摘事項に加え,生産要素間の代替弾力性の大小関係や,マンキューのメ ニューコストモデルからも,説明可能であることを示した.さらに,非対称性が生じる要因 の一つである,価格誘発的技術進歩についての考え方を整理した,最後に,エネルギー財以 外の消費財として,米とビールを取り上げ,同様の枠組みで,需要の価格弾力性を推計した. その結果,非対称性は,エネルギー以外の財でも観察されるが,必ずしも価格上昇時の弾力 性が大きいとは限らないという結果を得た.価格下降時より上昇時の価格弾力性がより大き くなる非対称性は,エネルギー需要に特徴的にみられる可能性がある. キーワード:価格弾力性,エネルギー需要,非対称性

目次

1.はじめに 2.エネルギー需要関数における価格弾力性の推計と課題 3.価格弾力性の非対称性に関する実証研究の整理 4.価格弾力性の非対称性が観察される要因 5.価格弾力性の非対称性と技術進歩 6.エネルギー以外の需要関数における価格弾力性の非対称性 7.まとめ

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1.はじめに

 エネルギー需要の価格弾力性は,省エネや温暖化防止などのエネルギー・環境政策を議論 する場合に,価格の調整を通じた影響を測るパラメータとして広く参照されている.価格弾 力性に関する研究は,近年のエネルギー価格の高騰によって,再び注目されるようになった. まず,過去 2 回の石油危機前後の議論を振り返ってみたい.1970 年代の 2 度の石油危機と その後の価格急落期において,石油などのエネルギー財の需要が,価格上昇時と下降時とで は,価格変化に対して異なる反応をすることが観察された.原油価格は,2 度の石油ショッ クのあと,1986 年の OPEC の公定価格維持の事実上の放棄によって,急落を経験した.同 時期の先進国の石油需要をみると,原油価格の高騰に伴って,需要のピークであった 1979 年から需要のボトムとなった 1983 年までの 4 年間に,年率平均で 3.4%減少した.一方,そ の後の 1987 年までの 4 年間の需要の伸びは,年率平均で 1.8%にとどまった.図 1 は, OECD 諸国において,原油価格と石油需要に大きな変動がみられた 1979 年から 1987 年の 各年の石油需要の推移をみたものである.価格が高水準を維持した 1979 年から 1983 年にか けてのエネルギー需要は,大きく減少している.これに対し,1983 年以降,価格水準は石 油危機前の水準に戻ったにも関わらず,エネルギー需要の増加量は,石油危機による減少分 の半分以下にとどまっている.同様の観察結果は,国別の実証研究や,ガソリン需要など製 品別の分析でも確認されたことから,エネルギー需要の価格変化に対する反応が,価格上昇 時と下降時とでは異なることが認識される契機となった.こうした状況を,価格弾力性の変 化として捉えたのが,エネルギー需要の価格弾力性の非対称性に関する研究である.1990 年前後に多くの実証研究がなされたが, 近年のエネルギー資源価格の高騰によっ て,再び注目され,新しい実証研究も行 われている.次節以降では,エネルギー 需要の特徴と需要関数のパラメータ推計 に伴う課題を整理し,1980 年代以降の 議論を掘り起しながら,最近の研究にい たるまでを概観し,エネルギー需要の価 格弾力性の非対称性を中心に先行研究を 再整理したい.

2. エネルギー需要関数における価格弾力性の推計と課題

2.1 需要関数の導出

 エネルギーは,家庭やオフィスにおいては,消費財としての側面を持つ一方,工場におい ては,熱や動力といった生産財としての側面を持つ.生産財としてのエネルギー需要関数を 図 1 需要は完全には回復しなかった

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考える場合,資本,労働,中間財,エネルギーを投入要素とする生産関数をもとに,費用最 小化の条件から,その他の資本,労働,中間財需要関数と同様に,要素需要としての需要関 数を導出することができる.  産業部門の生産関数を以下の(1)式で表し,Q は生産規模, X は非エネルギー財投入,E はエネルギー投入とする. (1)  非エネルギー財価格をニュメレールとして, をエネルギー財価格とすると , 産業部門で の費用最小化条件から非エネルギー財,エネルギーの各要素需要を求めることができる.す なわち,以下(2)式を X, E, λで偏微分して 0 とおくと(3)~(5)式を得る. (2) (3) (4) (5) (1),(3)より , (1),(4)より , これをまとめると , , これを(1)式に代入して整理すると ,(6)式のエネルギー需要関数を得る. (6)  これを両対数型にして,整理すると  (7) (7)式より, がエネルギー需要の価格弾力性に相当する.

2.2 エネルギー需要の特徴

 Nordhaus[1979]では,エネルギー需要の経済分析で直面する課題として,1) 所得変化や, エネルギーの相対価格変化に対して,エネルギー需要の中長期的な反応はどのようなものか. 2) 石油危機のような短期的に大きなショックに対する調整は,どのような時間スケールで 進むのか.3) そもそもエネルギー需要を,通常の経済財とみなして分析することはできる のか,などをあげている.エネルギー財が,他の財と比較して特徴的な点として,次の 2 点 があげられる.  まず 1 点目は,エネルギー需要が,エネルギーそのものではなく,そこから得られる温か さや明るさや利便性などのエネルギーサービスに対する需要であるという点である.例えば, ある工場で,作業場の照度を 500 ルクスに保つために 400W の電力を使用している場合を考 える.この場合に必要なものは,電力ではなく照度である.仮にこの作業場の照明を水銀灯 から LED 照明に替えることで使用電力を 100W 以下に抑えられれば,照度は変わらなくて も電力消費は 4 分の1以下にすることが可能である.

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 2点目は,価格の予見性と変動幅である.世界の一次エネルギー需要の 8 割は,石油,石 炭,天然ガスといった化石燃料で賄われている.化石燃料は枯渇性資源であることから,長 期的な価格動向は,需要だけではなく,サプライチェーン側の技術の不確実性にも大きく影 響される.また,化石燃料輸入国にとってのエネルギー価格は,国内のエネルギー財の生産 性とは無関係な,中東情勢や,グローバルな需給で決まる外生変数であり,価格変動は予見 不可能で変動幅も大きい.エネルギー財は,こうした特徴を持つことから,需要関数を考え るうえでは,1) エネルギーサービス側の機器を含めた,技術の進歩や普及をどのように捉 えるか,2) エネルギー価格変動に対する需要の反応をどのように捉えるか,が重要である といえる.

2.3 エネルギー需要の価格弾力性の推計上の問題

 表1は,星野[2009]を元に,1975-2009 年までに発表されたエネルギー需要の価格弾力 性に関する実証研究論文 33 編について,その推計結果の平均値を,モデルやデータのタイプ, トレンドの有無,文献発表時期によって部門別に整理したものである.その結果,価格弾力 性の推計結果は,ここで整理した各項目によって,特定の傾向があることがわかる.  まず,用いられているデータによって分類したモデルのタイプについてみると,時系列デー タよりもクロスセクションデータを用いた方が,クロスセクションデータよりもプーリング データを用いた方が,推計結果の平均値が大きくなる.この違いが生じる理由についての明 解な説明は得られないものの, クロスセクションデータによ る推計値が,時系列データに よる推計値よりも高めに推計 さ れ る 傾 向 に つ い て は, Pesaran[1995],OECD[2000], Dahl[1993]でも同様に指摘 されている.次に,タイムト レンドの有無についてみると, タイムトレンド項を含むより, 含まない方が,推計結果の平 均値は大きい.論文発表時期 では,2000 年以前に公表され た論文のほうが,それ以降に 公表された論文よりも推計結 果の平均値は大きい.また、  表1 価格弾力性の推計結果に影響を与える要因

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OECD[2001]は,価格弾力性を政策評価に用いる際の留意点として,以下の 3 点を挙げて いる. 1. 価格弾力性を需要曲線の接線の傾きと考えるならば,同一の需要曲線上であっても,価 格水準や価格変化の大きさによって弾力性が異なる性質を本来的に持つものである. 2.価格弾力性の大きさは,価格上昇時と下降時とで異なる非対称性を持つ可能性がある. 3. 消費者が,価格変化を短期的なものと捉えるか,長期的なものと捉えるか,といった将 来のエネルギー価格に対する期待の違いが,価格弾力性の違いに影響する.  OECD[2001]の指摘した点に加えて,タイムトレンドをどのように扱うかが推計結果に 影響を与えることも指摘されている.Boone 他[1996]の OECD 諸国のエネルギー需要関 数の推計結果によれば,エネルギー需要関数において,技術進歩率を考慮することで,長期 価格弾力性は,より低めに推計されることを指摘している.同じく Hunt[2003]でも,カ ルマンフィルターモデルで推計した非線形のエネルギー需要トレンド(UEDT: Underlying Energy Demand Trend)を,技術進歩以外の要因も含むトレンドとして需要関数の説明変 数に用いている.その結果,Hunt[2003]でも,トレンドを考慮しないモデルに比べて, トレンドを考慮するモデルで,長期価格弾力性は低く推計される傾向にあることが確認され ている.これらは,表 1 で整理した結果とも整合的である.また,Adeyami 他[2010]では, 主要先進国 17 か国について,1960 ~ 2006 年の推計期間を対象にしたモデル間比較の結果, 日本を含む多くの国において,エネルギー価格弾力性の非対称性と,エネルギー需要トレン ドの非線形性の 2 つの要因を考慮したモデルが選択されるという結論を得ている.

3.価格弾力性の非対称性に関する実証研究の整理

3.1 どのように推計されてきたか

 以下では,価格弾力性の非対称性がどのように推計されてきたのかについて,実証分析の 結果を整理したい.Haas 他[1998]は,欧州 8 か国および日本,米国の家庭部門のエネルギー 需要を対象に,3 つのアプローチで価格弾力性の非対称性を捉える試みをしている.1 つ目は, 推計期間を,価格上昇期と価格下降期とに分けてパラメータを推計する方法である.推計の 結果,石油危機を含む価格上昇期を対象にした場合のほうが,それ以降の期間を対象にした 場合よりも高い値を得ることがわかった.2 点目は,エネルギー需要関数の説明変数として, エネルギー原単位要因を加える方法である.用いられているエネルギー原単位要因は,各エ ネルギー機器の保有状況と,各機器の効率変化(向上)を反映したもので,技術進歩率の代 理変数である.この原単位要因を,エネルギー需要関数に説明変数として加えたところ,原 単位変化要因が高い説明力を持つ一方で,非対称性を仮定しない価格変数は,説明力を落と すことがわかった.3 つ目は,複数の価格変数を用いる方法である.  複数の価格変数を用いる方法としては,Dargay[1990]が,英国の最終エネルギー消費

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と石油需要を対象に,1960-1988 年間のデータを用いて,価格上昇時,下降時の累積価格 P+,P,最大価格更新時の価格 Pmの 3 種類の変数を加えた実証分析を行っている.ここで P+,P,Pmは次のように定義されている. (8) (9) (10) (11) (12)  分析の結果,価格の上昇,下降について価格弾力性が対称なモデルと,非対称なモデルを 比較すると,後者の方が,統計的説明力,理論的整合性ともに,優れたパラメータを推計で きることを確認している.  Gately 他[1993]は,1960-88 年の日本と米国の運輸部門と非運輸部門の石油需要を対象 に以下の(13)~(16)式からなるモデル分析を行っている.石油危機時に見られた需要へ の影響について,石油危機以降の価格急落時にも同程度の影響がみられたのかを検証し,価 格弾力性に非対称性があることを確認している.また,対象国を先進国/途上国という区別 だけでなく,産油国か否か,経済成長を続けているか否かなどに分けて検証し,国によって 結果には大きな幅がある可能性も指摘している. (13) (14) (15) (16)  先に挙げた Haas 他[1998]は,3 つ目のアプローチとして,Gately[1998]のモデルを 元に定式化した,以下のモデルを用いている. (17) (18) (19)  分析の結果,最高価格更新時,価格上昇時の価格変数が説明力を持つのに対し,価格下降 時の価格変数は説明力を持たないという結果を得ている.このことから Haas は,エネルギー 価格下降時の省エネのリバウンドは小さく,省エネ政策は有効である,という考察を行って いる.  Gately 他[2002]では,Haas 他[1998]の価格変数の分割モデルを所得変数にも用いて, 価格弾力性だけでなく所得弾力性にも非対称性を仮定した分析を行っている.96 か国のエ ネルギー需要,石油需要を対象に分析した結果,価格弾力性については,(1) 特に OECD 諸国において,価格上昇時のほうが下降時よりも影響が大きい.(2) 価格変化に対する需要

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の調整スピードは,所得変 化に対する需要の調整ス ピードよりも遅い.という 結果を得ている.  Sentenac-Chemin[2012] は,米国とインドの乗用車 用ガソリン需要について, 1978 ~ 2005 年の期間を対 象に,共和分モデルを用い た需要関数の推計を行って いる.その結果,米国では, 価格上昇時の価格弾力性は 説明力を持つが,下降時の 価格弾力性については,有 意 な 結 果 を 得 て い な い. Sentenac-Chemin は,この結果について,CAFE の導入や価格上昇によって誘発された技 術進歩によるガソリン需要の削減効果が,価格下落時にも持続する不可逆性を持つためであ る,という考察を行っている.一方,インドでは,ガソリン需要の価格弾力性には,米国で 見られたような非対称性は確認できなかったとしている.  以上の先行研究における非対称な価格弾力性の推計結果を,表 2 にまとめてみると,概ね 以下のように整理できる.Dargay[1990]の,英国のエネルギー消費についてみると,価 格下降時の価格弾力性はほぼ 0 であるのに対し,価格上昇時の価格弾力性は -1 前後で,特に, 最大価格更新時の価格弾力性が際立って高いことが確認できる.一方,Haas 他[1998], Sentenac-Chemin[2012]では,価格下降時については,有意な価格弾力性の推計値を得る ことができていない.Gately[1993],Gately[2002]では,価格下降時の価格弾力性が推 計されているが,日本の運輸用石油需要を除く全てで,最大価格更新時あるいは価格上昇時 の価格弾力性よりも小さな値が推計されている.

3.2 価格弾力性を経時的に変化するものとして捉えるときの注意点

 推計期間によって価格弾力性の推計結果が異なるという観察結果に対応するために,価格 弾力性を,非対称な弾性値として推計すること以外に,経時的に変化する時変パラメータと して推計することも試みられている.例えば最近の研究には,Neto[2011],Inglesi-Lotz[2011] がある.Neto[2011]によれば,スイスのガソリン需要の価格弾力性を共和分モデルで時 変パラメータとして推計した結果,価格弾力性は,1980 年代後半から 1990 年代初頭にかけ と石油需要を対象に,1960-1988 年間のデータを用いて,価格上昇時,下降時の累積価格 P+,P,最大価格更新時の価格 Pmの 3 種類の変数を加えた実証分析を行っている.ここで P+,P,Pmは次のように定義されている. (8) (9) (10) (11) (12)  分析の結果,価格の上昇,下降について価格弾力性が対称なモデルと,非対称なモデルを 比較すると,後者の方が,統計的説明力,理論的整合性ともに,優れたパラメータを推計で きることを確認している.  Gately 他[1993]は,1960-88 年の日本と米国の運輸部門と非運輸部門の石油需要を対象 に以下の(13)~(16)式からなるモデル分析を行っている.石油危機時に見られた需要へ の影響について,石油危機以降の価格急落時にも同程度の影響がみられたのかを検証し,価 格弾力性に非対称性があることを確認している.また,対象国を先進国/途上国という区別 だけでなく,産油国か否か,経済成長を続けているか否かなどに分けて検証し,国によって 結果には大きな幅がある可能性も指摘している. (13) (14) (15) (16)  先に挙げた Haas 他[1998]は,3 つ目のアプローチとして,Gately[1998]のモデルを 元に定式化した,以下のモデルを用いている. (17) (18) (19)  分析の結果,最高価格更新時,価格上昇時の価格変数が説明力を持つのに対し,価格下降 時の価格変数は説明力を持たないという結果を得ている.このことから Haas は,エネルギー 価格下降時の省エネのリバウンドは小さく,省エネ政策は有効である,という考察を行って いる.  Gately 他[2002]では,Haas 他[1998]の価格変数の分割モデルを所得変数にも用いて, 価格弾力性だけでなく所得弾力性にも非対称性を仮定した分析を行っている.96 か国のエ ネルギー需要,石油需要を対象に分析した結果,価格弾力性については,(1) 特に OECD 諸国において,価格上昇時のほうが下降時よりも影響が大きい.(2) 価格変化に対する需要 表 2 先行研究における非対称な価格弾力性の推計結果

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て拡大するが,その後 2000 年にかけて縮小し,一時プラスの値となる.しかし 2000 年を境 に再び価格弾力性は拡大傾向に転じる.Neto は,1980 年代後半以降の価格弾力性の拡大要 因については,石油危機後のディーゼル車の普及や,都市部の公共交通網の発達などにより, 価格に弾力的に反応できる環境が整ったことを理由にあげている.また,2000 年代以降の 価格弾力性の縮小は,人々の環境意識の高まりを反映したものであると考察している.  しかし,ディーゼル車の普及や都市部の公共交通網整備の効果は,通常であれば 1990 年 代後半以降も持続していると考えられるため,この説明では,1990 年代後半以降に価格弾 力性が縮小した理由を説明することはできない.また,2000 年代以降の価格弾力性の拡大 要因を,人々の環境意識の高まりと考えることは難しい.なぜなら,価格弾力性が大きいと いうことは,仮に価格が低下した場合には,ガソリン需要の増加も,より大きくなるが,こ のことを環境意識が高いとは言わないからである.ところで,経時的変化であると捉えたも のが,価格弾力性に非対称性があるために起こっている可能性もある.この点について,星 野[2013]は,以下のように説明している.  仮に,価格変数 P を,価格上昇時 Pincと下降時 Pdecの 2 種類の価格変数の合成として考 えると, (20)  仮にβ 1,β 2 は時間に関して一定であっても,β 1 =β 2 でない(価格弾力性が非対称な) 場合には,βは価格変動に伴って変化する可能性があるためである.従って,価格弾力性の 非対称性を考慮したモデルでの検討を経ないで,価格弾力性の経時的変化をアドホックな要 因で説明することには注意が必要である.このようにエネルギー需要の価格弾力性を可変パ ラメータとして推計した実証分析が多くみられるものの,価格弾力性に非対称性があると考 えるならば,価格弾力性の変化として捉えたものが,単に価格変化を捉えている可能性があ ることを指摘したい.可変パラメータによって推計された価格弾力性の変化を,安易に需要 構造の変化と捉えることには,注意が必要である.ここまでのエネルギー需要の価格弾力性 の非対称性に関する先行研究のレビューの結果,特に先進国においては,多くの場合,価格 上昇時と下降時とで価格弾力性が非対称性であることを,確認することができた.次節では, どのような要因で,価格弾力性の非対称性が生じるのかについてみていきたい.

4.価格弾力性の非対称性が観察される要因

4.1 Wirl[1988]による整理

 Wirl[1998]は,価格弾力性の非対称性が観察される要因として,以下の 4 つをあげてい る. (1) 第一次,第二次石油危機を通じた約 10 年の間に,省燃料自動車や省電力家電といった 技術進歩が起こった.こうした技術進歩によって得た新たな技術は,不可逆的なものであり,

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価格低下時でも引き続き効果は持続する. (2) 将来のエネルギー価格に対する消費者の認識には,価格上昇に対して,より備える方 向にバイアスが働くことから,価格低下時であっても,将来の期待価格はそれほど低下しな い. (3) 様々な取引費用(探索・契約コスト,設備工事関連の作業や休業など)が存在するた めに,省エネによる利益がこれらを上回らない限り,投資は行われにくい.しかし,省エネ 支援政策による後押しがある場合には,投資は実現し易くなることから,価格上昇時の需要 変化はより大きくなる. (4) エネルギー価格上昇時には,設備更新(買い替え)時期の前であっても,よりエネルギー 効率のいい設備に置き換えた方が,費用を節約できる場合がある.しかし,価格低下時に更 新時期が来ていない機器を,効率の悪い設備に置き換えることは,通常の場合考えられない.  以上であるが,最近の Sentenac-Chemin[2012]によるレビューでも,Wirl[1998]とほ ぼ同様の要因があげられている.

4.2 Grubb[1995]による整理

 Grubb[1995]は,非対称性が存在する要因として,Wirl[1988]の指摘した技術進歩へ の影響に加えて,以下の 2 点を指摘している. (1) 価格上昇を契機として,省エネ規制の導入が行われることがある.こうした規制は, 通常の場合,価格低下時においても,引き続き効力を有するので,価格低下時の価格弾力性 を弱める方向に作用する. (2) 価格上昇時に獲得した人々の省エネ習慣は,価格低下時においても,持続する可能性 がある.この効果も,価格低下時の価格弾力性を弱める方向に作用する.  技術進歩への影響については,価格上昇時の価格弾力性を高める方向に作用するだけでは なく,価格下降時の価格弾力性を低める方向にも作用するとの指摘である.

4.3 エネルギーを含む生産要素間の代替弾力性と非対称性

 エネルギー価格の上昇によって,エネルギー以外の生産要素への代替が非対称な場合にも, 価格弾力性の非対称性が生じる可能性がある.例えば,エネルギー価格上昇時のエネルギー から資本への代替弾力性を ,資本価格上昇時の資本からエネルギーへの代替弾力性を とすると,  >   のときには,エネルギー価格上昇時のエネルギーから資本への 代替弾力性のほうが,資本価格上昇時(裏返せば,エネルギー価格下降時)の資本からエネ ルギーへの代替弾力性よりも大きいことを意味する.これを,エネルギー需要からみた場合 には,価格上昇時の需要の価格弾力性が,価格下降時の需要の価格弾力性よりも大きいこと になる.

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 表 3 は,中国のほか途上国について同様の手法で分析された先行研究における推計結果を まとめたものである.Fan 他[2007]では,代替弾力性に非対称性はみられないが,Ma 他 [2008]では,  >   であり,エネルギー価格上昇による資本への代替の程度が, 逆の場合よりも若干大きく計測されてお り,非対称性の存在を確認できる.Roy 他[2006]で,鉄鋼についてみると,  >   であり,エネルギー価格上昇 による資本への代替効果のほうが大きい. エネルギー多消費産業では,エネルギー 価格上昇の影響がより大きくなる可能性 を示唆している.

4.4 メニューコストからみた非対称性

 Madsen 他[1998]は,Ball and Mankiw[1994]で提示された「メニューコスト」が存 在するときに,生産物(製品)価格の需要ショックに対する反応の非対称性が生じる理由に ついて,製造業者,小売業者の 2 つのモデルを用いて論じている.需要が価格に対して比較 的非弾力的な場合には,価格が上昇しても売り上げへのインパクトは限定的であることから, 企業は,上方に価格調整を行うことで利益を得ることが可能となる.その反面,価格低下に 対する需要の反応も鈍いので,価格低下を補うだけの売り上げの増加は望めないことから, 企業は下方への価格調整には消極的となる.一般に上流に位置する製造業者は,下流に位置 する小売業者より非弾力的な需要に直面している.さらに Blinder[1994]によれば,価格 変更に伴う「メニューコスト」は,カタログの改訂や取引先への周知などが必要となる製造 業者のほうが,店頭の値札や値引き率を書き換えるだけで済む小売業者に比べて大きい.こ うしたことから,生産物価格は下方硬直的な傾向を持つことになる.  Madsen らの枠組みを使って,生産要素の一つとしてエネルギーを投入している製造業の 生産者を考える.ここで,エネルギー価格は外生変数であるが,生産物価格は内生変数とす る.今,製造業生産物に対する需要の価格弾力性が小さい場合を考えると,生産物価格の低 下による売上増加は大きく見込めないことに加え,メニューコストがあるために,生産物価 格には下方硬直性が存在する.従って,仮に生産投入要素であるエネルギー価格が低下して も,生産物価格の低下にはつながりにくいため,生産物需要の増加幅とエネルギー投入(需 要)の増加幅はともに小さくなると予想される.  一方,エネルギー価格の上昇時には,生産物需要の価格弾力性が低いために,生産物価格 引き上げによる生産物需要の減少は限定的なことから,生産物価格への転嫁は行われやすい. 仮にメニューコストを上回る利益が期待できる場合には,生産物価格の引き上げも大きめに 表 3 途上国を対象にした先行研究

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行われやすい.この場合には,生産物需要とエネルギー投入(需要)の減少幅はエネルギー 価格低下時よりは大きくなる.以上のことから,価格上昇時のエネルギー需要の減少は,価 格低下時のエネルギー需要の増加よりも大きく,エネルギー需要の価格弾力性の大きさは価 格変化の方向に関して非対称になることを説明することができる.

5. 価格弾力性の非対称性と技術進歩

5.1 価格誘発的技術進歩とは

 以下では,先に見た Wirl[1998],Grubb[1995]においても,価格弾力性の非対称性が 観察される要因として中心的に取り上げられている,技術進歩要因とエネルギー価格との関 係について,さらに詳しく整理したい.Kumar 他[2009]は,エネルギー部門の生産性の 変化を,効率性変化(キャッチアップ効果)と技術進歩率の 2 つに分解している.Kumar らは,さらに技術進歩率を 2 つに分けて整理している.1つめは,外生的技術進歩率であり, 多くのエネルギーモデルでは AEEI(Autonomous Energy Efficiency Improvement)と呼 ばれる.実証分析では,タイムトレンド項のパラメータで代表されるものに相当する.2 つ めは,内生的技術進歩率(Endogenous Technology Change)と呼ばれるものである.  エネルギー需要関数における技術進歩率の内生化については,Dowlatabadi 他[2006], Boone 他[1996]などで,技術進歩率を,価格,産業構造の代理変数,時間の関数などで説 明することが試みられている.エネルギー価格の上昇によって,技術進歩が促進され,省エ ネ機器の開発やその普及が促進されるのであれば,この技術進歩は,「Price induced technology change(価格誘発的技術進歩)」と呼ばれる.Kumar らによる世界 80 か国の 1971 年から 2000 年を対象とした実証分析では,石油価格が長期的に上昇している時期には, グローバルなレベルで,石油価格上昇に誘発された技術進歩が存在することを確認している.  Dowlatabadi 他[2006]では,1954-94 年間の米国のエネルギー需要を対象に,内生的技 術進歩率πの推計を試みている.彼らは,AEEI や価格弾力性などに,あらかじめとりうる 値の範囲や初期値を与えたうえで,カリブレーションによって,πを含むエネルギー需要関 数のパラメータを推計している.次に,そこで得たπを,次式で AEEI に相当するパラメー タk,エネルギー価格 P に回帰することで,価格が技術進歩に及ぼす影響を分析している. (21) その結果,価格 P はπを有意に説明することが示されている.すなわち,価格誘発的な技 術進歩が存在することを確認している.また,Popp[2001]は,米国の製造業 8 業種の 450 社の 1958 年から 1991 年の企業データを用いて,新技術の導入によるエネルギー需要へのイ ンパクトについて分析を行っている.新技術導入要因に関しては,エネルギー関連の知識ス

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トックの代理変数としてエネルギー関連の特許数を用いている.分析の結果,エネルギー価 格変化によるエネルギー需要減少のうち,価格変化に誘発された要素間代替による効果が 3 分の 2 を占め,特許数で表す知識ストックによる技術革新効果は約 3 分の 1 であった.  長期のグローバルな温室効果ガス削減に関するモデル分析では,その最適解は,将来利用 可能な技術水準とコストに大きく依存することから,内生的技術進歩率への関心は高い. Grubb 他[2006]では,分析に用いられる複数のモデルを対象に,内生的技術進歩の扱い 方を整理している.その特集号のなかで,Kohler 他[2006]は,内生的技術進歩の要因の 一つとしてエネルギー価格上昇をとりあげている.技術進歩の代理変数としては,多くの研 究で R&D の成果である特許取得数が用いられており,先に見た Popp[2001]のように, エネルギー価格の上昇は,特許取得数増加に対して説明力があるという結果を得ている.

5.2 価格弾力性の非対称性から技術進歩を捉える

 4 節で整理した,価格弾力性の非対称性の主な要因は,1) 省エネ関連の技術進歩への影響, 2) 省エネ投資への影響,3) 消費者の期待価格への影響,4) 省エネ規制への影響,5) 省エネ 習慣の獲得,6) 生産要素間の代替,7) メニューコストの存在,であった.これらのうち,1), 2),6) は,価格上昇に伴う省エネ技術開発や導入促進,代替エネルギーへの不可逆的シフ トであり,エネルギー需要節約的な技術進歩と考えることができる.また,4),5) は,価 格下降時の需要増加(省エネのリバウンド効果)を小さくする効果を持つが,これも広義に は,制度的・社会的意味においての省エネ技術の進歩と捉えることもできる.一方,3),7) の要因は,直接的には,技術進歩への影響と考えることはできないが,相対的な影響度合い はそれほど大きくないと考えられる.従って,価格弾力性の非対称性の多くは,価格変化に よるエネルギー需要節約的な技術進歩への影響を捉えていると考えることができる.  Griffin 他[2005]でも,非対称な価格弾力性は,内生的技術進歩としての価格誘発的技術 進歩を捉えていることに他ならないと指摘している.同時に Griffin らは,内生的技術進歩の メカニズムは十分に解明されておらず,実証分析においては,価格弾力性は対称性を仮定し, 技術進歩は外生的なショックとして捉えるべきであると主張している.これに対して Huntington 他[2006]は,統計的検定を行った結果,価格弾力性の対称性を仮定したモデ ルではなく,非対称性を仮定したモデルが選択されることを示して反論している.また,先 に見た,Kumar 他[2009],Dowlatabadi 他[2006],Popp[2001]の実証分析の結果は, 確かに価格誘発的技術進歩が存在していることを示唆している.

 Adeyami 他[2007]は,OECD 諸国 15 か国を対象に,1962-2003 年のデータを用いて, Griffin らの仮説の検証を試みている.その結果,省エネ技術進歩率とエネルギー需要の価格 弾力性の非対称性の間の関係については,明解な答えは得られなかったとしながらも,技術 進歩を先験的に外生的ショックと捉えることには否定的である.実証分析においては,価格

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トックの代理変数としてエネルギー関連の特許数を用いている.分析の結果,エネルギー価 格変化によるエネルギー需要減少のうち,価格変化に誘発された要素間代替による効果が 3 分の 2 を占め,特許数で表す知識ストックによる技術革新効果は約 3 分の 1 であった.  長期のグローバルな温室効果ガス削減に関するモデル分析では,その最適解は,将来利用 可能な技術水準とコストに大きく依存することから,内生的技術進歩率への関心は高い. Grubb 他[2006]では,分析に用いられる複数のモデルを対象に,内生的技術進歩の扱い 方を整理している.その特集号のなかで,Kohler 他[2006]は,内生的技術進歩の要因の 一つとしてエネルギー価格上昇をとりあげている.技術進歩の代理変数としては,多くの研 究で R&D の成果である特許取得数が用いられており,先に見た Popp[2001]のように, エネルギー価格の上昇は,特許取得数増加に対して説明力があるという結果を得ている.

5.2 価格弾力性の非対称性から技術進歩を捉える

 4 節で整理した,価格弾力性の非対称性の主な要因は,1) 省エネ関連の技術進歩への影響, 2) 省エネ投資への影響,3) 消費者の期待価格への影響,4) 省エネ規制への影響,5) 省エネ 習慣の獲得,6) 生産要素間の代替,7) メニューコストの存在,であった.これらのうち,1), 2),6) は,価格上昇に伴う省エネ技術開発や導入促進,代替エネルギーへの不可逆的シフ トであり,エネルギー需要節約的な技術進歩と考えることができる.また,4),5) は,価 格下降時の需要増加(省エネのリバウンド効果)を小さくする効果を持つが,これも広義に は,制度的・社会的意味においての省エネ技術の進歩と捉えることもできる.一方,3),7) の要因は,直接的には,技術進歩への影響と考えることはできないが,相対的な影響度合い はそれほど大きくないと考えられる.従って,価格弾力性の非対称性の多くは,価格変化に よるエネルギー需要節約的な技術進歩への影響を捉えていると考えることができる.  Griffin 他[2005]でも,非対称な価格弾力性は,内生的技術進歩としての価格誘発的技術 進歩を捉えていることに他ならないと指摘している.同時に Griffin らは,内生的技術進歩の メカニズムは十分に解明されておらず,実証分析においては,価格弾力性は対称性を仮定し, 技術進歩は外生的なショックとして捉えるべきであると主張している.これに対して Huntington 他[2006]は,統計的検定を行った結果,価格弾力性の対称性を仮定したモデ ルではなく,非対称性を仮定したモデルが選択されることを示して反論している.また,先 に見た,Kumar 他[2009],Dowlatabadi 他[2006],Popp[2001]の実証分析の結果は, 確かに価格誘発的技術進歩が存在していることを示唆している.  Adeyami 他[2007]は,OECD 諸国 15 か国を対象に,1962-2003 年のデータを用いて, Griffin らの仮説の検証を試みている.その結果,省エネ技術進歩率とエネルギー需要の価格 弾力性の非対称性の間の関係については,明解な答えは得られなかったとしながらも,技術 進歩を先験的に外生的ショックと捉えることには否定的である.実証分析においては,価格 図 2 先行研究による日本の実証結果 : (上昇時価格弾力性)-(下降時価格弾力性) 弾力性の非対称性を考慮すること が重要であると指摘している.  日本を対象に,価格弾力性の非 対称性を考慮した分析に,星野 [2010,2013]がある.前者は,日 本の製造業計,家庭部門計,業務 部門計,運輸部門計を対象にして おり,後者は,製造業 8 業種(鉄 鋼,化学,窯業土石,紙パ,非鉄, 繊維,食品,機械)を対象にした 分析である.この分析結果から, 上昇時と下降時の価格弾力性の差 を求めたのが,図 2 である.各部 門,業種において,それぞれの価格弾力性はマイナスの値として推計されているが,上昇時 の価格弾力性が下降時の価格弾力性よりも小さい場合には,図 2 の値はプラスになる.  それによると,製造業業種別に見た場合には,エネルギー集約産業で,よりマイナスに大 きな差異が観察されているのに対し,非エネルギー集約産業の食品,機械では,逆に下降時 の価格弾力性が大きい.これは,エネルギー集約産業において,Griffin 他の意味での価格誘 発的技術進歩が観察されることを意味している.次に,部門別の結果を見ると,産業部門, 運輸部門では 2 種類の価格上昇時の変数のいずれについても,価格誘発的技術進歩の存在を 確認できる.また,業務部門においては,最高価格上昇時のみ,誘発的技術進歩が存在する ことがわかる.これに対して,家庭部門では,わずかにプラスの値となっており,誘発的技 術進歩効果の存在は確認できなかった.

6.エネルギー以外の需要関数における価格弾力性の非対称性

6.1 先行研究

 価格弾力性の非対称性に関する研究は,そのほとんどがエネルギー財を対象としたものだ が,少数ではあるが,マーケティングの分野において,消費財を対象とした分析が行われて いる(Pauwels 他[2007], Casado 他[2013]).Casado 他[2013]は,洗剤,トイレットペー パー,ソフトドリンク,肉類,フルーツジュース,ヨーグルトの各品目の複数のブランドを 対象に分析を行った.モデルでは,価格変化の程度に応じて,価格への感応度が異なり,そ の変化度合が十分に大きくなると,消費者は需要の価格への感応度を増大させると想定して いる.そのうえで,中心価格に対して,消費者の価格への感応度が変化する領域に関する閾 値(threshold)が価格の上下方向に非対称か否かについて実証分析を行っている.その結果,

(15)

ほとんどの商品で価格上昇方向の閾値は,価格下落方向の閾値よりも大きいことが確認され た.Casado らは,この結果について,消費者が各商品のブランドに対する信頼があるため, と説明している.すなわち,価格上昇に対しては,ある程度までは許容し,極端に買い控え る行動は行わない一方で,価格下落の場合には,買いだめなどで敏感に需要を増加させるた めと考察している.

6.2 消費財(ビール,米)に

ついての計測

 以下では,消費財の代表として, ビール,米の 2 品目を対象に,3. 1 節でみた分析枠組みを用いて, 価格弾力性の非対称性の計測を試 みる. 6.2.1 分析モデル  星野[2013]の分析枠組みに倣い,Hunt 他[2003]及び Haas 他[1998]から,価格弾 力性の非対称性とトレンドの非線形性を同時に考慮した状態空間モデルを定式化する.モデ ルは,所得,価格,トレンドを説明変数とするエネルギー需要関数に相当する観測方程式と, 時間に伴って変化するトレンド項を表す遷移方程式からなる.  ここで,実質エネルギー価格を P,上昇時の実質エネルギー価格の累積値を Pinc,下降時 の実質エネルギー価格の累積値を Pdecとすると,Haas 他[1998]から , これらは以下を満 たす. (22)  エネルギー需要計 E, 実質所得 X,μはトレンドの水準,φはトレンドの傾き,ε,ξ,ρ, η,ωはそれぞれ正規分布に従う誤差項とすると,観察方程式は以下(23)式で,状態方程 式は以下の(24),(25)式で表せる. (23) (24) (25)  所得弾力性 , 価格弾力性α,βを時変パラメータとし,各々(26),(27)式のように定式 化する. (26) (27) 表 4 米とビールの需要関数の推計結果まとめ

(16)

6.2.2 分析結果  表 4,5 に推計結果を示す.なお,モデル式(23)のμで示したトレンド項によって,所得 や価格要因で説明することのできない非線形な未知の要因を推計している.このことによっ て,トレンド要因を除去した所得弾力性,価格弾力性の推計が可能となる.  長期価格弾力性を比較すると,米は,ビールよりも価格弾力性が小さく,価格に対しては 非弾力的であることが確認できる.この結果は,米が主食であることと整合的である.また, 米,ビールともに,価格下降時の価格弾力性は価格上昇時の価格弾力性よりも大きく,価格 上昇時の需要の減少度合よりも,価格下降時の需要の増加度合のほうが大きいことを意味し ている1.米の場合には,価格上昇時であっても,主食の摂取量を減らすことは考えにくい. また,米食からパン食や麺食への代替は起こり得るが,その度合いは小さいと考えられる. ビールについては,新しいジャンルのより安価なビール系飲料が需要拡大に結び付いたこと を反映した結果になっている.  このように,一般の消費財では,財の消費量自体が効用を産むため,価格弾力性の非対称 性は,各財の持つ性質(必需財か嗜好品化か非耐久財か耐久財かなど)や代替財の有無を反 映したものとなる.これに対 してエネルギー需要は,エネ ルギーそのものを消費するの ではなく,明るさ,涼しさや 温かさといった,エネルギー サービスを消費する.した がって,エネルギー消費量自 体が効用を産むものではな い.このため,価格上昇に伴っ て,より少ないエネルギー消 費量でより多くのエネルギー サービスを享受できるような 技術革新の必要性が生じる. これが,エネルギー需要の価 格変化に対する非対称性の要 因の一つとなる.

7.まとめ

 エネルギー需要の価格弾力性の非対称性に関して,1980 年代以降の議論を振り返りなが ら,最近の研究にいたるまでを概観した.主な結果を以下のように整理することができる. 表 5 米とビールの需要関数の推計結果詳細

(17)

(1)価格弾力性の非対称性の研究は,2度の石油危機後とその後の石油価格暴落時の需要の 反応が,必ずしも対称的ではないことを観察することから始まった. (2)先進国を中心に,多くの実証研究において,エネルギー需要の価格弾力性には,価格上 昇時と下降時とで非対称性があり,特に,価格上昇時の価格弾力性は,価格下降時の価格弾 力性よりも大きいことが確認されている. (3)価格弾力性の非対称性は,広義の価格誘発的技術進歩を捉えたものと考えることができ る. (4)要素需要としてのエネルギー需要を考えた場合,生産物の需要が価格に非弾力的なとき には,生産物価格には下方硬直性があるため,エネルギー価格低下時には,エネルギー需要 の価格弾力性は,より小さくなることが理論上も確認できる. (5)価格弾力性の非対称性は,エネルギー多消費産業において顕著にみられる傾向がある. (6)「価格下降時の価格弾力性」は,「省エネのリバウンド効果」を捉えたものと解釈する研 究もある. (7)途上国を対象とした実証分析は,まだ十分ではなく,途上国においても同様の傾向がみ られるのか否かについては,より多くの国を対象とした研究の蓄積が必要である. (8)米とビールを対象とした実証分析の結果からは,エネルギー財以外の財においても価格 弾力性の非対称性が観察されることを確認した.しかし,これらの財では,上昇時よりも, 下降時の価格弾力性の方が高いことから,非エネルギー財においては,各財の特性を反映し た,エネルギー財とは異なる理由から,価格弾力性の非対称性が生じていることが示唆され る.

1 使用した統計の性質上,業務用需要も含むことから,特に米については,価格下落が米関連 の業態や商品開発が加速する要因をも捉えている可能性があることに注意が必要である.

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(21)

A literature review of the price elasticity of energy

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HOSHINO, Yuko

 From the observation of the period during the two oil shocks and the following price collapse, energy economists have denoted that the price impacts on energy demand are asymmetric between the period of price rise and price fall.And in many cases, the price elasticity of the period of price rise was larger than that of price fall.In this paper, we reviewed the factors causing the asymmetric demand response in the previous studies. In addition to them, we presented that the magnitude correlation of factor substitution and a Mankiw’s menu-cost model can also explain the asymmetric demand responses. We also surveyed the studies about the price induced technical change which is one of the important factors of asymmetric price elasticity.

 Finally, we analyzed the asymmetric response of price changes on the demand of non-energy goods.We estimated the price elasticity of demand for rice and beer using the same empirical model.In non-energy goods, although the asymmetry of price elasticity is also found, the elasticity of the period of price rise is smaller than that of price fall.This response is the opposite from that in case of energy demand.It implies that the cause of asymmetry is not the same between non-energy demand and energy demand.

参照

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