「生活空間再生論」構想の見取図 - 玉野井芳郎「地域主義」を手がかりとして -
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(2) 研究ノート. た、資本主義の趨勢に抗する新たな社会構築の理論と実践を構想したいと考 えた。この構想を「生活空間再生論」とよび、暫定的ではあるが、次のよう に定義する。 「生活空間再生論」の構想とは: 個人の生活の場を生活空間として拠点にすえ、それを取り巻く広域 の社会諸空間 地域社会、国、グローバル社会 をすべて視野 にいれながら、人間社会全体を持続可能に開発できる変革の基礎を 考察しようとする。 この「生活空間再生論」構想を、まず玉野井芳郎の「地域主義」を手がか りとして組み立ててゆきたい。というのも、「地域主義」の成果には今日の 根本的な諸問題がほとんど予期され、さらにそれらの問題解決の道筋も的確 に提示されているからである。 そこでまず、玉野井の「地域主義」再考の意義を提示して(第1節)、つ ぎに「地域主義」後の現実の推移を勘案しながら「地域主義」を脱構築し、 「生 活空間再生論」の基礎を検討する(第2節)。そのうえで、 「生活空間再生論」 の今後の研究課題を展望してみたい(第3節)。. 1「地域主義」再考の意義 手がかりとしての「地域主義」 「地域主義」は、玉野井芳郎によって 1970 年代後半に提唱され、その研究 活動は玉野井が逝去する 1980 年代半ばまで精力的に継続された 1)。本節で は、この「地域主義」を手がかりとする経緯がまず簡単に紹介される。つぎ に「地域主義」再考のための関連文献を提示したうえで、それらの文献にも とづいて「地域主義」が問題意識を向けた現実の背景を概観する。 なぜ、いま「地域主義」なのか 玉野井芳郎の「地域主義」の再考を筆者が思い立ったのは、2002 年頃で 44.
(3) 「生活空間再生論」構想の見取図 ある。それは、 「観光まちづくり」の研究結果を拙著『観光まちづくりの力学』 (2001)にまとめた直後の時期であった。本書は「観光まちづくり」の現実 がいかに生起するかを観光社会学の見地から考察したが、その考察結果には 地域研究に関連する研究成果の十分な吟味が欠落していた。この欠落を反省 して地域研究の諸成果を渉猟したさいに出会ったのが、玉野井芳郎の「地域 主義」の文献であった。 拙著の問題意識と結論は、四半世紀以前に提唱された「地域主義」のなか にほとんど先取されていた。拙著は、資本主義という原動力から生み出され た近代社会が、現実の問題として、不況や格差などの経済問題だけでなく、 「生態系の破壊」や「社会関係の切断」などの深刻な諸問題を惹起すると捉え、 その資本主義に対抗する現実が観光を活用する「内発的まちづくり」ではな いかと考えた。「地域主義」は、資本主義にかかわる諸問題を筆者と同様に 問題視したうえで、現時点にも適合する、拙著が及ばぬ理論的考察をくわえ ていたのである。「地域主義」の知見は、迂闊なことに、拙著にまったく摂 取されなかった。 そこで「地域主義」の遺産をあらためて吟味し、それを「内発的まちづくり」 からグローバル社会の再編制までを視野にいれる「生活空間再生論」構想の 手がかりにしたいと思う。もちろん「地域主義」の構想には、その後の現実 の経過にともなう限界も指摘されよう。「生活空間再生論」にとって、「地域 主義」はその構想を完成させる道程の通過点にすぎない。しかしそれは、構 想の到着点へと歩みだす方角を確かに指し示す道標であるにちがいない。 こうして、「地域主義」を手がかりとして、「生活空間再生論」構想の組立 に着手される。その「地域主義」にかんする基礎文献が玉野井によって多く 残れさているので、まずそれらを整理しておこう。 「地域主義」再考の基礎文献 「地域主義」は、玉野井にとって社会再編制の構想であると同時に、そ れ を 裏 づ け る 学 問 の 基 盤 の 転 換 で も あ っ た。「 学 問 の 基 盤 そ の も の の 転 換とともにあらわれる世界、 これこそ地域主義の世界にほかならない。」 地域創造学研究. 45.
(4) 研究ノート. (1979b:311)。そこで玉野井は、現実をみすえて「内発的まちづくり」によ る地域分権から社会再編制を構想しながら、それを基礎づける「広義の経済 学」を構築しようとした。「広義の経済学」では、市場経済の考察を主題と する従来の「狭義の経済学」から転換して、非市場経済までを見渡せるアプ ローチの構築が試みられる。さらに、そうしたアプローチの成果にもとづき、 「地域主義」の理論構成に取り組んだ。広義の経済学からは実際に、たとえ ば地域共同体の生態論や生活者のジェンダー論のような「地域主義」の実践 のための基礎理論が誘導されている(特に玉野井 1990d)。 こうして、玉野井の「地域主義」関連文献は、主に「広義の経済学」を展 開する「理論関連」文献と、その理論にもとづいて「地域主義の実践」を分 析・解明する「実践関連」文献とに整理できる(ただし、「理論関連」と「実 践関連」は、かならずしも明確に区分されるものではない)。それらの主要 な「地域主義」関連文献は、次のとおりである2)。 玉野井芳郎 地域主義関連の文献 理論関連: 1975『転換する経済学』東京大学出版会 1978『エコノミーとエコロジー』みすず書房 1979『市場志向からの脱出 広義の経済学を求めて』ミネルヴァ 書房 1980『経済学の主要遺産』講談社学術文庫 1982『生命系のエコノミー 経済学・物理学・哲学への問いかけ』 新評論 実践関連: 1977『地域分権の思想』東洋経済新報社 1979『地域主義の思想』農山漁村文化協会 1982『地域からの思索』沖縄タイムス 1985『科学文明の負荷 等身大の生活世界の発見』論創社 46.
(5) 「生活空間再生論」構想の見取図 著作集: 1990『玉野井芳郎著作集』学陽書房 第1巻~第4巻 第1巻 吉富勝/竹内靖雄編 経済学の遺産 第2巻 槌田敦/岸本重陳編 生命系の経済学に向けて 第3巻 鶴見和子/新崎盛暉編 地域主義からの出発 第4巻 中村尚司/樺山紘一編 等身大の生活世界 以上の文献にもとづいて、地域主義の理論や思想を脱構築して、それらを 「生活空間再生論」に適宜、取り込んでゆく。まずは上記の文献から「地域 主義」の問題提起がどのような現実の背景から導出されたかを探り、「生活 空間再生論」の問題意識と重ね合わせてみたい。 地域主義が提唱された背景としての現実問題 玉野井は、「地域主義」を提唱した背景にある日本の現実問題として、主 に2つの問題を指摘する(特に、玉野井 1978; 1979b)。ひとつは 1960 年代 の高度経済成長期に発生した 当時の先進諸国に共通する 「環境」問 題であり、もうひとつは日本の近代化を先導してきた「中央集権体制」問題 である。 一方の「環境」問題は、公害問題などが人の生命や生活を脅かす問題から 始まる。この問題は、1960 年代に先進諸国内に一様に生起した。この 1960 年代は、日本で「環境と資源をめぐる現代社会の症候群 水俣病、サリド マイド事件、食品や農業の公害、さては農業生産の基礎をなす地力の減衰 がいっせいに噴き出した時代」(玉野井 1978: 4)である。環境の破壊や汚 染にかかわる社会症候群について、玉野井(1979b: 128)は、「エネルギー問 題」[化石燃料の枯渇問題] と「環境問題」[生態系の汚染・破壊問題] の2つに 集約している。 もう一方の「中央集権体制」問題とは、政・官・産が癒着する国の権力構 造から生じる問題である。この中央集権体制は、明治維新後に成立し、いら い日本の近代化を推進して、20 世紀初頭には列強の一画を占める近代国民 地域創造学研究. 47.
(6) 研究ノート. 国家を構築した。それは、第二次大戦の敗戦でいったん瓦解したが、その後 に再興し、国家戦略として高度経済成長を主導して、日本を世界有数の経済 大国に押しあげた。それは、東京を中心点とする「中央」から「地方」に向 けて上意下達に工業化や高度近代化を効率的かつ効果的に指令する体制で達 成されたのである。 しかし、こうした中央集権的な高度近代化は、東京をはじめとする諸大都 市を肥大化させ、結果的に周縁の諸地域を衰退させた。それらの諸地域には、 高度近代化の余波が都市化のかたちで浸透したものの、それによって地域の 個性は消失し、環境破壊などのような近代化の諸弊害だけが地域に浸潤した のである3)。逆に「中央」は、諸地域を切り捨てて戦前にまさる拡大をみた (玉野井 1979b: 16)。 「 中 央 集 権 体 制 」 問 題 と「 環 境 」 問 題 に か ん し て、 玉 野 井( 特 に 1978; 1979b)は、両方の問題に通底する根本的問題として「工業文明の危機」を 指摘する。日本の高度経済成長に顕著に看取される工業生産の激増は、商品 の大量生産・大量消費という現実を生みだし、先進諸国に大衆消費社会を出 現させた。それがもたらした経済的豊かさは工業生産のポジの側面である が、同時に環境問題はそのネガの側面とみなせる。 そのネガの側面が人類の危機につながるという事態は、世界中で一部に警 鐘が鳴らされた。それにもかかわらず、いずれの先進諸国政府や国民におい ても、工業生産のネガの側面は直視されなかった。本来、工業文明のネガの 側面を告発すべき社会諸科学、とりわけ工業生産を直接の研究対象とする経 済学は、正面からその問題にほとんどアプローチしていない。工業生産のネ ガの側面を告発した数少ない研究結果は、正統派の業績として受け容れられ なかった (→第3節「資本主義の学際的研究」)。 こうした地域主義の背景にある現実の「工業文明の問題」とは、「資本主 義」の本質にかかわる問題にほかならない。玉野井は、この資本主義の根本 問題の考察に専心した。その問題の徹底的な解明のために、「広義の経済学」 の創設を提案したのである。ところが資本主義の急速な展開によって、1970 年代から工業文明の問題に新たな問題が付与され、さらに工業文明の問題そ 48.
(7) 「生活空間再生論」構想の見取図 れ自体の様相も変容した。そして、先進諸国に発生した諸問題は、その後、 急速に地球規模へと拡大して、グローバル社会に構造的問題をもたらしてい る。地域主義が提起した問題のその後について、資本主義の展開を中心に素 描してみよう。 地域主義後の現実問題の展開 先進諸国における資本主義の容態は、1973 年の石油ショックを端境期と して、工業化から脱工業化へと移行した。脱工業社会とは 玉野井(1979a: 119-20)がすでに射程に収めていたように 情報社会である。情報社会は、 玉野井が指摘したとおり、たしかに工業社会の延長上に連続的に成立したと みなせる。先進諸国における工業生産は、情報化による産業構造の転換に促 され、1970 年代になると安価な労働力や原材料をもとめて発展途上国へと海 外進出した。そのために、工業生産の立地は多国籍化し、工業生産力は世界 全体で拡大してゆく。こうして、環境問題は根本的にはなんら解消されず、 地球規模に拡大してきたのである。また、1960 年代から 70 年代にかけて先進 諸国と発展途上国の経済格差は急速に拡大し、南北問題とよばれて顕在化し た。南北問題は、現時点にもなお人類の将来に横たわる深刻な問題である4)。 その後、IT革命による 1990 年代の本格的な高度情報化は、資本主義に おける金融経済の肥大に拍車を駆けた。その金融資本主義の容態は、70 年 代から漸次的に顕在化しはじめ、90 年代には金融投機的なギャンブル資本 主義ないしはカジノ資本主義となって世界中を翻弄した(スティグリッツ 2002, ストレンジ 1968, ライシュ 2007)。このような金融資本主義の国際的な 展開から、1990 年代以降には経済のグローバル化があらためて喧伝された。 このような金融資本主義の肥大は、社会に新たな諸問題をもたらしたかにみ える。それらの問題の実態は、いまだ明確ではないが、「社会関係の切断」 はその典型的な問題ではなかろうか。90 年代になると、にわかに「社会関 係資本」(social capital)の概念が注目されたり(パットナム 2000)、「まち づくり」が話題になりはじめたのは、そうした問題を逆照射しているかにも 思える。 地域創造学研究. 49.
(8) 研究ノート. こうして、金融資本主義の問題が新たに浮上したが、玉野井が示唆した工 業文明の問題は、依然として現時点でも根本的な問題として存続する。その 問題は、地球規模の環境問題を惹き起こしている。玉野井が危惧した、資本 主義の根本的問題の将来は、解決されるどころか、その深刻さを増幅させて いるのだ。地球規模の環境問題は人類存亡の危機と認識され、その認識は国 際的に共有されながらも、統一的な国際的対応策は 持続可能な開発が提 唱されたが ほとんど実践されない。そして南北問題もまた、人類存亡の 危機につながると認識されながら、決定的な対応策は打ち出されず、しばし ば施される彌縫策もなんら効果をあげていない。 地域主義後のこのような資本主義の展開において、日本の中央集権体制も 変革されずに今日にいたっている。1970 年代の脱工業化に際しては、とく に通産省が先導して情報社会化に迅速に対応したといわれる。そうした日 本の中央主権体制の素早い対応は、世界中から 他面で「日本株式会社」 と揶揄されたが 評価された(ヴォーゲル 1979; オオウチ 1981; 1984)。日 本は自動車や家電製品などの工業製品の輸出で膨大な貿易黒字をあげ、さ らに 1980 年代後半には不況に悩む世界各国を後目に、貿易黒字といわゆる バブル経済による好景気で世界経済を先導する大国となった(ヴォーゲル 1979)。しかしその後、バブル経済の崩壊で 1990 年代初頭から日本は失われ た 10 年とよばれる長期的な不況に陥る。その不況を 2002 年にようやく脱却 し、その後の好景気(2002 年~ 07 年)はいなざぎ景気の期間(1965 年~ 70 年) を超えたとされるが、多くの生活者はその好景気を実感できず、その間の社 会状況には閉塞感が漂っていた。そして 2008 年には、米国サブプライムロー ン問題に端を発した金融経済危機(リーマン・ショック)が世界中を席巻し、 日本経済もまた不況に陥り現在に至っている。 こうして「地域主義」後の資本主義の様相は一変したかにみえるが、「地 域主義」がみすえた「資本主義」関連の問題、すなわち「環境問題」と「中 央集権体制」の問題は、未解決であり、むしろ深刻化した。一方で、資本主 義がもたらす「環境問題」は地球規模で深刻化して人類の生存を脅かしつづ けている。もう一方の問題である、日本の資本主義を管理運営してきた「中 50.
(9) 「生活空間再生論」構想の見取図 央集権体制」は、いまだ堅固なまま存続する。そのために地域の生活空間に は、中央主権体制では解決できない、個人の身近な生活にかかわる深刻な問 題が山積している。 玉野井が「地域主義」を検討しながら、同時に「広義の経済学」で資本主 義の解明に迫るアプローチは、「生活空間再生論」にも踏襲される。「生活空 間再生論」の資本主義研究は、「広義の経済学」の延長線上にを展開される だろう。「資本主義」研究の課題については、第3節で議論される。次には「地 域主義」を手がかりにして「生活空間再生論」研究の基本概念と枠組を整理 する。. 2「地域主義」を脱構築する「生活空間再生論」 「生活空間再生論」は、前述のように「地域主義」の脱構築をはかり、現 時点でより妥当性がある社会再編制構想を提示しようとする。そのために、 地域主義が提唱された後の現実の問題を的確にとらえ、さらにその後の学術 的成果も取り入れて、新たな構想の枠組みを提供してゆく。もとより構想の 組立は研究を積み重ねながら漸次的に展開されるのだが、本稿では今後の研 究の進展をみすえ、出発点としてつぎの2点をとくに明らかにしたい。ひと つは、「生活空間」の概念、つまり「生活空間とは何か」を規定することで ある。そしてもうひとつは、「再生される生活空間の理念型」、つまり「再生 されるのはどんな生活空間か」を素描することである。 生活空間の概念 「生活空間再生論」は、個人の生活空間の適正化を内発的にはかり、その 生活空間を中心にすえて、より広域の社会空間の再編制を構想する。そのさ い「生活空間」は、個人がその生活において身体的・精神的にもっとも深く かかわる(はずの)場であり、個人にとって全体社会のなかの拠点となるべ き社会的領域である。生活空間再生論では、そうした「生活空間」について、 暫定的だがつぎのように定義する。 地域創造学研究. 51.
(10) 研究ノート. 生活空間再生論における「生活空間」とは: ある地域に居住する諸個人が対面的社会関係を形成できる範域で、 個人の生活において中心的位置を占める生活の場である。 このような「生活空間」概念には、地域主義の地域「共同体」概念と重複 する特徴が多い。玉野井によれば、「地域主義は何よりもまず地域共同体の 構築をめざすことを提唱する」(1990c: 11)。そして、地域主義の共同体は、 個人が居住する土地 とりわけ生態系に密着する土地 の意味を重視 し、外部社会にたいして社会経済的に「開かれた」特徴を有している。生活 空間再生論も、地域主義に倣い、「生活空間」が生態系の基礎に深くかかわ るべきだ、という理念を重視する。さらに生活空間再生論は、地域主義より も「生活空間」における社会関係の高い「凝集性」を重視する。こうして、 「生 活空間」は、地域主義の「共同体」とほぼ同義となる。 そうであるならば、生活空間再生論にも「共同体」を適用すればよさそう だが、「共同体」の用語には、歴史的に付与され、いまなお複雑に絡みつく 情緒的含意がある。たとえば、1960 年代に戦前・戦後生まれ世代がいだく 村落「共同体」の負のイメージについて、辻井喬は上野千鶴子との対談の中 でつぎのように語っている。 辻井: 日本の戦後社会には、共同体に対してものすごいアレル ギーがありまして、何とかして拒否したい、避けていきたいという、 思想のメインストリームがずーっと存在していた。共同体なんて、 もう口にしたくもないし、聞きたくもないと。共同体は「壁に耳あ り、障子に目あり」という国家の監視機構でしかない、勘弁してほ しいという一種のアレルギーですね。 上野: 辻井さんにとって、という話じゃなくて一般論としてです ね。 ところが、共同体にたいして、辻井はつぎのような感情も吐露し、[20 世紀 末までの]中間組織が「共同体」的性格をもっていたと指摘する。 52.
(11) 「生活空間再生論」構想の見取図 辻井:……ところが、人間ですから、じゃ、本当にまったく共同体 が必要ないのか?というとそうではなくて、拒否しているだけに、 どこかに自分を受け止めてくれる共同体はないものだろうかという 満たされない欲求が、非常に広がったのが現在であると思うんです。 いままでそれを代替していたのが職場共同体であり、労働組合であ り、それから政党でしたね。あらゆる中間組織は全部、共同体の代 替物として存在していた。 上野:旧世代型の中間組織ですね。 (辻井喬・上野千鶴子(2008)『ポスト消費社会のゆくえ』文春新書 p.254). 日本における いや、日本に限らないかもしれないが 共同体のイ メージには好悪感情が入り混じり、複雑にみえる。そうした「共同体」のイ メージをまとめながら、丸山真人は「地域主義」の解説において、玉野井の 「共同体」概念をつぎのように紹介している。 共同体と言えば、近代社会の基準に照らし合わせて、その閉鎖性 ないし排他性、個人の集団への埋没など、マイナスのイメージで語 られることが多い。そうでなければ、逆に、その同じ「特性」が日 本企業の「優位性」を支える根拠として称揚されたりする。いずれ にしても、共同体における支配の構造のみに光が当てられて、その 延長上で共同体の人間関係が説明されるにすぎない。 これに対し、玉野井先生が着目したのは、[西ヨーロッパの中世 にみられ、ゲノッセンシャフトと呼ばれる、ギルドや兄弟団、農村 の講や結社などのような]支配への抵抗力を持った自治団体をその 内部に含むような共同体である。 玉野井先生がここで強調するのは、……成員の連帯意識によって 横に結ばれる「面を原理とする組織」の世界である、ということで ある。ここでは、明らかに面としてのまとまりを持った具体的空間 として把握されている。 (玉野井著作集④(1990d)『等身大の生活世界』学洋書房 pp.311-2). このように「共同体」には、日常的認識において両義的で多様なイメージ 地域創造学研究. 53.
(12) 研究ノート. がまつわりついている。そこで日本の地域研究は、中立的な「共同体」概念 を指示するために、しばしば「コミュニティ」(community)の用語を用い る。たしかに「コミュニティ」という言葉では、日本に固有な歴史的含意が 多少とも消去されるかもしれない。しかし「コミュニティ」も、社会学の伝 統的基礎概念ではあるが、多義的な概念とみなされる(例えば、デランティ 2003)。さらに、欧米においてさえも、現実の「コミュニティ」は、その閉 鎖性や支配性から、ときに否定的にとらえられる(バウマン 2001)5)。 そうした「共同体」や「コミュニティ」に付着する含意について、生活空 間再生論はそれらをすべて払拭したいと考える。そのために、「新しい酒は 新しい革袋に盛れ」の譬えに倣い、生活空間再生論は「生活空間」の言葉を 用いる。 再生される生活空間の理念型 つぎに、定義された「生活空間」がどのように再生されるのか、つまり再 生されるべき「生活空間の理念型」を簡単に描出してみたい。ここで「理念型」 とは M.ヴェーバーの用法をすべて踏襲するわけではなく 現実の考 察を踏まえながら、理論的に導出された論理整合的な思惟構成体である。そ れは一面で「理想的」生活空間「像」を提供するもので、生活空間再生の実 践における指針となることが目論まれる。 再生されるべき「生活空間の理念型」についても、「地域主義」の考え方 に倣い、とくに「生命系を根底に存立する生活空間」と「多重社会空間にお ける拠点としての生活空間」の2つの観点から検討する。以下では、まず「地 域主義」が志向する地域共同体の特徴をその定義から吟味したうえで、つぎ にその吟味の結果にもとづき「生活空間の理念型」の2つの特徴を検討する。 手がかりとしての「地域主義」の定義 「生活空間再生論」がめざす「生 活空間の理念型」も、地域主義の「地域共同体」の特徴を手がかりとして構 成してゆく。その地域共同体の理念型には、玉野井が現実の諸問題の理論的 考察を踏まえ、それらの問題に対抗する根本的な実戦的変革が盛り込まれて いる。そうした地域主義の「地域共同体」を援用しつつ、現時点の経験的考 54.
(13) 「生活空間再生論」構想の見取図 察と理論的考察で補完して、「生活空間の理念型」を誘導してみたい。地域 主義の「地域共同体」の理念型は、地域主義の「定義」でつぎのように集約 されている。 一定地域の住民=生活者がその風土的個性を背景に、その地域の共 同体にたいして一体感をもち、経済的自立をふまえて、みずからの 政治的、行政的自律性と文化的独自性を追求することをいう。 (玉野井 1979: 119) これは、国が「上から」主導する官製地域主義と区別した、 「内発的地域主義」 の定義である。この定義には、つぎのような説明が付け加えられている。 ……まず経済的自立というのは、閉鎖的な経済的自立をいっている のではないことです。アウトプットの自給性よりもインプットの自 給性が強調されるべきです。とりわけ市場化されがたい、いや簡単 に市場化を容認すべきでない土地と水と労働について地域単位での 自立性を確保し、そのかぎりで市場経済の制御を考えようというこ とです。次に政治と行政については、“自立”というよりも“自律” という表現を用いているように、地域住民の自治が強調されていま す。そこでは、政治と行政が結びつけられてあるように、国レベル の政党政治ではなくて広義の統治概念が考えられるべきだと思いま す。(玉野井 1979: 119) さらに、定義中の「共同体に対して一体感をもち」という箇所には、つぎ のような補足がなされている。 ……地域に生きる人びとがその地域 自然、風土、歴史をふまえ たトータルな人間活動の場 と「一体感」をもつという重要な思 想が語られていることに注意してほしい。アイデンティティの発見、 またはアイデンティフケーションの確立というのは、いうまでもな く社会認識の根源的契機にかかわる問題意識である。 (玉野井 1979: 19-20) こうして地域主義の「地域共同体」とは、 「生態系」を基礎にして成り立ち、 そこに居住する生活者が「一体感」をもつが、けっして閉鎖的でも因襲的で 地域創造学研究. 55.
(14) 研究ノート. もない、「開かれた」共同体である。 このような地域主義の「地域共同体」の理念型から、2つの理論的視点に もとづいて「再生される生活空間の理念型」が誘導される。ひとつは「生命 系を基層に存立する生活空間」であり、これについては生活空間の「生命系」 という存立基盤が考察される。生命系は、生活空間の「風土的個性」、つま り自然、風土、歴史などの特徴を形成する基盤とみなされる。そして、もう ひとつは「多重社会空間における拠点としての生活空間」である。この視点 では、生活空間からグローバル社会まで4層に重なる社会空間において、生 活空間が あらゆる意味でもっとも尊重され 中核に位置づけられると いう特性が浮き彫りにされる。つぎに、2つの視点からを「再生される生活 空間の理念型」についてそれぞれに概観しよう。 生命系を根底に存立する生活空間 生活空間再生論は、玉野井の地域主義 に倣い、生活空間が「生態系」(ecosystem)という基盤のうえに存立する とみなす。「生態系」とは、 「植物(=生産者)、動物(=消費者)、微生物(= 分解者)が、土壌、水、大気などよりなる自然的環境とのあいだにくり広げ る相互作用から構成されるひとつの自律系のことである」(玉野井 1978:44)。 この生態系の作用によって、人間を含むあらゆる生命が維持され、それらが 生きる場である地球自体の存続も可能となる。地球上の複雑な生態系のしく みと作用にかんして、玉野井はつぎのように説明する。 自然・生態系という概念は、生態圏内の生物有機体同士、および有 機体とその物理的環境との機能的関係を強調したものにほかならな い。その関係は、太陽エネルギーが生態系にはいってきて最終的に 熱になって放散してゆくそのエネルギーの流れと、生命に必要な物 質=化学的分子がそのシステムの内部でくり返す循環ないし再利用 という二つの側面から成り立っている。……食物連鎖がこのような 機能的関係を媒介する径路を形づくっているのであって、この連鎖 がいくつも複雑にからみあっているほど、その生態系は安定と平衡 を保持する証拠となるわけである。(玉野井 1978: 49) このように地球上には、生物個体、土壌生態系、水系、大気系などの多様 56.
(15) 「生活空間再生論」構想の見取図 な生態系が入れ子構造となって連鎖しあい、それらが地球というひとつの生 態系となっているとみなせる。 こ う し た 安 定 と 平 衡 を 保 持 す る し く みをもつ生態系について、 玉野井 (1978)は、資源物理学者の槌田敦の理論にもとづき「開放定常系」(open equilibrium ststem)と特徴づける6)。それは、外部からエネルギーを吸収・ 導入しつつ外部にエントロピーを発散・放出して、一定の平衡状態を保持す る系をいう。ここで「エントロピー」(entropy)とは、熱力学第二法則から 誘導された概念であり、物質やエネルギーから時間とともに不可逆的に生起 する属性である。それは、いわば「何らかの汚れ」と考えられる7)。そうし たエントロピーの過程では、「はじめまとまっていたものがやがて拡散し、 はじめ秩序立っていたものがやがて形をくずし、そして一方向きの時間の経 過の中に多かれ少なかれ崩壊していく」(玉野井 1979b: 70)。多様な系に生 起する、このような不可逆的なエントロピーの過程を抑制しながら、それぞ れの系の存立を保持するのが「開放定常系」である。 さ ら に 玉 野 井 は、 地 域 主 義 の 生 態 系 の 中 で「 生 き て い る 系 」(living system)としての「生命系」に着目する。それは、「環境との主体的やりと り、つまり主体的な質料代謝をとおしてエントロピーを低める系」(玉野井 1982: 95-6)である。すなわち生命系は、「さもなければ限りなく高まってゆ くであろうエントロピーを主体的に低減させている自律的・自己維持的世界 なのである」(玉野井 1990c[1978]: 22)。こうして、生活空間の根底にあるべ き生態系は、ありのままの原始的自然ではなく、「生きている自然」となる。 それは、人間と自然が共生して構成された生命系の自然である。それは、 「人 間が土地と植物との関係を通してつくりあげている生活環境の根底をなす部 分」(玉野井 1979b: 98)とみなせる(→第3節「生活空間再生論の学際的研究」)。 こうした生態系や生命系が工業化や都市化で破壊されてきた事実は、いま や自明である。そしてこの事実こそが、前述の「地域主義が提唱された背景 としての現実問題」の一方、すなわちいまや地球規模に広がる「環境問題」 となる。このような地球規模の環境問題は、とくに工業化の現実に起因して いる。工業、つまり「物をつくる」ことは、エントロピーの原理にしたがえば、 地域創造学研究. 57.
(16) 研究ノート. 同時に秩序が「こわれ汚れる」ことである。1960 年代の先進諸国に、大量生産・ 大量消費に特徴づけられる「大衆消費社会」が出現したさい、高度工業化に よって先進諸国内の生態系や生命系が破壊された。その破壊の状況は、やが て地球規模に拡大してきたのだ。 「生活空間再生論」は、そのような環境問題を解消するために、再生され る生活空間のひとつの理念型を次のように特徴づける。 再生される生活空間の一方の理念型: 生活空間は、「生態系」のうえに成り立ち、生活者と生態系の結節 点となる生活の場である。 こうして、生活空間再生論は生活空間における「生態系」の再生から出発 し、より広域の社会空間へと次第に変革をすすめて環境問題の解決をはかろ うとする。環境問題にかぎらずその他の課題にたいしても、生活空間再生論 は社会変革に漸次的なアプローチを適用してゆく。そうしたアプローチの土 台として、生活空間からグローバル社会へと広がる社会空間の構図が設定さ れる。その土台にかかわる「多重社会空間における拠点としての生活空間」 の理念型について、つぎに議論しよう。 多重社会空間における拠点としての生活空間 生活空間再生論は、地域主 義の「開かれた共同体」の所見をふまえて「開かれた生活空間」の特性を適 用し、そこに生活空間を拠点とする多重社会空間の構図を想定する(図1)。. 図1 生活空間を基層とする多重社会空間の構図. 58.
(17) 「生活空間再生論」構想の見取図 この多重社会空間では、生活空間が基底にあり、上方向に地域社会、国家、 グローバル社会と、より広域な社会空間が順次つみかさなる。このような構 図において、生活空間再生論は、まず生活空間を内発的に再生し、それを基 点にして「下から上へ」と社会空間を漸次的に変革しようと構想とする。 ここで「開かれた生活空間」の特性には多義の含意があるが、まず「生活 空間」は「閉鎖的・因襲的でない」と特徴づけられる。生活空間には外部と の適切な交流システムが意図的に構築される。玉野井は、地域主義の「開か れた」地域共同体の意味について、つぎのように主張する。 地域の外からもたらされる他の地域の経験や情報というものは、大 4. 4. 4. 4. 4. 4. 4. 4. 4. 4. 4. 4. 4. 4. 4. 4. いにこれから地域の自立をつくりあげてゆく上に必要な要素として 4. 4. 4. 4. 4. 4. 4. 4. 評価されるべきだと思います。そういう点では、閉鎖的であっては 4. 4. 4. 4. いけない と思うのです。外から入ってくるいろいろな文明情報を 得ながら、同時にそれに埋没しないような地域の文化を中心とし た、文明にたいして抑制的効果をもつような地域の民衆の働きが台 頭してきたら、たいへんすばらしいことだと思うのです。(玉野井 1990c: 153)[傍点は本稿筆者による] このような「開かれた生活空間」の意義は、実際、観光を地域の一交流シ ステムとする「観光まちづくり」の成功事例に看取できる(安村 2006)。た とえば由布院や長浜は、それぞれに訪問者と交流する場を重視し、訪問者の 意見や感想を収集する交流システムを設置している(由布院の「由布院観光総 合事務所」や長浜の「まちづくり役場」がそれにあたる)。さらに、由布院と長浜. の間では、まちづくりの人材育成の相互交流も実施された。由布院にも長浜 にも、それぞれに固有の「まちづくり」にこだわりながら、積極的に外部の 経験や情報を取り入れる姿勢がみられるのだ。 これらの事例にみられるように、生活空間はみずからの個性や自律・自立 を保持しながら「開かれる」ことが重要となる。そのさい、生活空間におけ る個性を形成するのは当地固有の「文化」であるとみなせるので、生活空間 はその「文化」を保持し独自に再構成しながら、外部にたいして「開かれる」 状況を創出しなければならない。すなわち、生活空間は、無節操に外部に開 地域創造学研究. 59.
(18) 研究ノート. かれればよいというわけではない。この点にかんして、玉野井は、 「文明」と「文 化」を区別して、つぎのように主張する。 内発的地域主義を地域にとって適正に開かれたものとするために不 可欠なコミュニケーションには、これによって伝達される情報の質 と量をめぐって、情報における「文明」と「文化」の差異を認識す る必要がありましょう。技術の進展とともに非地域化し非個性化す るといわれる情報は、地球上を横に広がってゆく「文明」の情報で あって、各地域に縦に打ちたてられる「文化」の情報ではない。も ちろん、「文明」の情報は、各地域の生活にとって、そのときその ときにひとつの前提ともなる必要な情報として外から導入されるべ きものでありましょう。しかしそれに対して、その限界性を明示し てくれるような「文化」の情報が、同時に地域の内部からつくりだ され、また地域間の経験交流のかたちで地域の外からも導入される ことが大切と思われます。(玉野井 1979b: 121-2) ここで玉野井が指摘する「文明」は、資本主義の浸透による「都市化」の 一面に置き換えられよう。日本の多くの地域では、都市化によって生活空間 の生態系が破壊され、固有の文化が喪失した。こうした都市化は、資本主義 の発達に伴う近代化の趨勢の一部とみなせる(資本主義については、第3節 でも議論する)。 中央集権体制と多重社会空間論 そうした日本の近代化は、明治国家の成 立いらい集権体制のもとに戦略的になされてきた。「明治国家は、富国・強兵・ 殖産・興業を目標に、政・官・産癒着の中央集権体制として出発した。この 体制は、今次大戦によってひとまず終末をみたけれども、戦後まもなく再生 した。再生の柱となったのは、集権制と呼ばれる経済の決定方式と、産業主 義と呼ばれる工業化方式との二つである」(玉野井 1979b: 15)。 このような中央集権体制がめざした開発[近代化・資本主義化]政策の構 想は、明治国家いらい一貫して、固有な個性をもつ全国の諸地域を千篇一律 に近代化・都市化することであった。これは単純化しすぎた言い回しだが、 けっして的はずれではない。大戦前には、国家を一共同体に見立てる発想で、 60.
(19) 「生活空間再生論」構想の見取図 集権的近代化が推進された。また大戦後の開発政策には、1962 年から 98 年 までの4次にわたる「全国総合開発計画」に反映されているように、一様な 近代化を全国に拡張する発想が看取できる。ここに、前述の「地域主義が提 唱された背景としての現実問題」のもう一方、すなわち「中央集権体制」の 問題が浮上してくる。 日本の中央集権体制は、東京を国家の「中央」に位置づけ、その他の諸地 域を劣位にある「地方」と包括して「中央-地方」構造を形成してきた 8)。 そして、「中央」は「地方」にたいして、「上から下へ」の命令系統で統制・ 支配する。そのさい、 「地方」諸地域の個性は一切無視される。その結果、 「日 本の「まち」や「むら」は、明治以降の歴史において大都市中心の発展から 置き去りにされてきた。とくに第二次大戦以後は、「まち」や「むら」がこ われてゆく話ばかりが積み重なった。それがあたかも当然であるかのごと く、そうでなければ第三者的な“哀感”でうけとられたにすぎない」(玉野 井 1979b: 125)。たしかに、日本の中央集権体制は近代化や大戦後の経済成 長の目標を急速に達成したが、その代償として、地域と生活空間の個性は喪 失した。 こうした中央集権体制の矛盾にたいして、1970 年代後半から「地方分権」 の提唱が注目をあつめ、「地方の時代」も喧伝された。地域主義は、理論的 研究に裏づけられた「地方分権」思想の代表的な一例とみなせる9)。しかし、 「地方分権」の政策的実践は、日本全体がバブル経済の好景気に浮かれ、政 府が謳う「ゆとり」や「生活大国」の構想なかに霧消した 10)。その後、バ ブル経済が崩壊した 1990 年代以降には、一方で道州制が議論され、またも う一方で政府の地方分権政策が法整備などを中心に取り組みはじめられた。 しかし中央集権の実態は、根本的にほとんど変わっていない。地方地域はい まなお補助金行政をとおして国家行政に統制・支配されている。それが地方 地域の現状といえる。 こうした中央集権体制と地域の現状をふまえながら、多重社会空間の構図 に戻れば、生活空間再生論には、「開かれた生活空間」を拠点にすえた「下 から上へ」の社会構成の構想があらためて浮かびあがる。すなわち、生活空 地域創造学研究. 61.
(20) 研究ノート. 間再生論は、「上から下へ」の中央集権的な国家体制を切り替えて、生活空 間を起点に「下から上へ」向かう社会空間レベルの構成を構想する 11)。そこで、 個人の生活の場としての生活空間が「下から上へ」の権力と情報の流れを取 り戻すために、政策としての「地域分権」や「地域主権」の実現が重視され てくる。この点について、地域主義はつぎのように指摘する。 地域の住民の自発性と実行力によって、個性的な地域の産業と文化 を内発的につくりあげて「下から上へ」の方向をうちだしてゆく。 そしてそのために、場合によって国の統治・行政のあり方に軌道の 修正をもちこむ。これが「地域主義」、「地域分権」の考え方という ものであろう。(玉野井 1979b: 193) したがって、「開かれた生活空間」の意味は、「上からの決定をうけいれる というより、下から上への情報の流れをつくりだしてゆく。そればかりか地 域と地域とのヨコの流れを広くつくりだしてゆくことをも意味する」(玉野 井 1990c=1978: 12)。このような地域主義の示唆をふまえて、「生活空間再生 論」はつぎのような社会構築の枠組を提起する。個人が協働してみずからの 生活空間を「よりよく」構成し、そこから生活空間同士が地域間でヨコにネッ トワーク化しながら、それらの生活空間を拠点としてタテには「下から上へ」 と新たな国家の体制から新たなグローバル社会の枠組までを再編制してゆく 。かくして、生活空間再生論では、多重社会空間の構図を通してつぎのよ. 12). うな「生活空間」の理念型が措定される。 再生される生活空間のもう一方の理念型: 生活空間は、多重社会空間のなかで開かれた、個人の基礎的社会空 間である。生活空間再生論は、生活空間の再生を通して「下から上 へ」と、より広域の地域社会、国家、グローバル社会の体制や枠組 を再編制しようとする。 これまでの検討から明らかなように、生活空間再生論の基礎は、地域主義 の所見に大きく依拠している。しかし、地域主義の思想と理論的基礎は、当 62.
(21) 「生活空間再生論」構想の見取図 然、時代の背景に合わせ、修正され補填されねばならない。地域主義が提唱 されてから今日にいたるまで、玉野井が立ち向かった難題は、すでにみたと おり、玉野井の危惧をはるかに超えて深刻さを増幅させている。そこで、生 活空間再生論は、地域主義を土台としてそれをはるかに超えなければならな い。そのために、一方で玉野井の「広義の経済学」をより学際的なアプロー チから「生活空間再生論」を脱構築して、またもう一方で、地域主義の果た しえなかった「生活空間再生論」の実戦的道筋を構成したいと考える。その 構想を組み立てる道筋をつぎに議論する。. 3 「生活空間再生論」構成の道筋 生活空間再生論は、資本主義が築き上げた近代社会の現実を少しずつ作り 変えようとするが、その実践の困難さは容易に察せられる。資本主義の浸透 から生み出された工業と農業の現実、そして都市と農村の現実については、 工業化や都市化をだれもが当然とみなし、資本主義の現実は、だれにももは や所与である。その与件となった工業化や都市化の現実が生態系を破壊し、 地球自体さえもを崩壊させてしまう事実は、一般的に認識されながらも、そ の事実にたいする根本的な対処は実践されていないに等しい。そのような事 実を直視したにせよ、資本主義の圧倒的な現実の前に、だれもが為す術を見 うしなっている。 それでも、生活空間再生論は 地域主義が取り組んだように 資本主 義と、それから生じる現実とをあらためて問い直し、その現実を変革する方 策を検討する。資本主義の現実にみられる問題は、とくに「生態系の破壊」 と「社会関係の切断」の2つの現実に集約される。「生態系の破壊」に比べ ると、「社会関係の切断」が問題視される度合いが一般的にやや低い 13)。地 域主義でも「社会関係の切断」は、資本主義の問題として十分に取り扱われ ていない 当時は、実際に深刻な問題と認識されなかったかもしれない。 しかし現在の先進諸国では、「社会関係の切断」は、社会的無関心、引きこ もり、モラルハラスメント、ヴァンダリズム……などの切実な社会問題とし 地域創造学研究. 63.
(22) 研究ノート. て発生している。 そこで生活空間再生論は、それら2つの問題を考察しながら、それらの問 題の解決をめざして「生活空間の内発的再生」の実践方策を考案する。この 目標に到達するために、3つの並行する道筋が設定される。それらは、「資 本主義の学際的研究」、 「農村と都市における生活空間の事例研究」、そして「生 活空間再生論の学際的研究」である。以下では、それぞれの研究内容の概略 を検討する。 「資本主義」の学際的研究 玉野井は、「資本主義」を地域主義が対抗する根本問題とみなし、「広義の 経済学」によって「資本主義」研究に取り組んでいる。そこで生活空間再生 論は、「資本主義」研究においても地域主義の「広義の経済学」を手がかり として、その成果を乗り越える作業から着手する。 資本主義の本質をごく簡単に表せば、資本が市場原理を通して剰余価値を 無際限に生み出しながら自己増殖する社会的事実(fait social)とみなされる。 社会的事実としての資本主義には、人間の思惑から独立してそれ自体の固有 な法則性、すなわち市場原理が作動している。市場原理が作動すると、人間 の欲望を肥大させ、需要と供給が高まる。このような資本主義は、市場の浸 透と拡大を通していまや地球規模に拡大している。それは、グローバル資本 主義とよばれる状況である 14)。 このような資本主義を研究する学問として、経済学が形成された。「経済 学という学問は、市場をとおして商品経済の<秩序>を発見し、資本主義と 呼ばれる統一的な経済秩序の性質とその変化の方向を解明する学問として発 展してきたといえる」(玉野井 1978: 98)。しかし、市場経済の世界を所与の 研究対象とする経済学は、<市場をいかに操作するか>という技術論に終始 し、資本主義から生じる現実の非市場にかかわる問題を経済学理論のなかに 導入しようとしない。それらの問題が経済学に取り込まれたとしても、それ らの問題は市場原理の視点から処理される。したがって、たとえば資本主義 に起因する問題である「生態系の破壊」は、非市場の問題として経済学の中 64.
(23) 「生活空間再生論」構想の見取図 心的な研究課題とはならない。なったとしても、経済学から導出される解決 策は、たとえば環境問題の排出量取引(emission trading)のように、市場 原理で処置され、その問題の根源は除去されないので、根本的解決とはなら ない。 このような従来の経済学を玉野井は「狭義の経済学」とみなし、それを超 える「広義の経済学」を 1970 年代中頃から提唱した。1970 年代初めに、新 たな経済学をめざす着想が、 「広義の経済学」に先駆けて、L.コール(1977)、 N.ジョージェスク=レーゲン(1978)、K.E.ボールディング(1968)、E.F. シューマッハ(1973)などの経済学者によって提唱されていた。玉野井はそ れらの業績を吸収しつつ、さらに経済人類学者K.ポランニー(1944; 1977) の影響を強く受けて、「広義の経済学」を構築している。 「広義の経済学」は、市場経済の世界を理論的に分析してきた従来の「狭 義の経済学」が終わるところ、あるいはそれと同時並行しながら、あらたに 始まる(玉野井 1978:)。「狭義の経済学」は「市場」原理の視座から生産力 を主題とするのにたいして、「広義の経済学」では対象領域が「生命系」原 理の視座から「非市場」にまで拡張され、その主題は生産力に対抗する「開 かれた共同体」となる。このような玉野井の「広義の経済学」について、鶴 見和子は地域主義の解説でつぎように説明している。 これまでの経済学は、「商品、貨幣、資本の論理にしたがって展開 する狭義の経済学」であった……。そこでは、自然生態系と人間と の関係はとり捨てられた。これに対して、玉野井先生の転換は、自 然生態系の一員として生きている人間の立場から、経済学を再構築 しようという壮大な意図であった。そのためには、物理学、歴史学、 哲学、政治学、人類学、社会学、民俗学など、自然・社会・人文諸 科学の成果を吸収し、総合しなければならない。それゆえに、狭義 の経済学から広義の経済学への展開であった。 (玉野井著作集③(1990c)『地域主義からの出発』学洋書房 p.259). この説明にみられるように、玉野井は学際的アプローチからあらたな経済 学を提唱し、その構築に着手した。そして「広義の経済学」に「生命系」の 地域創造学研究. 65.
(24) 研究ノート. 視座をすえ、とくに物理学のエントロピー概念を援用する(→第2節「生命系 を根底に成立する生活空間」)。玉野井はエントロピー概念を適用した「広義の. 経済学」における生産論の変更をつぎように主張している。 「広義の経済学」では、生産論は同時にまた崩壊論として説明され ねばなるまい。これまでの「狭義の経済学」におけるエネルギー中 心の生産論は、右の文脈において登場するエントロピー概念とのか かわりで、いまや新たな生産力概念 更新性資源 の再定式化 となってあらわれるであろう。(玉野井 1979a: 117) すなわち「広義の経済学」は、エントロピー概念の適用によって、資本主 義の工業のポジの側面としての「生産」が同時にネガの側面としての「崩壊」 でもある事実を誘導し、その事実の理論化に取り組んだ。工業の「生産」に よる「崩壊」は、「生活空間」の基礎である生態系を破壊し、「環境問題」を 惹き起こした。この「環境問題」を「広義の経済学」は経済学の中心的研究 課題ととらえ、それを経済学理論に組み入れたのである。 ここで「広義の経済学」において、「工業」にたいする「農業」の意味が あらためて浮かびあがる。玉野井は、「工業の生産」と「農業の生産」が決 定的に異なる事実について、エドゥアルト・ダヴィッドの『社会主義と農業』 (1922 年)に倣い、つぎのように説明する。 ダヴィッドはこう考える。農業生産における種子は農業上の原料に ほかならないが、種子がまさしく種子となるのは胚の内部にある生 命の原点である。種子は「生きた有機体」である。これにたいして 工業生産における原料は「死んだ素材」にほかならない。それゆえ 農業と工業との差異は「有機的生産」と「機械的生産」としてとら えられねばならない。前者の農業では、生産者である人間の生産活 動は「生きた自然」の自律的作用をとおして行われることになる。 ここでは「生きた自然」こそ直接の生産者なのであって、人間の労 働はせいぜい二次的要素を占めるにすぎない。(玉野井 1978: 8) かくして、生命系を土台とする地域主義において、農業「生産」は重要な 位置を占めることになる。そして玉野井は、農業を通じて「地域共同体」の 66.
(25) 「生活空間再生論」構想の見取図 生命系が構成される、と指摘する。 ……工業=機械的生産は生命のない設備のメカニズムにすぎず、人 間の消費=生活過程は生産過程の外部に存在する。ところが農業= 有機的生産は一種の生命共同体を形成しており、……そこには人間 の消費=生活が質料的にもそのなかに関与しているひとつのコスモ スがくりひろげられる。(玉野井 1978: 80) 農業を通じたこの生命共同体とは、生命系を基礎とする「開かれた共同体」 を意味する。 「広義の経済学」は、こうして「生命系」の視座から「開かれた共同体」 の構築を志向する。しかし、工業化で躍動する資本主義は、農業を基礎とす る工業社会を形成しない。まったく逆に、「資本主義は、農業と分断された 工業化を基礎としてはじめて産出高増大の経済体制をつくりだしたのであっ た」(玉野井 1978: 47)。この現実は、従来の「狭義の経済学」、そして現在 の経済学でも、ほとんど話題とはならない。資本主義と農業の問題は、「広 義の経済学」に倣い、あらためて再考されるべきであろう。生活空間再生論 も、生命系を基礎とする生活空間像を措定するので、資本主義と農業の関係 を重要な研究課題としたい。 しかしながら、玉野井による「広義の経済学」の提唱以降、第2節「地域 主義後の現実問題の展開」でみたように、資本主義の様相が急速に変容して きたので、「生活空間再生論」はその現実を的確に把握し、資本主義の本質 をさらに究明しなければならない。玉野井が地域主義で懸念した資本主義の 弊害はさらに深刻化して、現在の生活空間を浸食しているかにみえる。その 資本主義に対抗する体系的な方策を考案するためにも、「生活空間再生論」 は、広義の経済学に倣い、さらに学際的な「資本主義」研究を推進すること になる。ただし、生活空間再生論の資本主義研究は、「広義な経済学」のよ うに経済学の研究領域をたんに敷衍するのではなく、目標を共有する研究者 による学際的研究の「対話の場」から形成されるであろう(安村 2009: 3734)。そして、われわれは学問の総力を結集して資本主義の本質にさらに切り 込み、「地域主義」の資本主義研究を超えなければならない。 地域創造学研究. 67.
(26) 研究ノート. 生活空間再生論の資本主義研究は: 地域主義の「広義の経済学」を手がかりとして、生命系を基礎とす る市場と非市場の経済世界を学際的に探究する。そのさい、工業生 産と農業生産の関係があらためて問い直される。 生活空間再生論では、資本主義研究の成果を取り入れながら、その理論研 究に並行して「生活空間」の実態にかんする事例研究もすすめるられる。つ ぎにその事例研究について概観する。 「農村」と「都市」における生活空間の事例研究 地域主義は事例研究をほとんど実施していないが、生活空間再生論は現時 点の生活空間の実態について綿密な事例研究を実施する。事例研究では、第 2節でみた「再生される生活空間の理念型」が想定され、特に資本主義と生 活空間の関係に着目して生活空間の実態が記録される。事例研究の対象とな る現代日本の生活空間はすべて資本主義の影響を受けているが、生活空間が 立地する地域の状況ごとに影響度に差異がある。資本主義の影響度がたとえ ば大都市と農村地帯で著しい相違がある事実は自明であり、その影響度の相 違はそれぞれの生活空間の特徴を多様に規定する。 事例研究の対象の選定にあたり、ある地域の生活空間における資本主義の 浸透度が暫定的な一基準とされる。そのさい、資本主義の浸透度がもっとも 低い「農村的」と、その浸透度がもっとも高い「都市的」を両極とする地域 の軸を設定し、当該地域に位置づけられる生活空間を研究対象として選択す る。地域の資本主義の浸透度を表す指標のひとつは、おそらく地域の消費規 模としての人口規模にもとめられる 15)。すなわち、地域の人口規模は大都 市でもっとも大きく、それが小都市、農村と小さくなる。たとえば、関連の 事例研究がすでに実施された地域や、あるいはこれから実施される予定の地 域は、資本主義の浸透度を人口規模とすると、図2のように配置される。. 68.
(27) 「生活空間再生論」構想の見取図. 図2 資本主義の浸透度と都市-農村の配置図. . 図2は、資本主義の浸透度がもっとも高い中央から、浸透度が周辺に広が るにつれて低くなる状況を表わす。図中に配置された都市名の下にある数字 は、人口(単位:万人)である。この図2において、資本主義の浸透度は東 京でもっとも高く、中央に近く配置される地域ほどより「都市的」となる。 そして、もっとも中央から離れて周辺に位置し、資本主義の浸透度がもっと も低い地域が「農村的」とみなされる。生活空間の事例研究では、 「農村」-「都 市」のそれぞれの地域の生活空間を選択し、できるだけ多くの事例を考察す る。 このように資本主義の浸透度から「農村的」と「都市的」に区分される図 式は、広義の経済学で裏づけられ、さらに生活空間再生論の資本主義研究で も探求される。マルクスは、「商品交換によって媒介され、発展した分業の 基盤は、都市と農村の分離である」として、「社会の経済史はすべてこの都 市と農村の対立の運動にまとめられると言ってもいいぐらいである」(『資本 論』第1巻上(今村・三島・鈴木訳)、筑摩書房 , p.520)と指摘した 16)。た 地域創造学研究. 69.
(28) 研究ノート. だし、 「農村」と「都市」をそれぞれに定義するのは、容易ではない(例えば、 ヴェーバー 1965)。 それでも、本稿の資本主義にかかわる「農村」と「都市」の概念規定をひ とまず提示しておこう。一方の「農村」は、農業を生業とする住民が居住者 のほとんどを占める地域である。現在ではこの地域にも資本主義が浸透し、 商品経済と都市化が進展してきたが、都市と比較すると資本主義の浸透度は 低い。日本の高度経済成長期には、工業生産の労働力としての人口が農村か ら大都市へ大規模に流入した。それ以降、地方農村地域には過疎化の問題が 発生し、1970 年代後半以降には少子高齢化が急速にすすんだ。現在、限界 集落 [65 歳以上の住民が人口の半分以上を占める地域] が増加し、集落崩壊も散 見される(大野 2005)。 そして、もう一方の「都市」は、企業に従事する労働者と家族が労働し居 住する地域である。それと同時に、労働者としての住民が消費をする地域で もある。このように、現在の都市は、資本主義によって生産と消費の場とし て形成された地域といえる。都市には利便性や賑わいが豊富に整備されてい るが、他方でその生活空間には「社会関係の切断」や「生態系の崩壊」にか かわる多くの社会諸問題がつねに発生している。 こうした農村と都市について、生活空間再生論が構成しようとする、前述 の「生活空間の理念型」には、農村の生活空間における現実の特徴に重複す る要素がより多いと推察される 17)。それは、現時点で、農村の生活空間が 都市よりも生態系に密着し、凝集性の高い社会関係を維持しているからであ る。実際に、生活空間の理念型をある程度まで具現したとみなせる観光まち づくりの成功事例は、ほとんど資本主義の成果から取り残されてきた地域と いえる。すなわち、資本主義の浸透度が比較的ひくい農村地域には、資本主 義の根本問題に対抗する社会の基盤形成の潜在的可能性がより高くそなわっ ていると考えられる。この点に関連して、農村と都市にかかわる地域主義の 立場を、玉野井は次のように主張する。 これまでは都市のほうからアプローチして、農村を都市化するとか、 田園都市をこしらえるとかいう発想だった。それを逆にする。つま 70.
(29) 「生活空間再生論」構想の見取図 り大都市をバイパスして、農村や中小都市地域から、いのちを守る ための新たな道をつける。近代とともに猫も杓子も狂奔してきた <都市化>とは別に、言うなれば<農村化>いや<地域化>を展開 する社会的運動です。(玉野井 1985: 18) 生活空間再生論の実戦的理念は、こうした地域主義の実戦的理念にもとづ いて構成される。その実践理念の基礎には、農村と都市の生活空間がそれぞ れに異なる存立基盤から成り立つ、という生活空間再生論の基本仮設があ る。 この基本仮設が生活空間の事例研究における予断となってはならないが、 「農村的」と「都市的」の区分は事例研究を実施するさいの重要な準拠枠組 のひとつとなる。こうして、生活空間再生論の事例研究では、 「農村」と「都 市」における生活空間の多くの実態を綿密に描き出したい。 生活空間再生論の事例研究は: 資本主義が生活空間に及ぼす影響に着目し、その浸透度が低い農村 と、影響度が高い都市とに区分して、それぞれの生活空間の実態を 綿密に記録する。 生活空間の実態にかんする事例研究は、資本主義の学際的研究と並行して すすめられ、それらの研究結果を統合して「生活空間再生論の学際的研究」 がなされる。その研究において、生活空間の再生からグローバル社会の再編 制にいたる理論と実践が検討されることになる。この生活空間再生論の学際 的研究の課題について、つぎに概観する。 「生活空間再生」論の学際的研究 資本主義のグローバル化と生活空間再生論 そもそも生活空間の再生をあ らためて構想せねばならない事態は、くり返し議論したように、資本主義か ら生起する根本問題によってもたらされた。資本主義の「生態系の破壊」と 「社会関係の切断」に直面して、持続可能な生活空間を再生しようとするの 地域創造学研究. 71.
(30) 研究ノート. が、生活空間再生論の構想である。しかし、われわれの眼前に屹立する資本 主義の現実は絶対的で、われわれがその中から抜け出す企図は夢想さえでき ない。さらに資本主義の現実は世界中を覆い尽くし、I.ウォーラーステイ ン(1979)が「近代世界システム」とみなすグローバル社会を出現させ、そ こには人類全体の存亡にかかわる環境問題のような、グローバルな諸問題も 発生している。しかも、それらの諸問題はときにわれわれの生活空間に直接 の影響を及ぼしさえする。 こうしたグローバルな諸問題についての認識は、いまや世界中で共有され ているが、その解決策が国際的協働体制のもとで有意義に実践された事例は ほとんどない。その解決策は 1970 年代から国連を中心に世界各国が参加し て模索されてきたが、ほとんど効果をあげていないのだ。その主たる原因の ひとつは、南北問題にある。世界の諸国が近代化をめざすなかで、発展途上 諸国と先進諸国の間におけるその進捗度の時差、いわば近代化ラッグがつね に障害となる 18)。すなわち、発展途上諸国は、先進諸国の近代化から生じ たグローバル問題の解決には、先進諸国が応分の責任と負担を果たすべきだ と主張する。その結果、先進諸国と発展途上諸国の間に協働の解決策に折り 合いがつかず、その実践は遅々として進展しない。 このような生活空間を取り巻くグローバル問題の動向やグローバル社会の 構造も、生活空間再生論の射程に収められねばならない。もっとも広域な社 会空間としてのグローバル社会にまでにつながる「生活空間」は、個人の生 活の基礎的場として、資本主義に対抗する「拠点」となりうる。そして、拠 点としての「生活空間」から、多重社会空間論にもとづき、より広域の社会 空間の漸次的な再編制が構想される。さらに最終的には、生活空間再生論は たとえば、柄谷(2006)が簡潔に著した「世界共和国」構想のように グローバル社会の再編制がめざされる。グローバル社会を視野にいれた生 活空間再生論にかんする理論構成の作業は、同時並行でおこなわれる。ただ し当面は、生活空間再生論の理論と実践の起点として、「生活空間の再生」 の考察が重視されるであろう。 生活空間の再生における3つの実戦的課題 「生活空間の再生」が実践さ 72.
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