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[調査報告]インドネシアの高等学校における地理教育

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(1)調査報告. インドネシアの高等学校における地理教育. 亀 山 恵理子 1.はじめに 本稿はインドネシアの高等学校における地理教育について、収集資料や聞 き取り、見学を含む現地調査の結果を中心に報告するものである。内容は以 下のとおりである。まず第1章で、インドネシアの教育制度における高校教 育の位置づけとカリキュラムにおける地理教育の位置づけを述べる。第2章 では、高校生を対象にした地理教科書の目次の内容を述べる。第3章では、 インドネシアのアチェ州バンダアチェ市第一高等学校で行った授業見学と教 員へのインタビューの内容を報告する1。. 1.インドネシアの高校教育における地理教育 1-1.インドネシアの教育制度と高校教育の位置づけ インドネシアは東南アジアに位置する島嶼国家である。東西の幅が5千キ ロメートルを越える広大な国土に約2億5千万人が暮らしている。多民族国 家であるインドネシアでは、1945年の独立宣言以降、広大な国土において多 様な民族をインドネシア国民として統合するための教育政策が推進されてき た。たとえば、1979年以降は初等教育から高等教育にいたるすべての教育段 階において、全新入生は国是を学ぶ研修を受けることが義務付けられていた。 パンチャシラ研修と呼ばれるこの研修は、当時の政権のイデオロギー教育政 策の柱となっていた。 1998年に32年間続いたスハルト政権が退陣すると、中央集権体制から地方 地域創造学研究. 79.

(2) 調査報告. 分権化、民主化の流れが見られるようになった。教育分野では、2003年に国 家教育制度法が制定され、地域の多様性と自立性を尊重する教育、さらにグ ローバリゼーション対応の新しい国民教育の指針が示された。この法律は、 教育財源に関する国と地方政府の責任分担の明確化、カリキュラム運用の弾 力化、地域や学校主体の学校づくりなどそれまでにはなかった新しい側面に 言及している(服部2013:225-226) 。 インドネシアの学校教育体系は日本と同じ6-3-3-4制である(図1)。 義務教育は基礎教育の9年間、すなわち初等教育6年間と前期中等教育3年 修学 年限. 高等教育. 後期中等教育. 宗教省管轄. 総合大学 イスラーム大学 (Universitas) (UI) インスティチュート イスラーム宗教大学 (Institut) (IAI) 単科大学 イスラーム単科大学 (Sekolah.Tinggi) (STAI) ポリテクニック 各宗教の高等教育 (Politeknik) 機関 アカデミー (Akademi) 一般高校(SMA) 職業高校(SMK). マドラサ・アリヤー (MA) 職業マドラサ・ア リヤー(MAK). 前期中等 3年 基礎教育 教育 (義務教 育) 初等教育 6年. 一般中学校(SMP). マドラサ・サナ ウィヤー(MTs). 一般小学校(SD). マドラサ・イブ ティダイヤー(MI). 2年. 一般幼稚園(TK). 就学前教育. 教育形態. ノン・ フォー マル教 育. プサントレン クルアーン学習機関. 3年. 国家教育省管轄. クジャル・パケットA・B・C 生涯学習機関. 4年. 教育段階. イスラーム幼稚園 (RA). フォーマル教育. ノン・ フォー マル教 育. 図1:インドネシアの学校教育体系 出典:服部(2013)223頁.. 80.

(3) インドネシアの高等学校における地理教育. 間である。2015年の統計によると、就学率は小学校93.53パーセント、中学 校80.76パーセント、高等学校57.25パーセントとなっている。初等教育はほ ぼ全国的に行き渡っているものの、中学校、高等学校への進学となると地方 部においてかなり低くなる傾向がある(外務省)。大学進学率はさらに低い ものの、1992年度には7パーセントだったのが2010年度には13.77パーセン トにまで上昇している(日本貿易振興機構2012)。. 2-2.カリキュラムについて スハルト体制期(1966年から1998年)には、学校教育カリキュラムは1968 年、75年、84年、94年とほぼ10年単位で改訂された。スハルト体制崩壊 後、すなわち1998年以降カリキュラムは大幅に改訂されるとともに、2004年、 2006年、2013年とより頻繁に改訂が行われた。現在インドネシアの高校では、 表1および表2に示す2013年カリキュラムが使われている2(Kementerian. Pendidikan.dan.Kebudayaan.2013) 。 科 目. 週時間数 10年. 11年. 12年. A郡(必修) 1. 宗教・礼節教育. 3. 3. 3. 2. パンチャシラと公民教育. 2. 2. 2. 3. インドネシア語. 4. 4. 4. 4. 数学. 4. 4. 4. 5. インドネシアの歴史. 2. 2. 2. 6. 英語. 2. 2. 2. B郡(必修) 7. 文化芸術. 2. 2. 2. 8. 保健体育. 3. 3. 3. 9. 技術工芸と起業. 2. 2. 2. 24. 24. 24. A郡・B郡週あたり合計時間数. 地域創造学研究. 81.

(4) 調査報告 C郡(専攻プログラム) 課程別科目. 18. 20. 20. 週あたり学習時間数. 42. 44. 44. 備考:科目「文化芸術」の中で地方語を教えてよい。 表1:インドネシアの高校カリキュラム(全体) 出典:Kementrian.Pendidikan.dan.Kebudayaan.(2013),.p.3.. 科 目. 週時間数 10年. 11年. 12年. C郡(専攻プログラム)の内容 数学と自然科学 Ⅰ. 1. 数学. 3. 4. 4. 2. 生物. 3. 4. 4. 3. 物理. 3. 4. 4. 4. 化学. 3. 4. 4. 1. 地理. 3. 4. 4. 2. 歴史. 3. 4. 4. 3. 社会学. 3. 4. 4. 4. 経済. 3. 4. 4. 1. インドネシア語とインドネシア文学. 3. 4. 4. 2. 英語と英文学. 3. 4. 4. 3. 他の外国語学と文学. 3. 4. 4. 4. 人類学. 3. 4. 4. 専攻課程以外の科目. 6. 4. 4. 18. 20. 20. 社会科学 Ⅱ. 言語と文化 Ⅲ. 選択科目 合 計. 表2:インドネシアの高校カリキュラム(専攻課程の内容) Kementrian.Pendidikan.dan.Kebudayaan(2013),.p.4より筆者作成.. 82.

(5) インドネシアの高等学校における地理教育. 2つの表で示されるとおり、2013年カリキュラムでは専攻プログラムが10 年生、すなわち高校1年次から始まる。一つ前の2006年カリキュラムにおい ては、1年次は全員が共通カリキュラムのもとで学び、専攻プログラムは高 校2年次から始まっていた。社会系、理科系科目(地理、歴史、経済、社 会学、数学、物理、生物、化学)は1年次の共通カリキュラムに含まれおり、 そのうち地理の週時間数は1時間だった。だが、2013年カリキュラムでは地 理を含む社会系、理科系の科目は1年生の必修科目ではなくなった。つまり、 以前は高校に入学すると全員が1年次に基礎科目として地理を学んでいたが、 現行のカリキュラムでは地理は1年次から始まる専門科目のひとつとなり、 社会科学専攻の生徒が学習する科目となっている3。. 2.2013年カリキュラムの地理教科書の内容 2-1.教科書について 従来インドネシアでは、教科書は民間の出版社が教育文化省の審査を経て 出版するものと、教育文化省が出版するものとがあった。教科書の審査は教 育文化大臣によって任命された国家教科書評価委員会と、教員・大学教員か ら構成される専門家チームが担当していた。2005年には国家教育省から独立 した機関として教育国家標準局が設立され、審査は同局が担うようになった。 学校で使用する教科書は、2003年までは州単位で決められていた。だが、 2005年教育大臣令11号によって、学校委員会(Komite.Sekolah)の見解も考 慮に入れつつ、各学校の教員会議を通じて選定されることになった。学校や 学校委員会が教科書を販売することは禁じられており、生徒たちは自ら書店 で各科目の教科書を購入している(服部2013:241-243)。. 2-2.高校地理教科書の内容 本節では2013年カリキュラムによる高校の地理教科書の目次を示す。いず れもエルランガ出版から出版されているものである。以下の目次においては 省略しているが、どの学年の教科書も各章の終わりにまとめとふりかえり 地域創造学研究. 83.

(6) 調査報告. (確認問題)のページが設けられており、また全体を通じて反復練習が2回 分準備されている。巻末には用語集、参考文献リストがついている4。 ①高校1年生地理教科書の目次(全397頁) 第1章 地理学の基礎 A.地理学の知識とは―内容と射程範囲 B.地理学の基礎的な考え方 C.地理学研究の目的 D.地理学の原理 E.地理学のアプローチ F.地理学の諸側面 G.生活における地理学の役割 第2章 地圏現象に関する地理学調査のすすめ方 A.地理学研究の性質 B.地理学研究の分析アプローチ C.地理学の分析方法 D.地理学調査の成果出版 第3章 地球と太陽系の動態を知る A.太陽系と全宇宙の一部である地球はいかにつくられたか(地球 創生理論) B.地球の自転運動 C.地層の特徴と大陸移動 D.地理学の時代と生活の歴史 E.生活に適した地球 第4章 岩石圏の動態に影響を受ける人間と環境のかかわり A.人間による岩石圏の石の活用 B.火山活動の生活への影響 C.地殻運動による生活への影響 D.地震による生活への影響 84.

(7) インドネシアの高等学校における地理教育. E.外因性の変化による生活への影響 F.土壌の構成と活用 第5章 大気圏の動態に影響を受ける人間と環境のかかわり A.大気層 B.天候と気候 C.気候タイプの分類 D.インドネシアにおける気候の特徴 E.グローバルな気候変化の影響 F.気候とその活用に関する調査 第6章 水圏の動態に影響を受ける人間と環境のかかわり A.大気の循環 B.陸の水とその有用性(*川・湖・沼) C.海の水とその有用性 D.持続可能な海水の活用と保全 E.海洋保全のための国連海洋法条約 F.海洋管理、 治安、 開発のためのヌサンタラ領域と排他的経済水域 第7章 自然災害への対応 A.災害とは B.自然災害の種類 C.自然災害対応における減災と適応 D.インドネシアにおける自然災害危険地域の広がり E.自然災害リスク軽減のための取り組み F.自然災害対応のための組織 ②高校2年生向け地理教科書の目次(全312頁) 第1章 インドネシアと世界における動植物群の分布 A.動植物群の広がりに影響する諸要因 B.インドネシアにおける動植物群の広がり C.世界における動植物群の広がり 地域創造学研究. 85.

(8) 調査報告. D.インドネシアにおける生命の多様性の有用性 E. ワシントン条約 第2章 インドネシアにおける鉱物の分布 A.天然資源としての鉱物 B.鉱物の形成過程 C.鉱物の有用性と分布 D.環境に負荷をかけない鉱物の調査と開発 E.鉱山地域の活用、効率、採掘 F.鉱業の仕組み 第3章 インドネシアの地理的可能性 A.領土の面積と境界 B.インドネシア地域の物理的および社会的な可能性 C.食料供給のための地理的可能性 D.産業供給のための地理的可能性 E.オルタナティブエネルギーのための地理的可能性 第4章 人口の動態と問題 A.人口データについて B.人口統計と分析 C.人口の特徴(*教育、健康、生業、所得) D.人口移動と政策 E.人口をめぐる諸問題とその解決 F.インドネシアの人的資源開発のロードマップ 第5章 国民文化とグローバルな交流 A.国民文化の多様性 B.インドネシアの国民文化における地元の知恵 C.国民文化に対するグローバルな交流の影響 D.観光および創造的経済の潜在力としての伝統文化 第6章 天然資源の活用における知恵 A.持続可能な農業 86.

(9) インドネシアの高等学校における地理教育. B.持続可能な鉱業 C.持続可能な工業およびサービス業 D.持続可能な観光業 E.環境効率の原則にもとづいた天然資源の活用 F.環境への影響分析 G.エコラベル 第7章 生活環境の保全と持続可能な開発 A.生活環境 B.生活環境の質と基準 C.生活環境の汚染、破壊、リスク D.生活環境保全の取り組み E.持続可能な開発の具現化 ③高校3年生向け地理教科書の目次(全320頁) 第1章 土地利用と交通のためのリモートセンシング A. リモートセンシングとは B.土地利用のためのリモートセンシング C.交通網の発展ためのリモートセンシング D.インドネシアにおけるリモートセンシングの活用と担当機関 第2章 開発のための地図製作と地理的情報システム A..地図と地図製作の基本 B.原則、データ源、地理的情報システム(GIS)のデータベース C.自然資源のマッピングと開発計画のためのGISの活用 D.環境研究と災害リスク削減のためのGISの活用. 第3章 農村と都市の空間的交流 A.農村の空間モデル B.都市の空間モデル C.地域開発における農村と都市の関係 D.都市の発展と土地の機能の変容 地域創造学研究. 87.

(10) 調査報告. E.物流と人口移動、および地域の経済発展に関する都市と農村の 関係 第4章 地域発展の加速化 A.地域と区画化 B.地域発展の中心 C.商業地域の発展 D.地域発展の促進力に関する研究 E.国家地域計画システム 第5章 途上国と先進国の地域分析、および交流分析 A.途上国と先進国の広がり B.途上国と先進国の特徴 C.途上国と先進国における経済成長のモデル D.国家間の経済協力のネットワーク これらの目次からわかるように、インドネシアの高校における地理教育で は自然地理に関連する事柄の比重が比較的大きいのが特徴である。この点は、 インドネシアの大学教育にみられる地理学の特徴に添うものである。瀬川 (2012)は、インドネシアの地理学の傾向として、地理学が自然科学にきわ めて近いところに位置づけられること、リモートセンシングやGISなどの地 理情報学とそれに関連する最新の地図製作技術の重視、また実学の学問への 志向の3点を挙げている(瀬川2012:872-873)。高校の教科書の内容にもそ れらの傾向が反映されているといえよう。. 3.アチェ州・バンダアチェ市第一高等学校における地理教育 本章では、インドネシアのアチェ州バンダアチェ市において行った地理担 当教員へのインタビューと授業見学の内容を報告する。まず、アチェ州の近 年の変化について述べた後、調査を行ったバンダアチェ市第一高等学校の概 要を述べる。そのうえで、同校に勤務する教員へのインタビュー結果と授業 の様子を述べる。 88.

(11) インドネシアの高等学校における地理教育. 3-1.アチェ州について インドネシアのアチェ州はスマトラ島の北端に位置する人口約400万人の 州である。古くは貿易で栄えた王国だったが、1900年代初頭にオランダの植 民地に組み込まれた。その後アチェを含むオランダ領東インドはインドネシ アという国家として独立した。1970年代半ばになると、アチェではインドネ シアからの分離独立を求める運動が起こり、以後アチェは30年間インドネシ ア当局との紛争下におかれた。紛争下では、報道関係者や人道支援関係者で あっても外国人はアチェへの入域がインドネシア政府によって制限されてい た。だが、2004年12月26日に発生した大規模な地震と津波による被害の状況 を受けて、それまで閉ざされた世界となっていたアチェに世界中から復興支 援のために多くの人が訪れた。2005年8月にはインドネシア当局との間に和 平協定が結ばれ、約30年間続いた紛争は終結した。アチェはそのような変化 を経験している地域である。 近年では、アチェ州政府は観光を復興の柱としており、市内には国内外か らの観光客の姿が見られるようになった。この点は津波前後で大きく変化し た点である。たとえば、バンダアチェ市内につくられた「アチェ津波博物 館」は、地元の人だけではなく国内外からの観光客が訪れる場所となってい る(写真1、2)。津波博物館のほかにも、バンダアチェ市内では災害遺構を 観光資源として積極的に残す動きがみられる。たとえば、海岸部から内陸3 キロメートルのところまで津波で流された2500トンの発電船ははそのひとつ である。7年前には発電船の近くに公園が整備され始めていたが、今はさら に入り口ゲートが作られ、周囲ではアチェのお菓子、民芸品、津波発生時の 様子を収めたDVDなどが売られている。発電船に上るとバンダアチェ市内 を見渡すことができ、また船の中に入ると当時の津波について学ぶことので きる展示が施されている(写真3)。ほかにも、住宅地内の家屋に乗りあげ た船も観光資源として保存され、国内外の人が訪れる場所となっている(写 真4)。ここも年々観光地としての整備がすすみ、2017年8月に筆者が訪れ た際にはその地域で被災した68歳の女性住民が、訪問者に対して当時の被災 経験を語る姿がみられた。 地域創造学研究. 89.

(12) 調査報告. 写真1:バンダアチェ市内にある 「アチェ津波博物館」. 写真2:学校の授業で訪れた地元の中学生. 写真3:発電船の上からはバンダアチェ 市内を眺めることができる。. 写真4:船についての説明文がインドネ シア語と英語で書かれている。. . 3-2.バンダアチェ市第一高等学校について バンダアチェ市第一高等学校は、バンダアチェ市の中心部近くに位置して いる。1946年9月1日に設立されたアチェで最も古い高等学校である。校舎 の一部はオランダ時代の1878年に建てられたものである。学校敷地内には建 物の歴史を記した碑が建てられている。2004年末の自然災害発生時には、津 波は第一高等学校にも押し寄せた。学校の垣根の傍には当時の津波の高さを 記録したポールが建てられている。日本政府による地元NGOを通じた支援 によって作られたポールの土台には、災害の経験を記憶に残し、将来の防災 に生かすためにポールが建設されたと記されている。また、学校の垣根は国 際会議通訳協会とスイス連帯財団による支援で再建されたと校門の脇に記さ れている。 90.

(13) インドネシアの高等学校における地理教育. 2017年度の生徒数は615人、教員数は非常勤教員を含め63人である。2017 年11月には、日本の高知県黒潮町で開催された「『世界津波の日』高校生 サミットin. 黒潮」に生徒6名と校長が参加した。サミットには日本を含 む30ヶ国の高校生361名が集まった。参加高校生らは津波防災についての フィールドワークや議論を通して津波被害の歴史や防災、現在の取り組みを 学び、今後の課題や自国の取り組みについて分科会で発表した。バンダア チェ市第一高等学校は、サミット後に黒潮町関係者の訪問を受け入れるなど、 日本との交流をもつ学校である(写真5、6) 。 バンダアチェ市第一高等学校では、授業は月曜日から土曜日まで行われて おり、1コマの授業時間は45分である。1時限目は朝7時半から始まり、月 曜日から木曜日までは大体午後2時から4時までの間に授業が終わる。その 後自主学習の時間がもうけられている曜日もある。また、金曜日と土曜日は 午前で授業は終わり、午後は課外活動などの時間にあてられている。専攻 プログラムは「数学と自然科学」「社会科学」の2つである。選択科目とし ては、 「英語と英文学」「ドイツ語とドイツ文学」「経済」「世界史」「化学」 「生物」が開講されている。地理は、1年次から始まる社会科学専攻プログ ラムの1教科として3年間継続して教えられている。. 写真5:オランダ時代には神智学者らが 集う場所として使われていた。. 写真6:学校内の様子。 バイクで通学する生徒もいる。. 地域創造学研究. 91.

(14) 調査報告. 3-3.バンダアチェ市第一高等学校における地理教員へのインタ ビューと授業見学の報告 3-3-1.地理担当教員の現状 バンダアチェ市第一高等学校の地理担当教員は1名である。インタビュー では、2015年から同校で1年生から3年生までの地理を担当しているヤン ティさんと、2005年から2015年まで地理を教えていたメルフリナさんに話を 聞いた。 地理は1年次から選択する専攻プログラムのうち社会科学専攻の一科目と して1年生から3年生を対象に教えられている。ヤンティさんは非常勤教員 として社会科学専攻の1年生2クラス、2年生2クラス、3年生3クラス、 合計7クラスを担当している。一方、前任者のメルフリナさんは公務員とし て採用された教員である。2008年から2015年まで7年間同校で地理を教えて いた。メルフリナさんは本来社会科学専攻の一科目である経済の担当教員で あるが、当時は地理を教える人がいなかったため地理の授業を担当していた。 だが、教員は大学で学んだ分野を教えるという国家教育省の規則ができたた め、自らの専門である経済のみを担当するようになった。 第一高等学校では地理担当教員は非常勤教員であるが、バンダアチェ市内 の他校には常勤教員もいる。同校の校長を務めるカイルルラジさんは地理教 員の待遇を改善したいと考えており、そのためには地理教員に対して政府に はもっと関心をもってもらいたいと話していた。. 3-3-2.教職に就いた経緯、地理を教えることについて 現在地理を教えているヤンティさんは、アチェ出身の20代の女性である。 教職について3年目に入った。地元の国立シアクアラ大学に入学した当初は、 社会政治学部社会学科で学んでいたが、第2学期を修了した時点で教育学部 地理学科に転部した。教育学部に変更したのは親の意向だった。ヤンティさ んの母親は、女性が家の外で仕事につくことに賛成だが、終日会社で働くの は好ましくないと考えていた。女性は家で母としての役割を担っており、そ 92.

(15) インドネシアの高等学校における地理教育. の役割を果たしながら家計を助けるために働くのがよいというのが母親の考 えだった。教育学部の中で地理学科を選んだのは、自分が興味をもっていた 社会学科に内容が近いと考えたからだとヤンティさんは話した。 一方前任者のメルフリナさんは、30代後半の女性である。首都ジャカルタ の出身だが、子どもの頃に親の仕事の関係でアチェに移り住んだ。地元のシ アクアラ大学で経済学を学び大学教員を目指していたが、公務員試験を受け たところ高校教員として採用されることになった。2005年にバンダアチェ市 第一高等学校の教員になり、最初の3年間は経済を教えていた。だが、2008 年からは地理を教えることになった。大学で地理を学んでいなかったため、 教えるために自分で勉強した。メルフリナさんは、地理を教えるには物理学、 生物学、化学、天文学などさまざまな分野の知識が必要であるため、それぞ れの分野に詳しい教員や友人から学びつつ授業を行ったと話した。 二人とも地理を教えるのは楽しいという。その理由は、地理という分野は 自然や環境を身近に感じさせるものであり、生きていくうえで必要な科目で あるからだそうだ。. 3-3-3.地理で何を教えるか 「インドネシアの高校では、地理ではどんなことを教えるのか」という質 問に対して、ヤンティさんとメフルリナさんは「1年生では自然について、 2年生で文化、3年生で国家間協力を含む国の関係、たとえば途上国と先進 国の関係について学ぶ」と3年間の概略を表現した。教科書の目次を見ると、 2年次では文化に関する章は全体の一部であり、3年次でも国家間関係の話 は全体の一部に過ぎない。だが、2人はこのように概略を表現したのは、文 化や国家間関係が重要だと考えているからか、もしくは聞き手である筆者が 外国人であったからかもしれない。概略を上のように表現した後で、2年次 では人口動態や鉱山、3年次では地図作成やリモートセンシングについても 学ぶと付け加えていた。 二人とも共通して述べていたのは、地理では生徒たちに対する説明を行う だけでは不十分で実習を行う必要があるという点である。たとえば、地図作 地域創造学研究. 93.

(16) 調査報告. 成では実習を取り入れている。また、1年次の授業では先述のアチェ津波博 物館の見学を行っている。アチェ津波博物館は第一高等学校から徒歩で5分 程度の距離にある。自然災害発生当時の写真や、津波発生のメカニズム、ま たアチェの再建についての展示がみられる施設である。天井にはアチェの復 興にたずさわった国の国旗とそれぞれの国の言葉で「平和」という言葉が書 かれたパネルが掲げられているのが印象的である(写真7、8)。 地理学習を通じて生徒に教えたいことは、地理の勉強は日常生活に近いと いうことだとメルフリナさんは述べた。1年次では自然について学ぶが、そ のことは自然を尊重する態度につながるという。また、1年次で学ぶ自然災 害対応も日常生活に密接にかかわっている。さらに、地球や大地について学 ぶことは神を考えることにつながるともいう。2年次では文化について学ぶ が、文化は多様であり、地域によって礼儀作法もさまざまであることに力点 を置いているそうだ。 一方ヤンティさんは、1年次では自然現象は人間の行動とつながっている ことを教えたいと話した。たとえば、自然災害のひとつである地すべりは人 間の行動が要因となり発生する。また2年次で文化について学ぶ際には、ど うやって他人の文化をまもるのかを生徒たちには学んでほしいという。加え て、どのように外からの文化を受け入れ、またどうやって自分たちの文化を 外に向けて発信するのかを考えてほしいとも話していた。. 写真7:博物館の2階におかれた津波発 生時の様子を再現するジオラマ. 94. 写真8:アチェ津波博物館の天井に 掲げられたパネル.

(17) インドネシアの高等学校における地理教育. 3-3-4.教材、教え方について 授業では視聴覚教材を活用している。メルフリナさん自身は2010年ごろか ら、ビデオやyoutubeの映像素材を授業で用いている。そのほかにも、教員 協会の集まりで配布される視聴覚教材を活用したりしている。視聴覚教材の 内容は、ビッグバン、火山、地すべり、地球の公転など自然現象や自然災害 に関するものが多い。ちなみに、天文学は地図学(地図作成)に加えて生徒 たちに人気の分野である。 生徒たちは日頃からインターネット上のさまざまな記事に触れており、そ れらの中で関心をもった事柄について授業中に積極的に質問をしてくるそう である。冥王星をめぐる議論や「地球は平らであると信じるコミュニティ」 についてな様々な質問を投げかけてくるため、教員も教科書だけではなく、 生徒が読んでいそうな記事に目を通しているという。 授業では生徒たちが話に飽きず、授業に集中するように工夫を施している。 ヤンティさんは手作りのクロスワードパズルやクイズカードを準備して、グ ループで競うクイズ形式で授業を行うこともある。教科書の1章分の学習が 終わったときに、復習のためにクイズ形式をよく取り入れるという。. 3-3-5.授業の様子 今回1年生対象の授業を見学した。女子17人、男子7人、合計24人の生徒 が出席していた。学習内容は1年生の教科書の最初の章にあたる部分で、位 置や地形に関する事柄だった。 ヤンティさんはパワーポイントで話の要点を壁に映しながら、地質学的位 置、海洋的位置、社会文化的位置について説明を行っていた。生徒たちに とって最も身近であるインドネシアを例に挙げ、インドネシアがそれぞれの 観点からどのような位置にあるかを具体的に話していた。たとえば、社会文 化的位置という点からはインドネシアは東南アジア地域に位置しており、そ の地域の共通点として途上国であること、急激な人口増加が見られたこと、 過去には植民地だったことを挙げていた。 身近なところから話を始めるのは、ヤンティさんが授業を行う際に心がけ 地域創造学研究. 95.

(18) 調査報告. ていることである。見学した授業の中では、地形の話をする際に高地と低地 における生業や生産物の違いについて触れていた。その際に、まずはアチェ 州内の高地タケゴンを取りあげ、次にアチェが位置するスマトラ島全域へと 話の範囲を広げていた。ヤンティさんは、なるべく身近なところで例を挙げ ると生徒が興味をもつため、日頃から生徒が知っている、あるいは想像でき る場所から話を始めて、次第にインドネシア全域へと範囲を広げていくよう にしているという。 筆者の印象では少し早口で、大きな声で語りかけるヤンティさんの話に、 生徒たちは熱心に聞き入っていた。話の途中でヤンティさんは頻繁に生徒に 質問を投げかけていた。それに対して生徒たちはまるで掛け合いのように反 応していた。間違った答えでも気にせず、どんどん答えようとする様子が印 象的だった。授業の後半は生徒を4グループに分けてクイズ形式で授業がす すめられた。4つのグループで点数を競い合うのだが非常に盛り上がってい た。教科書やノート、筆記用具ももたずに遅れて授業にやってきた2人の生 徒がいたが、彼女たちもクイズ形式の授業には熱心に参加していた。 二十年ほど前には、インドネシアの学校の授業は暗記が中心であり、先生 が黒板に書いたことを覚えるのが勉強になっていると聞いたことがあったが、 今回見学した授業はそのような形式ではなかった。なぜそうなっているのか を考える時間は少なかったように感じられたが、教員と生徒の間には双方向 のやり取りが存在していた。教員が投げかける質問に対して、具体的な事例. 写真9:1年生を対象とした地理の授業の 様子。. 96. 写真10:生徒たちは教員の問いかけに 活発に応答する。 .

(19) インドネシアの高等学校における地理教育. を挙げることも含めて生徒が答えるというやりとりが、教室内で活発に行わ れていた。. 4.おわりにかえて―まとめと所感 以上、本稿では①インドネシアの教育制度における高校教育の位置づけ、 およびその中での地理教育の位置づけ、②高校地理の教科書の内容、③ア チェ州バンダアチェ市における地理教育に関するインタビュー内容と授業見 学の三点について報告した。 インドネシアにおいては、1998年以降民主化の流れの中で制度が大きく変 容しており、学校教育についても例外ではない。その中で地理は高校教育に おいて専門的な科目としての性格をもつようになっている。また、インドネ シアの高校で教えられる地理の内容は、自然地理の分野に含まれる事柄の比 重が大きいといえる。今回現地調査で訪問したアチェの学校では、生徒たち が地理の知識を身近な環境と結びつけて学んでいることと、被災と復興の経 験を経て世界とのつながりを回復した社会において、若い教員が他文化をい かに受け入れ、自らの文化をいかに表現するかに関心をもっていることが印 象的であった。. 参考文献 アルジョ(安中章夫訳)(1978)『インドネシア―その国土と人びと』(全訳.世界の 教科書シリーズ13)帝国書院. 外務省「諸外国・地域の学校情報」http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/world_ school/01asia/infoC10200.html(最終閲覧日:2016年12月10日) 澤滋久(2016)「インドネシア高校地理教科の『コンピテンシ』のあり方―2004・ 2006年カリキュラム・地理指導要領・教科書内容をめぐる変革」『広島経済大学 研究論集』第39巻3・4号、77-97頁. 瀬川真平(2012)「インドネシアの地理学―大学教育にみるその特徴」『地学雑 誌』第121巻第5号、867-873頁. 日本貿易振興機構(2012)「教育事情インドネシアBOP層実態調査レポート」日本 貿易振興機構. 服部美奈(2013)「インドネシア―グローバル時代を生き抜く国民教育の見取図」. 地域創造学研究. 97.

(20) 調査報告 大塚豊・馬越徹編『アジアの中等教育改革―グローバル化への対応』222-251頁. Kementerian. Pendidikan. dan. Kebudayaan(2013)‘Kompitensi. Dasar. Kelas. 1-3. SMA’(「高校1年から3年の基本的なコンピテンシー」),. Kementerian. Pendidikan.dan.Kebudayaan,.Pemerintah.Republik.Indonesia,.Jakarta. K..Wardiyatmoko(2013)Geografi.untuk.SMA/MA.Kelas.X(KTSP.2013)(『高 校1年生のための地理(2013年カリキュラム)』),.Penerbit.Erlangga. K..Wardiyatmoko(2013).Geografi.untuk.SMA/MA.Kelas.XI(KTSP.2013)(『高 校2年生のための地理(2013年カリキュラム)』),.Penerbit.Erlangga. K.. Wardiyatmoko(2014)Geografi. untuk. SMA/MA. Kelas. XII(KTSP. 2013) (『高校3年生のための地理(2013年カリキュラム)』),.Penerbit.Erlangga.. インターネット記事 KOMPAS.com,‘Mendikbud. Tak. Melarang. Sekolah. Terapkan. Kurikulum. 2013’ ,. 26. Januari. 2015(2015年1月26日付け記事「教育文化省は2013年カリキュラム の適用を禁じない」),. http://regional.kompas.com/read/2015/01/26/18464961/ Mendikbud.Tak.Melarang.Sekolah.Terapkan.Kurikulum.2013.26. Januari. 2015 (最終閲覧日:2016年1月7日). 注 1 本稿は文部科学省科学研究費による共同研究「アジア各国の中等教育におけ る地理教育の国際比較」(代表:高田将志、奈良女子大学、2014年度~2017年 度)の成果の一部である。 2 2013年カリキュラムについては、教科書が全国的に行き渡っていない、カリ キュラムが地方に浸透していない、教員配置が遅れているなど安定した実施に はいたっていない様子が新聞などで報道されている(KOMPAS.com)。環境教 育を研究する現地の研究者によると、各校は2006年カリキュラムと2013年カリ キュラムのどちらかを選ぶことができる移行期にあるという(ジョクジャカル タで開催されたアジア研究インドネシアフォーラムにおける筆者による聞き取 り、2017年2月10日)。 3 澤(2016)は2000年代に行われたカリキュラム改訂の中で、地理の教育内容 は全体のカリキュラムの中で比重を増し、社会科学の総合科目へと方向を変え たと指摘している。また、近年は大学の地理学部や地理学科を希望する学生が 増加している新聞記事を紹介し、その背景としてスマトラ島沖地震・津波が 2004年に発生して以来、地理学部や地理学科において災害復興や環境問題によ り一層焦点をあてられるようになったことや環境教育に対する学生の関心が高 まりを挙げている(澤2016:93-94)。 4 各国の高等学校における地理教育については、1970年代後半から1980年代初. 98.

(21) インドネシアの高等学校における地理教育 頭にかけて帝国書院から地理教科書の翻訳「全訳. 世界の地理教科書シリーズ」 (全30巻)が刊行されている。同シリーズの13巻はインドネシアの地理教科書 の全訳であり、1960年代から70年代にかけての同国の高等学校における地理教 育の内容を知る貴重な資料となっている(アルジョ1978)。. 地域創造学研究. 99.

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参照

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