Title
中学校数学科における現実場面を扱った教材の特性に関す
る研究 : 学習指導過程と数学化の過程に基づく教材の分析
と開発( 本文(Fulltext) )
Author(s)
浦田, 憲一; 益子, 典文
Citation
[岐阜大学カリキュラム開発研究] vol.[27] no.[1] p.[77]-[89]
Issue Date
2009-11
Rights
Version
熊本市立竜南中学校 / 岐阜大学総合情報メディアセンター
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12099/31044
中学校数学科における現実場面を扱った教材の特性に関する研究
-学習指導過程と数学化の過程に基づく教材の分析と開発-
浦田憲一
*1・益子典文
*2 本研究は,中学校数学科の授業において,学習者の学習意欲を喚起し,学習効果を高めるために,身近な 素材から開発された現実場面を扱った教材の特徴を明らかにすることと,そのような現実場面を扱った教材 を開発するためには,どのように取り組めばよいのか,その方法を明らかにすることを目的としている.調 査研究 1(授業設計に即した教材分析方法の開発)では,現実場面を題材にしながら授業において数学の学 習を展開する教材の開発方法を検討するために,まずは,そのような教材の特徴を明確にする必要があると 考え,平成元年(1989 年)から平成 18 年(2006 年)に至る 18 年間分の「熊本県中学校数学教育研究会研 究集録」に記載された,全ての公開授業学習指導案を分析対象とし,授業において学習者に期待されている 個々の「学習活動の質」,ならびに,授業の流れに即した「学習活動間の関係性」の2 点に着目し,授業にお ける教材の扱い方の構造を明らかにした.調査研究2 では,第 2 章での分析の結果,グループ B(現実場面 教材)と分類されたものを実際に利用し,中学生を対象とした授業実践を行った.その実践の中で学習者の 反応を評価し,そこから,確立した教材分析方法の妥当性や,グループ B(現実場面教材)の開発方法の検 討を行った.調査研究3 では日常の現実場面から数学に関する新たな教材を開発し,中学生を対象とした授 業実践を行った.その実践の中で学習者の反応を評価し,今後の課題について考察した. 〈キーワード〉 数学教育,現実場面,授業構造図,学習意欲,V字型グラフ Ⅰ 問題の所在と目的 1 現実場面を扱った教材開発の必要性 「先生,何のために数学を勉強するのですか」とか「社 会に出てから,数学って必要なのですか」といった,大 変素朴ではあるが,数学教師としては少し寂しく感じる ような疑問や質問を,時折,学習者から問いかけられる ことがある.しかしながら,日々の授業において,最初 は退屈そうな表情で授業に臨んでいる学習者が,クイズ やパズル,あるいは日常的な現実場面の事象に関連付け た数学の話題に触れた瞬間に,目を輝かせたり,思わず 声に出して答えたり,その後の学習展開の中で意欲的に 取り組むことできたりしたことが,これまでに何回も経 験してきたというのも事実である. このように,日々の授業において,学習者が楽しいと 感じる教材や,日常的な現実場面の事象に関連付けた適 切な教材を用いて授業を行えば,「数学はおもしろい」 とか「数学は役に立つ」といった数学に対する興味・関 心が高まるものと考えられる.また,もしもそうである ならば,その結果,学習者の学習意欲は喚起され,学習 効果を高めることができるのではなかろうかと考えら れる. 2 研究の目的 学習者にとって現実場面を扱った身近な素材を選択 し,教材化することにより,現実世界と結びつけて考え させることで,学習者にとって数学をより身近なものと してとらえさせることができるし,自分自身とのかかわ りの中で学習内容を理解することができるため,学習者 は意欲的に課題に取り組むことができるはずである. また学習した内容が,我々の身のまわりの生活の中で いろいろと役立っているということが実感できるよう な教材を教師が開発することで,学習者の「数学は役に 立つ」という意識を,これまで以上に高めることができ 岐阜大学カリキュラム開発研究 2009.11, Vol.27 No.1, 77-89 *1 熊本市立竜南中学校 *2 岐阜大学総合情報メディアセンターるという意義があると考える. そこで,本研究では学習者の学習意欲を喚起し,学習 効果を高めることが期待できる現実場面を扱った教材 を作成するために,次のことを目的とする. ① 身近な素材から開発された現実場面を扱った教材 の特徴を明らかにする. ② そのような現実場面を扱った教材を開発するため には,具体的にどのように取り組めばよいのか,そ の方法を明らかにする. Ⅱ 調査研究1( 授業設計に即した教材分析方法の開発) 1 調査の目的 現実場面を題材にしながら,授業において数学の学習 を展開する教材の開発方法を検討するために,まずは, そのような教材の特徴を明確にする必要がある. 一般に,現実場面を扱った数学授業の教材とは,学習 者が解決すべき問題が現実の世界にあり,数学化サイク ルによって解決されることを目的として開発された教 材ということができる.本研究では,特に,授業におい て学習者に期待されている個々の「学習活動の質」,な らびに,授業の流れに即した「学習活動間の関係性」の 2 点に着目し,授業における教材の扱い方の構造の明確 化から,現実場面を扱った教材の特徴記述を試みる. 2 調査の方法 (1) 調査対象 平成元年(1989 年)から平成 18 年(2006 年)に至 る18 年間分の「熊本県中学校数学教育研究会研究集録」 に記載された,全ての公開授業学習指導案を分析対象と する.これらの公開授業は,あらかじめ地域から推薦さ れた中学校数学教師が,時間をかけて準備し,公開した 授業の指導案のみが記録されている.指導案の総数は 101 本である.これらをもとに,それぞれの授業がどの ような構造になっているのか,その特徴を分析する.そ の特徴をもとにして,現実場面を扱った教材を開発する ためには,どのような視点から素材を捉えることが必要 であるかなど,教材を開発するための手順や方法を明ら かにする. (2) 分析方法 個々の指導案に記載されている,目標,授業の流れな どをデータとして,一つ一つの授業における教材による 学習活動を,次の方法で記述していく.本研究では,こ のようにして完成した学習活動を構成要素とする図を 「授業構造図」と呼ぶ(図1). ⅰ.1 時間の授業を次の 3 つの世界,すなわち「数学の 世界」「数学的活動の世界」「現実の世界」に分類 し,最上部を「数学の世界」,中央部を「数学的活 動の世界」,そして最下部を「現実の世界」とする. ここでいうところの「数学の世界」とは,数学の概 念を表した世界で,そこには数学に関する様々な定 理や性質などが存在すると考える.「現実の世界」 とは,現実場面に存在する様々な事象を扱う世界で, そこには自然現象や社会現象,あるいは買い物のよ うな日常場面における生活行動などが存在する.「数 学的活動の世界」とは,「数学の世界」と「現実の 世界」の間に位置し,学習課題を操作活動を中心と した数学的な学習活動を通して解決することをめざ す世界をいう. ⅱ.1 時間の流れが分かるように,早い時間を「左」, 遅い時間を「右」にする. ⅲ.授業構造図における要素の配置は,それぞれの要素 が3 つの世界のどこで展開されているかを考え,授 業の流れを念頭においてシミュレーションしながら 3 つの世界のそれぞれに配置し,授業展開の構造に 従って矢印でリンクを作成していく. ⅳ.授業の流れを表す,「数学的活動の世界」では,学 習者の学習活動の内容を楕円で配置し,活動の順序 構造に従って矢印でリンクを作成していく.また予 数 学 の 世 界 数 学 的 活 動 の 世 界 現 実 の 世 界 早い時間帯 遅い時間帯 図1 教材分析に用いる授業構造図の枠組み
想される学習者の反応や教師の手だて,学習形態な どは,該当する学習活動へ細線でリンクを作成する. ⅴ.「数学の世界」では,「数学的活動の世界」で展開 される学習活動と関連する数学的概念や数学的課題 を配置し,数学的課題は楕円で表現した上で,それ らが授業の流れに沿って導出される場合には,学習 活動と同様の矢印で,学習活動に非明示的に含まれ る場合には細線でリンクを作成する. ⅵ.「現実の世界」には,家の構造やモデルとなる天秤, 物理的な物体への具体的操作など,その実体が現実 に存在する要素や操作を配置し,操作を表す場合に は楕円で表現した上で,「数学的活動の世界」や「数 学の世界」の要素とリンクを作成する.ここでも, 授業の流れに沿って導出される場合には,学習活動 と同様の矢印で,学習活動に非明示的に含まれる場 合には細線でリンクを作成することとした. ⅶ.授業構造図においては,リンクされた要素間の関係 は,矢印が右上がりの場合には「数学の世界」の要 素に接近していることを表し,右下がりの場合には 「現実の世界」の要素に接近していることを表すこと とする. この授業構造図を1 つの指導案あたり 1 つずつ作成す る.作成を進める中で,既に授業構造図が作成済みの授 業に見直しが必要と判断した時は,再度授業構造図を作 成する. 3 調査結果 授業構造図を作成していく中で浮上してきた教材の カテゴリーは,グル-プA(総合的教材),グル-プ B (現実場面教材),グル-プ C(活動重視教材)の 3 種 類である. グル-プA(総合的教材)は,数学に関する具体的な ものの関係から,抽象的なものの関係へとステップを高 めて考えることを通して,そこに潜む規則性や定理を見 出したり,自ら考え,解決しようとしたりする能力を育 てようとしている教材である.教材の特徴として具体的 には,ゲームやパズルなどを活用した新しい課題や数学 に関するクイズなどが課題として設定されている. グル-プB(現実場面教材)は,現実場面から数学に 関する問題を見つけ,その問題の解決を通して数学の楽 しさ,有用性を感得することを目的としている教材と考 える.具体的には,現実場面の日常性に目を向け,そこ に存在する問題を数学的に解決することの不思議さや おもしろさなどを体験し,数学に興味・関心を持つこと ができると考えられる教材である. グループC(活動重視教材)は,数学に関する具体的 操作活動や実験を多用したり,学習形態や学習過程を工 夫したりすることで学習効果を高め,主体的に数学を学 ぼうとする態度や思考力を育てることを目的としてい る教材である.具体的には,教科書などで扱われている 内容を主とするが,その課題の提示方法や授業での焦点 の当て方を工夫して,生徒の主体性や数学的な見方・考 え方を伸ばすことを中心に授業展開することが可能な 課題が設定されたものである. また,それぞれのグループの授業構造図において,あ る特徴が存在することが判明した. グル-プA(総合的教材)は,現実の世界と数学の世 界の間を往復する学習活動が見られる.多くの場合は図 3 のように数学の世界からスタートするが,題材によっ ては,現実の世界からスタートするものもある. グル-プB(現実場面教材)は,現実の世界から課題 解決のために直線的に授業が進む場合もあれば,数学の 世界と現実の世界を何回か往復しながら課題解決に向 かう授業もあるが,最終的には現実の世界と数学の世界 の両方へ枝分かれしていくような授業が多い. グル-プC(活動重視教材)は,現実の世界と数学の 世界を往復する授業は少なく,どちらかといえば,数学 の世界における課題を活動を通して解決し,その活動の 数 学 の 世 界 数 学 的 活 動 の 世 界 現 実 の 世 界 早い時間帯 遅い時間帯 グループC (活動重視教材) グル-プB (現実場面教材) グル-プA (総合的教材) グル-プB (現実場面教材) 図2 授業構造図におけるグラフのパターン
中で数学の理解をさらに発展させる小文字のv字型の 授業展開が多い. A,B,C の各グループのグラフのパターンは図 2 の通 りである. 4 現実場面を扱った教材開発方法に関する考察 ここまでの分析および考察から,豊かな学習活動を含 んだ,グループB の教材をどのように開発すればよいの か,その概略の記述を試みる. (1) 現実場面を教材として扱った授業の条件 ⅰ 学ぶべき概念は何か. 授業において学習者が学ぶべき,あるいは学ばせたい 数学的概念を教師が明確にすることは,教材を開発する 上で不可欠である.その部分が不明確であると教師が作 りたいと思っている教材を開発することが非常に困難 である. ⅱ 現実場面とどのような関係があるか. 現実場面を扱った数学教材を開発するために必要な ことは,その教材が現実場面とどのような関係があるの かを明確にすることである.特に現実場面を扱った問題 解決のためには,どのような数学的概念が必要であるか がカギとなる. ⅲ 授業のそれぞれの指導過程で期待するものは何か. ①授業の導入段階では学習者が「問題」に対し,実感を もって理解できるものでなければならない. ②授業の終末段階では「解」が,現実場面の解として意 味を持つものでなければならない.その解が,学習者 にとって意外性,驚き,おもしろさなどを喚起するも のであれば効果的である. ③同様に,授業の終末段階では「解決すること」を通し て,学習者が数学的概念の「価値」を理解することが できるものでなければならない.上記②と合わせて考 えると,現実場面において意外性,驚き,面白さをも たらす解の導出において,数学的概念が効果的に用い られることを知ることにより,現実場面に対する意外 性などと合わせ,同時に数学的概念の価値も理解可能 となる. ①~③の条件を満たすものが,現実場面を扱った数学 教材を開発するのに適した素材であると考えられる.そ こで次に,教材化するための素材をいかに選択すればよ いか,素材選択のための条件を考察する. (2) 現実場面を扱った教材のための素材選択の条件 現実場面を扱った数学教材を開発するためにはいくつ かの段階があると考えられるが,その中の最初の段階が 「素材選択」である.つまり現実世界に存在する無数の 事象から数学で扱う教材に適した素材を選択すること は非常に重要であると考える. 「素材選択」をするための条件として学習者,授業の 流れ,素材(事象)候補立案(アイデア)の3 つの側面 から,条件を考える. ⅰ 学習者 学習者,すなわち中学生にとってどのような素材が適 切であるかを考える必要がある.つまり,現実世界に存 在する様々な事象の中から,「中学生にとっての現実性」 が存在する素材であるかどうか,換言すればその素材に 対して学習者が学習活動を行う意味を感じることがで きるかどうかは,素材選択をする上で非常に重要な条件 であると考えられる. 現実世界には学習者がよく知っている現象は数多く 存在するし,そのどれもが素材として数学の授業で扱う 教材になりうる可能性は持っている.しかし,実際に教 材に適した素材であるかどうかというのは,学習者がそ の素材に対して1 つのルールを見いだすことが可能であ るかどうか,すなわち数学的な見方をすることが可能で ある素材であるかどうかというのが,素材選択の上で重 要な条件となってくると考える.このルールについて は,規則性であったり,普遍的なものであったりと様々 なものが考えられるが,中学生にとって発見が可能な難 易度であることが大切であり,適当な難易度のルールが 学習意欲を喚起するための重要な条件であると考えら れる. ⅱ 授業の流れ 「授業の流れ」という観点から教材を見た場合,どの ような素材が授業構成に適した教材になりうるかとい うのは重要な視点であると考える.つまり授業の導入の 段階では現実場面を扱った素材が,授業の流れに従って 数学の本質に迫る教材へと形を変えていくことができ る,すなわち数学的な見方が深まり,数学的な考え方(概 念)を高める授業内容にすることができる素材であるか どうかを考える必要がある.換言すれば「現象の数学的
な見方の導入」から「数学的な見方に基づく概念導出」 へと進化する授業構成が可能な素材であるかどうかと いうのが,素材選択の上で重要な条件となってくると考 える. ⅲ 素材(事象)候補立案(アイデア) 上記ⅰ,ⅱをふまえた上で,どのような素材(事象) が教材となりうるのか,候補立案をすることが必要に なってくる.これは現実場面における現象(素材)がど のようにして,あるいはどのような理由からおきている のか,その因果関係を数学的表現や数学的概念(学習目 標)との関連から授業を通して追及することが可能な素 材であるかどうかという条件である. 例えば現実世界に数多く存在するいろいろな種類の 木の葉を例にすると,木の葉の縦と横の長さの間に何か 関係があるだろうかという疑問(因果関係)を解明する のに,木の葉の縦の長さと横の長さの相関図(数学的表 現)を用いて解明するという授業展開が考えられる.授 業を通して,木の種類によってその強さは異なるが,木 の葉の縦の長さと横の長さの間には確かに相関関係が 成り立つ(数学的概念)ということを発見できる授業展 開が考えられる.このように数学的表現や数学的概念 (学習目標)と関連させながら,授業を通して現象の因 果関係を解明できるような素材を選んだり,考えたり (アイデア)することが必要である.ⅰ~ⅲをまとめた ものが図 3 である. 現実場面を扱った教材開発においては,まずは,授業 の流れの中で,学習者の認識を高める展開にできるかど うか,具体的には,本章で分析してきたグループ B の教 材のように,授業構造図で表現した際に,終末場面にお いて枝分かれする展開をイメージしながら授業を構成 できるかどうか,という点に着目し,素材選択や教材化 をする必要があろう.さらに,この過程の中で,対象と なる事象の因果関係に数学的概念が関与しているかど うか,さらに中学生がその事象および導出されるルール が既有知識・既習事項によって十分に理解できるかどう か,などを検討しながら,素材選択から教材化を行う必 要があるだろう. Ⅲ 調査研究 2(教材開発のための基礎的調査) 1 調査の目的 現実場面から数学に関する問題を見つけ,その問題の 解決を通して数学の楽しさ,有用性を感得することを目 的としている教材を,「グル-プB(現実場面教材)」 と定義した.このようなグループB(現実場面教材)が, 授業においてどのような効果を示すかについては,考案 し,分析してきた構造図が一つの目安になるだろう.し かし,考案した構造図の流れが,実際の授業においても, 学習者の反応として引き出すことができるかどうかに ついては未検証である.もしも,構造図の流れの通りに, 学習者の反応も高まり,学習意欲が観察されれば,現在 の分析方法がそのまま教材開発方法として利用できる だろう.しかし,実際の学習者が,分析結果と異なる反 応を示した場合,分析方法の見直しや,教材開発方法の 工夫が必要になるだろう. そこで,グループB(現実場面教材)と分類されたも のを実際に利用し,中学生を対象とした授業実践を行 う.その実践の中で学習者の反応を評価し,そこから, 確立した教材分析方法の妥当性や,グループB(現実場 面教材)の開発方法の検討を行うことを目的とする. 2 調査の方法 (1) 調査時期及び対象者 調査時期:平成19 年 5 月 31 日(木)第 3 校時 対 象 者:熊本市立竜南中学校第 2 学年 選択数 学受講者(27 名) (2) 調査に用いる教材の特性 調査に用いる教材は,第2 学年「式の計算」の課題学 素材選択 授業構成 現象の数学的な 見方の導入 数学的な見方に 基づく概念導出 中学生にとって の現実性 (学習活動の意味) ルール (数学的な見方) よく知っている現象 現象(素材) の因果関係 数学的表現 ダイヤ,相関図,グラフ 数学的概念(学習目標) 関数,交点,相関 学習者 授業の流れ 素材(事象)候補立案(アイデア) 図3 現実場面を扱った数学教材の開発方法
習「誕生日当て」である.この教材は,佐々木公久によ り平成2 年度熊本県中学校数学教育研究大会研究授業に おいて発表されているものであり(佐々木公久,1990), 第2 章における分析のための資料の 1 つであった. a.「誕生日当てクイズ」の解決過程の特徴 本教材「誕生日当てクイズ」の解決過程は,PISA の 「数学化サイクル」(経済協力開発機構,2004)の図式 を用いると図4 のようになる. 図4 の(a)は,授業の導入段階で,学習者が「どのよう に当てているのか」という原理を知らずに,誕生日を当 てている場面である.この場面では,学習者は数学の世 界の知識や技能を用いずに,算数的な活動のみで計算を 行う.この活動により,「なぜ当たるのだろう」「不思 議だ」という情意面の効果が期待されており,次のス テップの数学的問題に取り組む意欲を持つことが期待 されている. 次に(b)では,トリック数のしくみを解明するために, 誕生日を文字式で表現し(100A+B),その文字式に計 算方法として形式的操作を加えることにより,結果の式 が【誕生日±トリック数】という形に変形できることか ら,一見無意味に見えた計算方法が,きちんとした原理 に基づいていることを知る段階である.この段階では, 計算方法の原理を知ると同時に,文字式を用いているか らこそ形式的な処理で意味のある結果を得ることが可 能だという事実から,文字式のよさを知ることも期待さ れている. 最後の(c)では,文字式によって証明できた原理を用い て,学習者自身が問題作成活動を行う活動であり,こ れは,数学化サイクルを逆にたどる,つまり,結果から 問題へと遡ることを意味しており,このような活動 が可能になるのは,文字式によって一般的な性質が 証明されたからこそ可能となることを知ると同時 に,文字式表現の意味づけを知ることにもつながっ ている. このように,数学化サイクルから本教材を見た場 合,質的に異なるサイクルが一つの授業の中で順序 付けられ提示され,活動を行うことで,文字式の学 習につながる構成であることが分かる. b.数学化サイクルに基づく教材構造分析 図5 に,数学化サイクルの分析に基づき,本教材 がどのような授業構造を持っているのか,第Ⅱ章での構 造分析方法を適用した結果を示す.図4 で示した,数学 化サイクルの3 つの質的に異なる活動が,左から順に対 応するよう,関連づけを示してある. 本教材の最大の特徴は,中央上部にある「文字式を立 式変形してトリック数を探し出す」活動にある(図4 の (b)に対応する).この部分において,さらに上向きの「文 字式の有用性を知る」ことと,誕生日当てクイズの「課 題を解決する」という二重の目標が期待されているから である.したがって,本教材のこの部分が,第2 章で分 類した B 教材の特徴を備えている部分ということがで きる. 3 調査内容 本授業を授業の流れという観点から見てみると,誕生 日を当てる,という現実の世界の問題は,「なぜあたる のだろう」「不思議だ」という情意面の反応を引き出し, 図4 数学化サイクルによる「誕生日当てクイズ」の学習プロセス 算数的問題 当てるための 定数がある 算数的回答 定数を逆算 現実世界の問題 無意味な計算で 誕生日が当たる 現実的回答 計算方法の 明確化 数学的問題 文字式による 表現 数学的回答 文字式の変形 結果 現実世界の問題 無意味な計算で 誕生日が当たる 現実的回答 (月日)±(トリック 数)の式 数学的問題 文字式による 表現 数学的回答 文字式の変形 結果 現実世界の問題 無意味な計算で 誕生日が当たる 現実的回答 (月日)±(ト リック数)の式 (a)算数的解決段階 (b)数学的解決段階 (c)問題作成段階 図 5 「誕生日当てクイズ」教材の授業の構造 数学 の 世 界 数 学 的 活 動 の 世 界 現実 の 世 界 誕生日当 てクイズを 計算する 課題を知る 「誕生日当 て」 トリック数を 探し出す方 法を考える 課題を解 決する トリック数を考 え、誕生日当て クイズを作る 文字式を立式 変形してトリッ ク数を探し出 す 文字式の 有用性を 知る 課題を解 決する トリック 数を求 める 課題を解 決する 文字式を立式 変形してトリッ ク数を探し出 す
解決へ向けての意欲を生起させるこ とをねらいとしていると考えられる (主に図5 における上向きの→).ま た,実際に計算したり,文字式を変 形して証明したりした後は,「なる ほど,確かにそうか」という日常場 面の問題に対する納得感覚(下向き の→)や,数学的なよさに関する理 解度の向上(上向きの→)などを期 待している教材であるといえる. そこで,図5 の授業の構造の中で, 個々の活動が何をねらいとしている のかを詳細に検討しながら,次のよ うな調査を行うこととした.調査は 6 件法(全然思わない 1~とても思う 6)及び自由記述形式で行った. なお,本授業における授業の流れ をよりわかりやすく考えるために, 図4 において,(a)計算による問題導入段階を「算数 的解決段階」,(b)文字式による証明段階を「数学的 解決段階」,(c)文字式を利用した問題作成段階を「問 題作成段階」とした. 4 手続き 調査は,授業の進行に合わせて,学習者にワークシー ト形式での調査用紙に答えさせる形で実施した.なお50 分間の授業終了後,全員の調査用紙を回収した. 5 調査の結果 今回の調査は,身近な素材から開発された日常場面を 扱った教材を使った授業の方が,日常場面を扱っていな い授業に比べて,学習者の学習意欲を喚起し,学習効果 を高めることができるという仮定のもとで行っている. つまり,日常場面を扱っていない授業,いわゆる教科書 中心の授業では,あまり学習意欲を示さず,結果として テスト結果が芳しくない学習者たちが,本教材「誕生日 当てクイズ」を扱った授業において,どの程度学習意欲 を喚起し,学習効果を高めることができたかについても 調査するものである.もちろん,教科書中心の授業でも 学習意欲が高く,テストの結果もよい上位グループの学 習者たちは,日常場面を扱った教材を使った授業におい て,さらに学習意欲を喚起し,学習効果を一層高めるこ とが期待できる. そこで,学習者を平成19 年 6 月 20 日に実施した数学 科第2 学年 1 学期期末テストの結果に基づき,学習者自 身の得点が平均点(50 点満点で 30 点)より高いか低い かに従って,上位グループと下位グループの2 つに分け た.その上で,「意欲1」「自信度 1」「納得度 1」「意 欲2」「自信度 2」「理解度 2」「納得度 2」「おもしろ さ2」「有用性 2」「意欲 3」「作成可否 3」「解決可否 3」「おもしろさ 3」の各調査項目において,6 件法によ る学習者の反応の平均値をとり,上位グループと下位グ ループのそれぞれのプロフィールを比較してみた.表 1 はその平均値を求めたものである.また図6 はそれをグ ラフ化したものである. (1)調査項目反応変化と課題解決意欲 今回の調査結果から見てみると,表1 に見られるよう に,1 番目の質問項目「意欲 1」から 2 番目の質問項目 「自信度1」への反応の変化の差異を見てみると,上位グ ループは1 ポイント下がり,下位グループは 0.9 ポイン ト下がっている.その後,2 番目の質問項目「自信度 1」 から3 番目の質問項目「納得度 1」までに,上位グルー 意欲1 自信度1 納得度1 意欲2 自信度2 理解度2 納得度2 面白さ2 有用性2 意欲3 作成可否3 解決可否3 面白さ3 上位(n=19) 4.4 3.4 5.4 4.1 2.9 4.8 5.2 4.9 4.5 3.5 3.3 3.6 4.8 下位(n=8) 3.0 2.1 3.2 2.6 1.4 2.4 2.3 2.6 2.5 2.1 1.7 2.4 2.6 算 数 的 解 決 数 学 的 解 決 問 題 作 成 表1 学習者の各調査項目における反応の平均 1 2 3 4 5 6 意欲 1 自信度 1 納得 度1 意欲 2 自信度 2 理解 度2 納得 度2 面白 さ2 有用性 2 意欲 3 作成可否 3 解決可 否3 面白 さ3 上位 下位 算数的解決段階 数 学 的 解 決 段 階 問 題 作 成 段 階 図6 学習者の各調査項目における反応の平均値グラフ
プは2 ポイント上がり,下位グループは 1.1 ポイント上 がっている. 1 番目の質問項目「意欲 1」から,2 番目の質問項目「自 信度1」に至る時に下がっているのは,最初解決意欲が 高かったにもかかわらず,課題に適当な負荷(難易度) があるため,「そう簡単には解けそうもないな」とか「解 きたいけど,自分に解けるかな」といった感情が働き, 解決の自信度が低下しているためであると考えられる. しかし,解決する内容が非常に難しいと思われた課題に 対して,苦労しながらも粘り強く,順序よく,そして論 理的に解決していく探究活動を通して,その結果やっと 解くことができた時,「そうか,そういうことだったの か」とか「なるほど,やっとわかった」といった,解に 対する納得度が非常に高まったものと思われる.このよ うな観点でそれぞれの学習プロセスにおける各調査項 目反応変化をグラフで見てみると,大きさや角度(開き 具合)は多少異なるものの,それぞれV字型を示してい る.つまり,各調査項目反応変化をグラフで表した場合, 「意欲」で始まり,しかも高い値を示した後,課題の適 当な難易度により一旦「自信度」が下がる.その後探究 活動を通して「納得度」では高い値に戻るようなV字型 (図7)を示していれば,その教材はそれぞれの学習プロ セスにおいて課題解決意欲を持つことができる教材で あると考える. このように考えると,授業を構成する学習活動の単位 (ここでは,算数的解決段階,数学的解決段階,問題作 成段階)において,V字型の調査項目反応変化を示す教 材が課題解決意欲を持つことができる教材であると考 えられる. (2)課題解決意欲を高める「誕生日当てクイズ」教材 ところで,算数的解決段階と数学的解決段階における 「自信度」と「納得度」,問題作成段階における「作成 可否」と「解決可否」の関係は,次のように考えること ができる. まず「自信度」と「作成可否」については,学習内容 の理解度という側面から同じような観点として扱うこ とができると考えられる.つまり,これまで学習したこ とをもとにして,自分で問題を作成するという学習活動 は,与えられた問題を解くこと以上に難しい学習活動で あると考えられる.しかし,問題を作るという難易度の 高い学習活動も,学習内容を十分に理解することができ ていれば可能であるし,学習内容を十分に理解している ことが,自分で問題を作ることができるに違いないとい う学習者の自信につながるであろう. 次に「納得度」と「解決可否」についても,学習内容 の理解度という側面から同様に考えることができる.つ まり学習内容が十分に理解できていれば,学習内容につ いて十分に納得することができるであろうし,その結果 学習課題を解決することができると考えられる.つまり 学習内容を十分に納得することが学習課題を解決する ことにつながると考える. 以上の理由から,「納得度」と「解決可否」について は関連する調査観点として扱うことができると考え,図 6 を見てみると,算数的解決段階,数学的解決段階,問 題作成段階の3 つの段階における「意欲」と,算数的解 決段階,数学的解決段階の「自信度」,「納得度」およ び,問題作成段階の「作成可否」,「解決可否」の反応 の平均値のグラフは図8 のように,図 7 と同じようなV 図7 課題解決意欲を持つことができる学習プロセスに おける各調査項目反応変化 意欲 自信度 納得度 算数的解決段階 数学的解決段階 問題作成段階 意欲1 意欲2 意欲3 自信度1 自信度2 作成可否3 納得度1 納得度2 解決可否3 図 8 「誕生日当てクイズ」教材の学習プロセスにおける 各調査項目反応変化
字型の連続形になっている. 具体的にいうと,まず算数的解決段階においては「意 欲1」から,「自信度 1」まで一旦下がり,その後「納 得度1」では上昇に転じている.次に数学的解決段階に おいては「意欲2」から,「自信度 2」まで一旦下がり, その後「納得度2」では上昇に転じている.そして問題 作成段階においては「意欲3」から,「作成可否 3」ま で一旦下がり,その後「解決可否3」では上昇に転じて いると見ることができる. つまり図8 のように,算数的解決段階,数学的解決段 階,問題作成段階の3 つの学習プロセスにおいて,各調 査項目の反応変化がV字型を示している.このことは, 「誕生日当てクイズ」教材がそれぞれの学習プロセスに おいて,学習者に課題解決意欲を持たせることができる 有効な教材であることを示していると考える. 6 考察と教材開発への示唆 (1) 学習者にとって課題解決意欲を高める教材(身近であ ると感じる教材) 「誕生日当てクイズ」教材は,各学習プロセスにおい て課題解決意欲を持つことが期待できる教材であると 述べた.しかし,最初の調査項目「意欲1」に注目して みると,上位グループは4.4 ポイント,下位グループは 3.0 ポイントと解決意欲にかなり大きな差異が認められ る.特に下位グループにとっては,今回の「誕生日当て クイズ」が,授業の最初の段階から課題に対する解決意 欲をあまり持つことができなかった教材,つまりそれほ ど解きたいとは思わない教材,あるいは解く必要性を学 習者がそれほど感じることができなかった教材であっ たのかもしれない. では一体どういう教材が,学習者にとって課題解決意 欲を大いに感じさせる教材であるといえるのであろう か.これについては今後,教材を作成する上で,非常に 重要な条件になることが考えられる.これまでの教材開 発の経験から考えてみると,学習者にとって直面する課 題(それはせっぱ詰まった時ほど顕著であるが)を解決 することによって得られた解が,学習者にとって大きな 価値を見いだすことができたと感じたときに,その課題 は「大変ためになった」とか「これを解いてよかった」 という感情が生まれることが多かったように感じられ る.つまり,与えられた学習課題を解くという活動や, 学習課題を解くことによって得られた解が,学習者に とって大きな価値を見いだすことができる教材である ことが,課題解決意欲を高める教材であるということが できよう. 学習者が課題解決意欲を大いに感じる教材の1 つの例 として考えられるのは,学習者にとって非常に身近であ ると感じることができる教材であること考えられる.こ こでいうところの身近な教材とは,学習者がこれまでの 生活経験してきたことと大いに関連・密着している教材 であったり,学習者が時間的・空間的に身近であると感 じる生活圏内に存在する素材を扱った教材であったり すると考えられる.特に,今回の調査からは,数学の学 力が低い学習者にとって,授業の導入段階でその差が顕 著に現れていることから,日常の世界からすぐに数学的 活動の世界に導入し,疑問を解決する素材ではなく,学 習者自身が日常の世界の中で様々な疑問を感じている 素材を選択し,疑問を引き出した時点で数学的活動の世 界へ抽象化して行くことができる素材が有効であろう と考えられる.「グル-プB 素材(現実場面教材)」を 教材化した教材とは,日常世界に存在する様々な素材を 学習用に教材化したものであるが,学習者にとっての, 「身近さ」を十分に考慮した素材選択が必要である. (2)授業形態や授業方法の工夫 表1 及び図 6 の学習者の各調査項目における反応の変 化,すなわち学習者のプロフィールの変化を見てみる と,上位グループ,下位グループともに低い値を示して いた「自信度 1」から,「納得度 1」では高い値に転じ ている.これは「誕生日当てクイズ」のトリックの仕組 みを教師が解説するのではなく,代表生徒が考えたこと を生徒のことばで説明させることで,各自が疑問に思っ ていたことに対して,学習者と同じ目線で疑問を解決す ることができ,より理解度が増し,その結果,十分納得 することができたものと思われる. このように授業を展開する中で,学習者がお互いに教 えあい,生き生きと活動する学習場面を多く取り入れる ことが,学習意欲を喚起させ,高い学習効果が期待でき ると考える. また「自信度 2」が急激に低下しているのは,解決方 法が全くわからない生徒が多数いたことを示している.
ところが次の「意欲2」は高くなっている.このことか ら,たとえ解決に対する見通しがすぐに立たなくても, 教師が何らかのヒントとなるアイデアを与えることに よって,あるいは数学的活動を試行する中で解決の見通 しを立ってくるような題材であったとしても,学習意欲 を高めることは可能であることが示唆される. 次に上位グループ,下位グループとも「意欲 1」から 「意欲2」そして「意欲 3」と徐々に低下している.これ は学習プロセスの移項がスムーズに行われなかったた めであると考える.つまり,算数的解決段階において, 「なるほどそうなのか」といった納得度が得られたにも 関わらず,次の数学的解決段階にもっていく過程で,文 字式の持つ普遍性や利便性を学習者が十分に感じ取る ことができなかったためであると考えられる.今回の教 材のように,複数の類似の活動を累積することで,数学 的概念の形成やよさを感得するための教材を利用した 授業では,数学的概念と学習活動とのかかわりを十分に 理解する時間を設定するとともに,事前に,活動間のつ ながりを設計しておく必要があるだろう. (3) 現実場面を扱った教材を作るための 12 の基準 2 つの調査研究をもとにして,現実場面を扱った教材 を作るための12 の基準を考えてみた.(表 2) Ⅳ 調査研究 3(日常の現実場面を扱った教材作り) 1 調査の目的 調査研究2 ではグループ B(現実場面教材)の開発方 法の検討を行った.そして,学習者にとって課題解決意 欲を高める教材(身近であると感じる教材)とは,第一 に既有知識を利用できる課題であり,第二に「解いてみ たい」という面白さがある素材であり,第三に適度な困 難性がある課題である,ということが明らかとなった. しかし,この考察が,新たな教材を開発する際に有用で あり,しかもその教材でもねらい通りの効果が得られる かどうかについては未検証である. そこで本章では,日常の現実場面から数学に関する新 たな教材を開発し,中学生を対象とした授業実践を行 う.その実践の中で学習者の反応を評価し,そこから, 第Ⅲ章における考察の妥当性を検証することで,グルー プB(現実場面教材)の教材開発方法を確立することを 目的とする. 2 調査の方法 (1) 調査時期及び対象者 調査時期:平成19 年 11 月 6 日(火)第 6 校時 対 象 者:熊本市立竜南中学校第 2 学年 選択数学 受講生徒(25 名) (※ 調査研究2 とは違 う学習者集団である) (2) 調査に用いる教材 の特性 調査研究1,2 におい ては,ある教材がグルー プB 教材としての条件 を満たしているかどう かを判断するための基 準として12 の基準を考 えた.これらの基準をで きるだけ多く満たすよ うな,日常の現実場面を 扱ったグループB 教材 として,今回,第 1 学 年「一次方程式」及び第 表2 現実場面を扱った教材を作るための 12 の基準 問題の基準 説 明 ⅰ.数学的概念 授業において学習者が学ぶべき数学的概念、あるいは学習者に学ばせたい数学的概念を明確にしてい るか。 ⅱ.数学的概念の必要性 現実場面を扱った問題解決のために、どのような数学的概念が必要であるか明確か。 ⅲ.導入時の現実感 授業の導入段階で学習者がその問題に対して、実感を持って理解できるものであるか。 ⅳ.解の日常場面性 授業の終末段階で得られた「解」が、日常場面の「解」として意味を持つものであるか。 ⅴ.解の意外性 その解は学習者にとって意外性、驚き、おもしろさ等を喚起するものであるか。 ⅵ.数学的概念の価値 学習者が授業の終末段階で、その問題を解決することを通して、数学的概念の価値を理解することが できるものであるか。 ⅶ.中学生にとっての現実感 学習者である中学生にとっての現実性が存在する素材であるか。つまりその素材に対して、学習者が 学習活動を行う意味を感じることができる素材であるか。 ⅷ.ルールの発見 学習者がその素材に対して1つのルールを見いだすことが可能であるか。つまり数学的な見方をする ことが可能である素材であるか。 ⅸ.適当な難易度 学習者である中学生にとって、1つのルールの発見が可能な難易度であるか。つまり適当な難易度の ルールが存在する素材であるか。 ⅹ.考え方を高める展開 「現象の数学的な見方の導入」から「数学的な見方に基づく概念導出」へと進化する授業構成が可能 な素材であるか。つまり授業の導入の段階では現実場面を扱った素材が、授業の流れに従って数学的 な見方が深まり、数学的な考え方(概念)を高める授業内容にすることができる素材であるか。 ⅹⅰ.日常場面の因果関係 現実場面における現象(素材)がどのようにして、あるいはどのような理由からおきているのか、その 因果関係を数学的表現や数学的概念(学習目標)との関連から授業を通して追及することが可能な素 材であるか。 ⅹⅱ.自信度と納得度 授業の各学習プロセスにおいて、学習者が課題解決意欲を持てるように教材化できる素材であるか。 つまり課題に対して最初は高い「解決意欲」を示し、課題の適当な難易度により一旦「自信度」を下げ、 その後探求活動を通して高い「納得度」を示すように教材化できる素材であるか。
2 学年「一次関数」の課題学習である「お買い得のルー ルを発見しよう」を開発した. この教材は,学習者にとって日常の現実場面として, 冬休みの家庭生活における「買い物」を題材として教材 化したものである.場面設定に現実味を持たせるために はストーリー性が必要であると考え,パワーポイントと ワークシートを併用し,特にパワーポイントを用いるこ とで紙芝居のような教材提示を行った. 授業においては,問題の解答や解説もパワーポイント を用いる.なおこの教材は表 4-1 に示したように,3 問 の小問からなり,それぞれ導入問題解決段階(問題 1), 一次方程式活用段階(問題 2),一次関数活用段階(問 題 3)の 3 つの問題解決場面で構成してある. (3) 調査内容 第Ⅲ章において,学習活動の各段階における反応の変 化をグラフで表した場合,高い「解決意欲」を示した後, 課題の適当な難易度により一旦「自信度」が下がり,そ の後探究活動を通して「理解度」や「納得度」では高い 値に戻るようなV字型(図7)を示していれば,その教 材はそれぞれの学習プロセスにおいて課題解決意欲を 持つことができる教材であると考えた.この結果をふま えれば,今回作成した教材がこのようなV字型のグラフ を示していれば,この教材が課題解決意欲を持つことが できる教材であるということができる. そこで第Ⅲ章で実施したように,学習活動の各段階に おいてどのような反応を示すかを明らかにす るために,次のような調査を行うこととした. 調査は6 件法(全然思わない 1~とても思う 6)及び自由記述形式で行った. 具体的には次の5 つの場面を設定した. まず導入問題である問題1 を読んだ直後を 場面1 とした.次に問題 2 を読んだ直後を場 面2,問題 2 の解決活動直後を場面 3,問題 3 を読んだ直後を場面4,問題 2 の解決活動直 後を場面5 とした.それぞれの場面において 学習者に回答を求めたものを整理すると,次 のようになる. 場面1:問題 1 に対する「解決意欲」「解 決の可能性」 場面2:問題 2 に対する「解決意欲」「解 決の可能性」 場面3:問題 2 に対する「理解度」「納得度」「おも しろさ」 場面4:問題 3 に対する「解決意欲」「解決の可能性」 場面5:問題 3 に対する「理解度」「納得度」「おも しろさ」「一次方程式,一次関数の有用性」 および授業で分かったことの自由記述 それぞれの場面における調査項目は,第Ⅲ章における 「誕生日当てクイズ」で実施したものとほぼ同一のもの であり,高い「解決意欲」,低い「解決の可能性」,高 い「理解度」「納得度」を示す,いわゆるV字型のグラ フを示しているかどうか調査することになる. (4) 手続き 調査は,授業の進行に合わせて,学習者にワークシー ト形式での調査用紙に答えさせる形で実施した.なお50 分間の授業終了後,全員の調査用紙を回収した. 3 調査の結果 今回の調査は,現実場面を扱った教材として開発した 「お買い得のルールを発見しよう」による授業が,調査2 の結果を踏まえたものとなるかどうか検証するために 行ったものである.つまり,日頃あまり学習意欲を示さ ず,その結果としてテスト結果が芳しくない学習者たち も,本教材「お買い得のルールを発見しよう」を扱った 授業においては,扱っている題材が現実場面であるが故 【1】 【1】 【2】 【2】 【3】 【3】 【3】 【4】 【4】 【5】 【5】 【5】 【5】 解決 意欲 解決の 可能性 解決 意欲 解決の 可能性理解度 納得度 おもしろさ 解決 意欲 解決の 可能性理解度 納得度 おもしろさ 一次方程 式、一次関 数の有用性 上位(n=19) 2.3 5.9 2.8 5.1 5.7 5.7 2.9 2.9 4.0 5.6 5.4 3.4 4.5 下位(n=6) 2.5 4.7 2.5 4.0 4.8 4.4 2.8 3.8 3.2 4.5 4.8 3.0 3.0 問題1 問題2 問題3 表3 学習者の各調査項目における反応の平均値 1 2 3 4 5 6 解決 意 欲 解決の 可能 性 解決 意 欲 解決の 可能 性 理解度納得度 おもしろ さ 解決 意 欲 解決の 可能 性 理解度納得度 おもしろ さ 一次方 程式、一 次関数 の有 用性 上位(n=19) 下位(n=6) 図9 学習者の各調査項目における反応の平均値グラフ
に学習意欲が喚起され,学習効果を高めることができる であろうことが予想された.もちろん,教科書中心の授 業でも学習意欲が高く,テストの結果もよい上位グルー プの学習者たちは,現実場面を扱った教材を使った授業 において,さらに学習意欲を喚起し,学習効果を一層高 めることができると考えたのである. 学習者を平成19 年 10 月 15 日に実施した数学科第 2 学年2 学期中間テストの結果に基づき,学習者自身の得 点が平均点(50 点満点で 21 点)より高いか低いかに従っ て,上位グループ(19 名)と下位グループ(6 名)の 2 群に分けた.その上で,問題1 解決場面では「解決意欲」 「解決の可能性」,問題2 解決場面では「解決意欲」「解 決の可能性」「理解度」「納得度」「おもしろさ」,問 題3 解決場面では「解決意欲」「解決の可能性」「理解 度」「納得度」「おもしろさ」「一次方程式,一次関数 の有用性」の各調査項目において,6 件法による1学習 者の反応の平均値をとり,上位グループと下位グループ のそれぞれのプロフィールを比較してみた.表3 はその 平均値を求めたものである.また図9 はそれをグラフ化 したものである. (1)低い解決意欲 結果を見ると,いずれの問題も予想に反し,「解決意 欲」が低い. まず問題1 については,学力下位グループの学習者の 意欲喚起をねらいとしていたが,上位,下位,ともに極 端に低い値である.学習者にとっては一次方程式の基本 であるといよりも,問題を見ただけですぐに回答できる 内容であり,実際,授業中の学習者からは「問題が簡単 すぎる」「これは小学生の問題ですか?」「こんなの解 かなくてもわかる・・・」という反応が見られた.この ことから,問題の持つ難易度が当初教師が考えていたも のよりも学習者にとっては低すぎたようである.また問 題2,問題 3 については,問題 1 と比較して急激に難易 度が高くなったため,解決するための学習準備が整わ ず,そのため「解決意欲」が高まらない,つまり低い「解 決意欲」を示している.このことから,本教材「お買い 得のルールを発見しよう」については,小問間の難易度 が学習者にとって適度とは言えず,難易度による学習意 欲の制御が想定したように進まなかったといえる. (2)低いおもしろさ 問題2,問題 3 についての「おもしろさ」は低い値を 示している.つまり学習者にとって,「お買い得のルー ルを発見しよう」教材は「おもしろい」と感じるもので あったとはいえなかったことを示している.授業中の学 習者の様子は次の通りである. まず問題1 については先に述べたように,あまりにも 簡単であったため「全然おもしろくない」とか「こんな の誰でもわかる」といった反応が見られた.これは問題 の解を求めることにおもしろさを見いだすことができ なかったことを表している.また問題2 と問題 3 につい ては,問題1 と比較して急激に難易度が高くなったため, 「ものすごく難しい」「どのように解いていいのか全く わからない」「問題2 は問題 1 を使って解くのですか」 といった困惑した様子や,問題を解くことをあきらめる ような学習者もいた.このことから問題1 から 3 に至る, 問題に内包されている連続性を理解することが困難で あり,それ故,本教材は既有知識をうまく活用すること ができなかったと考えられる.それ故に,学習者にとっ て意外性,驚き,おもしろさを喚起するものとならな かったのであろう. (3)高い理解度と納得度 低い解決意欲にも関わらず,「理解度」と「納得度」 は高い値を示している.これは今回の教材の提示及び解 説にパワーポイントを利用することで,課題の焦点化が できたことと,グラフを利用したことで視覚的に理解す ることが容易であったことを示している.また,学習者 どうしの話し合い活動を取り入れ,お互いに意見交換を しあい,代表者に解説させたことにより,より理解が深 まったことを示している.学習者からも,代表者の解説 を聞きながら「なるほど,そういうことなのか」とか 「やっと解き方がわかった」という意見が聞かれ,十分 に理解し,納得する様子が見られた. (4)低い現実性 問題に対する学習者の反応,つまり意見,質問,つぶ やき等から,本教材「お買い得のルールを発見しよう」 の現実性について次のように考えられる.問題2 につい て,学習者からは次のような質問等があった.「それぞ れのお店には何回も行っていいのか?つまり,買い物と 精算を何回も繰り返すことはできるのか?」,「A と B の店には,どちらへも自由に買い物に行くことはできる
のか?」,「買い物は今日だけなのか.2 日以上かけて 行くことはできるのか?」 次に,問題3 については次のような質問等があった. 「商品は 4 個買う必要があるのか.問題 2 とは違うの か?」,「おまけの4 個に対して,さらに 1 個おまけは つくのか?それとも,買った4 個にしか,おまけはつか ないのか?」. このことから考えると,本教材で扱った題材の持つ現 実性については,現実に買い物に行ってお得である条件 を考える場合と比較すると,まだ条件の検討が不十分で あり,学習者にとっては特別に設定された場面,それは 教科書にでてくるような,限定された条件の下での「お 買い物の問題」と何ら変わりはないととらえさせてし まったようである. Ⅴ 研究のまとめと今後の課題 本研究においては,学習指導過程と数学化の過程に基 づいた,教材の分析と開発を通して,中学校数学科にお ける現実場面を扱った教材の特性について考えてきた. それは,現実場面を扱った教材を用いた授業が,そうで はない授業に比べて,学習者が授業中に課題解決意欲を 持つことができ,高い学習効果を示すことができると考 えたからである. 本研究を通して,学習活動の各段階における反応の変 化をグラフで表した場合,V字型のグラフを示していれ ば,その教材が課題解決意欲を持つことができる教材に なりうるということが明らかになったことは1 つの成果 であると考える. また,現実場面を扱った教材を開発する際,教材の日 常性だけで「おもしろさ」を捉えるのではなくて,学習 者の先行知識を,「数学的な学習内容」と「日常的な経 験」の2 つの側面から,妥当な水準を決定することによっ て「おもしろさ」を規定する必要があることや,学習者 が「おもしろさ」を感じるためには,その問題を解くこ とによって得られた解が,学習者にとって「意外性」「驚 き」等を喚起するものでなければならないことなど,現 実場面を扱った教材を開発するために必要な条件を示 すことができた. しかしながら,第Ⅳ章でも述べた通り,第Ⅱ章,第Ⅲ 章の研究結果に基づいて作成した,日常の現実場面を 扱ったグループB 教材「お買い得のルールを発見しよ う」では,残念ながらV字型のグラフを示すことはなく, この教材は学習者に課題解決意欲を持たせることがで きる現実場面を扱った教材にはならなかったと言わざ るを得ない.教材作りの難しさを強く感じたところであ る. また,「お買い得のルールを発見しよう」教材による 調査結果をもとに,新しい買い物教材を作成したが,こ のような枠組みで開発した教材をさらに蓄積し,その学 習効果の検証を実施していきたい. 今回明らかになった,現実場面を扱った教材を開発す るために必要な条件に基づき,それぞれの学習指導過程 において,全ての学習者が課題解決意欲を持つことがで き,その結果,それぞれの学習指導過程においてV字型 のグラフを示すような,現実場面を扱った教材の開発 に,今後取り組んでいきたいと考える. 引用・参考文献 熊本県中学校数学教育研究会 1989~2006 熊本県中 学校数学教育研究会研究集録 経済協力開発機構 1998 PISA2003 年調査 評価の 枠組み OECD 生徒の学習到達度調査 国立教育政 策研究所訳 株式会社ぎょうせい 島田 茂 1990 教職数学シリーズ 実践編 10 教師 のための問題集 共立出版株式会社 長崎栄三 2001 算数・数学と社会・文化のつながり -小・中・高校の算数・数学教育の改善を目指して- 明治図書 文部省 1998 中学校学習指導要領 大蔵省印刷局 文部所 1998 中学校学習指導要領(平成 10 年 12 月) 解説 -数学編- 大阪書籍株式会社