公表前に、証券会社の執行役員が知人に情報を伝達
して、知人に株券を買付けさせたというインサイダ
ー取引の事案について、執行役員と知人との共謀の
成立が認められず、執行役員について金融商品取引
法一六七条三項の罪の教唆犯に当たるとされた事例
: 横浜地裁平成二五・九・三〇裁判所ウェブサイト
著者
堀口 勝
著者別名
Horiguchi Masaru
雑誌名
東洋法学
巻
58
号
1
ページ
181-194
発行年
2014-07
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00006720/
《 判例研究 》
株
券
の
公
開
買
付
け
の
実
施
に
関
す
る
事
実
の
公
表
前
に、
証
券
会
社
の
執
行
役
員
が
知
人
に
情
報
を
伝
達
し
て、
知
人
に
株
券
を
買
付
け
さ
せ
た
と
い
う
イ
ン
サ
イ
ダ
ー
取
引
の
事
案
に
つ
い
て、
執
行
役
員
と
知
人
と
の
共
謀
の
成
立
が
認
め
ら
れ
ず、
執
行
役
員
に
つ
い
て
金
融
商
品
取
引
法
一
六
七
条
三
項
の
罪
の
教
唆
犯
に
当たるとされた事例
―横浜地裁平成二五・九・三〇裁判所ウェブサイト
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/
20131119110331.pdf
―
堀
口
勝
【事実】 被 告 人 は、 A 証 券 株 式 会 社 の 執 行 役 員 投 資 銀 行 本 部 副 部 長 で あ っ た 者 で あ り、 B は そ の 知 人 で あ る が、 被 告 人 は、平成二二年一二月一三日頃から平成二三年四月二七日頃までの間に、別表記載のとおり、A証券株式会社が株 式会社Cほか二社との間で締結したアドバイザリー業務委託契約等の締結の交渉又は履行に関し、C社ほか二社の 業務執行を決定する機関が、それぞれ東京都中央区日本橋兜町二番一号所在の株式会社東京証券取引所が開設する 有価証券市場に株式を上場していた株式会社D社ほか二社の株券の公開買付けを行うことについての決定をした旨の 公 開 買 付 け の 実 施 に 関 す る 事 実 を 知 り、 同 年 二 月 二 二 日 頃 か ら 同 年 四 月 二 八 日 頃 ま で の 間 に、 別 表 記 載 の と お り、 B に「D 株 が T O B に な る。 」 な ど と 電 話 で 言 っ て、 前 記 各 事 実 を 伝 え、 そ の 公 表 前 に D 社 ほ か 二 社 の 株 券 を 買い付けるように促すなどして唆し、よって、同人にその旨の決意をさせた上、上記各事実の伝達を受けた同人を して、法定の除外事由がないのに、上記各事実の公表前である同年二月二二日から同年九月二日までの間、E証券 株 式 会 社 を 介 し、 東 京 証 券 取 引 所 に お い て、 F 名 義 で、 D 社 ほ か 二 社 の 株 券 合 計 六 万 七 一 六 七 株 を 代 金 合 計 六 四 二 六 万 七 四 〇 〇 円 で 買 い 付 け る 犯 罪 を 実 行 さ せ、 も っ て、 B を 教 唆 し て 金 融 商 品 取 引 法 違 反 の 罪 を 実 行 さ せ た。 【判旨】 被告人は、Bに対し、本件三銘柄の重要事実を伝達して、第一次情報受領者であるBに本件三銘柄の株を買い付 けさせたのであるから、被告人には、金商法一六七条第三項の教唆犯が成立する。よって、検察官の予備的訴因に 基づいて、被告人を懲役二年六か月及び罰金一五〇万円に処する (執行猶予四年) 。 【研究】 1 本件は、横浜地裁平成二五 ・ 二 ・ 二八判 決 ( 1) ―大手証券会社の執行役員が、知人に複数の公開買付情報を伝達し、 そ の 顧 客 が そ れ ら の 銘 柄 を 取 引 し、 そ の う ち の 三 件 に つ き、 公 開 買 付 等 重 要 事 実 を 伝 達 し た 者 (執 行 役 員) と 当 該 事 実 を 受 領 し て 上 記 銘 柄 を 取 引 し た 者 (知 人) が、 金 商 法 一 六 七 条 三 項 違 反 の 共 同 正 犯 と し て 起 訴 さ れ た が、 取 引 をした知人を公開買付者等関係者としてではなく、一六七条三項の情報受領者とするよう訴因を変更する旨、裁判 に当たるとされた事例〔堀口 勝〕
所から検察官への勧告があり、変更後の訴因に基づき共同正犯性が否定された事例―を受け、公判分離後の被告人 (執 行 役 員) に つ い て 金 商 法 一 六 七 条 三 項 の 罪 の 教 唆 犯 に 当 た る と 判 断 さ れ た 事 例 で あ る。 本 判 決 で は、 公 開 買 付 者等関係者とその者から公開買付情報を受領して取引した情報受領者との間で共同正犯が成立するか否かにつき判 断するとともに、教唆犯の成立を認めたものである。 2 昭 和 六 三 年 証 券 取 引 法 改 正 は、 一 九 〇 条 の 二 ・ 一 九 〇 条 の 三 (現 在 の 金 融 商 品 取 引 法 一 六 六 条・ 一 六 七 条) を 新 設 し、 イ ン サ イ ダ ー 取 引 の 規 制 に 歩 を 進 め た の で あ っ た が、 こ れ ら の 条 文 が 射 程 に 置 い て い る 行 為 類 型 は、 二 つ あ り、一九〇条の三が規制するのは、公開買付け等の実施または中止に関する事実を知った公開買付者等関係者およ び 情 報 受 領 者 (第 一 次 情 報 受 領 者) が、 そ の 公 表 前 に 行 う 当 該 公 開 買 付 等 に 係 る 有 価 証 券 の 取 引 で あ る。 公 開 買 付 け等に関する情報が、有価証券の価格に及ぼす影響を考慮し、公開買付け等を行う者と一定の関係のある者の取引 を規制するものであ る ( 2) 。 投資家の投資判断や相場に影響を及ぼすべき情報としては、会社の内部情報の他に、いわゆる外部情報と呼ばれ るものに属する、有価証券の需給に関する情報が考えられるが、そのうち、公開買付け等の実施または中止に関す る事実を当該公開買付け等の対象となる有価証券の価格に与える影響が明確であると捉え、一九〇条の三を設け規 制に含めることとし た ( 3) 。 なお、平成四年改正により、上場されていない株券等も禁止取引の対象有価証券となり、市場の需給に係る情報 という観点から議決権の変動に重点が移行し、議決権を有する株式等の保有関係の変動を通じて会社支配関係に影 響を及ぼすことから、投資家の投資判断に重大な影響を与えうるとして規制がなされるものと理解されるようにな
り、規制が純化してきたと指摘され る ( 4) 。 昭 和 六 三 年 改 正 法 に よ り、 情 報 受 領 者 (第 一 次 情 報 受 領 者) に よ る 取 引 を 禁 止 す る 一 方、 会 社 関 係 者 等・ 公 開 買 付者等関係者による情報の伝達行為自体を直接的に規制することは見送られ た ( 5) 。 3 情報受領者による取引を規制する理由として、立法者は、証券市場の公正性と健全性に対する投資家の信頼を 確保するという観点から、会社関係者や公開買付者等関係者による上場株券の売買等を禁止しただけでは、脱法的 な取引を許してしまう点、および、重要事実の伝達を受ける者は、通常、会社関係者や公開買付者等関係者と何ら かの特別の関係があるものと考えられる点を挙げる。また、情報受領者による取引の規制は、会社関係者による取 引 の 規 制 を 補 完 す る も の と 捉 え、 投 資 家 の 間 に お い て 情 報 の 格 差 (不 平 等) が あ る こ と 自 体 に よ っ て、 情 報 受 領 者 による取引を禁止しているわけではないとし、会社関係者や公開買付者等関係者がインサイダー取引を禁止される のだから、その目的を貫徹するには、その者からの情報の拡散に一定の歯止めをかけることが不可欠であるとの趣 旨がうかがえる。他方、情報の伝達行為そのものの悪性を認めるという方向性は持ち合わせていなかったと考えら れ る ( 6) 。 そ の 理 由 と し て は、 秘 密 漏 示 罪 が 設 け ら れ て い る 公 務 員、 弁 護 士、 公 認 会 計 士 等 (他 人 の 秘 密 に 関 与 す る 特 別 の 職 に あ る 者) と は 異 な り、 上 場 会 社 の 役 職 員 に つ い て、 同 様 の 秘 密 漏 示 罪 を 設 け る こ と は、 必 ず し も 適 当 と は 考 え ら れない点、および、証券市場の公正性および健全性に対する投資家の信頼は、実際に重要事実を知った者が取引を 行うことにより害されるのであるから、そこまで至らない、単なる重要事実の伝達行為については、直ちに処罰す るまでの必要性が乏しいように考えられる点を挙げてい る ( 7) 。 に当たるとされた事例〔堀口 勝〕
また、一六六条、一六七条において、会社の業務等や公開買付け等に関する重要事実を伝達する行為について処 罰 規 定 を 置 か な か っ た こ と は、 そ れ ら の 行 為 を す べ て 不 処 罰 と す る 趣 旨 で は な く、 重 要 事 実 の 伝 達 を 受 け た 者 が 一六六条第一項または第三項に違反して上場株券等の売買等を行った場合には、当該重要事実の伝達を行った者が その教唆犯または幇助犯として処罰されることがあるとして、一六六条・一六七条の罪に対する共犯が成立する可 能性を認めてい る ( 8) 。 4 共 同 正 犯 成 立 の 可 否 に つ き、 判 旨 は、 「二 名 以 上 の 者 に つ い て 犯 罪 の 共 同 正 犯 が 成 立 す る た め に は、 犯 罪 を 共 同 し て 遂 行 す る 意 思 を 通 じ 合 う こ と (意 思 の 連 絡) に 加 え て、 自 己 の 犯 罪 を 犯 し た と い え る 程 度 に、 そ の 遂 行 に 重 要 な 役 割 を 果 た す こ と (正 犯 性) が 必 要 で あ る。 」 と 述 べ、 本 件 で は 具 体 的 に「⑴ B と の 間 で、 イ ン サ イ ダ ー 取 引を行うことについての意思の連絡があること、⑵ 被告人が自己の犯罪としてこれらの取引を行ったといえるだ けの重要な行為を行ったことが必要である。 」としたうえで、意思の連絡と重要な役割の二点につき検討している。 この点に関し、立法者は、一六六条一項、三項または一六七条一項、三項に違反する罪は、職務等や公開買付け 等に関し重要事実を知った会社関係者や公開買付け等関係者といった一定の立場にある者の一定の行為を犯罪とし て 処 罰 す る も の で あ り、 構 成 要 件 上、 行 為 の 主 体 が 一 定 の 身 分 を 有 す る こ と を 必 要 と す る 犯 罪 (身 分 犯) で あ る と の 前 提 に 立 ち、 刑 法 第 六 五 条 一 項 は、 身 分 犯 に 加 功 し た 身 分 の な い 者 も 共 犯 と し て 処 罰 す る も の と し、 し た が っ て、 会 社 関 係 者 等 ま た は 公 開 買 付 者 等 関 係 者 等 に 当 た ら な い 者 で あ っ て も、 こ れ ら の 者 と の 共 犯 (共 同 正 犯、 教 唆 犯、 幇 助 犯) と し て 処 罰 さ れ る こ と が あ る と 述 べ、 イ ン サ イ ダ ー 取 引 に つ い て も 共 犯 の 成 立 す る 余 地 が あ る こ と を 明言してい る ( 9) 。
ところで、一六六条、一六七条は、その制定当時、形式的かつ詳細な規定を置くことで、予め違法な行為とそう でない行為を客観的に明らかにすることで、投資家に対しては事前に違反となるかならないかを把握しやすくし、 かつ、当該取引が実質的に不公正なものといえるかどうかの立証を言わば回避することにより、より容易にインサ イダー取引を規制できることを狙った立法であったと考えられてい る ( 10) 。 インサイダー取引規制が形式的な規制である一方、刑法における共同正犯の成否に関しては、共犯者の犯罪の実 現に果たした実質的な役割の重要性が問題とされるため、前者の形式性と後者の実質性の差異をどのように調和さ せればよいかにつき考慮を要すると指摘されるところであ る ( 11) 。 確かに、一六六条・一六七条による規制では、現に不正な利得を上げたかどうかは、問われないこととなるが、 一 方、 イ ン サ イ ダ ー 取 引 は、 不 正 な 利 益 の 獲 得 ま た は 損 失 の 回 避 を 目 的 と し て 行 わ れ る 行 為 で あ る こ と に 鑑 み る と、 平 成 一 〇 年 証 取 法 改 正 で 必 要 的 没 収・ 追 徴 制 度 (金 商 一 九 八 条 の 二) が 導 入 さ れ、 イ ン サ イ ダ ー 取 引 の や り 得 が許容されるわけではなくなり、そこでは没収・追徴額を決する過程で実質的な判断が入り込んでくる余地が生ず ることとなっ た ( 12) 。 さらには、その後二〇数年にわたる規制の積み重ねを経て、インサイダー取引を不公正な行為と認識する社会的 コンセンサスが形成されてきた経緯、数度の法定刑の引上げ等、インサイダー取引の規制を実質的に捉えるべき必 要性が垣間見られるようになっ た ( 13) 。 これらの点を勘案すると、共犯の成立について実質的な側面からの検討が不可欠と考えられる。 5 まず、共同正犯の成立要件の一つである意思の連絡について、判旨は、包括的な意思の連絡については、 「「も に当たるとされた事例〔堀口 勝〕
うかる株を紹介する」ことが、インサイダー取引の重要事実の伝達を意味するとは限らない上、およそTOBやM BOの行われる銘柄一般について、インサイダー取引の重要事実を伝達する趣旨で、被告人が上記のように簡単に 応 じ た と は に わ か に 考 え 難 い と こ ろ で あ る。 」 と し て 否 定 し、 一 方、 個 別 的 意 思 の 連 絡 に つ い て は、 「被 告 人 は、 自らが提供する各銘柄についての重要事実を基に、Bが各銘柄の買付けをして、インサイダー取引に及ぶであろう ことを認識した上、それを伝達したと考えられるから、本件三銘柄について、両名の間でインサイダー取引を行う ことについての意思の連絡があったことは明らかである。 」と判断した。 6 次に、二つ目の成立要件である重要な役割につき、判旨は、金商法が、重要事実の伝達行為を明文により規制 していない点を考慮し、公開買付者等関係者から情報受領者への重要事実の伝達を「一律に、公開買付者等関係者 を第一次情報受領者とのインサイダー取引の共同正犯として処罰することは、法の予定しないところであるといわ ざ る を 得 な い。 」 と し、 ま た、 公 開 買 付 者 等 関 係 者 に つ い て 一 六 七 条 三 項 の 共 同 正 犯 が 成 立 す る に は、 単 な る 重 要 事 実 の 提 供 の み で は 足 ら ず、 「実 質 的 に 第 一 次 情 報 受 領 者 と 共 同 し て 買 付 け を 行 っ た と い え る ほ ど に、 重 要 な 役 割 を 果 た す こ と が 必 要 で あ る と 解 す べ き で あ る。 」 と し、 被 告 人 が 重 要 な 役 割 を 果 た し た か 否 か に つ き、 情 報 受 領 者 と実質的に共同で行動したかという点から審理することとした。 7 被告人が重要な役割を果たしていたか否かにつき、誰が取引の判断をしていたのかという観点から、判旨は、 「各 銘 柄 の 具 体 的 な 買 付 け 及 び 売 付 け の 時 期、 そ の 株 数 等 の 判 断 は、 全 て B が 自 ら 行 っ て い る。 」 点、 「本 件 三 銘 柄 以外に被告人からインサイダー情報の提供を受けた銘柄の中には、自ら株の出来高が少ないなどと判断して、買付
に 至 ら な か っ た 株 も 相 当 数 あ る。 」 点 を 指 摘 し、 B が、 伝 達 さ れ た 情 報 を 取 捨 選 択 し、 自 ら 投 資 判 断 を し た も の と し て い る。 ま た、 B が、 「被 告 人 か ら も た ら さ れ た 情 報 に 基 づ い て 個 々 の 銘 柄 の 取 引 の 買 付 け を 行 っ た か ど う か や その内容について、事後に被告人に報告したこともなく、被告人も、Bに対してその報告を一切求めていない…。 」 とし、被告人の行為は、公開買付情報の伝達にとどまり、それ以上の役割を果たしたとは認められないとした。イ ン サ イ ダ ー 情 報 を 基 に し た 取 引 の 判 断 主 体 が、 B で は な く 被 告 人 で あ る と い う 事 実 は 見 受 け ら れ な い の で あ る か ら、妥当な判断であろう。 8 さ ら に、 情 報 の 精 度 や 提 供 方 法 に つ い て、 判 旨 は、 T O B や M B O に 関 す る 情 報 は、 「公 表 前 に は、 証 券 会 社 の社員等の一部の者にしか知り得ない、極めて保秘性の高い情報であって…、インサイダー取引を行うに当たって 必要不可欠な情報であり、これらを提供することが同罪を共同で遂行する上で極めて重要であることは、明らか」 と し た う え で、 「被 告 人 か ら B へ の 本 件 三 銘 柄 の イ ン サ イ ダ ー 情 報 は、 重 要 事 実 の 伝 達 と し て は、 方 法 に お い て も、内容においても、甚だ不十分なものであった…、しかしながら、一口にインサイダー情報の提供といっても、 そ の 情 報 の 精 度 や 提 供 行 為 の 態 様 に は 様 々 な も の が あ り 得 る の で あ っ て、 こ れ を 一 律 に 論 じ る 事 は 相 当 で な い。 」 と し て い る。 情 報 の 精 度 や 提 供 方 法 が『甚 だ 不 十 分』 と し な が ら も、 重 要 事 実 の 伝 達 を 認 定 し て い る と い う こ と は、 公 開 買 付 け 等 重 要 事 実 の 決 定 プ ロ セ ス に 関 す る 従 来 の 判 例 ( 14) と は 異 な る 解 釈 を し て い る の で あ ろ う か。 そ れ と も、単に、被告人による情報の入手方法を指してこのような見方をしているだけなのであろうか。 9 自 己 の 犯 罪 を 犯 し た と い え る 程 度 に 重 要 な 役 割 を 果 た し た か ど う か を 判 断 す る に 当 た り、 判 旨 は、 イ ン サ イ に当たるとされた事例〔堀口 勝〕
ダ ー 取 引 に よ っ て も た ら さ れ る 損 益 が 誰 に 帰 属 す る か に つ い て も 検 討 し て い る。 本 件 に 関 わ る 取 引 は、 「全 て B の 計算で行われ、その損益は、全てBに帰属しており…、Bと被告人との間で、インサイダー取引による利益の分配 に関する事前の約束はなく…、実際にBが本件三銘柄の取引によって得た利益が一円も被告人に分配されていない …」 、「被告人は、Bに利益の一部を分配するよう要求したこともなく、そもそも利益が生じたかどうかにすら関心 を示していない…」ことから、両者の事前のやり取りの中で利益の分配が交渉されたこともなければ、事後的に利 益が分配された形跡もないことを確認している。 ある取引が、一六七条に違反するかどうかは、別段、取引により実際に利益を挙げたかどうかを要件としている わけではないが、同条の共同正犯が成立するか否かを判断するに当たり、実際に発生した利益の分配を受けたこと を 要 す る か に つ き 検 討 を 要 す る と 思 わ れ る。 こ の 点 に つ き、 判 旨 は、 「イ ン サ イ ダ ー 取 引 が 経 済 的 利 益 の 収 得 を 目 的 と し て 行 わ れ る も の で あ る こ と は、 金 商 法 が 必 要 的 没 収・ 追 徴 の 規 定 (同 法 一 九 八 条 の 二) を 置 い て い る こ と か らも明らかであり…、被告人がBから本件三銘柄の取引による利益の分配を受けておらず、その利益の帰属に何ら 関心を示していない…、被告人にインサイダー取引の罪を自己の犯罪として遂行する上での直接的動機が欠けてい たことを推認させる…」とし、被告人の正犯性を否定した。 イ ン サ イ ダ ー 取 引 の 共 同 正 犯 の 成 立 を 認 め た 事 例 ( 15) で は、 「被 告 人 A (公 開 買 付 者 等 関 係 者) と 被 告 人 B (知 人) の 間 に 相 互 連 絡 が あ っ た」 こ と を 認 め た う え で、 「B が A か ら 勧 め ら れ た と お り に 買 付 け お よ び 公 表 後 の 売 付 け も 行っていたことに鑑み、AがBの名義と資金を使って取引を実行していたのであるから、両名が一体となって行っ た 取 引 で あ る。 」 と し、 現 実 に 誰 の 計 算 に 置 い て 取 引 が な さ れ た の か を 考 慮 し て お ら ず、 損 益 の 帰 属 に 関 す る 捉 え 方に疑問が残る。このような理解を前提とするならば、一六七条に関しては、情報受領者による取引が成り立ちえ
なくなりはしないか。 と こ ろ で、 立 法 者 は、 一 六 六 条、 一 六 七 条 に つ き 共 同 正 犯 の 成 立 す る 場 合 と し て、 「発 行 会 社 の 役 員 等 が 一 九 〇 条 の 二 第 一 項 に 違 反 し て 上 場 株 券 等 の 売 買 等 を 行 う 場 合 に お い て、 そ の 友 人 が、 そ の 情 を 知 り な が ら こ れ に 協 力 し、当該上場株券等の取引による利益の分配を受ける等の約束の下にその資金提供を行った場合など、本犯との間 で、 共 同 意 思 の 下 に 一 体 と な っ て 互 い に そ の 行 為 を 利 用 し、 各 自 の 意 思 を 実 行 に 移 す こ と を 内 容 と す る 謀 議 (「共 謀」 ) が あ る 場 合 は、 会 社 関 係 者 等 と し て 取 引 が 禁 止 さ れ る 立 場 に は な い 者 で あ っ て も 共 同 正 犯 と し て 当 該 会 社 関 係者等と同様に処罰されることとなる。 」と例示してい る ( 16) 。ここから読み取れるのは、 「不正に挙げた利益の分配等 (の 約 束) 」 す な わ ち 情 報 受 領 者 の 取 引 に よ っ て 情 報 伝 達 者 側 に 何 ら か の 経 済 的 利 益 が も た ら さ れ る の か ど う か を 見 過ごす訳にはいかないように思える。 10 本件では予備的訴因とされたが、一六七条の教唆犯成立の可否について検討してみる。立法者によると、教唆 と は、 「他 人 に 犯 罪 実 行 の 決 意 を さ せ る こ と」 で あ る と し た う え で、 教 唆 犯 の 成 立 に は、 教 唆 者 に よ る「他 人 に 犯 罪 実 行 の 決 意 を 生 じ さ せ る 意 思」 と「教 唆 行 為」 、 さ ら に は、 被 教 唆 者 に よ る「犯 罪 実 行 の 決 意」 と 実 際 に「犯 罪 を 実 行 し た こ と」 が 必 要 で あ る ( 17) 。 一 例 と し て、 次 の よ う な 場 合 が 挙 げ ら れ て い る。 「会 社 関 係 者 が そ の 友 人 に 対 し て重要事実を教示して上場株券等の売買等を行うことを勧め、その結果、その友人が一九〇条の二第三項に違反す る取引をすることを決意して実際に取引をした場合には、その会社関係者はその友人の同項違反の教唆犯として処 罰され る ( 18) 。」 。 しかしながら、実際に情報伝達者を教唆犯として処罰した例はほとんどなく、教唆犯については、情報の提供に に当たるとされた事例〔堀口 勝〕
加えて、教唆行為の存在とインサイダー取引との因果関係の立証が必要であり、その立証が難しいという事情が考 えられるという指摘が あ ( 19) る ( 20) 。 本件判旨は、前述のように、被告人につき共同正犯の成立を否定したうえで、一六七条に係る情報伝達者に対し て 教 唆 犯 が 成 立 す る た め に は、 「特 定 の 銘 柄 の 公 開 買 付 等 事 実 に 基 づ く 取 引 に つ い て、 (B に) 具 体 的 に 決 意 を 発 生 さ せ る こ と が 必 要 で あ る。 」 と 述 べ、 イ ン サ イ ダ ー 取 引 に 関 し 教 唆 犯 が 成 立 す る 余 地 が あ る こ と を 認 め た。 そ の う え で、 「B は、 … 被 告 人 か ら 重 要 事 実 の 伝 達 を 受 け て 初 め て、 当 該 銘 柄 の イ ン サ イ ダ ー 取 引 を 実 行 す る 具 体 的 な 決 意を固めたものと認められる。 」と述べ、 「被告人による本件三銘柄の重要事実の伝達は、一六七条三項の罪の教唆 に該当する」とした。 上記三銘柄中、二銘柄については、これらの銘柄のMBOが実施される旨の当初の情報伝達行為に加え、その進 捗 状 況 に 関 す る 情 報 提 供 を 含 む 一 連 の 情 報 が、 B の イ ン サ イ ダ ー 取 引 の 教 唆 に 当 た る と の 検 察 官 の 主 張 に 対 し て は、 「B は、 前 記 の と お り、 被 告 人 か ら の 当 初 の 情 報 提 供 に よ っ て、 各 銘 柄 に つ い て の イ ン サ イ ダ ー 取 引 の 実 行 を 決意したものであって、その後のMBOの進捗状況に関する被告人からの情報提供は、具体的な買付けの契機とな るものを含んでいたとしても、既に生じていた包括的なインサイダー取引の犯意をより強固にしたものにすぎない と い う べ き で あ る。 」 と 述 べ、 当 初 の 情 報 提 供 行 為 の み が、 そ れ ぞ れ の イ ン サ イ ダ ー 取 引 の 罪 の 教 唆 に 当 た る と 判 断した。前述のように、一六七条につき教唆が成立するためには、情報の提供に加えて、教唆行為の存在とインサ イダー取引との因果関係の立証が必要となると考えられるが、本件事実関係から読み取れる範囲では、当初の情報 伝達がBの犯意を引起したと考えられるから、検察官の主張する進捗状況に関する情報提供は、考慮に入れる必要 性はないように思える。しかし、事実関係如何によっては、情報提供行為と教唆行為に時間的なずれが生ずる余地
があるかもしれない。 11 最後に、平成二五年金商法改正は、いわゆる増資インサイダー取引により明らかとなった問題点を含め、公開 買付情報に基づくインサイダー取引規制への手当を主眼とするものであるが、同改正により新設された一六七条の 二は、一六六条一項の会社関係者および一六七条一項公開買付者等関係者による情報の伝達、取引推奨行為を新た に規制するものである。同条施行後は、一六六条三項、一六七条三項の共犯として処罰される余地も残るのか、そ れとも同条の適用に特化していくのか、その動向が気になるところであ る ( 21) 。 註 ( 1) 横浜地裁平二五 ・ 二 ・ 二八金融法務一九八〇号一五三頁では、実際に取引をした知人が、単独犯(情報受領者)として一六七条 三項違反で有罪判決を受けた。 ( 2) 横 畠 裕 介『逐 条 解 説 イ ン サ イ ダ ー 取 引 と 罰 則』 (商 事 法 務 研 究 会、 一 九 八 九 年) 一 一 ~ 一 二 頁。 な お、 同 改 正 が、 会 社 関 係 者 等による取引と共に公開買付け等関係者による取引をも規制の対象とした理由は、この二つの行為類型が、証券市場の公正性と健 全性に対する投資家の信頼を確保するという観点から、直接、刑罰をもって規制することが必要かつ適当であると考えられたため である。 ( 3) 横畠前掲註( 2)一二頁。有価証券の需給に関する情報としては、機関投資家による特定銘柄の大量購入、仕手筋による特定 銘柄の買集め、証券会社による特定銘柄の推奨等のように投資家の投資判断への影響力の大きいものも含まれるが、需給情報に対 する一律的な規制は適当ではないと判断されたようである。 に当たるとされた事例〔堀口 勝〕
( 4) 三浦州夫・吉川純『株式の公開買付け・買集めとインサイダー取引規制(上) 』(商事法務研究会)二七頁。 ( 5) 横畠前掲註( 2)一二七~一二八頁。 ( 6) 横畠前掲註( 2)一二一頁。 ( 7) 横畠前掲註( 2)一二七頁。 ( 8) 横畠前掲註( 2)一二七、 二一一~二一二頁。 ( 9) 横畠前掲註( 2)二一〇~二一一頁。 ( 10) 証券取引審議会「内部者取引規制の在り方について」 〔ジュリ〕九〇五号一〇六頁(一九八八) 。竹内昭夫「インサイダー取引 規制の強化(下) 」〔商事法務〕一九八九号九~一〇頁。 ( 11) 小 林 史 治「イ ン サ イ ダ ー 取 引 規 制 に お け る 情 報 伝 達 社 と 共 同 正 犯 ― 横 浜 地 判 平 二 五 ・ 二 ・ 二 八 ―」 〔金 融 法 務 事 情〕 一 九 八 〇 号 六五頁。 ( 12) 神 田 秀 樹 他 編 著『金 融 商 品 取 引 法 コ ン メ ン タ ー ル 四― 不 公 正 取 引 規 制・ 課 徴 金・ 罰 則』 〔神 作 裕 之〕 (商 事 法 務 研 究 会、 二〇一一年)一一八頁。小林前掲註( 11)六六頁。 ( 13) 神田編前掲註( 12)一一三~一一四頁。小林前掲註( 11)六六頁は、共同正犯の成否につき実質的な観点からの解釈を許容す る素地は十分にあるように思われると指摘する。黒沼悦郎「内部者取引の立法論的課題」岩原紳作・神田秀樹編著『竹内昭夫先生 追討論文集 商事法の展望』 (商事法務研究会) (一九九八)六〇七~六〇九頁。 ( 14) M A C ア セ ッ ト マ ネ ジ メ ン ト 証 券 事 件 に 関 す る 最 高 裁 決 定(最 決 平 二 三 ・ 六 ・ 六 刑 集 六 五 巻 四 号 三 八 五 頁) は、 「業 務 執 行 決 定 機 関 に よ る 決 定 が さ れ れ ば 足 り、 具 体 的 な 実 現 可 能 性 は 要 し な い。 」 と し、 相 当 程 度 ハ ー ド ル を 下 げ て し ま っ た。 他 方、 同 事 件 の 控 訴 審(東 京 高 判 平 二 一 ・ 二 ・ 三 判 タ 一 二 九 九 号 九 九 頁) は、 「投 資 判 断 に 影 響 を 及 ぼ し 得 る 程 度 の 実 現 可 能 性 が 必 要 で あ る。 」 と し、 一 審(東 京 地 判 平 一 九 ・ 七 ・ 一 九 資 料 版 商 事 法 務 三 二 九 号 九 〇 頁) は、 「実 現 を 意 図 し て 会 社 の 業 務 と し て 行 う な ど、 あ る 程 度 具体的内容を持っていなければ決定といえない。 」とし、程度の差こそあれ、一定程度の具体性を要求している。 ( 15) 東京地判平一五 ・ 五 ・ 二判タ一一三九号三三一頁。小林前掲註( 11)六五頁は、インサイダー取引規制は、抽象的な評価概念を
用 い ず、 客 観 的、 具 体 的 に 構 成 要 件 を 規 定 し、 金 商 法 一 五 七 条 の よ う な 取 引 の 実 質 的 な 不 正 と い う 点 に ま で は 立 ち 入 ら な い と す る。そのため、共同正犯についても、実質的な役割の重要性を考慮することは、その形式性に反しないかが懸念される。共同正犯 の成立が認められることに異論はないとしても、役割の重要性の判断に当たっては、形式的な構成要件要素に関連する部分にとど め、構成要件要素とは考えられていない利得などは考慮しないとする理解も考えられ、同判決はそのような立場にあると一定の理 解を示している。 ( 16) 横畠前掲註( 2)二一一頁。 ( 17) 横畠前掲註( 2)二一一頁。 ( 18) 横畠前掲註( 2)二一一~二一二頁。 ( 19) 佐 伯 仁 志「刑 法 か ら 見 た イ ン サ イ ダ ー 取 引 規 制」 〔金 融 法 務 事 情〕 一 九 八 〇 号 七 頁 に よ る と、 日 本 の 実 務 で は、 共 犯 の 起 訴 は、特別の類型を除いて、共同正犯による起訴が主で、教唆・幇助が起訴されることはまれであり、検察官には、共同正犯に当た るような事例でなければ、原則として起訴価値がないという意識があるのかもしれないと指摘する。 ( 20) 佐伯前掲註( 19)八頁は、教唆犯の可罰性につき、一六六条、一六七条の情報伝達者については、第一次情報受領者によるイ ンサイダー取引の必要的共犯としてそもそも不可罰なのではないかという疑問も一部にはあったようであり、そのことが起訴事例 の少なさにつながった可能性もある指摘する。 ( 21) 梅澤拓「情報伝達・取引推奨行為に関するインサイダー取引規制の強化と実務対応」 〔金融法務事情〕一九八〇号四二頁。 黒沼悦郎「公開買付け等に係るインサイダー取引規制の改正」金融法務事情一九八〇号一七頁。 ―ほりぐち まさる・法学部准教授― に当たるとされた事例〔堀口 勝〕