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金商法159条2項所定の『誘引目的』に関する若干の考察 (【退職記念号】 圓谷 勝男 教授 佐藤 清勝 教授 エルンスト・ロコバント 教授) 利用統計を見る

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金商法159条2項所定の『誘引目的』に関する若干の

考察 (【退職記念号】 圓谷 勝男 教授 佐藤 清勝

教授 エルンスト・ロコバント 教授)

著者名(日)

堀口 勝

雑誌名

東洋法学

52

2

ページ

75-99

発行年

2009-03-01

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00000674/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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︽論  説︾

金商法一五九条二項所定の﹃誘引目的﹄に関する若干の考察

はじめに

堀 口

 金融商品取引法一五九条一項、二項は、相場操縦を四つの類型︵仮装売買・なれ合い売買等、一連の売買等、情 報の流布、虚偽の表示等︶に分け、規制している。  このうち仮装売買・馴合い売買等︵いわゆる偽装取引︶と一連の売買等︵いわゆる現実取引︶は、有価証券等の 売買等を通じて行われる相場操縦であり、後二者︵表示による相場操縦と称されることがある︶に比してより典型 的、実際的な手法による相場操縦であると言えるだろう。  有価証券市場は、流通市場の中心に位置して、具体的な流通市場としての機能と、価格形成市場としての機能を 果たしているが、この機能は、有価証券市場が作為の加えられない自由な公開市場であることによって初めて完全        ︵1︶ に果たされうるものである。 75

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 そのため、旧取引所法は、三四条ノ四で、取引所における相場の変動をはかる目的で虚偽の風説を流布し、偽計 を用い、または暴行もしくは脅迫をなすことを禁止していたが、昭和壬二年に制定された証券取引法により、アメ        ︵2︶ リカの一九三四年証券取引所法九条、一〇条︵b︶項に基づく相場操縦規制が、初めて導入されることとなった。  証券取引法の施行により、仮装売買・なれ合い売買等、一連の売買等に関する規制もようやく始まったと言える       ︵3︶ かも知れないが、実際に判例となって現れてきたのは、昭和五六年の﹁日本鍛工事件﹂以降のことである。  他方、英米では、相場操縦が、インサイダー取引と並んで、証券市場を破壊する違法な行為であることは古くか        ︵4︶ ら認識されてきた。一九世紀のイギリスに端を発する判例法の形成、二〇世紀、特に大恐慌を受けて始まった連邦        ︵5︶ 証券諸法による規制は、我が国の規制にも少なからず影響を与えたと評されるだろう。  相場操縦行為は、情報に基づいた市場価格の形成を妨げる意味で市場の情報効率性を害するとともに、証券市場 に対する投資者の信頼を損なう意味で市場の取引効率性を害する行為であり、主として前者を害すると考えられる 不実表示やディスクロージャー違反、主として後者を害すると考えられている内部者取引や損失補填等に比べて        ︵6︶ も、より悪性があるであろうことは容易に想像がつく。  それにも拘らず、相場操縦︵違法行為︶と通常の取引︵適法行為︶の境界線は、非常に微妙であり、明確な線引 きは難しい。自己の取引︵売買注文を発するだけの場合も含まれるだろう︶の結果、相場が変動するであろうこと を認識しているだけで、違法性を帯びるというのでは、あまりにも射程範囲が広過ぎるし、他方、他者を取引に誘        ︵7︶ い込む︵誘引︶ことを意図してという要件が、適用を困難なものにしているのも事実であろう。  さらに言えば、自己が当該有価証券を買付ければ、その結果としてその証券の値が上がり、ひいては売買取引を        ︵8︶ 誘引するであろうことを行為者が知っていても、それだけで直ちに違法と判断することはできないであろう。 76

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 金商法一五九条二項は、現実取引が違法となる要件として、①誘引目的が存すること、②繁盛であると誤解さ せ、または変動操作がなされたこと、③一連の売買等であることの三点を要求している。  しかしながら、行為者の主観である﹁誘引目的﹂を客観的に証明することが困難を極めるため、従来、この点に あまり重点を置かずに、むしろ、相場を変動させるべき取引に該当するか否かという点が重視されてきた経緯が  ︵9︶ ある。  これに対し、一五九条二項に関する最高裁の初めての判断である協同飼料事件上告審決定では、誘引目的を﹁人 為的な操作を加えて相場を変動させるにもかかわらず、投資者にその相場が自然の需給関係により形成されるもの であると認識させて有価証券市場における売買取引に誘い込む目的﹂とし、一義的に誘引目的の立証が必要となる         ︵10︶ という結論を示した。  本稿では紙幅の都合もあり、現実取引による相場操縦の要件のうち、上記最高裁決定がターニングポイントとな るであろう、いわゆる﹃誘引目的﹄と呼ばれるものに主眼を置いて考察することとする。 二 規制の経緯  ︵一︶アメリカにおける規制  イギリスおよびアメリカでは、相場操縦が、インサイダー取引と並んで、証券市場を破壊する違法な行為である        ︵n︶ ことは古くから認識されてきた。  アメリカでは、大恐慌を受けて始まった連邦証券諸法による規制にその核心部分が垣間見られる。一九二九年の 77

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いわゆる大恐慌に対する連邦議会の反応を引き起こした要因の一つとして、株式市場における取引︵いわゆるプー ル取引︶を独占していたと看倣された.、8①2一89、.および、、B彗骨巳魯9.、が、連邦証券諸法︵一九三三年証券法・       ︵12︶ 一九三四年連邦証券取引所法︶の立法経緯に重大な影響を与えたと言える。  このうち、証券取引所法九条および一〇条︵b︶項が、相場操縦規制に活用されてきた。同法九条︵a︶項︵2︶ 号は、﹁何人といえども、他人による当該証券の売付けまたは買付けを誘引する目的で、単独でまたは他人と共同 して、国法証券取引所に上場されているあらゆる証券について、現実のまたは外観上繁盛な取引状況を創出させ、 もしくは証券の価格を引き上げもしくは引き下げる一連の取引を実行することは、違法である。﹂と規定し、現実 取引による相場操縦を禁止している。  同条項は、わが一五九条二項一号同様、誘引目的を要求しているが、他方、アメリカでは、同法一〇条︵b︶項 が、相場操縦規制に一役買ってきた経緯がある。同法九条︵a︶項︵2︶号の適用が、国法証券取引所に上場され ている銘柄に限定されるのに対して、店頭登録銘柄に関する相場操縦を射程内に取り込むために、一〇条︵b︶項       ︵13︶ が活用されてきた背景があるのだが、同条同項は、誘引目的を明記していない。  ︵2︶我が国における規制  我が国においては、相場操縦禁止規定の立法を受け、その条文の解釈を巡る学説が生成し、さらには、協同飼料 事件等の判例が出されて、これらを巡り更なる学説の展開がなされたという経過を辿り、相場操縦の規制に関する 議論が進行していったという経緯がある。  金商法一五九条二項は、本文で﹁何人も、有価証券の売買、市場デリバティブ取引又は店頭デリバティブ取引の 78

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うちいずれかの取引を﹃誘引する目的﹄をもって次に掲げる行為をしてはならない。﹂と規定し、一号では﹁有価 証券売買等が繁盛であると誤解させ、又は取引所金融商品市場における上場金融商品等若しくは店頭有価証券市場 における店頭売買有価証券の相場を変動させるべき一連の有価証券売買等又はその申込み、委託等若しくは受託等 をすること。﹂としている。  すなわち、現実取引が違法となる要件として、まず、①誘引目的が存することを本文で掲げ、次に一号で、②繁 盛であると誤解させ、または変動操作がなされたこと、③一連の売買等であることの三点を要求している。  順番が前後するが、③については、少なくとも二回以上の売買等が繰り返されれば足り、多量の有価証券を買付 けまたは売付けるために一個の注文が発せられた場合に、その全部が一時に応じられないで、二回以上に分けて応        ︵14︶ じられた売買等が成立した場合も、一連の売買等に該当すると解されることについては、異論はない。  しかしながら、行為者の主観である﹁誘引目的﹂を客観的に証明することが困難を極めるため、従来、この点に あまり重点を置かずに、むしろ、相場を変動させるべき取引に該当するか否かという点が重視されてきた経緯があ     ︵15︶ るとされる。 三 学説・判例の展開  ︵﹃︶初期の学説  前述のように、相場操縦を禁止する立法がなされた後、昭和五〇年代に入りようやく実際に判例が現れることと なったため、それ以前における議論の中心は、アメリカ法の研究を下敷きにした学説の展開によるものであった。 79

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以下、代表的な見解を概観することとする。  ①コニ五条一項の行為について目的が必要であるように、二項の行為についても﹁有価証券市場における有 価証券の売買取引を誘引する目的﹂の存在が必要である。この目的の存在こそが違法行為と適法行為を分つ基準に  (16 ) なる。﹂  ②コ連の売買取引が、﹁有価証券市場における有価証券の売買取引を誘引する目的をもって﹂行われたもので あることが必要とされる。単に投機または投資のために一連の売買取引を行うのと、他人による売買取引を誘引す る目的をもってこれを行うのとをくらべると、いずれの場合にも客観的には何ら違いはなく、両者間に見出される 唯一の区別は、そのような売買取引を行う主観的な目的の違いだけである。そして投機または投資のために多量の 有価証券の買付けを行ない、または有価証券を多量に売付けるだけであれば、その買付けまたは売付けを行なうに 当たって、たとえ自分が行なう有価証券の売買取引の結果として、多かれ少なかれ当該有価証券の市場価格に変動 を生ぜしめるであろうということを右の者が知っていたとしても、このような有価証券の売買取引をもって直ちに       ︵17︶ 違法であると断定することは許されるべきではない。﹂  ③﹁いかなる売買取引が他人をして売買取引を繁盛であると誤解させまたその相場を変動させるべきものであ るかは、前述のように当該市場の性格、取引の態様・浮動株の状況等によって決定されるのであるが、大量の証券 の売買は必然的に相場を変動させる効果を伴う。しかし、大量の証券の売買は投資のため、持分証券の変更のため あるいは投資のため等種々の目的のために行われるのであって、それらがすべて相場操縦行為として禁止されるの ではない。証券取引法一二五条二項一号の現実の売買による相場操縦に該当するためには、その行為が﹁有価証券 市場における有価証券の売買取引を誘引する目的﹂をもりて行われなければならない。すなわち、他の者の売買取 80

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引を誘引する目的が本条項の相場操縦にとって決定的な重要性をもつ。他の者の売買取引を誘引する目的は、自己 の売買行為によって証券の市場価格が変動することそのことに関する行為者の主観の問題でもない。したがって、 証券の売買をする者がその売買取引によって相場が変動するであろうとの単なる認識は、本条項の相場操縦にとっ       ︵18︶ て不十分である。﹂  これら初期の見解を考察するに、有価証券の売買が、﹁単に投機または投資のために﹂であるとか﹁大量の証券 の売買は投資のため、持分証券の変更のためあるいは投資のため等種々の目的のために﹂行われるといった場合を 想定し、﹁大量の証券の売買は必然的に相場を変動させる効果を伴う﹂ことについての認識だけで直ちに違法行為 とするわけにはいかず、適法な売買と違法な売買の間には、一見何ら外観的な違いはないがために、その峻別のた めの唯一の基準として﹁誘引目的﹂の要件を位置付けている。  ︵一一︶ 判例の構築  昭和二三年の証券取引法制定以来、四半世紀を経てようやく、一二五条二項一号︵現一五九条二項一号︶違反の 相場操縦を捉える判例が登場した。一連の取引違反が争われた事例は、規制開始から数えて既に半世紀を超える歴 史があるが、ようやく二桁台に届くかどうかといった件数しかない。以下、﹁誘引目的﹂の解釈について争われ、 これに関し裁判所の判断が示された事例について検討していくこととする。        ︵19︶  ①協同飼料事件︵一審︶  ﹁証券取引法の目的及び同法一二五条の立法趣旨に照らせば、同条は自由公開の有価証券市場を確立するため、 本来正常な需給関係によって形成されるべき相場に作為を加える詐欺的な不正取引を禁止しようとしたものである 81

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ことが明らかであり、従って、同条二項一号後段の禁止規定のうち、﹁売買取引を誘引する目的﹂とは、市場の実 勢や売買取引の状況に関する第三者の判断を誤らせてこれらの者を市場における売買取引に誘い込む目的、すなわ ち、本来自由公開市場における需給関係ないし自由競争原理によって形成されるべき相場を人為的に変動させよう との意図のもとで善良な投資家を市場における売買取引に参加させる目的をいい、またコ連の売買取引﹂とは、 継続した誘引目的の発現と客観的に認められる複数の取引をいうと解すべきであり、更に﹁相場を変動させるべき 取引﹂とは、同号が売買取引のほかその委託、受託をも併せて禁止していることに徴し、市場価格を変動させる可 能性のある取引を広く指称すると解すべきであるところ、通常の判断力を有する一般人が、具体的場合において右 条項による禁止に触れるものであるか否かを考えること等により通常その判断にそれほどの困難を感ずることはな いと認められる。﹂       ︵20︶  ②協同飼料事件︵控訴審︶  ﹁﹁有価証券市場における有価証券の売買取引を誘引する目的﹂とは、有価証券市場における当該有価証券の売買 取引をするように第三者を誘い込む意図である。この目的は、他のいわゆる目的犯の目的と同じで、実行行為をす る動機であり、一号後段違反の罪の故意である当該有価証券の相場を変動させるべき一連の売買取引又はその委託 若しくは受託の事実の認識と相おおうものではない。⋮しかし、誘引目的というのは、二の論旨に対する判断にお いて述べたように、有価証券市場における当該有価証券の売買取引をするように第三者を誘い込む意図であって、 所論のように解すべきものではない。そして、この目的は、他の目的犯の場合と同様に、その内容であることが ら、この場合には、有価証券市場における当該有価証券の売買取引をするように第三者を誘い込むことを意識して おれば足りるのである。﹂ 82

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        ︵21︶

 ③藤田観光事件

 ﹁本来自然かつ正常な需給関係によるべき売買取引を人為的に歪めるものを排除するという見地から、右一二五 条で禁止している行為について改めて考察すると、一項の仮装売買や馴合い売買は、それ自体正常な需給関係を乱 すものであり、また、二項二号の市場操作に関する情報流布や同項三号の売買取引に当たっての虚偽表示は、不正 な内容の情報や誤った情報を与えて人為的に正常な需給関係を乱そうとするものであって、これらはいずれも、そ の行為自体が不法性を帯びているものといい得る。これらと並んで、同法一二五条二項一号は、﹁有価証券の売買 取引を誘引する目的をもって﹂﹁売買取引が繁盛であると誤解させ、又は有価証券の相場を変動させるべき一連の 有価証券の売買取引をすること﹂を禁止し、誘引目的をもってする現実の有価証券の売買取引を、自然で正常な需 給関係を乱すものとして禁止しているのである。しかし、他人の売買取引を誘引すること自体は、いかなる売買取 引にも大なり小なり伴うものであり、自然で正常な需給関係に基づく売買取引が他人の売買取引を誘引することが あったとしても、それ自体は排除されるべきことではないので、一般的に他人の売買取引を誘引するという目的が あること自体からは、同条二項一号の禁止しようとする違法な売買取引を導くことはできない。そうすると、むし ろその誘引の原因となる売買取引の状況や有価証券の相場の状況をつくり出す売買取引そのものに、自然で正常な 需給関係を乱すものとして禁止される根拠を見出すべきものと解される。そして、そうした自然で正常な需給関係 を乱す売買取引とは、人為的に売買取引が繁盛であると見せかけ、あるいは人為的に有価証券の相場を操作しよう との目的の下に行われる売買取引であるといえる。したがって、証券取引法一二五条二項一号にいう誘引目的とい うのは、その誘引という言葉自体に意味があるのではなく、それは、売買取引が繁盛であると見せるあるいは有価 証券の相場を変動させる売買取引が、意図的、目的的に行われることを抽象的に表現したものであって、人為的に 83

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売買取引が繁盛であると見せかけ、あるいは人為的に有価証券の相場を操作しようとの目的と言い換えることがで きると解される。このように解することによって、右証券取引法一二五条二項一号の禁止しようとする行為をより よく捉えられると考えられる。そして、この目的の存否は、もちろん当事者の供述からそれが明らかにできること はあるが、そうした供述によることなく、取引の動機、売買取引の態様、売買取引に付随した前後の事情等から推 測して判断することは十分可能であり、その際には、売買取引の態様が経済的合理性をもったものかどうかが、人 為的に相場を操作しようとの目的を窺わせるものとして、重要な意味を持つといえる。﹂       ︵22︶  ④協同飼料事件︵最高裁︶  ﹁証券取引法一二五条二項一号後段は、有価証券の相場を変動させるべき一連の売買取引等のすべてを違法とす るものではなく、このうち﹁有価証券市場における有価証券の売買取引を誘引する目的﹂、すなわち、人為的な操 作を加えて相場を変動させるにもかかわらず、投資者にその相場が自然の需給関係により形成されるものであると 誤認させて有価証券市場における有価証券の売買取引に誘い込む目的をもってする、相場を変動させる可能性のあ る売買取引を禁止するものと解され、また、同法一二五条三項は、同条二項の場合とは異なり、﹁有価証券市場に おける有価証券の売買取引を誘引する目的﹂をもってするものであることを要しないことは、その文言から明らか であるから、右各規定の構成要件が所論のように不明確であるとはいえない。﹂         ︵23︶  ⑤ 志村化工事件  ﹁被告人は、Bが、事情を知らない一般投資家を誘い込む目的をもって、経済的合理性に反する取引をすること により、人為的、意図的に志村化工の株価を上昇させようとしていることを十分認識した上で、自らも同様の目 的、意図をもって、同社の株券を貸すことを了承したと認定することができる。﹂ 84

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 ︵三︶﹁誘引目的﹂に重点を置く立場  ①﹁人為的な操作によって有価証券についての市場実勢や売買取引の状況につき第三者を誤認させそれらのも のを売買取引に誘い込む意図は、行為者の自白がある場合を除いては、直接に証明することができず、状況証拠か ら推認せざるを得ない。人為的な操作によって有価証券についての市場実勢や売買取引の状況につき第三者を誤認 させ、売買取引に誘い込む意図の推認は、従って、多くの場合、そのための動機、売買取引の態様および売買取引 にかかる附随的行為等によってなされることになる。⋮人為的な操作によって有価証券についての市場実勢や売買 取引の状況を誤認させて第三者を売買取引に誘い込む意図を推認させるものとして、さらに、売買取引が経済的合 理性を欠く異常なものであることが挙げられる。⋮有価証券の売買取引に関連して行なわれる人為的に有価証券の        ︵璽︶ 相場を変動させる行為もまた他の者の売買取引を誘引する目的を推認させる重要な要素である。﹂  ②﹁変動操作罪においては、目的は本罪の構成要件の客観的事実ではカバーできない別の事実を対象としてい るので、本罪は目的犯として位置づけざるを得ない。現実売買においては、客観的に当該株取引が繁盛であると誤 解を与えるような取引とか、当該株の相場変動をさせるような取引が当該構成要件の客観的事実である。投機的動 機、企業買収の動機、大株主になる動機等から特定株の大量取引が短期あるいは長期にわたり展開されることもあ る。それは原則として違法ではない。このようなケースも、右の構成要件事実としての当該株取引が繁盛であると 誤解を生むような取引として、あるいは当該株の相場を変動させるような取引として客観的に発生することが考え られる。それが高度な違法性を有するか否かは、必ずしも客観的な事実だけでは判断できない。そこでは、やはり ﹁誘引目的﹂が犯罪成否にとって決定的な役割を担うといわなければならない。⋮誘引目的については、自白でも しない限り、立証は困難であるので、客観的要件ある﹁相場を変動させるべき一連の有価証券の売買取引等﹂に異 85

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常な状況がある場合、誘引目的が推認され違法となるとする見解も主張されている。故意も誘引目的も、犯罪成立 の主観的要件事実である。これらの主観的要素も自白、補強証拠、間接証拠等によって合理的疑いを容れない程度 に立証する必要があり、単に推認することは許されない。⋮︵協同飼料事件︶控訴審判決の立場は、目的犯の目的 を認識程度に捉え、その機能を弱くしているように思われ、妥当ではない。実務家にも、目的内容の実現を意欲す る等の積極的意図までは必要なく、未必的認識で足りると解すべきであろうとする見解も見られる。本罪を目的犯       ︵25︶ として捉える以上、積極的な意図を必要とすると解すべきである。﹂  ③﹁犯罪の成否の認定に際し、主観的要素を過度に重視するのは、たしかに妥当ではない。主観的要素にたよ らずに客観的要素だけで相場操縦罪を認定しうるならば、主観的要素の存否の認定に伴う不確実性を回避すること ができ、実務における操作にも便利であろう。しかしそもそも投機や投資、会社支配権の獲得等の目的で、市場で 大量の株式売買を行なえば、相場は当然変動することになる。この場合、他の投資者がそれにつられて売買取引に 参加することは、実際上あり得るわけであり、このことを認識している場合も当然考えられる。本件控訴審判決及 び近時の学説は、誘引目的に格別の意味を認めず、第三者が取引に誘い込まれることの可能性についての単なる認 識だけでよいと解しているが、この基準からすると、右のような取引も相場操縦と認定されかねない。しかしこの ような結果を認めるべきでないことは、言うまでもない。結局、相場操縦罪の認定につき、誘引目的という主観的 要素は、ある程度重視せざるを得ないのである。その意味では、誘引目的に違法要素を認めようとする本決定の立 場も、それなりに妥当性を有するものと考えられる。もっとも、かかる誘引目的の有無は、当事者による自白がな ければ立証が困難であるので、本決定のような主観的要件を重視する立場をとる場合でも、結局は取引の動機や売 買取引の態様、売買取引に付随した前後の事情といった情況証拠からこれを推認するしかないのである。そしてこ 86

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の場合には、実際には客観的要件である変動取引自体が違法性を含む行為として評価され得るわけであるから、       ︵26︶ 体的事例への適用においては、客観的要素を重視する立場との間に、大きな差異は存しなしように思われる。﹂ 具  ︵四︶ ﹁誘引目的﹂に重点を置かない立場  ①協同飼料事件控訴審判決後に公表された証券取引審議会不公正取引特別部会の中間報告﹁相場操縦的行為禁 止規定等のあり方の検討について﹂は、﹁裁判所の最終的な考え方については、協同飼料事件の最高裁判所判決が 示されるのを待つ必要があるが、現段階では、上記高等裁判所の考え方に準拠して同規定の運用を行うのが実際的 である。⋮違法とされる取引と適法な取引とを区別する基準として、﹃誘引目的﹄の存在を強調しすぎるのは適当 でなく、その基準は、第一義的には、当該取引が﹃相場を変動させるべき取引﹄に該当するか否かによるべきもの と考えられる。﹂としたうえで、上記控訴審判決が﹁相場を変動させるべき取引﹂の具体例として示した五つのパ ターン  ・寄付き前から前日の終値より高い指値で買注文を出す  ・ザラバの気配をみて、直近の値段より高い指値買いの注文を出したり、買注文の残りの指値を高く変更する。  ・時間を追って順次指値を一円刻みに高くした買注文を出す。  ・比較的高い値段で仮装の売買をする。  ・買指値注文により株価の値下がりをくい止める売買をする にさらに  ・市場の上げにすかさず追随する買付け等を反復継続して行う手法 87

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 ・市場関与率の状況  ・一日のうち最も重要な時問帯である終値付近での関与状況  ・一日における同一銘柄の売買の反復状況 の四つを追加し、これらを併せて検討したうえで、違法な取引に当るかどうかを総合的に判断すべきであるとして  ︵27︶ いる。  ②﹁相場操縦の成否において、その客観的行為の性質によってはその違法性は認定できず、﹁誘引目的﹂の存在 によって初めて行為に違法性を帯びるという理解は、理論的には、犯罪の成否の認定に当たって主観的な要件を重 視し過ぎる結果となって妥当ではなかろう。また同決定の﹁誘引目的﹂の解釈に従うと、行為者に投資者を誤認さ せる意図があったか否かが重要な要素になりかねず、この点が強調されると、自然の需給関係により形成されるべ き相場に人為的な操作を加えるという行為を処罰することによって証券取引の公正を確保するという本来の目的と もいくらかのずれが生じてくることにもなりかねない。⋮相場操縦の構成要件は、まず﹁変動取引﹂において限定 を加えるべきである。前述のごとく、本決定は誘引目的を﹁人為的な操作を加えて相場を変動させるにもかかわら ず、投資者にその相場が自然の需給関係により形成されるものであると誤認させて有価証券市場における有価証券 の売買取引に誘い込む目的﹂と定義している。これを第一審判決の定義と比較すると、これが、﹁相場を人為的に 変動させようとの意図のもとで﹂という明らかに主観的要件としての表現を用いているのに対して、本決定は、 ﹁人為的な操作を加えて相場を変動させるにもかかわらず﹂という客観的行為を前提としているとも解しうる表現 になっている。そして右の限定された意味での﹁変動取引﹂の内容は、まさに本決定の文言にある﹁人為的な操作 を加えて相場を変動させる行為﹂ということができる。そしてその具体的態様は﹁中間報告﹂が列挙しているよう 88

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な人為的な︵通常の取引観念からみて異常な︶買付方法等である。このように本罪における﹁変動取引﹂とは、か かる高度の違法性を備えた、人為的な買付方法等を伴う取引として限定して解釈されるべきである。本罪の成否の 判断においては、やはり前出の﹁中間報告﹂が採用した手法が妥当する。そしてその指摘のごとく、取引の違法性       ︵28︶ の判断基準として﹁誘引目的﹂の存在を強調しすぎるのは適当でないのである。﹂  ③﹁株式の売買による相場操縦行為を禁止する同条項は、変動取引という客観的要素での限定に加えて、第三 者の取引を誘引する目的という主観的要件を規定して処罰範囲を適正に画定しようとしたものとの趣旨に解すべき である。⋮およそ、相当量の有価証券の売買取引を行えば、多かれ少なかれ、相場を変動させる可能性があり、そ れが投資家の判断に影響を与え、結果的に一般投資家を当該有価証券の売買取引に参加させる可能性はあるが、例 えば、企業の将来性に着目して長期投資目的で当該企業の株式を長期間にわたって徐々に買い集めた場合などは、 たとえ一連の取引の中に、協同飼料事件控訴審判決が例示している取引手法が含まれており、結果的に第三者が取 引に参入したとしても、第三者を取引に誘い込む意図がないとされることがあり得るであろう。⋮目的内容の認識 の程度については、一般の目的犯におけるのと同様に、目的内容の実現を意欲する等の積極的・確定的な意図まで は必要なく、未必的認識で足りると解すべきであろう。したがって、上場株券の変動操作においてそのような目的 が存在するというためには、行為者において、変動させるべき一連の売買取引を行うに際し、当該取引手法を取る ことにより、第三者の投資判断に影響を与え、市場における当該株券の売買取引に第三者が誘い込まれる可能性が あることを意識しておれば足り、例えば、自己が相場を人為的に変動させる一連の売買取引を行えば、結果とし て、相場の上がり下がりにより、一般投資家の投資判断に影響を与え、その売買取引等を誘うことがあることを認 識しているにすぎない場合であっても、﹁誘引目的﹂があるものとして変動操作の罪により処罰されることになる 89

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   ︵29︶ と考える。﹂ 90  ︵五︶﹁誘引目的﹂を﹁人為的操作目的﹂と読み替える立場  ﹁変動操作罪の本質は、﹁人為的操作目的﹂にあると把握するべきである。つまり、﹁誘引目的﹂という主観的要 件は、﹁人為的操作目的﹂と読み替えられるべきであると考える。通説は、相場を変動させるべき取引だけでは適 法取引との区別ができないので、そのような取引の中で、特に﹁誘引目的﹂という王観的意図をもつ取引だけを違 法とするという。しかしながら、そもそもどんな売買取引も、程度の差はあれ、結果的に他人の売買取引を誘引す るのであって、それを意図したか否かによって区別するのは無理がある。したがって、他人の売買取引を誘引する 目的があるからという理由をもって、変動操作罪としての違法性を導くことは難しい。藤田観光事件判決が﹁その 誘引という言葉自体に意味があるのではなく、それは、売買取引が繁盛であると見せあるいは有価証券の相場を変 動させる売買取引が、意図的、目的的に行なわれることを抽象的に表現したものであって、人為的に売買取引が繁 盛であると見せかけ、あるいは人為的に有価証券の相場を操作しようとの目的と言い換えることができる﹂と述べ たが、これは、﹁誘引目的﹂という言葉に込められた実質が、実は﹁人為的操作目的﹂であるという考え方を表明 したものにほかならない。⋮﹁証券市場の自由と公正の確保﹂のために、相場操縦を犯罪と捉えて規制するという 観点に立てば、相場操縦罪の成立要件として﹁人為的操作目的﹂が導かれよう。すなわち、相場操縦は、投資者の 自由で公正な意思活動や需給関係を人為的に阻害するものであり、投資者に当該証券の取引に人気が集まっている といった誤った概観と情報を与え、よって相場操縦により異常で歪められた相場が形成されてしまう。この異常性 と歪曲性は、当該証券の相場にとどまらず、証券市場全体に及ぶものである。したがって、保護法益としての﹁証

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券市場の自由と公正の確保﹂ は  、 犯罪成立要件として﹁人為的操作目的﹂        ︵30︶ を導くこととなる。﹂  ︵六︶﹁誘引目的﹂を﹁取引圧力による操作と情報動機による操作﹂から考察する立場  ﹁大量取引が証券の価格を変動させる仕組みとしては、a背後に情報が生じていると誤認させる﹁情報動機によ る操作﹂と、b一時的な需給の不均衡を生じさせる﹁取引圧力による操作﹂とがある。多くの大量取引は、両方の 効果を有するであろうが、理論的にはaのみのもの、bのみのものがあり、主観的要素としてはa、bのそれぞれ に対応する意図ないし認識が考えられる。⋮証券市場において市場価格とは別の﹁正しい価格﹂というものは確知 しえないと考えるので、取引圧力による操作を法によって一律に禁止することには反対したい。一時的な需給の不 均衡を招くような大量取引も、それ自体は投資家の需要に基づく取引である。有用な需要に基づかない取引である からといって大量取引を禁止することは、投機的な証券取引を萎縮させ、投資家を市場から遠ざけ、かえって情報 に基づいた市場価格の形成を阻害することになるのではないだろうか。  情報動機による操作とは、大量の買い注文を出すことによって、投資家の買い注文を誘い、大量の売り注文に よって投資家の売り注文を誘うように、取引の背後に未公開の重要情報が生じていると誤認させて、自己の取引に よる効果以上に、市場価格を変動させる行為である。⋮現実取引による相場操縦には﹁誘引目的﹂が要求されてい るところ、現実取引が他人を取引に誘い込む所以は、取引の背後に情報が生じていると誤認させることに他ならな いから、誘引目的には明らかに投資家を欺隔する要素が含まれているからである。誘引目的を伴った現実取引に は、悪い意図も悪い行為もあるのである。したがって、情報動機による操作を禁止するためにも、誘引目的の要件 は堅持されるべきである。情報動機による操作の性質から、誘引目的の内容について若干の示唆が得られる。情報 91

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動機による操作と取引圧力による操作との違いは、他人の証券取引を利用するか否かにある。したがって﹁誘引目 的﹂の内容も、﹁他人の証券取引を利用して自己の取引だけでは作り出せないような証券の価格変動を生じさせる 目的﹂と理解すべきである。他人の取引を誘引し利用する過程に投資家に対する詐欺性が認められるから、それで 十分であり操作者が利得する目的までは必要とされない。取引の動機としては、市場取引による利得、市場外での       ︵3 1︶ 相場の悪用、その他いかなるものでもよい。﹂  ︵七︶考察  相場操縦的行為は、通常、取引所の監視部門が、ある銘柄につき不自然な取引が行われている兆候がないかどう かを日々チェックする過程から抽出されるものであろう。したがって、一五九条二項本文および一号の文言が﹁売 買等を誘引する目的をもって﹂﹁相場を変動させるべき一連の売買等をしてはならない﹂と規定しているが、実際 上は、相場操縦を疑わせる外形を伴う不自然な取引が、まず﹁変動操作﹂に当らないかどうか、次にその取引の背 景として﹁誘引目的﹂が存しないかどうかの順に審理することになろう。  協同飼料事件一審判決は、一五九条二項一号に関して初めて裁判所の判断が示された事例であり、同条同項所定 の﹁誘引目的﹂の意義を﹁市場の実勢や売買取引の状況に関する第三者の判断を誤らせてこれらの者を市場におけ る売買取引に誘い込む目的﹂であると解するものである。この見解は、﹁相場を変動させるべき取引﹂を﹁市場価 格を変動させる可能性のある取引を広く指称する﹂とし、取引の外形面から相場操縦に当たるか否かを判断するこ とに慎重な姿勢を示しているように思える。一方、﹁誘引目的﹂については、﹁第三者の判断を誤らせて﹂という点 に示されているように、人為的な操作によって作り出された市場の姿︵相場操縦によって歪められた相場︶と真実 92

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東洋法学第52巻第2号(2009年3月) の市場の姿︵相場操縦がなければそうなっていたであろう相場︶を巧みにすり替えて、自身が作り出した人為的な 相場に他の投資者を巻き込もうとする意図をもって取引したかどうかという基準を示すものである。  一方、協同飼料事件控訴審判決は、一審判決と異なり、﹁相場を変動させるべき取引﹂を重視し、これを﹁相場 を支配する意図でする相場が変動する可能性のある一連の売買取引﹂とし、一方、﹁誘引目的﹂については、﹁有価 証券市場における当該有価証券の売買取引をするように第三者を誘い込む意図﹂と解し、この要件にほとんど限定 を加えず、特段の意味を持たせないことを意図しているようである。具体的には、﹁売買取引をするように第三者 を誘い込むことを意識しておれば足りる﹂という表現を用いて、この要件自体には、適法な取引と違法な取引の峻 別機能を特に認めないスタンスと見受けられる。  また、藤田観光事件判決は、協同飼料事件の控訴審判決後、最高裁の判断が示される前に登場してきたもので あって、一種独特な解釈を示しているようにも見えるが、見方によっては、上記協同飼料事件控訴審判決と同系統 のアプローチと言えるかもしれない。﹁他人の売買取引を誘引するという目的があること自体からは、同条二項一 号の禁止しようとする違法な売買取引を導くことはできない﹂とし、﹁その誘引という言葉自体に意味があるので はなく、それは、売買取引が繁盛であると見せるあるいは有価証券の相場を変動させる売買取引が、意図的、目的 的に行われることを抽象的に表現したもの﹂としたうえで、﹁人為的に売買取引が繁盛であると見せかけ、あるい は人為的に有価証券の相場を操作しようとの目的と言い換えることができる﹂と示していることからも、﹁誘引目 的を﹂を﹁人為的相場変動目的﹂と読み替えることによって、﹁誘引目的﹂という要件を大幅に広げ、これに何ら 特別な意味を持たせないことを明らかにしている。  協同飼料事件最高裁決定は、相場操縦事件に関して最高裁の判断が初めて示された事例である。この決定では、 93

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最高裁は、控訴審判決ではなく一審判決に近いアプローチを展開していると考えられる。﹁誘引目的﹂を﹁人為的 な操作を加えて相場を変動させるにもかかわらず、投資者にその相場が自然の需給関係により形成されるものであ ると誤認させて有価証券市場における有価証券の売買取引に誘い込む目的﹂とし、人為的に作り出された相場を本 来あるべき姿をした相場︵自然の需給関係により形成された相場︶と誤認させたうえで、投資者を取引に誘い込む 意図と解することで、一審判決と同じ方向性すなわち適法な取引と違法な取引の判断基準として﹁誘引目的﹂を重 視する姿勢を表している。その反面、﹁変動取引﹂については﹁相場を変動させる可能性のある売買取引﹂とし、 特に限定を加えることを意図していないように見受けられる。  誘引目的に重点を置かない立場は、﹁誘引目的﹂という要件が主観的なものであるゆえに、行為者の内面を他者 の目から客観的に立証することの困難さに配慮した見解と見受けられる。﹁誘引目的﹂を前記協同飼料事件控訴審 判決の言うところである﹁第三者を誘い込む意図﹂であるとか、さらに一歩進めて、﹁第三者が誘い込まれること の認識﹂とするのは行き過ぎと考えざるを得ない。ただ、同じ誘引目的に重点を置かない立場でも、﹁誘い込む意 図︵認識︶﹂と﹁誘い込まれること認識﹂の認識では、強いて言えば、第三者が、当該有価証券の取引に参加する ことを誘引することを積極的に目論んでいるのかただ単に消極的に期待︵予期、予想︶しているだけなのかの違い が感じられ、第三者による取引という言わば他人任せの色合いに寄せる期待値に温度差があると思われる。ただ、 大量の取引を行えば、価格が変動し、その結果、第三者が当該証券の取引に参加してくるであろうとの認識という のは、誘い込まれることの認識に他ならないような気がしてならない。  ﹁誘引目的﹂とは、単に漫然と第三者を当該証券の取引に誘い込むことを認識しているだけではなく、協同飼料 事件一審判決、最高裁決定で述べられているように﹁誤認させて﹂第三者を誘い込む意図と解するのが、現行法の 94

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解釈としては、妥当と考えられる。相場操縦を金商法が禁止する不公正取引の一種と捉えるならば、その過程に存 在するであろう一五七条が規定する詐欺的な要素を考慮することによって、相場操縦が極めて悪性の高い行為であ ることを認識する必要がある。﹁誘引目的﹂を﹁他人の取引を利用して自己の取引だけでは作り出せないような証 券の価格変動を生じさせる目的﹂と捉えることで、他人の取引を誘引し利用する過程に投資家に対する詐欺性が認    ︵3 2︶ められる。すなわち、第三者を当該証券の取引に巻き込むことによって、当該証券の取引量を増大させ、自己の取 引で相場を変動させることに加え、第三者の取引によりさらに相場を変動させることとの相乗効果を期待する目的 と考える。  相場操縦を巡る最近の事例では、﹁誘引目的﹂の存否について争うものが見受けられないようで、協同飼料事件 最高裁決定以降の判例の立場が、今後どの様な展開を見せるのか見守る必要がある。 四 おわりに  以上、金商法一五九条二項所定の﹁誘引目的﹂を現実取引︵一連の売買等︶との関係から概観してきたが、現行 規定の解釈としては﹁誘引目的﹂の要件は、避けて通れないものと理解せざるをえない。  アメリカの証券諸法を範に昭和二三年に我が国の証券取引法が制定されて以来、相場操縦的行為は、一五九条一 項所定の仮装売買・なれ合い売買等も含め、その存在自体は指摘されることが少なくなかったようだが、実際は、 規定を適用することの困難さ︵立証の困難さと称される︶を理由に長年に渡り規制が消極的になされてきたと考え られる。そのうち現実取引の規制については、その適用の困難さのネックとして﹁誘引目的﹂という要件が過大視 95

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されて来たように思える。﹁変動取引﹂に該当するかどうかを詳しく審理し﹁誘引目的﹂を広くとらえて深入りし ない立場には、適用の困難さを回避しようとする傾向が見受けられるが、この様な傾向は、先ず適用の困難さあり きという前提に起因しているように思われてならない。  他方、協同飼料事件最高裁判決は、﹁誘引目的﹂の要件を明らかにしたという点では評価に値するが、逆に﹁変 動取引﹂の範囲を著しく広げてしまった感をまぬかれない。  また、変動操作目的説は、相場操縦という証券市場に及ぼす悪性の極めて高い行為を外形的に捉え、実効的な規 制を促進する可能性を秘めている点で魅力的ではあるが、現行規定の解釈としては相場操縦禁止規定の立法経緯か らすると﹁誘引目的﹂の文言を大幅に読み替ることとなるため、積極的に賛同することには躊躇を覚えざるをえな い。しかし、現状よりも格段に実効性の高い規制を望むのであれば、立法論としては傾聴に値するものと思われ る。  最高裁決定のように﹁変動取引﹂の中身にほとんど立ち入らないアプローチには若干躊躇を覚えざるをえない が、一五九条二項本文所定の﹁誘引目的﹂と同条同項一号所定の﹁変動取引﹂のバランスの取れた適用、すなわち ﹁変動取引﹂に当るか否かの検討と﹁誘引目的﹂の有無の検討が相互に必要不可欠である。

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8房い。ω9害巳聾窪琶ω・窃①。鼠け一Φの力Φ豊毘g。 東京地判昭五六・二丁七判時一〇四八号工ハ四頁。その後の判例を含めても、相場操縦事件は僅かな件数しかない。 鈴木・河本前掲註︵1︶五二六頁。 鈴木竹雄・河本一郎﹃証券取引法︵新版︶﹄︵有斐閣、一九八四年︶五二六頁。 。㎝“−G 。誤︵ω轟Φα﹂。。 。ω︶﹂・①一ωΦ一蒔ぢ磐、り①曽磐ω団・§器89≦四=ω幕g 96

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東洋法学第52巻第2号(2009年3月) 認◎︵ω鼠①急OOωy ︵5︶加賀譲治﹃証券相場操縦規制論﹄︵成文堂、二〇〇二年︶二頁以下に詳細な検討。 ︵6︶黒沼悦郎﹁取引による相場操縦の悪性について﹂森本滋・川濱昇・前田雅弘編﹃企業の健全性確保と取締役の責任﹄︵有斐閣、  一九九七年︶四八OI四八一頁。 ︵7︶鈴木・河本前掲註︵1︶五三二頁。 ︵8︶松元亘﹁相場操縦の禁止について﹂﹃法学研究﹄二号一四六頁。 ︵9︶河本一郎・大武泰南﹃証券取引法読本︵第七版︶﹄︵有斐閣、二〇〇五年︶三二一二−三二四頁。誘引目的の立証には積極的な意 思の立証までは必要なく、第三者が誘い込まれることの可能性の意識︵認識︶の立証で足りるとし、誘引目的の存在を強調しすぎ  るのは適当でないと結論づけている。すなわち、誘引目的については、行為者が自分が売買を行えば他人がそれにつられて売買取 引に誘い込まれるかも知れないと認識していればそれでよいことになる。 ︵10︶最決平六・七・二〇判時一五〇七号五一頁。 ︵n︶い○ωω準讐o 。鰹−○ 。日加賀前掲註︵5︶一一頁以下。 ︵12︶O・〆田目茸霊躍Φ<・・村什あ8鼠虹①ω幻①磯巳器89ω①ωきαζ弩言一ω刈○叉“民3NO。斜y ︵13︶↓ぎ日器9Φ缶爲ΦP日ぎ鍔≦9ω①窪葺一8認胆一呂8$㎝68︵ω艮$一〇8y黒沼悦郎前掲註︵6︶四八O頁。U麩箆r 評9①ぺ即穿・B曽ωUΦ①浮NΦ目ωΦ。霞置①ω力①讐算一9お乗㎝9$H8①︶■ ︵14︶堀口亘﹁相場操縦と安定操作﹂﹃証券取引法大系︵河本一郎先生還暦記念︶﹄︵商事法務、一九八六年︶四九一−四九二頁。 ︵15︶河本・大武前掲註︵9︶。 黒川弘務﹁相場操縦罪︵変動操作︶における誘引目的および変動取引の意義﹂﹃商事法務﹄一三四二 号一五頁は、誘引目的の立証の困難さではなく、厳正な調査能力・権限を有する監視機構が過去には存在しなかったこと等を摘発  が稀であったことの理由として挙げている。 ︵16︶鈴木・河本前掲註︵1︶五三一頁。なお、同著五三一−五三二頁は、誘引目的を違法行為と適法行為を分つ基準としながら も、もう一つの要件である変動取引について、﹁しかも、二項一号の行為については、もう一つ目的の存在が必要である。すなわ 97

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ち、同号によれば、﹁当該有価証券の売買取引が繁盛であると誤解させ、又はその相場を変動させるべき﹂ものでなければ、相場 操縦にならない。この二つの目的の立証は、きわめて困難であるといわれる。なぜなら、﹁およそ取引所の市場で千株でも二千株  でも買えば、予期すると予期しないとにかかわらず、その結果として相場を昂騰せしめることに貢献する。そうではなく、初めか ら相場を昂騰させる目的で買って出たものであることの確証をつかむことは至難である﹂からである。そして、自己が当該有価証 券を買付ければ、その結果としてその証券の値が上がり、ひいては売買取引を誘引するであろうことを行為者が知っていても、そ れだけで直ちに違法と断定することは、できないであろう。結局、米国で従来違法とされてきたような事例に示されているよう  に、取引方法に通常の取引観念から考えて異常と思われるような要素がある場合に、その一連の行為が違法性を帯びるというほか ないと思われる。﹂としており、誘引目的と変動取引という二つの要件をあまり明確に区別することなく捉えているようである。 ︵17︶松元前掲註︵8︶一四六頁。 ︵18︶神崎克郎﹁相場操縦の規制︵上︶﹂﹃商事法務﹄四七七号八頁。 ︵19︶東京地判昭五九・七二三判時一二二八号二五頁。 ︵20︶東京高判昭六三・七・二六判時一三〇五号五二頁。 ︵21︶東京地判平五・五・一九判タ八一七号二二一頁。 ︵22︶最決平六・七・二〇判時一五〇七号五一頁。 ︵23︶東京地判平一五・一一・一一判時一八五〇号一五一頁。 ︵24︶神崎克郎﹁現実取引による相場操縦﹂﹃法曹時報﹄四四巻三号一三−一五頁。 ︵25︶神山敏雄﹁株価操作︵相場操縦︶罪及び相場変動目的の風説流布罪についての考察﹂﹃判時﹄一六三五号二四頁。 ︵26︶藩阿憲﹁現実取引による相場操縦罪の構成要件と身分犯性﹂﹃ジュリスト﹄二三〇号二一六−ニモ頁。 ︵27︶証券取引審議会不公正取引特別部会﹁相場操縦的行為禁止規定等のあり方の検討について﹂﹃商事法務﹄一二七五号三五頁。 ︵28︶芝原邦逓﹁協同飼料相場操縦事件最高裁決定﹂﹃ジュリスト﹄一〇六三号六五頁。 ︵29︶黒川前掲註︵15︶一四−一五頁。 98

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︵30︶加賀前掲註︵5︶二五六−二五七頁。 ︵3 1︶黒沼前掲註︵6︶五〇九−五一二頁。 ︵32︶黒沼前掲註︵6︶五一二頁。 1ほりぐち まさる・法学部准教授1 99

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