高等学校における評論文読解の熟達に関する研究 : 学習者の読解ルールの実態把握
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(2) はじめに. 学習者の文章理解には、しばしば独特の傾向が観察される。例えば、 テキストには書かれていない教訓的メッセージを読み取ってしまうこと などである。そこには、文章を読むという行為についての学習者独自の 理解が関係しているように感じる。それは過去の学習や経験をとおして 獲得されたものであろう。それが読みを規定するものとして作用してい ると思われるのである。. 小学校、中学校で学習してきた説明的文章と高等学校で学習する評論 文とは似ているようで異なる点が多々ある。評論文も説明的文章のカテ ゴリーに含まれるが、ひとくちに説明的文章と言っても多様であり、例 えば論説文は「書き手の見解・主張を読み手にわからせ、読み手を説得 するために」(野地潤家編『国語科重要用語300の基礎知識』、明治図 書、i981,p.115)書かれた文章であり、評論文はrある事柄に対する 書き手個人の批評、評価に、読み手の納得、共感を得ようとして」(前掲 書)書かれたものとされる。論述の姿勢が異なるのである。したがって、. 文章構成をはじめ論述の仕方にも自ずと違いが生じることになる(もち ろん、今述べた論説文、評論文の説明はあまりにも単純過ぎるものであ り、実際の文章は一層多様である)。. 高等学校以前の説明的文章の学習で扱った教材が、例えば書き手の明 確な主張を含むものであることが多く、授業でもその主張を読み取るこ とが強調されれば、学習者は説明的文章には主張が書かれているものと する理解を構成するかもしれない。そして、説明的文章を読むことは書 き手の主張を読み取ることだと理解するかもしれない。そのようにして 獲得した理解で、r主張」ではなくr批評、評価」を、r説得」的にでは なくr共感を得」ようとして述べた評論文を読んだとしたらどうだろう か。主張のないところに主張を読み取り、説得性のないところに説得性 を感じたりしないだろうか。. 理科や算数などの教科では、生活経験から獲得した知識、概念である 素朴概念に着目した研究が進められている。文章理解においても同様に 素朴概念のようなものの作用を考える必要があるのではないだろうか。 本論文は、学習者が読書体験や学校での学習から獲得した文書を読む ことに関する知識、概念を「読解ルール」と呼んで、高校生の評論文読.
(3) 解において、推論、解釈あるいは方略の選択や使用に一定の規制を加え ると考えられる「読解ルール」の実態を把握することを目的とする。 読解ルールが作用する仕組みとその構造を明らかにすることによっ て、文章をうまく理解することができない要因が明確になり、評論文読 解の熟達を図るために何について働きかければよいのか、どう働きかけ ればよいのかということを考えることが可能になるはずである。 第1章では、素朴概念とその先行研究について検討する。まず、第1 節において、素朴概念に関する先行研究によって、文章理解との関連か ら素朴概念の変容を図るための視点について考察する。次に第2節では、 学校教育によって学習された文章を読むことに関する概念にはどのよう なものがあるのか明らかにする。続いて第3節では、読解ルールが文章 理解のどの局面でどのように作用するかを明らかにするために、一般的、 日常的な読書における文章理解がどのような心理的処理によっておこな われているのか概観する。. 第2章では、学習者の評論文読解の過程を分析し、学習者の読みを類 型化する。そのうえで、学習者がどのような読解ルールに基づいて文章 理解をおこなっているのか考察する。第1節では、データを収集するた めの授業の計画やねらいについて明らかにする。第2節では、文章理解 におけるトップダウン処理とボトムアップ処理の傾向の違いとテーマの 理解との相関を明らかにする。第3節では、学習者の文章理解過程を類 型化し、そこで作用する読解ルール「結論らしさ」について考察する。 第3章では、学習者の文章理解過程を読解のルール・システムとして とらえ直す。そのうえで、ルール・システムの中核に位置づけられる「結. 論らしさ」の概念構造について検討する。まず、第1節において、類型 化した学習者の読みを問題解決の枠組みを使ってル』ル・システムとし てとらえ直す。次に、第2節では、類型毎の「結論らしさ」の概念構造 について記述を試みる。さらに、第一3節では、学習者へのアンケート調 査によって、「結論らしさ」が本当に支配的に作用しているか検討する。. 加えて、第2節で記述した概念構造の修正もおこなう。 本研究の最終的な目的は、高校生の評論文読解の熟達を図るための手 立てを明らかにすることである。本論文は、そのような最終目標を念頭 において、まずその第1段階として、「読解ルール」の実態把握を試みた ものである。.
(4) 目次. 1.先行研究の検討と本研究の目的.....、、..........、.、........................、.......1. 1.1.学習者の概念形成に関する心理学的研究、......................、..........2. 1.1.1、学習者が生活体験から獲得する概念...、....、......................,....2 1.1.2.素朴概念に着目した先行研究........................、...、........、...、...4. 1.1.3.国語科教育に関連した素朴概念の研究と課題.............、.........7 1.2.学校教育によって学習された概念.....................、.、、、..................10. 1.3.一般的読者の文章理解に関する心理学的研究...、.....、...............11 1.3.1.文章理解における「文脈」の必要性........、..、..............、、.....、...11. 1,3.2.文章理解における「文脈」の利用一推論とスキーマー..、、、.......13 1,3,3.文脈はどのようにとらえられるか一マクロ構造モデルー...、........17. 1.3.4.文脈情報が不十分な場合の文章理解一構築一統合モデルー20 1.4.本研究の目的.......、、、、..........、.,..、、..........、.....、、..、......、、.......、.、...22. 2.学習者の読みの類型化による読解ルールの把握.....、.....、............、.、...24 2.1.データの収集.............、..........、、........、....、...一.、.、..................、、、.、.24. 2,1.1.課題テキストの選定..、、、.、.................、.....、..、..、、..........、.........24. 2.1.2.授業の計画....、................、........、.....................................28. 2,2.データ分析と考察一学習者の読みの傾向一...、..、.......、.............29. 2.2.1.テーマ選択と根拠のカテゴリ』間の関連の分析......、、............、30 2.2.2.重要ととらえた箇所とテーマ選択との関連........................、..、.33. 2,3.学習者の読みの検討と類型化.、...............、.、、.........、...............、、.35.
(5) 3.読解のルール・システム、、.......、..、........................、.....1、、.. 、.43. 3.1.規範としてのr結論らしさ」.........................、.....、、、、、.、...、 .、44. 3.2.「結論らしさ」の構造........................、.....、、.、、.........、.................49. 3.2.1.「結論らしさ」を構成するスロット....................... ..49 3.2.2.類型1の「結論らしさ」の構造..............................、二. .51. 3.2.3.類型2のr結論らしさ」の構造..................、、.、........... .52. 3.2.4.類型3の「結論らしさ」の構造....................、..、.、、...... .53. 3.3.学習者の読みの類型の検討............................... ..54 3,3.1.反証のための仮説の設定...............、..............、 .55. 3.3,2.評論文の「結論」に関する意識調査....................... .56. 3.3,3.r結論を見つけるために重視すること」に関する検討 .57 3.3,4、結論の「表現」「記述位置」に関する検討............. .67. 3.3.5.評論文の「結論の有無」に関する回答の検討.......... .70 3.3.6.「結論らしさ」の構造の修正.......、.......... .... .71 3,4、成果と今後の課題..、..................................1..... 、72. 3.4.1.本研究の成果......、.....、..、................................ .....72. 3.4.2.今後の課題...............................、.、.................... .75. 【引用・参考文献】 【資料】.
(6) 1.先行研究の検討と本研究の目的 本研究は二高校生(以下、学習者と呼ぶ)の文章理解において、推論、. 解釈あるいは方略の選択や使用に一定の規制を加えるF読解ルール」1の 実態を把握することを目的とする。 読解ルールは、学習者の日常的な読書経験から獲得された概念と、学 校教育の場で学習された概念とで構成されていると考えられる。これら のうち、日常的な読書経験から獲得された概念は、素朴概念(naiVe conception)2に位置づけられる。教育心理学や教授学習心理学の分野で は理科や算数を対象とする素朴概念研究が盛んである。素朴概念は科学 法則や数学的概念の理解を阻害するものとして認識されているからであ る。科学的に思考することや数学的に思考することと並んで、文章を理 解することもまた高度な思考を伴った行為である。とすれば、文章理解 にも素朴概念が何らかの影響を与えているはずである。 そこで、まず第1節において、素朴概念とは何かを理解するために・、 素朴概念に関する心理学的研究を概観する。まず、素朴概念とはいかな るもので、これまでどのように教育心理学や教授学習心理学の分野で研 究されてきたのか明らかにする。そして、素朴概念を構成要素とする読 解ルールが備えているだろう性質、概念の変容を図るための視点、さら に読解ルールをとらえるために必要なことについて考察する。 次に第2節では、学校教育によって学習された、r文章を読むこと」 に関する概念にはどのようなものがあるのか明らかにする。これも読解 ルールを構成する要素と考えられるからである。本研究で対象とするの は評論文読解であるので、説明的文章に関する先行研究に絞って検討す る。. 続いて第3節では、一般的、日常的な読書における文章理解がどのよ うな心理的処理によっておこなわれているのか概観する。それは読解ル ールが、文章理解のどの局面で、どのように作用するかということを明 らかにするために、人間の文章理解がどのようにおこなわれているのか 理解しておく必要があるからである。認知心理学の研究成果を中心に、. 1論者による造語。 2科学的概念に至る前段階という意味合いのもの。 1.
(7) 人が文章を理解する仕組みについて明らかにする。. 最後に第4節では、本研究の目的である読解ルールの実態把握をどの ようにおこなうかということを明らかにし、読解ルールを把握すること の意義を論じる。. 1.1.学習者の概念形成に関する心理学的研究 本節では、学習者の素朴概念に着目した先行研究について概観する。 テキストを読むという行為にも何らかの素朴概念が関係しているはずで ある。それは、素朴概念としてとらえられるような、経験から獲得され ながらも誤りや偏りを伴う概念が読解ルールを構成する要素だと考えら れるからである。素朴概念が読解ルールの構成要素であるならば、読解 ルールそのものにも素朴概念の備えている性質が反映されるはずである。 まず、次項において素朴概念はどのようなものか概略を記す。 1.1.1.学習者が生活体験から獲得する概念. 一般に人間は既に獲得している知識に新しい情報を結びつけ、再構成 することによって新たな知識、概念を獲得していくと考えられている。 学校で学ぶ児童生徒も同様である。児童生徒は、学校で学ぶ以前に、そ れまでの生活経験から自然現象などの身の周りの様々な事象に関する自 分なりの知識を持っている。そのような知識はもっとも広く知られた術 語として素朴概念と呼ばれている。 心理学において素朴概念という術語が使用される以前から、ヴィゴツ キー(1934)3は、それをr生活的概念」と呼んで学校教育で教授する r科学的概念」と区別した。そして、r科学的概念」によってr生活的概 念」をより高い水準に組み替えることを概念発達ととらえた。 素朴概念は限られた生活経験から学習者自身によって帰納的に獲得さ れる。したがって、「科学的概念」と比較した場合、誤りや限界、偏りを 持ったものになることが多い。しかも、自然に獲得するものであるため、 概念自体が自覚されていない。. しかしながら、素朴概念は学習者の生活という限定された状況におい ては、十分に利用可能な知識である。学習者は学校教育でr科学的概念」 3ヴィゴツキー『思考と言語』、!934(柴田義松訳『新訳版思考と言語』、新読書杜、2001 を参考にした).
(8) を学ぶ以前から、自身の素朴概念によって世界をとらえ、理解し、働き かけをおこなってきたのである。. この素朴概念は、教育心理学や認知心理学などの分野では「前概念 (preconception)」4、「誤概念(misconception)」5、「代替概念 (a1temative conception)」6、「インフォーマルな知識」7、「素朴理 論(naivetheory)」8、「ル・バー(ru)」9などと呼ばれている1o。. 素朴概念は誤りや限界などを持つものではあるが、だからと言って否 定し、捨て去るのではなく、素朴概念を土台として、その修正を図るこ とによって概念発達を促すという視点が重視されている。学習者がすで に獲得している素朴概念がどのようなものであるか理解し、それへの効 果的な働きかけによって概念の変容を促そうとするのである。 しかしながら、限定的とはいえ、学習者にとって自身の生活実感に根 ざし、十分有効な知識として活用レてきた素朴概念を変容させることは 簡単ではない。つまり、「科学的概念」を教えさえすれば良いという単純 な話にはならないのである。新しく獲得した「科学的概念」と素朴概念 が同じ事象に関するものとして結びつかなければ、たとえ「科学的概念」. 自体が学習者に理解されたとしても、一方で修正するはずだった素朴概 念も学習者の中に元のままの状態で残り、生活の中で利用されることに なる。. 読解ルールもまた、学習者の読書経験によって体験的に形成されたり、 学校教育において段階的に習得されたりして、誤りや有効範囲の狭さと いう面はあるものの、文章理解において利用されているものである。そ して単純に読み方や方略を教えるだけでは容易に変容しないという面を 持っと思われる。. したがって、読解ルールに着目し、その変容によって熟達を図るため. 4 丁素朴概念」と同様に科学的概念に至る前段階という意味合いを強調したもの。 5科学的概念と比較すると間違いであるという意味合いを強調したもの。 6概念としてのある程度の妥当性を認める意味合いを強調したもの。 7科学的概念の内容に関する正式ではない知識であることを示したもの。 8体制化された知識の集合であることを強調したもの。 9概念の機能としての法具1」(ルール)性を強調したもの。. 10これらの呼び方の違いは、学習者の獲得している概念をr科学的概念」に対してどのよう に位置づけるかという立場の違いを反映している。本論では、そうした違いは理解したうえで、 特に必要がない限り、素朴概念という術語を用いる。.
(9) には、有効で具体的な方法についての検討が不可欠である。次項では、 そのような視点で素朴概念と向き合った先行研究について検討する。 1.1.2.素朴概念に着目した先行研究. では、どのようにすれば素朴概念の変容を促すことができるのだろう か。日本では、素朴概念の変容に効果的な手立てを探る試みは比較的早 い時期から始められている。. 認知心理学において学習者の素朴概念が注目を集めるようになるのは 1980年代に入ってからであるが、日本においては1960年代にはすでに 「ル・バー」という用語が作られていた11。「ル・バー」は素朴概念のル ール性、法則性を強調した術語である。細谷純は、科学的ルールと事例、. 例外例をどのように組み合わせて教授すれば学習者の「ル・バー」の変 容に効果的かについて、実践的研究をおこなった。細谷(1976)12は、 学習者の「ル・バー」について研究することの必要性を次のように述べ ている。. 子どもたちが、これから学ぼうとする事柄に対して、過去にどん な経験からどんなことを、どんな風に学んでしまっているのか、 ということが、具体的に知られなければならない。子どもにとっ ての経験は、大別すれば、先行する学年での授業を通しての教育 経験と、授業外での生活経験とであろうが、豊かな問題解決や問 題創造のためのルール・システムを獲得しようとしている際に必 要なことは、子どもたちが過去の経験から、すでに、あるいはい まだに、どんな先入見、どんな判断基準、つまりは、どんな子ど もなりのルール・システムを持っているかさぐり出すことであろ (※下線は論者による). う. 細谷は、学習者が問題解決に用いる不完全なルール・システムとして 「ル・バー」を位置づけた。この細谷の言説からは、学習のひとつの側 11ユ963年に国立教育研究所(現在の国立教育政策研究所)の永野重史、新田論義、細谷純の 研究グループが考案した。 12 (初出〕細谷純r認識のつまずきと認識の発展」、わかる授業、1976・8−9,p.131−132. 細谷純『教科学習の心理学』中央法規、1996にも掲載されている。. 4.
(10) 面として、学習者の不完全なルール・システムの変容を重視する姿勢を 読み取ることができる。そしてそのためには、まず「どんな子どもなり のルール・システムを持っているかさぐり出すこと」が必要なのである。. 細谷の研究は、極地方式研究会13とともに進められた。細谷は学習者 の誤答に注目して、なぜそのような誤答が生じたのか追求し、学習者の 中にある「ル・バ」」を見いだした。そして、学習者に対して「ル・バ ー」では説明できない事例を示して、「ル・バー」の誤りを明確に意識さ せることでrル・バー」の変容を促す実践的研究(ドヒャー型ストラテ ジー14の効果検証)や、rル・バー」の部分的な有効性を認めつつ、一方 で科学的なルールの使用習慣を強めながら「ル・バー」を修正していく15 実践的研究(じわじわ型ストラテジ]の効果検証)、さらにそれらを組み 合わせた方法の検討によって、「ル・バー」変容のための効果的な方法を 探った。. 細谷の研究の特徴のひとつは、学習者に「ル・バー」を自覚させるこ とである。素朴概念は学習者に自覚されていないことが多い。細谷の手 法は学習者にrル・バー」の誤りや限界を自覚させることで、それらを 修正させ、より適切な概念の形成を促そうとするものであった。そして もうひとつは、学習者の「ル・バー」への確信度を考慮したストラテジ ーを見いだしたことである。. また近年では、細谷らとは別に、吉田甫が算数を中心に「インフォー マルな知識」の把握に努め、その修正によって分数や割合の理解促進に 一定の効果を上げている。吉田(2009)16によれば、分数や割合の計算 において誤りを犯す学習者のほとんどは「インフォーマルな知識」に基 づいて思考し、その思考は学習者独自のルールにしたがうという点で一 貫したものだという。分数の計算が苦手な学習者の誤答を調べた結果、 その誤答の導かれ方には法則性があり、その法則性を生み出しているの が「インフォーマルな知識」であることが指摘されている。 13高橋金三郎、細谷純らが結成した授業研究会。宮城県仙台市を中心に活動した。対象とし た教科は主に理科、社会である。. 14このrストラテジー」は教師の教授方略のことである。rじわじわ型ストラテジー」も同様。 15 rル・バー」を確信する度合いが強い場合、rドヒャー型ストラテジーを用いると、示した 事例が学習者には自分のrル・バー」とは別事象のものと受け取られてしまう。 16吉田甫r子どもの論理と教科の論理からの介入 一分数と割合一」(吉田甫/エリック・デ ィコルテ編著『子どもの論理を活かす授業づくり デザイン実験の教育実践心理学』北大路書 房、2009所収). 5.
(11) 学習者は闇雲に思考しているのではなく、自分の理解の範囲内で獲得 したルールに基づいて思考している。したがって、そのルール自体を修 正すれば正しい答えを導くことが可能になる。 とはいえ、ルール自体は複数の概念を組み合わせて構成されている。 たとえば、分数の場合には分数の概念、整数の概念、大小の概念、全体 の概念、分割の概念などが複合的に用いられる形でルールが成立してい る。そのどれが「インフォーマルな知識」として獲得されているかとい うことを突き止めなければ、効果的な指導を検討することはできない。 吉田の研究は、学習者のルールとしての概念体系をより詳細に分析し、 授業者に対して変容を促すべきポイントを明確に示したものである。 細谷、吉田らの研究から、学習者が獲得している「ル・バー」あるい は「インフォーマルな知識」と呼ばれる概念が、学習者の問題解決過程 や推論過程の成否に根本的な影響を及ぼしていることを知ることができ る。そして、素朴概念の変容を促すためには、およそ次のようなことが 必要だと考えられる17.. 1.学習肴の思考の過程をルール・システムとしてとらえること 2.学習者自身に自分の持つ素朴概念の誤りを自覚させること 3.学習者の思考に影響している素朴概念を特定すること 文章理解においても、学習者の文章理解を規定する読解ルールをとら えること、その構成要素のうちで文章理解を阻害する要因となっている 概念を特定すること、そしてその意識化によって変容を促すことが考え られなければならないだろう。. では、その読解ルールやそれを構成する概念とは具体的にどのような ものなのか。この疑問に答えられる知見はあまりない。このような研究 は、算数や理科の分野では一定の成果を上げている一方、国語の分野で はほとんど研究されていないのが実情である。したがって、国語の分野 でもそれらについて探る試みには意義があろう。 次項では、国語に関連する素朴概念に触れていると思われる数少ない 研究について触れ、読解ルールをとらえるために必要なことは何かとい うことを考察する。 17説明の都合上、上記のような順序で示したが、実際は学習者の思考の過程をルール・シス テムとしてとらえたうえで、その要素となる素朴概念を特定し、その誤りを自覚させるという 順序になるだろう。.
(12) 1.1.3.国語科教育に関連した素朴概念の研究と課題. まず、国語に関連した素朴概念の研究事例として、文法事項に関する ものを紹介する。. 麻柄啓一らによる『学習者の誤った知識をどう修正するか ル・バー 修正ストラテジーの研究』(東北大学出版会、2006)には理科、算数、 社会、国語における「学習者の誤った知識」の例として一覧表の形で33 例が紹介されているが一、その中で、国語に関するものはわずか3例だけ である。.しかもその全てが文法理解に関するものである。 たとえば、そのひとつに、「動詞は動作を表す単語である。『マラソン』、. 『懸垂』は動詞。『休む』、『怠ける』は動詞ではない」という小学校6. 年生の事例が紹介されている。中学校で国文法を学ぶ以前にすでにこの ような理解が成立しているのである。「動詞は動作を表す単語である」と いうルールにのみ照らせば、特に矛盾のない理解である。 しかし、国文法の動詞の定義18には「ものごとの動作・作用・存在な どを表す単語」に加えて「終止形はウ段の音になる」「述語になる」「活 用する」などの動詞の特性が含まれている。この事例の場合は、獲得し たルールが動詞の特性の一部にだけ基づいてできあがっている点に問題 がある。さらに、「動作」というものをどのように理解しているかという ことや、単語をどのようなカテゴリーで分類し、理解しているかという ことも影響しているだろう。. 算数や理科は、明確な公式や定理を教科内容としている。そのような 教科であれば、公式や定理の記述と学習者の理解を照合すれば、どのよ うな素朴概念を持っているか把握しやすい。国語の場合、文法は体系の 整った規則として説明可能であるから、文法の理解については文法規則 にそぐわない学習者の概念を見いだしやすいと言えよう。 このように、学習者の素朴概念を見つけ出すためには、それと照合す るための科学的概念に基づくルー一ル・システムが必要である。文法理解 一よりもより高次の認知活動である文章理解の場合は、ルール・システム 自体が複雑であるうえに未解決の問題もあるため、素朴概念の正確、詳 細な把握はより困難である。. そのような状況があるなかで、文章理解に関連した研究を試みた立木 18田近洵一編著『シグマベストくわしい国文法中学1∼3年』文英堂、1993を参考にした。.
(13) 微の研究と舛田弘子の研究がある。. 立木(1992)19は、文学作品においてその結末がどうであったかとい うことが、読み手の登場人物評価に影響することを実験によって確かめ た。その結果、文章によっては、文章理解は結末からの影響を強く受け る場合もあることが分かった。. 立木は文学的文章の場合、幸福な結末になる場合と不幸な結末になる 場合では、登場人物の行動や性格の評価が変わるのではないかという仮 説を立てた。そして、太宰治の「走れメロス」の結末を不幸な終わり方 に書き換えたテキスト20を・用意して、被験者に読ませ、主人公の行動や 性格がどう評価されるか調べた。結果として、一般に、「正義感が強く、 誠実で友情に厚い」と評価されるはずのメロスの性格は、「無計画、自己 中心的で他人に甘えがある」性格と評価される傾向が見られたのである。 立木はこのような傾向を「結果論的受けとめ」と呼んでいる。そして、. 「登場人物の取った行動や性格が好ましいものであったかどうかは、そ の行動を取るに至った動機や状況判断の適切さを十分考えて評価すべき であるし、登場人物の性格は結果によって変化するはずがない」として、 r結果論的受けとめ」による解釈は適切ではないと述べている。 では、「結果論的受けとめ」はどのような読解ルールによって生み出 されるのだろうか。立木の研究は「結果論的受けとめ」という傾向の存 在は明らかにしたが、上記の疑問に答えるものではない。前節の細谷、 吉田の議論をふまえれば、「結果論的受けとめ」が適切なものではないと いうことを学習者に教えるだけでは、そのような傾向を改めることはで きないと思われる。課題は、それがどのような読解ルールによるものな のかということを明らかにすることである。 読解ルールに相当すると思われるものを追求している研究として舛田 (2009.2010.2011)がある。舛田(2009)21は、説明的文章を用いた 実験で、大学生でもテキストの記述とかけ離れた道徳的な文章理解をし てしまう傾向が広く認められることを報告している。 舛田は、一文章理解に用いられたステレオタイプや道徳・教訓的な観点 19立木徹r文学作品における“結果論的受けとめ”について」、『読書科学』36.1992,pp.1−10 20登場人物の名前は変えてある。(メロス→ダモス、セリヌンティウス→ピンチアーヌス). 21舛田弘子「説明的文章の読解における道徳的読解スキーマ(MRS)活性化の文章依存性に ついて」、『教授学習心理学研究』5.2009,pp.1−10.
(14) をr道徳的読解スキーマ(Mora1ReaaingSchema):MRS」と呼んでい る。この読解傾向については不明な点も多いが、文章全体の理解が困難 な場合22に一「道徳的読解スキ』マ」が活性化すると考えられた。. 舛田(2010)23では、道徳的読解が生じることの読み手側の要因を探 っている。読み手の用いた読解ストラテジーに注目し、「道徳的読解スキ ーマ」による読み取りが認められる読み手は、「自分の知識や自分なりの 理解に関する読解ストラテジーをより利用する傾向が認められる」と結 論づけている。「道徳的読解スキーマ」は、読み手に上記のような読解ス トラテジーを選択させる枠組みとして機能している。つまり、読解ルー ルとして機能していると考えられる。 なお、舛田(2011)24では、「道徳的読解スキーマ」を活性化する読み 手側の要因として「結論には文章から学べることを書くべき」という意 識、あるいは「教訓を読み取れること」が良い結論の条件であるととら えられていることを挙げている。これは、読み手が「結論」に対して独 特な理解を形成していることを示している。 テキスト。全体を一貫性のある内容のものとして理解しようとする文 章理解過程では、「結果論的受けとめ」や「道徳的読解スキーマ」の影響 を受けた読解のように、何らかの認知的な癖が働いていると考えられる。 この認知的な癖は、文章を読むことに関連する学習者の素朴概念などに 基づいた何らかのルール・システム、つまり読解ルールによって生み出 されたものである可能性がある。. 文章理解における素朴概念の研究には、立木の研究のように、読み手 の特徴的な読解傾向をとらえる段階があり、さらに舛田の研究のように、 その背景でどのような読解ルールが作用しているかを探る段階がある。 舛。田は読み手の読解傾向の背後に潜む読解ル』ルを探るために、文章理 解に関する心理学的研究の知見を応用している。読み手の読解ルーノレに ついて検討するためには、人間の文章理解の仕組みに関する心理学的な. 22舛田は、デ」タ不足を理由に断言を避けているものの、道徳的読解の要因として、文章構 造が把握しにくいことや語句の意味を把握しにくいことなど、テキスト側の要因を可能性とし て挙げている。. 23舛田弘子『道徳的読解スキーマ(MRS)に影響を受けた読解と読解ストラテジーとの関連 について=説明的文章を題材に」、『札幌学院大学人文学会紀要』87.2010,pp.53・66. 24舛田弘子「道徳的読解スキーマ(MRS)に影響を受けた読解の生起に関連する要因の検討 一説明的耳章の結論に対する適切性判断を対象に一」・『教授学習心理学研究』7・2011・pp・1・11. 9.
(15) 知見を理解しておく必要があるからである(この点については第3節で ふれる)。. ここまで、読解ルールを構成すると考えられる素朴概念についての先 行研究をふまえて、読解ルールが備えているだろう性質、概念の変容を 図るための視点、さらに読解ルールをとらえるために必要なことなどに ついて議論してきた。. 次節では、読解ルールのもうひとつの構成要素として考えられる学校 教育によって学習された概念について明らかにする。. 1.2.学校教育によって学習された概念 本節では、読解ルールの構成要素として考えられるものとして、学校 教育によって学習された概念について明らかにする。その前に、「幸善さ れた概念」と表現したことについて補足する。. 第1節ではヴィゴツキーに触れ、学校教育で教養手る概念をr科学的 概念」と呼んだことを述べた。ここで「学習された」と表現したのは、 教授する側の意識としては「科学的概念」を獲得させようとしているの かもしれないが、実際に学習されたものは「科学的概念」と同じにはな らないことがある、ということを意図したものである。そもそも理科な どの教科とは違って、国語では読むことに関する「科学的概念」なるも のが明確にはなっていないのではないだろうか。. では、あまり多くを挙げることはできなかったが、説明的文章に関わ るものに絞って、学校教育によって学習された概念と考えられるものを 示す。. まず、岩永正史(1994ほか)25、声学(2004)26によれば、教材とし て説明的文章に触れる中で、説明的文章の構造に関する理解がスキ」マ として獲得されていくことが指摘されている。特に岩永は、就学前の読 書体験をべ]スとして、その後小学校で説明的文章に触れる中で、児童 が文章構造に関する理解を獲得していく過程について報告している。説 明的文章といっても、そのカテゴリーに分類される文種は多様である。 r説明文」r解説文」r報道卒」r記録文」r報告文」r論説文」r評論」な 25岩永正史「児童説明文スキーマの発達から早た入門期説明文教材検討の試み」・・・…r山 梨大學教育學部研究報告第一分冊人文社会科学』44,pp.280−287ほか 26声学『説明文理解の心理学』、北大路書房、2004. 10.
(16) どの類別がある。岩永の研究では、異なる文種に触れることで、文章構 造に関するスキーマが変容していくと説明されている。 また、長崎秀昭(1998)27はr段落意識」についての研究を発表して いる。「段落意識」とは、段落を認定する論理であると説明されている。 つまり、文章をまとまりとしてとらえる基準的意識である。この「段落 意識」は小学生の場合、高学年になるにつれてはっきりしてくること、 さらに一段落を認定する基準として、「まとめは最後にある」「最後は全体. のまとめ」などの文章構造に関する知識が利用されていると考えられる ことなどが報告されている。さらに、長崎(2011)28では、説明的文章 で多用される文末表現「のです」が典型的な統括的表現として理解され ていることも報告されている。. このように、学校教育において多くの説明的文章に触れる中で、典型 的な説明的文章とはどのようなものかという理解が獲得されていること が例える。そして、それが説明的文章を読む際に、判断の基準として利 用されているわけである。. 1.3.一般的読者の文章理解に関する心理学的研究 本節では、第1節の最後に触れたように、文章理解に関する心理学的 研究が取り扱ってきたものの中で、学習者の読解ルールを把握するため に特に必要と思われる事項について概観する。. 読解ルールを把握するためには、学習者の文章理解過程を読み解き、 復元することが不可欠である。そしてそれには、文章理解に関する心理 学研究の知見を理解しておくことが必要である。. 人間の言語情報処理は大きく分けると次の3つの段階で考えられて いる。それは、単語認知過程、文解析過程、文章理解過程である。本節 では主に文章理解過程に焦点をあてる。 1.3,1.文章理解における「文脈」の必要性 文章理解が単文の理解と異なる点は、「文脈(ConteXt)」を意識せざる. をえないということにある。文脈とは、r解釈の枠組みを与え、解釈に制 27長崎秀昭「小学生の段落意識に関する一考察」、『学芸国語教育研究』16.1998,pp.52−71 28長崎秀昭「説明的文章教材の文末表現『のです』に関する研究」、『弘前大学教育学部紀要』 105. 2011, pp.9−17. 11.
(17) 約を与える情報」29である。指示語や接続詞のように明示的に文脈を示. す表現もあるが、それとは別に、既にテキストから読み取った命題 (proposition)30のように後続する文を理解するための文脈情報となり 得るものもある。この場合、前の文をどのよ.うな命題として理解したか によって、後続する文の解釈は制約を受けることになる。 たとえば、rコーヒーを飲むと目が覚めるわ」という単文の場合、これ だけを読むと「コーヒーを飲むと目が覚める」という字義通りの意味で. しか解釈することができない。しかし、次のような会話の場面ではどう だろうか。. 〔太郎〕「コーヒーを飲むかい?」. 〔花子〕rコーヒーを飲むと目が覚めるわ」. このような会話の場面に当てはめて「コーヒーを飲むと目が覚めるわ」 を解釈する場合、まず〔太郎〕の発話の命題はrコーヒーを飲むか?」 という質問として理解される。すると、〔花子〕の発話の命題はr飲む」 もしくは「飲まない」のいずれか、つまり回答でなければならないとい うように制約を受けることになる。このように、命題:「コーヒーを飲む か?」が文脈として解釈に制約を与えている。 しかし、それだけでは〔花子〕の発話の・含意された意味を解釈するこ. とはできない。ここで、さらに「花子は眼かったが仕上げなければなら ない仕事があった」などの先行する情報(文脈情報)を解釈に利用して はじめて、「コーヒーを飲むと目が覚めるわ」は「コーヒーを飲みます」 という意味の発話として解釈されることになる。文脈情報なしにこのよ うな理解は成立しない。. このように、r文脈」は文章の意味を理解するために必要不可欠なも のである。とすれば、ここに文章理解の過程に関して次のような疑問が 生まれる。. 1.読み手は文脈を文章理解にどのように利用しているか 2.読み手は文脈をどのようにとらえているか 3.必要な文脈をえられない場合はどのように文章を理解するか 29辻幸夫編『認知言語学キーワード事典』、研究杜、2002,p.71 30文の伝える基本的な意味。例えば、「太郎が次郎を殴った」も『次郎が太郎に殴られた」も 同じ命題を表現している。. 12.
(18) ところで、先述の例は会話の場面を扱ったものであった。本研究が対 象とするのは評論文である。評論文は説明的文章のカテゴリーに分類さ れるものである。説明的文章は基本的に一義的であり、文学的文章のよ うに多義的な解釈はなされないと一般には考えられているようである。 それは、説明的文章においては主要な語の意味は明確に定義されている からであり、文脈も論理の流れとして固定的であると考えられているか らである。. しかし、文脈が固定的であるということは間違いである。例えば関連 性理論31が指摘するように、文脈もまた解釈する側の期待に基づいて選 択されうるものだからである。つまり、文脈は解釈する側にとって客観 的に存在するものではなく、主観的に選択されるものである。とすれば、. 説明的文章であっても読み手によって解釈が異なるということは十分に 考えられることなのである。. ここまで、文章理解における「文脈」の必要性について述べてきた。 学習者の読解ルールを探るためには、読み取った結果に加えて、そこに 至る読解の過程を復元する必要がある。そのためには、どのような「文 脈」を用いて文章理解をおこなったかという視点で学習者の理解をとら え直すことが有効であろう。. 以下の項では、先ほど列挙した3つの疑問について考察する。まずは 次項で、文章理解において「.文脈」がどのように利用されているのかと. いうことについて、推論における文脈とスキーマの相互作用を中心に明 らかにする。. 1.3,2.文章理解における「文脈」の利用_推論とスキーマ_ 文章理解において特に重要なのは推論である。テキストには何から何 まで明示されているわけではない。明示されない情報も推論によって読 み取ることで文章の理解は成立する。推論はスキーマの活性化によって 促進される。そして、そのスキーマを活性化させるのが文脈の働きなの である。以下、スキ』マとは何か、スキーマによる推論とはどのような ものか、などについて触れながら、文章理解における文脈の利用につい 31!986年にスペルベル(Sperber,D)とウィルソン(Wi1son,D)によって提案された語用論 の理論。関連性の原理によって解釈の過程を説明する。参考:D、スペルベル、D、ウィルソン(内. 田聖二ほか訳)『関連性理論一伝達と認知一(第2版)』、研究杜、1999. 13.
(19) て述べる。. スキーマ(schema)とは、ある物事についての構造化されたひとまと まりの枠組み的な知識のことである。スキーマとほぼ同じ概念を表すも のとして、フレーム(frame)32、スクリプト(script)33などの術語も あるが、本論では特に必要がある場合を除いて、スキーマという術語を 用いることとする。. ミンスキー(Minsky,1975)34のフレーム構造の説明に基づけば、ス キーマの構造は、知識を構成する複数のスロット(S1ot)35によって表現 される。例えば、《犬》に関するスキーマの構造36は、おそらく表1−1 のようなス1コットとデフォルト値37を必要とするだろう。なお、表1−1 で《犬》の典型としてイメージしているのは「ダックスフント」である。 表1−1 《犬(ダックスフント)》スキーマの構造の例 スロット 生物 種類 形態. サプスロット. デフォルト値. 定数/変数. 生物 動物. 定数 定数. 定数. 足. 垂れた耳 よく振る 四本で短い. 大きさ. 60センチ程. 色. 茶色 ワンワン. 顔 尾. 鳴き声. 変数. 変数 変数 変数一. 定数. 食べ物 ドッグフード榊VW舳WVVW……、∼V∼柵鍬VWWVW. 変数WWVVVVVVVVW. F好度 親密. @ 変数. 《犬》スキーマにどのようなスロットが備わっているか、という問題 について補足する。生物か無生物かを見分けるような普遍的なスロット もあるであろうし、友好か否かに関するもののような個人の経験に基づ いて備わったスロットもあるであろう。また、スロットの中にはさらに 32スキーマをコンピュータで扱えるデータとして表現するために考案されたもの。 33ある典型的状況における一連の事象に関する知識を台本のように場面と行為の系列で表現 したもの。シャンク(Schank,R.C.)とエイベルソン(Abe1son,R.P.)によって提案された。. 34ミンスキーr知識を表現するための枠組み」(ウィンストン編『コンピュータビジョンの心 理』、1975所収). 35値を割り当てるためのもの。 36ここに述べたくく犬)}スキーマは、ミンスキーの説明に基づいて筆者が演繹的に述べた例で あって、実験によって《犬》スキーマが表のようなスロットによって構成されていると確かめ られているわけではない。. 37典型的な値。あらかじめスロットに入力されている。. 14.
(20) 下位のスロット(サブズロット)を持つものもあると考えられている。 スキーマで表される知識はそのような階層的な構造を持っている。 各スロットには、あらかじめデフォルト値として何らかの値が代入さ れている。定数として固定的な値もあるが、状況に応じて変数として扱 われるものもある。どのような値がデフォルト値になり得るかというこ とはぺほぼ個別的な問題である。例えば、鳴き声は文化圏によってとら え方が異なるであろうし、友好度は過去に犬に噛まれた経験を持っ場合 は、とても「親密」とはならないであろう。また、デフォルト値が定数 になるか変数になるかということも個別的であると考えられる。 さらに、例えば、犬のイラストを描くときにしばしば犬の全体ではな く、顔のみを描くことがあるように、スロットには典型性に基づいた序 列もあると考えられる。. なお、複数のスキ]マが集合してより一抽象的な概念を表すスキーマが 形成されるとも考えられている。例えば、《犬》の他に、《猫》《馬》《牛》. 《ライオン》《象》などのスキーマが集合して《哺乳類》というスキ」マ を形成したり、《犬》《猫》と《小鳥》《金魚》などが集合して《ペット》. というスキ」マを形成したりする。《犬》スキーマは《補乳類》スキーマ. や《ペット》スキーマのスロットに格納される情報となるのである。 ところが、話はそれで終わらない。逆に《犬》スキーアの中に《補乳 類》や《ペット》という値を持つスロットが形成されることにもなる。 このようにして、スキーマは複雑に関係し合い、ネットワーク構造によ ってつながることで、多様な状況に柔軟に対応できる知識体系を構成す るのである。. 次に、文脈がスキーマとどのように相互作用しているかにっいて、フ ランスフォードら (Bransford&Johnson,1972.1973)が実験で用い た例文38を用いて明らかにする。. 文章理解において、スキーマは、文章に表現されている個々の事柄を 関係づける推論(橋渡し推論)を支える知識として作用する。 例えば、rサリーがアイロンをかけたので、シャツはしわくちゃだった」 という文を理解する場合、アイロンは衣類のシワを伸ばすための道具で あるという《アイロン》スキーマによって、シャツがしわくちゃになっ 38邦訳は、西林克彦『わかったつもり 読解力がつかない本当の原因』、光文杜新書222.2005 に所収のもの。. 15.
(21) たのはサリ」に原因があると了解される。このようにスキーマの作用に よって、文章に表現されている事柄の因果関係の推論が行われている。 しかし、スキーマを活性化させれば、いつでも適切な文章理解が促進 されるわけではない。ブランスフォ」ドらの次の例文を使った実験によ れば、文章理解において、文脈がスキーマとどのように相互作用してい るかを知ることができる。以下に述べるのは西林(2005)の解説を参考 にしたものである。. 男は鏡の前に立ち、髪をとかした。剃り残しはないかと丹念に顔を チェックし、地味なネクタイを締めた。朝食の席で新聞を丹念に読 み、コーヒ』を飲みながら妻と洗濯機を買うかどうかについて議論 した。それから、何本か電話をかけた。家を出ながら、子どもたち は夏のキャンプにまた行きたがるだろうなと考えた。車が動かなか ったので、降りてドアをバタンと閉め、腹立たしい気分でバス停に むかって歩いた。今や彼は遅れていた。 この例文には特に難しい言葉は使われていない。ある男の朝の支度の 様子が述べられている文章である。しかし、「なぜ地味なネクタイだった のか」「新聞の読んだ欄は何だったか」「洗濯機は結局買うのか」「電話の. 用件は何か」「何に遅れていたのか」などの問いに答えることは難しい。. しかし、この男を「失業者」と想定すると、就職するために面接を受 けようとしていた朝の出来事ではないか、新聞で読んでいたのは求人欄 ではないか……、という具合に具体的な状況を想像できるようになる。 さらに、男の想定を「株の仲買人」にするとどうだろうか。新聞で読 んでいたのは経済欄か株価の欄のように思えてくる。電話も株の売買の 指示をするための電言舌のような気がしてくる。ここでは「失業者」「株の. 仲買人」と想定したが、実際の小説などでは、このような情報は前もっ て与えられている。これが文脈情報である。文脈情報を与えられれば、 それに応じてスキーマが活性化し、テキストに明示されていないことま でも推論できるようになるのである。 「失業者」と想定した場合も、「株の仲買人」と想定した場合も、テ キストの表現は変わっていない。異なるのは男に関して新たに与えられ た文脈情報だけである。その結果、読み手は同一のテキストに異なる意. 16.
(22) 味を見いだすことになる。. 一このように、スキーマを活性化させ、推論を促進させるのが文脈の働. きなのである。文脈の把握が不十分である場合、文章理解に必要なスキ ーマが有効に作用せず、推論に失敗して十分な文章理解が得られないこ とになる。また、文脈を不適切にとらえてしまった場合は、.文章理解を 誤らせてしまうようなスキーマが活性化してしまうことも考えられる。 適切に文脈を把握していること、文章理解に必要なスキーマを持って いること、スキーマが活性化していること、などが適切な推論には不可 欠なのである。. なお、文脈情報やスキーマのような既有知識を使って文章を解釈する ような処理は、トップダウン処理と呼ばれている。高次の情報処理過程 から知覚のような低次の情報処理過程に向かって、つまり上から下に向 かって処理が進むことに注目した呼び方である。逆に低次の情報処理過 程から高次のものに向かう処理をボトムアップ処理という。 1.3.3.文脈はどのようにとらえられるか一マクロ構造モデルー 本項では、読み手が文脈をどのようにと一らえるのかということにっい て述べる。なお、接続表現や指示表現によって明示される文脈よりも、 先行する文の命題を文脈情報としてとらえていく過程を重点的に取り扱 うことにする。. 前項で述べたスキーマは、トップダウンの文章理解過程として位置づ けられるものであった。トップダウンの処理は人間の文章理解過程で確 かに機能しているが、人間の文章理解過程には、それだけでは説明でき ない面もある。キンチュ(1988)39は、トップターウン的な文章理解モデ ルの問題点を次のように指摘40している。. 人間は、常に変化する文脈の中でよく理解し、新しくて予測でき ないキうな状況にも容易に適応する。それを実現するためには、 頑健で一般的な構築規則が必要である。スクリプトやフレームは. 39Kintscb,W(1988).The ro1e ofk皿。w1edge i皿discourse co㎜prehension: Aconstruction’integration mode1.ア町。ム。∫o多。3ノγθ〃θ〃,95〈2),163−182. 40引用文は、阿部純一ほか『人間の言語情報処理 言語理解の認知科学』サイエンス社、1994, p.232によった。. 17.
(23) 最初考えられていたほど簡単には働かない。十分強力であるにし てもあまりにも柔軟性を欠き、また、十分一般的であるにしても その機能を拘束することができない. スキーマによるトップダウンの処理が実行できない場合でも、人間は 文章を理解しようとするし、事実、ある程度は理解を構成することが可 能である。したがって、スキーマによる文章理解のモデルだけでは、人 間の文章理解の仕組みを説明することができないのである。 キンチュは、より柔軟性のある文章理解のモデルを指向した。その文 章理解過程はボトムアップ的な処理過程として説明される。キンチュは 文章の基本単位として命題を重視した。文章は命題単位(ミクロ命題) に分解された後、マクロルールによって構造化されると考えた。 甲田直美(2009)41にまとめられたものを参考に示すと、マクロルー ルとは次のようなものである。 1.削除(d−e1etion)42一. 一連の命題間のうちで、他の命題の解釈に使われない(前提とさ れない)命題は削除する。 2. 一周曼イビ (9enera1ization) 43. 一連の命題群はミクロ命題群の直接の上位概念で表される命題、 含意される命題に置き換える。 3.構成化(construction)44 一連の命題群はそれらを統合することによって含意する高次の命 題に置き換える。. このようなマクロルールによって、下位の命題(ミクロ命題)はより 上位の命題(マクロ命題)と結びつき、階層的な命題の集合である命題 的テキストベース(textbase)を構築する。 41甲田直美『文章を理解するとは 認知の仕組みから読解教育への応用まで』スリー工一ネ ットワーク、2009,pp.42’43. 42例:太郎はボールーで遊んだ。ボールは青かった。突然ボールが道路へ転がった。そこへ車 が… → 太郎はボールで遊んだ。突然ボールが道路へ転がった。そこへ車が… (ボー ルの詳細情報を削除),例は甲田直美『文章を理解するとは』に掲載のもの。 43例:太郎は人形で遊んだ。彼はブロックで遊んだ。彼は積み木で遊んだ。 → 太郎はお もちゃで遊んだ。例の出典は注42に同じ。 44例1私は空港へ行った。私はチェックインをした。私は搭乗するのを待った。 → 私は 飛行機に乗った。例の出典は注42に同じ。. 18.
(24) ミグ・口命題のうち、どの命題をどのように結びつけるかということは、. 読み手の読書の目的や既有知識などの影響を受ける。したがって、命題 的テキストベースは一貫性(coherence)45に欠ける理解になってしまう 可能性もある。そこで、統合過程として、命題間のつながりの矛盾要素 を解消する処理が行われる。一. 以上がマクロルールによって一貫性のある命題的テキストベースが 構築されるまでの大まかな流れである。こうし一た処理は、単文単位、句 単位を標準として進められると考えられる。 では、文脈はどのようにしてとらえられるのかということだが、マク ロルールのボトムアップ処理によって獲得した先行する文の命題は、続 く文の命題のうちでどの命題が重要かということの判断に制約を与えた り、命題どうしのつながりの推論に影響を与えたりすることになる。つ まり、先に獲得した命題が後続する文の解釈に文脈情報としてトップダ ウン的に影響するのである。. ただし、これだけでは文脈をとらえたということにはならない。後続 する文の命題をボトムアップ的にとらえていく過程で、矛盾が生じるこ とがあるからである。この矛盾は一貫性のある理解を構築しようとする ために生じる。そしてその矛盾が解消されない場合は、一度利用した文 脈情報を捨てて、新たな文脈を設定し直す必要が生じる。逆に、矛盾が 解消されれば文脈情報として保持される。 このことを木下順二r山の背くらべ」46の冒頭を例に説明する。 太古(大むかし)のしずけさのなかに、山が二つならんでいた。. 三角形をすらりとさかさにふせたような愛らしい出と、いま一 つは、それよりもややまるみをおびた、どちらかといえば鈍重な 形の山であった. まず、1行目の「山が二つならんでいた」を命題として記述すると、 〔ならぶ、山、二つ〕となる。これが文脈情報としてワーキングメモリ に保持され、「山」スキーマが活性化する。そうすると、続く「三角形. 45・文の内容の連続性を重視するもの。形態的な連続性を表す結束性(㏄heSion〕とは異なる。. 46木下順二『夕鶴・彦市ばなし』、借成杜文庫3073.1978,p.58. 19.
(25) をすらりとさかさにふせたような愛らしい山」の部分を読んだときに矛 盾を覚えることになる。 なぜな.ら、 「三角形をすらりとさかさにふせたよ一うな」の命題〔ふせ. る、三角形〕からイメージされるのは頂点を下向きにした三角形の表象 だからである。 「三角形」のスキーマとして多くの人が持っているもの は、頂点が上向きの三角形の表象だろう。その三角形が「さかさにふせ る」のだから、頂点が下向きになるということになる。 しかし、この後に続く「愛らしい山」の「山」スキーマが導き出す状 況は、頂点が下向きであることと対立する。頂点が下向きの「山」は普 通存在しない。物語だからそのような摩詞不思議な世界が描かれている のだろうか。. 読み手はここで次のように推論するだろう。 「山なのだから頂点が下. 向きなのはおかしい。とりあえず、頂点が上向きの山ということにして おこう」、あるいは「山なのだから頂点が下向きなのはおかしい。作者 は頂点が下向一きの三角形を前提にしていたのだろう」などである。. こうした理解によって、一応、文脈情報は保持される。つまり、逆さ まの不可思議な山ではなく、頂点が上向きの普通の山を文脈情報として、 その後の文が理解されていくことになる。そして、さらに後続する文を 読む申で特に矛盾がなければ、先ほどの理解は強化され、一貫性のある 理解として認識されるようになる。 この例は、文脈情報が棄却されず、保持される例であったが、文章に よっては新しい文脈情報を設定することで一貫性のある理解を得られる ものもある。このように、文脈は単文単位、句単位での理解の過程で吟 味され、選択されてとらえられていくわけである。. 13.4文脈情報が不十分な場合の文章理解_構築一統合モデル_ 本項ではキンチュ(1988等)47の構築一統合モデルについて触れなが ら、読み手が必要な文脈を得られなかった場合、どのように文章を理解 するかについて言及する。. 前項ではテキストを命題の集合として理解するレベルについて考察 した。しかし、実際の文章理解においては、結果として読み手それぞれ 47前掲書(注39)等. 20.
(26) の個別の心内表象(menta1mode1)が作り上げられる。だからこそ、読 み手によって異なる理解が成立するのである。もちろん.、命題的テキス トベ」スのレベルでも異なる理解が成立する要素はあるが、単純な命題 構造の文章でも異なる理解が生じるということを説明するためには、読 み手の既有知識の文章理解への影響を考慮したモデルを想定する必要が ある。. キンチュはボトムアップによる文章理解にトップダウンの文章理解 のレベルを加えたモデルを作り上げた。それは表1−2のような三層構造 で示される。先に説明したマクロ構造モデルの文章理解は、三層構造の 文章理解モデルでは命題的テキストベースに相当する。. 表1−2文章理解の3つの段階 2. 段 階 表層のテキスト形式 命題的テキストベース. 3. 状況モデル. 1. 説 明 言語形式。言語的な段階。. 表層のテキスト形式を統語的、意味的に理解 オたもの。概念的な段階。 既有知識によってより具体的に理解したも フ。全体表象的な段階。. 状況モデルとは、命題的テキストベースの理解に読み手の既有知識を 結ひつけ、推論によって表象としてテキストを理解するレベルを言う。 状況モデルの段階に到達するためには、既有知識を活用することが必 要である。このモデルに従うならば、状況モデルの段階の読みができれ ば、テキストについてのより具体的な理解を構築できたと考えることが できる。しかし、命題的テキストベースの読みでも、概念的とは言え文 章の内容について意味的な理解には到達していることになる。つまり、 何が書いてあるか理解できた状態にあると言ってよい。 この状況モデルのレベルでは既有知識が文章理解に一定の制約を与 えていると考えられる。つまり、文脈と同じような働きをすることがあ るということである。文脈は本来文章に内在するはずのものだが、読み 手である人の側にも文脈として作用する要素が存在しているのである。 例えば、第2節2項で扱ったフランスフォードらの「男の朝の支度」 の例文の場合、「なぜ地味なネクタイだったのか」「新聞の読んだ欄は何 だったのか」などの問いに答えられる理解の状態が状況モデルというこ とになる。「失業者」という文脈設定では、それに応じたスキーマが働き、. 上記のような問いに対しても当てはまりそうな状況を具体的に想像する 21.
(27) ことができるようになる。. しかし、「失業者」のような文脈情報が得られなかった場合はどうな るだろうか。もちろん、容易には問いに答えられない。それでも答えよ うとするなら、読み手は「男」についての具体的な設定を自らおこなわ なければならない。その時、どのような男として設定するかということ は、完全に読み手に委ねられている。そして、読み手が最も想定しやす い、あるいは想定したい状況が設定されることになる。もしかすると、 そこで設定されるのは「自分」かもしれない。「自分だったらどうするだ ろうか」と推論するのである。 ところで、テキストの記述と学習者の既有知識とを結びつけて理解す ることが求められる有意味学習では、状況モデルのような理解が求めら. れるわけだが、何でもr自分」に引きつけて読み取って良いかというこ とは考えておくべきことだ.ろう。テキストの設定する文脈を無視して自 分の設定.する文脈で読むこと.は、本来の命題的テキストベースから離れ た状況モデルを構成する可能性があるからである。 いずれにしても、必要な文脈の獲得に失敗した場合に、読み手が主観 的に設定した文脈が文章理解に用いられてしまうということがあること を確認しておきたい。 1.4.本研究の目的. ここまでの議論で、読解ルールの構成要素となる素朴概念と学校教育 で学習された概念について、さらに一般的な文章理解の心理的処理の仕 組みについて述べてきた。本節では、それらをふまえて、本研究の目的 である読解ルールの実態把握をどのようにおこなうかということを明ら かにし、さらに読解ルールを把握することの意義について述べる。 論者は、高等学校において評論文読解の熟達を図るための有効な手立 てを探ることを最終目標としている。その最終目標に到達するためのス テップとして、本論文では学習者の読解ルールの実態を把握することを 目的とする。. 学習者の読解ルールは、次のような問題について検討、考察すること で明らかにしていく。. 1.学習者は評論文をどのように読んでいるのか、その実態をとらえ、. 傾向を明らかにする。 22.
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