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金融の国際化と東京オフショア市場ee
有 馬
敏 則 1 は じ め に 世界経済の相互依存関係の深まりとともに国際間の金融取引は,急速に拡大 している。それにともなってわが国の金融の国際化も,ますます進展してきて いる。1970年から80年までに名目GNPは3.2倍になったのに対し,対外資産 は7.9倍,対外負債は9.5倍に達している.そして対外資産は民間部門ならびに 長期資産の比率を高めているのに対し,対外負債は短期負債の比率を高めてい る。これは日本がまだ「未成熟債権国」の段階ではあるものの,国際金融市場 としての役割を果たしはじめ,「短期借り・長期貸し」を行う「銀行国」とな りつつあることを意味している。 このような金融の国際化,円の国際化とともに,東京金融市場の国際金融セ ンター化への提案とそれに対する批判は,本稿の参考文献からも類推されるよ うに枚挙にいとまがない。しかしながら,本稿の参考文献はそれらの議論の一 部にすぎないものの,限られた文献においてでさえ金融の国際化,円の国際化 の概念が論者により必ずしも一致をみているわけではない。 したがって本稿においては,金融の国際化と円の国際化,東京オフショア市 場に関する議論を整理するとともに,世界のオフショア市場を概観し,東京オ フショア市場構想の検討と,東京オフショア市場の世界のオフショア市場にお ける位置づけならびにその展望を試みることにしたい。 *本稿は財団法入日本証券奨学財団の補助金による研究の一部である。なお本稿は拙稿 「国際通貨発行特権と金融の国際化」『世界経済評論』!983年4月号で充分議論がで きなかった東京オフショア市場構想問題を補足するものである。48 彦根論叢第220号 ■ 日本の金融の国際化の現状 1. 金融の国際化の定義 金融とは貯蓄と投資を結びつけることであり,資金の調達と運用の関係を指 す。したがって資金の調達・運用の主体と対象(市場)を,国内(居住者)と 海外(非居住者)に分けると次の8分類が可能である。 ① 日本人(居住者)が国内(日本)市場で資金調達する。 ② 日本人(居住者)が国内(日本)市場で資金運用する。 ③ 日本人(居住者)が海外市場で資金調達する。 ④ 日本人(居住者)が海外市場で資金運用する。 ⑤ 外国人(非居住者)が国内(日本)市場で資金調達する。 ⑥外国人(非居住者)が国内(日本)市場で資金運用する。 ⑦外国人(非居住者)が海外市場で資金調達する。 ⑧外国人(非居住者)が海外市場で資金運用する。 ①と②は国内金融であり,③,④,⑤,⑥の進展が狭義の金融の国際化であ る。また⑦と⑧はユーロ市場の概念に相当し,それを東京で行おうとするのが 「東京オフショア布面」構想であるといえ,広義の金融の国際化は③から⑧ま でを含めたものである。 すなわち金融の国際化には3方向があると思われる。第1は日本の金融機関 が海外市場に進出し,現地通貨による資金取引やユーロ・カレンシー取引,為 替取引を行ったり,現地に進出している日本企業への貸付けや金融サービスの 提供,さらに現地企業との取引を行う場合である。 第2は海外の金融機関が日:本へ進出し,それぞれの本店の対日業務拡大,外 貨建て業務に限らず,円資金取引や日本国内の顧客に対する貸出しを日本の金 融機関と競合しながら行う場合である。 そして第3には,日本国内に真に国際的な金融市場一ユーロ市場の創設を 1) 三井銀行調査部〔33〕pp、3−6。
金融の国際化と東京オフショア市場 49 行う方向である。一方で内から外へ,他方で外から内への金融機関の相互進出 が進展するだけで,一国の金融の国際化が達成されたとはいえないであろう。 日本の金融の真の国際化のためには,日本国内に国際的な金融市場が存在する という要素をさらに付け加える必要があるといえるだろう。 ところで①から⑧の資金の調達と運用を円と外貨で検討しよう。①と②が外 貨で行われることによりドル・コール市場が発展してぎたといえる。また③か ら⑧が円で行われることが金融面における円の国際化を意味している。そして ⑦と⑧が円を中心に発展したのがユーロ円市場であり,それを東京で行うと円 取引を含んだ東京オフショア市場が実現することになる。 2.銀行・証券の内外進出状況 第1表は内外銀行相互進出状況を,第2表は本邦証券会社および外国証券業 者相互進出状況を示したものである。日本の金融機関はこれらの表でみると昭 和40年代後半とくに46,47年が本格的国際化の出発点であったということがで きるであろう。 もちろん,それ以前にも外為専門銀行や上位都市銀行を中心に,日本企業の 三国競争力増大にともなう貿易量の拡大や企業の海外進出を背景として,国際 化が進展していた。そして,昭和46年末で邦銀の海外支店数は13行59支店に達 し,これらの海外支店を通じ日系企業への貿易金融を中心に海外取引が活発化 するとともに,日本国内における貿易関連サービスや基幹産業へのインパク ト・ローン供与も行われていたのである。 しかしながら昭和40年代後半からは,金融機関の国際化がいっそう本格化し たのである。都銀ではシンジケート・ローンなど中長期貸付への参加やロンド ンでの証券業務取扱現地法人の設立等も行われ,海外拠点網の拡充も進めら れ,国際業務が多様化,本格化していった。 また長期信用銀行は都銀に比べ,国際化が遅れていたが,昭和46年海外支店 を初めて設立し,急速に国際化していった。さらに信託銀行は昭和46年,ニュ ーヨークに駐在員事務所を合同で設け,昭和49年以降国際金融市場に支店を設
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卜N りN 頃㎝ (コ f価卿㎞醍︶ 巾廓 厭目 1皿 曲淵 国圏 匝輪 ㍑旧畑 駆蝋 臨へ 炉h 鯉榊H壇恥金融の国際化と東京オフショア市場 51 第2表 本邦証券会社及び外国証券業者相互進出状況(暦年別)(昭和56年!2月末現在)
鵬421・34445・647・81495・5・5253545556計画
本邦証券会社 麦 店現地法人
駐在員事務所出資参加
計 外国証券業者 支 店 駐在員事務所 計327ρ08
4241
1
∩∠7111
1450U7
1
︻45110
227一︷
10Q4001
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(注) 1,現地法人とは,本邦証券会社の出資比率が50%以上である外国法人をいい, その子会社を含む。また,出資参加とは,同じく50%未満のものをいう。 2.支店,駐在員事務所は開設ベース,現地法人,出資参加は許可または承認 ベースで計上している。 〈出所〉『大蔵省国際金融局年報』昭和57年版。 置し,国際業務の拡充を図っている。 そして生命保険会社も昭和46年から外国株式投資を開始し,海外拠点強化を .図るとともに外債投資や円建シンジケート・ローンへの参加を通して資産運用 の国際化を進めている。証券会社についても昭和40年代後半から,対日公社債 投資の増大,企業の外債,転換社債発行の定着とともに対外証券投資,円建債 発行が本格化することとなった。 このようにしてシンジケート・ローンの上位に邦銀が名を連ねるようにな り,昭和57年のシンジケート・P一ンの主幹事実績順位で,東京銀行が226件, 566億ドルで世界第1位になるにいたったのである。この背景には国内円貸し 需要の伸び悩みなども影響しているが,大蔵省が昭和57年5月,従来,非居住 者向け円建ローンに設けていた日本のバイヤーズ・クレジットなど貿易金融や 国際金融機関向けに限るなどの要件を撤廃し,円ローンを実質的に自由化した ラ ことによる円建シンジケート・ローンの拡大が大きいといえるだろう。 2) 『東洋経済・金融と銀行』1983年4月!4日pp.60−63参照のこと。52 彦根論叢 第220号 第3表 東京市場における円建外債の発行状況 (単位;億円)
訳
1970 1971 1972 /973 /974 1975 1976 1977 1978 1979 1980 1981 公 募 債銘柄数金
額1363[261529161427
60 330 850 400 200 650 2, 960 7, 220 3, 330 2, 610 4, 950 私 募 債銘柄釧金
額16一㎜︻3116[12
110 400 300 1, 050 670 1, 080 一 十 ユ一一ロ銘柄数十
額1379一261840221439
60 330 960 800 200 650 3, 260 8, 270 4, eoo 2, 610 6, 030 累 E’f一 1 122 1 23, 560 3g 1 3,610 i !61 27, 170 (東京銀行調べによる) ところで第3表は東京市場における円建外 債の発行状況であり,第4表は東京市場にお ける円建シンジケート・ローンの組成状況で ある。円建外債や円建シンジケート・ローン は海外の借手にとり,比較的低い固定金利で 長期資金を調達できる。また貸手にとっては 国内景気の低迷からの国内円貸出しの伸び悩 みの中で資金運用先を多様化できる。および 邦銀にとってユーロ通貨に比べ調達面での問 題が小さい,さらに日本の経常収支黒字幅調 整の効果的手段たりうる等々により,ますま す活発に取引されるようになってきた。 このようにして昭和57年の新規契約ベース での円ローンは大きく増大し,ユー一 P市場で第4表
東京市場における円建シンジケ ート・ローンの組成状況 (単位:億円)暦倒件数金額
1971 1972 1973 1974 1975 1976 !977 1978 1979 1980 1981211一2693551624
122 30 147 162 520 1, 185 5, 314 8. 029 1, 066 2, 953累訓・37
19, 528 (東京銀行調べによる。バイヤ ーズ・クレジットを除く。)金融の国際化と東京オフショア市場 53 組成されたローン全体に対する割合も4%を超えたものと思われる。円建外債 の昭和57年起債額8,610億円を考慮すれぽ,東京市場は世界の主要資本市場の 一翼にまで成長しているといえるだろう。 ところで昭和56年7月以降一年間で外国銀行が日本に設置した支店数は,12 支店に上り,外国銀行の日本への進出が著しい。これはカナダ,韓国との相互 進出実現にもよるが,基本的には東京が国際金融市場のひとつとして高く評価 され,世界から注目を集めていることにもよると思われる。 外国銀行の日本への進出の活発化,資金調達手段の多様化により,第5表に 示されているように在日支店は,貸出金を中心に拡大傾向を示している。また 在日外銀の円建資金の調達は多様化しており,預金,本支店勘定,売渡手形, 借用金,円転,譲渡性預金,コールマネー等による調達が1∼2割となってい る。とくに短期金融市場での在日外銀の比重や役割が,近年,急速に高まって いることは注目に値する。 しかし金融の国際化,自由化にともない在日外銀をとりまく金融環境は,厳 しさを増している。たとえば外為法改正により外為取引が原則自由となり,イ ンパクトローン等の分野で在日外銀は,邦銀と競争せざるをえなくなってい 第5表在日外銀の資金シェア (単位:億円,%) 預 金
雑鞭i在日外謝・/・
52.9末 53.39
54,39
55, 39
56.39 i
(前年比)1 ユ,125,627 1, 192, 933 1, 278, 122 1, 348, 307 1, 397, 459 1. 455, 412 1, 503, /63 1, 577, 956 1, 652, 005 (9.90/o) 9, 933 iO, 320r 10, 370 12, 081 i3, 286 13, 194 12,142 13, 024 13, 809 (13 7) O.88 0.87 0.81 0.90 0.95 0.9! O.81 0.83 0.84 貸 出 金 全国ィ略書響・/・
1, 044, 744 /, 101, 995 1, 142, 971 1, 206, 367 1, 248, 975 1, 293, 074 1, 324, 290 1, 392, 981 1, 452, 316 (9,7) 36, 370r 33, 9. 75 32, 081 33, 509 39, 531 44, 494 43, 317 45, 874 50, 759 (17.2) 3.48 3. 08 2.81 2.78 3.17 3.44 3. 27 3. 29 3. 50 (注) 全国銀行の預金,貸出金は国内ベース。CD(譲渡性預金)は含まない。 〈出所〉『金融財政事情』昭和57年8月2日p54 彦根論叢第220号 る。また金融の国際化とともに日本への外銀進出が年々増加し,外銀問の競争 も促進されている。 皿 世界のオフショア市場 1. オフショア市場の定義 オフショア市場(オフショア・センター,あるいはオフショア・バンキング・ センター)は,マッカーシー(1.McCarthy)によれば「国,地域,都市であ るとを問わず,国際銀行業(対非居住者,外貨建)を誘致するため,銀行業に 対する諸規制を軽減あるいは撤廃し,また税やその他の課金の減免を行ってい ヨう る場所」を指し,この定義に該当するのは21ヵ所あるとしている。彼の分類で は先進国のオフショア市場はルクセンブルクだけで,他の20のオフショア市場 はすべて発展途上地域とされている。 またBIS(Bank fQr International Settlement,国際決済銀行)はユーロ 市場に関する統計で,オフショア市場として13の発展途上地域をあげ,それら はホンコン,シンガポール,バーレーン,パナマ,バハマ,ケイマン,オラン ダ領アソチル,バルバドス,バミューダ,レバノン,リベリア,バヌアツ,英 領西インド諸島であるとする。 これに対してオフショア市場を広義に解釈して,ロンドン,ニューヨーク IBF(lnternational Banking Facilities,国際金融勘定),ルクセンブルグ,リヒ テンシュタイン,チューリッヒなどの先進国市場を含める場合もある。本稿で は,この広義の定義を用いることにする。すなわち「オフショア市場とは非居 住者からの資金調達および非居住者に対する資金運用が,金利規制,準備率な どの金融上の制約や利子源泉課税などの税制上の制約とならず,全く自由な取 の引として行える金融市場」であり,・換言すれば金融機関の非居住者との金融取 引すなわち国際金融業務が,国内政策上の配慮からくる金融・税制上の制約か 3) 1.McCarthy,“Offshore banking centers , benefits and Costs,” Finance(覧D6ひ eJoPmenちDec.1979. 4) 国際金融市場研究会〔56〕pp.97−102.
金融の国際化と東京オフショア市場 55 ら解放されている金融市場のことである。本来ならぽ非居住者間の金融取引の ための市場という意味で,「国際金融市場」と呼ぶのが適切であると思われる が,本稿では従来の慣例により「オフショア市場」を使用することにしたい。 2. オフショア市場の分類 オフショア市場は構造的に,第6表に示したように3つに分類される。すな わち,①Ptソドンやホンコンのようにオフショア市場と国内市場が一体化して いる「内外一体型(オンショア・センター)」,②特別の区画が設定されている のではなく取扱金融機関の帳簿上区分整理されているにすぎないが,ニューヨ ークやシンガポールのようにオフショア市場が国内市場と分離されている「内 外分離型(オフショア・セγター)」,③低税率だけを目的としたペーパー・カ ンパニーが主たるもので,金融市場の実態をともなわない「タックス・ヘイブ ン(租税逃難地)」である。 これらオフショア市場のうち代表的なシンガポール,ホンコン,バーレー ン,ヶイマン・バハマ,Pンドン,ニューヨークIBFについて,成立,市場 規模,参加金融機関,税制(源泉徴収税,法人税),預金準備率,金利規制, 為替管理についてまとめたのが第7表である。 第6表オフショア市場の分類 ンン
顕
﹄ホ鍔
診
一必携
内け チューリヒ, 内 外 分 離 型 (オフショア・センター) 1二。_ヨ_クIBF シンガポールACU ノミーレーンOBUマニラOBU
しレクセガルク 1 タックス・ヘイフソ (ブッキング・センター) リヒテンシュタイン,ナッソー(バハマ),パナマ.英領バ ミューダ,英領ケイマソ キュラソー一(蘭島アンチル) 英保護領マソ島,英保護領ガーンジー,英保護領ジャージー (注)IBFはInternational Banking Facilitles, ACUはAsiap Currency Unlts, OBUはOffshore Banking Unitsの略。56 彦根論叢 第220号 第7表世界のオフショア市場の特徴 シソガポ ーノレ ホソコソ バーL/一 ソ (謬ブ) ケイvン ノミ ノ、 マ ロンドソ ニューヨ ーク
IBF
成 立 市場規模 ’68年11月鍾羅
957億ドル(82年3月末) 参加金融機関 ’72 ”v 73 年頃 自然発生 ’75年10月OBU勘
定を設置 行行 行行 13 Oー ¥ 4357 :昇〃:−鋤購蘇舞
一 8
︵ 488億ドル (82年3月末) 576億ドル (82年3月末) 地場:47行︷
外銀=’78行 計 125行 (82年3月) 地場=︷
外銀: 計 (82年3月) 13行 65行 78行 税 制 鯨灘税[法人税 免 除 %: 40v
:収 内外% 国海10 ’5 16 内鶴懸
軍測りa 外78よσ 国%海 ル %金82来撤 ド金10預︵従を 港預貨し月% 香建外な215︶ ① ② 年の廃 な し 対は 万の可 に税 2ル認︶ 業人間ドU料 行法し年千B数 銀しな︵50手 預 金 準備率 適用除外 金利規制 後スブ餌丸鋸
’50年代 末 自然発生 ’81年12月IBF勘
定を設置 1,000pa..’ドル (81年12月末) 1,500f意ドル (81年12月末) 外銀=403行 外銀:126行 (81年12月) し卸押 な怖翫 な し 適用除外 な し 登イィし鷲貿
な薫嵩
な し な し な し 行行 行行 13 P3 V2854 12一 3︶墾計瞬
一 8
︵ 菊 綿 15年 ◎観 1,341億ドル (82年6月末) 行行 行行 05 Vー N ーーア ・:・ジ人 銀銀ツ法 米外エトー
む 畷胸輩
僻 な し 税率52%国税:通常 な し 税 N免 高 ,も 最%州と 邦46Y市 連率NY税 な し 外貨には 適用せず レギュレ ーションD
適用除外 な し レギュレ ーションQ
適用除外 為替管理 78年6月 撤廃 (以前も 外貨取引 は原則自 由) な し な し な し 月以貨原︶ 10i外は由 年廃も引自 79咜O取則 な し く出所〉『金融ジャーナル』1983年1月,p,100,『為替市場』1982年9月より作成。 3. ニューヨークIBF ニューヨークIBFは,昭和56年12月3日,先進国において人為的に設立さ れた最切のオフショア市場であり,第7表から明らかなように次のような優遇 5) 措置がとられている。 5) S. J. Key (5) pp 565−577,金融の国際化と東京オフショア市場 57 ① IBF業務から得られる所得には,州税,市税が免除される(連邦税は 免除されない)。 ② IBFの資金にはレギュレーションD(支払準備率),レギュレーショ ンQ(預金金利規制),預金保険が適用されない。 ③IBFからの貸出しには,大口融資規制(銀行の自己資本の10%)が適 用されない。 また第1図に示されているように,IBFと国内市場は区分され, CD(譲 渡可能定;期預金証書),BA(銀行引受手形)などの発行やIBFへの要求払 い預金の受入れなどが禁止されている。そしてIBFから居住者が資金を取り 入れるときは,ユーP市場からの取り入れと同様に支払準備率が課されること になっている。 第1図 IBFの取引可能範囲 国 内 1 海 外 : ’ i 自行海外支店 催の!8F 親 銀 行
〉[癒∫1:四
x 往米銀行 一般居住渚 (,王)1.旧Fから肉ている矢印は貸出、それに向かう矢印は預金を示す。矢印かないのは取引不可。 2.一一一一争:準備率の対象。WW:海外での活動に係るものであること。 一一→.海外での活動に係るものであること、かつ、満期2日以上・取引単位10万ドル以上。 〈出所〉 『東銀週報』1982年5月27日,p.3。 (米銀、外.銀) (個人、企業) IV 東京オフショア市場構想 1.東京オフショア市場構想の経緯 東京オフショア市場構想は,昭和49年在日米銀のひとつであるバンカーズt58 彦根言命叢 第220号 のトラスト銀行によって初めて提唱され,その後,元大蔵省財務官の細見 卓氏 の精力的な賛成論〔37〕〔51〕により多くの関心を集めるところとなった。同氏 は昭和57年4月,大蔵省,日本銀行,都市銀行,信託,長期信用,外国銀行, 証券,短資会社などの代表33名で構成した「オフショア・バンキング調査団」 の団長として,世界のオフショア・センター,国際金融センターを訪問し実態 調査を行い,昭和58年1月オフショア市場実現のための「東京IBF(国際金 融勘定)創設についての細見私案」〔57〕を発表した。 このような動きに対して大蔵省は,昭和57年2月,学界,金融界,商社,メ ーカーの国際金融問題専門家による「国際金融基本問題研究会」という大蔵省 国際金融局長の私的諮問機関を発足させ,オフショア市場創設のための積極的 検討を始めた。 これに対し日本銀行の前川春雄総裁や太田 魁外国局長が,通貨当局の立場 から慎重論〔太田〔29,38〕〕を提起した。また外銀出身の福田氏〔44〕立脇氏 〔47〕や小口氏〔64〕は賛成論を,三菱銀行〔11〕,富士銀行〔22〕,三井銀行 〔33〕も賛成論を提唱した。これに対し経企庁出身の永川氏〔20〕〔25〕〔31〕 〔46〕〔49〕〔55)〔58〕〔70〕は一貫して慎重論を展開している。また大蔵省の 加藤氏〔24〕,長岡氏〔40〕,榊原氏〔72〕は東京オフショア市場創設は時の流 れであると賛成論を提起している。 2.東京オフショア市場構想の背景 このように昭和56年から57年にかけて,東京オフショア市場構想が急速に注 目されてきた背景には,次のような点をあげることができるであろう。 第1にわが国金融機関とくに邦銀の対外貸付けや外貨業務は急増しているに もかかわらず,国内で充分な外貨資金調達が困難なため,ロンドンなどのユー ロ市場で所要資金を調達せざるをえない。そこで,外貨資金調達を円滑にする ために国際化のすすんでいる邦銀ほ,東京牙フショア市場創設を強く希望した のである。とくに昭和55年12月目為替管理の大幅な自由化とともに,このよう 6)The J:a♪an Tzmes, June 171974.立脇和夫〔47〕pp.26−27。
金融の国際化と東京オフショア市場 59 な主張は強まっている。といえるだろう。 第2に欧米との金融摩擦の緩和策としてオフショア市場創設が有効であると 行政当局が考えつつあったことである。対外金融摩擦の一因として在日外銀の 収益の悪化があげられている。これには日本経済の成長率の鈍化により,外銀 の日本国内での貸出しの伸び悩みも大きく影響しているといえる。そこで東京 オフショア市場創設により,外銀の円資金調達や業務拡大を図り,対外摩擦緩 和を目指そうというものである。 第3に昭和56年12月にニューヨークIBFが設立され,順調に発展している ことに刺激されたからである。すなわちニュ 一一ヨークIBFが設立される数年 間の経緯を注目していた日本の国際金融専門家は,日本にとってもニューヨー クIBF型のオフショア市場が適していると判断したからである。 第4には昭和57年に邦銀が外貨建でコミヅトした中長期ローンは約180億ド マラ ルで,世界の全金融機関に占める邦銀のシェアは20%を超えており,国際業務 における邦銀の実力からいっても,東京に国際金融市場ができることは自然な ことと考えられるようになってきたからである。逆にいえば東京にオフショア 市場ができるインフラストラクチャーが人的な面でも,金融機関のコミュニケ ーションの面でもすでに整っており,政治的な安定性もあり,東京オフショア 市場構想が出てくる必然性があったといえるだろう。 3.東京オフショア市場構想の概要 オフショア市場実現のための「東京IBF創設についての細見私案」 〔57〕 をタタキ台にして,大蔵省では国際金融基本問題研究会で検討を加えることに しているが,「細見私案」の概要は次のようなものである。 ① 最大の虚心は東京オフショア市場を国内市場の完全自由化までの過渡的 制度と規定し,最終的にはロンドン市場でみられるような居住者と非居住者, 外貨と自国通貨,銀行業と証券業で区別がない,国内市場とオフショア市場が 一体化したものを目指している。しかし国内市場の向由化が一挙に達成される 7) 布耐1原 〔72〕 pp.14−!7。
60 彦根論叢 第220号 とは考えられないことから,国内の金融制度との調和を図るため,国内市場と オフショア市場を遮断するよう配慮しユユーヨーク型IBFを目指している。 ② まず国内勘定とは別のニューヨーク型IBFを設けて,オフショア取引 は,この勘定を通して行う。 ③ 国内金融市場への影響を遮断するためにIBFから国内勘定への資金移 動に対しては,円転換規制と対外債務準備率を適用する。 ④ またCDやBAなど譲渡性のある証券の発行を認めず,決済勘定の開設 も禁じている。 ⑤ オフショア市場における取引通貨には円:貨を含む。 ⑥ 金利自由化については,ドルはすでに自由化されており,円も臨時金利 調整法の適用除外とすることで自由化が図られる。 ⑦ 非居住者預金に対して預金準備率,利子源泉徴収税,預金保険を免除す る措置をとる。 ⑧ 法人税と事業税は将来オフショア市場と国内市場が一体化するとの前提 から,国内同様免除はしない。 4.東京オフショア市場創設によるメリット まず市場創設による好ましいインパクトとしては次の諸点があげられる。 ①海外支店の経費の節約が可能である。従来は:東京でオブショア取引が認 められないため,海外のオフショア市場にある支店を通してユーロ資金調達を しなければならなかったのが,東京で資金調達が可能となれば,本店で一括管 理可能となり,機械化などで省力化が図れ,経費の削減が可能である。 ② 邦銀の業務拡大に寄与するとともに,いままで海外に拠点がなかった中 小邦銀も市場に参加できる。 ③ 本邦金融機関や投資家は日本の国内に市場があるため,海外で資金運用 する場合のカントリー・リスクや海外市場との時差による為替リスクから免が れることができる。 ④ 外銀とくに在日外銀に新しい業務分野を提供することができ,わが国の
金融の国際化と東京オフショア市場 61 対外金融摩擦緩和に役立つ。 ⑤ユーロ円の拡大が今後とも予想されるが,東京オフショア市場創設によ り,その相当額が東京に還流し,ユー一 P円の動向を監視(モニター)するのに 好都合である。 ⑥ 日本経済の国際的高評価とともに日本への外資流入の増大が予想される が,国内市場ですべての資金を受け入れることが難しい場合には,オフショア 市場により対外投融資に振り向けることが可能である。また経常収支が一時的 に赤字になった場合,オフショア市場から短期資金を取り入れることができる。 ⑦オフショア市場の発展により,これに関連した国内の雇用の拡大が期待 できる。また対外的には東京が環太平洋地域の国際金融センターとして国際的 な資金の運用・調達の場を提供し,同地域の経済発展に寄与できる。 5.東京オフショア市場創設によるデメリッF 東京オフショア市場創設によるデメリットとしては次の諸点があげられる。 ① 為替市場への悪影響が懸念される。つまり円の国際化の進展とともにユ ーロ円市場が拡大し,市場取引を通して円投機の発生が予想される。 ② 国内金融政策に対する悪影響が懸念される。すなわち増大したユーロ円 の日本への還流により,国内のマネー・サプライの麗乱要因となり,金融政策 の有効性を阻害する恐れがある。 ③わが国は金利自由化の過渡期にあり,短期市場金利の自由化はされたも のの国内主要金利は規制されている。もしオフショア市場創設により,円の自 由金利が形成されると,国内金利体系は主体性を脅かされることになりかねな い。 ④オフショア市場取引に対して,租税公課減免や金融規制の緩和を行うこ とにより,税収が減少する恐れがある。また市場に参加しない零細金融機関と 市場参加金融機関との間に租税負担の不公平が生じる可能性もある。 ⑤ 東京オフショア市場の発展により,ホンコン,シンガポール,マニラな どアジア地域のオフショア市場を圧迫する可能性がある。
62 彦根論叢 第220号 6. 東京オフショア市場の悪影響の検討 以上東京オフショア市場創設によるメリットとデメリットを概観したが,メ リヅトについては一部の論者を除いて大体異論はないので,デメリットについ て検討することにしよう。 きう デメリットの①から③は主として日銀によって主張されている。しかし東京 オブショア市場が創設されない場合でも,ユーロ円の増大は予想されるところ であり,将来日本へ流入することも充分考えられる。したがってユーロ円を日 本に還流させ,日本の監視下におくほうが悪影響を少しでも軽減することにな るのではないだろうか。 この点については,ニューヨークIBF創設のときの議論が参考になる。 アメリカではFRB(連邦準備制度理事会)が同様の理由から, IBF構想に 消極的であった。しかし,究極的にはアメリカにオフショア市場を開設した方 ラ が,ユーロダラーの監視・規制に効果的であるという結論に達したのである。 そして,昭和57年9月8日現在でアメリカ国内に395のIBFが設立され,1 エの BF総資産は1,515億ドルに達している。 IBFの数を州別にみれば,ニューヨークが176で全体の約45%,これにカ リフォルニア70,フロリダ60となっている。また総資産残高ではニューヨーク が全体の78%,カリフォルニア13%,イリノイ6%,フロリダ2%とこの4州 ユ1) で全体の99%を占めている。このようにアメリカでのIBFは順調に発展し, この間,懸念された国内市場への影響もあまりなく為替相場やアメリカのマネ ユ 一サプライへのIBFの影響もほとんどないとFRBはみているようである。 日本の場合も少なくとも外貨取引に関する限り,オフショア市場創設はほと んど影響がないと考えられる。なぜなら,すでにドル・コール市場が300億ド ルの規模に達しており,ドル・コールがドル預金になるだけと考えればよいか 8)太田〔29〕〔38〕。 9) 三菱i銀行〔11〕。 !0) S. 」. Key (5). ID S. J. Key(or), p, s6cj, 12) 糸田見 〔37)。
金融の国際化と東京オフショア市場 63 らである。 また金融引締政策を日銀がとったとき,日本企業の現地法人がユーロ円を調 達し,それを本社に送金することにより引締策の効果があがらないという議論 もあるが,現実にはすでに新外為法でインパクト・ローンの自由化により,こ のような企業の行動は生じているのである。その意味でオフショア市場創設に より金融政策の効果が大きく減殺されるということにはならないであろう。 次にデメリット④の租税公課の減少について検討しよう。まず,非居住者預 金利子の非課税措置が税収へ与える影響は,軽微であるといえるだろう。なぜ なら非居住者預金は,現在,源泉課税回避のため大部分が課税対象外の本支店 貸借に形を変えており,もともと源泉税による税収はあまりないからである。 またオフショア市場開設により邦銀がニューヨークやPンドンから国際業務 をある程度東京に移してくれば,海外支店経費の節約により邦銀の利益は増大 し,その分は税収面でプラスになるであろう。さらにオフショア業務拡大によ り銀行の法人所得が増大すれぼ,法人税も増収となるだろう。 ところで利子課税免除により恩恵を受けるのは非居住者であり,その意味で はオフショア市場参加行と非参加行の間の直接の不公平は生じないといえるだ ろう。また銀行等が国際業務を行う場合,海外の税務当局とのトラブルが大き な隠題になっている。今後,各国は徴税強化を図ることが予想され,その意味 でも国際業務の中心を海外から東京に移しておくことは,意味があるといえる だろう。 次にデメリット⑤の東京オフショア市場がシンガポールやホンコンに与える 影響であるが,必ずしも非常に大きなデメリットがあると考えられないであろ う。とくにシンガポールはバハマやケイマンとは異なり,商品取引など種々の 市場があり,ニューヨークに対するカリブ海のオフショア・センターと同じ観 ユヨ 点で議論しなくてもよいであろう。しかもシンガポールは営業時間帯がロンド ンとオーバラップし,東京市場にはない強みを持っている。 13) ニューヨークIBFの開設により,カリブ海のオフショア・センターから大量の資 金シフトが生じた。しかし現在では落ちついた動きを示しているようである。
64 彦根論叢i第220号 さらに,円取引が東京で盛んになるとシンガポールやホンコンでも円取引が 拡大することが考えられ,その意味では補完関係がでてきてメリットも生じて くるだろう。過去の事例からすれば新しいオフショア市場開設により,既存の 市場は相乗効果で拡大する場合が多いようである。 V 東京オフショア市場の展望 東京オフショア市場の創設は,メリットがデメリットよりも大きいと考えら れる。しかし,昭和58年1月にニューヨーク型IBFを目指す東京オブショア 市場構想についての「細見私案」が発表されたものの,現在までのところ民間 金融機関の問でオフショア市場に円を含めるか否かで大きな対立があるほか, 日本銀行も国内の金融秩序や金融政策に対する懸念から慎重な態度をとってい る。また,オフショア市場構想に積極的な大蔵省も,「当面の課題はコンセン サス作り」と積極的なイニシアチブを取ろうとはしていない。 まず民間金融機関の争点である円をオフショア市場の取引通貨にするか否か については,次のような利害が存在するといえるだろう。すなわち東京オフシ ョア市場が開設されれば,円の対外貸出しが自由に行え,しかも金利はCD金 利を基準の変動金利で貸出しが可能となるからである。 上位都銀が東京オフショア市場創設を積極的に主張するのは,まさにこのた めであるといってよいだろう。国内資金需要低迷で円の対外貸出しの必要i生は 一段と高まっているものの,円の対外中長期貸出しは日銀の窓口規制の対象と なっており,量的な拡大は制約されている。また貸出金利も長期プライムレー ト基準の固定金利貸出が主流で,長期信用銀行がこの分野では一歩リードして いるからである。 このように国内の長短金融の分離が海外にも適用されており,長期信用銀行 が円の対外中長期貸出しの約80%のシェアなのに対し,都銀は約10%で,上位 都銀からの反発が強い。したがって,都銀の東京オフショア市場構想の真の目 的は円の対外貸出しの自由化にあり,オフショア市場をテコにした国内市場自 由化の促進ということにあるともいえる。しかしながら,国際化が遅れている
金融の国際化と東京オフショア市場 65 都銀の中には,「強者の論理で自由競争を迫るのは問題だ」と反論するなど, 必ずしも,都銀全体のオフショア市場構想に対する足なみが揃っているわけ’で はない。 また東京オフショア市場創設に正面から反対しているのは長期信用銀行と信 託銀行である。それはオフショア市場で円の対外貸出しがCD金利を基準とし た変動金利で行われるようになると,都銀に比べて採算面で劣勢こ立たされる 可能性があるとともに国内の「長期金利体系」が崩れるのを懸念しているため でもある。 このように国内の利害関係が錆綜しており,早急な利害調整がつく見込みは たっていない。細見氏も「東京オフショア市場の早急な実現には『外圧』以外 に道がない」といっているほどである。しかし,東京オフショア市場創設は金 融の国際化,円の国際化とともにひとつの大きな時代の流れである。その意味 からも残された懸案を速やかに解決する努力を払い,拡大するユーロ円を当局 の監視下におく体制を整え,国内金融市場への撹乱要因を少なくすることによ り,金融の国際化とくに東京市場の国際化と円の国際化にともなう費用の軽減 を図る必要がある。このように,長期的観点から東京オフショア市場創設によ る利益を最大にすることが日本にとって早急に望まれるところである。 〔参考文献〕 (1) C. Parker, ‘‘More foreign bankg. open for business,” The Banker, Nov. 1981, pp. IOI−!11. (2) J. Walmsley, “lnternational banking facihties−we have 1ift off,” The Banker, Feb. !982, pp. 91−96. (3) H. P. Kennedy, “The role of foreign banks in a changi ng US banking system,i; Th’ e Banfeer, Feb一 1982, pp, !01−!06. (4) K. Egashira, “The internationalisation of the yen,” The Banfeer, March !982, pp. 37−4!. (s) S. J. Key, ‘’lnternational Banking Facilities,” Eederal Reser’ve Butletin, Oct. 1982, pp. 565−577. (6) S. Heath,” Britain’s offshore havens,” Tke Banker, Oct. 1982, pp. 105−107. (7) 」. lreland, ‘eArab banks expand abroad,” The Banker, Dec. 1982, pp. 75−79.
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