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〈研究ノート〉国際価値論に於ける後進国の理論的性格 : 従属的発展と不等価交換

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〈研究ノート〉

国際価値論に於ける後進国の理論的性格

一従属的発展と不等価交換一

1 問題の所在 マルクス経済学に於ける国際価値論の対象を貿易の必然的論拠としての 比較生産費説の労働価値論的位置づけ,国際的商品交換過程の等価・不等価性の分析,貿 易当事国経済発展に与える影響という三点に整理できるとすれば,旧来の研究は国際価値  1) 論争に代表されるように第2の対象に主として焦点をあてそこから国際交換における搾取 という極めて重要な理論的概念を引き出しながら,従って当然貿易当事国の一方たる先進 資本主義国にとっての貿易を媒介とする経済発展;蓄積可能性を措定することに成功する 一方で第1の対象たる比較生産費説との連関で第3の対象就中現代の所謂後進国経済の理 論的位置づけ(積極的表現を用いれば理論的な蓄積の可能性と形態分析)の問題を極めて 面当に国際価値論の「静態論」的枠組に籍卜して放置してきたと言える。国際価値論は現 実の状況を直接説明できない模型ではなく,調和的均衡を説こうと企図する衝心経済学の 原理でもない。それは現段階の世界経済の同・心血的不均等構造を根底において契機づけて いる後進性という概念の所以を先進国による後進国の搾取という範疇によって本質的に把 握する視座にほかならない。而してこの搾取が現段階の国際経済=国家と国家の生産関係 の裡で後進国の理論的性格(その発展可能性と形態)をどのように規定するのかという一 点に関しては従来殆んど明示されなかったといって過言ではない。戦前コミンテルン時期 においては国際価値論は展開されず,帝国主義論=資本輸出論の視点から専ら殖民地・半 殖民地発展不可能論=国際的搾取によるその土着的蓄積不可能論が主流を占めたし,戦後 に至ってもマルクス経済学のこの領域ではこの古典的規定即ち国際的搾取;蓄積不可能と いう型の論理が継承され,国際価値論の構造的展開を不可能にしていたと言えよう。しか し,搾取という原理的範疇の確認はそのまま後進国の資本主義的な発展可能性を理論的次  1)木下悦二編r論争・国際価値論』昭35参照。

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元で否定する標識となるのであろうか。この点に極めて大きな問題が潜むのではないか。 以下では従って解明すべき問題を主として現代後進国(社会主義国を除く)の資本主義的 発展の可能性と形態を国際価値論の枠の中で現代後進国の蓄積に拘る社会構造の特質とし て位置づけるという境界領域的接近によって明らかにしたい。 2 不等価交換の構造における貿易利益の二重性 マルクス経済学に於ける国際価値論の 方法論的特質は貿易の必然的論拠が重層的に把握され,所謂世界市場を貫徹する価値法則 のモディフィケーション形態を通じて商品の国際交換による一方の当事国の他方の当事国 (普通生産力発展格差による先進国と後発国を指す)に対する搾取概念が資本主義国際分 業に内在せる本質的契機として措定されたことに在る。即ち,貿易方向と静態的利益を基 礎づける当事国それぞれの比較生産費の比較差の存在を貿易開始の前提とする流通論の相 対的側面が,絶対的な経済水準即ち貿易当事国の各産業部門の絶対的発展度の比較,更に その総合としての意味をもつ国民的生産力の発展水準の比較という価値生産の国際比較の デイメンシヨノ      ソツテ 次元から需要要因に第一義的に依拠する価格均衡論ではなく実体としての実質費用(労 働)として認識されていることをそれは意味する。  古典派の最も確実な体系理論と見蹴れる比較生産費説は,周知のように貿易の方向性と 総利益の必然的論拠を提示するものであり,その原型はリカートが比較生産費の単なる相 対的比率ではなく貿易当事国に於ける実質的生産費水準=国民的な労働費用の次元におけ        2) る国際交換であることを理論的に示唆しえたことを明確に我々に教えるが,反面において 彼は国際分業の調和的メカニズムとしての比較生産費説を保証する為にそのいわば内在的 安定装置としての貨幣数量説による国際的な貨幣配分を通しての収支均衡メカニズム所謂 古典的価格効果を結びつけて一つの自律的国際分業の構造を想定しているのであって,い わば比較生産費による可能的な貿易利益を貨幣数量説によって均衡的貨幣価格による現実 的貿易利益に転化する考え方であると言えよう。リカードの比較生産費原型の大きな意義 ;国民的労働生産力の比較にも拘らず,一般的抽象的人間労働の鋤縣に到達しえず,結局 国際的商品交換の不等価性という本質的分析にまで進みえなかったことは,他の一点即ち 先に指摘した如く均衡価格による貿易=収支均衡という極めて静態的な,そして夫は正に 英帝国による自由貿易的パクス・ブリタニカ維持志向を反映する如き均衡論に理論的性格 を限定した点に求められねばならない。従ってJ・S・ミルを鼻祖とする価格経済学的な 2)行沢健三「比較生産費説」の原型理解と変形理解く商学論纂>15巻6号参照。

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億値論抜きの比較生産費説の相対化が進行し,国際交換の基底に在る価値の不等価交換と いう実質関係=搾取関係が全く陰蔽され,貿易の「相互利益」的性格が専ら交易条件の論 理に添って主張されることになる。  ひるがえってマルクスが国際的交換に於ける/面値法則のモディフィケーションを言う場

      …   3)

合,比較生産費説による当事国双方への相対的な貿易利益は認めているし,その特殊な間 接的示唆が先進国と後進国の交易における農業と工業部門の生産性成長格差による先進国       4) 農業生産物価格の割高と後進国農産品価格の絶対的低下のメカニズムの指摘であった。周 知のようにマルクスは前近代的外皮をはぎとり二大階級の刻目関係に六下せしめる明確な 政治的目標に印封貿易政策を従属せしめたのであり,一方で又自由貿易により強化された 資本による中間層のプPレタリア化と非熟練平均労働への願下,生産と資本の集積傾向を 想定しているから総じて白由貿易による後発資本主義国の急速な資本主義化を理論的に想 定していたと考えられるし.これは又資本論第1巻序文における後進国の単線的な資本主 義化(英国モデル化)テーゼとは質的に異ったものとして確認される。そしてこのような 想定はマルクスが比較生産費説の視座に立って相対的な貿易利益可能性を理論的に後発国 に対して認めていたことを示唆する。即ち,この視点はマルクスに於いても例えば英国の 対殖民地貿易の如.ぎ収奪的な本源的蓄積の過程とは明確に区別されるいわば資本主義の結 果としての貿易てあったと考えねばならない。  更にマルクスの易合,リカードの貨幣数量説に基く収支均衡化機構を批判しつつ,各国 の生産力発展段階に応じた貨幣の相対的価値の逆比例的配置(金生産性が高いから金単位 当りの投下労働量は減少する)と名目賃金水準の比例的配置を正しく指摘したが,国民的 生産力=国民的労働生産性の絶対水準が一国の適正な均衡的通貨量を規定するわけである から,一国の主要輸出生産物と交換される商品金が価値尺度となる。この場合,一国の国 民的生産性の増大に伴って新しい金価値が価値尺度として国内交換に一般化する迄に幻想 的な旧い働値尺度が過渡的に並存するが結局は新しい価値尺度(金価値)に適合した貨幣        5) 流通量に収敏する過程を想定できる。例えば一国で労働生産性の改善があった場合,新し い価値尺度によって計られた国内物価水準と労賃水準は上昇し自国通貨の交換相場は強化 され,貿易収支に抑制的影響を与えうる。しかし,マルクスの場合,当該国の一般的利潤 3)Marx, Theorien,皿., Band 26.3Dietz S,101.邦訳.大月版全集26皿132−133頁。 4)Marx, Theorien, ll ., Band 26.2., S 13−14.邦訳.同26且8−9頁。 5)行沢健三,貨幣価値をめぐるリカァドウとマル.クス〈経済論叢>109巻1号,36−37頁参照。

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率は改善前より上昇し,不均等発展の起点を形成するのであり(企業,部門ひいては当該 国民経済全体),単なるリカード的な調和的分業を拡大するわけではない。価値移転とい う本質的不均等性の根源以外に流通面のみに眼を向けても商品交易条件が相互利益を準々 均等化する如き比率に収思する自律性は全く存在しないし,むしろ所謂「重需要」と「軽 需要」間の交易による利益配分の不均等性を増幅する傾向をもつであろう。しかし,前述       6) したようにこのような後進国の貿易による所謂「低転換」傾向は当初より生産力水準が圧 倒的に相異する殖民地・半殖民地との特殊第一次産品と工業品交易に適合する事例であっ て一般的にはマルクスによって示唆された国際価値論の上向原理は,流通面における比較 生産費説と貿易収友均衡化の傾向を,資本主義の結果としての国際交換の法則として承認 し,その前提に立ってリカードにより指摘されながら体系化されえなかった国際価値=貿 易による搾取の理論を価値法則のモディフィケーションという拡大された上向原理で,前 半体系の原理的具体化として(従って資本制と小商品生産的殖民地の交換関係即ち資本主 義形成の歴史的前提としてではなく)資本主義的圏民経済(ブルジョア国家)相互の生産 関係として構築されていると考えることが出来よう。従ってそれは資本主義の国際貿易の 一般的理論としての意味をもちうるのであって.その理論的特質はその重層性=流通面に おける国際分業的な相対的利益の可能性と実質費用という実態的価値次元における国際交 換の搾取の必然性という逆説的構造=にこそ在る。実質的な価値次元での貿易利益の問題 は所謂不等価交換の規定より直接導出される移転価値量=先進資本主義国が後進国より国 際交換を通じて実態的に搾取した大きさである。この範曙の存在は,例えば従来のマルク ス主義経済学の規定,即ち国際生産価格を認めず,その代替メカニズムとして国際市場価 値(国民的価値の金を媒介するか,或は商品交易条件を前提とする国際的価値の不等価交 換という考え方を含む)という範鷹によって不等労働量=不等価値交換という定式によっ て導出されうる。この場合,不等価交換の存在論拠としては世界市場における競争限定に より国民的労働生産性の差を基底にもつ国民的労働が世界平均労働(普遍的労働として諸 国民労働の平均且つ度量単位として形成)に収敏しないので,資本主義的国際交換は,世 界的平均労働からみれば等価交換であると同時に国民的平均労働からみれば不等価交換       7) という所謂価値法則のモディフィケーションより説明される。更にもう一つの説明論拠と 6)赤松要,自由貿易における不等価交換,木下編前掲書,90−95頁参照。 7)主として松井清教授の規定。松井清r世界経済論体系』昭41,第1章参照。

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       8) しては擬制的複雑労働化規定が主張せられる。いつれも不等労働量;不等価交換が国民的 価値次元より帰結されるが,他方で国際的価値においては等価関係であると規定される。 しかし,これは問題の相対化ではなく,世界的平均労働=国際的価値の範疇が,国内経済 の市場価値;中位的生産条件と異って実体としては存在せず,諸国民的労働の平均という 一つの擬制的範疇にすぎない以.E,従ってそれへの収敏が競争によって強制されない限 り,即ち資本主義世界市場が諸国民的労働の強度と生産性のstufenleiterをなしている限 り,国民的労働が不等価交換という範疇の概念的基礎でなければならない。抽象的・一般 的ノ,間労勘がそこでぱそれぞhの国民的平均労働の基底に在1) ,従って比較さるべき労働 は一定の段階において世界蜘こ共時的構造をもつ単純労働であって,それが国民的労働生 産性(労働の生産刀)格差という対象化された擬制的複雑労働という形で世界市場で商品 交換によって比較罰tるのである。強度差の本来的に在る国民的労働の国際交換は一応等 価交換として除外罰しる,、(疎外論からは強度差による「等価交換」も商品生産者の形式         9) 一ヒの平等件に止麦る)労働生産性のstufenleiterは本質的に価値増殖の格差構造に無関係 であり,マルクスが例外的に認めた例ぱ同部門内の個別資本のイノベーションによる実質 的労働強度が一時的に従って擬制的に上昇する場合だけであるが,この場合,社会的労働 は節約されたこと≧意味するから,国際交換が翫会的労働を節約する効果=外国貿易の使 用価値的利益をもつといわれる場合,少くとも労働生産性の改善が,本来,強度のひとし い単純労働としては価値的次元に関係しないものてあるにも拘らず,該国民的労働の国民 的強度を改善することによって,社会的労働を節約した…換言すれば使用価値的利益の拡 大てはなく,同一労働の単位時間当リヨリ大きな三四生産一という含意でなければならな いeその場合,部門内部の競争によって当該商品生産部門の商品大量により形成された特 別剰余価値と新たな市場価値=社会的価値以下に切すてられた労働浪費部分の和が該部門 の社会的労働の節約となろう。 (木下教授の指摘される社会的価値=実質的投下労働費用 と市場価値(価格)の乖離する需給不均等のケースでは,社会的労働節約の規準は社会的 価値である)勿論,この場合,需給不変下で部門内部で擬制的価値移転が生産条件改善資 木に切すてられた個別資本から行われていると考えられる。社会的労働の節約とは,技術 8) 名和統一r国際価値論研究』昭24,根本テーゼは159−162頁参照。諸国民的労働(簡単労働)  は全使用価値を生産しうる労働故に同種部門内の複雑労働と単純労働の関係に擬制されうる。 9) Tamas Szentes, A brief Survey on the theeries of international trade, 1979, Budapest,  pp 40−42.

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革新という技術的過程を媒介にして直接的生産過程で生み出されたものであるが,擬制的 複雑労働化によって一時的強度の拡大として新たな市場価値=社会的価値(単位当り)に 準拠して個別資本に追加された社会的価値量と考えられるから,あく迄擬制的な一本来あ りえない一価値の部門内移転と考えられる範疇である。  国際交換における不等価交換は,本来一般的・抽象的人間労働として単純な国民的平均 労働が,やはり擬制的に比重の高い国民的労働=新しい強度差をもった社会的労働となる ことによって形態的には流通過程に於ける不等労働量=不等価交換となり,即ち諸国民的 労働の平均としての国際市場価値(需給均等条件下)の擬制的形成に対して国民的労働生 産力(生産性が代表する)の高い国民経済(厳密にはその資本家総体に部門間競争を通じ て一般的利潤率を上昇させることにより)に超過利潤という形での社会的労働節約の効果 を与えるのである。このような価値次元に直接閉るような不等価交換は従って社会的労働 の節約という意味は価値量としては貿易当事国双方に均制する社会的労働の節約ではな く,一方に偏労する節約とならざるをえない。これは基本的には 国内の脚部門内競争に おける技術革新が制度的には極めて短期且つ不安定要因に止るに反し.圃民経済が生活共 同休として相互に一町って世界市場がはるかに制度的要因である点にその原因が求められ ねばならない。  しかし,一方のみが利得する外国貿易は理論的にありえない.原野的な収奪(植民地等 への収奪)は別として,資本主義的貿易利得はさまざまの比率で当事国双方に与えられる 必要がある。比較生産費による貿易利得は,この意味では専ら即値量には直接関係のない 特定使用価値生産の労働生産性に拘る範躊であると考える必要がある。即ち,夫は社会的 分業,換言すれば一定の生産手段・労働手段と結合した一定水準の強度をもった国民的労 働を労働生産性(能率賃金水準に反映する)のr「1対的比較差に基いて特化;再編成するこ とから生れる使用価値量の拡大である。故にそれは使用価値=’平定素材=特定商品の幽界 的資源配分構造より直接由来する利得であって,一一般的には国内における社会的分業の延 長線1二に選ると言えるが,特殊的性格としてはU堺闇商}lr疏通過程に内在せる特殊機能で あると考えられよう。従って比較生産費的貿易利得の木質は本来的な生産過程に拘る価値 増殖次元のものではなく,同等なf面値量がヨリ大きな使用価値獲/与という目的の為に流通 過程の劇界市蝪的特殊什を媒介として再編成されることを意味する.  使用価値的貿易利益は照々純交易条件或は粗交易条件で配分されるとしても,価値次元 で見た不等価交換罵価値移転を計測する直接指標d、前晋のように一元化しているわけでは

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ない。それは能率賃金率を反映する国民的生産性水準を貨幣商品金の生産性格差で代表せ しめ,特化商品の価値量=国際的個別価値という方向での共通比較可能な価値価格形態へ の翻訳という手順をふむのが普通である。しかし,金生産性の比較差という範疇は価値の 価格への転化の媒体としては抽象的すぎ.又普通の資本主義国民経済にとって輸出商品価 値に代替される間接的媒介変数であるから結局ぱ為替相場;1国通貨の対外価値に収敏す る。しかし,金価値は当事国でその国民的生産力水準を反映するとしても,その反映過程 と云うべき国際収支(貿易収支に代表)均衡化の内部構造に厳密に媒介された対外均衡の 下での国内通貨価値の安定化局面を前提としなければならない。画意的な金生産性水準差 を設定することは,行沢教授が指摘される如く答を前提するにひとしい。特定国製造工業 の国民的生産性の実態的・統計的比較研究から直接価値的な比較差を推計する大きな成果 は既に存在するが,時代的・空間的:こ限定性をもつから,埋論的シェーマの論拠の一部と なっても今のところその代替物とはなりえないと考える。  市場価値論的な不等価交換モデルのもう一つの特徴は国民的労働=国民的労働生産性が 賃金水準=投下労働量によって代表せしめられ,祁門間競争を媒介とする不変資本の位: 置,即ち資本の有機的構成の変化が国民的生産性にどのように反映されるのか明確ではな い点であるt一当然この点は世界的な一一股的利潤率形成による貿易当事国民互問の資木(労 働力ではなく)移動を認めない占典派的モデルに不可避の制約とも言える。  しかし,このような市場価値論型モデルによって枠組として析Hiされた貿易利得の二重 性の意味はどのように理解すればよいのか。  比較生産費の視角に立脚する限り,換言すればA・スミスの絶対生産費差に基く相互補 完的貿易=調和的世界市場論ではなく,国民的生産力の段階差より成る複合的1四界市場と いう考え方に立つ限り,外国貿易の国際分業利益(配分率は不均等ではあるが)は否定で きない。後進国の輸出部門である農産品緬格=国際個別/面値の低水準は決して絶対生産費 差ではなく一この点は特に戦後の段階の世界経済における先進国農産物の高生産性によっ て証明される一比較生産費構造の枠内での後進国特化部門=農産品の先進国農産品に対す る絶対的安緬ということなのであり,国民的生産力の総体的格差によって媒介され可能に なった,後進国に一定の分業利益をもたらす機構なのである。  このような分業利益は,故1こ使用/剛直・素材としては工農分業の形態に由来するが,こ れは国際分業体制の再編成;輸入代替による工業化を可能にする如き白由競争段階の特定 経済圏でのみ,つまり特定の通時的・共通的構造の枠内でその最適性を見出したのであっ

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て,かかる使用価値的貿易利益は,その基底において価値的貿易利益の不均等=国民的労 働の交換比率に反映される不等価交換の構造によって固定されなかったと言えよう。  しかるに先進資本主義国が不等価交換による価値的利益を拡大し,それを資本輸出特に 直接投資によって新植民地的抑圧体制の形成という制度的要因によって不等価交換の国際 分業構造を確立した戦後段階=帝国主義国際分業体制の下では,分業利益の不均等性は後 進国にとり不利な方向に操作され一これは周知の点一るが,むしろ一層重要な点は,仮に 分業利益が後進国にとり逓増的な且つ絶対的には相当大きなものであったとしても,この 国際分業構造自体を強化する方向性しか持ちえない点である。このような構造は正に国民 経済を先進と後進それぞれに孤立してその関係=国際関係として把えるのではなく,先進 資本主義国(具体的には米国)の生産と資本集積が世界経済の新たな同心円的構造を可能 にした世界的生産関係の改変(その生産力の拡大に照応した)の所産として把えるべきで ある。  帝国主義国際分業をモデル化した視点がフランスのマルクス主義者たちを中心として世 界的競争下の不等価交換モデルとして主張された。ここては,前述の意味での比較生産費 的分業利益は殆んど実質的に否定されている。  この意味では帝国主義国際分業の同心円構造を規定している媒介変数と云うべき南北当 事国の賃金水準差就中後進国の賃金率の性格規定に中心をおく生産価格的競争モデルーそ れは基本的に比較静学的性格の限界をもつにせよ一が,不等価交換;マイナスの貿易利        ウ ル益の後進国側への因果的推積効果のメカニズムのヨリ現実に接近した分析道具となりう る。このような世界経済の競争論的モデルを基盤とする研究者達は,A・エマヌエル, S・       10) アミン,J・セガール, O・ブラウン, R・サウ等によって代表されるが,当然その分析 形式と重点,発農予測等について多様な差異を内部に保留し続けるのにも拘らず,その基 本的認識において共通点を持つ。簡単に言えば,世界資本主義体制を経済的には帝国主義 的中心centreとその周囲に有機的に編成された周辺=後進国peripherieの同心円的対 極構造として把える認識である。従来の正統的マルクス主義者の新殖民地主義体制という 規定との質的相違点は,基本的立場はマルクス・レーニン主義ではあるから一致するので 10) A. Emmanuel, Unequal Exchange, 1972, N. Y. & London: S. Amin, L’accumulation a  1’6chelle mondiale 1., 2. 1970. Paris; Amin, Unequal Development, 1976, N. Y, & London:  J. C. Saigal, reflexions sur la th60rie de t‘1’echange in6gal, (S. Amin, L’echange  in6gal et la工oi de la valeur)1973, Paris:R. Sau, Unequal Exchange;imperialism  and underdevelopment, 19. 78, Calcatta

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あるが,前面が独占体の資本輸出に表徴される最大限利潤動機を専ら説明論拠とするのに 対し,後者はむしろ中心の独占体制を保証する対応的過程として後進国(周辺)の特殊構 造の分析を中心とする傾向を有する。つまり,不等価交換という経済関係を通じて後進国 の特殊な「発展」構造が再生産され,中心に対して周辺化していくというμ堺資本主義の 構造がそこでは共通の視座なのである。  不等価交換のモデルは大体,マルクスの生産価格モデルを利用するエマヌエル・アミ ン,スラッファ・モデルを利用するブラウン・セ刀一ル.独自なモデルによるサウという 三種の方法に便宜上区分しておく。それぞれの特徴を比較しよう。  エマヌエルの場合,第一に実質賃金率が貿易当事国で均等であるリカードの比較生産費 モデルにとり資本報酬=利潤の不均等化のみが必要十分条件である。故に資本が可動であ り,賃金率は同等とすれば,交換は生産性が異っている,即ち資本有機的構成が異ってい る場合におこなわれ,夫々の異った生産緬格に不等価交換は表現せられるが,エマヌェル はこれを国際的不等価交換とみなさないのに対し,アミンはこの場合でも実質賃金同等の 為には後進国でのヨリ低い剰余価値率が必要だから不等価性は生産性での不等価性を反映 するとする。生産技術を同等として後進国の賃金が先進国の十とした場合,低賃金の国は 同じ生産性の労働の等量;こ対して先進国より少く受とるが,エマヌエルはこの場合を厳密       11) な不等価交換と規定する。これを等価交換とする為にはそれぞれの国内不ll潤率の賃金格差 に対する出差は極めて大ぎな非現実的な値となる。アミンによればこれは実情に合致す る。即ち,ユ966年の後進国(第三世界)の総輸出量のうち,その内苦を少くとも多国籍企 業を中心とすろ外国超近代部閂(石油,採鉱,金属精錬,近代プランテーション等)が供 給したとして,もしこの26億ドルの部分が先進国内で(同技術二同生産性によって)生 塵れ・平均利潤率15%,平均7・・f・の設備融摩資本係数を岩と糠ばそ・妨の価値 は少くとも34億ドル(エマヌエル・モデルの数値と略々符合)となり,移転lllii値は約8億 日目となる。又,後進国独自の農業生産輸出部分を考えてみると,このような部分の生産 性と労働報酬(あえて賃金と云わぬ)水準の不陸伊姓は大きいのが常である。例えば1人 のアフリカ農民は毎年重労働/00日の代価に西欧熟練工単純労働20日に相当する価値(製 造品)を獲得する。今もしこの農民が近代西欧技術を用いて生産すれば彼は年300日働い て約6倍の量の生産物を入手する。この場合農民の労働生産性は2倍になっているわけだ 11) A Emmanuel, lbid pp. 60−64.

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から,前述の後進国農民の輸出する価値は90億ドルではなく,その2.5倍の230億ドルにな るから,この土着輸出部分の不等価交換による価値移転はその差額1140億ドルとなる。明 白な特徴としてこの部分におこる価値移転は,近代部門で生じる価値移転より大きい。従 って輸入資本財に表徴された不等価交換に由来する価値移転部分は通常大きいと考えられ よう。総計して,後進国からの前述の輸出総額350億ドルが先進国と同等の生産性をもっ て生産されるとすれば:約570億ドル=340+230となり,内220億ドル=80+140が価値移転 部分となる。即ち現実の輸出額350億ドルを生産せる労働は西欧の労働に比して約tの質        12) 的切下げをうけたことになる。  これらの推計モデルから先進国の後進国に対する搾取と後進国発展の資本蓄積阻害要因 が帰結される。アミンが補足するように,これらのモデルは貿易当事国一この場合,具体 的には帝国主義国(欧米とH本)に対して第三世界諸国が資本主義的競争メカニズムの最 低条件をみたしていることを前提としている。アミンによれば,このような事態は本質的 には戦後段階一口段階に妥当するのであって,自由競争段階の19世紀には,周辺の輸出が 微小で且つ中心の賃金水準も低い点からみて本質的に価値移転としては在りえなかった。 これば前述の如く構造として不等価交換が確立していなかったという意味では正しい。比 較生産費に依る利益は中心一周辺という構造形成に伴ってその機能は限定され,実質的に 否定される。要するに上述の条件の下で同等な生産性をもつ労働が周辺諸国でヨリ低い賃 金で支払われる場合には国際交換は常に不等価交換なのである。  従って不等価交換の具体的分析は周辺地域での資本による労働支配の機構・政策にまで 行きつかねばならぬ。とくに資本が周辺に課する特化は永続的に成長する労働力剰余を生 じうるか分という析が核心となる。アミンはA・ルイスの周知の伝統部門労働力の潜在剰 余の近代部門低賃金への還元という視点に反対し,国家と資本の原話政策にその論拠を求 める。これは基本的に正しいし,エマヌエルが賃金を独立変数と見るのに対する有効な批 判にもなっている。  J・セガールはスラッファー・モデルの形式を利用して独自の二国二財の従属的発展の 数種の農工分業模型(技術の配分を媒体として)を考えるが,いつれの場合にも後進国に とっての不等価交換が指摘される。彼の結論は(1)特化される生産物或は産業が何であれ, 世界市場に於いては従属経済にとって不等価交換となる。当然中心国による従属国経済へ 12) S, Amin, L’acumulation a 1’eehelle mondiale 1. pp, 105−109.

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の搾取が生れる。(2)世界経済の二本主義的生産・交易関係に基く国際分業は中心の経済或 は先進経済に有利であり,周辺における生産力の発展を妨害する。セガールによれば実質 賃金は資本主義生産様式の中では外生的に所与のものではなく,蓄積条件と階級斗争の相 互活動で規定される。中心と周辺経済の間の実質賃金の乖離は, (勿論これら二つの地域 の生産力の所与の歴史的発展の不均等性の所産である)単に著しいのみならず,相対的に        13) そうだというより,だんだん絶対的に大きくなっていくのである。不等価交換メカニズム についてはS・アミンの規定と一般的に一致することが確認されている。  又,先進国の労働生産性と賃金水準の変化が後進国の賃金水準にどのように影響するか に就いて先進国第1部門の生産性は2倍に,後進国第21Wljのそれは50%上昇したとし て,(1)中心経済の賃金水準がその第!部門の生産[生と同率で上昇した場合,(2洗進国労組 が強くて第1部門生産性増大率より大きな賃金水準の上昇を獲得した場合,(3)逆に労組が 弱くて賃金水準の上昇がヨリ小さい場合という3種のケースを分析した結果,(1)について は後進国の賃金水準は1.5倍に拡大し,その第2部門の生産性の増大と一致するが,しか し,両国の賃金水準の乖離は以前より拡大するu(2)では後進国の賃金水準は生産力の上昇 がおこる以前に比べて減少するLt(3)のケースでぱ利潤率不変の仮定下で後進国の実質賃金 は以前の2倍以上である.これは先進国労働者と後進国労働者の斗争を示す。即ち後進国 労働者が先進国の相対的な生産性上昇から利益を得るとすれば,先進国の労組はその実質 賃金の高さが生産性の増大に追い抜かれるほどに弱体でなければならない。逆には先進国 の強力な労組は後進国の賃金水準に不利な影響を与えうる。即ち,同等な利潤率が維持さ れるという条件の下で(世界的な一般的利潤率)労働生産性が増大する場合でさえも後進       コ4) 国の実質賃金を低めなければならない.  エマヌエル,アミン,セガールの不等lrl咬換論を貫く共通の特徴は世界市場での一般的 利潤率の形成という一種の完全競争を前提とする点であるが,第!の問題点は,比較生産 費による貿易利益を否定してしまうから,何故貿易が行われるかという根本契機が曖味化 することである。何らかの形で貿易利益が後進国側にも卑賎されぬ限り貿易そのもの,従 って世界的利潤率の形成嘉国民的利潤率の均等化過程は在りえない。又.エマヌェル,サ ミンの場合,同種商品の両国に於ける交換=貿易という模型の立て方による価値比較は上 述の意味から尋問をのこす。 13) J. Saigal,SIbid, pp. 132−134. 14) lbid, pp. 136−140.

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 更にこの場合,不等価交換そのものは絶対的に拡大するという結論になるであろうか。 セガールの(1)の場合,生産性の乖離増加率と実質賃金の乖離の増加率は一致し,後進国の 実質賃金水準は絶対的に上昇している。この現象を不等価交換の絶対的拡大とは,後進国 の実質賃金改善を前提としては言いえない。又(3)のケースでは不等価交換は絶対的に縮小 するが,これは普通ブルジョアジーの立場から主張される貿易の所得効果なのである(例 えば最も進歩的なW・シンガー規定)。結局,アミン=セガールのモデルにおいても不等 価交換が絶対的に拡大し後進国経済の発展に阻止的な影響を与える場合は(2)の場合に限定 される。しかし,この場合でも素材変換としての貿易の効果は敢えて問うていない,換言 すれば資本主義国際分業下では(2)のケースは後進国にとって選択肢ではありえない。  最後に,インドの経済学老であるR・サウは中心一周辺より構成される資本主義的世界       15) 市場の不等価交換モデルを次の如く設定する。彼によれば,中心の諸国は巨大な独占力で 周辺から価値を搾取するが,これが不等価交換の本質である。第三世界の諸国は世界資本 主義体制に組入れられた後一般に中心の必要に追随するようにその経済構造を転形され る。輸出商品は規定され,その生産方法もそれに従って規定されるが,輪出品は全く新し い項目でも,伝統的な項目でもありうるから,後進国は一定の経済的選択が可能である。 今輸出で利潤をあげうる商品生産高を・Tとする。単純化の為二つの生産投入,即ち生産 単位当りそれ自体のa量と,労働b量を必要とするとせよ。貨幣賃金率はW,利潤率はr とする。賃金は期末に支払われ,投入αは期首に支払われねばならない。Pを商品とすれ ば,P=6割+aP(1+r)となる。先進国はxを輸入し,他の商品yを第三世界に輸出する。 不等価交換にだけ焦点をあてる為に貿易均衡∬ρ・=yPを仮定する。又,先進国商品測定 の単位をPに均しくなるように選べば,貿易均衡下で生産の為にyののあらゆる単位は投 入としてそれ自身のα+△a量を必要とする。この場合,生きた労働投入は後進国より小 さい筈だから,労働b一△b量を必要とする。先進国では貨幣賃金率はより高い。今それ をkwとする。そこではfe>1である。ツの価格をP==(b一△b)kxv/[1一(a+△a)(1+r)コ とおけばb/[1−a(1一トr)コ=(b一△b)k/[1一(α+△a)(1+r)コ,而してk>ユだから次の不等 式をえる。   b/[1−a(1−i−r)コ〉(b一△b)/[1一(a+△a)(1−Vr)] 単純化するために商品xとツは111の比率で交換されるとすれば,この不等式の両辺は それぞれXとツの単位当り全労働量を意味するから,これは完全競争下の国際交換におけ 15) R. Sau, unequal Exchange, imperialism and underdevelopment, pp. 56−57.

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る不等価交換を明示的に示すことになる。  サウは上記不等式の最も重要な問題点として国際間で利潤率が均等化するか否かを自問 し,スゥィージ,バラン,キドロン等の証明をあげながら結局,均等化しえない,即ち後 進国はより高い利潤率とより低い資金率によって特徴づけられるとして,この事情が上記 の不等価交換にどう影響するかについて,他の事情不変として,利潤率をより高い価値r として分母に入れることが全体の価値を拡大するから,第三世界からの輸出を構成する労 働内容の計算はやや誇張される傾向が出てくるけれども,周辺と都市的中心の間の賃金格 差は著しく大きいので,即ち媒介度数乃が極めて大きいので不等価性は著るしく判然とし ており,利潤率の相違からくる影響を消去していると言う。彼はこのような不等価交換は 近代においては貧国の労働の相対的安{応二よ1) ,他方で富国の強大な独占によって構造化 され,時を追って拡大すると規定し,その要因として中心における賃金率上昇の不可欠, 拡大する剰余と増大する賃金基金の問題が労働節約的技術の進展によって緩和されるこ と,更に中心における廃用機械の巨大なストックが中心と周辺の間を片道的に,利潤追求 タンピングの形をとって技術移転され,周辺諸国は,中心における心用の時間経路を常に 追い続けるような工業化の特殊な形態を示すこと,このような過程が不等価交換を互に拡 大せしめるように働き,その結果,価値の隠れた移転が,この全体の潮の流れの形態を保        16) 証すると総括する。  サウのモデルでは生産性と賃金率との関係が直按的には出ていないが,中心の賃金率が 下方に著しく硬直的とする指摘はセカールの(2)の場合に相当する。叉,労働節約的技術に よる△b/△αの上昇は一般的な不等価交換の加速要因であるにすぎない。第三の技術移転 は直接投資を媒介とするプロダクト・サイクル論と符合する面を持つから,サウ自身,意 識するにせよ無意識にせよ後進国=周辺の資本主義的工業化の特殊な形式たる従属的発展 の必然性と不等価交換の関係分析に重要な手掛りを持ちこむことになった。  以上のような各派による視座の検討により我々は比較生産費を一応承認する市場価値論 的不等価交換規定も,比較生産費を実体的には否認する生産価格論的な接近も(!)資本主義 世界経済における労働比較によってともかくその不等労働量=不等価交換の存在という共 通の認識を導き出す。(2)その論拠として市場価値論的方法では国民的労働生産性のstufe・ nle呈terに基く擬制的複雑労働の形成のみが必要条件であり,生産価格論的接近では利潤率 均等化を前提として賃金水準の乖離が著しく大きいことが必要条件となる。しかし,利潤 16) Cf. lbid, p. 60.

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率の均等化は必づしも必要条件ではなくむしろ十分条件である。(3)使用価値的分業利益は 前者の接近では比較生産費による貿易利益として把握できる。後者は夫を否定するが,利 潤均等化が必ずしも不等価交換を否定する積極的要素ではないということは,国民的利潤 率の重層構造を媒介として比較生産費的利益の部分が不等価交換の過程と並んで存在しう ることを示唆する。(4)この貿易利益概念の二重性という範躊は国民的利準率の逆乖離の大 きさ(比較優位利益)が不等価交換を相殺する大きさではありえないという構造を有す る。この意味から不等価交換の範疇は限定化され,従って不等価交換概念が悠意的に拡大 されるのではなく,後進国社会経済構成との対応において,とくに中心からの直接投資を 媒介に後進国=・周辺に特殊な資本主義工業化過程たる従属的発展の独得の形態を保証する ものとして理解しなければならない。 3 現代後進国の低賃金水準を規定する多ウクラード下の資本主義的蓄積構造の骨格  貿易利得の二重構造が主として賃金水準の乖離=特にその最終的効果は後進国のそれの 停滞低下として現成する;に依拠することが明確となったが,従属的発展の意味もここか ら定義できよう。即ち,従属的発展とは結論的に言えば,かかる貿易利得の二重性を構造 として固定化する如ぎ資本主義世界分業体制の山側で成立しうる概念である。故に後進国 工業化の可能性は同心円的搾取キ薄造の枠の外に出る(帝国主義化)ことはありえないが, 主として先進国幕中心からの資本輸出を媒介とする機能と後進国側の貿易利得の二重性を       パケ ノ 逆用する制度的な代替の型,即ち夫によって資本の本源的蓄積を代位可能な体制パターン が創出されるであろう。従って,この場合不等紬交換の問題は直接(1)世界資本主義体制       トタリテ という一つの全体として(2世界分業当事国夫々の賃金水準を規定する夫々の蓄積構造の問 題として翻訳されうるのである。従って(1)に就いて不等価性の絶対的拡大;周辺の絶対 的・限界的窮乏化だけを考えることはかかる体制自休の量的・質的拡大の不可避性から矛 盾する。故に不等価性の相対的拡大が言いうるのみである。制度的には後進国の一定の資 本主義化(量的側面)がこのことの証明である。従って問題は後進国の生産力の発展が不 等価交換によって絶対的に阻止されるか否かという選択に拘るものではありえない。更に 一歩をふみこんで言えば,本来不等価交換の問題は,それ自体の技術的処理或いは経済的 均衡概念が象徴する経済予定調和に拘るものではなく,むしろ社会経済構成の質的型制 に直接拘ってくるような範疇一C・メイヤスーによれば諸生産様式相互の連結一と言えよ う。従って,以下での問題は(2)を主要な対象とすべきことになる。  先進的中心における蓄積構造は独占の技術選択=国家なり多国籍企業による直接投資と

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いう形で後進的周辺の蓄積構造自体への外的要因,その外生変数によみかえることが可能 である。叉,一般的に云えば,社会経済構成の代替の型としての制度的効果,或いは特殊 性は,同等の国民的労働生産性=技術的・有機的構成に対して賃金水準の下方への圧力に 集約されるのである以上,我々は周辺における蓄積構造に専ら焦点をあてればよいことに なる。この問題は第1に周辺に共通する蓄積構造の特殊性への質的評価,第2に周辺諸国 の発展方向評価という二つの部分から構成される。       i7)  第!について,先づ,ブルジョア経済学からの評価をみると略々三派に区分できる。新 占典派的シカゴ学派に代表される第1の派は周辺を既に十分資本主義経済化していると見 るが,その計量的モデルに農民の質的差異に代表される生産関係分析は欠除するから,そ こから導き出された結論も限定的でしかありえない。第2系統は,A・ルイスによって代 表される二重経済論である。農業は低賃金の労働力供給の無限のプールとして考えられ, 国家が一定期間,剰余労働を動員する部門仲介者として機能し,不変の実質賃金率をこえ る平均的労働生産性の部分は,農業部門から更に剰余労働をひきつける為に工業に返さる べき利潤を増大させる。結局,農業の限界的労働生産性が賃金率に等しくなる時が国家が         タ ニングポイノト 介入より手を引く転換点になり,利潤極大化の基礎条件が機能しはじめ,市場メカニズ ムが加速化され,資本主義が農業部門を支配し,二重経済は消滅するという経路が画かれ る。メイヤスーの批判によれば,農業=家族制経済の蒙る多様な変容こそ鍵である。  第三の体系はG・ミュルタールの見解に十全な表現を見出す。彼によれば,後進国就中 東南アノア農村に不安定だが一種の均衡が在り,その相対的安定性は,変化への動員を困 難にする情況=複雑な地方的ヒエラルシーの中で逆の諸利害のからみ合いから生じている のであり,現状維持が停滞にも拘らず続くが,この袋小路から抜け出す道は完全な資本主 義なのである。三者に共通の視点は第三無界の経済発展が資本主義的展望をもつという絶 対的定言である。これはブルジョア近代主義が自らの価値体系を超歴史的に普遍化する認 識と照応していると言えよう。        18)         . . .  マルクス=レーニン主義に立脚する評価は従来,サウによれば,資本主義的低発展を主 張する代表としてG・フランク,P・バラン等がいる。これは世界資本主義の中心体制に 組込まれた周辺は,歪曲された一種の資本主義に白らを転灯し,封建的要素は既に存在し ないと規定する。 17) lbid, pp. 10e−10.?., pp 110−111. 18) Cf. lbid, pp. 113−117.

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 第二に植民地的生産様式を主張する視点がある。その再生産体系は帝国主義的中心によ り,その農業剰余部分を搾取されるように他律的に変形させられるが,封建的要素はむし ろ資本主義的関係に転化され,基本的に資本主義様式なのであるから,第1の視点とは本 質的には変らない。第三の視座は所謂,半植民地・半封建的な構成とみるもので,帝国主 義が国内の封建勢力と結合・利用するという,いわば毛沢東的規定である。  これらを検討すれば,前二者は,基本的には資本主義的な規定性を示しているが,反面 周辺の国民経済的な相対的独自性;経済構造としての主体性を実体的には否認する特徴を もち,とくに,第2の視点は周辺を中心の単なる搾取対象に駿小化し物神化している。第 1の視点もこの共通性格をもちながらも周辺の相対的独自性と後進国の社会的重層性を把 えていない。その社会的重層性とは多ウクラード構造及び上部構造の土台からの相対的自 立性である。前者はその資本蓄積の経済構造,従って窮極的にはその実質賃金率を規定す       ストラ ヨる客観的条件であり,後者は多様な階級及び階級外的社会層・集団の分離結合に表れるよ うな広い意味での階級対立・斗争の主体的条件である。  第3の視点は,従来から後進国の国民経済的独自性を民族紛争という形で明確に認識し てぎたが,反面、経済的構造としては,その規定は単なる形式・修辞上の定i義を出ない, むしろ資本主義的発展の実質上の否定の方向性をもったものと言えよう。  従って我々の評価の方法は自ら明らかになる。世界資本主義の一環であり,主要な要素 は資本主義的な範躊にある,多様な社会的重層構造とその土台である蓄積構造をもつよう な相対的独自性をもった国民経済の低発展体制を我々は現代(1930年代以降)後進国の基 本二品として抽出することが出来よう。  その最初の特質は,国内工業に対し農業(及び関連部面)に比較擾位(ヨリ小さな比較 劣位)をもつ比較生産費(比較価格)体系が維持されていることである。これは周辺の農 業生産関係が中心のそれに対し絶対優位を生み出す如き農業資本主義発展の自律性を欠い ていることを意味し,資本主義的工業化を志向する国民経済が世界市場的には本来資本 主義の外的要因として処理されてきた農業部門として措定されるという逆説を生み出して いる。農工分業による工業化というこの逆説,則ち後進国にとっての貿易利得の二重性が 成立しうる為の必要条件は後進国の分業経路を資本主義の枠内に止める権力装置(ブルシ ョアジー或いは小ブルを中心とする連合)だけであり,後進国内部における,上からの土 地改革を媒介とする新中農化,或いは旧来の地主的搾取関係を媒介とする流通面での変化 (改革)は,本来の国内市場型原蓄に代位する代替の型にはそれ自体ではなりえないとい

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う意味で,後進国の従属的発展の為の蓄積構造を形成する相互に選択・変換可能な要素に とどまる。後進国農業部門がとび地的工業に対し極めて限界的,平均的労働生産性の低い 構造として前回と共に二重性として現成し,工業労働に従事する労働力価値と共に農業労 働力の価値を照応的に或いは生産性以下に規定していることは明らかであるが,我々の問 題関心は,そのこと自体というより,この労働力価値の切下げは本来,他律・人為的な所 産であり(=不等価交換), 他方かかる切下げによってのみ相対的な工業化=従属的工業 化が可能となる(=使用価値的分業利益)という逆説的二重性の指摘にある。  従ってこのような後進国賃金率は供給の弾力性が無限大の自給的食糧価値部分のみで規 冠されるのではなく,かかる逆説的な蓄積構造そのものによって,換言すれば労働力価値 を一層下方に押し下げる輸入必需品の限界価値によって規定される。即ち,これは不等価 交換を拡大しながら比較優位を維持する体制であり,前述のようにマルクスの所謂貿易に よって利得しながら且つ不等価交換の場合に妥当する。かかる農業の比較優位(先進国の 農業価格より絶対的に安価となる)構造は決して絶対生産費的,収奪的,植民地垂直分業 ではない。あく迄資本主義的生産の国際関係なのであるが,周辺のかかる性格を農業資本 主義乙呼ぶのは適切ではなく,国家資本主義と総括すべきである。このような蓄積の基本 ウクラートは従って多ウクラード構造の中の一つである広義の小商品ウクラードであり, 地主を含めた農民階級である。  次の特質として外国資本及びそれに追随している民族商業資本の機能として直接投資形 態をとる先進国技術トランスファーによる雇用拡大効果(シンガー・プレビッシュ効果) は中心に於ける労働力価値縮小の機能を同時にもっから,全体としては後進国側基軸産業 illSrej,就中輸出関連の加工品部門の労働生産性の平均水準を上昇させ,賃金水準の上昇率 を前者以下に抑制するから,前述の第!の比較優位構造を強化する方向に働く。しかし,       19) 後のシンカーの反省的な修正見解では,高い資本集約的な技術移転はとび地工業(管制高 地)部門の労働生産性を高めそれに照応した高賃金水準の形成によって国内の労働市場の 不均等化を拡大する。即ち農村から限界生産性の極めて小さな家族的労働力を引上げ失業 に投じるとされるから逆流効果となるようにみえるが,私見では失業者は大家族共同体に よる寄生的生活が可能なのであるから,全体としては適切な労働集約度の多様性のある技 術の自己開発へ結合するのが正しい選択であるとしても,当面この選択肢が現実的でない 以上(これは現代中国の野心的実験をみれば理解できる)全体の消費水準を切りすてる方 19)H,W.シンガー,大来佐武郎訳r発展途上国の開発戦略』3,4,8章参照。

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向で外国貿易による生産財輸入という素材変換がこの技術トランスファーによって加速さ れるであろう。国内商業資本がその導入の媒体となるのはいうまでもない。この場合,従 来言われてきた意味でのアジア的商業資本の投機的非生産的機能は残存するが,主要機能 は都市で既に資本主義的なものであり,農村では地主的機能(三位一体)としても国家資 本主義ウクラードの指導・統制を蒙る小商品生産ウクラードの上層部分に転化している。 勿論,これは経済的機能の主方向にだけ妥当するのであって,上部構造の各分野において は非常に強い前近代,或いは反近代的価値体系が支配し,経済的近代化の形態を限定する。 勿論,後進国に於ける外国投資の意味は有効な再投資率を伴っても経済的麦配への傾斜を もつから,例えば日本の対米直接投資とは全く別のマイナス効果も同時に後進国蓄積体制 に及ぼしうるが,この面では後進国の国家資本主義ウクラードによる外資選択と誘導が実 施されているのは周知であろう。  第3の特質として特殊な国家的所有に基く産業発展体制として民族的利益の最大公約数 を反映する国家的資本の集積が.特殊な民族的独占として官僚的支配の下に形成される。 通常,これを総括して自象資本主義の政策とウクラードと呼びうるであろう。  国家資本主義の一般的性格については以前に旧稿で述べたので,ここでは貿易利得の二 重性との連関のみに限定する。素材的には国資ウクラードが戦略的資源である場合には各 国の石油公社,旧中国における非鉄金属輸出の国家独占等にみられる如く直接的に分業利 益を拡大し蓄積に刺戟的であるが,国資ウクラードが官僚層肥大に伴って自身の基盤拡大 にのみ蓄積をふり向け,他ウクラードに対しそれを還流しない場合,つまり,現象的には 国資ウクラードの利潤率が極めて高い段階に於いて所謂官僚資本への実質的迫町が必然的 におこった場合には,他ウクラードとの矛盾(国内市場での競合性,輸出に対する援助打 切り,或いは削減による私企業切りすて,農業改良政策の実質的棚上げ等)が顕在化し,       ストラ ン 結局,各ウクラードの上層階層一私的資本主義ウクラードでは総資本,或いは小商品ウク ラードでは地主・富農を中心とする農村支配層がそれぞれ労働者,農民に対してかかる矛 盾を転化する形で直接生産者の労働力価値を切下げることになる。官僚資本主義化はむし ろ国家資本主義の必然的傾向であるから,上記の多ウクラード体制にあっては労働力価値 の固定或いは切下げ(労働生産性上昇率に及ばぬ相対的賃上げ)が偶然ではなく蓄積構造 の内的属性として存在し続ける。このような官僚資本による所得再配分を通じての貿易利 得の二重性は,例えば輸出生産部門の農民所得が,対外的な交易条件の悪化以上に国内農 民にとっての国内交換比率が悪化した結果,激減するという形にも反映する。

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 後進国の蓄積構造に於ける国資ウクラードの介在とは必づしも農民の労働者への転化と いう意味ではなく,本来的な二三の意味である農業剰余を可及的に国資ウクラードに吸収 しその一部を他ウクラードに配分する機能である。国家はむしろ農村を差別的な低生産性 労鋤力のプールとする為に農村支配層を媒体としてそのまま固定する政策志向を選択せざ るをえない。多ウクラード下の家族制経済コ農村共同体がその基底である。  第4の特質として農民層分解,即ちプロレタリア化過程の特殊性を指摘できる。これは 正に低賃金水準の間定に直接拘わる特質である、先づ所得配分の不均等は周辺の一人当り 所得の高い国ほど大きいが,これは直接勤労人民(多数者)の賃金水準を低く規定する。        20) その原因ぱ周辺人「・の約20∼25%を占める特権官僚層の拡大と著しく高い剰余価値率であ る、この所得配分の不均等は失業及びあらゆる社会的疎外によって増大する。後進国では 全都市人口に対する雇用者の比率はとくに近代工業部門において逓減している。  不等価交換=貿易利得の二重性を加速する後進岡の剰余1酬直率が著しく高いということ ば農業及び関連部門の労働力が中心と同等の労働生産性を持ちえると仮定すれば,価値増 殖の強度がヨリ大きいと云うことであり,当然比例的な賃金率が要求されるべき情況が現 実には全く逆に現れるということである。  更:二前述のような二重構造から雁大なルソベン・プロレタリアート,所謂社会的窮民層 が形成さ.}/る.これは多ウクラードの下では脱ウクラード的社会層であって農村の共同体 的家族労働からも排除され,都市に流入する男子労働力である。この存在は私企業の非熟 練労働力価値の引下圧力を媒介にして競合的な国営部門労働力価f直も間接的に規定する。 この存在が著しく大量である場合,蓄積構造は労働市場の重層化とそれぞれの不均等の拡 大によって賃金の上方硬直性を内在的に特徴とするに至る.       21)  かくて賃金水準の重層性は,基軸的近代工業労働,農民労働,共同体的家族労働,窮民 20) S. Amin, Unequal Development, pp, 352−353. 21)不等価交換に関係する共同体的家族労働の極めて説得的な視点が仏のC・メイヤスーによって  発表された。彼によれば,帝国主義の後進国搾取分析の鍵は,労働力再生産の為の諸要素の生産  条件の特殊性==・ ee業部門の低賃金一労働力価値の過小評価のメカニズムである。非資本主義的生  産関係である後進国の家族制部門から放出される労働力は,家族経営によって生産される食糧と  共に安いという逆説的賃金規定と,低生産性の農業部門に資本投下されず,家族制経済が温存さ  れることによって,帝国主義が本源的蓄積を永続化できるという逆説的蓄積規定がその核心であ  る。そして,階級的連合と共に諸生産様式相互の連結が,家族共同体の労働の変容を媒介に有機  的に行なわれる点の指摘は,正しく多ウクラードの概念と一致する。C・メイヤスー,川田順  造・原口武彦訳r家族制共同体の理論』1977.ユ60−167頁。第二部参照。

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労働とそれぞれの賃金階梯により,更にそれぞれの労働市場の重層性により構成される。 そして最初の熟練労働をのぞき,中の二者は絶えず窮民労働の実質報酬(あえて賃金とい う用語を使用しないとすれば)水準に引つけられる。  これは即ち各ウクラードの平均賃金水準にstufenleiterが在ることを示唆する。国資ウ クラードは最初の,外国ウクラードは第二の,小商品ウクラードは第二及び第三の賃金水 準階梯に基本的に照応するであろう。  以上のような後進国の蓄積構造の四つの特質を総括すれば,後進国の所謂従属的発展の 意味は,世界資本主義体制の国際分業における不等価交換を通じかかる質的差異をもつ蓄 積構造が拡大する過程であって日本の対米水平分業利益に象徴された量的な蓄積拡大では  22) ない。それは国家資本主義ウクラードを代替の型とする多ウクラード構造の資本主義的過 渡的社会構成体であり,より質的には国家資本主義ウクラードの官僚資本化という内在的 必然的契機によって官僚テクノクラートの官僚ブルジョアジーへの転化を含む官僚資本主 義体制(r6gime)に移行する過程である。工業化過程としては中心が発展する限りにおい て周辺は大きなシフトを持つが雁行的発展が可能であろう。しかし,このことは中心一周 辺構造の逆転を意味しないこと,即ち周辺の発展が従属的であり,非完結的な,相対的独 自性をもった過渡的構成の拡大であることを意味している。 22)行沢健三,日米生産性較差とドル危機『世界経済と帝国主義』1973,日米製造工業の労働生産  性時系列比較と照応する時期の賃金水準比較によって,日米の国民的(工業)労働の不等価交換  の枠を析出し,そこから分業利益が日本の蓄積構造の拡大(技術的高度化と高度成長を可能とす  る強蓄積)に著しく効果的であった日米国際分業構造を論証した。

参照

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