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フランスの中等教育における基礎学力論争--知識かコンピテンシーか

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(1)フランスの中等教育における基礎学力論争―知識かコンピテンシーか―. フランスの中等教育における基礎学力論争 ―知識かコンピテンシーか―. 細. 尾. 萌. 子*. What Should Be Taught in Secondary Education in France: Knowledge or Competency (HOSOO Moeko) 1.問題設定 わが国では今、次の学習指導要領改訂の方向性について、コンピテンシーに基づく教育改革 の世界的潮流をふまえた検討が行われている。断片化された知識や技能ではなく、人間の全体 的な能力であるコンピテンシーとして教育目標を定義し、それに基づいてナショナルカリキュ ラムを開発する動きが世界各国に広がっている。これを受けてわが国では、「基礎力」、「思考 力」、「実践力」から構成される「21世紀型能力」を定め、この能力を育成する教育課程を編成 することが提案されている1。 フランスでも昨今、コンピテンシーに基づいた教育が、義務教育全体で推進されている。そ の一番の契機は、2005年の教育基本法において、義務教育段階で生徒全員に保障すべき「共通 基礎知識・コンピテンシー(socle commun de connaissances et de comp tences) 」(以下、共 通基礎)が規定されたことにある。これは、政府が初めて定めた義務教育における基礎学力の 定義である。 そして2006年7月11日の政令で、共通基礎の具体的な内容が制定された。共通基礎は、次の 七つのコンピテンシー(comp tence)で組織されている。①フランス語の習得、②一つの現代 外国語の実用、③数学の基本原理及び科学的技術的教養、④情報通信に関する日常的な技能の 習得、⑤人文的教養、 ⑥社会的公民的コンピテンシー、⑦自律性及び自発性。各コンピテン シーは、現代における基本的な「知識(connaissance)」と、知識を様々な状況で活用する「能 力(capacit )」、真理探究心や創造性など生涯にわたって不可欠な「態度(attitude)」の組み *近畿大学教職教育部講師. 〔キーワード〕フランス、コンピテンシー、共通基礎、 基礎学力、学習指導要領. ― ― 17.

(2) 近畿大学教育論叢 第26巻第1号(2014・9). 合わせとして構想されている2。 フランスの学校は、5年制の小学校(6歳で就学)、4年制のコレージュ(中学校)、3年制 のリセ(高校)という構成になっている。義務教育は6歳~16歳の10年間であるが、小学校か ら落第があるため、義務教育はコレージュ修了までを意味することも多い。小学校入学時から 一度も落第せず、16歳時点でリセに在学している生徒は62%に過ぎない3。 フランスではこれまで、義務教育で習得すべき基礎学力の共通理解は得られてこなかった。 前期中等教育は長らく複線型であったが、1975年の統一コレージュ設立以降、小学校修了者は みな統一コレージュに進学し、同一の内容を学ぶようになった。そのため、生徒全員が獲得す べき共通教養(culture commune)の定義が幾度も提起されてきたものの、学ぶ知識が少なく なるとして中等教員組合の SNALC(syndicat national des lyc es et coll ges)などがその度 に反対し、頓挫してきたという経緯がある4。 今回、義務教育における基礎学力として共通基礎が定められたことにより、共通基礎のコン ピテンシーの習得状況を継続的に評価し、未習得の生徒には補充学習を与えるというコンピテ ンシーに基づいた教育制度が、主に小学校とコレージュで構築されつつある。 1989年創設の診断的評価としての全国学力テストが、2009年からは、共通基礎の習得状況を 確認する総括的評価としての全国学力テストに替えられた。以前は、小学校3~5年(第3学 習期)とコレージュ(第4学習期)の開始学年である小学校3年とコレージュ1年で実施され ていた。現在では、学習期の最終学年である小学校2年と5年で実施されている5。 2010年度からは、 共通基礎の習得状況を記録・認証する「コンピテンシー個人簿( LPC: livret personnel de comp tences)」が、小学校とコレージュで導入されている(年度は9月始 まり)。 共通基礎は多くの領域・項目に細分化されている(コレージュでは26の領域、97の項 目)。LPC は、生徒一人ひとりについて、共通基礎の各項目の習得を担任教員が日常的に評価 し、習得状況を記載する文書である。日本の指導要録を細かくしたものに近い。 さらに、全国学力テストと LPC で特定された、共通基礎の習得が困難な生徒には、「教育成 功個別プログラム(PPRE:programmes personnalis s de r ussite ducative) 」が提供され ている。PPRE は、フランス語と数学、現代外国語・地域語における未習得の共通基礎に焦点 を当てた、少人数グループでの短期間の学習支援である6。 共通基礎はこのように教育制度に根付き始めているにも関わらず、2013年の新教育基本法に おいて、共通基礎が「共通基礎知識・コンピテンシー・教養(socle commun de connaissances, ― ― 18.

(3) フランスの中等教育における基礎学力論争―知識かコンピテンシーか―. de comp tences et de culture)に変更され、 「教養」という語が追加された。なぜこの変更が 行われたのだろうか。知識、コンピテンシー、教養という三つの語が並列された背景には、学 力観の対立を見てとれる。本論ではそれを解きほぐしてみたい。 共通基礎に関する先行研究は数多い。藤井は、共通基礎制定の政策意図を検討し、教育の結 果の平等という公正の理念のもとで、「基礎」の習得が義務教育の共通性として求められたこ とや、 共通基礎の習得の保障ではなく習得のための手段の保障が定められたことを示してい る7。上原は、共通基礎の特徴は、フランスの伝統的な学力観において重視されていた「知識」 の他に、知識を活用するための「能力」と「態度」が設けられている点にあると指摘してい る8。共通基礎の第5の柱である「人文的教養」に関する飯田の研究9や、共通基礎の第6の柱 である「社会的公民的コンピテンシー」に関する仁科の研究10もある(仁科はこの柱を「社会 的公民的技能」と訳している)。しかしながら、 以上の先行研究では、 共通基礎のキーワード であるコンピテンシーという新しい学力概念は検討されていない。 コンピテンシー概念に着目した先行研究として、田崎・金井の研究が挙げられる。田崎・金 井は、2008年の中学校美術科の学習指導要領(programmes)にコンピテンシーの概念がどの ように表れているかを分析している。さらに、学校ではコンピテンシーの涵養と知識の伝達の いずれを重視すべきか、という論争が生じていると述べているが、論争の中身については触れ られていない11。 また、 筆者はすでに、 フランスにコンピテンシー概念が導入された背景と、 共通基礎におけるコンピテンシー概念の特徴、国民教育省が提供している LPC の実践モデル を検討したが、コンピテンシーをめぐる学力論争には触れていない12。 したがって本稿では、共通基礎をめぐる議論のうち、コンピテンシーをキーワードとする基 礎学力論争に焦点を当て、フランスにおける学力観の対立の諸相を明らかにする。これにより、 コンピテンシーに基づいた教育に関する論点を抽出したい。 論の構成としてはまず、フランスのコンピテンシーとはどのような学力概念であり、フラン スの伝統的な学力観や OECD・EU のコンピテンシーといかに異なるのかを述べる。次に、共 通基礎制定に至るまでの議論を辿り、伝統的な学力観とコンピテンシーとの対立点を探る。さ らに、教員が共通基礎に反対または賛同する理由を検討し、学力観の対立がいかに具体化して いるかを確認する。そして、教育基本法改正によって共通基礎が「共通基礎知識・コンピテン シー・教養」に改められるまでの国会の審議を検討し、学力観の対立が法改正にいかに結びつ いたかを分析する。以上をふまえ、日本の教育への示唆を探る。 ― ― 19.

(4) 近畿大学教育論叢 第26巻第1号(2014・9). なお、コンピテンシーに関する議論は初等中等教育にまたがっているが、学力観の相克がよ り明白であることから、中等教育を中心に議論を見ていく。. 2.コンピテンシー概念の内実  コンピテンシーの定義 まず、共通基礎のキーワードであるコンピテンシーとは何なのだろうか。コンピテンシーと いうと日本では OECD のキー・コンピテンシーを思い浮かべるが、フランス語のコンピテン シー(comp tence)は、能力などを意味する一般的な語である。 フランスでコンピテンシーは、1 6世紀末から① (裁判所などの)権限という意味で使われ始 め、17世紀末には②(専門的)能力、20世紀には③専門家という意味が加わった13。 1980年代以降、コンピテンシーという語は、知識や能力、態度などを活用しながら特定の状 況で行動する力という意味でも広く使われるようになった。このコンピテンシー概念は、初等 中等教育だけではなく、高等教育や職業教育、成人教育、企業にも普及している14。 例えば、功利主義の研究者であるパリ西ナンテール大学のラヴァル(C. Laval)は、経営の 効率化のツールとしてコンピテンシーを捉えている。フランスの学校は、自由、平等、博愛と いう革命の精神のうちとくに平等を実現すべく、知識を国民に広く伝達してエスプリ(esprit) を形成する「共和国の学校」であることに存在意義を見いだしてきた。しかし、国際競争が激 しく社会が不安定な1980年代になると、学校には、知識の伝達に加え、様々な状況に柔軟に対 応して生産性を向上させる人的資源を産み出すことも求められるようになった。そのため学校 では、社会で役立つ人材を育成するため、特定の状況での問題解決力であるコンピテンシーの 育成・評価が始まった。すると企業は、当該の業務で必要なコンピテンシーをより多く獲得し ている人を採用することで、業務の生産性を向上させることができる。コンピテンシーはこの ような経営学の概念であるとラヴァルは論じている15。.  中等教育の伝統的なエスプリ フランスの中等教育には、思考を表現するエスプリの形成を重視する伝統がある。クーザン 文相(V. Cousin)は、リセに関する1 840年の通達で次のように述べている。「順序や説明もな しに細かく詳しい事実をつめこむ教育や、エスプリよりも記憶に頼るような教育からは距離を 16 。社会学者のデュルケーム(E. Durkheim)も、1938年に、教科内容 取らなければならない」. ― ― 20.

(5) フランスの中等教育における基礎学力論争―知識かコンピテンシーか―. の伝達を目的視する中等教員が多いものの、教科内容はエスプリを形成する手段にすぎないと 論じている。「とくに中等学校では、 数学家や文学者、物理学者、あるいは博物学者を養成す ることが目的ではなく、文学や歴史、数学、物理、化学、自然科学を手段として、エスプリを 17 。1808年創設の大学入学資格試験であるバカロレア試験に代 形成することが重要なのである」. 表されるように、論述試験や口頭試験が評価方法の中心であるのは、エスプリの伝統の表れで あるといえる。 ここで不思議なのは、知識を活用して思考・表現するエスプリの育成がめざされてきたにも 関わらず、なぜ中等教育では教科内容(知識)の伝達が重要視され、知識を活用する力の育成 に力が入れられないのか、ということである。 学習指導要領改訂をめぐる政治的論争史を研究しているピカルディー大学行政学・政治学研 究センターのクレマン( P. Cl ment )は、インタビューで次のように説明する18。論述の導入 部の作り方といった知識の活用方法は小学校で学ぶものであり、社会の指導者層を育てる場で ある中等教育でそれを教えると、 教育の品位が下がり、「小学校化」してしまう。それゆえ、 知識の活用法が中等教育で指導されることはあまりないが、評価は知識の活用を求めるもので あるため、それを家庭で学べない社会階層の生徒の多くが学業に失敗する。 そこで教育社会学者のブルデュー(P. Bourdieu)とパスロン(J.-C. Passeron)は、出身社 会階層に関わらず成功の可能性が拓かれる教育の民主化を達成すべく、 「合理的教育学(p dagogie rationnelle ) 」を提示した。合理的教育学は、従来家庭での形成に委ねられてきた知識を活用 して思考・表現する力を、学習可能な技能として体系化し、どの社会階層の生徒にも学校で教 授することを謳う教育論である。「文学教師が、 自分が伝えている教養の内容そのものに結び ついていると理由もなく思っている口頭表現や文書表現の名人芸を生徒に期待してもいいとす れば、それはただ、文学教師がこうした力をあるがままのものとして、すなわち訓練によって 獲得できる能力として捉え、それを獲得する手段をすべての生徒に提供するよう責任をもって 19 。ところが合理的教育学は広まらず、中等教員は教科 務めるという条件のもとでだけである」. 内容の伝達に固執したままだとクレマンは述べる。.  エスプリとコンピテンシーの違い さらに、エスプリとコンピテンシーの違いについて、クレマンは、前述のインタビューで次 のように説明する。思考力や表現力などを身につけるための手段として教科内容を位置づけて ― ― 21.

(6) 近畿大学教育論叢 第26巻第1号(2014・9). いる点では両者は共通している。しかし、コンピテンシーを知識などの個別的な要素に細分化 し、それを一つひとつ身につけていくことで、最終的にコンピテンシーが身につくという能力 の分割・総合の考え方は、エスプリを育む伝統的な教育にはないという。 またラヴァルは、インタビューで次のように説明する20。 中等教育では伝統的に、 特定の職 業への準備教育を行うのではなく、一貫した知の体系に基づいて教養を伝授し、教養によって 自己実現する市民を育成することがめざされてきた。一方、コンピテンシーは具体的な問題を 解決する力である。社会・経済生活の様々な問題一つひとつが特定のコンピテンシーに対応し ている。それゆえ、コンピテンシーは問題ごとにリスト化され、無制限に細分化して述べられ る。生活の要請に応じてコンピテンシーをバラバラに身につけるのがコンピテンシーに基づい た教育であり、知の断片化を伴うという。 ラヴァルの説明は次のように解釈できる。伝統的な中等教育は、三原色と黒・白の絵具を与 えて描画の原則を教え、後はその5色の絵具を使って各自が描きたいものを描かせるものとい えよう。教養を体系だって学び、自己修養する力を身につけたら、以後はその教養を掛け合わ せて人生の様々な課題に対応できるはず、という考え方である。対してコンピテンシーに基づ いた教育は、子どもが将来描きたいであろう物の数ごとの無数の色の絵具を与え、物ごとの描 き方を教えるというものである。人生で起こりうる無限の課題ごとの対応力をリストアップし、 バラバラに一つひとつ育成しようとする教育である。 以上のように、古典的な中等教育は、各教科の知識を系統立てて教授することで、教養を身 につけさせることを重視してきた。生徒は、知識を活用する能力を主に家庭で養うことで、思 考を自由に表現するエスプリへと教養を転化させ、人生において臨機応変に自己実現できる市 民になると考えられてきたからである。他方、コンピテンシーに基づいた教育は、人生で想定 される無数の課題ごとのコンピテンシーをリスト化し、各コンピテンシーを構成する様々な教 科領域の知識や能力、態度を一つひとつ獲得させ、それらを当該の課題に向けて総合する力を 高め、膨大な数のコンピテンシーを身につけさせることで、労働者を育成しようとするもので ある。ゆえに、特定の状況の具体的な課題を解決するために様々な教科領域の知識を総合する 通教科的な力を身につけることが教育の中心となる。 エスプリとコンピテンシーを比べると、様々な教科の知識を組み合わせて問題解決する力で ある点は共通している。 しかしながら、エスプリの前提となる知識を活用する能力は、これまで家庭での形成に委ね ― ― 22.

(7) フランスの中等教育における基礎学力論争―知識かコンピテンシーか―. られてきた。コンピテンシーの論理は、この能力を学校で明示的に伝達しようとするものであ り、社会的不平等の縮小につながる契機をもつと評価できる。 また、エスプリは知識を活用する状況に縛りがなく汎用性に富んでいるのに対して、コンピ テンシーは学習した特定の状況でしか知識を活用できないという違いもある。問題解決力とい う点で両者は共通しているが、エスプリは未知の状況におけるどんな問題でも教養を活用して 解決する力である一方、コンピテンシーは不特定な状況の問題を解決する力とはならない。こ の意味では、コンピテンシーよりもむしろエスプリの方が、企業界で求められている柔軟な対 応力であると捉えることもできよう。コンピテンシーに基づいた教育は、教科の知識の伝達に 偏向した従来の教育を乗り越えるべく知識の活用力の育成を掲げているが、原理原則の習得抜 きにパッケージ化された活用問題の解き方だけ学んでも、臨機応変に活用する力は身につかな いという自己矛盾に陥っている。.  フランスと OECD・EU のコンピテンシーの共通点と相違点 このようなフランスのコンピテンシーの捉え方は、共通基礎のもととなった OECD や EU のコンピテンシー概念と似通う点も多い。共通基礎を定めた2006年の政令に、共通基礎は、欧 州議会と欧州連合理事会の2 006年の勧告「生涯教育及び生涯学習のためのキー・コンピテン シーの欧州基準枠組み」と OECD の PISA 調査を参考に作成されたと述べられている21。欧州 議会勧告のコンピテンシーは、 「特定の状況にうまく適応するために、知識や能力(aptitude) 、 「特定の文脈における 態度を組み合わせる」力を意味している22。OECD のコンピテンシーは、 複雑な要求」にうまく対応するために、 知識やスキル、態度、価値観などを結集し、「統合」 する能力とされ、 あるコンピテンシーは特定の文脈でしか発揮されないと定義されている23。 フランスと EU、OECD のコンピテンシーの共通点として、次の三つが指摘できる。①認知的 側面だけでなく情意など非認知的側面にも及ぶこと、②課題解決に必要な個人の内的属性を選 択し、組み合わせるという、社会の要請に応えるための総合力であること、③特定の状況での み行使される文脈依存的な概念であること、である。 だが、コンピテンシーを獲得するアプローチは異なっている。松下によると、OECD の発想 では、コンピテンシーの素材となる内的属性の個々が直接評価されることはない。また、生活 の複雑な要求に直面する反省的実践を行わせる中で、自己の内的属性を結集して特定の要求に 応答する力を全体として高めるという、 統合的アプローチが提案されている24。他方、フラン ― ― 23.

(8) 近畿大学教育論叢 第26巻第1号(2014・9). スでは、ラヴァルが批判的に指摘しているように、要素主義的なアプローチが取られている。 共通基礎を100ほどの項目(知識・能力・態度)に分割してそれぞれ評価する LPC(本論2頁 目)に象徴されているように、特定の状況の問題解決に必要なコンピテンシーを多数の知識や 能力、態度に細分化し、それらの要素を一つひとつ獲得させ、評価することで、最終的にそれ らが統合されてコンピテンシーが身につくと考えられている。. 3.共通基礎制定までの論争  学習指導要領憲章におけるコンピテンシー概念の公認 フランスの伝統的なエスプリとは異なる新しい学力概念として登場したコンピテンシーは、 学習指導要領改訂をめぐる1990年代の議論を経て、制度として結実する。以下、この章では、 前述したクレマンの博士論文に沿いながら、コンピテンシーが共通基礎として定められるに至 るまでの、知識伝達派とコンピテンシー教育派の学力論争について論じたい。 1980年代までは、国民教育省の中央教育視学部(各教科の専門家)が、学習指導要領の原案 を作成していた。しかし、1990年からは、 「全国教育課程審議会(CNP:conseil national des programmes) 」が学習指導要領の基本方針を提案するようになった。教育制度に労働界の要求 を反映させたいというジョスパン(L. Joipin)文相の意向に基づき、CNP の委員の多くは産 業界に近い人間であった25。 そのため、CNP は、抽象的な教科内容の伝達を重視する古典的な中等教育観に懐疑的であっ た。1990年に出された中等教育に関する報告書『教育の細分化と学習時間の緩和(Parcellisation des enseignements et am nagement du temps scolaire)』では、「学習指導要領はもはや教科内容の 単なる並列によって構成すべきではない」と述べられている26。 教科の知識伝達よりも知識の実社会での活用を重視する CNP の立場は、学習指導要領改革 に関する議論にも反映されている。 「学習指導要領の作成と形式」を対象としたアトリエ1(長 は教育学者のメイリュー(P. Meirieu))では、従来重視されてきた教科内容よりも、教育目標 が優先されている。学習指導要領作成の際には、学年ごとの「一般的な教育目標」をまず定義 した上で、「目標を実現するためにどの教科内容を動員すべきかを決定しなければならない」 と議論がまとめられた27。 教育内容は、 それ自体に価値があるのではなく、教育目標の実現に 資する点において初めて価値をもつという考えであろう。 この「教育目標」は、 「目標に基づいた教育方法(p dagogie par objectif:PPO)」の中で生 ― ― 24.

(9) フランスの中等教育における基礎学力論争―知識かコンピテンシーか―. み出された概念である。PPO は、生徒の行動として教育目標を設定し、生徒の目標の達成度を 指導過程で継続的に評価し、 評価で見取った生徒の学習困難に応じて支援を与えるという、 1970年代に生まれたフランスの教育方法論である。各教科で教えるべき概念や原理などの教育 内容(内容的側面)のみならず、その教育内容について期待される生徒の行動(能力的側面) も記載する「教育目標」を軸とした方法論であった。PPO では、アメリカのブルーム( B. S. Bloom)が提唱した教育目標の分類枠組み(タキソノミー)に基づいて、教育目標を複雑さの レベルに応じて階層化することが行われた28。 教育内容を活用する能力に着目する PPO の発想は、 「学習指導要領の理解しやすさ」を対象 としたアトリエ2(長はリール大学学長のミニョン(M. Migeon) )の議論にも反映された。 ミニョンは議論の結論として、学習指導要領は「基準表(r f rentiel) 」によって生徒への要求 レベルを明示すべきと提唱している29。 基準表は、コンピテンシーや活動のリストである。こ の言葉はとくに、職業資格における「職業活動基準表(r f rentiel d’activit s professionnelles) 」 や「資格認証基準表(r f rentiel de certification) 」という表現で使われてきた30。職業活動基 準表は、各職業資格の保有者が職業生活の初期に遂行できる職業活動の領域や内容、勤務条件 を定めた表である。資格認証基準表では、職業活動基準表で示された職業活動を遂行するのに 必要となる各コンピテンシーの内容や、各コンピテンシーにおいて動員される知識が示され、 ブルームのタキソノミーに基づいて分類されている31。このように基準表は、教育目標を学習 者の行動として定め、タキソノミーに従って分類するという PPO の理論に基づいた活動・コ ンピテンシー表であることがわかる。その上、知識や技能を総合して特定の状況で行動する力 という意味での「コンピテンシー」は、PPO の流れの中で使われ始めた言葉である32。 こうして PPO を媒介に職業教育を中心としてコンピテンシーの概念が普及してきたことも あり、職業教育を対象とする CNP のアトリエ3の議論では、公的に初めて「コンピテンシー」 という言葉が使用された。学習指導要領には、学年末や学習期末までに獲得すべきコンピテン シーのリストとその評価方法を明確に示すことが求められた33。 アトリエでの議論をふまえ、CNP は1991年に『学習指導要領憲章(Charte des programmes)』 を策定した。学習指導要領憲章は、知識を羅列する従来の学習指導要領を批判し、知識とコン ピテンシーで学習指導要領を構成することを推奨している。「学習指導要領は、 生徒の理解力 の範囲と相いれないほどの知識の山積みであってはいけない。〔中略〕学習指導要領は、 習得 34 。 すべき知識とコンピテンシーという形で教科内容を表明する」. ― ― 25.

(10) 近畿大学教育論叢 第26巻第1号(2014・9). コンピテンシー概念に関する国民教育省のワーキンググループのメンバーであるアミアン大 学のロペ(F. Rop )とパリ1 0大学のタンギー(L. Tanguy)は、学習指導要領憲章に対して、 教科の知識の伝達からコンピテンシー育成へと教育の方向性が転換する契機になったと評価し ている。「学習指導要領憲章は、 教科の知識を中心とした教育から、特定の状況や課題で検証 できるコンピテンシーを産み出すことをめざす教育への移行を組織し、正当化する原則の表れ 35 。 として捉えられる」. 学習指導要領憲章は、教員組合連合の FEN(f d ration de l’ ducation nationale)やその 最大組合である小学校教員組合の SNI-PEGC(syndicat national des instituteurs)に好意的 に受け入れられた。 しかし、最大の中等教員組合である SNES(syndicat national des enseignants de second degr )は、 学習指導要領に「基準表」を示すと知の細分化につながると批判し、学習指導要 領は教育目標やコンピテンシーではなく、知識を表明すべきであると主張した。目標を生徒の 行動レベルで細かく定め、各目標に向けて指導し、目標の達成を評価する教育では、知識・技 能を断片的に身につけることしかできないという意見である。「部分の合計は必ずしも全体に 36 。 はならない」.  国民議論による「共通基礎」の社会的認知 こうした批判はありながら、学習指導要領憲章で公認されたコンピテンシーによるアプロー チは教育政策に根付き、共通基礎の制定につながっていく。 総視学官のブーシェ(A. Bouchez)が1 994年にバイルー(F. Bayrou)文相に提出した報告 書『コレージュ白書(Livre blanc des coll ges)』において、「基礎(socle) 」という語が初めて 公的に使われた。ブーシェによると、コレージュにおいて落第などの学業失敗が多い一因は、 社会のエリートを育成するために抽象的な教科内容を伝達するリセの教育方法を、コレージュ にそのまま導入したことにあるという。そこでブーシェは、小学校とつながる義務教育の枠組 みにコレージュを位置づけることが重要であるという立場から、すべての生徒がコレージュを 修了するまでに身につけるべき「本質的基礎知識(socle fondamental des connaissances) 」の 策定を提唱した37。 CNP は、コレージュ白書の提案を受け、長である哲学者のフェリー(L. Ferry)の呼びかけ により、コレージュの「基礎」の定義に乗り出した。会合では、学習指導要領に示された教科 ― ― 26.

(11) フランスの中等教育における基礎学力論争―知識かコンピテンシーか―. 内容が多すぎることが学業失敗の原因だとされ、それを解決すべく、コレージュ修了時に習得 すべき知識とコンピテンシーを「基礎」として定義することが決定された。 この決定について、SNES の代表であるパジェ(D. Paget)は、反論する手紙をフェリーに 送っている。生徒の学業失敗の原因は、習得すべき知識の量が多いことにではなく、哲学の批 判精神や歴史の絶対主義など複雑な問題の理解が求められることにあるという38。 1994年の CNP の報告書『コレージュの学習指導要領の指導思想(Id es directrices pour les programmes du coll ge)』では、 「共通基礎知識・コンピテンシー(socle commun de connaissances et de comp tences) 」という表現が初めて公式に使われた。以下の三つの柱ごとに、コレージュ 修了時にすべての生徒が習得すべきコンピテンシーが示された39。 ① 表現:基本的な言語における道具的コンピテンシーの獲得をめざす。 ② 人類に関する知識:社会における人間生活の様々な体験を知る。 ③ 世界に関する知識:実験的・技術的アプローチに親しみ、科学技術の成果を理解する。 1995年にはシラク(J. R. Chirac )が大統領になり、元産業・国土整備相のフォルー( R. Fauroux )を議長とする委員会が設置された。委員会の1996年の報告書では、CNP の共通基 礎の原則に基づいて、教科の柱ごとの六つの「主要知識(six savoirs primordiaux) 」を義務 教育の軸とし、16歳のすべての生徒に主要知識を保障することが提唱された。 この提案に対して教員組合の立場は分かれた40。反対派の SNES は、知を平等に全国民に伝 えるという公教育の原則を破壊し、社会的不平等の拡大につながると批判した。主要知識を定 めると、主要知識以外の知識の伝達は学校の義務でなくなり、その知識は学校外教育や家庭で 学ぶことになるため、家庭環境が恵まれない生徒は学べなくなるという主張である。また、家 庭環境が恵まれない生徒が通う学校では主要知識しか教えず、家庭環境が恵まれた生徒が通う 学校では主要知識以外の発展的な内容も教えるといった、学校間格差も生むと懸念された。一 方、賛成派の FEN は、主要知識の制定は社会的不平等の克服につながると捉えた。大半の生 徒が習得できない難しい知識を伝達するよりは、主要知識をすべての生徒に獲得させる方が、 すべての生徒が成功する学校になると考えたためである。 このような共通基礎の是非をめぐる意見対立は、教育基本法改正に向けた議論の中で激しさ を増していく。CNP の長であったフェリーは、2002年に文相に任命されると、生徒を教育制度 の中心に置くという1 989年の教育基本法(ジョスパン法)の理念はデマゴギーであると主張し、 国民討論(d bat national)をもとに教育基本法を改正することを宣言した。 ― ― 27.

(12) 近畿大学教育論叢 第26巻第1号(2014・9). これに対抗すべく、2003年には、初等教員組合の SNUIPP(syndicat national unitaire des instituteurs, professeurs des coles et PEGC)や初等・中等教員組合の SE(syndicat des enseigants)-UNSA、大衆教育運動団体の Ligue de l’enseignement、新教育運動系雑誌の CRAPCahiers p dagogiques、新教育運動団体の CEMEA(centres d’entra nement aux m thodes d’ ducation active )、保護者団体の FCPE(f d ration des conseils de parents d’ l ves de l’enseignement public)など、共通基礎支持派の教育運動家の連盟「統一コレージュに関する 国民討論に向けて(Pour un d bat national sur le coll ge unique)」が結成された。連盟は、 教育社会学者のデュベ(F. Dubet)らによる記者会見や教育史学者のルリエーヴル(C. Leli vre) らによるシンポジウムを開催し、最小限の共通教養としての基礎的な知識とコンピテンシーを、 恵まれない生徒も含めたすべての生徒に保障することをコレージュの目的にすべきという主張 を展開した41。 こうした主張をふまえつつ、ラファラン(J.-P. Raffarin)首相は2 003年に「学校の未来の ための国民討論委員会(Commission du d bat national sur l’avenir de l’ cole) 」を召集し、 教育経済学者のテロー(C. Th lot )を議長に任命した。 委員は、 ルリエーヴルなどの教育学 者、教員組合代表、保護者団体代表、財界人、教員などで構成された。 国民討論は2003年~2 004年にかけて行われた。2万6千回の会合が全国で開かれ、100万人 以上が参加した。討論の準備カードでは、共通基礎をすべての生徒に習得させることの是非で はなく、 共通基礎の内容が議題とされた。 準備カード案では、「義務教育の各段階の修了まで に生徒が優先的に習熟すべき知識、コンピテンシー、行動規則(r gles de comportement)の 共通基礎を定義すべきか」といった議題が挙げられていたが、準備カードの最終版では、「義 務教育の各段階の修了までにどのような知識、コンピテンシー、行動規則の共通基礎を生徒に 優先的に習熟させるべきか」などの議題に替えられたためである。この変更は、共通基礎は必 要かという論点に議論が向かうことを避けるためのテローの術策であった。 この議題に対して SNES はバイアスがかかっていると批判したものの、共通基礎の定義は、 国民討論の会合で最もよく議論された問題の一つとなった。こうして、共通基礎の存在を前提 とする議論が展開されるうちに、 共通基礎は自明のものとして社会に受け止められるように なっていった42。テローの政治的作戦は成功したのである。 共通基礎が支持を得た背景として、テローが「基礎」という語を使ったことも挙げられる。 テローの親友であるボドロ(C. Baudelot)によって広まった「文化的最低賃金(SMIC culturel)」 ― ― 28.

(13) フランスの中等教育における基礎学力論争―知識かコンピテンシーか―. も共通基礎と重なる概念であったが、 政治的合意を得られないとして、無垢で、確固たるイ メージがある、 基礎という語が選ばれた43。 ボドロたちは、 基本的な知識も身につけずに離学 する生徒が毎年15万人近くもいる現状を克服するために、最もレベルの低いコレージュの最も 低位の生徒がそれなしには身を落としてしまう最低限の知として「文化的最低賃金」を定義す ることを主張した44。 2004年には、テロー委員会の最終報告書『すべての生徒の成功に向けて(Pour la r ussite de tous les l ves) 』が出された45。共通基礎は、フランス語と数学、国際的コミュニケーション英 語、情報技術・コミュニケーションの習熟、民主主義社会の共同生活教育で構成し、「知識と コンピテンシー、行動規則」で記述すると提言された。 最終報告書に対して、改革派の SE-UNSA は、共通基礎は生徒がよりよい進路を選択するこ とを可能にするよいツールだと評価した。一方、SNES は、貧弱な共通基礎中心の教育を推奨 し、 上方志向の目標をあきらめることで、 教育制度全体を下方に引きずると批判した46。クレ マンによると、基本的な内容をすべての生徒に保障するという言葉を隠れ蓑にして、発展的な 内容をすべての生徒に習得させるという学校の任務を放棄することで、全体の学力水準が低下 するという指摘だという47。.  共通基礎知識・コンピテンシーの具体化:教育基本法と政令の制定 フェリー文相の後を継いだフィヨン(F. Fillon)文相は、国民討論を経て社会的認知を得た 共通基礎を、制度として具体化させることになる。フィヨンは、学業失敗を克服すべく、すべ ての生徒に共通基礎の習得を保障すると掲げ、共通基礎の内容を提案した。この提案をもとに 作成された教育基本法(フィヨン法)は、2005年に可決された48。「義務教育は、〔中略〕知識 とコンピテンシーの全体で構成される共通基礎の獲得に必要な手段を生徒一人ひとりに保障し なければならない。共通基礎には、フランス語の習得、数学の基本原理の習得、市民性を自由 に行使するための人文的・科学的教養、少なくとも一つ以上の現代外国語の実用、情報通信に 49 。 関する日常的な技能の習得が含まれる」(9条). そして、フィヨン法で示された共通基礎の五つの柱を具体化するために、歴史・地理の総視 学官のナンブリニ(J.-L. Nembrini)を長とするワーキンググループが、国民教育省内に2 005 年に設置された。 彼は、 小学校教員、 コレージュ教員、 リセ教員、大学教員、グランド・ゼ コール(各分野の指導者層を育成する高等教育機関)のエコール・ノルマル教員を経験し、 ― ― 29.

(14) 近畿大学教育論叢 第26巻第1号(2014・9). CNP 委員でもあったという経歴が評価され、共通基礎策定の中心人物となった。このワーキン ググループの13人の委員のうち、8人が視学官であった。共通基礎は特定の文脈の課題を解決 するために様々な分野の知識を組み合わせるという通教科的なコンピテンシーであるにも関わ らず、教科の専門家である視学官が多く選ばれたのは、共通基礎が教員に受け入れられるため のいわば必要悪であった50。 この委員構成により、2005年に出されたワーキンググループの共通基礎原案には、視学官委 員が体現している教科の論理と、それ以外の委員が支持するコンピテンシーの論理との衝突が 「人文的・科学的教養」という共通基礎の三つ目の柱は、教科内容の伝達 映し出されている51。 を重視する理念を反映している。各教科の内容を通して形成すべきコンピテンシーをリスト化 しているものの、「文学・芸術作品の知識の人文・科学教養への寄与」や「人文・社会科学の 人文・社会科学教養への寄与」、「実験科学・観察科学の人文・科学教養への寄与」といった教 科内容を中心に構成されている。他方、「現代外国語の実用」という共通基礎の四つ目の柱に は、教科内容を使いこなす能力を重視するコンピテンシーの論理が表れている。生徒ができな ければいけない「行動」として共通基礎の内容を記述し、習得を認証するための行動のレベル を設定している。 この共通基礎原案は国民教育省によって内密に修正され、政府の諮問機関である教育高等審 議会(HCE)に提出された。すると、提出された原案は教科内容を並べ立てるばかりで、通教 科的なコンピテンシーの概念を反映していなかった。そこで教育高等審議会は、共通基礎を再 定義することとなった52。 教育高等審議会は、OECD の PISA 調査におけるコンピテンシーの定義と、EU のキー・コ ンピテンシーの勧告提案を検討し、ド・ロビアン(G. de Robien)文相に2006年に『共通基礎 の勧告(Recommandations pour le socle commun)』を提出した53。クレマンによると、この勧告 「コンピテンシーという言葉で共通基礎を考案 には、次の二つの特徴が見られる54。一つ目は、 する」と表明した点である。「学校や生活の複雑な課題や状況において学んだことを活用する 生徒の能力を重視する」と述べられている。二つ目は、 「社会的公民的コンピテンシー」と「自 律性及び自発性」という柱を共通基礎に付け加えた点である。 これは通教科的なコンピテン シーであり、EU の勧告提案の「個人間・文化間コンピテンシー及び社会的公民的コンピテン シー」と「企業家精神」から着想を得たものである。この教育高等審議会の勧告に基づいて、 ナンブリミを中心として、共通基礎の内容を具体的に定めた2006年5月10日の政令が作成され ― ― 30.

(15) フランスの中等教育における基礎学力論争―知識かコンピテンシーか―. た55。 そして共通基礎に基づいて、2008年にはコレージュの学習指導要領が改訂された。『学習指 導要領憲章』に基づいた1998年改訂時には知識の伝達からコンピテンシー育成への転換状況が 教科によって異なっていたのと比べると、 共通基礎におけるコンピテンシーの論理は今やコ レージュに広く浸透していることが窺える。例えば、1998年改訂時の数学(4年生)の学習指 導要領は教科の領域ごとに身につけるべきコンピテンシーの一覧表として構成されていた一方、 008年改訂時 歴史・地理(4年生)の学習指導要領は教科内容の羅列となっていた56。 それが2 には、歴史・地理(4年生)の学習指導要領も、教科の領域ごとに獲得すべき知識・能力と学 習アプローチ(d marche)の一覧表として構成されている57。 以上のように、職業教育を中心に広がってきたコンピテンシー概念は、『学習指導要領憲章』 で公認され、 教育政策の柱の一つとなった。すべての生徒への学力保障という観点から、コ レージュ修了までにすべての生徒が身につけるべき学力として、「本質的基礎知識」や「共通 基礎知識・コンピテンシー」、「主要知識」が提案されてきた。このように義務教育の基礎学力 を定める動きに対して、SNES は批判的立場を貫いてきた。コンピテンシーに基づいた教育は 学習の断片化を招く上、基礎学力を定めることは社会的不平等の拡大につながると考えるから である。しかしながら、国民討論を経て共通基礎は社会的に認知され、フィヨン法と政令にお いて確立する。. 4.共通基礎に対する教員の反発と賛同  反対派教員の意見 こうして定められた共通基礎に対して、中等教員組合の SNES や SNALC は強く反対した。 彼らは、伝達する教科の知識が減少して「文化的貧弱化」が起こり、中等教育のレベルが下が ると批判した。 政府の諮問機関である教育高等審議会は、批判の背景を三つ指摘している。一つ目は、中等 教員は教科内容の専門家を自認しており、教科への執着が強いことである58。 二 つ 目 は、共 通 基 礎 が し ば し ば、 小 学 校 の 読 み・書 き・計 算・推 論 と いった 基 礎 基 本 (fondamentaux)への回帰と混同されていることである。共通基礎は現代外国語の実用や科学 的技術的教養、人文的教養など七つのコンピテンシーで構成されているが、フランス語と数学 のコンピテンシーだけに矮小化して理解される場合が多い。そのため、基礎基本の学習が重視 ― ― 31.

(16) 近畿大学教育論叢 第26巻第1号(2014・9). されるあまり、上位層の生徒の学力向上が疎かになると懸念されている。 三つ目は、共通基礎がしばしば評価簿の LPC と同一視されていることである。LPC を厳密 に遂行すべく、共通基礎を分割した非常に細かい項目ごとに学習し、評価することで、知識の 細分化、つまり断片的な知識を身につける機械的な学習になってしまうと危惧されている59。 一つ目の教科への執着は、教員の養成方法や地位によって生み出されたと考えられる。教員 志望者には、学士課程で教科の専門性を高めることが期待されている。2006年の調査によると、 中等教員の8割は担当教科の学位を取得している。教員養成課程が始まるのは大学院レベルか らであるが、 そこでも教科の学習が重視されている60。 その上、 中等教育機関には、 生徒指導 や保護者対応を行う「生徒指導専門員( CPE )」が配置されており、 教員の仕事は担当教科の 知識の伝達に特化されている。様々な教科の知識を統合する通教科的なコンピテンシーの育成 を強化することで、教科内容の伝達が弱くなると懸念されたのであろう。 二つ目の背景について、共通基礎の基礎(socle)は、物事の支えになるものという意味であ り、彫刻の「台座」や地質の「基盤」の他、 建物の「基礎」という意味もある61。この基礎と いう意味合いを踏まえ、 国民教育省は、 初歩的な基礎基本として共通基礎を周知した62。その 上、共通基礎の改革は、多くの教師に、LPC や全国学力テスト(フランス語と数学)、PPRE (フランス語と数学、現代外国語・地域語)の実施として受け止められた63。この過程において、 「共通基礎=基本教科であるフランス語と数学の基礎基本」と誤解され、共通基礎を重視する と教育のレベルが下がると捉えられたのであろう。 三つ目の背景は前述のラヴァルの批判と重なる。2012年の総視学官報告書によると、LPC に 対して、コレージュでは、評価結果が細かすぎて生徒の状況の継続的な把握に使いにくい、評 価の労働負担が重い、評価基準が曖昧で公正性を担保できないといった教員の不満が多く見ら れた64。そこで国民教育省通達により、2012年度から LPC は簡略化された。大きな学習困難を 抱えていない生徒についてはコンピテンシーごとの評価でよく、領域・項目ごとの評価は不要 となった。あるコンピテンシーが未習得の場合でも、領域ごとの評価を記入するのみとなっ 012年10月に行っ た65。それでも、LPC 批判は根強い。SNES がパリを含むクレテイユ大学区で2 た調査によると、教員の94%が LPC 廃止に賛成であった66。.  賛成派教員の意見 このように共通基礎に反対する教員がいる一方、共通基礎を支持する教員もいる。クレマン ― ― 32.

(17) フランスの中等教育における基礎学力論争―知識かコンピテンシーか―. によると、新教育運動系団体と、 保守的教育の信奉者、 ニュー・パブリック・マネジメント (NPM:new public management)や「効果のある学校」論( cole efficace)の信奉者が共通 基礎に賛成している67。 まず、民主的学校を理想とする新教育運動系団体(Ligue de l’enseignement や CRAP-Cahiers p dagogiques、フレネ教育団体など)は、古典的な中等教育を、抽象的な教科内容を伝達して 上位の生徒を伸ばすことを重視するエリート主義の教育だと批判してきた。彼らは、子どもの 表現活動や自発性、協同性を中心にすえた新教育で育んできた力と共通基礎は重なると考え、 共通基礎をどの生徒にも獲得させることで、教育の民主化を達成できると期待した。生活・社 会の具体的な問題を解決するために必要な知識を総合する力という、共通基礎におけるコンピ テンシーの通教科的な特徴が支持されたといえよう。 次に、逆説的なことに、新教育反対の立場である保守主義者も、共通基礎の賛同者である。 文学の中等教員組合である Sauver les lettres や、数学の中等教員組合である Sauver les maths といった保守主義者は、活動を通して学ぶ新教育の潮流に対して、学力レベルの低下を招くと 批判していた。そのような彼らが共通基礎を支持したのは、共通基礎は、彼らが重視する読み・ 書き・計算といった基礎基本の力を意味すると解釈したからである。 そして、初等・中等教員組合の SE-UNSA など、NPM や「効果のある学校」論の支持者は、 共通基礎は学校を合理的に管理する手段になると受け止めた。NPM とは、経営資源の使用に 関する裁量を広げる代わりに成果による統制を行うことで、経営の効率化を図る理論である。 各機関が生徒の成績などの目標を定め、目標の達成度を評価し、評価結果に応じた報酬を受け る68。 共通基礎を習得させる方法は、学校や教師の自律性に委ねられている。 とはいえ、 学校 や教師は、全国学力テストや LPC によって学習成果の継続的な評価を受けるため、共通基礎 を確実に習得させられる教育方法を取らざるを得ない。全国学力テストの学校別結果公開や LPC の結果の給与への反映は行われていないものの、共通基礎は、評価によって教師や学校に 圧力を与え、学習成果を向上させる梃になると考えられた。 では、「効果のある学校」論と共通基礎支持はどう結びつくのだろうか。日本では、「効果の ある学校」論というと、社会的・経済的に不利な立場の子どもたちの学力(ペーパーテストで 測られる学業達成)を高めている学校の特徴を探り、その研究成果を不利な子どものための学 校改善に役立てようとする論だと一般に理解されている。この理解は、学校とそこに通う子ど もの学業達成との関連を研究する「学校効果研究」の中心の一つであるアメリカの潮流のうち、 ― ― 33.

(18) 近畿大学教育論叢 第26巻第1号(2014・9). エドモンズ(R. R. Edmonds)を中心とする1970年代後半以降の研究領域を反映している。エ ドモンズたちは、平等性を追求するために、マイノリティの子どもに「効果のある学校」をめ ざしていた。しかし1980年代以降、アメリカでは、マイノリティの子どもだけにではなく、す べての子どもにとって「効果のある学校」をめざし、学校運営の効率性を追求する学校効果研 究が進んだ69。 フランスで近年語られる「効果のある学校」論は、日本で主に参照されるエド モンズの潮流ではなく、 この効率性重視の潮流である。ストラスブール大学のノルマン( R. Normand)によると、「効果のある学校」論のパラダイムは、生徒全体の学業達成を向上させ て学校運営の効率性(efficacit )を高めている要因をテストで特定し、学校に関する政治的・ 経営的決定の根拠となるデータを提供することだという。「効果のある学校」論の説明の中に、 マイノリティの子どもの学力を伸ばすという発想は出てこない。その上、ノルマンによると、 NPM を推進する1 980年代以降の保守政権は、学校効果研究の測定ツールを用いて学校運営の 効率性を評価している70。フランスでは「効果のある学校」論は、 効率性向上を旗印として NPM 政策を正当化する、NPM との親和性が高い理論として理解されていると解釈できる。 実際、前述のクレマンによると、NPM は教員の自律性を損ないうるとして教員の受けが悪い ため、SE-UNSA は NPM の観点から共通基礎に賛同しているにも関わらず、表立っては NPM 支持を打ち出さず、「効果のある学校」論の名目で共通基礎支持を主張しているという71。 このように異なる理由で共通基礎が支持されたのは、共通基礎の概念が曖昧であったことに よるとクレマンは述べる。新教育運動者は共通基礎におけるコンピテンシーの通教科的な性質 に目を向け、保守主義者は共通基礎における基礎の側面に着目し、NPM 論者( 「効果のある学 校」論者)は共通基礎におけるコンピテンシーの経営的ツールの側面を重視したのである。ク レマンもいうように、支持者たちは、共通基礎の中に、見たい概念を見取ったのであった。 結局、実施された共通基礎は、新教育の理念とは異なるものになった。共通基礎は、基礎基 本の学習を重視し、全国学力テストや LPC など評価の圧力によって効率向上を図る教育とし て体現された72。保守主義者と NPM 論者の勝利である。 そこで新教育運動系団体は、2012年6月にペイヨン(V. Peillon)文相に手紙を出し、共通 基礎や LPC の改革を迫っている。「共通基礎は、単純化された『基礎基本』を中心とした、教 育制度や生徒の『パフォーマンス』の評価のためのテクノクラシーの道具に変わってしまった。 〔中略〕いくつかの課題が挙げられる。共通基礎の内容の修正および学習指導要領と共通基礎 の関係という課題、学力の評価・認証方法の課題(とくに、活用方法に関する教員の不満が多 ― ― 34.

(19) フランスの中等教育における基礎学力論争―知識かコンピテンシーか―. 73 く見られ、現場に適応しない道具である LPC の抜本的な改革)」 。. 以上のような共通基礎の賛成派と反対派の様々な意見を受け、教育基本法改正論議の中で、 共通基礎の再定義が問題となってくる。. 5.共通基礎の再定義に向けた国会の議論  下院の審議:「共通基礎知識・コンピテンシー・教養」の提案 教育高等審議会は2012年12月の報告書において、共通基礎の文化的側面を斟酌しないために 共通基礎に反対する者がいると認め、新しい教育基本法では、共通基礎における知識とコンピ テンシーの関係について明示すべきだと勧告している74。共通基礎には、⑤人文的教養や③数 学の基礎原理及び科学的技術的教養といった教養の伝達を含む柱もあることに目を向けず、共 通基礎に基づいたコンピテンシー教育を推進すると教養の伝達が疎かになると批判する中等教 員たちのことを念頭に置いた指摘であろう。 勧告を受け、国会では、教育基本法(フィヨン法、本論13頁目)の改正に向けて、共通基礎 の再定義について議論することとなった。フランスの国会は、上院(元老院)と下院(国民議 会)の二院制である。 まず下院では、2013年2月28日に文化・教育委員会の報告書が提出された。委員会では、共 通基礎の文言と、共通基礎と学習指導要領の関係が議題となった。 報告者である与党社会党のデュラン(Y. Durand)議員は、共通基礎の文言を「共通基礎知 識・コンピテンシー・教養」に修正することを提案した。これに対し、野党国民運動連合のブ ルトン(X. Breton)委員は、教養は科学的・技術的・人文的教養として共通基礎知識・コン ピテンシーの「知識」にすでに含まれているので追加する必要はない上、「教養」を加えると 共通基礎の定義が際限なく広がる恐れがあると指摘した。しかし報告者は、共通基礎の文化的 側面を軽視する功利的解釈を避け、教養、とくに人文学(humanit s )が学校で認められるよ うにすることが重要だと反論し、「教養」の追加が承諾された。 共通基礎と学習指導要領の関係については、フィヨン法と2006年の政令において不明瞭であ ると問題視された。 フィヨン法9条では、「共通基礎の獲得と並行して、 その他の教育が義務 教育期間に施される」と述べられている。この表現は、義務教育は共通基礎の教育と教科教育 という独立した二領域で構成され、共通基礎は従来の教科内容とは別の教科内容をさすという 誤解を招く。 政令の表現も曖昧である。「義務教育は共通基礎に還元されるものではない。共 ― ― 35.

(20) 近畿大学教育論叢 第26巻第1号(2014・9). 通基礎は今後義務教育の土台となるが、共通基礎は小学校やコレージュの学習指導要領に取っ 75 。こうした表現は、共通基 て代わるものではない。共通基礎は学習指導要領の要約でもない」. 礎と学習指導要領はともに義務教育の目標であるが、相互に無関係であるという印象を与える。 そこでフィヨン法の修正案が示された。「義務教育は少なくとも、知識とコンピテンシー、教 養の共通基礎の獲得に必要な手段を生徒一人ひとりに保障しなければならず、義務教育全体が それに寄与する」(7条)「学習指導要領は学習期ごとに、学習期末に獲得すべき知識・コンピ テンシーとそれを身につける方法を定義する」(24条)とされ、「共通基礎の獲得と並行して、 その他の教育が義務教育期間に施される」というフィヨン法の条文は削除された76。義務教育 の目標は共通基礎の獲得であり、学習指導要領は共通基礎の内容と習得方法を具体的に示すも のという関係が明示されたといえる。 デュランは歴史・地理の教員としてリセでの教授経験をもち、教育問題を専門としている77。 2013年6月5日に開かれた中等教員の評価に関する SNES のシンポジウムで発表しているよう に、SNES と関係が深い78。こうした経歴から、デュランは、SNES の中等教員たちが示して きた教科の論理の観点から「教養」という語の追加を主張したと考えられる。 続いて、2013年3月15日の下院の審議では、野党民主・独立連合のゴメス(P. Gom s)議員 が、教養の中身が不明瞭だとして「教養」の語を抜く修正意見を出したものの否決された。ペ イヨン文相は、 最小限の「文化的最低賃金」(本論12頁目)だと解釈して共通基礎に反対する 教員が多いと認め、共通基礎が学校の礎となるためにはまず、共通基礎を実践する教員を安心 させねばならないと述べている79。教員の賛同を得るには、教科の高度な知識をイメージさせ る「教養」の追加が不可欠だという政治的判断が働いたと解釈できよう。.  上院の審議:下院の修正案の検討 2013年5月14日の上院の審議では、下院で可決されたフィヨン法の修正(7条と24条)が支 持された。修正案は、教科と共通基礎のつながりを強調し、学校教育全体で共通基礎を獲得さ せるという姿勢を明確に伝えていると評価している。そして、「共通基礎は、生涯教育及び生 涯学習のためのキー・コンピテンシーに関する2016年12月18日の欧州議会と欧州連合理事会の 勧告(2006/962/CE)を参照する」という文章が7条に追加された80。 しかし、2013年5月23日の上院の審議では、下院の法案7条に対する修正意見が続出する81。 その中から、教養とコンピテンシーの関係に係るものを検討する。 ― ― 36.

(21) フランスの中等教育における基礎学力論争―知識かコンピテンシーか―. ① 共通基礎の「教養」を削除すべき まず、野党国民運動連合のルジャンドル(J. Legendre)議員は、 「教養」が共通基礎の文言 に入ったことを批判した。フランスの教育には教養を重視する伝統があるが、教養は学校での み伝えられるものではなく、家庭や友人、地域、宗教などとの関わりの中で育まれるものだと いう。さらに、「教養」という意味が広すぎる語を追加すると、共通基礎の概念が曖昧になり、 何を共通のものとして身につけさせるのかわからなくなると指摘した。 これに対し、野党共和国市民共産党のゴンティ・モラン( B. Gonthier -Maurin )議員は、 「教養」を追加することで、 フィヨン法がもたらした学習の功利主義化を食い止められると反 論した。教養を育む場はもちろん学校だけではないが、学校は、功利主義から離れた無私な態 度で、自律的な思考や批判的精神といった教養を構築する場である。一方、フィヨン法で導入 された「コンピテンシー」は、 欧州議会のキー・コンピテンシーのように、「雇用可能性 (employabilit ) 」や労働市場に適した実用主義的な力となりうる危険を帯びており、コンピテ ンシーの育成だけを学校教育の目的とすることはできないという。 また、ペイヨン文相は、共通基礎に対する教員の支持を広く得るためには、共通基礎から教 養を抜くのではなく、共通基礎からコンピテンシーを抜くのでもなく、教養とコンピテンシー の両方を入れるべきだと主張した。 ルジャンドル議員の修正意見に対して、文化・教育・コミュニケーション委員会の報告者で ある与党社会党のカートン(F. Carton)議員は、委員会の反対意見を述べた。 「教養」の語を 追加することで、共通基礎は、教科の知識やコンピテンシーだけではなく、人文主義的エスプ リも含むと示すことができるという。 ② 共通基礎知識・コンピテンシー・教養を「共通教養(culture commune) 」に変更すべき ゴンティ・モラン議員は、功利主義的なコンピテンシーの育成を重視することで、学校教育 が企業の即自的な要求に隷属してしまうと問題視している。そのため、共通基礎から「コンピ テンシー」の語を抜くべきだとして修正意見を提出した。 修正意見に対して、カートン議員は、委員会の反対意見を述べた。「共通基礎知識・コンピ テンシー」という表現はすでに教育現場に普及しており、「共通教養」とまとめると現場の混 乱を招くという。 ③ EU のキー・コンピテンシーを参照するという文章は削除すべき ルジャンドル議員とゴンティ・モラン議員は、「共通基礎は、生涯教育及び生涯学習のため ― ― 37.

(22) 近畿大学教育論叢 第26巻第1号(2014・9). のキー・コンピテンシーに関する2016年12月18日の欧州議会と欧州連合理事会の勧告(2006/962/CE) を参照する」という文章の削除を求めた。ゴンティ・モラン議員は、困難を抱えた生徒のため の最小限の力というフィヨン法が招いた共通基礎の誤ったイメージを乗り越え、すべての生徒 に保障するレベルの高い力として共通基礎を定めることが教育基本法改正の目的であるならば、 コンピテンシーの概念と決別する必要があると主張する。なかでも EU のキー・コンピテン シーは、教養や知識を排除したコンピテンシーであり、下院の修正案で追加された「教養」と 相いれない概念であるため、共通基礎と結びつけて言及すべきではないと述べた。 この修正意見に対して、カートン議員は、委員会の賛成意見を述べた。共通基礎の理念はコ ンピテンシーの育成だけを重視しようとするものではなく、また EU のキー・コンピテンシー に言及すると共通基礎が最小限の力と誤解されうるのであれば、EU のキー・コンピテンシー への言及は削除すべきだという。 最終的に、委員会の意見通り、①と②は否決され、③は可決された。 以上のように国会では、SNES など教養教育を支持する中等教員の意見を受けて、共通基礎 の文言に「教養」を追加する意見が出された。教養は広すぎる概念であり、共通基礎の中身が 曖昧になるといった反対意見が出たものの、この意見は可決された。教養を追加することで、 人文学や人文主義的エスプリといった中等教育の伝統的な理念と共通基礎は重なるというイ メージを与え、教養教育派の教員も共通基礎を支持しやすくなると考えられたためである。ま た国会では、学校教育へのコンピテンシー概念の導入は、労働市場で高い生産性を発揮する力 を育む学習の功利主義化を招きうるという批判もなされた。共通基礎における「教養」と「コ ンピテンシー」の並列は、教養教育派とコンピテンシー教育派に教員が二分されていることを ふまえ、共通基礎への両者の支持を得るための政治的妥協であった。このような国会での審議 を経て、2 013年7月9日に、 新教育基本法(ペイヨン法)が公布された82。 共通基礎は「共通 基礎知識・コンピテンシー・教養」と示された。. 6.結 論 本論は、2013年の教育基本法改正に至るまでのフランス中等教育における基礎学力論争をた どった。共通基礎をめぐり、各教科の知識の伝達を重んじる教養教育派と、現実生活・社会の 具体的な問題を解決するコンピテンシーの育成を推進するコンピテンシー教育派の間で論争が 繰り広げられている。前者は、教科内容を体系的に教授することで教養を身につけさせ、エス ― ― 38.

(23) フランスの中等教育における基礎学力論争―知識かコンピテンシーか―. プリを発揮して自己実現する市民を育てることを是としている。後者は主に、様々な教科領域 の知識や技能などを総合して特定の状況の課題を解決するコンピテンシーを育成することで、 実社会で有用な人的資源としての労働者を輩出することを理想としている。この構図は、現場 教員にも、政府の委員にも、政治家にも共通していた。 ただし、コンピテンシー教育の推進派には、人的資源の効率的な育成を狙う新自由主義的立 場の教員だけではなく、教育の民主化を志す新教育運動家や、新教育反対の保守主義者も見ら れることは興味深い。コンピテンシーや「基礎」の概念規定が政府によって明確になされてい ないため、各自が自らの利害に有利なようにコンピテンシーや「基礎」という言葉を利用して いることが窺える。 フランスは、教養教育という中等教育の伝統からコンピテンシーに基づいた教育へと一気に かじを切ったわけではなく、その間で折り合いを付けようとしている。LPC が簡略化され、共 通基礎の文言にコンピテンシーと並んで「教養」の語が付け加えられたのはその表れである。 コンピテンシーをめぐるフランスの基礎学力論争は、日本の2008年の学習指導要領で強調さ れている思考力・判断力・表現力等の育成や言語活動のあり方を考える上でも示唆深い。とく に、教養教育派のコンピテンシー教育批判からは、コンピテンシーに基づいた教育に関する次 の三つの論点を導き出すことができる。以下の「コンピテンシー」を「思考力・判断力・表現 力等」に読み替えると、日本の状況と重なる。 一つ目は、コンピテンシーの要素となる知識を一つひとつ個別的に習得させて評価するとい う要素主義的な学習アプローチでは、コンピテンシーに基づいた教育は断片的な知識の伝達と 化し、学習の体系性が失われるのではないか、という点である。コンピテンシー全体を包括的 に育み評価する学習アプローチを開発すべきだと考えられる。 二つ目は、コンピテンシーを高めるために知識を総合する学習活動が重視されるあまり、知 識の習得が疎かにならないか、という点である。もちろん、知識を活用する学習を通して知識 の習得が深まるということはあるものの、基本的な知識を十分に獲得させていない状態で知識 の活用を求める教育を行うと、家庭や塾など学校外で知識を身につけられる家庭環境の生徒し か授業についていけず、取り残されてしまう生徒が出てくる。知識の習得を軽視したコンピテ ンシー教育は、社会的不平等や学力格差の拡大を招きうる。 三つ目は、誰のための、何のためのコンピテンシーなのか、という点である。国家・企業の 競争力を高める人的資源として有用な労働者となるための力なのか。それとも、学習者が、労 ― ― 39.

参照

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