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建礼門院右京大夫の詠歌環境について

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建礼門院右京大夫の詠歌環境について

竹 井 佐 知 子

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Sachiko Takei

The purpose of this study was to think about the environment where Kenrei Mon' in ukyo-no-daibu made waka 1 compared waka in ukyo-no-daibu-shu with Rinyo-waka-shu that was Shun-e's waka-shu, Ukvo-no-daibu was a member of

Karin-en that was started by shun-e

In parallel with this. 1 studied the correlation between ukyo-no-daibu-shu. Rinyo-waka-syu and Horikawa-hyakushu. Eikyu hyakushu. Tametada-ke Shodo hyakushu, 1 thought

that These Teisu-kashu were related with shun-e, Because

one of the people who participated with Horikawa-hyakushu was Syun-e' s father whose name was Minamoto-Toshiyori So. Shun-e made waka from These Teisu-kashu's titlεand expression of waka

In inconclusion. 1 found that some waka in Rinyo-waka syu were especially a百εctedby Eikyu-hyakushu. Tametada ke Shodo-hyakushu. and these Shun-e' s waka a百ectednot only Oaiei-ka in ukyo-no-daibu-syu. but also DokuC'i-ka旧 lt

(2)

はじめに 建礼門院右京大夫の詠歌環境について ﹃建礼門院右京大夫集﹄(以下﹃右京大夫集﹂)中 には、恋人であった平資盛との贈答歌や、彼の死、 その追憶の日々を詠んだ私的な歌が、長い調書を 伴っておさめられており、﹃右京大夫集﹄を﹁日記 文学的﹂と考える根拠の一つとなっている。 その一方で、これを﹁あくまで家集としてみるべ きもの﹂という指摘もある。その理由として、次の こ と が 挙 げ ら れ る 。 ①上巻の題詠歌四十首中に、歌合への出詠歌と見ら れる歌がおさめられていること ②誰のためにかは不明であるが、右京大夫が﹁小松 のおとず﹂と呼ばれた平重盛主催の菊合への代作 をしていること 理由①については、芝尾仁氏が、﹁兄の伊経のよ うな近親者を媒体とし﹂、﹁歌会や歌合の題を借りて 習作した﹂可能性があると述べられている。確かに、 伊経と右京大夫は﹁寄催馬楽恋﹂﹁月前恋﹂という 題で共に歌を詠んでいるので、①の題が兄によって もたらされたとも考えられる。 さらに、﹃右京大夫集﹂中には、結ぴ題が多く見 られる。ここで言う結び題とは、﹁①単純に二つ以 上の事物を結んだ題﹂と、﹁②二つ以上の事物を結 んで完結した題を為している題﹂の二種類の題のこ とである。﹁右京大夫集﹄中には、﹁題詠歌群﹂の 四十首、九九番歌﹁月の前の祝い﹂と一

O

O

番歌 ﹁月の前の恋﹂、題詠歌を参考にして詠まれたのでは ないかと推測される六一、六二番歌の計四十四首(表 1 ) の結び題が見られるのであるが、その理由とし て、歌林苑からの影響が挙げられる。歌林苑とは、 僧の俊恵が歌人たちに開放した自宅の呼び名で、そ こでは、月次、臨時の歌会が聞かれていた。 右京大夫は、歌人として活躍していた当時、歌林 苑と関わりを持っていた。このことについて、谷知 子氏は、二八番歌、三二番歌、四一番歌の三つの題 が俊恵の私家集﹁林葉集﹂にも共通して見られるこ とから、﹁その催しに参加していた可能性﹂を指摘 -223-(2)

(3)

第21号 されたが、あるいはこれらの題も、人を介してもた らされたものかもしれない。 このように、右京大夫が歌会や歌合に参加したの か、現時点では確定できない。しかし、たとえ間接 的にではあっても歌会や歌合で出た題で歌を詠み、 家集中におさめた意図を歌人意識の表れと捉え、俊 恵の私家集﹃林葉和歌集﹄中の和歌の題や表現との 比較によって、右京大夫の詠歌環境について考えて み た い と 思 う 。 ﹃右京大夫集﹄と﹁林葉集﹂中の和歌の比較にあ た っ て は 、 ﹃ 堀 河 院 御 時 百 首 和 歌 ﹂ ( 以 下 ﹃ 堀 河 百 首 ﹂ 。 長 治 二 ( 一 一

O

六 ) 年 頃 成 立 て ﹃ 永 久 四 年 百 首 ﹄ ( 以 下﹃永久百首﹄。永久四(一一一ムハ)年成立て﹁丹 後守為忠朝臣家百首﹂(以下﹃為忠家初度百首﹂。長 承三(一二ニ四)年成立)の題や歌も取り上げる必 要があるようだ。﹃堀河百首﹄、﹃永久百首﹂の作者 の一人に源俊頼がいるが、俊恵はその子である。こ のことから、これらの定数歌集は、俊恵にも影響 を与えているはずであるし、﹃右京大夫集﹄中にも、 言語と文化 文教大学 ﹃堀河百首﹄中の題と配列が同じ部分があるが、そ れらは﹁春立つ日﹂﹁早蕨﹂を除いて結び題となっ ており(表 2 ) 、さらに、﹁永久百首﹂中の歌との聞 に表現の類似が見られ、﹃為忠家初度百首﹂中の結 び題でも右京大夫は歌を詠んでいるからである。 そこで、これら一ニつの定数歌集における結び題や 歌の表現も見ておく。一二つの定数歌集のうち、最初 に成立した﹃堀河百首﹂中には、結び題は﹁恋﹂の 部の中に見られるだけである(表 3 ) 。次に成立し た ﹁ 永 久 百 首 ﹂ 中 に は 、 行 事 を 題 に し た も の や 、 ﹁ 恋 ﹂ の題の中に見られ、若干増えている(表 4 ) 。 そ し て 、 三番目に成立した﹃為忠家初度百首﹄中には、結び 題が多く見られる(表 5 ) 。

(4)

-222-表 1 ﹃右京大夫集﹄結び題一覧 ﹃新編国歌大観﹂第四巻による。網掛は今回比較した題 建 礼 門 院 右 京 大 夫 の 詠 歌 環 境 に つ い て } 占 で番歌F 控室 O 九 J¥ 七 五 四 O 九 Ji、七 ム ノ、 ノ、 夜 日 松 花間タ 社頭朝鷲 我 連 夜 水 鶏 亭野タ 名 を 寝λ島主4 谷 た タ 片思 卯 f 花 家山 往事弟之 対 待 花月 鷲有慶声 ふ 之 !l) カミ 春 雨かき 契り 培、 コ。 辺 ひ す る ひ の J ¥ 援 衣 の く" よ を 人 草 て 鹿 コて る 〉。 lま 逢 ね 野 月 づ 題 契 ふ コ。 る る 恋 恋 開 花 恋 恋 四 九 五 xi.五 五 四 四 四 四 四 四 四 四

川 d3f忌宇

ポ)まま 歌番万 O O 九 O 九 J¥ 七 ノ、 四 O J¥ 五 月 月 山 山 依 所 明 月 雨 老人 花落衣 骨 骨 i竜 j年 処 謡童

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古き

g民 の の 花 家を 家初 草花中 。 コ 。〉 。コ 々 前 前 隔 を I白 辺 路 の 池 の の 雪 つ 恋 りコ。 の の 恋 祝 待 る ふ コ。 残り 春 杜若 イ コ 沸,l!,..之、 :a の 題 の 雪 表 2 ﹁堀河吉首﹄中の題と﹁右京大夫集﹄中の題の配列 J¥ t 肩I 四 O J¥ 四 五 O 九 七 ノ、 白fl 五 九 五 九 七 五 九 七 九 。 コ ノ 、 四 O 五 七 四 O 九 七 歌 番 号 O 四 O 四 ノ、 O 四 J¥ 」 ー 早蕨 残 款長ι 重 杜若 苦 呼 帰雁 春駒 春雨 歌 花 月 菜 代 子,鳥 題 尽 四 四 四 四 四 四 九 七

五 四 O J¥ ノ、 五 四 花 落 ~fì 早蕨 滝 海 処 所名 古 池き 山 暁 暗 遠 夜 の の の 々 回 〉。 き き J、 衣 jり白 辺 路 の !l) 〉。 呼 空 沢 治、 の の 款 主ι 董菜 コ。 苗代 鳥子, コ。 コ。 き 歌 。 〉 帰 春 i 駒 春 題 花 の る 雨 。 コ 暮 雁 雪 -221-(4)

(5)

四四 四 四 四 四 四 ニ 九 八 六 回 O八 六 五 七 一 五 九 三 七 一 五 九三 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ 五 四 四 四 四 四 四 四 一 九 八 六 四 三-10 八 六 ー ムO四 八 二 六O四 八 ーーノ、 蓮 蚊蛍 草月 照射 早苗菖蒲 郭 葵 遺 橘 ~ 、 火 雨 一 九 九 九 九 九 九 八 010 O九 七 六 四 二 一 九 四 二O三 七 一 五 九 三 七 一 五 九1 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ 九 九 九 九 九 九 -10 九 七 六 回 010 010 一一・ノ、O四 八 二 五 四 二 八 六O四 神 網 水 凍 千鳥寒産雪 叢 霜 時雨 楽 代 ,鳥 五 五 五 五 五 五 四四 四 四 八 六 五 三 二O八 七 五 四 六 九 三 七 一 五 九 三 七 一 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ 六 五 五 五 五 五 五 四 四 四 O八 六 五 O八 七 五 一 五 八 二 六O四 八ー ム 一一ーノ、 祝詞懐述 無常 夢 懐旧家田 山 別旅 路海 家 文 教 大 学 言 語 と 文 化 第21号 夏 十 五 首 一 一O八 七 一 五 九 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ 五 三 二O 一一ーノ、O四 卯花更衣月 款三冬 尽 十 朱 五 首 J¥IJ¥ J¥IJ¥ 八 六 四 三 一 五 九 三 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ J¥IJ¥ J¥IJ¥ 九 八 六 回 六O四 八 初 九 冬月 尽 四 四 二O九七 五 九 三 七 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ 四 四 四 三 四 二O九 O四 八 二 橋 関 野 川 七 五 四二O九 三 七 一 五 九 三 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ 八 七 五 回 二O 八 二 六O四 人 藤花杜若 重菜代苗喚 帰 子 鳥 雁 J¥IJ¥ 七 七 七 七 -10 八 六 五 三 七 一 五 九 三 七 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ J¥IJ¥ 八七 七 七 O八 六 五 一一ーノ、O四 八 二 虫 簿衣月駒迎檀 霧 雑 廿 首 六 回 九 八 一 五 九三 七 一 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ 七 六 四二 一 九 六O四 八ー ム 一一ノ、 山 鶴 苔 竹 松 暁

-220-七 六 四 一 七 一 五 九 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ 九 七 六 回 ー-,~ハO四 春駒春雨 桜 蕨 七 七 /、/、 二O八 七 一 五 九 三 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ 七 七 七 六 O八 六O四 八 露 鹿雁 荻 六 回 五 九 三七 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ 八 六 四三 O四 八 二 恨 片恩 旅 恩 春 廿 首 表 3 塀 河 一 九 八 六 四 ニ 十 一 百 首 '-一 七 '-一五 九 三 七 1 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ 九 八 六 四ー ム 歌 雪す 歌題ー 一ー/、 六O四 人 J¥ 柳 梅花 残雪若菜鷲 霞子 立日春 歌 題 秋 廿首 /、/、 ノ、/、 五 五 五 五 五 五 五 四 二O九 七 六 四 七 一 五 九 三 七 一 五 九 三 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ 歌 号 番 ノ、/、 ノ、、/、 六 五 五 五 五 五 七 五 四 二O九 七 六 四 二 一一ーノ、O四 八 三 六O四 八 蘭 刈萱 薄 女萩 七立秋和破 泉 氷室 タ 歌 題 弟 十首之 -10 010 O八 六 五 O八 七 五 一 五 九 三 七 一 五 九 三 七 歌 号 番 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ 010 -10 八 六 五 三 二O八 七 六O四 八 ーーノ、O四 八 二 逢 遇 不 ヲ ド車恋後月初遇噴ミ之 ィ逢噴不苦恋、初恋夜除炉火 竃炭鷹狩 歌 題

(6)

秋 十 J¥ 首 O九 九 八 七 六 六 五 八 一 四 七O三 六 九 二 五 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ -10 九 八 八 七/、/、 四 七O三 六 九 二 五 八 一 晩立残暑毒 蝉夏猟鵜河 夏虫暑避 樹陰扇 水 鶏 恋 十 首 四 四 四 四 四 四 四 四 四 三 五 五 四 三 -10 O九 七O二二/、九 三 四 七O三 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ 四 四 四 四 四 四 四 四 四 三 六 五 四 四 O九 三三ノ、九 二 五 八 六 九 不 書 拍見ミ路荷隔遠ミ経年功ミ 経月済す 隔一忍帯│日名調賞驚鴛 夜 恋 -/i、_.-ノL、-ム ム/、ノ、 /、/、 /、/、、 /、/、 九 八 八 七一ノ』ー、-/i、-五 回 五 八 一 四 七Oニコノ、九 二 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ 七 六ム ム /、ノ、、 /、/、、 ノ、、/、、 /、/、、 O九 J¥IJ¥ 七 六 五 五 四 三 一 四 七Oー ム 九 二 五 人 一一/、 猿 蜘妹等 笛 隣 船 泉郎老人 妓女王 君Bll 建 礼 門 院 右 京 大 夫 の 詠 歌 環 境 に つ い て 夏 十 首 四 四 八 一 四 七 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ 五 四 四 三 四 七O三 麦程夏草夏衣賀 八 七 七 六 六 九 二 五 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ 九 八 七 七 三 五 八 一 袋 薪椎柴五 ノ、/、 ノ、/、、 -10 五 八 一 四 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ノ、/、、 /、/、 一 四 七O 唐人宮仙七 賀 夜 一 九 九 八 O九 二 五 O三 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ 九 九 -10 八 一 一 五 六 九 三 蛙 残鷲雑 蹴燭落花桃花 十朱 首 五 五 四 三 一 一 八 一 四 七O三 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ 六 五 五 四 四 七O三 六 九 葉落野行幸初 実 養 鈴 虫 五 五 五 五 五 五 九 九 八 七ノ-4,、If、 -七O二ー二 ムノ、九 二 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ 六 五 五 五 五 五 O九 J¥IJ¥ 七 六 二三/、九 三 五 人 元 服洋小篠桂 榊 社

-219-(

6

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七 七 六 五 五 四 八 一 四 七O三 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ 八 七 七 六 五 四 四 七O三 六 九 梅紅未発花 稲荷詣志賀山 清時 R 白産春祭B 越 -10 O九 J¥IJ¥ 六 九 二 五 八 一 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ 010 九 八 二 五 八 一 四 七 松虫秋山枠 蔦草香根田 五 五 五 五 五 五 五 回 四 三 五 人 一 四 七O ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ 五 五 五 五 五 五 六 五 四 四 一 四 七Oー ム 二二ノ、 寺 郷故 池j竜原 水海 春十 表4 J¥ 首 永久 八 一 首百 六 九 二 五 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ 一 七 四 三 四 歌雪 歌

二 五 八 一 覧 賭弓遊糸春曙 春実余冗旦 歌 題 七 六 六 五 四 三 一 一 四 七O三 六 九 二 五 歌 番 でF ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ 八 七 六 五 五 四 O三 六 九 二 五 八 一 稲 妻嵐 晩月 秋夜九 八 七 秋 九月十月タ風 歌 題 日 五 夜 雑 十 首 五 五 四 四 四 四 四 四 -10 九 九 八 七 七 六 ニー二 ムノ、九 二 五 八 一 四 ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ ¥ 1 ¥ 歌で番F 五 五 五 四 四 四 四 四 O九 九 八 七 七 九 三 五 人 一 四 七O 石 湯出星 雲恋別待 人 寝覚功之且見弟守 歌 題

(7)

五 四 O九 八 七 五 七 九 一 三 五 七 九 ¥ I ¥ ¥ I ¥ ¥ I ¥ ¥ I ¥ ¥ I ¥ 五 五 四 三 ~IO 九 八 八O二 四 六 八O二 四 六 樹 遠 毎夜叢中1寝詰船旅暁 門江 雲 陰 山 更回 菖 蒲 中 郭公間 納 氷鵜 蛍 水 五 照 早 I尽室 河火 鶏月 射 苗 雨 五 五 五 四 四 四 四 四 四 四 O九 九 八 七 六 五 五 二 四f

l;i、O二 四 六 八O ¥ I ¥ ¥ I ¥ ¥ I ¥ ¥ I ¥ ¥ I ¥ 五 五 五 五 四 四 四 回 四 四 ーO九 八 八七 六 五 九 一 三 五 七 九 五 七 月雨 河 谷暁i兵松ヒ上閏 寒庭橋 前 神 楽網代中 上川天辺 水 鳥 水

I

雪 薮 霜 葉落 七 七 七 七 七 七 七 七 七 七 六 五 五 四 ~IO 六 九 二 五J¥I--四七O三 ¥ I ¥ ¥ I ¥ ¥ I ¥ ¥ I ¥ ¥ I ¥ 七 七 七 七 七 七 七 七 七 七 七 六 五 五 四 三 ~IO 三 五 八 一 四 七O三 六 九 慶賀望眺遊 浦 楊貴妃上陽人王 釣i泉昆野酌 女 島 子 文 教 大 学 言 語 と 文 化 第21号 夏 七 六 五 四 五 七 ¥ I ¥ ¥ I ¥ 七 七 六 五 八O二 四 遠 山 旅 宿 三 月花池岸藤 卯 村 花 家初夏 尽 四 四 四 四 四 三 二 四 六 八 ¥ I ¥ ¥ I ¥ 四 四 四 四 四 四 九 一 三 五 初 閏九 遠 十 郷議衣夜三 時 朱 雨 尽月 ノ、/、、f、;-It、 -九J¥八 七 六 九 一四 ¥ I ¥ ¥ I ¥ 七 六 ムノ、ムノ、 O九J¥IJ¥ 二 五 八O 高喜和琴寺 頭UJ社 一 九 O九 九 一 三 五 七 1 ¥ I ¥ ¥ I ¥ ~IO 四三 F→占-ノi、A 六 八O二 四 水沼下滝 厳上野外 古棚田山 社若款冬鵬燭遊糸 重菜酋代 四四 一 九 九 八 七 七 五 七 九一 ¥ I ¥ ¥ I ¥ ¥ I ¥ 四四 四 三 九 九 八 七 七O二 四 六 八 水 菊 岸辺虫島駒迎i夜架橋根樺 霧家回 上苔露 雑 /、/、 /、/、、 ノ、ノ、 /、、/、 五四 七Oーム 九二ー→/、 ¥ I ¥ ¥ I ¥ ¥ I ¥ / 、a、f、d /、/、、 ノ、/、 七 六 五 五 四 三 ー 九二 五 八 F司/、、 梢猿鶴i骨│厳島遺水 雲峰風 -218-九 八 七 六 五 七 ¥ I ¥ ¥ I ¥ 九 九 八 七 八O二 四 谷関 辺沢春閑中 呼中路帰 春 駒 雨 子 雁 , 鳥 六 五 四 三 三 五 七 九 ¥ I ¥ ¥ I ¥ 七 六 五 四 O二 四 六 社問上嶺 鵜 紅葉 鹿 ム ム ム ム /、ノ、、 /、、/、、 ~IO 五 八 ー四 ¥ I ¥ ¥ I ¥ ム ム//、 /-'-_/1--1... 一 四 七O 共 朝後 恋 買1隠久恋 怠契偽恋 恋 春 表5 五 五 四 三 九 一 九 一 三 四 六 七 ¥ I ¥ ¥ I ¥ ¥ I ¥ ¥ I ¥ 一 八 六 五 五 回 ー、」ノ 六 八O二 三 五 歌 題 山 岡 柳 i 岸可前梅窓 雪中 鴛林 路霞i毎正子朔 覧 路 桜辺 歌 題 早蕨 草 次 ~IO 九 九 八 七 六 五 五 七 九 一 三 五 七 九 歌 番 号 ¥ I ¥ ¥ I ¥ ¥ I ¥ ¥ I ¥ ¥ I ¥ O九 九 八 七 六 八O二 四 六 八O二 四 六 雨 後 蘭 風前刈萱 霊薄堂女郎花 庭 萩七 タ 後 朝 泉量秋

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河林頂蝉上蓮池 題 恋 五 五 五 五 五 五 五 五 五 五 九 九 八 七ム ム 五四/、/、 七O一ー ム 九三 四六 八一/、、 O ¥ I ¥ ¥ I ¥ ¥ I ¥ ¥ I ¥ ¥ I ¥ 号歌番 六 五 五 五 五 五 五 五 五 五 O九J¥IJ¥ 七 六 六 五 四 三 ニ ' ー 二 岨 二f、-九 三 五 八 五 七 恋ト手詞

E

恋U 恋愚1媒被返書恋 伝恋人 j始恋曳 歳 暮 舟 中 居埋関火 深竃炭山 頭鷹晩狩 歌

(8)

A . 俊恵に影響を与えた歌集 はじめに、前記三つの定数歌集と、俊恵の ﹁ 林 葉 集﹄とを比較しておく。 建十L門院右京大夫の詠歌環境について ﹃林葉集﹂と﹃堀河百首﹄中に共通する表現 ﹃林葉集﹄と﹃堀河百首﹄では、次の歌に表現の 類 似 が 見 ら れ る 。 ① 帰雁をよめる ち川州州副司しちの雪にめなれてや柑剖則叶寸 寸澗引刷封 (林葉集、巻第一、春歌)

の 了

l a ゴぺ礼司にはたがことづてし玉札を雲ゐのかりの もてかへるらん (堀河百首、春二十首、帰雁、匡房)

?

すて て帰るかりがね ( 問 、 顕 季 ) ①と①laの歌には﹁こしぢの雪﹂、①と①lb の歌には﹁花を見すてて帰る雁金(かりがね)﹂と いうこつの言葉が共通している。﹁こしぢの雪﹂は、 ﹁古今集﹂中の歌に既に見られるので、俊恵が①│ a以外の歌を参考にした可能性が高いが、﹁ちりか かる﹂﹁ちりぬベき﹂、﹁花を見すてて帰る雁金﹂と い う 各 表 現 は 、 扉風に 7 ) 可 ﹄ AnxU 2 〆 ︹ らめやおぼつかな しといもはまっとも (拾遺和歌集、巻第一、春、よしのぶ) という能宣歌に似た表現が見られるものの、この歌 に﹁雁金﹂は詠まれていない。従って、﹁拾遺集﹄ 中の歌のイメージを元に①│bの﹁雁金﹂の歌が詠 まれ、それを元に俊恵が①を詠んだという流れが考 え ら れ る 。

(9)

② 歌林苑 にごりえのそこにひけども菖蒲ぐさみがける樹 あやめを の と劇りけり (林葉集、巻第二、夏歌)

?

第21号 よと共にかよふ淀ののあやめ草けふたが宿のつ まと成るらん 言語と文化 (堀河百首、夏十五首、菖蒲、顕季) ﹁つま﹂という言葉に﹁あやめ草﹂を吊るす軒端 である﹁端﹂と、配偶者の﹁妻﹂を掛ける歌は他に もあるが、②と②

1

a

の歌は﹁宿の妻(つまこと いう言葉が共通して見られるので、②

l

a

から②へ の直接の影響を考えて良いであろう。 ③ 文教大学 師 光 君 家、 人

羽生

一 川

辺警

I.

μ

引志

刊 ま 山│れ

引詠

ミァ│み え 侍 つ

l

り つlし く に れ カ (林葉集、巻第三、秋歌) 山をこえつるけふのしるしには制調.叫叫叫剖 ら ん│ (堀河百首、秋二十首、紅葉、河内) ③と③ │ a は、﹁秋の山を越えつつ見た紅葉のに しき﹂と、﹁絹織物の錦を着る﹂という意味が掛け られている点が共通している。 ﹁紅葉の錦﹂と﹁(ふるさとへ)かへる﹂という表 現 は 、

216-(

9

)

たび人のもみぢのもとゆく方かける扉風に 寸寸たったひめ叫判じの ぶるさとにカ 錦そらにきすらん (拾遺和歌集、巻十七、雑秋、大中臣能宣) 題しらず 白波は斗司討斗吋刈吋叫刈叫叫叫吋リ剖剖剖 A A 叶 叶 肩 引 例 ら ん (拾遺和歌集、巻十七、雑秋、よみ人しらず) など、﹁拾遺集にはかなり多く見られる﹂というこ とであり、しかも、﹁漢書・項籍(羽)伝﹂や、﹁南 る と

(10)

史・柳慶遠伝﹂などの故事によるということである。 しかし、﹁秋山をこえ﹂という言葉を入れるあたり、 ③は、③ー

a

をも意識して詠まれたと考える。 ④ 建礼門院右京大夫の詠歌環境について き み じ 刺 た もり│か と す

I

が や る │ り が 州 を J ¥ ふJ 工 り ~I め

りの

l

る リ み の ゆ き ふ ーあきたつ (林葉集、巻第四、冬歌)

島到?

ぞ り 聞 す ゆ る る カ の の

ふ│ ーあはするたか (堀河百首、冬十五首、鷹狩、師時) ④と④ │ a は、初旬、二句、三句ともほぼ同じで あ る 。 ①から④を詠むにあたり、俊恵は他の歌集中の歌 も参考にしつつ、随所に﹃堀河百首﹂中の歌の言葉 を詠みこんでいたと思われる。

2

.

﹃林葉集﹂と﹃永久百首﹄中の歌や題の共通性 次に、﹃林葉集﹄と﹃永久百首﹂中の題や、歌の 表現の共通性を見ていく。 ① 欄 剤 謝 同 ( 歌 林 苑 ) 杉のはは震にこめて見えずとも祈るしるしはい なりかくれし (林葉集、巻第て春歌) の 了

l

a

いなりにもおもふ心のかなはずはしるしの杉の をられましやは -215-(10) (永久百首、制制調、俊頼) ﹁稲荷詣﹂という歌題で歌を詠んだのは、父子同 士であった俊頼と俊恵のみである。従って、① │ a から①が直接影響を受けたと言って良いだろう。 ② 範兼卿家歌合に、しぐれ かきくらしかた岡山は時雨るれど過ちのさとは 刈副剖リけり

(11)

(林葉集、巻第四、冬歌)

?

日さすをちのをカ のをかつつじタくれなゐ に色ぞまされる 第21号 (永久百首、春十八首、蹄踊、兼昌) ②は﹁時雨﹂、②│aは﹁鵬燭﹂と題は異なるが、 ﹁遠ちのさと﹂﹁をちのをかベ﹂に﹁入日﹂が差す、 というイメージが共通している。 作者の一人が父俊頼であったためか、俊恵は﹃永 久百首﹄中の題で歌を詠むだけでなく、﹃永久百首﹂ の歌の表現をも積極的に取り入れていたと思いたい が 、 例 証 は 少 な い 。 言語と文化 文教大学 3 . ﹁林葉集﹂と﹃為忠家初度百首﹄中の歌・題の 共通性 ﹃林葉集﹄と﹃為忠家初度百首﹂中の結び題と歌 の表現との共通性について見ていく。 ① 湖闘劃 歌林苑 なみごしに見つっこぎ行くあはの島こ松がうれ は 需 吋 旭 . 寸 寸 ( 林 葉 集 、 巻 第 一 、 春 歌 )

T

a

あきつしまこぎはなれゆくからふねはいくへか 司 吋 け 制 はるのカすみ (為忠家初度百首、春、樹剛割、顕広) ﹁海路霞﹂という題では守覚法親王も歌を詠んで いるが、俊恵は永久元(一一一三)年、親王は久安 六(一一五

O

)

年の生まれであるため、親王から俊 恵への影響はないものと推測される。さらに、﹁霞 へだてつ﹂﹁かすみへだつる﹂と類似した表現が見 られることから、①ー

a

から①への直接の影響が考 え ら れ る 。 -214-(ll) ② 樹 闘 制 淵 歌 林 苑 おほあらきの謝例.州刈刷夏ながらまくり手にこ そ涼みなしつれ ( 林 葉 集 、 巻 第 二 、 夏 歌 )

(12)

T

a

あやしくもときはの叫川伺叫判別に秋きにけり とおどろかるらん 建礼門院右京大夫の詠歌環境について (為忠家初度百首、夏、樹闘釧淵、忠成) ﹁樹陰納涼﹂という題は、俊恵以外の歌人によっ ても詠まれているが、﹁森のゆふかぜ﹂という言葉 はそれ以前の勅撰集中には見られないので、②ー

a

から②への直接の影響が考えられる。 ③ 調 淵 利 剣 剥 歌 林 苑 玉づきをうれしうれしとまきもてば皆偽の司叶 川叫かさは (林葉集、巻第五、恋歌)

?

ことのはは風にしたがふかるかやのしたねはつ よききみがこころか (為忠家初度百首、恋、訓刺利剣刻、仲正) ﹁ことのは﹂という一言葉の類似だけでは不十分だ が、﹁調和不会恋﹂という題は③と③

l

a

以外には 詠まれていないので、③ー

a

から③への直接の影響 が 考 え ら れ る 。 ④ 範兼卿家歌合に、リ什刈 州剖叶叶川はかた岡山は瑚岡引刈け遠ちのさとは 入日さしけり ( A │ 2 ②前出歌)

?

カきくらししくるるけふのけしきこそふゆきに けりとそらにしらるれ (為忠家初度百首、冬、初冬時雨、盛忠) ④と④ │ a は 、 共 に ﹁ 時 雨 ﹂ を 詠 み 、 ﹁ か き く ら し ﹂ ﹁しぐる﹂という同じ表現が見られる。 俊恵は﹃為忠家初度百首﹄中の題で歌を詠んだが、 それは他の歌人によってあまり詠まれない、珍しい 題であることが多い。また、彼は﹃為忠家初度百首﹂ 中の歌の表現を、積極的に取り入れていたことが分 か る 。 -213-(12)

(13)

B . 歌林苑独自の結び題と、百首歌からの影響 第21号 ﹁寄催馬楽恋﹂という結び題は、歌林苑と関わり の深い歌人たちが多く詠んだ題である。 けふにてぞあさきこころはくまれぬる今はたの まじ飛鳥井の水 (林葉集、巻第五、恋歌、剖川崎叶吋判叶引剥) なにとかくこひわたるらんさはだがはそでつく ばかりあさきこころを 言語と文化 ( 経 正 集 、 恋 、 一

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馬楽劃) あづまやのあまそそきにもたたなくにきみがの きはにぬるる袖かな ( 殿 富 門 院 大 輔 集 、 恋 、 剖 叶 国 叶 は 判 ﹄ 川 ) いとはればただにはいらじいもがかどすぎはふ らなむひぢかさの雨 ( 従 一 一 一 位 頼 政 集 、 剖 川 叶 叶 叫 訓 吋 引 到 ) 石川暁子氏によると、ここに挙げた俊恵、平経正、 源頼政、殿富門院大輪は、﹁従来歌林苑会衆として 指摘されてきた歌人﹂であるという。歌林苑では独 文教大学 自の題が出され、そこに集う歌人たちによって歌が 詠まれていたようである。 さて、次に示した①は、俊恵が独自に詠んだ題で あ る 。 ① 所所時雨 ゆふづくびさすやをかベをへだてつつこのもか のもに時雨ふるなり ( 林 葉 集 、 巻 第 四 、 冬 歌 ) 一 212-(1

1

1

ぞ さ ま す さ 宇

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Q の を のをかつつじ列什判剖材

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②前出歌)

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や 3 で 、 ﹃ 永 久 百 首 ﹄ ﹁ 為 忠 家 初 度 百 首 ﹄ 中 の歌の表現や題から影響を受けて、俊恵が﹁しぐれ﹂ の歌を詠んだことを見てきたが、歌林苑独自の題で 歌を詠むに当たっても、彼は﹃永久百首﹄中の歌の 表現を意識していたことが分かる。

(14)

② 苑 虫 声 、 きりぎりすまくらカはしてねにけるも此あかつ きぞ聞きはじめつる (林葉集、巻第三、秋歌) 建礼門院右京大夫の詠歌環境について ⑦

γ

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a

野風のみさびしきたびの朝柑やがてゆひめに剖 りぎりすなく (永久百首、秋十八首、蓄、仲実)

⑦ 了

b 露むすぶ割叫柑のほどなきに所えでなく剖川剖 川村かな ( 問 、 常 陸 ) ﹁詩経﹂の﹁十月牒蜂入我林下﹂の影響か、② │ a と②

lb

のように、﹁枕﹂と﹁きりぎりす﹂は 同時に詠まれている。②の題や歌もまた、それを踏 まえたものであろう。 ③ 制矧剰刺といふことを 歌林苑 あさぢふと庭こそならめ主もなき闘凶

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同 州 凶 見ゆる宿かな ( 林 葉 集 、 巻 第 一 、 春 歌 ) 週則剖刷同(歌林苑) はなちつる叶剖刈州制も見ぞわかぬ遠ざとをの の春の夕暮 ( 同 )

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し ﹄ 、 、 , ノ 引 U A t つ u h u (為忠家初度百首、春、河辺剰閥、為業) A│3 で見てきたように、俊恵は﹃為忠家初度百 首﹄中の題や歌から影響を受けていた。このことか ら、③の二首は、同歌集中の題の一つ﹁沢辺春駒﹂ を意識して作った題ではないかと推測される。 なお、③の﹁遠見春駒﹂の歌と③ │ a に共通して 見られる﹁たなれの駒﹂﹁たなれしこま﹂という表 現は、﹃堀河百首﹄において既に詠まれている。

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河川川しなければ春駒ののべの沢水かげ

(15)

もとどめず あ わ し が げ せ な こ る が か 手l

な 馴 編

駒│首 も 沢│春 │あ│十 │れ│首

の 制

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はと三 第21号 ( 問 、 肥 後 ) ﹁取りつなぐ﹂﹁たなれしこま﹂﹁さはにあれて﹂ という表現の類似から、③ー a は﹃堀河百首﹂中の ﹁春駒﹂の歌から影響を受けていると考えられる。 つまり、俊恵の③の歌は、③│aの﹃為忠家初度 百首﹄中の結び題や歌の表現を意識していると同時 に、③ー a が影響を受けた﹃堀河百首﹄中の歌をも 踏 ま え て い る と 一 言 え そ う で あ る 。 さらに、﹁故郷春駒﹂﹁遠見春駒﹂の題で歌を詠ん でいる歌人は俊恵だけでなく、彼らは歌林苑に集っ たとされる人々でもある。 このことから、俊恵が歌林苑において、﹃堀河百 首﹄﹃為忠家初度百首﹄中に見られる歌の表現や題 を踏まえて、﹁為忠家初度百首﹄中にない、独自の 結び題を作るという試みをしていたことが分かった。 言語と文化 文教大学

c .

右京大夫に影響を与えた歌集と、 歌林苑との関わり 次に、﹁右京大夫集﹄と前述の三つの百首歌との 共通性や、独自の結び題を見ていくことで、歌林苑 や俊恵と右京大夫の関わりを考えたい。 1 . ﹁右京大夫集﹄と﹃堀河百首﹄中の題や歌の共 通性 まず、﹃右京大夫集﹄と﹃堀河百首﹄中の題や歌 の 共 通 性 を 見 て い く 。 ① -210 (15) 暗き空の帰る雁 剖をこそ思ひもすでめ有明の月をもまたで叫べ 引州叶科刈 ( 右 京 大 夫 集 、 上 巻 )

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人ならばとはましものをちりぬベき相を見すて て矧刻州叶科剖

(16)

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①前出歌) 白

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引引相をみるやわびしき年をへて春しもにやは 矧引料川州制 (堀河百首、春二十首、帰雁、紀伊) 建礼門院右京大夫の詠歌環境について

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うかりけるならひなるかな春くれば柑にわかれ て矧刻州川刑判 (堀河百首、春二十首、帰雁、河内) ①と他の三首には﹁花﹂﹁帰るかりがね﹂という 言 葉 が 共 通 し て い る 。 ② ( 右 京 大 夫 集 、 上 巻 ) め

γ

1

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剖.利引司をゐガのさと人きてもみよおなじ刈劃 割 引 叫 閥 . 明 柑 ( 堀 河 百 首 、 春 二 十 首 、 款 冬 、 公 実 ) ﹁款冬﹂で詠まれた歌の中に、山吹で知られる別 荘地﹁井出﹂の名を詠みこんだ歌は他にも多くある が、②と②

l

a

は、﹁我がやどに咲く山吹﹂を詠ん だ と い う 点 で 共 通 し て い る 。 ③ 早 蕨 剰倒引川ばかりしておのづからところどころに もゆる剖材引吋 -209-(16) ( 右 京 大 夫 集 、 上 巻 ) ①

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叫 M J さきのちり打ちはらひたるはるの日にあさ る劇の物うげにして ( 堀 河 百 首 、 春 二 十 首 、 早 蕨 、 顕 季 ) ③と③ │ a には、他の勅撰集中の歌には見られな い言葉﹁紫の塵﹂が共通している。ここでの﹁紫﹂ ﹁ 蕨 ﹂ は 、 ﹃ 日 本 国 語 大 辞 典 ﹄ 第 九 巻 ( 金 田 二 尽 介 ・ 佐伯梅友・他編小学館一九七六)によれば、﹁表 は紫、裏は青﹂という﹁襲の色目の色﹂の一つ﹁早

(17)

蕨 ﹂ を 指 す 。 ﹃右京大夫集﹄中には、はじめに記したように﹁堀 河百首﹄中の題と配列が同じ部分があり、それらは ﹁春立つ日﹂﹁早蕨﹂を除いてほとんどが結び題であ ることも注目される。 第21サ 2 . ﹃右京大夫集﹄と﹃為忠家初度百首﹂中の題や 歌の共通性 ﹃ 右 京 大 夫 集 ﹂ 中 の 結 び 題 の う ち 、 ﹁ 山 田 の 苗 代 ﹂ は 、 ﹁ 為 忠 家 初 度 百 首 ﹄ 中 に 見 ら れ る 。 ① 言訴と文化 文教大宇 山里は門田の小田のなはしろにやがてかけひの 利剖叫剖寸 J 汁 ( 右 京 大 夫 集 、 上 巻 ) ① γ l a 山がはのあたりのをだのなはしろはみづをここ ろにまか たるかな

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l b を山田のをだのなはしろしほすとてあぜきるほ どに日は暮れにけり (為忠家初度百首、春、山田百代、頼政) ﹁小田(をだ)の苗代(なはしろと、﹁水(みづ) を任す﹂という表現が共通して見られるので、①-a 、① │ b から①への影響を考えて良いだろう。 ② 名所の董菜 おぼつかなならびの岡の名のみしてひとりすみ 刈の花ぞつゆけき -208-(1 ( 右 京 大 夫 集 、 上 巻 )

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あめだにもとまらぬやどののきにきてたれとす み のひとりさくらん (為忠家初度百首、春、古御室菜、為忠) ②は、﹁名所﹂つまり﹁ならぴの岡﹂のすみれ、 ②

l

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は﹁古制﹂のすみれという題である。﹁棚﹂ とは、﹃日本国語大辞典﹂によれば、﹁軒下などの雨

(18)

滴 を 受 け る た め に 石 や 敷 瓦 を 敷 い た 所 ﹂ や 、 ﹁ 庭 ﹂ 、 ﹁ 場 所 ﹂ を 指 す 。 建礼門i淀右京大夫の詠歌環境について このように、②と②

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は題が一部異なるのであ るが、﹁ひとりすみれ﹂﹁すみれのひとり﹂という、 他の勅撰集中の歌には見られない言葉が詠まれてい るので、②

1

a

から②への直接の影響が考えられる。 ﹃右京大夫集﹄中の題や歌と歌林苑からの影響 B で、結び題﹁寄催馬楽恋﹂が﹁歌林苑会衆﹂と される歌人たちによって詠まれたことを見てきたが、 右京大夫と、彼女の兄である伊経も同じ題で歌を詠 ん で い た 。 催馬楽に寄する恋 みし人はかれがれになるあづまやにしげりのみ する忘れ草かな 3 ( 右 京 大 夫 集 ・ 上 巻 ) (千載和歌集・巻第士二、恋歌三、藤原伊経) 石川暁子氏は、これらの歌についての久保田淳、 本位田重美氏の意見を元に、伊経と右京大夫が﹁歌 林苑と関わっていた可能性はかなり濃厚である﹂と さ れ て い る 。 と こ ろ で 、 ﹃ 右 京 大 夫 集 ﹄ 中 に は 、 ﹁ 遠 き 沢 の 春 駒 ﹂ という独自の結び題が見られる。 ① 剖剖河州剰刺 はるかなる岡阿川同凶凶はなれ駒かへさや道の ほどもしるらむ -207-(18) ( 右 京 大 夫 集 、 上 巻 )

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とりつなぐ人もかたのの悶

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阿川凶たなれし こまのここちこそせね ( B 1 ③前出歌)

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ー b わがせこが手馴れし駒も阿川阿川凶春のけ色は あしげなるかな

(19)

第21号 ( B l ③前出歌) B で、歌林苑独自の題﹁故郷春駒﹂﹁遠見春駒﹂が、 ﹁堀河百首﹂や﹃為忠家初度百首﹂中の題や歌の表 現を踏まえていたことを見てきたが、右京大夫の① の題や歌も、①ー a の題﹁沢辺春駒﹂と類似してお り、①ー b の歌と似た表現も見られる。 このことから、右京大夫の﹁遠き沢の春駒﹂の歌 も、歌林苑の影響を党けて詠まれたものではないか と 思 わ れ る 。 言語と文化 4 . ﹁右京大夫集﹂中の独詠歌と歌林苑からの影響 歌林苑独自の題や歌の表現からの影響が感じられ る歌が、﹃右京大夫集﹂中に二首見られる。 長い詞書に続く歌で、 ① 文教太子: 一 世 自 は みきくことに心、っちゃりてすぐし っ、、なべての人のやうにはあらじと思ひしを、 朝夕、女どちのやうにまじりゐてみかはす人あ またありし中に、とりわきてとかくいひしを、 な に と な く 、 あるまじきことやと、人のことをみき冶ても思 ひしかど、契りとかやはのがれがたくて、刷叶 叫叫村口側副叫叫リ剖斗叶引叶寸ーオ討司封劇叶 刈サ刈リ斗司、さとにて、はるかに西の方をな がめやる、梢は、夕日の色しづみて、あはれな るに、またかきくらししぐる冶をみるにも、 夕日うつる梢の色の叶什引 J 1 に心もやがて科剖 くらすかな ( 右 京 大 夫 集 ・ 上 巻 )

2

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巾 γ l a 範兼卿家歌合に、しぐれ 品別剖什叫リかた岡山は剛時刻刈け遠ちのさとは 利日さしけり A ー 2 ②前出歌)

T l b 所所時雨 ゆ斗オバ刈ひさすやをかべをへだてつつこのもか (B│ ①前出歌)

(20)

② 秋のくれ、おましのあたりになきしきりぎりす の、声なくなりて、ほかにはきこゆるに、 とこなる、枕のしたをふりすてて秋をばしたふ きりぎりすかな 建礼門院右京大夫の詠歌環境について ( 右 京 大 夫 集 ・ 上 巻 )

?

虫同姐床 きりぎりすまくらカはして判叫にけるも此あかつ きぞ聞きはじめつる ( B l ②前出歌) ①は、調書から独詠歌としておさめられたことが 分かるし、②は﹃右京大夫集﹂を日記文学として見 る立場から、糸賀氏が考察をされている。 しかし、①と②を地の文から独立させ、①ー a 、 ①

l

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、②│aと比較するとどうであろうか。 まず、①と①

1

a

を比較すると、①の﹁しぐるる に ﹂ ﹁ か き く ら す か な ﹂ と ①

l

a

の ﹁ か き く ら し ﹂ ﹁ 時 雨るれど﹂、そして① │ b の﹁時雨ふるなり﹂、①の ﹁夕日うつる﹂と①│aの﹁入日さしけり﹂、①

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b

の﹁ゆふづくひ﹂など、類似した表現が見られる。 次に、②の﹁きりぎりす﹂の歌には﹁とこなる、 枕のした﹂という言葉が見られ、②ー a にも﹁虫声 近床﹂、﹁まくらかはしてねにけるも﹂とやはり類似 した表現が見られる。 俊恵の詠んだ①│a、①ー b 、②│aの題や歌の 表現が、﹃永久百首﹂中の歌を踏まえていることは、 A12 や B で見てきた。つまり、右京大夫は、﹃永 久百首﹄中の題や歌を踏まえて俊恵が詠んだ結び題 や歌のイメージを、独詠歌の中に詠みこんでいたと 考えられるのである。 205 (20) ま と め 歌林苑では、﹃為忠家初度百首﹂中の結び題や、 独自の結び題で歌が多く詠まれていた。そして、右 京大夫も同じように﹁為忠家初度百首﹄中の結び題、 独自の結び題で歌を詠んでいた。歌人として活躍し ていた一時期、歌林苑の催しに関わっていた彼女は、

(21)

第21号 そこで詠まれた結び題の歌から刺激を受けて、自身 も結び題の歌を詠み、家集中におさめたのであろう。 さらに、その影響は、﹃右京大夫集﹄中の﹁独詠歌﹂ として詠まれた歌にも及ぶものであったようである。 以上で、歌林苑に関わる歌と右京大夫歌を比較し つつ、右京大夫の作歌環境について考察した小論を 終 る 。 言語と文化 文教大学 [ 注 ] 伝本の中で A 系統に属する九州大学図書館蔵本 は、井刈正司氏が﹁諸伝本中最も信恵すべきも のである﹂と﹃建礼門院右京大夫集校本及び 総索引﹄中で述べられている他、﹃新編国歌大 観﹂第四巻や、久松潜一・久保田淳校注﹃建礼 門院右京大夫集﹂でも底本としているので、以 下 こ れ を 用 い る 。 糸賀きみ江氏﹁﹃建礼門院右京大夫集﹂の日 記文学的性格﹂(女流日記文学講座﹃建礼門 l 2 3 院右京大夫集・うたたね・竹むきが記﹂今井 卓爾監修石原昭平・津本信博・西沢正史編 一 九 九

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また、右京大夫自身が﹁刻川剰剖司川叶寸、 歌よむ人こそかきとずむることなれ、斗付叫叶 叫叫叫州司吋叫材叫升斗 l たず、あはれにも、か なしくも、剖叫叶剖什剖刈科社什掛崎州司斗叶 け叫叫 1 材剖剖叶剖川

1

斗け叫叫判明

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剖 叶 調利回叶叶寸吋刈刈叶寸叫剖掛り剖川﹂と﹁序﹂ の中で述べていて、本書が﹁家集﹂でないなら 日記であろうかと思わせる。 本位田重美氏﹃評注建礼門院右京大夫集(改 訂版)﹄(武蔵野書院一九七四) 一 四 1 五三番歌までの四十首を指す。芝尾仁氏 ﹁建礼門院右京大夫集の題詠歌群試論 1 収集の 方法と配列の意図について│﹂(中世文学・お 一 九 八

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2

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-1) 4

(22)

5 ① 建礼門院右京大夫の詠歌環境について 稲荷の全の寄合 社頭朝鷲 まろねしてかへるあしたのしめの中に心をそむ るうぐひすのこゑ ② 雨中草花 すぎてゆく人はつらしな花す﹀きまねく真袖に 雨はふりきて ③ 月依所明 名にたかき旗捨山のかひなれや月のひかりのこ とにみゆらむ ④ 闘を隔つる恋 恋ひわびてかくたまづさの文字の関いつかこゆ ベき契りなるらむ ①は、調書から﹁稲荷杜歌合﹂で詠まれた ものであることが分かる。②

1

④の歌につい て、萩原朴氏(﹁平安朝歌合大成八﹂同朋社 一九六五)が、承安四(一一七四)年に行なわ れた﹁高松宮妹子内親王歌合﹂と関わりのある 題であることを指摘された。 6 こ か は -203-(22) 7 うつしううる宿のあるじもこの花もともにおい せぬ秋ぞかさねん ﹁建礼門院右京大夫集の題詠歌群試論│収集の 方法と配列の意図について│﹂(中世文学・お 一 九 八

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﹃和歌大辞典﹂(犬養廉・井上宗雄・大久保正・ 小野寛・田中裕・橋本不美男・藤平春男編明 治書院一九八六)による。 九十九番歌、百番歌の調書は、﹁又、月の前の 恋、月の前の祝といふことを人のよませしに﹂ 8 9

(23)

第21号 言語と文化 文教大学

1

0

となっているが、久松潜一・久保田淳校注﹃建 礼門院右京大夫集﹄(岩波文庫)では、﹁歌順は この歌題の順と逆になっている﹂と指摘してお り 、 こ れ に 従 う と 、 九 十 九 番 歌 が ﹁ 月 の 前 の 祝 ﹂ 、 百番歌が﹁月の前の恋﹂となる。 和歌文学大系﹃式子内親王集・建礼門院右京大 夫集・俊成卿女集・艶詞﹄(石川泰水・谷知子 著 久 保 田 淳 監 修 明 治 書 院 二

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一 ) 治承一一(一一七八)年に成立した、俊恵の私家 集 。 総 歌 数 は 千 八 首 。 注

4

に 同 じ 。 新日本古典文学大系 7 ﹃ 拾 遺 和 歌 集 ﹄ ( 小 町 谷 照 彦 校 注 岩 波 書 庖 一 九 九

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)

﹁歌林苑をめぐる歌人たち﹂(和歌文学研究・回 一 九 八 七 ) 塵麦会編﹃平安和歌総索引﹄(後藤祥子編集責 任塵麦会発行一九八六)を見ると、﹁所所 時雨﹂の題で歌を詠んだのは俊恵だけである。 注目の﹃平安和歌総索引﹄によると、﹁故郷春 11

1

3

1

2

14 15 16 17 駒﹂で歌を詠んだ歌人には親盛が、﹁遠見春駒﹂ で歌を詠んだ歌人には股富門院大輔がいる。親 盛 は 、

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の石川論文に﹁歌林苑参加者﹂として 名 前 が 挙 が っ て い る 。 糸賀氏は、﹁きりぎりす﹂の歌について、﹁夕 日うつる﹂の歌と﹁同じ時期の物思いの詠出な のかもしれない﹂とされ、﹁きりぎりすに託し た 寓 意 ﹂ と し て 、 ﹁ 奔 放 に 振 舞 う 資 盛 に 対 す る 、 作者の恋心の動揺かもしれない﹂と述べられる。

-202-(

2

3

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表 1 ﹃右京大夫集﹄結び題一覧﹃新編国歌大観﹂第四巻による︒網掛は今回比較した題建 礼 門 院 右 京 大 夫 の 詠 歌 環 境 に つ い て} 占 で 番歌 F  控 室 O  九 J¥  七 ノ 、 五 四 O  九 J i 、 七 ム ノ 、 夜 日 松 花間 タ 社頭 朝鷲 我 連夜水鶏 亭野 タ 名 を 寝λ島主 4 谷 た タ も 片思 卯 f花家 山 往 事弟之 対待花 月 鷲 有慶声ふ功中之!l) カミ 春 雨か き 契 り 培 、 コ 。 辺 ひ す る ひのJ ¥  援衣のく&#3

参照

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