社会・経済システム学会研究会
2020 年 7 月 11 日(土) 13:00~17:00 Zoom によるオンライン開催新しい資本主義と社会・経済システムのデザイン
講演者: 諸富 徹氏(京都大学経済学部) 広井 良典氏(京都大学こころの未来研究センター) 村田 忠彦氏(関西大学総合情報学部) コーディネータ: 松井 啓之氏(京都大学経営管理大学院) 喜多 一氏(京都大学国際高等教育院) ○司会(喜多) こんにちは、お待たせしました。 私は今日の司会を務めます、京都大学の喜多と申 します。よろしくお願いします。 従来、関西支部とか関東支部とか言って研究会 を開催していたのですが合同ですので、今回は社 会・経済システム学会の研究会というかたちで開 催させていただきます。 「新しい資本主義と社会・経済システムのデザイ ン」というテーマで、半日よろしくお願いいたし ます。 主催は社会・経済システム学会ですが、共催と して計測自動制御学会のシステム・情報部門、ク レジット上、この部門名を挙げておりますが、こ の部門の中に社会システム部会という部会があり まして、そこを中心に興味を持ってご一緒させて いただいているということでございます。 これは、開催の案内というか、開催の趣旨でご ざいます。ちょっと読み上げさせていただきます。 「現在の日本は人口減少、格差拡大、デジタル経 済への対応、地球規模の環境問題などさまざまな 喫緊の課題(さらに最近ですとパンデミックにな ってしまっていますが、)を同時に解決することが 求められています。 このためには、社会経済システムの大きな転換 のデザインが必要ではないか」ということがこの 研究の趣旨でございます。 この研究会ではお 3 人をお招きしまして、社会・ 経済システムについて、何を解決しないといけな いのか、どのようなオルタナティブがあるのか。 それをどのようにして評価したり、実施につなげ ていくのかということを、一緒に考えていきたい と思っております。 本日のプログラムでございます。まず、諸富先 生、広井先生、村田先生のお三方に、それぞれ質 疑と合わせて 1 時間程度を見込んでおりますが、 ご講演いただいて、最後に京都大学の松井先生と 私がコーディネーターで討論をできればと思って おります。 まず、諸富先生には『資本主義の新しい形』と いうご著書の中身に沿ってご講演をお願いしてご ざいます。 広井先生には、やはり最近書かれました『人口 減少社会のデザイン』というご著書を中心にご講 演をいただこうと思っております。 村田忠彦先生は、計測自動制御学会の方から、 こういう先生をということでご推薦申し上げたのですが、最近、リアルスケールの社会シミュレー ションを仮想的に合成した人口データを用いて実 行しておられます。少し分かりにくいですが、例 えば、京都市なら京都市の人口を統計から合成し て、個人情報を使わないかたちでシミュレーショ ンができるということに取り組まれておられます。 諸富先生や広井先生のご提言に対して、社会のシ ミュレーションをするという、ある種基盤をつく っておられますので、それについてご紹介いただ こうと思っております。 それでは、早速でございますが、諸富先生のご 講演準備をお願いいたします。 講演 1
資本主義・不平等・経済成長と社会的投資国家への途
~『資本主義の新しい形』(岩波書店)より~ 京都大学経済学部教授 諸富 徹氏 皆さま、初めまして。ほとんどの方々は初めて ではないかと思いますが、今回はこのようなかた ちで社会・経済システム学会にお招きいただきま してありがとうございます。講演に入る前に、私 の自己紹介です。今日は『資本主義の新しい形』 (岩波書店、2020 年 1 月刊)という書籍について 話をさせていただくわけですが、私自身はもとも と、環境経済学という学問領域を専攻しておりま した。もちろんいまも専攻しているわけですけれ ども、その中で、私は特に環境税という研究から 出発をしておりますので、環境や、特に気候変動 問題に関心を持って、一貫して研究をしてきまし た。 そのプロセスでは温暖化対策に関する政策形成 過程にも関わることになったのですが、そこで見 聞きし、実感したことが、『資本主義の新しい形』 という本につながっていくことになります。環境 経済学という専門からすると、ちょっと変わった と言いますか、資本主義全体の、特に日本経済全 体に焦点を当てた本を出版したことを不思議に思 われるかもしれませんが、しかし、温暖化対策を 追求していくと結局、日本の産業のあり方、日本 経済のあり方を問い直すことに繋がらざるをえな いのです。 例えば今、「脱炭素化」という用語が急速に人口 に膾炙するようになりました。脱炭素化を本当に 実現しようとすると、現行の技術の延長線上では 限界があります。よく言われているのは、一つは、 やはり飛躍的な技術革新が必要だということです。 もう一つは、社会・経済システムの根本的な変更 です。その中には、本書で取り扱っている産業構 造の転換も含まれます。 ところが、産業界の方々とお話をさせてもらう と、彼らが温暖化の危機に対して、それを乗り越 える中から産業革新を興そうという考えはもって おらず、現状維持的にしか考えていないことが分 かってきます。それどころか、地球温暖化に取り 組むということに対して、自分たちが不利になる のではないかと恐れていらっしゃって、気候変動 政策を非常にネガティブに捉えて、自分たちのビ ジネスにとってはコスト負担でしかない、利潤を 減少させる要因でしかない、と考えていらっしゃ ることが分かってきます。 ですから、政策形成の現場でも彼らは、環境税 や排出量取引制度などの政策手段が採用されない よう、熱心なロビーイング活動を展開することに 力を注いでいます。野心的な温室効果ガス削減目 標が実現、あるいは政府の方針となってしまうこ とは非常に困るというわけですね。こうした現状 変革を否定し、既存の産業のあり方を自明のものとみなす保守的心性は特に日本では強く、私の視 点からは、その点にこそ日本の産業の将来が暗澹 たるものにならざるをえない理由があるように思 えてくるのです。 本書は、現状肯定的な視点に立って変化を拒否 し続けることが、パラドキシカルなことに、日本 の産業の国際競争力を逆に低下させることになる ことをできる限りデータに基づいて客観的に示し、 警告を発することを目的として執筆いたしました。 今日のお話に、「非物質化」というキーワードが 出てきます。従来はビジネスをやっていく上で、 エネルギーを大量使用するのは不可避でした。従 って、温室効果ガスの排出も不可避であるという、 これしかありませんでした。しかし産業構造が変 わって、より情報通信技術依存的になり、知識集 約的になり、そしてサービス化が進展すると、ビ ジネスを伸ばしていくことが、必ずしも温室効果 ガスの排出増を意味しなくなるのです。それどこ ろか、GDP が増えても温室効果ガス排出が減ると いう段階に、欧州諸国は入って久しいわけです。 これは、「デカップリング(温室効果ガス排出と経 済成長の切り離し)」と呼ばれています。 こうしたトレンドにより確信を持ったのは、2015 年から 2016 年にかけて、安倍フェローシップとい う奨学金を頂いて、アメリカに 1 年間、具体的に はミシガン大学に滞在させて頂いたときです。そ こで研究している中で、アメリカにおけるいろい ろな議論を見聞きしていると、いま日本でも盛ん に議論されている自動運転化やデジタル化、AI と いった議論が、ちょうどアメリカ滞在中に非常に 盛り上がっておりまして、社会変革をこうした新 しいテクノロジーがけん引していくのだな、と強 く印象付けられました。 そうして資本主義は大きな変化を遂げていき、 いよいよモノづくり中心から、非物質主義的、つ まりよりサービス化し、知識集約的となり、そし て情報通信技術に依存する産業構造へと大きく変 わっていくな、と実感したのです。もちろん、素 材産業をはじめとする製造業は今後も必要なので すが、経済の中心軸が従来型の製造業の延長線上 でしか展望できなかった時代から、脱工業化、脱 製造業で展望していく時代になってきたな、と思 ったわけです。 こうした変化の背景にあるのが、いわゆる「無 形資産」の台頭です。製造業中心の時代には、工 場などの「有形資産」こそが、利潤を獲得してい く上での源泉でした。いかに大規模な工場をつく って、平均費用を下げて、大量に生産して、そし て大量に売りさばくかが、マーケットで勝利を収 める鍵となっていました。それが現在では、人間 の知識であり、ビジネスモデルであり、あるいは ブランドであり、そういった無形の資産、とくに 「知的財産(intellectual property)」というものが 利潤創出の源泉として、過去 30 年間に急速に台頭 してきました。 ですから、工場を持たない企業というのが、非 常に増えてきているわけです。いわゆる GAFA と 呼ばれるものは、いずれも工場などをもたず、自 らは物的な生産活動を行っていない点に特徴があ ります。アップルは、有名な「ファブレス企業(工 場をもたない企業)」です。Amazon は物流拠点こ そもっていますが、モノづくりを手掛けているわ けではありません。宿泊仲介ビジネスの Airbnb (エアビーアンドビー)とか、ライドシェア・サー ビスの Uber(ウーバー)とかみんなそうです。 Uber でも、自動車を自分たちは保有しないです し、Airbnb にしても、ホテルを自分たちでつくっ ているわけではありません。 このようなかたちで、既存のストックを活用し ながら、電子空間上で、例えば、Airbnb であれ ば、既存のホテルよりはもっと安い宿泊場所を求 めている旅行者と、一方で、自分の自宅を持って いるけれども、例えば、もう子どもが成人してし まって、家を出たので空いている部屋があると。 そこに旅行者を泊めて、自分たちも交流したいし、 お小遣い稼ぎになればありがたいと思っているよ うな不動産所有者がいるとしましょう。そういう 人たちを電子空間上で結び付け、マッチングして
いくプラットフォームをつくることによって、非 常に大きな利潤を創出するビジネスモデルを創り 上げたわけです。一軒のホテルも自らは建築する ことなしに、です。 そういう意味では、「資本主義=ものづくり」と、 イコールで結ばれていたわけですけど、いまやも のづくりをしない資本主義経済システムになりつ つあり、それが非常に大きな利潤の源泉になりつ つあるというわけです。 もちろん、ものづくりはそれでもどこかでなさ れるし、われわれはモノなしではやっていけない、 この点は自明です。しかし押さえておくべきは、 ものづくりから生み出される価値が、無形資産か ら生み出される価値に比べて、相対的に低下して いるという傾向がはっきり出ており、それは統計 的に明白に出ているという点です。 実は製造業自身ですら、デジタル化を進めざる を得なくなり、そしてサービス化という方向に向 かわざるを得なくなってきています。 これは、トヨタがまさに目指そうとしている方 向でして、これまでどおりの自動車売り切りモデ ルでは、もう今後は産業ピラミッドの下方の方に 位置付けられてしまう危機感に覆われているわけ です。要は、自動運転になっていくと、運転する 必要が将来的にはなくなって、自動車の中にいる 空間が、運転から解放されて自由時間になってく る。その自由時間に対して、どのようなサービス 提供をするかということかを巡って、いろいろな サービス産業が手ぐすね引いて戦略を練っている わけです。 先端的な情報通信技術に立脚したサービス提供 ビジネスと自動車というのは、近い将来、密接に 結び付いていくでしょうし、そういう中で、自動 車という物的なモノづくりそのものは経済的価値 でみて、これから画期的に塗り替えられていく自 動車産業関連ビジネスの、ほんの一部を構成する にすぎないという事態にすらなりかねないわけで す。 そのように考えた場合、製造業としてのポジシ ョンだけを見ていると、将来的なビジネスとして は縮小していくだろうということが見えてきます。 つまり将来、非常に重要な利潤創出部分を、他の 産業に属する企業に奪われてしまうという危機感 がトヨタにあって、それが「トヨタもサービス産 業になります」という例の宣言につながっていく わけです。こういったところが、「資本主義の非物 質主義的転回」を象徴する事例と言ってよいでし ょう。 もう一回、温暖化に戻りますけれども、そうだ とすると、実はデジタル化、あるいは「資本主義 の非物質化(とこれから言いますけども)」は、実 は温室効果ガスの排出削減とパラレルに進んでい くであろうという予測もつきます。 ですので本書は、あまり前面には出していない んですけど、裏のメッセージとしては、温室効果 ガスを減らしたり、脱炭素化を図ったりしていく ことは、必ずしも日本経済の滅亡を意味するわけ ではないですよ、むしろ温室効果ガスを減らしな がら産業の在り方、産業構造の在り方を転換して いくことで、新しい時代の 21 世紀型資本主義に生 まれ変わっていくチャンスが生まれていくんです よ、というメッセージを発しているわけです。 その変化のプロセスで、デジタル化/非物質化、 そして脱炭素化は手を携えて、ほぼ同じ軌道上に 乗っかってくる問題だということを示したかった のです。 背景説明が長くて申し訳ありませんでした。と いうことで以下は順次、この話をスライドに沿っ て、本の中身についてのお話を進めていきたいと 思います。 いま見ていただいているスライドですけれども、 いまの資本主義の特徴は、一つは長期停滞です。 物的投資が停滞し、結果として資金需要が停滞し、 成長が鈍り、自然利子率の低下傾向が鮮明に出て きています。これは金利動向に反映されてきてい ますけれども、ほぼゼロ金利になっているどころ か、マイナス金利になっているのはご承知の通り です。
それから企業は、昔はものづくりのために活発 な投資をしていましたので、借金をして投資をし ていたんですけど、いまや内部留保の増加に表れ ていますように、むしろ貯蓄部門に転換をしてい ます。その背景には投資が減退しているというこ とです。 なぜ投資が減退するのかと言うと、産業革命と いうものが終わり、生活水準の大幅な上昇をもた らすような革新というものが生まれなくなってき たからだと経済史家のゴードンは言っています。 第 1 次産業革命、第 2 次産業革命の余波で、われ われは 20 世紀、産業が非常に隆盛して、いろいろ なもののいろいろな発明や、そして、いろいろな 商品化が行われて、そして、そういった製品を企 業は大量に生産/販売し、消費者は大量に購入し て生活水準を向上させ、みんな豊かになってきた。 ところが、第 3 次産業革命としての IT 革命ま では多少、それでも産業革命をもたらした経済の プラス効果が現れたけれども、その水準が第 1 次・ 第 2 次産業革命に比べてずいぶん低かったわけで す。それだけでなく、第 3 次産業革命がわれわれ の生活をより便利にはしたけれども、それを物的 な意味で根本的によくするわけでは必ずしもなか った、したがって産業革命がもたらした文明上の 革新というものは、いよいよ出尽くしたとゴード ンは主張するわけです。 例えば住環境ですが、快適に暮らせるのは、夏、 冬を通じて年間 22 度ぐらいです。快適に暮らせる ためのエアコンが導入され、非常に重宝されてい ます。現代はエアコンなしの生活は考えられませ ん。しかし基本的にはその後、エアコンに非常に 大きな技術革新はなく、改善はあっても、それが 出現した前と後で実現した画期的な変化に比べる と、それを超える非常に画期的な発明というのは 成されておりません。 ということで、生活水準の画期的向上をもたら す製品が発明され、爆発的に売れるというチャン スは、ほぼ尽きてきている。もちろんその波は新 興国に行き、途上国へと順番に広がっていってい るわけですけども、そういう波をすでに越えた先 進国、そして中国も順次そうなっていくでしょう ね、それらの国々では物的な豊かさが一定水準に 達すると、爆発的な製品需要は落ち着いてしまい、 工業を軸とする高度成長も順次終焉していくわけ です。 こうして成長のポテンシャルが尽きてしまって、 成長率は下がらざるを得なくなり、長期停滞に入 っていくわけです。 そうすると投資が停滞しますので、企業内部に 「内部留保」という貯蓄が貯めこまれていきます。 このグリーンのラインです。日本では、内部留保 が特に 2000 年代に入ってから急伸をしておりま す。もちろん内部留保というのは、その全てがフ リーな現金で、余っているお金だというわけでは なくて、もちろんその先に投資やその他があるわ けですが、少なくとも赤で書いています現預金は、 本当にフリーキャッシュなんですね。それが増加 を遂げていて、日本で 200 兆円ぐらいまでずっと 増えてきているということがございます。つまり、 これらが投資に回っていないということです。 投資が停滞しているということは、この図でも 見られるんですけども、設備投資は赤で書かれて おりまして、ほぼこの水準に上下動を繰り返しな がら停滞しています。 その減価償却と比較していただけると分かるの ですが、減価償却に対して、投資が上回っていな いということは、減価償却、つまり、過去に行っ た設備の更新、あるいは修繕といったようなレベ ルの投資をも新規投資が下回っているということ で、新規の資本ストックの積み増しが行われてい ないということであります。これが資本主義にと っては、老齢期に入ってきたというようなことに なるかと思います。 もっとも直近では、アベノミクス以降、久しぶ りに上回るようになってきていはいるんですけど も、また今回のパンデミックで元に戻ってしまう ということになると思います。 それから、資本主義、企業行動の変化というも
のもございます。そこは 2000 年前後で、非常に大 きな断絶があるんですけども、日本企業はそれま では株主に対する配当を低く抑えて、得た内部留 保を長期的な視点からの技術開発に投じる行動を とっていました。 ですから、炭素繊維なんかが有名ですけれども、 欧米企業がこれはなかなか物にならないと早めに 見切って撤退していった技術でも、日本は 20 年で も 30 年でも頑張って研究開発をやらせて、それで ついに物にしたというような美談は多々あるわけ です。株主の意向、つまり短期的な利潤、最大化 動機に左右されず、経営者が比較的支配的ポジシ ョンを保って、長期的な視点で研究開発を行って いくことができた時代は、日本企業の調子がよい 時期と重なっていました。 しかし、それがバブル崩壊を経て、徐々にアメ リカ型の資本主義に移行し、株主がきちんと経営 者をコントロールすべきである、配当をちゃんと 出すべきだという圧力が高まり、より高配当を出 せる企業に投資が向いていくというような資本主 義の仕組みに 2000 年代以降、制度改革が行われ、 実際にいま、日本企業の経営者は四半期ごとの業 績発表に縛られるようになっているわけです。 そうしますと、やっぱりグリーンで表される配 当額が非常に増えていくわけです。これに対して、 また内部留保も増えています。これはいろいろな 意味で、今回のような経済的ショックに対する備 えとか、バブル崩壊したときのトラウマがあった と言われています。リーマンショックのときもそ うですね。経営者が現金を積み増しておくことで、 防衛する動機が働いたわけです。また、企業買収 というものも盛んに行われるようになりましたの で、それに対する防衛措置として、内部留保は厚 めに持っているなど、いろいろな理由があります が、とにかく投資よりは防衛的な動機から内部に お金をためるようになってきているということで す。 もちろんリーマンショックのときは、その内部 留保を取り崩すわけですけど、また危機が去れば ため出すわけです。今回もそうなるだろうと言わ れています。現在は「内部留保があってよかった ね」という結論になってしまいますと、いまは取 り崩すわけですけども、危機が去ったら、また貯 め込むという繰り返しになりかねないわけです。 本来、企業というのは、どんどん投資してこそ企 業だと思うんですけれども、お金をため込む組織 体に変わりつつあるということであります。 この反面、実はその裏では賃金を相当抑制して いるわけです。それが非正規労働者の増加で、現 在、全労働者の 40%レベルにまでなってきている ということが、いわゆる格差の拡大というものに つながってきていますし、工場を、例えば、中国 や東南アジアに移転して人件費を抑えようとして いるというのもそうです。 ですので、人件費を抑えて、配当を積み増して、 内部留保を積み上げていくというような経営にな ってきているわけです。このことが日本の企業の いろいろな問題を生み出していると思います。 一つは、製造業そのものの揺らぎです。例えば、 日本製鉄が製鉄所を休止しようとしているという 報道がありましたけれども、その背後には、実は 日本の製造設備、鉄鋼もそうですけども老朽化と いう問題があります。やはり市場の中心が新興国 へ移っていきましたので、日本に投資しても売れ ない。あるいは、人口が減っていく。マーケット が将来拡大しないということから、日本の経営者 自身が、日本の工場に投資をするのを手控えてお ります。 従って、製造設備は古くなり、さまざまな事故、 例えば、広島県呉市の日本製鉄が保有する製鉄所 では火事が起きて、製造設備が使い物にならなく なってしまったということがあります。 それから、人材の継承ができなくなっていると。 こういった日本の製造現場の劣化という現象が背 後にはございます。これも日本の製造業の競争力 を落ち込ませている、非常に大きな原因となって います。 全般的に、日本の資本主義はこのような現状な
んですけど、それに加えてもっと大きな問題もあ ります。背景に資本主義一般の非常に大きな転換 があり、こちらスライドでお見せしているように、 そうして資本主義の変化に日本が付いていけてい ないという問題があります。 無形資産の台頭は既にお話ししましたが、では 無形資産に投資するわけでもないんですね。既存 の製造設備の更新につなげて製造業として勝負に 出るわけでもなく、そういう方面であれば、サム スンや中国、韓国、台湾の製造業に投資で圧倒的 に負けて、その点で競争力を失っているわっけで す。では、未来に向けて新しい産業に対して投資 をしているのかと言うと、そちらにもお金を回し ておらず、ひたすら貯め込んでいるという形にな っているわけです。 その変化というのは、ここに書いていますよう に、知識産業、脱工業化、ポスト資本主義という ことで、古くは 1950 年代ぐらいから議論され始め まして、1970 年代ぐらいから本格的に盛んになっ てきた議論であります。 資本主義というものが生産と消費の両面で「物 的なもの」から「非物質的なもの」へと変化を遂 げているというわけです。 ただ、物的なものがなくなるわけではなくて、 物的なものが、非物質的なものによって、新たな 価値を与えられて、資本主義が新しい発展段階へ 進化を遂げていくこと、これを「資本主義の非物 質主義的転回」と、ここでは呼んでおります。 そういう意味では、物的なものが消えてなくな るわけではないという点はご留意いただきたいと 思います。脱物質化論とは、そこは一線を画して おります。 この中で、どのような変化が進んだか。特に、 資本主義を動かしている非常に重要な機動力であ ります投資が非物質化してきます。これは無形資 産投資ということになります。労働自身も非物質 化していきます。例えば、工場ラインなどで、物 理的な改変を加えて製品をつくっていく肉体労働 から、オフィスでのデスクワークの知識労働に変 わっていくわけです。 それから消費も「モノ消費からコト消費へ」と 俗には言われているものですね。そういった方向 に変化をしていくわけです。 経済学における非物質主義的転回ということが、 経済学の世界でも、いわゆる内生的成長論という ものの隆盛がありまして、ノーベル経済学賞でも 内生的成長論でローマーがちょうど 2、3 年前に受 賞したということがあります。 無形資産投資の動向ですけれども、これはアメ リカの動向であります。無形資産投資というのは、 この太い、濃い線です。これがずっと増えていっ ていて、「Investment in tangibles」と書いてあり ますが、他方では有形資産投資が減っていて結局、 1990 年代半ばで無形資産投資と逆転をしていると いう図でございます。 無形資産投資の中身はと言うと、ここに書いて います、情報化資産。これは、コンピューターや コンピューター関連の設備。それだけではなくて、 いわゆるソフトウエアも含む概念でございます。 科学的および非科学的な R & D と書かれている 点ですが、「非科学的」と言うと、ちょっと宗教と か、なんかエセ科学みたいなイメージになります けども、ここでいう「科学的」というのは、いわ ゆる自然科学的な科学技術に基づいて、物理学や 化学に立脚した技術の延長線上にある、さまざま な研究開発をすることを、科学的な Scientific R & D と呼んでいまして、他方、Non-Scientific という のは、例えば、映像や芸術、デザインとか、ビジ ネスモデルといった、必ずしも自然科学的な技術 に基づかないけれども、研究開発を通じてイノベ ーションを引き起こしていく分野を指しています。 つまり、形はないけれども、デザイン上の革新 のことを Non-Scientific R & D と呼んでいると解 釈頂ければと思います。こういうものに対する投 資も、また無形資産への投資であると整理されて います。 そして、企業特殊的な資源としての人的資本と 組織。この辺は社会関係資本とも呼ばれますけれ
ども、こういった資本、そして、ブランド資産と いったものが無形資産投資の定義として活用され ています。 日本はと言いますと、学習院大学の宮川先生そ の他のグループの推計では、無形資産投資が停滞 をしているとの結果になっております。ずっと増 えてきてはいたんですけれども、実は 2007 年あた りで最高になって、その後はむしろ落ちてきてい ます。 これは、深尾先生が同じような推計をしていま すが、ちょっと 2005 年までの数字でしかないんで すけども、アメリカのように、無形資産と有形資 産への投資が逆転するみたいなことになってはい ないですね。 他方、こうした資本主義の非物質化が、格差の 拡大を招かないか、ということが国際的にも問題 になっております。 これは主としてアングロサクソン系諸国の「ト ップ 1 %所得の総所得に占めるシェア」というか たちで、格差を定義しています。 その 1 %を占めるシェアは、第 2 次世界大戦期 から高度成長期を経てどんどん低下をしてきてい ます。しかし、1980 年代をボトムとして、再び上 昇を始めています。このような U 字カーブと言い ますか、これはちょうどピケティが『20 世紀の資 本』で示したもので、あれは別の指標だったんで すけども、形としてはほぼ同じで、やはり 1980 年 代をボトムに、また格差が拡大していくことを示 していたのと符合しています。 つまり、資本主義の非物質主義的転回は、こう いう格差拡大にもつながっていくのではないかと いう問題が、また別途ございます。 お見せしているのは、労働経済学で非常に顕著 な業績を上げている、MIT の Autor らの研究なん ですけれども、いわゆる「労働市場の両極化」と いわれる現象が起きていることが、彼らの研究を 通じて知られてきております。 これは年代ごとに区切ってあるのですが、ここに 見られていますように、図の縦軸は賃金の伸び率、 変化率を表しています。水平軸の左側は「 Skill 」 と書いてありますけども、左側に行けば低技能労 働者の賃金変化率、右側が高技能、あるいは、学 歴の高い技能を持った労働者の賃金変化率であり ます。 そうすると、このような U 字型と言いますか、 それの意味するところは、低技能は対人サービス ですね、例えば、介護労働などが典型ですけども、 そういった労働で、これはこれでニーズがあるわ けです。ですので、それなりに賃金が上昇してい ます。 こちらの高技能は、ますますデジタル化、コン ピューター化していく中で、それを使いこなして 知的生産物をつくり出していく高技能に対する需 要も盛り上がっているということで、賃金が上昇 していく。 一方で真ん中は、Autor らが明らかにしている ところによると、1970 年代以降、コンピューター が進展するに従って、定型化された仕事、あるい は文章等で論理で説明できる技能といったものを、 どんどんコンピューターに置き換えていくことが できるので、需要が縮小し、そして賃金変化率も 他の職種に比べたら低いということを示していま す。背景に、こうした職種のポストがなくなって いっているという事情があります。1970 年代から そういう傾向になっており、これは AI 議論が出 てくる前からです。 問題は、中間層のポストが減り、賃金上昇率が 低くなってきた結果として、1999 年から 2007 年 には、中間的技能の方々が、高技能職へチャレン ジする方ももちろんいると思いますが、かなり低 技能職へ流れ込んだために、今度は労働供給が増 えて、低技能の職・ポストを低技能と中技能の方々 が奪い合うかたちになった点にあります。それで、 供給過多になって、低技能職の賃金が逆に下落を していくというような構造も、これで実証された わけです。 もちろん AI というのは、これは有名な Frey と Osborne の研究ですけれども、ここでもやはりよ
り低技能の職に対して、より大きな影響が大きく 出るとの結果が出ています。 こうした変化を踏まえて将来を考えると、やは り人的資本投資というのは、これから非常に大事 になっていくのではないかと思います。こういっ た資本主義の変化が自然と起きてくるということ であれば、人材育成は学校教育を受けて終わりで はなくて、学校教育を出た後も、継続的に職業教 育訓練を受ける権利というのを確保していくこと が必要なのではないかと私は思います。 そういう意味では「人的資本投資」という言葉 をここに掲げておりますけども、できる限り人々 の、いわば稼ぐ力というのを、社会の変化に対応 する形で付けていってもらう。そういう権利を保 障していくような整備が必要である、そういった 役割を政府がやはり引き受ける、ということです。 そういうことを引き受ける国家のことを「社会 的投資国家」と呼んでいます。これはスウェーデ ンをはじめとする北欧諸国で典型的に、1950 年代 から展開をされまして、それが 1990 年代以降にヨ ーロッパの政策として、EU を通じて採用されて きたという歴史を持っております。 日本もかつては「公共投資国家」と呼ばれたり、 「土建国家」と呼ばれたり、物的なインフラに非常 に大きな財政支援を注ぐ国でした。これは、モノ づくりが利潤の源泉だった時代にはそれなりの合 理性もありました。しかし資本主義が非物質化し、 無形資産が利潤の源泉になると、無形資産を創出 する人間の能力・知識・スキルこそが、実は経済 発展を左右するきわめて重要な要素になるわけで す。以前は、「経済成長には資本蓄積が必要だ」と いうとき、それは有形資本への投資を念頭に置い ていました。今は、それは無形資本への投資に取 って代わられ、それを支えるのは人的資本に他な りません。人的資本に対して、より多くの財政資 源を割く必要が生まれているのです。 人への投資、しかもそれを国家が税収を財源と する公的資金で実施する「社会的投資」がどのよ うに行われ、それが経済成長とどう結びついてい るのかを、スウェーデンを事例にお話しましょう。 スウェーデンの場合には戦後長らく、「レーン= メイドナー・モデル」という経済政策アイディア が、その経済政策を規定していました。イエスタ・ レーンという人と、ルドルフ・メイドナーという 二人の、これは日本で言うと連合に当たる労働組 合中央組織の研究機関に属していたエコノミスト の名前をとって「レーン=メイドナー・モデル」 と呼ばれているのです。彼らは、需要水準を財政 金融政策で人為的に引き上げるケインジアン的な 経済政策のもとではインフレが高進し、名目賃金 一定の下では、実質賃金が下がってしまうので、 経済に対して非常に悪影響を及ぼすと指摘しまし た。 必要なのは、インフレを抑えながら、しかし生 産性を高めることで持続的に賃金を上げていくよ うな経済政策を実施することではないかと彼らは 問題提起したのです。そのためには、生産性を常 に向上させるような仕組みをビルトインさせて、 生産性を高めながら、成長の果実を企業側と労働 側でシェアしていくような経済政策が必要だとい うわけであります。 それを実現する非常に重要な手段が、「同一労 働・同一賃金」ですね。日本でも、非正規と正規 の労働者の間で、同一労働・同一賃金を達成すべ きだという議論が働き方改革の流れで議論されて いますけれども、このもともとの意味は、産業を 超えて、あるいは男女の違いを超えて、あるいは 住んでいる地域の違いを超えて、生産性の高い企 業と低い企業の違いを超えて、同一の労働に対し ては同一の賃金が払われるべきだというものです。 それは、もちろん非正規と正規の間での同一賃金 を含むのですが、それだけの話ではないのです。 これは、単なる格差是正策ではなくて、実は企 業の淘汰をも引き起こす、ある意味で企業と労働 者の双方にとって大変厳しい政策でもあります。 そのモデルの説明については、宮本太郎さんと いう、現在中央大学の先生で、スウェーデン研究 の第一人者ですが、彼の解説図をそのまま借用し
てきております。経済の中で生産性の低い企業か ら高い企業まで、企業 1 から企業 8 まで、右へ行 けば行くほど生産性、つまり労働者 1 人当たりが 生み出していく付加価値が高いということになり ます。 同一労働・同一賃金が導入される前、つまり普 通の賃金体系の下では、図の AB という直線で示 されるような賃金体系ですね。生産性が高い企業 ほど給料も高い、生産性が低ければ給料は低い。 これはある意味、当然かなと思います。 ところが、これをあえてスウェーデンでは、日 本で言うと経団連と連合が交渉をしまして、いわ ば中央決定として同一労働・同一賃金の水準を決 定します。これは業種横断的な拘束力を持つ形に なっていますので、そこで中央決定された賃金と いうのは、全産業に適用されるというようになる わけです。 いわゆる連帯的賃金政策、連帯的賃金というの が、図のabの水準で決まるということになりま す。これは企業を超えて、あるいは産業を超えて 決定されていく賃金水準ですので、生産性が高か ろうが、低かろうが、全国的にこういう水準で賃 金が守られるべきだということになるわけです。 そうすると、賃金水準に比べて生産性の高い右 側の企業というのは、実は生産性が高いために、 生み出した付加価値から労働賃金、つまりコスト を払ったとしても、これだけの余剰が生まれると いうことになります。 他方、左側の企業は賃金を支払うだけの十分な 付加価値を生み出せていない。ということは、当 然赤字になっていきますので、こちらはビジネス が継続できないということになり、合理化をさら に行うか、ビジネスの転換を行うか、最悪の場合 には倒産ということになるということです。 ここで、例えば失業とか整理という解雇が行わ れた場合には、そこはやはりスウェーデンでして、 要するに手厚い失業給付で失業者を支えるわけで す、企業が支えるのではなくて、国家が支えると いう仕組みになっているのがポイントです。これ を、「バッファ」と呼んでいます。バッファという ものが存在をしていて、そして家族手当も手厚く 行いますので、失業した個人と家族を政府が保護 をするということになります。ただ、倒産した企 業は救済しないのです。生産性の低い企業は、冷 たいですけれども、守ることはしないということ になります。 ビジネスが駄目になった企業を守って失業者が 出るのを抑える代わりに、企業は倒産させて、失 業した労働者は高生産性企業に移ってもらうこと で雇用を維持するのが、スウェーデンのコンセン サスであり、それを促すのが国家の経済政策にな ります。 高生産性企業は余剰がありますので、さらにビ ジネスを拡張していくことになりますので、その 雇用が増えていくわけです。 ただ、移動しろと言うだけでは、労働者もスキ ルがないのに移動は当然できません。そこで、政 府が「積極的労働市場政策」という名前の、労働 者に対する教育訓練の仕組みを提供するというこ とになります。 一つの事例ですけど、これから再生可能エネル ギーの仕事が拡張していくと、例えば木質バイオ マス発電が有望なオプションの一つとして浮上し、 木質バイオマスのボイラー技士に対するニーズが 高まります。ボイラー運転の国家資格のためのコ ースが用意されていまして、失業された方がコー スに入って、失業給付を受けながら教育訓練を受 けて、ボイラー技士になっていくという、労働力 を別の産業に移動していくというようなかたちに なります。 いま見ていただきましたように、失業した場合 に対して、いろいろと事後的な補償というかたち で、バッファとなるものがあったり、積極的労働 市場政策ということで、人的資本投資をやること で、いわゆる投資という概念にそれこそぴったり するようなものがあったり、保育サービスや高齢 者ケアというかたちで、働いている人たちが保育、 高齢者のケアということで、公的に支援していく、
サポートしていくというようなことを含めて、全 体として、これらの政策群を社会的投資と呼んで います。 企業を守らない有名な事例として、自動車メー カーのボルボの事例があります。ボルボの事例は 結局、労働者は守るが企業は守らないということ の典型事例と言えます。ボルボというのは、ビジ ネスが左前になってきたときに、日本だと、例え ば、トヨタや日産が左前になってきて、外資に買 われることになると大騒ぎになると思いますが、 結局、スウェーデン政府は彼らを守らなかったで すね。代わりに、中国資本に買収をされました。 ただ、ボルボは買収されて、かえって手元資金 が潤沢になるんですね。それで、現在の電動化や コネクテッドカーみたいな方向に研究開発投資を 行って、製品の魅力を高めたのです。あと、中国 市場において、その出資した中国企業の販売網を 使ってセールスをできるようになったので、実は この後、業績が回復したんですね。自社で、スウ ェーデンでずっとやっているよりは、買収された 方がかえって企業再生にはよかったということに なるかと思います。 日本を振り返りますと、やはり人的資本投資が 非常に少ないということになります。こちらは、 厚生労働省のデータで、さらにその背後にあるの は OECD のデータですけれども、日本の民間企業 における人的資本投資というのは少ないだけでな く、どんどん減ってきているということが分かり ます。 政府による投資はどうかということですが、積 極的労働市場政策の支出項目をご覧いただければ と思いますが、スウェーデンは特にここは手厚い ですね、ドイツもありますけど、日本はこの図で は見えない程度でしかありません。アングロサク ソン系もあまりやっていません。このようなかた ちで、ヨーロッパは政府による人的資本投資を手 厚くやっていることが分かります。 教育訓練投資への公的支出というのを、OECD のデータから取ってきたんですけれども、日本は 0.15%、ほとんど OECD の中でも最低水準のレベ ルであります。もっともこういう税金でやる政策 だけを比べているのはちょっとアンフェアで、日 本の場合は雇用保険制度の枠内でやっているとは 言うんですけど、ただそうすると、雇用保険の枠 組みに入っていない人たちというのは、どうなる のかという問題もございます。彼らは、究極的に は税金でカバーしなければならないわけです。 以上説明してきましたように、産業の構造転換、 つまりより生産性の高い産業構造への転換を日本 は積極的に推進してこなかったために、生産性は 上がっていないわけです。国際比較でみると、1990 年代には上位にあった日本の生産性の順位が、現 在ではほとんど下から、OECD でも数えた方が早 い水準まで下がってきたのです。 従って、賃金も高くできないという中で、日本 の賃金水準はオレンジですけども、ほとんど 1990 年から横ばいで変わっていないということです。 イタリアとほぼ、悪い意味で競争をしております。 スウェーデンはと言いますと、ずっと上がり続 けているわけです。ですから、もう 1990 年代から 比較すると、日本とスウェーデンの賃金水準はこ んなに開きが出てしまったということであります。 というわけで、だいたいお話をしてきたわけで すけども、最後に若干の時間を使って、以上で本 題のパートとしてはお話しできたんですけれども、 気候変動についても若干、お話をさせて下さい。 冒頭でも触れた、気候変動と産業構造転換、そし て経済成長といった話は、相互に連関があるんで すよ、という点を強調して私の講演の締めくくり とさせて頂きます。 デカップリングという言葉が実はございまして、 近年はっきりしてきましたのは、やっぱりスウェ ーデンで典型的なように、GDP は上昇しているわ けです。赤は GDP の推移を示しています。だけ ど、CO2の排出は下がるというかたちで両者は切 り離されているわけです。昔は成長すれば、エネ ルギーもたくさん使用し、CO2も出るというかた ちで、両者はつながっていたのですが、近年だと
カナダもそうですし、フランスでもそうですし、 両者は切り離される傾向が顕著になってきていま す。 しかし、そういう点で日本経済をみると、両者 は切り離されていない。微妙にちょっと切り離さ れてきていますけれども、他の国々ほど明瞭では ないのです。日本はどうしても、依然として GDP は増えると CO2排出も増える経済構造から脱却で きていない。 かつて日本は、世界に冠たる環境先進国である と言われていた時期がありました。それは、やは り二度の石油ショックを、非常に顕著な省エネ努 力で乗り切った実績に基づいていたわけです。こ れはデータからもはっきり出ております。 問題は、1980 年代以降、省エネに進展がない点 です。ほとんど横ばいないしは、むしろ悪化をし ているというような状況でございます。 ですので、その間、他の国がもう追い付いてき ておりまして、それを「炭素生産性」という概念 で見ていこうと思います。 労働生産性の話をしてきましたが、炭素生産性 という概念をここで導入しましょう。分母に炭素 投入量、あるいは CO2排出量と考えていただいて、 分子に労働生産性と同じ付加価値が来ます。CO2 排出 1 トン当たり、どれぐらいの GDP・付加価値 を生み出しているのかという炭素生産性指標で見 ますと、ちょっとスイスは特殊なので言及を避け ますが、日本は 1990 年代初頭ではトップレベルだ ったのです。 ところがその後、CO2の排出量が減らないため に、炭素生産性がどんどん低下をしていきます。 この後、他の国々に次々と抜かれて、日本の炭素 生産性指標は、国際比較でみても低位になってし まうのです。これは、労働生産性の低下とパラレ ルな現象となっています。 次に私の方で、財務省の法人企業統計や、環境 省の温室効果ガス算定・報告制度を用いて得たデ ータに基づいて、炭素生産性と ROA(Return on assets )の計算を業種ごとに行ってみました。そ の結果を、縦軸に ROA を、横軸に炭素生産性を とった平面上にプロットしてみたのです(図の赤 色の直線は製造業平均を示す)。 そうしますと分かったのは、CO2の大量排出業 種と呼ばれ、炭素生産性の指標が製造業平均より も悪い業種、つまり鉄鋼や窯業、非鉄金属、パル プ、石油・石炭製品製造業は、利益率(ROA)も また、製造業平均よりも低いということです。 ですので、収益率も低く、なおかつ、炭素生産 性でみてもパフォーマンスが悪い業種が第 3 象限 に来ています。 逆に、輸送用機械というのは自動車産業なので すが、自動車産業や電気機械など第 1 象限に位置 づいている業種は、炭素生産性のパフォーマンス もよく、なおかつ利益率も高いということになっ ています。 ですので、日本の産業構造転換というのは、要 するに、いかにして第 3 象限から第 1 象限に向け て、日本の産業の置かれた位置をシフトさせるか、 という問題になります。 あるいは、産業構造を図の左下から右上へと切 り替えることで、実は温室効果ガスの排出も減ら しながら、同時に利益率を高めていけることが分 かります。 逆に、第 3 象限の温室効果ガス排出大量業種で 合った利益率が低い業種は、温室効果ガスの排出 削減政策に反対をしてきたセクターでもあります けれども、では利益貢献しているのかと言うと、 利益貢献していない、日本経済に貢献できていな い業種であるということが、ここからはっきり読 み取れると思います。もちろん、稼いだからと言 って CO2排出が免責されるわけではないのですが。 各国との比較でも興味深いことが分かるのです が、実は平均実効炭素価格が高い国、つまり、炭 素税などを導入して、CO2に対して、きちんと価 格付けをやっている国ほど、実は 1 人当たりの資 本形成が高かったり、あるいは知的財産、先ほど から言っています「無形資産」の蓄積が進んでい たりするということが、統計的に示されているん
ですね。 昔であれば、カーボンプライシングは経済成長 を阻害するとか、産業の国際競争力を弱めるとか 言った批判が行われていたわけですが、これらの データから読み取れるのは、むしろ逆の現象、つ まり温室効果ガスを減らすための政策をきちんと 入れて、価格付けを行っている国ほど、投資が活 発であり、したがってそれらが経済成長につなが っているということです。 むしろ前のスライドにも表しておりますように、 日本よりもカーボンプライシングを入れてきた 国々と、1990 年代初頭の比較と、2015 年の比較を しています。いずれも日本よりも高いカーボンプ ライシングを持つ国々で、その後、日本よりも高 い経済成長率が実現しているんですね。 ですので、こういったデータ、カーボンプライ シングはその導入以来、もう 1990 年代からする と、20 年以上、30 年近く実績があるわけです。デ ータからやはり明らかになってきているのは、も はやカーボンプライシングが成長を阻害するとは 言えないということです。 産業構造を切り替えながら、より付加価値の高 い産業構造へ切り替えることで、温室効果ガスを 減らしながら、しかし、かえって稼げるようにな るということが分かってきたということでござい ます。ですので、カーボンプライシングが成長を 阻害するとか、雇用を阻害するという批判は、事 実に反するわけです。 これが最後のスライドになります。日本のカー ボンプライシングのレベルは、図の水平軸近くで 地を這うような水準になっています。他の国々は、 導入後もどんどん税率を上げてきています。しか し、その経済成長率は日本よりも高いのです。こ れが、カーボンプライシングに基づく気候変動政 策と経済成長の関係を、雄弁に物語っております。 以上でございます。ありがとうございました。 もし残る時間で、ご質問等ございましたらお答え したいと思います。 (講演 1 終了) 質疑応答 ○司会 はい、ありがとうございます。 少し時間が、まだ余裕がありますので、ご質問 をしたい方は、ZOOM だと挙手という機能があり ます。それに挙手をしていただくか、まずは、チ ャットで書き込んでいただくかで、お願いできれ ばと思います。 いかかでしょうか。どなたか。 では、すみません、私の方から、ご本を読んで 少し気になったことを。 一番最後の話なんですけど、確かに産業構造と しては、よりカーボンを少なくして、利益の高い ところへ行きましょうというのは分かるのですが、 炭酸ガスの話は世界の話なので、どこかで鉄をつ くるとか、どこかで紙パルプをつくるということ が、世の中で消費されている以上、必要なわけで すが、そこについてはどうお考えでしょうか。 ○諸富 そうですね。必ずどこかで紙はつくられ ますけども。ただ、おそらく先進国から順番に、 例えば、紙需要はデジタル化するにつれて、やは り減少していくのではないかと思います。 すでに、実はこのコロナ禍の中で、日本におけ る製紙需要は激減をしていると、先日『日経新聞』 で報道されていました。すでに始まっていたデジ タル技術による紙の置き換えが、コロナ化で加速 されているわけです。 ですので、おそらく紙というのはもちろん消え ませんけれども、デジタル化というものが進むこ とによって、素材に対する需要が落ちていくので はないかと思います。 それから、生産拠点は海外に移っていくように、 ご指摘のようになると思います。ただ、これも鉄 鋼業の場合と同じで、海外の方が実は最新鋭の工
場が建てられて、日本の企業が海外に出ていく場 合でも、いまや投資の中心は新興国になっていま すので、そちらで最新鋭の設備の工場をつくって 操業するために、日本よりもかえって生産一単位 あたりの CO2の排出が少ない。鉄鋼も実はそうな っています。 そういう意味では、日本の設備は逆に、老朽化 した設備を継ぎはぎしながらやっているもので、 日本の設備の方がむしろ効率が悪い。CO2もたく さん出てしまうという状況に実はなっています。 もちろん新興国の方がより大きな需要に合わせ てより大きな生産設備をつくりますので、絶対量 でみた排出量は大きいですが、単位当たりの CO2 排出量は低く、効率性が高いということです。こ こは、昔の「遅れた」新興国、途上国のイメージ を一旦、拭い去って頂く必要があるかと思います。 その上で、先進国から順々にデジタル化が進行し、 素材を切り替えていく動きが世界大に広がってい くことで、素材生産の必要量が世界規模でみても ピークアウトし、工場からの CO2排出量もグロー バル規模で減少に入る時点がいずれやってくると 考えています。 ○司会 はい、ありがとうございます。戦後の日 本がちょうどやったことと同じかと思いますので。 常にやっぱりそこはそこで物的な材料や素材とい うのは、どうしてもそれをつくるために、原理的 にある種必要なところがございますので、そこに 対して、効率的なものを、場所としては、立地と しては海外ということで。 ○諸富 いや、でも、また戻ってくるかもしれな い。 ○司会 はい。もちろんそれは日本の方でうまく いくなら日本であり得るのかなと思います。そこ のところをクリアにしていただきました。ありが とうございます。 あと、チャットの方で村田先生からご質問をい ただいております。読み上げさせていただきます。 ○村田(チャット) スウェーデンの労働者の移転 が興味深かったです。ありがとうございました。 収益の低い企業が賃金を払えなくなるというこ とは分かりましたが、収益の高い企業に労働者を 移転させるために政府がどのように教育している のかに興味があります。 ○司会 その後、出口先生からもご質問をいただ いていますので、その次に、出口先生のご質問を 受けたいと思います。 ○諸富 村田先生、ありがとうございます。 そうですね。若干だけちょっと触れましたけれ ども、政府の場合は、公的な職業訓練教育システ ムを持っております。それから、スウェーデンの 大学が相当、社会人で例えば、失業した人、ある いは、すでに職に就いているけども、自発的意志 で教育を受けたいという人の受け入れ先になって いて、高校を出た若い学生だけではなく、社会人 の実務的な職業教育訓練を授ける機能を大学は持 っているそうです。大学の職業教育訓練機能と、 支柱にある政府の職業教育訓練機能がどうすみ分 けしているかはちょっと分からないんですけども、 いずれにしましても、かなり具体的な職業を念頭 に養成プログラムが組まれていまして、コースを 終えるとその職業に就く一定の知識、スキルは得 られるようになっています。 スウェーデンでは失業すると、失業給付をもら うんですけど、必ず教育訓練を受けなさいという ことを言われるそうです。失業給付を受けるため には、実は教育訓練を受けることが条件になって いるらしいのです。日本で言うと、ハローワーク のようなところに行くわけですけど、そこで担当 者が付くらしいです。 失業給付を受けている間の精神的なサポートや、 教育訓練の中身についての相談、それから、次の 転職の世話も含めて、そういう担当者が受け持っ てくれると言われています。 公的な教育訓練機関については、日本の「職業 能力開発総合大学校」とよく似ています。産業に 関する調査研究をしながら、次の、一歩先の時代 のビジネスにおいて、どういうタイプの技能を求 められるのかということを調査研究しながら、ど
のようなことを教育していくか、訓練していくか ということを、常に見直しながら教育プログラム を、カリキュラムを立てていると聞いております。 ですので、スウェーデンの場合は、かなり公的 なかたちで教育訓練システムを持っているという ことになります。 日本はそこが非常に弱くて、厚生労働省管轄下 の職業能力開発総合大学校はあるんですけど、小 泉政権のときに、おそらく縮小されたはずです。 いまの職業訓練は、民間のスクールに補助金を出 してやっているようです。そこのクオリティーの 保証が必ずしもされていないという点で、日本の 教育訓練システムはちょっとまずいのではないか なと思っております。ちょっと答えになっていま すでしょうか。 ○司会 ありがとうございます。あとは、出口先 生のご質問で、チャットリスト、途中で切れてい るものを合わせたかたちで言っていきます。 ○出口(チャット) Autor の論文で示されている デジタルデバイドと人的資本の投資の関係が気に なります。 プラットフォームビジネスでは系統的に労働者 のケーパビリティー・デベロップメントが抑制さ れています。その結果、クラスデバイドが生じて いるように思います。 その意味で人的資本投資と見えるものが、実は ケーパビリティー・デベロップメントにつながら ない制度的な構造をどう考えるべきでしょうか。 ○司会 いかがでしょうか。 ○諸富 「プラットフォームビジネスでは、系統的 に労働者のケーパビリティー・デベロップメント が抑制されています」というところの事実関係を 私はよく存じ上げていないので、的確なお答えが できないかもしれない点、予めご承知おきくださ い。 おそらくスウェーデン的なものの特徴というの は、企業の中でオン・ザ・ジョブ・トレーニング で労働者を教育訓練するのも大事なんですけれど も、やっぱり企業の外で、普遍的な教育訓練の機 会を国民すべてに対して開放している点ではない かなと思います。 日本の場合、職業訓練は基本的に、企業内部の オン・ザ・ジョブ・トレーニングに任せる政策が 取られ、厚労省もそれを後押ししてきたんですね。 だけど、それだと企業特殊技能は身に付くけれど も、普遍的な技能を身に付けることがないし、何 よりも他社の労働者から学んだり、あるいは競い 合ってお互い刺激を受けたりすることも起きよう がないわけです。 スウェーデンでは教育訓練を受けるのは、企業 から受ける恩恵ではなく、労働者の権利だと言わ れます。 そういう中で、公的な資金を使っての企業の外 部に教育訓練機関を設けるというのは、一つの鍵 なのかなと思います。ただし、それは企業内部に おけるケーパビリティー・デベロップメントと相 反するものではなく、相互補完的な関係にあるの ではないかなと思っております。 ちょっといまの答えで不十分であれば、またチ ャットいただければ、お答えしたいと思います。 ○司会 いろいろこれから深い議論ができるとこ ろなのですが、次のご講演もありますので、ここ のところで、ご講演を終わらせていただきたいと 思います。 広井先生、ご準備をお願いします。
講演 2