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立石洋子著『スターリン時代の記憶――ソ連解体後ロシアの歴史認識論争――』(書評)

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Academic year: 2021

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ロシアの歴史認識論争――』(書評)

著者

小森 宏美

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アジア経済

62

1

ページ

77-82

発行年

2021-03

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

URL

http://hdl.handle.net/2344/00052080

(2)

『アジア経済』LⅫ-1(2021.3)  https://doi.org/10.24765/ajiakeizai.62.1_77

立石洋子著

『スターリン時代の記憶

―ソ連解体後ロシアの歴史認識

論争―

慶應義塾大学出版会 2020 年 v+306+48 ページ  小こ 森もり 宏ひろ 美み Ⅰ 本書の読み方  立石洋子氏の著書や論文を読むと,ソ連/ロシア のイメージを必ず覆される。本書もそうした期待に たがわず,評者同様,多くの読者のソ連/ロシアの イメージを一新してくれるだろう。2019 年 9 月 19 日に EU の欧州議会で採択された「ヨーロッパの未 来のためのヨーロッパの記憶の重要性」に関する決 議のなかで,政権や政治エリートによって共産主義 者の犯罪が糊塗され,ソ連の全体主義的体制が称揚 されているかぎり,ロシアの民主主義的国家への発 展は阻まれているとして,ロシア社会に過去の克服 が呼びかけられているが(注1),本書を読めば,ロシ ア社会が過去の克服に取り組んでいないどころか, ほかの多くの国よりもはるかに真摯に問題に取り組 み続けていることは明白である。念のために付言す れば,ロシア社会が過去の克服に取り組んでいるこ とと,ロシアの政治体制が(自由)民主主義的であ るかどうかは別の問題である。とはいえ,少なくと も一般に想像されるよりは,ロシアにおいても公的 な場で多様な意見の表明が許容されているし,政権 もまたそうした意見や世論に注意を払わざるを得な いといってもよいようだ。  本書は,副題にある通り,歴史認識を主題として いるものの,歴史を政治目的で意図的に利用する歴 史政策に焦点を合わせて論じたものではない。プー チンによる歴史の利用を扱った研究は少なくないが, 本書ではそれらを先行研究として位置づけてはいな いし,歴史教科書を歴史政策の観点から分析した研 究にはほとんど言及もしていない。本書は,移行期 正義の観点からロシアの歴史教育や社会的記憶の問 題を扱ったものであり,プーチンの歴史政策はその 一部ではあっても,それだけで評価するのは,ロシ ア社会にとって公平ではないと著者は考えている。 「ロシアの政府と市民社会は,スターリン期をはじ めとするソ連体制の負の歴史を認めようとしないと いう議論は少なくない」が,「自国史の否定的な側 面を明らかにし,犠牲者の名誉を回復し,記録する, 悲劇を繰り返さないために歴史教育を改革するとい う取り組みは,曲折はありながらも今日まで基本的 にほぼ一貫して続いている」(296 ページ)のである。 その証明のために行った著者の丹念な作業をこの小 論で紹介することは評者の手に余るものである。も とより,本書の魅力の 1 つであり,大きな貢献は, 膨大な資料に依拠してロシアの歴史認識論争を詳述 した点にある。ここまでこの複雑な論争を追究した 研究は管見の限りでは見当たらない(注2)。とくにこ こで紹介する余裕のない歴史教科書の分析内容は, ほかでは期待できない質量である。未読の方には強 く一読をお勧めする(注3) Ⅱ 本書の内容  「はじめに」によれば,第 1 章は本論に入る前の 準備作業であるが,評者のみるところ,著者の主張 はここにすでに言い尽くされている。すなわち,ス ターリン期の抑圧については,被害者と加害者の区 別が明確なナチ・ドイツとは異なり,その犠牲者は はるかに多様で民族や地域,職業などで特定するこ とはできないことが特質である(6 ページ)。また, 抑圧の犠牲者のなかにも加害者であるはずの体制の 理念を共有する人が多い(同)。こうした特質ゆえに, 社会がスターリン期の犯罪に冷静に向き合うことが 困難になり,激しい論争を招いたのみならず,自国 史の再検討が精神的苦痛を引き起こし,過去の見直 しが心理的困難をともなった(7 ページ)。こうし た状況にもかかわらず,被害の実態の解明と被害者 への補償の取り組みが継続しているのであるが,先 行研究では,ロシアの過去の再検討の試みは不十分 である,ないしは一切なされていないと指摘され, さらに,権威主義的なプーチン政権が歴史を利用し, ソ連時代の過去に対する批判的な検討を妨げている

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78 と主張されている。こうした見方に対し著者は,加 害者の罪を問わないことが移行期正義の実現に貢献 しうるとされるほかの国の事例を示し,ロシアにつ いても民主主義の実現というより幅広い視野から再 検討される必要があると指摘する。  第 2 章では,ペレストロイカ期の歴史の見直しで 歴史学が大きく進展し,後には誇るべき歴史とされ る独ソ戦についてすら「私たちはファシズムを東欧 に持ち込んで,私たち自身の国民も奴隷にした」(46 ページ)という極端なまでに否定的な評価が表明さ れるなど,スターリン期を含むソ連時代に対する批 判が繰り広げられたことが描かれる。  第 3 章と第 4 章では,1990 年代のエリツィン時 代が扱われる。共産党の合憲性をめぐる裁判の判決 は折衷的なものであったが,ロシア社会が過去に対 して無批判であったわけではなく,真摯な議論を通 じて共産党の犯罪行為について明らかにされたこと が示される。また,個々の共産党員および治安機関 の職員や協力者の法的責任を問ういわゆる浄化法に ついても,同法は特定の集団にすべての責任を負わ せることで国民全体の責任を問う姿勢を社会から失 わせ,政治改革に悪影響を与えるという反対もあっ たという(72 ページ)。ただし,このような議論に 社会的関心は集まらなかった。その背景として,経 済状況と生活水準の悪化という要因もあったことが 指摘される。ソ連の解体に対する肯定的評価も減少 していた(82 ページ)。そうしたなかで,治安と秩 序の回復のために,国家的アイデンティティの危機 への対応が必要だと認識されるようになり(91 ペー ジ),すべての国民が共有しうる新たなロシアの理 念を模索する動きが起こった。この時期には標準教 育要綱案が作成され,教科書推薦制度が整備された。 とはいえ,教科書の多様性が前提とされ,特定の歴 史観を示す教科書が禁止されることはなかった(98 ページ)。  第 5 章以降ではプーチン期が扱われる。著者が強 調するのは,エリツィン期とプーチン期の連続性で ある。国家の発展には社会の和解と統合が必要だと いう発想はエリツィン期から続いており,それが, 社会が自国史の評価をある程度共有することが必要 だという方針のもとでの,教育要綱作成の試み,現 代史教科書コンクール,政府主導による教師用参考 書や教科書の作成につながった。これらは歴史教育 と歴史教科書の内容に政府が積極的に関与しようと する姿勢の表れであった。これに対して当局が唯一 の正しいロシア史の解釈を押しつけようとしている と考えた人々の反発は強かった(163 ~ 165 ページ)。 スターリン期の負の歴史への取り組みが不十分であ ることがソ連時代へのノスタルジーを生み,治安機 関出身であるプーチンを指導者とする抑圧的な政治 体制を作り出しているという批判もあったが(170 ページ),抑圧の犠牲者の名前や処刑地などの情報 を記した『記憶の書』の出版やデータベースの公開 などの取り組みは続いていた。  2003 年 12 月のドルツキーの教科書に対する教育 省推薦の取り消しは歴史認識への政府の介入として 懸念されたものの,著者は,スターリン時代につい ての否定的な叙述ではなく,プーチン期に関する生 徒への課題がこの取り消しの理由であったと述べる (143 ページ)。また,東欧・旧ソ連諸国での歴史の 政治的利用やソ連時代の共産主義体制に対する EU などの国際組織による決議を背景に,2009 年 5 月 15 日に設置された「ロシアの利益を害する歴史の 歪曲に対抗する委員会」(以下,大統領委員会)も, 国内外で,言論と学術研究の自由を制限する試みだ という批判を招いた。他方で,同委員会のもとで史 料公開が進み,特定の歴史観に限らず学術研究への 支援が行われた。さらに,カティン事件も含めて過 去の過ちの責任を負うとの見解をプーチンが公に示 し,ポーランドとの関係改善の兆しがみられたのも この時期である(第 6 章)。  第 7,8 章では,全体主義体制の犠牲者に関する 記憶の永続化の試みと歴史教科書をめぐる新たな動 きが論じられる。まずは第 7 章で,ウクライナ危機 やクリミア編入を受けて国際環境が悪化し,歴史認 識への厳格な統制に対する危惧が高まった 2013 / 14 年度採択の推薦教科書が分析され,必ずしも特 定の歴史認識の強制を目的にしているとはいえない との見方が示される(249 ページ)。これらの教科 書は政権にとって望ましい歴史像を若い世代に普及 するための手段とはいえず,歴史解釈の多様性を強 調し,史料や課題を通して生徒自身に史実の意味を 考えさせようと工夫していると,著者は評価する (248 ページ)。その後,大統領委員会の廃止(2012 年) 直後に創設されたロシア歴史協会のもとで,歴史の ナショナル・カリキュラムともいうべき「祖国史教

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科書の構想」が議論の末に作成され,2015 年から はこれへの適否が同協会によって審査されるように なった。推薦教科書の数も 2013 / 14 の 9 冊,2014 / 15 年度の 5 冊 から 2015 / 16 年度には 2 冊に絞 られた。こうした動きに対し,ロシアはいまだ国民 的アイデンティティの模索段階にあり,過去に関す る社会的合意を形成するために議論の継続が必要と されるなかで,「祖国史教科書の構想」とその基準 を満たした教科書の作成が議論の活発化に資するの か,あるいは逆に抑制手段に変質するのかは,ロシ アの民主主義の今後の行方を左右する重要な分岐点 となると,著者は述べる(281 ~ 282 ページ)。  第 8 章の後半でとりあげられるのは,2015 年に 政府が採択した「政治的抑圧の犠牲者の記憶の永続 化に関する国家的構想」である。これは,市民社会 との協力による記念碑の建設や愛国主義の育成を目 標とするものである。2017 年には国民からの寄付 も合わせて財源とした「悲しみの壁」が完成した。 この記念碑建設の過程で繰り広げられた議論のなか に,自国史の評価の違いが社会を分裂させるような 深刻な対立につながることを防ぎ,和解を促すべき だという発想とともに,自国の負の歴史の責任を社 会全体が負うには,それについて一定の共通理解を もつ必要があるという発想も現れていたとする(292 ページ)。  終章のタイトルは「和解のために」である。ここ では,現在の歴史政策はエリツィン政権後期の課題 を受け継いだものであり,政権が望ましい自国史像 を社会に提示するのではなく,多様な歴史観の中か らできるかぎり多くの人が受容しうる妥協点を探す ことが重視されていると指摘する(297 ページ)。 そうしたなかで歴史教育に期待されたのは社会の和 解と統合を促進する役割であり,「祖国史教科書の 構想」は,これらの試みを反映する 1 つの成果であっ たとする(299 ページ)。そして,「和解」とは,犠 牲者の記憶の保存などに加え,異なる歴史認識をも つ人々を互いに否定せず,解釈の違いが生まれる理 由を理解し,議論を継続するという課題であると締 めくくる(301 ~ 302 ページ)。 Ⅲ いくつかの疑問  本書で示された著者の主張は,端的には次の 2 つ に要約できる。1 つは,プーチン政権下で,隣国と の緊張関係や国際環境の悪化を背景に,対抗的な措 置として歴史認識の統制が試みられることはあった ものの,必ずしも政権にとって望ましい自国史像の 社会的受容が求められているわけではなく,できる だけ多くの人にとって受け入れ可能な妥協点が探ら れ,それを通じての社会統合が目指されているとい うことである。いま 1 つは,ソ連解体後の混乱と経 済状況の悪化の中でスターリン時代に対するノスタ ルジアはあるものの,その抑圧の犠牲者をめぐる記 憶はむしろ社会を統合する重要な要素となっている ため,情報公開や記憶化は進んでいるというもので ある。そしてこうした動きは,ペレストロイカ期か らプーチン期にかけて,紆余曲折はあるものの継続 しているという指摘も重要である。  こうした著者の主張について,本書を読めばおお むね賛同できるものの,いま少し考察を深められる 可能性として思いついたのは,大きく分けるとつぎ の 2 点である。  1 つ目は,政権にとって望ましい,言い換えれば 都合のよい歴史観とは何かという問題である。本書 のなかで必ずしも明示的に述べられているわけでは ないものの,著者が念頭におくそれは,スターリン 期の抑圧も含め,共産主義時代の負の側面を過大視 しないことであるように読み取れる。著者が教科書 記述における解釈の多様性として本書で注目した史 実に,第二次世界大戦期のフィンランドとの戦争や バルト諸国の併合がある。とくに後者については, 軍事的圧力のもとでの併合であったことがほぼどの 教科書にも書かれており,これは明らかに現政権に とって望ましいものではない。だがそれは,どの程 度致命的な史実なのであろうか。読みようによって は,一連の過程のなかで行き過ぎや道徳的な問題は あったが,それはドイツに勝利するためにはしかた なかったとみなすこともあながち不可能ではない。 さらにいえば,勝利の前にはほかの「些細な」行き 過ぎは大きな意味をもたないと「開き直る」ことや, もしくは,その手段はともあれ領土拡張(回復)の 観点からは肯定的に解釈することすら可能なのでは

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80 ないだろうか(注4)。実際,ロシアの対バルト政策に 変化の兆しはない。たとえば,エストニアの独立を 認めた 1920 年のタルト条約の現時点での有効性を 認めたり,併合にともなう領土変更を取り消したり することはないだろう。  ツィルリナ = スペイディらの歴史教科書分析の 研究では,近年の教科書がスターリンを失敗があり ながらも強力な指導者であった人物として描いてい るのに対し,プーチンについては批判的なことは一 切書かれていないことが指摘されている。さらに, 個人や集団に対する犯罪は,国家防衛のためにはし かたのないものだという考えを生徒に植え付けるよ うな書き方がなされているという踏み込んだ見方も 示されている[Tsyrlina-Spady and Stoskopf 2017]。 政府の歴史政策を扱った分析のなかでモスクワ・ カーネギーセンター研究員のコレスニコフは,ロシ ア人が最も評価するのは現在であることを指摘して いる(注5)[Kolesnikov 2017]。これはうがった見方か もしれないが,スターリン期を含むソ連時代の否定 的な面を歴史叙述において避けないことについて, それは,プーチン期の現在が歴史上のどの時代より もよい時代であることを示すためだとは考えられな いだろうか。他方でパースは,「ロシアの社会と国 家指導者,そして西側諸国は常に相互に仲たがいし ている状態にあるから,歴史政策はすべての関係者 に受け入れられるよう計り知れないほど柔軟でかつ 必要な程度に厳格であることが要求される」と喝破 する[Pearce 2020, 54]。  著者も,歴史認識をめぐる与党「統一ロシア」内 の見解の多様性や有権者の動向から,政府は積極的 な介入に大きなメリットを見出していないと分析し ている(297 ~ 298 ページ)。だが評者には,そう した消極的な理由以上に,ここには,政権にとって の国民的アイデンティティの扱いの難しさがあるよ うに思える。ソ連解体後に模索されているロシアの 国民的アイデンティティといったときに,「国民」 にロシア国籍を有さない旧ソ連国民は含まれるのか 否か。旧ソ連国民やその子孫でロシア国外に居住す る外国籍または無国籍のロシア語話者も,プーチン の掲げる歴史と言語で規定される「ロシア的世界」 概念の対象に含まれる。歴史認識や国家的帰属の多 重性や曖昧さをそのままに残して国民的アイデン ティティの下に包摂する範囲を明示せず,現実の政 治的・経済的課題に合わせて柔軟に利用可能にして おく方が,政権にとっては都合がよいともいえる。 プーチンがそうした操作において万能だというつも りは毛頭ないが,「ロシアの政権は,機を見て敏に 硬軟を使い分けたしたたかな歴史政策を展開してき たと見た方が良い」という橋本伸也氏の指摘には深 くうなずくことができる[橋本 2018,169]。  2 つ目として,生徒に議論を促し,自ら思考させ るものであるという歴史教科書の現実的な効果を問 う必要はないのかという疑問である。確かに,著者 が繰り返しとりあげるように,各項目の最後には, 生徒に対して考えさせる問いが課題として並んでい る。他方で,著者も紹介している国際的な歴史教科 書比較プロジェクトでは,スターリン期により批判 的な「メモリアル」(注6)に所属する歴史家であるから かもしれないが,ロシアの教科書について,ニキー タ・ロマキンが「史料よりも著者の語りが中心的で, 歴史は記録の分析というよりは語られるものであ る」と評している。解釈型(議論重視型)かシラバ ス型(知識習得重視型)かは,それほど明確に区別 できるものではなく,多くの国の教科書が折衷的で あるといえるが,実物をみるとロシアの教科書はど ちらかといえば後者に近いような印象である。また 仮に,議論を促すことに主眼を置いた教科書であっ たとして,いったいどれくらいの生徒がそうした議 論についていくことができるのだろうか。教科書の 歴史叙述については,内容のレベルも歴史教育の効 果に影響を及ぼすのではないだろうか。両義的な解 釈や論争的な史実を授業で扱う際には,成績上位層 の学校でならばまだしも,教師の側に相当の準備と 訓練が必要であるように思われる。歴史教育の高度 な内容は,歴史認識に対して学校以外の場が影響力 を増すことにつながるかもしれない。  プーチン政権下では,いわゆる愛国主義プログラ ムが数次にわたって実施されている。大祖国戦争に ついての理想化されかつ神話化された語りの促進が 若者の愛国主義教育プログラムの主要要素であった という指摘もある[Mijnssen 2014]が,本書では そうした政策への言及はない。この愛国主義プログ ラムのなかでとくに教育に力点がおかれた背景とし て,オレンジ革命をはじめとするカラー革命に触発 された若者が政権にとって危険な存在として認識さ れたことを論じる研究もある[西山 2018]。移行期

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正義に主眼をおく本書の目的からは考察の対象にな らないことは理解できるものの,共同体への責任感 をもつ市民の育成を歴史教育の役割として重視する 著者の,こうした動向に関する見解を読んでみた かった。   むろん,以上の疑問が,ソ連/ロシア史・政治に 対する評者の見方ゆえの誤読や誤解から生じた可能 性は多分にある。それはともかく,評者にとっては, ロシアの歴史認識論争に触れて同国についての認識 を新たにしただけでなく,本書の問題意識に触発さ れてさまざまな国の歴史教育の諸相についても思い をめぐらせるきっかけになったことを強調しておく。 本書執筆にまつわる著者の労をねぎらうとともに, 今後の研究の一層の進展を期待したい。 (注 1)https://www.europarl.europa.eu/doceo/ document/TA-9-2019-0021_EN.pdf(2020 年 12 月 18 日閲覧) (注 2)Pearce[2020]では,スターリン期をめぐ る歴史認識に焦点を絞った本書で扱われないそれ以外 の時代の歴史事象についても,複数の教科書が分析さ れている。 (注 3)ただし,残念ながら人名表記の揺れが少な からずあり,本書を読みにくくする要因の 1 つとなっ ている。それでなくとも,スラヴ語系の名前はなじみ のない者には区別や同定が難しい。たとえば,ザグラー ジン(137 ページ)とザグラディン(142 ページ),ユー シチェンコとユーシェンコ(145 ページ),ミハリョー ヴァとミハイリョーヴァ(170 ページ),ニキーフォ ロフとニキーロフォロフ(185 ページ)など,これ以 外にも散見された。また,なぜか 113 ページには,「ズ デーデン」(この間違いは 267 ページにもある)をは じめ,ほかのページではみられない誤植がいくつか あった。これも細かいことであるが,普通・専門教育 省(115 ページ)と普通・職業教育省(119 ページ) の違いも気になった。 (注 4)エストニア史にかかわる点で書き間違いと 思われるもののうち気づいたのは,次の通りである。 146 ページの「1920 年にロシア帝国からのエストニア の独立を認めた」は,「ロシア帝国」ではなく「ソヴィ エト・ロシア」ないし「革命ロシア」ではないだろう か。また,同じページに「1939 年にソ連に併合」と あるが,一般には 1940 年 6 月をもって占領,正式な 編入は同年 8 月とされていることを確認しておきたい。 147 ページでは,2007 年 4 月にタリン市で起きた事件 が扱われるが,同ページ 9 行目に「同年には」とあり, 文の流れでは 2005 年のこととしか読めない。このあ たりの記述については拙著[小森 2009]も参考文献 の 1 つに挙げていただいているため確認したが,確認 できたかぎりではそうした記述は見当たらなかった。 加えて併合に関連して,176 ページに「1941 年のソ連 によるバルト三国の併合」とある。これはナロチニツ カヤの主張ということなので,原著をあたってみたと ころ,1940 年とあった。おそらく引用元である橋本 [2016, 37]の記述をそのまま記載したのだと推測さ れる。 (注 5)このコレスニコフの指摘は,レヴァダセン ターの調査に基づくものであるが,同調査によれば, 「現在」が最善という回答は 32%,次点が「ブレジネ フ期」で 29%,「回答は難しい」が 24%であった (https://www.levada.ru/en/2017/02/28/the-february-revoltion-of-1917/2020 年 12 月 18 日閲覧)。 (注 6)「メモリアル」は 2014 年,法務省により「外 国エージェント」として強制的に登録させられ,その 後,解散を要求されたが,活動を続けている。 文献リスト 〈日本語文献〉 小森宏美 2009.『エストニアの政治と歴史認識』三元社. 西山美久 2018.『ロシアの愛国主義――プーチンが進め る国民統合――』法政大学出版局. 橋本伸也 2016.『記憶の政治――ヨーロッパの歴史認識 論争――』岩波書店. ―――2018.「過去の政治化と国家間『歴史対話』―― ロシアと周辺諸国との二国間歴史委員会の事例から ――」橋本伸也編『紛争化させられる過去――アジ アとヨーロッパにおける歴史の政治化――』岩波書 店. 〈外国語文献〉

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Putin’s Russia I: Back to Our Future! History, Modernity and Patriotism According to Nashi, 2005-2013. Ibidem Verlag.

Нарочницкая Н.А. 2010. Великие войны XX столетия. Ревизия и правда истории. Вече.

Pearce, James C. 2020. The Use of History in Putin’s Russia. Vernon Press.

Tsyrlina-Spady, Tatyana and Alan Stoskopf 2017. Russian History Textbooks in the Putin Era: Heroic Leaders Demand Loyal Citizens. In Globalisation and Historiography of National Leaders: Symbolic Representations in School

Textbooks, edited by Joseph Zajda, Tatyana Tsyrlina-Spady and Michael Lovorn. Springer. 〈ウェブサイト〉

Kolesnikov, Andrei 2017. “A Past That Divides: Russia’s New Official History.” Carnegie Moscow Center. 5 Oct 2017 (https://carnegieendowment.org/files/ Article_Kolesnikov_102017_ENG_web.pdf) (2020 年 12 月 18 日閲覧).

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