県立中央病院における
肺癌手術例の臨床的検討
山梨県立中央病院 外科 岡田典之 千葉成宏 三井照夫 芦沢一喜 今村公一 高村達 中沢美知雄 飯田文良 はじめに 近年、肺癌は著しい増加傾向を示しており、我 が国における年間肺癌死亡数は1950年の1,000に 対し1980年には約20,000と30年間におよそ20倍に 達している。また、他臓器癌の死亡数と比較して も原発性肺癌の死亡数は21世紀になると胃癌の死 亡数を抜き、部位別死亡数の第1位になると推測 されている。 当院外科において昭和54年以来の肺癌手術数が 100を越えたので、これらの症例について臨床的 検討を行なった。 対象 昭和54年1月から62年3月までの間に当科で開 胸手術を施行した原発性肺癌症例100例を対象と した。 結果 当院における年度別手術率(外科的治療例)は 、昭和54年より年々若干の増加を認めるも約20% 前後であった。 (表1) 年令分布は39才から80才の間で平均年令は64.9 才であった。但し、近年の高齢者の増加に伴い70 才以上の割合が37%であった。男女比は2.4対1 と諸家の報告に比べ若干女性の占める割合が多か 1) った。 (表2) 発見動機は自覚症状によるものが46例に対し、 集検などによるものが54例であった。 (表3) 初診時の症状として咳が最も多かったが、集検 発見を反映して無症状のものが49例と約半数を占 めていた。 (表4) 喫煙歴では非喫煙者41%喫煙者59%であった。言うまでもなく喫煙指数BI(1日の平均喫煙本
数×年数)が大きくなるにつれて肺癌患者数は増 加し、800以上のものが33%を占めていた。 (表5) 診断方法として、気管支ファイパースコープ( BFS)によるものが66例と最も多かった。 (表6) 組織型では、扁平上皮癌(以下S.C. C.)・腺癌(以下Ad−Ca)ともに45例でこの2型
が90%を占め、次に小細胞癌が6例であった。組 織型と男女比の関係をみてみるとS.C. Cでは男39:女6、Ad−Caでは男24:女21であり、
女性肺癌の72%(21/29)はAd−Caであった
。 (表7) 年度 入院数 手術数 手術率 (%) 表1 年度別肺癌患者数と手術率 54 55 56 57 58 59 60 61 62 44 51 67 54 67 63 71 6359111014122014(5)
1輻4 17.6 16.4 18.5 20.9 19.0 28.2 22.2 表2 年齢・性別手術数 ∼39 40∼ 50∼ 60∼ 70∼ 計 比 男女 1 4 13 P 2 7 25 P0 28 X 71 Q9 2.4 @1 一37一 表3 自覚症状 集検 他疾患観察中 人闇ドック 発見動機 46 37 16 1 表4 初発症状 無症状 49 咳 22 疾(血褒) 7(17) 胸痛 7 呼吸困難 2 発熱 5 喧声 1 その他 2生存率46%、5年生存率36%をともに上まわって いた。 (表18) 予後に関連する因子をKaplan−Myer法を用い た生存率で比較検討してみた。
組織型別ではS.C. C.とAd−Caとでは
有意差を認めなかった。 (表19) 臨床病期別では、1・ll期の生存率は比較的良 好であったが、皿・1V期とも低い生存率を示した . (表20) 手術根治度別では、絶対治癒は言うまでもなく 比較的良好な生存率を示したが、非治癒・相対治 癒は特に2年以降で低い生存率であった。 (表21) 表12術後合併症膿胸 2
肺炎 2
肺線維症 1
心臓脱出 1
脳梗塞 1
肺結核 1
膨張不全 1
胃潰瘍 ,1 表13病期別症例数 術前術後 Stage I 59 47 −t 皿 13 8 皿 28 35 1V lO 考按 肺癌の術前確診率は90∼97%と高い数字が諸家 2)により報告されているが、当科においての確診率 は90%であった。その鑑別に難渋した疾患は、結 核腫3例、器質化肺炎・肺膿瘍・過誤腫あよぴ硬 化性血管腫各1例づっであった。 肺癌の診断法としてまず挙げられるのが喀疲細 胞診である。その陽性率は30∼70%と報告されて 3)4) いるが、対象例の選び方や採疾法によりかなり左 右される。自験例では、他の診断法に先んじて細 胞診陽性を示したものは28%であったが、他の検 査後に陽性を示したものを含めると計36%の陽性 率であった。 その他の診断法として胸部写真、胸部断層像、 CT等があるが、いずれも癌の浸潤程度やリンパ 節転移の有無を診断するには限界がある。また、気管支ファイバースコープ(BFS)は肺癌の気
管支内進展程度、リンパ節腫大による外圧迫等を 観察するには都合が良いが、末梢発生のもの特に 表14TNM分類による術前・後の評価 ’ 術前 術後 T−factor N−factor M−factor 表15合併療法 なし 17 放 1 化 57 放+化 25 免 251 → 2
1 → 3
2 ・.…・レ 12 → 3
3_,,.>2 0 → 10 → 2
1 ……レ 01 → 2
0 → 1
1 1 2 8 2 2 6 5 12 10 …… 潔゚大評価 9→過小評価40
表16死亡例(50例) 癌死44
非癌死 6 身.一 16心∫塞
3 脳転移 16 脳梗塞 1 肺転移 9 肺炎 1 その他 3 肺線維症 1 表17死亡例における生存期間(month) ∼6 ∼12 ∼18 ∼24 ∼30 ∼36 37∼癌死
72 15 11 P 62 1 2 @ 1 2 表 18術後累積生存率(%) 経過月数 6 12 18 24 36 48 60 全国集計 磨@ 科 88 X1 74 V6 63 U4 56 T6 46 T2 40 S8 36 S8 主要亜区域支から側方に分岐しているものでは一 般的に困難を極める。 気管支鏡検査でも確診が得られなかった症例や 病変が胸壁近くの肺末梢に存在する症例等には穿 刺細胞診が適応となリ、当科では2例に行なわれ ていた。経皮的検査の方が経路が短く、信頼性が 高いと考えられる。 以上の諸検査を行なっても診断が確定しない症 例は再検査よりも審査開胸を積極的に行なうよう にしている。 肺癌の親展度の正確な把握および分類は、治療 計画を設定、予後の示唆、治療効果の評価等の点で重要である。そこで肺癌病期分類に国際TNM
分類(UICC,1978)が広く用いられておリ、
fi)1987年にその改訂分類が発表されたが、本稿では 引用文献との一致を考慮し従来の分類を用いた。TNM因子のうちT因子については腫瘍の隣接
臓器への浸潤の有無と程度の診断が重要である。 CT等の画像診断の著しい進歩で診断能は高くな ったが、実際胸壁への深達度や大血管外膜浸潤の 6)有無等の診断には限界がある。しかし、T因子は N因子と比べ正診率が高く外科的手技によるコン トロール範囲が幅広い利点を有している。 N因子の診断方法は、通常の胸部断層像からC Tに移行してきているが、その診断は困難をきわ めることが多い。その結果として自験例における 正診率は60%前後であリ、諸家の報告による60∼ 7)e)9) 70%とほぼ同様であった。CTでのN因子、、特に N,の診断基準はリンパ節の大きさである。概ね 10∼15mm以上のリンパ節腫大を採用しているが腺 癌等の腫大しないリンパ節転移もしばしば認めら れるので、質の診断は実際限界があると考えられ る。また、CTによる縦隔リンパ節転移の診断は 、従来のX線断層像に比べて“読み落とし”は減 少するが“読み過ぎ”が増加し全体として正診率 はあまり向上していないと思われる。 M因子の診断にも“落し穴”がある。たとえばT、No、T, N1の症例でありながら予想外に
外科的治療後の予後が不良であることがしばしば ある。この場合は恐らく術前に発見できなかった 小転移巣が胸腔内あるいは胸腔外にM因子として 存在していたと推測できる。結局、手術療法か非 手術療法かを決定する基になる臨床病期の正診率 が低い事を裏付けている。 手術適応の評価の指標として手術率ないし切除 率があり、その他に病期の分布がある。当院にお ける肺癌手術率は昭和54年から61年まで8年間の 通算で19.3%であり、他施設における40%にはは 1o)るかに及ばなかった。その点に関して当院におけ 1o) る年令および病期の分布を全国集計と比較してみ ると、70才以上の症例が占める割合が当院37%、 全国集計18%であリ、また1・ll期とm・IV期症 例の割合は当院54:46,全国集計67:33であった 生存率 表19 組織型別生存率 100 80 60 40 20 00 12 24 36 生存率 表20臨床病期別生存率 100 80 60 40 20 0 48 60 0 12 24 36 48 生存率 表21手術根治度別生存率 100 80 60 40 20 0 60 0 12 24 36 48 60 。つまリ、我々の扱った症例は年齢層が比較的高 く、また病期の進行したものが多かったと言える 。これらの事実が手術率の低下を招いたと考えら れる。 ■ 標準術式であるリンパ節郭清を伴う肺葉切除術 または肺別除術を基本としながら、外科適応を拡 大しその成績を向上させるよう努力がなされてい る。その1つとして気管・気管支形成術の進歩, 心・大血管手術の技術導入などにより以前よリ合 併切除する症例が増加しつつある。隣接臓器への直接浸潤を伴う肺癌(T3)に対する合併切除術
の頻度は自験例では12%であったが、諸家の報告 一39一一方、組織型と喫煙指数(BI)の関係をS.
C.CとAd−−Caに限ってみてみると、BI≦
400ではS.C.C15:Ad−Ca30,BI>40
0ではS.C. C30:Ad−Ca15と全く逆にな
っており、重喫煙者肺癌の約70%はS.C. Cと 言える。 (表8) 開胸手術100例のうち原発巣を切除し得たもの 95例、試験開胸5例であった。切除術を根治度で 分類すると、治癒手術44例、相対治癒手術16例、 非治癒手術35例であった。 (表9) その切除術式は、1側肺摘除15例、肺葉切除80 例であった。肺葉切除には、気管支管状切除及び 模状切除が各1例含まれている。 (表10) 他臓器合併切除は14例に行なわれ、胸壁(肋骨 を含む)・心膜が多かった。 (表11) 縦隔リンパ節郭清は切除例95例のうち82例に行 なわれた.郭清を行なわなかった理由として、 1)高齢であること 2)合併疾患を有すること3)StageIであること 4)Stageが進み過ぎ
ていること等が挙げられた。 術後の主な合併症は10例に認められた。このう ち致命的となったものは2例で、脳梗塞+肺炎お よび肺線維症によりそれぞれ術後35日および1年 2ヵ月で死亡した。 (表12)術後病期では、1期47例、ll期8例、皿期35例
、IVP期10例であり、術前診断した臨床病期に比較 して病期の進んでいるものが多かった。 (表13)術前・後におけるTNM分類による評価の相違
をみてみると、過大評価9に対し過小評価40と圧倒的に多かった。術前T、,T2と評価されても
、実際胸壁あるいは縦隔へ浸潤していてT,とな る症例もしばしば認められた。N因子は術前評価 と手術時の肉眼判定さらに病理組織学的診断との 間に最も不一致が見られた因子であリ、その内で も特にN2の術前診断に難渋した。 (表14) ’ 術後の合併療法は83%に施行され、放射線療法 は26例、化学療法は82例、免疫療法は25例に行な われた。 (表15) 予後の判定は昭和62年9.月30日現在で行なった. 。 100例のうち3年生存例は60例、 5年生存例は 29例であった。予後判定時に生存しているものは 50例、死亡したものは50例であり、その死因は癌 表5喫煙指数0 41
∼400 7∼800 19
800∼ 33
表6診断方法 喀疲細胞診 気管支ファイバー 穿刺細胞診 開胸 表7組織型と男女比 男・ 女28
66
2 4 計 扁平上皮癌 腺癌 小細胞癌 大細胞癌 肺胞上皮癌 腺扁平上皮癌 腺様嚢胞癌39
24
4 1 1 1 1 6 21 2 0 0 0 045
45
6 1 1 1 1 表8組織型と喫煙指数(BDBI≦400 400<BI
扁平上皮癌 腺 癌 1530
30
15 表9手術根治度 1 皿 皿 IV 計 治癒手術 相対治癒手術 非治癒手術 試験開胸 37 7 16 10 1 17 2 表10切除術式 1側肺摘除 15 肺葉切除 80[羅分蒔
7;i]95
3 5 表11合併切除臓器 (14例) 胸壁 心膜 横隔膜 上大静脈 食道外膜 5 5 2 1 1 死44例、非癌死6例であった。 癌死例の転移臓器としては、 3臓器以上に相次 いで転移が認められたものが多く脳・肺・骨・肝 の順であった。局所再発は4例に認められた。一 方、非癌死6例はすべて病死であった。(表16) 癌の転移・再発による死亡の生存期間は、表17 の如くであり術後24ヵ月以内の死亡が86.4%(39 /44)と大半を占めていた。 (表17) 術後累積生存率をみると、当科での3年生存率 52%、 5年生存率48%で、全国集計における3年t1’ tzJでは20∼30%に達するものもあり、1皿期症例に対 してかなり積極的に外科治療がなされていること 13}がわかる。さらにT4に属する気管分岐部浸潤例 r4) 15) や左房浸潤例では、根治的切除ができるものでは その予後は比較的良好であるので必ずしも手術適 応外とは言いがたい。つまり、術前の病期分類の 正診率を向上させ、そのような治癒の可能性のあ る症例を正確に選別することが肝要であると思わ れる。 対象100例の予後を累積生存率で検討すると、 3年生存率52%、 5年生存率48%と他の報告に比 べ良好な結果であり、前述の背景因子を考慮すれ lo) t6)ば概ね満足すべき数字と言える。 手術の遠隔成績の検討から明らかなことは、1 )病期による予後の差が大きく、1期の切除例の 17)生存率が良好であること、2)自覚症状による発 見例に比べ集検発見例は病期の早いものが多く、 18)かつ生存率が高いこと、3)言うまでもなく治癒 手術例の予後が良好であるのに対し、リンパ節非 郭清あるいは肺内転移のために相対的非治癒手術 に分類されたものを除けば、非治癒手術の予後は l6) 著しく不良であること、等である。これらの結果 より肺癌検診の推進と早期診断,手術率の向上と 治癒手術のための努力,また肺癌の生物学的特性 を踏まえた集学的治療の研究等の重要性を再認識 した。 文献 1) 吉良枝郎勒;肺癌はどこまで治せるか,Medi cal Practice 6:134−145,1989. 2) 大岩孝司ロか;肺癌に対する経気管支針吸引細 胞診の診断的意義,肺癌 24:377,1984. 3) 佐藤春郎肋;Saccomano氏集細胞法による喀 疾細胞診,日本臨床 38:2622,1980. 4) 加藤治文ほか;肺癌の細胞診と生検,日癌治 16:490,1981. 5) 日本肺癌学会;肺癌取扱い規約(改訂第3版 )金原出版,1987 6) 松原敏樹肋;肺癌のCT診断,とくに術前検 査として,臨床外科 39:21,1984. 7) Faling.1、. J.et al. ;Chest wall invasion in carcinoma of the lung. J. Thor.Cardior. Surg. 89:836,1985. 8) 西山祥行肋;肺癌におけるT因子,N因子の 術前評価の検討,肺癌 27:155,1987. 9) 渡辺洋宇肋;肺癌症例におけるT,N因子の 術前評価の正診率一開胸例についての術後評価 との比較,肺癌 24:1,65,1984.