重症心身障害児研究の歩みと到達点
清原 浩・久保 裕男*・姥 柾人**
Progress of Studies on Severely Handicapped Children Hiroshi Kiyohara, Hiroo Kubo and Masato Uba
61 は じ め に 今から約40年前に太平洋戦争突入にそなえて,言論・思想の自由が徹底的に弾圧され戦時教育体 制が進行しつつあるまさにその時に,明治以降の政府の教育政策・教育思想について痛烈を批判を した留岡晴男の指摘1)は既にあまりにも有名である。彼によると,従来の政府当局の教育観はほぼ 三点に要約できるとしている。 「児童観」という言葉で表現しているが,内容的には教育観を述べ じゆっ ている。それらは「文政型児童観」 「他救2)型児童観」それに「行刑型児童観」の三つである。そ れぞれ障害者問題の観点から簡略に要点を述べてみると,文政型児童観は文部行政の根底を覆すも ので「心身異常乃至欠陥といふ意味に於ても,また家庭貧困といふ意味に於ても,およそ異常をる 児童は,之を捨象し去り,正常をる児童のみを取り上げて,而も之を取り上げる取り上げ方は,正常 をるものを超正常覆るものに仕立てることに常に方向づけられていた。」3)それに対しで岨救型児童 観は厚生行政の考え方を表わしているもので「道徳的に又は経済的に困った状態に既に陥ってしま った児童をその事後に於て拾ひ上げて保護するといふのではをくて,寧ろそういった困った状態に 陥らない事前に於て,児童の道徳生活,健康状態,職業生活を保護する.4)ものと捉え, 「大体から いふと,漸次に順調に発達した.4)と評価している。しかし,良く吟味してみると「満足すべから ざる事情のあることを発見する.4)と述べている。つまり「精神薄弱児童の保護と教育とに対して 徳,今日をほ殆んど見るべき方策が講じられていない」5)のである。その点では他救型といえども 文政型と軌を同じくしているといえよう.最後の行刑型は行刑を教育(教育刑)と考えるのではを く刑罰と考える立場で「因果応報乃至勧善懲悪の思想に立脚する懲罰の観念」6)に立脚するもので あった。以上,第二次世界大戦前における行政当局の教育観を留岡の論文を借りて整理したが,つ まるところ「正常なる児童のみを取り上げ-c- -超正常なるものに仕立てること」という言葉に象 徴されよう。 さて,大戦後35年を経て,さまざまを弱点を持ちつつも民主主義の深化,発展をみている現在, 「異常をる児童」の捉え方は,どのように発展してきているであろうか。きわめて粗雑を言い方を すれば,資本の論理が貫徹する現代社会において事態の本質は変らないし,その物的基盤を反映し て国民全体の意識も留岡の指摘した時代と大きくは変っていないとも言えるが,少々深く追求して
62 重症心身障害児研究の歩みと到達点 みると大きを変化が行われつつあることがわかる。それは単なる捉え方,理念的を段階を越えて, 実践的に確かめられつつあるものが思想を探化させる段階に到達している。本小論は「異常なる児 童.とかつて言われていた子どもたちの中でも,最も障害の重い重症心身障害児7)の療育実践及び 捉え方そして研究の現段階の一端を述べて,留岡の時代からの発展の一面を明らかにすることを目 的とするものである。夜お工章は重症心身遅番児研究及び療育実践が発展してきた物的条件を歴史 的に検討したものである。 Ⅱ章においては,前述の物的条件を基礎にして重症児研究を組織的,体 系的に行いつつある国立療養所関係の研究動向を紹介し, Ⅲ章は国立療養所関係の研究動向とは流 れの異をる「発達保障」という概念を中心とする研究を提示し,さらにその研究に基づく療育実践 を示し,研究と実践の現段階を述べ, Ⅳ章で展望を模索するという構想ををしている.
Ⅰ.重症心身障害児療育の現代史的意義
一口に障害児・者と言っても,障害の種別,運書の程度はきわめて多様である8)。したがって障 害に応じた教育,運害に応じた社会的処遇というように障薯のちがい,程度によって分断されつづ けて来た。たとえば,教育現象という面からみる怒らば,視覚障害,聴力障害児の教育はきわめて 早くから行をわれ,既に明治11年5月に盲唖院が京都に開設されている9)。視聴覚障害児の教育か ら出発しているのは,両遅番児とも教育によって労働力として形成しやすい。つまり役に立つとい う事情であったと思われる10)。肢体不自由児の教育については,迄かずっと後の大正10年柏倉松蔵 が創立した施設「柏学園」がその始まりと言える11)。この肢体不自由児の教育についても,日清, 日露の戦争,第一次世界大戦を通じて国民の体位向上という課題と結びついて出てきているところ に注目しなければ怒らをい12)。障害児教育の振興が国家の維持・発展という側面から浮上してくる というパターンを示している。精神簿弱児教育についていえば,明治23年長野県松本尋常小学校の 落第生学校,あるいは明治29年石井亮一によってつくられた精神薄弱児施設「滝乃川学園」が始 まりとされ,その後施設も学級数も皆無ということはなかったが,視聴覚障害児を除く,他の障害 児は基本的には義務教育就学猶予,免除体制13)のもとに放置され続けたことは前述の留岡論文か らも推されるところである。盲聾児についても,その就学率は低かった。 第二次大戦後の障害児教育は戦後日本の教育方向を定め七といわれる米国教育使節団報告書(昭 和21年3月31日)の中で「身体的に欠陥があり精神的におくれている児童のためには,それぞれの 学校の程度に応じて注意を払う必要がある。盲聾児童やその他普通の学校では十分にその必要を充 たしてやることができを叫まどの養護児童のために,別個の学級や学校を設けをければ怒らをい。 この就学も普通の義務教育法で取締るべきである」14)。との指摘を受けることによって出発した.精 神薄弱児,肢体不自由児等の養護学校を義務的に設置させることはできをかったが,盲聾学校,普 通学校の中での特殊学級などが設置されることが法的に保障された。とくに,昭和31年6月の公立 養護学校整備特別措置法の制定,つづいて昭和32年に特殊学級-の設置補助金支給が開始されたこ とにより,特殊学級,養護学校数は飛躍的に増大した15)清原 浩・久保裕男・姥 柾人 〔研究紀要 第29巻〕 63 一方,児童福祉施設における障害児の療育16)は敗戦直後の昭和22年に制定された「児童福祉法」 によって始まった。これによって精神薄弱児施設,盲ろうあ児施設,虚弱児施設,肢体不自由児施 設の設立に公的を援助を受ける道を開いたのである。しかし上記のように障害を峻別した上での施 設体系には一つの大きを欠点があった。それは,いくつかの障害を重ねもつ子どもを受け入れる施 設が覆いといった現象が生じたことである. 「脳性麻棒のため,手足が不自由でしかも知恵遅れが あるというようを子どもは,肢体不自由児施設では精薄でもあるとの理由ではねられる。一方,精 薄弱児施設では,手足が不自由であるからとやはり断られる.17)といったことは日常的でさえあっ た。さらに単一の障害であっても障害の程度が重いときには施設入所は拒否された。手数がかかる からである。以上簡略に述べてきたことは,学校教育においても,福祉的側面においても,障害別 処遇が中心だったことである。そのこと自体必ずしも全面的に否定さるべきことでは覆いが,処遇 対象からはずされた多くの障害児が放置されざるを得覆いという事態を招く問題をはらんでいた。 そして昭和30年代から重複障害児が児童福祉法からもれていることが指摘され,重複障害児の処遇 が強く要求されだしたのである18)-親を中心とするこれらの要求を反映して,確固とした法的根拠 の覆いままに先駆的をものとして有名を三つの民間の重症心身障害児施設,秋津療育園(昭和34年) 島田療育園(昭和36年),びわこ学園(昭和38年)が開設されたが,政府も遅ればせ夜がら厚生省 事務次官通達「重症心身障害児療育実施要綱.19)昭和38年7月)を出して,国費による補助が覆さ れるように覆った。さらに,結核の治療を中心としていた国立療養所二ヶ所に重症身障薯児病棟を 設けるをどしたが,昭和42年8月児童福祉法第43条に第4項を加え「重症心身障害児施設は,重度 の精神薄弱及び重度の肢体不自由が重複している児童を入所させて,これを保護するとともに,治 療及び日常生活の指導をすることを目的とする施設とする」という条文によって,ようやく重症心 身障害児の定義及び20)その処遇が法的に確定されたのであった。以後国立療養所の重症病棟を中 心に発展し昭和51年3月未現在で国立80ヶ所(8080床),公,法人立41か所(4649床)計121か 所(12,729床)が整備されるに至っている21) しかし夜がら大切をことは数量的を発展だけではない。多大を弱点を含みつつも国民の要求に部 分的に譲歩してつくられたこれらの施設群が重症心身障害児の捉え方をその実践を通して変革させ てきたという事実である。そのことについて清水寛氏は次のように簡略にまとめている。「(1)障害 の重い子どもの発達の保障にとりくめぽとりくむほど,教育とは何かが問い直され,その本質が人 間の生命の尊厳の確立にあることが明らかにされていく。そのことは,能力主義的,功利主義的教 育体制-の鋭い批判と怒っていく(2)教育をど不可能,不必要とみ覆され,公教育から排除され続 けてきた子どもたちに,人格として発達の可能性,発達のすじみちの共通性を明らかにすることに よって,人間の発達に果たす教育の役割と人権の無差別平等性について実証している(3)障害者 の発達を保障するために生みだされ検証された教育の方法,内容,条件等の原理には,健体児教育 では見逃されがち夜現在の教育のひずみ,粗さを明確にし,それを変革していくものが内在してい る」22)各条についてさらに述べる。第一項は,教育を読み書き算を中心とする労働力形成の基礎作
64 重症心身障書児研究の歩みと到達点 業と捉えるのではなく誕生直後から人間としての成長発達の全過程を保障するという考え方である. 第二項は,発達を上昇過程を中心とする量的を捉え方を批判して,発達の領域的広がり,質的を側 面を重視することを強調している。さらに第三項は,障害児教育は教育問題の焦点であり,教育変 革の環になるという捉え方である。これらの思想は近代以後の人権思想の系列につら覆るものであ り,エンゲルスによる「すべての人間が自分の能力を完全に発達させる権利を有する」23)という思 想を深化発展させつつあるものであろう.現代の日本においては, 「発達保阻」24)という言葉に集 約されているもので,重症心身障害児研究もこの視点に立つことによって,やっと科学性と展望を 獲得できたのであった。 ⅠⅠ.重症心身障害児研究の現段階 -国立療養所重症心身障害研究会の「発達評価法の検討」 のとりくみから (1)医学的アプローチから心理・教育学的アプローチ-の変化 国立療養所重症心身障薯児病棟(以下重心病棟と略す)に入院してくる重症児は,施設の増加に 伴い,障害の重度化,多様化の一途をたどっている.国立療養所が重症児を迎えた当初は,彼らへ のスタッフの取りくみは,いわゆる医学的アプローチが大半を占めていたが,ここ数年「発達評価 ・診断」の追求が,にわかにクローズアップされ,ほとんどの重心病棟でなんらかのかたちで研究, 実践が行覆われている。 たとえば,国立療養所に於て重症児に関する分野の研究が発表されるように覆ったのは,昭和43 年頃からであるが,多くは国立病院療養所総合医学会の口頭発表であり,論文として発表されたも のは少なかったが,中でも重症児の発達診断の研究発表はほとんどなされていをいといっても過言 ではない25)-また厚生省国立療養所課編『国立療養所史』をみても,昭和42-45年に於ては医学の領域での研 究が大半を占めている事実をうかがうことができる。 「国立療養所にとって重症心身障害児の医療は新しい分野であり,しかも重症心身障害児は抵抗 力がきわめて弱く,感冒その他の伝染性疾患にかかりやすい等,その医療管理の面で特有の問題が 色々とあるので,これら患児に対し最良の療育を行うため,とくに,職員の研修は医療開始当初か ら強力に行をわれ,その後も新たに開始する施設の職員に対しては,か怒らず研修を行覆っている。 新しい分野の医療をはじめる上に,医師をはじめとして医療従事者の研究活動は,きわめて重要 である.このことは重症心身障書児の医療においても例外では覆い。このため医療開始と同時に, 重症心身障害児の発生予防の面をふくめて治療,看護,栄養,生活指導等に関する研究が行なわれ, その療育の改善に役立っている。すをわち,昭和42年度に42万9千円の研究費が国立療養所で初め て予算化された。その後昭和43年には,国立療養所重症心身障害共同研究班が編成され, 『重症心 身障事の成因と病態生理』等の研究が行をわれ,昭和44年度からは厚生省の特別研究『脳性麻ひの
清原 浩・久保裕男・姥 柾人 〔研究紀要 第29巻〕 65 成因に関する研究。の一部をこの共同研究班が分担して研究を行なってきた。」26) ところが,昭和46年頃から身体障害は比較的軽度であるが,知能障害の他に各種の精神症状を伴 ういわゆる「動く重症心身障害児」を受け入れるようになってから,精神医学・臨床心理学,ある いは教育学からのアプローチがにわかにふえてきた。なかでも,いわゆる発達評価,発達診断に関 する論文がふえてきた。 たとえば,国立療養所重症心身障害研究会27)以下重心研と略す)がまとめた国立療養所におけ る重障児関係論文集「昭和49年度研究業績報告書」をみると,精神発達および療育に関する研究論 文数が,全論文数の1/4を占めている(81論文中21論文)。その中でも発達評価に関する研究が半 数を占めている. このことは,スタッフにしてみるとしごくあたりまえ,必然的を要求である。夜ぜ怒ら重症児の 療育,生活指導にとりくむとき,スタッフがまず第-に知りたいことは, 「この子は,身体的にあ るいは精神的に,どれくらい発達しているのだろう」をど,いわば,その子の身体的・心理的発達 の到達段階(現有能力)である。そのことを抜きにしては彼の課題を設定することはできないので ある。 (2)国立療養所重症心身障害研究会による発達評価表の作成の過程 以上のようを職場,スタッフの内的を必要性にせまられて重心研では厚生省のあらたを財政援助 をえて『発達評価の検討』班をつくり,昭和50年度より3年間という期限つきで,本格的に発達評 価表の作成に取り組んでいる(この班は村松晴嵐荘々長久保宗人氏を班長に,医師,児童指導員, 心理療法士,保母など約25名で構成されている)0 検討班では作業をすすめるにあたって,あらかじめ次のようを検討方向を設定している28) (1)入所児童の発達状況から考え,検討する評価範囲を,精神,身体機能とも3才までとし, 特に1才以下を十分に検討すること。 (2)発達の質的ポイントを把握して評価する。 (単に項目の量的羅列に怒らをいように) (3)従来の評価法の問題点を克服するように検討する。 (4)評価領域を次のようにし,それぞれに検討を加える。各領域ごとの担当病院は以下の通り である。 (A) イ)運動領域-晴嵐荘,板西療養所 ロ)手の機能-西多賀病院 ハ)言語領域-長良病院 ニ)情意領域-山形病院,肥前療養所 ホ)感覚領域-神奈川病院,南九州病院 へ)知的領域-足利病院,鈴鹿病院 A. D. L.-天竜荘,南福岡病院
66 重症心身障害児研究の歩みと到達点 以上を確認した点で,班として,まず従来使用してきた発達評価法をリストアップし,全般軌 あるいは領域別に問題点を出しあっている。 (1)従来使用してきた発達評価法 ① 遠城寺式乳幼児分折的発達的発達検査 ⑨ 津守式乳幼児精神発達テスト ④ 山下乳幼児発達検査 ④ Denver発達テスト(表1) ⑨ Adaptive Behavior Scale ⑥ M.C.C. BodyTest ① Gesell発達診断法 ⑨ 愛研式乳幼児発達検査 ⑨ K式乳幼児発達検査 ⑲ Doman-Delacatoによる神経学的発達診断プロフィール(表2) ⑭ 他覚的聴力検査利用による発達診断 ⑲ S.D.汰(「小児精神と神経」11巻1号) ⑲ A.D.L評価,田研式社会成熟度テスト ⑭ 各知能検査-大脇式,田中・ビネ一式,コース立方体, Wippsi,WISC,WAIS.教研 式P.B.T. (2)従来の評価法での問題点 ① 正常児対象で,重障児に適切で覆い。 ③ 運動・言語障害によって結果が左右されて正しい評価が不可能。特に手足の機能を必要 とする項目が多く,適切でない。 ③ 項目のステップが大まかすぎて指導に生かせ覆い。変化を把握しきれをい。 ④ 一段階一項目に対する疑問(たとえば遠城寺式の場合,生後11月から1才までの知的発 達を診断する項目は「つつまれたおもちゃをとる」という内容だけである) ⑨ 20才以上の者を発達検査でとらえていくのは下合理 ⑥ 量的を評価に偏り,質的評価が十分で覆い。 ① 生活経験に関係する問題が多く,それの少ない重障児にとっては問題である。 ⑨ 感情表現,対人反応,食事動作,衣服着脱動作に関する検査項目が不十分である。 ⑨ こまかすぎて内面の変化(質的ポイント)がつかみにくい。 (特にGesellの診断法) ⑲ 実態.(日本)にそぐわをい。 (Denver, Adaptive Behavior Scale e.t.c.)
⑭ 母親をど,検査者の判断によって誤差が生ずる。
@ 診断は覆しえても,次の方向性がつかみにくい(検査結果と指導が結びつかない)0 ⑲ 表情,動作から発達の程度をよみとれる指標がほしい。
領 蔵\ 、 、 旦 1二 5 6 9 イ0 1 12 運 動 腹 臥 位 空 中支 持 腹 臥 位 鎖 - 瞬 間 的 こあげ る 骨 盤 高 ●膝 - 旗 下… 瞬 間 的 に 頭 と体を 同 t- 平 面 上 に 上 げ る● 頚 と静 を 同 じ 高 さ に保 つ 硯 を4ざ」 50秒 以 骨 盤 べ , ドと 平 ら 長 い 間顕 を お こす 硯 と胸 な べ , ドカ 肘 伸 展 位 で体 を 支 手 の ひ らで 体 重 を 片 手 で体 を 支 え る 手 を べ , ドー羊支 え ち ょっ との間 1 人 後方 へ進 む 1 0 分 位 1 人 坐 り つ か ま り立 ち 手 を 使 っ て 約万 旗 を床 よ り酵 して 鼠 を 少 しあ げ る あ げ る 頚 と肩 を あ げ る ら離 す え る 支 え る は う (脱支え ) ほ う c r e e p 片 足 を も ちあ げ る ひ き お こ し 頭 は たれ る 頚 の た れ 方 減 る 硯 の た れ ■わ ず カ 始 め のみ 敢 た れ る 鼠 は た れ な い 支 持 で椅 子 に 坐 る e r a w l ●寝 た 位 紀 よ り起 坐 位 背 中 一 九 時 々頭 を お こ す 享薮 を 少 し保 L,J 鼠 を 保 つ が ゆ れ る::頭 位 保 持p iro七位 …背 中 - まっす ぐ,戻、■ -背 臥 位 ■ 立 r 位 緊 張 性 致 反 射 膝 や 嵐 を バ クバ ク 動 か す 放 た れ る ,瞬 間 的 やこ起 す 緊 張 性 質 反 射 消 失 頭 は 中 央 線 内 ダ フつ か な い足 を口へもってゆく 支 持 立 位 を と る 腹臥 位 支 持■で 全体 重 を 支 え る て 坐 る こ寝 返 り 支 持 d 跳 ね る l 坐 り つ か ま り立 ち て 坐 る 辛 反射 段 階 - ■「 = = = ゴ 触 診 琴 勧 段 階 保 運 動 段 曙 ′ , -ウ ■ 操 作 ●応 段 階 咽 連 運 動 段 階 → 事 物 を つ か の 機 鰭 把 超反 射 の ひらにふれたも ど垣 りしめ る 手 近 く に あ る ものを七かむ 両 手 を 伸 してつかむ 知 的 ,社会 さ全 身 運 動の発 達と モ ロー反 射 非 対 称性 繋 反 射 し ヤ ぶ り こ手 をもってゆ く な み つ め る 手 を ■もて 運 ぶ 何 て吾も,つかんだものは【判 事の申 ●手のひ らの跡 瑚 ひらナ紬 ヰ∫ もってゆ く 届く ても ,手の し切 汁 上 輪に落ちたものを追 てつかむ を 伸 して つ か む に 持 ち換 え る 指 先 の分 イ , 協 応 運 動 言 語 理 解 表 現 き な 音 に び つ く 音 の し た方 を 見 敏 雄 が よい と 泣 い て も母 親 の 声 子 供 の 出 した 声 を三歌 を歌 う と じっ と 人 のしヤベるちとシカこ -r 〆メ」 h け ません」 「ノt1 .ノH U こ答 え りす る お な か の す い た 酪 がす る と泣 き や む 話 しを す る よ う に まね る と よ ろ こぶ 声 を 出 し て笑 う 顔 を みて い る キヤアキヤア い う 耳をす要し, 自分 の 角 こも聞 き入 る 「マママ」 「ププ7PJ ; : けこベa J などをか り: 丁 いや●いP J 「しヤ … :ん一しヤん」 など芸当 ‥ ■をする I -「7 7 J 「〆〆 ‥」 な て宇宙振 る r∼ ‡どtJ 研 鞄こそ ちらの方をみる 一 語 でる 「ママ」 、快 な 時 泣 き声 を 「7 」 「モ」 「ウ」 声 の 調 子 が か わ る 「ウ- ウ. J な ど発 」 1/ズ ミカ ル に凝 「マンマ」 す る な ど の音 を発 し い る 「ガカ」 「プフ」 」 な どが で る す る ●人 に 向 つて 声 を 発 す る す るよ うに な る 大 人 の 声 を まね る よ うに な る 知 的 反 射 行 動 のみ 瞳 孔 反 射 弱 い 光 を み つ め る 記 憶 が 芽 は え る 手 指 を弄 ぶ 負 , 光 へ の反 応 の ◆ 視 覚磯 柁 一通 り完 聴 覚機 綻 一 泡 ■り完 1● 記憶 は っ き り して 模 倣 体 系 的 に な る 注 意 力が しっかりして き て恐 喝 ●富m の 過 方 のもの -分化 は じ ま る 成■ 散 発 的 に供 倣 m 視 覚 と触 覚 の 結 び く る 視 覚 と手 の 協応 完 注 意 一撃 解 の 発 達 発 遥 か 目に み えて 志 向的 行 動 の現 わ くる 〇枚 軟 が上 手 れ もでたぐりとる 物 を 確 実 に 凝 視 す る あ らゆ る方 向 に追 祝 で き る ,J き完牌 正 しく音 を 定 位 す る 戚● 両 手 に玩 具 を に ざ る 簡 単 な 堺 微 を す る また り道 を し 目的 物 を と る■l m 立 の 後 の 物 を と る 限 強 反 射 きた 物 音 に ビ ク:l確 実 に じつ■\と光 水 平 方 向 の追 視 力ll手 に 触 れ た 物 をJIJ 孜 に かけ られ た 布 失 わ れ た玩 具 を 求 体 の 位 置 を 動 か し 物 を 何 夜 も く 返 しお とす 好 き な 玩 具 の■方 を と る と る み つ め る で る か を ■ め る て を と る 唇 にふ れた 物 に 何 5.人 声 で ガ ラ ガ ヲの 防 製 的 に 手 を 出 触 れ た 物 に さわ る 玩 具 を い じ く りま…人 の 雄 の表 情 を 繋 …音 のす る方 向 を 向 三く 2 つ の玩 具 を い じ る 取 り上 げ られ た 玩 芸 当(1 ヤイヤ.Lt ギニギ )をする ノ叫 ′叫 ,7 パ7 ′切*t& る で も 吸 い ;J く Fi- で静 か 甘こな る 母 親 を み て 泣 き 物 を 少 し の問 握 つ わ す 解 す る 床 上 の小 さいもりを注 意 してひろう a .等 の ふ た を Bf】け た り閉 め た り 鈴 の音 を き く む て い る 人 の顕 を 注意 深 く 色 々な物 を 口へ も っ てい く 無 彩 色 よ り有 彩 色 を 長 く注 視 す る 組 織 的 な か くれ ん 他 人 の身 振 りや , とはを 見似 す る す る 音 の 方 向 を探 しB を 動 か す み つ め る 遠 い 所 を み る こ と が で き る 揺 人 見知 りが 始 ま る 具 を ボ ケ 5. トか ら と り戻 す ガ ラガ ラが し っカ り振 れ る 視 覚 対 光 反 射 く 物 や 顔 な ど を み て の 輪郭 を 認 識 で る <^ の 既 を み つ め る輪 内 の細Sflを 識 別 る > 母 親 と他 人 の 区 月E ■ 自 分 の体 の 部 分 を 床 に 落 ちて い るも 物 を探 す ため に ぐ{約 手 に 物 を 持 ち , 正 中 線 で ふ た つ の 瞳 孔 反 射 ■捷 毛 反 .: 周 蹄 を み わ たす 指 を な が め る 母 親 を よろ こぶ …注 意 し てみ る の を注 意 して拾 う る つとん まわす .. さ らに も う 1 つ の も のを あ わ せ る こ -. 射 視 線 を 固定 す る こ い る 物 を 凍 祝 す る 動 い て い る人 を 日 で追 う C 9 0ー) 動 く人 を 目 で追 大 き な 物 体 や人 ス プ ー ン を み つ b! る 動 く も の を 目で 、 動 くポ ー ル を 日で 知 らな い人 が 来 るが で き る 眼 前 に落 され た 親 しみ と怒 つ■た 孜 …ベ ル の 内部 を調 べ …る コ y プ の中 や ■■乾‥物 を 取 ろ う とす る とか で き るな くな 1つ た サ イ コ とが で き る 追 う と じっ と 見 て表 情 ● がわ か る 包 み の中 に 入 って P を さ が す Jち ょ っ との間 勤 し 三お もち ヤを み る とが か わ る小 さな も の を じつ :L外 に連 れ て い く と い る小 さ な=物 を 発■ 見 す る こ とが で き ち カ , プ よ り 一ス プ ー ンを さ き に と る て い る もの を 見つ め る 光を追 うことができる ぶ ら 下 って い る も の を 視 線 の 中 に も つ て く る とそ れ を み つ め る , ■しか し 視 線 の中 央 か らは ず れ る と 見 よ う と し ない 近 づ く の を 見 る ら ( 1 8 0ー) 円 を描 い て動 く を 目で 追 う 動 きが 括 発 に な る と み る 色 坂 を 無色 板 よ り よ くみ る 体 を み る 鏡 に映 っ た 自分 ー 反 応 す る 動 く も の に興 味 を とが で き る 水 平 ( 垂 直 ) に一 く輪 を 日 で追 う お 面 を み て 解 く 示す ● 抱 い て歩 く とあ ナ ボタンなH 'J、きいもの に 住 恵 を■むけ て tJ じ る りな キ ヨ 申 キ ヨ ロ み ま わ す 徳 餐 大 きな 音 に 反 応 ■ ガ■■ラ ガ ラや ベ ル の 音 に 反 応 人 の声 や 音 楽 に 応 す る 1 帯 しか け や ■子 歌 で 静 か に な る 物 音 音 のす る方 へ 頭 を まわ す 声 のす る方 へ 現 を まわ す ベしの昏のす如 大 き な音 に お そ を 示 す 音楽棚 くとクウクウ いってよろこぶ ー 誓軍違 鰯 野 猿 諒 恕 鮎 こね 享 三宝 ≡ 音 刺 激 に 対 す る まはたき ,けいわん棟 つ体 の画 面 ■【 車 応 行 ■勤 の芽 は ち> く 日を動 かす ,泣 く,笑う,び っくりする ,動 作 をとめるなどの 〉準 ■源 を頚 ■し求 め る尿 応 が 起 こ る ( 詮 索反 応 ) 自分の 行妙 が 舛Vp.あ るや 斗ととも!1:ぴ つ く と同 じ反 応 を く り返 す よ うに な る ( 雛 在 的 ■な 詮 索 一 瓢鰐 反応 ) 反応 特 徴 呼 吸 の 変 化 な どの 反 射 的 反 応 適 応 行 動 を 示 ≡( 消 極 的粛 憧 反応 )
1 2 5 対 人 関 係 5 6 身体的刺激にも反身体的刺激に対し;あやしたり-話し:あやしたり●話し; 人を区別して反応する 応したい 快.不快の反応を'かけたりすること・かけたりするとよ三 する へ注意をむける …ろこぶ なんの要求もない身体的要求のみを 相手を求めて泣・他の人を日で追っ あらわす :いたり声をたて.たり注意をひこう る :とする 人を区別して額極的に 相手の感情を耳解 要求したり働きかける してそれに合った 行動をとろうとす る 時々境団rl 大体集団に 参加する 参加できる 感 情 分 化 物に対する反応 感情変化なし 単純な快,不快の菩こんだり,怒っ・ 反応のみ たりする 甘えたり,嫌ったりする はにかんだり.うら やましがったりする 関心を示さない 物をみつめる 持たされたもの玩具や食 を持っている 物を見る; と興奄す る おと:'ほ玩具を日で劫'Q : 2っ物見くらぺる 感 情 変 化 ・ 特 徴 ra
清原 浩・久保裕男・姥 柾人 〔研究紀要 第29巻〕 67 夜どの問題が指摘された。これらの問題点をふまえて討論を重ね,第一次試案を作成した。 折込み表を参照のこと。 検討班のメンバーは,この第一次試案をそれぞれ現場にもち帰って,実践をとおして妥当性を再 検討していく作業を始めた。しかし,夜にぶんにもこの試案じたいがまだ極めて貧弱をうえに,各 スタッフともこのことにのみかかり重りに覆れないという物理的制約も重なって,この作業は夜か 夜か前進Lをかったようである。それでも,各病棟での実践を通していくつかの問題点が出されて きた。 i)領域間の関連性が不十分である。 ii)発達の質的転換という観点が極めてあいまいである。 ill)記入方法の問題 これらの意見に基づいて検討班として,再度この発達評価表を改訂するにあたって次のようを柱 を立てた。 ① まず正常を発達の質的ポイントを把握するようにする。 ④ 評価項目は代表的を項目にする。 ③ 評価と療育が結びつくように阻害要因の分析に努める。 ④ 評価範囲は3才迄とし,・特に1才以下に重点をおく。 ① 評価表はみんをがみてわかるものにし,別に評価の手引を作る。 ⑥ 阻害要因の分析は各領域の専門家とよく相談するようにする。 ① 実際に評価のケース検討をLをがら評価表を修正し,手引きをつくっていく。 これらに基づいて,第二次試案を作成しつつあるというのが現段階のようである29) (3)今後の課題 以上,重心研『発達評価法の検討』の取りくみについて紹介してきたが,この分野の取りくみは, 重症児(者)の障害が多様化・重複化していること,同一個人でも諸能力にか怒りのバラツキがあ ること,更には評価する側の障害の見方,とらえ方(観点)の違いによって生ずる問題点など,ま だか覆り困難を課題をかかえているようにみえる。とくに,現在,いわゆる「発達」をめぐってさ まざまを論議がをされているが,とりわけ障害児教育の分野では発達の「ふし」, 「かべ」, 「質的転 換」という考え方が問われているだけに,それについてどう考え,どこに設定していくかについて 紘,まだ現場におけるか怒りの研究と実践が必要と思われる。 最後に,この分野の取りくみはあらゆる面で歴史が浅いだけに全体としての蓄積もほとんど覆い ので,手がかりを得ようにも得られ覆いという困難性があることは事実である。しかし,たとえ最 終的に理想的を発達評価表が完成し夜かったとしても,重心研による「みずからの力で独自の検査
68 重症心身障害児研究の歩みと到達点 紘,発達評価表を確立していこうと_J という試みは,重症児の療育活動を発展させる上での試金石 となることは確かであろう. III.発達保障にもとずく研究と実践の現段階 (1)新しい発達観 発達観は,現実の子ども達の問題を解決するための理論的方向を示すものであるが,現在の日本 では,政府・資本家側の国民支配の発達観と主権者・国民側の発達保章の立場に立った発達観の二 つが対立している。 前者の発達観の理論的根拠は, 「遺伝説.30)と「環境説」31)ぉよびその折表した「塙榛説.32)に よっている。 「遣伝説」では子どもの発達は遺伝によって決まっていることとらえるし, 「環境説」 は人間が環境に適応することによって発達するととらえている。そして, 「痛嘆説」は子どもの発 達は遺伝と環境の2つの要因が互いに影響しあう結果,生まれてくるととらえている。すなわち, これらの理論は,発達の可能性について宿命論的にとらえている。また,後者の発達観は,フラン ス(ワロン)やソビェトにおいて研究され確立されてきた弁証法的発達観33)である。これは,発達 を子どもが一方的に環境に適応する過程とみ覆いで,子どもが遊びや学習をとおして外界(環境) に働きかけ,人類が築きあげてきた文化遺産を主体的に獲得し発展させる過程とみる。す夜わち, 発達は連続的,調和的に社会に適応していく過程でをく,飛躍的に伸びる時期があり,外界に自ら とりくみ,外界を変化させることによって,自らの活動の変革を獲得する過程とみる。 日本でも,フランス(ワロン)やソビェトの弁証法的発達論を学び,さらに発展させて,日本の 現実に根ざした新しい理論が創造されてきた。その一つが田中昌人を中心とする全国障害者問題研 究会34)である。この理論は,戦後の障害児福祉,社会福祉の発展に先駆的を役割をはたしてきた近 江学園(糸賀一雄設立)での実践の夜かから形成され,全障研運動等によって発展し現在にいたっ ている発達保障理論35)である。 Ⅱにおいては,医療的立場からの発達研究の現段階をみてきたが,本章では弁証法的唯物論の立 場に立った重度心身障害児(以下重症児という)の発達研究の現段階をのべることにする。 (2)発達のすじみちとその特徴 人間はみを受精の時点から生命をもっていらい,同じ発達のみちすじをあゆみはじめる.す夜わ ち,すべての人は同じみちゆきをとおり,障薯児を含む全ての人が,いまそのどこかの発達段階に いるのである。 田中昌人が提起した発達の基本的すじみちは,全体的を体系としてはまだ明らかにされていをい が,個人の発達の神経結合の高次化過程については,これまでに研究されている精神年令6才まで についていえば,それぞれ三つの段階をもつ九つの階層をとり出し,その個々の特徴と各階層内の 段階のもつ特徴を明らかにし,指導原則を仮説的に提起している。その内容は次表のとおりである。
清原 浩・久保裕男・姥 柾人 〔研究紀要 第29巻〕 69 療育の手がかり 目 やす に 覆 る 活動 発達診断の方法 て位らしへらあ し坐たと手たし 対 I は 本 と は 感 に臥の基耳る共 体伏どなとあを 全ーなけ目のけ 幹 臥 位 か . 化 か ノ ヽ 1 1 ノ J I 一 ′ . ヽ 一 . . 一 日 - ■ l r v 体仰立きて変きう日夜のう事かてはが 的化よ食回しら行 動則う(2そか移 流規かる乳.期のJ はらむい授へ換へる 活かへが間回転食ま 生況向慮夜13乳じ . 常 状 方 配 ㌧ b 第 離 は と r J ゝ 認識の層I動作の層l行動の層 つしるにる出し追出げサ ー出み向すに視O 。にまかる まにを方視上江18上を動す ま上動視注胸ぐり胸腕に視 の胸行をとをすよるを両う 仰臥位 り輪を て注視輪す輪と方す輪 出 す側視 360-追 伏臥位脚を 屈伸し,時 々頭を上げ る ををて 尻頭げ 位 て 上 臥 し く る 伏落長い
伏臥位両腕、芸圭
伸して体を つっばねる へるてをにか 得すし感声き 獲助と共音ら の援本のとた 勢を基と手は 姿向をもにて rV一n・りv・}二¥W-¥'蝣*蝣-]?'>(Jillirofti'j."¥i¥',('f.1'1 蝣iMi│i^.!.y-'l,i)iuiv-¥.t 結れ期物がつすも音わ拍紙 びる)をつ 目時は.く上 杏(22れの 1第つつる物 つ1以結時を 以 る。 に よ形物ひ り の い踊
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体にるて活整のてよぼけ日夜とよ訂 身由すし生調勤めるとか(かきるる .自動にと己行きうこき.たい でて活盤体白のらしとらるゆき のがる 木 G B 手せ.る の 両たけ iォ^K 坐位の姿勢 につみ木を て頭に布を 抵抗(布)に対す 手の働きをみる (つみ木2.5cm 立方体) み手て みのつのた み片を 木でと 木手て手ま 木手つ つ片つ つそぎ方つ つま布る のてぎ のてに他も のまでと 手Lに 手Lを(木 手た先で 両とを 片と布るみ)両つ指ん お布る おでとつま ものま 3 はいはい又 はつかまり だちをする 片手支えで 歩く 中つに基身で分自動 のか的をの分白を行 手指たす 然つ団と分白.的らに 白 を 集 こ 白 を し 目 白 う へのは を組織 常生活が 体験でい 社会にも拡が うに配慮がい 把 は . A l 自 る よ に 示 教整 r^の るに 「にぎ 語調 言 握 L なす.「 「はをす. 己調整をみる 2.両手交互開閉 の自己調整をみ る 3.時間の群性化 (1 2 3 4 4 3 2 1)の把 握自己調整をみ る 手握ったま ま ガラガラも たすとすぐ て も つ る い ラ し ぎ すわら ガとに と s e ひ る ラ す り 手をふれ も と を ラ ー つ は すガろも わラとてぬ お拍手いガたか両あガぎしき 声・音に身 動きやゆめ る 授乳後顔全 体でははえ む 話し声の方 へ頭をむけ る 出 る る る に にめを 上が itt L4 相手に 圏KE3ii と不機嫌 覆る 「イナイイ ナイバー」 に反応 平均発達 年 令 中核機制謂霊長4週
謂雛言12週
謂慧監20週
質 的 転換期 嬰児第1 転換期 〝 第2 転換期 〝 第3 転換期 手も をへる 木手え みらか っ か ち 木 り出す つみ木をコ ップに入れ たり出した りする に 向発 入りにら に 名る ぬし人白るのす らみのてす分応 知人他っ声自反 「バイバイ」 に反応する 頂だいに反 応する 「メンメ」に 反応する 24週ごろ 示性数 1可逆謂慧l36週ごろ
謂芝l48週ごろ
乳児第1 転換期 〝 第2 転換期 〝 第3 転換期 (注)田中が作成したものを長島が修正した表70 重症心身障害児研究の歩みと到達点 この理論は次のようを特徴をもっている。 第一に,すべての人の発達のすじみちは皆同じであり,中核的を質的段階をとおって発達してい る36)これはすべての人間の発達の基本的すじみちの共通性を主張するもので,私たちは勿論のこ と"重症児"とよばれる人達もこの過程のどこかに位置している。このことは,みとおしをもった 教育の可能性を示している。 第二に,人間の発達は適応の過程でなく,外界に働きかけ,変革し,獲得する自己実現的活動で ある。子どもは,一日一日のわずかの発達で,ひとつの現象をみていると連続のようにみえる。し かし,発達を獲得している中心的を機構(中核機制)は階段状に飛躍する時期がある。すなわち, 中核の力は,平担を時期と飛躍する時期がくり返えされる。この飛躍する時期を発達の質的転換期 または,発達のふしとよんでいる。 第三に,発達の質的転換期には,発達的にみて危機的を状況が現われやすい時期である。発達障 害をおこしている子供は,この時期に飛躍できずにつまずき,療育者の目からみて困った症状,チ をわち問題行動があらわれる。たとえば,たえず体をゆすったり,両手をパチパチさせたり,両手 を複雑にくみあわせたりといった常勤行動である。これは,あとでのべるように否定的にとらえる のではをく,発達要求としてとらえる。 第四に,発達には異物に対する感受性の強い時期がある。発達の質的転換期のうち,特に第一転 期のところでは感受性が強くをることが,橋本(1972),田中(1973)37>らによって報告されている。 第五に,発達には二つの方向がある。発達には外界を操作する可逆操作38)特性の高次化の方向 ("タテ"-の発達)と同一特性のなかでの交換性を高める方向("ヨコ"-の発達)がある。そし てこの両者は互いにからみあっている。たとえば,外界操作の特性は,重症児も,普通の乳児も, 同じ位置にいるが,乳児は自分で主体的に外界に働きかける。しかし重症児の場合は,外界-の働 きかけが非常に弱い。あとでのべるように,療育者がこまかい働きかけをすれば,変化させること が可能に覆る。ここに療育の意味がでてくる。教育が発達に先行するということはこのことを意味 する。 (3)療育の視点とその実践例 実践をおこ覆う場合,みとおしをもたずに子供とかかわりあっていくならば,必ずかべにぶつか るであろう。そのためにもいくつかの視点とみとおしをもって根気よく実践することが,特に重症 児の場合には大事を点である。 (イ)子どもたちの要求をつかむ力を指導者がもつこと。 子ども達の個々のすべての行動の中に表現される事実や要求について,常に学びつづけ,正し く理解しようとする視点である。そして,このことは実践に責任をもち,障審児と共に共感しあ う夜かで可能に覆る。たとえば,重症児とよばれる子供の場合, 「ねたをヤ」-を「ねかされてい る」というとらえ方である。また,与謝の海養護学校(京都府)の実践から,次のようを結論が
清原 浩・久保裕男・姥 柾人 〔研究紀要 第29巻〕 71 導かれている. 「指導者は,子どもたちのほんのちょっぴりの変化日極微の変化"を敏感にとら ることのできる虫眼鏡の眼をもち,民族のこれから進むべき道を科学的に見通すことのできる遠 眼鏡を身につけ,一方からだけ一面的にみるのではをく,多面的,全面的に八方と上下から見る ことのできる十面鏡を備え,外側だけで夜く,中核を見ることのできる透視眼鏡を持たをければ なりません。.39)とのべている。このことは(ロ)以下に共通する大事を視点に覆る。 (ロ)個々の子どもが現在できることを確かめ,発達段階のどこに位置づいているかを明確にす ること。 子どもの具体的を行動の事実をよく把握し,これを手がかりにして,子どもたちがどのようを かたちで,外界ととりくんでいるのかを確かめる視点である。その方法は, Ⅱ章でのべた発達診 断をつかったり,自由場面や設定場面での行動観察,それも1人でみるのではをく,集団で観察 し,討議していくことが大事である。ここで忘れて怒ら覆いことは,発達診断をするときに,そ の子供が自力でできることと,療育者や友だちの助けをかりればできることとを区別して,それ ぞれを大事にLをがら子供の自発性と療育者の指導性を統一していくことである。次に,その子 供が別表の発達段階のどこに位置しているかをみていく場合,認識,行動,動作の各層でみてい くことが大事である。特に障害児の場合,質的転換期のところで層化現象40)や問題行動(退行現 象,常勤行動)がおこりゃすく,それをのりこえるのに時間がかかる。それで,指導者は,問題 と覆る行動に対しては,対症療法的に禁止するのではをく,その意味を生活環境や質的関連の中 で注意探くさぐり,発達要求のあらわれとして,前むきにとらえて指導援助していくことが大事 だと指摘している41)-(ハ)複数の集団を保障すること 子どもは指導者集団の適切を指導によって,集団のをかで,ぶつかったり,協力したりLをがら, できなかったことができるようになり,また現段階でできていることをより豊かで,確かをもの にしていくことができるということが,いろいろを実践例から確かめられている42)。しかも単調 を同質の集団ではをく,複数の集団を保障する43)ことが,実践の夜かから明らかにされてきた。 それと同時に指導者白身の仲間づくりも必要である。それは誰もが何でもいえる民主的を集団で ある。また,障害児の発達を保障するためには,指導者も子どもと同じように複数の集団を保障 される44)ことが必要であることが指摘されている。 (ニ)矛盾を組織すること。 まずはじめに,びわこ学園における実践例をのべる。シモちゃんは10才の男の子で寝たきりの 重症児(回転軸2可逆操作獲得に対して障害がある)である。この子に対して次のようをとりく みをした。第一に,外界にとりくむ体幹を基軸とした回転軸1の基本姿勢に多様性をもたせ,外 界との関係での可逆操作の交換性を高め,回転軸1の働きをふとらせていくこと。第二に,次の 発達段階の姿勢である坐位にするという抵抗状況でゆさぶる,つまり回転軸1をふとらせること と結合して回転軸2の脚一足首,腕一手首の屈伸回転に多様性をもたせ,外界との関係での可逆
72 重症心身障害児研究の歩みと到達点 操作の交換性を高め,回転軸2の働きをふとらせていくこと。第三に,末端投写活動系から共鳴 を誘うリズムを加える。つまり,回転軸1 ・2をふとらせることと結合して回転軸3の手指,口 ・唇をどの屈伸回転に多様性をもたせ,外界との関係での可逆操作の交換性を高め,回転軸3の働 きをふとらせていくこと。こうした三つの働きかけの原則を基盤とした療育活動を展開した.数 カ月たった秋のある日に,シモちゃんは手先から伝わってくるリズムに共鳴するように顔をほこ ろばせ,口もとをほほえむように動かした(「発達保障-の道」2,田中昌人p.175-p.194)< こ のことは, 「ねることができる」とシモちゃんの現在の力量をたしかめたうえで,ねる姿勢に多 様性をもたせるというとりくみと同時に,うつぶせにすることや,手指などからリズムをもった 刺激をおくるなどの働きかけをしている。す夜わち,今日できていることをたしかをものとして 定着させ,かつ広げをがら,同時に明日できるように覆るであろうことを意識的に療育の夜かに とりいれていることを意味する。いいかえると,ヨコ-の発達-の働きかけをしながら,タテへ の発達を見とおして,子どもの活動の活性化を教育的に組織していくことである。一般に障薯児 の場合は,外界をとりこむ力が弱いこと,要求が小さいこと,また,その段階で固定化している ので,療育者はⅢの(1)を参考にしてみとおしをもって,きめこまかい配慮をLをがら意図的に 意識的に働きかけることが必要である。 ⅠⅤ.ま と め かつて精神薄弱児は教育の対象とみ夜されずに学校教育から切り捨てられてきた。まして重症心 身障害児は,時にはr植物人間」といわれ教育的を働きかけは一切不可能のようにも思われていた。 しかしそうではないことが無数の実践の中から明らかにされてきた。明らかにされてきたというの は,実は,重症心身障害児の発達を見ることができ`る眼鏡ができたからである。子どもの発達を計 るものさしが,あるいは座標軸が変ったからである。そのことについて不十分をがらこれまでの論 述によって明らかにしてきたつもりである。さらにその座標軸の変化は,人間の教育についての考 え方の変化によって支えられている。たとえば矢川徳光氏は障害児教育に視点をあてて教育の本質 を検討した結果,教育を次のように捉え直′している。す夜わち「スプーンを自由に使いこ覆すとい うことにはじまり,全国民が支配権カから解放されて,国の主権者たる実を発揮する能力をわがも のとするにいたるまでをとおしての,人格創造の全過程を教育として首尾一貫的にとらえたい」(矢 川徳光著「教育とはをにか」 (新日本出版,昭和48年170-171貢)と述べている.以上のように 捉えをおすことによって,重症心身障害児の療育も国民教育の一環として位置づくのである.今後, 重症心身障害児の極微を発達をも含めて人間の発達の弁証法的研究がさらに進められ,子どもの生 命とくらしを保障する体制の充実が一層とも覆う夜らば, 「植物人間論」は克服されるであろう。 をおⅠにおいては重症心身障害児研究及び療育実践が発展してきた物的条件を歴史的に概観した. Ⅱでは前述の物的条件を基礎にして重症児研究を組織的,体系的に行をいつつある国立療養所重症 心身障薯児病棟関係の職員による研究動向を紹介し, Ⅲにおいては, Ⅱの研究を刺激したりあるい
清原 浩・久保裕男・姥 柾人 〔研究紀要 第29巻〕 73 は補ったりしながら発展してきた権利としての「発達保障」という概念を中心とする研究とその療 育実践を提示し, Ⅳをまとめとした。 註 * 前南九州病院重症心身障害児病棟児童指導員 現在全日本国立医療労働組合中央執行委員 ** 伊集院高等学校教諭 l)留岡晴男「児童観と生活教育(-). (『教育。第8巻第1号, 16貢∼41貢.昭和15年)に詳しく展開して いる. 2) 「他救Jというのは『広辞苑。によれば rあわれんですくうこと.と説明されている. r他救.という用 語を使用している有名を法律に「他救規則.があり,明治7年に制定され以後半世紀にわたって日本の 救済法の根幹を夜していた。 3) (1)の論文22貢 4) (1)の論文26貢 5) (1)の論文30真 6) (1)の論文39貢 7)法的を規定は次節に述べるとして,具体的を姿の一端を紹介すると「ふつうの子ども怒ら, 1才から1 才半の間にのりこえる『コトバの発達の壁。の一歩前でつまづいており,脳性マヒなどで運動機能に発 達障害があり,身辺自立(身体移動,衣服着脱,食事,排推)に介助を必要とする子どもたち. (「未来 をきりひらく障害児教育.鳩の森書房, 61貢) 8)教育行政の面からみると文部省初等中等教育局長通知「学校教育法および同法施行令の一部改正に伴う 教育上特別を取扱いを要する児童・生徒の教育的措置について. (昭和37年)という通知において,盲者・ 弱視者・聾者・難聴者・精神薄弱者・肢体不自由者・病弱者・身体虚弱者・言語障聾者・二つ以上の障 害をあわせもつ者を上げている.福祉行政からは昭和45年に制定された「心身障害者対策基本法.の第 二灸に「心身障尊者.とは「肢体不自由,視覚障害,聴覚障害,平衡機能障害,音声機能障害若しくは 言語機能障害,心臓機能障害,呼吸器機能障薯等の固定的臓器機能障薯又は精神薄弱等の精神的欠陥」 があるものとしているo 程度について言えば,身体障薯者は6等級に分けられ,精神薄弱者は3段階に 分けられるをどされ,それが障害者を分断している面もある. 9)荒川 勇他「日本障害児教育史. (福村出版, 1976年刊) 37貢∼43貢 10)明治4年(1871年)工学頭であった山尾庸三は「聾唖学校ヲ創立セラレンコトヲ乞フノ書.を提出した が,その中で「無用ヲ転ジテ有用トナシ国家経済ノ道二於テ万一ノ稗補無クバアラス而シテ彼等又各其 カニ食ミ世上ノ良民卜共二自主ノ権ヲ得,以皇朝至仁ノ沢二活ハントス.と述べているところからも部 分的に推察することができる。 ll)柏創ま明治36年日本体育会体操学校を卒業して体操教師に怒った。体操の時間の時になると肢体不自由 児が運動の片すみでしょんぼりしている姿をみて, 「医療体操.に関心をもつように覆った.柏学園は 「身体不自由をる児童に,小学校の課程に準ずる教育を施し,適当をる場合には,専門医師に計りて,塞 形外科的治療を加え,幾分なりともその不便を除き,進んで職業教育を授け,将来独立して,生業に従 事せしむるを以て.目的としている. (「肢体不自由児教育の発展.日本肢体不自由児協会,昭和44年刊, 26-27貢)0 12) 「肢体不自由児教育の発展. 16貢参照。 13)清水 寛著「障書児の就学権の歴史. (河添邦俊他著『この子らの生命輝く日。新日本出版)参照。 14)渡辺 影訳のものを使用 をお,障害児教育についてのこの勧告は当時東京聾唖学校長川本宇之介の助力により,初め本文にを かったものを挿入させたということである. (前掲「日本障審児教育史. 115貢 -116貢)
重症心身障審児研究の歩みと到達点 15) 精神薄弱特殊学級の増加状況 0 I 17 ,1 17 , 71 ■573 0 . I 16 ,050 16 , I 647 D 15 .723 D 14 ,408 I I D 13,541 I I 町 蝣 ▲ 12 ,465 0 ▲11,0 19 10 06 ′ ′■ 775 千 〇 10, 0 0 9 ,419 ′ ′ ′ 9 ,4 -[ 9,9424 II51 0 -■■■■- -■■■■■■■● .匁ゝじ -ト学 ●学 数 枚 交 ′ ′′ ′ ′ 8 ●3 8,7 79 9b f 7 ,609 ′ ∫ ′ ′ 7,4 ■7; 4 1 9 56 "6 , . 696 ■■ 6 ,6 6 798 0 0 ■ 6 ,168 ■′′ ′■ ′ ′ ■■ ′▼1 6,675 ■ ー I 6,344 レ 一 tf 76 5 -0 I 軽 : 殊 学 級 モfit. ii又 ●●† 5 ,816 上 ㌣ 0 44 ′^ 6 ,0 5,585 09 I 0 4,892 ′ ′ ′ 4 , 31 ′ ∫ 2, 61 4 , 43 ∫ ′ ∫ 23 ∫ / ■ 4 ,3 24 0 イJ Y .4ー … ,I ーi 2, 250 829 ′ 3 ,798′ 3 3 ;, 03 I 聞 ■ ■始 I ■2 , 2 ,0/ ■ 28 900 ■′ 2 ,644 十 29 ■′ ′ 1,5 1 ,149 2 ,7 25 I86 0 1, 1,207 I qS 609 ∫ ′ 1 , ■■ 547 ′ー ′ 1,5 62 722 ミk l 4*308 -59 1 -■ 404 155.ト 6 ■■ ST SS? 231T 295I 7号9 408 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50年度 (注)昭和46-^度以前のデータには沖縄県を含まない。 1975) 言 下 ト L h - 1 -" = 1 J - -1 一 1 ・ ∧ 1 1 J - 一 . 1 16)本論文では重症心身障害児にかかわる教育的な営みを療育と表現しているoそれは,この子らにはとく に教育・福祉・医療の統一的働きかけが必要をことから,単をる医療でをく教育的配慮を十分保障する ことを前提にした概念である.治療プラス教育ではなく,治療と教育の統一されたものと考えているO 本論文の著述自体がその内容の一端を明らかにしている0 17)上林靖子「重症心身障書児と医療. (『ジェリスト。 No.548) 118貢 18) 「わが国の重症児(者)施設のあゆみ. (日本重症児福祉協会『全国重症心身障書児施設総覧』新国民出版 社, 1976), 344貢-346貢に詳しい. 19)この通達による「重症心身障専児.の規定は ① 重度の身体障害があってリハビリテーションがいちじるしく困難であり,精神薄弱を伴うもの, ただし盲あるいは聾唖だけと精神薄弱が合併したものを除く ① 重症の精神薄弱があって,家庭内療育はもとより,重症の精神薄弱を収容する精神薄弱児施設に
清原 浩・久保裕男・姥 柾人 〔研究紀要 第29巻〕 75 おいて集団生活指導が不可能と考えられるもの ③リ-ビリテ-ションが困難を身体障害があり,家庭内療育はもとより,肢体不自由施設において 療育することが不適当と考えられるもの としている。 なお糸賀一雄著「福祉の思想. (NHKブックス) 167貢 -172貢にもこの間の事情が書かれている. 20) 43灸第四項による規定は簡単にすぎる面もある。たとえば,ほとんどの児童がけいれん,発作,てんか んなどをもっている。さらに動きまわる重症児といって,一時も目を離せないくらい動きまわって園の 外に出ていく子どもが多勢いる。そこで,定義については,さらに研究される必要がある。国立療養所 共同研究班重症心身障害児病型分類試案によると Ⅰ型 重度精薄(IQ20以下)+重度肢体不自由(寝がえり,躯幹移動,介助座位) Ⅱ型 重度精薄+中軽度肢体不自由 (1)上肢マヒ重・下肢マヒ夜し又はいざり歩き以上 (2)下肢マヒ重・上肢マヒ覆し又は自力摂食・車椅子移動以上 (3)上・下肢マヒ覆し又は中軽度以上 Ⅲ声 重度肢体不自由+中軽度精薄 (A) IQ20-50 (B) IQ50以上 Ⅳ型 中軽度肢体不自由+中軽度精薄 (A)付属障害(視力障害,聴力障害,けいれん,精神障害,言語障害-有意語10語以内又は構 音陸曹)となっている(註18の文献による)。なお,文部省,東京都の場合の分類を参考までに掲 げておく。 知能障害・身体障害からみた「重症心身障害児.の区分
\旦讐障虫(DQ)
I Q
身L* ロ 体 障虫、-㌔ ⊂コ 臥量目塵_‥ ‥ _∴二一 0 身 体 障 害 な し 85以 上 A・正常 85 - 75 B・劣等 75 50 教育可能 C・軽愚 50 - 25 訓練可能 D・痴愚 4 25以 下 要保証 E・白痴至芸買取
雷管
十
17
18
ー
19
20
●
愚書掛
動がで
21
22
日 3
24
25
(注)文部省「重症心身障害児.研究班1966年。76 重症心身障害児研究の歩みと到達点 r重症心身障者」の分析 ( I -Hがr重症心身障専児Jに談当するとされた。) (注)東京都委託研究正 文京都府中群青セ'/クー報倍. 袈1.図1の「白痴」などの ことばは.現在ほとんど使わ れていないことに注意のこと. 21)昭和51年度版「厚生自書. 439貢 22) 「現代教育学の基礎知識(2)」 (有斐閣,昭和51年刊) 405貢 23)エンゲルス「エルバーフェルトでの演説., 1845 24)糸賀一雄氏は「保護.という「飼い殺しの思想.を批判し「重症児が普通児と同じ発達のみちを通ると いうこと,どんなわずかでもその質的転換期の間でゆたかさをつくるのだということ,治療や指導はそ れへの働きかけであり,それの評価が指導者との間に発達的共感をよびおこすものであり,それが源泉 と覆って次の指導技術が生みだされてくるのだ。そしてそういう問題が,問題を特殊をものとするので はをく,社会の中につながりをつよめていく契機に在るのだということ.そこからすべての人の発達保 障の思想の基盤と方法が生れてくるのだということをつかんだのである. (前掲「福祉の思想. 172貢)と 述べている. 25)国立療養所重症心身障書児研究全編「昭和49年度国立療養所重症心身障審児研究業績集.序文(昭和50 年9月刊) 26)厚生省国立療養所課編「国立療養所史. 478貢 27)厚生省児童家庭局所管の心身障薯研究班の研究費の一部で運営され,久保宗人氏(国立療養所村松晴嵐 荘病院長)を会長に,重心病棟で働くさまざまな職種のスタッフから構成されている. 28) 25)の研究会共同研究班班長久保宗人氏名で全国の国立療養所宛に送付した51年1月5日付の文書 29)同上の文書で昭和52年2月23日付のもの。 30), 31), 32)守屋光雄「発達心理学. (朝倉書店)に引用されているものを参照のこと 33)ワロン「科学としての心理学. (誠信書房)。ソビエト内部における論争の過程は,勝田守一監修「教授と 学習の構造. (明治図書)にくわしい. 34)障害者の権利を守り,その発達を正しく保障するために,理論と実践を統一的にとらえた自主的・民主 的研究運動を発展させる研究団体で1967年に発足し,機関誌rみん夜のねがい. (毎月1回発行)と「障 薯者問題研究」 (年4回発行)を発行している. 35) 「発達保障.の概念は,狭義には,わが国における民主的を障尊者教育・福祉・医療の実践・研究・運動 のなかから形成され,直接的には障尊者の発達を権利として保障していくことをめざす,一定の独自を 理論と実践の総体をさす. (「現代教育学の基礎知識(2)」,有斐閣) 409貢。詳細については,講座「日 本の教育.第8巻『障尊者教育。,新日本出版社193貢-208頁を参照。 36)由美ちゃんの実践記録より,ブロックの横木はめこみができをい.粘土遊びは集中してやることができ ず,すぐ立ち上がる。絵かきも手の力がをい。また由美ちゃんに「お水のみますか.ときくと, 「ウン.
清原 浩・久保裕男・姥 柾人 〔研究紀要 第29巻〕 77 といい, rレ、らないの.ともう一度ききかえすと,また「ウン.という。指さし行動はあるが,まだ不確 かだ.しかし,おもちゃやお菓子をrチョウダィ.といってこちらが手をだすと,手から離して渡して くれる。このことから,この子の精神年令は乳児第3転換期をこえており, 1才半の質的転換期に近づ きつつある発達段階とみる。ただし生活年令は2才7カ月。 「障害児保育の理論と実際. (茂木俊彦編著, 都政人協会, 1976) 363-370頁 37) 1971年,京都府・市により府下の森永ひ素ミルク中毒被災児の追跡調査が実施され,橋本,田中らによ り飲用時期の分析がおこなわれているO それによると,生後6-7カ月(乳児第-転換期)に飲用した 場合に,他の時期に飲用した群よりも当時被災児の当該年令のひとつ手前にある質的転換期にある児童 第二転換期の獲得に困難を示すものが多いとの結果を得た。 「児童心理学試論J (三和書房) 249-252頁 38) r可逆操作.とは,変化に応じて条件反射的受身的に行動するものではをく,変化を主体的にうけとめて, その階層や階層内の段階の中に多様をゆたかさを形成していくさいの最も基幹に覆る正方向(行く)逮 方向(帰る)の関係(辛)的働きである。可逆する行動は必ず主体的であること,その可逆のもつれが 大きいことが,発達障害児の特質で,この可逆ができるともう一段高次の世界が形成され,他の障書も それとの関係で意味がかわってくる。 「障害児の教育権保障. (明治図書) 86貢 39) 「育ちあう子どもたち」 (ミネルバ書房) 162-163貢 40)長島は, 「発達の質的転換過程の研究(2)一 次元可逆操作期の位置反応. (京都府立大学学術報告)の 夜かで,次のようにのべている。 「普通児の場合は,身体全体の行動の層と,手を中心とした動作の層と 言語を中心とした認識の層が融合され,からまりあった状態で1次元可逆操作を獲得していくのに対し, 発達障書児は行動と動作と認識の層が分離し特に認識の層がおくれた状態で1次元可逆操作を獲得して いく。これを層化現象とよんでいる。. また,田中は「みん夜のねがい. No.37のなかで,層化現象の指導法について,次のように指摘して いる。 ① 層化現象をおこしていても,その中心的操作特性は夜に夜のかをまず明らかにし,---そのカをゆ たかに発揮させ,をかまのなかで共同・共通の財産にすること. ㊥ その子どもの発達でもっともおくれているレベルに手をあてて,もっともすすんでいるレベルに 目をむけて(彰でのべたことをおこなわねば怒らをい. ③ 中心的操作特性にあわせたみとおしを保障しつつ指導すること。 41) 「日本の子どもたち. (高谷清,田中杉恵著。鳩の森書房) 252-253貢 42)全国障害者問題研究会出版物多数 「よさのうみ.第1号∼第13号 京都府立与謝の海養護学校 43)たとえば,近江学園では, 1人の個人が3つの異質を集団に参加するようにした.す夜わち,生活年令 をほぼ同じくする子どもたちが生活をともにする生活集団,学習課題を同じくする子どもたちが学びあ う学習集団,年令,発達段階,性別がともにちがう生産集ffl。 「発達保障への道. (田中昌人著 全国障 害者問題研究会出版部) 130貢 44)一人の指導者が教育についての-専門を生活・労働教育・学習集団の夜かから二領域をえらぷ等(同上) (1977年10月22日 受理)
78 重症心身障害児研究の歩みと到達点 I. I LO 3: . ■ ■ 一 -l ゴミ ■ M の *蝣 ^ ∼ . N ∼ C q < > ーN ○○ ●■一■ ■■■ ∼ ■■一● く> ■■■ 〇一 `○ ト t` , l ′, † LY, ∼ 氏: ▼■■ I 主il l -柑 J * * b a ? 壬<■ t S < i; ill ■ ト¢ ′ 巾 ノ I も〇 一′, ゴ ミ . . 治 の n ∼ Y: C q 1 ■ N ∼ ∼ く, ∼ C0 ■■一 tJ, ▼ ■一 1 , -rlI) . ■■■ Cq ー■■ ■■■ ■一一 く> -ロコ I、l; 1:-、 ノ■ i f +te , 追 * l‥: 享…蔓, . 一 負 tLユ 1 I ,J 1: トO dJ ぐ 棉 宣 i t 2 t J 毎 ま⊂ ■■ -l I \ノ+ 士E で ■ ∼ , 、\\ :…●3 1I= 読 、 士= 芯 ぐ < 竺 I つて、 ti *' 妥 ∼ J t G rぐ l} rぐ i-l :‥" ≡ =:1:-. ": トO ,t<l I十て ォ X. 藍 i i I i 一寸 ,t< rくd ■t、 ∼R ■J 、い ㍗ N :;" ≡ .'t;-. lf} ぐ ヰ J J 、 I 半 1 3 V 一望 管 ら # ォ ^ G ∼ や 」 Ii I;J I+Al ▼蝣n r 三 買 、 吉ギ G■ m ■ -▼◆【 :l■一 に (、 {D I 十 、 V l. n ^ ′\ ヘ fc !i… ) , t::育 " :I IQ V I■ :\ +r ヾノ 」 sr 、 ′′ 望 *l 逆I 、 、 ■ノ 「 L { ∼ 十 も .: 、/ 盟 ■、 } , 、一、 g 、 ノ ′1 ■ 1 -■ i+A ′● Pや 、 ノ ㍗ ^ < s s \ e1 \/ t E :≡■# 甥 蔓 i…≡ ≡礎 B =:;" ■ ー:: , 汁I■≡ †C > i= I 、} ; ヾ s ltd t 、 ■、 、 M ー ll ≡;I I ㍗ .TI 羊 霞 台 l∫一 { ノ 寧 ∴ 3C ∼ *> 蝣! < 日ー:≡ +▲ ト、 ii r、 2 \ .l メ ■、 〟 ■J ト′ S ′、 I ■■㌫ 嬢 -=尊宅: ォ トノ ぐ 一∫ L A ト′ O L !i S > 畔 r0 〟 l∼ 一∫ J -一 m L l 3K to ▲∫ I.-T -■†ノ ォ!o 8 3 描 * 蝣' I:;iL; -I,. :;-;= I 、 一′ ∼ ∼■ .-*! ^} 兜 蛋 .,斗 J J b I I ∫ I ㍗ 吋 琵 ■ さ 、 ■■【 M ∼ Cq ヾノ 富 士 ‡一 Zl ; ≡Zi… ト〇 十 ト > t :. ど 与で lZ三、1】= : -:::=? J r ォ ト中 土 G r J ォ 竿 ) I ■† ∴†: , 、 、 ill P I) I 、 、 、 ーO V ト > + : ^J i, 七 =: I tlJ i 1 w. i ■ 、ト ト 、 ロ ト G ぐ CO 些 -u. 鑑 心, ヰ ■ J モ モ { ′ I V 監 ′ ∼ 斡 ●ーや と 鋸 ●∫ ●中 ⊥ : サ 也 ■ゝ 、 J ち ●、 ;-JI く=) M 、 ′ こ) .( , 譜 i# 、ノ - I) i T ーt ∴■I】■ ー や 爪′ ( / ■ { } ■⊥† り G ㍗ C q JrlTt .こ、 G i V : .-:-=l. -ト○ L ] 也 = ニ ー●こ●;; J 一、、 t* *G 蝣 R r、 ■ ■▼ lC ■■■ s < > fr ′「、 追 中 ● 山 蘇 棉 端 , Z I ;卓童≡ L I e I 一 一「 t い く\ LJ l -い 「、 IT∼ ∫-\ー ■▲ ■㌧ ヾノ ヾ: . tJ り I I 茸 a 」l ′■\ I I Lr、 、 、 ノ 各 iLlil J 里 中 亡、■ CT. 、 ′、 ら ∩ ∼ D ㍗ ゝ ■、 、 -▼ー 也 , ■ 上 、 I 鴇 ■↑札こ= I-∼7 1∼ 、 ゝ■J b ここ 七コ さと 、、 √ゝ; . +-1 < t= r-I t、 ㍗ e1 、一′召 <t l g -1ォ ●R 1 *l E= 」 一T- 十 K' 、 ′′ こ t iy 雷 sw てこ 三■● J w 叫-h ′、 \ N rO ぷ ≠` T< ち ■, 蝣o 十 も t J 61 , i =}=:.I 【 -!童i至享 t t I 櫛 へ J < 、■ノ ■、 、 J 、ー 蝣 *> ヰ1 恵 t .I ′ ■ J L J L J ヰJ ⊥ 、 , +サ v s ∫ ォ ∼ * 皇室享妻 I 芦;! :1!パl - l -4 S 3 t J _ J ●■ 潤 =;:●.I. Tt‥■.I -, Z L` lt-:三言 ー t ;i…毒!=; 7日‡, lu H{ ..I..: !い; ● im ,■㌍■= , -12王 " 一 己 を P0 V 亡、 L J ㍗ 棉 P LJ ヾ b l 叶 で ti 1_> ′■、 J L, 3 岡 d J 各 { A J -a .:こ, 良 e1 、、 ド 「 1 l こ;∫;:I l Z ー I 4 S 津 .ー「 祈 I ■▲ ㍗ 汁 ■ ソ \ ,i- 鳩 V J = ∼P 1 うC ∩ 叫 垂 G l ∫ ) I ∫ LI ■\ I , ≧ !,ー! ト¢ # ¥j * ■† , O r、 ノ ∫ ノ ■ トや + -,tJ ■ P ∩-l∼ 軒 . : ! 普 .■,., 式 、 ■∫ 、′′ ,ド 、ノ - -l 叫/ (、 -C r1 ササ こ卓 、 ゝ■, 卜 で、 卜 c -爺 …;-ト ■ T 】 卜 ぐ N トノ iS 蝣 3H ■R こく 〕 発 求 辛 ,⊥I AT-I. K∵ H i 蝣Sl:i ■〔、 l-I-. .^ ^ ^ ^ _ ヰ J 即 I … !! I il 十H 注ぐ 日 中, 、}′ 密 ー 】 .■∴L. #1T, ⊥ r> .-, ; Mini;! 、■ +e 蝣 旺 葦 T n 〉 ■ 、、 rt t e 叫一 山 †` ¥ 至言i壱 ;:, ::i享三 ■ i t l I > 1 * P< I i i;. …至弼 Ⅰ一 I :7" I :I I, I, i,I:-1 m だ 」 1 I e 一〇 lト 1:JL‡ 妻ききi I . I l'ー :=lii:i , 妻きき… l`…;i i i! ;:i: " J t I I* 卿 ≡ ( ′ 、 、T + サ 、 ■ 、 一 4 -、 ■ J , t l ー ; J 磨 m m iiS ・ 〟 + : ト○ ォ I * ■〔 tt ! 」 \′ J ■ 、 / ■■ 、 、 - , ノ I ^ ^ H I Ei ー >b j l * t J ぐ 廿も 蝣C! P I , a & =;言.;…:, 節 , =!1;: , ー∴ I I ー Z I モ享… 嵩 . ffi J I!{ -m 申 j ′■ -∫ iHT Z , , l } †▼′、 * ' : ′-、 J J ら ir=i .I te ′、 i 叫 も ぐ rQ 〉 I ー lJ(、 A J 十 I 摺 -吋 ーリ、 .< 立 村 I 、 ■◆ i, I + 喜 、さ, 叶ろ く、 、 ■-I I ,コ …r -ト ■こ J ′ 「 i): 、 ‥ニ N 一T -I,↓:,=′:= 淋●‥賢甘言 一■■、 一 1T、 一 .卜 S ォ" * ミ -l.こ`⊥ - 主 I ㍗ r , 、 ■′ \ 、 J G 挙 措才 ト〇 一 lM 「 ∼ ■■■ 如 蝣 >> ' m rO ト 局 : 或 ■< l卜 も、 もt> 」 、 , トや 十、 山 崎 コ む ご hT > 二キ ロ 二、 J J 十 A J 心J ;ト 4 ) b iJ '^ 1 結 ■ 叫 t J ← 心一 世 a i, 吋 東 d t, せ 量 蒜 6 ノ 毛 賀重量圭; I, I l H fr ●U 事 , Z( ト○ ,t L 料 *: t ! a -、r ■ * > * り 」 & 三 、 -ォg i n* ヾ+ノ 苛 ど ここ d 取 ■∼ I-■ー -# J A i C ′■ } 純 富 e ; Ⅱ < 托雷 群 竹 I ` 警 葦 i ,{ 虻 ヰJ ,i 頃 iiU J tn t■■ … い せ I¥ ti m 旧 …粁 s * 托 せ ぺ 那 猶 蟹 糾 弾 奄 P 一心 斗● 轟 目 蓋 ∼ノ 坐 m ti r きき鞍 嶺 ■r j = Il ′ ,t< 茸, 、ゝ1 寧 rt s G 讃 i.LJ ォ t′、-■■ 霊 < 1 - 蝣I- f -v> J 中、 嘗 奄 1 , 増 迫 骨 v 蝣-ト小 ここ ..] 小 ■ 3、 7,ユ、 I" i Q I I I ド 1 t 、 li'E 1ォ ー JI,】 l ← * I へ t -* * Zl a m I.i 蜜 卜 S 山 ト O X I N 3 3 U O S JVトN3WdCn3A3CI*山AZ山0 !蝣蝣蝣蝣蝣 % 0 6 g ト O S S Z ( 0 」 6 I ) Z Z " " P h o N p a w " I 一 言