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大学通信教育と「特修生」 : 「開かれた大学」の入学資格に潜むもの

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大学通信教育と「特修生」

―「開かれた大学」の入学資格に潜むもの―

“Special Enrollments” of the University Correspondence Education:

Meaning which Lurks in the Entrance Qualification of the “Open Universities” in Japan

鈴木 克夫

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キーワード: 大学通信教育/特修生/教育の機会均等/私学経営の連続性/冷却媒体 (クーラー) 1.「特修生」という入学資格  (1) 学校基本調査の定義  「特修生」とは、大学入学資格を持たないが大学卒業資格の取得を目指す者のための特設 コースで、一定期間の学修と単位修得とによって当該大学に限ってその入学資格が与えら れる、大学通信教育だけに認められた制度である……、と私は理解しているし、実際にそ のように運用されている。  しかし、「特修生」という言葉は法令上の用語ではない。大学が行う通信教育に係る設置 基準である「大学通信教育設置基準」(昭和56年文部省令第33号)にも使われていない。唯 一、文部科学省が毎年実施する学校基本調査の「大学通信教育調査票(様式第12号)」に見 ることができるだけである。そこでは、通信教育で学ぶ学生を、①正規の課程、②専攻科、 ③特修生、④聴講生1)・科目等履修生の4つに区分して記入するようになっており、「記入 上の注意」で、この「特修生」を「大学入学資格を有しない者又は大学卒業資格の取得を希 望しない者で、数科目又は特定の学科の全学科目を履修する者をいう」と定義している(文 部科学省 2009b)。  この定義には「大学卒業資格の取得を希望しない者」が含まれているが、卒業資格を希 望しないのなら、現在では大学入学資格の有無に関係なく「科目等履修生」の道が開かれ ている。この調査でも、「特修生」とは別に「聴講生・科目等履修生」という項目を設けてい るのだから、「特修生」の中にそれを含めることには矛盾がある。また、定義の後半では、「特 定の学科の全学科目を履修する者」とあるが、現在の「特修生」は一定期間に特定の数科目 の単位を修得することによって正規の課程への入学資格が認定される仕組みになっている ことから、「特定の学科の全学科目を履修する者」を含めるのは実態と異なる。  つまり、「特修生」には「大学卒業資格の取得を希望しない者」および「全学科目を履修 する者」は含めず、「大学入学資格を有しないが大学卒業資格の取得を希望する者で、数科 目を履修する者をいう」と定義するのが正しいはずである。なぜ、そうした矛盾を含む、ま た実態とも異なる定義が見過ごされているのだろう。  (2) 大学通信教育設置基準では「聴講生」  「特修生」という言葉が「大学通信教育設置基準」で使われていないと述べたが、正確に は、同基準の制定に際して出された文部事務次官通達(「大学通信教育設置基準の制定等に ついて」昭和56年文大大第225号)の中で、それに相当する内容が「聴講生」という名称で 規定されている(「14 大学通信教育の聴講生に係る入学資格」)。

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 それによれば、「通信教育において聴講生(科目別履修生等として授業科目を聴講する者 を含む。)として相当程度の授業科目を履修した者について、当該通信教育を行う大学にお いて、相当の年齢に達し、高等学校を卒業した者と同等以上の学力があると認められる場 合には、学校教育法施行規則第69条第5号(現行の第150条第7号――引用者注)の規定に より、大学の入学資格があるものと認められる」となっている。また、「相当程度の授業科目」 とは、「人文、社会、自然の3分野にわたって16単位相当以上」としている。そして、①入学 資格の認定に当たっては、履修した授業科目の修了試験の成績等を勘案し、個々人につい て認定すること、②この認定は大学の入学に関し高等学校を卒業した者と同等以上の学力 があるかどうかに係る入学資格の認定であり、入学者選抜とは別個のものとして取り扱う ものであること、③この認定の具体的方法については大学が定めるものとし、聴講生に対 して適当な方法により明示しておく必要があること、④この認定は各大学の判断により行 うものであって、認定を行った大学にのみその効力が及ぶものであること、などの条件が 示されている。名称が異なるものの、また、あくまでも「通達」に過ぎないものの、これが「特 修生」の根拠規定である。  その後、平成3年7月の「大学設置基準」の一部改正で、大学は「当該大学の学生以外の 者で一又は複数の授業科目を履修する者」すなわち「科目等履修生」に対して単位を与え ることができるようになった(第31条)。しかし、それ以前に、そうした単位認定が認めら れていたのは上記の「通信教育に係る聴講生」すなわち「特修生」だけであり、現在の「科 目等履修生」制度を先駆的に取り入れていたということができる2)「特修生」ではなく「聴 講生」という名称が使われたのも、「科目別履修生等として授業科目を聴講する者を含む」 という但し書きが付されていることからもわかるように、大学入学資格の有無に関係なく、 大学卒業資格の取得を希望しない者をそこに包含しようという意図、あるいはその実態が すでにあったからではないかと思われる。学校基本調査の「特修生」の定義に矛盾がある のは、その名残かもしれない。  この文部事務次官通達に従い、各大学における「特修生」制度は、名称3)や実施方法に多 少の違いはあるものの、概ね以下のように運用されている。  まず、「大学入学資格を有しない者でかつ大学卒業資格取得を希望する者」を対象として おり、学校基本調査の定義から想定される「大学卒業資格を希望しない者」は対象外である。 入学条件(資格)は「満18歳以上」としている大学がほとんどだが、「満17歳以上」あるい は「満15歳以上」としている大学もある。在籍期間は1年間としている大学が多く、その後 1年ごとの更新を最長2~ 4年の範囲で認めている。正規の課程への入学資格認定条件は開 講科目の中から特定の数科目を指定し、16~ 20単位を修得することとしている大学がほ とんどだが、これに加えて何らかの「認定試験」を課す大学もある。したがって、「特修生」 が「特修生」のまま特定の学科の全学科目を履修することはない。また、「特修生」として 修得した単位は、「正科生」の単位として認定する大学が多いが、「特修生」としての在籍期 間を「正科生」として入学後の修業年限に通算する措置は取られていない。

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 その他、文部事務次官通達に、この認定は「認定を行った大学にのみその効力が及ぶも のである」という条件があることから、①正科生として入学後に他大学への転学(編入学)、 あるいは通学課程への転籍はできない、②正科生として入学後に退学した場合は中途退学 とはならず、修得した単位の認定も行わない、③正科生として卒業後も高等学校卒業(お よびそれと同等)資格はない、といった制約を設けている大学もある。  そして、この通達は、学校教育法施行規則第69条第5号(現行の第150条第7号)の規定 による入学資格の認定が「通信教育のみの取扱いである」と明記しているのである4)  (3) 大学入学資格と「特修生」の関係  大学の入学資格は「学校教育法」以下の諸法令および規則によって規定されており、大 学通信教育の入学資格もこれに準ずることはいうまでもない。  まず、大学の入学資格を有する者は「学校教育法」第90条第1項により、①高等学校若し くは中等教育学校を卒業した者、②通常の課程による12年の学校教育を修了した者(通常 の課程以外の課程によりこれに相当する学校教育を修了した者を含む。)、③文部科学大臣 の定めるところにより、これと同等以上の学力があると認められた者、の3種に分けられ る。このうち、③については、「学校教育法施行規則」第150条(「大学通信教育設置基準」 制定時の第69条)に規定され、またその各号に該当する者は文部科学省告示などでそれぞ れ具体的に指定されている。  この「学校教育法施行規則」第150条は、近年の規制改革の流れの中で、外国学校日本校 (第1号)やインターナショナル・スクール(第4号)などの卒業者にも大学入学資格を認め る方向で数次にわたる改正が行われてきた。そして、平成15年9月には、「社会人や様々な 学習歴を有する者の大学への入学機会の拡大」という趣旨に沿って第6号(現行の第7号、 「大学通信教育設置基準」制定時の第5号)が改正され、「各大学において、個別の入学資格 審査により高等学校を卒業した者と同等以上の学力があると認めた者で、18歳に達した もの」にも「専修学校や各種学校等における学習歴や、大学の科目等履修生としての単位 の取得などの個人の学習歴」あるいは「社会における実務経験や取得した資格」などに基 づく審査によって大学入学資格が認められることになった(「学校教育法施行規則の一部 改正等について」平成15年9月文科高391号)。  それまで「通信教育のみの取扱いである」とされてきたこの規定が大学全般に拡大され、 通信教育の「聴講生(特修生)」もそこに取り込まれる形になったわけである。「科目等履修 生」制度を先取りしていたように、ここでも「聴講生(特修生)」制度は、多様な学習歴を持 つ者に入学機会を先駆的に提供してきたわけだが、それが一般化されたことによって、制 度としての独自性は失われてしまったといえる5)  (4) 「特修生」の規模  表1は、学校基本調査によって「特修生」の調査が継続的に行なわれるようになった昭和

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43年度から平成20年度までの大学通信教育の学生数の5年ごとの数値である。この40年間、 学生数全体に占める「特修生」の割合は一貫して1%前後で、最近では1%未満のことが多 い。「聴講生・科目等履修生」と比べてもきわめて小規模である。1校当たりでは、一部の 例外を除いて、数名から数十名程度である。また、平成21年度に大学通信教育を実施す る42大学中(放送大学を含み、短期大学は除く)、「特修生」制度を設けている大学は26校 (61.9%)、設けていない大学は16校(38.1%)で、通信制の大学であってもすべての大学が この制度を設けているわけではない。昭和20年代前半に通信教育課程を設置した法政、慶 應義塾、中央、日本女子、日本、玉川の6大学は、すでにこの制度を廃止している6) 表1 大学通信教育の学生数の推移 年度 計 正規課程 その他 小計 専攻科 特修生 目等履修生聴講生・科 男 女 計 占有率 昭和43年 93,822 73,075 20,747 881 399 1,280 1.36 19,467 昭和48年 92,549 79,649 12,900 61 1,133 390 1,523 1.65 11,316 昭和53年 102,478 87,980 14,498 58 782 316 1,098 1.07 13,342 昭和58年 100,540 90,968 9,572 24 539 346 885 0.88 8,663 昭和63年 96,314 89,199 7,115 31 531 411 942 0.98 6,142 平成5年 137,888 131,589 6,299 31 551 541 1,092 0.79 5,176 平成10年 149,979 141,997 7,982 37 437 471 908 0.61 7,037 平成15年 148,599 134,119 14,480 3 180 215 395 0.27 14,082 平成20年 151,808 132,701 19,107 892 689 1,581 1.04 17,526 ※文部(科学)省「学校基本調査報告書」各年度による。  平成3年7月に「科目等履修生」が位置づけられ、単位を与えることができるようになる まで、「特修生」はそれを包含する形で、あるいはそれを先取りする形で社会人の生涯学習 ニーズを満たす制度であった。また、平成15年9月の「学校教育法施行規則」の改正で「個 別の入学資格審査」による大学入学資格の認定が認められるまで、「特修生」は多様な学習 歴を持つ者に大学への入学機会を提供する唯一の制度だったはずである。しかし、実際に は、長期にわたって「特修生」が大学通信教育の学生全体に占める割合は1%前後にすぎず、 数字の上からはあまり意味のある制度とはいえないのである。一方、平成になってから通 信教育課程を開設した29大学中、「特修生」制度を設けている大学は19校(65.5%)、設け ていない大学は10校(34.5%)で、新設校でもこの制度を設けている大学は意外に多い。  昭和20年代前半に通信教育を始めた大学が「特修生」制度を相次いで廃止する一方、新 設校の多くがこの制度を設けるのは、いったいなぜなのだろう。明治期の講義録から戦後 の通信教育へと引き継がれた「開かれた大学」の残滓を無意識のうちに留めているとでも 考えればいいのだろうか。

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 ところが、残された昭和20年代の資料から見えてくるのは、現在とはまったく異なる「特 修生」の姿である。   2.制度創設期の「特修生」  (1) 昭和20年代の「特修生」の規模  通信教育に関する昭和20年代の文部省の統計はきわめて断片的だが、それらをつなぎ合 わせると表2のようになる。「特修生」の数ならびに学生数全体に占めるその割合は年々減 少していくものの、昭和26年の段階では52.3%と在籍学生の半分以上が「特修生」だった ことがわかる。ところが、昭和25年度の入学者数を見ると、「特修生」の割合は42.6%となっ ていて、約10ポイントも低い。しかし、このことは、昭和24年より前の入学者には、「特修生」 がもっとずっと多く含まれていたことを示しているのである。学部によるばらつきや男女 の差がそれほど大きくないことから、一部の大学の特殊事情だったとは考えにくい。  昭和20年代の前半、これほど多くの「特修生」が大学通信教育の門を叩いたのはなぜな のだろう。 表2 昭和20年代の大学通信教育の学生数 年度 学部 合計 正科生 特修生 (占有率)(女性のみ) 入学者数 昭和25年度 文 学 部 6,642 4,272 2,370 35.7% 40.5% 経 済 学 部 8,359 4,781 3,578 42.8% 49.3% 法 学 部 6,186 3,452 2,734 44.2% 36.2% 家 政 学 部 2,005 796 1,209 60.3% 60.5% 総   計 23,192 13,301 9,891 42.6% 54.2% 在籍者数 昭和26年度 文 学 部 11,833 6,616 5,217 44.1% 47.5% 経 済 学 部 10,815 5,340 5,475 50.6% 49.2% 法 学 部 16,804 7,359 9,445 56.2% 60.9% 家 政 学 部 5,005 1,896 3,109 62.1% 62.4% 総   計 44,457 21,211 23,246 52.3% 59.4% 昭和27年度 総   計 54,721 34,126 20,595 37.6%   昭和28年度 総   計 57,876 40,565 17,311 29.9% 昭和29年度 総   計 52,316 39,045 13,271 25.4%   昭和30年度 総   計 52,698 43,819 8,879 16.8%   ※昭和25、26年度は文部省(1953:396-7,1954:127)、27年度は文部省(1955:25)、28年 度は文部省(1954:432)、29年度は文部省(1957:11)、30年度は文部省(1956:148)に よる。

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 大学における通信教育は、学校教育法(昭和22年法律第26号)にその根拠が定められて おり、「大学は、通信による教育を行うことができる」(第84条)となっている。戦前の通信 教育は正規の教育として位置づけられていなかったが、学校教育法によって法制上の根拠 が与えられたわけである。しかし、新制大学が発足するまでは実施できないので、各大学 は取りあえずノン・クレジットの社会通信教育(「通信教育認定規定」(昭和22年9月22日 文部省令第22号)による)としてスタートし、新制大学に移行した時に通信教育も新制大 学に切り替え、クレジットもさかのぼって認められるという了解のもとに文部省の認定を 受けている(大学基準協会 1957:163、大学通信教育協会 1957:20)。そのため、「通信講座」 という名称が使われている。  こうして、法政大学(昭和22年10月開講)、慶應義塾大学(昭和23年1月開講)、中央大学(昭 和23年10月開講)、日本女子大学(昭和24年1月創設)、日本大学(昭和24年4月学生募集 開始)の通信講座が始まった。このうち、日本女子大学については、『昭和25年度 事業概況』 という冊子が残されているため、数字は明らかである。それによれば、開講初年度の昭和 24年度の入学者のうち正科生は37.7%、特修生は62.3%、翌25年度は正科生796人(39.7%)、 特修生1,205人(60.3%)となっており、やはり6割以上が「特修生」である(日本女子大学 1951a:1)。しかし、その他の大学では、残念ながら、当時の「特修生」の規模を裏付けるデー タはあまり残されていない。それでも、各大学の年史等の記述からは、「特修生」の占める 割合が想像以上に大きかったことがわかる。   『中央大学百年史(通史編下巻)』は、中央大学通信教育部の「開講初年度の入学生は5,000 人ほど(正科生は1,202人)であった」としている。そして、「正科生(有資格者)は20%を しめ、別科生4,000名中少数の高専校在学生及び中退者を除き大多数(63.3%)は中等学校 卒業生で占められている。いずれにせよ、本通信教育において全体の80%を占めるものは 別科生であり、……女子学生は正科8名、別科52名」であったという『学生の栞』(昭和24 年刊)の記述をそのまま引用している(中央大学 2003:167)。詳細は後で述べるが、「特修生」 は制度創設期には「別科生」と呼ばれていたのである。また、『中央大学通信教育50年 1948 ~ 1998』によると、「履修コースには卒業資格が与えられる正科生と、卒業資格が与えられ ない別科生の両者があった。募集人員は正科生5000人、別科生若干名、(中略)初年度の入 学者数は正科生、別科生合わせて4534人にも及んだ」(中央大学 1998:10)とある。これら の記述を総合すると、中央大学通信教育部の昭和23年度の入学者数は4,534人で、正科生 1,202人(26.5%)、別科生3,332人(73.5%)ということになる。「全体の80%を占めるもの は別科生」という記述は誇張しすぎだが、これを「若干名」として済ますのは相当に無理の ある数字である。  日本大学の場合、記録はかなり覚束ない。『日本大学通信教育部25年史』は、「第1期生と して入学を許可されたものは4,967名」(前城 1973:117)としているが、『同40年史』では、 「4,976名という多数の入学者があった」(日本大学 1988:52)となっていて、数字に僅かな 食い違いがある。おそらく、転記ミスであろう。しかし、いずれも「正科生」と「別科生」の

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内訳は記していない。そのためか、後の『日本大学百年史(第三巻)』は、「この数値は、一 年および二・三年次生に編入学の正科生の学生数であるので、前記『別科生』を加えるとさ らにその数は多かったと考えられる」(日本大学 2002:205)と推測しているが、果たして そうだろうか。一方、この数字は昭和24年6月末の時点のものであり、「昭和24年度の入学 学生は7,688人で、その中正科生は2,563人であった」(大坪 1958:28)とする証言もある。 この記述を信用するなら、「特修生」の割合は66.7%ということになる。  慶應義塾大学でも、公式の記録は残されていない。『慶應義塾百年史別巻(大学編)』によ れば、開講時、「二万数千名の志願者中から選考のうえ、一万三千一名に対し第一期生とし て入学が許可された」(加藤 1962:11)とあるが、日本大学の場合と同様、「正科生」と「別 科生」の内訳は記していない。しかし、当時、慶應義塾大学通信教育部事務局分室の職員(後 に財団法人私立大学通信教育協会事務局長)だった奥井晶(1991:53)によれば、「最初の 夏期スクーリング(昭和23年)出席学生の調査によると、出席者654名中、特修生は222名 で、全体の33.9%を占めていた」という。他校に比べてやや少ないようだが、日本女子大学 のスクーリングの場合、「正科生」の出席率が約20%であるのに対して「特修生」は約8% であったというから(日本女子大学 1951a:8)、これをそのまま昭和23年度の慶應義塾大 学の学生数に当てはめれば、「特修生」の占める割合は約46%と推測することができる。  最後に、法政大学だが、『法政大学八十年史』(池島 1961:569)、『法政大学百年史』(松尾 1980:689)、『法政大学通信教育部三十年史』(法政大学 1980:6)、『法政大学と戦後50年』(法 政大学 2004:68,891)のいずれも一貫して昭和22年度の入学者数を3,869名としているが、 やはり「正科生」と「特修生」の内訳は示していない。『法政大学通信教育部三十年史』巻末 の「開設以来の在籍者数一覧」も、昭和22年から26年までの5年間は「総合計」を示すのみ である(法政大学 1980:38)。  このように、日本女子大学を除いて、「特修生」(当初は「別科生」)に関する数字はあま り残されておらず、また信頼性も乏しい。「正科生」と「特修生」とを区別していないよう にも思えるが、断片的とはいえ記録が残っている以上、やはり別個のものとして管理して いたはずである。何か「特修生」の数を表に出せない事情でもあったのだろうか。いずれに しろ確かなのは、スタート直後の大学通信教育は「正科生」より「特修生」のほうが多かっ たという事実である。「特修生」を主な対象として始まったといってもいいくらいである。 それにもかかわらず、その実態がいま一つ不鮮明なところに「特修生」制度の意味が隠さ れているとはいえないだろうか。  (2) 現在の「特修生」との違い  制度創設期の「特修生」と現在のそれとの違いは、規模だけではない。前記の5大学につ いて、その入学案内や募集要項、あるいは学則などの記述から、当時の「特修生」の姿を浮 かび上がらせてみたい。

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 法政大学の場合  法政大学通信教育部は、昭和22年8月27日付の毎日新聞に、「通信大学」という見出しと 「大学の解( マ マ )放と学問の民主化/何処で何の職業につ(いてても自由に大学の課程を修め通学マ マ ) 生と同様の学力が得られる/教材は斯界の最高権威者が新しい構想で執筆する」という宣 伝文の学生募集広告を掲載している。募集人員は「法学科 本科 5,000名、同科 別科 若干名」 で、入学資格は「高専卒業者及これと同等以上の学力がある者、別科生は中等学校卒業者 及これと同等以上の学力がある者」となっている(法政大学 1997)。すでに述べたように、 当初、「特修生」は「別科生」と呼ばれていたのである。募集人員は「若干名」となっている ものの、「別科」という名称は、明治中期の私立専門学校が「本科」あるいは「正科」とは別 に学力や学歴に関係なくすべての者に開かれた「別科」を置き、そこに可能な限り多くの 学生を吸収することで経営基盤の安定を求めていたという天野(1993:85-92)の指摘を想 起させる。  しかし、翌23年発行とされる『法政大学通信教育部入学案内』(法政大学 1948:1)では、 「通信教育部の学生は、入学資格によって本科生と特修生の二種類にわけられる」として早 くも「特修生」の呼称に変わっている。もっとも、その直後の説明に「教材や学習指導の内 容は、本科、特修科の間に何等の差別もない」として、「特修科」という他では見られない 用語が使われていたり、文部省社会教育局が昭和24年5月に発行した『文部省認定通信教 育の手引』所載の同校の案内では、「受講生は正科生と特修生(別科生)とに分たれている」 (文部省 1949:4)と両方を併記したりしていることから、この時期、「別科生」から「特修生」 へ緩やかに移行していったものと考えられる。  なお、昭和23年発行の『入学案内』では、「特修生」を「大学々部入学の資格を持たない 者及び大学々部に入学の資格はあっても単に学力を養成するだけで学士号を得ることを望 まないものはこれに属する」(法政大学 1948:1)としており、昭和22年の募集広告にあっ た「中等学校卒業者及これと同等以上の学力がある者」という入学資格は課していない点 が注目される。  慶應義塾大学の場合  昭和23年1月発行の『慶應通信』第1号別巻に掲載された「慶應義塾大学通信講座募集要 項」でも、「別科生」の呼称が用いられている。また、出願資格は「男、女、学歴を問わず、 大学の学科を学習するに足る学力があると思う者ならば誰でも出願することが出来る」と した上で、学生の種別を「正科生」と「別科生」に分け、「別科生」を「右の資格(「正科生」 の資格――引用者注)があっても大学卒業資格を望まない者、及び右の資格を持たない者」 としている。つまり、性別はもちろん、学歴も問わずに「誰でも出願できる」というのが先 にあって、その上で、大学入学資格および大学卒業資格取得希望の有無によって「正科生」 と「別科生」とに分類する仕組みになっているのである。そして、「別科生は別の規定に従っ て正科生となることが出来る」としている(加藤 1948:9)。  この「正科生」になるための入学資格認定については、同時期に発行された『勉学の栞』

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(『三色旗』特別号)に掲載の「慶應義塾大学通信講座規程」第47条で「第9条の資格(当時 の学校教育法第56条に規定された資格――引用者注)のある別科生及び在学中にその資格 を得た別科生は、希望により所定の考査を経て正科生となることが出来る」(慶應義塾大学 1948b:4-5)と規定している。また、「所定の考査」については、『慶應通信』第1号の「通信 教育問答」で、「学校教育法施行規則第69条に拠って将来本大学に於て施行さるべき高等 学校卒業資格の学力検定試験に合格した場合」としているが、「細部に関しては尚多少検討 すべき点もあるので、具体的なことは追って別の機会にくわしく発表するつもりであるか ら、そういう希望を持っている別科生の方は、教材の配付を受けたら定められた所に従っ て勉学に専心していて欲しい」と述べるにとどまっており、制度の細部を詰める間もなく 見切り発車した様子がうかがえる(慶應義塾大学 1948a:4)。  そして、翌24年5月発行の文部省社会教育局『文部省認定通信教育の手引』には、「別科 生」が在学中に資格を得て「正科生」に転じた場合、「既得の単位はそのまま生かされる」(文 部省 1949:2)という特典が加わり、26年9月発行の『慶應義塾大学通信教育案内』に掲載 された「慶應義塾大学通信教育部学則」の第56条(旧47条)で、「特修生として修得した単 位は正科生としての単位に通算することが出来る」(慶應義塾大学 1951:11)という規定 が追加されていることなどから、徐々に制度を整えていったことがわかる。さらに、奥井 (1991:52-3,125-6)によれば、「別科生制度(特修生)」は、「途中で大学入学資格を得れば、 それまでの修得単位も在学年数も正規のものとして認めようというもの」であり、修得し た単位ばかりか在学年数も認定されていたのである。  なお、法政大学の場合と同じように、講座の内容は「正科生」のものと変わりはなく、教 材も同一のものが送られ(慶應義塾大学 1948a:4)、「正科生」に関する規定が準用され(慶 應義塾大学通信教育部学則第58条)、かつ「正科生」と同額の学費を納めなければならない など(同第55条)、入学後の取り扱いは「正科生」とまったく同じであったことがわかる(慶 應義塾大学 1951:11)。  中央大学の場合  中央大学通信教育部の『入学案内』(昭和25年2月発行)でもやはり、「本通信教育部には 正科と別科の区別があり、それぞれ入学資格を異にしている」とあり、「別科」の呼称を用 いている。また、「別科」の入学資格は「学歴の制限はないので誰でも志願できる」とした 上で、「別科から正科への転入の道」があるので「将来正科へ入る資格を取る予定で一日で も早く勉強を開始しておきたいという人々」も「別科生とて失望することはない」と激励 している(中央大学 1950:3)。そして、 そういう人々(正科へ入学する資格のない人――引用者注)のために中央大学通信教 育部では毎年1回以上新制大学入学資格認定試験を行っている。これに合格すれば新 制大学入学の資格が得られ、新制高校卒業と同等とみなされる。国立大学の認定試験 は旧制中等学校卒業を受験資格としているが中央大学の認定試験の受験者には特別の 制限はなく別科生でも実力さえあれば受験できる(中央大学 1950:8)。

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として、通信教育部が独自に実施する新制大学入学資格認定試験の受験資格を旧制中等学 校の卒業者に限定しないことを明記している。続けて、 別科生でもこの試験に合格すればすぐ正科生になれる。認定試験を受けるまで別科生 として履修し了わった科目は、正科生にかわってから再びその科目を学ぶ必要はない のである。だから、正科入学の資格を持たぬ人はまず別科へ入って、一日でも早く勉 強を開始しておく方が得策である。(中略)不幸にして新制高校卒業程度の資格をもた ぬ人々でも失望するに当たらない。別科生の前途もきわめて明るい(中央大学 1950: 8)。 と述べており、慶應義塾大学の場合と同様、正科生に転じた際に別科生としてすでに修得 した単位を認定していたことがわかる。さらに、「入学問答」には、 問 別科生でも在学中に資格を得れば、正科生に転籍できるとありますが、卒業資格 を得るにはその時から更に四カ年在学せねばなりませんか。 答 在学中に正科生へ転籍すれば、入学の時から正科生であったと同様に取扱われま す(中央大学 1950:16)。 とあり、在学年数の通算も行われていたようである。しかし、この問答は翌年度のものと 思われる『入学案内』(『中央大学通信教育部 入学案内 学生必携』(表紙に「26.9.26」という 手書きメモあり))では削除されている(中央大学 1951:22-3)。修得単位の認定までは許 容されるものの、在学年数の通算に関しては微妙な扱いをせざるを得なかったようである。  日本女子大学の場合  昭和23年11月1日発行の『日本女子大学通信教育部入学要覧』に記載された「募集要項」 は、「募集人員 正科生2,000名 特修生8,000名」としている(日本女子大学 1948:1)。他大 学では「別科生」としてスタートしているが、日本女子大学では初めから「特修生」の呼称 を用いている。また、他大学が「特修生」の募集人員を「若干名」としている中で、日本女 子大学だけが人数を明記し、しかも、その数は「正科生」の4倍、全体の8割を占めている。  一方、「特修生」の入学資格、正科生としての認定条件、修得した単位の認定、などの取 り扱いは他大学とほぼ同じである。修得した単位の認定については、「正科生も特修生も、 学習の内容、履修の方法等において何らの差異のないところから見て当然のことです」と その正当性を強調している(日本女子大学 1948:1)。しかし、同じ『入学要覧』に掲載され た「日本女子大学家政学部通信講座学則」にはそれに該当する規定は見られない。ところが、 この『入学要覧』より前に作成されたと思われる『日本女子大学家政学部通信講座学則』(日 本女子大学成瀬記念館所蔵資料。謄写版印刷)には、「第14条 特修生にして第11条の資 格ある者(学校教育法第56条の規程に該当する者――引用者注)または入学後資格を取得 した者は希望により選考を経て正科生に転籍する事ができる」の後に、「前項の場合特修生 としての在学期間及びその期間中に修得した単位は、正科生としての在学期間及び単位に 通算することができる」という一文がある。つまり、修得した単位だけでなく、在学期間も 通算する計画だったのである。それが、どういう理由で削除されたのかはわからない。し

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かし、昭和26年度と思われる『日本女子大学通信教育入学案内』になると、「資格を得た場 合には直ちに正科生に転ずることができ、而も既往にさかのぼってその在学期間およびそ の期間中に修得した単位は、正科生としての在学期間および単位に通算される」と書かれ ている(日本女子大学 1951b:32)。「特修生」にとってきわめて重大な特典のはずだが、そ れにしては、新たに認められた、あるいは中断していた取り扱いが復活したという書き方 とは思えない。学則からは削除したものの、実際には当初から運用されていたと考えてほ ぼ間違いないだろう。  なお、昭和23年の『入学要覧』(日本女子大学 1948:1)には、「特修生は希望により任意 の科目だけを受講することが出来る規定になっていますが、教材の準備その他の都合でこ の制度の実施はしばらく延期します。即ち暫くの間は特修生も正科生と全く同様に全課程 を履修しなければなりません」と書かれていることから、任意の科目を受講する者、すな わち現在の科目等履修生が制度上は「特修生」に含まれるものの、実際には受け入れてお らず、「正科生」も「特修生」も「全科目履修」という点では同じだったことがわかる。  日本大学の場合  『日本大学百年史第三巻』に引用されている昭和 24年12月発行の『日本大学通信教育部 入学案内』の「日本大学通信教育部学則(抄)」によれば、その第9章は「別科生」である。 編者は、これに「別科生の名称は、学校教育法第57条(正確には第57条第3項。現行の第91 条第3項――引用者注)に定める大学別科生との混同を避けるため、昭和25年度より『特修 生』と名称を変更した」という注をつけている(日本大学 2002:215)。新制大学における 「別科」は、大学入学資格を有する者に対して、簡易な程度において特別の技能教育(農業、 芸術、家政など)を施すことを目的とするものであり、通信教育の「特修生」つまり「別科 生」とはまったく異なるものである。また、別科の修業年限及び単位は学部に通算できな いことになっている(「別科に関する申合せ」昭和25年12月22日大学設置審議会決定(斎 藤 1982:58))。文部省の指導によるものか、大学の判断によるものかはわからないが、「別 科生」から「特修生」への名称変更は新制大学の「別科」との混同を避けるためだったよう である。しかし、それによって、明治中期の私立専門学校の「別科」との連続性を覆い隠す ことができたとしたなら皮肉である。  それはともかく、日本大学通信教育部の『入学案内』等からは、大学における入学資格認 定試験の本音と建前を知ることができる。  昭和25年9月15日発行の『日本大学通信教育部入学案内』(日本大学 1950:12-4)によれば、  わが通信教育部は、男女学歴を問わず、誰にでもその門を開いている。ただし、学歴 および志望の如何によって、在学生は正科生と特修生とに分かれる(中略)。  特修生として入学した後、受ける教育は講義でも指導でもすべて正科生と全く同じ である。(中略)大学卒業資格は特修生のままでは得られない。しかし次に述べるよう な方法で正科生に転ずる道が開かれている。(中略)  特修生から正科生に転じた場合、在学年限履修単位等は、特修生時代に修めたもの

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も正科生として修めたものと同様に数えられることになっている。 とあるように、仕組みは他大学と共通する。そして、「特修生」から「正科生」に転ずる主な 方法として、①新制高校卒業、②都道府県の認定試験、③大学における認定、をあげている。 3番目の「大学における認定」については、  学校教育法施行規則第69条によれば、「その他大学に於て高等学校を卒業した者と 同等以上の学力があると認めた者」という一項がある。本学では前述の都道府県にお ける認定試験を受けなかった人達のために、特に本学における入学資格認定試験を 行っている。その科目、程度等はすべて都道府県の認定試験に準じたものとしている。 (中略)要するに、真に実力のある者であれば、特修生として入学しても、大学卒業資 格を得ることは、さして困難でないと考えてよいであろう。 と、この認定試験が学校教育法施行規則第69条に基づくものであり、実力本位のものであ ることを強調している。ところが、同じ『入学案内』(日本大学 1950:22)の「入学相談室」 では、 【問】小学校卒業の学歴だけですが、独学で勉強して来ました。入学資格認定試験は受 験出来ましょうか。 【答】旧制中等学校卒業又は昭和19年3月までの4年修了者(又はこれと同等以上の者) でないと原則として受験資格を認められていません。 【問】誰にでも認定試験を受けさせて、どんどん正科生にした方が大学開放の趣旨にか なっているのではありませんか。 【答】一応は尤もですが、一回の試験だけですべてを判定することはなかなか困難なの で、大学の入学試験でも出身学校の成績を参考にしているのです。もし大学が粗雑 な認定方法をとれば、結局卒業生の質が低下するおそれがあり、大学通信教育の信 用は失われ、却って逆効果を生ずるでしょう。それで大学の入学資格認定試験も各 都道府県で行なうそれと同様な方法で実施しているのです。しかし学校教育法施行 規則には「大学に於て高等学校を卒業した者と同等以上の学力があると認めた者」 とあるので、確実な證( マ マ )こによってこれを認め得る場合は、大学独自の立場で認定す る場合もあります。従って実力さえあれば特修生でも道は開かれているのです。 という問答を掲載し、小学校卒業の学歴だけの者を原則排除する一方、実力本位の道も開 かれているようにも読み取れる。「確実な證( マ マ )こ」とはどういうことをさしているのか、きわ めて曖昧である7)  中央大学の場合、通信教育部が独自に実施する新制大学入学資格認定試験の受験資格を 旧制中等学校の卒業者に限定しないことを明記しているが、日本大学の場合は「学歴・資格」 なのだろうか、それとも「実力本位」なのだろうか。他大学ではどうだったのだろう。いず れにしても、そうした基本的な情報を示さないまま、「学歴を問わず、誰にでもその門を開 いている」と宣伝していたことだけは確かなようである。そして、「特修生」の取り扱いが このように不安定だったということは、まさに戦後の大学通信教育そのものが不安定な制

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度だったことを示しているのである。  (3) 破天荒な大学門戸の解放  以上、法政、慶應義塾、中央、日本女子、日本の5大学における「特修生」の取り扱いを見 てきたが、現在のそれとの違いはあまりにも明らかである(表3)。大学によって在学年数 の通算や認定試験の受験資格などに微妙な違いが認められなくもないが、少なくとも運用 上は共通した仕組みになっていたと考えてよいだろう。昭和24年2月、この5大学は、通信 教育の「完全な発達とその普及徹底とに萬遺憾なきを期するがためには、(中略)通信教育 実施の各大学それ自体の間に緊密な互助共同」が大切であるとして、財団法人大学通信教 育協会8)を設立している(財団法人大学通信教育協会 1949a:3-4)。半年ごとに当番校を決 め、月1回の例会と必要に応じて開かれる会合で、「特修生」の取り扱いについても縷々議 論し、かつ足並みをそろえたであろうことは疑う余地はない。 表3 昭和20年代の「特修生」と現在の「特修生」 昭和20年代 現  在 名   称 当初は「別科生」、後に「特修生」に移行 「特修生」。ただし、制度上は「通信教育における聴講生」 履 修 形 態 全科目履修(「正科生」と同じ取り扱い) 一部科目履修(「正科生」とは別の取り扱い) 学   費 正科生と同じ 科目等履修に準ずる 入学資格の 認 定 都道府県の認定試験(大検)または大学独自の認定試験 所定の数科目の単位修得(独自の認定試験を課す大学もあり) 修得単位の 認 定 認定される 認定される。ただし、昭和30年頃から59年までは不可 在籍期間の 通 算 正科生としての修業年限に通算される 正科生に転じてから4年  その財団法人大学通信教育協会が昭和24年4月に刊行した『新制大学と通信教育』は、「通 信教育学生の二大別」と題して、以下のように述べている(傍点、筆者。以下、同じ)。  大学の通信教育学生には、二つの大きな区別がある。  その第一は、正規の大学生として、現行通学の教育と、その内容において、その資格 において、何らの甲乙がないものである。いわば、現行通学の学生が長男であれば、此 の通信教育学生は次男であって、年齢による長幼の区別があるにすぎない。これが即 ち現在「正科生」の名をもって呼ばれているものである。  その第二は、いわば自由な聴講生とでもいうべきものであって、現在「別科生」また は「特修生」の名をもって呼ばれているものが即ちこれであり、これは資格その他の4 4 4 4 4 4 拘束に少しも制4 4 4 4 4 4 4限せら4 4 4れない4 4 4、全く実力本位の大規模な大学門戸の開放4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4である(財団 法人大学通信教育協会 1949b:42-3)。 続く「通過せねばならぬ七関門―正規の大学生として―」では、「通信教育による正規の大

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学卒業は、決して楽な近道ではない。勇気と忍耐とにその栄冠は輝くのであって、少なく とも次の如き七つの大きな難関を突破しなくてはならぬ。丁度、四ヵ年以上にわたる長距 離の障害物競走にスタートしたようなものである」と述べ、「七関門」として、①入学試験 に代る学力考査、②報告課題答案の提出、③最終試験、④スクーリング(面接授業)、⑤卒 業論文、⑥履修単位数の充足、⑦総合面接諮問、をあげている(財団法人大学通信教育協会 1949b:44-7)。そして、「大規模な大学門戸の開放―自由な聴講生として―」において、  ところが、今度の通信教育では、前述のように、現在「別科生」や「特修生」の名をもっ て呼ばれる制度があって、苟いやしくも勉学の実力と意志とのある者には、誰でも、男女学 歴を問わず、むしろ無条件に、ひろく大学講義のすべてを開放しその上正科生の如き4 4 4 4 4 4 七つの関門のない4 4 4 4 4 4 4 4、まことに心易い無障害物コース4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4も用意されていて、現下最大の要 請である教育民主化の最先端を切っている。これは実に破天荒な大学門戸の開放4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4であ る(財団法人大学通信教育協会 1949b:48-9)。 と自賛している9)  大規模で破天荒な大学門戸の開放、関門のない心易い無障害物コース……、そんな夢の ような制度を生み出したメカニズムは、いったいどんなものだったのだろう。 3.教育の機会均等と「特修生」  (1) 大学通信教育基準のからくり  大学通信教育の法的根拠が学校教育法第84条の「大学は、通信による教育を行うことが できる」という規定にあることはすでに述べたが、高校通信教育については「高等学校には、 全日制の課程又は定時制の課程のほか、通信制の課程を置くことができる」(第54条第1項) となっていて、はっきりと通信制の「課程」として位置づけている。同じ通信教育でも、大 学と高校では規定の表現が異なる。しかし、制定当時(昭和22年3月)は、   第45条 高等学校は、通信による教育を行うことができる。   第70条 第45条の規定は、大学に、これを準用する(一部省略)。 となっており、高校通信教育と大学通信教育は同一規定(大学は高校の準用)でスタート している。高校通信教育が全日制や定時制と並ぶ通信制の「課程」となったのは、昭和36 年10月の改正である(「学校教育法の一部を改正する法律」法律第166号)。ところがこの時、 それまで高校の準用規定だった大学通信教育は独立の規定とはなったものの、その表現は それまでの高校の規定をそのまま流用したものであった。高校通信教育が現在の通信制の 「課程」となるために法改正を経ているのだから、現在でも従前の規定のままの大学通信教 育は、法的には通信制の「課程」が認められていないのではないかという疑問が生じる(奥 井晶 1991:17-20,奥井復太郎 1956:6-7)。  この正規の「課程」としての大学通信教育を認めたのは、大学基準協会の「大学通信教育 基準」(昭和22年12月15日決定)であり、その「趣旨」の2で、大学の通信教育が「通常の課

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程と並んで正規の課程として行われる」ことを明言している。しかし、それよりも先に、「趣 旨」の1では、大学の通信教育が「教育民主化の精神に則り大学教育を広く開放するもので ある」ことを宣言している。「大学教育を広く開放」することと「正規の課程として行なわ れる」こととがどんな形で共存できるのか、そこには意外に大きな意味が隠されている。  昭和23年3月に大学基準協会が発行した『「大学通信教育基準」及びその解説』(大学基 準協会資料第3号)は、まず「はしがき」で、  此この通信教育は、通常の課程と並んで最も重要な大学教育の一翼を荷うものであり、 しかも上述の正規の大学教育の面のみならず、更に社会教育、成人教育の分野をも広 く包摂しているので、現下我が国の教育民主化の点から見れば、特に重要なる意義を 持つものと云わなければならない(大学基準協会 1948a)。 と述べ、通信教育には「正規の大学教育の面」と「社会教育、成人教育の分野」とが包摂さ れている意義を強調している。そして、「大学通信教育基準の解説」では、「趣旨」の1につ いて、「通信教育の使命」という見出しで以下のように解説している。  従来我が国にも大学開放運動なるものが、種々の形態に於て行われていたが、大学 の通信教育は、大学の開放運動の最も重要なる一翼を荷うものであって、大学教育を 広く社会に開放して、一般好学の士に教育の機会を均等に与え、教育民主化の先端に 立てるものと云わなければならない。  随って大学の通信教育は4 4 4 4 4 4 4 4、一般的に云えば4 4 4 4 4 4 4、学習するに足る学力を有する者に対し4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 ては4 4、資格の如何を問わず4 4 4 4 4 4 4 4 4、等しく学習の機会を与えるところに4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4、その特色と使命が4 4 4 4 4 4 4 4 ある4 4のである(大学基準協会 1948a:4)。 続いて、「趣旨」の2については、「基準適用の範囲」という見出しで、  しかし此の基準は、学校教育法の規定に従い、通常の課程と並んで正規の課程をな すものを眼目に於て制定されたものであるから、今後我が国の大学が正規の課程とし て通信教育を行う限り、等しく則らなければならないものである。(中略)  けれども所謂教養を主とする成人教育や社会教育に相当するものは4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4、敢て此の基準4 4 4 4 4 4 に拘束される必要はない4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4訳であるが、荀いやしくも大学が通信教育を行う以上、仮た と い令ノン・ク レヂットの課程であっても、その精神に於ては4 4 4 4 4 4、あくまで此の基準に準拠されること が、我が国に於ける大学通信教育の健全なる発展のために特に要望されなければなら ない(大学基準協会 1948a:4)。 と述べている。また、この「大学通信教育基準」の研究立案を行った通信教育部委員会の橋 本孝委員長(慶應義塾大学)は、昭和22年12月15日の大学基準協会の臨時総会の席上、 大学における通信教育といふものは、学校教育法によりまして定められております通 常の課程と並んで正規の課程であるという立前――その他の社会教育の面は広くある4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 訳でありますがそれは正規の課程に準じて行えばよろしいという立前でここでは4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4態4と4 触れておりません4 4 4 4 4 4 4 4(大学基準協会 1948b:26)。 と説明している。

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 要するに、大学の通信教育は、大学教育の社会への開放、一般好学の士への教育の機会 均等、教育の民主化の先端に立つものであって、学力さえあれば「資格」に関係なく誰にで も等しく学習機会を提供することがその特色でもあり使命でもある。しかも、「大学通信教 育基準」は学校教育法に基づく「正規の課程」の基準であるから、成人教育あるいは社会教 育に相当するものに関しては態わざと触れておらず、その「精神」においては準拠することが 望ましいものの、それは「立前」であって、実際には拘束される必要はないといっているの である。きわめて都合のよい論理だが、各大学が性別や学歴を問わずに「誰でも出願できる」 とした上で、大学入学資格の有無によって「正科生」と「別科生(特修生)」とに分類したの もこの論理に拠っていることはいうまでもない。  大学基準協会の『十年史』は、「大学通信教育基準」の意義を、  従来わが国においては、大学教育の門戸は固く閉ざされ、通信教育によって大学の 課程の履修をなすことは認められなかったのであるが、上記の基準(「大学通信教育基 準」のこと――引用者注)は多年の因習を打破して、大学教育を広く勤労者に開放す る新制度の礎を築いたものといえる。さらにまた諸外国の制度に比較した場合におい ても、全く類例のない高等教育の機会均等の扉を開いたものといえる(大学基準協会 1957:150)。 と自画自賛しているが、不思議なことに、固く閉ざされていた大学教育の門戸を開放し、 諸外国にも類例のない高等教育の機会均等の扉を開いたものについて、この基準は触れて いないというわけである。  (2) 「特修生」制度が果たした役割  「教育の機会均等」の具現  戦後の通信教育は、憲法第26条の「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能 力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」、教育基本法第2条(教育の方針)の「教 育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない」、そして 同第3条(教育の機会均等)の「すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける 機会を与えられなければならないものであって、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地 位又は門地によって、教育上差別されない」(いずれも制定時)という精神を具体化させる 方法の一つとして位置づけられたという指摘が多く見られる(文部省 1956:1-2、財団法人 大学通信教育協会 1949b:21、大学通信教育協会 1957:2)。そのため、通信教育は「教育の 機会均等」という理念に結びつけて語られることが多い。文部省の年史、通信教育関係団 体の刊行物、あるいは通信教育を実施する各大学の年史等に見られるそうした記述は枚挙 にいとまがない。しかし、それらはいずれも理念的、抽象的な表現にとどまり、通信教育に よってどのような効果がどれくらいあったのかまでは示していない。  一般に、「教育の機会均等」といえば、社会・経済的な意味が重視され、社会的な差別の 撤廃、教育への国家予算の配分や奨学金の拡充などの政策課題が当てはまる。通信教育の

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学費が安価であることはそれに該当するかもしれない。一方、「教育の機会均等」には地理 的・時間的な意味もあって、「いつでも、どこでも」学べる通信教育はそのほとんど唯一の 解決方法となっている。通信教育が「教育の機会均等」と結びつけて語られるのもそのた めである。  しかし、大学通信教育は、さらに一歩前に踏み出したのではないだろうか。すなわち、「入 学資格の弾力化」という意味の機会均等である。それによって、「誰でも」学べる通信教育 が実現したわけであり、高等教育の機会均等を具体的な形で示したといえる。「大規模で破 天荒な大学門戸の開放」(財団法人大学通信教育協会 1949b:43,49)とは、そういう意味 で理解すべきものである。  旧制から新制へのバイパス  このことは、教育政策の面から見れば、旧制から新制への戦後の教育制度の切り替えに 際して、この「特修生」制度がバイパスの役割を果たしたことを意味している。つまり、新 制大学への入学資格のない旧制の中等学校出身者の受け皿になったわけである。日本女子 大学の場合、この状況を「旧制高女卒のいわゆる特修生が大挙堰を切るように入学した」(日 本女子大学 1959:56)と表現している10)。また、奥井晶(1991:53)は、 旧制中学の五年卒業者、四年修了者は、新制大学に入学するには所要年数が一年また は二年不足していたため、特修生は極めて多かった。彼等は大学卒業資格を目指して いた。だから最後まで特修生のままで修了しようとする者は少なかったので、特修生 制度を社会教育的に位置づけるだけではなかった。(中略)学校教育制度が旧制から新 制への移行に際し、この制度はきわめて魅力的な制度と言ってよかった。 と述べ、「特修生」制度が単に社会教育として位置づけられただけでなく、学校教育制度を 補完する形で機能したことを見事に看破している。  旧制の中等学校には、中学校、高等女学校の他、農業、工業、商業、水産、その他の実業 学校などがあり、昭和21年まで入学者の受け入れが行なわれていた。また、卒業者は、昭 和20年が約37万2千人、昭和21年が約30万6千人、昭和22年が41万2千人、昭和23年が約 6千人、最後の卒業生が出た昭和24年が250人であり、昭和22年までは相当な規模の卒業 者がいたことがわかる。その中には、新制高等学校に編入してその卒業資格を取得する者 も多かったと思われるが、卒業してすでに職に就いている者など、新たな就学が困難な者 も少なくなかったはずである。また、戦前、戦中期の卒業者で旧制の高等教育機関に進学 しなかった者を加えれば、その市場は決して小さくなかったに違いない。  私学経営への寄与  戦後の窮乏期にあって、通信教育をいち早く実施した私立大学は、この市場の受け皿と しての通信教育、なかんずく「特修生」制度が経営に大きく寄与するであろうと目論んだ ことは十分に考えられる。それは、荒廃した大学の復興のためであり、また教職員の当面 の生活のためでもあったわけである。実際にどのくらい寄与したのか、あるいはしなかっ たのかは今後の研究に俟たねばならないが、そうした意図が隠されていたことは否定でき

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ないだろう。  大学通信教育の起源を明治期の「講義録」に求めるのが一般的だが、私学経営という面 から見れば、天野の指摘する「別科」や「専門部」が果たした役割との連続性をそこに見出 すことができる。すなわち、明治中期の私立専門学校が質的に低い学生層を「別科」の形で 可能な限り多数抱え込むことで経営基盤の安定と発展をはかり(天野 1993:85-92)、また、 大正期の私立大学が大学に昇格後も大学予科、大学の他に専門学校レベルの「専門部」を 残し、そこに多数の学生を収容して収入の極大化をはかることで他の二つの高価な課程を 維持する方策をとった(天野 1993:180)のと同じ構図である。しかも、戦後の大学通信教 育の場合、それは通信教育内部の「正科生」と「特修生」との関係でもあり、大学内部の「通 学課程」と「通信教育課程」との関係でもあるという二重構造になっているのである。  (3) 「正科生」への道  繰り返しになるが、制度創設期の「特修生」に関するデータは乏しい。例外的に、日本女 子大学成瀬記念館に同大学通信教育部の資料が残されており、「特修生」から「正科生」に 転じた者、さらには卒業まで到達することができた者がどのくらいいたのかがわかる11) すでに確認したように、「特修生」は女性に偏ったものではないことから、「特修生」の全体 像をある程度は映し出してくれるものと思われる。  それによると、「正科生」に転じるまでの年数は、昭和29年までに特修生として入学した 4,259名のうち、入学1年目が82名(1.9%)、2年目までの累積が224名(5.3%)、3年目ま でが318名(7.5%)、4年目までが376名(8.8%)、そして5年目までが379名(8.9%)であり、 5年かけても「正科生」に転じることができた者は1割以下である。入学4年目から5年目へ の伸びはごく僅かであることから、その後の増加はほとんど期待できないと思われる。  また、「正科生」に転じた時の修得単位数は、昭和25年度が平均35.5単位、昭和26年度が 36.5単位、昭和27年度が43.5単位、昭和28年度が47.1単位、昭和29年度が43.3単位で、せ いぜい1~ 1.5年分に過ぎない。「正科生」に転じた後も単位修得はかなり大変であった様 子が窺える。  そのため、首尾よく「正科生」に転じたとしても、卒業まで到達することができた者はご く少数である。昭和27年度末までの卒業者数は全体で63名、そのうち「特修生」からの卒 業者は13名、昭和28年9月はそれぞれ30名と9名、昭和29年3月は42名と14名、合計135 名の卒業者のうち「特修生」からの卒業者はわずか36名である。そもそも入学者数に比べ て卒業者数が圧倒的に少ないことに驚かされるが、昭和27年までは「正科生」よりも「特 修生」のほうが学生数が多かったことを考えれば、「特修生」から「正科生」に転じた者の 卒業率はもともとの「正科生」に比べて圧倒的に低いことは明らかである。  そういう意味で、この「特修生」制度は、もっと言えば戦後の大学通信教育は、竹内(1991: 151-8)がアーヴィング・ゴフマン(E. Goffman)に倣って明治期の中学講義録の潜在的機 能として指摘する「冷却媒体(クーラー)」の役割を果たしたということができるのではな

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いか。すなわち、「学歴/上昇移動のセンスを内面化しながら就学がかなわないフラスト レートされた心情の受け皿」となったものの、その本当の機能は「時間をかけながら漸次、 勉強立身価値をクール・アウトしていく冷却媒体(クーラー)」だったというわけである。 それは「きわめて皮肉な過程」であり、また「悲惨としかいいようのないイバラの道」でも ある。竹内(1991:155-6)は、これを「あまりにも過酷な障害物レース」と評しているが、 すでに見たように、戦後の大学通信教育は、「特修生」を「まことに心易い無障害物コース」 (財団法人大学通信教育協会 1949b:48-9)に喩えて学生を募ったわけである。 4.その後の「特修生」―結びに代えて―  財団法人私立大学通信教育協会所蔵の「大学通信教育協会会議録」によると、昭和28年 6月から30年11月にかけて、「特修生」の取り扱いについて文部省と大学側との間で数回に わたる協議が行なわれている。  文部省(春山順之輔大学課長・当時)からは、①「特修生」制度は新制大学関係の法令と 矛盾している、②「特修生」は正規の大学生とは認められない、従って、③「特修生」が「正 科生」に転じた場合その卒業までの在学年限は4年である、④「特修生」として修得した単 位は大学の単位として認めることは難しい、⑤大学入学資格の獲得には国の検定をうける のが最適である、という意向が表明されたのに対し、大学側は、「特修生が未だ学制改革の 過渡期として廃止できない制度である旨大学基準協会に於て検討してもらうようにする」 と対抗している。しかし、大学基準協会での検討を待つ間もなく、学則を改正して大学課 に提出することが決まった。これを受けて、例えば日本女子大学の昭和31年4月の通信教 育規程は、「特修生より正科生に転じた者が卒業資格を得るためには、正科生となった時よ り4年間の在学を必要とし、特修生として取得した単位は正規の大学課程の単位とはなら ない」(日本女子大学成瀬記念館所蔵資料)と改正された。爾来、「特修生」制度は残ったも のの、在籍年数の通算はもちろん、昭和59年の「大学通信教育設置基準」の一部改正までは、 既修得単位の認定も行なわれていない。  「学校教育法」によって大学は「通信による教育を行うこと」が認められ、これを受けて 大学基準協会は「大学通信教育基準」を定め、「通常の課程」と並ぶ「正規の課程」として通 信教育を位置づけた。しかし、新制大学がスタートするまでは実施できないので、各大学 は取りあえず社会教育として開始し、新制大学の発足とともに通信教育も新制大学に切り 替え、その場合、それまでの学生の在籍期間も修得単位もそのまま認められるという了解 のもとに文部省の認定を受けた。しかし、社会教育だから、学歴(大学入学資格の有無)は 問わず、「誰でも入学できる」という考え方が大前提となった。しかも、それは成人教育、 社会教育の性格を持つ制度なので、学校教育の基準である「大学通信教育基準」に準拠す る必要のない自由なものであるというわけである。にもかかわらず、新制大学への切り替 え時点で、「特修生」も正規の新制大学の一部として認定されるという大胆な理屈である。

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 スタート直後の大学通信教育の入学者は多かった。しかし、その多くは大学入学資格を 持たない「特修生」だった。そして、「特修生」制度は高等教育の機会均等を具体的な形(つ まり「入学資格の弾力化」という意味の機会均等)で実現し、旧制から新制への教育制度の 切り替えに際してバイパスの役割を果たす一方、私学経営に寄与することが大いに期待さ れた。それはまた、日本の通信教育に共通して見られる潜在機能である「冷却媒体(クー ラー)」の役割りを果たしたのである。  奥井晶(1991:53)は、昭和30年代になって「特修生」のときに修得した科目も再履修し なければならず、また在学年数も「正科生」に転じてから4年以上となったため、当初の思 い切った制度の特徴は失われてしまったという。しかし、旧制から新制への過渡期も終わ り、新制高等学校への進学率が急増するのに伴って「特修生」が激減した昭和20年代後半 には、「特修生」の役目はすでに終わっていたのではないだろうか。その時点で、私立大学 の所期の目的は見事に達成されたと見るべきだろう。同じ時期、「現職教員養成」という新 たな役割を担った大学通信教育は「正科生」の数を増やし、存続することができたが、それ がなければ、あるいは一過性のもので終わっていたかもしれない。  「特修生」制度は、「開かれた大学」としての通信教育の有りの儘の姿を現代に留める遺 物である。しかし、規模の経済と独学に依存してきたこれまでの通信教育の在り方が厳し く問われている今、そこから脱却する方途を探る鍵にもなるのではないだろうか。 注 1) 学校基本調査では、「聴講生」とは「教職科目等を履修する学生(聴講生等)」のことである(文部 科学省 2009a:6,7,8) 2) 昭和59年10月の「大学通信教育設置基準」の一部改正によって、当該大学が教育上有益と認める ときは、聴講生としての授業科目の聴講を当該入学した大学における履修とみなし、その成果に ついて単位を与え、卒業に必要な単位に含めることができることとなった(旧大学通信教育設置 基準第8条)。この改正は、放送大学の創設等近年における通信教育の進展にかんがみ大学通信教 育の一層の充実を図ったものであるとされている(「大学通信教育設置基準の一部を改正する省 令の施行について(通達)」昭和59年10月文高大第276号)。しかし、平成3年7月の大学設置基準 の一部改正が通信教育にも適用されたことに伴い、大学通信教育設置基準第8条は削除され、大 学設置基準第30条(入学前の既修得単位等の認定)および同第31条(科目等履修生)の規定に吸 収された。 3)「特修生」と称している大学が多いものの、「本科入学資格コース」「入学資格取得生」「特別履修生」 などとしている大学もある。また、設置基準上は「科目等履修生」と同様の扱いであることから、 「科目等履修生」の中の一つのコースまたは課程として、「正科生転科課程」「正科課程入学資格取 得コース」などと称している場合もある。 4) この規定が「通信教育のみの取り扱いである」ことが明確に示されるまでの間も、文部省は国立 大学については大学入学資格検定によるよう行政指導を行うとともに、公立および私立大学に あってもこれに準じて取り扱うよう各大学に要請しており、この規定は死文化していたとされて いる(「大学入学資格および専攻科入学資格について」昭和40年9月学大248号、佐賀大学学生部

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