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巻頭言

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Academic year: 2021

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十月の声を聞き,空は一段と青く,高い。澄明な空気は季節柄涼風と呼ぶべきでなく,清 風と称すべきか。気候の面でようやくホッとできる日々が増えてきたが,長い梅雨,炎暑の 夏,長雨の九月と続き,コロナ禍ばかりでなく人知・人力の及ばない自然災害も多かった。 災禍に遭われた方々には心からお見舞い申し上げる。 秋の深まりは知と感性を磨く。五感を刺戟するものは,街中にもキャンパスにも溢れる。 心を亡くす忙しさに追われて好奇心や感覚の扉を閉じてしまわぬよう,心がけていきたいも のである。 良き書物,優れた論考との邂逅や再会も,この季節にふさわしい。筆者はこれまで,精 読・熟読よりは多読・濫読派,関心の赴くまま,古典から現代,散文から韻文,文庫から新 書・単行本,文学から歴史・社会科学・自然科学,一般書から専門書,と渉猟してきた。意 中のものを手に取ることもあったし,偶然出会ったものもあった。お気に入りの著者であれ ば,著者自身の手による一次資料から,著者や作品,思想を研究する二次資料まで読み尽く すのが愉しくてならなかった。ところが,最近目の不調に苛まれ,思うように活字に親しむ ことができなくなっている。無理は禁物,時間を制限し,読みたい気持ちはあっても我慢が 大事と自分に言い聞かせているのだが,活字に対する欲求は何とも抑え難い。読書好きであ れば,筆者の気持ちを理解していただけるのではないかと思う。デカルトや寺山修司に倣い, 書を捨てて街に出よう,旅に出ようと思い切るには,まだまだ活字に未練があるのだ(コロ ナ禍の現況,もちろん旅には出にくいけれど)。 そこで,読誦して口にも耳にも心地良いものを読むことにした。真っ先に手に取ったのは 中島敦,石川淳。泉鏡花に芥川龍之介。漢文脈の『正法眼蔵』。これらは唱える音が口中で 游び,流れる響きが律動や旋律を作り出し,共感覚的に秀逸な作品である。それから,数十 年来読んでいるウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』。短い警句は寸鉄人を刺す。そし て井筒俊彦。彼の諸著作は,日本語でも外国語でも,息の長さと短さが話芸の如く名人の域 に達している。池上嘉彦の鶴声は,講義にも似て,謦咳に接した日々を思い出す。今や筆者 は多読・濫読派から,耽読・味読・玩読派へと宗旨を変えているのである。仏教においては 経典の読誦の際に真読と転読とがあるわけだが,目が不調とはいえ筆者の愉悦は,経典の冒 頭や半ば,結語を唱えて経典を回転させ全巻を読んだものとする転読にあらず,全巻読破す る真読にある。時間はかかるが,丁寧に読んでいこうと期している。 この十月号には,五本の論稿,一篇の研究余滴,二篇の新刊紹介を蒐集した。本学におけ る若き気鋭の省察から,大家の手による研究まで揃えている。研究とは日々の鏤刻の積み重 ね,休めば前には進めない。博学卓才の士も,研鑽励まず怠れば,光彩も色褪せ,錆びてい く。自らを厳しく律し,強靭な意志を持ち,努力を継続し得る身体を備えて柔軟に思考力を 働かせなければ,論題を究明していくことなど到底できないだろう。その意味からすれば, 常日頃の多用に加えて特殊な事情も加わった現況下,論攷を纏め得た方々に心から賞賛の意 を表したい。筆者は一読者として,一つひとつの論究を音読しながら味わってみたいと思う。 読者諸氏もまた,努々転読などせず,真読を心がけ,秋の夜長に知と感性を磨かれんことを 希う。 (井原奉明)

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