物語教材『ごんぎつね』の世界観を読む : ごんの心情と不条理
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(2) 物語教材『ごんぎつね』の世界観を読む. 奥. 村. れらからこの物語の 『不条理』の意味を見出したいと考える。. 勉. 一 物語世界の構成ーごんの世界と村人たちの世界 この物 語 の作 者 、新 美 南 吉 は平 成 二 五 年 に生 誕 百 年 を迎えた。 それをを機に半田市教育委員会から同年六月に発行された 「新美 2 南 吉 ・生 誕 百 年 ・公 式 ガイドブック」には 『 ごんぎつね』について次 の ような作品紹介がある。. 「ごんぎつね」 執 筆 昭 和六年十 月 初 出 雑誌『赤い鳥』 昭和七年一月号/赤い鳥社 いたずらぎつねのごんは、ある日兵十が捕まえたウナギを 盗ってしまいます。数日後、兵十のおっ母が亡くなったことを 知り、あのウナギは兵十がおっ母のために捕まえたものだっ たのだと後悔するごん。つぐないに、山で拾った栗やまつたけ を毎日兵十の家に届けますが、兵十はごんの仕業とは気づ きません。それでもごんは、栗を持ってまた兵十の家へ出かけ ていくのですが・・・。 昭和五十五年から小学校四年生の国語科教材として全 社が継続して採用しています。これまでに全国で六〇〇〇万. ( 73 ). ーごんの心情と不条理ー. はじめに 本稿は小学校四年の物語教材『ごんぎつね』に描かれた物語世界 の中でのごんの状況や心情、その世界の情景などを描写に基づき解 釈・検討 しようとするものである。この作品は佐藤久美子が指摘す るように 『不条理』がそのテーマとして物語の根底 に流れていると考 1 えたい。 「 理 解し合 いたいとして近 づいた相 手 から与えられる死 」と いう『不条理』である。この 『不条理』の物語は昔話のお殿様がいた時 代の、のどかな里 山の風 景 の中で展開 さ れていく。小さなお城があ り、その近 くの村 里 、少 し離 れた山 の中 でごんはひとりぼっちで暮 している。しかし村 人からはいたずらをするきつねとみられている。 これがごんの住む物語世界の大枠である。では何故ごんは不条理な 死 を迎 えることになったのか。ここで改 めて考 えることを本 稿 の目 的としたい。そこで物語を次の五つの観 点から見ていくことにする。 第一に、ごんと村人たちの世界への干渉ーいたずら 第二に、重なる二つの世界とその間隙 第三に、兵十に対するごんの干渉ー償いの行動 第四に、ごんの贖罪意識と行動 第五に、物語のテーマと考えられる不条理について ごんの行動や会話などから、ごんを取り巻く状況の変化、ごんの 心 情 の変 化 を考 えたい。また場 面 ごとに表 現 さ れる情 景 の描写 は 物 語 の進 行 の中 でどのよう な働 きをしているのかも検 討 したい。そ. −73−.
(3) を通じて否定的な存在として認識している。村人たちは小ぎつねを ごんと呼び、ごんもまた村 人 たちの職 業 や 人 間 関 係 そして名 前 ま で知っている。そのような関係である。 『村人たちの暮らす世界』も、 ごんにとってはまた自分 の生きる世界となっている。このように重 な り合った世界で物語は展開していくのである。この二つの世界が重な り合うことなく存在していれば不条理は起こらなかったのかも知れ ない。 二 『村人たちの暮らす世界』への干渉 ⑴ 物語への導入 物語は次のような書き出しで始まる。. これは、わたしが小さい時に、村の茂平というおじいさんか 3 ら聞いたお話です。. この語り出しによって物語は、今の話ではなく、ずっと以前から口 伝えに語られてきた話であるということになる。 「村の茂平」も話を 聞 く「 わたし」もごんが生 きた時 代 のず っと後 の離 れた時 代 に生 き る人物 ということになる。物 語 世 界 との関 係 では第三 者 である。そ の第 三者である私 がこの物 語の読 み手、つまり読 者に物語 るという 形 式 で語 られているのだが、学 校 の授 業 場 面 において児 童 の中 には 村 の茂 平 から私 が聞 いている話 とす る反応 がみられることがある。 この読 み方 では読 者 が物 語 の外 側 から物 語 の展 開 を眺 めるよう に なり、ごんの内面に入り込めなくなる。留意すべき点でもある。 さて、その 『わたし』、つまり現に語っている私が住む村の近くの中 山には、昔お城があった。そこにはお殿様がおり、そこから少し離れ た山 の中に村 人たちから「ごんぎつね」と呼ばれているきつねが暮 し ていた。これが物語の時代背景になる。. ( 74 ). 人以上の人が学んだ 「国民的童話」です。 この作品紹介にあるように、物語はごんが兵十の捕まえたウナギ や 小魚を盗って投げ捨てるという いたずらが発 端となって展開され ていく。そして最 後 にごんは兵 十 の火 縄 銃 によって撃 ち殺 さ れてし まい終 末 を迎 えることになる。このことから一 般 に 『 ごんぎつね』は ごんと兵 十 の物 語 として捉えられている。しかし物語 の背 景 には村 人たちの存在がある。弥助の家内 、新兵衛の家内そして加助などで ある。またその他 に直 接 語られることはないが、葬 列 に加 わる人 々 や裏手に干してあったとんがらしをむしり取られた百姓家の人々な どである。これらの人 物 は物 語 の展 開 の中 では役 割 を持 たないが、 物 語 世 界 の背 景 のよう に登 場 し、物 語 を理 解 す る上 では無 くては ならない人 物 たちと考 えることができる。この人 物 たちもまた 『不 条理』を構成 するに必要な登場 人物たちであるからだ。これらの人 物たちについては、それぞれが登場する場面で述べることにする。 したがってこの物語世界は二つの世界によって描かれていると考え たい。一 つは物 語 の中 心 人物 である 『 ごんの生 きる世 界 』、そして今 一つは兵十をも含 めた村人たちが生きる 『村人たちの暮らす世界』 である。この二つの世 界 は物語 の中でパラレルに存在す るのではなく 重 なり合 って存 在 している。しかしその二 つの世 界 の登 場 人 物 たち には明 確 な違 いがある。ごんは常 に村 人 たちの暮 らす 世 界 を意 識 し、その世界に 「いたずら」という言葉で代表されるような関わりを 持ちながら生きている。一方『村人たちの暮らす世界』は、ごんの存 在や 行動 とは関わりなく人々 の暮らしが続いている世界である。つ まりその世界はごんと村人たちが互いに干渉しあう世界ではなく、 常にごんが徘徊しごんの側が干渉する世界 ということになる。しか し、村人たちはごんを無視しているわけではない。むしろごんの行動. −74−.
(4) 続 いて語 り手 によってごんの生 きる世 界 、そして境 遇 や 暮 らしぶ りが明らかにされてくる。. てが 「ひとりぼっち」なのである。読者である児童には、なかなか理解 されない 「ひとりぼっち」かも知れない。 このように、物語の始めに語り手から、ごんの外形について語られ てくる。ここまでが物語への導入部、ゲートウェイである。 しかしこれまでごんの外側から語っていた語り手は、次の叙述から 一気にごんの内面に入り込んで語りだす。つまり読者はごんの生き る世 界 から物 語 の展 開 を見 始 めるのである。視 点 の大 きな移 動 で ある。. ⑵ 兵十へのいたずらー村人たちの暮らす世界への干渉 秋、数 日 雨が降 り続 く間 、ごんは巣 穴 にしゃがんで雨が上がるの を待ち続ける。. 雨が上がると、ごんはほっとして穴からはい出ました。空は から っと晴 れ ていて、も ず の声 がき んき んとひび いていました。. 右 の文 は短 いが端 的 にごんの心 情 を情 景を通 して表現 している。 ごんは雨上がりに穴の外へ出て空を仰ぐ。青く澄んだ空を見上げ る。ごんの開放感が読む者に伝わってくる。ここの情 景表現について 甲斐睦郎は 『雨が上がってからっとした秋晴れであること、ごんもま たもず と同 じく大 声 で叫 びたい気 持 ちになっていること、久 しぶり に見る景 色が鮮や かであることなどが示されている。視覚・聴覚を 駆使した感覚的表現であって、ここに新美南吉の優れた文才を見る 5 ことができる。』と高く評価している。 ごんの暮らす穴もまたその周辺も村人が来 ない限りは 『ごんの生 きる世 界 』、ごんだけの世 界である。ほっとできる世 界がそこにはあ る。ごんは歩き出す。やがていつも見慣れた村の小川のつつみまでや. ( 75 ). ごんは、ひとりぼっちの小ぎつねで、しだのいっぱいしげった 森の中に、あなをほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、 辺りの村へ出てきて、いたずらばかりしました。畑へ入ってい もを ほり散らしたり、菜種がらのほしてあるのへ火をつけたり、 ひゃくしょう家のうら手につるしてあるとんがらしをむしり 取っていったり、いろんなことをしました。. お城のある中 山 からは少 し離れた山の中でごんは暮 している。ご んの住む森は多くのしだが生い茂っている。そのよう な地面を覆 いつ くす よう なしだに隠 れて、ごんは自分 で掘 った巣穴 に身 を潜 めてい る。親兄弟、友もいないひとりぼっちの境遇である。 しかし一方でごんの生きる世界は大変広い。穴に閉じこもっている だけではない。ごんの住む森も、いたずらをして歩く辺りの村も、中 山 様 のお城 の辺 りまでもが 『ごんの生きる世 界 』である。この世 界で ごんは、村人の暮らす世界に入り込み、畑や家の周囲で様々ないた ず らをす るきつねとして、具 体 的 な例 を挙 げて語 り手 から明 かさ れる。いたずらされた村 人 たちの怒 りの心 情は想像 す るまでもない だろう 。しかし、ここでは何 故この様 に 『夜 でも昼でも』村 へ出 てきて いたずらをす るのだろう か。読 者にはごんがいたずらをす る理 由が 理 解できないままである。このことについて加 藤 文 子 は 『ごんは孤 独 で寂しいきつねで、いたずらも寂しさ紛らわせるためであったと考え られます 。寂 しさ の鬱 憤 をはらし、村 人 の気 を引 くために、過 度 の 4 いたずらをしているように感じられます。』という。 ごんは 「ひとりぼっち」である。掘った穴に身を潜めているときはも ちろん、辺 りの村 へ出 ていたず らをしているときも、ごんの生 活 す べ. −75−.
(5) ってくる。ここからはもう『 村 人 たちの暮 らす 世 界 』でもある。用 心 深く周囲を見回す。川は降り続いた雨で大きく変化していた。 辺りのすすきのほには、まだ雨のしずくが光っていました。 川 は、いつも は水 が少 な いのです が、三 日 も の雨 で、水 がどっ とましていました。ただのとき は水 につかる ことのな い、川 べ りのすすきや、はぎのかぶが、黄色くにごった水に横だおしに なって、もまれています。. ここは遠 景 から近 景 への移 動 がある。遠 くからは川 の中 で、誰 が 何 をしているかがはんぜんとしなかったことが、近 寄 ったことで兵 十 の顔 に 「円 いはぎ の葉 が一 枚」「大 き な ほくろみたいに」へばりついて いることまで見えたのである。 甲 斐睦 郎は、この一連の叙 述 について 『ごんの用心 している動きと 好 奇 心 にあふれる姿 が擬 声 語「 そう っと」「 じっと」などに生 き生 き 6 と示 さ れている。』ととらえる。この遠 景 から近 景 への視 線 の移 動 は ごんの心 情 の変 化 を的 確 に表 現 しているといえる。他 の場 面 におい てもこの視線の移動は様々な場面で使われている。. ( 76 ). 兵 十 がいな くな る と、ごんは、ぴ ょいと草 の中 から とび 出 し て、びくのそばへかけつけました。ちょいと、いたずらがしたく なったのです。. 兵十が魚とりをする様子を草のかげから見ていたごんはいたずら がしたくなる。 「ちょいと」の表現から、ごんの行動は意図的ではなく 思 い付 きの行 動 であるととらえることができる。兵 十 がそこにいれ ば、しなかったであろう「いたずら」につながっていく。 兵 十のびくから中の魚を網 よりも下手の川へ投げ込み始める。と ころが最後にうなぎがごんの首に巻き付いてしまう。. 周囲に村 人の気配はない、辺りのすすきの穂にまだ雨のしずくが 光 っている。ごんは辺 りが太 陽 の温 かさ で乾 くのを待 ち切 れないよ うに動き始めた。ごんは増 水した小川を横目で見ながら川下へとぬ かるみ道 を歩 いていく。道 は 『村 人 たちの暮らす 世 界 』そのものであ る。ここからはごんの生きる世 界であるとともに村 人 たちの暮らす 世界でもある。ごんの通り道となっている小川のつつみも村人たちの テリトリーである。 ふと見ると、川の中に人がいて、何かやっています。ごんは、 見つからないように、そうっと草の深いところへ歩きよって、そ こからじっとのぞいてみました. ごんのいたずらは、思い付きだったが、 「いちばんしまいに」の表現 のよう に、う なぎまです べての魚 を川 に投 げよう とした。う なぎの 始末に手間取っているところへ兵十が戻ってきた。様子を見た兵十は. そのとたんに、兵十が、向こうから、 「うわあ、ぬすとぎつねめ。」 とどなりたてました。. 「ふと」の叙述は、ごんの視線の転換である。目を移すと少し遠く に人 を認 めたのである。見ようとして見 たものではない。ここでは川 の中にいる人は誰であるか判 然 としない。そこでごんは 「見つからな いよう に、そう っと草 の深 いところへ歩 き よる 」のである。ごんが歩 き寄るのは、 「草の深いところ」であるが、川の中にいる人に近づくこ とでもある。だから「 そう っと」となる。そして草 に身 を隠 しながら 「じっとのぞ いてみ」ると、兵 十が網 を使 って魚を取っていたのである。. −76−.
(6) 「いつのまにか」は、ごんの意識である。いつも用心深く歩くごんが 意 図 せず 、いつの間 にか兵 十 の家 の前 に来 てしまったのである。ごん にとっては十 日 前 のう なぎのことなどは過 去 のことである。兵 十 の 家 の前 に来 ると、大 勢 の人 が集 まっていた。家 の様 子 や 人 々 の様 子 から、ごんはそれが葬式の準備であることに気が付いた。. 「ああそうしきだ。」と、ごんは思いました。 「兵十のうちの だれが死んだんだろう。」. 集まっている人々は忙しそうに動き回っている。その忙しそうな家 の外側にいるごんには兵十の姿が見えなかったに違いない。葬式があ ることを知ったごんであるが、兵十の家のだれが亡くなったのか分か らなかったのである。 「 お昼 がす ぎ る と」、つまりごんは午 前 中 の葬 儀 が終 わると死 者 は午後から埋葬されることを知っている。そこで、ごんはお昼が過ぎ るまで待 って、村 の墓地に出 かけて行った。そして六 地蔵さんのかげ で、だれが亡 くなったのか確 かめるため葬 列 がくるのを待 っていた。. いいお天気で、遠く向こうには、お城の屋根がわらが光って います 。墓 地 には、ひがん花 が、赤 いきれ のよう にさき 続 いて いました。と、村の方から、カーン、カーンと、かねが鳴ってき ました。そうしきの出る合図です。. ここの描 写 は、ごんが葬 列 を待 つ時 間 の経 過 を描 写 している。ご んの視線が読者の視線と重なる部分である。お城の遠景から墓地の 彼岸花に視 線が移動する。その彼岸花は、まるで赤い布切れが連な るよう に咲 いている。ごんの視 線 はその彼 岸 花 の連 なりとともに移. ( 77 ). 思わず叫び声を上げる。 「うわあ、ぬすとぎつねめ。」という表現が 象 徴 す るよう に、 「きつねめ。」でもなく 「ごんぎつねめ。」でもない。 「 ぬす とぎ つねめ」である。 『 村 人 たちの暮 らす 世 界 』の人 間 である 兵 十 にとって、ごんは悪 さ をす るただのきつねに過 ぎないのである。 ごんは慌てて一生懸命逃げ出す。洞穴の近くまで逃げてから、兵 十が追ってこないことを確かめると、うなぎの頭をかみ砕き、外の草 の葉の上に置くのである。 食べ物にするわけでもなく、ただのいたずらであったのだ。 三 重なる二つの世界とその間隙 ⑴ ごんの生きる世界 ごんは森 の中 だけで暮 らしているわけではない。その行 動 は広 範 囲にわたる。森に近い人間の住む村もごんの行動範囲となっている。 兵 十 へのいたずらをして十日 ほどたって、ごんは兵 十 の住 む村 にや っ てきた。 弥 助 という おひゃくしょう のう ちのう ら を 通 りかかる と・・・ かじ屋の新兵衛のうちのうらを通ると・・・ ごんがよく知っている村人たちの村である。いつもごんは村人たち の生 活 圏 にまるで自 分 の世 界 のよう に出 入 りしている。しかし目 立 つ表通りではなく用心深く家々の 「うら」を通るのである。ごんが村 の中を歩いていくと 「弥助 の家 内が、おはぐろを」「新兵衛 の家内が、 かみを す いて」など普 段 と様 子 が違 う ことに気 づく、何 があったの かとごんは考えながら道を歩き続ける。 いつのまにか、表に赤い井戸のある、兵十のうちの前にきまし た。. −77−.
(7) そのばん、ごんは、あなの中で考えました。. ごんが穴の中で考えたことは、兵十の母親の死についてだった。 『兵 十 のおっかあは、とこについていて、う なぎが食べたいと言ったにち がいな い。』、ごんは自分がいたずらをしたおかげで、兵 十 はう なぎ ををおっかあに食 べさ せることができなかったと考えた。兵 十 のおっ かあは 『ああ、うなぎが食べたい、うなぎが食べたいと思いながら、 死んだんだろう。ちょっ、あんないたずらしなけりゃよかった。』 と後悔した。 墓地で見た兵十のしおれたような姿が、ごんの心の中で十日も前 のちょっとした自分のいたずらを思 い出させる。ごんの独白 には何の 根 拠もなく一方 的であるが一 度思 い込んだごんの心を否定 も肯定 もす る身 寄 りが誰 一 人 いない。 『ひとりぼっち』の状 態 は一層 ごんの 心を揺さぶり続けるのだろう。 『ごんの生きる世界』と 『村人たちが暮らす世界』は大きく重なり、 ごんにとっては用 心 深 くさ えあれば自 由 に行 き来 できる世 界 であ る。村の人々 の生活を知り尽くしたようなごんであれば朝でも夜で もいたずらをして動き回ることができる。しかし兵十のおっかあの死 はごんが一 人 きりで抱 え込まなければならない死であった。誰 にも 相談できず、誰からの癒しの言葉もない。ごん一人の死である。 そこには 『ごんの生きる世界』と 『村人たちの暮らす世界』の間に、 ごんが超えることのできない深 い深 い溝がある。決してわたることの できない間隙が存在しているのだ。。. 四 兵十に対するごんの干渉ー償いの行動 ⑴ 『ひとりぼっち』の共有と共感 ごんが村 にや ってくる。明確 な目 的をもって村 にや ってきたのだ。. ( 78 ). 動 していく。これらの視 線の移 動 は情 景 を表 現 す るばかりではなく。 ごんが墓地にいる時 間の経過をも表現 していると読むことができる 部 分である。。その視線の動きが突然「カーン、カーン」という村の方 7 から聞こえる鐘の音で止まってしまう。視線をとめるのは、 「と、」と いう接続詞である。視線も葬列を待つ時間の経過もそこで止めてし まう。 兵 十 の家 の誰 が亡 くなったのか、ごんの関 心 は次 第 に兵 十 に向 い てきている。白い着物を着た人々の葬列が墓地に入ってくる。それに 8 よって咲き続いていた彼岸花も踏み折られていた。ごんは六地蔵のか げから伸びあがって葬列を覗き見る。位牌を下げてしおれたように 歩く兵十の姿を認めた。 「ははん、死んだのは兵十のおっかあだ。」ごんはそう思い ながら、頭をひっこめました。. 二つの世界の間隙. 誰が亡くなったのか、背伸びまでしてごんは確かめようとする。そ こで墓 地 を歩 く痛々 しい兵 十 の姿 を目 にしてしまう 。誰が亡くなっ たのかを確かめてごんは頭を引っ込めた。 ごんとっては 『村 人の暮らす世 界』も 『ごんの生きる世界』である。 村の人々の日常はごんの日常でもある。ごんは時々辺りの村へやって 来ては村人の生活を観察す る。村の多くのことを知っている。しかし ごんは村 人 に排 斥 さ れていることを知 っている。そため用 心 深 く行 動 し、その姿 や 気 配 を察 知さ れないようにしなければならない。村 人たちは 『ひとりぼっち』で生きるごんにとって、共生できない人々で ある。 『村で暮らす人々 の世界』でごんは村人の生活の間隙を縫って 生きて行かなければならない。 ⑵. −78−.
(8) 兵十が赤い井戸の所で、麦をといでいました。 これは、ごんが穴 の中で後 悔 を続けた次 の場 面 の冒 頭 文 である。 ごんは兵 十 を『 ふと見 た』わけでもなく、 『 いつのまにか』来 たのでも ない。ごんは 『兵十が、麦をといでいた』様子を物置の後ろから見てい た。。そして次のようにつぶやく。. つかみ出して、もと来た方へかけだしました。そして、兵十の うちのうら口から、うちの中へいわしを投げこんで、あなへ向 かってかけもどりました。とちゅう の坂の上でふり返ってみま す と、兵 十 がまだ、井 戸 の所 で麦 を といでいる のが小 さ く見 えました。. ごんは思 い込 みで、善 行 を一 つ重 ねた気 持 ちになる。思 いがけず にいわしが手 に入 った兵 十 はきっと喜 ぶに違 いない、という 思 いがあ るのだろう。. ごんは、う な ぎ のつぐな いに、まず 一 ついいことを したと思 い ました。. ⑵ 『ごんの生きる世界』を超えた償い ごんの償 いが始 まる。兵 十 が麦 をといでいる間 に行 われた短 い時 間のできごとである。ごんは道端でいわし売りの車のかごからいわし を盗むような行為や、兵十の家の裏口からいわしを投げこむような、 きつねにとって危 険 な行 動 を取 り始 めた。とう とう 、ごんは物 置 の かげだけではなく兵十の家の裏口まで近づいてしまった。 次の日には、. ごんは、山 でくりを どっさ り拾 って、それ を かかえて、兵 十 の うちへ行きました。う ら口からのぞいてみますと、兵十は、昼飯 を食べかけて、茶わんを持ったままぼんやりと考えこんでいまし た。. ごんは早朝から昼近くまで山でくり拾いをしたのだろう。 「どっさ り」や「かかえて」というごんの様子も、ごんの兵十に寄せる償いの心. ( 79 ). 「おれと同じ、ひとりぼっちの兵十か。」 ごんには自 分 のいたず らによって辛 い死 を迎 えたであろう 兵 十 の 母 親 の死 とそれによって 『ひとりぼっち』になった兵 十 への悔 恨の思 い が湧きあがってくる。そして互いの境遇が同じかのように感じられて くる。兵 十 への一 方 的 な共 感がそこにはある。このことについて阿 部 9 昇は 「 ここではごんの兵 十 に対 す る見 方 のみの大 きな変 化 です 。兵 十にとっては、もちろんまだごんは 〔ぬすっとぎつね〕でしかありませ ん。一方だけが大きく変化しているからこそ、変化していないもう一 方 とのず れはいっそう 大 きいとも言えます 。」と指 摘 している。また 10 益 子広 則 は 「ここはうなぎ事件での自分のいたずらの意味づけをし、 後悔しきったごんが、麦をとぐひとりぼっちの兵十を見て 『おれと同 じ、ひとりぼっちの兵 十 か。』と、しみじみと兵 十 の中 に自 分 の姿 を 見出し、はげしい親近感が湧いてくる場面です。」両者は共感、親近 感と表現は異なるがごんの気持ちを同じように捉えている。 ごんはその場 を離 れよう とす る。す ると、どこからかいわしを売 る声 が聞こえてきた。ごんは声 のす る方 に走 っていくと、いわし売り が、かごを積んだ車を置いてその場を離れたところだ。 ごんは、そのすきまに、かごの中から五、六ぴきのいわしを. −79−.
(9) 情 を表 現 している。とう とう ごんは裏 口 から兵 十 のいる家 の中 まで 伺 う よう になった。兵 十 は昼 飯 を食 べかけていた。兵 十 は、いわしを 盗 んだと思 われ、いわし屋にひどい目 にあわさ れたと、独 り言を言 う。ごんは 「これはしまった」。と思い兵十に同情しながら. 五 ごんの贖罪意識と行動 ⑴ 贖罪という無償の行為 ごんはひたすらに松茸や栗を届け続けている。それはごんが犯し た兵 十 に対 す る償 いであると信 じるとともにごんの喜 びにつながっ ているからだ。兵 十 に松茸 や 栗を届ける行為 はごんの贖 罪 である。 贖 罪 は自 分 の犯 した行 為 を喜びに変えていく。 『まず 一 つ、いいこと をした』そして次にもいいことをしたと連続する喜びに変化していく ことになる。 12 佐藤久美子は 「 ごんが栗 や 松 茸 を届 ける行 為 は、確 かに初 めは 贖 罪 としての行 為 であった。が、同 時 に相 手 を幸 せにしよう とす る 行 為 そのものが、行 為 主 体 である自 分 自 身 に、喜 びや 幸 福 感 をも たらした。つまり、栗や 松茸を届ける行為 は、いつの間にかごんがご ん自身の存在を、肯定的に受け入れることのできる唯一の行為とな っていた。」と強調する。 確かに贖罪という無償の行為は周囲に見返りを求 めない。そのこ とが逆に自分自身の喜びへと転化するのかもしれない。. ごんは危 険 を冒 す よう になる。いわしの件以 来、ごんは物置 の後 ろから見るだけでなく、うちのうら口へいわしを投げこんだり、兵十 が中にいるにもかかわらず、うら口 から家の中をのぞき込んだりす るよう になっている。しかし兵 十 は 『村 人 たちの暮らす 世 界 』の一 員 である。ごんと兵十の間には超えることのできない間隙がある。. ( 80 ). そっと物置の方へ回って、その入り口に、くりを置いて帰り ました。. 次 の日 も 、その次 の日 も、ごんは、くりを 拾 っては、兵 十 の う ちへ持 ってき てやりました。その次 の日 には、くりばかりで なく、松たけも二、三本、持っていきました。. 「月のいいばんでした」で始まり、ごんの 「ひきあわないなあ」までの 一 連 の描 写 は情 景 描 写 と登 場 人 物 たちの心 情 が互 いに交 錯 し、そ れぞれの心 情 が見 事 に描 かれ、優 れた場 面 表 現 となっている。兵 十 や 加 助 の動 き、ごんの動 きや しぐさ が、そしてそれぞれの心 情 の変 化が月明かりに照らされてくっきりと浮き上がってくる様な場面が. 月のいいばんでした。ごんは、ぶらぶら遊びに出かけまし た。中山様のお城 の下を通って、少し行くと、細い道の向こ うから、誰か来るようです。話し声が聞こえます。チンチロ リン、チンチロリンと、松虫が鳴いています。. ごんは毎 日 のよう に償 いを続ける。松 茸 まで置 くよう になる。ご んは 『村人 の暮らす 世 界』に毎 日のよう に通 い続けるようになった。 11 甲斐睦郎は 「 次 の日 も、その次 の日 も・・・松 たけも」の三 つの 「も」か ら 『ごんの気持ちの強さがみられる。』という。 ごんはこれまで用 心深 く生 きてきた。いたずらをしても決 して人 間 には近 づかなかった。確 かに償 いの行 為 はいたず らではない。ごん には兵十へ栗などを届ける行為は 『まず、一ついいことをした』という 思 いにつながっている。そこからこれらの行為 は、いたずらではないと いう自覚が生まれているのだろう。それがごんの行動を大胆にし 『ご んの生きる世界』を超えてしまったのかもしれない。. −80−.
(10) 連続している。。 秋の澄みきった夜空に、明るい月の光が辺りを照らしている。秋の 名 月だ。ごんは何 の目 的 もなく穴 を出 てお城 の方 に向 かった。現 代 の都会では月の明 るさを感じられることが少なくなっているが、この 物 語 の時 代 では遠 くまで見 通 せるよう な月 明 かりが想 像 さ れる。 普 段 であれば提 灯 などの明 かりを持 た無ければ夜 道 は歩 けない 時 代 のことである。ごんには少 し離 れた細 い道 からや ってくる人 影 が見えたのだろう。話し声も聞こえ始める。虫の音が心地いい。. ごんは思 いもかけず 二 人 が自 分 の償 いの話 をしている。ごんには 自分の行為が認められていると感じて大きな喜びが沸き上がっただ ろう。さらに続きが聞きたくて、ワクワクしながら後をつけ始める。 兵十にはこの仕業が誰の行為か分からないにしろ、ごんにとっては自 分の行為が兵 十に間違 いなく受け入れられている。しかし二 人の会 話は 「 へえ、変 なことがあるもんだなあ。」という 加 助 の言 葉 で途 切 れてしまう 。兵 十 と加 助 はそのあとは、黙 って歩 いていく。ごんは、 ます ます 二 人 の会 話 に耳 をそばだてる。ごんは知 らず 知 らず に近 づきす ぎたのだろう か。加 助 が何 かの気 配 を感 じ取 ったのだろう か。. 加 助 が、ひょいと後 ろを 見 ました。ごんは、び くっとして、 小 さ くな って立 ち止 まりました。加 助 は、ごんには気 づかな いで、そのままさっさと歩きました。. ごんは、二 人の話し声に引き寄せられるように兵十たちの後をつ いて行 ったことになる。明 かりがなくても周 囲 が見 渡 せるよう な月 の明るい夜である。これまでのごんであれば決 して近づかないような 距 離 だろう 。これまでの行 為 が認 められた充 実 感 で気 持 ちが高 ま り、兵十の気持ちが気になって仕方のないごんの心情が見えてくる。 二 人 は吉 兵 衛 という おひゃくしょう の家 に入 っていく。木 魚 の音 がして障子には人影が映っている。. ごんは 「お念 仏 がある んだな 。」と思 いな がら 、井戸 のそば にしゃがんでいました。. 物語の冒 頭、雨が続く中でごんは穴の中にしゃがんでいた。ここで も井 戸 のそばにしゃがんでいるがごんの意 識 は全 く異 なる。兵 十 た ちの話の続きが聞きたくて待っているのだ。その間にまた三人ほどが、. ( 81 ). ごんは道 のかた側 にかくれ て、じっとしていました。話 し声 はだんだん近 くな りました。それ は、兵 十 と加 助 という おひ ゃくしょうでした。 ごんは、初めは誰なのかわからない。道の片側に隠れてじっと息を ひそめてや り過 ごそう とす る。このお城 の周 囲 も『 ごんの生 きる世 界 』ごんのテリトリー であるが、村 人 の出 現でここはたちまち 『村人 たちの暮らす世界』へと変わってしまう。ごんがじっと身を隠している のは、ごんの本来の姿である。 しかし、近づいてきた声は兵十と加助のものであった。兵十が加助 に自分の体験する不思議な出来事を話している。 「 おっかあ が死 んでから は、だれ だか知 ら んが、おれ に、く りや松たけなんかを、毎日毎日、くれるんだよ。」 「ふうん、だれが?」 「それがわからんのだよ。おれの知らんうちに置いていくん だ。」 ごんは、二人のあとをつけていきました。. −81−.
(11) 吉兵衛の家に入っていった。 そのために、ゆっくり、ゆっくり歩 きながら、そして一 言 一 言 、言葉 を選 び考 えながら声 にしていく加 助 の姿が浮 き彫 りになってくる。 ⑵ 行為の代償 それに対 す る兵 十 の答 えは非 常 に簡 潔 で、心 の動 きも鮮 明 に表 れ ている。したがってごんの 「 かげぼう しをふみふみ」と歩 く姿 とも照 ごんはお念 仏 がす むまで、井 戸 のそば にしゃがんでいまし 応 していて違 和感がない。この場面 を叙 述の仕方 に注 意 しながら音 た。兵 十 と加 助 は、またいっしょに帰 っていき ます 。ごんは二 読するとそれらが一層明らかになる箇所である。 人の話を聞こうと思って、ついていきました。 「さっきの話は、きっと、そりゃあ、神様のしわざだぞ。」 『お念 仏 がす むまで』という時 間はそんなに短 い時 間ではない。ご 「えっ?」 んは井 戸 のそばでじっとしゃがんで隠 れるよう に待 っていた。ごんは と、兵十はびっくりして、加助の顔を見ました。 兵 十 の話 が聞 きたくてたまらない。それは単 なる好 奇 心 ではない。 「おれは、あれからずっと考えていたが、どうも、そりゃ、人 これまでは常に排斥されてきたごんが認められたように感じたから 間じゃない、神様だ。神様が、おまえがたった一人になったの に他ならない。 を、あわれに思わっしゃって、いろんな物をめぐんでくださる んだよ。」 兵十のかげぼうしをふみふみ行きました。 「そうかなあ。」 「そうだとも。だから、毎日、神様にお礼を言うがいいよ。」 ごんはこれまで、こんなに人 に接 近 したことはない。兵 十 のほんの 「うん。」 数メートル後ろ、あるいはもっと側まで近づいてしまっている。ひたす らに兵 十 の後 を追 う 。ごんの視 線 は地 面 に映 し出 さ れる兵 十 の影 この加 助 との会 話 で兵 十 が発 す る言 葉 は三 つである。 「えっ? 」、 法師に注がれている。その影法師を踏みながら兵十と加助の会話に 「 そう かなあ。」「 う ん。」この短 い返 答 の中 に、兵 十 の心 の動 きが見 聞き耳を立てる。この様なごんの様子は単なる好奇心だけではなく 事に表現されている。 13 なっていただろう 。兵 十 の気 持 ちを知 りたくてたまらないごんの承 この一 連 の会 話 文 のう ち、兵 十 の会 話 について甲 斐 睦 郎 は 「 おど ろきから半信半疑の中途半端な段階へ、そして一応の承認へ、という 認欲求ともいえる心情が浮き彫りになってくる。 段 階 を見 せている。それはまた、ごんの悲 痛 な思 いに落 ち込む過 程 ところがお城 の前 まで来 た時 、突 然 加 助 が言 い出 す 。 「 栗 などが をも表している。」と指摘しているが、この兵十の返事は、確かにごん 置 いてあった話 は神 様 のしわざ に違 いない。」「 神 様 がお前 を哀 れに の期待を裏切るものとなった。 思 ってめぐんでくださ るのだ。 「「神 様 にお礼 を言 う がいい。」と畳 み かけてくる。ここの描写 は大 変 練られたもので本 作 品 の中でも特 に ごんは、 「 へえ、こいつはつまら な いな 。」と思 いました。 「お 優れている箇所である。加助の会話は細かく読点で分断されており、. −82−. ( 82 ).
(12) 「 その」は月 のいい晩 の出 来 事 を指 している。その晩 に兵 十 と加 助 の話を聞きながら、ごんは自分の行為が兵十に認められたという心 の大きな高揚感を得た。これはごんの初めての体験であり、常に 『村 人たちが暮らす世 界』から排斥されてきたごんが、初めて兵十に容 認された体験だった。 「も」は加 助や 兵 十 の会 話 から最 後 は 「ひきあわない」と感じたご んであったが、穴に戻って、昨晩の兵 十の言葉を考え続けた。兵十の 母 の死 に対 す る贖 罪 意 識 なども反 芻 したのだろう 。ごんは再 び届 けることを選択した。読み手は、ごんが悩みながらも 「明くる日も」 と栗 を届 けるに至 ったごんの決 断 を追 体 験 したい。このよう に読 み 手は、この最終場面では前の場面との間にある大きな空白をそれぞ れの想像で埋めていく努力が必要になる。 いつもは物 置 の入 り口 などに栗 などを置 くごんだったが、それと 違って今日は兵十が物置で仕事をしている。そこで、うちのうら口か ら中へ入ることにした。目立たないように、音を立てないように、こっ そりと入ったのだ。. その時、兵 十 は、ふと顔 を上げました。と、きつねがうちの 中へ入ったではありませんか。こないだ、う なぎをぬすみやが ったあのごんぎつねめが、またいたずらをしにきたな。. ここから視 線が突然切り替わる。これまでごんの側から語られて いた物語は兵十の側からの視線となり、兵十の心情が語られ始める。 それはごんが月夜の晩に感じたものとは全く異なるものだった。 「う なぎをぬす みやがった」「ごんぎつねめ」などの言葉は、ごんの側に立 って読 み進めてきた読 み手には大きな違和感を抱かせることになる。 甲斐睦郎はここの兵十の言葉に 『ごんに対する並々ならぬ感情が込 14 められている。』という。ごんへの憎しみが十分に現れている。. ( 83 ). れ が、くりや松 たけを 持 っていってやる のに、そのおれ にはお 礼 を 言 わ な いで、神 様 にお礼 を 言 う んじゃあ 、おれ は、ひき あわないなあ。」 「ひきあわない」という言葉は現代の日常にはなかなか現れない言 葉 である。言 語 体 験 の少 ない児童 には理 解 しにくい言葉 であるとい える。ここではごんの行 為 とそれに対 す る代 償 がないという ことが 「ひきあわない」ことになる。兵 十 には、栗 や 松 茸 をくれるのがごん であることは知 る由 もない。しかも、ごんにはそれが自 分 の行 為 だ と伝える術もない。 これまで、ごんは毎 日 のよう に朝から山でくりを採 ったり松茸 を 探して昼には兵十に届けてきた。その行為が 「神様」の行為にすり替 わってしまった。行 為 の代 償 が 「 神 様 」だったのだ。こう して、月 明 か りの場面は終わる。 六 物語の不条理について ⑴ ごんの葛藤と決断そして兵十の葛藤 最後の場面は 「その明くる日も」で始まっていく。 その明くる 日 も 、ごんは、くりを 持 って、兵 十 のう ちへ出か けました。兵 十 は、物 置 で縄 を な ってました。それ で、ごんは、 うちのうら口から、こっそり中へ入りました。 この最 後 の書 き出 し部 分 と前 の最 終 場 面 との間 には大 きな空 白 がある。読 み手 の多 くは、 「 ひきあわない」と感 じたごんが、なぜ今 日も栗を持って出かけたのか、心理的につながらない。 冒頭の 「その明 くる日 も」の読 みが必 要となるところである。ここ の 「その明くる日も」の 「その」と 「も」についてである。. −83−.
(13) ⑵ 物語の不条理について 稿 者 はここまで、この物 語 の構 成 は 『 ごんの生 きる世 界 』と 『村人 たちが暮 らす 世 界 』の干 渉 と考 えて稿 を進 めてきた。この二 つの世 界 はパラレルに存 在 す るのではなく、重 なり合 って存 在 している。そ の重 なりの中 でごんと村 人 たちの摩 擦 が生 じていた。その摩 擦 はご んからの 『 村 人 たちが暮 らす 世 界 』への干 渉 で発 生 していた。それが ごんのいたずらである。 ごんのいたずらは、村 人 たちにとっては受け入れがたいものであっ た。では何 故 ごんはいたず らす るのか、それは重 なり合 う もう 一 つ の世 界 での 「 ちょいと、いたずらがしたくなった」程 度 の動 機 である。 佐 藤 久 美 子 はいたず らの様 子 から『 ごんは性 悪 とは考 えにくい、た とえ大 人 のきつねだとしても、思 慮 分 別 の浅 い、善 悪 よりも目 先 の. 兵十は、火縄じゅうをばたりと、取り落としました。青いけ 「ようし。」 むりが、まだ、つつ口から細く出ていました。 この物 語 の最 終 場 面 は、学 校 の公 開 授 業 などでもよく見 られる この 「よう し。」という 言葉 にはこれから行 う兵 十の行 為 の強い決 場面である。稿者が参観した授業でも、よくこの場面が取り上げら 意が表れている。兵十はとっさに決めたのだ。兵十は火縄銃を取って、 れていた。過 去 の授 業 で兵 十 がごんを撃 つ場 面 について児 童 からは 今戸口を出ようとするごんをどんと撃つ。ごんはばたりと倒れた 「おれの母 ちゃんが殺 されたからかたきうちだ。」などの発 言があっ たり、また 「つぐないをしてくれたのに、うってしまった。」などの後悔 兵 十 はかけよってき ました。う ちの中 を 見 る と、土 間 にく の発言があったりした。最近でも 「ごんのつぐないは、やっと兵十にも りがかためて置いてあるのが、目につきました 伝わった。」と終末に扱う授業もみられる。 兵十に伝わったのは、母が死んでから、ごんが栗などを置いていた ことだけである。ごんは兵 十 の母 の死 が自 分 のいたず らによるもの と考えたが、それはごんの心の中だけのことであった。毎日のように 栗 が置 かれていることだけで、それがごんの兵 十 の母 の死 に対 す る 償いであることまでは理 解できないことだ。償いの気持ちまで伝わっ たと考えることには無理があるだろう。. ここで視 線 は再 度 ごんに切 り替 わる。 「 兵 十 はかけよってきまし た。」はごんの目 から見た兵十の様子と捉えることができる。であれ ば 「兵十がかけよってきました。」が理解しやすい。あるいは兵十の視 線として 「兵十はかけよりました。」か。続く 「うちの中を見ると」以 下はまた兵十の視線になっている。 ここの描写で着目するのは 「土間にくりがかためて置いてありまし た。」になる。これまでごんの行動は、村人たちにとっては 「いたずら」 であった。とんがらしをむしり取 る行 為 を始 めとして多 くのいたず らがある。いわしも投げ込まれたものだった。しかし栗や松茸などは 物置などに置 かれたものだ。しかもここの場面では、栗が丁寧に 「か ためて」置 かれていたのだ。この 「栗の置かれた状 況」の描写 が兵十に 何 とか理 解 してほしいという ごんの 「心情 」を象徴 しているように理 解できる。 「おや。」 と、兵十は、びっくりして、ごんに目を落としました。 「ごん、おまえだったのか。いつも、くりをくれたのは。」 ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。. −84−. ( 84 ).
(14) 理 解 す る者 も、相 手 になる者もいない。ごんは孤 立 した存在 である。 ごんの孤 独 は周 囲 の関 係 から断 絶 さ れた孤 立 の中 にある孤 独であ った。それが 『ごんの生きる世界』であった。 一 方 、兵 十 はどう であったか。 「 兵 十 も母 の死 によって孤 独 になっ た」とごんの目には映った。しかし兵十の孤独は孤立ではない。 『村 人 たちが暮らす 世 界 』の一 員であり周囲 には多 くの人々 がいる。母 親 の葬儀にも多数の人々が駆け付け、手伝いをし葬儀に参列している。 加助などの友人もいて 「お念仏」にも参加できる。兵十の孤独は家に 一人でいることの孤 独であって孤 立した存 在ではないのである。兵十 は 『村人たちが暮らす世界』で多くの人々と暮している。兵十の身に 起こった不思議なことについても相談できる相手がいるのだ。 つまりごんがいる 『ごんの生きる世 界』は誰とも接点のない孤立し た世界、兵十がいる世界は他の人々とつながる世界であった。ごんの 悲 劇 は孤 立 した世 界 に生 きているごんが孤 立 から脱 出 しよう とす るあがきのよう に思 えてならない。兵 十 を含 めて、連 携 し、共 生 す る 『村 人たちが暮らす世界』へのあこがれだった。そこにこの物語の不 条理が垣間見える。孤立の世界と共生の世界、二つの世界があまり にも重なり合って存在したことによる悲劇なのかもしれない。. 過 去 に倉 沢 栄 吉 は 「 ごんぎ つね」について 『新美南吉の 「 ゴンギツ ネ 」がなぜ立 派 な文 学 作 品 であるかという と、それはゴンが死 ぬか 17 らです。』続けて 『ゴンの善意は結局報われることなく自分の命を落 とすという最大の犠牲、人間世界と孤独なきつねとの通じ合いがよ うやく達成された途端 に子ぎつねは命を落とさなければならない という 宿 命、かなしさ 、なるほど人生とはそう ゆう ものかと教えて くれるのが、この作品の文学性である。』と指摘している。. ( 85 ). ことにとらわれる、前後の判断が未熟な人物像をイメージしてしま 15 う。』という。 以 前、初 等 国 語の受 講 学 生たちと 「ごんぎつねのいたずら」につい てともに考 えたことがある。学 生 たちは、ごんのいたず らは承 認 欲 求 ではないかという 意 見 に収 斂 していった。ごんの孤 独は深 く、他 の 誰かに自分の存在を理解してもらえないと生きていけない存在では ないか。それが 「 いたずら」の原 因 として考えられるという 大 勢 にな った。 16 また中村哲也の論にも興味がそそられる。 中 村 はごんと兵 十 との関 係 性 、ごんのひたむきな兵 十 に対 す る 「償い」の行為について次のように結論付けた。 兵十にかげながらつきまとい、いつも兵十にかかわって気を 揉んでいるごんの態度や行動はまさに 「共依存」のそれではな いだろう か。ごんはおのれ の人 生 の孤 独 や空 しさ を 兵 十 とい う 他 者 によって埋 め合 わ せよう とした とも いえる 。したがっ て 「つぐな い」とは、兵 十 とつな がる ために仮 構 さ れ た強 固 な 幻 想 の物 語 であ り、この物 語 という 紐 帯 があ れ ばこそ、兵 十 とのごんのかかわりは幻想 的 に担 保 さ れ 続けたのであ る 。ほ かでもなく、火縄銃によってごんが兵十に射殺されるまで。 学 生がいう「他者からの承認欲求」また中村がいう「共依存」はと もにごんの内面に関わる問題であるが、一方で兵十とごんの関係は もう少し広範囲の人間関係から考えることもできるだろう。 ごんは当 初 、兵 十 については単 にいたずらの対象 でしかなかった。 しかし兵 十 に対 す る見 方 は兵 十 の母 親 の死 によって 「 兵 十 はおれと 同 じひとりぼっち」へと変 化 した。ごんの心 情 がこの様 に変 化 したの は、ごんの孤 独 が余 りにも深 かったからだ。ごんの周 囲 には自 分 を. −85−.
(15) p147. 新美南吉生誕百 年公式ガイドブック(2013) 半田市教育 委員会. ごんぎつね 現実と幻想の谷間. 注2 ひろがる言葉. 文学の教材研究. 佐藤久美子(2015) 教育出版. 注3 加藤文子(2014) 子どもの未来社. 注1. 注4. 甲斐睦郎(1986) 明治図書. 実践国語研究№61. 文学・説明文の授業. p54. 教科書本文は全てこの教育出版本文を参照した。. 小学国語4年下(2020). 注5. p112. p12. 文学の教材研究. ごんぎつね 現実と幻想の谷間. p142. p135. p127. 実践国語研究№61. ごんぎつね 現実と幻想の谷間. p129. 「ごんぎつね」の教材研究と全授業記録. 注13 甲斐睦郎(1986) 明治図書. 注14 甲斐睦郎(1986) 右同. 文学の教材研究. 注15 佐藤久美子(2015) 教育出版. 注16 中村哲也(2007) 文学作品の特性と読みの指導. p61. ー「ごんぎつね」の語りの構造を中心にー. 表現過程の追跡による読解指導. p51. 福島大学人間発達文化学類論集第6号. これからの読解読書指導. 注17 倉沢栄吉(1972) 国土社. (おくむらつとむ/北海道教育大学釧路校非常勤講師). ( 86 ). 「ごんぎつね」の教材研究と全授業記録. p117. p113. 甲斐睦郎(1986) 右同 p117. 甲斐睦郎(1986) 右同. 注7 甲斐睦郎(1986) 右同. 注6. 注8. p49. ごんぎつね. 文学作品の読み方Ⅱ. 阿部. 国語の授業. 昇(2010) 日本標準. 注9. 注10 益子広則(1977) 一光社. p124. 実践国語研究№61 「ごんぎつね」の教材研究と全授業記録. 注11 甲斐睦郎(1986) 明治図書. 注12 佐藤久美子(2015) 教育出版. −86−.
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