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労働基準法第78条論(1) : 労働者の「重大なる過失」についての覚書

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(1)Title. 労働基準法第78条論(1) : 労働者の「重大なる過失」についての覚書. Author(s). 小川, 環. Citation. 北海道教育大学紀要. 第一部. B, 社会科学編, 19(1): 41-56. Issue Date. 1968-09. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/4338. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 第1 9巻 第 1 号. 北海道教育大学紀要 (第一部B). 昭和43年9月. 労 働 基 準 法 第 78 条 論 Q) -- 労働者の 「重大なる過失」 についての覚書 --. 小. 川. 環. 北海道教育大学札幌分校法律学研究室. The theory of Laboー北 Standerds Act Art i cle 78. 目.. 次. 1 問題の所在と限定 虹 1. 制度の継承性ないし踏襲性ということについて は じ め に. 2 労働者災害補償制度史素描 3 労働者の 「過失」 の成立と 「重大なる過失」 への転換及び解釈. ( 1 ) 鉱業条例と労働者の「過失」の成立 2 ( ) 工場法の成立と 「重大なる過失」 への転換 { 3 ) 重大なる過失の解釈 4 m. む. す. び. (以上, 本号). 過失相殺的思想ということについて. 1. は. じ め に. 2 行政当局がとる災害補償制度の法理 3 「過失相殺」の法理の素描と災害補償制度 4. む. す. び. 〔補論〕 労働者の注意義務ということについて . 工. 問題の所在と限定. 労働基準法第78条は労働者が 「重大なる過失」 によっ て業務上負傷ま たは疾病にかか た場合 っ , 使用者はその過失について行政官庁の認定をうけたと きは休業補償及び障害補償に限 て使用者の っ 補償責任を免除することを規定したものである またかかる場合 政府は労働者 災害補償保険法に , , よる保険給付の全部または一部を支給しなくてもよいとし ている (同法19条) すなわち これら , , の規定は災害補償条項のうち使用者・政府が補償責任・給付責任を免除・制限をされる唯一の規定 で あ る,. しかし, 今日先進国家の立法例をみると労働者の 「重大なる過失」 による使 用者・政府 の補償責 - 41 -.

(3) . 小. 川. 環. 任・給付責任の免責条項 はく, 使用者・政府の無過失責任を徹底化する方向におい て 「犯罪」 と 「故意」とに厳格 に限定し, それによって災害が惹起された場合のみ免責されるものとしている, つ まり労働者の 「犯罪」 ・ 「故意」 という客観的に判断できる要因のみが免責事由であり, 過失責任 主義にひきもどすような主観的要因をもつ 「重大なる過失」 によって労働者が業務上災害を蒙 って も使用者・政府は補償責任・給付責任は免除されないとされている, こうみると労基法第78条・労 災法第19条は, 労基法が生存権理念をうたいそれを基調としている災害補償条項の中にあって, 個 別資本の無過失責任を否認するが如き規定である, これはわが国の国家権力や資本家階級の災害補 償責任に対する基本的認識なり態度なりを示めす独特なものとして注目してよいものではないかと 考 え る の で あ る.. ところで本条の立法趣旨に対する行政当局の見解は次の如くである, ずなわち 「世界各国の立法 例をみると, これらの補償についても, 労働者の重大なる過失を免責事由としないのが 通 例 で あ る」 ということを認めつつ, だがしかし 「本法が工場法及び鉱業法の制度を踏襲して, 過失相殺的 1 )ものであるとし それは特に労働者に対し安全衛正に関する注意 な思想に基くこの設けた ……」( , を喚起するため, または, 労働者の安全衛正に関する遵守義務に鑑みたものであるとしている, また災労法第19条に対する立法理由も表現上のュニァソスは異なるが同様の視点から説明を加え ている, すなわち 「本法による保険給付は元来, 業務上の傷病等に対しておこなわれるものであっ て, 保険給付の対象となるべきこれら傷病等が労働者の故意によるものであれば, 業務との因果関 係は成立しない. したが っ て, このような場合に保険給付は行なわないことは当然である, また労 働者が, 故意の犯罪行為または重大なる過失により被災し, または原因となった事故を発生させた 場合の支給 制限は保険者の対抗手段として行なわれるものであって, 労働者の注意を喚起するため 2 )として 「故意による犯罪」 と 「重大なる過失」 がある場合は保険者はその にその意義がある」( , 対抗手段として支給制限すること, さらに労働者に業務遂行上当然要求される注意義務と喚起せめ る 目 的 で あ る と の 二 つ を 立 法 理 由 と し て い る,. ここにおいて労働者の 「重大なる過失」 に対する補償・給付責任の免除ないし制限についての行 政見解は統一的に確立されていると考えてよいであろう, つまりこれらの規定の根拠は, わが国戦 前の労働者災害扶助制度を踏襲ないしは継承したということと労働者の業務遂行上当然要求される 注意義務潔怠に対する過失相殺の思想によることの2点に帰着できるものと考えられる. 以上が行政当局の本条に対する基本的見解であるが, その論 点を現行労働者災害補償制度の原理 に照らし検討すると, これらは必ずしも妥当な立法理由とはいいがたく, むしろ制度の本質に反す るものいわざるを得ないのである, というのはこうである, 先ず第i点, 戦前の災害補償扶助制度 の継承性の問題であるが, 戦前のこの種に関する制度はその名も示めす如く 「補償」 ではなく主観 3 )によって論ぜられた如くその規範的イデロギーは 的響きをも った 「扶助」 であるし, 多くの学者( . 慈恵的恩恵主義によって貫ぬかれたものである しかし戦後の災害補償制度は憲法第25条が国民わ 7条が特に労働者に対して生存権・労働権を具体化し, そ けても勤労者の生存権を規定し, 憲法第2 4 )そこに働く れをうけついで労基法が労働関係の場で資本の事実的支配を排除する ことによ って, ( 労働者の生存権・労働権を保障してゆこうとするその 一つの制度として成立しているのである, だ とすると災害 「扶助」 制度と災害 「補償」 制度とはその原理を異にしているというべく, 「扶助」 制度に対する反省・批判・断絶を媒介としてそれを支える規範的原理は全く新しい生存権的規範原 理に転換をしてい るのである. 従って類似的制度であるからといって当然法技術的側面のみをとら え る こ と に よ っ て 承 継 さ れ て 然 る べ き も の だ と み る べ き で は な い と 考 え る.. - 42 -.

(4) . 労 働 基 準 法 第 78 条 論 m 第2点は 「労働者の業務遂行上 当然要求される注意義務」 の解怠とそれに対する 「過失相殺」 の 態想ということである, まず労働者が業務遂行上当然に要求される注意義務の内容とは 「本法 (労 基法-引用者) 及びその附属規則に労働者の安全衛生規則の中には, 労働者に義務を課している場 5 )ので これらの義務について労働者に注意を喚起するところに本条の立法理由がある 合が多い」( , ということであるが, これとても 「労働者の注意義務の喚起」 を理由として立法化するのであると すれば, 労働者に対する制裁的意味をもち, 使用者・政府が対抗手段として補償・給付責任を免除 ・制限を内容と する条文を立法化するだけの理由とはならない, 業務遂行上要求される注意義務と は事実上の行為であって, 災害補償制度とは関係はないのである, かかる労務遂行上における事実 行為の存否をも って災害補償責任の可否を論ずることはできないのである, それはすでに労基法第 44条が労働者の危害防止義務を規定しているのであり, これでこと足りていると いわざる を 得 な い. まして労働災害が労働者の不注意・怠慢・ 過失等の主観的要因をこえたころの, 危険の内包す る労働過程において,いわば 「さけがたき」 偶然として発生するものであり,かかる事故が労働者の 生活の破壊をもたらすものである以上, 上記の如き説明では立法理由とはならない, しかも労働者 の注意義務の伽怠に対する過失相殺的 性質をもつものだとつけ加えられるとき, 益々も って個別資 本の無過失責任を基礎として労働者の生存権保障を基調とする災害補償制度の制度的本質に反する も のだ と い わ ざ る を 得 な い の で あ る,. また行政当局が何故に過失相殺の法理を導入し立法理由としたのかは, 単に 「災害補償制度の本 旨が労働生活に起因する 労働不能に対する補償の確保に あることからして, 当事者間の利益の調整 6 )のみが説明されていない しかし 「過失相殺」 の法理は本来的には個人主義的 を主張として」く , , 市民法原理に立脚し, 当事者間の利益調整を公平の原則によって解決しようとすることを本旨とし ている, かかる市民法上の過失相殺の法理 (例えば民法第722条2項・第418条参照) を労働保護法 上の補償制度まで導入してもよいか甚だ疑問といわざるを得ない, さらに附言しておけば, 労働者の 「重大なる過失」 は使用者の一 方的挙証のみに委ねられている ことをみると, これが不当に拡大解釈される可能性を秘めており, 現に拡大解 釈されて私傷病扱い さ れ て い る, (労 災 法 が 保 険 料 の メ リ ッ ト性 を 採 用 し て い る こ と か ら し て な お さ ら の こ と で あ る) ,. だとすると使用者・政府の免責事由は不当に拡大される可能性をも っている. 以上本条に対する行政見解についていくつ かの疑問を提出したわけであるが, 先述した如く本条 及び労災法第1 9条が, 災害補償制度中, 唯 一の使用者・政府の免責規定・ 給付制限規定であること からして, 使用者の補償責任に対する抗弁理論になりかねないのである, こう考えてくると, これ igence に 類似 し て i butory negl r ら の 規 定 は か つ て の イ ギ リ ス に お け る Common Law の Cont. 労働者災害補償制度の意義は大半失われることになる, 本稿においては行政見解に対する疑問点を中心としながら, あらためて労働者災害補償制度を労 働者の生存権・労働権を保障する制度とする観点から本条の法的本質を検討してゆきたいと考える, (注) 5 4頁 (以下労基局「労基法」と云う) 1 , 労働省労働基準局編「労働基準法」(下)8版7 1年度版2 8 8~9頁. 2 . 労働省労災補償部編著「改訂版・労働者災害補償保険法」4 9号). 4 5頁以下, 荒木誠之「労災補償の生活保障的特質」 (労働法1 3 , 沼田稲次郎教授著「労働法論」上巻4 」第7巻所収3頁 」 (「 新労働法講座 」2 5 頁 青木宗也教授 「 労基法の基本理念 前掲書 1 4 ~ 2 1 4 沼田教授・ 「 . . 5頁以下), o巻所収1 6 以下)・同教授 「就業労働者の保護」・ (「現代法と労働」現代法講座第l 6 7頁, 5 . 渋谷直蔵者「労働基準法の詳解」3 - 43 一.

(5) . 小. 川. 環. 6 8 5 )所収1 0頁による, , 深山喜一郎 「業務上外の認定」 労働法大系{ 〔付言〕 1では 「重大なる過失」 を表現したが, 亘以下の本文の中では単に 「重過失」 とした ,. 制度 の継承性ないし踏襲性ということについて. n 1.. は. じ. め. に. 行政当局は本条の立法理由の一つとして, まず戦前の鉱業法及び工場法のこの種に関する規定を 踏襲 し た も の で あ る と 説 明 し て い る ,. ここでは本条 が規定する労働者の 「重過失」 による個別資本の補償責任の免除が, いかなる目的 のもとに災害補償制度成立史上形成されてきたかを 明らかにしてゆきたい さらに鉱業法や工場法 , において 「重過失」 が政府や官僚によっ て, どのように解釈されてきたかも検討してゆきたいと思 . 云うまでもなく本条を災害補償制度の中における位置及び規 範的意味内容を検討する場合, 旧法 だといわれる鉱業法・工 場法のうちにおける使用者の扶助免責の規定が, いかなる社会政策的意図 のもとに立法化され, いかなる解釈のも とに運用されてきたかを分析しないと 本条の存在理由は , 明らかにならないし, 本条に対する法 的評価も明らかにされない つまり本条を解釈・運用する場 , 合その条文の歴史性を明らかにしないと, その歴史的過程 の中で形成される思想性が明らかになら ない, かかる歴史性と思想性が明確に把握されない限り, その条文を解釈・運用するにあたって, 法 的 表 現 が 同 一 で あ る か ら と い っ て, 戦 前 の、 そ れ に よ っ て 解 釈 ・ 運 用 し て よ い と い う こ と と な り. まさに法没価 値論的となり, さらには法条至上主義とならざるをえない . まして戦後の災害「補償」制度は, 戦前の災害「扶助」制度の主観性を破皮し, 憲法第25条・第2 7条 を根拠 として 「労働者が人たるに 値する生活を営むための必要を充すべき」 (労基法第1条) こと を規範的原理として, 労働者の生存権・労働権保障を理念として成立したものである 鉱業法・工 . 場法の中で形成さ れたものが当然継承 されて然るべきだとするのは, まさにこの労基法の基本的原 理・基調を否定する ものであり甚だ不合理といわざるを得ない . 以下, 災害補償法の歴史的 形成過程との関連のなかで, この問 題をまず検討してゆきたいと思う の で あ る,. 2, 労働者災害補償制度史素描 1 ( ) 日本資本主義は西欧諸 国のそれに比して極め ておくれて発展した そのために世界の先進諸国 , に伍して,資本主義的生産 様式をとるためには,絶対主義権力によっ て急激にしかも強力に資本制生 産体制をおこす必要 があった,明治絶対主義政府はまず官営工場を創出をはかり これを基軸として , 鉄道交通機関を創設し鉱山の開発をした, あるいは特殊な保護を加えて私的企業を育成していった のである. 従 って明治初期に おける産業体制の中に占める国家 資本としての官営企業の位置は 極め て高度であり 且つ中心的なものであった 資本主義の発展が西欧諸国においてはマニファ クチュア . から大工 場への漸次的発展へと,いわば順当な発展に比して わが国の場合それは逆に一方において , 広汎にマニファ クチュ アを残存せしめながら, いきおい絶対主義的国家権力 が上から国営大企業を 創出しこれを挺子 として資本主義的生産を 展開していっ たのである ここに おいては生産手段の優 . 劣がひどく労働力 の質も未熟なも のであっ た これに加えて より根本的には低 賃金・無制限な労働 . , 時間・労働 強化あるいは深 夜業の恒常化等労働者をとりまく労働条件は まさに監獄的奴隷的労働 , であっ た,かかる労働条 件のもとで労働者が労 働することは その未熟な労働経 験とあいまって労働 , 者の慢性的疲労をまねき労働災害を異常に誘発する原因となった 従って労働者に労働を遂行させ , - 44 -.

(6) . 労 働 基 準 法 第 78 条 論 雄 主産を強行 するためには, なによりもまず労働災害の防止 策を考慮せざるを得なかった, 西欧諸国においては資本主義的生産様式が体系的に確立する初期の段階において, その生産様式 に適合するような労働力の創出・陶冶するための労働(力)立法, いわゆる 「惨虐立法」 が登場する 1 むしろわが国におい ては上 のが一般的であるが, わが国におい ては, かかる立法をみていない() , 重の如く官営 工業を基点として資本主義的産業体制を強引に確立していっ た事情を反映して, 原始 的 「労働」 立法は官業労働者を対象とする業務上災害の 救徳という 「保護」 立法の形態で出現した のである, ここにわが国の労働立法出現の特色がある, 明治8年の 「官役人夫死傷手当規則」 (大政官達第54号), 同12年の 「各庁技術工芸ノ者就業上 死傷ノ節手当内規」 (大政官達4号) がそれである, また軍事工場においては 「造船所定雇職工 規 制」 (同9年海軍省達用2号), 「兵器局定雇職工規則」 (同11年海軍省連用3号) -- 後あわせ て 「海事工夫規則」 (同16年海軍省達29号) となる---が, 雇用条件・雇用期間・賃金・昇進・解 雇・労災扶助・退職金及び使用証明等を定めており, 僅かながら就業 規制による近代的雇用関係の 2 ) 創設 が 企 図 さ れ て い る こ と を 発 見 で き る( ,. このように, わが国においては明治10年前後までに労働者の業 務上災害に対する法的 規整は国営 企業・軍事工場のみ を中心としてそこに働く労働者を対象として急速に整備されてく る,これは日本 資本主義が富国強兵・殖産興業の国是の下, 国営大企業における就練職工の保護を通じて, わが国 3 ) 産業の横幹となる べき官業育成を至上の急務としたためである( , だが資本蓄積と工場生産方式の導入を焦眉の急務とした 一般民間企業においては原生的労働関係 とそれにもとずく劣悪な労働条件が 支配的であり, ここおいては労働 「保護」 法を導入してゆくだ けの余地は全くなか った. だから極 端に劣悪な労働条件のも とにおかれた 労働者は自然発生的な反 抗を行なうようになり, 原生的労使関係の最も顕著な鉱山や紡績産業において労働者のス トライキ 9年), 大 1 0年), 甲府両宮生糸工場 (同1 が瀕発するにおよんだ, 例えば高島炭坑 (明治5・1 イキがそれである 三池炭砿等のストラ 砲兵工廠 ) 2 その他三重紡績 阪天満紡績会社 (同 7年 , こ , , のような労働者の反抗と抵抗に対する国家権力の回答は当然おこなわれた, それはス トライキ対策 ・治安対策を 核とし, 副次的に災害 「救煎」 制度の確立であっ た, すなわち明治10年の 「製造所取 3年の 「鉱業条例」 がそれである. だがこれらの規則の特徴は労働災害の 「補償」 を 締規則」, 同2 警察的 「取締」 の観点から 考えられていた, とくに 「鉱業条例」 においては鉱業労働者の安全衛生 を目的とする鉱業警察が確 立されたのであるが, ここのことからも明らかなように, 労働者の安全 衛生さえも生産力保持の観点から警察権力の 介入によっ て維持しようと考えられていたの である, しかし, 日清・日露戦争を契機として, 日本資本主義は急速に産業資本主義確立の段階に入り, 4 ) 諸工業の発展にともない 工場労働者数 ようやくこれに対応する近代的労働運 動も発展してきた( , も激増してきた, だが民 間企業における労使関係は近代的方向をたどらず, むしろ, 前期的原生的 労働関係の維持・拡大にすぎなかっ た, それだけに深刻な労働問題を惹起し, より過激な運動を展 開した, このような状 況を背景に労働政策も 「保護と取締」 を分離化することによって, 別箇の法 制とし前者を可能 な限り消極的にすすめながら 後者を 「治安立法」 という形で積極的に推進した, 前者が民間労働者を対象とする, わが国初の社会政策立法だといわれる工場法であり, 後者が労働 組合運動は反治安 運動であるとして警察的弾圧を中心においた治安警察法 (明治33年法36号) であ り, それを基軸として行政執行法 (明治33年法84号), 警察犯罰令 (明治41年内務16号) 及び各府 県の警察法規であった. このようにとくに民間労働者に対する労働政策は, 極めて消極的保護政策 5 ) を徹底的取締・弾圧政策となってあらわれてきた( . - 45 一.

(7) . 小. 川. 環. また 民間における保護立法として注目されるのは海上労働者 (海員) の雇入・解雇・虐役・ 給料 不払等に関する定めをふくむ 「西洋商船海員雇入雇止規則」 (明治12年大政官布告第9号) --そ の後明治32年旧商法 (法48号) 第5篇海商・第2 章船員第2節海員に発展してゆく・ー- である こ , れは当時の海運業が官業と同じ政府の保護・監督下 に置れた大企業であることとほか に そ の 労 , 働の特殊性のゆえに比較的早く発達 した海上労働保護に関する国際的 基準がその促進を う な が し 6 ) た, (. 以上が明治初・中期の労働 「保護」 立法の素描であり, 本稿ではこれ以上 の詳論はさけあらため て別稿で検討したいと思う, ( 1 ) 2 ( ) { 3 ) 4 { ). 平野義太郎著「日本資本主義社会の機構」3 0 6頁以下. 秋田成就教授 「日本労働法史」 (戦前) (新労働法講座・第1巻所収2 5 5頁), 例えば山田盛太郎著「日本資本主義分析」6 7頁以下. 沼田教授は次の如く述べられる, すなわち 「近代日本労働の出発は日清戦争後産業資本の確立 (明治3 0年八. 幡製鉄所設立) をみ, 軍事工場や鉄工業の発展によって鉄工が著しく増加する明治30年における労働組合期成 会の成立からだといってよい」 と (同教授・ 「労働法」 日本近代法発達史第5巻所収・18頁) .. { 5 ) 同教授 「前掲論文」2 3 3頁, ( } 石井照久教授 「海上労働に関する法的規整の発達」( 6 1 ) { 3巻1~2号), ただ海上労働に関す 2 )(法律時報第1 る法的規制は, もっぱら 「保護」 についてのみ規定したのではなく 「取締」 の側面もあったことをみおとして はならない.. ( 2 ) 明治10年前後における業務災害に対する 「愉救」 の趣旨・形態をみると明 治7月12月 8日に成 立した 「値救規則」 (大政官達第162 号) にそのみなもとを発するものと思われる この 「規則」 , は明治政府が急速に外国法制 (技術や経済制度とともに) を継受し, 資本主義の樹立を 急 ぐ 過 程 (いわゆる本源的蓄積過程) において, 労働力の創出・陶治が必要であっ たり, 地租 改正による農 1 ) 地の収奪は窮貧の農民を浮浪化をきたしたため, その治安維持のために制定されたも のである( . また, わが国の 「規則」 は天皇の仁恵性と封建的家族主義的恩恵のモラルとが微妙に結びついたも のを基本的イデオロギーとし,権利・義務性の観念は当然のことながら稀薄なものであった,つまり 本来の意味での Poor Low ではなかっ たのである, かかる国家権力による ”血救」 政策は, 労働 者に対しても特殊な場合--労働過程からほおり出された労働無能力者, しかも官業労働者と鉱山 労働者と対してのみ--‐のみ対象となり, 前述した如き特別 「立法」 の形態をとって再現される , このようにわが国の労働 「保護」 立法は, 天皇の仁徳性のもと家族主義的共同体扶養思想とから みあいながら, かかる観点から 「救他」 制度として法制化され出発したものである, その内容もそ の名の示めす如く, その額も極めて小額で 「一時手当金」 の支給であっ て業務上災害に対する 「補 償」 ではなか った, だが上述した如く, すべての労働者に適用されたわけではなく官業・軍事工業 の労働者のみを対象としたものであり, 民間労働者に比して差別的特権的に保護されていたのであ る, 他方鉱山労働者については, その労働形態の特殊性の故に 「取締」 の 観点 よ り 明治6年7月 「日本坑法」 (大政官布告第259号) が制定されたが, これは主として鉱業操業上の規制に関 す る 2 ) かように労働者保 ものであって, 労働者保護に関してはほとんど考慮 がはらわれていなかっ た( . 護法制の未整備な状 態にかかわらず, 北九州地方を中心に次第に採炭 が大規模に行なわ れ は じ め た, このため鉱山労働者は納屋制度の下に奴隷的苦汗労働と低賃金にあえぎ遂には 高 島 炭 坑 (前 出) のス トライキをはじめとして, 苛酷な労働条件に対する反抗が続発し鉱山労働が深刻な社会間 - 46 -.

(8) . 労 働 基 準 法 第 78 条 論 m 7号・同25年6 題を提起していっ た. 政府の これに対する回答は 「鉱業条例」 (明治23年9月 法第8 3 ) この条例は鉱山における災害率の高いことと着眼し, 扶助に関する規定は 月 1日施行) である( , 当時として詳細に定め罰則をもって履 行を強制しているのであるがその効果は充分ではなかった, これは地下労働である鉱業の特殊性のための労働の危険及び困難に対する安全衛生に関する鉱業警 察上の措置であって, 「救伽」 以外のなにものでもなかった, しかしながらこの条例も施行後10余 年にして鉱業の発展に遅れ, その規定が実際的でなく規定の不備を 利用して不正行為が行なわれる 等の弊害をみるに至った, そこで政府は 「多年ノ経験二鑑ミマシテ, 右ニ述ブル幣害ヲ矯メテ, 益 4 )に鉱業条例を全面的改正して 「鉱業法」 (明治35年第16回帝国議 々鉱業ノ発達ヲ 図ラムガタメ」( 8年3月 法第45号で公布, 同7月 7年第21回帝国議会に再提出し同3 会に提出したが廃案となり, 同3 施行) を制定した, 明治30年前後を通じて, わが国の資本主義が産業資本主義確立の段階を迎えたが他方労働者階級 の状態は益々悪化の道をたどった. ことに日露戦争によってインフレ, 労働強化, 増税などが促進 され労働者の窮乏化は耐えがたきものとなった, 労働災害や傷病も激増の一 途をたどっ た, かかる 労働者階級の窮乏化は治安警察法による弾圧下におかれていにかかわらず, 労働者の反抗と斗争を 激発せしめずにはおかなかった, 例えば同39年の電車賃値上反対斗争, 石川島造船, 則子銅山, 大 阪砲兵工廠の大争議, 40年の足尾銅山の大ストライキ等がそれである, これらの争議の多くは自然 発生的な斗争の域を脱しなかったが, やはり当時の労働 者の窮乏化した生活に深く根ざしたといっ ・は 「工場法」 を制定させるところの本質的契機であった, かく てよい. これら労働者の激しい斗争 4年に工場法を議 40年工場法制定の準備にとりかかり, 明治4 とった政府は て階級斗争を敏感に感じ 会に提出し, 遂に公布をみた, このようにわが国の労働 「保護」 立法は, まず官業・軍事工業の労働 者を対象に 「救髄」 制度か ら出発し, 明治38年 「鉱業法」 ・同44年 「工場法」 の制定--民間労働者を対象とし, 個別資本に 扶助責任を負担し せめた--により新たな労働者災害扶助責任制度が実現したのである. 1 2時間労働) を ところで工場法の内容は第1に工場内の女子及び年少に対して労働時間の制限 ( 深夜業の禁止及び危険有害作業に就業さ せることの禁止を規定した こと, 第2に工場災害により死 亡若しくは負傷し, 又は職業病に冒された労働 者に対し一 定の扶助金の支給を雇に命ずることをき めた災害扶助 制度を規定した こと, 第3には工場監督という専門の 監督機関を設けて違反の摘発に あたらせ罰金刑をもっ てのぞむ工場監督制度を規定したことが主要なものである, このように工場 法は工場災害につい て全面的な扶助を定めた点で, 女子・年少者に対する標準労働時間を確立した 点で, さらには従来の如き警察官による片手間の取締りではなく特別の監督機関によっ てその実施 5 ) 戦 を保障した点で, たとえ誠に徴温的不徹底な性格を遺憾なく表現させたものであるとはいえ( , - - --明 てよい つまり労使関係の基本を民法典 画期的意義をもつものとい 前における労働法史上 っ , 治23年施行-- の支配にゆずり 工場労働の具体的諸弊害をこれとは個別的に処理するという, いわ 6 ) ば 労 働 法 的 課 題 に と り く ん で い た こ と は 否 定 で き な い の で あ る( ,. ・工場法が規定する扶助の対象となる事故とは 「職エノ重大ナル過失二依ラ」 ないところの業務上 負傷・疾病・死亡であり労働災害と職業病とが対象となった, また扶助の範囲は, 本人又はその遺 族にまで拡張され扶助 内容も療養費負担, 療 養中の休業中の休業手当50%, 廃疾に対する扶助料・ 遺族扶助料・葬祭料・療養開始後3年経過しても治癒しない場合のみ打切扶助等の設定等, 現行災 害補償制度の内容の原型ともいえる, さらに附言しておけば労働者の 「重過失」 について工業主に 立証責任を課してい ること, 同一原 因による民法上の損害賠償請求権との競合につき調整規定をお - 47 -.

(9) . 小. 川. 環. いたこと, および労働者の扶助請求権が解雇によっ て変更されない旨を明示したことである . G主) ) 小川政亮教授は, わが国の救貧政策の特徴を治安維持的性質と同時に天皇の仁恵性を強調され次の如く述べ ( 1 られる。「一般に救貧法成立の本質的契機として治安維持的要請を看過することはできないが わが国の場合は , , 幕末より引続く貧農民大衆の全国的蜂起と対決し つつ, 苛烈な資本蓄積過程を強行していくにあた て 絶対 っ , 主義的天皇国家権力による容赦ない鎮圧政策がとられたが, 治安維持のためには それと並んで人民に天皇制 , 国家が, ありがたい仁恵の施し手であるとの感覚を持たせる必要があった」 (同教授著 「権利としての社 会保 障」 2~3頁・9頁) と, ( 2 ) 日本坑法の内容と時代的背景については石村兼助「鉱業法」 (日本近代法発達史第3巻所収) ”~1 9頁. ( ) 石村・ 「前掲論文」25頁・なお 「条例」 の制定理由は政府の発表によると次の如くきものである 3 , 「鉱業条例制定ノ目的ノ・鉱業上国民ノ権利確定シ, 鉱業発達ノ道ヲ開キ, 鉱業人ヲ保護奨励スルアリ 然し , ドモ鉱業ノ為メ他ノ権利ヲ侵害セシムベカラズ, 故ニ職エノ保護, 公益ノ安全ヲ計ルノ規定ヲ設ケザルベカラ ズ. 明治6年発布ノ日本坑法ノ・其規定甚ダ不完全ニシテ, 社会及び鉱業ノ進歩シタル今日ニ於テハ 此法律ニ , 依テ其目的ヲ達スルコト能ハズ, 固テ之ヲ癌シ新ニ鉱業条例ヲ制定セラレタリ」 と (隅谷三喜男著 「日本賃労 働史論」321~2頁による),. ( 4 1回帝国議会鉱業法案委員会における清浦農商務相の提案理由説明, 明治3 ) 第2 7年1 2月1 9日. ( } 岸本英太郎教授は工場法の微温性について 「日本の労働者階級の未成熟と階級斗争がその萌芽のうちに徹底 5 的に弾圧されたことに基因したが, ともかく, 工場法の制定によって絶対主義の支配を補わざるを得なくなっ たことは階級対立主義による階級支配に新たなる時代が到来したことを意味していることは言うまでもない」. (同教授著「社会政策論」2 0 5頁) と述べられる, { 6 ) 吾妻光俊教授著「近代社会と労働法」9 3頁 3 , 労働者の 「過失」 の成立と 「重大なる過失」 への転換及び解釈 1 ) 鉱業条例と労働者の 「過失」 の成立 ( 災害 「補償」 に関する立法形成過程の中で, 労働者の 「過失」 =軽過失にもとずく使 用者の 「補 償」 義務を免除する規定は 「鉱業条例」 に第72条にその端初を発見することができる, 第72条. 鉱業人ノ ・左ノ場合二方 冬テ其ノ雇入鉱夫ヲ救飽スベシ, 其ノ救飽則 ニ所轄監督署ノ認可. ヲ 受 ク ヘ シ, 1, 鉱夫自己ノ過失二非スシテ 就業中負傷シタル場合二於テ診察費及び療養費ヲ補給 , スノレコ ト. 1, 前項ノ場合二於テ鉱夫療養休業中相当ノ日当ヲ支給スルコ ト 1, 前項ノ場合二由り鉱夫ノ死亡シタル トキ埋葬料ヲ補給シ及遺族ヲ支給 スルコ ト 1. 前項ノ負傷二由り廃疾 トナリタル鉱夫二期限ヲ定メ補助金ヲ支給スルコ ト これは鉱業条例中, 労働者の 「救飽」 に関する唯 一 の規定であるが, これはそれ以前の官業・軍 事工業における救伽制度の中には見られなかった規定である, すなわち, 災害 「補償」 について労 働者の 「過失」 の存否が問われたのは, この条例の出現をめぐ っ て大きく転換し登場してきたので ある, 以前における官業企業・軍 需工場における災害 「救髄」 が前述した如き富国強兵・殖産興業 の国是の要請を反映して, その基本的イデオロギーにおいて, 天皇の仁徳性と家族主義的恩恵性と を微妙にからみあわせ, それを基礎としていたのである. かかるイデオロギ ーを基底と する, 災害 「救徳」 制度は, はじめから労働者の 「過失」 の存否は問題にされなかっ たのであり, ま た 「過 失」 の存否を問わず, 「救他」 をしていったのであっ て導入する必要はなか ったとい ってよいであ ろ う.. - 48 -.

(10) . 労 働 基 準 法 第 78 条 論{ 1 ) しかし明治13年に官業の民間払下げ方針がとられるに至り, 企業主体が国家・政府から個 別的企 業主 へと移行に伴い災害扶助責任の主体も当然国家・政府から私人である民間企業主に移転してい った, しかし 「扶助」 のイデオロギー的本質は天皇の仁恵性から企業主の慈恵的恩恵主義にすりか わ ったのみであっ てその本質はなんらかわりなく, あらためて家父長 的家族主義の視点から再編成 さ れ て ゆ く の で あ る,. かかる扶助主 体の変化の中で被災労働者に対する 「扶助」 責任は 労働 者の 「過失」 の存否を問 , ういう形で狭陽化しその姿を継承され再現されてくる つまり 「政府と政商・巨大資本との結びつ , 2 ) きを深めながら( 」, とにかく私的資本と 私的労資関係の中で個別資本が 「扶助」 責任 を 負 う 以 労働災害 上, が労働者の 「過失」 によって惹起せられたる場合は, 扶助責任を免除するのは然当で あ る と い う市 民 的 契 約 原 理 に 立 脚 し て い た の で あ る ,. 3 )は労働者保護に関して上述した救他について規 定 (罰則85条-罰金10円以下10 鉱業条例{ 0円以 下) のほか, 賃金, 労働時間について も規定し詳細に定められていたが, 当時は必ずしも鉱業 人の 直接的労務管理が現実的課 題となっていたわけではなく 依然として飯場制請負労働 が鉱山におけ , る普遍的労働関係 であったという事情から, 条例を実施するための鉱夫保護関係の省令も遂に制定 4 ) されず, 労働者保護に関する規定は事実上空文化・死文化をまぬかれなかったのである( , こ の 鉱 業 条 例 は 施 行 後10年 「明 治23年 二 設 定 セ ラ ル レ タ ル モ ノ デ ア リ マ シテ 其 後 鉱 業 ノ 進 歩 発 ,. 達二付イテ, 其規定が時運二適合セズ官民共其ノ不便ヲ被ムッテ 居ルョウナ次第」 で廃止されあら た め て 「鉱 業 法」 と い う 形 で 再 出 発 す る こ と に な る そ こ で 主 な る 改 正 理 由 は 次 の 如 く で あ る , . 「第1 条 例 ノ 上 二 於 テ 鉱 業 権 ノ 性 質 ガ 明 瞭 ナ ラ ヌ 点 ガ ア リ マ ス 第 2 二試掘権ト採掘権ノ差別ガ , 甚 ダ 不 分 明 デ ア ル, ソ レ カラ 被 害 予 防 二 関 ス ル 警 察 ノ 規 定 モ 周 密 ヲ 闘 イ デ 居 り マ ス 第 3 ニハ工 ,. 夫ノ保護二関スル規定ナ ドモ不十分デアリ マス, 訴願訴訟ヲ提起スル途モ甚ダ猛隆二失シテ居ル ト云ウ ョ ウ ナ 次第 デ ア リ マ シテ, 殊 二 近 年 二 至 り マ シ テ ハ, 殆 ソ ド規 定 ノ 闘 漏 ア ル ラ 機 トシテ , 不 正 ノ 行 為 ヲ 敢 テ ス ル ョ ウ ナ, 種 々 ナ ル 弊 害 ヲ 生 ジ タ 実 験 ニ モ 乏 シ カ ラ ヌ ョ ウ ナ コ ト デ ア リ マ 5 ) 」 と, ス(. つまり条例全体が現実的でないばかりではなく, とくに注意を要することは労働者保護の規定に 至っては不備もさることながら, 労働者に 「過失」 =軽過失がある場合は個 別資本の救徳義務を免 れしめることになったほか給付の標準が設けられていない 等の欠陥をも っていた 当時の鉱山労働 , が飯場制度請負労働 や友子同盟に象徴される如き奴隷的強制労働は労働災害を 激発させていったの であるが, 条例の 「 尋紐= 」 規定の不備を悪用して, 今日当然業務上災害にあたるものであっても, ー 1 故意に労働者に 「過失」 があったとし, 災害の責任を労働者に転稼し救徳義務をのがれ, ほっかむ り す る 等 の 弊 害 を 生む に 至 っ た, だ か ら, こ の 条 例 の 「救l m 」 制 度 に よ っ て, 事 実 上 い か ほ ど の 労 l. 働者が 「救 = =」 を さ れ た か 甚 だ 疑 わ し い も の で あ る, か く て 成 立し た の が 「鉱 業 法」 で あ る, し か し こ こ で も 若 干 の 具 体 化 を み る に す ぎ な い , 第80条 鉱 夫自 己ノ 重 大 ナ ル 過 失 二 因 ラ ス シ テ, 業 務 上 負 傷 シ, 疾 病 二 罷 り, 叉 ハ 死 亡 シタ ル. トキハ鉱業権者ノ, 命令ノ定ムル所二従イ鉱夫叉ノ ・其ノ遺族ヲ扶助スベシ 第8 0条は鉱業法中唯一の 「扶助」 規定であるが本条について討議, 修正もなく可決された そこ , で本条に関する政府の趣旨説明をみると次の如くである, 「…… ( 80条) ハ大林現行法 (鉱業条例) トハ変りハセヌガ, 現行法ニハ鉱夫二過失ガナカッタ ト 云ウ 場 合 ハ殆 ソ ドナ イ, ソ ウ シ テ 多 少 過 失 ノ ア ッ タ ノ ラ 谷 メ 立 ラ シ テ 救 伽 ノ 義 務 ヲ 免 ル ル コ ト云 ウ ョウ ナ コ トガ ア ッ テ ハ, 甚 ダ 面 白 ク ナ イ, 故 二 鉱 夫 二 重 大 ナ 過 失 ガ ナ イ 眼 リ ハ, 多 少 ノ 過 失 ガ ア ッ. - 49 -.

(11) . 小. 川. 環. 6 )」 と テ モ 救 伽 ノ 義 務 ヲ 尽 ス ノ ガ 宜 シ カ ロ ウ ト云 ウ ノ デ 此 ノ 規 定 ヲ 附 シ マ シ タ( ,. この立法 理由から次の重要な2点をうかがい知ることができる. 1つは国家権力が個別資本に対 して 「扶助」 責任を課そうとするところの説得の論理であり, 他の1つは個別資本に 対 し て 「扶 助」 責任を負担せしめたところの政策的意図である. 以下この2 点 を 追 求 し た い, か く す る こ と に よ っ て, 労働者の重過失が, 何故に生れてきたかを明らかにすることができよう, まず第1点の問題を検討しよう, 先の説明で明らかなように, 国家権力は個別資本に 「扶助」 責 任をおわす論理として, 鉱業法上の 「扶助」 に関する規定は鉱業条例のそれをそのまま継承したも のであり, 鉱業法上の 「扶助」 は鉱業条例の 「救飽」 とその本質において 「変りハセヌ」 としたの である, 国家権力は法文上の表現は異なるが 「扶助」 ; 「救伽」 であるとして規範的イデロオギー は同質性をもつものだとしたのである, これを基軸として鉱業条例では 「過失」 =軽過失あるのみ で資本の救飽責任を免除していたのであるが, 鉱山災害をみると労働者の多少の過失はあるもので あり, このような軽過失を 「各メ立ヲ」 して救槌義務を免除されるのでは「甚ダ面目クナイ」から, 鉱業法では過失=軽過失ではなく 「重大ナ過失」 =重過失の場合のみ扶助責任を免責す る も の と し, 鉱山資本の慈恵心に訴えて労働者の扶助を要請したのである. この国家権力の思考様式と論理は労働災害が直接的には致富衝動にかられた資本の非情な搾取と 収奪, 低賃金, 長時間労働, 奴隷的強制労働と劣悪な労働環境のうちに起因するものであり, 根源 的には資本制生産社会の機構に基因していることに対する認識なり責任を放棄していること対応し iment i ) に 訴 え ている, また 「扶助」 を 「救他」 といい, 資本の 「感情の論理」 (Log c of sent 「重大ナル過失」 が存しない限りは, 「すくってめぐ」 んでやるやるという意識は,災害の責任を当 然負わなければならない国家や資本がかかる責任と義務とを拒否していること,意味する, また, 被 災労働者の観点にたてば災害 「扶助」 ないし 「補償」 をうける権利は,彼等の生活権・生存権の法原 理に規範的根拠をもつところの社会的権利である. かかる権利を確立せず, も っぱら資本の慈恵心 に訴えて 「救他ノ義務ヲ尽スノガ宜シカロウ」 とするのは, 国家・資本が当然負うべき扶助ないし 補償責任の本質を忘れた本来転倒の論議であり, 無責任の論理である, こ の よ う に B過失」 から 「重過失」 の転換は, 国家権力が当時扶助義務を負うことに反対した,. ないしは鉱業条例のもとにおいて救徳義務を徹底的にサボった鉱業資本に対する説得の 「一法的技 術」 で あ っ た の で あ る,. 次に個別資本に対して扶助責任を負担せしめた国家権力の政策的意図を検討しよう, 国家権力が 鉱山資本に対し 「重過失」 をのぞき, 扶助責任を課したのは, 次のような政策意図があった, それ は監獄的苦汗労働と災害によ って肉体的生存の最低限の限界までふみにじられた鉱山労働者の反抗 と抵抗があり, ひいては社会不安に対する緩衝的目的をも って定立されたことは勿論であるが, 当 時の鉱山労働が 「依然たる前資本主義的存続・大鉱山にさえも旧施設と新施設との ヂグ ザグ 性 の 激化・鉱夫の 急激な生産性増大とその労働諸条件の低ガく準並びに労働力の封建的規制と の 矛 盾 等 7 ) 々( 」 の上に成立し, 労働災害が激増の 一途をたどっていたのであり, その災害は 「鉱業二従事ス ル鉱夫力其ノ業 務ノ性質上負傷樵病死亡スルコ トアルハ他ノ労役者ノ比二非ス」 程の多数であった のである, かかる労働災害の激増は 「如何二鉱業警察権ノ発動アルモ……鉱夫ノ生命健康二関スル ・全然之ヲ除スルコ 国辱」 なかったのである. そこで国家権力は個別資本に 「法律上ノ扶助」 危険ノ 責任を負す ことによって個別資本の収奪から労働力の 磨滅を防止する政策を打ち出したのである, すなわち個別資 本に扶助責任 (個別資本にと っては経済的負担なり, 経済的制裁の意味をもつ) を 課することによって,鉱山労働者の生命と健康につ いての危険を防止し,その反射的効果として 「鉱 - 50 -.

(12) . ) 1 労 働 基 準 法 第 78 条 論( 8 ) 」 を 達 成 し よ う と し た の で あ る, 夫 保 護 ノ … … 目 的(. このように鉱業条例の救他制度から 鉱業法の扶助制度への発展の中で 「過失」 から 「重過失」 へ の変化は, 国家権力が鉱業資本に対する, 扶助責任を課するための説得の論理であり, そのた めの 法的技術であっ たのである. 利潤を唯 一の目的とする鉱業資本に対して 「法律上ノ義 務」 と し て 扶助責任を課する ことによって, 労働者の安全 衛生の確保・災害の防止をはからんとした社会政策 の所産であるということができる. 従 っ て労働者の 「重過失」 の観念の形成は, 今日行政 当局がく りかえし説明するが如 き個別資本の 補償責任に対比される観念ではなく, 第1義的には天 皇制救仙 制度から個別資本の慈恵主義的扶助制度への再編成過程の中で形成されたものであるということが で き る, この こ と は 重 要 な こ と で あ る, ( 1 ) 鉱業条例成立の経済的ないし経済法的理由は, 日本坑法が鉱区について 「借区」 の名を用い15年に限って,. 採掘を許可したのに対し, 鉱山資本に近代的所有権を認める必要を痛感したので鉱業条例は鉱物所有権を土地 所有権から分離し採掘権を含めて鉱区所有権を資本に認めた点にある. これによって日本の鉱業は 「所有権の. 5頁), 2 確立」ともに本格的な発展をしてゆく (隅谷三喜男著「前掲書」3 2 ( ) 沼田教授「労働法」 (日本近代法発達史所収) 9頁, { 3 ) 隅谷教授は鉱業条例の特長を次の如く述べられる. すなわち「鉱業条例および府県取締令を基礎として成立 したものとして絶対主義的労働政策の性格--資本および賃労働に対する保護と取締-- を顕著に保持しつつ 唯一の政府条例であった」 と. 4頁 ( 4 〉 沼田教授「前掲書」2. ) 前掲・清浦農商相の提案理由説明 ( 5 5年3月 6日. 6回帝国議会衆議院鉱業法案委員会における田中三政府委員会の趣旨説明・明治3 { 6 ) 第1 4頁 ( } 風早八十二著 「日本の労働災害」9 7 50円以下の賃金に処せられる ( ) 塩田環著 「鉱業法通論」242頁, なお塩田氏は, 扶助義務に違反した使用者は1 8 、多ク無智文盲ノ徒輩ナルラ以テ法力強制 7条) について次の如く述べられる. 「蓋シ鉱夫ノ 罰則規定 (規則第6 44頁) として, 鉱業条例の も と ノ目的ヲ貫クコト難ク, 徒ニ鉱業権者ノ脱法ヲ生スル虞マレバナリ」 (同書2 における, 救他がいかに無責任であったかの反省がうかがわれる。. ( } 工場法の成立と 「重大なる過失」 への転換 2 (i) 日本における初の社会政策立法だといわれる工場法においても, そのままこの規定はいきつ が れ る, 第15条. 職工 自 己 ノ 重 大 ナ ル 過 失 ニ 依 ラ ズ シ テ, 業 務 上 負 傷 シ, 疾 病 二 穣 り 叉ノ・死 亡 シ タ ル ト ・勅 令 ノ 定 ム ル 所 二 依 り 本 人 叉ノ ・其 ノ 遺 族 ヲ 扶 助 ス ペ シ キ ハ 工 業 主ノ. この 「扶助」 に関する規定は, 特に討議させずまた修正もされず成立したといわれている, この 第15条 に つ い て, 次 の 政 府 説 明 が あ る, ・完 ク, ソ レ ラ 棄 テ テ ツマ ッ テ, 出 テ 行 ケ 「… … 職 エ ガ 病 気 二 雁 り 災 害 二 椛 ツ タ 際 ニ ハ, 工 場 主′ ・少 ク ナ イ ノ デ, 又 中 ガ シ如 シ, 叉 不 貝 者 ハ 用 ガ ナ イ カ ラ 去 レ ト云 ウ ョ ウ ニ 取 扱 ッ テ 居 ル ノ モ 実ノ. ・各々是等二付テ, ソレデレ規定ヲ設ケテ職工ヲ優遇シテ居ル者モ砂 ニハ先見叉智慮アル工場主ノ ナ ク ゴ ザ イ マ セ ヌ ガ, 他 方 ニ ハ 随 分 酷 イ ノ ガ ゴ ザ イ マ ス, ソ レ デ 自 分 ノ 工 場 内 二 於 テ 業 務 ノ タ メ ニ 病気 二椎 り 叉 負傷 ラ シ タ 場 合 ハ, 工 場 主 ヲ 於 テ 相 当 ノ 扶 助 ラ ス ル ハ 誰 ガ 見 テ モ 無 理 ノ ナ イ コ ト ト存 ジ マ ス カラ, 唯 令, 鉱 山 ノ 如 キ 工 夫 ガ 病 気 二 椎 り 災 害 二 雁 ツ タ トキ ハ 鉱 山 ノ 所 有 主 ハ ー 定 ノ 金ヲ 出 シテ 扶 助ス ル ト云 ウ コ トガ 鉱 山 法 ノ 中 ニ 書 イ テ ゴ ザ イ マ ス, 其 鉱 山 法 ノ 規 定 二 準 拠 シ テ, 農 商 務大 臣 ハ ー 定 ノ 最 低 度, 即 チ 是 ヨ リ 下 デ ハ イ カ ヌ ト云 フ 最 低 度 ラ キ メ テ ヤ ル ト云 ウ コ トラ 設. - 51 -.

(13) . 小. 川. 環. ケ マ シ タ, 鉱 山 ノ 方 デ ソ レ ダ ケ ノ コ トラ ヤ ッ テ 居 ル ナ ラ バ, 一 般 ノ 工 場 主 ニ モ 鉱 山 主 ガ 負 担 シテ 居 ル 位ノ・負 担 サ セ テ ヒ 差 支 エ ナ イ ト思 イ マ シ テ、 鉱 山 法 即 チ 鉱 業 法 ノ 中 二 書 イ テ ア ル 其 通 り ノ 規 定 ヲ 工 場 法 ノ 中 ニ 設 ケ マ シ タ 次 第 デ ア リ マ ス」. この政府の超旨説明でもあきらかなように 「扶助」 に関する規定は鉱業法のそれをそのまま継承 したものであ って, 鉱業資本と同様に一般民間資本に対しても扶助責任を法律上の義務ずけたわけ で あ る,. ところで政府説明をみても当時のとくに民間企業における労働者がいかに 「原生的とよぶにふさ 2 ) 」 におかれていたかを知ることができる. 当時の工場生産が高度に労働力 わしい悲惨な労働関係( に依存しながら同時に労働力を極度に破壊するような低賃金・長時間労働・労働強化それに加えて 劣悪な労働環境 で労働力を消費するという相矛盾した2面性に立 脚していたのであり, 労働災害も かかる生産機構に基因していたの であった, 個別資本のあくなき搾取と収奪, 生きた労働力の喰い つぶし, その具体的形象として不可避 的に労働災害が発生するのにかかわらず 「利潤」 を唯一絶対 の目的とする資本は, 労働過程における労働者の安全衛生の確保はおろか被災労働者の救済を図る こ と は ほ と ん ど な か っ た と い っ て よ い, だ か ら 労 働 者 の 「肉 体 が 破 壊 さ れ よ う が, 死 の う が, 資 本. ) 」 家の楽しみ (高利潤) を増すというのに何んで心を苦しめようが, 『後は野となれ山となれ』 態 なのである. これが資本の本質である. 資本家は原生的労働 関係を通じて剰余価値の獲得に絶大な 魅力をも っていたので ある. 労働災害は根源的には資本主義経済社会の構造的体制そのものに規定 4 )だが より直接的には個別資本の 「不変資本充用上の節約」 わけても労働者を犠牲と されようが( , 5 ) 」 に起因するものである, してなされる 「労働条件の節約く このような残忍的労働関係は 国家権力でさえも 「機械生産の必然的諸弊害として……労働者の窮 6 ) 」 せざるを得なかったのであり, だから国家権力は工場法制定をふ 乏状態の事実を前提的に承認( みきったのである, だが国家権力は工場法の制定を労働者の生存権・労働権を保障すべき社会的責 任の自覚をもって定立したものでは ないのである, 国家権力は, かかる自覚と責任を拒否して 「か かる諸弊害の除去は国家の自 衛上, 絶対に必要」 であり, この国家的立場は 「資本家の永久 利益に 7 ) 合致」 するものであるとして, 資本家の慈恵心に訴えてその 制定を要請したのである,( それはが岸 本教授の指摘される如く,国家権力が安易な人道主義の観点からではなく,特に明治30 年代の資 本主義の急激な発展が原生的労働関係の下, すさまじい搾取と収奪によっ て労働力が急速 に荒廃せしめられている状態に着眼し, このまま放置すれば必ずや労働者階級の反抗と抵抗をまね き, やがては 「赤き炎」 がもえひろがり, 社会主義思想の発展によっ て社会革命=天皇制資本主義 8 ) だから くどいまでに が根底より動揺をきたすものと予見し工場法制定にふみきったのである( , , 丁嘩に説得にかか っ た の で あ 国家権力は資本家の猛烈な反対を, 全力をあげ, ときには一々懇切。 る, それは工場法を制定することによって, 個別資本による労働 力の磨滅を抑制することが, ひい ては資本制経済=生産力発展のための不可欠的手段であること, 労働者の体質劣弱化を防止するこ とが同時に軍事的見地が絶対に必要なること, そしてそのこと結果において個別資本の利益にも合 致 す る も の で あ る と 説 得 し た の で あ る,. しかし, 当時の労働争議が頻発し, ようやく労働運動の勃興し過激性 を加えたにせよ支配的には 依然として自然発生の城を脱せず 「組織なき労働者階級は自己の生存権的要求を組織し得なかっ た 9 ) 」 え な か っ た の で あ る. し, 自 己 の 正 義 を 法 原 理 に反 映 せ し め(. これら両々相僕っ て工場法はそのイデオロギー的性格を慈恵主義 的性格として規定してい ったの で あ る.. - 52 -.

(14) . ) 労 働 基 準 法 第 78 条 論 q 工場法を貫徹する慈恵的恩恵主義は当然 「扶助」 と関する規定も貫く次第であるが, 個別資本に 扶助義務を 「法律上ノ関係」 として課したのは, 鉱業法と同様の視点から工場災害が起 き た 場 合 は, 使用者に対する制裁的意味をもつところの経済的負担を担保させることによって, 被災労働者 を 救 済 せ し め 工 場 災 害 の 防 止 を 意 図 し て も の で あ る と い う こ と が で き る の で あ る,. 注 1 ( ) { 2 ) ) ( 3 4 { ). 4年2月1 6日 大浦農商務大臣の提案理由説明・明治4 8頁 岸本: 「前掲書」1 0 岸本:「同書」1 6 4頁 2 0頁 窪田隼人「労働災害」 (西村他著「労働基準法」所収)3. 0頁以下) ( } マルクス・ 「資本論」 第3巻第1篇第5章一一 (大月・M・E版第4分冊98頁以下特に11 5. ( 6 ) 労働者労基局労災補償部篇著「労災補償行政史」9頁 8 0頁以下, ( 7 } 工場法制定の事情と労働運動については, 風早八十二著 「日本社会政策史」 (青木文庫版) 上巻1 9 」2 3 頁以下あわせて参照 5頁, 小林端五者 「工場法と労働運動 0 岸本「前掲書」1 -一工場法制定 ( } 工場法制定にあたって官僚の目的と役割について岸本教授は次の如く述べられる。 「これは- 8 を積極的にすすめたことが--絶対主義官僚達が労働者の立場に立っていか, 総資本=資本家階級の立場に立 ったかを墓も意味するものではなく, 天皇制支配の安定のために, 『天皇』 資本主義= 『半封建的』 資本主義 の階級乳楽を緩和予防せんとするものに外ならなかったのである。 従って工場法を制定させた 権力側 の 意図. は, 絶対主義的天皇制の経済的地盤動揺崩壊と労働者の体質低下による国防力の弱化の自覚であった」 (前掲 43頁) と. 正当と考えるものである, 書」1 ( ) 沼田教授は, 労働法史の観点から, 工場法を 「立法意思において慈恵的であったし, 法原理が労働権・生存 9 権の保護として打出されていたかったにせよ, 日露戦争後の階級斗争の激化 (貧困, 疾病, 災害そのものが既 に一つの社会不安であり, 抗義である) が国家をして資本制社会における労働者の占むべき生活領域をそれと 2頁) と評価される. して承認せしめた記念塔であるこれは否定できない」 「前掲書」4. i) かように災害補償法成立史上, 個別資本の救徳・扶助責任が労働者の 「重過失」 とからみあ (i いながら登場してきたのは, 労働過程において労働者の注意義務を 喚起したり, 使用者の救愉・扶 助責任を免除したり軽減したりすることを第1義的目的としたためではないのである, それは原生 的労働関係の下において労働者の労働力の消耗・磨 滅がひどく, このまま放置すれば労働者の生活 が破壊される, やがては天皇制軍国主義的資本主義自体が根底より動揺するからにほかならないの である, たとえ個々の資本の利潤が労働「保護」法の施行によって減少したとしても「天皇制」= 「半 封建的」 資本主義の維持と巨大資本の利潤確保をはかるために, 単に救貧の問題としてではなくて 「個別資本の搾取からの労働者の保護の問題」 として打ち出さねばならなかったのである, だから 先述の如く工場法は資本家の反にもかかわらず制定し, 労働者保護に関する規定を設け た .の で あ 制裁の性格を て 個別資本に対する経済的 本に課することによ 扶助 」 「 義務を個別資 る, とくに っ , ふくめて, 労働災害の防止を意図したのである, 災害による救済は本来ならば労働者の怠慢・不注 意.過失等の主観的要因の存否を問わないのが原則であるが, 国家が扶助主体ならともかく, 私的 資本所有権者である個別資本に対して私的労資関係の中で発生した労働災害に対して扶助責任を義 務ずけることはできない, また単に 「過失」 =軽過失のみでは, 事実上社会的経済的権力をもった 個別資本の一方的解釈あるいは故意に濫用することによって扶助義務をのがれてしまう結果になり (その事実は先の工場 法提案理由の中にみ ることができる), 労働者のみに不利益を帰することに なる, 結局 「重過失」 という厳格な 「わく」 を設定することによ って個別資本の免責事由としたの ▲ 重過失」 とは国家権力=総資本の立場から個別資本に扶助責任を課することに である, それ故に 「 - 53 一.

(15) . 小. 川. 環. 対する 「説得の法的技術」 にすぎないの であっ たのであり, 国家権力が個別資本に扶助責任を負さ せしめる手段であ ったのである, かように, 「重過失」 は鉱業法で登場し, 工 場法において確立し たのである. これが成立してくる過程の史的事情である, したがって, 今日いわれているが如き, 「労働者の注意義務の喚起」 であるとか, 後述する 「過 失相 殺的思想」 にもとずくもの であるとかは, 立法政策領域での問題としては, さしたる意義をも たなかったといえ よう, 労働者の 「重過失」 は国家権力に対する個別資本の義務という関係におい て積極的意味をもっていたのである, だから 「労働者の義務の 喚起」 とか, 「過失相殺的思想」 と かが労働者の 「重過失」 をめぐ って展開されるのは, 「扶助」 に関する規定が立法者の意思をはな れて, 法律として 展開してゆく過程 においてその解釈論として形成された るものであり, 個別資本 と被災労働者の関係において規定され るところの, いわば第2義的・反射的なものにすぎないので あ る,. かように労 働者の 「重過失」 は, 本来的には個人主義的市民法上の 不法行為法・ 債務不履行法の 領域において, 損害賠償責任と対比して構成せられるべき観念ではあるが災 害補償制度成立史上で は国家権力 の立法政策・労働政策の背 後にしりぞき第2義的意義しかもたぬにすぎ ない と い え よ つ.. 以上が国 家権力と個別資本との関係におけ る 「重過失」 の歴史的形 成過程の側面である 3 ) 「重大なる過失」 の解釈 ( 個別資本と 被災害労働 者の関係において, 鉱業法・ 工場法上 「重過失」 がどのように解釈されて き た で あ ろ う か,. 7年) の場合, 必ずしも明らか でないが, 民法典 (同23年) 施行後10年経過してい 鉱業法 (明治3 ていな るので, 不法行為の法理の影響を相 当にうけていたと思われるが, あまり解釈論は論ぜられ 工場法の制定以後 い, むしろ解釈論 が民法の不 法行為法と 連関させながら盛んに論ぜられたのは, で あ る と い っ て よ い,. ペキ義 ただ鉱業法のそれに対する解釈は, せいぜい 「重大ナル過失 トハ鉱夫 トシテ何人モ注意ス 1」 程度の鉱 山労働者の 一般的注意義務の説明でしか ない, しかし, 「重 務ヲ 怠りタル場合ヲ云ウ() を要する, 過失」 の意 味内容が鉱夫として労働遂行上要求される注意義務耀怠だとあ ることは注意 2 ( ) 的注釈をつけ 今日行政 当局が, たとえ 「重過失」 を 「故意に比すべき程度の重い過失 」 と形容詞 定したとい ってよい, たとしても, それに対する解釈 は鉱業法とおい て確立し, 工場法において確 法が制定された この 「重過失」 につい ての解釈は,戦後,労働者の生存権・労働権を基調 とする労基 なってい 当局の解釈基準と 現在に おいても生命をもちつづけ, 労基法第78条・労災法第19条の行政 る,. 影響をう と ころで鉱業法にいう労働者の 「重過失」 の解釈は, 制定10数年を経た民法典 に深い け, 過失責任 主義を原則 としその上 に成立す る不法行為法にもとずいて構 成せられたものであり, ある, 損害賠償責任を経減ない しは免除す る債権 者の過失の存否として基本的に 構成されたもので 厳格な意味での個人責任主義理論の観点 に立っている. 工場法 が制定さ れると鉱 業法制定にもまして法律解釈論が展開され る, その論点は 「工場主ノ扶 る市民法的契 助」 義務ない し「扶助義務」の法的性質をめぐ っ て展開されるのであり工場法の貫徹す 如何とい 約原理, 及び私法 学の発展とからみあいながら, とくに民 法典における損害賠償との関係 3 ( ) う論 点 に あ っ た し, そ れ ら の 解 釈 論 の 操 作 が 展 開 さ れ た の で あ る ,. 4 ( ’ ・民法法理ヲ根源 トシ其上二社会政策的 立法トシテ建設セラレタルモノナリ」 すなわち「工場法ノ - 54 -.

(16) . 労 働 基 準 法 第 78 条 論 山 と で あ っ て, 工 場 法 を 「民 法 法 理 トノ 連 鎖」 関 係 に お い て と ら え る べ き も の で あ る と さ れ て い る,. ・畢意業務災厄二因ル損害ヲ填補セシムルノ法理ニ根拠スルモノタルラ知ルベシ」 それ故に 「扶助ノ として扶助責任は損害賠償責任であるとしている, 要するに 「損害填補ノ法 理二至りテハ民法不法 行為ノ賠償主義 ト其根底ヲ全然同一二セルモノト調ゥ. 只其効力ヲ生スペキ原因タル法律事実ヲ異 ニ セ ル ノ ミ, 新 シ キ 法 理 ト解 ス ベ キ ハ 此 点ノ ミ ニ シ テ 其 填 補 タ ル 本 質 二 変 ル コ トナ シ トス」 と し て. 個別資本の扶助責任の法的性質は民法の不法行為法にもとずく損害賠償責任と同質性をもつもので 5 ( ) あ る と し て い る, そ れ 故 に 「重 大 ナ ル 過 失 ノ 意 義 二 付 テ ハ 民 法 ノ 解 釈 二 依 り テ 之 ヲ 決 ス 」 る の が 当 然 で あ る と い う こと に な る,. このように鉱業法から工場法への展開の中で 「扶助」 の法的性質をめぐる解釈も,大勢において, 過失責任主義から無過失責任主義への転換があったとしても, それはあくまでも不法行為法を基軸 として展開されたものであり, 個人主義的民法原理の上で 構成される法理にほかならなかったので あ る,. だとすると労働者の 「重過失」 による個別資本の扶助責任の免除は市民法上における損害賠償責 任に対応す る観念である, だが, 現行の災害補償制度が労働者の生存権・労働権なりを保障するこ とを目的とするものであるならば, もはやかかる解釈は, その生命を失ったものといわざるをえな い, なぜなら, 災害は直接的には賃労働と資本の敵対的矛盾関係の中で 「避けがたき」 ものとして 形象するものである, 労働者が資本の機能のなか で働いていると社会的に考えられる限りにおいて 蒙 った災害であれば, 労働者の主観的意思は問われず, 原則として全て補償されるもの で な け れ ばならない, 個別資本の補償責任は客観的に資本の社会的責任を問うというところに本質があるの 6 )労働者の 「重過失」 の存否を問うのは, 損害賠償法的構成をとることになり, 災害補償制 だから( 度の本義に反することになる, したが って労働者の 「重過失」 は制度それ自体に介入する余地はな いといえよう. むしろ災害補償制度から, 労働者の 「重過失」 を解放することが, 生存権・労働権 保障を基調 したところの制度の本質に合致するものという ことができる, ここでもう 一つ付言すれば, 鉱業法・工場法制定後・大正7 年に官業労働者のために 「傭人扶助 令」 が扶助の原 理をさらに一歩すすめて無過失賠償責任の原則を徹底化させ成立した, ここでは労 働者の 「重過失」 は問われていない, つまり明治 初年から官業労働者に対する保護は民間労働者に 比して手厚く保護されていたことは上述の如くであるが, この 「扶助令」 も工場法が上述の如き形 で制定, 施行があったのに対し, 民間労働者よりも 官業労働者を優越的特権的に保護する意味をも っていた, しかも官業労働 者を民間-労働者と差別待遇する ことは, 彼らに特権的意識を付与すると 同時に各種の給付に恩恵的性格を与えることにもなる, このように労働保護法成立史の過程におい f 扶助責任の免除が登場するのは官業労働者に対する民間労働 て, 労働者の 「重過失」 を問い救す ま 7 く ) 者の差別的特権的保護の所産 であったのである, これは労働者の 「重過失」 について検討する場 合の重要なる側面である, 注 4 2頁 1 ( ) 塩田著「前掲書」2 5 4頁 7 2 } 労基局「労基法」(下) ( 6 4号) ( 3 ) 拙稿「労働者災害補償理論の発展と補償責任の法理」 (労働法律旬報・5 4頁 { 4 〉 松沢清著 「工場法研究」解釈論前編9 7 5頁 ( 5 ) 岡実著「工場法」 (初版)3 { 6 ) 沼田教授は, 災害補償制度の意義について 「資本機能をいとなむ企業主が, その資本機能それじたいの内包. こついて’ その最 を確保すべく負わされる社会的責任そ する災害の危険のもとに労働する人間の労働力の再生嶋 〆 - 55 -.

(17) . 小. 川. 環. 低線を確立したのが災害補償制度の意義である 災害補償責任は 個人の過失・無過失をこえた ところの, 社 . ,. 会的機能にともなう資本の社会的責任である」 (同教授著 「労働法論」 上巻4 1 2頁) と述べられる, { 7 } 片岡・近藤共著 「改訂・労働災害・失業の法律」1 4頁 4.. む. す. び. 行政当局 が主張する第i点, 鉱業法・工場法の継承性について若干詳細にわた て検 討 し て き っ た, その1つは国家権力と個別資本との関係に おいて歴史 的形成過程を 中心に 国家権力が如何な , る意図のもとに, 慈恵的恩恵 主義とむすびついた救他・扶助責任を個 別資本に対して課したのか , をその救徳責任と過失, 扶助責 任と重過失の それぞれの 関係と転換を検討してきた そ れ は 個 別 , 資本に救伽・扶助責任を課することによっ て 一種の制裁的意味をふくむところの経済的 負担させ , ることによ って災害の 防止を図ったものであった さらに個 別資本に救徳・扶助責任を課すること , に反 対があったために, まず 「過失」 がある場合は救他責任を免除した が しかし 個 別資本の無 , , 責任によっ て実効性を あげえなかっ た そこで 「重過失」 を登場することによ て 扶助責任を免 , っ , ぬかれらせしめた. かように 際過失」 の成立と 「重大なる過失」 への転換は救飽から扶助への発展 に照応したもの であり, 個別 資本に対し救仙・扶助責 任を課するための 「説得の一法的技術」 にす ぎ な か っ た の で あ る,. 第2の点は個 別資本と被災労働者との関係であるが これを換 言すれば 「過失」 , 「重過失」 の , 事実の解釈の 問題である, これは鉱業法・工 場法におけ る資本所有権の確立とあい ま っ て 「重過 失」の存否を問うという形で 転換す る次第であるが この 「過失」 =軽過失・ 「重大なる過失」 =重 , 過失の解釈も, 民法典における法行為法の 解釈が基 準であり それを基軸とし て展開されたもので , あり, それ以上のものではなかった かように市民的個人の社会生活一般に対する危険を対象とす , るとするところの, 不法行為 法をも っ て 災害補償 法を理論ずけるものであり災害補償責任を一般 , 不法行為責任の中に解消 するものである , 以上2点にわたって論究 してきたの であるが それぞの論点について批判は本文 で述べた 綾述 , , の如く現行災害補償制度が, 労働者の 生存権・労働権保障の視 点からそこに働く労働者の権利を資 本に対して社会的責任として 遵守されることを最低線として確立したのが本義であるな ら ば , 行 政当局の主張する制度の継承性・踏襲性はもはやその生 命を失 たものいわざる 得をないし かか っ , る歴史性・ 思想性をもつところの条文をもっ て 現行制度を 解釈・運用するが如きは いたずらに , , 個人主義的市民法理を導入することに なり ひいては労働者の 生存権・労働権 保障を基調とする労 , 働者補償制度を 否定するものであるということができる ,. - 56 -.

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問 11.雇用されている会社から契約期間、労働時間、休日、賃金などの条件が示された

⑥法律にもとづき労働規律違反者にたいし︑低賃金労働ヘ

大村 その場合に、なぜ成り立たなくなったのか ということ、つまりあの図式でいうと基本的には S1 という 場

さらに国際労働基準の設定が具体化したのは1919年第1次大戦直後に労働

なお、本業務については、厚生労働省が作成した「労働安全衛生法に基づくストレスチェック