阿弥陀如来、すなわち無量光、無量寿仏ついては、浄土三部経などの研究を初めとして、数多くの先行研究が見ら ① れる。チベットにおいても深く信仰され、従来から多くの研究者が研究対象としてきた。月輪︵一九六七︶では阿弥 陀仏の浸透性という視点から、その影響を五つに分けて指摘し、﹁1專ら阿弥陀仏を讃歎している三経一論の如きも のと、2傍らに弥陀を讃歎している経論と、3少しも弥陀仏に触れていない小乗経典の如きものと、4殆ど偶然、 突発的に表現されて来る、たとえば﹁梠伽経﹂の如きものと、5肯て主尊でもないが、重要欠くべからざる一仏と して表現される、例えば密教の五方五智の如来の一仏として取り扱われる場合、等々が考えられる。︵中略︶突発と か偶然と云う表現は打ち見た所がさようであっても、実は深く弥陀思想が浸潤していたことを物語るものであって、 反って浸透性の極めて深いものとさえ、考えるものではなかろうか﹂と、阿弥陀の浄土観が多くの経典に深く浸透し、 影響を与えていることが指摘されている。 この月輪氏の指摘を考えるときヨ切悪趣清浄儀軌﹂の中で、阿弥陀、とりわけ無量寿︵2の目&層︶とされる尊 格が、この経軌の中でどのような位置づけと役割を担っているかという視点で眺めると、無量寿仏の特徴がより鮮明
﹁一切悪趣清浄儀軌﹂における無量寿如来について
は じ め に中島小乃美
﹃大日経﹂の中に説かれる大悲胎蔵生マンダラでは、阿弥陀︵無量寿︶如来は中台八葉院の西に位置する。﹁入曼 ② 茶羅具縁真言品﹂の中に﹁西方の仁勝者、これを無量寿と名づく。持調者は思惟し仏室に住す﹂とあり、これについ て﹃大日経疏﹂には、﹁次に西方において無量寿仏を観ず。此れは是れ如来の方便智なり。衆生界は無尽為るを以て この経軌はプトン︵国い8邑︾届g︲国2︶の分類でいうと琉伽タントラに属する。日本でもなじみ深い﹃初会金剛頂 経﹂に属す経軌であり、説示の目的は、経軌名が示す如く一切の悪趣を救済し尽くすことにある。﹃初会金剛頂経﹂ が教理の中心を担う存在であるとするならば、本経軌はそのより具体的な働きを示した経軌であるということができ る。故に本経軌に示される無量寿仏は、自づとより具体的な使命と働きを担うことになる。 ところで、この経軌には茶毘護摩も説かれることから、従来、葬送儀礼に関わる経軌と捉えられてきた。しかしそ れがどのように仏教と、とりわけ成仏とかかわるのか、その具体性は明らかにされていなかった。筆者はこの研究の 中で、死を成仏の一つの機会と捉え、あらゆる神々を仏法の護持者とし、その力を活かしめて、一切有情を救済し尽 くさんとする琉伽行者の姿をみるように感じた。このような特異な経軌のなかに見られる無量寿仏が、どのような働 きを持つかを明らかにすることで、無量寿仏の特性の具体的な一側面を理解する事ができるのではないかと考えた。 先ず、この経軌に説かれる無量寿仏について触れる前に、これ以前の行タントラに配される﹃大日経﹂と、玲伽タ ントラに配される﹁初会金剛頂経﹂に説かれる阿弥陀︵無量寿︶如来について概観し、次いで雪切悪趣清浄儀軌﹂ における無量寿如来について検討してみたい。 れる。 になり、月輪氏の言われる阿弥陀思想の﹁浸透性﹂の具体的な一面をもより容易に窺い知ることが出来るように思わ |﹃大日経﹄と﹃初会金剛頂経﹄における阿弥陀︵無量寿︶如来について ワ 1 畠 坐
次に﹃初会金剛頂経﹂を見てみよう。この経典は琉伽タントラに配され、チベットにおいても無上琉伽タントラに 大きな影響を与えた点で重要視されている経典である。この経典の示すマンダラは、如来部・金剛部・宝部・蓮華 ︵法︶部・掲磨部の五部で構成されており、すべての教理はこの五部に集約され、それぞれ五智を司る仏として、以 下の表l1のようにまとめることができる。 上表の如く、阿弥陀如来は西方に位置し、妙観察智を象徴した尊形として赤色で表される。更にまた﹁金剛頂大秘 ⑨ 密琉伽タントラ﹂には、﹁阿弥陀は孔雀座に座す﹂と説かれており、そこからも阿弥陀如来の特性を見ることができ の故に、諸仏の大悲方便もまた終尽なし。故に無量寿と名づく。梵音の爾彌を名付けて仁者とす。また四魔を降伏す ③ るを以ての故に、名付けて勝者とす。︵中略︶この二仏もまた真金の色に作るべし。鞘目を閉じて下視し、寂滅の三 ④ 味の形に作れ。諸仏も例して是の如し﹂とある。このように阿弥陀︵無量寿︶如来はマンダラの西に位置し、如来の 方便たる智慧の象徴であり、衆生を救い尽くさんという大悲の故に、無量の寿命をもつ者としての役割を担っている ⑤ ことが窺われる。またここでは、色は金色という表記がみられ、のちに赤色で描かれる無量寿如来はこの経典以後の 説示からきていることがわかる。 また﹁大日経﹂﹁住心品﹂には寿命について、﹁このものにおいて増長せしむることと、業寿が止滅したものも有の ⑥ 芽を復起させんが為に﹂と述べ、凡夫の分段生死のものも、仏に成ることが約束されている変易生死のものも、更に は生命あるものも、ないものも無明煩悩の種子を除き、仏道への芽が生ずるように導かなくてはならないと説かれて ⑦ いる。同じく﹁悉地出現品﹂には﹁力波羅蜜の方便を以ての故に、無為仮設⋮⋮長寿を得せしめ﹂とある。また、 ⑧ ﹃大日経疏﹂に﹁心自在なるを以て説きて長寿とす。此の如くに寿量は即ち是が如来法寿の命なり﹂とあり、直接無 量寿如来との関係性において説かれているわけではないが、寿命は仏法に関わって意味を持つものであると捉えられ ていることがわかる。
表−1『金lilll頂経」│における五部柿造 阿弥陀如来とそれを囲む四菩薩、即ち、金剛法菩薩 なわち阿弥陀如来の妙観察智を司るところでは、三 ところで﹃初会金剛頂経﹂は最後に教理品といわ る ○ 部 族 如 来 部 金 剛 部 宝部 尊名 智慧 輌一輕一東一南一西 色一白一青一黄赤 ヴイルシャナ(Vairocana)如来 阿閲(Aksobhva)如来 法界体性智 大円鏡智 宝生(Rat,,asambhava)如来 阿弥陀(Amitabha)如来 不空成就(Amoghasiddhi)如来 平等性智 妙観察智 成所作智 蓮 華 ( 法 ) 部 西一北 謁 磨 部 尿 D.197b,P.233b は最後に教理品といわれる、重要概念を偶頌に集約した章がある。その中の蓮華部、す を司るところでは、三座地が説かれるが、この﹁如来部標幟執持成就秘密教理﹂の中に 薩、即ち、金剛法菩薩・金剛利菩薩・金剛因菩薩・金剛語菩薩︵法・利・因・語︶の四 菩薩についての説示があり、これらの菩薩の深秘釈を見る事で、阿弥陀如来の特徴が 明らかになると思われる。﹁貧欲清浄の故に蓮華︵法︶であり、敵なる煩悩を破すか ら剣︵利︶である。マンダラの道理の故に輪︵因︶であり、言葉で述べるから語とい ⑩ われる﹂。とあり、これについて、この経典の註釈者の一人であるブッダグヒャ ⑪ 田口登冨唱ご画︶は三摩耶印を解釈する中で、此の偶を引用しその根拠にしているが、 この註釈に対して解説を行ったパドマヴァジュラ︵願曾”く餌冨︶は、この偶について ﹁負欲清浄の故に蓮華︵法︶とは、蓮華は瀞泥より生じても泥の過失に染着せられな いごとく、大悲で趣の利益をなされても、生死の罪過にも染着されないこと。散なる 煩悩を破するから剣︵利︶であるとは、譽えば世間の武器である剣で敵や反対する者 の命を切断するごとく、智慧なる︹利︺剣でその︹敵︺のごとき煩悩と︹悪︺の網を 裁断することである。マンダラの道理の故に輪︵因︶であるとは、発心するや否や法 輪を転ずることで、敵の相続に法輪を転じて因縁和合して生死輪廻の相続を断ずるこ とである。言葉で述べるから語と言われるとは、所化の相続と適合して、聖教や教証 ⑫ を説法して他者を解脱させることである﹂と解釈している。このように、阿弥陀如来 は妙観察智を象徴し、生死輪廻に着し法︵智慧︶を説き続ける存在として位置づけら ワ Q P J
また阿弥陀如来は、従来より無量光・無量寿として表されてきたが、それについてもパドマヴァジュラは﹁牟尼な る無量光とは、︹第六︺識︵すべてを統御し意識し判断するもの︶を転じた妙観察智で、その智の三摩地門を加持し 示されたものが無量光である。なぜならば、寿︵母巨の︶と光明︵呂冨︶とが無量︵四目国︶︹なる性質を︺を具えるもの であるからである。その︹無量光︺の春属となる四大薩唾の出生は金剛法︵く鯉冒号胄日幽︶などで、金剛法とは、無量 寿如来の妙観察智の自性が法界を縁じっっ各々を観察する功徳が金剛法観自在︵四邑○置鼠ぐ四国︶と名づけられるこの 薩唾として︹加持し︺示された。文殊とは、法界を如実に証得して、所知障と煩悩障とを断じた功徳が、金剛利文殊 ︵日目旨瞥o笛︶というこの薩唾として︹加持し︺示された。纒発心転法輪︵い“富。旨OS且且冨自画。鼻§ぷく閏言旨︶とは、 語金剛無尽荘厳で一切三界に対し、特別な因となる功徳が、金剛因というこの薩唾で加持し示されたものである。秘 密語︵のg旨く且四︶とは、語無尽荘厳で一切三界に対し、覚知し︵目目○号自陣︶、語としての法を演説する︵己国ぐ乱騨目︶ ⑬ 功徳力が、この金剛語という薩唾で︹加持し︺示された﹂と述べている。これらの事から、阿弥陀︵無量光・無量 寿︶如来は、﹃初会金剛頂経﹂において妙観察智を象徴し、輪廻に着して説法し続ける薩唾︵の胃ぐ四︶を従えた存在で あるという事が指摘される。それはまた、阿弥陀如来の印が最勝の定印であり、色身は泥中にあって泥泥に染まらな い蓮華の如く、どこまでも衆生に着しながらも、自らは清浄な赤蓮華のごときものであり、その象徴である敬愛の赤 色で表されていることからも窺い知る事ができる。 さらにこの﹁教理品﹂の終わりに護摩法が説かれるが、その中に長寿の護摩がある。経典には、﹁諸々の甘き柴木 を以てまた、賢者がよく火を燃焼させ、ロ日乱の蔓に酢油を伴い、焼︹供︺したら寿命は増長するであろう﹂とあり ⑮ BGはこれによって﹁自ら、或いは他人の寿命は長くなるであろう﹂と解釈し、その真言が﹁○日ぐ豐昌届の“乱訂﹂BGはこれによって一自告 であるとして結んでいる。 れている事が知られる。
また﹁初会金剛頂経﹂に属する﹃金剛頂大秘密琉伽タントラ﹂にも類似偶がある。﹁甘き柴木を以て.⋮:現に金剛 ⑯ 寿命が現に増長するであろう﹂とあり、別の所にも﹁甘き柴木と、同じくロ日乱の芽などに酢油を注入し、金剛印 ⑰ を以て焼︹供︺したら最高に寿命は増長するであろう﹂と説かれている。このように寿命は、単なる長寿としてでは なく、金剛の寿命であり、金剛薩唾として永遠に衆生済度し続ける寿命であると捉えられていることがわかる。 ㈲本経軌の無量寿マンダラの位置づけ 本経軌には、その説示の目的からそれぞれ機能別にマンダラと護摩が説かれている。この十二種のマンダラと四種 護摩と茶毘護摩について、ブッダグヒャは世間と出世間に配釈している。それをまとめると以下の表’二になる。 この表の中に、〃無量寿″の名のつくマンダラが二つある。一つは、〃断無量業寿マンダラ〃︵gの号侭目&冒切匿い ご厨四号窟﹃賜目唱○:画、昼ご篁昏○同︶と、〃無量寿ヤマーンタカマンダラ″︵啓の号侭日の信呂旨号・胃︺各畏烏筥︾唇○局︶ である。これらは共に出世間のマンダラとして解釈されており、断無量業寿マンダラは、日日、︲国昌国、自国風︲国昌目 後具日日︲国口目からなる経軌の、目胄“︲国日日の釈迦牟尼如来を中心とするマンダラの説示の後に説かれ、無量寿ヤ マーンタカマンダラは自国国︲日日国の最後、十番目に説かれている。この昌目“︲国冒冒は、世間の神々を中、心に、よ り具体的な働きを示すマンダラが説かれる所であり、無量寿ヤマーンタヵマンダラは、後昌国国︲国邑目の直前、無上 琉伽タントラを妨佛させるような盆怒、愛を表すマンダラのその直前に説かれている。では具体的にどのような目的 で説かれているかを見ていきたい。
二宣切悪趣清浄儀軌﹄における無量寿について
ワ貝 . 』表-2BG所説経軌の全体構造とマンダラと護摩の関係 因縁(通序) 1.それを説いた処、 2−誤り無い説の教主、 3.清浄な春属、 4.誤り無い結集者、 5.それが説かれる動機(後には時とある) 教主が実例を挙げること(後には教主による緒論とある) 春 属 の 緒 論 出 1 . 因 の 菩 提 心 の 分 1 . 根 本 は 菩 捉 心 に 集 ま │ ・ 大 マ ン ダ ラ 世 別 門 に お い て 、 果 る 象 徴 2 . 八 〔 仏 〕 頂 マ ン 間 た る 智 慧 の 六 種 2 . 悲 は 悪 趣 の I 火 │ 果 を 破 ダ ラ 行 ・ 六 波 羅 蜜 が 六 す 3 . 断 無 量 業 寿 マ ン 種 の マ ン ダ ラ と 共 3 . 悪 趣 の 業 と 寿 の │ 環 碍 ダ う な る 点 か ら 六 因 で の 相 続 を 断 つ 4 . 無 量 寿 ヤ マ ー ン 障 碍 を 浄 め る た め 4 . 四 魔 降 伏 タ カ マ ン ダ ラ 5.四種作業門から趣の5.四部族転輪マン 利 益 ダ ラ 6 . 兇 悪 者 の 調 伏 6 . 金 剛 盆 怒 火 焔 マ ン ダ ラ 因縁︵序分︶ 特殊因縁(別序) 法性より不勤の 意の象徴として マ ン ダ ラ を 示 現 出 1 . 因 の 菩 提 心 の 分 世 別 門 に お い て 、 果 間 た る 智 慧 の 六 種 行・六波羅蜜が六 種 の マ ン ダ ラ と 共 なる点から六因で 障碍を浄めるため 々/ン−r一フ 経︵正宗分︶ 世 l . 世 間 的 欲 望 を 満 間 た し 喜 び に 入 ら し め る た め 2.世間に一致する た め 世間の魔鬼を減す 八方の魔鬼を減す 曜星のたたりを減す 龍毒を城す IM天の不喜を減す 天の魔鬼を減す 四 天 王 マ ン ダ ラ 十護方マンダラ 八 朧 マ ン ダ ラ 八龍マンダラ 123456 123456 八 大 天 マ ン ダ ラ 八 ヴ ァ イ ラ バ ー マ ン ダ ラ 趣(有情)の利 益をなされる象 徴として護摩を 示 現 物への執着を退かしめる た め 物に対する見解を破寸 茶毘護摩 1.悲円満の故に趣の利 益をなされる四種護摩 2.五煩悩を浄める 1.法性より不動の意の 象徴 2.趣の利益 3 . 生 死 ( 輪 廻 ) を 自 在 に操る 4.兇悪者の調伏 息 災 護 摩 増益護摩 敬 愛 護 摩 降 伏 護 摩 1234 D152b-154a,P.180b-182b
実際にマンダラが作られる時、前述の二者は同一視されるようで、後者の無量寿ヤマーンタカマンダラの構成の作 例が多い。しかし経軌には、この二つのマンダラの説示の目的が説かれており、それぞれ特徴がある。 先ず断無量業寿マンダラについて概観してみたい。 このマンダラは帝釈天を初めとする天部の神々が、世尊の三摩地に等至し、教えを語る金剛手に対し、一切有情が 無病と長寿と福徳を得るためにはどのようにしたらよいか説示を請う。その状況を要約すると以下のようになる。 (一) この三摩地に等至し、真言や陀羅尼を出生していく過程の中で、有情地獄から脱する事を、如来の意たる法の文字 に入るという状況を説いている点において、業寿を減するということは、法に依るという事を表し、更には一切有情 が正しい世界、即ち如来の法を聰く世界に生まれる事を意図していることが知られる。 b無量寿の金剛光明をなす三摩地に等至、陀羅尼を出生←一切有情の苦が息滅 C障碍を推破する三摩地に等至、心真言たる陀羅尼を出生←一切有情の苦が息滅 d一切障碍の垢をなくし、完全に清浄にする三摩地の等至、陀羅尼を出生←一切の魔の場処を破壊 ⑲ e一切の障碍を決定的に覆い隠す三座地に等至、陀羅尼を出生←一切世界が正しく振動 a一切有情の無量の寿命 の意の法の文字に入る マンダラ説示の目的 ⑱ 切有情の無量の寿命が普く出生する金剛三摩地に等至、心真言を出生←脱有情地獄、仏の十二作業、一切如来
三断無量業寿マンダラについて
ワワ 白 I口断無量業寿マンダラの解釈について ﹃一切悪趣清浄儀軌﹄には大部な註釈が四つある。このなかで﹃大日経﹄と﹁初会金剛頂経﹂を註釈したブッダグ ヒャの註釈を中心に、マンダラの意味について考えてみたい。 先ずブッダグヒャは、断無量寿マンダラ︵無量の業寿の障碍を断ずる︶ということについて解釈している。﹁寿と は、識である。無量とは一切の法を離れていることと同義。業とは、善と悪の二種、隙とは、明浄虚空を雲が覆うよ うに、阿頼耶︵巴騨冨︶を客塵なる分別によって障碍すること。相続を断ずるとは、対治︵能断︶の聖道の智力で不 一致の見解の相続を断ずると川義﹂と断無量業寿の字義釈をし、続いてマンダラの語義解釈をする。すなわち ﹁白眉8.鼻菖は無量なるその法性、言︺匡日とは大で、四智の春属である﹂とし、中心は法性そのもの、周囲の輪 は春属であると解釈されている。ブッダグヒャの解釈するマンダラの配置を見ると、中心は金剛手であり、その回り 東西南北を四仏が取り囲んでいる︵表13参照︶。 図 そして、このマンダラを描き、成就法を修習することによる功徳は、﹁兆しが如実に出現すれば、月と日︵太陽︶ が存在する限り寿命が延びて金剛と等しくなって、以後、後世に成ずること疑いなし。兆しが現れないときでも、世 間において無病で、俊敏で白髪や雛がなくなるであろう。身体堅固にして百才の寿命を得るであろう。他にまた念調 @ したのみで息災と増益と敬愛︹護摩︺などの所作業を考える必要はなくなること疑いなし﹂と説かれ、念調するだけ で辺境の地に生まれて苦労する事なく、健康で長寿を得られることが説かれるが、あくまでもその寿命は正しい仏法 を得る目的であることは言うまでもない。しかし白髪や雛がなくなり、長寿を得るという世間の願いを否定する事な く汲み取って、出世間へと導く方便とするところに密教の特色を見る事が出来る部分であろう。次に、註釈者はこの マンダラをどのように捉えているかを見てみたい。
表 − 3 断 無 量 業 寿 マ ン ダ 、 ラ 表 − 4 マ ン ダ ラ 描 造 尊 形 満月の如き顔で微笑、左手金 剛、右鈴諸飾り 尊 名 | 方 向 色 深 秘 釈 四種作業で趣を利益 場 処 四角 金lil1手 中央 緑 灰 無量の四種作業で趣を出発さ せる門と、四摂事で大悲をな す 形 四 門 三界保護の相不動、触地印 最勝施印(与願印) 定印 施 無 畏 印 白一画一赤一掃 東一南一西一北 阿閲 宝生 阿 弥 陀 不 空 成 就 守門者|智慧の光の印 四下馬台│悲なる四無量L、 膳中央宮 殿 法性 D・l97b−198a、P、233b−234a '四輻’四智御作業 D、1971〕・P,233b ここで注目すべき事は、このマンダラが無量寿を主題としながらも、中 心尊は夜叉の主とされる金剛手で、無量寿如来は従来の金剛界マンダラと 同じ西に位置している。という事は、金剛手が世尊ヴィルシャナの三摩地 に等至し、如来の本誓を自らの本誓とし、その働き手となっている構造を 示している。そしてまたなぜ夜叉の主がマンダラの中心尊になり得るのか、 という疑問が起る。これについて、前述した経軌の流れを振り返ると、帝 釈天を初めとする天の神々が世尊に教えを請う場面がある。このとき天部 の神々はその語り手である金剛手を十の名前で称讃する。それについて、 ブッダグヒャは﹁金剛手は、夜叉であり普賢であるから、夜叉の語で十波 羅蜜などの功徳の門から讃嘆する﹂と解釈している。そして﹁それは断無 量業寿のマンダラを説くことの啓請と同義である﹂としている。夜叉であ る金剛手は、金剛の名号を冠し、普賢の特性を具えた存在であり、ブッダ グヒャはその十名にそれぞれ十波羅蜜を配し、大乗の実践を積んだ者とし て解釈している。そのような金剛手が、世尊の三摩地に等至し、このマン ダラを説示するのである。そして、先述したa︲eの等至した三摩地につ いてブッダグヒャの解釈を要約すると、一切如来の意の法の文字に入るこ とについては、﹁五智の自性で、法は十二の御作業の仕方で御作業がなさ れたこと﹂とし、無量寿の金剛の光明については﹁清浄智は事物を離れて いるから無量、金剛の如く無為であるから悲の光明﹂とする。また決定的 29
経軌は、金剛手が微笑まれ、自身の集会者をご覧になられ、集会者を振動し、燃やし、遊戯させ、多くの稀有なる ものを顕現したところから始まる。梵天をはじめ、諸天は何故具徳金剛手が微笑まれるのか、その意味を請う。する と具徳は﹁推壊死主と、非時死息滅の大威光明光が聴きたいか﹂と問う。すると天部衆は一様に、短命の有情を長寿 にすることや、脱非時死、脱悪趣、輪廻に恐怖する有情の救済のために説示を請う。そして金剛手は、自身の身口意 金剛から一切如来の諸心真言を出生した。即ち、a心真言の明光、b親近の真言の明︹光︺、C親近の明︹兇︺、 ⑳ d心真言を正しく勧請する明︹兇︺、e第一の心真言、秘密の心真言︹を出生したの︺である。次いでマンダラが説 かれ、その配置は以下のようになる。 マンダラに配している。 Hマンダラ説示の目的 智慧を象徴する普賢たる金剛手が、智慧を以て煩悩の垢を断じて行くことと捉える事が出来る。 ことが窺われる。またここでの金剛手は、表13にみられるように柔和尊であり、業寿を減する事に対し、般若の る存在となり無量の寿命を得るという事は、五部族の仏と一体となる、琉伽者として成就することを目的としている とし、﹁五部の心真言で部族と職伽する﹂と結んでいる。ここからもわかるように、一切有情が障碍を離れて無垢な をなくして完全に清浄にするは、﹁垢とは、所取・能取の習気﹂とし、覆い隠すとは﹁悲と御作業で他者を覆い隠す﹂ に障碍を催壊し、覆い隠すことについては、﹁障碍とは煩悩である。罹破とは一切の相を推壊すること﹂とする。垢 このマンダラは、世間のマンダラが説かれる最後の十番目に説かれるが、ブッダグヒャはこのマンダラを出世間の
四無量寿ヤマーンタカマンダラについて
そしてマンダラの成就法の関わり、三摩耶︵の四日”意︶を述べる際に、以下のような違逆方便が用いられている㈲ 南I虚空蔵︵弓宛醇巨︶ 西l普観自在無畏施︵国司旨︶ 北l念怒者︵閤幻醒巨︶ 束l金剛手日記畠︶ 中心l無量寿如来︵ 有情たちに利益するためと、ラマの財産と、生き物の命を守るために妄語を語れ 仏を歓喜させるためと、諸三摩耶を守ることと 真言明光を守らんために、他人の女に耽るくし 金剛薩唾の位に住して、全てをなして、あらゆるものを喰っても ⑳ 成就なされ、過失とならないならば、悲を具えるものにおいてはいうまでもない。 樫悟者たちの財産を盗り、困窮せる有情に与えるべし 悲ある真言賢者は、三摩耶に敵意を抱く者達を真言を以て殺すくし ラマを誹誇することに励むものたちを努めて殺すくし 賢者は、三宝と仏説を加害するものと 中略 ︵寿と福智資糧とを具える威光無量王如来、心真言国口冨︶ )1
以上のことからこのマンダラ、及び成就法では、特に非時死にともなう悪趣に対してその息減法を説いており、そ の方便として強烈な違逆方便を用い、さらには護摩法が説かれている。先に説かれた断無量業寿マンダラでは、念調 のみで護摩は必要ないとしているが、このマンダラについては護摩法と違逆方便を説くことからも、業寿の中でも特 に非時死の息滅に主眼をおき、そのためにより強力な方便を必要としていることがわかる。それはまた、中心の無量 寿如来の心真言が函ご巨という金剛手・金剛薩唾の盆怒を象徴するもので表されていることからも窺い知る事が出 来る。通常、阿弥陀如来の心真言は国河田である。しかしこの場合、東の金剛手に函宛畠の心真言が与えられ、中 心の無量寿如来はむしろ金剛手の国口巨という心真言で表されている。後の無上琉伽タントラになると主尊の交代 が見られ、中心がヴィルシャナ如来から阿閖如来へと交代するが、その萌芽が心真言の交代といった形で行われてい @ もない﹂と説かれる そしてマンダラに入り灌頂を授かる功徳を以下のように説く。﹁彼の有情たちは長寿となり、福徳を離れた人達は 福徳を具えるものとなり、悪趣より解脱するものとなろう。ああ天子たちよ、既に悪趣に生まれた彼らの名を灌頂せ よ。影像を灌頂することをなせ。チョルテンにも灌頂せよ。I中略I従僕にも灌頂せよ。七夜マンダラに引入すれば 決定的に七日で悪趣の障碍より解脱するであろう。彼の天子たちの名をなのって、二万、或いは三万、四万、十万、 百万遍に至るまで唱えたならば、五無間業をなしたものでも解脱できるならば、罪少なき諸天女においては言うまで が見られ、中心が聖 ることも興味深い。 ﹄O と説jt 次にこの部分の註釈を見てみたい。
口無量寿ヤマーンタカマンダラの解釈について ブッダグヒャは、具徳金剛手が微笑まれたことについて、﹁象の瞥見︵皇。富PC房ご菌“冒侭の︶で普くご覧になられ ⑮ て、御顔は微笑まれ、黄金のようになって、光により世間を照らされた﹂と解釈している。 ﹁振動とは外は所取の境を捨て、内は能取の心を捨てたことであり、燃やすとは、最高の世間法で内なる能取の心を 棄てたこと、初地の見諦は見道であり、世間の相をよく推破することであり、遊戯とは、十地の法雲︹地︺を得たこ ⑳ とによって、また果たる悟りを得たから遊戯するのである﹂とする。また稀有なるものを顕現したことについては、 ⑰ ﹁兜率天位から世間の人の境界に降臨されて、︹仏の︺十二の御作業の理趣を現等覚されたことと同義﹂としている。 これは釈尊の成道の有様を金剛手のそれと同様なものとして解釈し、示しているのである。これは密教が絶えず示し て来た姿勢であり、仏教から離れたものとしてではなく、あくまでも基本に立ち返りつつも、常に仏法の働きである 方便に主眼が置かれ、玲伽行者の修法として、インド社会に浸透していたヒンドゥーの神々をとりこみながら、仏教 としての様々な形態を模索していた現れではないかと考えられる。 ところでブッダグヒャはマンダラ説示の目的を﹁有情の非時死による畏れを対治するため﹂と解釈しながらも、こ こではマンダラ義の詳細な解釈を示していない。そして﹁︹春属たちが奉献した︺心真言と、マンダラを描く方便と、 本尊を勧請することと、︹阿闇梨︺自身が観自在を成ずれば悉地の兆しで、歓喜することと、執金剛女の印を縛して ⑳ 弟子を引入することと、三摩耶︵⑳煙日煙冨︶を犯した場合、殺すことは易しいので述べない﹂として、経軌に詳細に説 かれている三摩耶については省略している。この経軌の中で三摩耶が説かれているところは、日巳四︲国昌風の普明ヴ ィルシャナのマンダラと、この無量寿ヤマーンタヵの説示のところである。普明ヴィルシャナマンダラに説かれる三 摩耶は、酒、肉を摂らないことや、外道たちから誹誇されないことが説かれ、越三摩耶については﹁三摩耶を越えれ ⑳ ば直ちに︹頭は︺破壊され、死に、執金剛仏は念怒を以て七代に亘って種族に加害する﹂と説かれている。冒己四︲ ユq J U
冨員国では従来からの三摩耶が説かれ、員国国︲国貝国の最後に違逆方便としての三摩耶が説かれていることは、経軌 の構造を考える上で重要な点であると思われる。にも関わらず、ブッダグヒヤは詳しい解釈は行っていない。これが ブッダグヒャの意志か、チベットの訳経事情によるものなのかは判断し難いが、いずれにしても無上琉伽タントラを 示唆する内容が説かれている点は注目に値する。そしてこの強烈な方便によって、逆に非時死を伴う業寿を減する事 の困難さと、それに真っ正面から向き合った、如来の本誓を吾が本誓とした琉伽行者の姿を見ることができる。それ はまた、この無量寿如来の心真言が函口巨であることからも窺い知ることが出来る。通常国ごこという真言は金剛 薩唾を象徴する盆怒の真言である。無量寿如来を中心としたマンダラを説きながらも、金剛薩唾を象徴する真言を示 しているということは、無量寿如来に業寿を減するより具体的な働きを託したマンダラと捉えることができる。それ は先に説かれた断無量業寿マンダラの主尊が金剛手であったこととも関係していると考えられる。即ちこれらのマン ダラにおいて、無量寿如来の誓願を、金剛の寿命をもつ金剛薩唾が自らの誓願として、非時死にいたる業寿を減する ために働き続けているということを意味しているのである。 続いてブッダグヒャは成就法について解釈する。経軌には﹁一切の諸法は無実体であることを、心で観念して、阿
⑳⑪
︵A︶より月輪を思念し﹂とあり、この部分をブッダグヒャは五相成身観として解釈している。即ち、﹁1通達菩提 心、2修菩提心、3成金剛心、4証金剛身、5仏身円満を観念し、三摩耶印によって身が大印に住する四仏︵阿 閤・宝生・阿弥陀・不空成就の如来︶として加持し、次いで五部の印︵如来部・金剛部・蓮華部・宝生部・掲磨部︶ で加持する。この五部の真言を、頭頂・口・左後頸部・後頚部・右後頚部に︹布置し︺、垂巾の灌頂を終え、本尊の⑫⑬
身と成って成就する﹂と解釈し、﹁その他の灌頂や功徳は容易なので述べない﹂としている。ここで﹃初会金剛頂経﹂ の最初に説かれる、一切義成就菩薩たる釈尊が五相成身観をもって金剛界如来となってゆく有様を以て、この無量寿 ヤマーンタカの成就法としているのである。それは、単に非時死の息滅を三悪道からの解脱と捉えているだけではなこのマンダラに伴う護摩儀軌は、息災護摩︵断昌旨o白煙﹀N巨富のご旨閏品︶は、茶毘護摩を想定して解釈されており、 ﹁白芥子と名前と各真言を混ぜて焼供する。または身体、屍骸を焼いた灰、クンクマ、栴檀、米、糖菓を焼供すれば ⑭ 速やかに悪趣より脱する﹂とされている。また増益護摩︵冒巨答冨言日煙︺侭冨の冨号首ご閏の館︶の目的は、﹁吉祥と威厳を ⑮ 増長し、広大にすることであり、貧しい有情たちを楽にするために説示された﹂と解釈され、此の護摩により﹁︹長︺ ⑳ 寿と幸せ、威光、楽の享受を増益する﹂と解釈している。敬愛護摩︵ぐ胤鼻四国ロgo日幽︺今目ぬい冒邑“﹃の、︶の目的は、﹁兇 悪者を敬愛︵征服、ぐ四留日百国︺澤自魁匡の号:鯉︶するためと、貧欲を持ち、煩悩に覆われているものを利益するために ⑰ 愛の方法で敬愛させ、大乗に発心させるため﹂とする。降伏護摩については、ブッダグヒャは解釈をしていない。経 軌には他の三つの護摩と同じように説かれているが、降伏行はよほどの場合しか行われない。この場合、註釈に不説 としたこともそういった事情によるものか、この経軌が伝わった当時のチベットの訳経事情によるものかは判断し難 ⑬ い。経軌は降伏護摩を説示した後に﹁これらの次第は存命中にすべきであって﹂と説いていることから、茶毘護摩以 外は有命者を対象にしていることが窺われる。 これらの護摩儀軌からわかるように、ここでの護摩の目的もあくまでも寿命に関わるものであり、最終的には仏果 を得るという目的のもと、これらの修法が行われるのである。 て説かれている。 自己牢国貝国の黎不 く、仏と成ることまでを視野に入れて説かれており、そのための方便として護摩の儀軌が必要になる。 ここでは四種護摩︵息災・敬愛・増益・降伏︶儀軌について解釈される。この経軌の中で護摩が説かれるところは 白巳印︲目︺目の茶毘護摩、及びこの無量寿ヤマーンタカマンダラと後員目印国邑目の二つのマンダラに伴う儀軌とし }5
以上、密教における阿弥陀︵無量寿︶如来について﹁一切悪趣清浄儀軌﹄を中心に見てきた。この経軌の中にみら れる無量寿仏は、特に寿命という点から、より具体的にその役割を一手に担い、一切有情を救済し尽くすという仏の 本誓に従い、非時死に至った有情をも視野に入れ、この仏の名のもとに壮大な救済論を展開している。しかしその目 的は単なる長寿を得ることのみではない。密教が求めるのは、如来法の寿命たる金剛の寿命であり、その寿命は如来 の誓願を吾が誓願として衆生済度に向かう金剛薩唾としての寿命であるということができるであろう。その意味から も阿弥陀如来の浄土観は密厳国土としての道場観につながり、仏の永遠の命を生きる金剛薩蠅として、秘密真言行を 行ずる菩薩道へと発展していったと言える。 宣切悪趣清浄儀軌﹂ 酌ミミ号砲員sS泳○患ミミミミミ亀ミミ言習蜀基ミ閏S↓運幕間営言暮諄冒選員曾巷ミミ苓員、 b息撒罫品思侭息亀舟昌胃§愚昌§習穏膏ご‘言甥曾葺§頚一関冒侭昌吻§唱言、曽目島。侭②旨き。侭,言鴨忌ご員曹碕旨ざ昌勲晶曾 ︵ローzo準切印国ゞも。zo︲崖胃α国︶ 、 弓・の画貝拓印昏昏い︶]四望胃、晨巴国 宣切悪趣清浄字義釈﹂ ロミ媚ミゼミ獣○号ミミミ言息︾蝋昌ぎき昌弓ミー ンョ函S湾。ご色侭答廷g侭守亀韓輿○謹伽首ご’震噂1鼻声︶・zo・函③噂吟.○二︶勺・zoい↑、﹄・戸口︶ ︻参考経軌] ﹁一切悪趣清浄儀軌﹂
まとめ
﹃金剛頂大秘密聡伽タントラ﹂ ﹁毎ご﹃感い、ふふロ、ロ曽画吾到晦震琴堂魚︾︾。晩く﹃﹃ロ毬、口. 、の曾侭ずゆ日煙日ザ母OHO︸5口も○冒品言旦aoR]の胃▽房の日○︵ロzoい、P]曼四︾も.三○.旨い回国巴 ﹁大日経﹂ 大毘臓遮那現等覚神変加持経善無畏・一行訳︵弓屍三○望巴 ﹄昏言ごミミ。ミミ守迂目蒼言包迂ご尋ミ︲凰罰昼迂怠言琶邑ご包巷里琴属国可,§尋,ミーミミミご昌皇ミミミロミさ署輿 トく く 膿II 舅ざ嵩曾︸︲ごミ侭曽号員罫豐営量旨唱ミ︶s︲﹃烏侭愚ミーダさ侭&息冒ミミ︶gミ管’ミ冒辱昏阻冴基&胃暮雪旨侭曽思亀ミミ︶吟鳥韓患ら侭芯3 碕曽巷○さ困轡へ急as目ざご苫量電ミ斡贈.ezo患侯斧屈]屯zo届○号“︶ 、 弓の己のロ島騨ず○巳巨︾昌勺四二貝扇①”め ﹃初会金剛頂経﹂ 仏説一切如来真実摂大乗現證三昧大教王経施護等訳︵弓氏zo器巴 吻亀﹃ご国営尋劉、園ミミ陣ご邑胃村営的﹃副亀吾ミミ蚤S旨、香、ご回苫邑罵再↓︲国. ロ、厭き當噌焉囑冒琴ミ胃。罵諒旨鳥罫。琶亀ミミ雰昌吻曾答困辱︵型ご罫侭曾忌豐膏基言§.e・zo・台pH一葛︺両zo﹄局・ロ罵一︶ 、 弓.の国口旦医劉屍胄四ぐ胃日P詞旨○ずのロー嵐四国、で○ ﹁大日経疏﹄ 大毘臘遮那成仏神変加持経疏一行記︵弓題zo弓患︶ P、仁向匡︸届ぬ匡彦胃四 ミワ U ’
註 ①チベットでは、ダライラマは観音の化身とされ、観音は阿弥陀如来の化身である。また観音はチベット人の先祖としても身 を現じ、最初にチベットに仏教導入したソンッェンガムポ王も観音と化身とされており、その像の頭部には阿弥陀仏がついて いることからも、チベット人と阿弥陀仏の関わりの深さを窺い知ることができる。 ②西方仁勝者是名垂量寿持謂者思惟而住於佛室、国ご圏。 ︻参考文献] 北村太道﹁弓目言倒昏習口園国﹄を中心とした﹁金剛頂経﹄の研究︵5︶﹂﹃密教学﹂u、一九七四年。 北村大道﹁司四貝国再菌ぐ四国国﹂を中心とした﹃金剛頂経﹄の研究︵幻︶﹂﹃密教学﹄弧、一九九八年。 北村太道﹁司目口目苗ぐ陣国﹃皇を中心とした﹃金剛頂経﹄の研究︵再3︶﹂﹃密教学﹄調、二○○三年。 高崎直道﹃インド古典叢書宝性論﹄講談社、一九八九年。 武内紹晃、ツルティム・ケサン、小谷信千代、櫻部建﹃浄土仏教の思想第三巻龍樹・世親、チベットの浄土教、慧遠﹂講談 堀内寛仁﹁梵蔵漢対照・初会金剛頂経の研究梵本校訂篇﹄上・下、密教文化研究所、一九八三、一九七四年。 武内紹晃、ツルティム・ヶ 社、一九九三年 タントラ仏教研究会a﹁哀 タントラ仏教研究会b﹁哀 月輪賢隆﹁阿弥陀仏の浸透 中村瑞隆﹁蔵和対訳究寛 R・A・スタン箸、山口喘 門︻四目四国く些国︾ぬ国ケ○ロロロ厨言二戸ご日日の 仏教研究会a弓金剛頂大秘密琉伽タントラ﹄和訳︵4︶﹂﹁密教学﹂鵠、二○○二年。 仏教研究会b弓金剛頂大秘密礁伽タントラ﹄チベット文校訂Ⅲ﹂﹁種智院大学研究紀要﹄ ﹁阿弥陀仏の浸透性﹂﹁大原先生古稀記念浄土思想研究﹄永田文昌堂、一九六七年。 ﹁蔵和対訳究寛一乗宝性論研究﹄財団法人鈴木学術財団、一九六七年。 スタン著、山口瑞鳳・定方晟訳﹃チベットの文化﹄岩波書店、一九九三年。 3、二○○二年
窟、の日圖皿豐の”ご貝蓮華表負清浄法利剣断彼煩悩冤大輪境界法為因語即妙断持説相︵弓扇も陰隠oゞ弓号己后屋︾ 勺畠弓肋蚕︾堀内駕駕巴 ⑪八世紀にナーランダで活躍した密教の学僧。﹁一切悪趣清浄字義釈﹄の他に、﹃大日経﹄や﹃初会金剛頂経﹂の註釈 G︲ぎ§慰冨ミミミ、g員電員g奇︾侭曾、pzo韻日穿祠zo器隠旦凰︶を著している。 ⑫副ミミ計ごミミ負墨幕営§園.﹃︵響員曹号員旦侭、sご亀雰言se三○囲呂・﹄︾詞zo困呂烏こ︺8号冨唄烏関︶“の冨島目呉2 国苛①のすぐ四ヶ画]、で四ユ胃口画哩旦四討巨]四mの弄胃の切屍母m■ぬ吟旦口門口”と胃口目①切己口切目目胃頤○の己、岸凹H、、︽ケ口ぬい︻]の。弓のごロ○めいH○ヶ、︾]旦○日日口巳蜘釦旦口“己” ︾ ︾戸彦○再ゴ画望︼のぬく○国旦印α自国のめすmmHpmmOmロロ︾○、、口冒○国旨ロ○口ぬい竪噸HmmoOgHm]ぬ己︾○、くい戸のめも、日目旦も①Hpp]漂い鼻①ロも印]H口O彦○口○ず騨討巴 、尉厨qmRmgm再胆冒﹄胃巨庁壷匡日己山]切門○ぬい○○﹂や四吋ご嵩のα壱四旦凹画”︾﹄門口ご画︻、目①の写のの汽四]、国]庁四ヶ匡匹のの冒晋○口Hロ○口”mで口冒、噸ロゴで印旦四目ぬべ、 ︾■ 岸画ウロ︺芦匡H印す“gmHm岸、ゴロ旦四ぬい○○二壱四Hづく①旦己埋○、、旦丙目目]岸彦OH訂写匡一ごゆめ画穴彦○局]○翼の、、国彦のので四国﹂の①旨ごめすの丙胃①旦胃ロ、庁彦四m庁巨 o豈○切床冒岸昏○Hさめ穴○ユ︺冑ご国の二壱四黒の、両儲○ず四︾一Hm胃匡邑匿o言○m弄冒岸彦○﹃さず切弄○門ずい切門8口ロロ”ず同座も画いで琶○g圃巨邑狛︵ロ・いも望○竺 国言届詞の耳。侭国匡侭とあるが、の耳日御言侭と採った︶ゞ匡○忌畏ゞ罫○二○個旨ご鴨&g﹃冒鳥且頁。、三口届餡︺︲屋謄︾ 、 ⑨ ⑧ ⑦ ⑥ 部分の註釈は、特に記されていない。 西方無量寿如来東南方普賢菩薩東北方観自在菩薩西南方妙吉祥童子西北方慈氏菩薩︵大正扇も器。︶﹂とある。この ⑤同様に後の﹁入秘密曼茶羅位品﹂の中にも﹁内現意生八葉大蓮華王於彼東方寶瞳如来南方開敷華王如来北方鼓音如来 ④ ③ ⑥此生満足縁業生増長有情類業寿種除復有牙︵芽︶生起︵目品も号︺ロ届留︺祠巨g︶。 ⑦以方便波羅蜜力故而於無為以有為為表:⋮・或得長寿︵目昂もごロロ勗与﹀両辰撃︶。 為仁者又以降而 也、弓$も③闇0︵ 北方の不動仏と西方の無量寿仏を指す。 次於西方観無量寿仏此是如来方便智以衆生界無尽故諸仏大悲方便亦無終尽故名無量寿梵音爾爾︵冒煙を指す︶名 仁者又以降四魔故名為勝者故偶具測其義謂之仁勝者此二仏亦作真金色梢閉目下視作寂静三味之形諸仏例如是 ロ弓聖︶ゞも邑母︶タントラ仏教研究会a︵ぢ︵届もg︶、タントラ仏教研究会be︵︶︵遍七計︶ ︶﹂○堅。︸﹄四伽mgmm面岸冒琶旨でい﹄ロ目印罰甘口、、H四﹄ぬH尉日︺N○pHロ○pmmgm時かい○○旦冨員︺、、Q弄国竺響穴彦○門庁いぼ匡一旦巨︾︸座]○H﹂○m庁の、、弄降目、、届ず]咄]○︵﹄ ぬの日圖皿豐の”耳與蓮華表負清浄法利剣断彼煩悩冤大輪境界法為因語即妙断持説相︵弓勗己陰隠oゞ弓岸︺己﹂田口 目い④七句④、軍 39
⑱ ⑰ ⑯ ⑮ ⑭ 日吾口凰HgOH]のめず田ざ、函ゴの印す﹃四丘理]の①日切巳も輿︶9門すの国ロ8、、︵pい○、四1戸もいい↑ず1画い、巴 、、ロロ”日巨H国四・も四目Hぬくロロ、望尉斥写mHpmの匡尉巨弄昏四]口mOmg・ロ宍彦瞳四ご壱mHO医自己己四二m目、、曲の巨昌ぬい]O︸︺○mH“ず計ロめい暁○mmで四房電○己弄四国胆昌胃 胆望匡門も凹岸]○pH芹口ご目一門﹂○局]のH、昌画園一目のいず昌凹ず凹噛︼m①H邑のQも四菖旦﹄計すぐ]国媚琶防ごH冒四すい庁のずい弄凹目壱四︾○、、巳幽○口いめでゆめ暁揮暁騨の己騨圃彦のいで四]旨く 庁巨○面○m〆琶﹄亨穴彦○民冒○すの穴○Hご煙﹄四目、圃面のいも四日胃胆のロ]︺ぬ門口樟いいgも餌︾︼民○○片]①時ぬくい胃ぬく﹄m丙︸︺四胃目めい切巨目胃澤胃四閂巨い○い﹂匹匡穴彦冒四g壱四房局、国巨局 めい国ご己印Hいず庁巨岨OOgも四悼胃○国計“ロロ︼\時g○吋]の討庁○口も○]四口︺9ヶ目mpmのいぼのめす﹃即己四﹄、のHご切匹己四︶︾﹂﹄H一︶算四口計○、くめの口︺ぬの弄旦のgH再卸言声四噸 壱四望○﹃世︾一四Hロのgすぐ四口、の旦印口覗国冒①mで四目甘さO匡○の屍昌目旦ケ昌一ロ函の菅岸卸ず卸すいず芦口旦巨H四ケ庁巨0戸巨旦目印の、、岸吊のご︶ゞ、匹回胃”ロ胃○口日○口、、で四房 戸営目ニワ胃﹄pいめ]煙﹂[ロ﹄ぬの、画]ロm尽め○の○局目○ぬ、己山﹄︼○己寺四口目一HgOH︺①○ず○のめす冒口目Rmmm圃胃、のニゥロウmpO圃唇の、口冒回す、︶﹄の①門口のqで四替哲旦一Hす鴛画ロ ﹂四⑳○mm己mRp四門ご切庁の、RgOH]の○舌○m口目のロロ口いす四目ロ言昏四︺買いの堅のずぃぽ時pいめず①噸の己凹め○の○H穴巨ご計巨尻庁○ぬ己色胃胃のめぼ①的丙目︼H回国いす園冒]ロO写○m ニロ、、庁巨肖旨のg石口﹄mpm﹄二四口で四のご口︾○﹃、巳の哲一望弄巨冒○Hg色、函pHで餌再の①HpmQ己四︺○庁①ロも○ずN面﹄︾ず冒巨国、丘四国]HgOH]①の彦○m堅いロ、画彦のいす蛍、ずい ロmの︾旦凰ロ、琶呂の、○Hすぐ骨ロ、と厨ケ罠冒四ヶの庁①、ずい庁昌で四口目︾○gQも回m庁巨民口①g壱四︾﹄g①ずい彦芦冒胆切彦のぬいで画切庁の、。﹄︾﹄己写胃旨国彦①ロロ、厨犀①g口唇m︾○ユ ⑬白9画ゞ&号品目日の:四号の“園日々昼ご耳目冒冒﹄,“言い冒医め閏昌冒の○m。百邑冒号鴨冒昌の号の異のqの筈の“局旨岳 ⑭吉木為柴井蜜用行人作火熾燃吉祥草及珊瑚枝與酢増寿命、大正昂も囲忍︺両討兎 ロ﹄①、戸勺﹄④﹄四. この十二の御作業については﹁宝性論﹄菩提品第二の中に以下のように説かれており、その取意を引用したと思われる。 二目巨伽切目]のO写の旨己○い]胃胆再①ロロ﹄弄岸︺︺⑦ロ、世︾言いH計の冒弄口冒︸四m目”印画画的邑貸、、巳胄○的穴琶肖切屍巨星m一の門口四”︲と○ので印肘、、の隅︶HP]岸︶四︾︺HPロ”ず国冒﹄ロmpm 厨︸戸○m切斥︾軋めへ、の弄営①ウ四目ご国四○口で口引、屍胃のご囚旦四口い、、﹂ぬい︾﹄ユ四口mロ四m口ゆめざ︸]○ず凹旦mpm、﹃︸︸﹄匡皀、、︹﹄]兵mQmpいず岸四国めで口堅心目媚、ず碗○ 閨房、ロ四m﹂四門口穴ゴ卸の己口二口目、ヘ、ず言の巨口門口○︺﹄岸彦○民堅、固の砂局○冒宅印g四国胆、、口mのめず目ロロ独旦穴四︺一︺四mも昌○﹄で四匹四国ぬく、ケ胃mpm︵営匡ずい冒巨員]胸壱○H mの面のぬい己脚Qmpm、囚ウ旦巨﹄ぬ﹂の︾一○胃冒の二m目、局堅固○m“壱四︻ロ︺、﹃ず冠mpm。︸︺pご○︸﹄○切汽胃芦響穴声○門一○﹄、ロ”﹃、日冒、己、四︻︺︺gゆめCmH館切面①い、ロ︺旦圃四﹂ 口搦ご旨品の2日四1品呂旨昌即日の切巨ご閏匡冒一厨時丘唱開園厨8口ごezoさ蹟も言.段再中村ら器も﹄$︲弓P高崎己$︾ p凹めへ、 凸1J〆 で・岸○○︶ 勺﹂卜F①煙1斤︺︶ ロ。、①ず.勺.①①ず ロ画①④凹むい④①一︺
⑲ロ司与︲計戸勺ご“︲ご伊 ⑳この成就法の中に﹁それらの標幟が出生した時、酢油あるいは新しい酒、あるいはごま油、或は水、乳、酪、油、血、凝血、 脳髄、肉あるいはいずれかしかるべきをよく成じ巳って:⋮.e認口両目こ﹂と、﹁左手に三鈷の印を、右手は虚心合掌し、 世尊・無量寿を観念する﹂という表記があり、後の無上玲伽タントラに見られる、血、肉、酒というモチーフと、金剛薩唾の 姿をとる金剛手が三鈷の印をとることが出世間のマンダラの成就法のなかに登場している点が興味深い。 ⑳ ⑳ ⑳ ︵ロ画聖︺︺勺画聖巳 ⑳ ⑳ ⑳ ② ロmいず1m②戸も旬、ずlmoP m]①口も、の匡席○日]己○写○ぬい印巨旨ごめOmmgmp”、、m回国mmHm国、めすの庁騨口冒四mロ○二ケ︺の匹匹ゆ口曲、、 一︺﹂四﹃ロ四曽巨○回旨四ゴ尻厨○口ロ四HpmHpm、、寓画宍昏印のロ四mすめぬロロ︺、庁①ね、騨旦己⑪門ご望、、、 ト ト O百○m胃ご芦巨]二m冒包四口頤切旦︺ぬの℃国Ogg四目館、、H詳四、弄巨の①旨目のOmpmp○匹ウ叶扇○日﹂四口、ヘ、 gmp胃誘冒芦四mg四国mHp四国︺ののロ函﹄ロ”ずH菌①ずゆ︺]、、mpm印胴の目己丙彦色目伽琶扇ロ﹄⑱ロ、色、切斉国防一︺切四旦酋、 ]巨国”ので印壗口卸胃冒の弄胃]]︼○Hケ]仰己岨の﹄四世、m①目口印の.四ロゼ写○口いめ﹄即、ご冒胃ロロ四Hすぐ口、手・・・・・ いのHpめ0画口HppR口の]回□ずmpmごくOgpmm、、目四加計巨匡四H口跡彦昌”ず]釦H戸四房口○門、、 卜 ト− 卜 切門○m○言、ぬいのH○m目︼ケmHmp”ず四︶]で写琶旨、ヘゴHgNpp。口昌四目mpmの口︺pご四時ウ胃四、、 mmpmのHぬく弾めHご弾H唇のロ拝Hロロ︺の、ず︺四・口ロ、﹃旦旦幽居ロ厨彦﹄ぬ門口釦Hロ切冒HずいH四国、ご凹旦四口い、、 の国、いい切目伽も四mp冒すの︻四ヶで四﹀目で置く旨く、”画昏印冒伽︺]ず匡匡目目の9ケ②邑旦①ロで由汽ウくい、、 罠旦○H]のm①門口の二℃四︺ぬご印切︾巳巨、口、の世、弄写、閂冒②○四堅ウ冒煙いめず甘口”丙匡邑闇○の丙冒mpm、、 、罠匡ケ画く巨尉ごと①ので胄日胃胴昌匡門口、、、、邑智ロ蝿H]閂]回心口壱四mの日○め9匹い○里と︵ロ“隈四l戸喘︶momIご 冑巨房彦曽口の胃ロ①﹂で四﹂ロ、ゆず目四mロ四国四口、H邑凹日も、門弄彦四■ず四H画くロHごい、、の匡]ぬ己口○ず戸口、竺巨︸︺望四mも、口︺閏目m﹂犀四]巳○的]添昌四口”の目旦噸○め、ヘ ロ.、﹃堅︺︺も旬]す ロ函omP勺函↑いす ロ画○①鼬︲戸冠函F pい○①ロも函娼心す 冠函鰐吟四’一︺ 41
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