小学校における自ら感じ、考える道徳の時間を目指して
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∼資料の吟味と授業の構想を通して∼
大森 真弓
*・和井内良樹
**日光市立今市第三小学校
*宇都宮大学教育学部
**Mayumi OMORI* and Yoshiki WAINAI**: The aim of moral education class at the Elementary school level: To think ethically by themselves and share their opinions.
Keywords : moral education class, * Imaichidaisan Elementary School, Nikko ** Faculty of Education, Utsunomiya University (連絡先:[email protected] 著者2) 概要 道徳の時間で用いられる読み物資料を吟味し、資料作成者や道徳副読本の出版社が示した展開例とは 異なる独自の授業の展開により複数回授業実践を行った。それを通して見えてきた問題点から、資料の改作 を行ったり、発問構成を工夫したりした。この資料の吟味と授業の展開を工夫した結果、児童自らが感じ考 える道徳の時間が展開できるということを検証することができた。 キーワード:道徳の時間、『道徳の指導資料とその利用』、「同じ仲間だから」 はじめに 道徳教育は学校教育全体を通じて行われるもので あるが、その要となる道徳の時間の充実を図ること が、児童の道徳性を育む上で重要である。しかし、 道徳の時間の指導方法に不安をかかえる教師が多 く、授業方法が、単に読み物の登場人物の心情を理 解させるだけなどの型にはまったものになりがちで ある。これまで私が行ってきた授業も、登場人物の 心情を理解させるだけに留まっていた。そこで、ど のように道徳の授業を改善していけば、児童が自ら 感じ考え、道徳的実践力を主体的に身に付けていく 道徳の時間になるかについて、研究を行った。 研究の視点は、①内容項目について②資料の改作 について③展開の工夫についてである。 まず、例示されている展開通りに授業を行う。そ して、研究の視点に照らして授業考察をし、問題点 と改善策を考え、次の実践へとつなげる。この方法 で、授業実践を7回行った。 授業記録をとるために、ビデオカメラ5台とボイ スレコーダー7台を使用した。授業記録は、全て文 章に起こし、グループの話合いや児童の思考、授業 の展開について分析した。 1.資料について (1)研究資料の選定 「いじめは、絶対だめだ」という当たり前のこと をくり返し指導しても、あるいは道徳の時間に関連 する資料を学習しても、児童の心の底にある「差別 意識」は、払拭しきれないというのが現実である。「差 別意識」について、道徳の時間で考えられることは ないのかという視点で、資料を選定した。 文部科学省『わたしたちの道徳 3・4年』1)に 所収されている「同じ仲間だから」は、年度当初、 直感的にやりにくさを感じて、扱わなかった資料だっ た。しかし、資料を吟味し、展開を工夫することで、 児童が「差別意識」について感じ考えていくことが できるのではないかと考え、この資料を選定した。 (2)資料のねらいとする価値 本資料は、昭和58年文部省(当時)より刊行され た『小学校 道徳の指導資料とその利用・6』2)に 中学年向けの資料として所収されたのが初出であ る。これは、昭和52年の小学校学習指導要領におけ る内容項目「(19)偏見をもたず、だれに対しても 公平公正にふるまう。」という、いわゆる「公平公 正」について考える資料であった。特に、「中学年・ 高学年においては、人を差別せず、だれに対しても 公平公正にふるまうことを、主なねらいとすること が望ましい。」とされていた。 しかし、平成元年における小学校学校指導要領の 宇都宮大学教育学部教育実践紀要 第1号 2015年8月1日
改訂により、低学年と中学年の内容項目から「公平 公正」が削除され、現行の小学校学習指導要領に至 る。本資料は、現在「2−(3)友達と互いに理解し、 信頼し、助け合う。」という価値を考える資料として、 『わたしたちの道徳』に所収されている。副読本でも、 『かがやけ みらい 3年』(学校図書)に、一部改 作されてはいるが、同様に2−(3)の「友情・信 頼」の資料として所収されている。 資料のあらすじは、以下の通りである。主人公と も子の2組のクラスは、運動が苦手で何をするにも 遅い光夫がいるために、これまで水泳大会のリレー など負けることが多かった。近づいてきた運動会 の学級対抗種目「台風の目」で、とも子は光夫とひ ろしの3人で組むことになる。ある日、指をけがを した光夫をひろしが休ませようとするが、とも子は 困ってしまう。とも子は、転校した同級生のよし子 の手紙を思い出し、ひろしの考えをはっきりと否定 して、3人で取り組むという内容である。つまり、 勝負に勝ちたいという思いから、運動が苦手な子を 仲間外れにしてしまうという、いじめ問題につなが る要因を含んだ内容になっている。 友達のことをよく理解することは、一人一人の違 いを受け入れ、私心にとらわれずだれにも分け隔て なく接しようとする公正、公平な態度の基盤となる ものである。しかし、前述したように、資料作成時 の本来のねらいとして考えられていたのは「公正・ 公平」である。それを、「友情・信頼」の資料とし て扱うのには、無理があるのではないかと考えた。 また、いじめという身近な差別や偏見は、小学校低 学年から内在する問題であることを、これまでの教 員生活での経験から実感している。「公正・公平」 は中学年でも考えるべき道徳的価値である。 そこで、この実践を行うにあたり、本資料による 授業のねらいを「公正・公平」とすることにした。 平成27年2月4日に文部科学省より発表された『小 学校学習指導要領案』において、[公正、公平、社 会正義]の内容項目が第1学年及び第2学年から扱 われることとなり、第3学年及び第4学年では、「誰 に対しても分け隔てをせず、公正、公平な態度で接 すること。」とされている。平成30年度の道徳の教科 化に向けて、今後『解説』等で、さらに詳細が明ら かに提示されていくわけだが、この実践の方向性が 間違いではなかったという裏付けの一つとなった。 2.授業実践 (1)実践1 『小学校 道徳の指導資料とその利用・6』にあ る「第二部展開例」による4年生における授業 ①指導案概要 ねらい:人を差別しないで,誰に対しても,公正 公平にふるまおうとする態度を養う。 展開の大要: ⒈資料を読んで話し合う。 ⑴ちょっとした指のけがなのに、体育を休んだほ うがいいとすすめる二組の人たちは、どのよう な気持ちなのか。 ⑵迷っていたとも子を,はっとさせたことは何で あったか。 ⑶「同じ二組の仲間……。」という言葉に,とも 子はどのような願いを込めていたのか。 ⑷競技が始まったとき,みんなはどんな気持ちで 参加しただろうか。 ⒉人を差別しないで,公正公平にふるまってよ かったという経験を話し合う。 ⒊児童作文を読む。 ②実践考察 授業実施後、文部科学省のホームページに『「私 たちの道徳」活用のための指導資料(小学校)』3) が発表された。その展開例では、ねらいを「友達の 身になって考え、互いに理解し合い、友達を大切に しようとする態度を育てる。」という「友情・信頼」 としているが、とも子の思いを通して考える展開の 流れは、実践1の展開と大差ない。「仲間外れにし ては、いけない。」ということは、児童も分かりきっ ていることである。それでも仲間外れをし、いじめ をするのはなぜなのか、その行為の奥にある差別の 心に気付かせることが重要である。実践1を通して、 ねらいを公正、公平にすることで、差別や偏見に気 付かせることができると確認することができた。 しかしながら、今回のような場面を追っていく発 問では、仲間外れをしようとすることには共感はし にくい児童も多い。また発問⑵と⑶は、場面は違う が同じような価値を問う発問になっている。そこで、 「公正・公平」についてどのような構造になってい るか、資料を再度吟味し、児童がこの資料を読んだ とき、どんな感想や疑問をもつかを捉え、児童の視
点から、資料のテーマに迫る発問を工夫していくこ とにした。 (図1) また、この資料においては、とも子が、友達から もらった手紙から、友達が転校先で「言葉の違い」 による仲間外れを受けていることを想起して、自分 のやろうとしている過ちに気付くという内容になっ ている。しかし、「言葉が違う」ことと、「運動が苦手」 であるということには、質の違いがあり、また、あ まりにも突然に気付くという不自然さもある。実践 1の児童の発言から、とも子やひろしが仲間外れを しようとしていることに、児童は自ら気付くのでは ないかと予想した。また、休ませようとしているだ けのひろしの発言に対し、とも子が「光夫さんを外 して勝とうとするなんて、間違っていると思うの。」 と発言してしまうのは、逆に光夫を傷つけてしまう ことになるという不自然さもある。そこで、この不 自然さを解消し、児童自ら仲間外れに気付き、差別 について追及することができるようにしたいと考 え、後半2ページを削除し、前半2ページのとも子 が困ってしまった場面までで展開することにした。 また、光夫について語る地の文に、特別運動が苦手 だという以外に、他の人より劣る部分があると思わ せる叙述があり、また、解釈を方向付ける挿絵が含 まれていた。その部分を削除するなどの改作をする ことにした。(下線部は大森による) (図1) (2)実践2 5年生における授業実践 ①指導案概要 学習活動: ⒈勝負に負けたときの気持ちについて考える。 ⒉資料を読んで考える。 ⑴資料を読んで、どんなことを思ったか。 ⑵返事に困ったとも子は、どんなことを考えてい るか。 ⑶2組はどうやったら勝てるのか。 ⒊授業をふり返って、考えたことを書く。 ②実践考察 資料を後半削除することについては、期待通りの 効果があった。 しかし、スポーツ少年団など集団で行うスポーツ に関わっている児童が多いという実態がありなが ら、勝ち負けにあまりこだわらなかったのは、「運 動会の練習」という設定だからなのか、5年生とい う発達段階の差もしくは差別意識の低いクラス実態 によるものなのかという疑問が残った。そこで、実 践2と同じ展開で、差別意識がある程度見られると 予想されるクラスで実践することと、資料を「運動 会当日」という設定で、展開は同じ実践をすること を、同時進行で行うことにした。 また、⑵において、まずグループでの話合いをし たが、自分の考えがまとまらず、話合いが深まらな かった班があった。そこで、まず自分の考えを整理 するために、ワークシートに書いてから、グループ の話合いをもつことにした。 (3)実践3・4 ①実践3の授業概要 実践2と同じ資料と指導案で、4年生で実施した。 ②実践4の授業概要 資料を、運動会当日という設定で、実践2と同じ 指導案で、4年生において実施した。 ③実践考察 資料を後半削除することについては、はっきりと 効果が見られた。運動会の練習か当日かということ については、大差はない。そこで、元の資料の運動 会の練習という設定で、次の実践も行うことにした。 どちらの実践も、児童が資料を読んだ感想や疑問 から、テーマを考える展開を行った。特に、実践3
では、児童の本音と見られる多様な考えが出され、 自然な流れでテーマに向かっていくことができた。 2つの実践から、児童自身が学習テーマを考える必 然性を感じなければ、価値を求め深めることはでき ないということが確認できた。 中心発問では、ワークシートに自分の考えを書い てから、グループの話合いを行うようにした。この 結果、全ての児童が自分の考えをもって、話合いに 臨むことができた。しかし、実践3では、班の話合 いが始まっても、自分の考えを書くことにこだわっ て、話合いが進まなかった班があったり、お互いの 考えをまとめようとしたりしてしまった。班の話合 いに入る前に、十分に確認をすることが必要である。 また、時系列的な板書でなく、構造的な板書を行っ た。改作資料に挿絵がないので、3人のシルエット を板書に用いた。シルエットにすることで、3人の 心情を児童が自由に想像することができた。 (4)実践5・6 ①授業概要 実践2と同じ資料で、実施した。実践5は、4年 生9名のクラスで、実践6は、5年生16名のクラス で実施した。実践5の指導案は、実践2と同じもの で、実践6では、中心発問を「返事に困ったとも子 は、この後どうしたと思うか。」とした。 ②実践考察 本実践を行った小規模校では、差別意識も低く、 勝負へのこだわりも少ないのではないかと予想し、 授業を実践した。実践の結果、予想通り、中心発問 において、仲間外れについて深く考えることができ ず、勝負にもこだわらない発言があった。差別意識 が低く、勝負へのこだわりも大きくないという、こ のような実態のクラスでは、本資料を扱うことにど のような意義があるのか。これから先、今よりも大 きな集団の中で生活するようになって、「仲間外れ」 を体験する可能もありうる。その時に、本資料を思 い出せば、「一人一人の違いを受け入れ、認め合っ ていくことが大切だ。」と気付くことができるであ ろう。つまり、学校の諸活動で考える機会を得られ にくい道徳的価値などについて、「補充」する役割 を担う資料であったと考える。 また、実践6において、「この後どうしたか」と 問う場合、最後の1文が、児童の思考の妨げになっ ていることが分かった。そこで、最後の「とも子は はっきり答えないまま、自分の席にもどりました。」 を削除することにした。 (5)実践7 ①授業概要 資料の最後の1文を削除し、実践6と同じ指導案 で、5年生において実施した。 ②授業考察 最後の1文を削除したことにより、「仲間外れは 悪いと分かっているのに、そうしてしまうのはなぜ か。」というとも子の心情や、その後の判断を幅広 く考えることができた。 3.まとめ 今回の資料を吟味し、構造的に捉えることで、資 料には、多くの改善すべき点があることが分かった。 資料の改作の視点は、「①地の文(語り手)の視点 に、児童を誘導する要素が混入されていないか。② 児童が、悩みや 藤等の心の揺れ、人間関係の理解 等の課題について、深く考えられるようになってい るか。③ねらいとする価値を追求させるために、児 童の思考の流れに合わない、無理のある不自然な流 れになっていないか。」である。 また、資料を読んだ児童の疑問や気がかりから、 人物の心情を問い、それにねらいとする価値につい て追求する発問を織り込んでいくことで、児童が自 ずと「仲間外れ」の根底にある「差別意識」に気付 くことができた。今回の研究で、資料を吟味し、授 業を構想することで、児童自らが「差別」や「いじ め」に気付き、考える道徳の時間が展開できるとい うことを検証することができた。 道徳の教科化に向けた『道徳に係る教育課程の改 善等について(答申)』4頁に、「今回の道徳教育の 改善に関する議論の発端となったのは、いじめの問 題への対応であった。(中略)道徳教育を通じて、個 人が直面する様々な事象の中で、状況を深く見つめ、 自分はどうするべきか、自分に何ができるかを判断 し、そのことを実行する手立てを考え、取り組める ようにしていくなどの改善が必要と考えられる。」と ある。平成30年度の一部改正小学校学習指導要領施
行に向けて、来年度より「道徳科」の準備を進めて いくこととなる。よりよく生きるための基盤となる 道徳性を養うために、今後も「児童が自ら感じ考え る道徳の時間」を目指して、他の資料についても、 今回のような取り組みを適用して研究を続ける必要 がある。 参考文献 1) 文部科学省『わたしたちの道徳 小学校3・4 年』教育出版、2014年 2) 文部省『小学校 道徳の指導資料とその利用・6』 1973年 3) 文部科学省ホームページ『「私たちの道徳」活 用のための指導資料(小学校)』2014年 (2015年 3月30日 受理)