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3-1 はじめに 第 3 章 InSb(111)A 表面における熱振動の異方性

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(1)

第 3 章 InSb(111)A 表面における熱振動の異方性

3-1 はじめに

結晶表面の原子はバルクに比べ低配位であるため、その熱振動振幅は一般的にバル クよりも大きいと考えられている。実際にそれを裏付ける数多くの報告があり、例え ば、金属表面(Ni(111)、Ni(001)、Ag(111)、Pt(111)、Cu(111)、W(001) [1])、およびイ オン結晶表面(NaCl(001)、KCl(001) [2,3])における原子の熱振動振幅は、バルクに比 べ20~80%程度大きいことが知られている。これらの報告の多くでは、表面において もバルク中と同様に等方的な熱振動が起こることを仮定している。しかしながら、表 面では結合が切断されていることから、半導体結晶のように結合に強い方向性を持つ 系に対しては、表面の熱振動を等方的に扱うことは適切とは言えない。さらに、半導 体表面には、バルクがそのまま露出した理想表面とは異なる対称性をもつ構造(再構 成構造と呼ぶ)が現れることが多く、その熱振動状態の記述には異方性を考慮した取 り扱いが不可欠である。

本章では、化合物半導体の再構成表面の一つであるInSb(111)A-(2×2)表面を取り上 げ、透過電子回折法(transmission electron diffraction: TED)と反射高速電子回折法

(reflection high-energy electron diffraction:RHEED)を用いて、その表面における原子 の熱振動状態を評価する。この両手法を用いることにより、当該表面における原子の 熱振動を「表面平行方向」と「表面垂直方向」の2つの成分に分割して評価すること が本研究の大きな特色となっている。以下では、まず、基板として用いるInSb(111)A-(2

×2)表面構造と安定性について過去の研究成果に基づいて概説する。次に、TED 、

RHEED による表面平行方向および垂直方向の熱振動振幅の決定方法、およびその結

果を詳述し、本表面の熱振動状態をA-(2×2)表面の原子配列や構造安定性と関連付け て議論する。

(2)

3-2 InSb(111)A-(2 × 2) 再構成構造と構造安定性

InSb(111)A-(2×2)表面構造に関する研究は、1985 年の Bohr らによる微小角入射 X 線回折法を用いた解析[4]に端を発する。彼らの提唱したモデルはIn-vacancy buckling 構造と呼ばれ、この構造には、In終端理想表面からIn原子が2×2周期あたり1個づ つ抜けた、1/4 ML(monolayer: 単原子層)の空孔(vacancy)が存在する。一方、最 表面に残る3/4 MLの In原子はバルク理想位置からバルク側へ変位(buckling)する とともに、vacancy近傍の3/4 MLのSb原子が空孔側へと変位した配列をとる(図3-1

(a)(b))。この構造モデルは、TED 解析[5]、RHEED ロッキングカーブ解析[6]、高 分解能透過電子顕微鏡観察[7]、第一原理計算[8]、光電子分光 [9]、および、走査トン ネル電子顕微鏡(scanning tunneling microscopy: STM)観察 [10]からも支持されたこと から、A-(2×2)表面構造は、well-defined(確度が高く、よく定義された)であると言 って差し支えない。

InSb のような化合物半導体の表面の構造安定性は「電子数評価モデル(electron counting model: ECM)」[11]に基づいて評価されることが多い。ECMは、電気陰性度 の大きな原子(anion)の混成軌道に由来するダングリングボンド(不飽和電子対)に 向かって電気陰性度の小さな原子(cation)のそれから電子が完全に移動して孤立電 子対を形成すると、それぞれの原子の不飽和なダングリングボンドが消滅することに なり表面が安定化する、という考え方に基づいている。この評価手法を用いると InSb(111)A-(2×2)表面構造の安定性は次のように説明される。バルクInSb中において In原子は3個、Sb原子は5個の価電子を有し、それぞれの原子が4配位のsp3混成軌 道を形成する。したがって、便宜上InSb(111)A 理想表面におけるIn のダングリング ボンド中には、3/4 個の電子が存在すると考えることができる。InSb(111)A 理想表面 から(2×2)単位胞あたり 1 個の In が抜け、vacancy を形成した場合には、残された 3 つのIn原子に加えてIn-vacancy近傍の3つのSb原子に不飽和なダングリングボンド が生じることになる。このとき、これらの Sb 原子にはそれぞれ 5/4 個の電子が存在 するとみなすことができる。したがって、電気陰性度の大きな Sb 原子のダングリン

(3)

グボンドへIn原子から3/4個の電子が移動すると、前者は孤立電子対に、後者は空軌 道となる (図 3-2)。このような電荷移動に伴って不飽和なダングリングボンドが解 消されるため、A-(2×2)表面構造が安定化されると解釈される[8,10]。

本表面の安定化メカニズムは、当該表面の結合状態から導き出されるダングリング ボンドのエネルギー準位による議論からも次のように説明できる。図3-3は過去の第 一原理計算によって明らかになったダングリングボンドの頂角とそのエネルギー準 位との関係である[8]。TED[5]およびRHEED[6,12]による本表面の構造解析の結果から、

最表面のIn原子は、バルク理想位置よりバルク側へbucklingしているため、sp2的な 結合状態となっているのに対して、Sb原子はIn-vacancy側へ変位をしているため、p3 的な結合状態にある。図3-3 から明らかなように、In、Sb両原子がバルクのsp3的な 結合状態にあるときにはダングリングボンドのエネルギーは最小となっておらず、In がsp2的、Sbがp3的な結合状態へとそれぞれ変化したときにそのエネルギーが最小と なる。このことは、InSb(111)A-(2×2)表面における In から Sb への電荷移動には、In

原子のbucklingおよびSb原子の空孔側への変位が不可欠であることを意味している。

したがって、当該表面構造の安定化メカニズムにも、表面でのIn-vacancyの形成に加 え、InおよびSb 原子の変位に伴う電荷移動によって生じるダングリングボンドのエ ネルギーの最小化が、大きな役割を果たしているといえる[8,10]。

(4)

[111]

×2 [21_1_

図 3-1 InSb(111)A-(2×2)表面の In-vacancy buckling 構造

(b) Side view (a) Top view

[11_0]

[1_01]

In Sb

×2

(5)

A-(2×2)単位胞

[11_0]

[1_01]

図 3-2 InSb(111)A-(2×2)表面における電荷移動

(6)

図 3-3 ダングリングボンドの頂角とその電荷分布の関係

(7)

3-3 表面平行方向の振動振幅

InSb(111)A-(2×2)表面における平行方向の熱振動振幅の決定には TED を用いる。

TEDでは電子線が対象表面に対して垂直に入射するため、電子線入射方位に対して垂 直方向、すなわち表面平行方向の原子の位置と熱振動振幅を決定することができる。

以下では、実験装置、実験および解析方法を述べた後、実際に表面原子の熱振動振幅 の決定に至る過程を説明する。

3-3-1 実験装置

ⅰ)使用装置

TED実験には、市販の透過電子顕微鏡(JEOL JEM-2010)の鏡筒部をベーク可能な ステンレス(SUS304)の超高真空試料チェンバーに交換し、そこに分子線エピタキ シー(molecular beam epitaxy: MBE)用の蒸着チェンバー2基を追加装備した装置を用 いた(図3-4)。この追加装備と下記の排気システムにより透過電子顕微鏡内で清浄表 面の調整および観察が可能となっている。本顕微鏡の基本性能は、加速電圧が200kV、

分解能が2.3Åである。試料チェンバーにはロードロックチェンバーを接続してあり、

試料室を超高真空に保ったまま試料を交換することができる(サイドエントリー方 式)。蒸着チェンバー内のInの蒸着源にはWワイヤーのコイルにInを担持させたも のを、Sbの蒸着源にはMo製のクヌーセンセルタイプのものを用いた。In およびSb の純度はいずれも99.999%である。In およびSbの蒸着量ならびに蒸着速度は、蒸着 方向と 90°の角度をなす方向に取り付けられた水晶振動子膜厚計(quartz crystal oscillator: QCO、INFICON、XTC/Ⅱ)により見積もった。

ⅱ)排気システム

超高真空チェンバーの排気システムを図3-5に示す。電子銃部、コンデンサーレン ズ部および中間レンズ部は、当装置に予め装備されていたイオンポンプ(ANELVA、

(8)

PIC-310)とディフュージョンポンプ(JEOL、特注)で排気されている。試料チェン バーの排気には、イオンポンプ(ANELVA、PIC-500)と Ti サブリメーションポンプ を組み合わせたコンビネーションポンプ、および、ターボ分子ポンプ(SEIKO-SEIKI、

STP-300)を併用した。試料チェンバー内の到達真空度は 3.0×10-10 Torr であった。

一方、蒸着チェンバーは、自作の Ti サブリメーションポンプ、ターボ分子ポンプ

(SEIKO-SEIKI、STP-300)により排気され、その到達真空度は5.0×10-10Torrである。

蒸着チェンバーと試料チェンバーは直径約 1cm の孔をもつ Cu 板で仕切られており、

蒸着中における試料チェンバーの真空度の低下を抑えることができる。透過電子顕微 鏡のカメラ室は備え付けのディフュージョンポンプ(JEOL、特注)によって、予備 排気用のロードロックチェンバーはターボ分子ポンプ(JEOL、特注)により排気さ れている。なお、真空度の測定にはヌードイオンゲージ(ANELVA、MIG-921)を用 いた。

ⅲ)TEDパターンの撮影・記録システム

TEDパターンの撮影には、イメージングプレート(以下IP)を用いた。IPは、Eu2+

イオンをドープしたバリウムフロロハライド(BaF(BrI))蛍光体を樹脂フィルム上に 塗布したものであり、電子線照射によって励起された蛍光体がヘリウムネオンレーザ ーの照射によって発光する輝尽発光現象を利用している。この発光強度は、専用の読 みとり機(Fiji Film、FDL-5000)を用いてデジタル変換・画像化され、磁気記録媒体 に記録・保存される。IPの電子線照射に対する感度特性は、酸化銀の還元を利用する 通常の銀塩フィルムに比べてはるかに高い(約1000倍)。さらに、IPに記録された強 度が広い範囲(~105 段階)で電子線強度に対して直線関係をもつことから、その定 量的扱いが容易であることも通常のフィルムに比べ大きな利点となる。画素の分解能 は、読みとり機の機械的な位置制御の精度に依存しており、本研究では、最も高精度 な値(1画素あたり25μm平方)に設定した。保存される画像は、専用のソフトウエ ア(Fiji Film Science Lab 98, Image Gauge)のフォーマットとなっており、1pixel あた

(9)

りの信号強度は最大16384階調(14bit)をもつ。

ⅳ)試料ホルダーと試料温度の見積もり

試料ホルダーに取り付けられた試料は、ゴニオメータを用いてX、Yの2軸方向(X 方向:±10°、Y方向:±5°)に傾斜させることが可能となっている。試料ホルダー はTaヒータによる加熱機構をもち、室温から約923Kまでの間で温度を変化させるこ とができる。ところが、試料チェンバーに試料ホルダーを導入した状態では試料が TEM の部品に隠れてしまうために、実験中にその温度を外部から測定することがで きない。そこで、予め別の真空チェンバー内(JEOL、EEE-300)において、Taヒータ ーに通電する電流値と試料温度の関係を調べておき、実験中の試料温度はその電流値 から見積もることとした。この予備実験における温度測定にはアルメル-クロメル熱 電対とパイロメータを併用し、その温度較正には、Inの融点(429K)とInSbの融点

(798K)を利用した。また、この予備実験により、電流値の設定から試料温度が目的 の値で安定するまでには約15分かかることが明らかとなった。

(10)

図 3-4 本研究で使用した TED 装置の外観

試料チェンバー

蒸着チェンバー

ロードロックチェンバー

(11)

図 3-5 使用装置(TED)の排気系

(12)

3-3-2 InSb(111)A-(2×2)表面の作製

TED実験用の試料の作製手順を以下に示す。まず、InSb(111)Aウエハー(住友電気

工業、non-doped)を直径3mmのディスク型に切り出し、その厚さが約 200μmにな

るまで裏面を機械研磨した。さらに、このディスク型試料の中央部が約40μmになる までディンプラー(Gatan、GIF-330)を用い機械研磨した。その後、乳酸と硝酸(10:1) の混合液中で、中央部に小さな孔があくまでエッチングを行った。この孔の周囲が電 子線透過領域となる。続いて、この試料を別の真空蒸着装置(JEOL、EEE-300)に導 入し、裏面にわずかにカーボン(以下Cと表記)を蒸着した。これは、(111)A-(2×2) 表面の調整の過程で(111)A面だけでなく裏面((111)B面)にも(2×2)周期をもつ再構 成表面が現れるのを防ぐため、故意に裏面をC で覆うことを目的としている。もし、

裏面にわずかでも B-(2×2)表面が現れてしまった場合、測定される(2×2)周期の超格 子反射にはA-(2×2)表面からの反射とB-(2×2)表面からのそれが重畳するため、A-(2

×2)表面の超格子反射強度の正確な見積もりが困難となる。なお、CはIn、Sbの原子 に比べ散乱能が極めて小さい(約1/10)ことに加え、Cがアモルファス状で堆積する ため、TEDパターンにおいて若干のバックグラウンド増加に寄与するものの(最大で も約5%)、超格子反射強度にほとんど影響を与えない。

上記の試料を、試料チェンバー内に導入し、以下の手順で(111)A-(2×2)表面を作製 した。試料の導入後、まず、脱ガスを目的として試料を573Kにて約10時間保持した。

続いて、Sb4分子線(3.5×1014 molecules cm-2min-1)を入射しながら、試料を693K に 加熱することによって、(111)A 表面上の酸化膜を除去した。Sb4分子線を入射する理 由は、Inに比べて2桁以上蒸気圧の高いSbが、加熱に伴い表面から優先的に脱離す るのを補うためである。次に、この試料を573Kに保ち、数10 nmのInSb薄膜をホモ エピタキシャル成長させた。このときのInとSbの蒸着速度はそれぞれIn1; 2.8×1014 atoms cm-2min-1、 Sb4; 2.8~4.0×1014 molecules cm-2min-1とした。この時点で既に(2×

2)周期の超格子反射を示すTEDパターンが得られるものの、解析に必要な超格子反射 強度が得られていないことが多い。これを改善するために、Sb4分子線を蒸着速度 3.0

(13)

×1014 molecules cm-2min-1で入射しながら623Kで試料を数時間保持した後、Sb4分子 線の入射を中断し、さらに573Kにて数時間保持した。この処理によってA-(2×2)再 構成表面の結晶性は改善され[5]、図3-6 に示すような十分な強度をもつ(2×2)周期の TEDパターンが観察される。

3-3-3 TED パターンの撮影

2章で述べたように、TEDによる表面の構造解析では、電子線を試料の特定の方位 に数度傾けて入射することで動力学的効果を軽減させる[5,13]。これにより、近似的 に回折強度を一回散乱近似(運動学的回折理論)で取り扱うことが可能となる。この 傾斜操作により得られた TED パターンは晶帯軸入射で得られるはずの対称性を有し ていない。そこで、得られた超格子反射スポットの強度を本来の回折パターンがもつ 対称性に従い平均化する処理を施す。InSb(111)A-(2×2)表面の場合、<111>から<110

>方位に約5°試料を傾斜させて電子線を入射し、パターンの平均化処理を行うこと により動力学的効果を約 15%以下に減らすことができることが報告されている

[5,13,14]。本研究では菊池線を利用して試料の傾斜方向と角度を制御し、C6v対称性(*

脚注)を考慮してパターンの平均化処理を行った。

しかしながら、上記の一連の操作を行ったとしても、真の構造つまり真の構造因子 を用いてTED強度を運動学的に計算した強度は実験で測定したTED強度を再現しな いことに注意すべきである。なぜなら、これらの処理は、動力学的効果を軽減させる 操作ではあるものの、完全にその効果をなくすものではないからである。したがって、

撮影する領域によって試料の厚みが異なる場合には、得られる超格子反射強度の分布 にも領域依存性が現れる。この理由から、本研究においては、制限視野回折絞りを用 いて、常に同一領域を観察対象としていることを確認しながら TED パターンの撮影 を行った。

(14)

*脚注

InSb(111)表面構造のもつ対称性はC3vであることから、晶帯軸入射で得たTEDパタ

ーンはC6vの対称性をもつ。このように表面のもつ対称性と回折強度の分布がもつ対 称性が異なるのは、結晶のもつ回折パターンが対称中心iをもつ性質(フリーデル則)

によっている[16]。

(15)

k

温 度 散 漫 ス ト リ ー ク

10 00 01

h

図 3-6 InSb(111)A-(2 × 2) 表面から得た TED パターン

(16)

3-3-4 TED 強度の測定と表面の平均デバイ温度の決定

本研究では、室温、373K、423K、473K、523K、573K、653K での超格子反射強度 を測定した。TEDパターンは昇温および降温中の両方の設定温度においてそれぞれ撮 影し、両過程において測定された超格子反射強度に違いが見られないことを確認した。

TEDパターン中の超格子反射の強度は以下の手順で見積もった。まず、例として図 3-7に示すように、超格子反射スポット全体を含む幅(5pixel)でのラインプロファイ ル求めた。ラインプロファイルスペクトルからスポット強度を求める方法としてはス ペクトルからバックグラウンドを差し引いた面積を強度とする求積法が有名である が、この方法にはバックグラウンドの差し引き方に任意性が入るという欠点がある。

そこで、本研究ではラインプロファイルスペクトル(図3-8(a))に対しSavizky-Golay 法[16]の 7 点平滑化・微分処理を施すことによって得た微分ピーク(図 3-8(b))の縦 幅(peak to peak強度)を超格子反射強度とした[5]。TEDパターン中における0 1/2

から0 7/2反射に対してこの操作を行い、前述したC6v対称性に基づく平均化処理によ

って超格子反射強度を得た。室温における超格子反射強度の分布を図3-9に示す。図 中のアスタリスク(*)は基本反射に対応する。

以上の手順で測定した超格子反射強度は、運動学的回折理論に基づく取り扱いが可 能である。したがって、2章で述べたように測定した超格子反射強度の温度依存性を 調べれば、下式に基づいて、(2×2)構造を形成する全表面原子の平均のデバイ温度Θ

(もしくは平均二乗変位)を見積もることができる。

( )

2

2 0 2 2

2 0

sin 4 1 1

2 6

) 2 exp(



 



 

 +

= Θ

=

=

ξ ξ λθ

π x ξ

B

d x e x mk

T M h

M I

I

r K

本表面から全温度範囲にわたって測定できる全ての超格子反射強度の温度依存性 を図 3-10 に示す。温度の上昇に伴い超格子反射強度が減衰する様子が見て取れる。

このことは、2章で述べたように、表面原子の熱振動振幅が温度上昇に伴い大きくな ることを示している。また、この図からはそれぞれの反射ごとに強度が減衰する傾き

(17)

が異なることも確認できる。例えば、図3-11に示すように0 3/2 と0 7/2反射強度を 比べたとき、両反射ともに試料温度が上昇するにつれて強度が減衰する傾向は共通し ているものの、高回折角側の0 7/2反射強度減衰がより急激であることを確認できる。

図3-11各反射強度の減衰から求めた表面デバイ温度の平均値は、101±41Kであっ た。この値は、InSb バルクのデバイ温度の文献値(計算値 147~158K、実験値

160K[17,18])よりも約 30~40%程度小さく、表面原子の熱振動振幅がバルクよりも

大きくなることを示している。この結果は、表面原子の熱振動振幅がバルク中より大 きいという従来の報告と同じ傾向にある。ただし、この値は(2×2)構造を形成する表 面原子全体の平均値であり、個々の原子のもつ熱振動の方向性、振幅は明らかでない。

そこで、各原子の熱振動振幅を明らかにするため次節に示す解析を行った。

(18)

図 3-7 ラインプロファイル範囲を示す図

5 pixel

(19)

距離[mm]

強度[任意単位]

図 3-8(a) ラインプロファイルの一例

距離[mm]

微分強度[任意単位]

図 3-8(b) 微分プロファイルの一例

(20)

図 3-9 InSb(111)A-(2×2)表面の室温における超格子反射強度分布

黒い半円:実測強度、白い半円:計算強度、*:基本反射

(21)

図 3-10 超格子反射強度の減衰

凡例中は反射指数

(22)

図 3-11 高次の反射と低次の反射における減衰の違い

(23)

3-3-5 表面の原子座標およびデバイ温度の最適化(表面平行方向)

測定した超格子反射強度の分布を用いて以下の手順で解析を行う:ⅰ)In-vacancy

bucking モデルに対して運動学的強度計算を行い、ⅱ)計算により得た強度と実測強

度との比較を通して、表面の原子座標の最適化を行う。その一致度を示す指標には、

2章で定義した信頼度因子(R 因子)を用いる。ⅲ)R 因子が最小となるように表面 原子のデバイ温度の最適化を行う。ⅳ)R因子が最小となるまでⅰ)~ⅲ)を繰り返 す。本節では、具体的な解析手順を上記のⅰ)~ⅳ)に従って述べた後、最適化後の 結果を示す。なお、運動学的強度計算、構造およびデバイ温度の最適化の過程で行っ た最小二乗計算には、Nakada と Nishizawa によって開発されたプログラムを用いた [5,13]。

ⅰ)運動学的強度計算

まず、A-(2×2)表面原子の初期座標として、Bohrらが報告した値[4]を用いて運動学 的強度計算を行った。表面およびバルクのIn、Sb原子のデバイ温度には、バルクInSb に対しする計算値(In;147K、Sb;158K[17])を用いた。これらの値は、InSbバルク のデバイ温度として実験値(160K[18])にも極めて近く、最適化手順における初期値 としては適当であると考えられる。

ⅱ)原子座標の最適化

室温で実測した超格子反射強度を用いて、第3層目までの原子座標を最小二乗計算 により最適化した。この計算において各原子のデバイ温度は上記ⅰ)の値に固定した。

ここで、第 3 層目の In 層までの原子変位を考慮した理由は、この層まで計算に取り 入れれば R 因子が十分に小さな値(室温で約 12%)になったこと、ならびに、第 4 層目以下の原子座標を最適化してもR因子の低下が見られなかったためである。

(24)

ⅲ)デバイ温度の最適化

表面原子の座標を手順ⅱ)で最適化した値に固定し、それぞれの原子のデバイ温度 を最適化した。ここで、表面の2つの原子(In1、Sb1)の変位が大きいこと、ならび に、この2つの原子が3配位であり理想表面とは異なる配置にあることから、両原子 のデバイ温度のみを最適化の対象とし、それ以外の原子のデバイ温度はⅰ)で用いた バルクの値(In; 147K、Sb; 158K[17])に固定した。各温度で得たTEDパターンに対 して、表面原子のデバイ温度を最適化し、その平均値を最終的なデバイ温度とした。

最適化後のデバイ温度を用いてそれぞれの測定温度(室温、373K、423K、473K、 523K、573K、653K)毎に再度構造モデルの座標最適化を行ったところ、各温度で最 適化した原子座標の間には大きな違いは見られなかった(最大で0.005nm)。このこと から、室温から653Kの温度範囲で本表面構造は変化しないと判断し、この段階で原 子座標およびデバイ温度の最適化を終了した。

ⅳ)デバイ温度の最適化結果

図3-12 に、それぞれの測定温度における R 因子の最小値(縦軸左)とデバイ温度 の推移(縦軸右)をグラフに表したものを示す。図 3-12 からわかるように、解析に 用いた温度範囲内でR因子は常に10~20%以下の間にあった(*脚注)。このことは、

室温から380℃の温度範囲においてIn-vacancy buckling構造が安定に存在することを 示している。一方、図中のデバイ温度の推移に注目すると、測定温度範囲において若 干のばらつきがあるものの、温度依存性は見られない。また、このばらつきに関して も、平均デバイ温度(点線)から上下20K以内の温度範囲に収まっていることから、

本表面のIn、Sb原子の熱振動状態が測定温度の範囲内で大きく変わらないといえる。

最終的に最適化された座標とデバイ温度を表3-1に、それと対応する原子の番号を 図 3-13 に示す。表中には室温における平均二乗変位の値も併せて示す。最上層に存 在する3配位のInの平均デバイ温度は127±14Kであり、第2層目に位置する3配位 のSbの値は、225±19Kとなった。なお、デバイ温度における平均誤差はu/ nから

(25)

求めた[19]。ここで、導出したデバイ温度の分散の平方根がu、測定数nが 7(室温、

373K、423K、473K、523K、573K、653K)である。InSb バルク原子のデバイ温度が

それぞれIn; 147K、Sb; 158Kであることから、In原子の表面平行方向の熱振動振幅は

大きく、Sb原子の振幅は小さいことがわかる。

* 脚注

本手法のもつ誤差(動力学的効果、強度の平均化、基本反射と重なる超格子反射を 解析に用いないこと、など)を考慮すると、「真」の構造および熱振動振幅の場合のR

因子は10~20%の範囲に落ち着くと言われている [5,13]。

(26)

図 3-12 R 因子 [%] とデバイ温度 [K] の推移

(27)

Atom

座標x d110=0.4578nm

を1とする

座標y d110=0.4578nm

を1とする

表面平行方向のデバイ温度

(室温における平均二乗変位)

In1 -0.030 0.030 127±20K(0.0154nm)

Sb1 1.272 0.728 225±35K(0.0087nm)

Sb2 1.333 1.667 158K(0.0124nm)

In2 1.331 0.669 147K(0.0133nm)

Sb3 0.333 0.666 158K(0.0124nm)

Sb2

In1

Sb1 Sb2 Sb3 In3 Sb4

In1

In2

Sb1 x

y

b) Side view a) Top view

図 3-13 最適化後の原子位置を示すモデル図

(橙色の原子は TED 解析で考慮していない)

Sb5(x, y原点)

表 3-1 最適化されたデバイ温度 [K] と座標 (120 °系 )

(原点は下図に示す Sb5 、対応する原子は図 3-13 に対応)

(28)

3-4 表面垂直方向の振動状態の評価

前節までの解析により、InSb(111)A-(2×2)再構成表面に対して平行方向の熱振動振 幅を決定した。本節では、表面垂直方向の熱振動振幅をRHEEDロッキングカーブ法 により決定することを目的とする。以下では、使用装置、試料作製方法について述べ た後、表面原子の垂直方向の熱振動振幅を決定する手順およびその結果を説明する。

3-4-1 使用装置 [20]

RHEED実験で使用した装置の全体の模式図を図3-14に示す。本装置はMBE成長室、

STM、X 線光電子分光、原子間力顕微鏡の各装置から構成される。ロッキングカーブ 測定用のRHEED装置はMBE成長室に装備されており、電子銃(Staib、EK-35-R)と RHEEDの画像解析システム(k-Space、kSA400)からなる。この電子銃は2組の偏向 コイルを有しており,コイルに流す電流値を制御することにより試料表面上の電子線 照射位置を変えることなく電子線の視斜角を変化させることができる。視斜角は0~

7°の範囲で変化でき、この範囲の視斜角変化にかかる時間は数10 秒以下である。CCD カメラで撮影されたRHEEDパターンはパーソナルコンピュータに取り込まれ、積算 および強度測定が行われる。この装置の排気系には、主排気ポンプとして、ターボ分 子ポンプ(Varian, Turbo-V250)、イオンポンプ(ANELVA, PIC-052IP)およびチタンサ ブリメーションポンプを用いている。また、チタンサブリメーションポンプの周囲お よび蒸着源近傍とMBEチェンバー内壁には、クライオポンプと同様な役割を果たす液 体窒素シェラウドが設けてあり、装置の到達真空度は4×10-11Torrである。

(29)

図 3-14 RHEED 実験に使用した装置の模式図

(30)

3-4-2 InSb(111)A-(2×2)表面の作製

基板試料には、InSb(111)Aウエハー(住友電気工業性:non-doped, n-type)から切り 出した正方形状(1cm×1cm)のものを用いた。InSb(111)A-(2×2)表面の作製手順は、

InSbウエハーの薄膜化手順と C 蒸着処理が無いことを除いて、TED の場合とほぼ同 じであることから以下に簡潔に示すこととする。

まず、エタノール中で試料を洗浄した後、硝酸と乳酸の混合液にて化学エッチング を行った。エタノール中で再度試料を洗浄した後、試料はヒータによる加熱機構を備 えた試料ホルダー上に設置(裏面をInで接着しMo製の試料ホルダーに固定)される。

試料交換室内において、試料および試料ホルダーの脱ガスを523Kで行った後、MBE チェンバーへ試料を移送した。MBE チェンバー内にて Sb4分子線(蒸着速度:3.5×

1014 molecules cm-2min-1)を入射しながら試料を733Kに加熱して、表面の残留酸化膜 および不純物を除去した後に、ホモエピタキシャル成長を施した(成長条件はIn1; 2.8

×1014 atoms cm-2min-1、 Sb4; 3.0×1014 molecules cm-2min-1)。最後に、この表面にSb4

分子線を入射しながら673Kにてアニールを行った。上記の手順を踏んだ後には、ス クリーン上に明瞭な(2×2)周期の RHEED パターンが得られた。なお、試料温度の測 定にはパイロメータ(CHINO, R-AP)を用いた。蒸着量およびホモエピタキシャル成 長速度の測定にはビームフラックスモニタを用いた。

3-4-3 ロッキングカーブ測定

通常のRHEED観察においては、電子線を試料結晶の晶帯軸方向から入射すること

が多い。この条件では、動力学的効果によりRHEED強度に表面垂直方向および平行 方向の結晶の周期性が反映されてしまう。これに対し、電子線の入射方位を晶帯軸か ら数度ずらした場合(一波条件)には、RHEED 強度は表面平行方向の原子位置に依 存しない。本研究では、表面垂直方向の熱振動振幅の決定を目的としてRHEEDを用 いるため、一波条件のロッキングカーブを解析の対象とした。この場合、晶帯軸入射

(31)

下で測定したRHEED強度の解析に比べ多重散乱の効果が少ないことから、計算に取 り込む反射の数を少なくでき、計算時間を大幅に短縮できることが利点となる。

本実験では、InSb(111)面への入射電子線の加速電圧として15keVを、入射方位とし て<211>から 7.2°ずらした方位を一波条件として選択した。ここで、InSb(111)面の 数ある一波条件のうち、この方位を選択した理由は、一波条件が成立する視斜角の範 囲が広いためである。上述の手順で調整された試料の温度を323K~573Kまで50K刻 みで変化させ、それぞれの温度における鏡面反射(00スポット)の強度を視斜角の関 数としてプロットした。視斜角の範囲は0.4~5.8°、測定間隔は~0.025°とした。な お、RHEEDロッキングカーブ測定中の装置内の真空度は~5×10-11Torrであった。

InSb(111)A-(2×2)表面から得た鏡面反射のRHEEDロッキングカーブを図3-16に点 線で示す。図中の矢印で示される各ピークはバルクのブラッグ反射に起因するもので あり、それぞれ指数付けしてある。このようにブラッグ反射ピークが明瞭に見られる ことは、表面近傍の原子がバルク位置から垂直方向に大きく変位していないことを示 しており、In-vacancy buckling構造において最表面のIn原子以外の原子は垂直方向に ほとんど変位していないという特徴を反映している。また、図 3-16 には温度が上昇 するにつれて高視斜角側のブラッグ反射ピークが減衰する特徴も見て取れる。これは、

TEDにおいて見られた超格子反射強度の温度依存性(図3-11)に相当するものであり、

高回折角側の反射強度が温度変化の影響を受けやすいことを示している。

(32)

3-4-4 表面の原子座標およびデバイ温度の最適化(表面垂直方向)

RHEED ロッキングカーブの測定結果から表面垂直方向の原子位置および表面原子

の熱振動振幅を求める手順を次のⅰ)~ⅳ)に分割して記述する。ⅰ)In-vacancy

buckling構造に対してロッキングカーブを計算し、実ポテンシャルを補正する。続い

て、ⅱ)表面の原子座標の最適化、ⅲ)虚ポテンシャルの補正、ⅳ)デバイ温度の最 適化を行う。ロッキングカーブの計算結果と測定結果は2章で定義したR因子を用い て比較し、一致が良くなるまでⅱ)~ⅳ)の計算を繰り返す。以下に、InSb(111)A-(2

×2)表面に対して行った解析の手順を具体的に述べる。なお、本研究では、マルチス ライス法に基づくRHEED強度計算プログラム[21,24]を用いた。

ⅰ)実ポテンシャルの補正[22]

2章で述べたように、In-vacancy buckling構造モデルに基づいてロッキングカーブの 計算を行い、高視斜角側のブラッグピーク位置を基準にして実ポテンシャルの補正を 行う。この理由は高角側のブラッグ反射は表面の原子配列の影響を受けにくく、その 位置はバルクの構造パラメータと内部ポテンシャルによって決まるからである[12]。

In-vacancy buckling構造モデルの座標には文献[4]の値を用いた。この時点では、虚ポ

テンシャルの値は実ポテンシャルの0.1倍とし、デバイ温度はInSbバルクの計算値 In;

147K、Sb; 158K[17]を用いた。なお、計算に用いたモデルは、バルク部分が30 BL(BL: 1BLはInSb{111}面の2原子層、bilayerの略)から、表面部分が2BLからなるものを 用いた[12]。最適化の結果、平均内部ポテンシャルとして14.3eVを得た。なお、手順

ⅲ)の虚ポテンシャルの場合も含め、ポテンシャルの値は、A-(2×2)表面から得たロ ッキングカーブだけでなく、B-(2×2)表面からのカーブ(A面6カーブ、B面 6カー ブ、全 12 カーブ)も用いて行った。これは、ポテンシャルの値が主にバルクの結合 状態を反映するため、A面とB面で大きな変化はないと判断したためである。

(33)

ⅱ)原子座標の最適化

実ポテンシャル、虚ポテンシャル、およびデバイ温度をⅰ)で述べた値に固定し 座標の最適化を行う。ここでは、表面から2BLまでの原子の変位を考慮した。なお、

原子座標と下記ⅳ)で述べるデバイ温度の最適化では、各測定温度で得た実測および 計算ロッキングカーブ同士の比較から求められる R 因子の平均値が最小になるよう にした。

ⅲ)虚ポテンシャルの補正

フォノン励起と電子励起による非弾性散乱に対する虚ポテンシャルを独立に最適 化した。最適化の結果、平均虚ポテンシャルは2.7eVとなった。

ⅳ)デバイ温度の最適化

ⅰ)~ⅲ)で最適化した実ポテンシャル、虚ポテンシャル、および原子座標を固定 し、デバイ温度の最適化を行う。まず、すべての原子のデバイ温度をバルクの値(In;

147K、Sb;158K[17])としてロッキングカーブを計算する。次に、モデル中の原子の

うち、最表面のIn1原子およびSb1原子(3配位)がバルク中とは異なるデバイ温度 をもつものとしてそれぞれ最適化を行った。表面のSb2原子(4配位)とこれより下 層のすべてのIn、Sb原子に対しては、4配位であることからバルクの文献値に固定し た。

ⅴ)デバイ温度の最適化結果

最適化終了時のロッキングカーブの計算結果を図 3-15 に実線で示す。実測したロ ッキングカーブと計算結果がよく一致している様子が見てとれる。特に、1°付近に 見られる負のピークが温度に依存してわずかに左にずれる点、ならびに、温度によっ て高視斜角側のピーク強度が減少するという特徴をよく再現できている。なお、この ときの平均のR因子は2.0%であった。

(34)

図3-16に、各測定温度におけるR因子の最小値の推移を示す。測定温度範囲内でR 因子は 1.82~2.33%の範囲にあったことから、この温度範囲において In-vacancy

buckling構造の原子位置(表面垂直方向)に変化はないと判断できる。なお、最適化

後の座標は、第一原理計算から得た座標と0.005nm以下の精度で一致していた。

最適化後の表面原子の座標(表面垂直方向のみ)とデバイ温度を表3-2 に示す。In 原子の表面垂直方向のデバイ温度は171±18K であり、Sb 原子の値は、120±18K と なった。これらの値をバルクInSb中の値(In;147K、Sb;158K)と比較すると、In原 子 は大きくSb原子は小さいことがわかる。このことは、Inの熱振動振幅がバルク中 に比べ表面垂直方向に激しくなっているのに対し、Sb の振幅は抑えられていること を意味している。

(35)

図 3-15 各温度において InSb(111)A-(2×2)表面から得た

RHEED ロッキングカーブ

視斜角[°]

(36)

図 3-16 RHEED ロッキングカーブ解析における R 因子の推移

(37)

Atom

座標z[nm]

(原点はInSb(111)理想表面 のIn原子の理想位置)

表面垂直方向のデバイ温度

(室温における平均二乗変位)

In1 -0.0814 171±18K(0.0114nm) Sb1 -0.0981 120±18K(0.0163nm)

Sb2 -0.0882 158K(0.0124nm)

In2 -0.4036 147K(0.0133nm)

In3 -0.3975 147K(0.0133nm)

Sb3 -0.4983 158K(0.0133nm)

Sb4 -0.5088 158K(0.0133nm)

表 3-2 表面垂直方向の最適化後のデバイ温度[K]と座標[nm]

ただし、各原子の番号は図 3-13 に対応、橙色は TED 解析で考慮していな

い原子を表す

(38)

図 3-17 本実験より得た最表面原子の熱振動振幅の模式図

(矢印の長さは振幅の大きさを表す)

大 小

Sb2

Sb2

Sb1 Sb1

Sb1 In1

In1

In1

A(2×2)単位胞

Sb1

Sb1

Sb2

Sb2

(39)

3-5 表面原子振動の異方性の起源

前節までのTEDおよびRHEED解析により明らかとなったInSb(111)A-(2×2)表面の 原子の熱振動状態についてまとめると次のようになる。In原子の熱振動振幅は、InSb バルク中の原子に比べ垂直方向には小さく表面平行方向には大きい。一方、Sb 原子 は正反対の傾向を示しており、熱振動は表面平行方向に抑えられているのに対し、垂 直方向には活発になっている。このように、どちらの原子の熱振動にも異方性見い出 された。とりわけ興味深い点は、表面原子の熱振動がバルク中よりも抑制される方向 が存在することである。本節では、InSb(111)A-(2×2)表面の原子配列および電子状態 に着目し、表面原子の熱振動に異方性が存在する起源を議論する。

図3-17に最表面の2つの原子(In1, Sb1)の熱振動振幅を模式的に示す。この結果 は、低配位である表面原子(バルク中で4配位、表面で3配位)の熱振動がバルク中 に比べ活発になるという予想に反し、どちらの表面原子も結合原子の存在しない方向 に熱振動が抑制される結果となった。ここで、結合原子の存在しない方向とは、In1 原子の場合は[111]方向、Sb1原子の場合は [2_11]方向のことを指す。これらの事実は、

本表面においては、表面原子の配位数を基準に熱振動振幅の大きさやその異方性を説 明できないことを意味する。以下では、本表面の熱振動状態に影響を与える別の因子 を考えることとした。

本表面原子の熱振動状態に作用を及ぼす因子として考えられるもののひとつに、

In1、Sb1両原子の結合状態が挙げられる。両表面原子の結合状態は配位する原子との 結合角(バックボンドとのなす角)によって特徴付けることができる [8]。そこで、

両原子のバックボンドの平均結合角Θ(脚注)を計算し、その結果から当該表面の振 動状態について考えることとした。まず、 In1およびSb1原子のΘを最適化された座 標から求めると、In1の場合は119.9°、Sb1では89.9°になる。これらの値はバルク 中の値(109.47°)とは大きく異なり、理想的なsp2(p3)結合がもつ値の120°(96°)

に極めて近い。次に、In1およびSb1を表面平行および垂直方向に仮想的に変位させ、

(40)

その変位量を関数としたΘの値を求める。これは、最適化後の原子位置から表面原子 が熱振動によってある方向にずれた場合の結合状態をモデル化することに相当する。

図3-18に、In1原子を表面垂直方向(<111>方位)、表面平行方向(<211>方位)

へそれぞれ変位させた場合のΘの変化を示す。この図から、表面垂直方向へIn1原子 を変位させた場合に、Θの変化が大きいことがわかる。一方、Sb1原子に対する計算 は In1 原子の場合に比べ少々複雑である。なぜなら、In1 を表面平行方向に変位させ た場合には、どの方向への変位の場合にもΘは変化しない(119.9°)のに対し、Sb1 の場合、表面平行方向の面内で変位させる方向に依存してΘの挙動は大きく変わるか らである。そのため、Sb1原子の変位を表面に平行な2つの方位に分けてΘの挙動を 考える。この理由は、InSb{111}面を対象とした TED 解析を行う場合には 120°系の 座標軸を用いるため、独立な2方位である[2_11]方位と[112_]方位の熱振動振幅がわかれ ば、表面に平行な面内の全方位の振動振幅を表すことができるためである。この2方 位は、それぞれ原子の存在しない方位(In-vacancy へと向かう方位)と存在する方位 と考えてもよい。これら2方位への原子変位量に対するΘの挙動(図3-19中の点線)

から、Sb1原子が持つ平均のΘの挙動を求めることができる(図3-18中の青線)。Sb1 原子を表面垂直方向へ変位させた場合の結果と比較すると、表面平行方向へ原子を変 位させた場合に、Θの変化が大きいことがわかる。本研究で明らかになった熱振動の 挙動を考え合わせると、熱振動が抑制される方向(In1 の場合は表面垂直方向、Sb1

の場合はIn-vacancy の方位)への原子変位に対してΘの変化が大きいことがわかる。

以上の計算結果に基づき、本表面原子の熱振動状態を電子状態および構造安定性の 点から考察する。本表面は、In-vacancyの形成およびInと Sbの原子変位に伴う電荷 移動によりダングリングボンドのエネルギーが最小化することによって構造が安定 化している(3-1-3節):具体的には、エネルギー的に安定な Sb1原子の s 軌道にIn1 原子の pz成分の電荷が移動して孤立電子対を形成すると同時に、この pz軌道が空軌 道となることで本表面は安定になる。本表面のIn1原子が最適位置から表面垂直方向 へ変位する場合、In1原子の結合状態は元のsp2的なものからsp3的なものへと近づく

(41)

ことになる(図3-18)。このとき、空のpz軌道に向かって隣接のSb1原子から電荷が流 入する変化が必要となる。一方、In1 原子が表面平行方向へ変位する場合にはΘがほ とんど変化しないから、電荷の移動は起こりにくい。したがって、本表面でIn1原子 の熱振動振幅が異方性をもつ理由は、熱振動に伴う電荷移動が最小(最大)となる方 向に原子の熱振動が活発化(抑制)されたためであると考えられる。この考え方は Sb1原子に対しても適用できる。Sb1 原子は、孤立電子対が s 的な電子状態にあり、

In-vacancy から離れる方向に変位すると sp3的な結合状態へと近づく必要があるのに

対し、表面垂直方向への変位には電荷移動を伴う必要がほとんどない。以上のように、

電荷移動を最小化する方位、つまりは電子状態を大きく変えない方位に熱振動が活発 化するため、A-(2×2)表面のInおよび Sb原子の熱振動振幅に異方性が現れると結論 付けられる。したがって、本表面原子の熱振動振幅は、表面原子の配位数よりもその 結合状態に依存しているといえる。

*脚注

バックボンドの平均結合角とは、In1原子に配位する3つのSb原子(Sb1が2つとSb2が 1つ)のうち、2つのSbとIn1原子で作られる三角形から計算されるIn1原子のバック ボンドのなす3つの角の平均値である。

(42)

図 3-18 最適化座標からの変位に伴う

バックボンドの平均結合角Θの変化(In1)

(43)

図 3-19 最適化座標からの変位に伴う バックボンドの平均結合角Θの変化(Sb1)

(表面平行方向と垂直方向の比較)

(44)

3-6 結論

本章では、TEDとRHEEDを併用することにより、InSb(111)A-(2×2)表面の原子の 熱振動状態を「表面垂直方向」と「表面平行方向」の二方位に分けて評価した。その 結果、最表面のsp2的な結合を有するIn原子の熱振動振幅は、表面垂直方向にはバル ク中と比べ小さく、平行方向には大きいことがわかった。一方、最表面のp3的な結合 にある Sb 原子の熱振動は、バルク中に比べ表面平行方向には抑えられるのに対し、

垂直方向には活発になっていることが明らかとなった。これらの結果から、3配位の 表面原子の熱振動は原子の存在しない方向に抑制される、という共通点を見出すこと ができた。こうした挙動は、本表面構造の安定性と密接に関連しており、表面原子が 結合原子の存在しない方向へ変位するとダングリングボンドの電子状態変化(電荷移 動量)が大きくなるためと説明できる。

(45)

第 3 章 参考文献

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