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担保保存義務に関する一考察  

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849『岡山大学法学会雑誌』第56巻第3・4号(2007年3剛  

担保保存義務に関する一考察  

− 判例・学説の推移0−−  

一 はじめに 一 間篭設定  

一 間接義務概念の導入・制度の位置付けの対立・民法第l二九二条との  

交錯・特約論の登場・その他  

l‖ ﹁間接義務﹂概念の導入 − ドイツ法の注入   

① 学説の変化   

② 柚木説と西村説の対比 − 義務論の対比  

聞 制度の位置付けの相違 − 柚木説と西村説を中心に   

① 原理部分の相違   

② 具体的解釈の相違   

 免責対象者   

眉 故意・僻怠 ︵過失︶   

㈲ 担 保   

㈲ 担保物の価格下落   初期の判例■学説 − 動揺期  中期 ︵大正・昭和初期︶ の判例・学説  

民法第二九二条二項との制度的交錯 − 複雑化の新たな要因  

担保保存義務の免除特約論   M 効 果   ︵以⊥本誌五六巻二号︶  

︵以⊥本号︶   明  博  

三七九   

(2)

同 法(56 3・4)850   

三 中期︵大正・昭和初期︶の判例・学説  

1間接義務概念の導入・制度の位置付けの対立・  

民法第三九二条との交錯・特約論の登場・その他   

川 ﹁間接義務﹂概念の導入 − ドイツ法の注入   

担保保存義務の義務の惟質論については︑民法典の立法過程および初期の判例・学説ではほとんど議論されるこ  

とがなかった︒義務論自体が一般的に低調であったといえる︒ところが大汗∵昭和初期において︑担保保存義務の  

義務の性質について盛んに議論されるようになる︒そこで登場するのがドイツ法における=indirekteくerp2chtung  

であり︑導入当時は﹁間接義務﹂と呼ばれていた︒間接義務は︑何行為者に対する強制力を欠くが︑㈲行為のない  

ときには不利益︵債権者の権利の喪失︵I−債務者の免責︶はその山例︶ ︵括弧内は筆者注︶を被らせることによって間接  

︵1︶  的に行為を強制する効果を有すると解されており︵石坂ほか︶︑回㈲の点で真正の法律上の義務と区別されていた︒  

担保保存義務︵第五〇四条︶・受領義務︵第四一三条︶など複数の義務が間接義務に該当するとされる︒ドイツ法的な  

法解釈にシフトする時代に入り︑ドイツ法特有の義務概念の導入が進み︑それが担保保存義務の議論にも影響を与  

えることになる︒    ㈲ その他の問題点   ㈲ 小括 − 判例・学説の大枠形成  四 後期の判例・学説 − 企業法務の展開︑判例■学説による制度の微調整  五 最近の判例・学説の動向とその到達点  六 むすび   三人〇  

(3)

851担保保存義務に関する一考察   

① 学説の変化   

ドイツ法の影響が強くなり︑担保保存義務の解釈についても︑その影響が鮮明となる︒まず︑鳩山博士の解説に  

ょると︑法定代位をなすことができる者に対して︑債権者は担保を保存すべき﹁間接義務﹂を負うとし︑代位をな  

すことができる者は積極的に担保を保存すべきことを請求することができるのではないとしても︑もし債権者が故  

意または僻怠によって担保を喪失または減少したときは代位をなすことができる者はその喪失または減少によって  

債務者から償還を受けることができなくなった限度においてその責めを免れるものとしている︵第五〇四条︶とす  

3︶   ーl  る︒開襟義務違反の効果としては︑法定代位権者は積極的な担保保存の請求ができるものではないが︑免責効果を  得ることができる︒つまり︑間接義務である担保保存義務に反しても︑一定の行為請求権や損害賠償請求権︵真止  の法律上の義務が想定する強いサンクション︶は発生しないが︑債権者の権利喪失︑つまり法定代位権者の免責という  弱いサンクションは生ずることになる︒   

次に︑石坂博士によると︑わが民法典においては︑保証人に対するにとどまらず︑一般に法定代位の利益を受け  

る第三者に対して︑債権者は担保保存義務を負うとし︑そして保証の解説において︑博士は比較法的視点から重要  

な指摘をする︒ドイツ民法は︑債権者は保証人に対して権利を取得するのみで義務を負わないとし︑保証契約の﹁片   

務性﹂を理由にこの義務を認めていないが︵立法理由⁚MOti<e一S.笥讐雪空︑日民第五〇四条において︑債権者が権  

利行使を怠った場合に保証人が債務を免れるとするのは︑わが民法は ﹁債権者﹂ の権利行佗の義務を認めているか  

らであるとする︒ここで注目すべき点は︑石坂博士はドイツ民法などとの比較法分析から︑回保証契約の片務性に  

言及していること︑㈲片務契約であったとしても︑債権者の ﹁義務﹂を認める必要性を肯定している点である︒   

なお︑当時の有力な学説には︑担保保存兼務制度の理解・位置付けに微妙な違いがあっても︑間接義務概念が担  丁ユ  保保存義務を説明するための道具概念として用いられている ︵近藤・石田︵文∵林・沼︶︒間接義務概念の導入が急  

三八一   

(4)

同 法(56−3・4)852  

三八二   

速に進んだことが分かる︒   

② 柚木説と西村説の対比1−こ空橋論の対比   

右①のように義務論が展開する状況において︑担保保存義務制度の捉え方において対照的な学説が登場する︒そ  

れは柚木説と西村説である︒両説の違いは複数の角度から捉えることができるが︑ここではまず︑﹁義務論﹂の視点  

から︑両説の対比を行う ︵両説の制度の位置付けの対比は後述榔︶︒   

柚木博士は︑債権者が有するのは担保保存の間接義務であり︑それは真の意義における兼務ではないとする ︵昭  

︹5﹂  和一C年論文︶︒すなわち︑債務者の債務を弁済すべき義務を負わず弁済するかどうかも不定である担保財産の第三  

取得者のような者に対Lて︑債権者のみがしかも自己の担保を保存すべき法律上の義務を負担することは考えられ  

ない︒第五〇四条は代位をなすことができる者の期待を保護するために︑債権者の故意過失による不利益は債権者  

自らこれを負担すべきことを規定するにとどまり︑義務違反の効果を規定するものではないとする︒相木博士は︑  

保護対象を代位すべき者の期待とし︑債権者の故意過失による権利喪失という不利益負担︵弱いサンクション︶を想  

定していることが分る︒もっとも︑特約によって法律上の注意義務を設定することはできるとし︑その場合には債  

務不履行︵第四一五条︶ の問題︵損害賠償義務︶を生ずるとされる︒つまり︑効果の内容を意識的に区別し使い分け  

られていることが窺える︒   

これに対して︑西村博士は︑先の柚木論文を批判的に検討し異なる視点から自説を展開する︒第五〇四条は︑過  

失相殺の法則におけると同様に︑国債権者に対し一種の注意義務︵SOr乳a訂Ob訂geコheit占i−igenNp字ch〇を課したも  

のであるとし︑同条にいわゆる﹁故意又ハ聯怠﹂とは﹁債権者ノ責こ帰スヘキ事由﹂の意義にほかならず︑その本  

質は﹁法律上の注意義務﹂に対する違反であると解すべきである︒ただし︑㈲ここに﹁義務﹂というのは︑いわゆ  

る間接義務の一種であって︑直接的に強制する途はなく︑また︑これに対する違反は通常の意義における債務不履   

(5)

853 担保保存義務に関する一考察  

行の責任を生ぜしめるものではなくて︑単に法律上の不利益が課せられるにすぎないとされる︵昭和一三年論文︶︒  

西村博士は︑担保保存義務を間接義務の一種であるとLつつも三こまでは柚木説と同じ︶︑その本質は法律上の注意  

義務であるとみる︒当時すでに︑第五〇四条における﹁故意又ハ慨怠﹂は一般に︑担保の喪失減少自体に対する認  

識ならびに不注意によるその認識の欠如を指すものと解されていたが︵通説︶︑西村博士は︑同条の免責は保証人そ  

の他の法定代位権者に対する注意義務違反の効果と解するゆえに︑右の点に対する認識に加えて︑保証人その他の  

法定代位権者の存在することについても認識するかもしくは認識し得べかりしことを要すると主張した ︵両説の相  

二b  遠の反映︶︒その後の研究︵西村信雄・継続的保証の研究・昭和二七年︶ において︑第五〇四条は債権者が負う一般的  

注意義務から流出する個別的注意義務を規定したものと見るべきであるとされ︑柚木説との違いが一層明確となる︒  

一般的注意義務を根底に据えるゆえ︑注意義務の具体的内容は規定されたものに限定されず︑個々の場合の具体的  

諸事情に応じて多様な展開を示す可能性をもつことになる︒また︑債権者は一般に債務者に対してある種の注意義  

︻7︑  務を負っているとし︑保証人に対しては保証の特殊性から一層高度の注意義務を負うとされる︒このように西村説  

は︑﹁債権者﹂が注意義務を負担することを認めていること︑その前提として債権者の﹁一般的注意義務﹂を想定し  

ている点に︑その特色が見られる︒さらに︑注意義務のレベルには﹁段階﹂があること︑注意義務の内容の多様性  

を示唆している点も注目される︒   

柚木博士と西村博士の義務論の違いは︑判例の評価にも投影される︒当時の判例には︑担保保存の義務について  

言及するものが見られる︵﹇11﹈大判大六・七・五民録二三∴二九七︑﹇17﹈大判大二 二一∴六民集一・八五︶︒﹇11﹈判決  

は︑債権者が保証人の代位権の行使を安国にする﹁注意義務﹂を有するとし︑債権者がこの義務に違反し担保を喪  

失したときは保証人は免責されるとする︒﹇17﹈判決も一般論として︑﹁債権者﹂が同様の注意義務を負うことを認め  

ている︒﹇11﹈﹇17﹈判決について︑柚木博士は︑債権者は担保保存の間接義務を有するにすぎず真の意義における義  

三八一二   

(6)

同 法(5か一3・4)854  

三八四  

︵8﹂  務ではないとして︑これらの判例が先のように明言したのを失当であるとする︒これに対して︑西村博十は右判例  

︑q︑︶  を肯定的にとらえ︑柚木博士の批評はいささか当を失したものであるとする へ末広﹁判研﹂︵﹇17﹈判決︶も肯定的にと  ′川︺  らえる︶︒すなわち︑判例に対する両説の評価の祁違は︑両説における担保保存義務制度の位置付けの祁違の反映で  

ある︒   

以上のように︑担保保存義務の義務論は︑旧民法・立法段階において正面から議論されることはなかったが︑中  

期︵大正から昭和前半︶においては精力的に展開されている︒この当時においては︑間接義務概念が義務論に関する  

共通の土俵となっており︑担保保存義務を間接義務の視点から捉える説が多数登場している︒西村博士の主張は注  

目に値するが︑この当時においてほ一人説の状態にとどまっている︒問題は︑西村博士の主張がなぜ受け入れられ  

なかったか︑西村説と他の学説︑特に柚木説との問にはその制度理解を支える原理的な部分にどのような相違があっ  

たかである︒  

︵1︶ 石坂音四郎・日本民法第三編債権総論上巻 ︵太一〇年︶ 二二1二三頁 ︵そこではドイツ語文献 缶uchka一Die5.d許kte  

宕rp空chtunm⁚Siber一RechtsNW賀g︶が参照されている︶︑沼義雄・綜合民法要論︵昭一三︶六二!六三貢︒なお︑義務論に  

おいて間接義務に言及する流れはその後も続く ︵例えば於保不二雄・民法総則講読︵昭l一六︶ 二七1二八頁によると︑﹁学者  

が間接義務という言棄を用いることがあるが︑これも本来の義務ではない︒これは︑法律関係の変動を生ぜしめたり又は法  

律上の不利益をうけないためには︑その要件とLて∵冠の行為を必要とするという場合に用いられる﹂とし︑その例として︑  

権利保存のための権利の行使や対抗要件の具備を挙げられる︶︒  

プリーゲンハイト ︵Ob︻iegeコ訂iニを中心にi﹂名城五二巻四号一頁以下 ︵平一六︺ がある︒   なお︑戦前に間接義務概念によって説明されていた制度は︑現在のドイツ法系ではオソプリーゲンハイト ︵〇b−iegenhe已  概念で再構成されており︑担保保存兼務も同様である︒この点については︑辻博明﹁わが国における義務研究の到達点−オッ  

︵2︶ 鳩山秀夫・日本債権法 へ総論︑大玉︶ 三六一−三六二百ハ︒  

ハ3︶ 石坂こ別掲吾注︵1一中巻 ︵大一〇牛︶一三〇七頁︑一〇六七−一〇七〇頁︒   

(7)

855 担保保存義務に関する一考察  

㈲ 制度の位置付けの相違 − 柚木説と西村説を中心に   

そこで以下では︑担保保存義務制度の位置付けについて︑柚木説と西村説を中心に分析することにする︒まず︑  

制度の原理部分の相違を分析し ︵①︶︑次ぎに︑その原理部分の相違から派生する具体的相違点︵②︶を分析する  

ことにする︒   

① 原理的部分の相違   

両説において制度の位置付けの相違が最も鮮明となるのは︑免責の根拠と義務内容である︒その点から︑両説の  

馴鹿理解を支える原理的部分を推論することにする︒   

まず︑柚木博士は︑第五〇四条の趣旨は︑弁済をなすにつき正当の利益を有する者は︑弁済によって当然に債権  

者に代位して債権者の有する担保権その他の権利を行使できる地位にあるものであるから︑債権者は自己の正当の  

三八五    ︵4︶ 近藤英吉﹁判研﹂論叢三〇巻五号八二五頁︵昭九﹁石田文次郎∴債権総論講講︵昭一五︶ ∵九三頁︑林信雄・債権法総論  

二九七頁︵昭一六︶︑沼二別掲書注︵1︶人三頁︒  

︵5︶ 柚木馨﹁債権者の担保喪失に困る代位弁済者の免責﹂民商一巻二号八九頁 ︵昭一〇︶︒  

︵6︶ 西村信雄﹁担保の喪失減少と保証人の免責!保証法に於ける信義則の一適用﹂日本公証人協会雑誌二二巻一八︑二八︑三〇  

頁 ︵昭一一こ︒  

︵7︶ 西村信雄・継続的保証の研究︵昭一一七︶ 二一九−二二一頁︑二二六−二二七貝︒  

︵8︶ 柚木・前掲論文注︵5︶八九1九〇頁︒  

︵9︶ 西村・前掲論文注︵6︶二C頁︑前掲吾注︵7︶三﹂七頁︒  

︵10︶ 末広厳太郎・判民大一一年度一七事件評釈︒なお︑末広博士は受領義務︵食領兼務と担保保存義務を当時の多くの説は間   

接義務と解していた︶ に関して︑ドイツ民法の原則とする所にのみとらわれて一般的に債権者の受領義務を否定することは   

不当であるとする ︵末広・債権総論︵現代法学全集第一〇巻︑昭Fq︶ 二二二︑二四〇貫︶︶︒ドイツ法外の視点があり︑興味  

深い︒  

(8)

開 法(56−3・4)856  

三人六   

利益を害さない限りは代位者のこの期待を保全すべく︑自己の故意・過失によってこの期待を裏切るべきでないと  

する︒本条は広く法定代仔権老全てがこの種の保護を受けると規定しており︑本条とその立法趣旨を一体として考  

慮すると︑法定代位権者の代位への期待自体の保護に求めるべきであるとし︑代位し得べき資格の取得の原因如何  

をみて︑本条の趣旨を左右すべきではないとする︒弁済義務も有せず弁済をするか否かも全く不定である第三取得  

者も一律に保護することが想定されている︒ここから︑債権者は担保保存の間接義務を有するにとどまり︑法律上  

の義務を負うものとは考えられないとされる︒さらに︑故意僻怠と担保の喪失減少とは各々﹁独立﹂の要件である  ︵− とされる︒以上のことから︑相木説は︑担保保存義務別度を代位への ﹁期待﹂を保全する制度と位置付け︑免責対  

象者が保証人かそれとも第三取得者かその他の法定代位権着かで差異をつけず︑免責対象者を﹁一元的﹂ に保護す  

る制度を想定していることが分かる︒このことから︑弁済者代位制度の﹁枠内﹂で担保保存義務制度を捉え︑かつ  

弁済者代位制度の ﹁補完制度﹂と位置付けていることが分る︒これは︑第五〇向条の立法者の制度設計に沿う位置  

付けである︒   

これに対して︑西村博十は柚木説とは対照的な主張を展開されている︒担保の保全につき債権者としてとるべき  

態度の内容︵第五C四条の注意義務の内容︶は︑各種の法定代位権者について一律的ではなく︑それは単に程度の差  

異の問題ではなく質を異にするとされる︒その上で︑第五〇四条による免責要件の判定において次の点を強調され  

る︒﹁故意又ハ憮怠二因リテ担保ヲ喪失又ハ減少シタルトキ﹂というのは︑担保の保全に関して債権者のとった態度  

が信義誠実に反した場合を指す︑とされる︒債権者のとるべき態度は各種の法定代位権者に対して多様的であるの  

みならず︑保証人に対する関係においても︑その保証が一時的保証であるか継続的保証であるか︑無限的保証であ  

るか有限的保証であるか︑無償的保証であるか有償的保証であるか︑保証人対債権者の関係︑保証人対被保証人の  

関係︑債権者対被保証人の関係など︑一切の具体的諸事情に応じて債権者のとるべき態度は相違せざるをえない︒   

(9)

857 担保保存義務に関する一考察  

従って︑要件に該当するか否かの判定は︑具体的諸事情との関連において総合的に判断しなければならず︑﹁故意僻  

怠﹂﹁担保﹂ ﹁喪失減少﹂等の概念をバラバラに切り離して規定しこれを合計するという方法によっては安当な結論  

へ2︶  をえることはできない︑とされる︒このように︑西村博士の主張では︑弁済者代位制度という枠組みは前面にはで  

てこない︒そこにあるのは︑﹁信義則﹂の視点である︒そこから︑諸事情の﹁総合判定﹂という判定方法の必要性が  

展開されることになる︒この点で︑柚木説が故意僻怠と担保の喪失減少とを﹁独立﹂ の要件とされるのとは対照的  

である︒さらに︑西村博士の主張を展開すると︑一切の具体的諸事情を読込む方式をとるゆえに︑義務内容は﹁不  

確定性﹂を有することになる︒高度な﹁規範的評価﹂がなされていることの証拠である︒   

しかし︑西村博士の精力的な主張にもかかわらず︑当時の多くの判例・学説は︑弁済者代位制度の枠組みで担保  

保存義務制度をとらえている︒その枠組みは︑要件・効果の具体的解釈に反映することになる︵後述②︶︒この解釈  

は︑立法過程において採用されたわが国特有の制度設計︑第五〇四条の条文の位置・文言︑初期の判例・学説の主  

な流れの延長線上にある︒   

もつとも︑担保保存義務削度を保証人中心の制度ととらえ信義則の視点から要件の判定を行う判例も見られる  

︵﹇35﹈大判昭八・九二山九民集一二■二四四三︶︒そこからは︑西村説の趣旨に通ずる視点が当時の判例にもにあった  

ことを窺うことができ注目される︒なお容易に推測されるであろうが︑この﹇35﹈判決の立場について︑相木博士が  へつユ  否定的であるのに対して︑西村博士は肯定的であふ︒   

② 具体的解釈の相違  

以下では︑具体的問題︵川〜回︶ に関する柚木説と西村説における法解釈の相違を分析し︑それによって︑担保保  

存義務制度の原理的部分の相違をより明確にすることにする︒  

い 免‡対象者  軸木博士は︑第五〇四条の趣旨を法定代位権者の代位すべき期待白休の保護に求めるべき  

三人七   

(10)

開 法(56−3・4)858  

三八八   

であって︑代位し得る資格取得の原因によって差異を設けるべきではないとする︒代位し得る資格取得の原因によっ  

て差異を設けないとしても︑免責対象者について保証人を標準とするのと第三取得者や後順位抵当権者を標準とす  

るのでは異なる︒この点は︑柚木博士の第三取得者についての言及から窺うことができる︒すなわち︑弁済義務を  

有せず︑弁済をするか否か全く不定である担保財産の第三取得者の如きに対して︑債権者が担保保存の法律上の義  

務を負うものとは考えられないとし︑したがって︑同条は︑代位し得べき者の期待を保護するがために︑債権者の  

故意過失による不利益は債権者自らこれを負担すべきことを規定したにとどまり︑債権者の義務違反の効果を規定  

︵.4︶  するものではないとする︒このことから︑柚木博士は︑法定代位権者の代位への期待保護を一元的にとらえ︑債権  

者との間に契約関係もない第三取得者レベルの代位期待を念頭において制度構成していることが分る︒もっとも︑  

一元的構成をとる柚木説でも︑保証人に対するのと第三取得者に対するのとでは︑債権者がその担保についてとる  

べき態度が一様でないことは認められる︒ただし︑これは︑故意・僻怠の内容の問題であるとし︑同条の趣旨とは  

︵5一 なんら相関しないとされる︒しかも︑柚木説は故意慨怠その他の要件は各々独立の要件であるとすることから︑免  

責対象者の属性の違いを故意僻怠に読込んだとしても︑微調整にとどまる︒   

これに対して︑西村博士は︑法定代位権者を平準化せず︑類型化しかつ段階的にとらえる︒法定代位権者の意義・  

︵6︶ 範囲に関する分析を積み上げた上で︑柚木説とは異なる視点から第五〇四条の趣旨を分析する︒すなわち︑法定代  

位権者は利害関係のない第三者の場合とは異なり︑他人の債務の弁済についてある程度の心理的な強制があること  

は法定代位権者に共通するとし︑求償権がより保護される必要性から第五〇四条の免責対象者が拡張されたとする︒  

この点までの理解であれば柚木説と大差はないことになる︒しかし︑西村博士の主張はここにとどまらない︒法定  

代位権者の類型によって債権者が負う注意義務の程度が異なるとされ︑とりわけ保証人に対する注意義務はより高  

︵7︺  度に解すべきであると主張される︒信義則の視点から︑法定代位権者が有する属性・契約関係・その他一切の諸事   

(11)

859 担保保存義務に関する−一考察  

情を総合判断し︑注意義務の質的相違に反映させようとする︒第五〇四条の免責対象者には﹁質的﹂に全く異なる  

雑多な者が含まれていることを重視するならば︑故意過失の要件内だけで調整できるものではないことになる︵柚  

木説との違い︶︒   

このことから︑西村説は︑立法者が想定していた制度理解を﹁超えた﹂担保保存義務制度の位置付けを探究して  

いることが分る︒柚木説と西村説における免責対象者の解釈の相違は︑第五〇四条の制度理解の違いが大きく反映  

していることが分る︒  

1・   なお︑当時の学説には︑柚木説的な構成をするもの ︵田島・近藤︶と︑西村説的な構成をとるもの ︵例えば︑穂積  

叫qこ  博士は︑保証人保護の趣旨と信義則の視点から解釈を展開する﹇35﹈大判昭八・九・二九 ︵先述①︶を支持する︶ がある︒し  

かし︑当時の判例・学説の一般的な傾向としては︑免責対象者の一元化・類型化といった先の両説のような突っ込  

んだ議論はあまり見られない︒第五〇四条の文言に沿って︑免責対象者全般を法定代位権者とする解釈が定着する  

につれて︑結果的に免責対象者の一元化がなされる︒この流れが︑その後の判例・学説にも受け継がれることになる︒  

㈱ 故意・慨怠︵過失︶  柚木説と西村説には︑故意・僻怠の定義とその判定方法にも相違が見られる︒柚木  

説によると︑担保の喪失または減少について故意・僻怠があることは要するとされるが︑代位をなすべき者の免責  

︵︑10︶  の予見または予見可能性までは問わないとされる︒この点につき︑当時の他の説も同様に解している︒これに対し  

て︑西村説によると︑故意・僻怠は債権者が注意義務に反した態度をとったことを意味するとされ︑したがって︑  

単に担保の喪失・減少自体に対する故意▼僻怠のみでは不十分であり︑これによって保証人等が不利益を被るべき  

︹‖︶  ことについての認識または認識可能件を要するとされる︒   

柚木説は︑免責対象者を一元的にとらえ︑故意・過失は抽象的標準である善良なる管理者の注意によって決すべ  

きであるとしつつも︑故意・過失の内容は保証人に対するのとその他の者に対するのとにより必ずしも同一ではな  

三八九   

(12)

同 法(56劇3・4)860  

三九〇   

︺  いとする︒ただし︑故意・肺患と担保の喪失・減少とは各々独立の要件であるとされる︵先述い︶︒これに対して︑  

西村説によると︑注意義務の内容は各種の法定代位権者によって異なるだけではなく︑具体的諸事情に応じて相違    せざるをえないとし︑免責対象者の属性が故意・過失の判定においても考慮されていることが分る︒   

柚木説と西村説には︑故意・過失の判定方法において質的な相違が見られる︒柚木説によると︑故意・過失と担  

保の喪失・減少とは各々独立の要件として切り離して判定される︒各々の要件を個別に判定し合計する方式である︒  

Lたがって︑要件の一つが否定されると︑直ちに成立要件全体の非充足が確定することになる︒これに対して︑西  

村説によると︑信義則に反した否かが実質的な問題となるため︑諸事情の総合判定に重点が置かれることになり︑  

判定要素の一つが欠けても必ずしも判定は確定はせず︑諸事情の全体的な考量によることになる︒見方を変えると︑  

これは義務内容の不確定性の反映でもある︒なお︑この点に関する両説の位置付けの相違が円取も鮮明となるのは︑  

経済変動による担保物の価格下落のケースに対する評価の相違・根拠付けの相違である︵﹁35﹈大判昭八・九・二九民  

集一二二一円四三二∵>後述い岬担保物の価格下洛︶︒   

㈲ 担 保  債権者が保存義務を負う﹁担保﹂ の範囲についても︑柚木説と西村説には違いが見られる︒   

まず第一に︑第五〇四条における担保に﹁一般担保﹂ ︵債務者の財産にして一般債権者の弁済の資に供せられるもの︶  

が含まれるかどうかという点である︒この点について︑柚木博十は︑物的担保か人的担保であるかは関わないが︑  

﹁14一  特別担保のみを指し一般担保を含まないとされる︵﹇7﹈大判大一∴〇・一人民録山八・八八〇および通説︶︒これに対  

して︑西村博士は︑特に保証人に対しては︑場合により︑一般担保︵被保証人または他の共同保証人の総財産︶ の保全  

に関する注意義務を認める余地があるとされる︒例えば︑主債務者の詐苦行為に対し債権者が債権者取消権を行使  

しなかったがためにその取消権が時効消滅した場合には︑事情の如何により注意義務の違反があったものとを認め  

︵15︶  得るとされる︒   

(13)

861担保保存義務に関する一考察   

このように︑西村説においては︑第五〇四条のいう保存対象となる担保の解釈においても︑一般的注意義務をベー  

スとLて据えて推論を展開し︑そこから一般担保の保存注意義務を引き出そうとする︒単に代位への期待保護にと  

どまらず︑一般担保への求償を確保する義務も問題となる ︵さらに免責判宕に﹁求償結果﹂を免責判定の考慮要因とし  

︵16︶  て加味する学説がこの当時にあり注目される︵石田︵文こ︶︒これに対して︑柚木説によると︑同条にいう担保は代位の  

趣旨からして当然一般担保は外れることになる︒   

第二に︑﹁末成立﹂の担保が第五〇四条のいう担保に該当するかどうか︒この点の解釈にも︑両説には違いが見ら  

れる︒担保を設定すべき旨の契約のみ存した場合において︑債権者がこの契約を履行することを怠ったために担保  

を取得することができなくなったときが問題となる︒柚木博士は︑このような場合には同条のいう担保に該当しな  

︑8〆  へ17︶ いとされるのに対して︑西村博士はその担保に該当すると主張されか︒問題は︑なぜここで両説に違いが生ずるか  

である︒根底にあるのは︑単に同条のいう担保の解釈にとどまらず︑担保保存兼務制度の原理部分の違いである︒  

柚木博士によると︑債権者は担保を取得すべき義務を負わないとし︑第五〇四条にいう担保は代位を正当に期待し  

うる対象であるとする︒Lたがって︑同条にいう担保はすでに成立した担保だけと解されることになる︒これに対  

して︑西村博士によると︑担保が末成立であってもその設定が容易であるならば︑債権者は担保を成立させるべき  

であるとする︒したがって︑担保の設定が容易であったかどうか︑免責対象者が保証人であったかなどの諸事情を  

総合判断することになり︑未成立の担保の場合でも︑債権者として担保保存の注意義務に反したと解されるときが  

あることになる︒柚木説は︑債権者の担保取得義務を否定しかつ担保保存義務制度を代位期待の枠組内で捉えるの  

に対して︑西村説は︑諸事情を総合判断した上で︑場合によっては債権者の担保﹁取得義務﹂を肯定する︒   

昭和に人り︑判例︵﹇26﹈大判昭六二二・二ハ民集一〇二五七︑﹇34﹈人判昭八・七・五民集一二 ニー九こだけでな  

く︑学説︵末川︵既に成立している担保に限定すべきではないとする︶・福井︵仏民法との比較法により債権者の行為には  

三九一   

(14)

同 法〔56【3・4)862  

三九二   

抵当権の登記を怠るなどの﹁不作為﹂の場合も含むと解釈︶・片山︵成立Lた担保のみでなく担保権を設定すべき契約に基づ  

き債権者の有する﹁権利のごとき﹂も含むと解釈︶・穂積︵保証人その他を保護しょうとする民第五〇四条の﹁精神﹂を祓み  

卜 実賀的に解釈も︑次第に同条にいう担保の解釈を﹁緩やかに﹂解するようになる︒   

冊 担保物の価格下落  両説の位置付けの相違が最も鮮明となるのは︑経済変動による担保物の価格下落の  

ケースに対する評価の相違・根拠付けの相違である︒  一   r   柚木博士によると︑経済変動による担保物の価格下落は担保の減少とは目しえないとされる︵同旨・近藤ほか︶︒  

その理由として︑まず社会観念上それを担保の減少とは称しえないとし︑担保の喪失・減少という概念を狭く解し  

ている︵判例にも狭く解する傾向が見られる へ﹇19﹈東京地判大一三二一・五評論一二・民法一〇〇八は﹁民法第五百四条  

こ所謂担保ノ減失又ハ減少中ニハ経済界ノ変動こヨル価額ノ減少ノ如キハ之ヲ包含セス﹂とし︑﹇35﹈大判昭八・九・二九民  

集一二∴﹁四亙二は保証人に対する信義則に欠ける態度があるとして免責を認めつつも﹁軽済界ノ変動二伴レ担保物ノ価格  

ノ下請シタル場合ノ如キ其ノ事自体ハ即チ同条二該当セサルヤ論ヲ侯タス﹂とするご︒さらに実質的理由として︑価格下  

落が生じても正当な期待を裏切ることにはならないとされる︒というのは︑価格下落の問題を生ずるのは常に弁済  

期以後のことであり︑この時期には保証人等はいつでも債権者に弁済してその担保権を代位することができるとさ  

︵封﹂ れる︒このように︑柚木説は︑担保減少の概念を狭く解し︑かつ代位期待の侵害の有無によって判定しようとするn  

弁済期以後においては︑保証人等は自ら弁済して代位可能であることから自己防衛可能であり︑それを怠るのは代  

位者の自己責任である点を前面に展開される︒そこには︑担保権の行使は担保権者である債権者の﹁自由﹂であっ  

て義務ではないとの視点があることが分る︵﹇30﹈大判昭七・二・八評論一二・民法一一九一も同旨︶︒   

これに対して︑両村博士によると︑担保権は担保物を換価して優先弁済を受ける機能を有するゆえ︑担保物の価  

格下落は担保の減少であるとされる︒その上で︑適時に換価しなかったことが債権者の故意または僻意によるもの   

(15)

863 担保保存義務に関する一考察  

といえるかが問題となるとされる︒景気の変動の予測までは不可能であるとしても︑担保権の実行可能時期にあり  ︿霊  かつ担保物の価格が債権額をカバーしているときには︑債権者には担保権の﹁実行義務﹂があるとされる︒つまり︑  

西村説の解釈の視点は︑担保物の価格下落という概念自体にではなく︑具体的事態において債権者のとった態度が  

保証人等に対する注意義務の履践という点からみて﹁信義則﹂に反するかどうかにある︒したがって︑当該事案の  

具体的諸事情の総合的考量によって判定されることになる︒この閃題について信義則を重視する視点は︑この当時  

の学説︵林博士は﹁債権者がこの担保保存の間接義務を誠実履行するがためには︑担保物の価格が将来下落することを予知  

しうるやうな場合には︑債権者は速やかに自己の担保権を実行するよりほかはない﹂とし︑石田︵文︶博士は﹁抵当物件競  

売を求むるや否やは素より抵当権者の自由に取捨し得るところであらうが︑其自由な取捨も亦必ず法の目的により︑又信義  

公平の原則によって評価されねばらぬ﹂とし︑抵当物の価格下落が予見できる場合でしかも保証人から抵当権実行の催告が  

︵23︑﹀  あったときは債権者は直ちに抵当権を実行すべきであるとする︶ や︑判例︵保証人に対する信義則に欠ける態度があるとし  

て免責を認める右﹇35﹈判決や︑取引が事実上中止した後に抵当物価格が低下しているにもかかわらず抵当権を実行しなかっ  

た場合につき信義則違反があるとした﹇謂﹈大判昭一C・二∵二人民集一四・二一八九︶にも見られることは注目される︒   

このように︑判例・学説は担保物の価格下落を同条のいう担保の減少ではないとしつつも︑信義則を挺子にして  

最終的に免責を導いており︑担保減少の要件と故意・僻怠の要件とを﹁相互補完的﹂に解釈していることが窺える  

︵先の﹇35﹂判決ほか学説︶︒その推論過程は︑第五〇四条の各要件を独立に判定する方式ではなく︑諸事情の総合判  

定方式である︒判決文には明示的には記されていないが︑裁判官は︑実際の思考過程において︑諸事情の総合判定  

を行っていることの証拠である︒   

M 効 果  柚木博士は︑担保の喪失・減少の効果︵免責方式・免責の意義・免責時期・免責限度の決定時期︶  

について︑次のように述べる︒免責方式については︑法律上当然に生ずるとする ︵判例にも﹁債権者力故意又ハ僻怠  

二九三   

(16)

同 法(56Y3・4)864  

三九四   

二困リテ其ノ担保ヲ喪失又ハ減少セシメタル場合二於テハ代位ヲスヘキ者ヲシテ弁済ヲ待タス当然担保ヨリ償還ヲ受クルコ  

ト能ハサル限度二於テ直二免責ヲ得セシムルモノト解スヘキ﹂とし当然免責主義をとる﹇27﹈大判昭六・四二七新聞三二大  

﹂ハニ一が現れる︶︒次に︑物上保証人・第三取得者における免責の意義にふれ︑第五〇四条における免責概念は債  

務の存在を前提とするため︑物上保証人や第三取得者のような債務を負わない者が債権者に弁済するにあたって︑  

総債務額から償還不能額を控除した残額の支払いによって︑債権者との関係においては︑債務の完済があったもの  

︵封︶  とみなす意味であるとされる︒また︑第五〇四条は︑担保権不可分の原則の例外規定であるとされ︑同条により抵  

当権の一部に対し弁済の責めを免れる場合には抵当登記の変更を認めるとされる︒興味深いのは︑免責の時期ほ︑  

担保喪失の確定した時であるとされ ︵判例にも﹁該保証人ハ主タル債務者力共ノ所有ノ不動産ヲ他人二譲渡シタル時二於  

テ責任ヲ免ルヘキ﹂とする﹇26﹈大判昭﹂ハ■三一六民集一〇・⁚五七 ︵担保﹁全部﹂喪失の事案︶ がある︶︑その上で︑免  

責限度の決定時期もこの時であるとし︑その理内として︑代位すべき者はこの時をもって責任を減免されるのであ  

リムて  るから︑責任なき後において免責の限度を決するのは不合理であるとされる点である︒ところがその後︑担保の一  

部を喪失後に残担保権の実行を行った事案において︑その実行当時における喪失担保の価格を標準とする判例が登  

場する ︵﹇39﹈大判昭一一・三二三民集一五・二三九 ︵担保﹁一部﹂喪失の事案︶ は﹁債権者力担保ノ全部ヲ喪失シタル場  

合ハ格別其ノ=部ヲ喪失シタルノミニテ殉担保ノ実行ヲ為シタル場合ノ如キ二於テハ其ノ実行当時二於ケル喪失担保ノ価格  

ヲ標準トシテ代位権者免責ノ額ヲ定ムルヲ相当トスヘシ蓋黄尖サレタル担保力喪失セラレスシテ現存シタリトセハ特別ノ事  

情ナキ限り必ヤ残余担保卜同時二実行セラルヘク其ノ実行二依リテ得ラルヘキ額力即該担保ノ存在ニヨリテ代位権者ノ負担  

ヲ軽減セシムル額クルこ外ナラサルヲ以テナリ﹂とする︒また︑先述﹇27﹈判決は ﹁民法第五百四条二依ル免責ノ限度ハ債権  

者力抵当権実行ノ為競売ノ中立ヲ為シタル場合二在りテハ其ノ申立アリクル時点ヲ標準トシテ之ヲ算出スヘキモノト解スル  

ヲ相当トス﹂とし︑﹇47﹈大判昭一一一一二 山七判決全集六・二・二﹂ハも﹁民法第五百四条二依り代位権者力免責セラルヘ   

(17)

865 担保保存義務に関する一考察  

キ限度ハ債権者カ瓢ヲ喪失セシメタル残担保物件二付担保権ヲ実行シタル場合二於テハ該担保権実行当時ヲ標準トシテ喪  

失担保物件ノ価格ヲ算出シ該価格二拠ルヘキ﹂とする︶︒これに対して︑柚木博士は︑担保喪失の暗から残担保実行の  

暗までなぜ代位権者の責任が存続するのか理解できない︒全部喪失の場合たると一部喪失の場合たるとを問わず︑  

担保喪失の確定した時に免責を生ずべく︑したがってその免責限度もまたこの時期を標準としてこれを決定すべき  

︹26︶ であるとし︑﹇39﹈判決を批判する︒   

このような柚木説の理論展開を整理すると︑免責請求方式でほなく当然免責方式をとり︑かつ免責効果を確定的  

にとらえている︒しかも︑担保喪失確定時は免責時とされ︑責任のない後に免責額を云々するのはおかしいとされ  

る︒このような理論構成は確かに明解ではあるが︑これでは担保の喪失時から弁済期までに担保価格に﹁変動﹂が  

あった場合や︑担保の山部喪失時から残担保権の実行時までに担保価格に変動があった場合への対応ができない︒  

つまり﹁継続的取引﹂ に典型的にみられる時間の経過に伴う諸要因の変化には対応鞋という問題があるのではない  

か︒問題は︑当然免責・確定効型を出発点とすることにあるのではないかという疑問が生ずる︒   

この点について︑我妻博士は次のように指摘されており興味探い︒免責を生ずる時期とその内容の確定する時期  

とは必ずしも同一でなければならないものではないとし︑純理からいえば︑むしろ︑喪失または減少された担保が  

客観的にみて﹁実行されるべき﹂であった時期を標準とすべきである︒けだし︑その時の目的物の価格に相応する  

額だけの求償が不可能となったわけだからである︒しかし︑判例の標準は実際的ではあろうから︑これを支持して  

もよい︒ただし︑弁済期前に全部を喪失した場合にも弁済期までに目的物の価格に変動があったときや︑一部を乗  

︵27﹀  失した場合にも残部の実行が著しく﹁時期を失した﹂ときなどについて︑特別の配慮を必要とするとされる︒我妻  

博士は︑目的物の価格に変動があったときや担保権の実行が著しく時期を失したときなどについては︑﹁純理﹂から  

すれば︑喪失または減少された担保が客観的にみて実行されるべきであった時期を標準とすべきであるとされるが︑  

三九五   

(18)

同 法(56 3・4)866  

三九大   

これは︑債権者が適切な時期に担保権を実行すべき﹁義務﹂を信義則上負っていることを認めるからではないだろ  

うか︒根底においては︑先述の西村説が主張する一般的注意義務と通じるものがあるのではないだろうか︒  

︵1︶ 柚木馨﹁債権者の担保喪失に因る代位弁済者の免貴﹂民商一巻一号八七弓八九︑九九頁︵昭一○︶︑近藤英吉ほか著・注釈  

日本民法下巻 ︵昭⁚こ 二四九貫以下 ︵柚木執筆︶︒  

︵2︶ 西村信雄・継続的保証の研究 ︵昭二七︶ 二三〇7⊥二∴二貝︑同﹁担保の喪失減少と保証人の免責 ⁝ 保証法に於ける信義  

則の一適用﹂日本公証人協会雑誌二二巻三〇頁 ︵昭一三︶︒  

︵3︶ 西村・前掲書注︵2︶二二〇︑一二大1ニ二一七︑二▲二七頁︑問∵前掲論文注︵2︶二二﹁二九貫︵﹇35﹂判決を肯定的評価︶︑柚木■  

前掲論文注︵1︶八八−八九︑九九頁 ︵否定的評価︶︒  

︵4︶ 柚木∴印掲論文注︵1︶八九頁U  

︹5︶ 柚木・前掲論文注︵1︶八九︑九二・九一二︑九八頁︒  

︵6︶ 西村信雄﹁法定代位権﹂民商二巻二号二貝︑同∴二号三人頁 ︵昭一〇︶︒  

︵7︶ 西村こ別掲脊柱︵2︶二二〇︑二∴四︑二二大︑二三〇頁︑同⁚前掲論文注︵2∵二頁り  

︵8︶ 田島順・債権法へ昭一五︶ 二七六貰以十︑近藤英吉﹁﹇35﹈判例研究﹂論叢三〇巻東宮八一八頁以† ︵昭九︶︒  

︵9︶ 穂積重遠・判民昭八年度一大八草件評釈︒小川徳二一郎﹁銀行に於ける債権擁護のん法︵保証人に対する一間題︶﹂銀行論叢  

二西巻五号人指頁 へ昭∵∪︶ も保証人の地位を考慮する視点がある︒  

︵10︶ 柚木・前掲論文注︵1︺九八日︒同旨の他の学説として︑石坂音四郎∴‖本民法第∴編債権総論中巻︵大一〇年︶一三∩八頁︑  

林倍雄・債権法総論︵昭山Lハ︶ 二九七頁︑吾妻光俊・債権法 ︵昭二九︶ 八八頁︒当時のその他の学説においては突っ込んだ  

言及は見られない︒  

︵11︶ 西村・前掲音注︵2︶二三〇頁︑同・前掲論文注︵て八︑三〇頁︒  

︵12︶ 柚木▲前掲論文沖ご1︶八九︑九∴〜九三︑九人 九九頁わ近藤ほか著・前掲番注へ1︶二六一頁︵柚木執筆︶も同旨であるが︑  

出島博士も同様の構成をとる ︵田島こ別掲書注︵8︶二七九頁︶︒  

︵13︶ 西村こ別掲吾注︵2︶二三〇I二三三軍 同・前掲論文注︵2︺二〇頁︒  

︵14︶ 柚木・前掲論文注︵1︶九〇−九誓 同旨の主な学説としては︑田島・前掲書注へ8︶二七七頁︑近藤・前掲﹁判研﹂柱︵8︶  

八二四頁など︒﹇7﹈判決に従って簡単に説明するのが一般的であるハ   

(19)

867 担陳保有義務に関する一考察  

︵27︶ 我妻栄・新訂債権総論︵昭三九年︶ 二六八頁︒  

︵20︶  

2625 24    171615  

西村・前掲書注︵2︶二三一己二三二頁︒   

石田文次郎・債権総論講議︵昭一五︶ 二九三貝︒   

柚木1前掲論文注︵1︶九二−九六頁︵柚木博士は第五〇四条のいう神保は担保として完全に成立した権利を指称するとし  

た.﹁17︺大判大一一・二∵六民集丁八先の趣旨を維持すべきであるとされる︶︒近藤博士は︑保証人などが担保を引き受けた  

﹁後﹂は新たに担保を取得する責めは負わず︑取得するか否かは債権者の ﹁自由﹂ であって義務ではないとされる ︵近藤・前  

掲﹁判研﹂拝︵8︶六四九頁\㌔   

西村・前掲書注へ2︶二三二L・二二一三頁︒   

﹇26﹈大判昭六・一∴一六民集叫〇・四二五七︑﹇34﹈大判昭八・七・五民集一二二一二二一一九一以降︑判例・学説においては︑  

次第に担保を広く解することを許容する見解が優勢となる ︵末川博﹁﹇26﹈判例研究﹂論叢二七巻二号三二一頁︵昭七︶︑福井  

勇二那・判民昭夫年度一九事件評釈︑片山全章﹁﹇34﹈判例研究﹂新報四囲巻四号一一一九頁︵昭九︶︑穂積重遠・判民昭八年度  

一五〇事件評釈︶っ   

近藤・前掲﹁判研﹂注︵8︶八二五頁︒田島博士は経済界の変動による担保価格の下落がいつも債権者の責めに帰すべき担  

保の減少となるとはいえないとするが︑不必要な実行遅延は﹁権利の濫用﹂となる場合があるとする点は注目される ︵田島・  

前掲書注︵8︶一⁚八〇頁︶︒   

柏木∴前掲論文注︵1︶九七頁︒   

西村・前掲書注︵2︶二三四−二二八頁︑西村・前掲論文注︵2︶二八1﹂二∩頁︒   

林・前掲香注︵10︶二九八頁︑石畑文次郎﹁﹇30﹈判例研究﹂法学一巻一〇号四二六頁︵昭七︶︒東季彦﹁﹇38﹈判例研究﹂法  

協五四巻五号︺二二頁 ︵昭一こ も﹇38﹂判決に賛成するっ   

柚木・前掲論文注︵1︶九九−一〇二頁︒   

東川・前掲﹁判研﹂注︵19︶一三一三頁 ︵昭七︶ も同旨︒   

柏木畢・判例債権法総論下 ︵昭二六︺ 二九〇己二九∴頁︒これに対Lて︑東季彦・判民昭和二年度一〇事件評釈は﹇39﹈  

判決の立場をを実際的常識的とする︒  

三九七   

参照

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