担 保 保 存 義 務 に 関 す る 一 考 察 ︱
沿革的・
比較法的考察︵
一︶ ︱
辻 博 明
一 はじめに
︱
問題設定 ① 債権者の注意義務の視点 担保保存義務制度の本質 保証契約の﹁片務性﹂の再検討 ② 保証制度と﹁公序﹂ 保証規定・規範の内容 担保保存義務免除特約の有効性 ③ 人的担保と担保保存義務制度 民法五〇四条における担保︱
人的担保・共同保証は民法五〇四条における担保か 錯誤的構成 ④ 金融機関の立場との調整︱
柔軟な制度設計二 ローマ法 ⑴ 保証制度の﹁推移﹂︱
担保保存義務制度の視点から ① 保証制度の類型︱
方式・機能 ② 求償手段の推移︱
﹁訴権譲渡の利益﹂︑﹁譲渡義務﹂︑争点決定の効果 ③ 保証契約︵fideiussio︶と金額貸与の委任の﹁接近﹂ ⑵ 担保保存義務制度の﹁起源﹂とその継受︱
問題点の整理三 フランス法二三
⑴ フランス古法
︱
ポティエの主張を中心に ① 訴権譲渡の利益 ② 訴権譲渡の抗弁 金額貸与の委任の場合 保証契約︵fideiussio︶の場合 連帯債務の場合 ③ 検 討 ﹁制度設計﹂ 法的構成の障害︱
﹁片務契約性﹂ ﹁衡平﹂による根拠付け︱
求償の﹁期待﹂ ﹁要件﹂への反映︱
﹁衡平﹂上の義務構成 ⒜ 保存すべき担保の﹁時的範囲﹂ ⒝ 債権者の﹁積極的行為﹂ ︵以上本号︶一 はじめに
︱
問題設定 ① 債権者の注意義務の視点担保保存義務制度の本質 担保保存義務に関する規定は︑旧民法においては保証等の所に置かれていたが︑民法五〇四条の立法過程において︑弁済による代位の所に移され︑まとめて規定することにされた︒しかし︑担保保存義務制度は︑弁済者代位制度を支える一制度にとどまるものではなく︑保証人を中心とする信義則に基づく制度ではないのか︒もし信義則上の制度であるとすれば︑
﹁
債権者﹂
の注意義務に関わる制度ということになる︒債権者が保証人に対して一般的な注意義務を負うとすれば︑民法五〇四条のような明文規定がなくても︑債権者 二四
は︑保証人に対して多様な義務を負うと解されることになる︒したがって︑担保保存義務は︑債権者が保証人に対して負う注意義務の
﹁
一つ﹂
にすぎないことになる︒担保保存義務制度が保証人を中心とする制度とすれば︑免責対象者は保証人等に絞り込まれる︒第三取得者や後順位担保権者は外れることになる︒この点について︑沿革的に保証人以外の者が免責対象者とされたことがあるのか︒免責対象者の範囲を比較法的に考察する必要があると思われる︒保証契約の﹁片務性﹂の再検討 担保保存義務制度を信義則上の制度と位置付け︑担保保存義務を保証人に対する債権者の注意義務と構成しようとするならば︑保証契約の
﹁
片務性﹂
が問題となる︒保証契約が片務契約であることを厳格に解すると︑義務を負うのは保証人だけで債権者は一切義務を負わないことになる︒このような解釈を延長すると︑保証人は他の債務の履行を対価もなしに一方的に負わされるにもかかわらず︑債権者は保証人に対して一切配慮する必要はなく︑担保の保存を怠って保証人の求償を困難にしても一切責任を負わないことになる︒このような内容の契約があるとすれば︑それは信義則違反はもちろん公序良俗に反する可能性さえあるのではないか︒
保証契約を片務契約概念の呪縛から解き放ち︑信義則に違反する場合には債権者の注意義務を認めるべきであり︑さらに一歩進んで︑保証契約の双務契約性を認めるべきであると思われる︒保証契約の片務性の問題が他の法系ではどのように解されているのだろうか︒保証人に対する債権者の義務を正面から認めているのだろうか︒
② 保証制度と﹁公序﹂ 保証規定・規範の内容 民法典は︑保証債務について︑四四六条以下において規定する︒保証債務に関する規定の大半は︑保証人の責任
二五
を制限または免除する規定である︒民法四四八条は︑保証人の負担が債務の目的または態様について主たる債務より重いときは︑これを主たる債務の限度に減縮するとし︑民法四五二条は保証人に催告の抗弁権を認め︑民法四五三条は検索の抗弁権を認めており︑債権者はまず主たる債務者の財産から執行しなければならない︒民法四五五条は︑これらの抗弁権の行使に対して債権者が催告または執行を怠り︑その後︑主たる債務者から全部の弁済を受けられなかったときは︑保証人は︑債権者が直ちに催告または執行をすれば弁済を得ることができた限度において︑その義務を免れるとする︒民法四五六条は共同保証人に分別の利益を認める︒民法四五七条二項は︑保証人は︑主たる債務者の債権による相殺をもって債権者に対抗することができるとする︒民法四六〇条は委託を受けた保証人に事前求償権を認める︒民法四六五条は共同保証人間の求償権を規定する︒貸金等根保証については︑民法四六五条の二以下の規定によって保証人の保護を図っている︒身元保証に関する法律は︑信義則上︑保証人の責任制限または免責を強化している︒この他︑保証に関する判例法理が蓄積されており︑保証契約の解約権等が認められている︒保証規定
・
規範は二千年以上にわたる保証人保護のための権利闘争によって得られた結晶である︒担保保存義務に関する民法五〇四条は︑保証人の保護に密接に関わる規定であるにもかかわらず︑わが国では任意規定と解されているようである︒しかし︑民法五〇四条の性質について十分な議論がなされてはいない︒法が保証人に与えた保護を剥奪することが
﹁
公序﹂
に反するとの考え方を再検討する必要があるのではないか︒制度の性質上︑保証と保証以外の場合とを同列に扱ってよいものかどうかである︒担保保存義務免除特約の有効性
法が保証人に特別に与えた保護を外すことが許されない場合があり︑担保保存義務を免除する特約がその場合にあたるとすれば︑担保保存義務免除特約は無効と解されることになる︒担保保存義務規定を強行規定と解する考え方はあるのか︑その理由はなにか︒ 二六
③ 人的担保と担保保存義務制度 民法五〇四条における担保
︱
人的担保・共同保証は民法五〇四条における担保か 民法五〇四条における担保は︑物的担保か人的担保かを問わないと一般に解されている︒ところが︑共同保証人の一人に対する債務免除について︑判例・
多数説は︑民法五〇四条ではなく︑民法四三七条を準用ないし類推適用する︒民法五〇四条にいう担保は︑物的担保に限り人的担保は含まないと解するか︑人的担保を含むとしても他の共同保証人の総財産は含まないと解するならば︑共同保証人の一人に対する債務免除には民法五〇四条の適用はないことになる︒人的担保である保証は担保者の全財産によって責任を負うことになるため︑保証と一般担保との境目は極めて近いことになる︒共同保証は民法五〇四条における担保なのだろうか︒錯誤的構成 わが国の判例は︑保証契約は︑保証人と債権者との間に成立する契約であって︑他に連帯保証人があるかどうかは︑通常は保証契約をなす単なる縁由にすぎず︑当然にはその保証契約の内容となるものではないとする︒したがって︑共同保証人の一人に対する債務免除があっても︑通常は動機の錯誤にとどまり︑錯誤無効を主張することは難しい︒しかし︑共同保証に加わろうとする保証人にとって︑他に有力な保証人がいることは重要な要素であり︑債権者がその事情について認識可能であった場合でも︑無効を主張できないのであろうか︒比較法的に︑錯誤的構成をとる場合はないのだろうか︒
④ 金融機関の立場との調整
︱
柔軟な制度設計 保証人の保護手段という視点からすれば︑債権者の注意義務を重視する方向に向かうことになると予想される︒沿革的に︑そのような軌跡を辿った法系もあるのではないかと推測される︒もっとも︑担保法は実務が先行する領域であり︑実務との調整がある程度成り立つ理論整序が求められることも事実である︒そうだとすれば︑比較法的二七
にみて︑金融実務からも受け入れられる柔軟な制度があるとすれば︑どのような制度設計がなされているのだろうか︒
以上の問題点を解明するには︑担保保存義務制度の原理部分まで遡った考察が必要であると思われる︒そこで以下では︑右の問題点を解明するのに必要な限りにおいて︑担保保存義務制度を歴史的
・
比較法的な視点から概観し分析することにする︒二 ローマ法
⑴ 保証制度の﹁推移﹂
︱
担保保存義務制度の視点から ① 保証制度の類型︱
方式・機能保証債務関係を発生させる方法として︑最初は
﹁
問答契約﹂
による誓約︵
sponsio︶
︑信約︵
fidepromissio︶
が用いられた︒誓約による保証人には︑プブリリア法︵
lex Publilia︶
によって主たる債務者に対する求償権が認められた︒また︑誓約または信約による共同保証人相互間については︑アップレイア法︵
lex Appuleia︶
によって求償が認められた︒しかしその後︑誓約・
信約より担保力の強い保証契約︵
fideiussio︶
が用いられるようになった︒もっとも︑これらの保証制度はいずれも問答方式による要式かつ厳正契約であり︑その利用は同地者間での契約に限られ︑ローマ以外の土地に住む者との間では利用することができなかった︒また︑保証契約の被担保債権は既発生のものを対象とした︒そこで︑当時の取引において需要のあった地中海の隔地者間における将来債務の保証を可能にするため︑実質的に保証の役割を果たす新たな制度が生み出された︒金額貸与の委任︵
mandatum pecuniae credendae︶
はその代表例であり︑﹁
無方式﹂
の契約であった︵
なお︑金額貸与の委任以外にも︑他人の債務の弁済約束︵constitutum debiti 二八alieni︶︑銀行業者の引受約束︵receptum argentarii︶が用いられた
︶
︵1︶︒ 金額貸与の委任は︑信用媒介よりもむしろ債権保全のために用いられ︑保証の本来の目的到達のために︑厳格な方式を回避するため利用された︒法的形式は委任であったが︑実質は保証の機能を有した ︵2︶︒保証人︵
委任者︶
の立場に立つ当事者が債権者︵
受任者︶
となるべき当事者に対して︑主たる債務者となるべき特定の第三者に特定の金額を貸与することを委任し︑債務者の金額返還を担保した︒このような委任に基づいて︑債権者︵
受任者︶
は債務者となるべき者と消費貸借または消費貸借および利息支払の問答契約を締結し︑債務者がその債務を履行しないときは︑債権者︵
受任者︶
はこれによって受けた損害の賠償を委任訴訟によって保証人︵
委任者︶
に対して請求した ︵3︶︒② 求償手段の推移
︱
﹁訴権譲渡の利益﹂︑﹁譲渡義務﹂︑争点決定の効果 保証契約︵
fideiussio︶
にはプブリリア法の適用がなく︵
先述①︶
︑保証人は主たる債務者に対して求償することはできなかった ︵4︶︒しかしその後︑債権者が保証人に対して訴訟を提起した場合︑保証人が債権者に対してその有する訴権および債権を担保する質権または他の保証人に対する権利をすべて譲渡するよう請求することが認められた︒もっとも︑債権者が保証人に対して訴訟を提起して争点が決定され︑争点について審判人の審判に服する合意が成立すると︑その権利は消滅した ︵5︶︒そのため︑保証人はその権利を譲り受けて行使することができなくなった︒しかも︑債権者が保証人にこのような債権譲渡をするかどうかは債権者の﹁
意思﹂
によった︒法務官が債権者に対してこれを強制するかどうかも法務官の裁量によった︒古典時代には︑債権者から請求された保証人がその債権の譲渡を求める権利は確立されていなかった ︵6︶︒これに対して︑金額貸与の委任においては︑債権者
︵
受任者︶
が主たる債務者︵
第三者︶
に対して訴訟を実行しても保証人︵
委任者︶
に対して有する訴権を喪失することはなく︑債権者は債務者に請求し︑債務の履行を受けることができず損害を受けた場合に︑委任訴訟を保証人に対して提起することができた︒しかも︑委任者である保証人二九
と受任者である債権者は︑委任契約を支配する
﹁
信義﹂︵
bona fides︶
に従って︑各自の義務を履行しなければならなかった︒各当事者は一切の過失に対して責めを負う誠意契約の関係にあった︒債権者の責めに帰すべき不履行について︑保証人は損害賠償義務を負わなかった︒債権者が注意を怠らなかったならば主たる債務者から受領することができたもの︑損失を避けることができたものを︑保証人に対して損害賠償を求めることは信義に反した ︵7︶︒債権者は保証人に対して過大の損害を蒙らせないようにする﹁
義務﹂
を負い︑主たる債務者に対して請求すべきときに請求せず︑またはその債権を担保する質権または保証人の設定を受けることを怠った場合には︑保証人に対して責めを負い︑保証人が損害賠償をした場合には︑債権者は債務者に対して有する債権およびこれに付随する権利を保証人に譲渡することを要した ︵8︶︒③ 保証契約︵fideiussio︶と金額貸与の委任の﹁接近﹂ 保証契約の発達にともない︑古来の誓約および信約は次第に使用されなくなり︑廃止されるにいたる︒保証契約
︵
fideiussio︶
だけが要式の保証契約として用いられ︑金額貸与の委任が無方式の保証契約として用いられた︒その一方で︑問答契約の方式は次第に緩和されるとともに︑金額貸与の委任が保証契約に接近し︑保証契約の法規が適用され︑訴権譲渡の利益も与えられるようになった︒債権者の債権が争点決定によって消滅しても︑保証人が準訴訟を提起できるようになった ︵9︶︒職権審理手続によるときは主たる債務者との争点決定によって債権は消滅せず︑債権者は完全な満足を得るまでは保証人に対して請求することができ︑債権の消滅は争点決定ではなくて債務の完全な弁済によることとなった ︶10︵︒このようにして︑保証契約と金額貸与の委任とが
﹁
接近﹂
していった︒ユスチニアヌス帝の時代には︑保証契約について争点決定の消滅的効力が廃止され︑債権者は主たる債務者または保証人を債権の満足を得るまで順次に訴えることができるようになり︑保証契約と無方式の保証契約との重要な差別が撤廃された ︶11
︵︒ 三〇
⑵ 担保保存義務制度の﹁起源﹂とその継受
︱
問題点の整理 さてそれでは︑担保保存義務制度の起源となる制度は︑ローマ法において︑すでに存在したのであろうか︒保証人に対して損害を蒙らせないようにする﹁
義務﹂
を債権者に課す金額貸与の委任が︑担保保存義務制度の起源なのだろうか︵
先述⑴②③︶
︒担保保存義務制度および先の保証制度︵
先述⑴①︶
は︑どのような推移を辿ってフランス法やドイツ法等に継受されたのであろうか︒金額貸与の委任は︑先述のように︑ローマ法においては︑実質的に保証の機能を有したが︑近代法における保証制度の
﹁
原型﹂
をなし﹁
基軸﹂
となったのは fideiussio なのではないか︒もしそうだとする︑﹁
片務契約﹂
である fideiussio において︑﹁
債権者﹂
に担保保存義務を課すことを正面から認めることは可能だったのであろうか︑保証人の免責が認められたとするならばそれはどのような根拠に基づくのか︑担保保存義務違反による免責かそれとも別の法的構成によるものか︒これらの点を中心に︑以下において分析を進めることにする︒︵1︶ 船田享二・ローマ法︵第三巻・改版︑昭四五︶六四〇
−六四一︑六四五
3rd. ed., 1963, pp.445 Buckland, A Textbook of Roman Law, ︵一︶
︱
信用媒介を目的とする保証契約︱
﹂新報四四巻一〇号五二頁︵昭九︶︑ −六四六︑六五〇︑六五九頁︑中川一郎﹁信用委任−447
M.Kaser, Das Römische Privatrecht, 1.Abschn., 2.Aufl., 1971, SS.661 ;
Buckland, op. cit., pp.519︵2︶中川・前掲論文注︵1︶五三頁︑ −663.
Kaser, a.a. O., SS.665︵5︶原田慶吉・ローマ法︵改訂版︑昭三〇︶二五七︑三八六頁︑ ︵4︶船田・前掲書注︵1︶六五五頁︒ Buckland, op. cit., p.520.︵3︶船田・前掲書注︵1︶六五九頁︑ −520.
︵6︶船田・前掲書注︵1︶六五五 −666.
−Buckland, op. cit., pp.449六五六頁︑
︵7︶中川・前掲論文注︵1︶六一 −450.
︵8︶船田・前掲書注︵1︶六五九 −Kaser, a.a. O., S.666.六二頁︑ Kaser, a.a. O., SS.457︵9︶船田・前掲書注︵1︶六五五頁︑ −Buckland, op. cit., p.520.六六〇頁︑
−458, 460
−461 (2. Abschn., 1975).
三一
︵
︵ 10 ︶船田・前掲書注︵1︶︵第五巻・改版︑昭四七︶三一〇頁︒ 11 ︶船田・前掲書注︵1︶六六一
−Buckland, op. cit., pp.699六六二頁︑中川・前掲論文︵二︶注︵1︶一一号九二頁︑
−700
;
Kaser, a.a. O., S.460 (2. Abschn.).
三 フランス法
⑴ フランス古法
︱
ポティエの主張を中心に 先述のように︵
二︶
︑ローマ法においては︑保証制度が多様化し︑金額貸与の委任が事実上保証としての機能を有し︑金額貸与の受任者︵
債権者︶
は︑訴権・
担保権を保存・
譲渡する﹁
義務﹂
を負うと解された︒それでは︑ローマ法における先の議論はその後のフランス古法にどのような影響を与えたのであろうか︒債権者の義務に関する議論は金額貸与の委任の範囲にとどまったのか︑それとも保証契約
︵
fideiussio︶
にまで及んだのであろうか︒この問題を中心に︑ポティエの主張を分析することにする︒① 訴権譲渡の利益 法が保証人に与える利益として︑訴権譲渡の
﹁
利益﹂
があった︒もし保証人が弁済をすれば︑債権者が有する全ての権利・
訴権・
抵当権︑主たる債務者等に対する権利に代位することを︑債権者に求めることができる利益である ︶1︵︒
② 訴権譲渡の抗弁
それでは︑債権者が自己の行為によって他の債務者に対する訴権を譲渡できなくなった場合︑訴権譲渡の
﹁
抗弁﹂ ︵
exceptionem cedendarum actionum︶
によって︑その請求を排除することができたのだろうか ︵2︶︒ 三二金額貸与の委任の場合 ポティエは︑ローマ法等の法令
・
教義を確認した上で︑金額貸与の委任の場合には︑﹁双務契約﹂
に共通する原則によって︑債権者の請求を排除することについて困難な問題を生ずることはないと解した︒契約によって相互に義務を負う場合︑契約の一方当事者が自己の不注意によってその義務を履行することができないとき︑相手方に対して請求を主張することはできない︒この原則によれば︑双務契約である金額貸与の委任における受任者︵
債権者︶
は︑契約の相手方である委任者︵
保証人︶
に対して︑自己の有する訴権を保存し譲渡する﹁
義務﹂
を負っており︑受任者が自己の故意または過失によってその義務を履行できなくなったときは︑委任者は受任者に対して訴権譲渡の抗弁を主張することによって︑受任者からの請求を排除することができると解した︒保証契約︵fideiussio︶の場合 これに対して︑保証契約
︵
fideiussio︶
の場合には︑訴権譲渡の抗弁の根拠付けには次のような困難な問題があった︒第一に︑金額貸与の委任の場合とは異なり︑債権者が保証人に対して訴権を保存し譲渡する義務を契約しているとは言えない︒保証契約は﹁
片務契約﹂
であり︑義務を負うのは保証人だけである︒第二に︑債権者が訴権譲渡の義務を負うとしても︑それは単に﹁
衡平﹂︵
équité︶
上の義務にすぎず︑債権者は訴権の譲渡を拒否する利益がないため譲渡に応ずることになるだけである︒したがって︑債権者は︑自己の有する限りで訴権を譲渡すれば足り︑たとえ訴権を保存せず譲渡できなかったとしても︑責めを負うことはなかった︒保証契約においては︑金額貸与の委任の場合と異なり︑保証人は︑主たる債務者との間に通常は委任関係があるため委任訴訟等を行使することができたため︑抵当権の譲渡がある場合は保証人にとって有利であったが︑主たる債務者に対する訴権を譲り受けることが絶対に必要というというわけではなかった︒
しかしそれでも︑ポティエは︑債権者が自己の行為によって保証人に訴権を譲渡することができない場合︑それ
三三
が主たる債務者に対する訴権であれ︑共同保証人に対する訴権であれ︑債権者が保証人を免除したためであれ︑故意
・
過失によって保証に対する請求を取消した場合であれ︑保証人は︑訴権譲渡の抗弁によって︑債権者の請求を拒むことができると解した︒債権者が主たる債務者を免除した場合は︑﹁
附従性﹂
により保証人も免責される︒また︑共同保証の場合は︑債権者が共同保証人の一人を免除したことによって︑免除を受けた保証人に対する訴権を他の保証人に譲渡することができなくなったとき︑債権者は︑訴権の譲渡がなされていたならば他の保証人が求償することができた範囲について︑訴権譲渡の抗弁によって︑請求をすることができなくなる︒共同保証人は︑保証契約締結時において︑相互に求償できることを﹁
期待﹂
し︑その信頼を前提として保証を引き受けている︒もし債権者が自らの行為によってその信頼を奪いとるならば︑その行為は衡平に反する︒共同保証において︑他の保証よりも
﹁
後﹂
に設定された保証が債権者によって免除された場合︑他の保証人は債権者に対して訴権譲渡の抗弁を有しないと解した︒他の保証人は保証契約を締結する際︑免除された保証人に対する求償を期待していないからである︒連帯債務の場合 複数の者が連帯債務を引き受ける場合︑全額の弁済をすれば︑他の連帯債務者に求償することができるという信頼の下に︑各自全額について責めを負っている︒したがって︑債権者が︑自らの行為によって︑連帯債務者の一人に対する訴権を譲渡することができなくなった場合︑その連帯債務者の負担部分について︑他の連帯債務者に対する請求ができなくなる︒ポティエは︑共同保証の場合と同様の論証を行った︒
訴権譲渡の抗弁は︑債権者の
﹁
積極的行為﹂
や共謀のある場合にのみ︑主張することができ︑単なる懈怠ではその要件を充足しないと解した︒というのは︑連帯債務者や共同保証人との間では︑﹁衡平上﹂
訴権譲渡の義務を負っているにすぎず︑訴権を保存・
譲渡すべき契約上の義務までは負っていないからである︒また︑連帯債務者や共同 三四保証人は自ら抵当権等の保存に注意すればその喪失を防ぐことができると解された︒ ③ 検 討 ﹁制度設計﹂ ポティエの主張は︑債権者が自己の行為によって他の債務者に対する訴権を譲渡できなくなったとき︑訴権譲渡の抗弁によって︑債権者の請求を排除することができるかどうかを問題としている︒訴権譲渡の利益と裏表の関係で捉えられている︒
ポティエは︑ローマ法等の文献を確認し︑金額貸与の委任の場合には︑﹁双務契約
﹂
に共通する原則に基づいて︑訴権譲渡の抗弁によって債権者の請求を排除することができると主張している︒さらに︑それまで解釈上の確かな根拠がなかった保証契約︵
fideiussio︶
についても訴権譲渡の抗弁の主張を認めている点が注目される︒なお︑ポティエは︑連帯債務の場合にも同様の法的構成による免責を認めており︑連帯債務者も免責対象者に加えられている︒法的構成の障害
︱
﹁片務契約性﹂ 保証契約︵
fideiussio︶
の場合︑金額貸与の委任の場合とは異なり︑訴権譲渡の抗弁の根拠付けに困難があった︒金額貸与の委任は双務契約であり︑受任者︵
債権者︶
は委任者︵
保証人︶
のために自己の有する訴権を保存する﹁
義務﹂
を契約上負った︒これに対して︑保証契約によって︑債権者は保証人に対して訴権を保存し譲渡する義務を負っているとはいえなかった︒保証契約は﹁
片務契約﹂
であり︑義務を負うのは保証人だけであった︒保証契約に内在する片務契約性が債権者側の義務を肯定する法的構成を困難にしていた︒﹁衡平﹂による根拠付け
︱
求償の﹁期待﹂ 保証契約︵
fideiussio︶
の場合にも訴権譲渡の抗弁に関する議論が展開する背景には︑保証契約と金額貸与の委任との接近︑債権者による訴権特に担保の保存・
譲渡の要請が保証契約にもあったことがある︒問題は︑この抗弁の根拠付けである︒保証契約における債権者は︑訴権譲渡の義務を︑﹁
衡平﹂︵
équité︶
上の義務として負うと解された︒保証契約の締結時における求償の期待を衡平の法理に三五
よって保護するという新たな根拠付けが用いられていた︒ ﹁要件﹂への反映
︱
﹁衡平﹂上の義務構成 ポティエは︑保証契約︵
fideiussio︶
の債権者が負う義務を衡平上の義務と構成した︒衡平上の義務との構成をとったことは︑免責の成立﹁
要件﹂
と無関係ではなかった︒⒜ 保存すべき担保の﹁時的範囲﹂ 保証人はその保証契約締結時より後に締結された保証人が免除された場合には︑訴権譲渡の抗弁を主張することができないと解した︒共同保証人への求償の
﹁
期待﹂
がない場合には︑訴権譲渡の抗弁を主張することはできない︒債権者が保存する義務を負うのは保証契約締結時にすでに存在する担保に限られた︒⒝ 債権者の﹁積極的行為﹂ 訴権の保存
・
譲渡をできなくする債権者の行為とは︑積極的行為または共謀のある行為であるとされ︑単なる懈怠では要件を満たさないと解された︒免責の判定に際し︑保証人側の懈怠も考慮された︒︵1︶ Pothier, Traité des obligations, n° 427 (en Œuvres de Pothier par Bugnet t. II, 2 éd., 1861).︵2︶ Pothier, op. cit., n゜ 557. 三六