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[ シリーズ ] 物理化学 13 CONTENTS 概説 p62 五感で感じられる現象のすべてを分子の視点から明らかにする東京大学濵口宏夫教授 コラム超高速分光 p66 理化学研究所田原太平主任研究員 入試情報 p68 生物物理化学 p70 京都大学寺嶋正秀教授 イオン液体 p72 岩手大学森誠之教

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Academic year: 2021

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62 Kawaijuku Guideline 2011.4·5

13

注目の

学部・学科

 2000 年以降、6人の日本人がノーベル化学賞を受

賞するなど、化学は日本が世界をリードする学問分

野である。2010 年も2人が受賞。化学の研究に大き

な注目が集まった。

 大学における化学の教育・研究領域は大きく物理

化学・無機化学・有機化学に分かれており、今回は

物理化学を紹介する。物理化学は物理的な手法で物

質の構造・物性・反応を探求する学問であり、測定

装置の開発とともに、対象とする物質や現象も変化

してきている。

 高校までは「物理」と「化学」を別の科目として

学ぶため、物理化学は馴染みの薄い学問領域かもし

れない。そこで、大学で学ぶ物理化学とはどのよう

な学問なのか、近年の研究におけるトピックスとと

もに見ていこう。

◆概説 五感で感じられる現象のすべてを 分子の視点から明らかにする 東京大学 濵口宏夫教授 ◆コラム 超高速分光 理化学研究所 田原太平主任研究員 ◆入試情報 ◆生物物理化学 京都大学 寺嶋正秀教授 ◆イオン液体 岩手大学 森誠之教授 ◆エネルギー・環境化学 東京大学 橋本和仁教授 ◆授業・ゼミ紹介 新潟大学 郷右近展之准教授 ◆卒業後の進路

C

ONTENTS

………

p62

………

p66

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p68

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p70

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p72

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p74

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p76

………

p78

[シリーズ]

物理化学

注目の

学部・学科

物理化学

概説

五感で感じられる現象のすべてを

分子の視点から明らかにする

——東京大学大学院理学系研究科化学専攻

濵口 宏夫 教授に聞く

定せず、物質の構造や状態、 性質、物質相互の反応など を扱う。つまり、物質全般 に通用する原理や仕組みの 解明を目指しているのだ。 物理化学の「物理」は、物 理学的な研究手法を意味する。物理学は自然界の現象を 貫く普遍的な法則を追究する学問であり、これまでにさ  物理化学が存在しなければ  化学は「錬金術」に逆戻り  大学における化学の教育・研究は、大きく「物理化学」「無 機化学」「有機化学」の3つに分類することができる。無 機化学と有機化学が、それぞれ無機化合物、有機化合物を 対象として、それらの性質や反応、新たな化合物の合成、 分離などを扱うのに対して、物理化学は化合物の範囲を限

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(*1)エネルギー準位…粒子のエネルギーの状態。この場合は、物質を構成する分子の電子、振動、回転のエネルギー準位の意味。 まざまな物理法則を発見してきた。その手法に即して、あ らゆる物質に共通の原理を見出そうというのが物理化学な のだ。  ただ、化学の研究が細分化、専門化するにつれ、これら を明確に分類することが難しくなっている。金属と有機化 合物が結合した有機金属化合物の研究では、無機化学と有 機化学を分けることは意味がないし、有機化合物や無機化 合物も、その反応や構造を詳細に見ていけば、物理化学と の境界はあいまいになっていく。では、物理化学をどのよ うな学問と捉えればいいのか。濵口教授は次のように説明 する。  「物理化学は、化合物の性質や化学反応の仕組みなどに 関する知識を体系的に積み重ねてきました。比喩的にいえ ば、物理化学のない化学は、かつての錬金術に逆戻りして しまいます。宇宙のように巨大なものから、素粒子のよう に極小なものまで研究対象が広範にわたる自然科学の諸学 問の中にあって、物理化学は、われわれが五感で感じられ るものを扱う学問ということができます。化学は、分子と いう概念をもとに物事を理解しようとします。ですから、 物理化学は『物理学的な手段を使って、われわれが五感で 感じられる現象を、分子の視点から明らかにしていく学問』 なのです」  簡単な例でいえば、日常生活で当たり前のように接して いる水は、温度、圧力によって氷、水、水蒸気と変化する。 物理化学は、そうした五感で感じられる現象を分子レベル から説明しようとする学問なのだ。  「構造」「物性」「反応」の3本柱で  物質の姿を明らかにする  現象を説明するためには、その現象を引き起こしている 物質について詳しく知る必要がある。そのためには「構造」 「物性」「反応」の各側面から探究することが不可欠で、こ れらの研究が物理化学の3本柱になっている。 ●構造の研究  物質の構造を知ることは、物理化学の基本だ。分子の構 造によって、物質の特徴や変化、他の物質との間の反応な どが決まるからだ。水分子の場合は、酸素原子と2つの水 素原子を頂点とする二等辺三角形の形をしていることが解 明されているが、その構造をとることで、似た構造の分子 よりも融点が高いなどの、化学物質としての水の特質が生 じている。  分子構造を明らかにするには、いくつかの方法がある。 1つは「分光法」と呼ばれるもので、高度な物理学を用い る。あらゆる物質は、その種類に応じて特定の波長の光(電 磁波)を吸収・放出したり、散乱したりしており、それら は分子のエネルギー準位(* 1)に応じた値として検出できる。 研究目的に応じた波長の光を照射すれば、対象物からの応 答がスペクトルの形で得られるため、対象とする分子がど んな原子で構成されていて、どんな三次元構造を持ってい るかについての情報を得ることができるのだ。  また「回折法」も用いられる。回折とは、波が障害物の 後ろへ回り込んで伝わっていく現象だ。X 線や電子線は波 としての性質を持っているため、測定しようとする物質に それらを照射すると、反対側に回折画像が得られる。その 画像を分析すれば、物質の結晶構造や分子構造を明らかに できる。照射する線の種類によって、電子回折、X線回折、 中性子回折などがある。  なお、最近では、コンピュータを活用した理論的なアプ ローチによる構造解析も進んでおり、実験によらない構造 研究の領域も重要になりつつある。

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64 Kawaijuku Guideline 2011.4·5 (*2)導電性プラスチック…白川英樹博士らによって発見されたポリアセチレンなどの電気を通す高分子化合物。2000 年にはこの功績でノーベル化学賞を受賞。 注目の 学部・学科

物理化学

●物性の研究  物質の物理的な性質のことを物性という。物性の研究で は、比熱や融点、沸点などの熱的な性質や、誘電率などの 電気的な性質、透磁率などの磁気的な性質などを、分子レ ベルで理解することを目的としている。例えば水は、同程 度の分子量の物質と比べて圧倒的に高い 100℃という沸点 を持つ。また、一般に固体の方が液体より密度が高くなる のに対して、水は固体である氷の方が密度が小さい(だか ら水に浮く)。水がこのように他とは大きく異なる物性を 示すのも、水分子が水素結合という独特な相互作用に従う からだ。このように、物性の研究は、構造の研究と密接に 結びついている。  物性の研究は応用分野につながりやすく、応用物理学と も近い。例えば電流の流れやすさである「電気伝導性」と いう物性は、電気を利用する設備のコストや性能に直接影 響する。電気伝導率が無限大すなわち電気抵抗がゼロに なった状態を超伝導と呼ぶが、比較的高温域で超伝導を示 す物質を発見または作り出すことができれば、送電線やリ ニアモーターなどに活用できる。また、電気を通す性質を 持った導電性プラスチック(* 2)などは、リチウムイオン電 池やタッチパネルなどの素材として盛んに開発・利用され ている。  他にも、光を当てると磁性が変化する物質の研究など、 物性の変化とその応用を見据えた研究が多い。 ●反応の研究  化学反応がどのように起こっているのか、実はまだ詳細 には分かっていない。例えば、2010 年のノーベル化学賞が、 パラジウム触媒を使った「クロスカップリング」と呼ばれ る技術の開発に貢献した2人の日本人研究者(根岸英一氏、 鈴木章氏)を含む3人に贈られたことは記憶に新しい。炭 素を含む異なる化合物を自在に結合させることが可能なこ の技術は、薬剤開発をはじめとして多くの産業分野で幅広 く利用されているが、なぜそうした反応が起きるのかは説 明できていないのだ。  「化学の世界では、原理はよく分からなくても経験的に 明らかになってきたことを積み重ねて結果を出してきた例 がたくさんあります。クロスカップリングもそうですし、 液晶もそうです。極端な言い方をすれば『結果オーライ』 の世界でもあるのです。それが悪いといっているのではあ りません。実際、世の中で利用されるのは結果の部分であ り、化学の重要な一面でもあります。しかし、原理が明ら かになれば、反応効率を高めたり、低コストで安全性の高 い製造方法を開発したり、新規化合物の創出につなげたり することが可能になります。ですから、経験的に分かって いる反応の仕組みを細部まで明確に説明することも、物理 化学の大きな仕事なのです」  生きた細胞の中での物質の挙動や  10-15秒レベルでの反応の詳細を研究  物理化学の研究は、全体の傾向として、水のような小さ な分子を対象にしたものから、巨大な分子を対象にしたも のへと発展し、現在は複雑系を構成する分子も対象になっ ている。  生命現象に取り組む研究は、そうした潮流の1つといえ る。濵口研究室では、生きた酵母細胞を対象として生命現 象を測定する研究を続けており、酵母細胞の分裂・死滅の プロセスに関わる分子の特定や、その反応機構の解明など で成果をあげている。  「従来も、生体から取り出した物質を化学的に調べる研 究は行われてきました。タンパク質の構造決定や、DNA の二重らせん構造の解明などはそうした研究成果といえま す。それが今では、生きた細胞の中における分子の構造や 物性、反応を解明しようという方向に進化してきています。 生体の場合の物性は、機能と言い換えることができるで

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(*3)ピコ秒やフェムト秒…時間の単位。10ー9をナノ秒、10ー12をピコ秒、10ー15をフェムト秒という。 しょう。個人的には、生命活動は化学反応そのものだと思っ ており、生体内部で化学反応がどんな役割をしているかを 解明することは、物理化学の最終目標の1つだと考えてい ます」  構造や反応の研究においては、「反応中間体」の研究も 注目されている。化学反応では、反応前の物質が反応中間 体と呼ばれる物質を経て、最終的に反応後の物質に変化す る。その反応中間体がどのようなものかを調べないと、反 応の全体像を捉えることができない。ただし、反応中間体 は不安定で、ピコ秒やフェムト秒(* 3)という非常に短い時 間単位でしか存在しない場合がほとんどだ。それを検出す るには、時間分解分光という特殊な物理学的な手法が必要 になる。例えば、5フェムト秒だけ光るストロボを使って 光を照射すると、分子はその光を吸収して反応を開始する。 そこに別のフェムト秒単位のパルス光を当てて中間体のス ペクトルを調べる「ポンプ-プローブ」という分析手法な どがそれにあたる。  「こうした超高速測定技術の原理は物理学者が発見しま したが、それを実際の研究に使えるようにするのは物理化 学者の役割です。ですから、物理化学の研究では、従来見 えなかったものを見るための装置の開発も非常に大きな比 重を占めています。観測装置の開発には数年かかることも 多く、装置開発に費やした試行錯誤が学位論文になること もあるほどです」  「イオン液体」も注目を集める研究テーマだ。イオン液 体とは、常温で液体というユニークな物性を備えた塩えんで、 高度な電子部品や特殊環境下での潤滑剤としての活用が期 待されている。通常、液体は分子が乱雑に集まって動いて いる状態だが、イオン液体は、一部に固体のようにきちん と配列された構造があるのではないかということが分かっ てきた。液体の本質という物理化学の根本概念に立ち戻る ような研究テーマとして、基礎から応用領域まで幅広い研 究が行われている。  物理化学を学ぶには物理学が重要で  さらに量子論・熱力学・統計力学の理解が不可欠  大学で物理化学を学べる学科は多い。理学部の化学系や 生物学系はもちろん、薬学部や工学部、農学部などでも物 理化学系の講座を開設している。いずれも化学の1分野と して扱われてはいるが、高校までの化学のイメージだけか ら選択すると戸惑うことになる。高校では物理、化学、生 物がそれぞれ別の科目として教えられており、大学でも入 口は分かれているが、高学年になり研究活動に携わるよう になると、これらの科目の壁は次第に低くなっていくから だ。大学院レベルの研究では、もはやその三者が融合して いるといってもいい。  「大学で化学に関わる領域を学ぶ際には、物理化学は必 須です。その物理化学を深く理解するには、高校の化学の 教科書に載っているような反応をたくさん覚えておくより は、むしろ物理の教科書をきちんと勉強する方が重要だと 考えています。生命科学に興味がある人も物理を学んでお いた方がいいでしょう。物理化学は生命現象の分子レベル での解明に向かっており、物理化学を出発点として生命科 学の領域で大きな成果が上げることが、今後は大いに期待 できるからです」  物理化学の世界は、量子論が出発点になる。物質の最小 単位である素粒子などの性質を説明する理論体系であり、 複数の原子で構成されている分子の構造や物性、反応を考 える際に不可欠なのだ。多数の粒子からなる系のエネル ギーの変化などの理論を扱う熱力学・統計力学の理解も必 須であり、多くの大学のカリキュラムに含まれている。  「物理化学を本格的に学んだ人は、五感で感じられる現 象の多くをその根本から理解し説明できるようになりま す。そのため、優秀な物理化学系の学生はどの企業でも大 歓迎のはずです。なぜなら、現代生活は化学の力で成り立っ ており、その化学の基本的な原理を理解していれば、問題 解決や改良、開発に大きな力を発揮できるからです。化学 関連メーカーだけでなく機械、電気、素材などに関わる多 くの企業が、優秀な物理化学者を必要としています。物質 の世界が根本から理解できる喜びに加え、そこで得られた 知識・技術の社会的な実用性という意味でも、物理化学は 魅力的な学問だと思います」

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66 Kawaijuku Guideline 2011.4·5 注目の 学部・学科学部・学科注目の

物理化学

物理化学

コラム

超高速分光

1000兆分の1秒のスケールで

物質の変化を捉える

—— 理化学研究所 基幹研究所 田原分子分光研究室

田原 太平  主任研究員

 物理化学の世界では化学反応の過程に注目が集まってお り、「反応の途中」の観測のために超高速測定技術の開発が 進められている。ここで重要になるのは、時間分解分光とい う手法である。このコラムでは、分光とは何か、どのように 構造・物性・反応の研究につながっているのか、理化学研究 所の田原太平先生に聞いた。    さまざまな周波数で物質の「色」を見る  ものを区別するとき、色は大きな判断材料になる。人間が 色を区別できるのは、物体から出る(あるいは反射する)光 を分解して認識できる能力があるからだ。人間が認識できる 光は、波長がおよそ400nm ~ 700nm程度の可視光と呼ばれ る電磁波だけだが、電磁波には可視光より波長の長い電波や 赤外線、可視光より波長の短い紫外線やX線、ガンマ線など 多くの種類がある。それらの全ての電磁波の「色」を観るこ とができれば、物質のことがもっとよく理解できるはずだ。  もちろん、可視光以外の電磁波は、実際には色としては認 識できない。しかし色が可視光領域の電磁波の周波数の違い であるように、可視光以外の電磁波の「色」も、それぞれの 電磁波領域における周波数の違いと捉えることができる。物 質はその構成元素の種類や結合の状態などによって、電磁波 に対する吸収の割合が変化する。そのため電磁波の周波数の 分布(スペクトル)、すなわち「色」の分布を測定することで、 物質の構造や動きなどが解明できる。実は、これが分光学の 基本的な考え方であり、さまざまな電磁波を使って物質の「色」 の変化を観ることで、物性や反応の実態に迫っていくのだ。  このように分光学は、電磁波の放出や吸収を測定する理論 や方法を提供する学問だが、とりわけ化学の世界では強力な 研究手法の1つとして認められている。田原太平主任研究員 は次のように語る。  「化学反応でどんなことが起こっているのかを知るために は、時間軸に沿って物質がどのように変化していくのか、正 確に把握することが重要です。物質の変化を『色』の変化と して捉える分光学は、そうした反応の過程の解明に非常に役 立っているのです」  反応を一斉にスタートさせて観察  一般に、化学反応の途中経過を測定することは難しい。例 えば溶液中の化学反応では、それぞれの分子の反応は非常に 短い時間でなされる上に、分子ごとにバラバラに起こる。す ると、溶液中のどの領域においても、ほとんどの分子は反応 前か反応後の状態にある<図1>。反応途中の分子があった としても、同時に反応している分子があることは稀なため、 得られる「色」のほとんどは反応前か反応後の分子の「色」 だからだ。そこで考え出されたのが「ポンプ-プローブ法」だ。 最初に強い光(ポンプ光)を照射してそのエネルギーで一斉 に反応を起こし、次にほんの少しだけ時間をおいて測定する 光(プローブ光)を当てて写真を撮る。すると、ほとんどの 分子が同じ時間軸で動くため、反応の途中の様子が撮影でき るという原理だ<図2>。実際には、吸収や散乱を受けたプ ローブ光のスペクトルを測定して、その時点における分子の 状態や構造を解明していくことになる。理論的には、写真を 撮る間隔を少しずつ変えて連続的に撮影すれば、全ての反応 過程が把握できるはずである。  「レーザー技術が進歩し、ピコ秒(10-12秒)やフェムト秒 (10-15秒)といった極めて短い時間だけ光る光のパルスを使っ た測定が可能になりました。フェムト秒の領域は、ちょうど 原子核が動く時間に相当するため、フェムト秒レーザーを使 えば、原子核の動きを観ることができます。化学反応は原子 核が組み変わることであり、原子核の動きを観ることができ れば、化学反応の理解が深まります」  <図 1 > ゴール スタート ほとんどの分子はスタートかゴールにいる! (提供:田原主任研究員)

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 例えば、7-アザインドール二量体という物質は、紫外線 が当たると隣り合った2つの分子の水素イオンが1つずつ移 動して構造が変化することが約40年前から知られていたが、 その反応過程はよく分かっておらず、水素イオンが1つずつ 移動するのか、2つ同時に移動するのか、大論争が起きていた。 ところが2007年に田原主任研究員は、フェムト秒のレーザー パルスを使った実験によって、この大論争に終止符を打った。 水素が1つだけ移動した中間状態がないことを示し、2つ同 時に移動していることを明らかにしたのだ。  「超高速分光は、化学反応の過程でできる中間反応体や原子 核の動きを解明するのに非常に強力な手法になっています。 これまでは主に比較的小さな分子で研究成果を積み重ねてき ましたが、そうした研究の積み重ねを、今、タンパク質の内 部の動きや反応などの解明にもつなげようとしているところ です」  巨大なエネルギーで起こる変化を観る  超高速分光に使われる短い時間しか光らない光のパルスに は、反応途中の分子の姿を捉えられる利点に加えて、極めて 強い光を物質に当てることができるという利点もある。フェ ムト秒レーザーは、平均1ワット程度の出力だが、それが1 フェムト秒に集中すれば、非常に強力な光になる。1フェム ト秒と1秒の関係は、1秒と 1000 兆秒の関係に等しく、 1000兆秒は数千万年の時間に相当する。チンパンジーとゴ リラが分岐する遙か以前の時代からずっと地球上に降り注い できた太陽の光を、1秒間に集めて照射すると考えれば、ど れだけ強い光になるか想像できよう。  田原研究室では近年、「非線形分光」という手法を改良。物 質に強力なレーザーを照射し、界面の分子からのみ発せられ る特別な信号をこれまでにないやり方で観測、界面上に存在 する分子の状態を解明することにも成功している。例えば、 水と空気の界面で、半分は水に溶けながら半分は空中に出て いるような分子の存在が裏付けられ、光の位相を検出するこ とによって界面上の分子の向きも分かるようになった<図3 。また、細胞膜の接する水の様子など、生体分子の界面の 状況も捉えることができた。  「非線形分光」による界面の研究自体は1980年代から行わ れていたが、それを大きく進歩させる方法を田原研究室が開 発したことで、これまで観ることのできなかった現象が観ら れるようになったのだ。  出発点は「物事の本質に迫りたい」  分光学によって、それまで観ることができなかった物質の 色を観ることが可能になり、さらに超高速分光によって瞬間 の世界を観ることができるようになったことで、化学反応の 過程が明らかになりつつある。このように、観測手法の開発 は物理化学に大きな発展をもたらした。しかし田原主任研究 員は、手法の開発自体は目的ではないという。  「確かに新しい手法によって新しい知見が得られますし、手 法の開発は物理化学者の得意とするところです。しかし、そ の出発点はあくまでも物事の本質に迫りたいという知的好奇 心です。例えば現在、分子1つを捉えて測定するような単分 子分光の研究手法の開発も進めていますが、それは光で励起 されない分子の反応や、生体分子の大きな揺らぎのような動 きなど、ポンプ-プローブ法では捉えられない分子の変化を 捉えたいと思っているからです。知りたいけれど知る方法が ない、それなら知る方法を考えようというという方向で研究 を進めてきたのです。『分からないことがあると燃える』―― 超高速分光などの手法開発の原点には、そうした精神が息づ いているのです」 <図 2 >

DARK

DARK

DARK

flash! flash!

RUN!

よーい、どん!

RUN!

よーい、どん! <図 3 >水と空気の界面における分子の状態 C-314 C-338 C-1 C-110 C-6H 64º 58º 52º 50º 49º 空気

S. SEN, S. YAMAGUCHI and T. TAHARA, "Different molecules experience different polarity at the air/water interface", Angew. Chem. Int. Ed., 48(35), 6439-6442 (2009).

(提供:田原主任研究員)

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68 Kawaijuku Guideline 2011.4·5

入試情報

 ここでは、物理化学を主に学べる理学部系統の化学系 の学科について、国公立大・私立大の入試の特徴を紹介 する。  志願倍率は国公立大で横ばい、私立大で上昇傾向  大学で物理化学を専門的に学べる学科は、理学部化学 科が中心である。そこで、ここでは理学部系統の化学を 学べる学科について見ていく。  河合塾による集計では、化学を学べる学科(専攻)は 国立大で 38 学科、公立大で5学科、私立大で 29 学科ある。  まずは、近年の入試状況について見ていこう。<表1 >は国公立大(前期日程)の化学分野の志願者数と倍率(志 願者/合格者)の推移である。志願者数は2千~2千百 人程度であり、倍率はここ3年ほど、横ばいになっている。  <表2>は私立大(一般方式+センター利用方式)の 延べ志願者数と倍率(志願者/合格者)の推移を示して いる。志願者数は増加傾向にある反面、合格者は絞り込 まれているため、志願倍率は上昇を続けている。  国公立大受験には5教科7科目がほぼ必須  次に国公立大の入試の特徴を見てみる。  国立大では、北海道大、東京大、東京工業大、名古屋大、 京都大、愛媛大、高知大の7大学が学部一括での募集を 行っている。ただし、北海道大と愛媛大は、後期日程は 学科ごとの募集である。その他の国立大はすべて学科(専 攻)単位での募集である。公立大は5大学中4大学が学 科での募集、高知工科大が一括の募集を行っている。  国公立大前期日程のセンター試験科目数を見ると、高 知工科大の B 方式(3教科3科目)を除き、すべて5教 科7科目を課している。科目ごとに見ると、数学Ⅱ・数 学Bの受験を指定する大学が約8割とほとんどを占めて いる。また、理科で化学を必須としている大学は埼玉大、 お茶の水女子大、新潟大、富山大、信州大、神戸大、島 根大、琉球大の8大学である。  後期日程でも、国立大は東京大(5教科6科目)、 山口大・高知大(4教科5科目)、広島大(3教科 5科目)、富山大(3教科4科目)、茨城大(3教 科3科目)を除き、すべての大学がセンター試験 で5教科7科目を課している。一方、公立大は首 都大学東京のみが5教科7科目である。  <表3>は2次試験の試験科目を集計したもの である。前期日程では【英・数・理2】の3教科 4科目を課す大学が最も多く、18 募集区分ある。 <表1>国公立大前期日程 化学分野志願者数推移 <表2>私立大 化学分野志願者数推移 <表3>国公立大前期日程の2次試験教科パターン 注目の 学部・学科

物理化学

教科数 2次試験教科パターン 募集区分 4教科 【英、数、国、理2】 4 3教科 【英、数、理2】 【英、数、理】 18 3 2教科 【数、理】 【数、理2】 (数、理2→2) 9 3 1 1教科 【理】 【数】 (数、理→1) 10 2 1 教科なし 総合問題 情報 1 1 合計 53 1,900 1,950 2,000 2,050 2,100 2,150 2,200 06 07 08 09 10 (人) (倍) 2.4 2.6 2.8 3.0 志願者数 倍率 (年度) 06 07 08 09 10 (人) (倍) 19,000 20,000 21,000 22,000 23,000 24,000 25,000 2.4 2.6 2.8 3.0 3.2 3.4 3.6 志願者数 倍率 (年度) (※ 河合塾調べ) (※ 河合塾調べ) (※ 河合塾調べ)

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また、東京大、名古屋大、京都大では最も 負担の重い【英・数・国・理2】を課して いる。理科の選択は化学を必須としている 場合が多いため、この系統の志望者には化 学の履修を勧めたい。数学は、富山大、鹿 児島大を除き、数学Ⅲ・数学 C までを課 している。  私立大の受験科目は  2~3科目が大半  最後に私立大の入試方式ごとの特徴につ いて見ていこう。  センター方式は学習院大、慶應義塾大、 早稲田大を除く大学で実施している。実施 している 69 募集区分の教科・科目数を見 ると、3教科3科目と2教科2科目で約半 数を占めている。3教科3科目は【英・数・理】、2教科 2科目は地歴・公民を除く各教科から2教科を選択する パターンが多い。国公立大と同じ7科目を課している大 学は、関西学院大と立命館大のみである。センター試験 と独自試験の両方を課す併用方式も、8大学が実施して いる。  <表4>は一般入試の教科パターン別の募集区分数を 集計した表である。これを見ると、3教科が 44 区分、2 教科が 30 区分で、大半を占めている。数学は数学Ⅲ・数 学Cを出題範囲とする大学が約 35%の 27 区分、数学Ⅱ・ 数学Bが約 33%の 25 区分など、大学によって異なるので、 数学の出題範囲も確認しておきたい。理科はほとんどの大 学でⅡまでが必要で、Ⅰ科目で受験できるのは城西大、明 星大の2大学だけとなっている。 化学科 難易度一覧(抜粋) 国公立大 私立大 <表4>私立大 一般方式教科パターン 一般方式 偏差値 化学系 70.0 東京(理科一類) 65.0 京都(理-理) 62.5 東京工業(第1類) 60.0 大阪(理-化学) 57.5 北海道(総合理系-化学重点) 東北(理-化学系) 千葉(理-化学) お茶の水女子(理-化学) 名古屋(理) 神戸(理-化学) 55.0 筑波(理工-化学) 横浜国立(理工-化学-化学・ 化学応用) 大阪市立(理-化学) 九州(理-化学) 52.5 首都大学東京(都市教養-理工 -化学) 金沢(理工-物質化学) 静岡(理-化学) 大阪府立(理-分子科学) 奈良女子(理-化学) 熊本(理-理) 50.0 山形(理-物質生命化学) 茨城(理-理-化学) 富山(理-化学) 信州(理-化学) 岡山(理-化学) 広島(理-化学) 徳島(総合科学-総合理数) 高知(理-(理科受験)) 47.5 茨城(理-理-学際理学) 新潟(理-化学) 山口(理-生物・化学) 愛媛(理-化学受験コース) 鹿児島(理-生命化学) 45.0 弘前(理工-物理科学) 弘前(理工-物質創成化学) 島根(総合理工-物質科学(化 学受験)) 高知工科(環境理工-A方式) 琉球(理-海洋自然科学(化学 系)) ランクなし 埼玉(理-基礎化学) 一般方式 偏差値 化学系 65.0 慶應義塾(理工-学門3) 早稲田(先進理工-化学・生命化学) 早稲田(先進理工-電気・情報生命工) 60.0 東京理科(理-化学B方式)東京理科(理-応用化学B方式) 57.5 日本女子(理-物質生物科学) 立教(理-化学個別日程) 立命館(生命科学-応用化学理系A 方式) 55.0 青山学院(理工-化学・生命科学A 方式) 学習院(理-化学) 法政(生命科学-環境応用化学A方式) 52.5 北里(理-化学) 法政(理工-創生科学A方式) 関西学院(理工-化学学部個別日程) 50.0 近畿(理工-理-化学前期A日程) 甲南(理工-機能分子化学A日程) 47.5 東邦(理-化学A日程) 日本(文理-化学A方式第1期) 福岡(理-化学前期) 45.0 東海(理-化学A方式) 福岡(理-ナノサイエンス(化学)前期) 42.5 神奈川(理-化学前期A方式) 40.0 東京理科(理(第二部)-化学B方式) 神奈川(理-総合理学プログラム前 期A方式) 37.5 城西(理-化学A日程) 明星(理工-総合-生命科学・化学A 方式) 倉敷芸術科学(生命科学-生命科 学前期A) 35.0 国士舘(理工-基礎理学前期) 国士舘(理工-フレキシブル前期) 明星(理工-フレキシブルA方式) 金沢工業(バイオ・化学-応用バイ オ前期) 金沢工業(バイオ・化学-応用化学 前期) 岡山理科(理-化学前期SA方式) 教科数 教科パターン 募集区分 3教科 【英、数、理】 (英、数、国、理、地公→3) 【英、数、理2】 【英】(数、国→1)(数、理→1) 【数】(英、数→1)(数、国、理→1) 【英、数】(数、理→1) 【英、理】(数、国→1) 【英】(数、国→1)(理、地公→1) 30 4 3 2 2 1 1 1 2教科 【英、数】 【英】(数、国→1) 【数】(英、数、理→1) 【理】(英、数→1) (英、数、国、理→2) (英、数、国、理2→2) 【数】(英、数→1) 【数】(英、理→1) 【英、理、小】 (英、数、理→2) 【英】(数、理→1) 【数、理】 4 4 4 4 3 3 2 2 1 1 1 1 1教科 【理】【理、調】 22 合計 78 ※国公立大は前期のみ  ※予想難易度は2010年11月現在 (※ 河合塾調べ)

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70 Kawaijuku Guideline 2011.4·5  生命現象の根幹であるタンパク質の  ダイナミクスを捉えることが必要  すべての生命体は DNA から出発しています。しかし DNA は生命そのものというわけではありません。生命は 外界から栄養を取り入れ、再合成して自らを維持しており、 そうした生命活動のほとんどはタンパク質の反応に支えら れています。タンパク質は DNA の情報を元に合成されて いますが、DNA は単なる設計図にすぎず、合成されたタ ンパク質はそれぞれ独自の化学反応を起こすことで、生命 活動に必要な特定の機能を発揮しています。つまり、生命 現象の根幹は、タンパク質の反応の連続だといえます。  この前提に立って、私たちはタンパク質の反応を物理化 学者の立場から研究しています。中でも大きな割合を占め ているのが、光受容タンパク質(* 1)を対象とした研究です。 生命体が光を感じるためにはそれに反応するタンパク質が 必要であるため、ほとんど全ての生命体は光受容体を備え ており、そこには光受容タンパク質が存在しています。動 物の目の中には視覚を司る光受容タンパク質があります し、植物では光受容タンパク質による情報が発端になって 成長や光合成が進行していきます。このように光受容タン パク質は生命にとって非常に重要なタンパク質なのです。  タンパク質などの生体分子の反応を明らかにするには大 きな困難が伴います。なぜなら、従来の研究手法では、タ ンパク質の反応の全容を捉え切れないからです。  物理化学にはさまざまな研究手法がありますが、代表的 なものは大きく2つあります。1つはエンタルピー(* 2)や エントロピー(* 3)などを測定する熱力学的な手法です。こ れは物理化学の出発点でもあり、分子の構造や物性、反応 を表す方法として早くから確立されてきました。もう1つ は、分光学(66 ページ参照)を用いる手法です。  小さな分子の場合は、分光学的な手法で反応の全体像を 把握することも可能ですが、巨大で複雑なタンパク質は反 応の過程で劇的な分子の組み替えが起こるため、タンパク 質反応の全容を捉えるには、時間分割的な熱力学量の測定 が不可欠です。ところが、熱力学的な手法では時間分割的 なダイナミクスは見えず、分光学では熱力学的な性質が見 えないため、うまく組み合わせることが必要になるのです。  光を使った温度検出や体積計測により  エネルギーや形状の時間的変化を観測する  物理化学の研究では、研究手法の開発は非常に重要です。 これまで見えなかったものを見えるようにすることで、多 くの知見が得られるからです。私たちは、タンパク質の全 体像を知るために、タンパク質の熱力学量を分光学的に観 測できる新しい研究手法を開発しました。  1つは、光を使った温度検出です。温度は熱力学量の決 定に不可欠ですが、従来は高性能な温度計でさえマイクロ 秒(10-6秒)単位での計測しかできず、反応が進むスピー ドに合った温度計測は不可能でした。そこで、屈折率を使っ た温度計測を考案しました。温度が上昇すると屈折率が変 化します。その屈折率変化を高感度に観測することで、ピ コ秒(10-12秒)単位の時間分解温度計測が可能になったの です。タンパク質に光が当たったことで起きるエネルギー 変化を、屈折率を通して、温度変化として捉えられるよう になったわけです。  もう1つは、光を使った体積検出です。体積は日常レベ ルの物質では明確に定義できますが、分子レベルになると

人間が合成した高分子には真似のできない

生体分子の反応や機能の解明に挑む

 物理化学は小さな分子から大きな分子へ、そして複雑系を構成する分子へと研究対象 を広げてきた。その研究領域を生体分子へと拡張し、生命現象を分子のレベルで明らか にしようとする研究領域が生物物理化学だ。生体分子の構造や機能を明らかにするため、 熱力学的な手法と分光法を融合させた新たな研究手法も開発されている。また、生体分 子の反応に「揺らぎ」の概念を導入する試みも始まっている。

京都大学 大学院理学研究科

寺嶋 正秀 教授

生物物理化学

注目の 学部・学科

物理化学

(*1)光受容タンパク質…外界からの光を刺激として受け取るタンパク質。 (*3)エントロピー…乱雑さの尺度。当初は熱力学における不可逆性を表現     する量だったが、現在では原子や分子の乱雑さを表す。 (*2) エンタルピー…熱含量ともいい、物質の熱の出入りや仕事に関係する物 理量。物質の温度が上がればエンタルピーが上昇し、外 部に仕事をすればエンタルピーは減少する。定圧下では、 ある系に出入りする熱量と等しい。

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それほど明確ではありません。例えば、溶媒分子を強く引 き付けるような分子構造を持った物質を溶媒に入れれば、 その溶液の体積が減ります(負の体積)。このように体積 は分子構造と密接に結びついているため、体積を計測する ことは、構造変化の検出につながります。この体積変化も、 屈折率を計測することで検出が可能です<図表1>。  こうして、屈折率を観測することで、光受容タンパク質 の反応時における温度変化と体積変化、すなわち、反応に 従ってエネルギーがどう変化していくのか、形状がどう変 化していくのかを、ピコ秒レベルで解明することが可能に なったのです。しかし、巨大で複雑な構造を持つタンパク 質分子の反応は、1つの手法だけで全容を解明できるわけ ではありません。現在では、いくつかの光受容タンパク質 に関しては、他の手法で得られた研究成果と合わせて、反 応過程が大まかに理解できるようになってきましたが、今 後もさらに詳細な分析が必要です。また、光に反応しない タンパク質についても、この手法を適用した研究を進めて います。  生体分子の「揺らぎ」に注目し  「鍵と鍵穴」を超える新モデルを提起  生体分子のダイナミックな反応では、「揺らぎ」も大きな テーマとして浮かび上がっています。ナノメートル(10-9m) 以下の生体分子は、体温環境下の溶液中で機能するため、 常に熱の揺らぎにさらされており、分子自体も常にランダム に揺れ動いています。この揺らぎの存在は以前から知られ ていましたが、生体分子の反応は揺らぎとは関係なく起こ るものだとされており、揺らぎは反応にとって邪魔なものだ と思われていました。ところが、生体分子の揺らぎを止め ると、ほとんど機能しなくなることが近年の多くの研究に よって明らかになってきました。つまり、揺らぎこそが生体 分子反応の本質であることが分かってきたのです。  生体分子の反応に関しては、酵素における「鍵と鍵穴」 の関係で説明されるモデルがよく知られています。ある酵 素の鍵穴に、構造的にぴったり合う鍵を持った物質だけが 反応するというモデルです。生体分子の反応を考える上で、 こうした構造は非常に重要な概念ですが、揺らぎの研究に よって、生体反応が構造だけに依存しないことも明らかに なってきています。  私たちは、医学や薬学などの他の分野の研究者とも連携 しながら、揺らぎの研究プロジェクトに取り組んでいます。 これは「揺らぎが機能を決める生体分子の科学」として文 部科学省の「新学術領域研究」にも採択されており、「揺 らぎを観る」「揺らぎを作る」「揺らぎと機能」の3つのテー マで研究を進めています<図表2>。私が研究班長を務め る「揺らぎを観る」では、主に揺らぎの検出方法の開発を 行うと同時に、生体分子における構造やエネルギーに関す る揺らぎの理論の解明を目指して研究を進めています。  プロジェクト全体では、細胞の老化と関係しているとさ れるテロメア(* 4)と揺らぎとの関係や、細胞膜の揺らぎを 利用して、がん細胞の自滅を誘導する研究なども行われて います。将来的には、揺らぎを制御することで、病気の治 療や新薬開発につなげたいと考えており、揺らぎの研究を 通して、鍵と鍵穴モデルに替わる新たな生体分子のモデル も提起できるのではないかと考えています。  生体分子は1万もの分子量を持つ高分子化合物です。し かし、人間が合成した高分子と決定的に違うところは、分 子のある部分の構造や形状などが、それだけできちんと目 的を持って機能するということです。これだけ科学技術が 進歩しても、まだ人間にはそういった高分子を作り出すこ とはできません。そこに生体分子を物理化学的に研究する 魅力があるのです。 <図表1>光を用いた体積変化の検出 (*4)テロメア…染色体の末端部分で、細胞分裂を繰り返すと短くなり、それが細胞老化や個体の老化と関わっているという。 <図表2>「揺らぎが機能を決める生体分子の科学」概要 (提供:寺嶋教授) (提供:寺嶋教授)

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72 Kawaijuku Guideline 2011.4·5 注目の 学部・学科

物理化学

 多彩な特性を持たせた分子設計が可能で  幅広い応用分野が期待されるイオン液体  イオン液体とは、常温域で液体として存在する「塩(え ん)」の総称です。塩は食塩 NaCl のように、陽イオンと 陰イオンが相互に電気的に引き合い、イオン結合によって 結びついた化合物です。そのため、イオン結合された分子 は、陽イオンと陰イオンが規則正しく並ぶ結晶構造を作り やすく、固体になりやすい傾向があります。ですから一般 的な塩は、常温で固体、すなわち融点が高いのです。これ に対して常温で液体のイオン液体は、融点が極めて低い塩 ということになります。  融点が低い理由の一つは、分子の大きさが他の塩の分子 に比べて大きいという、イオン液体の特異な分子構造にあ ります。塩は陽イオンと陰イオンが電気的な力で引き合っ てできているのですが、分子のサイズが大きいと、この力 が及びにくくなり、固体となりにくくなる、つまり融点が 低くなるのです。  イオン液体は他にも、蒸発しない、他の化合物との反応 性が低い(化学的に安定)、電気を通しやすいなどの独特 な物性を持っています。イオン液体の存在は以前から知ら れていましたが、応用面での研究はあまり進みませんでし た。ところが 1990 年代から分子設計の技術が発展し、陽 イオンと陰イオンを自在に組み合わせて、多様なイオン液 体が合成できるようになると、上記の特性を多くの産業分 野に応用しようと、急速に注目が集まるようになりました。  溶媒や電解質の材料としてだけでなく  潤滑油として利用する研究もスタート  イオン液体の応用研究は、溶媒として利用する方法の模 索から始まっています。有機合成では一般に有機溶剤が使 われていますが、合成の過程で化合物と反応して溶媒とし ての機能が低下してしまうために繰り返し使うことができ ず、環境への負荷も大きいことから、十分な廃棄処理を行 う必要があります。そこで、グリーンケミストリー(*1)の 観点から、化学的に安定な、つまり他の化合物との反応性 が低いイオン液体を溶媒として利用しようという考え方が 出てきました。  「化学的安定性」のほかにも、イオン液体の「蒸発しない」 という特性は、反応物との分離に極めて有利です。高温に 加熱しても溶媒だけが液体のまま残るため、蒸留法などに より、反応物だけを取り出すことができるからです。  また、電解質への利用を目指した研究も盛んです。イオ ン液体は電流を通すため、この中にさまざまな物質を加え れば電気化学反応を起こすことができます。しかも蒸発せ ず化学的に安定ですから、長期間使うことができます。そ のため、コンデンサやリチウムイオン電池、燃料電池など

真空でも蒸発しない「イオン液体」を

摩擦や摩耗を制御するトライボロジーに応用

 常温で液体状態のイオン液体は、その独特な物性が産業界の大きな期待を集めている。 他の物質との反応性が低いため、有機合成の際に合成させる物質を溶かす溶媒として使え る可能性があるほか、電流をよく通す性質から電解質としての利用も検討されている。また、 ほとんど蒸発しないため、最近では真空中や精密機器内部など極限環境における可動部分 の潤滑油としても最適だと考えられており、摩擦制御の観点からの研究も進められている。

岩手大学 工学部 応用化学・生命工学科

森 誠之 教授

(日本トライボロジー学会会長)

イオン液体

(*1)グリーンケミストリー…化学物質の製造から使用、廃棄、再利用まで通して、環境への負荷を小さくし、生態系への影響を極力少なくしようという考え方。 <図表1>イオン液体の特徴と潤滑油としての性能 イオン液体 蒸気圧が低い 熱容量が大きい 粘度が適度 溶解性 熱分解温度が高い     化学安定性が高い 潤滑油 真空用潤滑油 冷却効果 流体潤滑効果(くさび効果) 添加剤の溶媒 高温用潤滑油 過酷な条件での潤滑油 (提供:森教授)

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の素材として期待が集まっています。  最近ではトライボロジーへの応用研究も始まっていま す。トライボロジーは摩擦や摩耗に関する総合的な研究領 域であり、例えば機械の歯車や自動車の車軸など、接触部 分の現象について、さまざまな専門知識を用いて研究しま す。機械の接触部分に用いる潤滑油は、物体と物体の間に 入って油膜を作ることで、物体同士の摩擦や摩耗を減らす 役割があります。そのため、潤滑油はある程度の粘度を持 ち、その粘性が変化しないことが必要ですし、蒸発や化学 変化などによる損失も少ないことが求められます。こうし た条件に合う物質として、イオン液体が注目されています <図表1> 潤滑油に必要な性能を実現するため  イオン液体の分子構造や物性を研究  私たちの研究室では、イオン液体を潤滑油に応用する研 究を世界に先駆けて行ってきました。潤滑油にイオン液体 を用いる場合は、有機溶剤や電解質として利用する場合と は異なり、力学的な作用も考慮しなくてはなりません。  例えばボールベアリング(*2)の潤滑を考えてみましょう <図表2>。ボールベアリングが回ると、ボールがマイク ロリアクター(*3)として働き、ボールと内輪・外輪の接触 面で、さまざまな化学反応が起こります。物体の接点を覆 う油膜には1~3万気圧もの圧力がかかります。しかも 1000 分の1秒程度の短い時間で、大気圧(海面では 1 気圧) から1万気圧程度まで上昇し、また一気に大気圧まで戻り ます。摩擦面が動くことで、一瞬にして潤滑油の分子の結 合が切断(せん断)されてしまうことも起こります。同時に、 摩擦熱により、接触場は数百度の高温になります。すると、 次第に潤滑油としての性能が低下し、機械の故障につなが るのですが、イオン液体は、こうした高温で過酷な状況で も分子が壊れにくく、性質の異なる物質に変質することも あまりありません。それに加えて、粘度も適度に調整でき るため、イオン液体は潤滑油として適しているのです。  イオン液体は、国際宇宙ステーションで使われるロボッ トアームや、観測衛星の可動部品など、宇宙で活躍する機 械の潤滑油としての活用も期待されています。宇宙は真空 ですから、一般的な潤滑油では蒸発してしまいます。する と、機械そのものの機能が低下するだけでなく、蒸発した 潤滑油の粒子が光学系などに付着したりして、観測機器に 致命的な被害を与えることもあります。そのため、固体の 潤滑剤が用いられてきたのですが、潤滑剤が減少したり劣 化した場合、追加したり交換することが困難なため、宇宙 空間で用いることのできる液体の潤滑油が求められてきま した。そこで、蒸気圧が低く、真空中でもほとんど蒸発し ないイオン液体に注目が集まっているのです。  ほとんど蒸発しないという物性は、精密機械に用いる潤 滑油としても適しています。コンピュータなどのハード ディスク表面には約1nm の厚さで潤滑油が塗布されてお り、その用途にイオン液体を応用する研究も進めています。  このように、潤滑油といっても、さまざまな用途があり、 それぞれに適した性能が求められます。そこで私たちは、 どのような分子構造のイオン液体ならば、求められる潤滑 に適した性能を発揮できるのかなどを検討しています。潤 滑油はさまざまな添加物と組み合わせて用いられるため、 イオン液体と添加物の関係なども調べていますし、従来の 潤滑油の中にイオン液体を添加物のように加え、潤滑能力 を高める研究も進めています。  イオン液体以外にも、工学の発展につながることが期待 される物理化学的な研究課題はたくさんあります。化学は実 験を通して発見できる現象がたくさん残っており、説明のつ かない実験データが新発見につながった事例も枚挙にいと まがありません。諦めずに実験を続ける情熱を持った学生が、 多数この分野に挑戦してくれることを願っています。 (*2)ボールベアリング…回転する軸を支える機械部品で、内輪と外輪の間にボールを挟み、ボールの転がりを利用して摩擦を小さくしたもの。自転車の車輪を 支えている軸の部分などに使用されている。 <図表 2 >力学的エネルギーが関与する接触場の物理化学  潤滑油は、人工衛星などの大きなものからハードディスクといった小さなものま で、さまざまな機械に用いられている。これらにもイオン液体の潤滑油を活用でき ないか、検討中だ。 ハードディスク (提供:株式会社日立グローバル ストレージテクノロジーズ) 人工衛星 (JAXA デジタルアーカイブスより) (提供:森教授)

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74 Kawaijuku Guideline 2011.4·5 (*1)正孔…固体の結晶構造の中の電子が欠落した部分で、あたかも正の電荷を持った電子のようにふるまう。 (*2)ポリマー…小さな単位化合物の重合反応によって生成された、鎖状や網状になった化合物のこと。一般的に高分子の有機化合物。 (*3)半導体…導体と絶縁体の中間の電気伝導率をもつ物質。電圧をかけられたときに正孔の移動により電気が通る p 型と、電子の移動により電気が通る n 型を組み合わせ て利用される。  自然界の仕組みをそのまま利用しながら  便利な社会を求めていくことが重要に  私たちの研究室では物理化学を基礎として、エネルギー・ 環境に関わる研究を行っています。研究手法は多岐にわたり、 無機化学や有機化学、さらには分子生物学など異分野の知識 を積極的に導入していくことを心がけています。また、研究 のための研究ではなく、成果を社会に還元していくことを目 指しています。  私たちの研究成果のうち、酸化チタン(TiO2)の光触媒反 応を活用した環境浄化材料は、既に世の中で使われています。 酸化チタンに太陽光を当てると、表面の汚れを分解するだけ でなく、空気中の汚染物質を分解したり、殺菌作用まで出現 します。これは、太陽光に含まれる紫外線によって酸化チタ ンの電子が高いエネルギー状態に励起され、強い酸化力を持 つ正孔(*1)が生成され、汚染物質や細菌が酸化分解されるた めです。このような作用を示す物質は光触媒と呼ばれ、我々 は早くから研究を進めてきました。現在抗菌タイルや防汚建 材などとして世界中で広く使われています。  ここで重要なことは、酸化チタンは、地球上に豊富に存在 する物質で、光触媒反応も自然界の中で当たり前に生じてい ることです。20 世紀の科学は、地球上のさまざまな資源を 際限なく使えるという前提のもとに発達してきたように思え ますが、その結果、地球規模の環境・エネルギー問題が顕在 化しました。そこで、21 世紀の科学では、自然の仕組みを そのまま使いながら便利な社会を求めていくように考え方を 転換する必要も出てきたと考えています。  特に化石燃料に代わるエネルギー開発は切実な問題で、太 陽電池に大きな期待が集まっています。私たちの研究室では、 物理化学の知見をベースに、「有機ポリマー(* 2)太陽電池」 の研究を進めています。これは、溶媒に溶ける p 型半導体と n 型半導体(* 3)のポリマーを用いて、塗っただけで発電でき る太陽電池を目指すものです。壁に塗ることもできれば、屋 上にしか設置できない従来の太陽電池と比べて広い面積に使 えるでしょうし、古くなって発電効率が落ちたら塗り直せば よい、といった大きなメリットが期待できます。有機物から できているため環境負荷が小さいことも利点です。本格的な 実用化には乗り越えなければならない技術の壁も高いのです が、自然回帰型の科学技術として研究を進めています。  分子生物学の成果を応用した  人工光合成システムへの展開  分子生物学の進展により 21 世紀の生命科学は想像もつ かないような展開を見せています。これらをヒントに私た ちの研究室では生物の機能に注目して太陽エネルギーを獲 得するというテーマに取り組んでいます。  このテーマの一つとして「人工光合成」が話題になって います。植物の光合成のエネルギー変換効率は最大でも 5%程度ですが、太陽電池は最も一般的に使われている多 結晶シリコン型で 10%以上、最先端のものでは 40%に達 します。エネルギー変換効率から見れば、人類は光合成を はるかに上回る技術を手にしているのです。しかし、人工 のシステムと異なり、植物は光合成で得たエネルギーの一 部を自己の修復や増殖に使うことができ、放っておいても どんどん増えていくことができます。そしてこのことが光 合成の本質なのだと気づきました。  現在の科学技術では、太陽光から得たエネルギーを自己 に還元させ、成長していくような人工光合成システムを作

自然との調和を目指す21世紀型の科学

エネルギー・

環境化学

注目の 学部・学科

物理化学

 エネルギー問題は 21 世紀の最大の課題の1つであり、環境負荷の小さな自然エネルギー への期待は大きい。物理化学では光と物質の相互作用は重要なテーマであり、新しい太陽 エネルギー獲得法の開発も主要な研究対象になる。最近は、シリコンなどの無機物質だけ でなく、有機物質や生命体などを光エネルギー獲得物質として利用する研究が大きな脚光 を浴びている。

東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻

橋本 和仁 教授

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(*4)ATP…すべての生物に存在する化学物質で、アデニン、リボース、3分子のリン酸で構成されるアデノシン三リン酸のこと。生体内のエネルギー通貨の役割を果たす。 ることはできません。そこで、私たちは生物の機能をその まま使ったエネルギー変換システムを模索しています。人 類はアルコール発酵など、生きた有機体を使ったエネル ギー変換システムを長年使ってきましたが、生きたシステ ムを使って太陽光を電力などの人類の使いやすいエネル ギーに変換するという発想はこれまでほとんどありません でした。そのため、物理化学的に全く新しいアプローチを する必要があります。そこで我々が注目したのが、生きた 微生物の細胞外電子移動プロセスです。  光合成を行う植物や微生物を組み合わせ  自然システムの中からエネルギーを取り出す  人間と同じように多くの微生物も、食物(有機物)を摂 取することによりエネルギーを獲得し、運動したり増殖し たりしています。この過程ではさまざまな化学変化が起 こっていますが、その駆動力の基となっているのは有機物 中の電子が持つエネルギーです。そこで、生命活動を電子 エネルギーの面から捉えてみましょう。生体内では、有機 物を分解しながら電子エネルギーを低下させ、その反応と カップルさせることによってエネルギー通貨とでも呼ぶべ き物質 ATP(* 4)を合成しています。有機物が持っていた 電子は体内でエネルギーをどんどん下げ、最終的には呼吸 により酸素に渡されて水を生成します。この一連の過程を 代謝と呼びます。酸素に渡されたときの最終状態と、食物 として取り込まれた時点の電子のエネルギー差は約 1.3eV です。言い換えると、我々は生きるためにこれだけの電子 エネルギーを使っているのです。  ところが、酸素がほとんどない環境で生きる嫌気性の微 生物、例えばメタン発酵菌は、有機物を食物として生きて いますが、電子を最終的に二酸化炭素に渡します。この代 謝過程で得られるエネルギーはせいぜい 0.5eV 程度であ り、人間などの酸素を使って生きる生物と比べ、0.8eV ほ ど少ないエネルギーを獲得するだけで生命活動をしている とみなすことができます。このような嫌気性の微生物の中 には、二酸化炭素の代わりに電極に電子を放出するものが あります。このような微生物を活用して、電気エネルギー を得ようとするのが「微生物燃料電池」の発想です。通常 の燃料電池は、水素の電子を酸素に渡すことで最大 1.23eV のエネルギーを得ることができますが、微生物燃料電池も 理論的には 0.7 ~ 0.8eV 程度を取り出せる可能性があるの です。  エネルギーを太陽光から得ている光合成微生物を使えば、 「微生物太陽電池」の可能性も出てきます。自然界には電子 を外部電極に取り出せる光合成微生物はまだ知られていませ んが、最近私たちの研究室で、東京大学本郷キャンパス内の 三四郎池からサンプリングした水をそのまま光だけで培養し たところ、電流を取り出せる微生物集団ができることがわか りました。調べてみると、太陽光エネルギーを用いて有機 物を合成する光合成微生物と、その有機物をエサとして電 流を発することができる電流発生微生物が選択的に増殖し、 それらがお互いに助け合って生きていました<図表>。つ まり、微生物同士を組み合わせれば、太陽光から直接電気エ ネルギーを取り出すことができ、池全体を太陽電池にできる 可能性もあることがわかったのです。  また、水田全体を太陽電池にする「田んぼ発電」という 発想も出てきました。水田は水が張られており、土壌中の 酸素は欠乏しているため、二酸化炭素に電子を渡す嫌気性 の微生物が多く生息しています。そこで田んぼに電極を刺 して実験してみると、確かに電流が流れるのです。詳しく 解析してみると、稲は太陽光を受けると光合成により自分 自身が成長するだけでなく、根からも有機物を放出してお り、その有機物を栄養として微生物が電流を発生させてい ることが分かりました。田んぼ発電は、稲と微生物による ハイブリッド太陽電池ともいえます。  これらはいずれも自然のシステムに少し工夫を加えた自 然回帰型の科学といえます。エネルギー変換効率の高い微 生物を遺伝子工学的に作り出すこともできますが、これから の時代は、今以上に自然と調和するように科学の方向性を 変えていくべきではないかと考えています。そのような転換 点にある現在、さまざまな分野を自由に行き来できる物理化 学を学ぶことには大きな意義があると確信しています。

自然との調和を目指す21世紀型の科学

<図表>微生物の組み合わせによる発電のメカニズム (提供:橋本教授)

参照

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