はじめに 社交ダンス、フォークダンス、フラダンス、学校ダン スに代表される定型ダンスでは、主として 1950~60 年 代に運動強度の測定が盛んに行われた。自由に創作され るダンスとは違い、一定の時間と型、様式を有するダン スは比較検討の対象とされてきた。他の運動との強度比 較、作品間の比較、さらに、踊る主体の差による比較で あった。同一作品を踊っても、その測定対象が未経験者 か経験者かでは運動強度に差がみられ、経験者の運動強 度は未経験者よりも強いことが報告されてきた。1964 年に浅川によって酸素摂取量と RMR(relative metabolic rate:エネルギー代謝率)を指標に「基礎ステップ」で1)、 1997 年に佐藤によって心拍数を指標に「モダンダンス」 で2)、2002 年には小川によって% VO 2max(percent of
maximum oxygen uptake:最大酸素摂取量に対する百 分比)を指標として「フラダンス」で3)、それぞれ報告 された。 一方で、一般に一定負荷の運動においては習熟者ほど 動きが洗練し、余分な力がそぎ落とされて運動強度も下 がることが知られていることから47)、経験者の運動強 度が未経験者より強くなるとする「ダンス運動」の特殊 性が指摘された1, 2)。 各自が自由に歩行や走行を行った場合、エネルギー消 費量が最も少ない経済スピードを採用していることが知 られている。ダンスにおいても練習を積めば次第に効率 の良い運動強度の低い動きを獲得してゆくのではない か、と考えられる。 目的 本研究では、定型ダンスとして「学校ダンス」を採用 し、中高齢者を対象に心拍数を指標とした運動強度を測 定して、以下の 3 点から習熟段階と運動強度の関係を明 らかにすることが目的である。 Ⅰ 、同一作品を繰り返し踊った場合の、反復練習による 一過性の変化を検証する。 <同一測定日内の反復によってみられる一過性の変化> Ⅱ 、ダンス未経験者と経験者の運動強度に差が現れるか を検証する。 <未経験者と経験者の被検対象による差>
研究論文
定型ダンスの習熟度が運動強度に及ぼす影響
The Influences of Skill Level on Exercise Intensity in Fixed-Form Dances
永野 順子 * 安広 美智子 **
Junko Nagano and Michiko Yasuhiro要旨 「学校ダンス」を定型ダンスの対象として、ダンスの習熟度が運動強度(心拍数を指標として)に及ぼす影響 を検証することを目的とした。対象者は平均年齢 65.5 歳の中高年女性 14 名であった。ダンス作品は「フラワー ソング」、「ファウスト」、「荒城の月変奏曲」、「おぼろ月夜」で、運動強度の主たる測定対象は「フラワーソン グ」とした。週一回、90 分のダンス講習を計 12 週実施した。以下の 3 点から習熟度と運動強度の関係を検証し た。同一作品を繰り返し踊った場合の、反復練習による一過性の変化とダンス初心者と経験者の運動強度の差。 また、週に 1 回、継続的に踊った場合の心拍数の変化から、習熟段階による運動強度の変化をみた。結果として、 習熟の初期に同一のダンスを繰り返し踊った場合は、段階的に運動強度が強くなった。 定型ダンスの同一作品 を経験者は初心者より強い運動強度で踊る傾向が示された。ダンス動作の正確な理解と、その動きを再現する能 力が高いことが示唆された。習熟が進むにつれて週 1 回、3 か月程度でも運動強度は有意に低下する傾向を示し た。ダンスの運動強度は習熟に伴って弱くなり、運動遂行に必要なエネルギー消費量が少なくなることが示唆さ れた。
Ⅲ 、週に 1 回ずつ継続的に 12 回踊った場合の心拍数の 変化を測定し、運動強度が習熟段階によってどのよう に変わるか、習熟と運動強度の一般的な傾向が「ダン ス」にもみられるかを検証する。 <同一対象者の 12 週間(週 1 回)の継続による変化> 対象と方法 対象者は平均年齢 65.5 ± 10.9(56 ~80)歳、体重 55.3 ± 5.7kg、身長 157.6 ± 5.9cm、BMI 22.3 ± 2.7 の中 高年女性 14 名であった。心拍数は POLAR 社製 RS400 によってモニターした。 測定は週 1 回 90 分間の「学校ダンス」の集団指導を 計 12 週実施した。90 分間のプログラムは ウォームアッ プ→ステップ練習→主運動(学校ダンス)の順とした。 ウォームアップの内容は座位でのストレッチまたはヨ ガのコンディショニングを採用した。いずれも 15 分前 後であった。 ステップ練習は音に合わせながら、列に連なって次々 にステップを踏んだ。ステップ内容はウォーキングス テップ、ツーステップ、ワルツステップ、ポルカステッ プ、ギャロップ等であった。時間は 10 分前後であった。 主運動のダンス作品は「フラワーソング」、「おぼろ月 夜」、「荒城の月変奏曲」、「ファウスト」を動きを習得し ながら順次加えていった。主運動の特徴を表1に示した。 先行研究で、約 30 秒間隔で連続的にフォークダンス を踊った場合、心拍数が蓄積的に増加することが知られ ているため 18)、プログラム構成は、全体的に間欠的な 運動にするよう、心拍数が回復してから次に移るように 組んだ。習熟度判定の主たる対象は「フラワーソング」 とし、全 12 回で継続的に測定した。 結果と考察 第 1 週と第 2 週は「フラワーソング」の動きを学習す るために部分練習の後、3 回以上繰り返し踊り、初心者 も動作を覚えられるよう指導した。講習全体の構成をモ ニターするためにダンス指導者 A(41 歳)の第 2 週の心 拍数の経時変化を示した(図 1)。 第 2 週は「おぼろ月夜」を習得するために、部分練習 を行った後に全体を 2 回踊った。運動強度が低く、時間 も短い作品であった。「フラワーソング」は第 1 週に続 き 3 回練習したが、1 回終了するごとに心拍数はほぼ回 復していた。 結果Ⅰ:反復練習 第 1 週と第 2 週における各パートの平均心拍数を図 2 に示した。「ステップ練習」の運動強度は強かったが、 表1 : 主運動に採用したダンス作品の特徴 作品 時間 拍子 主なステップ、 ターン フラワーソング 4′47″ 6/8 3拍子のバランス S. ワルツ S. リープターン おぼろ月夜 1′40″ 3/4 ウォーキング S. 荒城の月変奏曲 3′48″ 4/4 ウォーキング S. フォロー S. ポルカ S. ファウスト 3’ 30″ 3/4 3拍子のバランス S. ツー S. ホップ S. クロスオーバーターン
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40
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70
HR(bpm)
(min.)
rest w.―up
Step
プログラムは全体的に漸増負荷となった。後半 3 回の 「フラワーソング」(FS)の平均値は徐々に数値が上昇 城 1,2)、「ファウスト」(Faust 1,2) が主運動に加 わったが、この 2 週で、経験者である被検者 B の心拍数 の値と他の被検者の平均± SD を比較すると図 3 となっ た。 被検者 B と平均値の安静時の心拍数はいずれの週も同 程度であった。また、被検者 B は第 9 週の stepを除けば プログラムの後半まで平均とほぼ同様の強度で踊ってい たが、主運動に入り被検者 B が熟知していて、他の被検 者がほとんど未経験の「荒城の月変奏曲」、「ファウス ト」では平均以上の強度で踊る傾向がみられた。 第 9 週の「荒城の月変奏曲」の 1 回目(荒城 1)以外 は、被検者 B の値は平均の SD の外にプロットされ た。被検者 B は常に 100 拍以上で踊っていたが、平均 値が 100 拍を超えたのは(Faust 2)のみであった。 また、これらの傾向は 2007 年に我々が報告した結果 (図 4)でもみられており4, 5)、他の運動(2 種の体操運 動)における心拍数レベルは同程度であったが、「フラ ワーソング」を反復して踊った場合は段階的に強度が増 40 60 80 100 120 140
rest w-up step FS FS 1 FS 2 FS 3 HR(bpm) 40 60 80 100 120 140
rest w-up step 朧月夜 FS 1 FS 2 FS 3 HR(bpm) 図 2 : 第 1 週と第 2 週の各パートにおける心拍数の平均 図 3 : 第 9 週と第 10 週の各パートにおける心拍数の平均± SD と被検者 B の値 第 1 週 したが、いずれの週でも一元配置分散分析の結果、統計 的に有意な一定の傾向は示さなかった。 同一のダンスを繰り返し踊った場合の心拍数の平均値 がやや増加傾向を示すのは、練習段階がすすみ、ダンス の「振り」を覚えることによって、細部までより正確に 踊れるようになり、運動強度が上昇した結果だと考えら れる。 この傾向は作品「荒城の月変奏曲」(第 9 週)でも作 品「ファウスト」(第 10 週)でも同様であったが統計的 に有意な一定の傾向はみられなかった(図 3 参照)。 結果Ⅱ:未経験者と経験者 本研究で採用した「学校ダンス」はほとんどの被検者 にとって初めて踊る作品であったが、被検者 B につい てはすでにこれらを経験し、動作の細部を習得してい た。実験の後半、第 9、10 週で「荒城の月変奏曲」(荒 第 9 週 第 2 週 第 10 週 40 60 80 100 120
rest w-up step 朧月夜 FS 荒城1 荒城2
HR(bpm) 平均 Subj.B 40 60 80 100 120 140
rest w-up step 朧月夜 FS 荒城 Faust1Faust2
HR(bpm) 平均
し、経験者の方が強度が高くなる傾向がみられた3)。経 験者ではダンスの正確な動きの理解とその動作を再現す る能力が高いからではないかと考えられる。 経験者の運動強度が未経験者より強くなることは 2002 年に「フラダンス」 において報告されており3)、 それ以前では 1997 年に佐藤によって「モダンダンス」 で2)、また 1964 年に浅川によって「基礎ステップ」で も同様の傾向が報告されている1)。 その理由について佐藤は「スポーツにおいて一定負荷 の運動を行った時、トレーニングを積んだものの方が心 拍数が少ないということは一般的にいわれていることで ある。しかしモダンダンスにおいて、…熟練者は未経験 者と比べ作品中の振りにジャンプや旋廻、素早い動きな どを多く盛り込み、身体を極限まで多様に動かすことが 可能であるため、運動量が初・中級者よりも高いのであ ろうと考えられる」と述べている。 同様に浅川は「酸素摂取量、換言すればエネルギー消 費量は…身体の大きなものの方が大きな値を示すのが普 通であるが…比較的技巧を必要とする種目では、身体の 大小よりも、経験年数も多く技術的に上手なものの方が 大なる消費量を示している。」 と述べている。 続いて 「修練度が増すと、身体的表現も大きくなり、動作も活 発になることが運動強度を増大する大きな要因となり、 これがダンスに見られた注目すべき特殊性といえよう。」 と考察している。更にその特殊性を「一般の労働作業で は、熟練者程エネルギー消費が少なく、従って R.M.R. の値も小さくなり、ある程度の習熟度で殆んど一定した 数値に到達するのが普通である。」と一般の運動動作と 対比して説明している。 結果Ⅲ:継続変化と習熟段階 継続的に練習を重ね、習熟が進んだ状態で運動強度は どう変化するかをみるために、「フラワーソング」に焦 点を当てて、全 12 週の心拍数の測定値をプロットした。 個別の典型例をみると図 5 となった。第 1,2 週の値 は 3 回測定の 2 回目を採用した。全体的に心拍数の減少 傾向がみられるが、12 週を通して 90 拍から 125 拍の間 で推移し、中等度運動であることが示された。 各週における全被験者の平均値をプロットすると。そ の傾向は図 6 となり、練習週を独立変数とし、心拍数の平 均値を従属変数として相関係数を求めると、r=-0.6148 で、5%危険率で有意な負の相関がみられた。初回の心 拍数は 118.4 ± 12.5 であり、12 週目は 106.6 ± 12.2 であっ た。 週 1 回、3 か月の練習であっても、練習回を重ねるに したがって運動強度(HR)は有意に低下する傾向が示 された。「ダンス運動」においても他の運動種目と同様、 習熟することによって動きが洗練され、不必要な力がそ がれて、低い運動強度、すなわち少ないエネルギー消費 量で運動を遂行することが可能となることが示唆された。 まとめ 1 、習熟の初期に同一のダンスを繰り返し踊った場合 は、段階的に運動強度が強くなる傾向がみられた。 2 、定型ダンスの同一作品を経験者は未経験者より強い 運動強度で踊る傾向が示された。ダンス動作の正確な 理解と、その動きを再現する能力が高いことが考えら れた。 3 、習熟が進むにつれて週 1 回、3 か月程度でも運動強 図 4 : 「学校ダンス」 の心拍数の平均 (文献 3 より引用改変)
40
60
80
100
120
140
160
安静
体操 1 体操 2
F.S 1
F.S 2
HR(bpm)
経験者
初心者
60
70
80
90
100
110
120
0
5
10
15
HR
(週)
60
70
80
90
100
110
120
0
5
10
15
HR
(週)
60
70
80
90
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110
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0
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HR
(週)
60
70
80
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0
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HR
(週)
度は有意に低下する傾向を示した。ダンスの運動強度 は習熟に伴って弱くなり、一般的な運動種目と同様、 習熟によって運動遂行に必要なエネルギー消費量は少 なくなることが示唆された。 本研究は JSPS の科研費 24500712 の助成を受けたものです。 図 5 : 継続測定の傾向の例 (被験者別)y = -0.8622x + 114.02
60
70
80
90
100
110
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130
0
2
4
6
8
10
12
14
HR (bpm)
(週)
平均心拍数
図 6 : 継続測定の傾向の例 (被験者別)参考文献 1) 浅川祐公:体育ダンスのエネルギー代謝に関する研究;体 力科学 13(4) 1964 210-214 2) 佐藤みどり:モダンダンスの心拍数:体育の科学 47 1997 629-634 3) 小川貴:中高年女性の HULA dance について:日本橋学 館大学紀要 1 2002 3-15 4) 永野順子他 3 名:「学校ダンス」の運動強度と運動効果: 比較舞踊学会第 18 回大会 2007 26-27 5) 永野順子他 3 名:中高年女性におけるスロー系ダンスの効 果:科学研究費補助金成果報告書 2009
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