道路ネットワーク空間における空間相関分析
内藤 智之・大佛 俊泰
Spatial Correlation Analysis for Road Network Space
Tomoyuki NAITO, Toshihiro OSARAGI
Keywords : 空間相関分析法 (spatial correlation analysis),
ネットワーク距離 (network distance),空間相関関数 (spatial correlation function)
1.はじめに
都市・地域計画においては,現状の都市や地域 の状態を把握することは欠かせない.空間的に分 布している様々な特性を定量的に把握する方法 のひとつとして「空間相関分析法」が提案されて いる ( 青木,1986).本研究では二次元連続空間 ( ユークリッド距離 ) で定義されている従来の空 間相関分析法をネットワーク空間に適用するため の方法について検討し,分析対象や目的に応じた 計算方法のバリエーションについて提案する.ま た,ユークリッド距離を用いて分析した場合と ネットワーク距離を用いて分析した場合の空間相 関の違いについて分析事例をもとに検証する.更 に,様々な計算方法のバリエーションもとで行っ た分析結果について考察を試みる.
2.ネットワーク空間相関分析
都市空間内に分布している住宅や商業施設と いった建築物は必ず道路に接して立地しており,
我々は道路ネットワーク上を移動してこれらの建 築物にアクセスしている.すなわち,様々な都市 活動の空間分布について,より精緻に分析するた めには,都市空間内の距離はユークリッド距離よ りもネットワーク距離を用いて定義した方が好ま しいと考えられる ( 奥貫ほか,2005).そこで,ネッ トワーク空間上で空間相関分析を行う方法につい て検討した.
ネットワーク空間相関分析の具体的な計算手順 の一例を図1に示してある.まず (0) 分析対象施 設 i の建物データをポイントデータに変換し,(1) 全てのポイントを最近隣ネットワーク上に移動さ せる.次に (2) ネットワーク上にランダムにポイ ント p (p=1,.,m) を発生させる.(3) 各点 p から空
間ラグ τq (q=0,.,n) をもつバッファを順次発生さ
せる.(4) ポイント p を基点とする各バッファ内 Abstract : The spatial correlation analysis was proposed in order to analyze urban activities
quantitatively. This paper attempts to implement the method based on the Euclidiean distance in bi-dimentional space into the road-network distance. We propose a method for applying the spatial correlation analysis to road-network space and discuss the details of computation process. As the numerical examples using actual GIS data, the results of the comparison between the Euclidean distance and the network distance is shown. Also, we present case studies using the variety of computation methods.
内藤:〒 152-8552 東京都目黒区大岡山 2-12-1
東京工業大学大学院 情報理工学研究科 情報環境学専攻 大佛研究室
E-mail: naitou.t.aa@m.titech.ac.jp
に含まれる集計量 Xip(τq ) とネットワークの総長 Lp(τq) を 求 め る. さ ら に (5) Xip(τq)- Xip(τq-1) の 値 を Lp(τq)-Lp(τq-1) の 値 で 除 し, ネ ッ ト ワ ー ク 長 さ あ た り の 量 xip(τ q) を 求 め る.(6) 空 間 的 自 己 相 関 関 数 の 値
Rii(τq) は,ランダムポイント p 毎に得られる空
間変量 xip(τ0) と xip(τq) の相関係数として求める
ことができる.また,対象施設 j についても同様
に変量 xjp(τq) を構成し, xip(τ0) との相関係数を
求めると空間的相互相関関数の値 Rij(τq) となる.
3.計算方法のバリエーション
以上の方法は空間距離をもとにバッファを発生 させ,施設数を集計し,バッファ内のネットワー クの総長で集計した空間変量を基準化する方法で あるが,分析対象や目的に応じて以下に示す計算 方法を用いることも可能である.
3.1. バッファの設定方法について 空間変量を集計する際のバッファについては,
空間距離の他に時間距離に基づく方法が考えられ る.前者は道路上のネットワーク距離をもとに一 定の距離間隔でバッファを順次発生させていく方 法であるのに対し,後者は一定の時間間隔内での 移動距離をもとにバッファを発生させる方法であ る.自動車の利用等を想定した時間距離をもとに 分析したい場合には,後者に基づく方がよい.
3.2.空間変量の集計方法について
各バッファに含まれる施設の空間変量を集計す る際は,単に施設の数を集計する方法の他に,対 象施設の床面積等の連続量を集計する方法が考 えられる.施設の規模まで含めた分析を行う際に は,連続量を用いればよい.
3.3.基準化の方法について
バッファ毎に集計した空間変量は,集計ポイン ト p ごとにバッファの大きさがそれぞれ異なるた め,バッファが受け持つ領域の大きさで基準化す る必要が生じる.基準化の方法はバッファのネッ トワーク長で基準化する方法の他に,バッファが 受け持つエリアの面積で基準化する方法が考えら れる ( 図 2).バッファがもつネットワーク長で基
τq
j 施設
i 施設 ポイントp
図 1 ネットワーク空間相関分析の手順
⑤ '-1 ユークリッド距離に基づ いて分析する場合にはランダ ムポイントを基点とする同心 円のバッファを発生させる。
① 対象施設i( ○ ),j( □ ) のポ イントデータを最近隣のネッ トワークに移動させる。
② 対象ネットワーク上にラン ダムポイントp(p=1,.,m)( △ ) を発生させる。
⑤ -1 ②で発生させたランダム ポイントpの 1 つを選び、そ の点を基点とした、ネットワ ーク距離に基づくバッファを m 間隔で発生
l
させる。j 施設 施設i
⑤ '-2 ユークリッド距離に基づ いて分析する場合も同様に、
バッファ毎に , 及び を集計する。
( )
τqXip Xjp
( )
τq( )
p q
L τ
ランダムポイント3 2 5 4
6
7 p=1
τq
j 施設
i ポイントp 施設
1 2l
τ=
0=l
τ ポイントp τ2=3l
ポイントp
1 2l
τ=
0=l
τ τ2=3l
対象施設i,jの建物データを ポイントデータに変換する。
0
⑤ -2 各バッファに含まれる 施設ポイント数 及び総ネットワーク長 を集計する。 Lp
( )
τq( )
τqXip ,Xjp
( )
τqSTART
⑤ から距離 m のバッ ファ を発生、 バッファ内の施設 の個数 及び総ネットワーク
長 を取得
③
p
から距離 m の バッファ を発生、 バッファ内の施設
i,j
のポイント数X
ip,X
jp及 び総ネットワーク長L
p( )を取得⑦ 空間相関関数の算出
( ) ( ( ) ( ) ) ( ( ) ( ) )
( ) ( )
( ) ( ( ) ( ) )
0 0
2
0 0
ip i jp q j q
ij q p
ip i jp q j q
p p
x x x x
R
x x x x
=
τ
τ τ τ
τ τ τ
τ τ
∑ ∑
∑ ( )
jp q
X τ
② ネットワーク上に 個のラン ダムポイント
p(p
=1,
.,m)
を発生τ0
m
1 q q= +
q n= p m=
τq j
q=0
q n=
1 q q= +
NO
NO NO
YES
YES YES
① ポイントデータの位置を 最近隣ネットワーク上に移動
④ での空間変量を基準化 ,
⑥ 空間変量を基準化
END
p
=1τ0
τ0
τ
q=
1 p( )
p q
L τ
1 p p= +
( )
jp q
X τ Xjp
( )
τq−1 −1( )
jp q
x τ=
(
−)
/(
Lp( )
τq −Lpτ( )
q)
2
( )
0 /( )
0ip ip p
x =X L τ xjp
( )
τ0 =Xjp/Lp( )
τ0l
l q × + ( 1)
対象施設 及び の建物データ をポイントデータに変換i j 0図 2 面積での基準化
建築物を最近隣のネットワーク 上に移動させる作業は,各ネッ トワークから等距離の地点で領 域を分割し,分割領域内にある 施設を空間変量として扱うこと と等価である。
バッファが受け持つ分割領域の面 積は「バッファから到達すること のできる領域の面積」という意味 を有している。バッファ上の空間 変量を斜線の領域の面積で除すこ とで面積での基準化を行う。
j 施設 施設i
分割線
ポイントp バッファが受け持つ
分割領域
バッファ j 施設 施設i
準化する場合,施設の分布が全く同じ場合であっ ても,道路密度が異なると基準化した空間変量の 値は変動してしまう ( 図 3).一方,面積で基準 化する場合は道路の密度にかかわらず空間変量の 値は変化しない.そのため道路の粗密による影響 が小さく,異なる密度を持つ道路ネットワークの データ間で分析する場合には面積で基準化した方 がよい.ただし場合によっては,畑や空地などの 面積を差し引いた実面積を利用する必要がある.
3.4.道路が持つ属性を区別した分析について 空間変量を集計する際,道路幅員や用途地域と いった道路が持つ属性ごとに区別して値を集計す れば,異なる属性間での分析を行うことが可能で ある.施設の立地傾向が道路が持つ属性によって 影響を受けている場合にはこの方法を用いればよ い.
4.ユークリッド距離とネットワーク距離の比較 ネットワーク空間相関とユークリッド空間相関 の比較を行った.三軒茶屋を中心とする地域 ( 図 4) を分析対象地域として商業施設と事務所の空 間的相互相関関数 ( 図 6-1) を求めた.ユークリッ ド距離を用いた場合には,空間ラグの小さい範囲 での相互相関の値は高いが,400m 付近で急激に 減衰している.これに対し,ネットワーク距離を 用いた場合は距離減衰が小さいことがわかる.二 次元連続空間では隣接する施設間も,ネットワー ク空間では迂回してアクセスする必要があるた め,このような差異が生じたと考えられる.
次に,主要幹線道路を基盤として施設が立地し ている有楽町を中心とする地域 ( 図 5) について 分析を試みた.幅員が 8m 以上の道路から 100m 以内にある住宅施設の割合を調べると 89.8% と 高く,この地域では住宅は主要幹線道路を基盤 として立地していることがわかった.そこで,幅 員 8m 以上の道路ネットワークを用いて,住宅の 自己相関関数を求めた ( 図 6-2).ネットワーク距 離を用いた場合は 1600m 付近まで空間的自己相 関の値は高く,それよりも遠くになると急激に減 衰している.すなわちこの地域では住宅地が面的
に分布していることを示している.これに対し,
ユークリッド距離を用いた場合には約 1km 付近 から自己相関の減衰の程度が著しく,ネットワー ク距離に基づく結果との違いが現れている.
図 6 ネットワーク距離とユークリッド距離の比較 図 5 対象地域 2( 有楽町周辺 )
図 4 対象地域 1( 三軒茶屋周辺 )
図 3 道路密度の違いによる空間変量の変動
同じ施設分布であっても,道路密度が疎な場合はネットワーク長で基 準化した空間変量の値は大きくなり,密な場合は小さくなる。
施設 施設
三軒茶屋
環七
246
新橋 有楽町
山手線
↑皇居
図 6-2 住宅施設自己相関 0 800 1600 2400 3000 -0.4
-0.2 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
0.6
空間的自己相関関数
空間ラグ (m) ネットワーク ユークリッド
図 6-1 商業施設と事務所の相互相関
空間的相互相関関数
空間ラグ (m) -0.4
-0.2 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
0 400 800 1200 1500 ネットワーク ユークリッド 三軒茶屋
有楽町
商業施設 事務所
N
0 400(m)
事務所 住宅
N
0 600(m)
5.計算方法の比較
三軒茶屋周辺 ( 図 4) を分析対象地域として,
施設の集計方法別に空間的自己相関関数を求めた ( 図 7).住宅施設についてみると,施設数を集計 した場合の方が床面積を集計した場合と比較して 空間ラグ 500m までの空間的自己相関の値が大 きくなった ( 図 7-1).これに対し,商業施設につ いては空間ラグが小さい範囲では床面積を集計し た場合の方が値は大きくなった ( 図 7-2).住宅は 主要幹線道路沿いに建つ大規模集合住宅と細街路 に密集する戸建住宅が入り組んで立地しているた め,床面積で集計した場合では連担性が小さい結 果となった.一方,商業施設は同規模の施設が連 続する傾向にあるため,床面積で集計した場合に 連担性が高くなったと考えられる.
また,有楽町を中心とする地域 ( 図 5) を対象に,
自動車利用者を想定して時間距離に基づいて事務 所建築物と住宅施設の相互相関関数を求めた ( 図 8-2).自動車の走行速度は図 8-1 のように定めた.
空間距離に基づいた分析結果からは事務所と住 宅は約 2km の空間的なラグをもって立地してい ることが伺えるが,自動車利用者の観点からみる と,約 4 分と約 6 分の二つの時間的なラグをもっ てこれらの施設が立地していることがわかる.
最後に有楽町周辺の地域について幅員 8m 以 上と 8m 以下の道路を区別して集計を行い,分析 結果を図 9 に示した.まず,事務所建築物の空 間的自己相関についてみると幅員 8m 以下の道路 を基準として幅員 8m 以下の道路をみた場合 ( 以 下,「8m 以下⇒以下」のように表す ) の空間的自 己相関の値が 1km 付近まで高い値となっており,
事務所がこの地域では幅員の狭い道路に沿って連 担していることがわかる ( 図 9-1).次に事務所建 築物と住宅施設の空間的相互相関をみると,「8m 以下⇒以下」および「8m 以下⇒以上」の場合の 値が 2km 付近で高い ( 図 9-2).幅員 8m 以下の 道路に立地した事務所建築物と幅員に関係なく 立地する住宅が 2km の空間ラグをもって立地す る傾向にあることが,幅員を考慮しない場合 ( 図 8-2) よりも一層鮮明になった.
参考文献
青木義次 (1986) メッシュデータ解析の一方法としての空間相 関分析法の提案―その1 メッシュデータ解析の問題点と空 間相関分析法の理論.「日本建築学会計画系論文報告集」 ,368,
119-125.
奥貫圭一・塩出志乃・岡部篤行・岡野京子・金子忠明 (2005) ネッ トワーク上の空間分析のためのソフトウェア SANET 第3版の開 発. 「地理情報システム学会講演論文集」 ,14,337-340 内藤智之・大佛俊泰 (2008) ネットワーク距離に基づく空間相 関分析.日本建築学会大会学術講演梗概集 (F-1),939-940
謝辞
本研究では GIS 上のいくつかの作業について空間情報科学センターに
より開発されたネットワーク空間分析ソフトウェア SANET を利用した。記して謝意といたします。
6.まとめ
本研究ではユークリッド空間で定義された従来 の空間相関分析をネットワーク空間に適用する方 法を考案し,その有効性について検討した.また,
都市施設の空間分布に関するデータを用いて,ネ ットワーク空間相関分析法を用いた分析事例を示 した.
図 7 自己相関関数の比較 ( 三軒茶屋周辺 )
空間的自己相関関数
図 7-2 商業施設自己相関 空間ラグ (m) -0.4
-0.2 0 0.2 0.4 0.6 0.8
1 施設数
床面積
0 400 800 1200 1500
空間的自己相関関数
図 7-1 住宅施設自己相関 空間ラグ (m) -0.4
-0.2 0 0.2 0.4 0.6 0.8
1 施設数
床面積
0 400 800 1200 1500
図 8 時間距離の比較 ( 有楽町周辺 )
-0.4 -0.2 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
0.6
空間的自己相関関数
図 9-1 事務所建築物自己相関 空間ラグ (m) 0 800 1600 2400 3000
幅員 8m 以上⇒以上
幅員 8m 以下⇒以上 幅員 8m 以上⇒以下 幅員 8m 以下⇒以下
図 9-2 事務所と住宅の相互相関 -0.4
-0.2 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
0.6
空間的相互相関関数
空間ラグ (m) 0 800 1600 2400 3000
幅員 8m 以上⇒以上
幅員 8m 以下⇒以上 幅員 8m 以上⇒以下 幅員 8m 以下⇒以下
図 9 幅員を考慮した分析 ( 有楽町周辺 )
図 8-2 事務所と住宅の相互相関
空間的相互相関関数
空間ラグ -0.4
-0.2 0 0.2 0.4 0.6 0.8
1 時間距離
空間距離
0 2 4 6 7.5
0 800 1600 24003000 (min)
(m)
走行速度は主要道路は法定速度を利用 し,それ以外の道路については幅員をも とに 13m ~ :30km/h,5.5 ~ 13m:20km/h,3
~ 5m:10km/h のように定めた。
N
0 750(m) 走行速度
10km/h
60km/h 50km/h 40km/h 30km/h 20km/h
図 8-1 道路ごとの走行速度の設定