情報工学専攻 1/4 白井 澄人
東京
23区における自転車移動の利便性の評価
Experimental study to evaluate bicycle trip as a commuting measure in Tokyo Area
情報工学専攻 白 井 澄 人 SHIRAI Sumito
1 はじめに
近年,自転車は環境に対する負荷が低いことや,健康 的であることなどから,通勤や趣味を問わず利用者が増 加傾向にある.しかし交通手段としての自転車の位置付 けは曖昧なものであり,走行帯ですら,法律による明確 な規定はない.また自転車に関する研究は駅前放置自転 車やレンタサイクルを扱ったものがある一方で,自転車 の種類,乗る人や走行場所によって,疲労や速度が大き く異なるため,自転車移動そのものを定量的に扱ったも のは少ない.そこで、本研究では,都市部での自転車移 動の所要時間に注目し,定量的な解析を行った.
まず,東京区部での自転車移動の所要時間を求めた.
次に,東京23区での地域ごとの自転車移動の特徴を見る ために,計算で求めた所要時間より移動時間地図を作成 した.最後に,自転車移動と鉄道通勤の所要時間を比較 することにより,自転車移動の有用性を検証した.また,
自転車通勤から鉄道通勤への転換の可能性を探った.
2 東京23区内での自転車移動の可能性 2.1 勾配属性を持つ道路ネットワークの作成
東京 23 区での自転車移動の所要時間を求めるために,
道路ネットワークを作成した.その際に道路リンクに勾 配の属性を付加し,勾配によって自転車の速度が変化す るとした.
地点i,j間の距離をdij,地点iの標高をaiとすると
リンクi,jの勾配xijは
ij i j
ij d
a
x a −
=
となる.
本研究では東京区部全域を対象とする.東京区部は東 西32km,南北32kmに広がり,面積は621km2である.
東部は隅田川,荒川を中心として低地が広がり,西部は 標高は高くないが起伏が激しい地形となっている.
標高データとして数値地図50mメッシュ(標高),道路 データとしてMAPPLE10000を用いた.
数値地図50mメッシュ(標高)にはメッシュの中心点の 標高値が1m単位の精度で記載されている.50mメッシ ュを経度方向に3分割,緯度方向に2分割した6区画の
中心点の標高値を,それぞれ近傍9点の50mメッシュか ら補間して求めた[1](図1).
また,総リンク数が902,536,総ノード数が318,593 の道路ネットワークを作成し,各リンクの勾配を計算し,
属性として持たせた.
勾配が5%以上の道路リンクを図2に示す.図1,2よ り東部はなだらかな地形で,西部は起伏が激しい地形で あることがわかる.
図1.東京区部の標高図(一部)
図2 勾配が5%以上の道路区間(東京区部全域) 2.2 自転車の速度と勾配の関係
2.1 で作成したリンクに勾配の属性を持つ道路ネット ワークを用い,出発地から目的地への所要時間が最小に なるような経路を探索する.実測したデータをもとに道 80m 標高値
0m
・千代田区
・文京区
・新宿区
・港区
・大田区
・中央区
・台東区
情報工学専攻 2/4 白井 澄人
路の勾配x[%]と自転車の速度f(x)[km]の関係を以下の ように設定した.(図2).
) , (
) (
) (
. .
. ) (
10 10
10 0
0 10 0
15 32 0 0 06 0
15
2
≥
−
≤
<
<
≤
<
−
⎪⎩
⎪⎨
⎧
+
−
−
=
x x
x x x
x x
f
0 5 10 15 20
-20 -10 0 10 20
図3 道路の勾配と自転車の速度の関係
そして,リンク(i,j)間の距離をdijとして,移動にか かる時間であるコストcijを
) ( ij
ij
ij d f x
c = とする.
出発地から目的地までのコスト最小経路のコストを自 転車移動の所要時間とする.その際に,自転車の入出庫 の時間として所要時間に4分を加える.
2.3 計算結果の検証
平成10年度に行われた第4回東京都市圏パーソントリ ップ調査(PT調査)に,東京区部115×115ゾーンのうち 2070 ゾーン間の自転車の平均所要時間データが記載さ れている.このデータを用いて2.2節の方法で求めた自 転車の所要時間が現実の所要時間にどれだけ当てはまっ ているか検証を行った.
PT 調 査 の 東 京 区 部 の 115 ゾ ー ン の 行 政 区 を
MAPPLE2500 から抽出した行政区データとマッチング
し,PT調査のゾーンの重心点を求めた.異なるゾーンの 重心点間についてPT調査データと2.2節の方法で計算し た値とを比較した.各ゾーン間ごとに計算結果から PT 調査のデータを引いた所要時間の差を図4に示す.
0 50 100 150
-30 -25 -20 -15 -10 -5 0 5 10 15 20 25 30
図4 異なるゾーン間の所要時間の比較
また,X軸にPT調査の所要時間を取り,y軸に計算で 求めた所要時間を取ったものを図5に示す.
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0 5 10 15 20 25 30 35 40 45
0 5 10 15 20 25 30 35 40 45
図5 PT調査と計算で求めた自転車の所要時間 図4,5よりPT調査のデータが計算で求めた所要時間 よりも若干少ないことがわかる,しかし誤差5分以内に 79%のデータが当てはまっており,本研究の計算方法が 妥当であることがわかる.
3 移動時間地図
自転車による移動時間地図を作成した.時間地図は地 点i,j間のユークリッド距離が所要時間に比例するよ うに平面上に代表点をプロットしたものである.東京区 部を1km メッシュに分割し,中心点を代表点とする(図
6).代表点は613点である.全代表点間の最短所要時間
を求め,多次元尺度構成法の手法の一つであるToblerの 方法([2]による)を用いて時間地図を作成した.
以下にToblerの方法を示す.
Step1 平面上にn個の点を任意に配置する(初期の配置).
Step2 すべての点間に直線を引く.
Step3 それぞれの直線上に,所与の距離に等しい長さの
線分をおく.このとき,線分の中点と各点間の中 点を一致させる.
Step4 各点を始点とし,その点に関する線分の端点を終
点とするベクトルを引く.
Step5 各点について,合成ベクトルを求め,その長さを
合成されたベクトルの本数で除し,Step4 で引い たベクトルの平均ベクトルを求める.そして,各 点を得られたベクトルの終点に配置しなおす.
Step6 Step5において,1点でも配置の変動する点があれ ば,各点の新しい配置を出席としてStep2に戻り,
操作を繰り返す.
時速[km]
人数(人) 1001〜4,000
4,001〜7,000 7,001〜
計算で求めた自転車所要時間[分]
PT 調査の自転車所要時間[分]
勾配[%]
人数[千人]
所要時間の差[分]
情報工学専攻 3/4 白井 澄人
図6.時間地図の代表点と初期配置
初期配置を図6のように取り,step2〜step6を1回の 試算として,200回の試算を繰り返した.
まず,道路の勾配を考慮せず,自転車の速度を時速 15kmとして作成した時間地図を図7に示す.東側では 隅田川の影響を受け縦に空白の帯ができている.また南 東部では湾岸部であるために道路ネットワークの分断が 起きており,その影響を受けて,地図上ではメッシュ状 に分布していた点が集約して並んでいる.
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-30 -20 -10 0 10 20 30
-30 -20 -10 0 10 20 30
図7.自転車の速度を時速15kmとした場合の時間地図
次に2.2節の方法を用いて自転車の所要時間を求めて, そのときの時間地図を作成した.作成した時間地図は道 路の勾配を考慮しない場合の時間地図とほとんど変化が
なかった.道路の勾配の影響を見るために,道路の勾配 を考慮せず,自転車の速度を時速15kmとした場合から,
2.2 節の方法を用いて作成した時間地図への変化ベクト ルを求めたものを図8に示す.南西部と北西部の変化ベ クトルが大きくなっていることがわかる.
-30 -20 -10 0 10 20 30
-30 -20 -10 0 10 20 30 図8 勾配の重みがない場合からある場合への
変化ベクトル
東京区部での自転車移動の所要時間は西部での地形の 起伏よりも河川と海の影響を強く受けていることがわか る.
4 鉄道通勤から自転車通勤への転換
15〜39歳の男女を対象として,鉄道通勤から自転車通
勤へ転換する可能性を検証する.以下,通学者も通勤者 に含める.平成12年度大都市交通センサスによると東京 都市圏(東京,神奈川,千葉,埼玉,茨城,群馬,栃木,
山梨)の鉄道通勤・通学者は854万人であり,そのうち東 京区部を出発して到着する15〜39歳の男性は43万人で あり,女性は52万である.東京都市圏の中心部の路線別 利用者数を図11に示す.
まず,計算で求めた自転車の所要時間と大都市交通セ ンサスの鉄道定期券利用者調査にある鉄道通勤の所要時 間を比較し,自転車通勤の有用性を検証した.
大都市交通センサスには性,年齢,居住地ゾーン,勤 務地(就学地)ゾーン,住まいの出発時刻,勤務地への 到着時刻,乗車駅,降車駅などが記載されている.また,
大都市交通センサスは東京区部が488ゾーンに分かれて いる.勤務地への到着時刻から住まいの出発時刻を引い たものを鉄道通勤の所要時間とした.
所要時間[分]
所要時間[分] 所要時間[分]
所要時間[分]
情報工学専攻 4/4 白井 澄人
計算ではMAPPLE2500の行政区データを用いて居住
地ゾーンと勤務地ゾーンの重心点を求めた.居住地と勤 務地ゾーンが異なるデータを対象として,それらの重心 点間の自転車の所要時間を2.2節の方法を用いて計算し た.
東京区部を出発し,到着する鉄道通勤者が自転車通勤 をした場合の通勤時間と鉄道通勤からの通勤時間の変化 を,男性の場合を図9に,女性の場合を図10に示す.図 9 の棒グラフの黒い部分が鉄道通勤から自転車通勤に変 えたとき 10 分以上通勤時間が短かくなる男性の数を表 していて,その数は12万人である.長時間の自転車通勤 は困難であるため,45分以内の人を対象とすると8万人 が対象となる.女性の場合は30分以内の人を対象とする と,6万人になる.対象となった通勤者が利用していた路 線を[3]を用いて計算した.路線ごとの利用者減少数を図 12に示す.
山手線のほとんどの区間では2,500人以上の減少がみ られ,新宿や渋谷に向かう路線の減少数が大きい.
0 10 20 30 40 50
0 15 30 45 60 75 90 105
10分以上増加 0〜10分増加 0〜10分減少 10分以上減少
図9 自転車通勤をした場合の所要時間と
鉄道からの変化(男性)
0 10 20 30 40 50 60
0 15 30 45 60 75 90 105
10分以上増加 0〜10分増加 0〜10分減少 10分以上減少
図10 自転車通勤をした場合の所要時間と
鉄道からの変化(女性) 5 おわりに
本研究では,東京区部での自転車の移動時間を求め,
鉄道による移動時間と比較し,自転車が通勤手段として
有用性があることを明らかにした.
図11 東京都市圏(中心部)の鉄道通勤の
路線別利用者数
図12 対象となる男女が鉄道通勤から自転車通勤に 転換した場合の路線ごとの利用者減少数 謝辞
本研究を通じ,多大なるご指導を賜りました田口東教 授に心より感謝の意を表します.
参考文献
[1]長井哲史:デジタル標高データを使用した地形的特 徴の抽出.中央大学理工学研究科情報工学専攻修士論文,
(2001).
[2]吉本剛典:全国主要都市間時間距離の地図化の試み.
地理学評論,p605~620 (1981).
[3]田口東:首都圏電車ネットワーク上の時間変化する 乗客分布の計算.日本オペレーションズリサーチ学会 2003 年秋季研究発表会アブストラクト集,p30〜 31(2003).
自転車の所要時間[分]
人数[千人]
自転車の所要時間[分] 人数[千人]
100,001〜
200,001〜
300,001〜
2,501〜
5,001〜
7,501〜
・上野駅
・東京駅
・品川駅
・渋谷駅
・新宿駅
・池袋駅
路線利用者数(人)
路線利用者減少数(人)