加害恐怖を示す高齢女性に曝露反応妨害法を行った単一事例研究
―買い物行動に対する介入と効果の検討―
立命館大学 瀬口篤史
研究の目的 本研究は、加害恐怖を主訴として来院した高齢のクライエントに対して、買い物に関連 する行動の生起頻度等を指標として、曝露反応妨害法による介入を行い、その効果を検討することを目 的とした。研究計画 行動間マルチベースラインデザインを用いた。場面 精神科クリニックにおける カウンセリングルームと近隣の店で実施した。参加者 介入開始時72歳の女性で、強迫性障害と診断 されていた。介入 セッション中に、コンビニや薬局に入店し、素手で商品を手に取るよう求めた。そ の後、セッション中に、駐車されてある車のすぐ傍を一人で通るよう求めた。行動の指標 スーパーや コンビニ、薬局等に入店した累積頻度、店内で購入した商品数、新聞を読んだページ数、一人で自宅か ら店まで徒歩で行った累積頻度、確認の電話をかけた頻度を指標とした。結果 スーパー等に入店した 累積頻度、購入した商品の数、新聞を読んだページ数、一人で自宅から店まで徒歩で行った累積頻度は いずれも増加した。また、確認の電話をかけた頻度は減少した。結論 本事例で行った介入が、加害恐 怖を訴えるクライエントの行動レパートリーを増やすために有効であることが示された。
Key Words 行動指標、単一事例実験デザイン、生態学的アセスメント、曝露反応妨害法、高齢者の強
迫性障害
目 的
強迫性障害(obsessive-compulsive disorder、以 下、OCDとする)は、不安や苦痛を引き起こす 侵入的な思考やイメージ、衝動と、苦痛を緩和す るための反復的な行為や心の中の行為によって特 徴づけられる疾患である。OCDは生活機能に深 刻な影響を与え、他の精神疾患を併発しやすく、
生活の質を落としやすい(Franklin & Foa, 2011)。
OCDに対する介入として、行動療法、特に曝 露反応妨害法(exposure and response prevention、
以下、ERPとする)の有効性が示されており、
その効果は治療対象群や薬物療法群よりも有意に 高いことが実証されている(Foa et al., 2005; Öst, Havnen, Hansen,& Kvale, 2015)。OCDへの介入を 行う際には、疾患やその兆候を減らすことだけで なく、日常生活での適切な行動レパートリーを増 やし、生活機能を高めることが重要である。それ を実現するには、介入の効果を、日常環境で行動 指標を用いてモニターする必要がある(Newsome, Newsome, Fuller, & Meyer, 2019; 仁藤・奥田,2016)。
しかし、成人のクライエントを対象に、病院の外 来場面で行動指標や単一事例実験デザインを用い
て、介入の効果を客観的に評価した実践研究は少 ないのが現状である(Beavers, Iwata, & Lerman, 2013; 仁藤・奥田,2013)。
本研究では、OCDをもつ高齢のクライエント に対して、適切な行動の増加を目的として介入を 行い、行動指標および単一事例実験デザインを用 いて日常環境における標的行動を評価した事例を 報告する。
方 法 参加者
参加者(以下、クライエント)は72歳の女性 であった。主訴は「自分が菌をつけてしまわない かが心配で、素手で物に触れない。買い物ができ ない。」といったものであった。主治医による診 断は強迫性障害であり、アセスメント期の段階で オキサゾラム(10 mg)の投薬を受けていた。(本 事例の報告に際し、著者の所属機関からの承認、
並びにクライエント本人から文書による承諾を得 ている。)
生活歴
クライエントは5人兄妹の末っ子として生まれ た。学生の頃の学業成績は科目全体にわたり上位
であった。高校卒業後、18歳で金融機関に入社 した。23歳で現夫と結婚を機に退職した。24歳 で長男、26歳で長女を出産した。38歳からそろ ばん教室で5年ほど働いた。その後、42歳の頃 に知り合いから市の施設の事務職を紹介されたた め、そろばん教室を退職し、市の施設で事務員と して15年ほど勤めた。その後、市の施設が閉館 となり、7年ほどは無職であった。64歳から介護 施設で働いた。
現病歴
69歳頃、職場の電気やガスの切り忘れや、薬 の置き忘れが心配になり、同僚に電話をして確認 をしに行ってもらうことが続いた。実際に忘れて はいなかったものの、「同僚にこれ以上迷惑をか けられない」と思い、退職した。
70歳頃、お皿をお湯で洗った際に、スポンジ から化学物質が出てしまったのではないかと気に なり、「大丈夫だろうか」と家族に確認をするよ うになった。同年、家族の勧めでA心療内科を 受診した。担当医からは、〈気になっても確認を しないように〉などと指示され、投薬を受けた。
1年半ほど通院したが、改善は見られなかったた め、通院を中断した。
71歳頃、B精神科クリニックを受診した。行 動療法のカウンセリングにて曝露法等の心理教育 を受け、自宅でも実行するよう指示されたが、実 行できなかった。その後、「路上駐車されている 車の横を通ったら、車上荒らしの犯人だと疑われ るのではないか」と考え、一人での外出ができな くなった。B精神科クリニックまでの通院も困難 となり中断した。
同年、左手の爪が白くなりC病院皮膚科を受 診したら、担当医から「手にカビが生えている。
カンジダ菌である」と言われ、投薬を受けた。担 当医からは「普通に生活しても問題ない」と言わ れたが、「菌を家族や他人にうつしてしまう」と 思い、スーパーや薬局等の商品に触れなくなり、
店内に入ることもできなくなった。また、「新聞 や段ボールを資源ごみに出したら、リサイクル後 も手の菌が残って他人に移してしまう」と思い、
新聞に触れなくなり、段ボールは自宅に溜めるよ うになった。皮膚科の担当医から「カンジダ症は
完治したから大丈夫」と言われ、家族からも説得 されたが、改善することはなかった。
72歳頃、著者の勤務するD精神科クリニック に、家族に同伴されて受診した。同月から主治医 の指示のもと、著者との約2週間に1回60分の カウンセリングを開始した。
家族
クライエントは、専業主婦であり、夫(73)と 2人暮らしであった。夫は定年退職後に会社の顧 問として再雇用され、平日に半日程度だが出勤し ていた。長男と長男の妻、孫が自宅のすぐ近くに 住んでいた。長女は車で40分程のところに長女 の夫と住んでいた。
症状・問題のアセスメントと機能推定
買い物の困難について クライエントは「スー パーや薬局、コンビニ等に入ると、菌を他人に移 してしまう」と考え、実際に店に入ろうとすると 腹部に不快感を感じ、入店できなかった。菌を移 すことを避けるため、クライエントは外出する際 に、いつも布製の手袋をしていた。手袋をしてい れば、病院の受診や院内の物に触ることはできた が、スーパーや薬局等に入ることはできなかっ た。そのため普段の買い物は主に遠方の長女に依 頼していた。自宅で調理をする際は、使い捨ての ビニール製の手袋を着用して行っていた。家族に 買い物を依頼する行動や手袋を着用する行動は、
菌を他人に移す事態や腹部の不快感を回避する機 能を持つと推定された。
資源ごみの廃棄の困難について クライエント は「自分が触れた段ボールや新聞を資源ごみに出 すと菌を他人に移してしまう」と考え、それを資 源ゴミに出すことができなかった。そのため、ア セスメント期では45リットルのごみ袋5袋分の 段ボールを部屋に溜めていた。新聞は夫が資源ご みに出すため、普段から触らないように生活して いた。段ボールを空き部屋に入れる行動は、菌を 他人に移す事態を回避する機能を持つと推定され た。
単独での外出の困難について クライエント は、一人での外出に対して「路上駐車されている 車の横を通ったら車上荒らしと疑われる」と考 え、実際に一人で出かけようとすると腹部に不快
感を感じ、外出を避けた。誰かと一緒であれば、
路上駐車されている車の横を通ることはできた。
クライエントの主な外出先は、自宅の周りの散歩 や通院、自宅のすぐ傍にある長男の家等であっ た。ほとんどの外出には家族に同伴してもらって いたが、歯科医院や長男の家は自宅のすぐ傍にあ り、路上駐車されている車の横を通ることはない ため、一人で行くことができた。外出時に家族に 同伴を依頼することは、車上荒らしの犯人だと疑 われる事態や腹部に生じる不快感を回避する機能 を持つと推定された。
他者への過度な確認について クライエント は、主に菌や有害物質等に関して心配になったこ とを、家族や親戚、企業のお客様相談センター等 に電話をして確認をした。記録によれば、電話を する相手はほとんどが義兄であり、平均週5回程 かけていた。確認の内容は、例えば「食器を洗っ ている途中で一旦放置したが、その食器やスポン ジは使っても大丈夫だろうか」といったものであ り、義兄らは「問題ない、大丈夫だ」等の返答を していた。電話による確認行為は、相手の「大丈 夫だ」という返答の獲得と、それによる不快感の 回避の機能を持つと推定された。
生態学的アセスメント
クライエントの典型的な一日の過ごし方は、6 時半ごろに起床し、手袋を着用して朝食を作り、
夫に出す。洗濯をして夫を送り出した後、仏壇の 前で般若心経を唱える。その後朝食を食べ、掃除 する。9時から2時間ほど、義兄やお客様相談室 等に電話し、心配事について確認する。11時ご ろから昼食を作り、帰宅した夫と食べる。午後に なると洗濯物を取り込み、パズルや数独、読書な どをするか、昼寝を90分ほどする。平均週3日 ほどの外出では、夫と散歩に行くか、長男の家に 行くか、通院等をする。17時ごろに夕食を作り はじめ、19時ごろに夕食を夫と食べて、食器の 片付けをする。22時に入浴し、23時過ぎには寝 る。寝つきは良好であり、食欲も問題は無かっ た。
クライエントは車の免許を持っていなかったた め、外出時の移動方法は、家族に車を運転しても らうか、近所のみ徒歩であった。
クライエントが希望した治療目標
症状が改善したらできるようになりたいことに ついて、クライエントは「買い物が好きだったの で、買い物に行って自分で新鮮な食材を選びた い。デパートで服や贈り物を買いにいきたい。紅 葉を見に行くなど遊びに行きたい」と述べた。
標的行動
主な標的行動 まず、「(家族に店まで送っても らい)スーパーや薬局、コンビニ等に入店する」
行動、および「商品を素手で手に取る」行動を増 やすこととした。それが獲得された後、「一人で 自宅からスーパー等まで行く行動」を増やすこと とした。この介入順にしたのは、クライエントに とって、商品を手に取って購入する行動が、直後 に直接強化される行動であると考えられたため、
入店して商品を手に取って購入することを先行し てできるようになっていれば、その後一人でスー パー等まで行けた際に、強化される確率が高まる ことが期待できたためであった。
これらの行動を介入の中心となる標的行動とし た理由は、以下の2点である。1点目は、これら の行動が、曝露を行うために有用であると期待で きたためであった。本事例で用いた介入技法は ERPおよび曝露法であったため、クライエント が避けている不快感を誘発する必要があった。そ して、クライエントにとって商品を素手で手に取 ることは、他者に菌を移すという思考や不快感を 誘発する可能性が高い行為であった。そのため、
これらの行動は介入として役立つ行動であると判 断した。2点目は、これらの行動が、生活機能を 高め、生活で楽しむ機会を増やすことを期待でき たためであった。買い物は基本的に遠方の長女に 依頼していた。このことは、働いている長女に とって負担であり、クライエント自身も欲しいも のがすぐに買いに行けないことの不便さ、長女に 買いに行かせていることへの申し訳なさを感じて いた。一方で、病前クライエントは日常的に買い 物に行っており、買い物が生活の楽しみであっ た。以上のことから、買い物ができるようになる ことは、生活機能を高め、クライエントが希望す る楽しみの時間を取り戻すために役立つと判断し た。
副次的な標的行動 介入期の後半で、「新聞を 読む」行動を増やすこととした。クライエントは 病前、地元版の新聞の、野球や健康、地域行事等 に関する情報を読むことを好んでいたため、新聞 を読めるようになることは生活の楽しみが増える ことが期待できた。以上のことから標的行動の1 つに設定した。
また、「家族や親戚、会社のお客様相談センター に確認の電話をする」行動を減らすことにも取り 組んだ。これは、家族がクライエントからの過度 な確認に対して不満を感じて怒るなど、家族関係 が険悪なものになりつつあったためであった。
従属変数
「スーパー等の店内に入店する」行動は頻度を 指標とした。これは、クライエントが商品を購入 した際のレシート、およびクライエントの自己記 録をセッションに持参してもらい、入店できた頻 度を数えて従属変数とした。
「スーパー等の商品を素手で手に取る」行動に ついては、手に取って購入できた商品の数を指標 とした。これはレシートに記載されてある購入品 の数を数え、従属変数とした。手に取ることがで きる商品の数や種類が増えることは、クライエン トが生活に必要なものや嗜好品を自由に選択でき るようになるために望ましい変化であると考え た。買わない商品であっても手に取れているかど うかについて、同伴した家族に観察してもらっ た。
「新聞を読む」行動は、読めたページ数を指標 とした。これは、新聞を読む行動の自己記録を セッションに持参してもらい、そこで報告された ページ数を従属変数とした。
「一人で自宅からスーパー等に行く」行動につ いては頻度を指標とした。これは、購入した商品 のレシートおよびクライエントの自己記録をセッ ションに持参してもらい、スーパー等に行けた頻 度を数えて従属変数とした。
「家族や親戚、お客様相談センターに確認の電 話をする」行動については頻度を指標とした。こ れは、クライエントが電話で確認した内容に関す る自己記録をセッションに持参してもらい、記録 された電話の頻度を数えて従属変数とした。
介入
アセスメントと心理教育(セッション 1~3)
セッション3にて、症状維持の機序とERPに関 する心理教育を行った。
クリニック内での ERP と確認行動に対する家 族への心理教育(セッション 4~7) セッション 4より、クライエントの同意のもと、ERPをセッ ション中に開始した。セッション中に行ったの は、クライエントの通院歴において、曝露に関す るホームワークが出されても日常では実行が伴わ ないエピソードがあったため、まずはセッション 中の実行を強化する必要があると判断したためで あった。
クリニック内でのERPでは、D精神科クリニッ ク内の物(ティッシュやボールペン、クッショ ン、雑誌、机やイス、掲示ボードなど)に何度も 触れてもらい、その際に触れた物は、拭いたり捨 てたり持ち帰ったりはせず、そのまま他の患者に 利用してもらった。
また、ERPを行っている最中に生じる腹部の 不快感のメタファーをクライエントとともに創り
(Törneke, 2017)、不快感を回避する行動の対立行 動として、不快感の場所や動き、色、大きさなど を観察し、報告してもらった。
上記の介入と並行して、クライエントの確認行 動と家族の対応に関する心理教育を、クライエン トおよび家族に対して行った(セッション6)。
具体的には、クライエントの確認行動に相手が
「大丈夫だ」などと答えることが、クライエント の確認行動を強化してしまう可能性を伝え、クラ イエントから菌や有害物質等に関して確認された 際には、一貫して「わからない」と応じることが 望ましいと説明した。義兄らにも同様の対応をし てもらうよう、長女から伝えてもらうこととし た。
実際の店での ERP(セッション 8~13) クラ イエントの同意のもと、セッション中にクリニッ ク近隣のコンビニや薬局に著者と一緒に行き、店 内でERPを行った。セッション8で店内に入り、
セッション9以降は店内の商品を、購入するかど うかに関わらず素手で手に取ってもらった。その 際、クライエントが手に取る物を著者が特定せ
ず、クライエントが興味を感じた物や自宅で必要 な物、家族に買って帰ってあげたい物を手に取る よう伝えた。そして、必要であれば購入すること を提案した。日常でも同様のERPを実行するこ とを勧めた。
新聞雑誌に対する ERP(セッション 14~17)
セッション14からは、セッション中に新聞紙や 雑誌に対するERPを開始した。セッション14で はクリニック内にある新聞や雑誌に触れてもら い、そのまま他の患者が読める場所に戻した。
セッション15ではコンビニに陳列されてある雑 誌類を素手で手に取り、興味のある雑誌を立ち読 みして、そのまま元の場所に戻してもらった。
セッション14にて日常でも自宅の新聞を読むこ とを促した。
車に対する曝露法(セッション 18~21) セッ ション18からは、セッション中にクリニックの 駐車場や近隣の道路に駐車されている車のすぐ傍 を繰り返し通る曝露を行った。セッション21で は、路上駐車されている車の傍を通って、コンビ ニまで歩いて行く曝露を行った。車の傍を通る際
は、「車上荒らしをしたと思われるのではないか」
といった思考や不快感が生起しやすくなるよう に、車内を軽く覗いたり、車体に軽く触れたりし ながら実行してもらった。またその際の腹部の不 快感は、メタファーを活用しながら報告しても らった。そして、日常でも一人でコンビニ等に徒 歩で買い物に行くことを勧めた。
結 果
スーパー等に入店する行動と商品の購入行動につ いて
日常場面でクライエントがスーパー等に入店し た累積頻度(図1上段)、および購入した商品の 数(図1中段)は、いずれもERP①(セッショ ン中にクリニック内にて実行)のフェイズでは増 加しなかったが、ERP②(セッション中に店内 にて実行)のフェイズにおいて増加した。
セッション9および10の段階では、日常場面 でスーパー等に行っても、娘と店内に入るだけで 商品を購入することはできなかった。しかし、
セッション中に著者とコンビニや薬局に行き、店
図 1 スーパー等に入店した累積頻度、スーパー等で購入した商品数、および新聞を読んだページ数
内の商品を素手で手に取って購入するERPを実 施した結果、セッション11にて、日常場面でも 店に入るだけでなく、素手で複数の商品を手に 取って購入できたことが報告された。
またセッション15までは、店内にも長女に同伴 してもらっていたが、セッション16からは、店 内に一人で入店して買い物ができるようになった。
セッション17にて、クライエントが普段の生 活で必要とする物(野菜や肉類、菓子、薬品、雑 貨など)は、いずれも購入できていることがレ シートを使って報告された。また、店内で新鮮な 野菜や果物等を選ぶ際に、買わない商品であって も手に取ることができていることが、クライエン トの報告および家族の観察により確認された。
新聞を読む行動について
クライエントが新聞を読んだページ数も、ERP
①のフェイズでは増加しなかったが、ERP②の フェイズから増加した(図1下段)。セッション 17以降は、新聞が配達された日には全てのペー ジを読めていることが報告された。
一人で自宅から店まで徒歩で行く行動について セッション18にて、セッション中にクリニッ クの駐車場に停めてある車のすぐ傍を通ることを 繰り返す曝露を行った結果、一人で歩いて店まで 行けることが増加した(図2)。セッション19で は、道中に路上駐車された車を見かけ、「車上荒 らしと思われないか」と考えたが、その車の傍を 通って、徒歩10分ほどのコンビニまで一人で買 い物に行けたことが報告された。その後、ホーム センター等にも徒歩で行けるようになったことが 報告された。
家族や親戚、お客様相談センターに確認の電話を する行動について
セッション6にて、クライエントの確認行動の 対応についての心理教育を、クライエントの家 族、並びに長女を介して親戚らに伝えてもらった 結果、クライエントが確認のために電話をかける 頻度は徐々に減少した(図3)。また、電話だけ でなく、家族に直接確認する行為に関しても減少 したことが、長女から口頭で報告された。
図 2 一人で自宅から店まで徒歩で行った累積頻度
図 3 確認の電話をかけた頻度(2 週あたり)
その他の行動について
クライエントの報告によれば、自宅で新聞を読 むことができたタイミング(セッション16と17 の間)と同じタイミングから、継続的に段ボール を資源ごみに出すことができるようになった。ま た自宅では、手袋をせずに調理をすることができ るようになり、素手で作った料理を孫たちにも食 べさせることができていることが報告された
(セッション20)。セッション21では、数年ぶり にショッピングモールに娘と服を買いに行き、試 着もして買い物を楽しめたことが報告された。
考 察
本事例では、行動指標および単一事例実験デザ インを用いて、OCDをもつ高齢のクライエント の標的行動に対する介入の効果を評価した。
クライエントの標的行動を選択し、測定するに あたり、本事例では症状に関するアセスメントだ けでなく、生態学的アセスメント等を通してクラ イエントの日常生活の実態を具体的に把握した。
OCDは生活機能に深刻な影響を与えやすいこと が報告されているが(Franklin & Foa, 2011)、精 神科の外来場面では、クライエントの日常生活に おける標的行動を観察することは困難であるとさ れる(Kanter et al., 2006)。しかし、そのような外 来場面における制約を考慮した上で、クライエン トの日常生活に関する生態学的アセスメントを実 施し、観察可能な標的行動を客観的に測定した実 践が報告されている(仁藤・奥田,2013, 2016)。
本事例において生態学的アセスメントを行ったこ とは、OCDがクライエントの生活に与える影響 を特定するとともに、クライエントの生活上の ニーズに対応した標的行動を選択し、生活機能の 改善が行動指標に直接反映されるようにするため に有用であったと考えられる。
本事例では、減らすことが目標となる行動では なく、増やすことが目標となる行動を主な標的行 動として設定した。このことは、クライエントの 適切な行動レパートリーの増加による生活機能の 改善を具体的に把握することを可能にしたと考え られる。
また、増やすことが目標となる行動を主な標的
行動として設定したことは、本事例における介入 目標および結果に関する社会的妥当性を高めるた めに役立った。本事例で増やすことを目標にした 買い物や新聞を読むといった行動は、病前クライ エントが好んで行っていたことであり、クライエ ントの生活における利便性や楽しみを生む行動で あった。本事例においてこれらの標的行動が習慣 化されたことは、短期的、長期的に見て、クライ エントが正の強化を受ける機会を増やすもので あったと考えられる。
次に、標的行動の測定に関して、本事例ではク ライエントの自己記録だけでなく、購入した商品 のレシートを活用し、それを買い物に関する標的 行動が生起した裏付けとして利用した。Critchfield, Tucker, & Vuchinich (1998) によれば、記録内容の 正確性を高める工夫の一つとして、行動の生起・
非生起の証拠となるものをセッションに持参して もらうことが有用であるとされている。本事例に おいてレシートを活用したことは、クライエント の買い物に関する標的行動を正確に把握するため に役立ったと考えられる。
一方、本事例における標的行動の測定方法に関す る課題として、行動指標の一部に自己記録を用い た点が挙げられる。自己記録は利便性が高い一方 で、記録内容の正確性が劣る場合がある (Critchfield et al., 1998)。本事例では、クライエントが店内で 触れただけで購入はしなかった商品の数や種類、
新聞を読んだ際のページ数、確認の電話をかけた 頻度やその際の親族の対応に関しては、クライエ ントの自己記録に頼ることとなった。このよう な、行動の生起・非生起に関する証拠となる物の 利用が難しい場合に、どのような方法を用いて正 確な測定を行うかは、今後の課題である。
次に、本事例で実施した介入方法における課題 を挙げる。本事例では、クリニック内の物に触れ て他人に利用してもらうERP(ERP①)を実施し ても、標的行動は増加しなかった。しかし、実際 の店でERP(ERP②)を実施した結果、店内に入 るだけでは日常の標的行動は十分に増加しなかっ たものの、店内で多数の商品を素手で手に取り、
一部を購入するERPを行っていくことで、標的 行動は顕著に増加した。ERP②においてクライ
エントが購入した商品は、クライエントが生活に 必要な物や欲しい物を自発的に選んだものであ り、気に入った商品をその後のERPにおいても 繰り返し購入する場面も見られた。この結果は、
ERPを実行する行動そのものが日常生活の中で 直接役立つように介入計画を立てることが、標的 行動の増加のために重要であることを示唆してい る。ただしERP①とERP②では、ERPを実施す る場所や触る対象が異なっていたため、本事例で は「生活に役立つ物や欲しい物を購入できる」と いう事象が標的行動の増加にどの程度影響したか に関して、明確な結論を下すことはできない。
また本事例では、ERPを行う際に、不快感の回 避行動に対する対立行動として、不快感を回避せ ずに、メタファーを用いて観察するようクライエ ントに伝えた。不快感を感じる場所や感覚の変化 等に関するクライエントの言語報告はERPの最 中になされていたものの、その不快感が実際に生 じていたのか、あるいは生じていたとしても、そ れをクライエントが実際に観察していたのか、回
避行動の対立行動としてどの程度機能していたの かについて、客観的に把握することはできなかっ た。また本事例で行ったクリニックでのERPで は標的行動が増加しなかったことから、不快感の メタファーをクライエントとともに創る手続きに ついては本事例において効果が認められなかった。
さらに、本事例で用いたメタファーはクライエン トの主観的な報告に基づくものであったため、メ タファーの活用の手続きに関する再現性は低いと 考えられる。メタファーをどのような手続きで活 用することが、再現性を高め、行動の改善を促進 するのか検討していくことも、今後の課題である。
謝 辞
本稿を執筆するにあたりご指導頂いた立命館大 学准教授の三田村仰先生、慶應義塾大学教授の山 本淳一先生、西軽井沢学園理事長の奥田健次先 生、行動ウェルネス研究会の先生方、そして本事 例の報告をご快諾頂いたクライエントに、心より 感謝申し上げます。
引用文献
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—— 2019.9.24受稿、2020.3.19受理——
PRACTICAL REPORT
Intervention for Shopping Behavior of an Elderly Woman Who Was Afraid of Making Other People Sick:
A Single Case Study of Exposure and Response Prevention
A
TSUSHIS
EGUCHI Ritsumeikan UniversityAbstract
Study objective: To evaluate the effects of an intervention involving exposure and response prevention (ERP) that was used with an elderly woman who had a fear of harming others by passing germs on to them.
Behavioral measures were used to manage the frequency of behavior that was related to her shopping.
Design: Multiple baseline design across behaviors. Setting: A counseling room at a mental health clinic and nearby stores. Participant: A 72-year-old woman who was diagnosed with obsessive-compulsive disorder. Intervention: The client participated in 21 sixty-minute counseling sessions, 1 session every 2 weeks. The total duration of her participation was 309 days. During the sessions, the client went to a convenience store and a drug store with the author, and was encouraged to touch the products. After that, she was encouraged to walk by cars that were parked on the street. Measures: Frequency of going into stores such as supermarkets, number of goods purchased, number of newspaper pages read, frequency of going to stores by herself, and frequency of making confirmatory phone calls. Results: The frequency of going into stores, number of goods purchased, number of newspaper pages read, and frequency of going to stores by herself increased. The frequency of making confirmatory phone calls decreased. Conclusion: The intervention appeared to be effective for increasing the positive behavioral repertoire of the client.
Key Words behavior measures, single case experimental design, ecological assessment, exposure and response prevention, elderly person diagnosed with obsessive-compulsive disorder