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テイラーの職能的組織の成立 : 管理の集中

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九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

テイラーの職能的組織の成立 : 管理の集中

堤, 矩之

https://doi.org/10.15017/2920499

出版情報:経済論究. 5, pp.54-74, 1959-04-01. Kyushu Daigaku Daigakuin Keizaigakukai バージョン:

権利関係:

(2)

‑ 54 ‑

テイラーの職能的組織の成立

一 一 管 理 の 集 中 一 一 堤

目 次

( ー

) テイラーの職能的組織の成立

( 二 ) 職 長 の 反 抗

t

テイラーの職能的組織と直系参謀走ll織 は し が き

管理組織の展開については,一般に軍隊式組織より直系参謀組織への直接的 展開が説かれており,ティラF の職能的組織の呆した役割はほとんど顧みられ ていない。しかし私は軍隊式組織はまずテイラーの職能的組織へ民聞しすこと考 えている。また一般に管理組織は管理と無関係に論じられているが,テイラー の]職能的組織は科学的管理の成立に支えられ,これと統一的に民間していると 思、っている。

私が軍隊式組織よりテイラーの職能的組織への展開をみる上で、着目したの は,テイラーの主張した職能化の二原理,すなわち計画と執行の分離および両 者における職詑の細分割の二原理である。この二原理は,軍隊式組織において 職長が一切の管理を独占して万能的に行っていたことを批判し変革するもので ある。なかんずく計画と執行の分離の意図は,職長から知識を一切取りあげて 計画部へ移すこと,いわば計画部への管理の集中にあったと芳えている。

またティラ戸の職能的組織は次の直系参謀組織とも関連している。私はさき の計画と執行の令離はすでに専門スグッフと下層ライγの職能的内容を用意し ていると考える。ただ彼の職能的組撒はよく言われるように,命令統一の原則 を欠く点に欠陥をもつのであり,この点も改めて取りあげてみることによっ て,次の直系参謀組織との関連について問題を提出してみようと考えた。

(3)

.ティラ戸のi践能的組織の成立 Fhu  FU

J‑ィラーの職能的組織の成立 一 一 管 理 の 集 中 一 一

テイラーの職能的組織の成立をみる前に,まず彼が]!?良能的主fl:散のご原理とし て述べているものを前以て挙げておこう。原理は次のように述べられている。

(a)  「計画活動および多少とも事務的な活動から,工員はもちろん,組長,

職長をできる限り解放しなければならないu一切の頭脳的活動を現場ーから 取り除いて計画部または設計部に集中し,職長と組長を厳密に執行的な活 動に従事させるべきである。計画部の計画し命令した作業が工場で、速やか に実行されているかどうかを監視することが,彼等の仕事である。

(b)  管理の全領域に亘って軍隊式組織を廃止し,いわゆる職能的組織にきり かえねばならない。職能的管理とは,副工場長以下すべての職員がおのお のできる限り少数の職能しか持たないように,管理活動を介割することに ある。可能ならば,各人の管理活動を唯一つの指導職能のみに限定すべき

(1)  である。」

原理の第ーは計画部と現場職長との間に計画職能と執行職能を介離すること であれ第二はさらに両職能をそれぞれ細分割することである口テイラ,ーは計 画部には手IJ慎,指導票,時間および原価,工場訓練の四人の係を,現場には準 備,速度,検査,修繕の四人の職長を設けている。以上の如くテイラーはきわ めて職能的な組織を提唱しているのであるが,この組織は軍隊組織式とは著し く対立的である。軍隊式組織は生産の過程的分割に基いて成立しており,各部 および各課の管理は種々のものが万能的未分化的に部門管理者および職長各人 に任されているのである。事実テイラーはとのこ原理を軍隊式組織の二大変革 として述べたので、あって,彼が軍隊式組織にいかなる批判を加えてこの組織を 提唱するに至ったかを,これから跡づけてみよれ

ティラ{は軍隊式組織における職長の監替活動が不充分で,作業の非能率を 黙認していたことを解決するものとして,彼の職能的組織をうち出している。

ティラ戸は職長の監督活動が不充分で、あったことの責任を職長のみに求めず,

半分は管理者側に求めている。職長自身の責任は後で取りあげるとして,彼の

(4)

‑56‑ ティラ戸の職階的組織の成立

言う管理者の責任とは,管理者が職長に管理をまったく任せて彼らを指導して いないということであって,そのため職長は過犬な管理業務を彼のみで は遂行 することができずに作業上の判断を労働者自身に任せていたので、ある。彼は述 べている。

「私の経験によれば,ほとんどすべての工場で職員が是りない。現布の職員 の数では仕事を経済的にするには常に不充分である。軍隊式組お

E

の下では職長 が金工場を完全に指揮する責任をもっている。−−…山ほどの仕事を背負いなが らさし当りなすべき最も大切なことが何であるかは,}職長円身のその日その日 の判断に任されている。山ほどの仕事のうち自分が責任を以てなしうることは ごく僅かであるが,それに没頭している聞に,その他の仕事は組長や工員たち

(2) 

の考えで片づけられてしまうことになる」と。 (傍点は引用者〕

管理者が十分な数の職員を用意して職長を指導していず,むしろ管理のすべ てを職長に任せていると彼は言うのである。計画を任された職長は過大な責任

(3) 

を果せないで,彼自身ふたたび労働者の判断に任せて監督を怠けている。しか し監替が不充分で労働詑率が低い事実を見ても,管理者は職長を指導できない でいる。問題は管理者が職長自身に計画を任せていることにあった。

しかも計画と監督は作業,人事,賃金,設備,その他広汎なものに関してで あるが,とれら雑多な計画と監督がすべて一人の職長に任せきりであったので−

ある。すなわちティラ戸は当時の職長の仕事として次のを挙げている。

。)仕事の割当,包)仕事の手順の決定,(3)作業方法の指導,仏)作業速度の監 替, (5)長期的生産計画と人事計画, (6)労協者の紀律の維持,(7)賃金なおし,

(4)  (8)出来高単価の決定,(9)時間記録の監督。

以上の九種の仕事にはすでに計画と監督とが含まれているのであって,当時 の職長は二重の意味で過大な仕事を負担していた。すなわち計画と監督とをと もに負担し,しかも九種の仕事に亘って負担していたので あれまったくの万 能職長で、あった。職長は管理業務の一切を一手にひきうけて工場管理の中枢に おり,実質的に管理者の代表で、あった。そして管理者は至って形式的にしか職 長を指導しえていないのである。

(5)

ティラ戸の職能的組織の成立 ‑ 57

しかし管理者が万事職長任せとしている理由として,彼が充分な指導的]職員 を用意しなかったことをテイラ{は挙げているが,ここで、彼はすで、に新たな管 理組織における管理者の指導責任を念頭においた上で、この理由を述べているの であって,従来の軍隊式総織において管理者が自己の責任を自覚せず万事職長 任せとしていた原因については触れてはいないので、ある。しかしこの原因こそ が問題の核心で、あるので,この点についてのシェルド シの説明を取りあげてテ イラFーの説明を補足しよう。シェルドγは当時の管理者が実際についての知識 に貧困で,計画を職長任せとすることとなるとして,次のように述べている。

「しかしながら科学的計画は,それが周到なものでないかぎわたいてい人 任せとなるものである。数企業で採用された計画部(the  Progress  Depart‑

ment)は,すぐれた意図を以てではあったが充分な知識を持たずに計画を行 った白しかし科学的資料に基づかず,職長をおどしてできもしない約束をとる 管理者の能力に基づいた駆り立て制度( chasing system〕は,科学的に決 定された作業日程表一一それが計画なのであるが一一に代りうるものではな い。科学的で全般的な計画だけが価値を持っている。事実にうとく不充分な情 報しか持たない部門管理者の指導によって職長を困らすよりは, l政長自身の能

(5) 

力に任す方がむしろ良い」と。 (傍点は引用者)

彼は充分な知識を持たない管理者にたいし,駆り立て制度よりは計画の職長 任せを勧めているが,彼の説くところが軍隊式組織の実態である。軍隊式組織 の下で管理者が計画を職長任せとしなければならなかった原因は,管理者が職 長に比べて管理上必要な知識にはるかに貧困で、あったことにある。管理者は知 識を彼の個人的経験からうるのであるが,経験の範囲は限られておって彼の知 識は集団としての職長のもつ知識には劣っている口しかも彼の経!験的知識はす でに暖昧なものでしかない。 このような管理者の経験的知識の限界は,営業 部,経理部よりも製造部において一層甚だしかったと言われる口そこでとくに 製造部において管理者は,自分で、計画をたてるにしても過去の実績から暖昧に 判断しえただけであって,むしろ一層綴密に計画できる職長の豊富な知識に計

(6)  画を任せておく以外にはなかったのである。

また管理者は,彼の知識が貧困で、職長を指導しえない以上,職長の仕事を分

(6)

‑ 58 ‑ ティラ{の職能的組織の成立

析して雑多なものを分割することも出来ない。そこで彼は雑多な仕事をーまと めにして職長個人に任せていたので、ある。しかしティラ戸によれぽ九程の仕事 をなすためには種えの専門的知識と精神的道徳的素質とを裂するのであって,

彼はそれだけの知識と素質を個人に求めるのは無理であると言うのである。

以上シェル f"yによってテイラーの説明を補足してきたのであるが,テイラ ーは管理者がご重の意味で管理を万能!?品長個人に任せていたことを明らかにす るだけでなく,そのことを改革しようと思いたったのであるυ そしてシェルド ンの説明をも併せ考えれば,彼は万能職長のもつ管理上必要な製造部の活動に ついての知識を管理者側に移転集中すること,およひ計画と監替のそれぞれに おいて個人には過犬な能力上の要求を細分割することを考えざるをえなかった のである。万能職長のもつ知識を取りあげて管理者側に集中することs これが 冒頭に挙げた職能的組織の第一原理,すなわち計画と執行の分離の内容をなし ている。ティヲ戸間身の言葉によれば, 「一切の頭脳的活動を現場から取り除 いて」管理者側に「集中」することである。そして第一原理を基礎にして,計 画と執行のそれぞれにおいて能力分割をなすこと,これが第二原理である。第 二原理は第一原理を基礎にしてはじめて成立するのであり,テイラーによる軍 隊式組織変革の根本は第一原理に在る。

しかし職長から知識を移転集中して確立させた計画を管理者自身に任せるの ではない。管理者t主役個人の狭い経験からえたところの,しかもすでに暖昧と なっている知識によって管理をなしていたのであり,自ら計画をなすことがで きず却って職長にこれを任せていたのである。ティラF は管理者の取っていた 個人の経験的知識に基づく管理法を批判することから出発していたのであっ て,計画を管理者自身から区別して計画部に集中し,また計画の決定権限もか ように無能力な管理者に与えず計画部に集め,専門家に負担させねばならない としたのである。第一原理は計画を職長から計画部へ分離集中することを眼目 とするばかりでなく,計画の決定権限を無能力な管理者に与えず計画部に集め ることをも含んでいるのであるω

以上においてティラF の軍隊式組織にたいする批判と改革の二原理をみたの であるが,ティラFーの職能的組織は軍隊式組惜の改革として成立した許りで

(7)

ティラ戸の職能的組織の成立 FD  n3 

なく,労働者にたいする管理の改革と結びついて展開したことに他の特質があ るのである。そこで論議を管理組織のみに限定することを許されないのである。

さきに管理者は計画をすべて職長任せとして職長にたいする指導性を持つに 至らなかった。ところが職長自身がまた労働者に計画を任せて彼らの組織的意、

業を放置し,いわゆる成行管理を生みだしていたので、ある。管理者は計画を職 長に任せていたが,その実計画は,ことに作業計画は労働者自身の判断によっ て決定されていたので、あり,彼らの計画によって管理者も職長も制肘されてい たので、ある。ここにおいて軍隊式組織の欠陥は成行管理のそれと結びついてく

る。すでにテイラーはさきの軍隊式組織批判の箇所において,万能職長は過大 な仕事の負担を果しえないで多くのことの判断を労働者に任せていると述べ て,軍隊式組織と成行管理との結びつきに触れていたので、ある。成行管理にお いて管理の側が計画をいかに労働者任せにしていたかについては,すでに副田 教授が科学的管理法の批判的成立という視角から取りあげ,明確に説明してお

られる。

教授によれば,当時問題となっていた組識的怠業については管理者側も責任 があったのであれ彼らの責任とは作業上の知識が貧弱で万事労働者任せであ わせいぜい諸種のィγセシチプによって労働者の労働意欲を駆り立てようと したにすぎないということである。そしてティラ戸は管理者側の知識と熟練 は, 「その下で働く多数の労働者の結合された知識と熟練にくらぶれば物の数 でもない」ことを指摘し,そして「労働者側の結合された知識と熟練とを取り あげてこれを管理の側に集中すること,とくに知識を」そうすることによっ て,計画と執行(作業)を分離することを思、い立ち,科学的管理法を展開させ

(7) 

ょうとしTこのであると。

教授が明らかにされた如く,当時の管理者および職長は集団としての労働者 にくらべて作業上の知識が貧弱で、あって,作業上の計画を労働者側に任せてい たので、ある。そしてティラ{は労働者側から作業上の知識を取りあげて管理の 側へ集中し,計画と執行(作業)を介離して科学的管理法を展開しようとした のである白

ここで職長が作業上の知識について労働者側に劣わ計画を封働者任せとし

(8)

一 切 ー テイラーの[I決能的組織の成立

ていたことによって,軍隊式組散の欠陥は成行管理の欠院に結びついてくる。

さきに管理者は製造部の活動についての知識が貧弱であり職長に計画を任せて いたのであるυ そしてティラペま職長倶I]の知識を管理者側に移転集中して.計 画と執行(盟各)を介離することによって職長にたいする管理者の指導を確立 しようとしたのである。このことが軍隊式粗

3

誌についてのティラ戸の批判的結 論で、あった。ところが職長自身が労働者に比べて作業上の知識について劣わ ふたたび計画,ことに作業上の計画を労{訪J者側に任せていたので、あって,管理 者は製造部の活動,とりわけ作業にかんする知識では職長側に劣る以ーとに,労 働者側にたいしては一同劣っていたのである。そこで軍隊式組織において管現 者が職長側を指導しえなかったことのj反|却は,管理者が職長よりも知識に貧弱 であったことにあるばかりでなく,~- Fl'i 彼が労働者側よりも知識に貧弱で彼ら を管理するための計画を持っていなかったことにあり,むしろそのために職長 を指導しえなかったのである。

ここにおいてテイラーは職長制から管理者側へ知識を移転集中して計画と執 行(監答)を分離し,以て軍隊式組搬を改革しようとする時,むしろまず労働 者側から彼らの知識を管理者側へ移転集中して計画と執行(作業)を介離しな ければならず,そのことによって職長側からも知識を取りあげることができた のである。軍隊式組棋についてのさきのティラF の分析は,軍隊式組織の職能 的組

t : f

&への改革の直接原因を明らかtこするものであった。しかし軍隊式組本訟の 改革がいかなる基盤の上でなされたかはタさらに成行管現を取りあげ,これの 改革と結びつけて汚えてはじめて明らかである。ティラ戸は科学的管理の民間 によって,同時に統一的に彼の職能的組織を展開させようとするのである。

もちろん当時の職長はある程度自ら計画をなして労働者を管理していた。し かしながらテイラーの芝生げていた職長の仕事について言えば,作業方法の指導 と作業速度の監督はもちろん,仕事の害I]当,仕事の手IJ債の決定等の作業の全般 的計画や在庫量の決定い職長は一方的にこれらを計画することができず,労 働者と相談の上で計画するかあるいは計画を労働者に任せきりにしていたので ある。このように芭提の労働過程にかんする計画はほとんど労働者任せとなっ ており,職長のなしていた管理活動はおもに賃金および人事面に眠られ,いわ

(9)

FO  

ば労働過程の外から労働者の労働意欲を高めることに努めていたので、ある。し かしかかる間接的な管理は基礎となる直接の作業が労働者の判断に任されてい る時,成行的不徹底的なものに話らざるをえなかったので、ある。そこでティラ

ティラ戸の職能的組織の成立

これに基いて賃金面,人事 面についての管理をも管理者の側に確立させて,職長側のなしていたこれらの 管理を集中しようとしたのである。

科学的管理の成立がいかなる原理によってなされるかはさきに述べた成行管 理の批判の中ですでに解かれているのであるが,改めてこの成立原理について

戸は労働者側から作業にかんする知識を取りあげ,

副田教授の説明を聞こう。教授は述べておられる。

「労働者側の結合された知識と熟練とを取りあげてこれを管理の側に集中す ること, これこそティラ戸・システムまたは科学的管理法の原 理である。そしてこのことこそ,ティブFーが科学的管理法の原理として掲げて いるところの第一のもの,すなわち「科学の発展」の内容にほかならない。彼

とくに知識を,

は『詰f.言』のなかでも科学的管理法を説明してその第一原理たる「科学の発

「科学の発展」すなわち従来労働者の頭のなかに (8) 

保存されてきたすべての知識を管理の側の人えに集めること」とJ。 民」を敷街して述べている。

教授は科学的管理法の成立原理は労働者側の結合された知識と熟練との管理 このことが管理の側での科学の発展の内容をなして いると述べておられる口そしていわゆる計画と執行(作業)の分離が労働者の 知識と熟練の移転集中にあることを明らかにされるのである。以上の教授の説 明によって科学的管理の成立についてはすでに明らかである。労働者からの知 の側への移転集中で、あれ

とくに知識の移転集中として,管理者は計画職能を確立する。そし て知識と熟練の移転は管理の側における科学の展開によってなしとげられるの である。

識と熟練,

これと統一的に展開す るのである。ティラ戸が軍隊式組織への批判から取り出した結論は,従来計画 が職長任せとなっており,職長側から知識を取りあげて管理者側,

ティラ戸の職能的組織は科学的管理の展開と同時に,

より正確に は計画部へ集中し計画と執行(監督〉を分離すること,および計画と執行の両

この二つであった。

方で職能を再分割すること,

(10)

‑ 62ー ティラF の月飯能的組織の成立

ところでテイラーが労働者側から作業上の知識を計画部へ移転集中して計画 と執行(作業)を分離した時,職長倶I)についてみてもこの知識の集中によって すでに計画部は職長側に優る作業上の知識をもち,彼らからも知識を集中しえ たことになったので、ある。そして職長側からの知識の集中による計画と執行

(監督)の分離がなされたので、ある。すなわち科学的管理の展開によって職能 的組紘は同時に,統一的に民間されたのである。

もちろん労働者の知識を取りあげると言っても知識は人格的要素として存在 しているものであって,ティヲ「は労働者側からの知識の移転集中を管理者側 で科学を展開することによってなし遂げたのてーある。テイラーは計画郵を説明 する際に科学の展開について多くの実例に触れている。その主なものを挙げて みると,作業の科学はもちろん,その他受註分析(作業の割当および手順を決 定する),原材料,仕掛品,杭庫の記録とヲ子析,納入期分析, JJ¥c1個分析,人事 記録制定,雇傭にかんする適性検査等がある。そしてティラ{はこれらすべて は従来労働者向身がしなければならないことになっていたと述べて,これらの 科学の展開によって労働者のなしていた計画活動が計画部へ集中されたことを 語っている。

これらの科学の展開の中にはすでf乙職長のなすべき九種の仕事における計画 がすべて含まれている。従来職長はこれだけの計画を自らなしえないで労働者 に任せていたので、あり,ティラF は労働者側からこれらの計画を集中し,計画 部において科学的なものとして展開させたのである。これらの科学を展開させ ることによってティヲ{は労働者のみならず,職長自身からも彼らの知識,頭

/]内的なものを一切取りあげたのである。

従来管理活動を占有していた職長のもっている一切の知識,頭脳的なもの,

計画的なものを取りあげて計画部へ集中すること,これが職能的組織の第一原 理である計画と執行(監替〉の分離の内容をなしている。言いかえれば万能職 長より計画部への管理の集中である。そして職長は計画を取りあげられて管理 の実権を夫い,単純な執行のみを義務づけられるのであるο この計画と執行の 分離によって万能職長の問主的な無責任な管理活動は克服され,計画部は職長 にたいして一方的に計画し命令し執行を強制しうることとなったので、ある。

(11)

ティラ戸の職能的組織の成立 ‑63‑

なおこの管理の集中としての計画と執行の分離は軍隊式旭織の改革としてな されたのであるが,その展開は科学的管理の展開を基盤として始めてなされた のである口テラーは労働者から知識を取りあげて計画部へ集中し,計画と執 行(作業)を分離することによって科学的管理を成立させたので、あるが,それ と問時に統一的に職長からも知識を取りあげ、たので、ある。職能的組織の第一原 理は原理の内容とともに,展開の条件においても理解されねばならないのであ

c

原理の内容としてはこの第一原理は職長から一切の知識を移転集中すること によって管理の集中を図ることを意味している。そこでテイラーは管理は計画 部によって集中的になされねばならないと,次のように主張している。

「工場いや製造部は管理者や工場長や職長などの管理すべきところでない口 計画部によって管理されるべきものである。全工場を運用する日々の仕事は,

この計画部内の各種の機能的要素によって実施さるべきものである。従って少 くとも理論上においては,計画部以外にいる管理者や工場長やその助手たちが 一箇月ぐらいに話守になったところで,工場の運用には差支えない筈である」

(9)  と。

従来軍隊式組織において管理が職長に任され令散されていたことと対立し て,テイラpーがいかに計画部への管理集中をなしとげたかは直ちに明らかであ る。

なおここで述べられているように,集中された管理は管理者自身にも任され るものではなかった。従来管理者は貧弱な彼の経験的知識に基いて管理をなそ うとして,計画を職長任せとしていたので、ある。ティラFーは管理者にずこいする 批判としてもこの管理の集中をなしとげたので、あれ計画職能は科学的知識を もっ専門家によって担われるべきであるとともに,計画の決定権根も無能力な 管理者に与えらるべきではなく計画部に集められねばならないとしたので、あ る。そして計画部に権根を集めることによって,科学の技術的合理性を全うし ようとしたので、ある。しかし彼が管理者の役割をまったく抹殺して,管理者が 権恨を持つべきことを否定した結果,後にティラpーは管理者側から激しい批判 を受けることとなるのである。

(12)

‑64‑ ティラ戸の敬能的組織の成立

1臨長からの知識の移転集中,計画と執行の介離をなしとけ

Y

ミ結果,テイラー は計画職能と執行職能を明確化しP またおのおの個人では負担しえない種煩と 量にのぼることを明らかにして,彼は計画職能と執行職能のそれぞれにおいて さらに職能の細分割をなすのである。この職能の細令割!が彼の職能的組純の第 二原理をなしている。計画と執行とにそれぞれ含まれる仕事は各種この管理に 亘っており,その遂行は各種の専門的知識と精神的道徳的素質とを要求するの であるが,これらすべてを個人に求めることは不可能であり,そこでティラ戸 は両職能をさらに分割して個人によって負担しうる範囲に仕事を限定するので ある。かくて職能の細分割とは職長の能力を分割するための仕事の専門化なの である。テイラーはこの職能の細分割によって,計画部には手)|頂,指導票,時 間および原価,工場訓練の四係を,現場では準備9 速度,検査,修繕の凹職長 を設けている。

第三原理は第一原理が職詑を明確化したことによって始めて成立し,第一原 理を専門職能化によってさらに補足するものとして展開したもので,第一原理 の派生的原理であり,ティラ{の職能的組織の意義は計画と執行の介離を述べ た第ぃ 原理にほとんど集約されているのである。

今主主われわれはティラF の職能的組織を展開の過程でみてきたのであるが,

管理組織は最後に組織機構として機能的に見直される必要がある。展開の過程 ではおもに計画部の令化が注目されたのであるが,現場職長の役割については 管理組撒の機能過程が語ってくれるからである。

職能的組織の第一原理7こる引高と執行(監替)の介離は,職長からの一切の 知織の剥奪による計画部への管理の集中を内容とし,かつ計画と執行(作業)

の分離による科学的管理の展開によって統一的になしとげられたものであっ た。計画部は労働者および職長からの計画の集中によって,彼らにたいして一 方的に作業および監替を計画し命令しうる立場に立っている。そして計百を取 りあげられ自主的判断を許きれなくなった労働者および現場職長は,今や作業 または監替の内容を彼らの頭脳に与えられて執行を強制されるuすなわち,彼 らの作業および監督は自主性を奪われて強制労働{じしたのである。

計画部が社会的強制によって労働者および職長から計画を取りあげて,これ

(13)

ティラ戸の職能的組織の成立 ‑65 ‑

を命令指示として与えて執行を強制する時,彼らの存在は物化されたものとな れ労働者は作業命令を与えられて執行を強制されるものとしていわば物的対 象化し,現場職長は命令指示を与えられて作業を監督強制すべき媒介手段的 存在となる。結局職長の役割は計画部の労働者にたいする管理活動の過程にお ける管理の手段的存在たることにある。ここで計画部,職長および労働者の関 係は, 労働過程における労働, 労働手段および労働対象の関係に類似してい る。このように労働者および職長は計画部による計画によってきわめて統一さ れているのであるがp さきに職能的組織が科学的管理と統一的な展開を遂げ、た ことと対応して,計画部の単一の計画活動による統一的機能関係が示されてい るのである。

要するに現場職長は自主性を奪われて監督活動を強制され,管理の手段とし て計画部によって機能せしめられるのである。ステリシグは職長の役割を次の ように表現している。

「職能革命を受けた場合にあっては職長の職務とは一体何であろうか。彼は 非個性的な計画部によって支配される単なる警官あるいはロポットと化したの

。 。

ではなかろうか」と。

ロポットとは自主的判断を失った存在を意味し,警官とは権力の手段的存在 たることを示している。もっとも当時の職長には作業の指導訓練の役割が犬き く残されておったのではあるが,しかしすでに彼らは上から計画の枠をはめら れて監替を強制される存在となっているのである。

ところで計画部,現場職長および労働者の関係は労働過程における三要素の 関係に類似していたので、あり,現場職長の役割は管理の手段7こることに見出だ されたので、あるが,二つのものの類似はあくまで一応のものであるに過ぎな い。現場職長および労働者は無論一個の人間なのであれ彼らを物化したもの は社会的強制に外ならないのである。しかしながら軍隊式組織においては職長 はすべての管理を独占して自主的に遂行していたので、あったが,今は単なる監 替の執行者として計画部による管理の手段的存在に顛落することとなったので、

ある。

註(1) F. W. Taylor1  Shop  Management1  New York, 1911, p. 98,上野陽一訳,

(14)

一 随 一 ティラ戸の職能的組織の成立 科学的管理法,昭和32年, p.117.

(2)  F. W. Taylor, ibid.,  p.  94,  上野訳,前掲誓, p.114. 

(3)職長は管理業務の負担が過大で不充分にしか遂行できなかったばかりでな く,判断を任されていることを利用して意識的にも怠けていたのである。シ ェルドνは職長の怠慢について次のように言っている。すなわち職長はあら ゆる管理をうけもっており, 「そこで多くのことがなされず,なされたにし ても非科学的であり,多くのことは言い稽われて適当にやられ,管理者を簡 単に満足させるように擬装されるJと。 (0. Sheldon,  The  Philosophy of  Management, 1924, p. 265) 

) F. W. Taylor, ibid., p. 95,上野訳,前掲書, p.114. (5)  0. Sheldon, ibid.,  p.  221. 

(6)シェルドシは軍隊式組織における万事職長任せの状態を分散の原理〔the principle of decentralization)に理論化している。(0.Sheldon, ibid., p.114.)な お彼は分散の原理を管理と調整とのごつにおいてみているのであって,管理 についてのみ分散を問題にしたティヲ戸とは具っている。(O.Sheldon,ibid.,  p. 216.) 

(1割問満障,ティラ戸・システムの原理,経済学研究,第211

(8)割田満燈,前掲論文

(9)  F. W. Taylor, ibid., p.  110,上野訳,前掲書, p.125. (10)  0. Sheldon, ibid.,  p.  224. 

( ゴ 職 長 の 反 抗

テイラーは職長から知識と熟練を取りあけ。て計画部へ集中L,彼らには単純 な執行のみを与えたのであって,彼の職能的組織においては職長は不熟練化を 免れない。しかし職長の知識と熱諌な人格的要素として彼らの権威を形遣って いたのであり,職長は権威者として管理者の機能をも一手にひきうけて遂行し ており,まさに当時の管理の主人公であった。しかし計画と執行の分離は彼ち から人格的権威を剥奪L,計画部は彼らを強制的,服従させるのであって,彼 らは計画部の命令の単なる執行者に顛落する。そしてかかる地位にあって彼ら は計画部から身働強化を強制されるのである。要するに彼らにとっての最大の 変化は,権戚ある自主的管理者から単純な命令執行者への顛落である。シェル fyは職長からの人格的権威の剥奪の事実を次のように認めて,管理組織の変 革には職長側を説得することが絶対必要であるとしている。

「しかし,部門の作業計画を決定することは職長が自分に残していたもので

(15)

テイラーの職能的組織の成立 ‑67 ‑

あり,この決定権を夫うならば自分の権威はi員後のきれはしすら失われたと考 (1) 

えよう。これが職能化の難問題である

J

とり

職長の権威を剥奪するテイラーの職能的組織の出現にたいして,職長側が組 紘的反抗を以てこれを阻もうとしたことは当然である。彼らの組

J i

的反抗の典 型はベフ、レへム製鋼会社の場合に見出される。 1897年ティラ戸はベスレへム製 鋼会社から,同主!::の日給制度改革の依頼を受けた。入社に先五ちテイラーはp

改革が管理ばかりでなく管理組織にも及ぶこと,および後者の改革について予 想される時長側の反抗に先手をうつ必要のあることを考え,入社条件ともおぼ

しい次のような要望を社長に提出した。

①  多数の職長および工員が退社することとなっても,工場管理はいかなる 個人または集団からも独立させておくことω ①新管理者の決定が必ず実行さ れるような制定ーまたは規則の採用。 ①日給制を自分のゴ苦笑した出来高給常Ji

きりカミえること。

つづけてテイラーは,管理の改善が「あなたの工場の労働者ばかりか,おそ らく職長や工場長からも激しく反対されることとなるのは疑いありません」と 述べて,さらに次の四条件が必要であると説いている。

①  新管理者は仕事に忠実でなければならず,いかなる反対者の影響や統制 にも服してはならないこと。 ②すべての人事権の新管理者への委任o ①  昇 進の決定には鴇故関係的考慮を加えないこと。 ①新たな出来高拾における牧

位) 入を通常の25〜50%増しとすることu

最初の三項目中の二項目,後の四項目中の三項目までもが,月給制度の改者 でなく,管理組織の令理化に7こいする職長の反対に関係しており,いかに職長 側の反抗にテイラーが頭を悩ましていたかが容易に察せられる。とくに役 が懸 念しすこととは,彼らが比較的高い地位をもっており彼らの権限と対抗しなけれ ばならないことであった。そこで彼は社長の理解と援助とを要詰したばかりで なく,機構工場における命令と人事の権限を計画部に与えることをとくに要望

したのである。

テイラーの合理化が職長の権威を剥奪することにたいする職長側の抵抗は,

たしかに烈しいものがあった。例えば,工場長のポストを廻る争い,新管理者

(16)

68‑ ディラ「の1隊合巴酌組織の成立

の養成に必要な人員の承認問題,会計制度変更についての係の反抗事判等があ ったQ しかも職長側は最後では公然と集会を催して反対運動を申し合わせるに 至》った。彼らの組識的反抗がいかに徹底的なもので、あったかは次の一事が端的 に示している。すなわちディラF による238の機械にたいする給水設置設置の 命令は,実行されたもの僅かにし 21こ尚まり,それもきわめて不完全なもの に過ぎなかったのである。同社におけるティラ戸による管理と管理組棋の改革 は,労働者側よりも職長側の組織的な反抗によって頓座するに至った。入社後 一年ーもたたぬ中に早くもテイラーは,出来高作業の導入において労働者側より

も却って協力すべき職長側に非常な困難性を見出したと,社長への報告書で述 べている。

これらの反対運動を代表して,テイラーの職能的組織にたいする職長側の見 解を要約しているのは,テイラーの合理化活動についてのある職長の批評であ る。彼はティラ戸による合理化が予想外に管理から管理組紘へと展開し,後者 についての合理化はまさに職長にたいする革命であったと言うのである。すな わち,

「リシヂルマシ氏(同社社長・・・註〕が考えていたことではF ティラ「氏は出 来高制を取りいれて生産を増すことによってわれわれを助ける筈であり,その ために雇われた筈でーあった。しかしティラF 氏のやったことと言えば,その仕

(3) 

事を放郷して革命を始めることであった」と。

テイラーは自分らに協力する筈で、あったのに,むしろ敵対して革命を始めた とこの職長は語っている。この草

がI暁長倒に一合ムえ

t

..景多暫を端的に表現しているoかつての権威ある問主的管理者 から単純な命令執行者への職長の顛落はまさに根本的なものであり,この顛落 によって彼らは単なる賃金労働者に一歩接近したので、ある。まずこ管理者として の専門的技能が昇進の一条件に挙げられることとなり,作業労働者出身で高等 教育を受けていない彼らの昇進はしだいに制約されはじめる。こうした機能面 と人事での彼らの顛落を,ティラF は計画と執行の会離によってもたらすので ある。この一職長が,テイラーの管理車国最令理化が果した役割!を,職長の側か

ら,彼らにたいする革命運動として捉えたのも当黙のことであろう。

(17)

ティラ{の戦能的組織の成立 ‑ 69

今日に至るまでなされている計画と執行の分離はすでにティラベこ始まるも のであって,計画と執行の分離の職長に与えた影響を批判的に描写している最 近のミルスの見解を,このティラ{の場合にあてはめてみることも,決して場 違いではない。ミyレスはいかに職長の権威の低下が職長側からの技術的人事的 機能の剥奪によってなしとげられたかを,きわめて克明に次のように述べてい

る口

「経営陣の最下層を形成する職長は,かつては労働者の生活と運命を手中に 握るものとしてほとんどあらゆる点で労働者とは対立し,不満な労働者と革鞭 をもった職長との間にはいざこざの絶え間がなかった。……彼は職人頭であ れ部下の誰よりも仕事に関する造詣が深かった。こうして大量生産が開始さ れるまでは,職長は支配人,監督者,生産計画立案者,人事管理者などの機能 を一手に引き受けていたので、ある口

あらゆる職種を通じて,職長ほど企業の合理化によっていちじるしい影響を 受けた者はない。大企業の出現に伴って,上からは新しい上級管理者の技術的 人事的支配によって職長の機能はけずられ,下からは強力な労働組合の成長に よって職長の権威は脅かされた。それとともに,多くの産業で9 名人肌のl職人 でなく,高度の訓練を受けた技術家を必要とする自動的な機減が設備されるよ

うになって,職長が技術指導を行いうる分野が減り,彼が腕をふるうのは職人 頭や人事管理の一部を受け持つ場合だけになってゆく口技師や大学卒業の技術 家が従来職長のやって来た技術面で、の任務を引き継ぎ,学校へは行かずに実地 でたたき上げてきた職長はその命令を受けるようになった。かつて職長が経験 にもとづいて一手に引きうけていた種々の機能は組.織化され,集中され,次い で合理的に再配分された。……こうして人事管理や保安の専門家,学歴の高い 技師などの新しい人えが職長の権威を低下せしめ,労働者の職員に対する尊敬

(4) 

と服従の念を弱めた」と口 (傍点は引用者)

ミルスはここでティラ戸の職能的組織という言葉は用いていない。そしてテ ィラFーの職能的組織に限定せず近代的組織全般における合理化の趨勢を考えて いる。しかし彼がティラ戸に始まる計画と執行の分離の傾向を捉えていること に間違いはない。彼は管理組織の合理化が一貫して職長の権威をひき下げるも

(18)

‑ 7日一 ティラ戸の;飯能的組織の成立

ので、あったことを指摘し,このことについて批判的である。しかしこの権威の 低下がj政長側から技術的人事的機能を削りとってとへ集中することによってな されたことを指摘しており,テイラpーが提唱しその後一貫して引き継がれた計 画と執行の分離が管理組織を近代化する技術的必然で、あったことを,職長の

i

から確証づけているのである。

しかしながら計画と執行の介離は,職長からさらに役の人間性を喪わせるの である。職長は自主的な刊断を許されず,計画部から与えられる計画の執行を 強制され,彼自身の頭脳と肉体は外在イじされ手段化されてしまうのである。ミ ルスはこう言っている。 「ホワイト・カラ戸の世界においても個人の人間的な 特質は,その肉体的な次元から精神的な次元に至るまで,管理者の機能的合理

(5) 

的計算の単位となってしまうのである

J

と。彼は現代の管理組組において述べ ているのであるが,しかし彼の現定はテイラーの組織についてもすでに基本的 には妥当している。現場職長は計画部の発する計画によって支盟され操られて い る の で あ わ 現 場I院長は自己の労働内容の外在化と共に労働にfこいする満足 を次第に失うに至る。科学的管理が労働者から人間性を喪わせたと問じく,テ イラF の職能的組織は現場職長から人間性を\己わせ,新たに人間性回復の問題 を提出することとなったので、ある。

註 (1) 0, Sheldon, ibid.,  p.222. 

(2)  F. B. Copley,  F. W. Taylor, Father of  Scientific  Managmnt, Vol.II,  p.11. 

(3)  F. B. Copley, ibid.,  Vol. II,  p.  145. 

(4)  C. W. Mills,  WhitCollar,杉正孝訳,ホワイトカラ戸, p.74.  (5)  C. W. Mills, ibid.,杉訳,前掲書, p.210. 

アィラーの職能的組織と直系参謀組織

軍隊式組織においては万能職長が計画と監替とを,しかも種えの管理に

E

っ て一括して万能的になしていたのであり,この組織はきわめて未分化で低次な もので、あった。軍隊式組織はティラ戸の職能的組織にまず移行したのであり,

この移行は万能職長の管理活動を計画と執行に分離し,また両者においてさら

(19)

ティラ{の職能的組織の成立 ‑71 ‑

に職能を細分割jすることによってなしとげられた。この職能的旭識を今日の直 系参謀組織との関連において捉えてみると,すでにテイラーによる計画と執行 の分離は今日の専門スグツフと下層ライシの職能的基礎を与えているのであ る口専門スグツフは生産についての専門的計画職能を,下層ライシは単純な執 行職能を担当しているのであって,両者のもつ職能的内容はすでにティラ戸の 職能的組織における計画部と現場職長の職能に見出されるのである。計画部の 仕事としては時間研究,機械,材料,作業の配置計画,資材部品の在庫の管理F 人事管理,原価の記録および分析などの専門的な計画業務が含まれており,程 度の幼稚さはあっても今日における専門スグッフのなしている仕事の重要なも のはすでに見出される。また現場職長は計画業務を取りあげられて単純な執行 業務のみに専念しているのであって,今日の下層ライシと共通している。

テイラーの計画部を最初にスグツフと認めたのはフェイヨルであるが,彼は テイラ戸の職能的組織が次のごつの考えに基いているとしている。すなわち,

①  現場職長および職長を補助するスグツプの必要性, ①命令統一の原則の 否定,以上である。そして第一の点にテイラF の功績を認めて次のように述べ

ている。

「テイラーは犬機械工場における管理者の責任が複雑かつ犬であることを,

誰よりもよく説いた口管理者は何らかの補助なくしては満足に仕事をなしえな い。そこでティラF は既に述べたような方法を考案して実行した。その方法と いうのは職長にたいする種々の専門家の附設であって,これらの専門家は職長 を命令に際して専門的知識の必要ーから免れさせ,多くの時間を費していた無数 の中断から解放したのである。この専門家の活動はスグッフの活動である」

(1) 

と。 (傍点は引用者)

彼は素朴ではあるがそれだけ明確に計画部の職能にスグツブの職能を認めて いる。たしかにティラFーの職能的拡織は計画と執行の分離によって,次の直系 参謀組織における専門スグツフと下層ライシの職能的基礎を準備したので、あ

る。

しかしテイラーの職能的組織はなお限界を持っており,その限界は役の職能 的組織のご原理に対応して二つの部面で考えられるのである。第一の限界は計

(20)

‑72‑ ティラ戸の職飽的組織の成立

画と執行の分離としての第一原理において,テイラーが技術的専門スグッフた る計画部に管理権眼をおき,管理者の存在を無視したことである。彼が管理者 の役割を無視したことは一応理由があるのであって,彼は当時の管理者の取っ ていた個人的経験的知識に基く管理法が万事職長任せとなっている点を批判し て,万能職長に対立して彼ちから計画を計画部へ分離集中するとともに,無能 力な管理者とも対立して管理権限を計画部に置き,科学の技術的合理性を全う

しようとしたのである。しかし技術的専門スグツフの作成した計画は資本の牧 益性の観点から,すなわち費用的観点から管理者の判断と決定を受けねばなら ないのであって,管理権限は本来管理者が持つべきものである。テイラーが技 術的専門スグッフを展開する必要に迫られて単に技術的管理の枠内で思考して

いたことは,権根面にかんして決定的な誤りを生むこととなったのである。

ここでベスレへム製鋼会社の事例を再び取出してみると,テイラーが入社条 件として提出した権限委任の要求は職長の反抗にたいする対策なのであった が,また管理者から権限を集中して計画部におこうとする要求でもあった。一応 社長は彼の要求を認めたので あるが,しかし直ちにテイラーと対立せざるをえ なかった。すなわち会計制度の改革について社長はティラ戸と決定的に対立し たのである。この時両者の争いは会計制度の合理性よりもむしろ権限について であれテイラーは改革の全権を社長が委譲したにも拘らず,彼自ら約束を破っ たと非難して会計制度の変更を10週間放棄したのである。そして専門スグッフ に権限を集めようとするティラ O)i要求に社長が応じえなかったことも,容易

(3)  に推測できることである。

社長がティラF にたいしてとくに非難を加えた点は,テイラーが純技術的な 観点に立って牧益上の考慮、を払わず,高額の研究費用を支出したということで あったが,確かに彼の非難はティラ戸の技術中心主義的な盲点をよく衝いてい る。ティラ戸にもっとも理解的であった犬株主ウ 7戸l‑Yですら,支持を求め るティラ戸の懇願にTこいして,研究的方法を止め直接的実行計画を即座に提出 すべきであると批判的に回答して,テイラーに費用的観点の欠除していること を指摘している。ともに両者は,ティラ戸が技術的管理の枠内で考え,計画部 に権限を集めようとすることにたいして,費用的観点から制肘を加え,管理者

(21)

ティラF の職能的組織の成立 ‑73 ‑

の権限を主張しているのであるQ

ティラ戸は軍隊式組織を批判して計画と執行を分離した。しかし彼の果した 役割はここまでであって,彼が技術的管理の枠内で考え,専門スグツフに権限 を集めようとしたことは,費用的観点から管理者が権限を主張することによっ て反批判されるのである口そしてティラ{が彼の職能的組織を現実の経営の中 にとりこむ時,専門スグツフにおかれる権限と,費用的観点に立つ管理者の現 にもっている権限とが二頭政治を行うこととなれ命令統一の原則は破壊され るのである。また専門スタップに権限を与えることによって,各スグッフ]職員 の命令が実際上矛盾する場合を生み出すのである。

テイラ{の職能的組織の第二の限界は,計画と執行の両者において職能の細 分割を主張する第二原理にかんするものである臼もちろん計画部と現場職長に おいて種えの職能を専門化したことはティラ{の功績である口しかし一人の身 働者に四人の現場職長がついて作業を監督することは,実際上に生ずる監督の 矛盾を通して労働者の作業能率に影響するものである。直接作業部門の現場職 長に四人もの人数を要することは,現場職長の仕事がなお未分イじであることを 示している。現場職長は準備,速度,検査,修繕の四職長から成っているが,

純粋に直接的加工作業の監督をするのは速度係のみであって,その他の職長は 補助的作業の監督をなしている。補助的作業の監督業務が直接作業部門のl草ヌ腎 業務に含まれて未分化であることは,労働者自身が直接的加工作業以外に多く の運搬,検査,機械維持の補助的作業をも未分化的になしていることに原因し ている。要するに速度係以外の監督業務を直接的作業部門の監督業務に含めて いることは,生産行程における技術的原因に基づ、いた技術的管理の内部的欠陥 であり,ティラ戸はここにおいても命令統一の原則を無視しているのである。

結局ティラ{の職能的組織の限界は,技術的管理の枠内に尚まって費用的観 点からの権限の理解を欠いていたこと,および技術的原因に基づ、いた技術的管 理の内部的欠陥から監督職長の責任分割を生んでいることのこつに求められ る。そしてこれらのこつの限界はともに命令統一の原則を否定することとなっ ているのである。そこでフェイヨルは命令統一の原則の否定にテイラーの職能 的組織の欠陥を見出して,ティヲ戸にたいして次のような批判を加えたので、あ

(22)

‑711‑ Tィラ{の職能的祖織の成立 る。

「命令の統一の原則を重要でないとし,!弊宮を伴わずにそれを侵犯できると いう観念を広めることは,許すべからざる危険なことであると私は考える

J

(3)  と。

フェイヨルの批判はテイラーの職能的苦ill臓の欠陥をみごとに要約して述へて いる。二つの部面において命令統一の原則を無視したティラF の職能的事訴哉 は,さらに次の直系参謀組織へと改革され発展させられねばならないのであ る。

註(1) H. Fayol, General and Industrial Management, 1948, p. 68.  (2)  F. B. Copley, ibid.,  Vol. II,  p. 115. 

(3)  H. Fayol, ibid p. 69. 

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