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(1)

電子線励起微小光源を用いた超解像光学顕微鏡の開 発と生物細胞のナノイメージング

著者 福田 真大

発行年 2017‑03

出版者 静岡大学

URL http://doi.org/10.14945/00010191

(2)

静岡大学 博士論文

電子線励起微小光源を用いた超解像光学顕微鏡の開発と 生物細胞のナノイメージング

大学院 自然科学系教育学部

ナノビジョン工学専攻

5544-5001 福田 真大

( 指導教員 教授 川田 善正 )

(3)

目 次

第1章 序論 4

1.1 生体イメージング技術の有用性 . . . . 4

1.2 回折限界による光学顕微鏡の空間分解能の制限. . . . 5

1.3 超解像蛍光顕微鏡 . . . . 6

1.4 無染色生体イメージング . . . . 6

1.5 研究の目的 . . . . 7

1.6 研究の位置づけ . . . . 7

1.7 本論文の概要 . . . . 9

第2章 電子線励起微小光源を用いた超解像顕微鏡(Electron beam excitation- assisted optical microscope: EXA microscope) 11 2.1 電子線励起発光(cathodoluminescence: CL)の原理 . . . . 11

2.2 EXA顕微鏡の原理 . . . . 12

2.3 EXA顕微鏡の装置構成 . . . . 14

2.4 EXA顕微鏡の特徴 . . . . 17

2.5 EXA顕微鏡での蛍光薄膜に求められる特性 . . . . 18

2.6 EXA顕微鏡用蛍光薄膜の目標値 . . . . 21

第3章 ZnOのCL光源用蛍光薄膜への応用 24 3.1 蛍光薄膜材料の選定 . . . . 24

3.2 ZnOの結晶構造 . . . . 25

3.3 ZnOの発光原理 . . . . 26

3.4 スパッタ法の原理 . . . . 27

3.5 スパッタ法によるas-depo ZnOの成膜 . . . . 28

3.6 スパッタ法によって成膜したZnOのCL発光の課題 . . . . 30

3.7 アニール条件のパラメータ . . . . 33

3.8 温度保持時間を15分とした場合のCLスペクトル . . . . 33

3.9 N2ガスを昇温プロセス後から流入させた場合のCLスペクトル. . . . 36

(4)

3.10 N2流入とアニール時間を調整したZnOCL強度均一性 . . . . 37

3.11 アニールしたZnOにおける電子一つあたりの光子放出数計算 . . . . 38

3.12 ZnOCLによる細胞観察時の膜構造 . . . . 38

3.13 細胞内顆粒の高空間分解能観察結果 . . . . 39

3.14 構造染色による細胞構造特定. . . . 39

3.15 無染色状態での細胞構造特定. . . . 41

第4 Zn2SiO4のCLによる生体細胞とビタミンB9の高空間分解能観察 43 4.1 ZnOの高温アニールによるZn2SiO4の形成 . . . . 43

4.2 Zn2SiO4の結晶性評価 . . . . 44

4.3 Zn2SiO4の表面性状 . . . . 45

4.4 Zn2SiO4のCL発光強度評価 . . . . 47

4.5 Zn2SiO4の発光均一性評価 . . . . 47

4.6 Zn2SiO4の電子一つあたりの放出光子数計算 . . . . 48

4.7 理想的な膜構造におけるEXA顕微鏡の空間分解能. . . . 49

4.8 細胞観察時の膜構造におけるEXA顕微鏡のSNR・空間分解能評価 . . . . 49

4.9 無染色細胞の高空間分解能観察 . . . . 51

4.10 生細胞の動態観察結果 . . . . 52

4.11 動態観察時におけるCLの時間的なゆらぎ評価 . . . . 56

4.12 電子線によるダメージ評価 . . . . 56

4.13 基板上へのビタミンB9の結晶作製 . . . . 57

4.14 ビタミンB9の結晶構造観察 . . . . 60

4.15 EXA顕微鏡観察結果とAFM観察結果の比較 . . . . 61

第5章 原子層堆積(Atomic Layer Deposition: ALD)法によるZnOの均一強 度発光 63 5.1 ALD法の原理 . . . . 63

5.2 ALD法で成膜したZnOの表面性状 . . . . 64

5.3 ALD法により成膜したZnOのCLスペクトル . . . . 64

5.4 ALD法により成膜したZnOの発光均一性評価 . . . . 65

5.5 ALD法により成膜したZnOの電子一つが放出する光子数計算 . . . . 66

5.6 細胞観察のための膜構造 . . . . 66

5.7 無染色のMARCO-expressing CHO細胞の樹状突起観察 . . . . 69

5.8 無染色のMARCO-expressing CHO細胞の細胞内構造観察 . . . . 70

(5)

第6章 数値シミュレーションによるEXA顕微鏡の空間分解能の計算 72

6.1 CL強度分布の数値解析手法 . . . . 72

6.2 モンテカルロシミュレーションによる電子線散乱解析 . . . . 73

6.3 電子のエネルギー損失 . . . . 76

6.4 電子のエネルギー損失を基にした光源配置 . . . . 77

6.5 FDTD法による光散乱解析 . . . . 80

6.6 CL強度分布解析によるEXA顕微鏡の空間分解能の拡がりの評価 . . . . . 84

6.7 CL強度分布解析手法の精度検討. . . . 86

6.8 Y2O3: Eu3+のスポットサイズの加速電圧依存性 . . . . 88

第7章 結論 90

謝辞 96

参考文献 97

本研究に関する学術発表 105

付 録A CLイメージを用いた光子数計算 111

付 録B Zn2SiO4の背景ノイズ除去 113

(6)

1 序論

1.1 生体イメージング技術の有用性

16世紀ごろに開発された光学顕微鏡は,これまでに多種多様な発展がなされてきた.位 相差や微分干渉顕微鏡や,蛍光プローブを使用した蛍光顕微鏡,また,横方向だけでなく 深さ方向に分解能を持つ共焦点顕微鏡や二光子励起顕微鏡など,多くの光学顕微鏡が開発 されてきた [1–3].光学顕微鏡の特徴としては以下のようなものが挙げられる [4].

1. 高い空間分解能

2. 非接触・非破壊・非侵襲観察が可能 3. 大気中・水中など多様な環境下で使用可能 4. 観察像を直接見ることができ,わかりやすい

5. 光デバイスの応用による高機能化(単分子蛍光イメージング,スペクトル分光,非線 形光学等)

現在では,特に生物分野・医学分野において,光学顕微鏡は非常に重要なツールとして 用いられる[5]Gerdesらのグループは,細胞小器官の顆粒の細胞間授受メカニズムを明 らかにした [6].また,Valeらのグループは細胞膜のマイクロドメイン(細胞外の信号を 細胞内に伝える信号伝達の場所)が,細胞膜内での分子の自由拡散を制限し,また,特定 のタンパク質を捕捉することで,細胞の信号伝達を促進することを実証した [7]2006

にはNakanoらのグループにより,細胞小器官であるゴルジ体のタンパク質輸送メカニズ

ムが解明された [8]. 以上の例に代表されるように,光学顕微鏡によるイメージング技術 は,今まで多くの生体機能解明に貢献してきた.さらに,蛍光タンパク質[9,10],量子ドッ ト[11],ナノダイヤモンド[12]等,多くの蛍光プローブの開発や多機能化も積極的に進め られている.今後も光学顕微鏡による生体イメージングは生体機能解明に大きく貢献する.

(7)

1.2 回折限界による光学顕微鏡の空間分解能の制限

空間分解能とは,隣接する二つの点を結像したときに,その二点を分離して区別する ことができる最小の距離である [4].図1.1に示すように,隣接する二つの発光点を考え る.二点間が十分に離れている場合には,結像面で二つの輝点を確認することができる(図

1.1(a)).しかし,二点間の距離が近い場合,二つの回折像が重なり合うため,一つの輝点

として観察される(図1.1(b)).

 図1.1(c)に示すように,二つの回折像の合成分布において,中央の最小値が最大値に対

して25%以上低下した場合に,二つの回折像が分解された,すなわち,二点が分離された と定義される [13, 14].これを,Rayleighの分解能の基準と呼ぶ.Rayleighの分解能の基 準が満たされるのは,図1.1(c)のように,片方のエアリーディスクの最大値が,もう片方 のエアリーディスクの第一暗環と重なる場合である.

 したがって,光学顕微鏡の空間分解能wは式(1.1)によって表すことができる.

w= 0.61 λ

nsinθ (1.1)

式(1.1)はインコヒーレント照明で,円形開口の場合である.式(1.1)において,λは波長,

nは物体が存在する媒質の屈折率,θはレンズに入射する光の最大角度である.nsinθは レンズの開口数である.

 式(1.1)より,光学顕微鏡の空間分解能は,光の回折限界によって照明光の波長の半分

程度に制限される [15].したがって,光学顕微鏡で観察可能な物体の大きさは数百nm程 度が限界である.

 細胞構造(DNA,タンパク質)の大きさは数nmから数十nmであるため[16, 17],従来 の光学顕微鏡で細胞機能や構造を詳細に観察することは困難である.

(a) (b) (c)

Distance Distance Distance

Intensity Intensity Intensity

25%

Radius of Airy disk

図 1.1: 空間分解能の模式図.(a)二つの発光点間の距離が大きい場合,(b)二つの発光点 間の距離が小さい場合,(c)Rayleighの分解能の基準

(8)

1.3 超解像蛍光顕微鏡

近年の光学顕微鏡における代表的な発展として,数十nmの空間分解能で試料観察可能な 超解像蛍光顕微鏡の開発が挙げられる.通常,光学顕微鏡の空間分解能は,レンズによる光 の回折限界が存在するため,200 nm程度が限界とされている[18].超解像蛍光顕微鏡と呼 ばれる顕微鏡では,この回折限界以下の空間分解能を達成することが可能である.代表的な 超解像蛍光顕微鏡として,STED顕微鏡(stimulated emission depletion microscope) [19]

や,PALM(photo activated localization microscopy) [20]STORM(stochastic optical reconstruction microscopy) [21],そして,SIM(structured illumination microscope) [22]

などが挙げられる.これらの超解像顕微鏡は20 nm程度の空間分解能を達成することが 報告されている [23].高い空間分解能により,今までの光学顕微鏡では観察が困難であっ た構造や数十 nmの大きさのタンパク質の動態が観察されている[24, 25]

 超解像顕微鏡は観察対象の構造を染色する必要がある.これは,STEDなら蛍光分子の 誘導放出,PALMSTORMは蛍光分子の発光制御,SIMは構造化照明による蛍光励起 を利用することにより,高い空間分解能を実現しているためである.したがって,超解像 顕微法は蛍光染色した構造のみに適用可能な顕微法である.

1.4 無染色生体イメージング

超解像蛍光顕微鏡による空間分解能の向上に加え,無染色生体イメージング技術も進 歩が著しい.無染色生体イメージング技術とは,位相差顕微鏡や微分干渉顕微鏡など,試 料を蛍光染色することなく観察する手法である.特に,近年ではSRS顕微鏡(stimulated Raman scattering microscope) [28]やSERS顕微鏡(surface enhanced Raman scattering

microscope) [29]の様に,細胞構造や生体内に取り込んだ物質のラマン信号による分光イ

メージング手法も提案されている.

 無染色生体イメージングには以下に代表される利点が存在する[30, 31] 1. 観察前の試料処理が不要

2. 染色による試料の変形やダメージを抑制 3. 蛍光プローブの褪色がない

以上のような利点から,無染色での生体イメージングは細胞試料の長時間観察に有利であ る.培養環境による細胞の接着面積や細胞構造の変化などを調べる際,細胞試料は3日間 から5日間継続して観察される [32, 33].蛍光染色に用いられることが多い量子ドットは

(9)

褪色に強いといわれるが,細胞内に取り込ませてから2日以降は急激に蛍光強度が減衰す ることが報告されており [34],上記のような長時間観察には不向きである.したがって,

位相差顕微鏡やSRS顕微鏡などの無染色イメージングが長時間の細胞変化観察に使用さ れる.

 また,無染色イメージングでは多数の構造を一度のイメージングで観察することも可能 である.例として,SRS顕微鏡では,ラマンシフトを観測することで,細胞の核や脂質,

タンパク質を判別する[35].また,近年では,細胞の屈折率の違いを利用して,無染色で イメージングした結果も報告されている [36].

 しかしながら,位相差顕微鏡,SRS顕微鏡,またSERS顕微鏡などの空間分解能は回折 限界により,200 nm程度に制限を受ける.したがって,現状では,光学顕微鏡により回 折限界以下の空間分解能で無染色の細胞試料を観察することは困難である.

1.5 研究の目的

本研究の目的は,蛍光薄膜内での電子線励起発光を光源とする超解像光学顕微鏡の光源 励起用蛍光薄膜の開発と,超解像光学顕微鏡による無染色の細胞試料の回折限界以下の高 空間分解能観察である.本研究では,電子線により蛍光薄膜内に励起されたナノ光源を走 査することで,試料を観察する.図1.2には電子線励起微小光源を用いる超解像光学顕微 鏡の概念図を示す.蛍光薄膜に電子線を照射し,数十nmの光源を励起する.この数十nm の光源を走査することで,試料の観察像を取得する.光源の励起には電子線を使用するた め,光の回折限界によらない微小な点光源を実現できる.また,光の強弱によりイメージ ングするため,試料は無染色で観察できる.

 本研究では,超解像光学顕微鏡の光源励起用蛍光薄膜を開発し,超解像光学顕微鏡での 細胞試料観察結果を評価した.100 nm以下の空間分解能の達成,無染色状態の細胞試料 観察,さらに,細胞の動態観察を目標とした.

1.6 研究の位置づけ

本研究の位置づけは,200 nm以下の高空間分解能での無染色イメージングである.表 1.1に超解像蛍光顕微鏡と本研究で提案する顕微鏡の比較を載せる.超解像蛍光顕微鏡は 非常に高い空間分解能を有しているが,試料の蛍光染色が不可欠である.本研究における 電子線励起微小光源を用いる超解像光学顕微鏡では,空間分解能が高く,かつ,試料を無 染色でイメージングする.電子線は100 fpsでも走査可能であることから,高輝度発光の

(10)

Electron beam Luminescent film Substrate

(Si

3

N

4

) Living cell

Cathodoluminescence

A few tens nanometre

Vacuum Atmosphere

図1.2: 電子線励起微小発光を光源とする超解像光学顕微鏡の概念図

表1.1: 超解像蛍光顕微鏡,電子線励起微小光源を用いる超解像光学顕微鏡の比較 Microscope Spatial resolution Label-free imaging Time resolution 超解像蛍光顕微鏡

(STED, PALM, etc) 30 nm × 200 fps [26]

電子線励起微小光源

を用いる超解像顕微鏡 30 nm 100 fps

(装置スペック)

蛍光膜を開発することで高い時間分解能も実現可能である.超解像蛍光顕微鏡の利点と無 染色イメージング技術の利点を併せ持つ点は,本研究の大きな特徴である.

 電子線励起微小光源を用いる超解像光学顕微鏡は,近接場光学顕微鏡における微小開口 プローブに代わり,電子線により微小光源を生成するものと考えることができる.近接場 光学顕微鏡はナノスケールの開口を有するプローブにより生じる近接場光の散乱を観察す る手法である [27].微細構造によってプローブ先端の近接場光が伝搬光へと変換され,こ の伝搬光の強度により試料を観察する.プローブの開口径は数十 nmであるため,近接場 は数十 nmの領域のみに生成される.したがって,近接場光学顕微鏡も超解像蛍光顕微鏡 同様に,数十 nmの空間分解能を達成することが可能である.

 本研究では,蛍光薄膜と試料との距離を制御する必要がないため,高速なイメージング が容易である.近接場光学顕微鏡ではプローブ先端の開口部に生じるエバネッセント場を 利用するため,プローブの先端と試料との距離を数十 nmに保つ必要がある.そのため,

(11)

プローブの位置制御が重要であり,精密な制御機構が必要となる.これに対し,電子線励 起微小光源を用いる超解像光学顕微鏡では,画像取得に必要なのは電子線走査のみであり,

より高速なイメージングが可能であるといえる.

1.7 本論文の概要

本論文では,100 nm以下の高空間分解能にて,無染色の細胞試料を観察することを目 的とし,電子線により蛍光薄膜内に励起されたナノ光源によるイメージング技術を開発し た.薄膜かつ高発光強度を有する蛍光薄膜を開発し,実際にイメージングへと応用した.

本研究でのイメージング手法の空間分解能を評価し,無染色状態の細胞試料の動態を観察 した.

 本研究の目的は,100 nm以下の高空間分解能にて,無染色の細胞試料を観察すること である.これを達成するために,電子線による蛍光薄膜内での電子線励起発光(Cathodo- luminescensce: CL)を光源とする超解像光学顕微鏡を開発した.

 第2章では,電子線励起微小光源を用いたイメージング手法の原理,そして,顕微鏡の 装置構成や特徴について述べる.また,CL光源を励起するための蛍光薄膜に求められる 特性について記述した.

 第3章では,酸化亜鉛(ZnO)について,CL光源用蛍光薄膜材料への応用を検討した.

ZnOの結晶構造やCL特性,また,光源応用への課題について記載した.アニール条件を 調整することにより,高輝度かつ均一強度発光のZnOを形成した結果について述べる.ま た,染色した細胞をCLを光源とする超解像顕微鏡と蛍光顕微鏡で観察し,CLを光源と した場合の細胞構造を同定した.さらに,この知見を基に,無染色の細胞観察結果につい ても,細胞構造の同定を試みた.

 第4章では,Zn2SiO4蛍光薄膜の高温アニールによる成膜方法,結晶性,また,CL強 度やCL強度均一性について,評価した.Zn2SiO4のCLを光源とし,実際に様々な試料 を観察した.Zn2SiO4を光源として使用した顕微鏡の空間分解能と信号対雑音比を金微粒 子の観察結果を基に評価した.また,無染色の細胞やビタミンB9結晶について,本研究 での超解像光学顕微鏡と従来光学顕微鏡の観察結果を比較し,CLを光源とする超解像光 学顕微鏡の有用性を実証した.

 第5章では,原子層堆積法で成膜したZnOについて,CL強度や均一性を評価し,実際 に無染色の生体試料を観察した.原子層堆積法で成膜したZnOは,高輝度かつ均一強度 発光を有することを明らかにした.従来光学顕微鏡では観察が困難な微細構造を,均一強 度発光を示すZnOを光源として使用することにより,容易に観察した.

(12)

 第6章では,数値解析を用いて,CLを光源とする超解像顕微鏡の深さ方向の観察領域 について検討した.モンテカルロシミュレーションと有限差分時間領域法を組み合わせた CL強度分布の数値解析手法を新たに提案した.また,実験結果と解析結果を比較し,数 値解析手法の計算精度について検討した.

(13)

2 電子線励起微小光源を用いた超解像顕 微鏡 (Electron beam

excitation-assisted optical

microscope: EXA microscope)

本章では,電子線励起微小発光を光源とする超解像顕微鏡(以下,EXA顕微鏡と表記) の原理,装置構成,特色について述べる.また,光源励起に用いる蛍光体に求められる特 性について記述する.

2.1 電子線励起発光 (cathodoluminescence: CL) の原理

電子線励起発光は,電子線を蛍光体へ照射することで生じる発光である.電子線励起発 光は二つのエネルギー準位間の電子遷移によって発生する[37].図2.1はエネルギーバン ド構造で表したヤブロンスキーダイヤグラム(Jablonski diagram)である.図2.1におい て,最初,電子はエネルギーが低い準位S0に存在する(基底状態).そして,入射電子に より電子はエネルギーが高い準位S1,S2に遷移する(励起).ここで,高次の励起準位を S2,低次の励起準位をS1とした.蛍光体内の電子が,エネルギーが高い準位にいる状態 を励起状態という.一定時間後,電子は励起状態から基底状態へと戻る(緩和)S2へ励起 された分子内緩和によってS1へ緩和した後,さらに,S0へ緩和する.

 電子がS1からS0へ緩和する際に,二つの準位のエネルギー差に相当する光が放出さ れる.EnEmをS0とS1の準位のエネルギーとすると,光のエネルギーEは式(2.2)と なる.

E ==Em−En (2.1)

ここで,Eは光のエネルギー,hはプランク定数,νは周波数である.

 蛍光体に入射した電子が蛍光体内を進む際,非弾性散乱により自身のエネルギーを損失 する.この失ったエネルギーにより,蛍光体内の電子が励起され,CLが発生する.

(14)

Ground state Excitation state

S0

S1

S2

Fluorescence Em

En

E=hν = Em-En

Excitation

図2.1: 電子の励起と緩和による電子線励起発光の原理図

2.2 EXA 顕微鏡の原理

EXA顕微鏡では,電子線により蛍光薄膜内(膜厚: 数十 nm)に発生するCLを光源に 用いる.図2.2はEXA顕微鏡の原理図である[38–40].電子線を蛍光膜へ照射することに より,CL光源を蛍光膜内に励起する.電子線は直径2 nmから3 nm程度に収束可能なた め,蛍光薄膜内には大きさ数十 nmのCLが励起される.

 蛍光薄膜内で励起されたCLのスポットサイズ(数十nm)は発光波長(数百 nm)に比べ 十分に小さいため,基板表面にはエバネッセント場が誘起される [41].蛍光薄膜内の微小 光源は図2.3に示すような微小開口としてモデル化することができる.開口径をd,入射 する波長をλとし,図2.3に示すように,縦方向をx方向,また,光の進行方向をz方向 とする.であるとき,微小開口による光の伝搬は,さまざまな周期を持つ回折格子 の重ね合わせで表すことができる [42].回折格子の周期をDとすると,格子ベクトルK は式(2.2)で与えられる.

K = 2π

D (2.2)

回折格子間隔がdの場合,λに比べ十分に小さいため,回折光の波数ベクトルのx成分kdx

kdx=K = 2π/d > k= 2π/λ (2.3)

(15)

となり,kdxは波数ベクトルkよりも大きくなる.そのため,回折光の波数ベクトルのzkdz

kdz =

k2−k2dx=i

(2π

d )2(2π

λ)2 (2.4)

となり,複素数となる.よって,光波はz方向に伝搬するに従って振幅が指数関数的に減 少するエバネッセント波となる.EXA顕微鏡において,基板表面にはCL光源によるエ バネッセント場が誘起される.

Luminescent film Si

3

N

4

Biological cell

Lumine Biol

Light source 30 nm ~ 50 nm

< 100 nm

Atmosphere

Electron beam Vacuum

図2.2: EXA顕微鏡の原理図

|k| = 2π/λ

|kd| = 2π/d > |k|

x

z d

λ

図2.3: 微細開口によるエバネッセント波の発生

(16)

このエバネッセント場は,基板表面付近の構造体によって散乱することで伝搬光へと変 換される.電子線を走査しながら,伝搬光の強度を取得することで,試料の観察画像を生 成する.コントラストは基板表面付近の構造体により生まれるため,細胞試料の場合には,

無染色状態で試料を観察することが可能である [39, 40]

 EXA顕微鏡では,基板に窒化シリコン(Si3N4)を採用し,大気と真空を分離することに より,大気圧下での試料観察を可能にする.従来,電子線は真空環境でのみ使用可能であ る[43].したがって,電子顕微鏡では観察環境が真空となるため,生きた細胞試料やウェッ トな試料(溶液中のナノ粒子等)の観察は困難である.本研究では,図2.2のようにSi3N4 によって電子線使用環境と試料観察環境を分離することで,電子線使用環境を真空に保ち つつ,試料を大気圧下で観察することを可能にした.Si3N4は膜厚50 nmで1 GPaの曲 げ強度を有するため [44],大気圧に耐えることが可能である.したがって,細胞試料を生 きた状態のまま観察することが可能である.

2.3 EXA 顕微鏡の装置構成

図2.4(a)EXA顕微鏡の構成を示す.EXA顕微鏡は主に,下部の走査型電子顕微鏡

(APCO Ltd., MINI-EOC),中央部の試料ホルダー,上部の光学顕微鏡(Olympus, BXFM) の三つのパートで構成される.下部の電子銃から照射された電子線は,中央部の試料ホル ダーの蛍光膜に入射し,CLを励起する.励起されたCLは,上部の光電子増倍管(PMT) で取得される.光学顕微鏡部分に光学フィルターを使用することで,分光観察が可能であ る.また,EXA顕微鏡では試料観察環境が開放されているため,細胞への薬品投与や刺 激が容易である.図2.4(b)は実際のEXA顕微鏡の画像である.下部に配置した走査型電 子顕微鏡の全長は23 cmであり,小型の走査型電子顕微鏡を使用している.図2.4(c)は,

試料取付部の拡大図である.図2.4(c)に示すように,ステージ上に培養皿兼試料ホルダー をセットする.

 図2.5(a)には,EXA顕微鏡のステージ詳細を示す.図2.5(a)内において,点線で囲ん だAとB部分は,ステージ駆動用のマイクロメータヘッドである.このハンドルを回転さ せることによりステージが動く.A部分とB部分のマイクロメータヘッドは,それぞれ,

図2.5(a)内でy方向,x方向にステージを動かす.図2.5(b)には,図2.5(a)における四角 で囲んだ試料取付部の詳細図を示す.試料取り付け部には,穴が空いており,この穴から 蛍光薄膜に向けて電子線が照射される.また,Oリングにより,真空環境を保持する.

 図2.6(a)には,試料ホルダーの構成を示す.試料ホルダーはガラスディッシュ,基板と

蛍光薄膜,また金属板から構成される.これらをエポキシ樹脂で固定する(2.6(b)).試

(17)

料ホルダーの直径は35 mmであり,3 ml以上の液体を入れることができる.Si3N4上に 試料を配置し,蛍光薄膜で励起されたCL光源により試料を観察する.

 EXA顕微鏡で細胞試料を観察する場合,この試料ホルダー内で直接培養する.本研究 では,細胞をDullbecco’s Modified Eagle’s Medium (DMEM, Sigma)10% fetal bovine serum (FBS, Life technologies)を加えた培養液中に懸濁し,温度37C,CO2濃度5%環 境にて,CO2インキュベータ(MCO-5AC,三洋電機)で培養した.

 本研究では,膜厚が50 nmもしくは30 nmのSi3N4(Silson社製)を使用した.図2.7(a) は,Si3N4の電子顕微鏡画像である.中央部の凹み部分がSi3N4である.エッチングによ りSi3N4薄膜を作製する.図2.7(b)は,Si3N4の模式図である.膜厚200µmのSi部分に 膜厚50 nmもしくは30 nmのSi3N4が配置される.Si3N4のサイズは50 µm×50 µmと した.観察試料はSi3N4ウィンドウ上に乗せる必要がある.

 Si3N4の表面粗さは0.19 nmであり,非常に平坦な膜である.図2.7(c)は原子間力顕微 鏡(AFM)によるSi3N4の表面観察結果である.500 nm ×500 nmの領域を観察した.図 2.7より,凹凸が小さい膜であることが確認できる.表面粗さは0.19 nmであり,粗さが 1 nm以下の非常に平坦な膜を形成していることがわかった.

Electron gun (Field emission)

Scan coil Electrostatic lens Metal plate Glass dish Objective lens Filter Lens PMT

Optical microscope

Scannning electron microscope Culture dish Luminescent film

Vacuum

Air Stage

Electrostatic lens

Objective lens Culture dish

(a) (b)

(c) Enlarged image of culture dish

図2.4: (a)EXA顕微鏡の構成模式図,(b)実際の装置,(c)試料部の拡大図

(18)

y-axis x-axis A

B O-ring

(a) (b)

図2.5: (a)EXA顕微鏡のステージ,(b)試料取付部の詳細図

Glass dish

Si3N4 + luminescent film

Metal plate

10 mm

Glass dish Si3N4 +

luminescent film

(a) (b)

図 2.6: 試料ホルダーの構成図.(a)試料ホルダーの模式図,(b)エポキシ樹脂で固定後の 試料ホルダー

Si3N4: 50 nm or 30 nm

Si: 200 µm

5 mm

5 mm 50 µm

50 µm

(a) (b)

Si3N4 window

0 500

0500

Position [nm]

Position [nm] 01.2Height [nm]

RMS = 0.19 nm (c)

図 2.7: (a)Si3N4の電子顕微鏡画像,(b)Si3N4の模式図,(c)AFMによるSi3N4の表面観 察結果

(19)

2.4 EXA 顕微鏡の特徴

EXA顕微鏡は以下に挙げる特色を有する [45]. 1. 数十 nmの高い空間分解能

2. 電子線スキャンによる高フレームレート観察 3. 吸収や屈折率分布などの光学定数を取得可能 4. 蛍光薄膜材料の選択による高機能化

5. 蛍光染色や金属膜の蒸着等の試料前処理が不要

 EXA顕微鏡は収束電子線を利用して蛍光薄膜内に微小な点光源を励起するため,点光 源の大きさは光の回折限界に制限されない.さらに,電子線を走査することにより,容易 に微小光源を走査することができ,高速な観察が可能である.

 EXA顕微鏡は,近接場光学顕微鏡において微小開口を用いるかわりに,収束電子線を 用いて微小光源を生成したものといえる.通常の近接場光学顕微鏡では,微小開口プロー ブと試料表面間において高精度の位置制御が求められ,観察速度が制限される場合が多い.

EXA顕微鏡では,プローブの位置制御が不要であるため,高速観察が容易である.

 EXA顕微鏡で検出するのは微小光源から試料を透過した光強度であるため,EXA顕微 鏡では無染色の細胞試料を観察することが可能である[39].また,試料の吸収分布や屈折 率分布など光学定数分布を測定することが可能である.

 EXA顕微鏡において,基板表面が最も空間分解能が高く,信号対雑音比(signal-to-noise

ratio: SNR)が高い.これは,基板表面において,CL光源のスポットサイズが最も小さく

なり,強度は最も大きくなるためである.基板表面から離れるにしたがって,CL光源の スポットサイズは大きくなり,CL強度は低下する.特にエバネッセント場は,基板表面 から離れるにしたがって指数関数的に低下する.したがって,観察対象の試料は基板近傍 に近づけることが,高空間分解能・高SNRでの観察には重要である.

 EXA顕微鏡は生体試料の動態観察のみならず,液中のナノサイズの気泡や,結晶成長 過程など,蛍光標識が困難かつ液体や大気圧中に存在する試料の観察への展開が期待でき る [46]

(20)

2.5 EXA 顕微鏡での蛍光薄膜に求められる特性

EXA顕微鏡において,蛍光薄膜に求められる特性を次に挙げる.

1. 高輝度発光

 EXA顕微鏡において,画像の信号対雑音比(signal-to-noise ratio: SNR)は蛍光体の発 光強度に比例する.観察画像のSNRは式2.5で定義される [47].

SNR = Imax−Ibackground

σ (2.5)

式(2.5)において,Imaxは信号のピーク強度,Ibackgroundは背景光強度,また,σは背景 光強度の標準偏差である.一般的に高輝度発光の場合,信号のピーク強度は大きくなる.

したがって,試料を高SNRで観察するためには,高輝度発光を示す蛍光膜により,Imax を大きくすることが必要である.

 図2.8(a)は低発光強度の蛍光膜を使用した場合におけるEXA顕微鏡の細胞観察結果で

ある.また,図2.8(b)は同一視野の位相差顕微鏡での観察画像である.図2.8(b)よりEXA 顕微鏡の視野内に細胞は存在しているが,図2.8(a)では細胞を確認することが困難である.

したがって,発光強度が低い蛍光膜では,図2.8(a)のような低SNRの観察画像となって しまい,試料の観察が困難である.

 蛍光体は低加速電圧域,特に,5 kV以下で高輝度発光することが望まれる.これは,

(a) EXA image (b) Phase-contrast image

図 2.8: 細胞観察結果の比較.(a)低発光強度の蛍光薄膜を用いた場合のEXA顕微鏡によ る観察結果.(b)位相差顕微鏡による観察結果

(21)

電子線による試料へのダメージを抑制するためである.従来の電子顕微鏡において,電子 線照射により試料にダメージが発生することが報告されている [48, 49].厚さが数十 nm の膜厚に高加速電圧の電子線を打ち込んだ場合,多くの電子線が膜を透過する.したがっ て,高加速電圧で電子線を照射した場合,膜を透過した電子線により試料にダメージが発 生すると考える.低加速電圧の電子線を照射することにより,電子線の透過率を低下させ,

試料へのダメージを抑制することが必要である.よって,5 kV以下の低加速電圧域で高 輝度発光することが望まれる.

2. 均一強度での発光

 高SNRで試料を観察するために,高輝度発光に加え,蛍光膜がどの程度均一に発光す るかが重要となる.発光強度の標準偏差が大きい場合には,背景部分のノイズ成分が大き くなる,すなわち,式(2.5)におけるσが大きくなる.したがって,観察結果のSNRが低 下する.均一強度の発光によって式(2.5)におけるσが小さくなり,高SNRでの試料観察 が実現される.

 図2.9(a)にはCLの発光強度の標準偏差が大きい場合における,金微粒子のEXA画像

を示す.金微粒子の直径は200 nmであり,蛍光体はZnOである.図2.9(a)では,CL 度の標準偏差は34%であった.図2.9(b)には同一視野のSEM画像を示す.図2.9(a)と図

2.9(b)の比較により,金微粒子が暗く観察されていることがわかる.しかし,CL強度に

ばらつきが大きく,正確な位置を特定するのは困難である.図2.9(c)には,図2.9(a)中で A-Bで示した金微粒子の強度プロファイルを示す.図2.9(c)において,SNR3.47であ り,半値全幅は328 nmであった.したがって,実際の直径である200 nmよりも大きな 半値全幅が得られた.背景光強度のノイズが大きくSNRが低いために,実際の直径より も半値全幅が大きくなったといえる.したがって,より高いSNRを達成するために,均 一なCL強度の発光が求められる.

0 400 800 1200

Position [nm]

Intensity [arb. unit]

EXA image SEM image

328 nm SNR: 3.47

(a) (b) (c) Background noise

A B

Standard variation of CL: 34%

A-B

図 2.9: (a)CL強度の標準偏差が34%の場合の金微粒子観察結果,(b)(a)と同一視野の電 子顕微鏡画像,(c)A-B間の強度プロファイル

(22)

3. 数十 nmの膜厚

 蛍光薄膜の膜厚は,EXA顕微鏡の空間分解能に寄与する.薄い膜厚の蛍光体では,蛍 光体内の電子線散乱領域を小さくすることができる.したがって,CLの発光領域を小さ くすることができ,EXA顕微鏡の空間分解能は向上する.

 図2.10には,蛍光薄膜の膜厚を変化させた場合の電子線散乱解析結果を示す.蛍光体は ZnOと仮定した.基板であるSi3N4の膜厚は50 nmで固定し,ZnOの膜厚を30 nm,50

nm,100 nmに変化させた場合の電子線散乱を解析した.電子線の加速電圧は5 kVとし

た.電子線散乱はモンテカルロシミュレーションによって解析した [51, 52].

 図2.10(a)から(c)よりZnOの膜厚が厚くなるにしたがって,電子線の散乱領域が大き

くなっていることがわかる.図2.10(d)から(f)にはSi3N4とZnOの境界面における電子 数の度数分布を示す.ガウスフィッティングの半値全幅によって,電子線の拡がりを計算し たところ,それぞれ,36.3 nm(ZnO = 30 nm),71.5 nm(ZnO = 50 nm),127.4 nm(ZnO

= 100 nm)となった.したがって,蛍光薄膜の膜厚が厚い場合,電子線散乱領域も大きく

なることがわかる.したがって,高空間分解能を達成するためには,数十 nmの膜厚の蛍 光薄膜が必要とされる.

5.0 kV

0 kV 0 kV 5.0 kV 0 kV 5.0 kV

Electron beam Electron beam Electron beam

30 nm 50 nm 100 nm

Si3N4

Si3N4

Si3N4

ZnO ZnO ZnO

50 nm 50 nm 50 nm

0 50 100 150 -50

-150 -1000 20 100

40 60 80

0 50 100 150 -50

-150 -1000 10 20 30 40 50

0 50 100 150 -50

-150 -100 0 5 10 15 20

Position [nm] Position [nm] Position [nm]

Number of electons Number of electons Number of electons

36.3 nm 71.5 nm 127.4 nm

(a) (b) (c)

(d) (e) (f)

Gaussian fitting

Gaussian fitting

Gaussian fitting

図 2.10: (a)-(c) 異なるZnO膜厚における電子線散乱解析結果.(d)-(f) ZnOとSi3N4界 面での電子線の拡がり.(a), (d) ZnOの膜厚: 30 nm.(b), (e) ZnOの膜厚: 50 nm.(c), (f) ZnOの膜厚: 100 nm.

(23)

4. 低褪色性

 また,EXA顕微鏡では蛍光強度が褪色しにくい蛍光体が望まれる.動体観察では蛍光 体に長時間電子線が照射されることとなる.したがって,蛍光体の褪色の時間変化が急で ある場合,長時間の動体観察が困難であるといえる.

 本研究では,数十分間以上褪色がない蛍光体を選定する.細胞機能には数時間かかるも のから,数分で発現するものなど様々な種類がある [53–55].例えば,細胞外の物質を細 胞内に取り込むエンドサイトーシスは,物質の投与から10分後には取り込み始める報告 がある [56].したがって,少なくとも数十分は蛍光褪色が起こらないことが望まれる.

5. 導電性を有する材質

 電気導電性を有する材料を使用することで,蛍光薄膜内における電子の帯電を防止する.

電子線を照射することで,蛍光体には負電荷が蓄積されていく.蛍光体に蓄積した負電荷 と,照射する電子が反発しあうことで,電子線がドリフトする.これにより,目的の範囲 を観察することができない.したがって,電気導電性を有する材料により蛍光薄膜を成膜 することで,蛍光薄膜での電子の帯電を防止する.

以上,1. 高輝度発光,2. 均一強度での発光,3. 数十nmの膜厚,4. 低褪色性,5. 電気 導電性を有する材質の5点が,EXA顕微鏡に用いる蛍光薄膜に必要とされる.

2.6 EXA 顕微鏡用蛍光薄膜の目標値

本研究では,EXA顕微鏡の仕様として,画像サイズ512×512 pixel,フレームレート30

fps,SNR = 10を目標として設定した.フレームレートは一般的なビデオレート,SNRは

得られた信号が信号と判断できる最低のSNR値である5の2倍とした[57, 58].

 上記の仕様値を満たすために,電子一つ当りが放出する光子数を算出する.一般的な光 電子増倍管において,SN比はI[µA]を陰極電流,B [MHz]を測定系の周波数帯域とする と式(2.2)で示される[59].

SN R= 1.75×103

I

B (2.6)

ここで,SNR=10であり

B = 512×512×30 (2.7)

= 7864320 [Hz] (2.8)

(24)

= 8 [MHz] (2.9) とした.式(2.2)は

I = 10×8

1.75×103 (2.10)

= 2.6×104 [µA] (2.11)

= 2.6×1010[A] (2.12)

となる.ここで,本研究で使用する光電子増倍管(H10720-110, hamamatsu photonics K.

K.)の陰極放射感度は130 mA/Wであることから,陰極電流を電力に換算すると,

I = 2.6×1010/0.13 (2.13)

= 2×109 [W] (2.14)

と表すことができる.したがって,PMTに入射する光子数Nphotonは光のエネルギーを E [J]として,

Nphoton = 2.6×109/E [photons/s] (2.15)

となる.これを入射する電子数で除算することで,電子一つあたりの光子数を求める.今,

光のエネルギーを酸化亜鉛(ZnO)の発光波長390 nmと仮定すると,光のエネルギーEは 5.09×1019 [J]であることから,光子数Nphoton

Nphoton = 2.6×109/(5.09×1019) [photons/s] (2.16)

= 5.11×109 (2.17)

となる.本研究では照射電流量は1 nAで固定したため,入射する電子数は6.25×109 [elec-

trons/s]である.したがって,本仕様から算出される電子一つ当りで発生する光子数は

NP E = 5.11×109/(6.25×109) [photons/s] (2.18)

= 0.82 (2.19)

したがって,蛍光薄膜には電子一つ当り0.82個の光子放出が求められる.

 また,本研究では,均一なCL強度の指標として,CL強度のばらつきが7% 8%と設定 した.これは,均一な発光といわれているセリウムをドープしたイットリウムアルミペロ ブスカイト(YAP:Ce)CL強度のばらつきが7%8%のためである [41]

(25)

 低褪色性として,CL強度の低下が少なくとも10分間以上生じないことを目標とした.

前述したように,細胞のエンドサイトーシスなどは物質投与から10分後には発現するた め,10分間の動態観察に耐えることを本研究の目標とした.

(26)

3 ZnO CL 光源用蛍光薄膜への応用

本章では酸化亜鉛(Znic Oxide: ZnO)のCL特性とZnOによる細胞観察結果について 記述した.本研究ではEXA顕微鏡のCL光源用の蛍光体材料として,ZnOについて検討 を進めた.本章では,ZnOの結晶構造,発光原理,アニール処理による高輝度化,そして,

EXA顕微鏡による細胞の高空間分解能観察結果について述べる.

3.1 蛍光薄膜材料の選定

本研究は,蛍光薄膜材料としてZnOを選定した.

 ZnOは低加速電子線で,高輝度発光を示すことが知られている[60].膜厚が100 nm以 下でも成膜可能であるため [45, 61],高空間分解能の実現が容易である.

 無機蛍光体材料であるため,電子線励起発光の褪色が緩やかである.図3.1は有機蛍光 体であるプラスチックシンチレータ [64]と,ZnOのCL強度の時間変化を示す.縦軸の CL強度は最大値で正規化した.電子線照射時間の経過とともに,プラスチックシンチレー タのCL強度は低下していくことがわかる.電子線を照射し初めて140 s後では,0 sの 場合と比較し,CL強度が30.5%低下していた.これはプラスチックシンチレータの構造 が電子線照射によって破壊されているためであると考える.図で示したプラスチックシン チレータは1,4 dipheniylbenzene(p-terphenyl)と1,4-di-2(5-phenyloxazoly-1,3) benzene

(POPOP)がシチレンモノマーに溶解している.電子線照射によって,ベンゼン環構造が

破壊されるため,発光強度が低下すると考える.一方,図3.1(b)に示したZnOでは,時 間経過が経過してもCL強度が低下しないことがわかる.無機の蛍光体は電子線照射に対 して安定的であり,分子構造が破壊されることが少ない.したがって,電子線励起発光の 褪色が緩やかである.

 さらに,Znは導電性を有する.代表的な無機の電子線励起用蛍光体としてはY2O3 : Eu3+

も挙げられるが [62]Y2O3: Eu3+は導電性がないため,電子線照射によりチャージアッ プが発生する.

 以上の理由から,ZnO2.5節で述べた蛍光薄膜に求められる特性を満たすと考え,EXA 顕微鏡のCL光源用蛍光体としてZnOを検討した.

(27)

0 20 40 60 80 100 120 140 0.0

0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4

CL intensity [arb. unit]

Time [s]

0 20 40 60 80 100 120 140 Time [s]

0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4

CL intensity [arb. unit]

(a) Plastic scintillator (b) ZnO

-30.5%

0 s 60 s 120 s 0 s 60 s 120 s

図3.1: CL強度の時間変化.(a)プラスチックシンチレータ,(b)ZnO

3.2 ZnO の結晶構造

ZnOは図3.2に示すような六方晶ウルツ鉱型の結晶構造をもつ.格子定数はa=b=3.249 ˚A c=5.2042 ˚Aである [65].この構造では,一方の原子4個がつくる四面体の中心に他方の 原子1個が位置している.したがって,配位数は4であり,細密充填構造をとる金属と比 べ小さい.それゆえ,結晶構造中の正規な格子点に原子が占有することで化学量論的組成 を実現している.ZnOは導電性を示す材料である.

 ZnOでは,再近接Zn-O間の相互作用が基本的バンド構造を構築している[66].正四面 体の中心と頂点に位置する原子の距離(Zn-O結合距離)は1.992 ˚Aである.Zn-O結合距 離は,4配位Zn2+のイオン半径0.74 ˚A,4配位O2のイオン半径1.24 ˚Aの和にほぼ等し

O Zn a = 3.249 Å

b = 3.249 Å

c = 5.2042 Å

図3.2: ZnOの結晶構造

(28)

く,両イオンは接触している.四面体の稜の長さは3.208 ˚Aであり,両イオンの半径に比 べ2倍以上の長さである.したがって,四面体頂点間に位置するイオン間の相互作用は無 視できる.以上より,再近接Zn-O間の相互作用が基本的バンド構造を作っている.

3.3 ZnO の発光原理

ZnOは紫外域(λ=380 nm)と可視域(λ=510 nm)に二つの発光ピークを有する.図3.3 にはZnO粉末のCLスペクトルを示す.加速電圧は5 kVである.

 図3.4(a)には380 nmの発光ピークの発光原理を示す.ZnOは,自身のバンドギャップ (3.37 eV)の直接遷移により,390 nmに発光ピークを有する [67].390 nmの発光はエネ ルギーに換算すると,約3.3 eVであり,ZnOのバンドギャップの近傍である.この390 nmの発光は室温でも安定して得ることができる.これは,ZnO中の励起子の結合エネル

ギーは約60 meVであり,それに対し室温の熱エネルギーは約26 meVであるため,ZnO

中の励起子が室温の熱エネルギーでかい離する確率は低いためである.

 また,510 nmに現れる可視域の発光ピークは,図3.4(b)に示すように,ZnO中の欠陥 のいずれかがドナー準位を形成し,それによる欠陥準位・バンド間再結合に起因したもの と考えてられている.ドナーを与える欠陥として可能性が高いものは,酸素空孔もしくは 格子間Znである.

200 300 400 500 600 700 800 Wavelength [nm]

CL intensity [arb. unit]

UV emission

Visible emission

図 3.3: ZnO粉末のCLスペクトル

(29)

E

g

=3.37 eV

Valence band Conduction band Electron

Hole

3.3 eV 2.4 eV

Excition level Donor level by lattice defect

UV emission Visible

emission

図3.4: ZnOの紫外域と可視域の発光原理模式図

3.4 スパッタ法の原理

スパッタ法は,原子もしくは分子サイズの粒子を高エネルギーでターゲットに打ち込み,

ターゲットから飛び出した原子を基板上に堆積させることで,薄膜を形成する方法であ る [68].スパッタ法の原理図を図3.5に示す.スパッタ法では,ターゲットに打ち込む粒 子として,アルゴン(Ar)イオンが一般的である.図3.5に示すように,ターゲット原子の 飛び出しには二つのメカニズムが存在する.一つは図3.5(a)に示したように,Arイオン がターゲット原子と直接衝突することにより,ターゲットから原子が飛び出す場合である.

もう一つは,図3.5(b)に示したように,Arイオンの衝突によってターゲット原子同士の 結合が切れ,ターゲット原子が多段衝突することにより,表面近傍の原子が飛び出す場合 である.

 スパッタ法による薄膜形成技術の一般的な特徴を以下に述べる.

1. 金属・合金・絶縁物など広範囲の材料の薄膜を形成できる.

2. 適切な条件の設定により,多元で複雑な組成のターゲットでもほぼ同一の組成の薄 膜を形成できる.

3. ターゲット投入電力とスパッタ時間の監視により,容易にかつ精度よく膜厚の制御 ができる.

4. 大面積の基板上に均一な厚さの薄膜を形成するのに有利

5. スパッタ粒子は高いエネルギーを持ったまま基板に入射するため,基板への膜の付 着力が強い.真空蒸着法の10倍高い.

(30)

6. 薄膜形成の初期過程における核発生密度が高く,10 nm以下の極めて薄い膜の形成 が可能である.

7. ターゲットの寿命が長く,長時間の連続運転と自動化に適している.

Incident ion

Target surface

Target atom Target atom

(Ar ion)

Incident ion

Target surface

Target atom

(Ar ion)

(a) (b)

図 3.5: スパッタ法の原理.(a)直接衝突によるターゲット原子の飛び出し,(b)ターゲッ ト原子の多段衝突によるターゲット原子の飛び出し

3.5 スパッタ法による as-depo ZnO の成膜

本研究では,Si3N4上に膜厚50 nmZnOをラジオ周波数(radio frequency: RF)マグ ネトロンスパッタリングにより成膜した.マグネトロンスパッタ法は,ターゲットの背後 に配置したマグネットから発生する磁場により,ターゲット表面近傍付近にプラズマを高 密度に拘束することによって,高速成膜を可能にしている.また,成膜中に高速酸素や高 速二次電子の試料基板への打ち込みが少なく,結晶性の高い薄膜の成膜が可能である.マ グネトロンスパッタ法は一般的な薄膜形成技術として広く普及しており,工業的な量産ラ インでも用いられる.

 図3.6には使用したスパッタ装置(ANELVA, SPF-332H)の構成図を示す.真空ポンプ には,粗引きポンプとして油回転ポンプ(RP),本引きポンプとして油拡散ポンプ(DP) 使用した.また,真空計には,到達真空度の測定にB-Aゲージ,スパッタ中のガス圧力の

測定にSchulzゲージを用いた.成膜中,チャンバー内には酸素ガスを流入し,安定的に

ZnO薄膜が形成されるようにした.

 ZnOの成膜条件を表3.1に記載する.表3.1に記載した条件下でSi3N4上に膜厚50 nm のZnOを成膜した.

(31)

表3.1: ZnOの成膜条件 ターゲット ZnO(純度99.99%)

RFパワー 100 W

スパッタ雰囲気 O2/Ar (5 sccm/25 sccm) スパッタ圧力 0.8 Pa

基板温度 500C

TCG

Vaccum gauge

Rotary pump

Rough valve

Foreline valve

Diffusion pump LN2 Trap

Main valve

Leak valve

Leak valve Ar O2 Main chamber

Vaccum gauge

Schulz

B-A RF power

supply

Substrate Target

Shutter

図3.6: RFマグネトロンスパッタリングの模式図

(32)

3.6 スパッタ法によって成膜した ZnO CL 発光の課題

ZnOのCL発光の課題としては,as-depo状態のZnOでは発光強度が弱いことが挙げ られる.発光強度が弱いことから,as-depo状態では,観察画像の画像のSNRは1.5〜3.3 程度であり,基準値である5以下である [45].したがって,CLの発光強度を改善する必 要がある.

 この発光効率を改善するために,ZnOのアニールが提案されている[69].N2雰囲気中 でアニールすることにより,ZnO390 nmの発光はas-depoZnOよりも増強するこ とが確認されている [61].発光の増強はアニールにより結晶性が向上するためである.図 3.7にはN2雰囲気中800CでアニールしたときのZnOas-depoZnOCLスペク トルを示す.図3.7(a)CLスペクトルの全体図,また,図3.7(b)は低強度部を拡大した 図である.図3.7において,アニール後はアニール前と比較してZnOCL発光が46 の増強されていることが観測された.したがって,ZnOのアニール処理は,as-depo状態 のZnOの課題を解決する.

 しかしながら,ZnOをアニールすることで,CLの均一発光性が損なわれる.図3.8には,

as-depoZnON2雰囲気中,800C1時間アニールした時のZnOCLイメージ を示す.加速電圧5 kV,照射電流量1 nA1ピクセル辺りの電子線照射時間(dwell time) は1.9 ×105 秒の条件にて,CLイメージを取得した.図3.8(a)as-depoZnO,図 3.8(b)はアニールしたZnOのCLイメージである.CL強度のばらつきを計算したところ,

アニール前のCL強度のばらつきは8.2%だったのに対して,N2雰囲気中,800Cで1時 間アニールしたアニールしたZnOのCLは31.2%の強度のばらつきを含むことがわかっ た.このCL強度のばらつきは,背景光の標準偏差を大きくするため,画像のSNRが低 下する.

 ZnOをアニールすることによるCL均一発光性の低下は,粒子成長によるものと考え る.図3.9はアニール前後のZnOの表面をAFMによって観察した結果である.アニール はN2雰囲気中,800Cで1時間アニールした.図3.9より,アニール前の粒径は20 nm 程度に対して,アニール後の粒径は75±25 nm程度の大きさであり,3.75倍程度の大きさ になっていることがわかる.したがって,アニールすることによりZnOの粒径が増大し,

粒径にばらつきが生じることにより,CL強度のばらつきが生じたといえる.

(33)

500 400 300 200 100 0

700 600

500 400

300 x 103

Wavelength [nm]

CL intensity [Arb. unit]

Annealing ZnO

As-depo ZnO

700 600

500 400

300

Wavelength [nm]

0 2 4 6 8 10 x 10

3

As-depo ZnO

CL intensity [Arb. unit]

(a) (b)

図3.7: N2雰囲気中,800Cで1時間アニールしたZnOとas-depoのZnOのCLスペク トルの比較

5 µm 5 µm

Low High CL intensity

(a) As-depo ZnO (b) After anneal ZnO

Variation: 8.3% Variation: 31.2%

図 3.8: ZnOCLイメージ.(a)as-depoZnO(b)N2雰囲気中,800 C1時間ア ニールしたZnO

(34)

0 100 200 300 400 500 0 100 200 300 400 500

0 100 200 300 400 500 0 100 200 300 400 500

Position [nm] Position [nm]

Position [nm] Position [nm]

0 Height [nm] 12.9 0 Height [nm] 25.9

RMS = 2.0 nm RMS = 4.9 nm

(a) (b)

図3.9: AFMによるZnOの表面性状観察結果.(a)as-depoZnO(b)N2雰囲気中,800

C1時間アニールしたZnO

(35)

3.7 アニール条件のパラメータ

本研究では,高輝度かつ均一強度発光の蛍光薄膜を形成するために,ZnOのアニール条 件を微調整した.アニール時の温度と時間の関係を図3.10に示す.アニールは主に加熱,

温度保持,冷却の三つのプロセスからなる.図3.10において,加熱は1から2,温度保持 は2から3,冷却は3から4で表した.図3.10よりパラメータとして,アニール時間,N2 ガス流入のタイミングが挙げられる.本研究では,この二つについて微調整を施し,高輝 度かつ均一強度発光の蛍光薄膜の成膜を目指した.

Temperature

1 Time

2 3

4 Annealing temperatrue

Annealing time

図 3.10: アニール時の温度と時間の関係

3.8 温度保持時間を 15 分とした場合の CL スペクトル

本研究では,アニール時間を60分から短縮することで,結晶粒の増大を抑制し,粒径の ばらつきを抑制することを考えた.Jiangらによると,ZnOの結晶性は,10分間のアニー ル処理と40分間のアニール処理を比較すると,同程度になることが報告されている[70] これは,図3.10における1から2の昇温プロセス中にもアニールは進行しているためで ある.したがって,これらの知見を参考に,本研究ではアニールの時間を15分に短縮し,

ZnOCLZn2SiO4と比べ,どのように変化するかを確認した.

 本研究では,CLスペクトルを取得することにより,CL発光強度を評価した.図3.11 は,CLスペクトル測定系を示す.本研究では,電界放出型走査電子顕微鏡(Field emission- SEM: FE-SEM)(日本電子,JSM-7001F)により,CLスペクトルを測定した.SEMチャ ンバー内にCL集光ミラー(堀場製作所,LS-100-EM-TYPE2)を挿入し,試料から発生

参照

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