【コラム】「いばら姫」の秘密‑グリム童話を考え る?‑
著者 大野 寿子
著者別名 ONO Hisako, OHNO Hisako
雑誌名 東洋通信
巻 51
号 1
ページ 2‑5
発行年 2014
URL http://id.nii.ac.jp/1060/00010341/
Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja
の秘密‑グリム童話を考える@‑
子 寿 野 大
「いばら姫」
グリム兄弟(兄ヤ
1
コプ︑弟ヴイルヘルム)が収集刊行した﹃子どもと家庭のためのメルヒエ
ン集
﹄(
同日
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五
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番目のお話は︑﹁いばら姫﹂である︒賢女の魔法ゆえ糸紡ぎの錘に刺され︑一
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年の不思議な眠りに落ちた主人公﹁いばら姫﹂は︑ちょう
ど一
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年後︑勇敢な王子のキスで目覚める︒﹁いばら姫﹂のドイツ語原語口0 5 5 R V S
を正確に訳すと︑﹁腕蓄積ちゃん﹂とでも記すべきであろうか︒日本語の﹁いばら﹂には︑①
蓄積等の腕を伴った低濃木を指す場合と︑②植物の材料そのものを指す場合とあるので少々や
やこしいが︑ここは前者の意味となる︒﹁野ばら姫﹂と訳す人もいるが︑ここではイメージの
混乱も楽しみつつ︑﹁茨(腕)を伴った蕃破﹂という花のイメージをも伴う場合は﹁いばら﹂と記
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︑﹁茨(腕)そのもの﹂あるいは﹁茨(腕)を伴った茎や蔓﹂の場合には﹁茨﹂と記すこと
にす
る︒
さて︑この﹁いばら姫﹂のお話︑比較民話学上は︑
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四 一
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番﹁眠れる美女﹂型に属する︒この
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型の類話には他にも︑ベロl
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足芯)等があり︑﹁魔法の眠り﹂が︑共通かつ重要なモティ
l
フとなっている︒さらにその﹁眠り﹂に不可欠なのが︑植物による日常世界からの遮断である︒フランスのペロl
版やイタリアのパジ1
レ版
では
︑
﹁森﹂という不気味な植生空間が﹁眠り﹂の場として登場するが︑ドイツのグリム童話では︑
﹁茨の生垣﹂がみるみる生長し︑﹁魔法の眠り﹂の空間を形成していく︒ここでは︑グリム版ではなぜ﹁茨の生垣﹂なのかをあれこれ考えてみることにする︒
グリム兄弟は︑﹁子どもと家庭のためのメルヒェン集﹄の第一巻第二巻にはお話を集録し︑
第一二巻を注釈書として刊行している︒その﹁いばら姫﹂の注釈に以下の記述がある︒
(133)
2
﹁茨の防壁に固まれた城の中で︑真の王子
1
I
欧伝説のあの︿ブリュンヒルト﹀なのである︒乙女を刺し眠らせるあの錘は︑オl
グルトのみ通り抜けることができる炎の防壁に固まれて眠る︑古代北眠る乙女は︑ジ 1茨が彼に道を開けるーから救われるまでデイ
ンがブリュンヒルトを刺した︿眠りの茨﹀である︒﹂
ザバブルク城
ドイツ・カッセル近郊のラインハル
トの森に位置する
14世紀の古城。現在
は、「いばら姫
jゆかりの城として(後
付けであるが)、メルヘン街道上のロマ ンティックな古城ホテルとなっている。
ところどころ蔦で覆われた壁には、「い ばら姫」のモチ}フ・アートがいくつ
も飾られている。「いばら姫 J という名
の蕃薮でも有名。
北欧・ゲルマン神話において︑その最高神オ
l
デイン(ヴォ
l
ダン)の命を受け︑戦死者の魂を黄金の宮殿ヴアルハラへと誘うヴアルキュ
l
レの一人ブリユンヒルト(ブリュンヒルデ)の﹁眠り﹂の場面と︑﹁いばら姫﹂の﹁魔法の眠り﹂との類似性が指摘されている︒伝承
文芸であるメルヒェンや伝説が︑古代の神話を源泉としているという︑グリム兄弟らしい見
解である︒また︑先のイタリア語(ナポリ方言)で書かれたパジ
l
レのメルヒェン集は︑一
八四六年にドイツ語に翻訳されたのであるが︑そこに付された兄ヤ
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の序
文に
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(撮影筆者)
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という名は︑あの︿眠りの茨﹀
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をすぐに連想さ
せる︒その眠りの茨でオ
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ディンは︑ヴアルキュl
レのブリュンヒルトを刺して眠らせた[中略]︒彼女は鎧と兜に身を包み︑︿炎﹀に固まれ︑何者をも寄せつけないヒンダル・
フィアルという広間に眠るのであるよ
3
(132)このように﹁魔法の眠り﹂をめぐる諸モティ
l
フの︑北欧・ゲルマン神話﹃エッダ﹂からの影響を指摘するグリム兄弟ではあるが︑﹁いばら姫﹂そのものが︑生粋のドイツ民話である
と考えているわけでもない︒というのも︑﹁いばら姫﹂の原稿(エ
1
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年)
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の眠れる森の美女から完全に由来する(または移された)ように思われる﹂という︑ヤ
l
コプ・グリムの書き込みがあるからである︒どうもグリム兄弟は︑﹁眠れる美女﹂型のお話すべてをゲルマンあるいはドイツ発祥といいたいのではなく︑こ
の﹁眠り﹂のモティ
l
フと︑森でも林でもないほかならぬ﹁茨の生垣Lとの関連性においぺ北欧・ゲルマン神話のブリユンヒルトの逸話との深い繋がりを強調しようとしているようだ︒グリム兄弟が収集した﹁いばら姫﹂の﹁不思議な眠り﹂が﹁茨の生垣﹂に守られなければならなかった理由︑あるいは﹁茨の生垣﹂の中で﹁いばら姫﹂を眠らせたかった理由はどうも︑
このあたりに隠されているといえるだろう︒
さらに︑兄のヤ
l
コプ・グリムは︑自身の神話研究書﹃ドイツ神話学﹄(一八三五年)にお
( 撮 影 筆 者 )
いて
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オ
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デインが︿眠りの茨﹀で︑ヴアルキュl
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一人
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ばら姫が錘で指を刺し︑死の眠りへと落ちていく﹂様子との類縁性を強調している︒いばら
姫の
一
O
O
年の﹁担り﹂が︑﹁死﹂にも等しいと指摘しているのである︒一O
O
年眠る﹁いばら姫﹂と一時的に死に至る﹁白雪姫﹂との関連性を︑比較民話学の観点から指摘する研究も
ある︒また︑北欧英雄伝説﹃ヴオルスンガ・サガ﹂では︑楯の垣根に守られて眠るブリユンヒルトであるが︑﹁エツダ﹂では︑﹁炎の壁﹂に守られて死の眠りにつく︒ヴアルキュ
i
レの
火焔といえば︑剣の象徴表現であるといわれる︒槍︑炎︑剣︑樹木といった﹁生垣﹂や﹁森﹂
が︑﹁死﹂に等しい﹁眠り﹂を保護する役割を担うことから︑その内部が﹁死﹂の領域である
ともいえはする︒ところがベロ
l
版とパジl
レ版では︑主人公の眠る﹁森﹂の内部は︑同時に﹁出産﹂の場にもなるのだ︒グリム版﹁いばら姫﹂には残念ながら︑﹁眠れる美女﹂型メルヒェン群の第二部の幕開けとも見なしうる︑﹁出産﹂の場面そのものがない︒主人公は︑自ら
蘇生し目覚めはするものの︑次の命を生み出すことはないのである︒﹁森﹂と﹁茨の生越﹂の
機能的な違いを強いてあげるとすれば︑この出産の場たりえたか否かは重要だ︒ブリユンヒ
ルトの﹁炎の壁﹂に遡りうる﹁茨の生垣﹂のなかで︑﹁いばら姫﹂がもし出産をしていたとし
たら︑此花昨夜姫の﹁火中出産﹂との比較等も興味深かったであろう︒
(131)
‑4‑
{追記}本稿は︑拙論﹁﹁いばら姫﹂における魔法の眠りと時間の喪失│グリム兄弟の文献学的観点から﹂(二
0 0
七年︑梅内幸信編﹁グリム・メルヒェン研究ーその多様なアプローチ﹂日本独文学会研究叢書O
五O
号 ︑
四一五頁)の一部に加筆を施し︑エッセイとして新たに作成したものである︒また︑﹁東洋通信﹄の﹁オア
シス﹂に随時掲載してきた﹁グリム童話を考える﹂シリーズの続きであることを付言しておく︒
注1
第一版は一八一一一年(第一巻)と一八一五年(第二巻)に刊行される︒その後︑一八一九年に第二瓶︑一八
三七年に第三版︑一八四
O
年に第四版︑一八四三年に第五版︑一八五O
年に第六版︑一八五七年に第七版(グリム兄弟生前の最終決定版)が刊行される︒
第一版では﹁妖精﹂が王女の誕生に招待されるが︑第二版からは﹁賢女﹂となっている︒
2
3 この
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とは︑アンティ・アールネ(﹀巳丘﹀同ロ白)とスティス・トンプソン首位任︑
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であり︑彼らの﹃民話の話型﹄(叶ぽ吋320同p m
旬︒ 日付 片山 町) の話 型分 類番 号に 添え られ る︒ ハン ス
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四年に改訂版が出され︑A T l l
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を付け て ︑ATU
と呼ぶ場合もある︒4
シャルル・ペロ
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﹁過ぎし日の物語あるいはメルヒェン︑教訓付き﹂(一六九五九七年)集録︒5
ジヤンパティスタ・パジ
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レ﹃ペンタメロl
ネ(五日物語)メルヒエンの中のメルヒェン﹄(一六三四│
三六年)集録︒
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ちなみに︑﹁いばら姫﹂において受胎告知をする動物は︑エ
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レンベルク稿︑第一版︑第二版では﹁ザリガ三だが︑第三版で﹁カエル﹂へと書き換えられている︒﹁カエル﹂に関しては︑拙文﹁水とカエルの物語│
グリム童話を考える①
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東洋大学通信教育部編﹁東洋﹄第四五巻九号(二
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八年)︑四一七頁参照のこ10 と
竹原威滋﹃グリム童話と近代メルヘン﹄(三弥井書応︑二
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六年)第二章参照のこと︒寿 子
ひさ
文学部准教授 専 攻
出身
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ドイツ文学 福岡県
大 野
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