日本看護倫理学会誌 VOL.8 NO.1 2016 91
■ 日本看護倫理学会第8回年次大会 シンポジウムⅢ
自己決定に支援が必要な患者の権利擁護
Advocacy for the patients who need support in decision-making
細見 明代 大西香代子
◉兵庫医療大学看護学部 ◉園田学園女子大学人間健康学部
本シンポジウムでは、自己決定に支援が必要で権利 侵害が生じやすい対象者として、認知症と精神障碍の 患者に焦点を当て、まず3名のシンポジストによる発 表が行われた。最初は、市立池田病院の稲野聖子氏が
「急性期病院における認知症高齢者の権利擁護に関す る問題」として老人看護CNSに相談のあった4事例を 紹介、看護師が問題行動ととらえる背景に高齢者への 偏ったみかたや多様な価値を尊重する重要性が理解で きていないこと、看護職に認知症高齢者の代弁者とし ての役割があることを認識できていないことを挙げら れた。今後は、高齢者の意思を尊重したケアが提供で きるよう、ケア提供者への教育とともに、多様な価値 を尊重できる組織づくりが重要であると提案された。
次いで、就労継続支援B型事業所 ハーモニーの新 澤克憲氏からは「精神障碍者の身体疾患治療の問題:
救急受診をめぐって」と題して問題提議がなされた。
これまでの例から、救急受診して治療にうまくつなが るのは、身体診療を行っている精神科への受診や搬送 先での受診歴がある場合などで、逆に救急車で地元の 総合病院などに搬送されても、精神科患者であること を理由に診察を拒否され、命に関わる事態となってし
まうこと、その背景として精神障碍者には「同意でき ない」「治療のコンプライアンスが悪い」との思い込 みがあるのではないかとの指摘がなされた。
最後に、兵庫医科大学病院の吉井ひろ子氏は、看護 師を対象に行った調査をもとに、看護師がどのような ことを倫理的問題ととらえているかなどを「臨床現場 における倫理的問題の認識と解決にむけた取り組み」
として発表された。特に拘束の問題では、拘束を行っ ている看護師自身が葛藤し悩んでいること、相手の思 いに寄り添うことの大切さや「慣れ」の恐ろしさが語 られた。また、倫理的問題を「みんなでエシカらな い?(エシカル=倫理的)」と気軽に話せるようにす る取り組みの紹介がなされた。
3名の発表後、当事者のたにぐち万結氏、はたよし み氏より、精神科医療を受けるなかで自分たちのこと を理解してもらえないつらさを感じていたが、今日の 発表で看護師が自分たち患者側の立場に立って考えて いること、拘束などの現状に悩み、解決していこうと している事を知り、それだけで、勇気をもらい頑張っ ていけるとのコメントがなされた。
急性期病院における認知症高齢者の擁護者としての看護師の役割
稲野 聖子(市立池田病院)
看護師は、「高齢者の権利を守る」「高齢者の価値観 を守る」「高齢者を人として尊敬する人としてみる」
ことで、高齢者の尊厳を守り、高齢者の擁護者となる 役割がある」1。しかし、急性期病院において、次の ような場面に出くわすことは少なくない。認知症のた め訴えがあいまいであるという理由で十分な疼痛コン トロールがなされていない、認知症のため意思決定能 力がないとみなされ、本人に十分な説明がなされずに ものごとが進んでいる、プライバシーに配慮されてい
ない詰所での見守り、認知症の人のことを「認知がな い」という表現で説明する、など認知症の人がひとり の人として尊厳を保てていないと感じることがある。
そういった状況において、擁護者としての役割のある 看護師は「おかしいのではないか」「もやもやする」と いう感覚を多職種と共有し、その人の最善を検討して いく役割があるが、看護師が「おかしい」と感じない まま、倫理的な問題が見過ごされているようにも感じ ている。
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倫理委員会の設置や倫理研修、多職種で倫理的問題 を検討する場づくりなどを組織的に取り組むことは、
認知症高齢者の倫理的問題への対応として重要であ る。しかし、認知症高齢者の倫理的問題は日々の実践 の中で生じており、また組織文化や価値観は日常の対 話の積み重ねによって醸成されるため、看護師が擁護 者としての役割を認識し、看護倫理に基づいた実践を 行うためには、日々のケアに焦点を当てた取り組みが 必要であると考える。たとえば、立場や職種を超え て、他者の意見を聞いて自己を振り返り、自己のみか たや価値観に気づけるような場をつくることも大切で あると思う。そして、医療職にとっては当たり前のこ とであっても、認知症高齢者にとってはひとつひとつ が未知の体験で不安や恐怖を伴うこと、医療職が善か れと思ってやっていることであっても認知症高齢者に 苦痛を与えていることが多いことを看護師が気づくこ とができるように日々の申し送りやカンファレンス、
コンサルテーションなどを通して看護師がケアを語る
時間を少しでもつくることも大切であると思う。
急性期病院の使命だる在院日数の短縮、治療の安全 は当然大切であるが、急性期病院における認知症高齢 者の擁護者としての看護師の役割を果たすためには、
私たちにとっては未知の体験をされている認知症高齢 者のことをわかったつもりにならず、「認知症の人は どのように感じているのか」「私が認知症高齢者であ れば、どういったケアを受けたいだろうか?」「私の 大切な家族であったらどういったケアをしてほしい か?」という視点に立ちもどり、看護職の前に人とし てどうあるべきか、認知症の人をひとりの人として尊 重する姿勢で向き合っているのか、といったことを考 え続けられる、語ることができる組織文化をつくるこ とが重要であると考えている。
文 献
1. 小西恵美子,八尋道子,小野美喜他.「和」と日 本の看護倫理.生命倫理.2007;17(1):74‒81.
精神障碍者の身体疾患治療の問題:救急受診をめぐって
新澤 克憲(就労継続支援B型事業所 ハーモニー)
Aさん(当時56)は通所歴12年の統合失調症の男 性。謎の組織から地面を揺らされ、うまく歩けないと の訴えあり。糖尿病で薬や食費の管理は施設で行って いた。アパートで独居。食べ歩き、タバコ、炭酸飲料 が好き。
3月の金曜日、姿が見えず、携帯で「B病院にいる」
と応答。その後「歯科にいる」と連絡があるも施設に は現れない。捜索の末、18時過ぎに自室内で仰臥し て動けないAさんを発見。「謎の組織がいて、ここを 出させてくれない。動けない。ウチに帰りたい」。実 際は外出せず携帯で連絡を取り続けていた様子。失禁 と腕、肩の痺れ、臀部の打撲の訴えがあり、19時20 分、救急要請。
救急車内にスタッフが入り搬送先の相談をするが難 航。かかりつけの精神病院Cでは17時以降はCTがで きず受け入れられない。「東京ルール」に従って搬送 先を決める。当番はD病院で「ベッドなし。入院不 可。診察のみ可能」と返答があった。
21時、D病院に到着。「そんな話はいい」と担当医
師E氏に説明を遮られる。「見なくてもいいと思うが、
診察するから外に出て」と。数分の診察後、「問題な い。帰ってもらう」、見当識障害は「今日はそういう 気分だったんでしょ。自己表現です」、失禁は「家で 対処すればよい」と説明される。ろれつが回らず、膝 から崩れてしまう歩行障害は、普段のAさんにはな く、外傷、脳血管障害や悪性症候群などを疑っている
こと。C病院からはどこかで画像診断するようにと言 われたと説明するが「C病院も、見る必要がないと判 断したから、断ったはず」「大丈夫。診断名はつけら れない」「本人もウチに帰りたい。あなたたちもウチ に帰れる。それでいいでしょう。あなたたちが余計な 事をするから彼は帰れない」と退室を求められる。救 急隊にD病院からの指示がなければ他の病院に回るこ とはできないと言われる。Aさんを連れて帰宅。
翌土曜、スタッフが付き添う。失禁、ふらつき、見 当識障害あり。夕食には外出する。帰宅すると「ウチ なのか」とAさんは笑った。布団を掛け24時頃に退 室。朝になって訪問するが自室内で倒れている。警察 官に通報し、死亡が確認される。前夜、残した弁当を 食べたらしい。口の中に食物があったが、窒息か食事 中の急変かは知らされてはいない。
身体的な異変とそれに起因する意識障害が想定され るにも関わらず、Aさんが治療を受ける機会を得られ なかったことは今も無念でならない。日頃より生活全 面において支援を必要としていたAさんだったが、急 変時に私たちに出したSOSは必ずしもわかりやすい ものではなかった。私たちも「どこかいつもと違う」
という言葉でしか異変を医療者に伝えられなかった。
異変を伝えてもそれぞれの当事者の障害特性や妄想が 混在することで伝わりにくくなってしまうことも否定 できない。
日常業務の中では以前のような「精神科の患者は何
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すくなくなってきたが、「いくらお願いしても点滴の 針を抜いてしまう」「勝手に帰ってしまった」と以前 の来院した患者の行状を引き合いに出した言葉をぶつ けられることもありコンプライアンスの低さから治療 管理が難しく責任を取りきれないというニュアンスを 感じる。
判断能力も低く、治療への協力も難しいという一面 的な精神障碍への理解が、E医師のような独断的なパ ターナリズムをもたらしたように思う。せめて地域の 支援者である私たちの「何かおかしい」という危機感
を理解いただければ、最悪の事態は避けられたのでは ないか。
突然の体調の悪化で救急に助けを求める単身の精神 障碍当事者は多い。地域の支援者も常に同行できない 状況でも医療を受ける権利を守っていくことが、彼ら の地域での生活を守っていくことであると考える。
文 献
1. 新澤克憲.地域で暮らす精神障害者の命のそばに いて思うこと.精神看護.2012;15(6):8‒12.
臨床現場における倫理的問題の認識と解決にむけた取り組み
吉井ひろ子(兵庫医科大学病院 リエゾン精神看護専門看護師)
当院は、阪神間で精神科を有する稼動957病床の大 学病院として、急性医療総合センターを新設するなど 果敢な取り組みに挑んでいる。精神科は44病床あり、
平成24年10月には、精神科リエゾンチームが設置さ れ、一般科病棟における精神看護の活動も広がりつつ ある。リエゾンナースとして当院における倫理的問題 に対して実際に介入した場面を、1)一般科と2)精神 科に分けてご紹介する。1)一般科病棟では、精神科 リエゾンチームとしての介入と、専門看護師としての 単独介入の両者がある。前者は、病棟の管理上の問題 を理由に、精神科への転科の検討がなされる場面や、
ターミナル期における超高齢者や認知症患者の意思決 定支援場面への介入が主であった。後者では、虐待の 既往がある妊婦の育児能力に関する多職種カンファレ ンス(産科・小児・精神・地域)で生じる倫理的ジレ ンマや、デスカンファレンスで生じる病棟スタッフの 想いへの介入、対応困難な不穏患者に対する病棟ス タッフの心的疲弊に対して介入することが多かった。
2)精神科病棟では、点滴や経管栄養のチューブの留 置と同時に身体拘束がセットのように開始となるこ と、チューブ類が抜去されるまで行動制限の期間が持 続する傾向があること、持ち込み制限が自殺ハイリス ク者を基準に一律制限がかけられる場面などがある。
そのため、精神科病棟では、行動制限に関するカン
ファレンスや倫理に関する勉強会を定期的に行ってい る。最近では、新人看護師に対し精神科医療の歴史を 知ることから学んでもらい、自部署で倫理的に問題が あると考えられる場面について話し合いの場を設ける など倫理観を高めるための工夫を始めているところで ある。最後に、倫理的問題への取り組みについて、筆 者が、精神科領域の看護学会で行った意見交換会の結 果をご紹介したい。1. 個人の倫理観 2. 組織の倫理 観 3. カンファレンスのあり方 4. 話しやすくする 工夫 5. 看護倫理教育に関し、倫理的感受性を高め るためにどのような工夫ができるかについて、話し 合った意見を専門雑誌に報告している1。これら得ら れた貴重な意見を臨床で活用し病棟への貢献となるよ う、そして、本学会の佐藤先生のお言葉にもあった看 護倫理を看護実践で体現できるようどうしていくか。
リエゾン専門看護師の視点からさらなる模索を続けた い。
文 献
1. 吉井ひろ子,杉原正美,浮舟祐介,田邉友也.新 人さんにも伝えたい.精神科看護に必要な倫理的 な視点「ちょっとみんなでエシカ(ethical:倫 理)らない?2015;18(4):379‒390.