[概要]
先ず,組織間知識創造の理論をある技術分野のプロジェクトを分析単位と したプロジェクト内の構成メンバーの相互作用を通じた発明の知識創造プロ セスへ適用する.次に “ 複数の類型化した発明の特徴点である技術要素(F ターム)” に注目する.このFタームを利用した組織的で長期的な技術要素の 形成プロセスを明らかにする時系列データの産学連携(新トリプルへリック ス)分析法を提案する.
産学官連携におけるイノベーションの成功例として場所的経営を提唱して いる前川製作所の微生物である「エンドファイト」の事業を採り上げる.トリ プルへリックスの概念に基づく産業界,大学,政府三者間の知識共創プロセス に着目し共同体の広がりと問題領域の深掘りに関して調査する新トリプルへ リックス分析法を開発し適用分析を行なった.その結果,産学官連携におけ るイノベーション機会の発見に関係するトリプルへリックスの知識創造プロ セスを明らかにした.
1) 東北文化学園大学 総合政策学部 〒981-8551 宮城県仙台市青葉区国見6丁目45-1 TOHOKU BUNKA GAKUEN UNIVERSITY
6-45-1, Kunimi, Aoba-ku, Sendai City, Miyagi Prefecture 981-8551, Japan
特許情報データベースを活用した
マエカワの「エンドファイト」事業に関する調査研究
小出 実1)
東北文化学園大学 総合政策学部1)
A study on the Maekawa’s New Business about the Endophyte Based on the Database of Patent Information
Minoru Koide
[ABSTRACT]
At first, I applied a theory of knowledge creation between organizations to a creation process, which is the knowledge creation process about inventions through the interaction of the members of a project. Next, I focus on "a technology element (an F term) that is a characteristic point of invention as a type", which is the index of patent data for a project. I propose a new triple-helix-analysis method of chronological data clarifying the formation process of the organizational, the long-term technical elements by which F terms have been used.
I picked up the "endophyte" business, which is Maekawa’s habitat management about the symbiotic fungus as a successful example of innovation in a company. I have carried out the development the new triple- helix-analysis method by using the breadth of community and the depth of F-term with the concepts of the triple helix. And I have analyzed the business about knowledge co-creation for three parties of industry, university and government. As a result, I extracted the triple-helix-process about the discovery of innovation opportunities in industry-academia- government collaboration.
キーワード:新トリプルへリックス分析,イノベーション機会,産学官連携,
場所的経営
KEY WORD:New triple-helix-analysis, Innovation opportunities, Industry- academia-government collaboration, Habitat management
1. はじめに
企業の研究開発プロジェクトにおける知識創造プロセスは,その技術分野 ごとに膨大な知識を蓄積する多様な過程があり,多様でダイナミックなプロ セスといえる.主に技術知識としての特許データは,従来,このような多様 でダイナミックなプロセスに焦点を当て量的研究を行うための拠り所となっ て,特許データを識別する国際特許分類(以下 IPC という)が多用されてきた.
しかしながら,この特許データの特許分類の分類精度が,先端技術分野や融 合技術分野の調査研究において,そのまま研究対象の研究限界になってしま うという問題点があった.さらに仮に IPC の分類精度が分析にとって十分 な分解能があったとしても,多面的な技術知識を単元型の分類法である IPC で分析するには限界があるという問題点もある.そこで本研究は,このよう な先端技術分野や融合技術分野の質的研究と同時に量的研究を可能とする産 学官連携(トリプルへリックス)の調査分析に好適な新トリプルへリックス 分析法を提案する.
新トリプルへリックス分析法を検証するために,前川製作所の「エンド ファイト」事業を産学官連携のイノベーションの成功事例としてとり挙げる.
前川製作所(以下,マエカワと呼ぶ)は独立法人(独法)という分社組織で知 られている.その会長である前川正雄は「場所的経営」について提唱してい る.
「エンドファイト」とは,植物の内側に存在する微生物(バクテリア)の総称 であり,ある種のエンドファイトが植物に存在すると,その植物は害虫や病 気に強くなることが解明されている.それらは,独立行政法人製品評価技術 基盤機構 (NITE) に特許微生物寄託が可能な対象である.
ヘンリー・エツコウィッツはイノベーションの創造と普及を推進する為の 三つの社会機構(大学,産業界,政府)が構成するイノベーション・システム の普遍的なモデルであるトリプルへリックスの概念(後述)を提示し,各社会 機構が果たすべき役割と相互の関係を歴史的に捉えている.そのポイントは 単に独立した関係から相互に独立した社会機構の三者間の相互作用する関係 に発展したとしている.
本研究は新トリプルへリックス分析法の適用によりイノベーションの創造 の起点に遡って分析するイノベーション機会に関するものである.
本稿の構成は以下のとおりである.第2章では先行研究の検討を行い,第 3章では研究の目的を設定する.第4章では共同体の分析方法とマエカワの エンドファイト事業に関する新トリプルへリックス分析法の適用を行う.第 5章では分析結果の考察と結論を述べる.
2. 先行研究の検討
発明を創り出していくダイナミックスは,知識創造プロセスである.そし て知識創造プロセスには,組織内と組織間のプロセスが存在する.また,共 同研究開発における組織間の知識創造活動に着目した研究としては,組織間 知識創造の理論があげられるが,本研究では,発明に関する知識創造プロセ スを組織間知識創造プロセスとして捉える.
2-1 発明の知識創造プロセス
知識創造には個人的アプローチと集団的アプローチがあり,後者は組織内 知識創造と組織間知識創造が存在する.知識には,言語化が困難で主観的な
「暗黙知」と言語化が可能で客観的な「形式知」がある.知識創造の基本モデ ルは,暗黙知を豊かにしつつ,形式知化し,次にそれらを組み合わせ,実践に 結びつけることで,再び新たな暗黙知を形成するという,ダイナミックでス パイラルに発展していくプロセスである.このような知識創造プロセスは,
共同化 (Socialization):暗黙知から新たに暗黙知を生み出すプロセス,表出化 (Externalization):暗黙知から新たに形式知を生み出すプロセス,連結化 (Combination):形式知から新たに形式知を生み出すプロセス,及び内面化 (Internalization):形式知から新たに暗黙知を生み出すプロセスの4つのプロ セスからなっている.英語の頭文字をとって,これを SECI(セキ)モデルと 呼んでいる.
この知識創造のモデルにおける知識主体は,個人,集団,組織あるいは組 織間など様々な単位を取ることができる.それぞれが知を創造していく一つ の知識主体である.組織内知識創造と組織間知識創造の相違点について,前 者の特定組織の中の個人間・集団間の分業や独立性に対応する概念としての 相互依存性を比較すると,後者の相互依存性は理念や文化の違いに基づく対 立・不信や情報の守秘性や専有という問題がより顕著である.そして組織間 の相互依存性を通じて集合的に知を創り出していくダイナミックスを理解す る為には,組織間の機能的な相互依存性に着目する.そして,組織間知識創 造の機能的な相互依存性に関係する組織内の共同化及び連結化のプロセス は,それぞれ「共通経験」と「情報接触」という概念で捉える.また組織間知
識創造は,この共通経験と情報接触のプロセスが知識主体間の関係性の基本 となる.ここで図1は,組織間の相互依存性を前提とした組織間知識創造に 適用したものであり,SECI(セキ)モデルの組織間における知識変換の4パ ターンを示す.
図1 組織間知識創造プロセス(野中・米山[1992]pp.1-18)引用
2-2 発明の知識創造プロセスへの適用の理由
発明の知識創造プロセスを組織間知識創造プロセスの変換パターンに適用 して説明すると次のようになる.図2は,特許発明に関する創造プロセスの 発明者間の基本的な知識変換パターンとして適用したものである.
組織間知識創造の基本モデルに関する知識変換のパターンを発明者の相互 作用に置き換えるとほぼ同様な説明ができる.発明の知識創造プロセスを発 明者間の相互作用としてみると,暗黙知と形式知との相互作用を2つの方向 に分けて,暗黙知から形式知への変換過程を表出化,形式知から暗黙知への 変換過程を内面化と表現するこれらの変換プロセスは,いずれも主として発 明者個人の能力(技術思想の創造と専門家のアイデア結晶化能力)に関係す る.発明者間で組織的に知を創造していく場合には,共同化や連結化の変換 プロセスは発明者間の相互作用の基本となる.具体的には,それぞれ発明者 間の共通体験と特許情報の情報接触の概念で捉えることができる.
発明者間の相互作用の中で発明という知を創り上げていくプロセスを図2 は表している.ここで,図2の凡例は以下のとおりである.
例えば,公開された特許出願情報(公開特許公報)である知識(□部),内面
化された暗黙知(○部),内面化の元となる知識または情報の流れ(点線矢印 部),内面化または表出化の方向(実線矢印部)を示す.
形 式 知 の 創 造
暗 黙 知 の 創 造
① ② ③ ④ ⑥ ⑤
⑦
発明者A 発明者B 発明者N
情報接触
共通体験
図2 発明の知識創造プロセス(野中・米山[1992]pp.1-18)引用加筆
まず,① 発明者 A が原初的な形式知である技術的思想を創作し特許明細 書等として出願する.② 発明者 B は,公開特許公報である知識を,形式知と して受け取り,その意味内容を解釈する.そして,③ 発明者 A が出願した 公開特許公報を先行特許文献として情報接触して,あるいは,発明者 A との 直接接触により知的触発となって新規性や進歩性のある発明をしばしば創作 することが行なわれる.
ここで,発明となる技術的創作は,先ず解決すべき新しい課題が発見(技 術的課題)され,その技術的課題を解決するための具体的な解決策の設定(解 決手段)があり,その解決策の作用・効果があることの確認(作用・効果)をもっ て行なわれ,このとき技術的課題もしくは作用・効果のいずれかが従来技術 にない新しいものであれば,技術が進歩したことになり,発明(インベンショ ン)という新しい知識が創造されたことになる.
これは,特許要件である新規性や進歩性の判断の基準となる考え方である.
さらに,④ 発明者 B で高められた特許である知識が,情報として,発明者 N へともたらされる.そして,⑤発明者 N は,共通経験に基づいてそれを解釈 し,さらなる形式知を創造し,その実現を通じて暗黙知を発展させる.⑥こ
うした発明者間で高められた知識が発明者 A へもたらされる場合もある.
⑦発明者 A は,それを解釈し,さらなる知の創造にむすび付けていく.こう した説明は,単純化されたものである.
現実には,発明者 B は,同じ企業内,同じプロジェクト内の研究開発者の 場合もあるし,別組織に所属する共同の研究開発者の場合もある.また,2 者間での相互作用ではなく,集中的に権利化を行う特許プロジェクトであっ てもよく,研究開発従事者に限らない場合もあり,これらは,同時的で複合 的なプロセスの場合もありうる.
ここで,特許法上,発明者の定義についての明文規定はないが,発明者とは,
当該発明の創作行為に現実に加担した者だけを指し,単なる補助者,助言者 等は発明者とならない.また発明者の権利については明記されており,発明 者以外とは峻別されている.従って,この点において組織内における発明の 創造的行為は,情報の守秘性や専有という問題が顕著であり,組織間の相互 依存性に近い概念で捉えることができる.即ち,仮に同じプロジェクト構成 メンバーであっても,発明の創作行為に直結する情報に関して,組織内知識 創造であっても組織間知識創造の情報接触と同様な隔たりをお互いに尊重す る必要性が生ずる場合がある.この理由により発明の知識創造プロセスに限 定すれば,組織間知識創造プロセスの変換パターンへ適用することがより適 切であると考えられる.
2-3 その他の先行研究
近年,イノベーション戦略策定方法論としてチェルキー&ザオバーによる イノベーション・アーキテクチャを用いた実践的で構造化された戦略的方法 論が注目されている.イノベーション戦略策定プロセスが「イノベーション 機会の明確化」,「イノベーション機会の評価」,「イノベーション戦略の策定」
の3つの段階からなるとしており,イノベーション機会と脅威の明確化の方 法は,定量的,定性的の方法が必要であり,さらに定性的方法は,市場ベース の方法とコンピタンスベースの方法があるとしている.このような方法では,
競争相手との差別化の維持に必要な新しい市場と技術分野のイノベーション 機会を明確化できない可能性がある為,定量的な明確化に加えて定性的な方 法も重要となるとしている ( チェルキー&ザオバー [2009] pp.89-111).
本研究では,このイノベーション機会の発見時点を調査分析する.
イノベーションには知識創造が必要であり,新知識の創造には,Cohen & Levinthal の「吸収能力」が関係する.「新規の外部情報の価値を認識し,それ を吸収同化し,商業目的に応用する能力は,イノベーションの実現を左右す る」としてこの能力を「吸収能力」と名付けた (Cohen & Levinthal[1990]
pp.128-152).
個人の事前知識が新知識の学習を促進すること,組織の吸収能力は個人の 吸収能力の単純な総和以上であること,組織の吸収能力の発達は歴史依存的・
経路依存的であり,新知識の吸収が行われるとき新知識の一部は過去に蓄積 済みの知識と密接に関係しているという (Cohen & Levinthal[1990] pp.128- 152).
本研究でとり挙げるマエカワの場所的経営とは,「生物的世界観」をベース とした3つのコンセプト「場所」「共同体」「すり合わせ」の考え方で成り立っ ており,生かされている「場所」を深掘りし,本質的な課題やニーズのある「問 題領域」を顧客との共創を通じて発見し,深いニーズに対応した商品・サービ スを見出していく経営手法だとしている ( 前川 [2010]pp.1-263).
ここで,マエカワの「共同体」とは,感覚知を共有し,自分らの場所を発見 し,「共創の関係性」ができているメンバーの集団.「場所」とは開かれた共同 体の関係性が成立し,生産活動が展開される情報空間(意識領域)のこと.「す り合わせ」とはメンバーが問題領域を意識せずに自発的に場所にコミットし ていく過程において実践されていく創発的アプローチ(方法)であるという ( 前川 [2010]pp.1-263).
トリプルへリックスの場の理論 (Henry & Zhou[2007]pp.16-18) では,各へ リックス(螺旋)は内側の核の部分と外側の場の空間から構成される(図3).
このモデルは三つの社会機構が相対的に独立しつつ独立状態から相互依存状 態に移行しつつあるという.
G I U
図3 トリプルへリックスの場の相互作用モデル
(ヘンリー[2009]pp.19-42)引用
ここで,Uは大学,Iは業界,Gは政府を表し,円は内側の核の部分と外側 の場の空間を表す.場の周辺にエネルギーが存在するとき,場はそれに従っ た動きをとる.トリプルへリックスの場を電場であると仮定すれば,場の中 におかれた電荷への作用は電場の力によって表される.この単位電荷あたり の許容力は電場の強度として定義される(ヘンリー [2009]pp.19-42).これは 場が電荷に及ぼす影響の強弱の度合いを表す.場の強度をこのように定義す ると,これは各へリックスがイノベーション創出活動を推進する度合いであ ると解釈できる(ヘンリー [2009]pp.19-42).
ここで場全体の強度をEとしEu,EiおよびEgが大学,産業界,政府 の活動強度を表すとすれば,下記の式 (1) が相互行動の結果を示し,これは,
吸収能力 (Cohen & Levinthal[1990] pp.128-152) に密接に関係していると思わ れる(図4).
E=f(Eu, Ei, Eg)…(1)
図4 トリプルへリックスの合成の相互作用
(ヘンリー[2009]pp.19-42)引用
3. 研究目的の設定
マエカワのエンドファイト事業におけるイノベーションの創造と普及につ いて「共同体」および,共創プロセスを考える必要がある.その為にはマエカ ワの社内のメンバーだけでなく,共同体に参加した社外のメンバーへの広が り(成長)及び,エンドファイト事業に関係する「問題領域」の深掘りについ て現時点だけでなくイノベーション機会の発見時点に遡って時系列(歴史的・
経路的)に調査する.
本研究の位置づけは,上記について時系列的に調査し,知識共創のイノベー ションの起点に遡ってイノベーション機会の発見に好適な手法を開発適用し 検証することである.従って本研究では,以下のリサーチクエスチョンを設 定し時系列分析に適用する.
MRQ:問題領域における共同体の共創プロセスとは何か
このリサーチクエスチョンは,以下の二つのリサーチクエスチョンに分解 される.
ここで,プロセスとは,知識共創における歴史依存的・経路依存的な累積 過程を表す.
SRQ1:問題領域における共同体の広がりのプロセスとは何か.
SRQ2:問題領域における共同体の深掘りのプロセスとは何か.
ここで,MRQ;メジャー・リサーチ・クエスチョン,SRQ1:サブシディア リー・リサーチ・クエスチョン1,SRQ2:サブシディアリー・リサーチ・クエ スチョン2を表す.
4. 新トリプルへリックス分析法適用
本研究では,日本の特許分類であるFタームを使用したトリプルへリック スの概念による三つの社会機構の分析法について以下説明する.
トリプルへリックス理論とはイノベーションにおける政府や企業の役割を
強調するのに対比して,大学の企業家活動や技術の源泉として大学の役割に 着目する.トリプルへリックスとは古代メソポタミアで水を汲み上げるため に発明された三重螺旋構造のスクリュー等の物理的な技術であり,大学・産 業界・政府間の相互作用が引き続き,インキュベータやサイエンスパークへ と至る社会的発明である.
トリプルへリックス分析法の開発の背景は,以下の通りである.先ず,そ の分析法の概念は,トリプルへリックス理論における大学・産業界・政府間 の相互作用の概念を用いて3つの社会機構を分析単位とし,これらの関係性 に着目したものである.
これらの3つの社会機構における共創プロセスについて,野中・米山の組 織間知識創造の理論(野中・米山 [1992]pp.1-18)を共同研究開発プロジェクト 内の構成メンバーの相互作用を通じた共同研究開発プロジェクトの成果であ る発明の知識創造プロセスへ適用する.組織間知識創造の理論を発明の知識 創造プロセスへ適用した理由は,先行研究で述べたように発明を知識として 捉えて対応付けを行なったものであるが,その詳細はFタームを使用した技 術軌道分析法(小出 [2011]pp.52-68)における考え方に基づくものである.
そして,このような知識創造プロセスの調査目的としてイノベーション機 会に関するトリプルへリックスのプロセスを分析する為に開発するものであ る.
本研究では,特にイノベーション・アーキテクチャのイノベーション機会 に関する上記の3つの社会機構の連携(コラボレーション)に着目した時系 列分析を特徴とするFタームを使用した分析法を開発し,その分析法を適用 する.
4-1 新トリプルへリックス分析法
本研究では,マエカワのエンドファイト事業を対象として共創プロセスを 可視化する為,特許情報(特許出願情報)によって共同体の広がりを発明者グ ループ全体の人数と捉え,同時に問題領域の深掘りを当該発明者グループ全 体により共創された特許情報のFタームの種類数として捉えるものとする.
即ち,マエカワの問題解決における共同体は,時間と空間を越えた感覚知 で理解し合えるメンバーとしており ( 前川 [2010]pp.1-263),ここでは発明し
た特許情報によって特定される外部と連携した共同研究開発者を含む問題領 域に関係した発明者の人数の合計 ( ΣXi) である発明者グループ全体の広が りとして捉える.
また,同じ時間軸における問題領域の深掘りは,後述する日本特有の当該 特許情報に付与されたFターム分類記号の種類数の合計 ( ΣYi) として捉え る.
Fタームとは元々特許の審査官の先行技術文献調査の効率化の為に開発さ れた分類法である.このようなFタームによる分類法は,国際特許分類 (IPC) の単元型の分類法と比較して知識の分類に適した多観点のファセット分類法 である.Fタームは日本特許庁により特許文献の内容に対して適正に追加付 与されるものであり,先端技術分野や融合技術分野の精密な分類に適してい るといえる.
そして,問題領域の共創プロセスの場の強度を,その時点までの発明者数 の合計と問題領域の深掘りの積である面積として捉えて,式 (2) で ( ΣXi× ΣYi) 算出するものとする.
ここで,内側の核の部分は単独出願,異なる社会機構の重なりの外側の部分 は共願の特許情報として捉え,共願の特許情報にして上記と同様に計算する.
E=f ( ΣXi×ΣYi) …(2)
4-2 調査対象
(1)選定理由
本研究では,超 LSI 技術研究組合に代表される予め研究開発目標の設定に 重きを置く事例とは対極に位置しており,マエカワの場所的経営における成 功事例をとしてエンドファイト事業を調査対象として選定した.
マエカワの企業の目的は,「棲み分け」による無競争社会の確立を目指して おり,唯一大切なことは場所性であり,この場所性は共同体からしか芽生え ず,共同体が成立している場所の中で日々起きてくる変化を無心に見つめて 本質にせまっていくことによって創造される知的作業であるとしている ( 前 川[2010]pp.1-263).また,エンドファイト事業の背景は,化学合成農薬のメリッ トとして病害虫駆除効果が高く安定生産ができるものの,デメリットとして
製造時に多大なエネルギーが必要であり,天敵や有用微生物の死滅などの高 環境負荷が課題となっている.これに対し減農薬・無農薬栽培,有機栽培は 環境負荷が小さく天敵を有効利用できるが,慣行栽培と比較すると農産物の 品質は低下し,収量が減少するという問題があり,生産の収量や品質を落と すことなく安全・安心な作物を可能とする環境負荷の低い農産物栽培が望ま れているという ( 前川技術研究所 HP[2017]).
マエカワの技術研究所の伊沢剛氏によれば,エンドファイトの農業利用を 目的に植物からエンドファイトの探索を実施し,イモチ病抵抗性を付与する エンドファイトを分離し,病害抵抗性の付与が観察されその病害抵抗性発現 メカニズムは既知のメカニズムとは異なる新規のメカニズムにより植物の抵 抗性を誘導しているという ( 伊沢 [2014]pp.16-21).
また病害抑制以外にも虫害抑制や生育促進,収量増加などイネ栽培におい て有効な結果が得られたとしている.即ち,この研究は天然の微生物との共 生による免疫増強機能を農業に活用する画期的な技術であり,本研究の一部 は,東北大学大学院南澤究教授をはじめ多くの研究者との共同研究により実 施したとのことである ( 伊沢 [2014]pp.16-21).
以上のように従来は存在していなかった植物の免疫機能に着目した新技術 であることも選定理由の一つであった.
(2)エンドファイト事業の歴史
マエカワの場所から生まれた新事業「エンドファイト」の歴史を以下箇条 書きする.それは農薬を減らせる芝の開発から始まった ( 前川 [2010]pp.1- 263).
日本中に生える数千の芝草を収集し,病害虫に抵抗力を見せた芝を培養す る過程で思いもよらぬ発見があった.それは,無菌状態で培養している筈の 芝の中に微生物が存在したことから,もともと芝の中に微生物がいたことが 分かり.エンドファイトに出会うことになった ( 前川 [2010]pp.1-263).
しかし,マエカワが運営する朝霧高原のゴルフ場で使う以外に採算が取れ なくなり,バブル崩壊という時代背景によって中断せざるを得なかったとし ている ( 前川 [2010]pp.1-263).
下記の箇条書きの歴史は,表1の特許出願情報一覧の出願年により,No.1
~ No.4に対応している.
① 80年代より農薬を減らせる芝の開発を開始した.
② 北海道大学の水谷教授を紹介される.
③ 遺伝子組み換えではなく「共生」大切に数千の芝から数十の芝を選定し 培養する.
④ ゴルフ場の減少からプロジェクトを中断した.
農業の根幹を問う事業としてエンドファイトのプロジェクトは再開され る.芝から稲へと対象を変え農薬を減らし収量を増やす為にエンドファイト が活用できるのではという問題意識を持った ( 前川 [2010]pp.1-263).
そして,外に向かって共同体を広げて研究していくことになり,ここで前 川は東北大学の南澤教授に出会わなければ,このプロジェクトは始まらな かったかもしれないとしている ( 前川 [2010]pp.1-263).
下記の箇条書きの歴史は,表1の特許出願情報一覧の出願年により,No.5
~ No.8に対応している.
⑤ 2000年に入り芝から稲へ対象を変える.
⑥ 東北大学の南澤教授との出会いエンドファイトの分離から窒素固定菌の バクテリアに狙い定める.
⑦ 2004年まで共同体を形成し,広げながらエンドファイトの研究を進めた.
⑧ 理化学研究所,農水省や大学との産官連携などの外部の知恵を取込みな がら広がる.
外とのすり合わせによる実証試験及び,さらなるエンドファイトの可能性 や日本農業に新しい道を切り開くとしている ( 前川 [2010]pp.1-263).
下記の箇条書きの歴史は,表1の特許出願情報一覧の出願年により,No.9
~ No.11に対応している.
⑨ 2005年美唄地区に協議会を発足し,100㌶の実証実験を開始した.
⑩ エンドファイトと農業,農業ロボットとへと繋がる.
以上がマエカワのエンドファイト事業の主な歩みである ( 前川 [2010]pp.1- 263).
上記の箇条書きの④の中断から⑤の再開まで約5年の期間があり,2012年 春に約20年亘り研究開発を行なったイネ専用のエンドファイト農業資材で ある「イネファイター」の発売が開始された.ここで「イネファイター」はマ エカワの登録商標を表す ( 美唄農協 [2012]pp.246-251).
4-3 分析法適用と分析結果
(1)特許情報の調査
表1は特許電子図書館(IPDL)で公開特許公報の検索メニューにより公報 全文検索による「エンドファイト」のキーワードと出願人を「前川製作所」で 指定した検索結果である.
表1の No.1の最初の特許出願は,ゴルフ場のグリーンの芝草であるペン トグラスへのエンドファイトの導入から始まった.これが発明者グループの 共同体の始まりである.年代順に No.1 ~ No.4,No.5 ~ No.8,No.9 ~ No.11の 3つフェーズに分類される.
即ち,第1フェーズの No.1 ~ No.4は,1995年までの芝の開発期間であり,
第2フェーズの No.5 ~ No.8は,2000年からの稲へ対象を変え外部との共同 出願の期間であり,第3フェーズの No.9 ~ No.11は,2007年からの新しい農 業へ向けた期間であると分類することができる.
また,図5のマエカワのエンドファイト特許出願の累積グラフは,表1の 内容を出願年ごとの累積をグラフで表したものである.
ここで,I はマエカワ単独出願,IG はマエカワと政府機関との共願,IU はマエカワと大学との共願を示し,折れ線グラフは,それらの合計の累積件 数を示したものである.また,合計11件の内訳として単独出願は7件の 64%,政府機関との共願は3件,大学との共願は1件となっている.
マエカワと共願の政府機関及び大学は,共願の出願人としてランキングに 表れており,単独での出願は行っていない ( 図6のランキング ).また,イノ ベーション機会に関する市場との関係はマエカワのエンドファイト事業であ り,共願の出願人の発明者グループを含めて共同体ということができる.
図5 マエカワのエンドファイト特許出願の累積グラフ
ここで、図の I は マエカワ単独出願の合計件数を示し , I.U は大学との共 同出願の合計件数及び I.G は,政府との共同出願の合計件数を示す.
表1 エンドファイト特許出願情報一覧
表1における年代順の3つのフェーズは,マエカワのエンドファイトの歴 史①~④,⑤~⑧,⑨~⑩と対応している.
⑤は社団法人植物情報物質研究センター(北海道大学の水谷教授が発明者 となっており,大学として分類した.)との共願,⑥⑦は社団法人農林水産先
端技術産業振興センターとの共願,⑧は独立行政法人理化学研究所との共願 となっている.尚,⑧は,再表2007/100162であり,出願日は優先日である 2006年としてグラフ化した ( 図5).
こ こ で,日 本 国 内 の マ エ カ ワ の 特 許 出 願 の 位 置 づ け を 見 る た め,
Wisdomain 社の特許検索分析ソルーション (FOCUST-J) により検索した結 果を図6に示す.これはエンドファイト日本国内の上位30位までの特許出 願人及び出願件数グラフで示したものである.
図6の上部のエンドファイト日本国内の上位30位までの特許出願人のグ ラフにより,エンドファイトに関する特許出願人が国内で42件となっており,
これは共願を含めた出願人のランキングであり,その中でマエカワが11件と トップにランクされていることがわかる.
図6 エンドファイト日本国内の上位30位までの特許出願人及び出願件数グラフ
また,図6の下部の年代別出願件数グラフの縦軸は件数を示し1992年は1 件,1994年は2件等の表示スケールで表したものであり,2013年度までの分 析結果である.
(2)マエカワの適用と分析結果
表2は,トリプルへリックス分析法を適用したリサーチクエスチョンの場 の強度の時系列分析結果を表したものである.表2のXは共同体の広がりを 表し,Yは問題領域の深掘りを表す.X・YはXとYの積を表し,場の強度 を表す.そして共同体の広がりは発明者の累積数,問題領域の深掘りは特許 に付与された F タームの累積数を用いた.
図7のマエカワの共同体の場の強度の比較結果グラフに示すように1994 年と2007年を比較すると表2に示すように場の強度は,約60倍に成長したこ とになる.
表2 マエカワの共同体の場の強度結果
変数 変数の説明 1994年 2007年 倍率 X 共同体の広がり 5 19 3.80 Y 問題領域の深掘り 4 63 15.75 X・Y 場の強度 20 1197 59.85
ここで,Fタームの付与が無い場合には,国際特許分類コード(IPC)を使 用した.但し,この共同体の強度は図1に示すトリプルへリックスの集合全 体の和を意味する.
図7 マエカワの共同体の場の強度の比較結果グラフ
・共同体の広がり
図8によれば,大学や政府との連携が契機となりマエカワ自身の共同体が 広がったことが分かる.
ここで,図8の I は マエカワの単独出願の発明者数を示し , I・U は大学と 共同出願した大学の発明者数及び I・G は,政府機関と共同出願した政府の 発明者数を示す.
図8 共同体の広がりグラフ
・問題領域の深掘り
図9によれば問題領域の深掘りも同様に大学や政府との連携が契機となり マエカワの問題領域の深掘りが行われたことが分かる.
図9 Fタームの深掘りグラフ
ここで,図9の I は マエカワの単独出願の特許に付与された F タームの 種類数を示し , I・U は大学と共願した特許に付与された F タームの種類数 及び I・G は,政府機関と共願した特許に付与された F タームの種類数を示す.
・Fタームの深掘りに関するテーマコードの時系列分析
Fタームは,原則的に IPC を細展開したものであり,上述したように日本 特有の知識の分類に適した特許分類である.F タームは,技術的なまとまり の観点から 「テーマ」を設定している.テーマコードは,図10に示すように F ターム表記形式の一部である.発明の特徴点を複数の観点から選ばれる F タームの組み合わせで表現するように作成される.従って F タームのラベ ルを複数の F タームの論理積として検索が行なわれる.また,図10に示す ように F ターム表記形式は,テーマコード,観点,タームで構成される.また,
この F タームは,1つの特許文献に複数付与される場合がある.
図10 F タームの表記形式の説明図
テーマコードの分析結果により以下の点が考えられる.例えば半導体の超 LSI 研究組合の場合と異なり特許出願件数は少ないものの,図11に示した ようにテーマコードの F タームの時系列の累積グラフにより,大学等との連 携を契機に新しいテーマコード (4H011,4B024) に関係する植物における免疫 機能のメカニズムの解明など問題領域の深掘りが行われたことが明らかと なった.
図11の横軸は表1の特許番号を示し,縦軸は特許に付与されたテーマ コードの累積数をグラフに表わしたものである.
図11に示したようにテーマコードの F タームの時系列の累積グラフによ
り,大学等との連携を契機に新しいテーマコード (4H011,4B024) に関係する 植物における免疫機能の新規メカニズムの解明など問題領域の深掘りが行わ れたことが明らかとなった.
ここで,テーマコード (2B030) は「植物の育種及び培養による繁殖」を示し,
テーマコード4B065) は「微生物,その培養処理」を示す.テーマコード (4H011) は「突然変異または遺伝子工学」を示し,テーマコード (4B024) は「農薬,動 植物の保存」を示すものであり,前者の2つの培養に関係する問題領域から 後者の2つの遺伝子工学や農薬(新知識)へと深掘りが行われたことが窺え る結果となっている.この時点における新知識への発見がイノベーション機 会の発見であり,イノベーションに繋がったものと考えられる.
図11 テーマコードの問題領域の深掘り累積グラフ
図12は,植物共生細菌のイネ内への定着と自然界の有用機能を農業に活 かす技術を紹介したものである.図12の左部には,植物共生細菌がイネ地 際付近の細胞間隙に多数定着した写真があり,右部は,植物の免疫を活性化 する細菌エンドファイトの探索し,天然の植物に存在する植物共生細菌の中 から有用細菌を選抜し,自然界で発揮されている有用機能を農業に活かす技 術の手順を説明したものである ( 前川技術研究所 HP[2017]).
図12 植物共生細菌のイネ内への定着と自然界の有用機能を農業に活かす技術
(前川技術研究所HP[2017])引用
5. 考察と結論
マエカワの共生菌「エンドファイト」事業における特許出願件数は,全部で 11件であり,発明者の累積数Xを求め時系列グラフで示した.
また「問題領域」の深掘りの分析については,対象とする特許情報に付与され たFタームの累積数Yを求め時系列グラフに示すことができる.これらのX とYの変数により,式(2)により,マエカワの共同体の場全体の強度を表した.
これは図3におけるマエカワのエンドファイト事業の外側の場の全体空間 の強度に相当し,特に外側の場の周辺のエネルギーの重なり部分は,表1の うち第2フェーズの外部と一緒になって共創(共願)した特許情報に相当し,
この相互作用が新知識の獲得に重要な役割を果たしたことが窺える結果と なっている.
(1)研究目的に対する回答
第1に,SRQ1に対応する共同体の広がりを発明者の累積人数に対応付け 及び,第2に,SRQ2に対応する問題領域における共同体の深掘りを特許情 報に付与されたFタームの累積数に対応付けができた.その結果,MRQ に 対応する問題領域における共同体の共創プロセスの強度を積算し,本研究で トリプルへリックスの場の相互作用モデルを特許出願情報との対応をトリプ
ルへリックス分析法によって新知識の獲得の時点を時系列分析により明らか にすることができた.この問題領域における共同体の共創プロセスは,イノベー ション機会の発見に関係するトリプルヘリックスの知識創造プロセスである。
(2)研究の含意
マエカワのトリプルへリックスの場全体の強度は十分に広がりと深掘りを 行なっただけではなく,大学や政府との連携など各機構の相互の吸収能力 [4]
等によりイノベーション機会の発見及び新知識の獲得が行われトリプルへ リックスの効果が窺える結果となった.
マエカワは,さらに経済産業省の地域イノベーション創出研究開発事業に 採択され「イネファイター」より高性能な植物共生細菌を使用して,より安定 的にイネの免疫を活性化するイネプロバイオテクスの実用化,生物農業登録,
北海道からの事業化を目指して研究開発を実施しているという ( 伊沢 [2011]
pp.36-41).
図13は,イネ苗への植物共生細菌処理の写真である.「イネファイター」
のような生物資材は,使用される場所,気候,土壌等の環境が,効果の発現程 度に大きく影響するため,2008年から JA びばい,JA いわみざわ,JA ふら の等の北海道の農業協同組合とマエカワを中心にイネだけでなくダイズ等の イネ・ダイズ等環境負荷軽減技術研究推進協議会を立ち上げ,生産者と農協 の協力のもとで広範な地域における大規模な実証試験を行うこととなった ( 伊沢 [2011]pp.36-41)(図13).
例えば,2007年ホクレン農業協同組合連合会では「ななつぼし」の収量調 査が行われた.尚,「ななつぼし」はホクレン農業協同組合連合会の登録商標 である.
実証試験にはこれまでのイネ圃場試験を基に開発した微生物資材「イネ ファイター」を使用し,空知管内を中心に2008年は35戸,約100ha,2009年 は69戸,約200ha,2010年は約70戸 ,250ha の栽培実験を行った.その結果,
3年間の試験において,2007年までの小規模試験と同傾向の結果が観測され 結果が良かった圃場においては穂数が十数%,玄米収量が数10%増加し.病 虫害は数%~ 80%程度抑制されたという ( 伊沢 [2011]pp.36-41).
そして,ついに2012年春にイネ用のエンドファイト「イネファイター」と
して一般販売が開始され,平成24年度産米向けには北海道から九州まで36 の都道府県のおコメ農家に使って頂くことができたとしている ( 前川技術研 究所 HP[2017]).
前川正雄は,エンドファイトが農業と結びつき,農業ロボット,食品ロボッ トと繋がる将来の絵が,マエカワの共同体のメンバーに共有されており,場 が繋がっていると思っているから採算が取れる保証の無い事業でも続けられ たと述べている ( 前川 [2010]pp.1-263).
同様に1994年から2007年までエンドファイトのプロジェクトの中心メンバー として発明者であった篠崎聡氏から,バブル崩壊の影響等によって中断された 後も同じメンバーとして継続できたことを直接お会いして伺うことができた.
新しい知識の吸収同化と探索の可能性は事前知識によって決まり,事前知 識の基本的な役割は吸収能力が持つ累積性と期待形成の二つの特徴を示唆す るという ( 高橋 [2007]pp.345-352).ここで累積性とはある期に蓄積した吸収 能力が次の期,より効率的な蓄積を可能とすることであり,期待形成とは関 連する専門知識を持っていることで新しい技術発展の兆候となる中間的な技 術進歩の導入を良く理解し評価することを可能にすることであるという ( 高 橋 [2007]pp.345-352).
表2のマエカワの共同体の場の強度結果の倍率は,共同体の広がりは3.80倍,
問題領域の深掘りは15.75倍となっている.この共同体の広がりの倍率と問題 領域の深掘りの倍率を比較すると,問題領域の深掘りの方が約4倍以上も大き い結果となっている ( 表2).これは,図8の共同体の広がりグラフと図9の Fタームの深掘りグラフから,大学や政府関係との連携ポイント(共同研究開 発)においてマエカワの共同体メンバーは継続しているためメンバーの増加率 が低く抑えられているのとは対照的に,中断した後に外との連携のタイミン グでFタームの増加率が比較的に大きい分析結果となっている.
このような分析結果は,上記の吸収能力の特徴と整合的であり,マエカワ のエンドファイト事業の歴史は,冒頭で述べたイノベーションを実現するた めの吸収能力を高める為に好影響を与えたと考えられる.
即ち,トリプルへリックス分析法を適用した共同体の広がりと問題領域の 深掘りのグラフは,中断されたプロジェクトを芝から稲に対象を変え約20年 間に亘りエンドファイト事業を継続して遂行した歴史を可視化するものであ
る.テーマコードの問題領域の累積グラフは,日本の農業に新しい道を切り 開く新知識の創造となるイノベーション機会の発見のタイミングも窺うこと ができる.
また,組織の吸収能力は高橋によれば,組織の吸収能力に影響を与えるゲー トキーパーだけでなく,ゲートキーパーが情報を伝える個々人の能力にも依 存しており,個人間で知識がオーバーラップしているほど,個人間のコミュ ニケーションは効果的になるが,完全にオーバーラップする場合には,個人 間の多様性は消滅してしまう.個々人の知識の共有と多様性の間にはトレー ドオフの関係があり,知識のオーバーラップが部分的で,それがオーバーラッ プしていない様々な知識によって補完されているというのが理想的な知識構 造であるという ( 高橋 [2007]pp.345-352).
このことは,個人と組織との相違はあるものの図2のトリプルへリックス の場の3つの社会機構の相互作用モデルの知識のオーバーラップについても 当てはまるのでないかと思う.
トリプルへリックス理論は,トリプルへリックスの駆動力としての企業家 大学が,その使命である経済的および社会的発展を推進する原動力であり,
相対的に独立した社会機構であって指導的な役割を果たしているという(ヘ ンリー [2009]pp.19-42).図9のFタームの深掘りグラフからも大学とは1件 の共同出願にもかかわらず,Fタームの深掘りが明らかとなった.また,政 府との3件の共同出願は,実証試験及び,エンドファイトの可能性や日本農 業に新しい道を切り開く為の大きな役割を果たしたと考えられる.
図13 イネ苗への植物共生細菌処理 (前川技術研究所HP[2017])引用
本研究は,ごく限られたエンドファイトという特殊な技術領域についての トリプルへリックス分析法適用の事例研究であり,その適用範囲は1部に過 ぎず課題は多い.エンドファイトは微生物であり,エンドファイト事業に関 する特許件数は少なく,どのような技術分野に適用した場合に実効性がある のかを検証する必要がある.また,本研究では,エンドファイト事業の中心 メンバーであり,発明者であった篠崎聡氏のインタビューや伊沢剛氏の研究 論文等に負うところが大であった.今後,トリプルへリックス分析法とその 他の分析法を組み合わせてその実効性を高めていくことが必要である.
6. おわりに
直近では図6により外資系企業を含めた他社の特許出願も行われている.
マエカワの2007年までの特許出願の合計は11件と数少ないが,7件の特許が 成立しており適切に権利化活動が行なわれている.マエカワ自身の場所を真 摯に深掘りした結果により,エンドファイト事業の成功に至るイノベーショ ンに繋がったものと考えられる.また産学官の連携による相互の吸収能力に よりコヴィー&イングラント [2012] の第3の案が選択されシナジーに到達し た ( 猪口 [2015]pp.22-27) と考えることもできる結果となった ( 図13).
本研究は,マエカワのエンドファイト事業にトリプルへリックス分析法を 適用した事例研究であり,図11のテーマコードの問題領域の深掘り累積グ ラフは,特許の出願日により時系列に分析した結果である.マエカワのエン ドファイト事業の分析は全体の特許出願件数が少数である為,テーマコード のみの推移により問題領域における技術分野を識別して深掘り累積を分析し たが,その結果から新知識の発見のタイミングを捉えることができた.
トリプルへリックス分析法は,図14の自組織が新しい技術領域のキーテ クノロジーに取り組んでおり,他組織である大学や政府等とのコラボレー ションに着目して分析する為に好適な分析法である.
図10のFターム表記形式のテーマコードに観点・タームを含めたより詳 細な分析を行って,図14のA案とB案の交わりの部分だけでなく過去の研 究成果である特許情報をベースに将来的にA案でもB案でもない第3の案を イノベーション機会としての新規の技術領域及びコラボレーション候補の探
索の有用性等についても多くの事例研究を行なって検証していきたい.
図14 シナジーを生み出す第3の案(猪口[2015]pp.22-27)引用
即ち,トリプルへリックス分析法を過去の成功事例だけでなく現在進行中 の事例研究に適用することによって企業と大学及び政府との三つの社会機構 の関係性やイノベーション機会の発見に関係する研究に役立てていきたい.
参考文献
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伊沢剛[2011.12]「エンドファイトの多収栽培技術への応用」『土づくりとエコ農業』Vol.44 No.506,pp.36-41, 財団法人日本土壌教会
猪口真一 構成[2015]「第3の選択」PRESIDENT プレジデント社 ,2015.6.15号 ,pp.22-27 小出実[2011]「特許発明のデータベースを活用した技術軌道分析法適用の事例研究-日本
の接着剤技術分野の事例を中心に-」『日本創造学会論文誌』Vol.14,pp.52-68
コヴィー&イングラント[2012]「第3の案 成功者の選択」キングベアー出版 ,pp.86-120 高橋伸夫[2007.8]「組織の吸収能力とロックアウト」赤門マネジメント・レビュー 6巻8
号 ,pp.345-352
チルキー&ザオバー[2009]「イノベーション・アーキテクチャ」,pp.89-111, 同友館 野中郁次郎・米山茂美[1992]「組織間知識創造の理論」ビジネスレビュー Vol.40,No.2,pp.1-18 美唄市農業協同組合[2012.10]「共生菌で病気に強くなる,増収する」『現代農業2012.10』
vol.31 No.10 2012,pp.246-251
ヘンリー・エツコウィッツ著三藤利雄・堀内義秀・内田純一訳[2009]「トリプルへリックス ( 大学・産業界・政府のイノベーション・システム )」,pp.19-42, 芙蓉書房
前川製作所 技術研究所 ( 植物工学研究所 )HP[2017.1](http;//rdc.maekawa.co.jp/about/) 前川正雄[2010]『世界を変える場所的経営』実業之日本社 ,pp.1-263
Cohen,W.M. & Levinthal,D.A.[1990]“Absorptive Capacity: A New Perspective on Learning and Innovation, Administractive Science Quarterly, 35, pp.128-152
Henry,Etzkowitz & Zhou,Chunyan[May,2007]“The Entrepreneurial University in Various Triple Helix Models ”theme paper for Triple Helix Ⅵ conference Singapore,pp.16-18