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高齢者の生活に役立つイノベーションを創出するための産業界との連携について

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特別論文

1. はじめに

高齢者,とりわけ認知症を患う人の増加に対し て,医療介護の分野では 2000 年の介護保険制度 の設立や政府によるオレンジプランの策定など, さまざまな対応が取られてきた。しかしながら, 2018 年には認知症の人の数が 500 万人を超え, 医療介護だけの問題ではなく,より広い分野での 対策が求められるようになっている。政府は,医 療介護以外の分野の 13 大臣を加えた「認知症施 策推進関係閣僚会議」を設置し,2019 年に「認 知症施策推進大綱」を発表した。このような流れ の中で,われわれ医療介護関係者も民間企業や行 政など他の業種,業界と連携することが強く求め られている。しかしながら,医療介護業界と他の 業界では使用する用語や実務のシステムが大きく 異なり,連携には様々なハードルがある。本稿で は,これまで筆者らが高齢者の心理学や認知症の 医学的理解を基に行ってきた産学連携の取り組み の中で,産学連携拠点形成の取組,金融機関との 連携,そしてロボットの介護施設への導入を紹介 しながら,より良い連携の在り方について考えて みたい。

2. 産学連携拠点形成の取り組み

筆者らは,科学技術振興機構 (JST) のセンタ ーオブイノベーションプログラム (COI) の助成 を得て 2013 年から認知症の人の地域生活を改善 するための産学連携プロジェクトに取り組んでい る。プロジェクトの名前を,高齢者の地域生活を 健康時から認知症に至るまで途切れなくサポート する法学,工学,医学を統合した社会技術開発拠 点 (COLTEM: Collaboration Center of Law, Technology and Medicine for Autonomy of

Old-高齢者の生活に役立つイノベーションを創出するための

産業界との連携について

樋山 雅美

* 京都府立医科大学大学院医学研究科

大庭 輝

大阪大学大学院人間科学研究科

成本 迅

京都府立医科大学大学院医学研究科 本稿では,高齢者の生活に役立つサービスや製品を創ろうとする民間企業に対して専門職の立場でどのように 関わっていけばよいかについて,これまでの取り組みを紹介すると共に,留意点や今後の展望について解説し た。サービスとしては,金融界との取り組みと協働した経験について紹介し,業界としての課題や専門職とし て果たすことができる役割について解説した。製品としては,介護施設にロボットを導入する取り組みについ て紹介し,その課題と今後の展望,施設や専門職として関わる時の留意点について解説した。高齢化社会の先 頭を走る日本において,イノベーションを創出することは重要であり積極的に産業界と連携することを提案し たい。 キーワード ⇒  産学連携,イノベーション,民間企業,金融機関,ロボット *[連絡先](勤) 〒602-8566 京都市上京区河原町通広小路上る梶井町 465

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er Adults) と名付けている。2015 年からは,弘 前大学 COI のサテライト拠点の一つとして活動 を継続している。この取り組みは,認知症などで 意思決定能力が低下した高齢者が,詐欺や消費者 被害に遭うことなく,生活を維持し楽しむために 自分のお金を使うことができるような社会システ ムづくりを目標としている。その実現のためには, 主に認知症の人の支援にあたると考えられている 医療介護関係者が果たすことができる役割は限定 的であり,法学,工学の研究者や実務家,そして 何より普段から高齢者の生活を支えている民間企 業との連携が不可欠である。 この取り組みでは,民間企業が認知症の課題に 取り組む際によくみられる先入観がいくつかある ことが分かった。一つは,認知症に対して施設に 入所しているような重度の認知症の人というイメ ージを持っていて,そこに向けたサービスや機器 を開発しようとするというものである。このため, アルツハイマー型認知症をはじめとする神経変性 疾患では,進行は緩徐であり,自立して生活でき る期間が長いことを理解してもらう必要がある。 次に多く取り組まれるのが見守りに関するサービ スや機器の開発である。これは,電力や水道の使 用状況や,家電などを通信機器と接続してデータ を収集する Internet of Things (IoT) の技術との 馴染みが良く,実際いくつかのサービスが開始さ れているが,固定支出の増加を嫌う高齢者世帯に は受け入れられないことが多い上,息子や娘から 利用を勧められると,まだまだ自立して生活でき ると考えている高齢者にとっては自尊心を傷つけ られる結果になることもある。ここでは,高齢者 の心理についての理解を深めてもらうことが有用 だろう。このように,われわれの持つ認知症や高 齢者の心理に関する知見がサービスや製品の開発 に有用であり,しかも開発の早い段階から関わる ことで,よりニーズに合った社会受容性の高いも のが開発できる可能性が高まると思われる。 逆に,われわれの側としては,民間企業が拠っ て立つビジネスモデルへの理解が必要となる。ど んなに良いサービスでも適正な利潤が取れなけれ ば持続可能な形で提供することはできない。この ため,マーケティングやコスト管理など,ともす れば医療介護の分野ではないがしろにされている ようなことが重要になってくる。このように相互 理解が産学連携の成功には必要といえるだろう。

3. 金融機関との取り組み

(1) 金融機関高齢顧客対応ワーキング・グループ の設立 認知症に罹患した高齢者の増加は,金融業界に も大きな影響を与えている。特に,金融機関の営 業現場にとって難しいのは,認知症という診断が なされているか否かは不明なものの,判断能力に 低下がみられると思われる高齢の顧客からの要望 に ど う 対 応 す る か と い う こ と で あ る (田 口 , 2013)。現在,金融機関における高齢者対応の指 針としては,日本証券業協会 注 1の「協会員の投 資勧誘,顧客管理等に関する規則第 5 条の 3 の考 え方 (高齢顧客への勧誘による販売に係るガイド ライン)」がよく用いられている。これは,日証 協ガイドラインと呼ばれ,年齢により高齢者が定 義づけられており,高齢顧客への金融商品の勧誘 には慎重な手続きを踏むよう求めている。例えば, 75 歳以上の高齢顧客に対しては,価格変動が大 きい商品や複雑な仕組みの商品,換金性が低い商 品を勧誘する際に,支店長などの役席者の事前承 認が必要とされている。事前承認では,役席者自 らが高齢顧客との面談や電話での会話などにより, 健康状態や理解力を確認し,勧誘の適切さを判断 することになる。判断能力が十分に認められない 高齢顧客との無理な契約を抑止し,顧客の知識や 経験,財産の状況や契約締結の目的に合った商品 注 1 日本証券業協会 2013 協会員の投資勧誘,顧客 管理等に関する規則第 5 条の 3 の考え方 (高齢顧 客への勧誘による販売に係るガイドライン) http://www.jsda.or.jp/about/jishukisei/web-handbook/101_kanri/GL.pdf (2020 年 8 月 10 日検 索)

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特別論文 地方銀行・信用金庫 京都銀行,京都信用金庫,伊予銀行 都市銀行 三井住友フィナンシャルグループみずほフィナンシャルグループ 三菱 UFJ 銀行 生命保険 第一生命,第一フロンティア生命 損害保険 東京海上日動,S OMP O 未来研究所 信託銀行 三井住友信託銀行 その他 みずほ情報総研,金融財政事情研究会 表 1 金融 WG 参画企業一覧 を販売すべきであるという適合性の原則の順守に もつながると期待できる。しかしながら,金融機 関においては,認知症サポーター養成講座の受講 は進められているものの,職員による判断能力評 価までは難しい状況である。そのため,金融機関 としても訴訟リスクを抱えながら契約を行ってい ることが推察される。実際,適合性の原則違反が 認められた下級審裁判例の中には,顧客が 60 歳 代の事例も多数存在しており,日証協ガイドライ ンに沿った勧誘であれば適合性原則違反にならな いといった判断が裁判所によってなされることは 期待しにくい (山下,2017)。 COLTEM では 2019 年 9 月に,金融業界にお ける高齢者,及び認知症の人の支援の充実を目指 し,金融機関高齢顧客対応ワーキング・グループ (以下,金融 WG) を立ち上げた。地方銀行や都 市銀行,保険会社等から 13 社が参加し (表 1), 全 3 回の会議を開催した。第 1 回会議では,高齢 顧客の認知機能や金融リテラシーに関して感じる 課題についてアンケートを実施した。その結果, 銀行や保険会社のどちらにおいても,認知機能 の評価の難しさについての回答が最多となった (表 2)。このことからも,現場の職員の経験や知 識に依存する形で高齢者の判断能力の評価を行う ことの限界がうかがえ,対応の不十分さに対する 各社の焦りも感じられた。この結果を受け,第 2 回,第 3 回会議では,判断能力の評価基準が統一 されていないことに対する問題意識が共有され, 高齢顧客の判断能力評価の基準の作成を行うべく, 企業間の対応事例の共有が検討された。また,改 訂長谷川式簡易知能評価スケール (HDS-R) や Mini-Mental State Examination (MMSE) も金融 業界において広く知られるようになっているもの の理解は不十分なことから,判断能力評価の基準 設定において,医療や心理学分野からの助言を求 める声も挙がった。また,判断能力評価の実施後 の支援として,判断能力が低い場合にも本人の意 向を反映できる仕組みを構築すべきであり,意思 決定支援の理念を応用することの必要性が確認さ れた。医療介護分野では,すでに厚生労働省 注 2 から「認知症の人の日常生活・社会生活における 意思決定支援ガイドライン」が発表されており, 金融業界においても参考になる可能性がある。こ のように,金融機関における高齢者対応の課題は, いまや金融業界の中だけで解決できるものではな く,医療や福祉との連携が必須となっている。 注 2 厚生労働省 2018 認知症の人の日常生活・社会 生活における意思決定支援ガイドライン. https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/0000212396.pdf (2020 年 8 月 10 日検索)

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業種 課題の内容 回答数 銀行 認知機能の評価基準の不確立 6 件 年齢による一律基準での対応 4 件 認知症による日常生活に関わる出入金の困難さ 3 件 認知症への備え (代理人制度) の利用促進の難しさ 2 件 職員の認知症対応スキルの不足 2 件 その他 6 件 保険 認知機能評価やその対応の困難さ 4 件 意思決定の難しさ 3 件 代理店における認知症対応の実効性の乏しさ 2 件 その他 3 件 表 2 金融各社が抱えている高齢顧客対応の課題 (2) 専門知識が金融機関に役立つこと 金融 WG でも検討されたように,金融機関で 今後,開発の進展が期待されるのは,金融取引に 関する判断能力の評価方法と,その後の支援の仕 組みである。判断能力の評価においては,認知機 能検査を行う上での留意点を伝えていく必要があ るだろう。認知機能検査は心理学的アセスメント の一環として行われ,心理検査や医学的所見に加 え,面接や行動観察等を通して系統的に情報を収 集することで対象者を多角的に理解し,問題解決 のための介入方針を立てることまでを行う。これ は,本人の価値観や社会的背景を重視するという 心理学的援助の専門性が発揮されるところであり, 福祉職の人にとっても馴染みのある考え方ではな いかと思われる。下山 (2009) では,アセスメン トの具体的な手順を,「受付段階,準備段階,情 報収集段階,情報処理段階,結果報告段階」の 5 段階で示している。これらを金融取引に関する判 断能力評価に当てはめると,表 3 のように考えら れる。多くの検査結果は明確な数値で示されるた め,低下した機能に目を向けがちであるが,当然 のことながら,本人の健康的な部分や維持されて いる機能も数値として表れる。心理学的アセスメ ントの目的は,その残存機能を日常生活に反映で きるよう支援することにある。金融取引における 能力評価においても,生活状況や価値観等の周辺 情報を参考にして,どのようなサポートがあれば 本人の保持する能力を発揮できるかという視点を もつべきである。このように,判断能力の評価か ら本人の意向確認,及び公的機関との連携までを 一つの支援の流れとして捉えることが重要であり, 金融機関の職員が顧客の言動の変化を敏感に感じ 取り,顧客の状態から連携先などをイメージして 支援方針を組み立てることができれば,高齢顧客 の社会生活を守る役割を果たすことができるだろ う。ここでは,地域包括支援センターをはじめと する福祉領域との連携が重要になる。 (3) 民間企業としての難しさ 地域連携を進めるにあたっては,金融機関の情 報管理に対する姿勢も考慮すべきである。金融機 関は顧客の個人情報を守る意識が強く,公的機関

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特別論文 段階 心理学的アセスメント 金融取引における判断能力評価 受付段階 事例の基礎情報(状況,申込理由)を確認し,依頼者の申込を受け付ける。顧客の来店理由を確認し,希望する取引の内容を聞き取る。 準備段階 受付で得られた情報を基にアセスメントの計画案を練る。 来店時に得た顧客の希望を基に,判断能力評価の実施の要否や家族関係等,情報収集の範囲を確認する。 情報収集段階 面接,観察,検査の技法を用いて,必要な情報を得る。 判断能力評価や窓口での会話や観察,家族等からの情報(周辺情報)を通して,対象顧客の認知機能や生 活状況を把握する。 情報処理段階 情報の分析結果を総合して問題となっている事柄の意味を解釈し,作業 仮説を生成する。 判断能力評価の結果や周辺情報を総合して,取引の 可否や公的サービスとの連携の要否等,支援方針を 決定する。 結果報告段階 作業仮説を,必要に応じて依頼人,または当事者に伝える。 取引の可否を顧客本人に伝え,その後の取引方法について意向確認の後,提案する。   下山 (2009) を参考に作成 表 3 金融取引に関する判断段能力評価への心理学的アセスメントの応用 である地域包括支援センターに対してであっても 個別の情報を提供することには心理的なハードル が高い (成本,2018)。そのため,経済的虐待の ように個人情報保護の例外にあたる通報義務を伴 うようなケースにおいても円滑な連携を取りにく いことが推察される。こうした事態を防ぐために も,日頃から地域包括支援センターと顔を合わせ る機会を作ることが望ましい。一部金融機関では, 支店の立地している地域の地域包括支援センター に職員が出向いてあいさつをするよう,本部から 指示が出されている (成本,2018)。一方,医療 福祉の領域からは,このような金融業界の特性を 理解した上で,顧客に気になる様子はないかを尋 ねたり,高齢者対応に関する研修会を提案したり するなどして,早期介入につながるよう,積極的 に歩み寄ることも必要である。 また,金融機関のサービス開発においては,先 述の通り民間企業としての性質上,顧客の生活の 質の向上だけでなく,利潤を確保できるかという 点も重要である。そのため,医療や福祉との連携 においては,開発の目的に齟齬が生じる可能性が ある。そうした場合には,両者の専門性を理解す るよう努め,活用できる資源の確認や計画の練り 直しも必要である。ここで重要なのは,対等な関 係で情報共有や計画を行い,新たな解決策を見出 すというコラボレーション (多職種協働) の考え 方である。これは,相互援助の関係にあり,援助 の責任は双方が負う。現在は,金融業界が医療や 福祉に助言を求める立場にあり,コンサルテーシ ョン的な関わりが多くなることが考えられるが, コラボレーションの視点で話し合いを行うことも, 新たなサービスの開発においては必要であろう。

   3.  高齢者ケアへのロボット導入の 

 取り組み

(1) 高齢者ケアとロボット 2016 年度の介護人材は 190 万人であり,2025 年度末までに 245 万人が必要とされているが,人 材不足は多くの高齢者施設において悩みの種と なっている 注 3,4 。人材不足は職員と利用者間の コミュニケーションの減少など,提供するケア の質低下に伴う施設利用者の生活の質の低下をも たらしうる。たとえば,Gardiner, Laud, Heaton,

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& Gott (2020) によるメタ分析では,高齢者施設 において中等度の孤独感を感じている高齢者は 61% (95%信頼区間:41%〜 80%),強い孤独感 を感じている高齢者は 35% (95%信頼区間:14 %〜 60%) にもなると推計されている。高齢者が 施設での生活で孤独感を感じることは,生活の質 の低下だけでなく,認知症の行動・心理症状の悪 化による職員の更なる負担感の増加にもつながっ ているかもしれない。このような状況の中で,高 齢者ケアにおいてロボットを用いた見守りやケア の質改善の取り組みも増えてきている。 ロボットといっても,介護に伴う身体的負担を サポートするようなものから,レクリエーション やコミュニケーションを行うことによる高齢者の 生活の質の改善や孤独感の緩和を目的としたもの まで,さまざまなロボットが開発されている。ま た,ロボットの形態も人型や動物型,アバター型 (アプリケーション内の仮想キャラクター) と多 様である。筆者らは,これまでに人型や,スマー トフォンやタブレット型パソコンのアプリケーシ ョンを用いたコミュニケーションロボットの開発 や施設での活用に精神医学や心理学の専門家とし て携わってきた。その中で感じたことは,「人間 が当たり前に行っていることでも,ロボットにと っては難しい」ということである。私たちは他の ことをしていたとしても相手の話を聞き取ること ができるし,相手の話の内容に合わせて応答を変 えたり,時には「こんなうまい話があるだろうか, 何か裏があるのではないだろうか?」などと相手 の胸の内を探ったりしている。一方,こうしたコ ミュニケーションをロボットが行う場合にはあら かじめ会話のシナリオを作成しておく必要があり, 人のコミュニケーションほどの柔軟性を出すこと は難しい。正面から話していても音声認識がうま くできず,ちぐはぐな会話になってしまうことも ある。 とはいえ,人同士の会話も論理的な整合性が取 れているわけではない。お互いの思い違いで会話 がかみ合っていないこともあれば,なんとなく相 槌を打っているだけで会話が成り立っていること もある。同様に,機能が不十分であっても高齢者 がコミュニケーションロボットとの会話を生き生 きと楽しんでいる様子は,使ってみたことがある 者であれば誰しもが見たことがあるのではないか と思う。筆者らは,高齢者ケアにおいてロボット は支援者,高齢者双方にとって大きな利益をもた らす可能性に満ちたものであると期待を寄せてい る。ここでは高齢者ケアにおけるロボットの活用 に向けて,特にコミュニケーションロボットに焦 点をあてて,心理学の立場から他の専門職から求 められる役割や,導入にあたっての留意点などに ついて紹介したい。 (2) これまでの取組みと専門職の役割 多くの高齢者にとってロボットは馴染みのない 機器であるため,普及にあたってはシナリオの内 容だけでなく,如何に継続して利用してもらえる か,という視点も重要である。心理学は,これま でに印象形成や返報性,説得的コミュニケーショ ンなど,対人関係における様々な現象を実証し理 論を構築してきた。これらの理論は,ロボットと のコミュニケーションをより自然なものに近づけ るための技術として,また,継続的に利用しても らうためのヒントとして,開発に携わる技術者か ら注目を集めている。 筆者らが携わった会話シナリオの作成では,た だ楽しみとしてのコミュニケーションだけではな く,その中で抑うつや認知症を含む高齢者の日常 の健康についても確認できないかという点につい て検討した。一言で健康についての質問といって も,「昨日眠れましたか?」,「食欲はあります 注 3 介護労働安定センター 2020 令和元年度介護労 働実態調査結果について http://www.kaigo-center.or.jp/report/pdf/2020 r02_chousa_kekka.pdf (2020 年 8 月 10 日検索) 注 4 厚生労働省 2018 第 7 期介護保険事業計画に基 づく介護人材の必要数について https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000207323. html (2020 年 8 月 10 日検索)

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特別論文 か?」といった汎用性の高い質問に対して答える ことには比較的抵抗が少ないと思われるが,「最 近気分が落ち込むことはありますか?」,「もの忘 れが気になりますか?」といった特定の病気を疑 うような質問の場合は抵抗感が大きくなることが 予想された。尋ね方についても精査が必要である ことは間違いないが,シナリオの作成にあたって は,質問が及ぼす心理的抵抗感を踏まえて答える ことに抵抗感の少ない質問から始め,その後に続 けて抑うつや認知症に関する質問を続けるという 工夫を提案した。これは,説得的コミュニケーシ ョンにおいて用いられる,最初に小さな頼みごと に応じてもらった後に本来意図していた頼みごと をすると承諾率が高くなる段階的要請法 (Foot-in-the-door) と呼ばれる技法を応用している (Burger, 1999)。同様の工夫は,日常の実践の中 でも「自然と」取り入れられていると思われる。 たとえば,認知機能を測定する心理検査を行う前 に高齢者の日頃の生活のことなどを尋ねている心 理専門職は多いのではないだろうか。この手続き には,信頼関係の形成や受検に対する不安感及び 緊張の緩和だけでなく,段階的な質問に回答する ことによる検査への積極的な関与の促進という効 果も含まれている。 このように,ロボット開発における心理学の専 門家の役割としては,日常の中で行われているコ ミュニケーションや能力評価の手法について心理 学的知見に基づいた助言を行うことが期待されて いる。また,高齢者ケアでは多くの実践に基づい た経験知が蓄積され続けている。他の職種におい ても,ケア現場における各々の専門性を活かした 知見を提供することで,より使いやすいロボット の開発につながると考えられる。 (3) 導入にあたっての留意点:倫理的・法的な問 高齢者個人がロボットとのコミュニケーション を楽しむだけであれば問題ないが,地域における 高齢者の見守りや医療介護連携といった目的を含 む場合には様々な倫理的,法的問題を伴う。 たとえば,倫理的な問題として認知症のスクリ ーニングを目的に認知機能を評価する会話シナリ オを挿入する場合がある。認知症疾患の根治薬が 開発されていない状況において,認知症を疑われ るだけでも高齢者に対して不要な不安を与えてし まう可能性がある。実際,アメリカのガイドライ ン (US Preventive Services Task Force, 2020) では,地域で認知機能障害のない高齢者に対する スクリーニング検査の実施については利益と不利 益のバランスに関するエビデンスが不十分であり, さらなる検証が必要であると結論付けられている。 その理由として,早期発見や早期介入に関して抗 認知症薬の投与や介護者へのサポートに対する効 果などの利益に関するエビデンスがある一方,非 薬物療法の効果についてのエビデンスが不足して いることや,抗認知症薬に副作用の問題があるこ とが挙げられている。 また,法的な観点からは,認知機能に限らず高 齢者の能力評価を行った場合に,その情報を医療 機関や地域包括支援センターと共有する際の個人 情報の扱いについて問題が生じる。高齢者の健康 状態に関する情報は個人情報保護法における要配 慮個人情報にあたると考えられるため (藤田, 2019),各自治体の個人情報保護条例や各種ガイ ドラインの確認をはじめ,情報の利用目的に関す る説明と同意,提供時の確認記録の保管など慎重 な取り扱いが求められる。ロボットの実用化にあ たって考慮すべき倫理的,法的な問題を克服する ためには,ユーザーとなる高齢者の利益と不利益 の検証のための社会実験の積み重ねや,法整備を 含む住み慣れた場所での生活を支える地域ぐるみ のシステム作りが必要であろう。 (4) これからロボットの介入研究に参加しようと する施設への提言 高齢者ケアにおけるロボットの介入研究は日頃 の業務に加えて行うことになるため,施設の管理 者や現場の職員は協力することで負担感が増すこ

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とを懸念するかもしれない。したがって,研究を 実施する側にはケア現場の実情を把握した上で職 員の負担感の少ない研究計画や,ロボットの機能 や操作の簡易性などに工夫を凝らすことが求めら れる。一方で,研究に協力してもらった施設から は「コミュニケーションロボットを導入してから 利用者さんが穏やかになった」,「調査が終わって ロボットがなくなることを利用者さんが寂しがっ ているから,もう少し貸してもらえないか」とい ったポジティブな感想をもらうことも少なくない。 また,筆者らが病院及び高齢者施設の職員を対象 に行った調査では,ロボットの操作経験があるこ とがロボットに対する肯定的なイメージと関連す ることが示唆されている (大庭・石井・茅沼・谷 口,2015)。新しく何かを始める時にはしばしば 心理的な抵抗を伴うが,このような事例を励みに, まずは試しにロボットに触れる機会を作ってみて ほしい。

4. おわりに

従来,高齢者,とりわけ認知症の人の支援は, マイノリティに対する支援として主に医療介護関 係者が担ってきた。しかしながら,地域で生活す る認知症の人の急速な増加により,いまやマイノ リティではなく,人口構成の中の大きな割合を占 めるマジョリティになりつつある。そのような背 景から,これまで交流のなかった業種にまで連携 の輪が広がっている。また,デジタル技術の導入 もこれからの医療介護の実践には不可欠なものに なってくるだろう。 そのためには,連携の相手のニーズや,連携の 妨げとなる互いの価値観や用語の違いについて理 解することが必要である。とりわけ民間企業にお いては,持続可能な形でビジネスを続けるには適 正な利潤が必要であることも理解しておく必要が あるだろう。連携が互いにとって有益なものとな り,高齢者や認知症の人にとって低コストで便利 なサービスや製品を届けるために本稿が参考にな れば幸いである。 引用文献

Burger, J. M. 1999 The Foot-in-the-Door com-pliance procedure: a multiple-process analysis and review.

Personality and Social

Psycholo-gy Review

, 3, 303-325.

藤田卓仙 2019 個人情報を守り,本人も守るた めの公と私 藤田卓仙・小賀野晶一・成本迅 (編) 公私で支える高齢者の地域生活第 3 巻 

認知症と情報,pp.7-27.

Gardiner, C., Laud, P., Heaton, T., & Gott, M. 2020 What is the prevalence of loneliness amongst older people living in residential and nursing care homes? A systematic review and meta-analysis.

Age and Ageing

, 49 (5), 748-757. 成本迅 2018 金融機関との連携は認知症の人の 地域生活に必須である (特集 認知症 社会は 変わったか─企業) 医療と介護 next:地域包 括ケアをリードする,4 (5),396-399. 大庭輝・石井千恵・茅沼弓子・谷口優 2015 人 型ロボットを用いた運動プログラムの開発と効 果に関する研究 (3) 第 74 回日本公衆衛生学 会総会抄録集,242. 下山晴彦 2009 アセスメントとは何か 下山晴 彦 (編) よくわかる臨床心理学 ミネルヴァ 書房 pp. 40-41. 田口さつき 2013 判断能力に疑義のある高齢者 等との金融取引─農協へのアンケート調査結果 から─ 農林金融,66 (12),812-817. US Preventive Services Task Force 2020

Screen-ing for cognitive impairment in older adults: US Preventive Services Task Force Recom-mendation Statement.

JAMA

, 323, 757-763. 山下純司 2017 日証協ガイドラインを踏まえた

高齢者に対する投資商品販売と適合性の原則  金融法務研究会 (編) 金融商品・サービスの 提供,IT 技術の進展等による金融機関の責任範

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特別論文

囲を巡る諸問題 金融法務研究会報告書,30, 105-118.

(受稿:2020 年 8 月 16 日) (受理:2020 年 10 月 6 日)

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Collaborating with industry to develop innovations to improve older adults’ life

This paper introduces our previous industry-academia collaboration experiences for developing servic-es and products useful for older adults’ livservic-es. Regarding servicservic-es, we introduced our experience of work-ing in collaboration with financial institutions and explained the challenges and roles facwork-ing psychologists and care professions. Regarding products, we introduced our experience of introducing robots into nursing care facilities and its challenges, prospects, and special issues in engaging as a facility member or a pro-fessional. It is essential to develop innovations in Japan, which is at the forefront of an aging society. We wish to propose the need to cooperate actively with the industry in developing innovations.

Key words ⇒ Industry-academia collaboration, innovation, private companies, financial institutions, robots

Authors

HIYAMA, Masami ( Graduate School of Medical Science, Kyoto Prefectural University

of Medicine)

OBA, Hikaru ( Graduate School of Human Sciences, Osaka University)

NARUMOTO, Jin ( Graduate School of Medical Science, Kyoto Prefectural University

参照

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